くらし情報『宝来館女将 亡くなった従業員の分も「生きっぺし」W杯誘致へ』

2019年3月11日 11:00

宝来館女将 亡くなった従業員の分も「生きっぺし」W杯誘致へ

2キロあった砂浜は、津波で半分になり、松林は50メートルほどしか残っていない。松林の残骸を撤去するブルドーザーが行き交う浜を眺めながら、笹田さんが言った。

「ここはニュージーランドやオーストラリアのラグビー場に似ているよ。港から芝生が見えて、すぐ近くにスタジアムがあるんだ。ここでW杯がやれたらいいね」

岩崎さんははじけるように、叫んでいた。

「やってけれ!絶対に釜石でW杯をやってけろ!」

’60年代、製鉄の街として隆盛を極めた釜石は、ラグビーの街でもあった。新日鐵釜石ラグビー部は、’79年から日本選手権7連覇を遂げ、8度、日本一となって「北の鉄人」と呼ばれるほどの活躍を見せた。当時、20代だった岩崎さんも、当然、熱狂した。


「ラグビーの街にW杯が来る。これほどピッタリなことはない。世界じゅうから根浜の海に、ラグビーファンが集まるんです!」

岩崎さんの夢が広がった。ラグビーW杯は、夏季五輪、サッカーW杯と並ぶ世界3大スポーツの祭典だ。試合は全国12カ所のスタジアムで行われ、開催を受け入れる自治体には大きなスタジアムがあることが条件だった。

しかし、釜石は大震災で壊滅状態に陥ったばかり。

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