姪の仕事を「しゃべくりやな」といっていた伯父 急逝後、発覚した『事実』に涙
ところが、その伯父さんの反応はまるきり異なっていた。
「ライターというのは何をどうする仕事や?」
「今は取材モノが中心で、話を聞いて、その内容をまとめて…」
「人と話をする仕事か?」と、いきなり前のめりになる。
「まあ、そういえばそうだけれど、聞いた話を文章にするまでが仕事だから…」と、なぜか私はしどろもどろ。
「そやけど、うまいこと言うて、相手に話してもらわなあかんのやろ。ほな、おっちゃんと同じや」
伯父さんは細い目を一層細くしてにっこり。
「しゃべくりの仕事やな」と断定した。
私が子どもの頃、伯父はタクシーの運転手だったのを覚えている。その後、自動車教習所の教官を経て、今は所長なのだとか。
たしかに、大勢の人を指導する「しゃべくりの仕事」と言えるだろう。
教習所の校長先生のような務めとライターが同じのはずがない。そう思いながらも、私はうやむやに頷いてみせた。ただ、「しゃべくりの仕事」という言葉だけがいつまでも耳に残った。自分の中で何がどう変わったのかはわからない。それ以来、「しゃべくり」を意識することが増えていった。インタビューの際、私の発する言葉が目の前の相手にちゃんと届いているかを確かめるようになった。