「同じ月齢のよその子どもはもうおしゃべりが達者なのに、うちの子どもはまだ話す気配すらない」――。そんなことがあれば、誰もが我が子を心配してしまうものです。そんな不安を解消すべくお話を聞いたのは、静岡大学情報学部客員教授でチャイルド・ラボ所長の沢井佳子先生。発達心理学を専門とし、『しまじろうのわお!』(テレビ東京)などの幼児教育番組や幼児向け教材の監修を行っています。沢井先生は、「子どもの発達は、『何歳でなにができるか?』ではなく、『できるようになっていく順序』が大事」だといいます。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)発達とは、生得的なプログラムが順に発動していくこと親であれば誰もが我が子の発達が遅れていないかと気になります。でも、「○歳だからなにができなくてはいけないはずだ」と思い込んで、「遅れているのは能力に問題があるから?」と心配をする必要はありません。人間の発達は、「あることができてから、次のことができるようになる」といった、発達段階の順序が定まっていて、多少の遅れがあったとしても、順番を踏んで、あとあと発達していくからです。なぜそのような順序の定まった発達が起こるのかというと、人間にはサバイバルのためにあらかじめさまざまなプログラムがインストールされているからです。たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんにお母さんが「ベーッ」と舌を出す姿を見せると、赤ちゃんは、お母さんの顔をじっと見つめたあと、なんと舌を出します。わたしも息子が生まれたときに実験して確かめました。つまり、人間は生まれつき模倣のプログラムを持っているということになる。いちばん身近にいる養育者――親を模倣することは、赤ちゃんにとってサバイバルのすべを学ぶということなのです。よく「子どもは試行錯誤して学ぶ」といいますが、じつはそうではありません。試行錯誤とは、たとえば手足をめちゃくちゃに動かすような、無駄な行動を何度も繰り返して、目的のために効果的なものを選んでいく過程を指します。でも、赤ちゃんの場合はそうではありません。意外なほどすっと無駄なくいろいろなことができるようになる。それは、身近な人を「観察して模倣するプログラム」がインストールされているからに他なりません。このように、あらゆる発達に関するプログラムが、人間にはインストールされています。つまり、発達とはなにかというと、もともとインストールされている生得的なプログラムが、身近な人とのやりとりと、まわりの環境の刺激に誘発されて、順々に発動するということ。ですから、発達段階に合っていない知識や技能を詰め込むような教育は、効果がないばかりか、自ら行動的に遊んで学ぶ「思考の機会」を奪うことにもなりかねません。子どもとのおしゃべりや遊びを心掛けながら、次の段階を「待つ」ことが大切なのです。まだしゃべらない子どもの発達は「動作」で確認するでは、幼児の発達の順序についてかいつまんでお伝えします。0〜2歳のあいだは、論理の基礎となる大事な事柄を体全体で学ぶ時期です。それは、「ものは隠されてもそこにあり続ける」ことの理解。心理学では「対象の永続性」といいます。赤ちゃんは「いないいないばあ」が大好きですよね。0歳はじめの赤ちゃんにとって、「ものは隠されていてもそこにあり続ける」ということや「もののなかにものが入る」ということは大発見なのです。それから、2歳までのあいだはものの並び方の順序の規則性、「系列」を学ぶ時期でもあります。わたしが1980年代に心理学スタッフを務めた『ひらけ! ポンキッキ』(フジテレビ)でも系列を課題にした映像をたくさん放送しました。たとえば、「シマウマ、ペンギン、シマウマ、ペンギン、シマウマ、次はなにかな?」という遊びです。「シマウマ」と「ペンギン」の絵が順に登場するのですから、系列を理解している子どもは「次はペンギン!」としっかり答えます。こうした順番の規則性を読み取る「系列」についての理解は、「朝・昼・夜」「春・夏・秋・冬」といった、時間の繰り返しの理解や、自然数の系列(1、2、3……)の構造の理解にもかかわります。また、言葉の順番から意味を予測するという文法の理解も助けるのです。世界を理解するためには、ものの並び方の規則性を発見し、順序を予測することが大事です。でも、2歳だとまだしゃべらない子どももいますから、おうちのかたは心配なさるでしょうね。そこで、子どもの発達を言葉ではなく「動作」で確認してみてください。1歳半頃になると、まだしゃべれなくても系列などをすでに理解した子どもは「機械の操作」ができるようになります。わたしの息子が1歳6カ月のときは、『くまのプーさん』のレーザーディスクを観たいがために、テレビとレーザーディスクプレーヤーの電源を入れて、セレクターも含めたスイッチをきちんと順番に押すということをしていました。つまり、そこには系列はもちろん、因果関係についての論理的理解があるということです。また、たとえしゃべらなくても、言葉を理解しているということもわかります。子どもに向かって、指さしをしながら「○○ちゃん、あのウサギのぬいぐるみを持ってきて」というとぬいぐるみを正しく持ってきてくれる。「ウサギはどれ?」と尋ねれば、ウサギのぬいぐるみを指さす。こういうことができていれば、言語理解や指さしによる表現はできていますから、言葉を話しはじめるのも時間の問題でしょう……と安心できるのです。短期記憶が増える5歳半で一気に大人びる3歳になると、思い浮かべる力、「表象能力」がものすごく発達します。2歳児の場合は、語彙は一気に増えますが、まだ表象能力は十分に育っていません。なにかの病気で子どもが入院しないといけないというとき、2歳児に「入院だから今日は病院で寝るのよ」というと、「入院だね、わかった!」なんて答えますが、いざ病院から親が帰ろうとすると泣いて怒ってしまう。なぜなら、自分が病院でひとりで寝るということを頭に思い浮かべられないからです。でも、3歳になればそういう未来のことも、話を聞くだけでイメージできるようになります。また、表象能力が発達するということは、目の前に電車がなくても、ロープを電車に見立てて電車ごっこをして遊んだり、姿やかたちのちがうもの同士の共通性を見つけて「生きもの」「乗りもの」などの仲間に分けたりするなど、抽象的な話も次第にできるようになります。つまり、抽象物への理解が進み、文字や数について学ぶ体勢が整う時期といえます。続いて、4歳では爆発的に語彙が増えます。電車や図鑑が大好きな子どもだと、大人が知らないようなマニアックな知識も持っているということもありますよね。それらの知識にまつわる多種多様な言葉はこの時期に覚えるものです。でも、一気に増えた言葉や知識をきちんと整理できていないので、大人顔負けの膨大な知識を持ちながら、子どもらしい勘違いをしている例もしばしば見受けられ、大人が思わず笑ってしまうような面白い時期ともいえます。それから、次の大きな発達が訪れるのが5歳半頃。この時期の子どもは、短期記憶が大人の半分くらいにまで達します。コンピューターもメモリが増えるとできる作業が格段に増えますよね?それと同じように、頭のなかでふたつのことを思い浮かべて比較する、いまのことを考えながら未来の話をするということもできるようになるのです。それによって、物語のような文章をつくらせても、物語のはじまりから終わりまでの流れを認識する余裕があり、かなりのレベルのものをつくることができて、一気に大人びたように見えてきます。ここでは一般的な年齢での発達の過程をお話しましたが、先にお伝えしたように「○歳だからなにができなくてはいけない」といった思い込みや心配は無用です。年齢を輪切りにして着目するのではなく、発達の順序の進み方をご覧になって、順調ならば安心して見守ってください。逆に、親が指さしをしても一緒に見てくれないし、自分で指さしなどの動作のやりとりをしないのに、文字には関心がある……というように「発達の順番がおかしいかな?」などと感じるようなら、地域の小児専門病院、いわゆるこども病院で診てもらうことをおすすめします。■ 静岡大学情報学部客員教授・沢井佳子先生 インタビュー一覧第1回:“○歳だからこれができないとダメ!”その思い込みから親を解放する「発達心理学」入門第2回:幼い子どもの言葉が格段に豊かになる、親から子への「実況中継」という方法(※近日公開)第3回:「10まで言えるのに、5個が数えられない」?未就学児への“数”と“時間”の教え方(※近日公開)第4回:「非認知能力」という名称の流行が生んでしまった“誤解”と“困った副作用”(※近日公開)【プロフィール】沢井佳子(さわい・よしこSAWAI, Yoshiko)1959年生まれ、東京都出身。チャイルド・ラボ所長、静岡大学情報学部客員教授。認知発達支援と視聴覚教育メディア設計を専門とする。学習院大学文学部心理学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。同大学院人間文化研究科博士課程単位取得退学。専攻は発達心理学。幼児教育番組『ひらけ! ポンキッキ』(フジテレビ)の心理学スタッフ、文教大学人間科学部講師などを経て現職。他に、日本こども成育協会理事、人工知能学会「コモンセンス知識と情動研究会」幹事、日本子ども学会常任理事などを務める。幼児教育シリーズ『こどもちゃれんじ』(ベネッセコーポレーション)の「考える力」プログラム監修、幼児教育番組『しまじろうのわお!』(テレビ東京系列/2016年国際エミー賞子ども番組部門ノミネート、2019年アジアテレビ賞受賞)の監修など、多様なメディアを用いた幼児向け教材やテレビ番組の制作におけるコンテンツ開発に携わっている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月09日男女平等の意識が高まった影響もあり、料理好きな男性が増えてききました。でも、「やっぱり料理は苦手……」という父親もいます。そういう父親の場合、いくらその重要性は知っていたとしても、「食育」についてはどうしても母親に任せがちになってしまいます。それでも、料理が苦手な父親にもできることがあるようです。アドバイスをしてくれたのは、食育、家族社会学を専門とするお茶の水女子大学生活科学部非常勤講師の松島悦子先生。食育に父親がかかわることの重要性、かかわり方を教えてくれました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)父親は自分ならではの料理を!母親の料理とのすみわけが大切料理に限らず、父親が子育てに積極的にかかわることは、子どもの成長にたくさんの好影響を与えます。というのも、子どもというのは接する大人からあらゆるものを吸収するので、接する大人は多ければ多いほどいいからです。どんなに「似た者夫婦」といわれても、父親と母親では人格も子どもとの接し方もちがいます。父親が子育てに積極的にかかわれば、子どもにとっては学ぶべきサンプルがひとり(母親)からふたりに倍増するわけですから、コミュニケーション能力が高まったり、人間関係をうまく築けるようになったりと、いくつものメリットを得られるのです。もちろん、調理に父親がかかわることも子どもに好影響を与えます。とくに男の子は、父親を真似たがって父親をモデルにして成長しますから、その傾向が顕著。ですから、父親が楽しそうに料理をつくっていれば、真似をしたがって楽しく料理をするようになります。両親ともに料理することが好きな家庭などでは、調理方法によって父親と母親のつくる料理の分野が決まっているという場合もあるでしょう。揚げ物は父親の得意分野という家庭だと、中学生くらいの男の子でも父親と同じように揚げ物をするというケースも見られます。わたしは、この父親と母親でつくる料理のすみわけをすることは、円満な家庭を築くうえでとてもいいことだと考えています。父親が料理をするときに母親と似たようなものをつくってしまっては、子どももつい比べてしまいますよね?でも、父親が「○○の素を使ったチャーハン」や「秘密の隠し味を入れたカレー」など、たとえ簡単な料理でも母親とはちがうタイプの料理をつくれば、子どもからすれば「お母さんの料理も美味しいけど、お父さんの料理もまたちがって美味しい」と、どちらも尊敬することになるのです。父親が調理に参加すれば食卓が楽しくなるまた、これは父親に限ったことではありませんが、好き嫌いも親に似る傾向にあります。親に好き嫌いがなければ、好き嫌いがある場合に比べて食卓に並ぶ料理や食材のバリエーションが豊かになる。すると、子どもは幼い頃からたくさんの味に親しむことになりますから、嫌いなものが限りなく少なくなるのです。もちろん逆に嫌いなものを親自身がずっと避けていると、子どもだってその食べものを嫌いになる確率は高くなります。ここで大切にしてほしいのは、食事をしている際の親の態度です。親が「美味しい!」といいながら食べているものは、子どもには美味しく見えますし、美味しく感じられるからです。また、そもそも好き嫌いというものは、なにか嫌な思い出を伴ってできてしまうことも多いものです。親からひどく叱られたときに食卓に並んでいたものがいまでも苦手だという人もいるのではないでしょうか。でも、お父さんもお母さんも食卓で楽しそうにしていて、なんでも「美味しい!」と食べていれば、食卓での嫌な思い出ともに好き嫌いを子どもに植えつけてしまうこともないはずです。「食卓を楽しくする」ため、父親はなんでも「美味しい!」と食べるだけでなく、調理に参加することも大切です。母親だけに調理を押しつけてしまうと母親の負担ばかりが増します。そうすると、お母さんは子どもの前でもついため息をついたり不機嫌になってしまったりするかもしれない。そんな食卓が子どもにとって楽しいわけがありませんよね?母親の肉体的、精神的な負担を軽減し、食卓を楽しくするために世のお父さんにはもっともっと積極的に日々の調理にかかわってほしいのです。料理が苦手な父親にもできる「食育」ですが、まったく調理経験がない父親がいきなり調理にかかわることは難しいでしょう。もちろんそこで無理をする必要はありません。調理というかたちではなくても、子どもの食育にかかわることはできます。子どもの好き嫌いをつくらないということとは別の意味でも、まずはなによりも、食卓を楽しくするということを意識してください。料理をしてくれたお母さんに対して、「ありがとう」と感謝とねぎらいの言葉をかけて、「美味しい!」といいながら料理を食べるのです。その姿を子どもはしっかり見て真似するようになります。また、食卓で話題を提供するということもできますよね。お母さんに「これはどうやってつくったの?」と質問すれば、子どもは調理法にも興味を持つようになるでしょう。また、子どもの知識を引き出すということもできます。小学生になれば子どもたちは学校で毎日学んでいますから、大人なら忘れてしまったようなことも知っていたり、現在進行形で勉強している子どものほうが最新の知識や正確な情報を持っていたりすることも珍しくありません。栄養のこと、食べものの旬、食の安全、環境といったことについての話をすれば、学校で学んだ知識と実生活が結びつくので、学びがより楽しいものになるはずです。その会話のなかで、わからないことや疑問が出てくれば、食後にインターネットや教科書で一緒に調べてみましょう。そうすることで、子どもの食への意識はぐっと高まります。このように、料理が苦手なお父さんでもできることはたくさんあります。ここで紹介したことは一例ですから、自分の知識や経験を生かして、子どものためにお父さんができる食育をたくさん探してみてください。『白熱教室 食生活を考える』松島悦子 他 著/アイ・ケイコーポレーション(2016)■ お茶の水女子大学生活科学部・松島悦子先生 インタビュー一覧第1回:「食育=食生活の教育」ではない!?常識を超えた、食育の“真のねらい”第2回:「家族で食べたい」と素直に言えない子どもたちに、親がすべき“食事の場”づくり第3回:子どもに「調理」をさせるメリット。料理をする子・しない子の“内面”の大きな違い第4回:「父親のかかわり」で食は2倍豊かになる!料理が苦手でもできる食育の方法とは?【プロフィール】松島悦子(まつしま・えつこ)お茶の水女子大学生活科学部非常勤講師。専門は食育、家族社会学、消費者科学。お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業、同大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。東京ガス都市生活研究所勤務、お茶の水女子大学食育プロジェクト講師、和洋女子大学家政学群准教授を経て現職。著書に『子育て期女性の「共食」と友人関係』(風間書房)、『白熱教室 食生活を考える』(アイ・ケイコーポレーション)、『食物学概論』(光生館)、『消費者科学入門』(光生館)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月20日「食育」への関心が高まるなか、「親元を離れたときに困らないように……」と考えて、子どもを料理教室に通わせている親が増えています。でも、調理経験によって子どもが得るのは、調理の知識や技術だけではない――。そう語るのは、食育、家族社会学を専門とするお茶の水女子大学生活科学部非常勤講師の松島悦子先生。では、松島先生が考える「調理経験によって子どもが得られるもの」とはどんなものでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)料理は子どもの自己肯定感と自己効力感を高める「食育」とひとことでいってもその中身は幅広いもので、「実際に調理をする」ということも含まれます。いま各地で子ども向けの料理教室やイベントが開かれていることを見ても、食育の重要性を親が強く意識していることがうかがえます。また、子ども向けの料理教室やイベントのニーズの高まりの背景にはジェンダーに関する価値観の変化もあるように思います。いまは男女問わずに料理ができる人が尊敬されるようになってきて、古くからある「料理は女性の役割」という偏見がなくなってきました。だからこそ、男の子であれ女の子であれ、子どもに料理を学ばせようとする親が増えているのではないでしょうか。もちろん、調理経験は子どもにさまざまなものをもたらしてくれます。多くの手順がある調理は「小さな成功体験」を積み重ねる作業ですから、自己肯定感を高めることになる。そして、「目標を達成できる!」という「自己効力感」も高めることになります。以前、わたしが中高生を対象に行った調査では、「普段、料理をする」という子どもは、料理をしない子どもに比べてチャレンジ精神や達成感、工夫する楽しさ、人に食べてもらうよろこび、褒められるよろこびなどを強く感じていて、自分の性格を肯定的にとらえるだけでなく、将来の夢を持つといった生きるうえでの積極性が強いことがわかりました。日本人の子どもたちは、外国の子どもたちと比べ自己肯定感が顕著に低いことが問題とされています。でも、料理をして小さな成功体験を積めば、自己肯定感と自己効力感を高められると推測できるのです。調理は成功体験を積み重ねるプロセスそれから、調理経験が子どもにもたらすもっとも重要なものとしては、問題解決能力が挙げられます。変動が激しいこれからの時代は、さまざまな問題が次々に立ち現れるでしょう。いままでのように知識と技能を習得するだけでは、それらの問題を乗り越えることはなかなか難しいはずです。そこで求められるものこそ、問題解決能力です。その力は、実際に問題を解決して成功体験を重ねることで得られます。調理というのは、わずかな時間でその一連のプロセスを完結できる素晴らしいものなのです。どんな料理をつくるかという課題を決めて、レシピや調理の手順という計画を立てる。その計画を実行してつくった料理を食べれば、美味しかったかどうかという評価、振り返りもできる。仮に失敗や反省すべきことがあれば、それは「次」への課題になります。しかも、その「次」は、それこそ翌日にだって試せるものです。成功体験を重ねるというプロセスを、どんなことよりも手っ取り早く家庭でもできるものが調理なのです。小学生くらいの子どもなら、それこそ目玉焼きをつくるという簡単なものでいいでしょう。子どもが一生懸命に目玉焼きをつくってくれたなら、つくってくれたことを褒めてあげてください。そして、「ありがとう」と感謝し、「美味しい」と褒めて、もし改善すべきところがあれば「今度はこうしようね!」とアドバイスしてあげましょう。目玉焼きのような簡単な料理をつくることであっても、先にお伝えしたプロセスを子どもはしっかり経験することになります。「興味を示したとき」が子どもに料理をさせるチャンス!子どもの発達はそれぞれ個人差がありますから、調理を経験させるべき適正年齢というものはありません。「子どもが調理に興味を示したとき」が、そのチャンスだと思ってほしいのです。料理をしている親の姿をじっと見つめたり、「やらせて」といってきたりする子どももいます。そのタイミングは、早い子どもなら2、3歳くらい。ピークは5歳頃です。もちろん、いくらそのタイミングがきたからといって、調理をするには多少の危険も伴いますから、親が忙しい平日に無理をして調理をさせる必要はありません。週末にでも時間をつくって、親自身がゆったりした気分でいられるときに子どもに調理をさせてみるのがいいでしょう。最初にやらせるのは、本当にちょっとしたもので構いません。調理器具を使ってなにかをかき混ぜるといったことでも、小さな子にはハードルが高いことなのです。最初は手を使ってレタスをちぎるとか、クッキーのうえにレーズンやアーモンドを乗せる、ハンバーグの種をこねるといったことがいいでしょうね。そのときのポイントは、あれやこれやと口出しをしないこと。危ないことをしようとした場合は別ですが、しっかり手順を教えたらあとは極力見守ってほしい。そうでないと、調理への興味を失いかねないからです。小学校に上がる頃になって危険性が理解できるようになったら、包丁やコンロを使った調理にも挑戦させてあげてください。大切なのは、子どもの成長を親がしっかり観察すること。ひとつできるようになったら、次は「ちょっとだけ難しそうなこと」をさせてあげることで、得られる達成感や次へのモチベーションも高まっていくはずです。ただ、そうした調理経験が子どもにもたらす「効果」に親が期待するのもわかりますが、わたしとしては別の視点も持ってほしいと思います。親子で料理をつくるときには、相対するのではなく基本的に横に並びますよね?狩りをして生きていた時代の名残なのでしょう。相対する相手に対しては、人間は本能的に「敵」だとみなします。一方、横に並ぶ相手は「味方」、大事な存在だとみなすのです。つまり、親子が同じ方向を見て並び、おしゃべりをしながら料理をつくることは、親子の絆を深めることになる。きっと、親子の関係をより良くしてくれるはずです。『白熱教室 食生活を考える』松島悦子 他 著/アイ・ケイコーポレーション(2016)■ お茶の水女子大学生活科学部・松島悦子先生 インタビュー一覧第1回:「食育=食生活の教育」ではない!?常識を超えた、食育の“真のねらい”第2回:「家族で食べたい」と素直に言えない子どもたちに、親がすべき“食事の場”づくり第3回:子どもに「調理」をさせるメリット。料理をする子・しない子の“内面”の大きな違い第4回:「父親のかかわり」で食は2倍豊かになる!料理が苦手でもできる食育の方法とは?(※近日公開)【プロフィール】松島悦子(まつしま・えつこ)お茶の水女子大学生活科学部非常勤講師。専門は食育、家族社会学、消費者科学。お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業、同大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。東京ガス都市生活研究所勤務、お茶の水女子大学食育プロジェクト講師、和洋女子大学家政学群准教授を経て現職。著書に『子育て期女性の「共食」と友人関係』(風間書房)、『白熱教室 食生活を考える』(アイ・ケイコーポレーション)、『食物学概論』(光生館)、『消費者科学入門』(光生館)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月19日2005年に食育基本法が制定されたこと、また、教育意識そのものの高まりもあって、子どもを持つ親の「食育」への関心は高まっています。ただ、食育、家族社会学を専門とするお茶の水女子大学生活科学部非常勤講師の松島悦子先生は、その傾向を歓迎しながらも、「懸念している部分もある」と語ります。それは、「孤食」をめぐる問題でした。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもの好き嫌いに表れる食育意識の高まりここ十数年で「食育」への意識はかなり高まったように思うのですが、それは「子どもの好き嫌い」のデータにも表れています。30代、40代といういまの親世代が子どもの頃に嫌われていた食べものというと、ピーマン、セロリ、ナス、アスパラガス、グリーンピース、トマト、シイタケ……などが横並びで挙げられていました。ところが、いま、子どもたちがいちばん苦手としているのは、ニガウリ。いわゆる、ゴーヤだというのです。その嫌われ方は断トツで、ある調査データによれば2番目に嫌われているナスは小学生の9.4%が苦手としているのに対し、ニガウリはなんと27.5%の小学生が苦手としています。なぜこんな変化が起きたのでしょう?沖縄料理ブームによってゴーヤが全国的に浸透したことも理由のひとつとして考えられますが、健康志向が高まるなか、子どもに対して親が積極的にゴーヤを食べさせようとしているのだろうと推測されます。また、給食でも頻繁にゴーヤが出されるようになったということもあるでしょう。なぜゴーヤを子どもに食べさせたいのか?それは、ゴーヤが持つ栄養価の高さや病気の予防効果などにあります。ニガウリは、沖縄の伝統的な野菜のひとつで、ゴーヤチャンプルやてんぷらなどの料理で食されています。果実や種子には、ビタミンCやポリフェノールといった抗酸化物質や各種生理活性物質が多く含まれることから、古くから薬用として糖尿病予防などに用いられてきました。近年の研究では、血糖低下作用や脂質代謝調節作用、抗がん作用、抗炎症作用などの生理作用を有することが次々報告されています。また、特有の苦み成分は、食欲増進効果など、様々な生理作用があるといわれています。食育への意識が高まっている親たちが、健康への期待を込めてゴーヤを子どもに食べさせようとした結果、独特の苦味があるゴーヤが嫌われてしまったようなのです。ゴーヤと同様のことはレバーにもいえます。いまの親世代が子どもの頃と比べて、レバーが苦手という子どもの割合が増えているのです。これもまた、栄養豊富なレバーを親が子どもに食べさせようとした弊害なのでしょう。研究者としては面白く感じられて興味深いことですが、食育に対する関心が高まるなかでの結果としては、皮肉なものです。「孤食」の拡大は時代の流れによる必然?食育への関心が高まることは歓迎すべきことですが、わたしは懸念も抱いています。それは、「孤食」をめぐる問題……。孤食とは、現在はNPO法人食生態学実践フォーラム理事長である足立己幸先生が1983年に出版された『なぜひとりで食べるの 食生活が子どもを変える』(日本放送出版協会)の内容がテレビ放映されたことによって広まった言葉で、文字通り、「ひとりで食べる」食事形態を指すもの。当時は、高度経済成長期を経て、大型冷蔵庫や電子レンジが普及した時代でした。さらに、美味しい冷凍食品がどんどん登場し、お惣菜やお弁当を買ってきて家などで食べる「中食」という選択肢も登場したことで、子どもひとりでも食事ができるようにもなった。加えて、2000年代以降でいえば、共働き世帯が急激に増えたことも孤食の傾向に拍車をかけている要因だと見ることができます。しかも、いまは親も子どももすごく忙しい時代です。働き方改革が推進されているとはいえ、やっぱり長時間労働を強いられている親は多いですし、子どもだって小学校5、6年生になればお弁当持参で塾に通っている。そうなると、家族全員で食事をする機会は必然的に減っていきます。そんな時代にあって、家族がそろって食事をする「共食」に対して、「孤食は良くないものだ」ととらえられがちです。でも、これは時代の流れによる必然のことであり、わたしは「いい、悪い」の問題ではないと思っています。「共食」はその頻度より中身が大切それなのに、食育への意識が高まった結果、子どもに孤食をさせることに対して親が必要以上に罪悪感を抱いたりプレッシャーを感じたりするようになれば、それこそ問題ではありませんか?職業にはさまざまなものがあります。看護師など就業時間が不規則な職業もあるし、夜間に働いている親だっているでしょう。では、そういう親のもとに育ち、孤食をしがちな子どもがみんな健全に育たないかというと、そんなわけはありませんよね。もちろん、家族がそろって食事をする場合には必然的に品数が多くなり栄養面で優れているとか、家族の会話によってコミュニケーション能力が育つといったように共食のメリットはたくさんあります。ただ、共食については、その頻度というより中身が大事なのです。いつも家族全員がそろって食事をしたとしても、誰かがスマホをいじっていれば共食とはいえません。会話がなければ家族関係が良くなることも子どものコミュニケーション能力が育つこともないでしょう。つまり、共食の頻度が減っているいまだからこそ、週末など家族が集まれるときの食事をいかに楽しい場にするかということを意識してほしいのです。先述の足立先生が小学生を相手に行ったグループインタビューで、子どもたちは興味深いことを答えています。子どもたちは、「家族全員で食事をしたいと思っている」「でも、親にはそれをいわない」のだそうです。なぜならば、幼いながらも親が忙しいことをきちんとわかっているからです。その健気な思いを考えれば、家族みんなで食事ができる限られた時間こそスペシャルなものにしてあげてほしいですね。『白熱教室 食生活を考える』松島悦子 他 著/アイ・ケイコーポレーション(2016)■ お茶の水女子大学生活科学部・松島悦子先生 インタビュー一覧第1回:「食育=食生活の教育」ではない!?常識を超えた、食育の“真のねらい”第2回:「家族で食べたい」と素直に言えない子どもたちに、親がすべき“食事の場”づくり第3回:子どもに「調理」をさせるメリット。料理をする子・しない子の“内面”の大きな違い(※近日公開)第4回:「父親のかかわり」で食は2倍豊かになる!料理が苦手でもできる食育の方法とは?(※近日公開)【プロフィール】松島悦子(まつしま・えつこ)お茶の水女子大学生活科学部非常勤講師。専門は食育、家族社会学、消費者科学。お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業、同大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。東京ガス都市生活研究所勤務、お茶の水女子大学食育プロジェクト講師、和洋女子大学家政学群准教授を経て現職。著書に『子育て期女性の「共食」と友人関係』(風間書房)、『白熱教室 食生活を考える』(アイ・ケイコーポレーション)、『食物学概論』(光生館)、『消費者科学入門』(光生館)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月18日我が子には健康に育ってほしい――。子を持つ親であれば誰もがそう願います。その観点からも、普段の食事の栄養面に気を配り、子どもの「食育」に対しての関心が高い人も増えています。しかし、食育の意味をぼんやりとはイメージできても、本来はどういったものを指すのかを知っている人は少ないかもしれません。食育、家族社会学を専門とするお茶の水女子大学生活科学部非常勤講師の松島悦子先生に、食育の定義や意義を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)人間は食を通じて多くのことを学んでいく「食育」という言葉もいまではかなり一般的になりましたから、多くの人が聞いたことがあるでしょうね。その定義は、2005年に制定された食育基本法の前文に書かれた次の内容になるでしょうか。表現は固いのですが、食育とは「生きるうえでの基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置づけるとともに、さまざまな経験を通じて『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること」となります。したがって、食育は、心身の健康を維持増進するための食習慣を身につけ、食の管理能力を育てることを目標としているといえます。この定義でもそうですが、「食育」という言葉からも、食育とはどうしても食生活に限定された教育と思われがちです。食育で学ぶものというと、栄養や食品の知識、調理の技術といったものをイメージしますよね?もちろんそれらも食育の基本ですから、身につけることはとても大切です。ただ、食育はそこにとどまらないものだとわたしは考えています。というのも、人間は食を通じて本当にたくさんのものを学ぶことができるからです。ひとつ例を挙げるなら、親や友だちなどと食卓を囲めば、子どものコミュニケーション能力が伸びることは容易に想像できるでしょう。日本では現在進行形で外国人労働者がどんどん増えています。いまの子どもたちは、たとえ海外に行かなくても、価値観や文化がちがうたくさんの外国人と接していくことになる。そして、彼ら外国人とうまく共生して人間関係をきちんと築いていくために欠かせないものといえば、やっぱりコミュニケーション能力ですよね。コミュニケーション能力を磨けば、多様な人々と円滑な人間関係をつくったり、互いに譲り合って調和を図る協調性といった大切な能力を身につけたりすることにもつながります。そのように、これからの時代に必要とされるさまざまな力を食がもたらしてくれるのです。わたし自身は、食育とは「食を通じた人間教育」だと考えています。食を大切にすることは人生を豊かにすることもちろん、さまざまな力を身につけるという点以外でも、子どもにとって食育は大切なものです。たとえば、生活リズムを身につけることも食育の大きな目標のひとつです。食習慣はそれこそ離乳期から徐々に形成されていきますから、きちんと食事の時間を決めることできちんとした生活リズムを身につけることができます。また、食を大切にすることは、人生を豊かにすることにもつながります。たとえば、幼児期になると、自我が芽生えてなんでも自分でやりたがるときがきます。食べ物をスティック状にするなど子どもが自分の手で持って食べる楽しい経験を存分にさせてみる。一緒に食卓を囲んだ大人が子どもに話しかけながら、美味しそうに食事を食べる。そういった食卓での経験は、その子どもの人生における食への意識や態度に表れるようになります。食事が「楽しいもの」だと思えれば、それだけ人生は豊かになりますよね。では、逆にそういう経験がなかったとしたら、子どもはどんな大人に育つか想像してみてください。食事に対しての関心が薄く、食事が楽しいものだと思えなかったら、やっぱり人生のなかのひとつの大きな楽しみを自ら手放すことになるのではないでしょうか。1日に3回の食事が楽しいと思える人なら、長い人生のうちに何万回もの楽しみを味わえます。でも、それがまったくないとしたら……その人生はちょっぴり寂しいですよね。毎日の食事中の会話で行う食育また、食育と聞いて多くの人がイメージするのが、食品や栄養などの知識を得ることでしょう。もちろん、そのポイントも食育の重要な側面です。将来、親元を離れたときに、自炊は苦手だったとしてもより体にいい食事を選べることは大切です。それこそ、現在はさまざまな冷凍食品の他、「中食」と呼ばれるお弁当やお惣菜など、なにを食べるかという選択肢がどんどん広がっている時代ですから、きちんと知識さえ身につけておけば自ら調理することなく自分の健康を考えた食事を組み立てることができるのです。そういった教育は、なにも学校の家庭科の授業でしかできないものではありません。むしろ、家庭での普段の食事でこそ、子どもに学ばせることができるはずです。食事中には、積極的に食べ物に関する話をしてあげましょう。幼い子どもに対してなら、炭水化物だとかビタミンといった専門用語を使う必要はありません。「色の濃い野菜を食べると元気が出るよ」とか、「お肉を食べてパワーアップしよう!」といった栄養のことや、食文化、調理法、季節の食材などの話をしてみてください。もちろん、そのようにして親子でコミュニケーションが取れれば、家族の関係をより良くすることにもなります。せっかく目の前に料理という素晴らしい会話の題材があるわけですから、それを話の種にして家族の絆を深めていきましょう。それが子どもの食育にもつながれば一石二鳥だと思うのです。『白熱教室 食生活を考える』松島悦子 他 著/アイ・ケイコーポレーション(2016)■ お茶の水女子大学生活科学部・松島悦子先生 インタビュー一覧第1回:「食育=食生活の教育」ではない!?常識を超えた、食育の“真のねらい”第2回:「家族で食べたい」と素直に言えない子どもたちに、親がすべき“食事の場”づくり(※近日公開)第3回:子どもに「調理」をさせるメリット。料理をする子・しない子の“内面”の大きな違い(※近日公開)第4回:「父親のかかわり」で食は2倍豊かになる!料理が苦手でもできる食育の方法とは?(※近日公開)【プロフィール】松島悦子(まつしま・えつこ)お茶の水女子大学生活科学部非常勤講師。専門は食育、家族社会学、消費者科学。お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業、同大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。東京ガス都市生活研究所勤務、お茶の水女子大学食育プロジェクト講師、和洋女子大学家政学群准教授を経て現職。著書に『子育て期女性の「共食」と友人関係』(風間書房)、『白熱教室 食生活を考える』(アイ・ケイコーポレーション)、『食物学概論』(光生館)、『消費者科学入門』(光生館)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月17日コミュニケーション能力の重要性が声高に叫ばれるなかで、「うちの子は引っ込み思案で……」と悩んでいる親も多いかもしれません。でも、もしかしたらそういう「気がねする」子どもにしてしまっているのは親自身かもしれないのです。その可能性を指摘するのは、長年にわたって「気がね」を研究テーマとしてきた東京都市大学人間科学部教授の井戸ゆかり先生。必要な場面ではしっかり自己主張できる子どもに育てるために、親はなにをするべきなのでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)これからの時代に求められる適切なコミュニケーション能力日本人の特性のひとつとして、いいたいことをストレートにいわない、あるいはいえないということが挙げられます。これは、「他人に対して気を遣って自分が本当にしたいことをしないでいる」ということで、いわゆる「気がねする」ことです。「気がね」はわたしの研究テーマで、修士論文も博士論文もテーマは「気がね」でした。なぜかというと、わたし自身が気がねする子どもだったからです。自分でいうのも少し変ですが、子どもの頃のわたしはいわゆる一般的に見た優等生。それだけに、まわりの期待を強く感じてしまったり、ちょっと失敗をするだけで周囲の大人に驚かれたりしました。そういう経験の積み重ねによって、わたしは周囲の評価を怖がる、気がねする人間になってしまったのです。その後、海外で生活する機会があり、なぜ外国人はこんなにストレートにいいたいことを表現できるのかと感じたものです。一方で、この日本人の特性はあまりいいこととはとらえられない側面もありますが、「察する」ことが文化として根づいている日本の社会で円滑にコミュニケーションをするためには必要だという一面もあると思います。ただ、これからのグローバル社会を意識すれば、そうもいっていられないこともあります。外国人からすれば自分の意見をいわない日本人は「なにを考えているのかわからない」とも見られます。外国人たちと協働していかなければならないこれからの時代には、気がねすることなく、相手や場面に応じて適切に自己主張をしていくコミュニケーション能力を身につけることが求められるはずです。気がねする子どもにしてしまう「4つのNG」そもそもなぜ人は気がねするようになるのでしょうか。わたしは自分の研究を通じて、その要因は次の「4つのしつけ」にあると見ています。【子どもを気がねする人間にする4つのしつけ】(1)他人の目を気にするしつけ(2)他人と比較するしつけ(3)頭ごなしに叱るしつけ(4)禁止が多いしつけ(1)は、多くの親がやりがちかもしれませんが、「お父さんに叱られるよ」「先生にいいつけるよ」といったものです。静かにしなくてはいけない場所で子どもが騒いでいたら「静かにしていてね」といえば済む話です。でも、「お父さんに叱られるよ」といったいい方をしてしまうと、子どもは他人の目を気にするようになるのです。(2)は子どものきょうだいや友だちと比較するしつけです。「お兄ちゃんは1年生のときにはもっとしっかりしていたのに……」なんていわれると、子どもはまわりの評価を気にするようになります。(3)と(4)はわかりやすいかもしれませんね。やりたいことを全否定されたり禁止されたりすれば、子どもは自分の本心を親にも見せなくなってしまいます。子どもを気がねする人間にしないためには、まずはこれら「4つのしつけ」をしないように心がけること。それから、「待つ、任せる、見守る」という3つの姿勢を意識してほしいですね。子どもは子どもなりに自分で育っていく力を持っているものです。ですから、子どもがなにをするにも、まずは「待つ」。そして、「任せる」ことが大切です。とはいえ、放任では意味がありません。大怪我をするといった危険性がないか、あるいは子どもがSOSを発してサポートが必要になっていないかといったことを見落とさないため、「見守る」ことが大切になります。子どもの人生を決めるのは親ではないまた、親の価値観を優先しないようにすることも重要です。たとえば、子どもに「あの子とは遊んじゃいけません」なんてことをいってしまうことはありませんか?子ども自身はその子と遊びたいと思っているのに、本当の気持ちを無理に抑えつけているかもしれません。また、もう少し大きくなると、進路について親の価値観を優先してしまうということもありがちなケースです。子ども自身は小学校の同級生たちと一緒に公立中学に進みたいと思っていたのに、親が「子どもの将来のため」なんていって私立中学に進学させた――。子どもも納得していればよいのですが、そうでない場合、子どもは意欲をなくしたり、自分の気持ちを素直に話せなくなったりすることがあります。子どもの人生は子どものものであって、親のものではありません。親の勝手な価値観で子どもの人生を決めるのではなく、子どもと話し合いながら子どもの人生を一緒に考えていくスタンスが必要なのです。まずは、日頃から子どもが親になんでも話せる雰囲気をつくるよう心がけてほしいですね。そうするためにも親子の対話が大事になりますが、かといってなんでもかんでも聞き出そうとすればいいというものではありません。子どもも小学生くらいになれば、友だちと喧嘩するなど嫌な思いをすることもあります。それなのに、家に帰った途端に親から「今日はなにをしたの?」「宿題はないの?」「学校からのお手紙は?」なんて矢継ぎ早に聞かれれば、子どもも落ち着いて話をするどころではないと思うのです。まずは帰ってきた子どもにほっとひと息つかせてあげて、それからゆっくり会話を重ねる。家庭を子どもにとってのオアシスにしてあげてください。『保育の心理学 実践につなげる、子どもの発達理解』井戸ゆかり 編著/萌文書林(2019)■ 東京都市大学人間科学部教授・井戸ゆかり先生 インタビュー一覧第1回:あなたの子どもは大丈夫?絶対に見過ごしてはいけない「自己肯定感」低下のサイン第2回:「失敗を恐れない力」の育て方。子どもに「挑戦したい!」と思わせる、効果抜群な言葉かけ第3回:「辛抱強い子」を育てるヒント。「我慢する力」を伸ばすのは“○○上手な親”だった!第4回:「先生に言いつけるよ」がダメな理由。自己主張できない子が育つ“4つのNGなしつけ”【プロフィール】井戸ゆかり(いど・ゆかり)東京都出身。東京都市大学人間科学部教授。専門は発達臨床心理学、保育学、児童学。学術博士。横浜市子育てサポート研修講師、渋谷区子ども・子育て会議会長などを務める。二児の母。著書に『子どもの「おそい・できない」にイライラしなくなる本』(PHP研究所)、『「気がね」する子どもたち-「よい子」からのSOS-』(萌文書林)、編著に『保育の心理学Ⅱ 演習で学ぶ、子ども理解と具体的援助』(萌文書林)』、監修書に『1さいのなあに? のびのび育つ! 親子ふれあい絵本』『2さいのなあに? 「知りたい」がいっぱい! であい絵本』(ともにPHP研究所)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月15日幼い子どもを抱える親の悩みのひとつに、公共の場で子どもが騒いでしまうということがあります。また、子どもが小学生くらいになれば、勉強やスポーツに辛抱強く取り組む子どもになってほしいと願うはずです。その悩みを解決し、願いをかなえる子どもの「我慢する力」はどうすれば育むことができるのでしょうか。発達臨床心理学、保育学、児童学を専門とする東京都市大学人間科学部教授の井戸ゆかり先生に、アドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)「生理的な我慢」は強いるべきではない「我慢」にもいくつかの種類があります。ひとつは「自己抑制」という意味での我慢。これは、なにかいいたいことややりたいことがあっても、自分で判断をして「この場ではいわないほうがいい」「やらないほうがいい」と自分を抑えることです。そういう意味での我慢は社会生活を営むうえでとても大切なものですから、幼いときからさまざまな経験を通して徐々に教えていくとよいでしょう。一方で、とくに幼い子どもの場合は、「生理的な我慢」を強いるべきではありません。トイレに行きたくなってしまう排泄欲などはその代表的なものです。そういう我慢を無理にさせると健康にも害が及ぶことがあります。たとえば電車に長時間乗らなければならないときなどは、乗車前にトイレに行かせるとか途中でトイレ休憩を取るなど、親が工夫してあげる必要があります。それらの工夫は、子どもにとって必要なルールを覚える訓練にもなります。たとえば、幼稚園や保育所のなかには、お昼ご飯の前に子どもたち全員をトイレに行かせるというところもあります。これには、食事中にはなるべくトイレには行くべきではないというマナー、ルールを教えるという意味も込められているのです。生理的な我慢を強いるべきではないといっても、野放しにしてしまっては問題です。まずはきちんとルールを学ばせる。そのうえで、どうしても体の具合が悪いときなどは遠慮しないできちんと親や保育者に伝えるということを教えることが大切です。無理な我慢をさせないように親が工夫する先にお伝えした自己抑制という意味での我慢についても、あまり幼いときから無理に我慢させることは注意が必要です。というのも、子どもは幼稚園や保育所での集団生活を通じて、徐々に自己抑制を学んでいくからです。3歳児たちの入園式では、どの子どもも落ち着きがありません。でも、3年後の卒園式では、みんなが静かにできて見違えるほどに成長した姿を見せてくれるものです。そう考えれば、電車やレストランなど、静かにしていてほしい場所に幼い子どもを連れて行く場合には、親の側が工夫するべきではないでしょうか。3歳くらいまでの幼い子どもは、走ってはいけない場所や静かにしておかないといけない場所というものがそもそもわからないのですから、まずはそういう場所にはなるべく連れて行かないという選択をすることを考えてほしいですね。どうしても行かなければいけないというときなら、短時間で済ませることも選択肢となります。または、静かなレストランで食事をするならば、お父さんとお母さんのどちらかが子どもに絵本を読んであげるとか、子どもを抱いて外に連れ出してあげるというふうに、両親が交代で子どもを見るということもできますよね。片方が子どもを見ているあいだに、食事は済ませればいいのです。あるいは、いまならキッズスペースを設置しているような子どもを連れて行きやすいような工夫をしているお店もありますから、そういうところを選ぶことも検討すべきことです。そもそも、親の都合で幼い子どもに我慢をさせることはなるべく避けるべき。なぜなら、3歳くらいまでの幼い子どもに無理やり我慢をさせたり、「ダメ!」とむやみに禁止したりすると、自発性が伸びなくなるからです。そのくらいの子どもにはなるべく伸び伸びとできる環境を用意してあげるように意識してほしいですね。「褒める」ことが子どもを我慢強くするその後、子どもが成長して小学生くらいになれば、勉強やスポーツなどに一生懸命に取り組める我慢強い子どもになってほしいですよね。そういう子どもに育てるためのポイントは、やはり「褒める」こと。子どもが我慢強くなにかに取り組めたとしたら、「頑張ったね!」「よく我慢できたね!」と褒めてあげて、「本当は遊びたかったのにね」と子どもの気持ちに寄り添ってあげましょう。我慢できたことを褒められた子どもは、我慢することに意味があると気づくようになります。同時に、褒めることは子どもの達成感を高めることにもなります。なにかを成し遂げれば、子どものなかで達成感は生まれますが、親に褒められることがその達成感をさらに高めてくれる。その体験を経て、子どもは自信を持って「次も頑張ろう」と思えるようになります。親などまわりの大人が褒めてあげることの重要性は、子どもには自分で自分を褒めることが難しいという点にあります。大人であれば、自分を客観視して「今日は頑張ったから自分にご褒美をあげよう」ということもできます。でも、子どもにはそれが難しいのです。だからこそ、子どもが我慢強くなにかに取り組んだのなら、たくさん褒めてあげて、「頑張って我慢してよかった」と感じさせてあげてください。『保育の心理学 実践につなげる、子どもの発達理解』井戸ゆかり 編著/萌文書林(2019)■ 東京都市大学人間科学部教授・井戸ゆかり先生 インタビュー一覧第1回:あなたの子どもは大丈夫?絶対に見過ごしてはいけない「自己肯定感」低下のサイン第2回:「失敗を恐れない力」の育て方。子どもに「挑戦したい!」と思わせる、効果抜群な言葉かけ第3回:「辛抱強い子」を育てるヒント。「我慢する力」を伸ばすのは“○○上手な親”だった!第4回:「先生に言いつけるよ」がダメな理由。自己主張できない子が育つ“4つのNGなしつけ”(※近日公開)【プロフィール】井戸ゆかり(いど・ゆかり)東京都出身。東京都市大学人間科学部教授。専門は発達臨床心理学、保育学、児童学。学術博士。横浜市子育てサポート研修講師、渋谷区子ども・子育て会議会長などを務める。二児の母。著書に『子どもの「おそい・できない」にイライラしなくなる本』(PHP研究所)、『「気がね」する子どもたち-「よい子」からのSOS-』(萌文書林)、編著に『保育の心理学Ⅱ 演習で学ぶ、子ども理解と具体的援助』(萌文書林)』、監修書に『1さいのなあに? のびのび育つ! 親子ふれあい絵本』『2さいのなあに? 「知りたい」がいっぱい! であい絵本』(ともにPHP研究所)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月14日結果はどうあれ、失敗を恐れずなにごとにも意欲的に挑戦できる人間になってほしいと親は子どもに願います。その願いをかなえるためのアドバイスをしてくれたのは、発達臨床心理学、保育学、児童学を専門とする東京都市大学人間科学部教授の井戸ゆかり先生。井戸先生は「親が子どもの『安全基地』になり、子どもに『失敗してもいい』と思わせることが大切」だといいます。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)親が子どもの「安全基地」になる自己肯定感の低下に伴って、いまの子どもたちは挑戦意欲も失っているように感じます。自己肯定感が低ければ、「どうせ自分にはできない……」と思ってしまって、なにかに挑戦することができません。あるいは、自己肯定感が低いがために、まわりの目を気にすることも子どもが挑戦意欲を失う要因でしょう。友だちや親の前で失敗して恥ずかしい思いをしたくない――。その気持ちが、挑戦から子どもを遠ざけてしまうのです。逆にいえば、自己肯定感が高い子どもには挑戦意欲も備わっているといえます。自分に自信があり、「たとえ失敗してもいい」となにごとにも前向きに取り組むことになりますからね。その、「失敗してもいい」という気持ちを子どもに持たせてあげるには、親が子どもと信頼関係をしっかり築いておく必要があります。どういうことかというと、「失敗してもいい」という気持ちの裏には、なにか問題が起きても「お父さんとお母さんのところにいけば大丈夫」という思いがあるのです。これは、親子が強い信頼関係で結ばれていて、子どもが親を「安全基地」だと感じているということ。その安心感が子どもの挑戦意欲を高めるのです。ときにはおだて上手になって子どもに挑戦させる子どもの挑戦意欲を高めたいと思うのなら、日頃の親子の対話によって信頼関係を築くことがもっとも大切となります。もちろん、なにかに挑戦して子どもが失敗したときにも親がするべきことはあります。そこできちんと対応しておかないと、子どもが「次の挑戦」をしなくなってしまう可能性もありますからね。親がすべきこととは、子どもがどこでどうつまずいたかという分析をすること。たとえば、子どもが目玉焼きをつくろうとして失敗したのなら、そのプロセスを分析するのです。フライパンの熱し方や油の引き方、卵の入れ方はどうだったのか、火の加減や焼き時間は適切だったのか。そういった子どもが行ったプロセスを分析し、つまずいた箇所を発見できれば、そこだけを手伝ってあげればいい。そうすれば、失敗を乗り越えて成功体験を得ることができ、次の挑戦につなげることができます。気をつけてほしいのは、あくまで「失敗した部分」だけを手伝ってあげること。全部を親が手伝ってしまうと、子どもは「お母さんにやってもらえばいいや」と思ってしまって、挑戦しない子どもになってしまうからです。また、なにかがうまくいかなくて子どもが困っているときは、上手に「おだてる」ことも効果的でしょう。わたしが自分の子どもによく使ったのは「格好いいところ、見てみたいな」という言葉です。幼い子どもがうまく着替えができなくてまごまごしているなら、「格好良く着替えるところ、見せてほしいな!」というふうに声をかけるのです。そういう言葉で、子どもは途端にやる気を出します。それでうまく着替えられたら、「格好良かったね」「すてきだね!」というふうに、ちょっと「オーバーアクションかな」と思うくらい大げさに褒めてあげましょう。「格好いい」というと、男の子に向けての言葉のようですが、女の子にもこの言葉は有効であることが多いので、ぜひ使ってみてください。「親だってスーパーマンじゃない」と子どもに教えるそして、親御さんには「失敗してもいいんだ」ということを子どもに教えてあげることも強く意識してほしい。先にお伝えしましたが、親との信頼関係があって「失敗してもいい」と思える子どもはなにごとにも前向きに挑戦できます。もっといえば、失敗した経験がない子どもは、失敗を乗り越える経験もできないのですから、失敗経験がある子どもと比べて弱い人間になってしまいます。そういう意味では、失敗してもいいというより、「失敗する経験も大切」といったほうが正しいかもしれません。その意識を子どもに伝えるためには、きちんと子どもに挑戦させたうえで、ときには親御さん自身の失敗経験を教えてあげることもおすすめです。たとえば、食後の食器の片づけを子どもが手伝ってくれようとしたとします。共働き家庭が増えているいまの忙しい親なら、「子どもが失敗してお皿を割ったりしたら面倒だな」なんて思って、つい自分でやってしまおうとするかもしれません。それでも、まずはきちんと子どもに挑戦させてあげましょう。そして、子どもがお皿を割るなど失敗したときを「チャンス」ととらえるのです。そのとき、頭ごなしにお皿を割ったことを叱ったりしてはいけません。子どもは二度と自分からすすんでお手伝いをしようとは思わなくなるでしょう。そうではなくて、まずは「ケガしなかった?」と子どもを心配してあげる。それから、「お母さんも小さいときにお皿を割っちゃったの」というふうに自分の失敗談を話してあげるのです。子どもからすれば、お父さんやお母さんはなんでもできるスーパーマンのように見えています。でも、そのお父さんやお母さんも失敗したことがあると知れば、たとえ失敗しても挑戦を続けることで、「いつかお父さんやお母さんのような人間になれる」と失敗を恐れない力を得ていくはずです。『保育の心理学 実践につなげる、子どもの発達理解』井戸ゆかり 編著/萌文書林(2019)■ 東京都市大学人間科学部教授・井戸ゆかり先生 インタビュー一覧第1回:あなたの子どもは大丈夫?絶対に見過ごしてはいけない「自己肯定感」低下のサイン第2回:「失敗を恐れない力」の育て方。子どもに「挑戦したい!」と思わせる、効果抜群な言葉かけ第3回:「辛抱強い子」を育てるヒント。「我慢する力」を伸ばすのは“○○上手な親”だった!(※近日公開)第4回:「先生に言いつけるよ」がダメな理由。自己主張できない子が育つ“4つのNGなしつけ”(※近日公開)【プロフィール】井戸ゆかり(いど・ゆかり)東京都出身。東京都市大学人間科学部教授。専門は発達臨床心理学、保育学、児童学。学術博士。横浜市子育てサポート研修講師、渋谷区子ども・子育て会議会長などを務める。二児の母。著書に『子どもの「おそい・できない」にイライラしなくなる本』(PHP研究所)、『「気がね」する子どもたち-「よい子」からのSOS-』(萌文書林)、編著に『保育の心理学Ⅱ 演習で学ぶ、子ども理解と具体的援助』(萌文書林)』、監修書に『1さいのなあに? のびのび育つ! 親子ふれあい絵本』『2さいのなあに? 「知りたい」がいっぱい! であい絵本』(ともにPHP研究所)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月13日現在の子ども教育の重要なキーワードとして、教育メディアでも頻繁に取り上げられる「自己肯定感」。日本人の場合、そもそも自己肯定感が低いことが問題ともされますが、その原因はどんなところにあるのでしょうか。お話を聞いたのは東京都市大学人間科学部教授の井戸ゆかり先生。二児の母でもある先生に、子どもの自己肯定感を高めるために親が果たすべき役割も含めて教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもの自己肯定感を下げてしまう親の「先回り」日本人の自己肯定感は低いとよく指摘されます。それどころか、いまの子どもたち、若い人たちを見ていると、自己肯定感はさらに低くなっているように感じてしまいます。学生に自分の長所と短所をそれぞれ10個挙げるようにいってみても、すぐに挙がるのは圧倒的に短所のほう。一方、長所はなかなか挙がってきません。その要因のひとつとしては、謙虚であることを美徳とする日本の文化があるでしょう。本当は自分でいいところだと思っていても、それを口にすることがはばかられる。加えて、長所というからには、誰からもいいところだと思われるようなものでなければいけないという考え方もあるように思います。でも、長所というのはもっと身近なところ、日常生活のなかにでもあるもので、なにか大きなことを成し遂げたといったことでなくてもいいのです。でも、日本人の場合はやっぱり謙虚ですから……そういうふうに自分を見ることができない場合があるようですね。また、親が先回りしてしまうことも、いまの子どもたちの自己肯定感を下げている要因かもしれません。子どもがなにか問題にぶつかりそうになったら、その問題の芽を事前に摘んでしまう親が多いのです。その先回りを、親は子どものためだと思っています。でも、子どもは成長過程でさまざまな問題に直面し、解決するなかで自信を持つと同時に達成感を感じたり、周囲の人に認められる言葉かけをされたりすることで自己肯定感を高めていくわけです。そのきっかけを奪ってしまっては、子どもの自己肯定感が高まるわけもありません。自己肯定感の高低による子どものちがい自己肯定感の高低によって、子どもにはさまざまなちがいが表れます。自己肯定感が高い子どもは、自分に自信があるのでどんなことにも積極的に取り組むことができます。それから、自分のいいところも悪いところも含めて「いまの自分でいいんだ」という思いがあるので、気持ちにゆとりがあり、情緒が安定して他人にも優しくできます。しかし、自己肯定感が低い子どもは、人からどう見られているかという評価を気にして自分に自信を持てません。すると、友だちに対するジェラシーもあって、大人が見ていないところで友だちに対して意地悪をするといった問題行動を起こすこともあります。自己肯定感が低いというと、ただ自分に自信がないおとなしい子を想像するかもしれません。もちろん、そういうタイプの子どももいますが、自己肯定感が低い子どもであってもどこかで「認められたい」という気持ちがあり、それが友だちへの意地悪などゆがんだかたちで出てしまうこともあるのです。子どもに役割を与えて褒めるきっかけをつくるこれらの話を聞けば、あたりまえですが「自己肯定感が高い子どもに育ってもらいたい」と考えるのが親心でしょう。自己肯定感は、とくに小さい子ども同士の関係性のなかではなかなか育まれません。つまり、子どもの自己肯定感を育てるには周囲の大人、とくに親のかかわり方が重要になってくる。親はしっかりと子どもを観察する必要があるのですが、なかでも注意してほしいのは、「どうせ」という言葉です。だいたい4歳後半くらいから出てくる言葉ですが、子どもが「どうせできない」なんていいはじめたら要注意。「どうせ」という言葉が出たら、子どもを認めたり褒めたりするような言葉かけを増やす必要があると考えてください。あるいは、家のお手伝いなど役割を子どもに与えてあげることも効果的です。ポイントは、その子どもの力では「簡単ではないけどなんとかできる」という無理のないハードルの役割にすること。そして、そのお手伝いを子どもがしてくれたなら、「頑張ったね!」「すごいね!」「ありがとう!」とたくさん褒めてあげましょう。そうすることで、子どもは自己評価が上がり、自然と自己肯定感も高まっていきます。幼児期から小学校低学年くらいまでの子どもの自己肯定感は、親の言葉かけ次第で高くもなれば低くもなります。お手伝いなどの役割を子どもに与えることは、子どもに「自分は必要とされている」と自信を与えるとともに、親が言葉かけしやすい状況をつくる意味もあるのです。「自分の良さ」に目を向けることを教えるまた、親が子どもを見る「ものさし」を意識することも大切です。子どもは4歳頃から「あの子は足が速い」とか「この子は絵が上手」といったものさしで友だちと自分を比べるようになります。小学生になると勉強やテストもはじまるので、子ども自身もつい「できる・できない」のものさしで自分を見てしまうものです。でも、そのものさしのなかで育つと、できる子と自分を比べてしまう傾向が強まり、自己肯定感は高まりません。そこで親の出番です。誰もが万能ではないし、得意なことも苦手なこともあってあたりまえだということを子どもに教えてほしいのです。子どもにとって苦手なことがあれば、「一緒にやろうか」と手伝って達成感を味わわせてあげましょう。そして、なによりも「自分の良さ」に目を向けることを教えてあげてください。たとえば、図工の課題で工作をするにも要領がいい子はささっと終わらせてしまうのに、苦手な子、あるいは丁寧な子はどうしても時間がかかります。その子が居残りまでして作品をつくり上げて、しかもひとりできちんと片づけまでしたとしましょう。最後まで手を抜くことなく頑張れたこと、みんなで使う教室をきちんと片づけたことは間違いなくその子の「良さ」であるはずです。親としては、完成した作品の評価だけでなく、むしろ、完成するまでのプロセスをしっかり褒めて、「お母さんがちゃんと見ていてくれた」と子どもに思わせ、自信を持たせてあげてほしいと思うのです。『保育の心理学 実践につなげる、子どもの発達理解』井戸ゆかり 編著/萌文書林(2019)■ 東京都市大学人間科学部教授・井戸ゆかり先生 インタビュー一覧第1回:あなたの子どもは大丈夫?絶対に見過ごしてはいけない「自己肯定感」低下のサイン第2回:「失敗を恐れない力」の育て方。子どもに「挑戦したい!」と思わせる、効果抜群な言葉かけ(※近日公開)第3回:「辛抱強い子」を育てるヒント。「我慢する力」を伸ばすのは“○○上手な親”だった!(※近日公開)第4回:「先生に言いつけるよ」がダメな理由。自己主張できない子が育つ“4つのNGなしつけ”(※近日公開)【プロフィール】井戸ゆかり(いど・ゆかり)東京都出身。東京都市大学人間科学部教授。専門は発達臨床心理学、保育学、児童学。学術博士。横浜市子育てサポート研修講師、渋谷区子ども・子育て会議会長などを務める。二児の母。著書に『子どもの「おそい・できない」にイライラしなくなる本』(PHP研究所)、『「気がね」する子どもたち-「よい子」からのSOS-』(萌文書林)、編著に『保育の心理学Ⅱ 演習で学ぶ、子ども理解と具体的援助』(萌文書林)』、監修書に『1さいのなあに? のびのび育つ! 親子ふれあい絵本』『2さいのなあに? 「知りたい」がいっぱい! であい絵本』(ともにPHP研究所)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月12日10歳くらいで学習面における壁にぶつかることを意味する、「10歳の壁」という言葉を知っている人も多いでしょう。「壁」という言葉のイメージも手伝って、乗り越えるべき難しい時期だと考えてしまっている人もいるかもしれません。でも、発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学の専門家である法政大学文学部心理学科教授の渡辺弥生先生は、「10歳は子どもにとって大きな飛躍の年」だと語ります。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)学習面以外にも現れるさまざまな変化「10歳の壁」というと、一般的には小学3、4年生になった子どもたちがぶつかる学習面での壁を指します。たとえば、算数の問題でもそれまでは「リンゴがいくつ」といったふうに具体物で表されていたものが、突然、○(丸)や□(四角)という抽象的なもので表されることが増えてくる。そこで理解が止まってしまう子どもが非常に多いのです。ただ、10歳という年齢における子どもの変化は、そういった学習面の変化に伴って出てくるものだけではありません。たとえば、ある研究データによると、「人を助ける思いやりの行動」にも変化が見られます。9歳までは困っている人を見れば素直に「助けてあげたい」と行動できていた子どもたちが、10歳になるとなぜかそういう行動を起こさなくなるのです。友だちへの意識も10歳前後で大きく変わります。9歳頃までの子どもの場合、誰もがなんの疑いもなく「みんなと仲良くできる」と思っています。でも、10歳になると「バスの隣の席は○○ちゃんがいい」「○○ちゃんには座ってほしくない」というふうに思いはじめる。ずっと「みんなと仲良くできる」と思っていた自分自身と、自己矛盾を起こすようになるのです。「10歳の壁」をポジティブにとらえようその時期を境にして子どもに見られる変化は他にもいろいろあります。たとえば「時間的展望」がそう。未来や過去、現在といった時間的なものさしが格段に伸びる時期であり、将来のこともしっかりイメージして考えられるようになります。さらに、たとえば中東で起こっている紛争のニュースを見れば、その地域に住む同年代の小学生の生活を想像して心配するように、会ったこともないような人間の気持ちまで考えられるようにもなる。これは、とらえられる対人関係が大きく広がったということを意味します。その広がりは自分自身にも向かいます。自分をモニターして客観視し、「僕はこういう良くないところがあるから、直していかなきゃ」といったふうに、自己コントロールしようともしはじめるのです。そのような自分の内面に向かう視点の獲得によって、作文にも大きな変化が表れます。たとえば明日に運動会を控えているという状況なら、「明日は運動会だけどワクワクするような気持ちだけじゃなくて、不安な気持ちや絶対に負けたくないという気持ちもある。気持ちってひとつだけじゃないんだな」といったことも書けるようになる。これは、しっかり自分の内面をとらえられるようになったということであり、成長の証ですよね。そう考えると、「10歳の壁」を「学習面で行き詰まること」とネガティブなとらえ方をするのはもったいない気がします。子どもは10歳前後でさまざまな面で大きな成長を遂げます。内面が変化する分、行動が停滞したように見えますが、じつは内面が深化しているのです。すなわち、「10歳の壁」ではなく「10歳の飛躍」ととらえれば、親としてもすごく面白い時期に感じられるのではないでしょうか。着実に大人へと成長する子どもの姿を楽しむもちろん、それだけ大きな変化、成長の渦中にいる子どもたちは強いストレスも感じているはずです。当然、親はしっかり子どもを見守って、ときには導いてあげる必要があります。ですが、あまり難しく考える必要はありません。親になったからといって、その瞬間にどこかから親に必要なスキルが降って湧いてくるものではないのですから、子どもと一緒に親も成長していけばいいのです。大切なのは、しっかり子どもを見て、ともに悩み、そして人生の先輩として「こうして教えてあげればいいかな」と親自身が思える方法で導くこと。少しずつ親としての自信をつけていきましょう。そして、子育てをもっと楽しむ姿勢を持ってほしいと思います。たしかに、10歳頃から子どもは難しい時期に入っていきます。でも、裏を返せば子どもが急激に大人に向かって成長している時期でもある。子どもが抱える悩みも大人と同じようなものになってきて、子どもの友だち関係や勉強での悩みを親の人付き合いや仕事の悩みに置き換えて考えることができるようになる。そうすると、悩みの解決方法を親子で一緒に考えたり、あるいは子どもに「なるほど!」と思わされたりするなど、子どもと接する面白味が一気に増してくるのです。もちろん、10歳以降になれば行動範囲も広がってなんらかの危険に巻き込まれるという可能性も高まりますから、そういった点では注意も必要です。難しい時期の子どもに拒絶されないようにちょっと距離を置きながらもしっかりと子どもを見て、「なにかあればいつでも相談に乗るよ」「いつもあなたのことを考えているからね」という気持ちを伝えてあげてください。あとは子どもの成長を存分に楽しめばいいのです。そもそも、10歳頃の子どもの「飛躍」は、それまでの親による教育、インプットが花となって開きはじめたということの表れに他なりません。その花が開くようすを楽しむことこそ、親としての醍醐味ではないでしょうか。『感情の正体 ――発達心理学で気持ちをマネジメントする』渡辺弥生 著/筑摩書房(2019)■ 法政大学文学部心理学科教授・渡辺弥生先生 インタビュー一覧第1回:「あきらめない力」も「あきらめる力」も大切!子どもの決断力を伸ばす家庭教育法第2回:我が子の自己肯定感を育むなら“親の基本”の徹底を。「見返りを求める」は絶対NG!第3回:劣等感を自尊心に!寝る前に親子で実践、「レジリエンス」の簡単トレーニング法第4回:「10歳の壁」ではなくて「10歳の飛躍」!親が我が子の10歳をもっと面白がるべき理由【プロフィール】渡辺弥生(わたなべ・やよい)大阪府出身。法政大学文学部心理学科教授。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学文部技官、静岡大学助教授、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学客員研究員等を経て現職。同大学大学院特定課題ライフスキル教育研究所所長も務める。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。『まんがでわかる発達心理学』(講談社)、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング スマホ時代に必要な人間関係の技術』(明治図書出版)、『イラスト版 子どもの感情力をアップする本 自己肯定感を高める気持ちマネジメント50』(合同出版)、『子どもの「10歳の壁」とは何か? 乗り越えるための発達心理学』(光文社)、『考える力、感じる力、行動する力を伸ばす 子どもの感情表現ワークブック』(明石書店)、『図で理解する発達 新しい発達心理学への招待』(福村出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月06日幼い頃はいつでも天真爛漫だった子どもが、小学生になって難しい顔をすることも増えてきた――。子どもが悩みを抱えるようになると、それに比例して親の悩みも増えるものです。悩み多き思春期に差し掛かろうとしている子どもに対して、親はどう接するべきなのでしょうか。発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学の専門家である法政大学文学部心理学科教授の渡辺弥生先生にアドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもが悩みはじめることは成長の証子どもが小学生になると、幼児の頃と比べてさまざまな悩みを抱えるようになります。でも、それは「いいこと」なのです。なぜかというと、幼い頃には悩まなかったようなことにも、心が発達したことで「悩めるようになった」からです。未来を展望し過去を振り返る力を得て、対人関係が広がると、悩みも多くなるものなのです。ですから、悩みを抱えている子どもが、家族のふとした言動によって「うるさい!」なんていってバタンとドアを閉めたりすれば、親として子どもの成長を感じてよろこんでほしいのです。子どもにとって悩みやトラブルは成長の糧です。たとえば、少しは喧嘩もしないと本当の意味で友だちと仲良くなることはできません。何気なくいったことでも「ここまでいうと相手を傷つけちゃうんだ」とか、良かれと思っていったことでも「ここまでいうとおせっかいになっちゃうんだ」というふうに失敗して学ぶのが人間であり、未熟な部分をぶつけ合うことが子どもにとっては大切な学びなのです。ネガティブな感情も人間には必要そうした子どもの悩みには、怒りや嫉妬、それから劣等感といったネガティブな感情から生まれるものもあります。小学生でも中学年、高学年くらいになると、テストの点が悪かったりスポーツがなかなかうまくならなかったりして、誰もが人と自分を比較するようになります。ネガティブな感情を持つのはあたりまえのことですし、もっといえば人間として必要なものです。というのも、それらの感情は進化の過程で人間がサバイバルするために必要なものだったからです。怒りは外敵と戦うときに必要だったでしょうし、嫉妬や劣等感だって他人と自分を比較することでより良い人間になろうとするモチベーションになったことでしょう。また、ネガティブな感情があるからこそ、ポジティブな感情の意味もより感じられるようになるということもあります。日本人の場合は、子どもにも親が「怒っちゃ駄目」というといった具合に、ネガティブな感情を封じ込めようとする傾向にあります。でも、アメリカのドラマなどを観ていると、親友同士や家族が怒りをぶつけ合っていい争うシーンをよく見ますよね。それが彼らにとってあたりまえのことであり、アメリカ人には相手のネガティブな感情に寛容なところがあるのです。そもそも、子どもがネガティブな感情をすでに持ってしまっていれば、どんなに封じ込めようとしてもゼロにはなりません。でも、封じ込める必要はなくとも、ただ感情任せに振る舞うとさらにトラブルを招くこともありますから、やはりマネジメントする力を教える必要はあります。そういうとき、親は子どもに「寄り添う」ということをいちばんに考えてください。「やっぱり怒っちゃうよね」「悔しいよね」と共感し、次に、「そういうときはこう考えたらどう?」「こうしてみたらどうかな?」と、具体的にやれそうな策を教えてあげるのです。とくに道徳的な考えなどは、しつこいくらいに説明してあげないとなかなか子どもの心には入っていきませんから、子どもの成長に合わせてわかるように言葉をかけてほしいと思います。「情けは人の為ならず」という言葉の真意は、子どもにはすぐには実感できないものですからね。劣等感に負けないための「4つのトレーニング」先に劣等感などのネガティブな感情も必要だとお伝えしました。ただ、あまりに劣等感が強くて自尊心を持てなくなってしまっては大問題です。ここで、劣等感に負けないためのトレーニングを紹介します。これは、「レジリエンス」、いわゆる「心の回復力」を鍛える「4つのトレーニング」です。心の力を回復するうえで鍛錬しておく4種類の「筋肉」をイメージするよう子どもに伝えてトライさせてみましょう。【レジリエンスを鍛える「4つのトレーニング」】■1:「I am」マッスルわたしは◯◯(自分を肯定する言葉)例:わたしは優しい■2:「I can」マッスルわたしは◯◯ができる(自分ができること)例:わたしは泳げる■3:「I like」マッスルわたしは◯◯が好き(自分が好きだと思うこと)例:わたしは野球が好き■4:「I have」マッスルわたしには◯◯がいる、わたしは◯◯を持っている(自分が大事にしている人や宝物)例:わたしには頼りになるお父さんがいる、わたしはアイドルのサインを持っているこれは、自分が持ついいところ、いいものをつねに「見える化」することで劣等感に打ち勝ち、自分の強みを資源にするトレーニングです。子どもには、寝る前にそれぞれ3つくらいを思い浮かべさせる、あるいは書き出させてみてください。それこそ、内容は本当に簡単なことで大丈夫。2なら、「歯みがきができる」なんてことでいいのです。きっと、子どもは「できそうだ!」「やれそうだ!」とポジティブな気持ちを持って眠りにつくことができるはずです。子どもの短所は長所の裏返しこういったトレーニングの良さとして、親子問わずに「性格のせいにする」という考え方を変えられることが挙げられます。とくに親の場合、子どもになにかうまくいかないことがあると、「あなたが怒りっぽいから」「暗いからよ」などと性格のせいにするということが見られます。そうすると、子どもにそのレッテルを貼って、むしろその方向に子どもの背中を押すことになりかねません。「怒りっぽい」といわれた子どもは「怒りっぽい人間として生きていかないといけない」と思ってしまうのです。でも、性格ではなく「トレーニング不足だから」ととらえられればどうでしょうか。子どもは「トレーニングしてスキルさえゲットすればいい」とゲーム感覚でとらえ、自分の性格に悩むこともなくなります。親も「こういう性格の子に産んじゃったから」と思うとなにもしようがありませんが、「まだこの子はトレーニングが不足しているだけ」ととらえれば、子どものためになにかやれることがないかと工夫しようと考えられますよね。もっといえば、一見、あまり良くないように思える性格というのは、ポジティブにとらえてみると、実はその子のリソース(資源)で、強みなのです。たとえば、「怒りっぽい」子どもは、見方を変えれば「情熱的」ともいえます。他人から短所だと思われているところはたいてい長所でもありますし、それがその子の本来的なキャラクターなのですから、それを抑えるのではなく生かす方向に考えてあげるのが親の役目ではないでしょうか。『感情の正体 ――発達心理学で気持ちをマネジメントする』渡辺弥生 著/筑摩書房(2019)■ 法政大学文学部心理学科教授・渡辺弥生先生 インタビュー一覧第1回:「あきらめない力」も「あきらめる力」も大切!子どもの決断力を伸ばす家庭教育法第2回:我が子の自己肯定感を育むなら“親の基本”の徹底を。「見返りを求める」は絶対NG!第3回:劣等感を自尊心に!寝る前に親子で実践、「レジリエンス」の簡単トレーニング法第4回:「10歳の壁」ではなくて「10歳の飛躍」!親が我が子の10歳をもっと面白がるべき理由(※近日公開)【プロフィール】渡辺弥生(わたなべ・やよい)大阪府出身。法政大学文学部心理学科教授。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学文部技官、静岡大学助教授、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学客員研究員等を経て現職。同大学大学院特定課題ライフスキル教育研究所所長も務める。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。『まんがでわかる発達心理学』(講談社)、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング スマホ時代に必要な人間関係の技術』(明治図書出版)、『イラスト版 子どもの感情力をアップする本 自己肯定感を高める気持ちマネジメント50』(合同出版)、『子どもの「10歳の壁」とは何か? 乗り越えるための発達心理学』(光文社)、『考える力、感じる力、行動する力を伸ばす 子どもの感情表現ワークブック』(明石書店)、『図で理解する発達 新しい発達心理学への招待』(福村出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月05日人がきちんと社会生活を営むために欠かせない、ありとあらゆる力を指す「ソーシャルスキル」。ソーシャルスキルが欠乏すると「人とうまくかかわれなくなる」と語るのは、法政大学文学部心理学科教授の渡辺弥生先生。そうであるなら、子どもにきちんとソーシャルスキルを身につけさせたいと親は考えます。その方法を聞いたところ、渡辺先生の答えは「『なんとなく』でいいんです」という意外なものでした。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)必要なソーシャルスキルは年齢によって変わらない親が変に不安ばかりを抱えるのではなく、ポジティブな発想で家庭教育をすれば、子どもは自然にソーシャルスキルを身につけていきます。親がいつもニコニコして「人生って面白いよ!」と伝えてくれたなら、子どもは自然とワクワクした気持ちで毎日を過ごし、友だちや先生といい関係を築くことができるからです(インタビュー第1回参照)。ですが、ソーシャルスキルを子どもに教えるために意識しておいてほしいこともあります。まず、子どもの年齢によるちがいをお伝えします。そもそもソーシャルスキルは人間が社会生活をきちんと営むために必要なものですから、例外こそあれ、基本的には年齢によって必要なスキルは変わりません。たとえば、「人の話はきちんと聞く」ということが大切だということは、大人も子どもも変わりませんよね。でも、年齢によって理解力にはちがいがありますから、それに合わせて教え方も工夫する必要があります。3歳、4歳くらいの幼児なら、「お口はチャックね」というふうに、まずは静かにするということを教えるべきでしょう。年齢が上がって中学生くらいになれば、「相手の方に体を向けて、話の内容に注意しながら」といったように、内面的な部分も含めて教えるという具合です。また、「上手に断る」スキルも年齢を問わずに必要とされるものでしょう。生きている限り、断らなければならない場面はたくさんありますからね。仕事をしている大人ならよくわかると思いますが、なんでも引き受けて結局できないと逆に迷惑をかけることになる。断るスキルも重要なソーシャルスキルのひとつです。なにかを頼まれて断らなければならない場合、大人であれば、まずは「それはお困りでしょうけど……」など相手に共感する言葉をいって、理由と謝罪を添えて断り、できれば代案も出す。これが上手な断り方といえます。でも、幼い子どもがこんな断り方をしたら逆に変ですし、友だちから浮いてしまうかもしれません(笑)。幼児であれば、「駄目〜!」でもいいんです。あとは「どうして駄目なのかを教えてあげてね」と理由を添えることを教えるくらいで十分でしょう。親は子どもに見返りを求めてはいけないしかし、そういった教え方にもガチガチにルールがあるわけではありません。「なんとなく」でいいのです。自分の子どもをしっかり見て、いまの子どもには「『なんとなく』こんなことを教えてあげたらいいかな」という感覚で教えてあげてほしいのです。教育熱心な親たちには、「なんとなく」や「ぼちぼち」「まあいいか」「このくらいで」みたいな感覚が必要だとわたしは思っています。みなさん、教育に対して真面目過ぎるように感じるのです。真面目であることは悪いことではありませんが、その真面目さが弊害を招くことだってあります。真面目な人は一生懸命に努力しますが、人間というのは努力すればするほど相手にも期待してしまうものです。たとえば子どものお弁当に手が込んだキャラ弁をつくったら、やっぱり子どもには「かわいかった!」「美味しかった!」「全部食べたよ!」といってもらいたくなりますよね?でも、子どもからすれば、たとえ幼くてもその期待を感じますから、「『美味しかった』っていわないといけない」「全部食べないといけない」などと思って、伸び伸びと毎日を送れなくなるものです。しかも、子どもがお弁当を残すなどして期待を裏切られると、親は「わたしのお弁当が駄目だったのかな……」なんて無駄に落ち込んだり、不機嫌になったり、ときには理不尽に子どもを怒ったりもする。でも、そもそも親は子どもに見返りを求めてはいけないのです。親が身につけるべき「応答するスキル」子どもに見返りを求めるということは、先に親がなにかをして子どもが応答するというかたちですよね?でも、本来、子どもが発するたくさんの欲求に対して親が応答してやることが大切です。この「応答するスキル」こそ、親に必要とされるもっとも重要なソーシャルスキルです。赤ちゃんの泣き声に対して「なーに?」と応答することは、そのスキルを発揮するべき代表的な場面です。子どもの泣き声を聞いて、なにをしてほしいのか、その要求を親は感じ取ってあげなければなりません。これはソーシャルスキルのなかでいちばんコアなものである、コミュニケーションスキルにも通じるものです。コミュニケーションが上手な人というと話し上手な人をイメージするかもしれません。でも、そうではなくて、「相手にきちんと注意を向けられる」人なのです。子どもを育てる親にはこの力が絶対に必要です。犬を見た幼い子どもが「あ、ワンワン!」といったとします。親は子どもの言葉に応答して犬に注目しながら、「ほんとだ、ワンワンだね」と答えるでしょう。簡単にいえば、これがコミュニケーションです。自分や、自分が関心を向けている「コト」や「モノ」に、相手も関心を持って応じてくれることが、人はもっともうれしいことなのです。コミュニケーションを通じて、子どもは自分が提供した話をちゃんと親が聞いてくれたことの喜びや、親とのつながりを感じます。そして、「自分はここにいていいんだ」と自分の存在価値を感じ取ることになるわけです。これは人間にとって重要なソーシャルスキルである「自尊心」「自己肯定感」を育てることに他なりません。子どものソーシャルスキルを育ててあげたければ、まずは親がきちんと応答してあげること――。それが基本中の基本となります。『感情の正体 ――発達心理学で気持ちをマネジメントする』渡辺弥生 著/筑摩書房(2019)■ 法政大学文学部心理学科教授・渡辺弥生先生 インタビュー一覧第1回:「あきらめない力」も「あきらめる力」も大切!子どもの決断力を伸ばす家庭教育法第2回:我が子の自己肯定感を育むなら“親の基本”の徹底を。「見返りを求める」は絶対NG!第3回:劣等感を自尊心に!寝る前に親子で実践、「レジリエンス」の簡単トレーニング法(※近日公開)第4回:「10歳の壁」ではなくて「10歳の飛躍」!親が我が子の10歳をもっと面白がるべき理由(※近日公開)【プロフィール】渡辺弥生(わたなべ・やよい)大阪府出身。法政大学文学部心理学科教授。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学文部技官、静岡大学助教授、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学客員研究員等を経て現職。同大学大学院特定課題ライフスキル教育研究所所長も務める。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。『まんがでわかる発達心理学』(講談社)、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング スマホ時代に必要な人間関係の技術』(明治図書出版)、『イラスト版 子どもの感情力をアップする本 自己肯定感を高める気持ちマネジメント50』(合同出版)、『子どもの「10歳の壁」とは何か? 乗り越えるための発達心理学』(光文社)、『考える力、感じる力、行動する力を伸ばす 子どもの感情表現ワークブック』(明石書店)、『図で理解する発達 新しい発達心理学への招待』(福村出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月04日「ソーシャルスキル」という言葉を知っているでしょうか。直訳すると「社会的な技能」となりますから、なんとなく意味も想像できるかもしれません。いま、子どもたちのソーシャルスキルが不足している、あるいは未熟なままであると危惧しているのが、法政大学文学部心理学科教授の渡辺弥生先生。きちんと社会生活を営むために欠かせないというソーシャルスキル。具体的にはどんなものなのでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)「バイバイ」のハンドサインもソーシャルスキルソーシャルスキルというと、なにか特別な技能を想像するかもしれませんね。でも、これはみなさんすべてが日常的に使っているしぐさや行動なのです。たとえば、手の振り方次第で相手に「こっちに来て」とも「バイバイ」とも伝えられますよね?このように、社会生活をうまく営むために「こういう場合はこういう振る舞いをする」というフォーム(モジュール:人間の行動のうえで、まとまった社会的機能を有する単位)のようなものです。「うまく営む」というと、「要領良く生きていく」ためのスキルだと勘違いする人もいるでしょう。でも、そういうものではなくて、ある社会に暮らすために誰にも求められているものなのです。電車に乗るときのマナーをイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。電車でのマナーは、社会生活をスムーズに営むためのものであって、要領良く生きるためのものではないですよね。それらは、かつては親やおじいちゃん、おばあちゃん、近所の大人たちが子どもたちに教えてきたものです。でも、地域との接点が薄れ、核家族化が進んだいまはそれが難しくなってきています。極端にいえば、家庭教育を担うのは親だけという状況。その親が教えることができなければ、子どもはソーシャルスキルを学ぶことができないのです。遊びが多くのソーシャルスキルをもたらすまた、子どもがソーシャルスキルを身につけることが難しくなってきている原因としては、子どもたちが自由に遊べる時間が激減しているということも挙げられます。いまの時代の親は本当に教育熱心です。子どものためを思って塾はもちろんさまざまなお稽古事に子どもを通わせますから、子どもが自由に友だちと遊べる時間はどんどん減っています。でも、本来、子どもは遊びからさまざまなソーシャルスキルを学ぶのです。たとえば、近所の子どもたちと遊ぶうち、年上のお兄さんやお姉さんに優しくされれば、「思いやる力」を学べます。そうして学んだスキルを、今度は年下の子どもたちを相手に発揮することもあるでしょう。また、山の急勾配を登るような遊びなら、何度転げ落ちても粘り強く挑戦を続けるうちに、子どもは「あきらめない力」を身につけます。逆に、遊びのなかで「あきらめる力」を身につけることもあります。たとえば、本当はもっと遊んでいたいのに、日が暮れてしまって遊ぶことを「あきらめた」という経験はみなさんにもあるでしょう?これも立派なソーシャルスキルです。「あきらめる力」は「粘り強さ」の対極にあるものではありません。ときと場合によっては、どこかで妥協することも必要なのです。そうできなければ、次のステップに進んで頑張るということもできないでしょうからね。そういった「決断」が「あきらめる」ということなのです。ソーシャルスキルの不足が招く悪影響ソーシャルスキルは、いってみれば「生きるための総合力」です。それらが不足してしまうと、当然、子どもたちにはさまざまな影響が表れます。その筆頭は、「人とうまくかかわれなくなる」ということ。人間は社会生活を営む動物ですから、「ひとりで生きていける」なんて思っている人であっても、実際にはどこかで人とかかわって生きています。それなのに、人とうまくかかわることができなければ、まわりから「迷惑な人だ」と思われるなどして、幸せな人生を歩むことが困難になります。それから、「うまくかかわれなくなる対象」には「自分」も含まれます。「ソーシャル」というからには他者とのかかわりをイメージすると思いますが、先に挙げた「あきらめない力」や「あきらめる力」がそうであるように、ソーシャルスキルが欠乏すると、自分ともうまくかかわれなくなるのです。「不安ありき」の家庭教育では子どもも不安になるでは、子どもにソーシャルスキルを身につけさせるために親はどうすればいいのでしょうか。わたしは、変に難しく考える必要はないと思っています。なによりも楽しく子育て、家庭教育をすることを心がけてほしいのです。先に、ソーシャルスキルが不足すると人とうまくかかわれなくなるとお伝えしました。すると、「うちの子がそうなったらどうしよう」と思った人もいることでしょう。いまの親を見ていると、多くの人が「不安ありき」の家庭教育をしているように思えてくるのです。自分の子どもが「不登校にならないか」「いじめに巻き込まれないか」といくつも不安があって、そうならないための家庭教育になっているのではないでしょうか。それはすごく残念なこと。子どもは無限の可能性を秘めています。だとしたら、起きてもいない問題をイメージして不安を取り除くような発想ではなく、子どものいいところをどんどん伸ばしてあげるためになにをすべきなのかという発想で、もっとポジティブに家庭教育をしてほしいですね。親が毎日のように不安な顔をしていたら、子どもだって不安になります。でも、お父さんとお母さんが人生を楽しんで、いつもニコニコして「人生って面白いよ!」と伝えてくれたら、子どもはワクワクした気持ちで毎日を過ごせるにちがいありません。「情動感染」という言葉がありますが、気持ちは即時に影響し合うところがあるのです。そうすれば、幼稚園でも小学校でも友だちがどんどんできて、先生ともいい関係を築けるし、自己肯定感が高まり、結果として自然に必要なソーシャルスキルを学んでいくように思うのです。『感情の正体 ――発達心理学で気持ちをマネジメントする』渡辺弥生 著/筑摩書房(2019)■ 法政大学文学部心理学科教授・渡辺弥生先生 インタビュー一覧第1回:「あきらめない力」も「あきらめる力」も大切!子どもの決断力を伸ばす家庭教育法第2回:我が子の自己肯定感を育むなら“親の基本”の徹底を。「見返りを求める」は絶対NG!(※近日公開)第3回:劣等感を自尊心に!寝る前に親子で実践、「レジリエンス」の簡単トレーニング法(※近日公開)第4回:「10歳の壁」ではなくて「10歳の飛躍」!親が我が子の10歳をもっと面白がるべき理由(※近日公開)【プロフィール】渡辺弥生(わたなべ・やよい)大阪府出身。法政大学文学部心理学科教授。筑波大学卒業、同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、筑波大学文部技官、静岡大学助教授、ハーバード大学在外研究員、カリフォルニア大学客員研究員等を経て現職。同大学大学院特定課題ライフスキル教育研究所所長も務める。専門は発達心理学、発達臨床心理学、学校心理学。『まんがでわかる発達心理学』(講談社)、『小学生のためのソーシャルスキル・トレーニング スマホ時代に必要な人間関係の技術』(明治図書出版)、『イラスト版 子どもの感情力をアップする本 自己肯定感を高める気持ちマネジメント50』(合同出版)、『子どもの「10歳の壁」とは何か? 乗り越えるための発達心理学』(光文社)、『考える力、感じる力、行動する力を伸ばす 子どもの感情表現ワークブック』(明石書店)、『図で理解する発達 新しい発達心理学への招待』(福村出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年06月03日「フレームリーディング」という言葉をご存じでしょうか?「文章全体の構造や内容をとらえる力」を育むことを目指した国語の授業スタイルのことです。フレームリーディングによって子どもはどんな力を得ることができるのでしょう。フレームリーディング研究と指導の第一人者である、筑波大学附属小学校の青木伸生先生にお話を聞きました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)文章全体をつかみ、より深く内容を理解するフレームリーディングとは、文章を細切れにして読むのではなく、文章全体をつかんで深く内容を理解するための手法です。まずは文章のなかにいくつの出来事や具体例が書かれているのかといったことを大雑把につかみ、そのあとで必要に応じて詳しく読んでいく。そのふたつの行為をいったりきたりと繰り返すことで、文章をより深く理解し、最終的には自分の考えを持つことが目的です。では、具体例で示してみましょう。次の文章をご覧ください。【1】ドングリのからが落ちています。【2】誰がドングリを食べたのでしょうか。【3】リスがドングリを食べました。【4】リスはドングリに穴を開けて中身を食べます。【5】バナナの皮が落ちています。【6】誰がバナナを食べたのでしょうか。【7】サルがバナナを食べました。【8】サルはバナナの皮をむいて中身を食べます。まずは全体を読んだあとに、子どもたちには登場した動物を数えさせます。この例ではリスとサルの2種類。そして、出てきた順番も聞きます。なぜなら、小学低学年の国語では「順序」をとらえられるようになることが重要だからです(インタビュー第2回参照)。続いて、どこからどこまでがどの動物の話なのかを聞く。【1】から【4】がリスで、【5】から【8】がサルの話ですね。こうして、話のまとまりを目に見えるかたちで整理してあげるわけです。次は、リスとサルの話を比べて、「同じところがあるかな?」と聞いてみます。子どもたちは、「誰が○○を食べたのでしょうか。」が同じだと気づき、それぞれのまとまりのなかで2番目に書かれていること、次の3番目にはその答えが書かれているといったことにも気づきます。そのように、子どもが文章の構造をどんどん発見していくように教員がリードする。こうして、ただ単に動物がものを食べたという話の内容の確認ではなく、文章の構造を子どもたちが自分で発見するという授業内容にしていくわけです。すると、別の文章を読むときにも、子どもたちは「話のまとまりはどうなっているのだろう」とか「どこが同じなのだろう」といった目のつけどころを持つようになります。そういった習慣こそが、文章を読むこと、しっかり理解することの楽しさにつながっていくのです。誰もが苦手な読書感想文も楽々進められる!?じつはこの手法は、2020年から小学校で実施される新学習指導要領で推奨される文章の読み方とほぼ一致しています。新学習指導要領では、「構造と内容の把握」というものが最初にあり、次に「精査・解釈」という詳細な読解がある。そして、それらをいったりきたりと繰り返すことで「考えの形成」ができるとしています。表現はちょっと難しくなっていますが、これは最初に説明したフレームリーディングの手法そのものですよね。このフレームリーディングが身につくと、文章を読むこと以外にも、さまざまな場面でその力を生かすことができます。まずは「思考」する――考えるときです。最初に全体をとらえたり俯瞰したりすることは、ものごとの本質をとらえるための思考パターンとしてとっても大事ですよね。思考の対象となるものごとの全体を見渡してなにが起きているのか、なにが問題なのかをとらえられなければ、思考することはできません。それができたら、今度は大事なポイントをとらえて切り口を見つける。それらを繰り返すことで、自分なりの結論やアイデアをまとめられるようになるわけです。さらに、フレームリーディングは「アウトプット」にも生かせるものです。国語の授業におけるアウトプットというと「作文」ですね。文章全体の構造を理解できるようになれば、物語や説明文の展開のパターンというものが見えてきます。たとえば、文章のはじめに結論が出てくる頭括型、最後に結論がある尾括型、どちらにも結論がある双括型などです。もちろん、低学年のうちから頭括型といった言葉は使いません。わたしの授業では、それぞれ頭型、お尻型、サンドイッチ型と教えています。これらのパターンを文章のスタイルとしてしっかり認識していれば、「今日の校長先生のお話を頭型で書いてみよう」という課題を出しても、子どもたちはスムーズに文章を書けるというわけです。フレームリーディングの基本は「数える」と「選ぶ」にあるフレームリーディングについて学んだことがあるという人はあまりいないでしょうから、「家庭では生かせそうにないな」と思うかもしれませんね。でも、家庭でもできることがあります。フレームリーディングは、先の例で動物の数を数えたように、まずは文章に出てくるものを「数える」ということが基本中の基本です。それが全体を見渡すことになるからです。ある物語の登場人物や出来事の数がわかるだけでも、ストーリー全体の輪郭がなんとなく見えてくるように感じませんか?ですから、家庭で子どもと本を読んだときにも、「お話のなかにいくつの動物が出てきたかな?」といったふうに聞いてみてください。子どもは読み返しながら「2匹!」というふうに答えるでしょう。それで、子どもはお話全体をなんとなく見渡すことができます。それから、重要な内容に的を絞る、つまり焦点化するときには、「選ぶ」ということをします。「お話のなかに出てきた動物のなかで、いちばんすごいと思ったのはどれ?」と聞いてみると、子どもはまた読み返して「きちんと皮をむいてバナナを食べるサルはすごい!」というふうに答える。この時点ですでに内容を詳しく読み込むことになっている、「焦点化した読み」になっているのです。「数える」と「選ぶ」。そのふたつをやらせるだけで、子どもの頭のなかでは、全体を見る、詳しく読むというフレームリーディングの基本を繰り返すことになります。家庭でも簡単にできることですから、ぜひチャレンジしてみてください。『青木伸生の国語授業 3ステップで深い学びを実現! 思考と表現の枠組みをつくるフレームリーディング』青木伸生 著/明治図書出版(2017)■ 筑波大学附属小学校教諭・青木伸生先生 インタビュー一覧第1回:子どもの主張はくみ取らなくていい!親だからこそできる、我が子の国語力アップ法第2回:「宿題の定番」になるのも頷ける。意外だけどすごく重要な「音読」の4つの狙い第3回:「文字を見るのも嫌!」子どもを国語嫌いにさせないために、親がすべき低学年からの工夫第4回:作文力アップも期待できる!文章の読み方の新習慣「フレームリーディング」とは【プロフィール】青木伸生(あおき・のぶお)1965年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学卒業後、東京都の教員を経て現在は筑波大学附属小学校教諭。全国国語授業研究会会長、教育出版国語教科書編著者、日本国語教育学会常任理事、筑波大学非常勤講師なども務める。近年はフレームリーディングの専門家としても注目を浴びる。『ことばの事典365日』(小峰書店)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで説明文の授業づくり』(明治図書出版)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで文学の授業づくり』(明治図書出版)、『ゼロから学べる小学校国語科授業づくり』(明治図書出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月31日「子どもの理科離れ」――。もう何年も前から聞かれる言葉です。では、「国語」の場合はどうなのでしょうか?とくに、子どもの頃に国語が苦手だったという親御さんの場合、自分の子どもも国語を敬遠するようにならないかと心配していることでしょう。お話を聞いたのは、全国国語授業研究会会長や教育出版国語教科書編著者も務める筑波大学附属小学校の青木伸生先生。国語に対する子どもの接し方の現状、さらに、子どもを国語嫌いにさせないための方法を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)二極化している子どもの国語好きと国語嫌いいま、子どもたちの国語に対する好き嫌いは、二極化しているように感じますね。国語が好きな子どもは自分でどんどん本を読んでいますし、逆に教科書の文字を見るのも嫌だという子どももいます。その差が大きく広がっていくと、後者の子どもは学年が上がるほど身につけるべき国語力を取り返すのが難しくなりますから、とても心配しているところです。子どもの国語離れを進行させないためにも、教科書のつくり手もいろいろと工夫はしています。お子さんがいる人なら、以前と比べていまの教科書はイラストや写真が豊富ですごくカラフルになっていることはご存じでしょう。というのも、いまの子どもは生まれながらにして映像などさまざまに刺激的な情報のなかで生きていますから、教科書にもある程度の刺激がないと心が惹かれないからです。ただ、入り口はそれでもいいとは思いますが、そこからいかに文字に意識を向けさせるかということが重要な課題だと感じています。読むことそのものの面白さや楽しさといったものを感じられないと、学年が上がり、教科書がシンプルになって文字が増えたときに拒絶反応を起こしかねないからです。もちろん、そうさせないための努力は小学校でもしています。たとえば、図書室で教員が読み聞かせをして、その本に関連する別の本をみんなで探して読むといった、「図書」の時間の活動もそのひとつ。「今回は昔話を探そう」「『繰り返し』があるお話を探そう」といったふうに、あるテーマを持って読むことの面白さを感じさせるための活動です。教科書の「本の紹介コーナー」に注目こういうことが必要となっている背景には、家庭環境が以前と変わってきたことも大きいように思いますね。いまは誰もがスマホやタブレットを持っています。それらの端末で本を読んでいる親御さんの家庭なら、以前の一般家庭より本や雑誌の数は減っている。新聞を取っていないという家庭も多いでしょう。そうすると、家庭で子どもが文字に触れる機会も自然に減っているはずです。だからこそ、子どもを国語嫌いにしたくないのであれば、家庭でいかに本に親しませるかということが大切になります。そのスタートとしては、やはりむかしながらの絵本の読み聞かせがいちばんでしょうね。親御さんのひざに抱えられて絵本を読んでもらえれば、子どもは間違いなく本に興味を持つようになります。お父さん、お母さんに絵本を読んでもらったという記憶は強く残るものです。みなさんにも、そういう記憶がある人も多いのではないですか?その経験によって、子どもは本の面白さに惹かれるようになっていきます。子どもがもう少し大きくなって小学生になったら、国語の教科書に注目するのもおすすめです。というのも、学習指導要領自体が読書に力を入れているため、いまの教科書には「本の紹介コーナー」がたくさんあるからです。たとえば、宮沢賢治の作品のページなら、宮沢賢治の他の作品がいくつも紹介されています。気に入った作家や作品に関連する作品、シリーズ作品を読んでいくというのは、まさに本が好きな人間の典型的な読書法ですよね。そういったことを教科書が手助けしてくれているわけですから、それを活用しない手はありません。読書を通じた「親との対話」でもっと本が好きになるまた、小学生になってひとりで本を読めるようになったからといって、親が「これを読んでごらん」と押しつけるだけということは避けましょう。そうではなく、子どもが自ら興味を持って読む本に対して、親御さんもしっかり興味を示してあげてほしいのです。日常の読書によって子どもがさらに本に興味を持てるかどうかは、そういった場面での「親子の対話」によって大きくちがってきます。子どもが音読をしてくれたのなら、思ったことを子どもに伝えてみてください。「いま読んでもらったお話、お父さんも子どもの頃に読んだよ」とか「子どもの頃に読んだときと感じ方がちょっとちがったなあ」といったささいなことで十分です。子どもは「むかし、お父さんも読んだんだ」とか「お母さんはそういうふうに思ったんだ」といったことを感じます。そうやって、自分が本を読んだことでお父さんやお母さんがなんらかの反応を示してくれたのなら、子どもは「もっと上手に読みたい」と思うものですし、さらには、自分なりの感想を持っていないと「お父さんやお母さんとちゃんとお話ができないぞ」とも思うもの。親がきちんと反応を示すことで、子どもは本の中身をもっときちんと読もうとするようになるのです。このようにして親と対話をしながら本に親しむうち、子どもはセリフのいいまわしや物語の伏線といったものに自分なりに面白さを感じられるようになっていきます。それは、「自ら発見する」ということに他なりません。これまでの学校の勉強にありがちだった受け身の姿勢ではなく、能動的な姿勢を手に入れるということなのです。その姿勢こそが、国語という教科に限らず、のちのちの学力の向上につながるということは容易に想像できるのではないでしょうか。『青木伸生の国語授業 3ステップで深い学びを実現! 思考と表現の枠組みをつくるフレームリーディング』青木伸生 著/明治図書出版(2017)■ 筑波大学附属小学校教諭・青木伸生先生 インタビュー一覧第1回:子どもの主張はくみ取らなくていい!親だからこそできる、我が子の国語力アップ法第2回:「宿題の定番」になるのも頷ける。意外だけどすごく重要な「音読」の4つの狙い第3回:「文字を見るのも嫌!」子どもを国語嫌いにさせないために、親がすべき低学年からの工夫第4回:作文力アップも期待できる!文章の読み方の新習慣「フレームリーディング」とは(※近日公開)【プロフィール】青木伸生(あおき・のぶお)1965年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学卒業後、東京都の教員を経て現在は筑波大学附属小学校教諭。全国国語授業研究会会長、教育出版国語教科書編著者、日本国語教育学会常任理事、筑波大学非常勤講師なども務める。近年はフレームリーディングの専門家としても注目を浴びる。『ことばの事典365日』(小峰書店)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで説明文の授業づくり』(明治図書出版)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで文学の授業づくり』(明治図書出版)、『ゼロから学べる小学校国語科授業づくり』(明治図書出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月30日子どもが受けている国語の授業の内容は把握していても、その「狙い」まで理解しているという親御さんは少ないはずです。現在、国語の授業はどんな狙いを持っておこなわれているのか――。全国国語授業研究会会長や教育出版国語教科書編著者も務める筑波大学附属小学校の青木伸生先生に、その狙い、家庭教育にも取り入れることができる勉強法を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)小学校低学年、中学年における国語授業の狙い小学校の国語の授業は、学年ごとにそれぞれ「狙い」が決まっています。現在の学習指導要領でいうと低学年、中学年、高学年でわかれていて、低学年の狙いは「順序」というものです。国語の勉強をはじめたばかりの低学年の場合、まずは物語や説明文の順序をとらえて読むということが出発点になります。物語なら、話のなかにどんな人が出てきたのか、そしてその人たちはどんな順番で出てきたのかといったことをとらえることが、文章の理解には欠かせません。また、説明文なら、どんな話がどういう順番で書かれているのか、「はじめに」「次に」「終わりに」といった説明のプロセス、組み立てを意識できる必要がある。文章のなかに出てくる言葉の順番やつながりを見つけることが、文章を理解するためのはじめの一歩なのです。そして、中学年になると、その狙いは「中心点」というものに変わります。これは、段落のなかの要点や、文章全体で筆者がいちばんいいたいことはどこに書かれているのか、物語なら山場の場面はどこかというような、大事なところを見つけようというものです。「音読」が子どもにもたらすさまざまな効果小学校の国語の授業というと、「音読」を思い浮かべる人も多いでしょう。大人になって音読することはほとんどないと思いますが、小学校では定番、必須の内容ですよね。もちろん、音読にも重要な狙いがあります。これは、とくに低学年の子どもたちにとって大切なものです。その狙いのひとつは子どもたちの「体づくり」。ちょっと意外に思うかもしれませんね。音読では、しっかり両足を床につけておなかから声を出すように指導します。そうすることで、まだ体が小さい低学年の子どもの体幹をつくるということを意識しているのです。また、聞き手を意識させて読ませることで、「声の大きさの調整」をできるようにさせることも重要な狙いです。低学年の子どもたちの場合、近くにいる、遠くにいるといった聞き手のちがいによって声の大きさを調整することがまだ上手にできません。声の大きさのほか、発する言葉の歯切れの良さといったものも含めて、聞き手に的確に声を届ける練習をさせるのです。それから、「日本語のリズムをつかむ」ことも狙いのひとつ。低学年の国語の教科書には谷川俊太郎の『かっぱ』のようなリズム良く読める詩が多く登場します。それを声に出して読むことで、言葉のリズム、日本語の響きを実感しながら体に入れていくわけです。また、音読すれば自分の声を自分で聞くことになりますよね。目で文字を追うだけではなかなか文章を理解できない低学年の子どもも、言葉を目で追いながら耳からも入れることで理解を深めることができるのです。親の問いかけで子どもの読解力を高める子どもの国語力のベースを固めるためにも、とくに低学年、中学年のうちは家庭でも子どもに音読をやらせてみてください。それにあたって、ひとつ親御さんにアドバイスをしておきましょう。物語は会話文とそれ以外の地の文で構成されています。そのうち、会話文の読み方が、子どもがどれだけ登場人物の気持ちを理解しているかの指標になるのです。音読できたことを褒めながら、「さっきのセリフをとっても大きな声で読んだのはどうして?」とか「小さな声で読んだのはどうして?」といったふうに問いかけてみてください。子どもは自分なりに考えて、「すごくうれしそうだったから」「寂しそうだったから」といったふうに答えるはずです。本人は無意識のうちに声の大きさや読む調子を変えていたかもしれません。でも、その振り返りをさせることが、登場人物の気持ちを考えさせ、物語の読解力を高めるということにつながるのです。「書き写し」は範囲ではなく時間を決めるまた、音読と同様に家庭でもできることとしては、「書き写し」もおすすめです。わたしが低学年、中学年の子どもに出す宿題は音読と書き写しが中心です。それだけわたしも重視しているものだということです。書き取りの効果は、先にお伝えした「自分の声を聞いて理解を深める」という音読の効果と似たものです。国語の教科書でも子どもが好きな本でもいいので、ある作品の書き写しをする。手で書いて写すうち、「この言葉はさっきも出てきたな」とか、「さっきの言葉と表現が変わったな」といったふうに子どもにはたくさんの発見があります。目で文字を追っただけでは感じとれないものが明確に見えてくるのです。ただ、書き写しをさせる場合には、「今日はここからここまで」と範囲を決めることは避けましょう。そうしてしまうと、文章を読んだり書いたりすることが苦手な子どもにとってはただただつらい作業になってしまいます。勉強を毛嫌いするようにもなりかねません。そうではなくて、「1日3分」というふうに時間を決めるのです。3分たったら、たくさん書き写しをしていても、全然書けていなくても終わり。これが書き写しを長続きさせるコツです。しかも、これには別の効果も期待できます。範囲を決めた場合、その範囲を書き写さなければ終わりませんから、子どもにとってはただ書き写すことが目的になってしまう。結局、機械的に書くことになって、中身が頭に入っていかないのです。一方、時間を決めた場合は、どれだけ書き写すかは自由ですから、たとえ短時間でも集中することになります。家庭での音読と書き写し。これらをやるだけで、その後の国語の成績は大きくちがってくるはずです。『青木伸生の国語授業 3ステップで深い学びを実現! 思考と表現の枠組みをつくるフレームリーディング』青木伸生 著/明治図書出版(2017)■ 筑波大学附属小学校教諭・青木伸生先生 インタビュー一覧第1回:子どもの主張はくみ取らなくていい!親だからこそできる、我が子の国語力アップ法第2回:「宿題の定番」になるのも頷ける。意外だけどすごく重要な「音読」の4つの狙い第3回:「文字を見るのも嫌!」子どもを国語嫌いにさせないために、親がすべき低学年からの工夫(※近日公開)第4回:作文力アップも期待できる!文章の読み方の新習慣「フレームリーディング」とは(※近日公開)【プロフィール】青木伸生(あおき・のぶお)1965年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学卒業後、東京都の教員を経て現在は筑波大学附属小学校教諭。全国国語授業研究会会長、教育出版国語教科書編著者、日本国語教育学会常任理事、筑波大学非常勤講師なども務める。近年はフレームリーディングの専門家としても注目を浴びる。『ことばの事典365日』(小峰書店)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで説明文の授業づくり』(明治図書出版)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで文学の授業づくり』(明治図書出版)、『ゼロから学べる小学校国語科授業づくり』(明治図書出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月29日我が子には、あらゆる教科を得意になってほしいというのが親の理想でしょう。でも、多様化が進むこれからの社会に出たときに求められる力の筆頭としてコミュニケーション能力が挙げられるいま、それにつながるであろう「国語力」をとくに伸ばしてあげたいと考える親御さんも増えています。全国国語授業研究会会長や教育出版国語教科書編著者も務める筑波大学附属小学校の青木伸生先生に、まずは「そもそも国語力とはなにか」というお話から伺いました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)国語力はあらゆる学習のベースになる国語力とひとことでいっても、いろいろな階層があると思います。実生活のなかでの国語力というと、文章の内容をきちんと把握する力、自分の伝えたいことを表現できる力などになるでしょうか。小学校における国語力にもいくつかの要素が含まれます。たとえば、物語のテーマを自分なりに感じ取れる力。説明文なら、筆者のいいたいことをつかみ、それに対して読者として自分の考えを返す力。また、ある程度の語彙を持ち、どんな言葉をどんな場面で使えばいいかという言語感覚を身につけているかどうかも小学生にとっての国語力に含まれるでしょう。これらの国語力は、とくに小学校低学年から身につけていくことがとても重要です。というのも、国語以外のあらゆる教科でも学習のためのベースとなるのが国語力だからです。国語力が欠けていると、自分の意見をわかりやすく発表できませんし、重要な内容をノートにまとめることもできません。理科の実験授業でも、実験結果をまとめ、それを基に考察する際に必要となるのは国語力です。また、国語と対極にあると思われがちな算数であっても、国語力がなければ文章題で述べられている状況をイメージできないということにもなります。問題のなかで「リンゴが3個あって、そのうち2個を太郎君が食べて、花子ちゃんがミカンを5個持ってきた」というような文章があったとして、描かれている内容をきちんと把握してその状況を思い浮かべられなければ問題を解くどころではありませんよね。本当なら算数を得意教科にできる能力を持っていて、ドリルのような単発の計算は得意な子どもであっても、国語力が伸び悩んだがために本来の能力を発揮できないということにもなりかねないのです。国語力アップのために読書で得られる重要な要素国語力はあらゆる学習のベースとなります。そうすると、親御さんなら子どもの国語力を伸ばしてあげたいと考えますよね。もちろん、小学校でもわたしたち教員はさまざまな工夫を凝らして子どもたちの国語力アップに努めています。でも、家庭でもできること、それから親御さんだからこそできることもあるのです。ひとつは「読書」です。ただ、残念ながら、テストで高得点を取るためという意味での国語力と読書はそれほど直接的にはつながるものではありません。テストというものは、問われたことに対して的確に答えていくという対応が求められます。「文章のここがポイントで、このことを聞かれている、だからこう答えればいいんだ」というようなある種のテクニックが必要とされますから、一定の練習をしなければなりません。ですから、とにかく読書が好きでたくさん本を読んでいる子どもであっても、意外とテストでは高得点を取れないということもあるのです。でも、読書をしていれば、国語力を高めるための重要な要素を得られることは間違いありません。そのひとつは語彙です。それから、物語の展開のパターンや表現技法といったものも子どものなかにどんどん蓄積されていきます。あとは、それらをどう使えば実際のテストで高得点を取れるのかというところをわたしたち教員が授業で教えてあげれば、一気に成果を出すことができるはず。そのためにも、読書好きになるように家庭でもできる限りの工夫をしてほしいですね。親子の会話で子どもにたくさん考えさせるそして、子どもの国語力アップのため、「親御さんだからこそできること」が「親子の会話」です。なぜ親子の会話が重要かというと、教員と子どもの場合だと、子どもの言葉を教員がくみ取ってしまうことが多いからです。授業をスムーズに進めるためといったこともあって、子どもの言葉がちょっとあいまいであっても、教員は「こういいたいんだね」と、子どもがいわんとしていることを整理してしまうのです。でも、親ならそういうことをする必要はありませんよね。子どもの言葉が本当にわからなければ、「なにをいっているかわからないよ」とストレートにいってあげられます。そうすると、お父さんやお母さんに自分のいいたいことを伝えるために、子どもは言葉を探したり、選んだり、いい方を変えるなどして必死に考えることになる。子どもの国語力アップのためには、そういう場面がとっても大事なのです。逆に、子どもに成長が見られてすごくわかりやすい表現をしたという場合なら、「いまのいい方はすごく良かったよ」といったふうに褒めてあげてください。そうすれば、その表現が子どもに定着していくことになるはずです。ひとつ注意をするなら、親だからこそ教員以上に子どものいいたいことをくみ取れてしまうということ。他人ならなにをいっているかわからない、子どもがぼそっとつぶやいたようなことも、親ならわかるということは多いものです。そこで、「ああ、こういいたいのね、こうしてほしいんだね」とくみ取ってしまうと、先に伝えたような子どもが必死に考えるということが起こりません。そういう意味では、子どもの国語力を伸ばしてあげたいと思うのなら、「ものわかりの悪い親」になるという考えが必要かもしれませんね。『青木伸生の国語授業 3ステップで深い学びを実現! 思考と表現の枠組みをつくるフレームリーディング』青木伸生 著/明治図書出版(2017)■ 筑波大学附属小学校教諭・青木伸生先生 インタビュー一覧第1回:子どもの主張はくみ取らなくていい!親だからこそできる、我が子の国語力アップ法第2回:「宿題の定番」になるのも頷ける。意外だけどすごく重要な「音読」の4つの狙い(※近日公開)第3回:「文字を見るのも嫌!」子どもを国語嫌いにさせないために、親がすべき低学年からの工夫(※近日公開)第4回:作文力アップも期待できる!文章の読み方の新習慣「フレームリーディング」とは(※近日公開)【プロフィール】青木伸生(あおき・のぶお)1965年生まれ、千葉県出身。東京学芸大学卒業後、東京都の教員を経て現在は筑波大学附属小学校教諭。全国国語授業研究会会長、教育出版国語教科書編著者、日本国語教育学会常任理事、筑波大学非常勤講師なども務める。近年はフレームリーディングの専門家としても注目を浴びる。『ことばの事典365日』(小峰書店)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで説明文の授業づくり』(明治図書出版)、『青木伸生の国語授業 フレームリーディングで文学の授業づくり』(明治図書出版)、『ゼロから学べる小学校国語科授業づくり』(明治図書出版)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月28日子どもの頃は算数が嫌いで、「数字を見るだけでげんなりした……」という人も多いかもしれません。そういう自らの実体験から、「子どもも算数嫌いになるのではないか?」と心配している親はかなりの割合でいるといいます。「教育の鉄人」とも呼ばれ、カリスマ教師として知られる、東京の公立小学校教諭・杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)先生は、「国語と算数があらゆる学習のベース」だと語ります。では、どうすれば子どもの算数の力を伸ばしてあげられるのでしょうか。子どものやる気を引き出す独自の授業で注目される杉渕先生に、その秘策を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)四則計算が算数を学習するためのベースになる学校での勉強がはじまる小学校で、とくに重要な教科は国語と算数です。なぜなら、それらが理科や社会などあらゆる他の教科を学習するためのベースとなるからです。では、子どもの算数の力を伸ばしてあげるにはどうすればいいのでしょうか?あたりまえのことですが、足し算、引き算、掛け算、割り算の四則計算をきっちり身につけることです。算数における四則計算は、ある意味で他の教科に対する国語と算数の存在に似ています。というのも、四則計算がしっかりできなければ、その先にある算数の領域、応用問題に進めないからです。つまり、四則計算は算数を学習するためのベースといえます。応用問題に臨む場合、たとえその考え方というものを理解できたとしても、四則計算がきちんとできなければ解答にたどり着けずにつまずいてしまいます。逆に、必要な四則計算がぱっとできるのなら、考えることに集中できる。だからこそ、応用問題の理解も深まりますし、その面白さを感じることもできるのです。スポーツだって同じではないでしょうか。たとえば、テニスをやるにも、素振りすらまったくしていないような基礎ができていない状態なら、まともにボールを打ち返せないでしょう。ボールをラケットで打つスポーツなのに、空振りばかりしていては面白いはずがありませんよね。最初に「できない」ということをわからせるでも、じつは逆の考え方もできます。まったくテニスの経験がない子どもにあえていきなり試合をさせてみるのです。もちろん、まともにボールを打ち返せないのですから、子どもは面白くありません。そこで、「きちんとボールを打てるようになったら試合が面白くなるよ」とリードしてあげて、基礎練習をさせる。子どもは試合の面白さを味わいたいがために基礎練習に一生懸命取り組むことになるはずです。それが、テニスをやりたいといっている子どもに最初から基礎練習ばかりさせてしまうと、「僕はテニスをやりたいのに」と、子どもは不満を抱いて意欲的に練習に取り組めません。そんな心理状態では、大事な基礎練習の成果もなかなかでませんよね?算数の場合も、まず子どもに応用問題をやらせてみて、それができないということをわからせてみるのです。うまくリードできれば、その面白さを味わおうと子どもは四則計算の習得に励むようになります。とはいえ、四則計算の学習はやはり地味で単純なものが多いので、子どもの集中力がなかなか続かないということもある。子どもが自然に四則計算の勉強をできるようにするには、やはりたくさんの工夫が必要です。子どもと一緒に楽しみながら四則計算を勉強する家庭でできることを考えると、日常生活のなかで子どもが楽しみながら四則計算に触れる機会を親がつくってあげることです。「学校の勉強なんて社会に出たら役に立たない」なんてことをいう人もいますが、四則計算は大人なら誰もが日常的に使っていますよね。たとえば、つねに節約しようと考えているお母さんたちは、スーパーで買い物をするにも何度となく四則計算を繰り返しているはずです。その計算を問題として子どもに出してみましょう。リンゴを買おうとしているときに、「3個で500円のリンゴ」と「2個で400円のリンゴ」があったとします。子どもに、「どっちを買えばお得かな?教えてくれる?」と相談するのです。子どもは大好きなお母さんの役に立ちたいと、頑張って計算をしてくれるはずです。自動車でどこかに出かけるときなら、目的地までの距離を教えてあげて、「いま、時速40キロだけど、目的地には何分で着く?」「時速60キロならどう?」というふうに出題することもできるでしょう。時計を使ってみるのもおすすめです。時計というと、時間を知るためのものと誰もが思い込んでいますが、じつは角度の勉強にも有効です。丸いアナログ時計を使って角度の問題を出すのです。「6時のときの長針と短針の間の角度は何度でしょう?」といった具合です。家族でおこなうものと考えれば、もっとふざけてみてもいいかもしれませんね。たとえば、「お父さんは3分に1回怒ります。お母さんは5分に1回怒ります。お父さんとお母さんが一緒に怒って大爆発するのは何分後でしょうか?」といったものはどうでしょうか?(笑)。これは紛れもない公倍数の問題ですが、きっと子どもは笑いながら取り組んでくれるにちがいありません。家庭で子どもに勉強させるときには、「子どもと一緒に楽しむ!」ということをいちばんに意識してほしいとわたしは思っています。勉強をしながらでも、子どもの心からの笑顔をたくさん引き出してあげてください。『たし算ひき算 10マス計算ドリル 左利き用』杉渕鐵良 著/学研プラス(2019)■ 東京都公立小学校教諭・杉渕鐵良先生 インタビュー一覧第1回:先取り学習はこうやれば効果的。「就学前学習ってどうなの?」に“教育の鉄人”が回答!第2回:「ちゃんと宿題やりなさい!」に効果がない理由。子どもに“響く”声かけの方法とは?第3回:子どもを「読書好き」にするきっかけの作り方。国語力アップの決め手は家庭にある!第4回:算数の力は“楽しく”伸ばす!地味で単純な「四則計算」を笑うほど面白いものにする工夫【プロフィール】杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)1959年生まれ、東京都出身。東京都公立小学校教諭。小学校教諭となって7年目に子どもたちのやる気を引き出す独自の授業「ユニット授業」を開発。その成果により、「教育の鉄人」と呼ばれ、2011年には「ユニット授業研究会」を設立。若手教員の指導にあたる他、講演のために全国各地を飛び回っている。『小学校教師だからわかる 子どもの学力が驚くほど上がる 本物の家庭学習』(すばる舎)、『全員参加の全力教室2 燃える! 伸びる! 変わる! ユニット授業』(日本標準)、『1日1枚5分でできる 漢字パズル』(すばる舎)、『自分からどんどん勉強する子になる方法』(すばる舎)、『子どもが授業に集中する魔法のワザ!』(学陽書房)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月27日小学生が学ぶ教科には、国語に算数、理科、社会などさまざまなものがあります。そのうち、「国語と算数があらゆる学習のベース」と語るのは、東京の公立小学校教諭・杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)先生。子どものやる気を引き出す独自の授業で注目され、「教育の鉄人」とも呼ばれるカリスマ教師です。今回は、その重要な国語と算数のうち、国語の力を伸ばすために家庭でもできることを教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもを読書好きにするにはまず親が本を読む小学校における教科のうち、とくに重要なものが国語と算数です。それらの力が育っていないと、理科や社会の教科書、そのなかに出てくるグラフなどもきちんと読めないからです。逆にいえば、1、2年生頃にちょっとくらい理科や社会の勉強が遅れてしまったとしても、国語と算数がきちんとできるようになれば、あとからいくらでも遅れを取り返せます。そういう意味で重要な国語と算数のうち、国語の力を伸ばすために家庭でもできることというと、まずはやっぱり読書でしょうね。とくに1、2年生くらいの小さい子どもの場合なら、絵本の読み聞かせをおすすめします。というのも、読書は苦手でも読み聞かせは好きだという子どもが多いからです。また、親が本を読まなければ子どもも本に興味を示さないということも、読み聞かせをすすめる理由です。絵本の読み聞かせをすれば、子どもは文字や言葉、さまざまな概念を知ることになる。それはいまもむかしも変わらない読み聞かせの大きな効果です。そうして絵本の読み聞かせをするうち、「このシリーズものが面白い」というふうに、子どもがハマるものが出てくるでしょう。そういった事象こそ、読書好きになる兆候といえます。子ども自身が自ら本に興味を示さなければ、読書好きになるはずもありません。そう考えると、「○○先生が推薦しているから」なんていって、どこかの誰かがすすめる本を子どもに与えることにもなんの意味もありません。もし、子どもにすすめるのであれば、親御さん自身が本当に面白いと思ったものにしてほしいのです。そういう本であれば、「大好きなお父さんやお母さんがすすめるんだったら」と、子どもが興味を示すということだってあるはずですよ。漢字を覚えさせるにも「楽しさ」が最重要また、小学生なら漢字の学習も重要です。だからといって、漢字をいくつ書くだけというドリルのような学習方法はあまり好ましくありません。1、2年生のような小さい子どもの場合、楽しさが伴っていなければただ機械的にこなすだけになってしまい、なかなか学習効果が上がらないからです。ただの反復には意味がないのです。そういう意味では、いろいろと工夫をすることが必要。たとえば、「木」という漢字を書いて覚えるにも、子どもが「木」と書いたら、「これ、なんの木?」と聞いてみましょう。子どもは「桜の木」なんて答えるかもしれない。そうしたら、「じゃ、桜のピンクに塗ってみようか」と色鉛筆を与えるのです。あるいは、ピンクの色鉛筆で「木」と書かせてもいいですよね。また、漢字の「はらい」や「はね」を覚えさせるためにできる工夫もあります。「木」のはらいの部分を書くときに、親が「滑り台みたいだから、滑り台を想像して『シューッ』と書こう」といって、実際に「シューッ」といいながら書く。子どもも面白がって「シューッ」といいながら書くようになります。どちらも子どもにとっては遊び感覚で漢字の書き取りをすることになりますし、脳をしっかり使ってイメージを膨らませていますから、きちんと覚えられることになります。また、いろいろな漢字が書かれている紙を用意して、「このなかから、食べものの漢字を探そう!」なんて遊びもいいと思います。たとえば「公」という漢字は、「ハム」と読めますよね。そんな工夫がされている教材もたくさん市販されていますから、それらを使ってみてはどうでしょうか。しかも、そういう教材をやって漢字の面白さを知ったあとなら、子どもは一般的な漢字ドリルも楽しんでやるようになるものです。いずれにせよ、まだ小さい子どもには「勉強って面白い!」と思わせてあげることがなにより大切です。小さいうちから成績を気にし過ぎる必要はありませんし、「勉強は面白い」と思っていれば、自然に勉強を続け結果的に成績も伸びてくるものですからね。会話力を上げるには会話を重ねるしかない国語力を伸ばすためには、会話力の向上も外せないものでしょう。人と会話をするには、さまざまな言葉をきちんと使えることが求められますからね。子どもの会話力を向上させたいと思ったら、とにかく親が子どもとたくさんおしゃべりをすることに尽きます。子どものためのスピーチ教室なんてものもありますが、やっていることは、用意された原稿をただうまく読む訓練をしているだけ。実際の会話とは、そういうものではありませんよね?相手のいったことに対して瞬間的に反応し、自分の思いを適切な言葉で表現できてこそ会話になる。そう考えると、やはり実際に会話をすることでしかその力は伸びていかないのです。子どもと会話をするにあたって、親の立場として「いいインタビュアーになろう」と心がけることも重要なポイントです。学校から帰ってきた子どもがどことなくうれしそうにしていたら、「なにかいいことがあったの?」「それでどうしたの?」とどんどん聞き出してあげる。そのとき、親自身がそのインタビューを楽しむことが大切です。親が会話を楽しんでいる気持ちが伝われば、子どもはどんどん冗舌になっていくはずです。『たし算ひき算 10マス計算ドリル 左利き用』杉渕鐵良 著/学研プラス(2019)■ 東京都公立小学校教諭・杉渕鐵良先生 インタビュー一覧第1回:先取り学習はこうやれば効果的。「就学前学習ってどうなの?」に“教育の鉄人”が回答!第2回:「ちゃんと宿題やりなさい!」に効果がない理由。子どもに“響く”声かけの方法とは?第3回:子どもを「読書好き」にするきっかけの作り方。国語力アップの決め手は家庭にある!第4回:算数の力は“楽しく”伸ばす!地味で単純な「四則計算」を笑うほど面白いものにする工夫(※近日公開)【プロフィール】杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)1959年生まれ、東京都出身。東京都公立小学校教諭。小学校教諭となって7年目に子どもたちのやる気を引き出す独自の授業「ユニット授業」を開発。その成果により、「教育の鉄人」と呼ばれ、2011年には「ユニット授業研究会」を設立。若手教員の指導にあたる他、講演のために全国各地を飛び回っている。『小学校教師だからわかる 子どもの学力が驚くほど上がる 本物の家庭学習』(すばる舎)、『全員参加の全力教室2 燃える! 伸びる! 変わる! ユニット授業』(日本標準)、『1日1枚5分でできる 漢字パズル』(すばる舎)、『自分からどんどん勉強する子になる方法』(すばる舎)、『子どもが授業に集中する魔法のワザ!』(学陽書房)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月26日小学校に入学した子どもが長男や長女の場合、学校生活に伴って、子どもたちはもちろん、親もいくつもの初体験をすることになります。そのなかで、「子どもが宿題をやりたがらない」「子どもの通知表があまり良くなかった」など、さまざまな悩みや不安に直面することでしょう。そういった場合、どう対処すればいいのでしょうか。子どものやる気を引き出す独自の授業で注目され、「教育の鉄人」とも呼ばれるカリスマ教師・杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)先生にアドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)一緒に宿題をやれば親の言葉の重みが変わるまず重要なのは、なにごとも「子どもと一緒に」という考え方を持つこと。子どもが宿題をやりたがらないのなら、「ちゃんとやりなさい」なんていって子どもにやらせるのではなく、一緒にやってあげればいいのです。同じ「ちゃんとやりなさい」でも、実際にやった人がいえば、言葉の重みがちがってくるのは明白です。スポーツでも同じですよね。炎天下で一緒に汗を流している人が「頑張ろう」というのと、ただ日陰で涼んでいる人がいうのでは、いわれる側が受け取る意味はまったくちがってきますよね。そもそも、子どもにとってはひとごとのように頭ごなしに怒られることがいちばん嫌なものです。「ちゃんとやりなさい!」といっている親御さんは「子どものため」だと思っていることでしょう。では、そういうときに自分の言葉を録音して聞いてみてください。わたしは実際にある親御さんにそうしてもらったことがあります。すると、自分の言葉を聞いたその親御さんは「これは自分じゃない」なんていうんです。自分はしつけをしている、子どもに大切なことを教えているつもりなのに、客観的に見ればただ怒鳴っているだけということは珍しくありません。もちろん、「子どものため」と思っているのは本当なのでしょう。でも、怒鳴り声ではその気持ちは子どもには伝わらないのです。愛を押しつけているだけではただのストーカーです。子どもに「お父さん、お母さんに愛されている」と思わせてあげてください。話を宿題に戻しましょう。実際に子どもの宿題をやってみれば、親御さんなりになんらかの感想を持つはずです。たとえば、「塾に通わせていることを考えると宿題が多過ぎる」「子どもの負担になっているのではないか」と思うこともあるでしょう。そういう場合、親子で話し合ったうえで、宿題を減らせないかと担任教師に相談してみてはどうでしょうか。おそらく、いまの時代の教員ならかなり柔軟にそういう相談にも対応してくれるように思います。家庭によって教育方針はちがいますし、子どもが目指す進路もそれぞれですから、わたし自身も各家庭とやり取りをしてなるべく要望に応じられるよう心がけています。通知表が良くなければ親が通知表をつけるさて、宿題に続いて親御さんの悩みの種となるのが通知表ではないでしょうか。その評価によってつい一喜一憂してしまいますよね。あまり評価が良くなかった場合には、親として子どもにどう接してあげればいいのかと頭を悩ませてしまうはずです。ただ、通知表はあくまでひとりの教員による評価に過ぎず、それが絶対のものではありません。だとしたら、親御さん自身が子どもの通知表をつけてあげればいいのではないでしょうか。「先生はこういっているけど、お母さんはあなたのこういうところはもっといいと思うよ」という具合に。そもそも、通知表というひとつの評価にとらわれる必要はありません。もし親が通知表の結果を気にし過ぎることになれば、子どもも結果だけを気にするようになってしまいます。そうすると、子どもは「結果を出さないと怒られる」と思って、なにかしらのズルをするということだって起こり得ると思うのです。親が通知表の結果だけにとらわれるということは、子どもに対して「結果を出さないとあなたを応援しないよ」というメッセージを送ること。そうではなくて、「結果が出なくてもあなたを愛している」というメッセージを送ってあげなければなりません。そうでないと、子どもは親の前でも等身大の自分を出せなくなりますからね。そもそも、親自身も完璧ではありませんし、あらゆることに秀でている人間なんていません。長所も短所もある等身大の子どもを愛して、プレッシャーにならない程度に期待して応援してあげてほしいと思います。褒めて伸ばすには実感が必要ただ、あまりに褒め過ぎることには注意も必要です。最近は「褒めて伸ばす」ことが注目されています。「叱ることは子どもを否定することだけど、褒めることは子どもを肯定するからいいんだ、やる気を引き出すんだ」なんていわれます。でも、褒めるも叱るも、子どもに外から刺激を与えて良い方向に導く行為という点では同じものです。それなのに、「褒めるのがいいから」と褒めてばかりいると、褒められないとなにもしない子どもになってしまうこともあるのです。褒めるということはじつはすごく難しいし、なんでもかんでも褒めればいいというものではありません。では、褒めると叱るをどう使いわければいいのでしょうか?その基準は、「実感に従う」ことで見えてきます。たとえば、漢字の書き取りをするにも、子どもと一緒にやってみてください。パソコンやスマホで文章を作成することで、手書きをすることが減っている大人の場合、いくつも漢字を書くうちに手が痛くなってくることもあるでしょう。そうすると、「お母さん、もう手が痛くなってきちゃった」「あなた、すごいね」なんて褒め言葉が自然に出てくるはずです。そういう「実感」が伴っている、つまり「心からの言葉」は子どもにきちんと響きます。叱る場合も同様です。もし子どもが、倫理的、人間的に良くないという問題を起こしてしまったら、親は「反省してほしい」と心から思って叱るものです。だけど、叱る理由が「世間体が悪いから」といったものなら、やはり子どもには響きません。「褒めるのがいい」なんて言葉を鵜呑みにして小手先のテクニックのようにただ褒めるのではなく、親御さん自身の実感や心を持って、子どもに接してください。『たし算ひき算 10マス計算ドリル 左利き用』杉渕鐵良 著/学研プラス(2019)■ 東京都公立小学校教諭・杉渕鐵良先生 インタビュー一覧第1回:先取り学習はこうやれば効果的。「就学前学習ってどうなの?」に“教育の鉄人”が回答!第2回:「ちゃんと宿題やりなさい!」に効果がない理由。子どもに“響く”声かけの方法とは?第3回:子どもを「読書好き」にするきっかけの作り方。国語力アップの決め手は家庭にある!(※近日公開)第4回:算数の力は“楽しく”伸ばす!地味で単純な「四則計算」を笑うほど面白いものにする工夫(※近日公開)【プロフィール】杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)1959年生まれ、東京都出身。東京都公立小学校教諭。小学校教諭となって7年目に子どもたちのやる気を引き出す独自の授業「ユニット授業」を開発。その成果により、「教育の鉄人」と呼ばれ、2011年には「ユニット授業研究会」を設立。若手教員の指導にあたる他、講演のために全国各地を飛び回っている。『小学校教師だからわかる 子どもの学力が驚くほど上がる 本物の家庭学習』(すばる舎)、『全員参加の全力教室2 燃える! 伸びる! 変わる! ユニット授業』(日本標準)、『1日1枚5分でできる 漢字パズル』(すばる舎)、『自分からどんどん勉強する子になる方法』(すばる舎)、『子どもが授業に集中する魔法のワザ!』(学陽書房)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月25日小学校にまだ入学していない幼い子どもがいる親であれば、いわゆる就学前学習などの「先取り学習」に強い興味があるはずです。その効果はどれほどのものなのか、そもそも必要なのか――。お話を聞いたのは、東京の公立小学校教諭・杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)先生。子どものやる気を引き出す独自の授業で注目され、「教育の鉄人」とも呼ばれるカリスマ教師です。実際の教育現場から見た先取り学習の価値とはどんなものでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)学習内容のつながりを意識した「先取り授業」ひとことで「先取り学習」といっても、さまざまな種類があります。わたしの授業スタイルも先取り学習といえるものです。たとえば、本来のカリキュラムでは順に教える足し算と引き算もわたしは同時に教えます。また、掛け算と割り算も同様です。なぜかというと、足し算だけを先にやってしまうと、「足し算脳」とでも呼ぶべき頭の使い方が子どものなかでできあがってしまうから。そうなると、引き算を学ぼうとするときにその足し算脳が邪魔をして、なかなか引き算ができるようにならないということが起こるのです。掛け算と割り算の場合も同じです。先に掛け算だけを教えてしまうと、九九はしっかりできるのに、なぜか割り算は苦手だという子どもが続出してしまう。それは、本来であればひとつながりのものなのに分断して学ばせているからです。ピアノでいえば、課題曲全体を聴かせてもいないのに、頭から順に教えようとしているようなもの。どんな曲なのか全体像が見えていなければ、学習効果が高まるはずもありませんし、子どもは自分がなにをしているのかが見えずに不安になってしまいます。楽しければ、勉強も大好きな絵本と同じ感覚になるとはいえ、そういう授業スタイルを取っている教員はそうはいないでしょうから、ここでは一般の家庭でもできる先取り学習について、わたしの考えをお伝えします。先取り学習と聞いたときにまずイメージするのが、学校での学習内容を前もってやるというものでしょうね。小学校に入る前の就学前学習はその典型です。それらの先取り学習については、子どもにどんどんやらせてほしいと思います。というのも、「学校での勉強が復習になる」からです。そういった先取り学習については、「子どもが学校の勉強に興味関心を示さなくなるから駄目だ」という意見もあります。でも、映画にだって予告編があるじゃないですか?予告編を観て、その作品を観たくなったという経験はほとんどの人にあるでしょう。それに、好きな映画を3回も4回も観る人もいます。その場合、1回観ただけでは気づかなかったことに気づくということもある。つまりそれは、復習の効果に他なりません。「先取り学習が子どもの興味関心を奪う」なんてことは大人の発想で、子どもにとってはちがうのです。それこそ、大好きな絵本だったら、親が「また?」とうんざりするほど、何回も何回も「読んで」と子どもがせがむこともありますよね。勉強だって、楽しくできるように大人がちゃんと導いてあげれば、子どもにとっては映画や絵本と変わらないのです。とはいえ、先取り学習をさせるにも注意が必要です。やっぱり楽しくなければ子どもは興味を示しません。学校の教科書の内容を勉強するような先取り学習を無理に押しつけてしまうと、小学校に入る前に「勉強は楽しくない、面白くない……」と子どもに思わせて、まったくの逆効果となってしまいかねません。子どもの「学びの感覚」をつくる親子の対話また、とくに幼い子どもの家庭における先取り学習となると、学校の学習内容を先取りするタイプの学習の他にも大切なものがあります。それは、学びのための「感覚」を身につけるということ。たとえば、親子で一緒に出掛けたときには、「夕焼けって綺麗だね」とか「あれは三日月っていうんだよ」というふうに、目に入ったものを子どもに優しく教えてあげてください。家にいるときも、たとえばご飯を食べるときには「ハンバーグ、美味しいね」などと話しかける。内容はなんでもよくて、とにかく話しかけることが大切。そういった親との対話を通じて、子どもは学びのためのさまざまな「感覚」を身につけていきます。また、「感覚」という点では、体の「感覚」を使って学ぶことも大切です。ひらがなやカタカナを書いて覚えるにも、幼い子どもは鉛筆をまだうまく使えません。ですから、鉛筆ではなく大きな紙にクレヨンで書かせるとか、砂場で手を使って書かせる、あるいは尻文字で書かせることをおすすめします。そうすれば、体の感覚を通じて文字を覚えていくのです。それから、日常生活のなかでは、算数の勉強の橋渡しになるような数字に親しませるということもできます。スーパーに子どもと一緒に買物に行ったとします。親は「リンゴが5個ほしいのよね」といいながら、買い物かごに3個のセットをふたつ入れようとする。子どもが「お母さん、それじゃ6個だよ」なんていってくれたらしめたもの。「じゃ、どうすればいい?」と聞く。子どもは自分なりに考えて、3個のセットをひとつとバラ売りのものを2個持ってきてくれるかもしれません。そういうふうに、日常生活のなかにも学校の勉強につながるような要素はいくらでも転がっているものです。親御さんがそういう意識を持って、日常的な就学前学習を子どもにやらせてあげるように心がけてほしいですね。『たし算ひき算 10マス計算ドリル 左利き用』杉渕鐵良 著/学研プラス(2019)■ 東京都公立小学校教諭・杉渕鐵良先生 インタビュー一覧第1回:先取り学習はこうやれば効果的。「就学前学習ってどうなの?」に“教育の鉄人”が回答!第2回:「ちゃんと宿題やりなさい!」に効果がない理由。子どもに“響く”声かけの方法とは?(※近日公開)第3回:子どもを「読書好き」にするきっかけの作り方。国語力アップの決め手は家庭にある!(※近日公開)第4回:算数の力は“楽しく”伸ばす!地味で単純な「四則計算」を笑うほど面白いものにする工夫(※近日公開)【プロフィール】杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)1959年生まれ、東京都出身。東京都公立小学校教諭。小学校教諭となって7年目に子どもたちのやる気を引き出す独自の授業「ユニット授業」を開発。その成果により、「教育の鉄人」と呼ばれ、2011年には「ユニット授業研究会」を設立。若手教員の指導にあたる他、講演のために全国各地を飛び回っている。『小学校教師だからわかる 子どもの学力が驚くほど上がる 本物の家庭学習』(すばる舎)、『全員参加の全力教室2 燃える! 伸びる! 変わる! ユニット授業』(日本標準)、『1日1枚5分でできる 漢字パズル』(すばる舎)、『自分からどんどん勉強する子になる方法』(すばる舎)、『子どもが授業に集中する魔法のワザ!』(学陽書房)など著書多数。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月24日親であれば、訪れる前から気になるのが子どもの反抗期ではないでしょうか。すでに反抗期を迎えた子どもとの接し方に悩んでいるという人も多いはずです。そこで話を伺ったのは、アンガーマネジメントの専門家であり、「キレやすい子ども」をテーマにした著書も多い早稲田大学教育学部教授・本田恵子先生。反抗期とはいったいどういうものなのか?その意義も含め、反抗期の子どもとの接し方についてアドバイスをもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもに訪れる3つの反抗期子どもの反抗期には大きく3つの段階があります。ひとつは3歳くらいで訪れるもの。いわゆるイヤイヤ期と呼ばれるもので、これは自我が出てきたことによるものです。もちろん、自我がなければひとりの人間としてきちんと成長していくことなんてできませんから、イヤイヤ期は親としては歓迎すべきものでしょう。次が10歳頃の反抗期。これはさまざまな試行錯誤をして創造力が伸びる時期だからこそ出てくる反抗です。この時期にはルールで縛りつけ過ぎないように注意しなければなりません。「こうしたほうがいいよ」と親の理想を押しつけると、お手本どおりの解答はできるけど、独自性がない子どもに育ってしまうからです。独自性がないまま育つと、作文を書くにも、綺麗だけど面白みはない、どこかの誰かが書いたような文章しか書けなくなる。「個性が大事だ」とよくいわれますが、そう願うのなら、この時期の子どもには思い切り自由に発想力や創造力を働かせてあげてほしいのです。そうさせるうち、子どもは自分で自分なりのルールをつくるようになっていくでしょう。最後が14、15歳で訪れる反抗期です。反抗期というと、一般的にはこの時期のものをイメージするでしょう。この時期の反抗は、親などの大人や世のなかの価値観に対する反抗で、それらに対して「なぜ?」と疑問を持ち、その解決を通じて大人になっていくわけです。そういう意味でも、とくに14、15歳の反抗期にある子どもには、自分としっかり向き合ってくれて「世のなかとはこうだ」と答えてくれる大人の存在が必要です。そういう大人に対して子どもは自分の論理をぶつけて話し合う。そうしていきながら、大人になるために重要な道徳性や倫理を学ぶのであって、反抗してあたりまえなのです。対立するふたりのあいだに仲介者が入る対立解消法先に10歳頃の反抗期には、思い切り自由にさせてあげることが大切だとお伝えしました。ですが、親からすれば子どもに反抗されるのですから、「話し合いが必要だ」という場合もあるでしょう。でも、14、15歳の子どもとはちがって、10歳の子どもの場合は言葉が未熟なので、自分の論理をきちんと表現できないということもあります。そういう場合には、誰かがあいだに入ってあげるという対立解消の方法があります。仮にお父さんと子どもが対立しているのなら、お母さんがあいだに入って仲介する。こういう親子間の対立の場合、よくよく見てみると揉めているのは「方法論」だけという場合もよくあるケースです。たとえば、「子どもの成績を上げたい」と、お父さんは「あの塾に行くべきだ」と主張しているとします。それに対して、子どもは「別の塾に行きたい」「通信教育を受けたい」と主張しているといった具合です。この場合、「成績を上げたい」という目標はお父さんも子どもも共通しています。そうであるのなら、仲介者であるお母さんが「目標は共通している」ということを指摘して、お父さんと子どもを向かい合わせることができますよね。子どもは親の思いどおりには育たないここまでですでにおわかりとは思いますが、反抗期というのは子どもの成長に欠かせないものであり、あってあたりまえのものです。逆にいえば、反抗期がなければ「うちの子は大丈夫かな」と不安になってしまうかもしれませんね。でも、なかには本当に穏やかに育って反抗期がないという子どもも存在します。それは、子どもの欲求を上手に親が受け止めていた場合です。そういうケースにあてはまるかどうかはともかく、反抗期がないからと不安になる必要はありません。ただ、代わりに自分の言動はつねにチェックしてほしい。大切なのは、子どもの意見をきちんと聞いているかということ。子どもがなにかをいいだしたときに、子どもの言い分を最後までさえぎらずに聞いているか。それだけは意識的にチェックしてください。なぜ子どもの言い分を聞くことが大切なのか。それは、子どもをひとりの人格を持つ人間として考えることの証明だからです。親が自分の思いどおりに子どもを育てようとするのではなく、子ども自身がどのように育ちたいのかということをちゃんと受け止めることが大切です。子どもというのは、親の思いどおりには育ちません。子どもは親とは遺伝子もちがいますし、子どもをめぐる友だちや学校などの環境の影響も大きく受けます。それこそ、ジャガイモという同じ材料であっても、それをコロッケにするのか肉じゃがにするのかを決めるのは子ども自身なのです。そういう意味では、きちんと「自分で決められる」子どもに育てることこそ親が重視すべきことだと思うのです。自分で選んで自分で判断する――その力を子どもにつけてあげることこそ、親にとっての大事な役割だと思います。『キレやすい子へのアンガーマネージメント―段階を追った個別指導のためのワークとタイプ別事例集』本田恵子 著/ほんの森出版(2010)■ 早稲田大学教育学部教授・本田恵子先生 インタビュー一覧第1回:子どもが「キレやすい」人間に育ってしまう、“絶対にNG”な親の振る舞い方第2回:意外と言いがち!子どもがますます反抗する、親のフレーズ3パターン第3回:「10歳の反抗期」に親がすべきこと。子どもは親の思いどおりには育たない!【プロフィール】本田恵子(ほんだ・けいこ)早稲田大学教育学部教授。中学、高校の教員を経験したあと、教育現場にカウンセリングの必要性を感じて渡米。アメリカにて特別支援教育、危機介入法などを学び、カウンセリング心理学博士号取得。帰国後にスクールカウンセラー、玉川大学人間学科助教授等を経て現職。学校、家庭、地域と連携しながら、児童、生徒を支援する包括的スクールカウセリングを広めている。2000年代からは、矯正教育の専門家を対象としたアンガーマネジメント研修の講師も務める。著書に『改訂版 包括的スクールカウンセリングの理論と実践』(金子書房)、『脳科学を活かした授業をつくる 子どもが生き生きと学ぶために』(みくに出版)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月23日日本でも徐々に浸透しつつある「アンガーマネジメント」という言葉。一般的には「怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング」とされ、ビジネスパーソンやアスリートが自己コントロールのために取り入れているほか、いまでは学校教育の現場にも広まりつつあります。その学校教育向けのアンガーマネジメントプログラム開発に深くかかわっているのが、早稲田大学教育学部教授・本田恵子先生です。怒りっぽい子どもに手を焼いているという親のために、家庭でもできるアンガーマネジメントのコツを教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)キレやすい子どもが増えている時代背景アンガーマネジメントが広まっている要因としては、感情をコントロールできない子どもが増えたことも挙げられます。その背景にあるのは環境の変化です。いまはまさにデジタル全盛の時代で、かつてのアナログの時代とは子どもをめぐる環境は大きく変わりました。携帯電話が普及する前なら、友だちに電話するにも、友だちの親など誰かに取り次いでもらうことが普通でした。そうやって、ふつうにコミュニケーション能力や社会性が育つ時代だったのです。また、当時は「待つ」ということがあたりまえの時代でもありましたよね。電話もすぐつながるわけではありませんし、情報を得るにもニュースの時間や新聞が届くのを待つ必要がありました。でも、いまは別世界。『LINE』を使うにも、子どもたちの場合はそれこそ「数秒ルール」です。いつも「返信しなきゃ!」と思っていますし、友だちから遅れまいとスマホを介して情報に追われ、つねに不安と興奮をいったりきたりしている状況といえます。そんな状況では、感情が安定するわけもありません。それこそ、感情をコントロールできる「キレない子ども」に育てるとなると、そういう状況を変える必要があります。たとえば、家族で食卓を囲むときにはテレビを消すとかスマホは使わないといったルールをつくることも有効でしょう。家族のあいだできちんとコミュニケーションができなければ、自分の感情をコントロールして他人と適切な人間関係を築くことなどできるはずもありません。そういう意味でも、親が子どもとしっかり対話することが大切になります。本来のアンガーマネジメントは多くの時間が必要親子間の対話におけるポイントを紹介する前に、アンガーマネジメントとはどういうものかをまず知ってもらいたいと思います。怒りなどの感情をコントロールできない人は、自分の欲求を間違ったやり方で出してしまうという特徴があります。アンガーマネジメントとは、その欲求の正しい出し方を学び直すという時間がかかる教育プログラムであり、本来なら予防的なプログラムでも最低で6回の講習を受けてもらう必要があります。最低6回のプログラムを受けると聞いて、「そんなに回数が必要なの?」と、ちょっと驚いた人もいるかもしれません。いま、ビジネスパーソンやアスリートに広まっているアンガーマネジメントというのは、そのエッセンスを抜き出して、ちょっと怒りを感じたときなどにその場で対処するための簡易的なテクニックといった側面が強いものですから、意外に思う人がいるのもわかります。でも、すでにキレやすくなってしまっている子どもの場合、そもそも言葉で自分の行動が制御できない状態になっているのですから、それらの簡易的なテクニックは使えませんし、正しく欲求を表現することを学び直すには本当に時間がかかるものなのです。キレにくい子どもを育てるために、親は子どもとしっかり対話することが大切だとお伝えしました。そのためには、親が自分と子どもの気持ちや欲求をわけてとらえる力を持っていることが大切になります。「あなた(子ども)のため」といいつつ、実は「わたし(親)のため」に指示を出したり話したりしていることが多いからなのです。キレやすい子どもに育ててしまう親の言葉アンガーマネジメントプログラムでは、まず、子どもに対するNGワードを親や教員に学んでもらうことにしています。そのなかから、基本中の基本といえる3つのNGワードをお伝えします。【1】事実を確認する前に決めつける言葉例:「あなた、○○したんだって?」「話、聞いてないでしょ」【2】気持ちの代わりに「なんで?」を使う言葉例:「なんでここを汚すの?」「どうしてそういうことをいうわけ?」【3】ものごとを否定的に伝える言葉例:「ルール違反!」「規則を守れないなら、もう来ないで」【1】の例を他に挙げてみましょう。たとえば、子どもの部屋を見たときにテレビゲームの電源が入っていたとします。つい、「またゲームしてるの?」といってしまうのが一般的ではないでしょうか。でも、もしかしたら子どもは、そろそろゲームをやめて勉強をしようと思っていたところかもしれません。すると子どもは、「いま、勉強しようと思っていたのに……」「だったらもう勉強はやめた!」と思ってしまう。決めつけられることを子どもはとても嫌がります。そうではなく、「WHAT」を使って話をしましょう。この場合なら、親からすればたとえゲームをしているところに見えても、「なにしてるの?」と聞くのです。そうすれば、子どもは「いまから勉強するところ」と、安定した状態を保つことができます。【2】の場合は疑問形になっていますが、親の本当の気持ちを考えるとどうでしょうか?多くは理由を知りたいわけではないはずです。ならば、本当の気持ちを伝えてあげればいい。「どうしてそういうことをいうわけ?」では子どもはますます反抗してしまいますが、「そういうことをいわれると、お母さん悲しいな」といわれれば、子どもも素直に「ごめんね」と受け入れてくれます。【3】は比較的わかりやすいかもしれませんね。否定される言葉をかけられれば誰しも気持ちいいものではありません。なかでも、「マイナスとマイナスの組み合わせ」の言葉はとくに注意が必要。たとえば、どこかに出かけなければならないのに、子どもがぐずっていたとします。「来ないんだったらもう知らないわよ」なんて怒鳴られれば、そんなに怒っている親がいる場所に子どもが行きたいと思うわけがないですよね。そこで、その言葉を「プラスとプラスの組み合わせ」に変えてあげればいいのです。この場合なら、「いま来たら、乗りたい電車に間に合うよ!」という感じですね。きちんと自分の感情をコントロールできる子どもに育てたいという願望は親であれば誰にでもあるものです。日頃からこれら3つのNGワードを使っていないか、ぜひチェックしてみてください。『キレやすい子へのアンガーマネージメント―段階を追った個別指導のためのワークとタイプ別事例集』本田恵子 著/ほんの森出版(2010)■ 早稲田大学教育学部教授・本田恵子先生 インタビュー一覧第1回:子どもが「キレやすい」人間に育ってしまう、“絶対にNG”な親の振る舞い方第2回:意外と言いがち!子どもがますます反抗する、親のフレーズ3パターン第3回:「10歳の反抗期」に親がすべきこと。子どもは親の思いどおりには育たない!(※近日公開)【プロフィール】本田恵子(ほんだ・けいこ)早稲田大学教育学部教授。中学、高校の教員を経験したあと、教育現場にカウンセリングの必要性を感じて渡米。アメリカにて特別支援教育、危機介入法などを学び、カウンセリング心理学博士号取得。帰国後にスクールカウンセラー、玉川大学人間学科助教授等を経て現職。学校、家庭、地域と連携しながら、児童、生徒を支援する包括的スクールカウセリングを広めている。2000年代からは、矯正教育の専門家を対象としたアンガーマネジメント研修の講師も務める。著書に『改訂版 包括的スクールカウンセリングの理論と実践』(金子書房)、『脳科学を活かした授業をつくる 子どもが生き生きと学ぶために』(みくに出版)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月21日17歳前後の少年が相次いで凶行を起こしたことで、「キレる17歳」という言葉がメディアをにぎわせたのは、2000年頃のこと。それから約20年が過ぎましたが、その間にも、いわゆる「キレる」子どもたちの存在による学級崩壊等の問題は報じられ続けています。では、子どもをキレにくい人間に育てるにはどうすればいいのでしょうか。カウンセリング心理学博士であり、アンガーマネジメントの専門家でもある早稲田大学教育学部教授・本田恵子先生にアドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)「キレる」人間には3つのタイプがある一般的に「キレる」というと、興奮して怒っている状態をイメージするでしょう。でもそれだけではなく、「キレる」人間には大きく3つのタイプがあります。ひとつは、そのすぐに興奮して怒りっぽいタイプ。わたしは「赤鬼」タイプと呼んでいます。アドレナリンが出やすく、いろいろな刺激に対してすぐに興奮してカッとなるタイプですね。このタイプは、八つ当たりをしやすく周囲に自分の感情をまき散らします。大人でも、パワハラをするような人はこのタイプに属します。その逆にあたるのが「青鬼」タイプ。強い不安を抱えていて、ひきこもる傾向にあります。自分が安心できる場所にいたり活動をしたりしているときは安定していますが、そこに他者が侵入してきてやりたいことを止められたり、無理やり外に出されそうになったりすると、激しい攻撃をすることもあります。さらに「凍りつき」というタイプもあります。これは、虐待やいじめ、それから支配的な家庭に育った子どもに多いタイプですね。子どもは3歳くらいになると、「こういうことをやりたい」といった自我が出てきます。でも、自我を出したときに親に否定されると、子どもは「いい子でいないといけない」と思うようになります。ただ、自我に逆らって「いい子」でい続けるのは大変です。小学校ではずっと「いい子」だった子どもが、中学生になるといきなり不登校になっちゃった――。「いい子」でいることに疲れてしまうと、こういうことが起きるのです。親が怒鳴るときは子どもの脳も怒鳴っているそういった点も含めて、「キレやすい子ども」になってしまうかどうかは、親のかかわり方にかかっているといってもいいと思います。じつは、安定した子どもになるかどうかのまず第1段階は、生まれてから3カ月くらいのあいだに決まってしまいます。生まれたばかりの赤ちゃんは、まだはっきりとものを見ることができません。音は聞こえてにおいも感じられるけど、その正体はわからない。だから、とっても不安です。体も動かせませんから、赤ちゃんができることは泣くことだけ。その泣き声を聞いた親が、しっかりと赤ちゃんの不安を察知して、おむつを替えてあげたりミルクをあげたりするなど、赤ちゃんが感じているいろいろな不快を快に変えることで、赤ちゃんは少しずつ安心して穏やかになっていくのです。その3カ月のあいだに、たとえば未熟児で生まれたりなんらかの病気を持っていたりしたことで親から離される経験をした子どもの場合、分離不安を生じやすくなります。だから、幼稚園や保育所に行く際にもすごく泣く傾向にある。その原因は、生まれてから3カ月のあいだの親との接し方にあるのです。そのあとも、子どもがキレやすくなるかどうかは、親のかかわり方が大きく左右します。3歳くらいになって感情が出そろってくると、子どもは親の感情や行動を真似していくようになります。自分にとってマイナスになる場面では、うそをつくとうまくいくことを見ていると同様の行動をする。また、親から怒鳴られている子どもは、人と接するときや人になにかをしてもらいたいときには怒鳴るようになる、という具合です。だから、親から虐待された子どもは、学校ではいじめっ子になりやすくなるといいます。このことには、脳内にある「ミラーニューロン」という神経細胞の働きが関連しています。これは、文字通り、「鏡の神経細胞」です。これによってどんなことが起こるのか。たとえば、父親が母親に暴力を振るっている場面を子どもが見てしまった。すると、子どもの脳のなかでは、ミラーニューロンによって子ども自身が暴力をしているときと同じ活動をする。つまり、親が怒鳴っているのを見たら、子どもの脳も怒鳴っているというわけです。「三つ子の魂百まで」という言葉がありますが、これは脳科学的にも正しいといえます。頭ごなしの否定は絶対にNG子どもをキレやすい人間にしないためには、親は自分の行動を振り返って見直すしかありません。そのチェックポイントともいうべき行動指針はいくつもありますが、重要なことをいくつかお伝えするならば、まずは「肯定的で具体的な行動を起こす声かけ」を意識することではないでしょうか。頭ごなしの否定の言葉はNGです。「○○しないで」といわれると、子どもはなにをしていいのかわからず不安になってしまいます。電車のなかで静かにしてほしいときなら、「騒がないで」ではなくて「お口を閉じましょうね」「本を読もうか」というといった具合です。また、さまざまな試行錯誤をさせてあげることも大切です。子どもは3歳くらいになると、いろいろと「実験」をしたがります。お風呂で石けんやシャンプーなどを混ぜて遊んでいるなんてこともあるでしょう。もちろん、危険が伴うことはやめさせなければいけませんが、ある程度の試行錯誤、実験は許容してあげてほしいのです。すると、そういった遊びなどを通じて、子どもは「これをやると怒られるんだ」「こういう遊び方はケガをするんだ」と、実体験に基づいた説得力のあるルールやパターンを学んでいくことになる。そのなかには、「うまくお友だちと付き合うにはこうすればいいんだ」というふうに、人間関係にかかわることも含まれます。いずれにせよ、大切なのは子どもに対する親のかかわり方。それを肝に銘じて子どもの目線に立ち、子どもに暴力的な場面を見せていないか、頭ごなしに子どもの欲求を否定していないかと、普段の行動を振り返るようにしてほしいですね。『キレやすい子へのアンガーマネージメント―段階を追った個別指導のためのワークとタイプ別事例集』本田恵子 著/ほんの森出版(2010)■ 早稲田大学教育学部教授・本田恵子先生 インタビュー一覧第1回:子どもが「キレやすい」人間に育ってしまう、“絶対にNG”な親の振る舞い方第2回:意外と言いがち!子どもがますます反抗する、親のフレーズ3パターン(※近日公開)第3回:「10歳の反抗期」に親がすべきこと。子どもは親の思いどおりには育たない!(※近日公開)【プロフィール】本田恵子(ほんだ・けいこ)早稲田大学教育学部教授。中学、高校の教員を経験したあと、教育現場にカウンセリングの必要性を感じて渡米。アメリカにて特別支援教育、危機介入法などを学び、カウンセリング心理学博士号取得。帰国後にスクールカウンセラー、玉川大学人間学科助教授等を経て現職。学校、家庭、地域と連携しながら、児童、生徒を支援する包括的スクールカウセリングを広めている。2000年代からは、矯正教育の専門家を対象としたアンガーマネジメント研修の講師も務める。著書に『改訂版 包括的スクールカウンセリングの理論と実践』(金子書房)、『脳科学を活かした授業をつくる 子どもが生き生きと学ぶために』(みくに出版)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月20日アニメーション映画『プロメア』(5月24日公開)の完成披露舞台あいさつが15日、都内で行われ、声優を務めた松山ケンイチ、早乙女太一、堺雅人、ケンドーコバヤシ、古田新太、佐倉綾音、脚本の中島かずき氏、メガホンをとった今石洋之監督が登壇した。本作は、突然変異で誕生した炎を操る人種"バーニッシュ"の炎によって世界の半分が焼失してから30年後の世界を舞台に、一部の攻撃的な面々"マッドバーニッシュ"とのリーダーであるリオ(早乙女)と、彼らが引き起こす火災を鎮火すべく結成された高機動救命消防隊"バーニングレスキュー"の新人隊員ガロ(松山)が激しくぶつかり合う姿を描く。アフレコ収録は約1年前に行われたそうで、ついに完成した本作を見た感想を求められると、松山は「まず驚いたのは色ですかね。最初から色の鮮やかさっていうんですかね。色の表現が、今まで見たことのない炎だったり、水だったりしたので、すごく引き込まれました」と目を輝かせ、早乙女は「めちゃくちゃ楽しかったですし、めちゃくちゃ目が痛くなりました(笑)。すごいカラフルで、すごいエネルギーで、どこまでボルテージが上がっていくだってくらいエネルギッシュでした」とコメント。ガロの上司クレイ役の声優を務める堺は「試写を拝見したときに、スタッフの方たちが『やっとできたね』って。どれだけ大変だったのかと!直前まで手を加えてギリギリまでこだわって作った作品だと思いますので、ご堪能頂ければと思います」とアピールした。また、自身の役を演じる上で意識した点について、松山は「(脚本の)かずきさんが書いてくれる僕の役はだいたいバカなんですね。でも普通にバカをやるにしても、いい意味でも熱さやバカ加減はちゃんとお客さんに届けないといけないなと思って、実写とは違うので悩んだりしてやっていたんですけど、今石さんとかずきさんの世界観の中で、太一君と堺さんと一緒にやることが大好きなんだという気持ちで、楽しく収録を終えられた気がします」と声を弾ませ、早乙女は「僕も、かずきさんが書いてくれるキャラクターはだいたい根暗で、何かを背負っているものが多いんですけど、今回は声だけでということだったので、何かを背負っている感じが声に出ればいいなと思っていました」と語った。さらに、早乙女と堺と一緒にアフレコ収録を行ったという松山は、2人の声を聞いての感想を聞かれると「太一君は色気があって、キャラクターにマッチしていて、男性なんですけどちょっとムラムラする感じはありましたね」と吐露して会場を沸かせると、早乙女は「言い方が気持ち悪い」と苦笑い。続けて松山は「堺さんは二面性があって、そういうところにも僕はムラムラしていたので、それを消すかのように叫んでました」と打ち明けて、再び会場の笑いを誘った。
2019年05月16日子どもに人気がある学びのツールといえば、絵本の読み聞かせがあるでしょう。むかしから変わらない、大定番のツールです。発達心理学と認知心理学の専門家である十文字学園女子大学の大宮明子先生によれば、「もちろん、読み聞かせにはたくさんの学びの要素がある」とのこと。ただ先生は、「その学びが読み聞かせの目的だと思ってはいけない」とも語ります。その理由はいったいどんなものでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)読み聞かせがもたらすさまざまな学び幼い子どもに絵本の読み聞かせをする場合、親御さんとしてはどうしてもその「学びの効果」を期待してしまうものですよね。もちろん、子どもは読み聞かせによって多くのことを学び、吸収していきます。第一に、絵本を読み聞かせしてもらうことで、それまで知らなかった言葉やその使い方を知るということが挙げられますし、さまざまな概念も覚えるでしょう。たとえば絵本に「宅配便」が登場したら、「宅配便って荷物を運んでくれるお仕事のことなんだ」と知ることができる。実際にはまだ見たことがないものであっても、絵と文章によって新たな概念を覚えられます。また、読み聞かせのシチュエーションがちがえば、子どもが学ぶことにもちがいが出てくる。たとえば、家庭でなく幼稚園や保育所などでお友だちと一緒に読み聞かせしてもらうことには、マンツーマンになりがちな家庭での読み聞かせとはまたちがった学びがあります。それはなにかといえば、共感するということ。ドキドキするような少し怖いストーリーなら、ひとりだと不安になってしまいますよね。でも、隣に同じようにドキドキしているお友だちがいれば、互いに気持ちが通じ合ってちょっと安心できる。ストーリーが進んで怖い場面を過ぎれば、「ああ、よかった」と一緒にほっとするするかもしれない。そのようにして、お友だちと一緒にドキドキしたり悲しくなったりよろこんだりして、自分自身の心に気づき、心を動かす楽しさを知りながら、共感力を高めることになるのです。子どもは絵本で学びたいわけではない?ただ、それらが読み聞かせの目的だと考えてしまってはいけないとわたしは考えています。子どもが「絵本を読んで」と親におねだりするときは、なにかを学びたいわけではありませんし、もっといえば絵本の内容を知りたいわけでもないという場合もあります。つい昨日も読んだばかりの絵本を子どもが持ってきて、親としては「またこれ?」と思うこともあるはずです。子どもは同じ絵本をなぜ読んでほしいのでしょうか?それは、絵本の内容を知りたいのではなく、絵本を読んでもらうことで親と一緒にいられる時間が楽しいとか、その時間だけは大好きなお父さんやお母さんを独り占めできてうれしいとか、そういう気持ちがあるからなのです。また、子どもには子どもなりの絵本の楽しみ方があります。「昨日は絵本の左ページばかり見ていたから、今日は右ページをよく見てみたい」といった単純なことも、子どもの楽しみ方だと思うことが大切です。それから、親が一生懸命に読んでいるのに子どもは上の空で聞いているように見えることもありますよね。そういうときは、絵本のストーリーを自分で膨らませて、絵本のなかの世界に自分も入っているような想像を広げているということもあります。ですから、学びを意識するのではなく、そういった子どもなりの楽しみ方を大事にしてあげてほしい。「どんなお話だった?」は最悪のNGワードそう考えると、読み聞かせのコツも自ずと見えてくるはずです。ちょっとまずい読み聞かせとしては、大人がただ音読しているようなもの。まるでアナウンサーがニュースを読んでいるようにさらっと読んで「はい、おしまい」という感じの人が少なくないのです。とくに、男性に目立つタイプですね。それでは、子どもが自分なりに楽しむどころではありません。あくまで読み聞かせですから、「聞かせ」に重点を置く必要がある。子どもが聞いて楽しめるかと考えながら読むことがポイントです。保育士さんとちがって、一般の親御さんの場合は恥ずかしさも邪魔します。その恥ずかしさを取っ払って、登場するキャラクター別に声色を変えてみたり、場面によってはゆっくり読んでみたりと工夫をしてみましょう。それから、読むスピードも意識してほしい。まるでルールが決まっているようにどのページも同じスピードで読んでしまう人がいます。そうではなくて、子どもがじっと注目しているなら、そこで止まってあげる。子どもが満足したようなら、「じゃ、次にいこうか」というふうに進んであげてください。逆に、子どもがそのページに興味を示さず、先をめくりたがるという場合もありますよね。そういうときはさっさと進んであげればいいのです。「ちゃんと聞きなさい」「飛ばしちゃったらお話がわからないでしょ?」なんていうのは、単なる大人の理屈に過ぎません。子どもにとっての絵本の楽しみ方はストーリーを追うことだけではありません。子どもが興味を持ったところで止まり、興味の移ろい次第では前のページに戻ってもいい。読み聞かせは子どものためにするのですから、あくまでも主体は子どもにあるのです。そういう意味で、最悪なNGワードは、読み聞かせのあとの「どんなお話だった?」というもの。これをいってしまうと、子どもは絵本を読んでもらったあとは必ずそう聞かれると思って、絵本を楽しむことができなくなります。信じられないことに、「せっかく読んであげたのに聞いていないんだったらもう読んであげない」なんてことをいう親御さんもいます。それでは、親がわざわざ子どもの興味の芽を摘んでいるようなものです。誰かの「おすすめ絵本」は参考程度にどんな絵本を選ぶかも、子どもの興味に合わせていくことがベストです。子どもの好みはそれぞれちがいます。ストーリーものを好む子もいれば、図鑑っぽいものを好む子もいます。ですが、図鑑っぽいものにしか興味を示さない子どもの場合、親御さんとしてはストーリーものを楽しめない子に育つのではないかと心配してしまうかもしれませんね。そういうときにも工夫できることがあります。たとえば、働く車の図鑑ばかりを見たがる子どもだったら、働く車が主人公のストーリーものを選んであげればいい。そういう子どもも、ストーリーものはなんでもかんでも嫌いというわけではなく、たまたま内容物に興味がないだけというケースもありますからね。いずれにせよ、子どもがどんなものに興味を持っているのかをしっかり観察して、夢中になれる絵本を選んであげましょう。どこかの誰かが「おすすめの絵本」として挙げているような名作も、子どもによってはまったく興味を示さないことも大いにあり得ます。そういう名作リストは、参考程度と考えるようにしてください。『幼児期からの論理的思考の発達過程に関する研究』大宮明子 著/風間書房(2013)■ 十文字学園女子大学教授・大宮明子先生 インタビュー一覧第1回:東大・京大・司法試験・医師試験の合格者たちが、幼児期に共通してやっていたこと第2回:「ママがやって」と言われたら黄色信号。子どもの考える力を奪う親のNGワード第3回:「親の言葉遣い」に見る、成績優秀な子が育つヒント。語彙力が伸びる会話の特徴第4回:絵本の目的は学びにあらず。子どもの興味の芽を摘む、読み聞かせ後の「最悪の質問」【プロフィール】大宮明子(おおみや・あきこ)6月5日生まれ、東京都出身。十文字学園女子大学人間生活学部幼児教育学科教授。1988年、中央大学法学部法律学科卒業。1997年、お茶の水女子大学教育学部教育学科心理学専攻3年次編入学。2001年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科発達社会科学専攻博士前期課程修了。2008年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達科学専攻博士後期課程修了。人文科学博士。発達心理学、認知心理学、とくに子どもの思考の発達、乳幼児期の親子の関わりを専門研究分野とする。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月11日幼い子どもがいる親御さんには、小学校での勉強に子どもが置いていかれないようにと、いわゆる就学前教育を検討している人もいるはずです。でも、発達心理学と認知心理学の専門家である十文字学園女子大学の大宮明子先生は、「いわゆる先取り学習にはあまり意味がない」と語ります。しかし、就学前教育のやり方次第では、その後の学力の伸びを左右する大きな効果も期待できるのだそうです。その鍵を握るのは「語彙力」です。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)先取り学習にはあまり意味がない?就学前教育はおおまかに3つの種類にわけられます。ひとつはピアノなどの音楽、お絵描きといった芸術系の習い事。もうひとつがスイミング、体操、リトミックなどの体育系の習い事。そして3つ目が、小学校で学ぶ内容のいわゆる先取り学習、知育系の教育です。就学前教育といった場合、最後の知育教育をイメージする親御さんが多いようです。そして、その効果も気になるところ。たとえば幼児期に先取りして漢字を覚えれば、小学1年の段階ではやっていない子どもよりは国語の成績は良くなります。それは至って当然のことですよね。でも、追跡調査をしてみると、じつは小学2年の1学期が終わる頃にはほとんど差がなくなってしまうのです。つまり、先取り学習にはあまり意味がないといっていいかもしれません。ここで、多くの親御さんが持っている誤解を解いておきましょう。全国には49の国立大学付属幼稚園があります。いわゆるエリートコースの幼稚園と思われているのですから、それらの園では先取り学習をしていると思うのが自然ですよね。でも、実際のところ、いっさい勉強をしていません。ひらがななどの文字学習もまったくやらないのです。これには明確な意図があります。平成30年に幼稚園教育要領と保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領が改訂され、幼稚園や保育所では「遊びを主体とした学び」を小学校以降の学びにつなげていくという方針が明文化されました。国としても、幼いときには子ども一人ひとりが自主的に好きなことをとことんやっていく、遊んでいくことが将来的な学びの力につながると考えているわけです。幼児期の語彙力がその後の学力を予測するでも、親御さんはやっぱり不安なのでしょうね。「そうはいっても、小さいときから勉強をしたほうがいい」と考えてしまう。もちろん、知育系の教育にしろ、芸術系、体育系の習い事にしろ、子ども本人が「やりたい!」と思っていることなら、さまざまなものを得ることができるでしょう。そのなかでも、わたしが注目しているのが語彙力です。わたしも携わったある研究では、なんらかの習い事をしている子どもは、一切習い事をしていない子どもより語彙力が高いという結果が出ました。大好きな習い事をしていれば、先生や同じ教室に通う友だちとも積極的に話すことになります。そのコミュニケーションによって、語彙力が伸びたのだと推測できます。ただ、面白いことに、知育教育を受けた子どもが、たとえば体操教室に通った子どもより語彙力が高いかというと必ずしもそうではありませんでした。語彙力というと、知育教育で伸びるイメージを持つと思います。でも、なによりも言葉は実際に使わないと身につきません。語彙力の伸びという点では、習い事の種類ではなく、習い事をすること自体に意味があるのです。そして、語彙力と学力には非常に強い相関関係があります。幼児期の語彙力が高いほど、小学校以降の学力が伸びることがある研究であきらかになっているのです。その理由について、わたしの考えをお伝えしておきましょう。語彙力というと、たくさんの単語を知っていることだと思うものですよね?もちろん、ある程度の数の単語を知っていることも重要ですが、その使い方も知っておかなければ、本当の意味で語彙力があるとはいえません。小学校以降になると、たとえばテストの問題文に使われているそれぞれの単語がいったいどういう意味を持ち、ひとつの文としてなにを要求しているのかを理解する必要があります。幼児期に触れる具体物を指す言葉とちがって一気に抽象度が上がり、そういう内容も含めて理解できる語彙力が求められることになる。高い語彙力を幼児期に身につけておけば、勉強の最初の段階(小学校)でつまずくこともないでしょう。だからこそ、幼児期の語彙力が学力の伸びに大きく関与していると考えることができるのです。楽しく豊かな会話が子どもの語彙力を伸ばすそうなると、「幼いときから子どもの語彙力を伸ばしてあげたい」と親御さんは考えますよね。そのために親御さんができることは、日常で豊かな会話をするということ。豊かな会話とは、なるべく具体的な言葉を使う会話です。「こそあど言葉」を多用する家庭で育った子どもとそうではない子どもでは、後者のほうが小学校の成績が優秀だという研究結果があるほどです。「これ」とか「それ」は、会話相手が目の前にいるのなら通じる言葉ですよね。でも、隣の部屋にいる人に「それ、取って」といったところで、話は通じません。はっきりと対象物を名前でいって、どうしてほしいかということまで動作を表す言葉を使っていわなければ意図が伝わらないからです。「それ、取って」ではなくて、「テレビの横にあるリモコンをわたしのところに持ってきて」といった具合です。ちょっと回りくどいようですが、そういった積み重ねが子どもの語彙力を大きく伸ばすことになります。わたしもずいぶんたくさんの家庭を追跡調査してきましたが、やはり親御さんがきちんとした言葉を使っている家庭の子どもの語彙はとても豊富だという実感があります。子どもは周囲の大人を真似して言葉を覚えますから、それも当然のことかもしれませんね。ですが、「きちんと具体的に話さなきゃ……」と思うあまり、親御さんが自然にしゃべれなくなってしまっては本末転倒です。大人でもつねに厳密な日本語を使っているかというとそうではないですよね。こそあど言葉をなるべく使わないようにするという意識は重要ですが、そのことに余計に注意を向けることなく、まずは、子どもとの会話を楽しむことを心がけてください。お父さん、お母さんとの楽しい会話こそ、子どもの語彙を豊かにしていくものなのですから。『幼児期からの論理的思考の発達過程に関する研究』大宮明子 著/風間書房(2013)■ 十文字学園女子大学教授・大宮明子先生 インタビュー一覧第1回:東大・京大・司法試験・医師試験の合格者たちが、幼児期に共通してやっていたこと第2回:「ママがやって」と言われたら黄色信号。子どもの考える力を奪う親のNGワード第3回:「親の言葉遣い」に見る、成績優秀な子が育つヒント。語彙力が伸びる会話の特徴第4回:絵本の目的は学びにあらず。子どもの興味の芽を摘む、読み聞かせ後の「最悪の質問」(※近日公開)【プロフィール】大宮明子(おおみや・あきこ)6月5日生まれ、東京都出身。十文字学園女子大学人間生活学部幼児教育学科教授。1988年、中央大学法学部法律学科卒業。1997年、お茶の水女子大学教育学部教育学科心理学専攻3年次編入学。2001年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科発達社会科学専攻博士前期課程修了。2008年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達科学専攻博士後期課程修了。人文科学博士。発達心理学、認知心理学、とくに子どもの思考の発達、乳幼児期の親子の関わりを専門研究分野とする。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月10日日常生活のなかで、子どもに対してどのような言葉をかけることが多いでしょうか?「○○しなさい!」「駄目でしょ!」といった類のものであるなら要注意。そういう声かけを続けていると……子どもは自分で考えられない人間になってしまうかもしれません。自ら学び、考えられる子どもに育てるための方法や注意点を、発達心理学と認知心理学の専門家である十文字学園女子大学の大宮明子先生が教えてくれました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)本を読むだけでは本当の語彙力は育たない子どもというのは、なにかを意識的に学ぼうとするのではなく、自分が好きなことを楽しんだ結果として学ぶという習性を持っています(インタビュー第1回参照)。そういう学びを日常的にできるかどうかは、親御さんのしつけのスタイルの影響がとても大きいといっていいでしょう。以前、2,700人くらいの未就学児とその親御さんを対象にある調査を実施しました。その調査の内容は、子どもには読み書きの力と語彙力の検査、親御さんにはどういうしつけをしているかというアンケートです。結果として、しつけのスタイルは大きく3つのタイプにわけることができました。ひとつが「共有型」で、これは子どもを主体としたスタイルです。子どもの自主性を大事にして、子どもの気持ちに親が寄り添うかたちでしつけをしていくようなイメージでしょうか。そういう親御さんの場合は、子どもに対する日常の接し方を見ても、子どもを認めたり褒めたりすることがとても多いのです。2つ目が「強制型」で、共有型とは対照的に親が主体のスタイルです。親の意のままにしつけをして、「○○しなさい!」「駄目でしょ!」といった指示・命令の言葉がすごく多く、子どもはそれに従うだけです。3つ目が「放任型」。これはただ放任しているというものの他、親御さんが育児不安などで精神的に参ってしまって子どもを放置しているというものも含まれます。興味深いことに、しつけのスタイルのちがいによって、子どもの語彙力にはっきりとしたちがいが見られました。想像できるかもしれませんが、共有型のしつけをされている家庭の子どもの語彙力は、強制型の家庭の子どものそれを大きく上回っていたのです。放任型に関しては一定の傾向はありませんでした。語彙力が高い子どももいれば、そうではない子どももいた。親に放置されていたとしても、たとえば本が好きな子どもの場合は語彙力がある程度伸びたということもあるのでしょう。しかし、それには限界があります。というのも、言葉の力はひとりでは育つものではないからです。なぜ、共有型の家庭の子どもの語彙力が大きく伸びていたのでしょうか。それは、親が子どもに寄り添うことによって、親子間のコミュニケーションが密になっているからです。本を読めば、たしかにある程度の語彙を手に入れることはできるでしょう。でも、言葉ですから、本当の意味で身につけるには、実際にその言葉を使ってやり取りをおこなうことがとても大事になる。かかわってくれる人がいなければ、子どもはせっかく知った言葉を使う練習をすることができないのです。答えを待つ子どもにしてしまう親の「先回り」しつけのスタイルは、これからの時代を生きる子どもに必要とされる「自ら学ぶ、考える」姿勢にも影響を与えます。たとえば、子どもが新聞紙で坂道をつくって、ペットボトルのキャップを転がすという遊びをはじめたとしましょう。子どもはキャップをなんとか真っすぐ転がそうとしますが、新聞紙は柔らかいので、なかなかうまくいかない。そこで、子どもは壁をつくってみるなどいろいろと工夫します。そういった試行錯誤こそ、子どもが「自ら学ぶ、考える」ということなのです。そして、一生懸命に工夫した結果、キャップが真っすぐ下まで転がったら、「やったー!」と大きな達成感を得ることになる。でも、お父さんやお母さんが「それじゃ駄目でしょ」「こうしたほうがいいんじゃない?」なんていってしまったらどうでしょうか?もちろん、親が子どもの遊びにかかわることは悪いことではありません。ただ、子どもが考える前から答えを与えてしまっては、子どもの試行錯誤、粘り強く頑張ること、その結果の達成感などをすべて奪い取ってしまうことになるのです。そんな「先回り」を繰り返していると、子どもに「遊びなさい」といったところで、「ママがやってよ」というようになる。小学校に上がって勉強をはじめる前から、答えを教えてくれることを待つ子どもになってしまうのです。そういう姿勢で育った人間は、残念ながらこれからの時代では活躍できないかもしれません。あちこちでいわれているように、これからの時代は多くの職業が機械(AI)に取って代わられるようになります。そんな時代に活躍するためには、機械にはできないことをできる人間にならなければなりません。そういう人間に必要なものこそ、「自ら学ぶ、考える」姿勢なのです。子どもと遊ぶときは「お友だちになったつもり」ででは、子どもの遊びに対して、親はどうかかわればいいのでしょうか。それは、もちろん子どもの気持ちに親が寄り添う共有型の関わりです。子どもと一緒に遊ぶ際には「大人を捨てる」ということをアドバイスしておきましょう。大人は行動の前につい頭で考えてしまいがちです。でも、子どもは「これをやったらどうなるのか」なんてことを考えず、ぱっと見て「わあ、面白そう!」「なにこれ!?」と感じた途端に動きはじめます。そういう子どもに寄り添うには、大人を捨てて子どもになればいいのです。子どもの仲良しのお友だちになったつもりで、ときにはわざと失敗する、知っていることも知らないふりをするというようなことをしてみてもいい。大人として子どもに接すると、子どもは「この人は大人だ」と思って構えてしまいます。とくに親の場合には、ときには叱る人だと思っていますから、なにか失敗したり変なことをいったりすると「怒られちゃうんじゃないか?」とか「おやつをくれないんじゃないか?」と思ったりもする。そう思った結果の子どもの振る舞いは、本来の自然な子どものものではないですよね。子どもと遊ぶときは、「子どもの仲良しのお友だちになったつもり」で――。そう心がければ、自然と共有型のスタイルで子どもに接することができるはずです。『幼児期からの論理的思考の発達過程に関する研究』大宮明子 著/風間書房(2013)■ 十文字学園女子大学教授・大宮明子先生 インタビュー一覧第1回:東大・京大・司法試験・医師試験の合格者たちが、幼児期に共通してやっていたこと第2回:「ママがやって」と言われたら黄色信号。子どもの考える力を奪う親のNGワード第3回:「親の言葉遣い」に見る、成績優秀な子が育つヒント。語彙力が伸びる会話の特徴(※近日公開)第4回:絵本の目的は学びにあらず。子どもの興味の芽を摘む、読み聞かせ後の「最悪の質問」(※近日公開)【プロフィール】大宮明子(おおみや・あきこ)6月5日生まれ、東京都出身。十文字学園女子大学人間生活学部幼児教育学科教授。1988年、中央大学法学部法律学科卒業。1997年、お茶の水女子大学教育学部教育学科心理学専攻3年次編入学。2001年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科発達社会科学専攻博士前期課程修了。2008年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達科学専攻博士後期課程修了。人文科学博士。発達心理学、認知心理学、とくに子どもの思考の発達、乳幼児期の親子の関わりを専門研究分野とする。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月09日教育熱心な親御さんのなかには、「プレイフル・ラーニング」という言葉を耳にしたことがある人も多いかもしれません。いわゆる詰め込み型教育の対極にあるものとして、「遊びながら学ぶ」というイメージを持っているのではないでしょうか。でも、ちょっとだけ、そのとらえ方のニュアンスがちがうようです。では、そもそもプレイフル・ラーニングとはなにか。そして、家庭教育に生かすための方法にはどんなものがあるのかを、発達心理学と認知心理学の専門家である十文字学園女子大学の大宮明子先生に教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)楽しんでいるなかに学びがあるプレイフル・ラーニングとは、同志社女子大学の上田信行先生が提唱された概念で、一般には2000年代前半頃から認知度が高まってきました。「プレイ」という言葉から、「遊びながら学ぶ」教育手法だと思われがちですが、プレイフル・ラーニングの根底にあるのは「楽しんでいるなかに、そもそも学びがある」という考え方です。「楽しんでいるとき」ですから、いわゆる「遊び」でない場合もあります。ただ、子どもの場合、楽しんでいるときにしていることというと、基本的には遊びが多いですよね。ですから、必然的に子どもにとっては遊びから学ぶことが多くなるのです。親御さんに意識しておいてほしいのは、大人と子どもの学び方はまったくちがうということ。決定的なちがいは、「目的や目標があるかどうか」という点です。大人が学ぶときには、ほとんどの場合はなにかのスキルを身につけたいといった目的や目標がありますよね。そして、その目的や目標を達成するために本を読んだり講座を受けたりするわけです。大人は、「学ぶこと」とはそういうものだと思っています。でも、子どもの場合は多くの学びがある遊びをするにも、なにかを学びたいといった目的や目標を持っていません。ただ楽しくお人形さんごっこをやっていたら、いつの間にか自分の着替えもできるようになった。これも立派な学びですが、その子は「着替えができるようになりたい」と思っていたわけではないのです。子どもの学び方は、あらかじめほしい結果があるのではなく、楽しく遊んでいたら、結果としてなにかを学んでいたというかたちだと思っていいでしょう。好きなことを追求していた難関突破経験者幼いときのプレイフル・ラーニングは、将来的には学力を大きく伸ばすことにもつながります。以前、先の上田先生、お茶の水女子大学の内田伸子先生とわたしの3人でおこなった研究を紹介しましょう。その研究では、東大や京大といった難関大学合格者、あるいは司法試験や医師試験の合格者という「難関突破経験者」とその親にウェブ調査をおこないました。調査内容は、幼児期になにをしていたことが難関突破につながったか、ということです。結果は、見事にプレイフル・ラーニングでした。普通、そういうエリートと呼ばれる人たちなら、小さいときから塾に通って先取り学習をするなど一生懸命に勉強していたのではないかと考えるのが自然です。でも、実際にはそうではなかった。彼らが幼いときになにをしていたかというと、それぞれが好きなことをとことんやり続けた。そして親は、子どもが好きなことに一緒に取り組むなどして、子どもを応援していたのです。たとえば、ある人は虫が大好きでひたすら網を持って虫取りばかりしていたそうです。他には、とことんサッカーをしていた、野球をしていたという人もいます。いわゆるお勉強からは程遠いことをしていた人たちばかりでした。それがなぜ知的なレベルの学習にもつながったのか?その部分にはみなさんも関心があるでしょう。その答えは、その人たちが幼いときにやっていたことは、親に強制されたものではなく、自分が好きなことだったということ。そして、親がそれを止めることなくやり続けさせた。そうして、持続力や集中力が身についたのだろうと推測できます。また、好きなことを通じて、彼らは自分なりに学びに向かうための方略を身につけていきました。虫好きの子どもなら、知らない虫を捕まえてくれば自分で図鑑を開いて調べる。そして、単にバラバラの知識を頭に入れるのではなく、「この虫とこの虫はここが似ているから、きっとこういう似た場所にいるのだろう」というふうにも考えたりもする。つまり、自ら学ぶ姿勢を身につけ、さらには自分で得た知識を体系立てる、構造化するということも、小学校に入る前からしていたというわけです。そんな学びの姿勢がある子どもの興味の対象が教科になったとしたらどうでしょうか?学力が一気に伸びることは明白ではありませんか。ものを過剰に買い与えることも要注意!大切なことは、子どもにとっては遊びのなかに学びがあるからといって、「はい、これで遊びなさい!」と強制してもなんの意味もないということ。子ども自身が「やりたいと思うこと」を思う存分やらせてあげることがポイントです。すると、「なるべく選択肢が多いほうがいいだろう」と考えて、いろいろなものを買い与えようとする親御さんもいるようです。しかし、その考えは要注意。大人にとっては珍しくもなんともないものでも、子どもにとっては「これ、なんだろう?」と思うものが家のなかにはあふれているものです。それこそ、単なるテレビのリモコンだって、幼い子どもにとっては興味の対象になるのです。それなのに、お店で少しでも子どもが興味を示したからと、あれやこれやと買い与えると、子ども部屋はものであふれかえります。すると、ものがあり過ぎるためにものが風景の一部になり、子どもはどこに注意を向けていいのかわからなくなり、かえってものに対して興味を示したり集中したりすることができなくなるのです。意識的にものを与えなくても、子どもは子どもなりに周囲のものに必ず興味を示します。そして、その興味を邪魔することなく、子どもの行動、遊びを見守ることを心がけてください。『幼児期からの論理的思考の発達過程に関する研究』大宮明子 著/風間書房(2013)■ 十文字学園女子大学教授・大宮明子先生 インタビュー一覧第1回:東大・京大・司法試験・医師試験の合格者たちが、幼児期に共通してやっていたこと第2回:「ママがやって」と言われたら黄色信号。子どもの考える力を奪う親のNGワード(※近日公開)第3回:「親の言葉遣い」に見る、成績優秀な子が育つヒント。語彙力が伸びる会話の特徴(※近日公開)第4回:絵本の目的は学びにあらず。子どもの興味の芽を摘む、読み聞かせ後の「最悪の質問」(※近日公開)【プロフィール】大宮明子(おおみや・あきこ)6月5日生まれ、東京都出身。十文字学園女子大学人間生活学部幼児教育学科教授。1988年、中央大学法学部法律学科卒業。1997年、お茶の水女子大学教育学部教育学科心理学専攻3年次編入学。2001年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科発達社会科学専攻博士前期課程修了。2008年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達科学専攻博士後期課程修了。人文科学博士。発達心理学、認知心理学、とくに子どもの思考の発達、乳幼児期の親子の関わりを専門研究分野とする。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年05月07日先行きが見えないといわれるいまの時代に子育てをしていると、親はこれまで以上に子どもの将来を心配しているかもしれません。そのため、親の注目を集める新しい教育手法が次々に生まれています。アクティブ・ラーニングやプレイフル・ラーニングと呼ばれるものもそれらのひとつです。人の学習について研究をしている慶應義塾大学環境情報学部教授の今井むつみ先生に、アクティブ・ラーニングやプレイフル・ラーニングの要素を家庭教育に取り入れるためのアドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)学びは夢中になる行為の副産物皆さんは、人がいちばん学べるときはどんなときだと思いますか?それは、自分で「楽しい」と感じていて、それをもっと「知りたい」「やりたい」と思っているときです。もしかしたら、本人は学んでいるつもりがないかもしれません。でも、楽しくて夢中になる行為の副産物として「学び」が残るのです。そういう過程で得た学びがいちばん深く定着する学びになるという考えから、いま教育界には「プレイフル・ラーニング」というものが広まりつつあります。簡単にいえば、遊びと学びが連動していて、「遊びながら学ぶ」というものです。遊びというと、たとえばアウトドアで体を動かすような遊びなどをイメージしがちだと思いますが、じつは学校での授業も内容によってはプレイフル・ラーニングと呼べるものになり得ます。本当に生き生きしている学級では、学び自体が完全に楽しく、ワクワクするものになっているのです。その内容は、先生が睡眠時間を惜しんでひたすら考えてお膳立てをしたというようなものではありません。大切なのは、子どもになにをしたいのかを尋ねて子どもに決めさせること。同じものを学ぶにしても、子どもに主体を持たせるというわけですね。知識は他人が入れようとして入るものではないこれまでの教育のほとんどは、学習指導要領をいかに解釈して、どれだけ効率的に子どものなかに知識を入れられるかという視点でおこなわれていました。そして、そういった授業こそがいいものとして評価されてきたのです。でも、じつは、「生きた知識」は外から「入れ込む」ことはできないものです。とくに、子どもが興味を持っていないことに関しては、外から入れようと一生懸命に教師が頑張っても、それは子どもを素通りしてしまいます。多くの人が、なにかをわかりやすく説明してもらえればすべて理解できると考えます。でも、人がどのように情報処理をするかという観点から考えると、どんなにわかりやすく説明されたとしても、10の内容のうち3くらいが記憶に残れば上出来だといえます。なぜなら、人間の注意や記憶に限界があるからです。説明された直後は、誰もがすべて理解できたつもりになります。でも、10の内容すべてに注意を向けて、そこで得た内容がこれまでの知識と結びつき、10の内容すべてがずっと残るということはあり得ないのです。でも、自分が興味を持っていることなら話は別。自分が主体的に働きかけて疑問に思ったこと、知りたいと思って調べたり聞いたりして発見したことは確実に残っていきます。そういう学びこそ、プレイフル・ラーニングなのです。重要なのは形式ではなく学び手の主体的な行為子ども教育に興味がある人なら、「アクティブ・ラーニング」という言葉を耳にしたことがあるでしょう。一般的には、議論形式やグループ形式の学習方法を指すことが多いものです。でも、アクティブ・ラーニングは、特定の学習形式を指すものではないとわたしは考えています。座学形式ではなく、グループでわいわいと勉強すればアクティブ・ラーニングになるわけではありません。アクティブ・ラーニングとは、子どもたちに知識を入れるのではなく、子どもたち自身が主体的に知識を得ようとする学習のこと。無理やりグループ形式の学習を押しつければ、子どもがアクティブになるのでしょうか?一方、子どもたちが主体的となり「自ら学ぼう」という姿勢を持てば、これまでと変わらない座学形式であっても、それはアクティブ・ラーニングといえます。そういう学びこそが、本当に実社会で役立つ「生きた知識」を生んでいくのです。もちろん、アクティブ・ラーニングと同様に、プレイフル・ラーニングもある形式を指すものではありません。ダンスや体操を通じて学ぶというプレイフル・ラーニングも存在しますが、子どもが興味を持っていないのに、大人が設定した場に子どもを押し込んでも、プレイフルではないのです。逆に、はたから見れば遊んでいるようには見えなくても、子ども本人が楽しんでいれば、その学びはプレイフル・ラーニングといえます。アクティブ・ラーニングもプレイフル・ラーニングも、学び手の能動的な行為によって定義づけられるものなのです。ここまでの話を聞くと、「子どもがあまり興味を持っていないのに、親が家庭教育をすることにもあまり意味がないのではないか?」と考える人もいるかもしれません。でも、そこであまり難しく考えてほしくはありません。家庭での教育をアクティブでプレイフルなものにすることはそう難しいことではないからです。親が子どもと一緒に遊びながら学ぶ。それがいちばんの方法です。子どもは、無条件にお父さんやお母さんのことが大好き。そんな大好きな親となにかを一緒にすることがいちばんうれしく、ワクワクしながら多くのことを学ぶことができます。家庭で学ぶものは、子どもが興味を持っているものならどんなものでもかまいません。昆虫かもしれないし、怪獣かもしれない。子どもが大好きなものなら、それについてお父さんやお母さんが、逆に教えられてしまうなんてこともあるはずです。そんな時間は、子どもにとっては本当にうれしいもの。そして、「学ぶよろこび」を得ることにも大きくつながっていくのです。『科学が教える、子育て成功への道』キャシー・ハーシュ=パセック、ロバータ・ミシュニック・ゴリンコフ 著今井むつみ、市川力 翻訳/扶桑社(2017)■ 慶應義塾大学環境情報学部教授・今井むつみ先生 インタビュー一覧第1回:我が子の「成功」を願う親が、絶対に伸ばしてやるべき子どもの“力”第2回:小さな子どもが喜ぶ「デジタル絵本」に、実は“学びの効果”は期待できない第3回:「コミュニケーション能力を重視しすぎ」な親が、犯しかねない過ちとは第4回:家庭での学びが「アクティブ」で「プレイフル」になる、いちばんの方法【プロフィール】今井むつみ(いまい・むつみ)慶應義塾大学文学部西洋史学科卒、慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了、ノースウェスタン大学心理学部博士課程修了。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師、助教授を経て2007年より教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。とくに語彙(レキシコン)と語意の心のなかの表象と習得・学習のメカニズムを研究している。著書に『学びとは何か――<探求人>になるために』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ 母語から外国語まで』(筑摩書房)、『ことばの発達の謎を解く』(筑摩書房)など。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年04月29日