【連載小説】この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。
「あ、いや……今日は綾香の両親が家に来ているので。帰りたくないんです」
そう訴える伊野さんは、捨てられた子犬のような目をしていた。
「いいですよ、予定もないですし」
「本当ですか! 良かった」
「さっき助けてもらったお礼です」
夕食時とあって近くのレストランはどこもいっぱいで、仕方なく少し離れたダイニングバーに入った。創作料理とそれに合ったお酒が楽しめるお店らしい。
「藤川さん、お酒は?」
「好きです」
「よかった、僕も好きなんです」
「食べ物の好き嫌いあります?」
「魚介類はちょっと……。生臭くなければ食べられるんですけど」
「分かります、私もです」
伊野さんとは不思議なくらい好みが合い、美味しいお酒と共に会話が弾んだ。ラストオーダーの時間になり、名残惜しく感じる自分がいる。
「今日は本当によく喋りました」
「私もです」
「藤川さん、来週も会ってくれますか?」
「え?」
「あ、その、離婚の相談をしたいので」
「いいですよ」
相談を受けるために会うだけ。
やましいことはない。そうだよね?
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私の母
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ターミナル駅から徒歩5分のところにある私の家は、交通の便こそ良いものの築数が古くて狭いワンルーム。