チェストの片側を持ち上げ、半ば引きずるようにして動かしているとき、ふと、足の裏に鋭いものがチクリと刺さる感覚があった。「痛っ」と思わず声を上げながら、陸子は足の下に何があるのかのぞきこんだ。
それは、白く、小さな破片だった。陸子がこの部屋に持ち込んだものではない。それは、直己の足の親指の爪のかけらだった。
直己の足の爪は、厚かった。直己が陸子の家に来るのが日常の一部になった頃、直己は「爪切り貸して」と言い、陸子の小さな爪切りで足の爪を切ろうとしたのだが、うまく切れず、ぎざぎざになってしまった。陸子は、好きな男の足の爪をぎざぎざにしたその爪切りがなんだか気に入らなくなり、ドイツ製の切れ味の良い、少し変わった形の爪切りを探して手に入れた。
最初は使い慣れないせいか、難しい顔をして使っていた直己だったが、「これ、よく切れる」とだんだん喜んで使うようになり、自宅の爪切りはまったく使わなくなってしまった。「爪を切るために、うちに来てるんじゃないの?」と、陸子はよくからかったものだった。
切られて落ちた、白く、厚い爪のかけらを陸子はしげしげと眺め「貝殻みたいだね」と言ったことがある。二人で海に行ったとき、陸子は決してきれいではないその砂浜で、欠けた貝殻を拾った。