旅先のホテルで、固い表情のままたたずむ高齢女性 添乗員が声をかけると?
ホテルの外で私の帰りを待っていた彼女は、両手にかかえた大きな箱を見つけると満面の笑みで私を抱き寄せ「ありがとう。本当にありがとう」と何度も繰り返した。
言うまでもなくリンツは彼女にとって特別な場所だった。不慮の事故により、30歳という若さでこの世を去った夫とリンツでリンツァートルテを食べる旅を計画していたことを、あとで聞いた。
「50年かかったけど漸く叶ったわ」とガラスが割れたままの遺品の腕時計をいとおしそうに見つめていた。
バスドライバーに頼み込み、翌朝30分早くホテルを出てリンツの街並みを車窓から眺めた。前日の雪がウソのようにスッキリと晴れた青い空がどこまでも広がっていた。
帰国して数日後、私は思いがけず彼女から配達物を受け取った。
「旅のお礼に、プロのパティシエとして心を込めて焼きました。プロの添乗員さんへ」というメッセージが添えられたリンツァートルテは、本当に美しく、そして、美味しかった。
現在私の仕事は新型コロナの影響で100%止まってしまい、先も読めない状況下にある。世の中のシステムも大きく変化した。アフターコロナでは、ツアーの形態も大きく様変わりするかもしれない。