「正しい(とされる)生き方を選ぶ」ことが今の私たちのやることではない
「女子大生」だったあの頃のように、一律「おばあちゃん」になれる。そうしたら、今疎遠になってしまっているあの子やその子とも、またみんなで集まってワイワイやれるんじゃないかって、私は夢見てしまうのです。
もちろん、現実には自由にできるお金に格差があったり、昔の友人と連絡をとろうにも難しかったりして、「高校の頃のあのメンバーがそっくり揃って大集結!」ってわけにはいかないでしょう。
要は「一度形成されたクラスタが高齢者になることによって解体される」という話で、「キャリア」とか「恋愛」とか「子供」とか、今私たちが悩んでいることが完全に過去のものになる日が、いつか必ずやってくると思うんですよね。
いってみれば、キャリア系もママ系もアウトロー系も、プレイしているゲームがちがうだけです。そこに価値や難易度の高低はない。
だから70歳になって、ほぼすべてが片付いて「アガった」ら、重要なのは「自分がしてきたゲームからいかに面白い話を引き出せるか」、これだと思うんですよ。関係がフラットになったら、話が面白くて気の利くヤツがいい思いをするに決まっています。
そこから逆算すると、おひとりさまもおひとりさまじゃない人も、今の私たちがやらなければならないことは、結婚するとかしないとか、子供を産むとか産まないとかの「正しい(とされる)