永井真理子インタビュー「やらなければいけないと思ったのは、新しい曲を作るということ」
どこまで巻き戻してどうやって修正したらいいのかもわからない。初めて自分自身を振り返ったんですよね。結果的にそれも必要なことではあったんですけど、そのときはずいぶん深く落ち込んだりしました。そうすると自信もなくすし、やりたいこともわからなくなっちゃって、うん、休もって。
――音楽を続けるという意志を持ってオーストラリアに行かれたんですか?
はい。向こうで、もっと違う空気感の中で自由に音楽をやって作っていこうと思っていました。作品も出したんですけど、先ほど言ったような迷いもあって、途中から育児に専念していました。不思議なもので、毎日走り続けていた日本を離れて遠く距離ができると、自然と目の前のものの方が愛おしく感じられるようになるんです。
それは決して悪いことではない。素直に受け入れていました。いつの間にか、私って本当にステージに立ってたんだっけ?って忘れかけるくらいそっちの世界が遠くなっちゃったんです(笑)。鼻歌を歌うのも怖くなっちゃっていました。
――それは“苦しい10年間”だったのでしょうか?
いえ、そういうわけではなかったですよ。日々の生活は充実していましたから。ただ、自分の根っこには、音楽をやりたいっていう気持ちが残っているので、そことの葛藤は常にあるんですよ。