93歳の推し活がバズり中!闇市にも浅草にも松潤ほどの男はいない!
「あたしはふだんどおりにしてるだけなのに、最近は北海道や沖縄など日本中から『いつも見てます』というお客さんや修学旅行生が店までやってきて、握手されたり、一緒に写真を撮ったりするから驚いてるのよ。はい、おかげさまで、売り上げもそれなりに(笑)」
10月半ば、取材にうかがった日も、千恵子さんは店先で、ガラス張りの商品ケースをはさんで、お客と会話を楽しんでいた。
「はい。葉唐辛子の佃煮としそ昆布ね。ごめんなさいね、あたし、こんな商品台に寄り掛かっちゃって。なにせ年なもんで」
「“93歳の看板娘さん”ですもんね。インスタで見ました。お会いできてうれしいです」
練馬区から来たという60代の女性は、「離れて暮らす母親を思い出しました。
お元気で長生きしてくださいね」と言い残して、やっぱり笑顔で帰っていった。
「お客さんが喜んでくれる顔が、あたしのエネルギーだね」
自他ともに認める話し好きで、それこそが「健康法」。たしかに、2度のがん闘病を経験し、現在も要介護1の認定を受けているようにはとても見えない。
■3歳から一家のご飯炊き。10歳でリヤカーを引いて魚を売り、戦後は闇市でラーメン屋を
1929年(昭和4年)