なんでもいいからキラキラしたスゴイものが観たい、この世のものとは思えぬ現実を体験したい、と思うなら、まず自分がボルテージをアゲアゲにアゲて「場」に臨むのが、極めて合理的で費用対効果も高いのだ。スケジュールを調整して膨大なコストを費やし、とくに頼まれてもいないのに何度でも飽きずに推しに会いに行く。オタクはそこまでで精魂尽き果てるから、おめかしする「必要はない」、というか元気と金がない。でも、他ならぬ自分自身の満足度を最大化させるために、思う存分おめかしをする「自由がある」とも言える。
学生のとき熱心なサッカーファンの友達がいて、自宅のテレビで観戦するときさえも、いちいち推しチームの応援ユニフォームに着替えていた。家飲みに招かれた他の仲間は普段着で、「ここスタジアムじゃないのに」「あんた選手から見えてないよ?」と笑ったものだ。今なら彼の気持ちがわかる。たとえ誰にも見られていなくたって、自分なりの勝負服に袖を通すことから、参加型エンターテインメントが始まっている。
ただ服を替えるだけ。酒やドラッグを注入するのと違って、健康を損ねたり他人に迷惑をかけたりしないのもよい。
かくして私のワードローブは、いつの間にか「ちょっとしたパーティー」