くらし情報『本橋麻里 悔しさが力に…語っていた藤澤五月スカウトの理由』

2018年2月27日 06:00

本橋麻里 悔しさが力に…語っていた藤澤五月スカウトの理由

マイクを通じて『そだね~』などの“北海道訛り”が放送され、そのかわいさに注目が集まったようです」(スポーツ紙記者)

5歳からカーリングに触れながら育ったという藤沢も、父親は常呂町出身。LSを8年前に結成し、今回の快挙まで導いたのは、本橋だった。’06年トリノ五輪に「チーム青森」のメンバーとして初出場。“氷上のアイドル”として注目された彼女は、’10年バンクーバー五輪出場後の8月、チーム青森を脱退し、LS結成を発表した。

本橋の所属会社「NTTLS」の元マネジメント担当・近藤学さんが、LS旗揚げの当時を振り返る。

「青森市のバックアップを受けたチーム青森は、資金や、選手の所属する地元の企業に恵まれていたにもかかわらず、バンクーバー五輪で8位という結果に終わった。本橋と私は、『どうしたら世界に勝てるのか?』を模索していました。そこで彼女が出した結論が、『北海道、しかも故郷の常呂町に戻りたい』というものでした」

そんな決断を本橋が下したのも、カーリングという競技が“髪の毛一本の差で勝敗が決まる”と言われるほど繊細だからだと続ける。

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