ガチオタが揃いの法被やテーマカラーを身にまとうのは勝手だが、全員に購入や着用の義務があるわけでもない。それが平等というもので、だから客の自分がおめかしする「必要はない」、裸でないだけマシだろう……私も長らくそう考えていた。
そもそも1年365日、ずっと普段着で過ごしていたから、ショップ店員が「ちょっとしたパーティーに最適ですよ!」と薦めてくるようなよそゆき服の存在意義がわからなかった。「よそゆき」って、どこ行きだ?ファッション雑誌をめくると、朝はオフィス仕様で出勤した女性が、夜になるとサッと小物を持ち替えてドレスアップする着回しコーディネートがどしどし出てくる。デートだか女子会だか知らないが、仕事着のまま行ってはダメなのか?
いやいやそうじゃないんだよ、と教えてくれたのは、デート相手でも女子会に集う友達でもなく、満天に輝くポップスター、各界の我が推したちだった。コンサートや芝居、スポーツの試合、寄席に公開録音に大盤解説会。入れ上げた対象を節操なく追いかけ、広義のライブパフォーマンスに足を運ぶようになると、「場」に持ち込まれたあらゆる要素とその影響について、考える機会も増えた。拍手も笑いも歓声も、はたまた針の落ちる音が聞こえるほどの美しい静寂も、ステージと客席の一体感なしには生まれない。