と、洗面台の鏡に映った自分のセーターに毛玉がびっしり付いていることまで精細に見えてしまった。足元のスニーカーの泥汚れも気になる。朝からこんな部屋着みたいな格好で働いていたのか、私は。こちらが禅ちゃんをガン見するぶんにはよいが、もし禅ちゃんにガン見され返されたら、羞恥に耐えられるだろうか。
その晩のチケットはファンクラブ経由で購入したため、周囲に座るのはだいたい「同担」の皆様である。さらに前方の席にいるのは、タカラヅカ出身の主演女優を推す皆様だろう。客電が落ち、オーケストラが奏でるオーバーチュアが流れる直前、ざっと見渡す。やっぱりだ、みんな、おめかししている……!
念のために断っておくが、これはドレスコードの話ではない。
宮中晩餐会か仮装舞踏会かLUNACYの黒服限定GIG(※)でもない限り、一般的な興行で来場客の服装に縛りが設けられることはそうそうない。東京日比谷の帝国劇場など、公式サイトにわざわざ「くつろげる装いでお気軽にお越しくださいませ」と明記して、客同士が他人の身なりにケチをつけることを牽制しているくらいである。同じ日の同じ劇場に、フォーマルな夜会服で訪れる人がいる一方、穴あきジーンズにサンダル履きでも追い返されない。