くらし情報『宮沢和史「『島唄』で伝え続ける平和の魂」』

2019年4月14日 06:00

宮沢和史「『島唄』で伝え続ける平和の魂」

三線は飛ぶように売れた。

しかし、空前の三線ブームで沖縄県のくるちが枯渇。99%を東南アジアから輸入せざるをえなくなった。後に、『島唄』のヒットで三線の材料が枯渇したことを知った宮沢さんは、「いつか沖縄への恩返しとして、くるちの木を植えたい」という思いを温め続けてきた。その“いつか”を実行するきっかけとなったのが、2011年に起きた東日本大震災だった。

「あの大津波で2万人以上の方々が夢を断たれ、志半ばで亡くなりました。僕の夢も一瞬で断たれるかもしれない。もう今までの延長で生きてちゃいけない。いつかやろうと思っていたことを、今始めよう」

そう考えた宮沢さんは、翌年の’12年、行動を開始する。放置されている、くるちの杜が読谷村にあると知り、それを引き継ぐかたちでプロジェクトがスタートした。

宮沢さんはこの日、生徒たちの前でこう語りかけた。

「県産のくるちで作った三線の音が聴けるのは、みなさんの孫やひ孫くらいの世代でしょう。100年、200年後にくるちが育っていれば、その間、沖縄に平和が続いたということです。それをイメージしながら育ててほしい」

宮沢さんは’66年、山梨県甲府市生まれ。

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