旅先のホテルで、固い表情のままたたずむ高齢女性 添乗員が声をかけると?
リンツのお菓子であるリンツァートルテをどうしても買いたいのです…。私の長年の夢でした。どうかお願いします…」と言った。
すぐさまフロントに行くと、「近くにパティスリーがあってそこで買えるけど、間もなく閉店時間だから間に合わないかもしれない…」と言われた。
外はすでに真っ暗で小雪が舞い始めていた。あと、3分…、彼女の足では到底間に合わない。ヨーロッパではこういう場合、時間オーバーして対応してくれることは、まず無い。残念だけど諦めてもらうしかないか…。
振り返った瞬間、まっすぐに向けられた彼女の瞳が私の心を別の方向に突き動かした。
「約束は出来ませんが…いってきます」と告げると私は一目散に駆け出した。
店に着いたのは、正に店員が鍵をかけようとしていた時だった。「リンツァートルテをください。お願いします」大声で叫ぶ私に、店員は無情にも首を横にふると「また明日」と言った。
「明日はないんです。今しか…今しかチャンスはないんです。お願い、リンツァートルテを!お願いです…」
すると店の奥から店主らしき年配の女性が顔を覗かせ「こんなことは初めてよ」と肩をすくめて笑いながら私を店に招き入れた。