紅白歌手宮城まり子、芥川賞作家の夫と建てた療護施設の思い
「淳之介さんがプレゼントしてくださったの。あの人、あんまりお金もってないのに、銀座のミキモトで特別に作ったんですって」
淳之介さんとは、もちろん芥川賞作家の故・吉行淳之介さん(1924〜1994)のこと。亡くなるその日まで35年間、まり子さんとひとつ屋根の下で暮らした彼女の最愛の人である。籍は入っていなくても、事実上の夫婦だった。
まり子さんが’68年に創設した肢体不自由児療護施設「ねむの木学園」では、子供たちの感性を育てる教育を何より重視している。絵画、ダンス、音楽、茶道、詩、作文、工芸などさまざまな学びの場を用意し、一人一人の個性や才能を引き出してきた。ことに自由な発想で描かせる絵画教育の評価は高く、国内外で毎年のように美術展を開催している。
現在、ねむの木村で暮らしている“子供たち”は74人。
最年少は2歳の女の子。創立当初からここで生活している最年長の男性は68歳、女性は77歳になった。たとえ何歳になっても、まり子さんの大切な子供たちに変わりない。だって、まり子さんは彼らの“おかあさん”なのだから。