世界最高齢アプリ開発者・若宮正子さん(88歳)銀行員時代はそろばんができない「お荷物」行員だった
大切な機械だから壊しては大変だと、コンピューター室に入るときにはスリッパに履き替えさせられました。機械に触るのは、専門の人だけ。私たちは遠巻きに“なんだかすごい機械らしい”と話していました。でも、計算もお札を数えるのも、人間に代わって機械がやってくれるようになって、私はようやく“お荷物”行員じゃなくなったんです」
彼女が働いていたのは高度経済成長期の真っただ中。女性は数年勤めたら寿退社するのが一般的。夫は外で働き、妻は家庭を守ることが当たり前だった。
「お付き合いした人もいましたが、私は結婚を選択しませんでした。30代、40代になっても結婚しないなんて、という風潮もまったく気になりませんでした。
人さまに迷惑をかけているわけでもないし、法を犯しているわけでもない。空気を読まなければいいんです」
新商品や業務改善策などを本部に企画提案していたら企画開発部に異動になった。
「私は、小さいときからひらめくことが多いので、企画の仕事は合っていたのかもしれません。自動振替サービスの開発など新しいアイデアが次々と浮かびました。不器用さに落ち込んでいた新人時代がうそのように」
男女雇用機会均等法が施行された昭和61年には、同行で初の女性管理職に。