"惰性の世界" から抜け出すために必要なたった1つのこと〈タイタニック〉【洒脱なレディ論】
その状況に辟易し、自殺を図ったローズにとって、助けに来たジャックはまるで青天の霹靂だったに違いない。当時のジャックは世界中を旅しながら絵描きで日銭を稼ぐその日暮らしをしていた。タイタニック号の乗船券もポーカーで勝ち取ったというほど。"奴隷船" にいた彼女にとって、服を脱ぎありのままを描いてもらうという選択は、自身を取り巻く世界のすべてを拭い去り自由になりたいという意思を暗に示していたかのようだった。ご存知の通り、その夜氷山に衝突した "浮沈船" は、1500人以上の命を伴い海の底へと沈んでいく。凍死したジャックとの別離は、同時に親の強制や婚約者の脅威といったこれまでローズを縛り付けていたものからの別離でもあった。深い悲しみは同時に、お家や婚約といった重い錨を振り解きようやく自由に人生の航海を漕ぎだしたローズの門出でもあったのだ。仮に、ジャックと出会うことなくタイタニック号が沈没していたとしても、上流階級女性であったローズは救命ボートに乗り、翌朝カルパチア号に救助されただろう。
だが異なるのは、きっと彼女の横にホックリー卿と母ルース・デウィット・ブケイターが寄り添っているであろうこと。乗船前と全く変わらないこの状況こそ彼女にとっての死を意味しており、その意味でジャックは死の淵にいた(実際に出会いの場所は自殺を図った船の淵だったことも暗示しているように思う)