2019年6月10日 16:00
オーストラリアから来た陛下の“ご学友”が美智子さまに恐縮した日
もしかしたら、陛下は外国人のアンドルーさんとの英語によるやり取りの中で、ほかの学友の前でも出すことの少ない“等身大のご自分”を、お見せになっていたのかもしれない。
後日、アンドルーさんのこんな申し出を、陛下はご快諾された。
「よろしければ、僕に英語のお話し相手をさせてください」
以後、月に2回ほど、御所に招かれるように。それは高等科時代以上に濃密な、陛下との日々だった。
それは’77年12月。アンドルーさんが再来日して間もないころ、オーストラリアの家族が日本に遊びに来たことがあった。アンドルーさんは大切な友人である陛下に、家族を紹介したいと考えた。
「自分でも厚かましいと思いながら、陛下に『家族に会っていただけませんか?』とお願いしたところ、陛下は快く承諾してくださって。
家族とともに御所を訪ねると、いつもの居間に、なんとご一家が勢ぞろいされていた。僕は陛下お一人でも恐縮する思いでしたから、これには本当に驚きました」
家族同然のアフタヌーンティー。上皇陛下はアンドルーさんの父を、美智子さまは彼の母を、そして秋篠宮さまと清子さんは2人の妹を、それぞれお相手されたという。