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「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気(※)。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。(※)心臓や肺を圧迫するために心臓や肺の発育が悪くなります。これにより心臓の機能の低下や肺低形成・肺高血圧症をきたすため、出生後に手術を受けたあとも酸素療法や心不全に対する治療が長期に必要になることがあります。 呼吸の補助が外れると、息子の見た目は健康な子どもと変わらなくなりました。しかし、横隔膜ヘルニアの影響で肺が片方しかないことには変わりなく、風邪が重症化しやすかったり、喘息の発作が起きやすかったりします。息子の幼稚園の面接が近づくなか、そんな息子の状態について一体どこまで話せばいいのか、私は迷っていました。 悩みながら書いた健康調査票息子が2歳になった9月、幼稚園の願書配布がありました。さまざまな必要書類のなか、困ったのが健康調査票。園児の「現在」の健康状態を告げるものなのですが、先天性疾患などの記入欄がないため、事実だけ書くと息子が「喘息があるだけの子ども」のように映ってしまいます。 備考欄はありましたが、横隔膜ヘルニアだった経緯をきちんと書くにはあまりにも狭く、「変に心配をかけてしまうかも……」と書けずにいました。 かかりつけ医の意見は?保護者が書く健康調査票とは別に、病院で健康診断を受けて医師から書いてもらう健康診断票がありました。健康診断の際、かかりつけ医に「息子の病気について、どこまで知らせていいのかわからない」と相談すると、「横隔膜ヘルニアはあまり知名度のない病気だし、現状の喘息と食物アレルギーのことだけで十分」とのこと。 私自身も横隔膜ヘルニアのことは息子が生まれるまでまったく知らなかったので、たしかに病名を書いても幼稚園の先生方の不安を煽るだけになりそうな気がして、横隔膜ヘルニアについては書類に書かないことにしました。 気になる手術痕ただ1つ気になったのは息子の手術痕でした。息子には、横隔膜ヘルニアを塞ぐ手術をおこなった際にできた傷痕がおなかに大きく残っています。さらに、首には人工肺に繋がる太い管を入れていた傷があり、まだ皮膚がひきつっていて少し不自然な状態です。 おなかはともかく、首の傷痕は服を着ていても目に入る部分。「一応過去に手術をしたことは伝えておいたほうがいいのでは……」と再び不安になってきました。 面接で伝えてみると結局書類には書かなかったものの、面接時に口頭でこれまでのいきさつを軽くお話ししました。この幼稚園には長女のころからお世話になっていたので、面接官の先生も授業参観のときなどに医療的ケアが必要だったころの息子のことを見ており、心配してくれていたそうです。 息子が現状は幼稚園で生活するうえでは健康面の特別なケアは必要ないことを告げると、「お任せください。でも不安だったら担任の先生に直接病気のことを話す時間を作ることもできるので、いつでも言ってくださいね」と言われ、心が軽くなりました。 内心「病気のせいで落とされたらどうしよう」と気が気じゃなかった幼稚園の面接でしたが、かかりつけ医の先生としっかり相談していたことで、幼稚園側に自信を持って現状を伝えることができました。息子の病気のことを知ったうえで、柔軟な対応で受け入れてくださった幼稚園にも感謝です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。監修者:医師 神奈川県立こども医療センター総合診療科部長 松井 潔 先生愛媛大学医学部卒業。神奈川県立こども医療センタージュニアレジデント、国立精神・神経センター小児神経科レジデント、神奈川県立こども医療センター周産期医療部・新生児科等を経て現在、同総合診療科部長。小児科専門医、小児神経専門医、新生児専門医。
2021年01月21日みなさんは、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)という先天異常をご存知ですか? 私の娘はその口唇口蓋裂を持って生まれてきました。今回は、口唇口蓋裂の症状と治療などについて、わが子の体験談をお伝えしたいと思います。 口唇口蓋裂について 口唇口蓋裂とは、先天異常の1つで、生まれてきた赤ちゃんのくちびるや上顎の口蓋部分が裂けている状態のことを言います。日本人では400~600人に1人の割合で生まれる可能性がある、割と確率が高い疾患なのだそうです。 原因は特定できていないそうですが、胎児のときに顔が両側から真ん中に形成されていく段階で、うまく接合しなかったことによる疾患とのこと。私の娘の場合、左の鼻の下と口蓋に裂がある状態で生まれてきました。 赤ちゃんのころの症状について 私の娘は、くちびるや口蓋に隙間がありましたが、本人に痛みなどはないらしく、普通に過ごしていました。ほかの臓器は健康なので、成長の過程で特に問題はありませんでした。ただ裂があるため、母乳を吸う力が弱く、私の娘の場合は「ホッツ床」と呼ばれる器具を口内上部に取り付けて育児用ミルクを飲ませていました。 器具を嫌がるため毎日苦労しましたが、育児用ミルクを飲むための必需品でした。赤ちゃんによっては専用の哺乳瓶を使ったり、育児用ミルクを注入したりすることもあるようです。 口唇口蓋裂の治療について 口唇口蓋裂の治療として、数回手術を受ける必要がありました。全身麻酔をする関係もあり、手術の時期は体重が基準となっているそうです。娘の場合、生後5カ月くらいでくちびるを結合し、鼻の形を整える手術を受け、1歳ごろに口蓋を閉じる手術を受けました。 私の娘には必要なかったのですが、入学前などにくちびるの形を整える手術をする場合があるそうです。また、小学校・中学年ごろに、歯茎の裂部に腰骨を埋め込む手術が必要になる場合もあると聞きました。 今回は、娘の口唇口蓋裂の症状と治療などについてお伝えしました。後編では、治療費や幼児期の状況などについてお伝えしたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。
2021年01月21日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気(※)。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。(※)心臓や肺を圧迫するために心臓や肺の発育が悪くなります。これにより心臓の機能の低下や肺低形成・肺高血圧症をきたすため、出生後に手術を受けたあとも酸素療法や心不全に対する治療が長期に必要になることがあります。 1歳を過ぎてから、息子は風邪をこじらせて2回こども病院に入院しました。家庭で過ごす幸せをあまり理解していなかった0歳代の入院とは違い、家族と離れ、ひとり病院で過ごすことを嫌がるようになった息子。そんな息子を支えてくれたのはたくさんの「好きなもの」たちでした。 寝るときは母のガウンと一緒人工呼吸器や酸素吸入器などをつけておかなければならなかったこともあり、家にいる間も添い寝ではなくベビーベッドでひとりで寝ていた息子。私のにおいがしたほうが安心して眠るかと思い、私はいつも着ていたガウンを脱いで息子にかけてあげていました。ふわふわの私のガウンは息子にとってはライナスの毛布。入院中も、ガウンがあればよく寝付いてくれたため、私のガウンはいつでも息子の病室に置けるよう、すべてタグに息子の名前が書いてあります。 好きなキャラの食器で完食息子は家にあったミッフィーちゃんのぬいぐるみをとても気に入っており、「にゃんにゃん」と呼んでよく話しかけていました。 ぬいぐるみ自体は、病室に持ち込む私物の個数制限から残念ながら持っていけなかったのですが、入院中の食器がミッフィーちゃんの柄だったらしく、いつも食事のときにはテンションが上がっていたそうです。そのおかげか、息子は食事を嫌がることなく、ほとんど完食していたと聞き、好きなキャラクターの影響の大きさに驚きました。 息子を勇気づけた戦隊ヒーロー息子は上の子たちの影響で1歳のころすでに戦隊ものにハマっており、飽きてしまいがちな吸入治療のときなども、戦隊ものの動画を見せるとおとなしくしてくれて助かりました。 また、息子は入院後、しばらく安静にしていた影響で運動機能が低下してしまったのですが、戦隊もののDVDを見ながら戦いごっこをすることで、徐々にそれまで通りの身体能力が戻ってきました。体の弱い息子が、それでもやんちゃにたくましく育っているのは、大好きな戦隊ものへの憧れが強いおかげだと思います。 息子が入院していたこども病院では親が常時付き添うことができなかったので、息子の「好きなもの」たちには非常に助けられました。たとえ1歳でも大人と同様、「好きなもの」や「憧れ」は元気になるための強い支えになってくれるのだと思います。息子に「好きなもの」が早めにできて本当によかったです。 著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。監修者:医師 神奈川県立こども医療センター総合診療科部長 松井 潔 先生愛媛大学医学部卒業。神奈川県立こども医療センタージュニアレジデント、国立精神・神経センター小児神経科レジデント、神奈川県立こども医療センター周産期医療部・新生児科等を経て現在、同総合診療科部長。小児科専門医、小児神経専門医、新生児専門医。
2021年01月14日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気(※)。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。(※)心臓や肺を圧迫するために心臓や肺の発育が悪くなります。これにより心臓の機能の低下や肺低形成・肺高血圧症をきたすため、出生後に手術を受けたあとも酸素療法や心不全に対する治療が長期に必要になることがあります。 風邪を引いて病院に行くと、必ずといっていいほど吸入治療が必要になる息子。なかなか症状が治まらないときは吸入治療のために毎日病院に通うこともありました。あるとき、吸入器を購入して自宅で吸入治療をおこなうことができると知ったのですが、いざ調べてみると「なぜもっと早く買わなかったのか」と後悔の連続。今回は、吸入器購入の補助金制度を知らなかったことで、損してしまった話をご紹介します。 通院での吸入治療への不安息子が1歳になって迎えた春、長女に続き次女も幼稚園に通い出し、上の子から息子に風邪がうつることが増えていきました。息子は風邪を引くたびに、2~3日通院して吸入治療をおこなわなければならず、ひどいときには月の半分以上、小児科に通ったことも。通院の負担ももちろんあったのですが、それ以上にかかりつけ医の休診日には、まだ治りきっていないのに吸入治療が途切れてしまい、また悪化するのでは?と心配で、「家でも吸入治療ができたらいいのに」と思っていました。 家で吸入治療はできないの?在宅での吸入治療についてかかりつけの医師に相談してみると、吸入器(ネブライザー)さえあれば、吸入液を処方してもらえ、家で吸入治療をおこなうこともできるとのこと。しかし、吸入器は非常に高額で、病院で使っているものと同じものを探すと3万円以上しました。「何か補助金のような制度はないのかな?」と、こども病院の窓口で相談してみるとショッキングな事実がわかりました。 もう少し早く購入していたら…こども病院の方の話によると、私が住んでいる自治体では、小児慢性特定疾病の受給者証を持っている場合、吸入器などの医療機器を1割負担で購入できるとのことでした。 非常にありがたい制度ではあるのですが、呼吸の補助が外れた息子は、そのときすでに小児慢性特定病の認定資格を失効していたのです。「あと数カ月早く判断していれば、買いたかった機種が差額の数千円で買えたのに……」と、制度をきちんと調べていなかった自分に腹が立ちました。 今では欠かせない吸入器結局、全額自腹で購入するしかないとわかったので、いろいろ検討して欲しかった機種より安い海外製の吸入器を購入しました。説明書が英語のみだったほかは問題なく使えており、在宅での吸入治療に大活躍しています。通院を待たず早めに吸入治療をおこなうことができたり、ひどいときには朝晩2回使用できたりと、わが家が吸入器を買ったことのメリットはかなり大きかったです。そういった意味でも、「もっと早く買っておけばいろいろな負担が減ったのに」と思わずにはいられません。 在宅での吸入治療の検討が遅れたことで、費用の面でも手間の面でもだいぶ損してしまいました。ただ、結果的には数千円の吸入器の購入で息子の風邪が重症化することを減らせたので、購入してよかったです。 ※吸入薬には気管支拡張作用により喘息様症状に効果があるもの、ステロイドなどの炎症を抑えることで喘息様症状を軽減するもの、肺高血圧を軽減するものなどがあるので、医師と相談をしてじょうずに使い分けることが大切です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。監修者:医師 神奈川県立こども医療センター総合診療科部長 松井 潔 先生愛媛大学医学部卒業。神奈川県立こども医療センタージュニアレジデント、国立精神・神経センター小児神経科レジデント、神奈川県立こども医療センター周産期医療部・新生児科等を経て現在、同総合診療科部長。小児科専門医、小児神経専門医、新生児専門医。
2021年01月07日ある日、次男の上前歯の間に歯茎のようなものが挟まっているのを発見しました。3人目の子どもにして初めての経験だったので、どうしたのかと大慌て。正体がわかり安心したのもつかの間、まさかの解決劇に唖然としました。 上前歯のすき間に歯茎が食い込んでいる!?第3子である次男は、生後8カ月から歯が生え始め、生後10カ月のころにはしっかりとした上前歯が生えそろいました。 異変に気がついたのは、次男の歯磨きをしているときです。上前歯を磨こうと上唇を持ち上げると、上前歯のすき間に歯茎のようなものが挟まっていることに気がつきました。決して取れるような状態ではなく、上唇から歯の裏側まで繋がっているようでした。 正体は“上唇小帯”の異常と判明慌ててインターネットで検索すると、すぐに正体が判明。“上唇小帯(じょうしんしょうたい)”という、上唇から歯茎につながっている筋の異常でした。 通常、上唇小帯は歯が生えそろうころには、歯茎の上部に移動するらしいです。しかしそれが移動しないことや、肥大化して扇状に歯茎に付着してしまうことがあるそうで、次男はまさにそれでした。 特段珍しい病気ではなく、歯医者さんで切除できることを知り、ひと安心。日をみて歯医者さんへ相談に行こうと、とりあえず様子を見ることにしました。 上前歯の歯みがきを嫌がるように…次男は歯みがきが大好きで、赤ちゃん用の歯ブラシを持たせると、張り切って歯みがきをしていました。仕上げみがきも嫌がらず、「あ~ん」と言いながら自分から口を開けてくれるのですが、上前歯を磨くときだけは嫌がりました。 歯ブラシが上唇小帯にあたると痛いらしく、気をつけて磨いているものの、次男は毎回大泣きしていました。これは早めに相談へ行ったほうが良さそうだなと思っていた矢先、思わぬ出来事が……。 いつの間にか切れている!?まだ歩き始めだった次男は、家でも保育園でもよく転んでいました。それも顔面から豪快に……。ある日の保育園のお迎え時に、先生から「今日転んで、口をケガしちゃいました」と言われました。次男の顔を見ると、上唇が切れていました。 かわいそうだなぁと思いつつ、その日の夜に歯の仕上げ磨きをしようと上唇を持ちあげると、上前歯の間にあったものがありません。よーく見てみると、なんと上唇小帯が切れていたのです! 驚いたのと同時にどうしたらいいのか不安になり、翌日にかかる予定だった小児科で聞いてみることに。切れてしまったのなら、そのまま様子を見ていいとのことでした。まさかの解決法でしたが、ひと安心でした。 3人目の子どもにして初めての経験でしたが、そんなに珍しい症状ではないそうです。今回は転んだ拍子に切れてしまったようでしたが、人工的に切除もでき、生活に支障がないようにすることも可能とのこと。上唇小帯の異常を見つけたときには驚きましたが、転んで切れてしまったことにも驚きました。よかったのかはわかりませんが、今のところ次男は何の支障もなさそうです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/塩り監修/助産師REIKO著者:ライター 木村なち三児の母。現在4人目を妊娠中。パニック障害を抱えながらの妊娠・出産・育児の経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2021年01月07日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気(※)。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。(※)心臓や肺を圧迫するために心臓や肺の発育が悪くなります。これにより心臓の機能の低下や肺低形成・肺高血圧症をきたすため、出生後に手術を受けたあとも酸素療法や心不全に対する治療が長期に必要になることがあります。息子の呼吸の補助が外れてからしばらく経った健診で、息子の体重の伸びが悪いことを指摘され、栄養相談を進められました。確かに当時の息子は食べている量に対して明らかにやせていて、私も不安を感じていなかったわけではありません。しかし、子どもを3人抱え、毎日バタバタと食事を作っていた私は、「栄養相談で叱られるのでは」とびくびくしていました。 息子の体重事情息子は2,900gほどで生まれましたが、当初は病状が深刻で呼吸をするだけでかなりのエネルギーを使っていたため、生後4カ月で退院したときでも1,500gほどしか体重が増えていませんでした。とはいえ、育児用ミルクは健康な子と同じくらい飲んでいましたし、離乳食も順調に進んでもりもり食べていたので、それほど心配していませんでした。しかし、呼吸の補助がはずれた1歳の健診から3カ月間ほぼ体重が増えていなかったため、医師から「次回の健診で栄養相談を受けてみては?」と提案されてしまい……。 栄養相談に怯えた理由確かに当時の息子は本当にやせていて、栄養相談が必要なことは親の私自身感じていました。ただ、栄養相談自体は受けたかったものの「栄養相談のときは前1週間の食事の内容を記録してきてね」と言われて一気に心配に。というのも、このころのわが家では真面目に一汁三菜そろうのは夕食くらいで、あとは炭水化物ばかりの手抜きメニューでした。さらに、空腹になるとすぐ不機嫌になる息子にあまり考えもせずどんどんお菓子も与えていて、とても誰かに見せられるような食習慣ではなかったのです。 ありのままを相談したら…栄養相談で記録を見せる1週間だけ真面目に食事作りを頑張ろうかとも思いましたが、その後続けられないのなら意味はありません。私はあえて普段通りに生活し、ありのままの食事記録を持って栄養相談に向かいました。「怒られるかな?」とびくびくしていたのですが、栄養相談の先生は記録を見ても微笑んだまま「カロリーは十分に足りていますね! 体重が増えないのはやっぱり病気のせいもあるかな?」と言ってくださり、ほっと胸をなでおろしたのを覚えています。 息子に足りなかった栄養素心配だったおやつについても、「食べ過ぎてごはんが食べられなかったりしないならOK」と言われ、拍子抜けした私。1つだけ指摘されたのは「タンパク質をもう少し増やしてもいいかも」ということでした。 また、上の子たちもやせ型であったため「遺伝の影響も大きい」と言われ、心の底から安心しました。その後、息子のおやつをゆで卵や魚肉ソーセージなどタンパク質中心に変えると少しずつ体重も増え始め、痛々しいほどがりがりだった体が少しずつふっくらしてきました。 栄養相談の先生の指導に従って、タンパク質を多めにとるように心がけてから、息子の体は少しずつですが確実に成長していきました。自分のずぼらな食生活をさらすのは本当に恥ずかしかったけれど、自分の生活に則した改善策をいただけたので、正直にありのままを伝えてよかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。監修者:医師 神奈川県立こども医療センター総合診療科部長 松井 潔 先生愛媛大学医学部卒業。神奈川県立こども医療センタージュニアレジデント、国立精神・神経センター小児神経科レジデント、神奈川県立こども医療センター周産期医療部・新生児科等を経て現在、同総合診療科部長。小児科専門医、小児神経専門医、新生児専門医。
2020年12月29日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。息子が酸素吸入器をつけ始めたのは、生後6カ月のとき。ちょうどハイハイが活発になってきた時期でした。人工呼吸器よりもチューブが長い酸素吸入器になったことで動きやすくなった分、絡まって外れてしまうこともしばしば……。ここでは、動きが活発で言うことを聞かない息子に酸素吸入器をつけるうえで工夫したことをご紹介します。 酸素吸入器の鼻カニューラのつけ方息子の酸素吸入器を使った呼吸の補助は、長いチューブの先に小児用の小さな鼻カニューラ(鼻の穴から酸素を吸いこめるようにする器具)をつけておこなわれていました。鼻カニューラは酸素が出る部分を鼻の真下に置いてから、両端のチューブを耳にかけ、顎下で固定するのが一般的なつけ方です。しかし、そのつけ方だと息子の体の前面にチューブが来てしまい、手がすぐに届くので握ってはずしたり、ハイハイの際に踏んづけたりと、何度もつけ直す必要がありました。 後頭部に固定してはずれにくく体の前面にだらんとチューブがあるのですから、息子が触りたくなるのも頷けます。最初は仕方ないのかなと思っていたのですが、ハイハイのときにチューブにつまずいて顔からこけることが何度かあり、思い切って顎下の固定を後頭部に変更してみました。鼻下から頬、耳上を通して、後頭部で留めてみると、チューブは必ず息子の後ろ側にきます。たったこれだけのことなのですが、後頭部で固定するようにしてから息子がチューブに触ることも、つまずくこともほとんどなくなり、つけ直す回数も格段に減りました。 眠ったあとのカニューラの位置も工夫鼻カニューラを後頭部で固定するようにして、1つだけ難しかったのが、寝ている間のカニューラの位置でした。基本的にカニューラのチューブはある程度の硬さがあり、子どもの頭の重さくらいで完全にふさがってしまうということはないと、こども病院の医師から聞いてはいたのですが、やはりチューブが頭の真下にきていると心配になってしまいます。そのため、息子が完全に眠ったのを見計らって固定具を緩め、後頭部にあるチューブを頭頂部までずらしてから固定するようにしていました。 幼い上の子も協力者にわが家には当時5歳と3歳の上の子がいたので、息子が酸素吸入器になった最初のころは上の子たちがチューブを踏んだり、つまずいたりすることもよくありました。そのたび、難しいとは思いつつ、「このチューブがふさがったら、弟の息が苦しくなる」ということを繰り返し説明しました。すると1カ月もしないうちに上の子たちはチューブに気を付けて歩くようになり、それだけではなく「息子くんがチューブを踏んでる!」などと私に教えてくれるようになったのです。たとえ幼くても弟を大事に思う気持ちはしっかりあるのだと本当に感心しました。 動きたい盛りの息子に長いチューブのつながった鼻カニューラをつけ続けてもらうのは難しく、最初のころは危ない場面もたくさんありました。しかし、つけ方のちょっとした工夫や上の子たちとの協力で随分ラクにお世話ができるようになったので、いろいろと試行錯誤してよかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年12月15日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。息子の呼吸の補助が酸素吸入器のみになってからは人工呼吸器をつけていたころと比べると身軽になったので、よく息子を連れて出かけるようになりました。その分息子はいろいろな人の目に触れることが増え、時には心ない声をかけられることも。ここでは、息子と出かけていたときにかけられた、つらかった言葉とうれしかった言葉をご紹介します。 「かわいそうに」は日常茶飯事息子を連れて出かけているときに、何度となく言われたのが「かわいそうに」という言葉。特に年配の女性から、目が合うと社交辞令のように言われることが多かったです。基本的に悪気はなく、どちらかというと心配な気持ちから言われているように感じました。しかし「息子がやっと元気になって酸素吸入器だけになった」と喜んでいた私は、「かわいそうに」と言われるたびに、何となく出鼻をくじかれたような悲しい気持ちになりました。 息子の将来を否定する言葉にぼうぜん言われたのは一度だけだったのに、忘れられないのが「赤ちゃんであんなのつけてたら、もうまともな大人にはなれないだろう」という言葉です。 ショッピングモールのエレベーターで一緒になった、まったく面識のない年配の女性2人組が、こちらをちらちら見ながら息子の将来を否定するような言葉を平気で言い合っていたときには、怒りを通り越して呆れてしまいました。事情も知らないのに、どうして他人にあんなひどいことを言えるのか今でも理解できません。 息子自身を見てくれた喜び医療的ケア児はどうしてもその病状や医療的ケアに目が向いてしまいがちだと思うのですが、なかには「眉毛がきりっとしてるね」や「表情が豊かになってきたね」など、医療的ケア関係なく息子自身を見て話してくれる方々もいて、とても心に残っています。医療的ケア児と言えど、もちろんいつも「かわいそう」なわけではなく、他の子と同じように「かわいいな」「おもしろいな」というポイントもたくさんあったのです。ごくたまにではありましたが、医療的ケア児ということを取っ払って育児トークができたときは非常にうれしかったです。 当時は戸惑ったけど今ならわかる声掛け息子とのおでかけ中、「元」医療的ケア児の母親の方から何度か声をかけられました。大体「医療的ケア児の世話って大変だよね。でもうちの子はちゃんと元気に育ったよ」という内容で、正直当時は受け答えに困っていました。 だけど息子の医療的ケアがすべてなくなった今、当時の息子と同じような医療的ケア児を連れているお母さんを見つけると、つい声をかけたくなります。当時の孤独な頑張りを思い出し、どうしても「ひとりじゃないよ」と伝えたくなってしまうんです。私に声をかけてくれた人たちもこういう気持ちだったのだなと思うと、時を経て胸が熱くなります。 医療的ケア児を連れておでかけしているときにかけられた言葉に傷ついたこともありましたが、それ以上にうれしかったこともたくさんありました。当時の気持ちを忘れないようにして、私も誰かの心を温められるような声掛けができたらいいなと思います。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年12月08日第一子を妊娠したとき、里帰り出産を予定していたことと諸々の恥ずかしさもあり、女医さんひとりの婦人科医院を選びました。まったくつわりもなく、おなかも目立たず、健診を受けるたびに「小さめだけど大丈夫」「小さくてかわいい赤ちゃんよ」と言われていました。そのときの私の体験談をお伝えします。 初めての妊娠、つわり知らずなワケは?初めて妊娠したとき、妊娠についてまったく無知なうえに体力にも自信があった私。つわりもなく、気楽な妊娠生活でした。母子健康手帳ももらい、毎回の健診が楽しみでした。 安定期に入ってようやく家族以外にも妊娠報告をして、祝福してもらっていた矢先の妊娠4カ月の健診のこと。「あなたの体格にしては体重も増えないし、赤ちゃんも小さめね」とちょっと不安なひと言を医師から言われました。 羊水が多くて、赤ちゃんも小さめそして妊娠5カ月目に入り、妊娠16週の定期健診で、「ちょっと羊水が多いわね。赤ちゃんも小さめだから、念のため大きな病院に紹介状を書くので早めに明日にでも行ってみて」と言われました。 “小さめな赤ちゃん=かわいい”と思い込んでいたので、突然の宣告に奈落の底に突き落とされたような気分でした。沈んだ気持ちで、何が何やらわからぬまま夫に連絡し、次の日、付き添ってもらって隣駅の大病院に行くことにしました。 「無脳症」の診断病院では、紹介状を渡した途端、「胎児に障害がある」という前提で検査が進みました。重苦しい雰囲気でいくつかの検査を終え、胎児が「無脳症」であると診断されました。 羊水が多めに見えるのは、胎児の脳の部分に羊水が入り込んでいるためで、そのため胎児の成長も著しく遅く、このまま妊娠を進めても胎内で亡くなる可能性が高いこと、万が一出産できてもすぐに赤ちゃんが亡くなる可能性が高いことを説明されました。 苦渋の決断を迫られ、「母体保護法」適応の週数内に手術をすすめられました。仕方ないことだったと思いつつも、胎児が小さめというサインに私自身がもっと敏感だったならと悔やむことばかりです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:村上悠美自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年11月22日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。友人に男の子のママが多かったため、わが家には息子の退院前からおさがりの服がたくさんありました。しかし、人工呼吸器や酸素吸入器をつけて生活をしていた息子は、どんな服でも着ることができるというわけではありませんでした。今回は、呼吸の補助が必要だった医療的ケア児の息子が着られた服、着られなかった服をご紹介します。 頭からかぶれない! 前開きはマストおすわりが安定し始める生後4~5カ月には、頭からかぶるロンパースなどに切り替えることも多いもの。しかし、息子の場合、呼吸の補助をおこなうチューブが邪魔になって、そういった服は着ることができませんでした。また、お風呂から上がる際にカニューラ(酸素を吸入するための管)の装着などをおこなわねばならず、なるべく手間を省きたかったため、セパレートの服も除外。たくさんおしゃれなおさがりをもらっていたのに、結局呼吸の補助が完全に外れる1歳直前まで前開きのベビー服ばかり着せていました。 引っ掛かりそうで怖い! フード付きはNG前開きのベビー服で意外と多い、動物やキャラクターになれるフード付きのタイプ。前開きということで着られないことはなかったのですが、結局かわいらしいフードも呼吸補助のチューブが邪魔でかぶれませんし、着脱のときにチューブがフードに引っ掛かってしまうこともあったため、着せていませんでした。ただ、防寒にもなるような厚めのベビー服は、いただいたものだけでなく、自分で購入しようとしてもフードがないものが見つからず、冬の外出時だけはやむなく着せることもありました。 意外な盲点? 足つきカバーオールも×2人目のときに大活躍した、あっという間に着せられて足先まで覆ってくれるファスナータイプのカバーオール。前開きでフードもなく、着せるのもラクなので息子のときも使う気満々だったのですが、意外な盲点がありました。息子の血中酸素濃度を測るモニターが付けられないのです。 血中酸素濃度のモニターは、足の親指にセンサーを取り付けて器械につなぐのですが、足まで覆うカバーオールだと足のセンサーから延びる配線を出すところがありません。また、センサーはよく外れるので、足先はすぐに出せるようにしておかなければならず、結局どんなに寒い日でも前開きのベビー服と靴下という形に落ち着きました。 たくさんかわいいおさがりをいただいていたので、着せてあげたい気持ちもあったのですが、呼吸の補助がついている間は見た目ではなく世話のしやすさが一番大切でした。前開きのベビー服は入院時や通院時に重宝するので、2歳になった今でも何着か捨てずにとっておいています。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年11月19日ずっと会いたいと願っていたわが子。その願いがようやく叶ったのですが、私は妊娠初期に切迫流産になり、その後も出産までハラハラするようなできごとばかりでした。そんな私に、出産時に立ち会っていた医師はさらなる衝撃的な事実を告げたのです。 出産目前にして最後のトラブル発生妊娠34週目の妊婦健診。体重が3kg増え、上の血圧が何度計っても140を下回ることがありませんでした。再健診では体重は2kg減ったものの、上の血圧は180にまで上昇していました。もちろん正常な数値ではないので、個人病院に通っていた私は大きな市立病院に移ることになりました。 そこで妊娠高血圧症候群と診断され、出産までMFICUというハイリスク出産に対応するための場所で過ごすことに。そして正期産の時期である妊娠37週を待ち、計画出産することになりました。 出産自体は超安産だったものの…陣痛促進剤を使い、妊娠37週3日の朝に母子ともに無事出産を終えることができました。出産自体も約2時間と、初産にしてはかなりの速さだったと思います。 ただ、お産の最中のことです。赤ちゃんの頭が顔を出し、もうひと踏ん張りしなければというときに、「赤ちゃん、ちょっとおくち切れちゃってるね~」と主治医が言ったのです。私はそのとき、ただ単純に「産道が狭くて出てくる拍子に切れちゃったのかな?」程度に思っていました。 でも、このとき聞こえてきた産科医の言葉は、のちにとても大事なことだったんだと知りました。 生まれてきてくれたことがうれしかった「形成の先生が手術できれいに治してくれるからね」と続けて医師はそう言いました。だから「そっか、先生が治してくれるんだ! よかった!」と安易に考えていました。 冷静に考えれば、かすり傷程度で手術をするなんてあまりないですよね。でもそのときは、目の前のお産に必死でそんなことを考える余裕もなかったんです。 そして、たとえ他の子と少し様子が違っていても、自分の胸でしっかりとその命の重さを感じることができたことがうれしくて仕方なかったのです。 両側完全口唇口蓋顎裂という疾患が判明出産後の夕方、形成外科の先生方が病室に来てくださり、娘は「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」という先天性の疾患だと告げられました。娘は口唇口蓋裂のなかでも「両側完全口唇口蓋顎裂(りょうそくかんぜんこうしんこうがいがくれつ)」という分類で、鼻の穴を通るようにして二箇所、口が裂けていました。 先生に今後のことを説明されて、ようやく重大さに気づきました。手術は成人するまで数度おこない、歯列矯正や言語指導なども含まれていて、思ったよりも治療に時間を割かなければなりません。それを知ったとき、娘は楽しい学生生活の一部を削らなくてはいけないかもしれないということに気がつき、ようやく「ショック」というものを受けました。 口唇裂は妊娠中のエコー時に判明することが多いそうです。妊娠時に判明していたら、ネットで検索していろいろと考えこんでしまっていたかもしれません。私の場合は娘が腕で顔を覆ってなかなか顔を見せてくれなかったこともあり、主治医が代わっても出産するまで判明することがなかったんだと思います。それがいいのか悪いのかはわかりませんが、私はお産に集中することができてよかったと考えています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:ライター いとう みい夫と娘、猫1匹と暮らすフリーの事務員兼デザイナー。娘は産後に口唇裂が判明。主に妊娠・出産・子育てや趣味のコレクション、ダイエットレシピについて執筆している。
2020年11月16日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。退院から2カ月経ち、息子は順調に回復してきて、呼吸の補助を人工呼吸器から酸素吸入器に変更することになりました。変更は家ではなく、1週間こども病院に入院しておこないます。前回の入院とは違い、それほど危険もなく前向きな管理入院。私たち家族は、この入院期間を「息子の世話をお休みする期間」にすることにしました。 2カ月ぶりの入院! 息子の表情は?久しぶりに前回入院していた病棟に戻ると、顔なじみの看護師さんたちが「大きくなったね」「動きがしっかりしてきたね!」と口々に声をかけてくれました。息子も長い期間入院していただけあって看護師さんたちの顔は覚えている様子で、声かけにもニコニコとほほえんでいました。 私が帰ろうとすると少し泣きそうになりましたが、病室を出ても泣き声は聞こえてきません。私は「大丈夫そうだな」と安心して家路につきました。 夫不在の管理入院今回の入院は夫の海外出張に合わせて日程を決めたものでした。それまで在宅勤務で私たち家族をサポートしてくれていた夫ですが、どうしても外せない仕事があり、息子がおらず私の負担が軽いこの管理入院期間を出張に合わせることにしたのです。万が一のため、遠方に住んでいる義母も手伝いに来てくれていたので家事の負担もいつもより軽く、私にとっては本当に久しぶりの「お休み」でした。 上の子のフォロー中心の日々息子が退院してからというもの、どうしても息子中心の日々が続いていました。そのころ気がかりだったのは、長女は幼稚園に通い始めたばかりで、本当はしっかりケアしてあげなければいけない時期なのにできなかったことです。家では気丈に過ごしているものの、幼稚園では泣きだすことがあると担任の先生から言われ、何とかしなければと思っていました。息子の管理入院期間中、お見舞いに行ったのは娘が幼稚園に行っている間の一度だけ。あとはゆっくり公園で遊んだり、外食したりと、息子がいると難しかったことをして上の子たちと楽しく過ごしました。 家族みんなリフレッシュして新しい生活へ管理入院を終えて息子が帰ってくるころには、上の子たちはすっかりいつもの元気を取り戻して息子に会いたがっていました。私もたまっていた疲れが抜けてすっきりしましたし、夫も1つ大仕事を終えて少し安心したようです。退院の日、家族みんなで病院に行くと酸素吸入器の細いカニューラ(酸素を吸入するための管)を付けた息子がいました。長いチューブに繋がれて動き回る様子はいかにも身軽そうで、「新しい生活が始まるのだな」とわくわくした気持ちになりました。 管理入院中は一度しか息子に会わなかったので、少しかわいそうな気もしましたが、看護師さんや保育士さんのおかげで意外と楽しく過ごせていたようです。人工呼吸器をつけた息子を世話する2カ月間は本当に壮絶で家族みんな疲弊していたので、必要なリフレッシュ期間だったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年11月12日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 人工呼吸器を装着している息子をお風呂に入れるのは、なかなか大変な作業。入院中は看護師さんに助けられながらおこなっていましたが、退院後はそうもいきません。今回は、医療的ケア児をお風呂に入れるときに困ったことや、工夫したことなどをご紹介します。 退院後には無理! 人工呼吸器での入浴入院中、何度か息子の沐浴をさせてもらったことがあったのですが、1人の看護師さんが人工呼吸器のホースを持ち、もう1人が服などを準備してくれ、私が息子を沐浴させるという3人がかりの作業でした。 入院中は沐浴台が息子のベッドの真横まで来ていたので短い人工呼吸器のホースでもぎりぎり届いていたのですが、家ではそういうわけにもいきません。息子の病状が安定していたこともあり、入浴時の短時間に限り、人工呼吸器よりも長いチューブが使え動きやすい酸素吸入器に切り替えることになりました。 人工呼吸器をはずすのが怖いあまり…医師が決めた切り替えとはいえ、病院ではずっと人工呼吸器だったので、短時間でも酸素吸入器にすることには怖さがありました。そのため、お風呂からあがったら服よりも先にまず人工呼吸器に切り替えようと必死。 しかしある日、慣れない人工呼吸器の装着に手間取っている間に息子がおしっこ! おむつをはいていなかったので新しい服もびしょびしょで息子の足やおなかまで濡れてしまい、もう一度酸素吸入器に付け替えてお風呂に入るという、とんだ二度手間になってしまいました。 寝返りを覚えるとさらに困難に退院したとき、息子は生後4カ月。退院直後は少し筋肉の発達に遅れがあったのですが、上の子たちとにぎやかに過ごすうちにどんどん動きが活発になり、退院してから1カ月もすると寝返りができるようになりました。 お風呂あがりも横を向いたり転がったりして、人工呼吸器の装着がますます困難に。なるべく手際よく切り替えるために私は入浴前にできる限りの準備をしておくことに決めました。 ひとつの動作で人工呼吸器をつける寝返りができるようになり、頭をひっきりなしに動かす息子。それまで人工呼吸器のカニューラ(酸素を吸入するための管)を固定するときには、テープを3枚準備しておいて3点をテープで留めるという方法だったのですが、2枚目のテープを貼ろうとするときにはすでに振り払われてしまうことも増えてきました。 そこで、あらかじめカニューラのほうにテープを貼っておき、息子の鼻にカニューラを置くと同時にテープをつけられるようにしました。 入浴中だけとはいえ人工呼吸器をいったんはずすのが怖く、最初のころは焦って失敗ばかりしていました。しかし、入浴前の準備を工夫することで落ち着いて作業ができ、最終的にはワンオペでもお風呂に入れられるようになりました。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年11月05日「先天性外反足」という病気をご存知ですか? 次男は、私のおなかの中にいるときの姿勢異常が原因で、足首から下が外側に反った状態で生まれてきました。出産直後の告知でショックを受けた私ですが、「必ず治してあげる」という強い気持ちで次男とともに治療に臨みました。 「先天性外反足」という診断次男誕生! その直後、私の耳に聞こえてきたのは「あなたの赤ちゃんね、足がちょっと曲がっちゃってる……」という信じられないひと言でした。 出産の疲れは一気に吹っ飛び、頭の中は真っ白。5日後、産婦人科を退院した足で、病院から紹介された療育センターに直行しました。検査をして全身のレントゲンを撮った結果、幸い体のほかの部分に異常はなく、いわゆる「先天性外反足」であるとの診断でした。 24時間ぐるぐる巻き診断のあとは、治療の開始です。外側に反ってしまっている足首から下の部分をまっすぐにするため、シーネを足に添えてその上から包帯でぐるぐる巻き、その上からテープでさらにぐるぐるに巻いた状態に。これをお風呂の時間以外、24時間必ずするようにと指導されました。 息子自身は、痛がったり機嫌が悪かったりということが一切なかったことが幸いでした。「ママが必ず治してあげる!」という強い思いで、毎日包帯を巻いていました。 2カ月間の治療を終えて足をぐるぐる巻きにする治療を2カ月間続け、次男の足はすっかりよくなりました。「もう大丈夫、治りましたよ」と言われたときの喜びは言葉では言い表せません。 先天性外反足は、おなかの中にいるときの姿勢異常が主な原因で、治らないまま年齢が進むと骨がかたくなり、手術をするしか選択肢がなくなるという話でした。赤ちゃんのうちは骨がやわらかいので、比較的治りやすいそうです。その後、次男は1歳3カ月で歩き始め、その歩き始めと同時に走るようにもなりました。 小さな両足を24時間包帯でぐるぐる巻きにされている姿はかわいそうでしたが、2カ月という短い期間で完治できて幸いでした。今、次男は毎日大好きなサッカーをして外を走り回っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO作画/和田フミ江著者:沢木素子子育て中のママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年11月02日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までの出来事やママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 妊娠中から息子が横隔膜ヘルニアであることがわかっていたので、当時付き合いのあったママ友にはある程度伝えていました。しかし、当初の診断よりも息子の病状は重く、4カ月に及ぶ入院生活を終えても医療的ケアが必要な状態。そんな「ぱっと見で病気とわかる」の息子に対するママ友たちの反応はさまざまなものでした。 妊娠中から精一杯応援してくれたママ友妊娠中から仲がよかった出産予定日の近いママ友には、妊娠初期から頻繁に妊娠中の不安や息子の病気のことなども相談していて、何度も励ましてもらっていました。それまでの経緯を知っていることもあり、退院後に人工呼吸器をつけた息子と初めて会ったときも驚いたりすることなく、自分の子と同じように接してくれました。 ママ友から「よく頑張ったね。退院できて本当によかったね」と言ってもらえたときは、泣きそうになるくらいうれしかったです。 連絡するなり音信不通のケースも普段あまり会うことがなかったママ友には、息子の入院で忙しかったこともあり、こちらから出産の報告をすることはありませんでした。しかし、ちょうど息子が12月に生まれたため、年始のあいさつがてら「予定日過ぎたけど生まれた?」と聞かれることも。 嘘をつくのも変な気がして、ありのままに病状を伝えると、驚きからか、気づかいからか、そのまま返信が途絶えてしまう相手も数人いました。その後、息子の医療的ケアがなくなってから偶然会ったときには何事もなかったように接してくれましたが、私的にはどうしてもこのときのことが忘れられません。 どうする? 初対面のママさんへの説明息子の退院と長女の入園がちょうど同じ時期だったので、同じ幼稚園のママたちにどう説明しようかという点は非常に悩みました。初対面なのに私のほうからわざわざ説明しにいくのも変ですし、だからといって何も言わないでいると相手も気をつかってしまうかも……。 入園してしばらくは息子を送迎の場所まで連れて行っていなかったのでどうにかなったのですが、息子の人見知りで夫に預けられず毎回連れて行くようになると、だんだん他のママの視線が気になってきました。 助けてくれたのは子どもたちの質問お互い気をつかい合って話を進められない大人たちを助けてくれたのは、意外にも子どもたち。息子の鼻についている異物が気になった子どもたちは「これ何?」とあっさり聞いてきてくれ、親御さんを交えながら息子の病気や、人工呼吸器について自然な流れで説明することができました。 幸い、同じバス停の幼稚園ママさんたちはみんな良い人ばかりで、「大変だったね」「何か困ったら教えてね」と口々に言われ、心の底からほっとしました。 息子の病気についてママ友の反応はさまざまでしたが、私は「なかったことにされる」のが一番悲しかったです。息子の病気についての言及を避け、元気になってから何事もなかったかのように話をされるより、見ないふりをせずにまっすぐ質問してくれるほうがありがたく感じました。 監修/助産師REIKO 著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年10月29日横隔膜ヘルニアという先天性疾患を持って生まれた息子さんを持つママの体験談です。新生児訪問で医療的ケア児の介護に関する支援を訴えたものの、欲しかった支援が受けられず、悔しかった経験について書かれています。 「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までの出来事やママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 先天性横隔膜ヘルニアにより、呼吸の補助が必要な状態で退院した息子。保護者へのケアも手厚かった入院中と違い、退院すると全部私たちの責任になってしまう気がして非常に不安でした。そんなとき、区役所より新生児訪問をしたいとの電話。医療的ケア児にも詳しい保健師さんがきてくれるとあって期待していたのですが、期待した支援は受けられませんでした……。 息子との暮らしに弱りきっていた私息子が退院してからというもの、私は人工呼吸器の扱いや上の子がもらってくる病気の感染対策などに疲れきっていました。区役所から新生児訪問の連絡があったのもちょうど息子以外の家族全員が胃腸炎になったあとで、体調も芳しくなかった私は「とにかく助けてほしい。わが家だけでは見きれない」と訴えたのを覚えています。 看護師さんに気軽に相談できた入院中と違い、退院後は相談相手もおらず、いろいろと困っていても調べることもままならなかったので、保健師さんが家にきてくれるのは本当に待ち遠しかったです。 待ちに待った新生児訪問新生児訪問では「人工呼吸器の移動時間に制限があるため、車を身障者用に停められる利用証が欲しい」「上の子や私たち両親が病気になったとき、息子に移らないようにどこかに預けたい」などさまざまな支援を保健師さんに訴えました。 医療的ケアそのものについては、人工呼吸器のメーカーや病院のサポートで十分だったので、自治体には息子へのケアを少しでも手伝ってもらって、私は上の子たちの心のケアをしたいという思いがありました。 医療的ケア児はつきっきりで育てる前提?身障者用駐車場の利用証に関しては「今の息子さんの条件ではもらえない」、預け先に関しては「医療的ケア児を預かれる保育園はなくもないが、市で一時保育が利用できるのは1歳以上」という回答でした。 あとになって保育園以外の預かり先として、小児レスパイト入院(※)という選択肢があることを知りましたが、保健師さんからそういった情報の説明はありませんでした。 精神的に弱っていた私は「医療ケアが必要な赤ちゃんをもつ親はつきっきりでその子を優先して、出かけることも許されないのか」とがっかりしました。 (※)小児レスパイト入院:医療的ケアが必要な子どもの家族をサポートすることを目的とし、家族の一時的な外出や休息のほか、何らかの理由で養育ができない期間に医療的ケア児の短期入院を受け入れる制度。 欲しかったのは家族全体のケア私が住んでいる自治体の支援は「医療的ケア児は親がつきっきりで見る」という前提であるように感じ、医療的ケア児の家族である私たちにとっては、あまり役に立ちませんでした。 特に上の子たちには、息子の入院中からたくさん寂しい思いや我慢をさせてしまっていたので、もっと「医療的ケア児の家族全体」に寄り添った支援が欲しかったなぁと思います。 新生児訪問に訪れた保健師さんは医療的ケアに詳しい方でしたが、そういった相談は直接こども病院にしていたので、残念ながら私たち家族にとってはあまり必要な支援がありませんでした。しかし、その後も保健師さんから定期的に電話などがあり、そのたびに「ひとりではないんだな」と思えたので、ありがたかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年10月22日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 先天性横隔膜ヘルニアの手術後、長い入院を経て退院した末っ子の息子。人工呼吸器をつけた状態で不安はあったものの、やっと家族みんながそろって喜んでいました。しかし、退院したのは4月。上の子は幼稚園に入園したばかりです。入園直後のごたごたのなかで、医療的ケア児を抱えた生活はつらいものがありました。 今回は、人工呼吸器をつけた息子をケアするうえで大変だったことや、上の子たちへの影響についてご紹介します。 アラームが鳴りやまなかった退院直後退院した息子は人工呼吸器や血中酸素濃度を測る機器などをつけており、扱いが繊細で非常に大変でした。血中酸素濃度を測る機器は足の親指につけているのですが、値が下限を下回るとアラームが鳴ります。最初は固定が甘く、少し足を動かすだけではずれてアラームがよく鳴りました。 また人工呼吸器にも、はずれたり、回路の途中に問題があったりしたときのアラームがあります。回路に結露がたまるだけでアラームが鳴ってしまうのです。センサーの固定方法や結露がたまりにくいような回路を見つけるまで、3日くらいはかかったと思います。息子は寝ていて、危険な状態でもないのに、毎晩電子音にたたき起こされる日々は非常につらかったです。 服薬に苦戦!初めての授業参観も遅刻息子は当時1日3回服薬していましたが、そのなかに苦くて溶けづらい薬が混じっており、飲ませるのに毎回苦戦していました。息子が嫌がるのはもちろんのこと、大人用の錠剤を砕いたその薬は他のものより粒子が大きく、しばしばスポイトに詰まってしまうのです。退院してすぐに上の子の初めての授業参観があったのですが、服薬に手間取って家を出るのがギリギリになってしまったせいで駐車場があいておらず、30分以上遅刻してしまいました。 本来母親と一緒にするはずだった自己紹介などを、上の子が先生の膝でうつむきながらおこなっている写真をあとから見て、もっと上の子のことを優先して動けばよかったと後悔する気持ちでいっぱいになりました。 幼稚園で胃腸炎が流行!家族全滅の危機息子の人工呼吸器の扱いにもだいぶ慣れ、少し落ち着いてきたころ、普段滅多に吐かない上の子が嘔吐しました。1回吐いただけでその後は元気だったので食べ過ぎかなと思っていたのですが、次の日に下の子と夫も具合が悪くなり、同じ症状に。翌日、担任の先生から「胃腸炎でクラスの10人以上が欠席している」という連絡を受けたときにはすでに遅く、私もかかっていました。医療的ケア児の息子にうつらないか、うつったらどんなに危険な状態になるのか本当に怖くて、息子の病院に泣きながら「もう一度入院させてください」と電話をしてしまったほどです。結局息子にうつることはありませんでしたが、あのときの不安は忘れることができません。 今思う、準備しておけばよかったこと冷静になった今考えると、もう少しきちんと準備していれば防げたトラブルもあったと思います。特に、病院側が提案してくれていた「退院のトライアル」。退院のトライアルは、定めた日数を家で生活してみて家での生活ならではの問題点を洗い出し、トライアル終了後、子どもが病院に戻ってから落ち着いた状態で問題の解決策を考える時間を持ちます。 しかし、わが家はとにかく早く息子を退院させてあげたいと思う一心でトライアルを1回しかおこなわず、家にいたのも1日だけでした。退院のトライアルをもっと長い期間数回にわたっておこない、退院のスケジュールを綿密に立てていれば、もっと問題は少なかったはずです。 喜ばしいはずの退院だったのに、たった1週間で家族全員が疲弊する結果になってしまいました。ひとりで入院している息子を見ているとかわいそうで、つい退院を焦ってしまいましたが、退院後は想像以上に大変。上の子にも負担がかかってしまったので、退院が延びても万全の準備をしておけばよかったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年10月15日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 生まれてからずっとこども病院に入院していた息子でしたが、生後4カ月で病状が安定し、ようやく退院が決まりました。とはいえ、退院後も呼吸の補助は必要な状態。そこで、息子の退院に先駆けて、人工呼吸器や酸素濃縮器などが家にやってきたのですが……。 退院後の息子に必要な医療的ケア病状が安定したとはいえ、肺が片方しかない状態で退院後も呼吸の補助が必要だった息子。鼻に取りつけるための人工呼吸器は基本的にずっとつけておかなければなりませんでした。 ただ、さすがに入浴時は人工呼吸器をつけたまま介助をおこなうことが難しいので、その時間に限って酸素吸入器に切り替えることに。このため、わが家には人工呼吸器と酸素吸入をおこなうための酸素濃縮装置の2つが置かれることになりました。 装置以外の大きかったもの退院が近づいた段階で息子の人工呼吸器は在宅治療用の物に切り替えられており、見た感じそれほど大きなものではなかったのであまりスペースの心配はしていませんでした。しかし、いざ家に来てみると人工呼吸器ではなく付属の棚の大きさにびっくり。 人工呼吸器は空気を送る際には加湿が必要となるため、病院では点滴台に精製水をつるして加湿部まで滴下していくのですが、自宅ではその棚に点滴台や加湿部を取り付けられるポールなどがあり、人工呼吸器本体をはるかに上回る大きさになっていたのです。 命を守る予備物資結局、人工呼吸器と付属の棚、それに酸素濃縮器で、ベビーベッドの枕元に約半畳ほどのスペースが必要でした。それだけでなく、人工呼吸器の予備の回路(まるまる3回分)、加湿用の精製水(段ボール1箱分)、酸素濃縮器の不調に備えた酸素ボンベなどさまざまな物資が家に運び込まれ、わが家は2階の空きスペースまでいっぱいに。 医療的ケアのための機材は命に関わる物。ありとあらゆる状態に備えるためには、たくさんの物が必要なのだと改めて感じました。 機材の配置で心がけたことまず、各機材の担当者から言われたのは「普段の動線を考えて配置したほうがいい」ということ。息子の場合、基本的にはベビーベッドにいますが、お風呂には毎日入りますし、外出時は玄関まで連れていくことになるため、お風呂と玄関には一直線で行けるようにベビーベッドと機材を配置しました。 また、機材はすべて非常用コンセント(蓄電池に繋がっていて、停電時も使用できるもの)に繋ぐ、予備の物資は上の子たちに壊されないよう目の届かないところに置くなどいざというときの安全も心がけました。 医療的ケアが必要な状態での退院ということで不安ばかりが膨らんでいたのですが、実際に機材が家に増えてくるにしたがって、息子との生活を具体的に想像できるようになりました。息子が帰ってくる前に、機材についての具体的な説明を聞き、生活に合わせて部屋を準備できたことは本当にありがたかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療的ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院で農学を学んだ経験から食についても執筆。
2020年10月08日口唇口蓋裂を持つ娘は、生まれたときから矯正歯科に通っています。最初は手術前の口腔内準備、そして術後は歯科矯正をおこなっています。今回は、口唇口蓋裂を持つ娘の歯科矯正についてお伝えします。 口唇口蓋裂による口の中の様子娘は、左上唇から左鼻の中までの口唇裂と、左上歯茎から上あごまでの長い範囲で口蓋裂がありました。そのため、自力では母乳が吸えず、上あごに隙間があることから育児用ミルクも飲みにくい状況でした。 また、離乳食が始まると、食べ物が鼻のほうに入ってしまうなどうまく離乳食を食べられない状態になりました。加えて歯茎にも裂があったため、上の歯並びがよくありませんでした。舌が長く、とても器用に動く点はよかったのですが、話をするときは鼻にかかった感じの発音になりました。 赤ちゃんのころの治療の様子母乳を吸う力がないためミルク育児でしたが、上あごに裂があって育児用ミルクを飲むことも難しいため、主治医から紹介された矯正歯科に通院。口唇口蓋裂における歯科矯正の説明も、写真などを使って詳しく聞くことができました。 矯正歯科ではまず口の中の型を取って、裂の部分に装着する「ホッツ床」を作ってもらいます。鼻の形を矯正する器具も一緒になっているタイプで、毎日装着します。定期的に来院し、成長に合わせて大きさなどを調整してもらいました。 幼児のころの治療の様子娘が1歳2カ月のときに2度目の手術を受けて「ホッツ床」は必要なくなりましたが、乳歯が生え揃ってきたときに歯が3本重なっていたり斜めに生えたりと、上の歯が不揃いになってしまいました。 そこで、引き続き矯正歯科に通い、まだ乳歯の4歳ごろから簡単な器具を装着して矯正をおこなっています。1カ月に1回のペースで通っていますが、ありがたいことにこちらも自立支援医療を市役所に申請することで、無料で治療を受けられています。 手術後は、主治医である形成外科受診よりも矯正歯科受診の頻度のほうが高くなりました。永久歯が生え揃ってから本格的な矯正が始まるとのことで、これからも長くお世話になりそうです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。
2020年10月08日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 生後4カ月間に渡り入院していた息子。いよいよ退院が近づき、人工呼吸器をつけた状態で移動する練習をおこなうことになりました。基本の移動はベビーカー、退院時は車での移動が必要となります。思った以上に重く、大きい人工呼吸器。人工呼吸器から息子に至るホースも複雑で、特にベビーカーに載せるのは大変でした。 おさがりのベビーカーで大丈夫?退院を半月後に控え、移動の練習のため、看護師さんからベビーカーを持ってくるように言われました。人工呼吸器を使いながら移動している医療的ケア児は見たことがあったものの、子ども用車椅子を使っているイメージだった私は、ベビーカーでいいのか看護師さんに聞いてみました。 「赤ちゃんに子ども用車椅子は大きすぎるかも。でも確かにベビーカーには人工呼吸器が載せられないものもあるので、大丈夫なタイプを調べて買う方も多いですよ」。看護師さんの返事に、おさがりのベビーカーを使うつもりだった私は一気に不安になり……。 どんなベビーカーならいいの?当時の息子に必要なのは人工呼吸器だけで、酸素ボンベなどは必要なかったため、人工呼吸器と血中酸素モニターさえ載れば問題ありませんでした。使用していた血中酸素濃度モニターは厚めのスマホくらいのサイズだったので、人工呼吸器の本体サイズである幅30cm、奥行き20cm、高さ30cmくらいの積載スペースがあれば十分です。 幸いわが家で使っていたのは3輪タイプの大きめなベビーカーで、積載スペースも問題ないように思えました。 人工呼吸器は載ったけど…まさかの盲点移動の練習の日、人工呼吸器は問題なくベビーカーの積載スペースに載せることができました。息子と人工呼吸器をつなぐホースも包帯でベビーカーの持ち手に縛ったりすればどうにかなりました。 「いよいよ出発!」と思ったのですが、なぜかベビーカーが動きません。よく見てみると人工呼吸器の本体を載せている積載スペースの下に後輪ストッパーがあり、5kgを超える人工呼吸器の重みでストッパーがかかってしまっていたのです。 人工呼吸器と共に移動する大変さを痛感幸い、本体の位置を少しずらすとストッパーがかからずに済み、何とか移動することができました。しかし、段差などがあればまた人工呼吸器がずれて、ストッパーがかかってしまうこともしばしば。 それ以外にもホースの途中に結露がたまって、人工呼吸器のアラームが鳴ってしまうなどさまざまなトラブルがあり、ただ「息子をベビーカーで駐車場まで連れて行き、車に乗せ替える」だけの練習に数時間かかりました。 移動の練習中は看護師さんがたくさん手伝ってくれたので、終わったときには「これを自分たちだけでできるのか」と不安な気持ちでいっぱいでした。退院を前に、医療的ケア児の移動のハードルは健常児の比ではないと痛感したできごとです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院まで学んだ食についても執筆。
2020年09月30日アメリカ・ミシガン州に暮らす2歳のベントレー・ボイヤーズくんは上唇が割れたような状態になる『口唇裂(こうしんれつ)』という先天性異常をもって生まれました。海外メディア『WILX10』によると、ベントレーくんは2度の手術を経て、日に日に心身ともに強い男の子に成長しているといいます。ある日、ベントレーくんの父親のブランドンさんはニワトリを探して地元の動物保護シェルターを訪れました。そこで彼は1匹のメスの子犬に目を留めます。なんとその子犬はベントレーくんと同じ『口唇裂』をもっていたのです。男の子とよく似た子犬が運命の出会いブランドンさんはすぐに妻のアシュリーさんにFaceTimeでその子犬を見せました。すると彼女は「その子犬を引き取って!私たちにはその子が必要よ!」といい、夫婦はすぐに子犬の里親になることを決めます。アシュリーさんはベントレーくんが子犬を見て「自分はひとりぼっちじゃない。口唇裂をもっていてもほかの人と何も変わらないんだ」と思って欲しかったのだそう。そんな母親の願いはまさにその通りになりました。子犬と初対面を果たしたベントレーくんがこちらです。Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020自分と同じ特徴をもった子犬との出会いに喜びを爆発させるベントレーくん。弾ける笑顔から彼がどれほど嬉しいかが伝わってきます。シェルターのスタッフいわく、口唇裂をもった犬はとても珍しいのだそう。しかしこの子犬はとても元気で、将来的にも健康状態に問題はないだろうと語っています。ベントレーくんも子犬も、生まれた時から明るくて元気いっぱいだったといいます。そんな素敵な共通点も彼らにはあったのですね。Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020Posted by Jackson County Animal Shelter - Michigan on Thursday, September 3, 2020ベントレーくんは将来、骨移植の手術を受けなければならないということです。しかしこれからは彼の大親友となった子犬がいつでもそばで支えてくれます。それはとても心強いことでしょう。ベントレーくんと子犬の出会いはきっと偶然ではなく運命だったのでしょうね。[文・構成/grape編集部]
2020年09月24日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。息子が入院していたこども病院では、入院している息子だけでなく、上の子を含めた家族のケアにも気を使ってくれました。息子の容態が安定してGCU(新生児治療回復室)に移った日、本来病棟内に入れない上の子たちとの面会(特別面会)についての説明があり、家族みんなで楽しみにしていたのですが……。 特別面会とは?感染防止の観点から、18歳未満の面会は原則禁止(18歳以上は患者の親と連れ添って1人まで面会可能)となっているGCU。しかし18歳未満のきょうだいがいて入院期間が長い場合などは特例措置として個室での面会が認められており、この面会は「特別面会」と呼ばれていました。 息子の場合はGCUに移った時点で容態が安定していたので、すぐに特別面会を手配してもらえることに。1週間後に予約してもらった特別面会を家族みんなで楽しみに待っていました。 インフルエンザでまさかの延期特別面会を予約して帰った土曜日、長女が熱を出しました。幸い月曜日には熱が下がったのですが、夕方ごろ幼稚園から「インフルエンザが流行っているため明日から学級閉鎖です」との電話が。「まさか娘も?」と思っていると、その夜に次女が発熱。病院で検査してみるとやはりインフルエンザでした。 家族全員インフルエンザの予防接種は打っており、娘たちも軽症で、私や夫にうつることもなかったのですが、こども病院と話し合った結果、特別面会は延期することになりました。 少し不安だった子どもたちの初対面上の娘たちの体調も整い、やっと特別面会をおこなえたのは息子が生後2カ月半を過ぎたころでした。念入りに手洗い消毒をし、マスクをつけて、ガウン代わりのスモックを着せられた娘たちは緊張の面持ち。看護師さんについて、家族みんなで息子のいる個室へ向かいます。 生まれてすぐのころと比べるとだいぶ身軽になったとはいえ、まだ鼻に人工呼吸器がついている息子。写真は見せていたものの、いわゆる「普通の赤ちゃん」ではない息子に娘たちがどう反応するか私は少しだけ心配でした。 離れていてもちゃんときょうだい「かわいい! 触ってもいい?」。長女がそう言いながらちゅうちょなく息子に手を伸ばしたときは本当にホッとしました。看護師さんから息子を抱っこさせてもらった長女は、私が「重いでしょ? 代わろうか?」と言ってもなかなか抱っこをやめず、緊張していた次女も息子の頭をわしわしと無遠慮に撫でまわしています。 そして、当の息子は初対面の姉たちを不思議そうにじっと見つめたまま、何をされても一切泣かずに1時間超の面会を終えました。 「医療的ケア児の息子を上の子たちが受け入れられないのではないか?」という私の不安は完全に杞憂(きゆう)に終わりました。ずっと会えなくても、初対面で打ち解けた子どもたちの姿に、きょうだいの絆の強さを感じた忘れられない出来事です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院まで学んだ食についても執筆。
2020年09月18日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 息子は、生後4カ月に渡りこども病院に入院していたのですが、こども病院では感染予防の観点から大人以外の面会は基本的に禁止されていました。息子の入院が2カ月を超えたころ、息子の状態が良くなってくると、上の子たちは一度も弟に会えないことに疑問を持ち始めていました。 息子の病気、どこまで説明する?当時、息子の姉にあたる長女と次女は4歳と2歳、息子の病気について理解するのは難しい年齢でした。そもそも横隔膜に穴が開いていたことで、肺が未発達になったという息子の病状は、大人に説明するにも難しいもの。 ただ、退院後も何らかの医療的ケアが必要となる見通しだった息子の病気を、上の子たちに少しでも伝えたいという思いがありました。私と夫は息子の動画や写真をこまめに見せながら、「息子は息をするのが大変なこと」「息するのをラクにするために機械が必要なこと」などを上の子たちに繰り返し説明しました。 どうして弟に会えないの?最初こそたくさんの管に繋がれている息子の写真に衝撃を受けていた上の子たちでしたが、生後1カ月で人工呼吸器が鼻につけるタイプのものに変わり、体の動きを制限する薬も減ってからは、「目、開けてる。かわいい」「声が出たね」など弟の存在を受け止めてくれるようになりました。 そして同時に「会いたい」「どうして会えないの?」と言った言葉も増えてきました。 ガラス越しの初対面上の子たちが会いたがっていることを看護師さんに相談すると、次の面会のときに息子のベッドの位置が窓際に変わっていました。「ここからなら、お姉ちゃんたちも息子くんの様子を見られます!」と看護師さんが教えてくれたので、慌てて娘たちを窓のところに連れてくるよう夫に連絡。 やがて、ガラス越しに上の子たちの顔が見えて、私は看護師さんに促されながら息子の顔が窓から見やすいように抱っこしました。息子の姿が見えると、上の子たちはガラス越しでも声が聞こえてくるくらいはしゃいでいて、看護師さんへの感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。 GCUへ移動、そして…鼻に取り付けるタイプの人工呼吸器でも呼吸が安定するようになり、体重も少し増え始めた息子はNICU(新生児特定集中治療室)からGCU(新生児治療回復室)に移動することになりました。 GCUも大人以外の面会は原則禁止でしたが、特別に区切られた個室があり、そこで大人以外を含めた家族みんなでの面会(特別面会)をおこなうことができるのです。「やっと弟に会えるよ」と上の子たちに話して、返ってきた笑顔は今でもよく覚えています。 何カ月も弟に会えないまま、毎日のように「弟のお見舞い」としてNICUの待合室で待つ日々は、上の子たちにとってすごく退屈だったろうと思います。そんななか、病院側が精一杯きょうだいのつながりを作るサポートをしてくれて本当にうれしかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院まで学んだ食についても執筆。
2020年09月11日私の子どもは、先天異常の口唇口蓋裂を持って生まれてきました。1回目の手術は生後5カ月目のとき。口唇口蓋裂治療の第2関門である口蓋裂の手術は、1歳2カ月のときに受けました。今回は、口蓋裂の症状や2回目の手術の体験談をお伝えしたいと思います。口唇口蓋裂ってどんな様子?私の娘の場合、くちびるの裂に加えて口腔内の上あご部分にも裂があり、1cmほどの隙間がありました。口の中と鼻がつながってしまっているため、食べた物が鼻から出てくることが多く、発声も鼻がかった状態。 そのため、1回目の手術前から引き続き、上あごの隙間を塞ぐ器具である「ホッツ床」を装着し、そのおかげで育児用ミルクを飲むことや離乳食を食べることには困りませんでした。また、ほかの親御さんも言っていたのですが、舌が長くとても器用です。 入院前に「抑制筒」を準備2回目の手術は、体重が10kgになるころが目安で、娘は1歳2カ月のときに受けました。1回目の手術時と同様、あらかじめ市役所に申請して入院手術代は無料。定期受診や術前検査もすこやか医療費で無料でした。 2回目の手術の際は、術後に顔を触らないようにするための「抑制筒」という筒を準備する必要がありました。抑制筒を腕につけると、肘を曲げられないため、術後の顔に触る恐れを防ぐことができます。 私は病院で頂いたリーフレットを参考に、ポテトスナックの筒状の箱で抑制筒を作成しました。ちなみに抑制筒は、その手術時1回きりの利用なので簡単なものでした。 口唇口蓋裂の2回目の手術も無事に終了1歳となると、1回目のときより物事がよくわかっていたので、入院を少し怖がっていました。けれども手術前に眠くなるお薬を飲んだため、手術室へは泣くことなく向かうことができ、1回目より長めの3時間弱ほどで手術は無事に終了しました。 口内の手術のため、外観は変わらず、痛みもなさそうな様子で、抑制筒を腕につけてキッズコーナーでよく遊び、よく食べました。そして食後は、注射器で水鉄砲のように手術した場所を洗い流す必要がありました。 親として2回目の手術は、初めての手術よりも気持ち的には落ち着いて望むことができました。2回目の手術までは毎日「ホッツ床」の付け外しなども大変でしたが、裂もふさがり安心しました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。
2020年09月09日次女は「口唇口蓋裂」という先天異常で生まれてきました。娘の将来を考えて不安にかられた私を救ってくれたのは、娘自身でした。今回は、そのときの体験をお伝えしたいと思います。 口唇口蓋裂で生まれた娘わが家の長女は、33時間にもおよぶ難産の末に生まれました。一方で、次女の出産にかかった時間は8時間ほど。長女のときと比べるとだいぶラクな出産でした。 生まれてきた次女はすぐに大きな産声を上げましたが、出産に立ち会った先生たちは「あっ」と驚いた顔。「ちょっとお口が……」と言う先生たちの様子を見て、私は不安にかられました。抱っこをした娘の口にはテープが貼られていました。 娘のくちびると歯茎、上あごに隙間が産後、少し落ち着いてから、「あなたの娘さんは口唇口蓋裂です。でも、今はきれいに治りますよ」と医師に言われました。長女の出産時は命に関わる状態だったので、それに比べると不安は少なくもありましたが、どのような状態で生まれてきたのか、娘の口を何度も見て様子を確かめました。 娘のくちびると歯茎、上あごには隙間があったのですが、痛みはないようで安心しました。また、出生体重が3,300g以上だったからか、体つきはしっかりとしていました。 “娘の笑顔”が私を救ってくれた最初は不安が少なかったものの、全身麻酔をして手術を何度も受けねばならないことや歯科矯正が必要なこと、言語や耳に少なからず障害が出てくるということがわかり、娘の将来を考えた私は急に不安にかられました。 そんなときに私を救ってくれたのは、娘の笑顔でした。生まれて3日後に「にこっ」と笑顔を見せてくれたのです。最初は偶然かと思いましたが、何度もにっこり。「心配ないよ。私は大丈夫」と言ってくれているようで、私の不安は吹き飛びました。 娘は現在6歳。これまで2回の手術を無事に終え、元気に成長しています。治療はまだまだ続きますが、あのときの笑顔を思い出すたびに、娘と一緒に乗り越えていこう、そんな気持ちと勇気が湧いてきます。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。
2020年08月23日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。 おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 3人目を妊娠中、おなかの子が横隔膜ヘルニアと診断され、こども病院に転院することになった私。産後の処置をスムーズにおこなうため、普通の妊婦健診と併せてさまざまな検査がおこなわれました。これらの検査は妊婦健診の助成券が使えず、思いのほか痛い出費となりました。 胎児の状態を見るため、母体ごとMRIこども病院に転院してすぐ、おなかの子の横隔膜ヘルニアの程度(横隔膜に空いた穴からどれくらいの臓器が胸に脱出しているか)を確認するため、MRIの検査を受けることになりました。 もちろん、胎児だけ検査というわけにはいかないので、私ごとMRIに入り、検査を受けることになります。胎動が止まったタイミングでしか撮れないということで、検査はおよそ1時間にも及びました。 血液検査やエコーもやり直しそれまでも何度かこども病院でもエコーは受けていましたが、改めておなかの子に心臓の合併症がないか見るため、MRIのあとに念入りなエコーがおこなわれました。また、おなかの子は眠らせた状態で帝王切開での出産ということに決まったため、前の病院ですでにおこなっていた私の血液検査なども再度おこなうことに……。 待ち時間もかなり長く、検査自体も長時間に渡り、すべての検査を終えた私はぐったりしながら会計に向かいました。 検査で疲れ果てた私に衝撃の会計会計窓口に呼ばれほっとしたのもつかの間、その金額を見て絶句しました。普段、妊婦健診は高くても数千円なのに、今回の領収書には数万円の金額が記されていました。 先ほどのMRI、エコー、血液検査はいずれも胎児のためのものですが、この段階での検査自体は母体である成人女性の私におこなわれたもの。さらに、妊婦健診の内容とも外れることから、助成券を使うこともできず、3割負担の金額を支払わなければならなかったのです。 胎児の病気は意外とお金がかかる私の住む自治体では、新生児の医療費はかからないようになっていますが、妊婦に関しては胎児の状態がどうであろうと妊婦健診の助成券のみです。転院時の紹介状や、片道1時間以上かかるこども病院への交通費ももちろん出ません。 わが家の場合、上の子2人を預けて妊婦健診に向かうこともあったので、その一時保育料なども含めると、妊娠中はかなりのお金がかかりました。 子どもの医療費は自治体の補助があるという認識だった私にとって、胎児の病気による医療費は盲点でした。先天性疾患の子を持つと、産後も入院時の被服費(衣類持ち込み不可の病棟で用いるおむつなどの費用)やお見舞いの交通費など、さまざまな出費があります。出産による出費以外は医療費控除や高額療養費などを使えるほどではない金額でしたが、それでも毎月数万円の負担は地味にきついものがあったので、妊娠時から何かしら補助があると助かるなと思いました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院まで学んだ食についても執筆。
2020年08月22日子どもが元気で生まれてくることは当たり前ではない。そうわかっていながらも、どこかで他人事に思っていました。これは第二子を出産したときの話ですが、私たち家族が息子に障害があるかもしれないと言われ、前を向いて歩き始めるまでのエピソードです。 妊娠から出産まで妊娠中はつわりがあったものの、妊婦健診でも特に異常と言われることなく出産当日を迎えました。出産予定日より1週間遅れ、陣痛誘発剤を使って出産する予定になっていたその夜に陣痛がきました。10時間ほどかかって自然分娩で3,536gの元気な男の子を出産。 生まれてきた赤ちゃんはしっかりと泣き声をあげていたのでほっとしていると、先生が「この子は体の左右の色が違うね」と気になることを言いました。でもこのときは、ただのあざだと思ってそこまで気にしていませんでした。 新生児健診で不安がつのる生後3日目に小児科医による新生児健診がおこなわれ、息子は最後でした。周りの赤ちゃんが特に問題もなく終わっていくなか、息子の番に。すごく深刻な顔をした先生は、「体の色が違うということは、血管に異常がある可能性があるということ。そうなると脳や神経にも何かしら異常があるかもしれないので、検査が必要です」と。 自分の心拍数が上がるのがわかりました。先生がいなくなったあともその場から動けず、あふれ出る涙。なんで元気な体で産んであげられなかったのか自分を責め、どうしてわが子なのか、受け止めきれませんでした。 事実を受け止め、前に進めるようになるまで緊急を要する病気ではないこと、また里帰り出産だったこともあり、検査は1カ月後に現在住んでいる家の近くの病院を受診することになりました。それまでの1カ月間、病名もわからずただただ不安な毎日。自分を責めたり、息子の将来を悲観したり、とにかく毎日息子を見ては泣いていました。そんな私を変えてくれたのは夫のひと言。「どんなに健康な人だって、いつ病気になるかわからない。〇〇くんは、たまたま生まれたときからそれが目に見えているだけだ。他の人と何もかわらない。彼は元気なのが当たり前じゃないのを教えてくれているんだよ」。そう言われて、元気なことが正しいことのように思っていた自分に気付きました。 検査の結果、幸い心臓や内臓に何も異常がなく、経過観察となりました。病名もこの段階では、はっきりとした診断をもらえませんでしたが、その後、「大理石紋様先天性毛細血管拡張(だいりせきもんようせんてんせいもうさいけっかんかくちょう)」と診断。検査までの1カ間、息子に申し訳なく将来が不安で泣いて過ごしていた私ですが、気持ちを切り替えどんなことがあっても息子を守り、一生支えていくと心に誓い、泣くことをやめました。そして、目の前に生きていてくれることがどんなに尊くありがたいことかを強く感じるようになりました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:天川みほし5歳女児と2歳男児の母。前職は公務員として子育て支援の仕事をしていたが、夫の転勤に伴い退職。故郷を離れ、初めての土地で子育てに奮闘中。
2020年08月22日次女は口唇口蓋裂を持って生まれたため、初めて見る人はその口の形にびっくり。私自身も心がズキンと痛むことが多い毎日でした。生後5カ月のときに手術をして、口の形はきれいになりました。今回は、そのときの悩みと工夫についてお伝えします。 初対面はテープでお口を隠されて次女が生まれたときは、先生も助産師さんたちも驚いていました。私がショックを受けないようにするためか、赤ちゃんの口にはテープが。 「お口がちょっと」とだけ言われ、何が何だかわからない状態。「口唇口蓋裂」と聞かされても知り合いにそのような症状を持った人はいなかったため、戸惑いました。恐る恐るお口のテープを取ってみたときは、ちょっと驚きましたが、動物みたいな口をしていてかわいらしいと感じました。 不安が募り、外出を避ける日々お口にずっとテープを貼っているとかぶれないか心配なうえに、授乳にも支障があるため、家の中ではテープを外して過ごしていました。家族も「手術をすれば治るから」と驚くことなく接してくれて、とても助かりました。 ただ、手術を何度も受けねばならない、矯正をし続けねばならないなど、情報を得るたびに不安に。また、外に出ればどう思われるだろうかと悩み、外出を避ける毎日が続きました。 隠さないほうが気持ちもすっきり!毎日、家の中にいるわけにはいかず、お口にテープを貼って近所を散歩することから始めました。知り合いに会うと、ちょっと考えたあとに「かわいい」と何も聞かずに言ってくれて助かりました。 初めて会う人や子どもからは「どうしてお口にテープを貼ってるの?」と聞かれ、最初は「ちょっと……」とはぐらかしていましたが、なんだか気持ちがモヤモヤ。そのうち、「生まれつきお口が割れていて。でもきれいに治りますから」と隠さず言うようにすると、逆に気持ちがすっきりしました。 手術をする前は、赤ちゃんの顔立ちや今後のことについて心配が募りました。けれど、どんどん手術痕はきれいに治っていきました。最初のつらさを乗り越えられてよかったと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。
2020年08月19日「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患を抱えて生まれたお子さんを持つママの体験談をお届けする連載企画です。横隔膜ヘルニアとは、本来胸とおなかの臓器を隔てている横隔膜に生まれつき穴が開いており、その穴からおなかの中の臓器が胸の中に出てきて心臓や肺を圧迫してしまう病気。おなかの子が横隔膜ヘルニアであると診断された妊娠中から出産までのできごとやママが感じた不安、生まれたお子さんの様子やその後の治療についてご紹介していきます。 3人目の子を妊娠していたとき、私はおなかの子に「横隔膜ヘルニア」という先天性疾患があることを告げられました。ショックだったものの、その場ではそれほどうろたえることがなく、冷静に対応して看護師さんに驚かれたのを覚えています。今回はそんな私の当時の心境や、落ち込まずにいられた理由をご紹介します。 上の子の世話で精一杯息子の横隔膜ヘルニアが指摘された妊娠28週目の健診のとき、私は当時未就園児だった上の子2人をつれて病院に来ていました。病気を確認するための念入りなエコーや、転院の手続きなどで待ち時間が長かったため、上の子たちはかなり機嫌が悪く、私は正直その対応でいっぱいいっぱい……。 あまりおなかの子のことを考えると、帰りの運転もおぼつかない気がしたので、なるべく考えないようにして帰路につきました。 うれしかった夫の言葉家について、私は仕事中の夫に今日の健診についてLINEを送りました。すぐに夫から電話がかかってきて、詳しく説明していきます。病名は横隔膜ヘルニア、県立こども病院へ転院になること、そして、医師の態度から察するに軽い病気ではないことを伝えました。 夫は一つひとつ冷静に受け止めてくれて、「とりあえず健診の日は全部有給休暇をとる」という現実的な対応策だけを言ってきました。励ますでも慰めるでもないこの態度は、複雑な心境だった私にとって本当にありがたかったです 自分の病弱だった経験が強みに横隔膜ヘルニアである息子は設備の整っている県立こども病院で出産することになったのですが、実は私も子ども時代、難病指定の病気になって他県のこども病院に入院していました。 それ以外にも喘息やアレルギーなど常に何かしらの体調不良と共に大人になった私にとって、病気は絶望するものではなく、向き合って一緒に暮らしていくものという認識があります。病弱な自分だからこそ、すぐにおなかの子の病気と向き合う覚悟ができました。 検索魔になった私だったけどそれ以降、時間ができたらおなかの子の病気について調べるようになりました。しかし、病気に関する情報は少なく、次第に私が調べるのは一時保育やファミサポといった方面に。これがかえってよかったのだと思います。 一時保育やファミサポの手続きなどでおなかの子の病気について話すと、頭の中がどんどん整理されていきます。ひとりで抱え込まず、いろいろな人に話を聞いてもらえたことで、落ち着いた状態で残りの妊娠期間を過ごすことができました。 妊娠中期におなかの子の病気がわかり、うつうつとした妊娠期間になるかと思いきや、上の子の世話など良い意味で忙しく、病気のことを考え過ぎずに済みました。出産後は凄まじいストレスだったので、妊娠中を穏やかに過ごして心身ともに力を温存しておけたのはつくづくよかったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:岩崎はるか2女1男の母。両実家とも遠方のためワンオペ育児中。先天異常の影響で肺が片方しかない医療ケア児を含む3人の子を育てた育児体験談のほか、大学院まで学んだ食についても執筆。
2020年08月17日赤ちゃんは誰でもハイハイすると思っていた私。おすわりは早かったものの、うつ伏せは苦手でなかなか動こうとしない娘は、座ったまま不思議な方法で移動するようになりました。すべてが初めてで手探り状態の育児のなか、「自分の子どもが周りとは違う」ということに悩み、気持ちが沈む日々でした。今回は、娘が生後9カ月でシャフリングベビーと診断されるまでの経緯や周囲の反応、そして当時の私の心境と葛藤をお伝えします。 わが子はシャフリングベビーかも?生後5カ月でおすわりができるようになった娘は、一方で生後7カ月を過ぎてもなかなか寝返りをしませんでした。ハイハイもする気配がなく心配していたら、いつの間にか座ったまま移動をするように。 持っていた育児書には、体の発達の順序が入れ替わったり、ハイハイをしなかったりする場合もあるとあり、赤ちゃんの成長は個人差が大きいと頭では理解していたつもりでした。しかし、実際にわが子が一般的な成長過程とは異なる現実を突きつけられると、冷静ではいられなくなるものです。 検索魔になって不安な日々当時は海外で出産・子育てをしていたので、日本語の育児書が入手困難な上に、子育て支援センターで気軽に相談にのってもらうような機会もありませんでした。それゆえ、情報収集は主にインターネットからでした。 知識は得られても、調べた情報が正しいものなのか判断が難しく、不安は拭えなかったことを覚えています。夫が赤ちゃんのころに同じ移動方法をしていたことを義母から聞いたあとは、遺伝かもしれないから仕方がないと自分に言い聞かせて過ごしていました。 好奇の目で見られることが耐え難い娘の独特な移動方法は好奇の目で見られ、次第に外で遊ばせるのがおっくうになりました。周囲の人がおもしろがる反応に対して、「恥ずかしい、隠したい」という気持ちになり、そのたびに自己嫌悪に陥りました。幸運にも否定的な言葉を言われたことはありません。 しかし、「動きがおもしろい」「珍しくてかわいい」というポジティブな意見をもらっても前向きになることは難しかったです。当事者でなければ、この苦悩はわからないと思い込み、表現しがたい負の感情に捉われていたのです。 小児科医に相談した結果を受けて…不安な気持ちが和らぐきっかけをくれたのは、娘の主治医です。9カ月健診のときに相談し、骨や筋肉、股関節を調べてもらいました。結果、シャフリングベビーという診断でしたが異常はなく、1歳健診まで様子を見ることになりました。 不安を感じたら「座って移動するのは彼女の個性で、医者の観点からはノーマルだから安心しなさい」という医師の言葉を思い出すように心がけました。私の考えを見透かしたように、立ち上がるのも遅い可能性が高いこと、フィジカルセラピーでの訓練も可能なことを説明してもらえたことも大きいです。結局、娘はハイハイしないまま1歳2カ月でつかまり立ちを始め、1歳4カ月でひとり歩きするようになりました。現在は4歳になり、健康に過ごしています。 当時は視野が狭くなり気が付かなかったけれど、皆それぞれ違う点で子育ての悩みを抱え、向き合っているのだと今ならわかります。専門家の意見を聞き、冷静に物事を見ることの大切さを実感しました。親身に寄り添い、そのことに気付かせてくれた小児科医には感謝の気持ちでいっぱいです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:新居はるみ1男1女の母。パートナーの転勤でアメリカ滞在中に2人の子どもを出産。自身の経験をもとに旅行、海外生活、子育て系の記事を中心に執筆。
2020年08月16日