通訳だった水原一平容疑者に、数年にわたって裏切られていた大谷翔平だが、有名人が身近な人間から金銭的な被害を受ける例は少なくないという。被害者たちの顔ぶれから、ある共通点が見えてきた。4月12日(現地時間)、米・ロサンゼルスの連邦裁判所に出廷したのはロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手(29)の通訳だった水原一平容疑者(39)。違法賭博で作った多額の借金を返済するために大谷選手の口座から1600万ドル(約24億5000万円)以上を不正に送金したとして銀行詐欺の疑いで訴追されている。スポーツ紙現地記者が解説する。「水原容疑者が違法なスポーツ賭博に手を染めたのは2021年9月ごろ。それから2年にわたり1万9千回ほど賭博に興じたといいます。水原容疑者が大谷選手になりすまして口座にアクセスしたことに疑問を持つ人もいますが、アメリカでは高額所得者にはビジネスマネージャーやファイナンシャルアドバイザーがついて口座管理をするのが一般的。家族同然に付き合っていた水原容疑者への信頼度は相当高かったのです」ファミリーと思っていた人物によるまさかの謀反だが、芸能人やスポーツ選手が“身内の裏切り”で金銭トラブルに巻きこまれる例は少なくない。■35億円の借金を6年目で返した矢沢永吉35億円を15年以上にわたる友人らにだまされたのが、日本ロック界のカリスマ矢沢永吉(74)だ。オーストラリアのゴールドコーストに、世界に発信できる音楽スタジオや音楽学校を作りたいと、広大な敷地と敷地内に建つビルの購入資金31億円、プロジェクト資金4億円を出資した。「ところが、プロジェクトを任せていた友人らが勝手に土地を担保に銀行から融資を受けたうえ、返済できずに土地が差し押さえられ、第三者に売却されていました。矢沢さんには35億円の借金が残りましたが、グッズ版権を事務所が管理するなどして、事件発覚から6年目の2004年に完済しました」と語るのは、芸能リポーターの駒井千佳子さん。身内の裏切りにあった芸能人やスポーツ選手にはこんな特徴があるという。「神田うのさんや叶姉妹、デヴィ夫人など信頼していた人に裏切られた人たちは、浮世離れしているというよりも、とてもピュアな人が多いです。人に妬まれることもないから交友関係も広く、とくに自分を大事にしてくれる人を疑うことをしません。さらにいえば所ジョージさんや新庄剛志さん、武田修宏さんなど、マスコミ対応がとても親切だという共通点もありますね」■裏切りに気づかないのは夢にまい進しているから身内の裏切りの被害者には、スポーツ選手も名を連ねている。「スター選手は、高校卒業後、いきなり大金を手にします。そこにいろんな人たちが集まりますが、一定数は危険人物がいます。とりわけプロ選手にとって引退後の生活は不安。そこにつけこみ親身に相談にのる友人や親族に使い込まれたり、出資したりして全財産を失うケースも多いのです」(前出・スポーツ紙記者)海外に目を向けると、元バスケット選手のケビン・ガーネットがファイナンシャルアドバイザーに騙し取られたのは7700万ドル。現在の日本円で119億円と失った額もハンパではない。昭和の大スターには、身内の裏切りで人生がおかしくなったケースも。ベテラン芸能記者が語る。「連続テレビ小説『ブギウギ』のモデルとなった笠置シヅ子さんは、同居していたマネージャーに今の価値で5000万円以上を使い込まれる被害にあっています。アメリカ公演の直前で、マネージャーの背信行為がなければ笠置さんはもっと活躍の幅を広げていたでしょう。また、昭和の大スター江利チエミさんが財産管理を任せていた異父姉は、江利さんへの嫉妬心から宝石類から何から全財産を奪ったうえに、実家を抵当に入れて2億円といわれる借金を作りました。当時、高倉健さんと結婚していましたが、江利さんは迷惑をかけたくないと離婚。借金は返済しましたが、そのころから酒量が増えて45歳で孤独死しました」心を許した人からの裏切りは精神的にもつらいはず。駒井さんが最後にこう語る。「信頼していた人による裏切りに気づかないのは、お金に無頓着になってしまうほど純粋に夢に向かって一心に生きているから。しかし大金を失っても、それを発奮材料にしてその後の人生をひたむきに頑張っている人も多いのです」ひるまずにプレーを続けている大谷選手の活躍に期待したい。
2024年05月04日攻守ともに手堅い『二刀流』の技術を生かし、海外でも活躍を見せている、アメリカのプロ野球チーム『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』の大谷翔平選手。慌ただしい日々の合間をぬって、日本時間2024年5月3日、同球団が開催したチャリティーイベント『ブルー・ダイヤモンド・ガラ』に出席しました。大谷翔平、薬指に指輪をはめ、初めて夫婦での登壇この日、大谷選手はある人と一緒に登壇。その隣には、同年2月に結婚を報告した妻の姿がありました!同年3月に、『ドジャース』のSNSアカウントで夫婦の写真を公開していた、大谷選手。公の場での、夫婦そろって指輪を着けた状態での登場は、今回が初めてです。この日、大谷夫婦は黒色を基調としたファッションに身を包んで登壇。2人のクールなイメージを見事に引き立てていますが、これはブランドアンバサダーとして契約している相手によるコーディネートであり、大谷夫婦が選んだものではないとのことです。試合だけでなく、通訳を務めていた水原一平氏による騒動の捜査協力もあり、多忙な日々を送る大谷選手。会場で今後について聞かれると、このように返答しました。「まだシーズンが始まって間もないので本当にきつくなってきて、これからかな、という感じがしますけども、生活のリズムとか徐々にできていると思うのでもっともっと慣れてくればまたやりやすいと思います」サンケイスポーツーより引用心身ともに疲労が溜まった時も、妻や愛犬のデコピンちゃんがそばにいるからこそ、健やかに過ごすことができているのでしょう。初めて写真が公開された時から、ネット上で「クールでお似合いの夫婦」という声が相次いでいた、大谷夫婦。今回のツーショットも、「素敵すぎる」「夫婦そろってモデルのよう!」といった声が上がっています。大谷選手は球場でバットを振る姿だけでなく、イベント会場でも、その圧倒的なオーラで多くの人を魅了したようです![文・構成/grape編集部]
2024年05月03日有限会社ロッドは、80年代の「ロックの女王」白井貴子の母の日スペシャル・イベント「第2回 白井貴子「ありがとうMama」」を2024年5月12日(日)に日本民家集落博物館(大阪府豊中市)にて開催いたします。白井貴子公式Webサイト: 『ありがとう Mama』第2回 白井貴子 母の日スペシャルイベント日時:2024年5月12日(日)13:00 start会場:日本民家集落博物館 椎葉の家(大阪府豊中市 服部緑地)料金:大人 2.000円/高校生 700円/中学生・小学生 500円障害がある方 無料 *障害がある方の付き添い介助者 無料(200名様限定)イベント申込URL 10数年間リュウマチの痛みに苦しんだ母の介護生活と看取りから葬儀までを家で執り行った体験を綴った白井貴子、初の執筆本『ありがとうMama』(カラーフィールド出版)。昨年2023年の母の日、Mamaの故郷服部の大地より出版することができました。2回目の今回は広く日々の暮らしや、また、介護に奮闘する「お母さん」に「ありがとう」の日として開催させていただきます。介護のお話は勿論、介護を通じて学んだ「食べることは生きること!」今年も豊中「あぐり」の皆さんの新鮮野菜マルシェも出店。地元の「歌声広場」で「歌うこと」を楽しみに集ってらっしゃる皆さんも駆けつけてくださいます。そして今年は「摘み菜」の先生でもある書籍編集者、藤井文子さんにもご参加いただき、昨年お亡くなりになったベニシアさん(イギリス・ロンドン出身:ハーブ研究家・英会話学校経営者)の暮らしを紹介した『ベニシアの「おいしい」が聴きたくて』の出版秘話をお伺いします。「日本民家集落博物館は17世紀~18世紀の見事な「茅葺屋根の家」を全国から11棟集め移築された「人類の文化遺産」と言える大変貴重な野外博物館。日本の江戸時代の人々の暮らしがありありと感じられる、公害も何もなかったであろう美しい時代にタイムスリップできる素晴らしい場所です。是非、沢山の皆さんにご参加いただき「母なる大地」素晴らしい地球に生きている「今」を満喫しに来ていただけるとうれしいです。大空の下、みんなで歌いましょう!」2024年 春 吉日 白井貴子<1部>13時~14時【対談】白井貴子(シンガーソングライター)勝部麗子 豊中市社会福祉協議会、藤井文子 元「山と溪谷社」編集長・野草コーディネーター<2部>14時15分~15時10分白井貴子「ありがとうMama」豊中スペシャルミニライブライブ終了後 豊中「あぐり」マルシェ&白井貴子サイン会(16時終了予定)主催 有限会社ロッド協力 豊中市社会福祉協議会/豊中市老人介護者(家族)の会、日本民家集落博物館■著書 『ありがとう Mama』『ありがとうMama』書影一昨年5月に他界した母、一昨年3月に他界した父、そして7年前に認知症とALSを併発し亡くなった叔母――。介護から看取り、自宅で執り行った葬儀まで、リアルな体験を元に綴った本『ありがとうMama』。たくさんの思い出とともに、介護の現実や、それを支える50~60代の「わたしたち世代」の奮闘と葛藤。そして「ひとりで辛く苦しい介護」は「介護新時代」へと動き出す!「ウルトラ身内のお話」が母の愛の尊さを伝え、「わたしたち世代」を勇気づけるメッセージに。白井貴子、生まれて初めての著書。タイトル:『ありがとう Mama』定価 :2,500円+税発売日 :2023年5月14日出版社名:カラーフィールド出版装丁 :表紙、見返しに越前和紙を採用した特別仕様。帯文 :「読み進むうちにMamaへの愛が、美しいファンタジーのような心地よさに思えてくる」―― 俳優・榎木孝明購買はこちらから ■新曲「Mama」シングルおよびミュージックビデオの配信リリースシングル「Mama」配信リリース シングル「Mama」&Music Video作詞・作曲・ピアノ:白井貴子80年代、「ロックの女王」白井貴子のステージ衣装を手作りしてくれた母へ、感謝を込めて捧げた歌「Mama」。初披露は2019年1月19日。MVは同年、箱根ロープウェイなどで撮影し、白井の初の個展「母 TSUNAGU 未来」展(京都沸立ミュージアム)で上映された。■白井貴子(しらい・たかこ) プロフィール1981年CBSソニーよりデビュー。1984年「Chance」のヒットを機に「渋谷ライブイン10DAYS」「新宿厚生年金会館5DAYS」「西武球場ライブ」を成功させ「ロックの女王」と呼ばれ、女性ロックの先駆者的存在となる。1988年から2年間、ロンドンへ移住。帰国後、2014年(文科省)「ESD世界会議」テーマソング「僕らは大きな世界の一粒の命」など子供達の歌を多数発表。 2016年フォーククルセダーズの作詞家で現在は精神科医の北山修氏より「次世代に北山作品を歌い継ぐ歌手」に抜擢され共作の新曲3曲も含むアルバム「涙河」発売。 2023年5月14日「母の日」に長年、難病の母を介護し、昨年、看取り~葬儀までを家でやり遂げた日々を綴った著書「ありがとうMama」初出版。楽曲「Mama」とMVも配信された。昨年11月1日、38年前の白井貴子 & THE CRAZY BOYSのアルバム「FLOWER POWER」アナログ盤を「リマスター&リカッティング」で音も輝きを増し再リリース。2024年1月20日KT Zepp Yokohamaにてアルバム完全復刻ライブ開催。5月12日、母のふるさと豊中の服部緑地にある「日本民家集落博物館」にて母の日イベント「ありがとうMama」開催予定。10月5日~11月25日、京都佛立ミュージアムにて2回目の「母 TSUNAGU 未来」展開催予定。2025年1月19日、KT Zepp Yokohamaで2回目の白井貴子 & THE CRAZY BOYS「未来へ咲かそう!フラワーパワー」ライブ開催予定。神奈川県環境大使 環境省3R推進マイスター・文部科学省ESD(持続発展教育)オフィシャルサポーター(2012年~2014年)・2024年日本認知症協会アンバサダー就任。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年05月02日吉高由里子主演大河ドラマ「光る君へ」の公式サイトでは、藤原道隆役の井浦新、高階貴子役の板谷由夏、2名の“君かたり”が公開中だ。以下ネタバレを含む表現があります。ご注意ください。紫式部の人生を描く、大河ドラマ第63作目「光る君へ」。井浦さん演じる道隆は、道長(柄本佑)の兄。映像では「道隆の人間臭さだったり、文化芸術に造詣のある道隆以外の顔がしっかりと描けた」「『光る君へ』の世界の中での藤原道隆という人物を豊かに描くことができたなとは思いました」と演じきった感想を明かす。また、演じる上で“家族”を常に大事にしていたという井浦さん。「一族をいかに続けていくか、栄華を続けていくということが、道隆にとっては一番大事なことなんですよね」と説明し、「家族、一族というものが、道隆のすべてだったんだろうな」と最期に思いを馳せた。そんな道隆の最期のシーンについて、道隆の嫡妻・高階貴子を演じた板谷さんは「なんてロマンチックなんだろう。すごくやっぱりお互い情熱的な恋愛をしていたんだな」とふり返り、「悲しいんだけど、二人で共有する思い出を話し合えるっていう幸せ感もあったし、すごくほわんとしました」とある種の理想の最期だったとも語る。ほかにも映像では、道隆の変化についても話している。第17回「うつろい」あらすじ一命をとりとめたまひろ(吉高由里子)。乙丸(矢部太郎)から道長(柄本佑)が夜通し看病してくれたことを知らされる。道長は民を救うべく疫病患者を収容する小屋を建てようとしていた。そのころ、道隆(井浦新)は体調を崩し衰弱し始める。定子(高畑充希)は兄・伊周(三浦翔平)が関白に準ずる職につけるよう一条天皇(塩野瑛久)に働きかける。対する詮子(吉田羊)は…。そんな中、意外な人物がまひろを訪ねてくる。大河ドラマ「光る君へ」は毎週日曜日20時~NHK総合(再放送 翌週土曜13時5分)、毎週日曜日18時~NHK BS・BSP4K、毎週日曜日12時15分~NHK BSP4Kにて放送中。(シネマカフェ編集部)
2024年04月28日日本時間2024年4月22日、アメリカのプロ野球チーム『ロサンゼルス・ドジャース』(以下、ドジャース)に所属する大谷翔平選手が、日本人選手の通算記録最多となる、176本目のホームランを放ちました。同記録は、2012年に引退した松井秀喜さんが持っていた175本を超えるものです。記念すべき176本目は、打った瞬間にホームランと分かる完璧な当たりだったのでしょう。ボールがスタンドに入る行方をゆっくりと歩いて確認する『確信歩き』で、自身の記録に花を添えました。大谷選手は同日の試合後、記録更新についてインタビューに答えています。素直に嬉しいです。前回の175本目から間が空いてしまったので、安心と喜びの気持ちがあります。最近になってから、松井さんがどれくらいホームランを打っていたのか知ったので、初めから意識していたわけではありませんが、記録に気付いてからは早く打ちたいなと思っていました。年間で40本以上のホームランを打ったこともある大谷選手ですが、記録がかかった場面では、プレッシャーを感じていたようですね。また、インタビューで今後の目標について聞かれた大谷選手。日本生まれの選手として、ドジャース在籍中に通算7本塁打という記録を持つ「ロバーツ監督の記録を越えたいです」と話しています。日本時間4月13日の『サンディエゴ・パドレス』との試合で、大谷選手が今シーズン4本目のホームランを放ったことを受け、試合後に「私の記録が破られるまで、まだ数日ある」と語っていたロバーツ監督。大谷選手の今回のコメントは、この時のロバーツ監督の発言に対するアンサーとなっており、会場の笑いを誘いました。ネット上では、記録を更新した大谷選手に対して、祝福の声が寄せられています。・ついに打ちましたね。おめでとうございます!・松井さんも喜んでいることでしょう。どれだけ記録を伸ばせるのか楽しみです。・月曜日の朝の憂うつを吹き飛ばす、朗報でしたー!偉大な先輩の記録を更新してみせた、大谷選手。今後どこまで記録を伸ばしていくのか、大谷選手の活躍から目が離せませんね![文・構成/grape編集部]
2024年04月22日X JAPAN/THE LAST ROCKSTARSのリーダー・YOSHIKIが17日、自身のインスタグラムを更新。米大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手(29)、山本由伸選手(25)との“豪華”な3ショットを披露した。YOSHIKIは同日(日本時間)、ドジャー・スタジアムでの試合(対ワシントン・ナショナルズ戦)直前に、パフォーマンスを披露。大谷選手、山本選手とは事前に対面する時間があったそうで、「I’ll play Endless Rain and the national anthem soon!まもなく始まるよ!」というコメントとともに球場でのオフショットを公開した。なお、この日の試合は6対2で見事ドジャースが勝利している。世界で活躍する3人が集った写真に「やばー」「すげーーー!」「凄いスリーショット」「うわあ 世界で有名な人がいてびっくりします」「夢の共演」「格好良いですね!」「素敵なお写真」「日本の誇り、日本の宝ですね」など、興奮混じりのコメントが相次いで寄せられた。
2024年04月17日元メジャーリーガーの上原浩治氏が14日、自身のインスタグラムを更新し、TBS系『サンデーモーニング』(毎週日曜前8:00)の前司会者・関口宏、後任の膳場貴子らとのショットを公開した。大畑大介氏を加えた4ショットを投稿し、「関口さん、膳場さん、大介と」と報告。この日の放送では、上原氏の御意見番出演はなく「今日のサンデーモーニングはどうだったんだろうか?あれ?気にしてる自分がいる」とつづった。自宅のあるアメリカに帰国中で、「#気になる」「#しばらく休み」と添えた。ファンからは「ご意見番不在で槙原さんが頑張ってましたよー!井口さんは控えめでした!」などと反応が寄せられている。
2024年04月14日世界文化社は11日、米ドジャース・大谷翔平選手が特別協力として携わった絵本『野球しようぜ!大谷翔平ものがたり』の3刷重版を発表。累計9万部となる。3月20日に発売し、同社は「絵本では異例の初速です」とコメント。発表以降、多くのメディアで取り上げられ話題が沸騰。「Amazon」「楽天ブックス」など多くの書店で好評という。同社の月刊保育絵本『ワンダーランド』2023年8月号(世界文化ワンダーグループ)にて、大谷翔平選手を特集。同年1月、大谷からの子どもたちへ贈るメッセージ「君なら なんだってできる」という言葉・思いとともに、大谷の半生を絵本化した。絵本の後半は「もっとしりたい!大谷翔平しんぶん」と題し、大谷の手形をはじめ、子ども目線での一問一答などを収録。世界中の子どもたちの憧れとなった大谷だからこそ伝えられる「夢をもつ素晴らしさ」を伝える。
2024年04月11日世界中から愛される二刀流選手のサクセスストーリー株式会社カンゼンは、大谷翔平選手、初の児童書向け翻訳伝記本! 『スーパースター物語 大谷翔平』(シェレル・キム 著、新川諒 訳)を2024年4月8日に刊行いたします。2024年ロサンゼルス・ドジャースへ入団するまで大谷翔平選手の歩んだ道のりを、写真を多く使って子どもたちにわかりやすく紹介!『スーパースター物語 大谷翔平』書影世界中から愛される二刀流選手のサクセスストーリー僕がただひとつ約束できるのは、いつも100%全力を出しきってプレーすること。それをすることで多くの人々の日常に勇気をもたらし、何か悩みがある人には僕のプレーで元気にすることができれば良いなと思います。サンプルページ二刀流メジャーリーガー誕生“静かな”野球人生のスタート日本プロ野球界のスターへメジャーリーグ屈指の才能これからも現われることのない選手もくじ『スーパースター物語 大谷翔平』もくじはじめに二刀流メジャーリーガー誕生ストーリー1“静かな”野球人生のスタートストーリー2日本プロ野球界のスターへストーリー3メジャーリーグ屈指の才能ストーリー4これからも現われることのない選手ストーリー5野球界を超こえた存在プロフィール【著者】シェレル・キムシェレル・キムはカルフォルニア出身の小学校の先生。現在はタイにあるインターナショナルスクールに勤務。夫ブランドンと息子のナサニエル、ザッカリーと共にチェンマイに在住。【翻訳】新川諒1986年大阪府生まれ。2歳から小学6年生の2月までシアトル、ロサンゼルスで過ごす。同志社国際中・高から、大学はオハイオ州Baldwin-Wallace Univeristyに進学。大学2年秋にはイギリスのUniversity of Hullにも留学。在学中からMLB球団のクリーブランド・インディアンズ(現・ガーディアンズ)で広報インターンを2年経験。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで合計5年間日本人選手の通訳を担当。2015年日本に帰国後にフリーランスとして活動を開始、現在はNBAワシントン・ウィザーズのマーケティング・マネージャー、そしてMLBシンシナティ・レッズではコンサルタントを兼務。フリーランスとしてスポーツを中心にライター、通訳、コンサルタントとしても活動。2017年WBCでは侍ジャパンにも帯同した。書誌情報書名:『スーパースター物語 大谷翔平』ISBN:978-4-86255-720-9著者:シェレル・キム翻訳:新川諒ページ数:40P判型:B5変型判定価:1,650円(本体1,500円+税)発売日:2024年4月8日出版社:カンゼン商品URL: Amazon : Rakutenブックス : 【この件に関する問い合わせ先】株式会社カンゼン宣伝プロモーション部担当:伊藤真TEL:03-5295-7723MAIL: ito@kanzen.jp 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2024年04月03日アメリカのメジャーリーグの球団『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』で活躍する、大谷翔平選手。2024年3月20日、大谷選手の通訳を務める水原一平氏が、同選手から大金を盗んだうえで違法賭博に関与していた疑いが報じられました。水原氏は解雇され、今回の件を事実と認めた上で、自身がギャンブル依存症であると明かしています。大谷翔平、通訳の『違法賭博』について思い明かす日本時間同月26日早朝、『ドジャース』は大谷選手出席のもと、アメリカのカリフォルニア州にある球場『ドジャー・スタジアム』にて会見を実施。大谷選手は、今回の騒動が明らかになってから初めて、自身の口で現状や思いについて明かしました。会見の出席者は、大谷選手と通訳の2人のみ。会見が始まると、大谷選手は日本語で、このように述べました。みなさん、来ていただいてありがとうございます。僕も話したかったので嬉しく思っていますし、チームの関係者もみなさん…僕自身もそうですけど、ファンのみなさんもここ1週間くらいですかね…厳しい1週間だと思うのですけど、みなさんも含めて我慢とご理解をしていただいたのは「すごくありがたいな」と思っています。まず、僕自身が信頼していた方のあやまちというのを、悲しくというか、ショックですし、今はそういう風に感じています。水原氏は、大谷選手の口座から少なくともおよそ450万ドル(約6億8000万円)を盗んだとされています。今回の騒動は、大谷選手だけでなく、チーム関係者や多くの野球ファンが強いショックを受けたことでしょう。大谷選手は、まず深い悲しみに暮れている人たちに向けて、共感を示しました。続いて、報道やネットなどで上がっている、自身に向けた疑惑について、力強くこのように述べています。まず初めに、僕自身は何かに賭けたりとか、誰かに代わってスポーツイベントに賭けたりとか、それをまた頼んだりっていうのはないですし、僕の口座からブックメーカーに対して誰かに送金を依頼したことも、まったくありません。本当に数日前まで、彼がそういうことをしていたっていうのも、まったく知りませんでした。結論からいうと、彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ、僕の周りもそうですね、みんなに嘘をついていたっていうのが、結論からいうとそういうことになります。水原氏の違法賭博関与が報じられた際、大谷選手に対しても「協力をしていたのではないか」「自身も違法賭博をしていたのでは」といった声が上がっていました。しかし大谷選手は、そういった疑惑を真っ向から否定。今回の件が明らかになるまで、水原氏の疑惑については、まったく知らなかったといいます。また、発覚するまで『ドジャース』の関係者や弁護士たちも、水原氏に嘘をつかれていたと明かしました。大谷選手は、仕事のパートナーとして長い間、水原氏を信頼していたことでしょう。こういった形で裏切られたことについて、大谷選手は現在の正直な気持ちを述べています。僕はもちろんスポーツ賭博には関与していないですし、ブックメーカーに、さっきいいましたけど、送金していたという事実はまったくありません。正直『ショック』という言葉が正しいとは思わないですし、それ以上の…うまく言葉では表せないような感覚で、この1週間くらいはずっと過ごしてきたので、今はそれをうまく言葉にするのは難しいなと思っています。大谷翔平が明かした『今の思い』に同情の声前述したように、水原氏は大谷選手のコミュニケーションを支える立場として、ともに活躍してきた仕事仲間。そんなにも身近な存在に大金を盗まれるのは、人としてつらい状況でしょう。会見で何度も発した「うまく言葉では表せない」という言葉を聞くに、大谷選手はまだ気持ちの整理ができていないようです。日本でも報じられた、大谷選手の会見。ネット上では、多くの人が大谷選手の心境を想像し、同情する声を寄せています。・野球ファンとして2人の姿をずっと見てきたので、泣けてきた。つらいだろうに。・こんなことがあってもなお、大谷選手が会見で終始『一平さん』と呼んでいたことに胸が締め付けられた。・「言葉では表せない」といっている時に、珍しく言葉を詰まらせていたな…。自分まで悲しい。今後は警察の調査に協力していく旨を明かした、大谷選手。また、自身の野球については「気持ちを切り替えるのは難しいが、シーズンに向けてまたスタートしたい」と前向きな想いを明かしています。[文・構成/grape編集部]
2024年03月26日お笑いコンビ・ハイヒールのモモコが3月1日に自身のアメブロを更新。メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャース所属の大谷翔平選手の結婚を祝福した。この日、モモコは「タイムリーなこと」というタイトルでブログを更新し「久々の羽田空港」と久しぶりに羽田空港を訪れたことを報告。「大好きな茶の菓やハワイでよく行く甚六ができててびっくり」と述べ「もちろんCHANELもあったよ!」と空港内の様子を説明した。続けて「昨日配信のYouTube『モモコ新聞』では、グラミー賞に行く前にロサンゼルスに着いて、あの人に空港に迎えに来てもらい、色々案内してもらった様子をお届けしてます」と明かし「ドジャースタジアムに行った様子も」と自身のYouTubeチャンネル『モモコ新聞』の動画の内容を紹介した。また「写真ももう一度載せとこ」とスタジアムを訪れた際の自身の様子を写真で公開し「大谷くん結婚おめでとう」と2月29日に結婚を発表した大谷選手を祝福し、ブログを締めくくった。
2024年03月01日2024年2月29日、アメリカのプロ野球チーム『ロサンゼルス・ドジャース』で活躍する、大谷翔平選手が自身のInstagramで結婚したことを報告しました。【祝】大谷翔平選手が結婚を発表!世界中から祝福の声「おめでとう」「お幸せに」突然飛び込んできた嬉しいニュースに、世界中から祝福の声が上がっています!また、結婚を発表した後、日本時間の同年3月1日に、大谷選手はアリゾナ州グレンデールのキャンプ施設で、囲み取材に応じており、「一緒にいて楽しいですし、なんとなくずっといるところを想像できたんじゃないですかね」などと語っていました。大谷翔平の結婚会見に「素敵な人だな」記者から『お相手の惹かれたところ』を聞かれると?結婚をして幸せいっぱいな大谷選手ですが、過去のシーズンで見せていた『ある仕草』が一部のファンから話題を呼んでいます。『ロサンゼルス・エンゼルス』に所属していた時の大谷選手が、2023年にシーズン30本目のホームランを打った時のことです。『メジャーリーグ・ベースボール(通称:MLB)』のYouTubeチャンネルで配信された映像の20~25秒のシーンをご覧ください。大谷選手は、ホームインをする際に、左手にキスをするような仕草を見せていました。大谷選手の真意は定かではありませんが、男性が左手の甲や薬指にキスをすることは、愛する人への敬意・敬愛または感謝を示す際に行われることが多いようです。大谷選手の仕草に、ファンからはさまざまなコメントが寄せられています。・納得した。この頃から結婚を意識していたのかな。・大谷選手の左手のキスがかっこよすぎる。・本当だったら、すごいロマンチック。大谷選手の手にキスをする仕草は、もしかしたら、愛する人へのメッセージだったのかもしれませんね。今後、2人はお互いを支え合いながら、幸せな家庭を築いていくことでしょう![文・構成/grape編集部]
2024年03月01日2024年2月29日、アメリカのプロ野球チーム『ロサンゼルス・ドジャース』で活躍する、大谷翔平選手がInstagramで日本人の女性と結婚したことを報告。突然の結婚報告に、世界中から驚きと祝福の声が上がっています。Instagramでの発表後、日本時間の同年3月1日に、大谷選手はアリゾナ州グレンデールのキャンプ施設で、囲み取材に応じました。お相手については、「いたって普通の方というか、普通の日本人の方です」などと話し、結婚の決め手などについて記者からの質問に答えています。記者から「結婚がFA(フリーエージェント)の判断に影響したか。なぜこのタイミングで発表をしたのか」と聞かれると、次のように語りました。まったくなかったですね。彼女自身も僕の意思を尊重してくれますし。どこに行っても来るという感じだったので。自分がどこで野球をしたいかというところが一番のところだったかと思います。シーズン中より、まず入る前が自分自身もそうですし、トータルで見たときにもちろん、入る前がベストじゃないかなというところだったのと、時期に関しては書類をいろいろあったので整理しないといけないところもあったので、時期的にもう少し早めにしたかったというのはあるんですけど、そういう関係で少し延びて、今日になったということですかね。また、大谷選手は、会見の中で結婚の決め手について、「一緒にいて楽しいですし、なんとなくずっといるところを想像できたんじゃないですかね」と明かし、お相手の惹かれたところは「これ1つというわけではなくて、全体的な雰囲気が合っている」と答えています。2人は3~4年前に日本で出会い、「短いスパンで何回か、たまたま会った」のをきっかけで付き合いを始めたそうです。プロポーズの言葉は、明かされませんでした。結婚を公表した理由について、「みなさんがうるさいので」と笑いをとりつつ、記者団の質問に丁寧に答え、お相手のプライベートもしっかりと守っていた、大谷選手。「野球に集中をしながらも、私生活を心穏やかに暮らしたい」という想いが、会見の様子からうかがえました。ネット上では「さわやかに答えていて、対応に誠実な人柄を感じます」「お相手が気になるけど、静かに見守らないとね。おめでとう!お幸せに!」「大谷さんは素敵な人だな~。幸せな気持ちになった」などの声が寄せられています。お相手の女性とは同日現在、アメリカで一緒に暮らしているとのこと。交際中のデートはあまり外に行けなかったそうなので、今後は2人で外出を楽しむ機会が増えるかもしれませんね。結婚をして幸せいっぱいな大谷選手。今後、ますます活躍することでしょう![文・構成/grape編集部]
2024年03月01日2024年2月29日、アメリカのプロ野球チーム『ロサンゼルス・ドジャース』で活躍する、大谷翔平選手がInstagramを更新。結婚したことを報告しました。投稿によると、お相手は日本人の女性だといいます。いつも温かい応援をいただきありがとうございます。シーズンも近づいておりますが本日は皆さまに結婚いたしました事をご報告させていただきます。新たなチームと新たな環境でのスタートとなりますが2人(1匹も)で力を合わせ支え合い、そしてファンの皆さまと共に歩んでいけたらと思っております。まだまだ未熟な点も多々あるかと思いますが温かく見守っていただければ幸いです。お相手は日本人女性です。明日の囲み取材で対応をさせていただきますので今後も両親族を含め無許可での取材等はお控えいただきますよう宜しくお願い申し上げます。shoheiohtaniーより引用 この投稿をInstagramで見る Shohei Ohtani | 大谷翔平(@shoheiohtani)がシェアした投稿 詳細については、同年3月1日に囲み取材で対応するとのこと。突然飛び込んできた嬉しいニュースに、世界中から祝福の声が上がりました!・ついにこの日が来ましたか!・おめでとうございます!・世界中が祝福してます!末長くお幸せに!大谷選手、ご結婚おめでとうございます![文・構成/grape編集部]
2024年02月29日日本時間2024年2月28日、アメリカのプロ野球チームである『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』が、Instagramを更新。同球団に所属する大谷翔平選手が同日、アメリカのプロ野球チーム『シカゴ・ホワイトソックス』とのオープン戦で、ホームランを放った際の映像を公開しました。大谷翔平が放った豪快な2ランホームランアメリカのプロ野球チーム『ロサンゼルス・エンゼルス』から2023年11月に正式にフリーエージェントとなり、同年12月に『ドジャース』との10年契約を結んだばかりの、大谷選手。同年9月に二度目の右ヒジの手術を受けていた大谷選手にとって、今回行われたオープン戦が、復帰後初の実戦となりました。ファンの期待を背負いながら『2番・指名打者』で先発出場すると、3打席目に2ランホームランを放ったのです! この投稿をInstagramで見る Los Angeles Dodgers(@dodgers)がシェアした投稿 動画からは、詰まったかのように見える打球がぐんぐんと伸び、左中間スタンドへ飛び込む様子がうかがえます。『ドジャース』への移籍後初となる実戦でのホームランは、球団のファンおよび日本のファンの記憶に、深く刻まれたことでしょう!動画は、「THE SHO IS HERE.」というコメントとともに投稿され、大谷選手というニューヒーローの誕生を、球団全体でたたえています。また、2021年に日本のプロ野球チーム『埼玉西武ライオンズ』の現役を引退した松坂大輔さんが、自身のX(Twitter)を通じて次のようにコメントしていました。あのコースをあの打球の飛び方でスタンドまで飛んでいくことが恐ろしい…— 松坂 大輔 Daisuke Matsuzaka 18 (@matsu_dice) February 27, 2024 『平成の怪物』と呼ばれた松坂さんからも一目置かれる、大谷選手。その勝負強さは、本物のようです…。実戦復帰後、いきなりホームランを放った大谷選手に、日本からは「もう彼は健在ですね!」「本当に意味が分からないくらいにすごすぎます」「名刺代わりの一発だ」などの声が上がっています。右ヒジの手術を乗り越え、復帰早々に大活躍を見せてくれた、大谷選手。2024年3月20日に、韓国のソウルで開幕するプロ野球リーグ『MLB(メジャーリーグベースボール)』では、一体どんな活躍をしてくれるのでしょうか。今から楽しみですね![文・構成/grape編集部]
2024年02月28日現在、愛知県で活躍している医師の新開貴子さん(58)は、異例の経歴の持ち主だ。彼女が医師になったのは、なんと53歳のとき。まだ、5年目の医師なのだ。そんな彼女が医師になるまでのドラマを追う(全2回の1回目)。■「7浪して医学部に入学。53歳で医師免許を取得」「こんにちは。お体の加減はいかがですか」「それがね、先生。2日前に歩行器に手をかけた途端にダーッと転んでしまって、腰が痛いのよ」1月末の月曜午後2時過ぎ。愛知県春日井市でひとり暮らしをする84歳の女性宅。要介護2で呼吸器疾患の持病もある女性は、訪問医の到着を待ちわびていたかのように、一気にしゃべり始めた。やがて医師は、横たわる女性患者の隣にしゃがみこむと、「めまいはどうですか」「やっぱり立ち上がるときが、いかん。でも、今日はめまいも腰も少しラクになって、大好きなラーメンを食べられたよ」「寒い日は、あったかいラーメンがおいしいですよね」聴診器を胸や背に当てる間も、会話を途切れさせることなく診察するのは、医師の新開貴子さん(58)。今日も所属する同市の勝川よろずクリニックから、看護師とふたりで車で20分かけて在宅診療にやってきた。女性患者の顔から当初の不安げな表情は消え、笑顔で続ける。「診察もていねいだし、何でも話せる貴子先生が大好きだよ」その後も、血圧測定や服薬の指示など1時間弱の診察を続け、「また来ますからね。お大事にしてください」往診用のカバンを手に車まで向かいながら、貴子先生が言う。「私が話しやすいというのは、きっと娘さんと同世代だからでしょう。私自身も、自分の母親と会話するような気持ちで向き合っています。今日のように、患者さんが元気になる姿に接するたびに、ああ、医師になってよかったと思うんです」快活な口調で話す貴子先生は、異色の経歴の持ち主だ。58歳にして、まだ医師歴5年というキャリアが、その事実を物語る。医師を目指したのが32歳のとき。その後、7浪して40歳で医学生となり、3人の子供を育てながら、53歳で医師免許を取得した。当時をふり返って言う。「小中学校を通して成績もずっとクラス最下位だった自分が、まさかお医者さんになるなんて、夢にも思っていませんでした」意外にも、少女時代の貴子先生は、「劣等感と孤独感のかたまり」だったというのだ。■「劣等生だった小学校時代。東京での生活に疲れ、郷里に戻り……」「物心ついたときには、母がクラブや薬局を経営していて、すごく繁盛させていました。父はもともとバーテンダーで、その後は母の仕事を手伝ったりしていました」1965年(昭和40年)3月17日、島根県松江市に生まれた貴子さん。「自宅1階がクラブで、その2階が私たちの住居でしたが、両親はいつも不在で、私と2つ年上の兄は生後3カ月から近所に住む子守りのおばあさんに育てられ、しつけもしてもらいました」幼稚園から小学校、中学校と、島根大学教育学部の附属校へ。「まわりは親が大学教授や医師など教育熱心なご家庭ばかりのなか、うちは勉強に集中できるような環境ではなかった。『水商売の家の子と付き合うな』と親から言われてる同級生もいて、私はつらくて、母に『クラブをやめてくれ』と訴えたことも。先生からもほったらかしの私は、クラス42人中41番目か42番の成績で、もうひとりの男子といつもビリを争ってましたね」家庭にも学校にも居場所がなかった。「劣等感と孤独に苦しみ、4歳ごろから始まった自分の毛を抜くクセがずっと続いてました。のちに抜毛症という病気だと知るんですが。きっと、母が夜もいなくて寂しかったんでしょう」中学卒業後は周囲の同級生たちが進学校に進むなか、「偏差値が足りず」に私立の女子高へ入学。両親の離婚は、その直後だった。「母は家にはおらず、父も外に女の人がいたりで常に両親はいがみ合っていたので、娘の私でも、離婚は当然の結末と思いました。高校を出ると、地元での暗い生活を何とか断ち切りたいと思って、上京します。とにかく、あの家から、島根から出たかった」東京女学館短期大学では、かろうじて好きだった英語を専攻した。「まわりはお嬢さんだらけで自家用車での送り迎えもあるなか、たぶん自転車通学は私だけ」家賃9千円のアパート、弁当販売店でのバイトなど苦学生の生活だったが、家族の煩わしさから解放されて充実した毎日だった。卒業後は東京でレナウンの海外事業部に就職し、3年後には日本航空に転職して羽田空港でグランドホステスとして勤務する。「大好きな高倉健さんのチェックインを3回ほど担当したのは、忘れられない思い出です」しかし、短大を出て社会人になって、順調に過ごしているように見えるが、実際は違っていた。「もう上京してすぐから、拒食と過食を繰り返す摂食障害が始まっていました。一時は、体重も一気に15キロくらい落ちてしまって」心身に限界を感じ、帰郷を決意した。そして、「摂食障害になったり、人間関係をうまく築けない自分の心の空洞の正体を知るために、心理学を学ぼう」そう思い、26歳のときに島根大学教育学部にAO入試(総合型選抜)で入学。以降、実家の薬局を手伝いながら、臨床心理士を目指した。「勉強を続けるなかで、私の根っこには“母に見捨てられた”という消化できないままの感情があると、改めてわかってきました」座学に加えて、2年間にわたりアルコール障害や摂食障害のセルフミーティングに関わるなかで、ある思いに至る。「私の理想とする医療をやろうと思ったら、自分自身が決定的な判断を下せる立場にならなければできないのではないか、と。そのとき初めて、医師になりたい、という思いが芽生えました」32歳の決心を「応援するよ」と誰より喜んでくれたのが、父親の邦洋さんだった。当時、邦洋さんは近所で中華料理店を営んでいた。しかし、そのわずか半年後の1997年9月半ば、貴子さんは顔見知りの酒店店主から、父の店が2日間も閉まったままだと聞かされる。「胸騒ぎを覚え合鍵で店に入ると、父が倒れていました。救急車を呼びましたが、私は意外に冷静で、もうダメだなと思っていました。60代半ばだった父は持病の糖尿病があったうえに酒浸りだったし、なにより私や家族と離れて、ひとりで暮らす寂しさも大きかったのでしょう」そして、貴子さんは思う。「お父さんが苦しんでいるのに、私は何もしてあげられなかった。父のように病に苦しみ、自ら死を選ぶ人を救いたい。患者さんに寄り添い、体も心も支えたい」医学部受験のため、最初に始めたのは、中学の数学からやり直すことだった。(取材・文/堀ノ内雅一)【後編】7浪して医学部、国会試験に2回落ちて53歳で医師になった女性「それでも諦めなかった理由」へ続く
2024年02月25日2024年1月に誕生した赤ちゃんの名前を大調査! 大谷翔平選手の名前の漢字が、人気の漢字1位に!2024年1月生まれの男の子の赤ちゃん3,353名の名前から、人気の漢字ランキングTOP10を紹介します。 <1月>男の子に人気の漢字ランキング 漢字:「冬」・「睦」に注目!1月に生まれた男の子の名前の漢字ランキングTOP3は、1位「翔」、2位「斗」・「陽」で、2023年12月の漢字ランキングTOP10に入った漢字すべてが1月もTOP10に入るという結果になりました。二刀流で活躍し、日本人史上初(アジア人史上初)の2回目のシーズンMVPを受賞したプロ野球選手・大谷翔平選手の名前にも使われている「翔」の人気は不動です。 男の子の名付けで人気の漢字がほぼ固定の中、大きく順位を上げたのが、2023年12月の59位から、1月は37位にランクアップした「冬」と、2023年12月の100位圏外から1月は51位へとランクアップした「睦」。1月は旧暦で「睦月」と呼ぶことから、「睦」という漢字が多く名付けに用いられたと考えられます。 ※()内は主なよみを表記<調査概要>調査対象:株式会社ベビーカレンダーが企画・運営している「ファーストプレゼント」「おぎゃー写真館」「ベビーカレンダー全員プレゼント」のサービスを利用された方調査期間:2024年1月1日(月)〜2024年1月25日(木)調査件数:3,353件(男の子)※本調査内容を転載される場合は、出典が「株式会社ベビーカレンダー」であることを明記くださいますよう、お願いいたします。
2024年02月24日有限会社エルステュディオインターナショナル(代表:さかより のりこ)がメディアプロデュースをする桂乃貴メンタルヘルスケア株式会社 代表取締役 渡部貴子氏。地域ニーズに応えるべく、心の不調を予防する「メンタル保健室」を2024年2月に開設しました。コロナ禍で精神疾患の数は400万人から600万人に急増し、「体だけではなく心の健康をいかに維持するか」に注目が集まった。現在も、高齢者の認知症や、学生の不登校、会社員のメタルケア等々……世代問わず、誰もが生活の中で心の病に関わる機会が増えている。後期高齢者が急増する2040年に向けて「訪問看護・在宅医療」の準備が進む中、「心の病の複雑化」にも注目が行く。既に「精神科看護の不足」も指摘される。国の推進で【地域の医療】として精神科の訪問看護を増やすべく【拠点】が次々と立ち上げられる状況で、「あくまで関わる人材の育成(中身)が大切だ」と説く渡部貴子氏。予期せず経営者に就任した彼女が、そこから更に、難易度の高い精神科の訪問看護医療へ転換を決めた理由とは何か。メンタルヘルスを身近にするための新しい試み、「メンタル保健室」に至るルーツを探る。渡部貴子氏 (C)Benjamin Lee〇訪問医療への「土壌づくり」全世代の在宅療養者を対象とした訪問看護が始まったのが1994年。その後、2000年から介護における訪問看護が始まった。渡部貴子氏が「訪問医療」に関わったのは、1997年。千葉のがんセンターでの勤務を経て一次的に休職していた際、医療従事者である妹の務め先(整形外科)で「往診の補助についてくれる看護師がいない」とお呼びがかかったのだ。「前職で家に帰れず亡くなる人々を看取っていたこともあり、地域での医療に興味はありました。今でこそ訪問看護は当たり前ですが、当時はとても珍しかったのです。外来に来られない患者さんの家を訪ねるうちに、訪問看護の必要性を実感するようになりました」折しも、訪問看護の制度が出来ていく段階―訪問看護ステーションを作るに当り、国から予算が付き始めた時期のことだ。4年勤め、辞める頃には大学や専門学校での講師経験も出来ていた。次を考えるタイミングで、医療コンサルを手掛ける社長から声が掛かった。「在宅医療を教えてほしい」必然的な在宅医療の訪れだった。渡部氏はコンサルタントとして参加し、クリニックの中に訪問看護ステーションを立ち上げ、自ら直接看護もする「プレイングマネージャー」へと。その後2017年に至るまで、同所に務める傍ら、外部でもヘルパー養成、教育などの福祉部門の講師を務める。〇ホスピタリティと「場づくりの重要性」多忙な生活を楽しみ、「看護は自分の使命」と語る渡部氏。そのホスピタリティの源泉とは何か。渡部氏は、一度挫折しかけた看護師の夢を諦めきれず、CAの内定を辞退して看護学校に入学した経緯がある。たどり着いた修道院起源の環境は、彼女を優しく育んだ。そこで「その土地で生活する人々が作る場の力」「場づくりの重要性」を知る。だからこそ、訪問看護ステーション立上げ以降の15年間、気力体力ともにハードな状況でも、アグレッシブに「訪問看護の場づくり」と「医療関係者・患者・患者の家族の関係づくり」に取り組めた。しかし、いよいよ、自分で一から『土壌になるような場』作りを課せられることになる。〇やるしかない!突然の経営者転換転機は2013年。社長が「医療法人を売る」と言い出した。訪問看護は儲からないと思われたのだろうが、切り捨てられた形だ。更に渡部氏は「独立して、代表になれ」と促される。「70人も患者さんがいて、行き場もない状況。急に(別の医療機関へ)捌くのは無理でした。当時は、経営のことなんて何も分からない、一介の看護師です。それでも、人に恵まれるタイプだから、助けてくれる人は必ず出てくる……やるしかないと思いました」結果、友人の紹介の税理士に助けを得、時間のない中で法人登記を終えた。だが、閉鎖が決まったクリニックをそのまま借りることはできない。幸い、何とか物件は見つかったが、今度はお金がない。自力で何とか資本をかき集めて、開設にこじつければ、「お金の心配はするな」と言っていたはずの元社長に危うく負債まで引き受けさせられかけた。これも税理士の助言で免れた。「開設は忘れもしない2013年10月1日。看護は一日も休めない為、引っ越しも同時でした。大変だったけれど、患者とスタッフは全員ついてきてくれました」なかば強制的に始まった「場づくり」から10年たった今、社会もだいぶ様変わりした。訪問看護ステーションはすっかり増えて、定着を見せる。〇精神科の訪問看護と、「地域」の関わり2023年8月に心機一転、渡部氏は会社名を「桂乃貴メンタルヘルスケア株式会社」と改めた。本当の意味での独立――「精神科の訪問看護」の質を高めると同時に、「メンタルヘルスケア活動の拡充」へと舵を切ることにしたのだ。実は、訪問看護ではベテランで、大方のことを経験してきた渡部氏だが、過去には苦い思い出もある。「精神科の患者に対して、何もできなかった……それどころか実際に会うまでは『簡単にケアできるのではないか』という過信をしていたのです」「精神科認定看護師」という国家資格がある。渡部氏は仕事をしながら学び直し、2年かけて取得した。全国で有資格者は800人程度。そのほとんどが病院所属だ。通院できず地域で困っている患者や、リスクのある未病の状態では到底届かない。精神科と一口に言っても、認知症のような高齢者から、メンタルケアを必要とする不登校の若者まで様々なケースがある。ニーズは増える一方。渡部氏は、今では教育する側だ。「精神科の看護できる看護師を増やしたい。日本の精神科医療は遅れています。国も勧めようとしていますが、医療報酬目当てに『拠点』だけを増やそうとする医療業界以外の参入も多い。けれど、必要なのはやっぱり『人』。場所が増えるだけではよくならず、かえって疲弊するだけです」参入者が手を引いた後を引き受けてきた渡部氏の言葉は重い。専門的な学び直しによって、「自信をもって精神科看護に当たれる人材」を増やしたい。渡部氏の狙いは明確だ。「現状、地域でしんどい思いで暮らしている患者さんは多くいます。生きづらさを家族にすら理解されないまま、他人事のように扱われている状況。看護師の理解すら追いついていない……そんな事態を改善するために、まず現場の訪問看護師が学び直し、正しく理解する必要があります。『桂乃貴(このき)』ではそんな看護師を育て、地域医療の土壌を作ります」高い能力が求められ、責任も重い「在宅の精神科看護」は大変だが、高齢者社会に向けて必要不可欠。急増が予期される認知症の方に向けても、自社の看護教育にも力が入る。この先の高齢化社会では、地域でのケアがより求められていく。社会での共存実現に向けて、企業向けの取り組みも強化する。精神科には歴史的に排除されてきたり、隠されてきたりした流れもあり、偏見を無くす為に「多くの人に実態を知ってもらう必要がある」と、渡部氏は言う。人の在り方に対し、視野を広げていくこと――これこそが自分自身でのメンタル予防にも繋がっていく。「企業には産業医や外部のカウンセラーがいると思いますが、利用する必要がない段階の人向けに『自分自身の心の取り扱い方を学ぶ機会』があってもいい。看護の中でも『自分の対処スキルを上げる』ことを教えますが、体の病気だけでなく、心の病気に対しても未病・予防の考え方は重要です」例えば、医者や薬に頼る前に、学校や職場でより早く違和感を見つけてあげられれば……自分の対処スキルを上げることは、看護の中でも重要なことだ。ダイレクトに医療環境を整えること、同時に「地域」に対し、理解の場を整え、自分ごととして「メンタルケア=メンタル予防」できる土壌を、企業や教育の場を通じ提供すること。渡部氏の、大きな「場づくり」への挑戦が始まる。2024年2月に、【メンタル保健室】を開設。「心のモヤモヤを、もっと気軽に専門家へ相談してほしい」という思いで、まずは月一回・第一土曜日に、個人・地域と医療を繋ぐ。心の不調、その予防に繋がる場所を、もっと身近なものへ。メンタル保健室ご案内【渡部貴子 プロフィール】桂乃貴(KONOKI)メンタルヘルスケア株式会社 代表取締役精神科認定看護師リッツカールトン東京にて (C)Benjamin Lee<略歴>鹿児島県生まれ、千葉育ち。三育学院短期大学(現 三育学院大学)看護学部卒。千葉県がんセンターにて、ICU.脳外科、整形外科での最先端治療に携わると同時に多くの方を看取る。三幸福祉カレッジにて、ヘルパー養成講座の講師として従事しながら、街にある小さな整形外科内科クリニックへ勤務。往診の同行をして行く中で、もっとご本人、家族のサポートをしたいと思い、訪問看護部を立ち上げる。株式会社ソシオン(現 株式会社ソシオンヘルスケアマネージメント)にて、本格的に在宅医療を実践。訪問看護ステーションの立ち上げに尽力する。<独立>2013年7月 株式会社ハートフルを設立精神科、認知症専門の訪問看護ステーションを立ちあげ、地域との連携強化を図る。2023年8月 法人名を桂乃貴メンタルヘルスケア株式会社と変更。現在に至る。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年02月22日1月20日、白井貴子&THE CRAZY BOYSの<『FLOWER POWER 2024』再現ライヴ&SDGsカーニバル>がKT Zepp Yokohamaで行われた。昨年11月1日に、最高傑作と誉れ高い1984年のアルバム『FLOWER POWER』が実に38年ぶりにアナログレコードで復刻され、この発売記念として行われたものだ。このレコードは、リマスターでブラッシュアップされたサウンドと、白井自身による入魂の長文ライナーノーツが付くなど、こだわりの仕上がりとなっている。同様に今回のライヴも、タイトルに<SDGsカーニバル>とあるように、白井が音楽と共に長年に渡って活動してきた自然と環境問題に関する様々な展示が会場のロビーで行われるなど、白井ならではのこだわりに満ちたものだった。ライヴは二部構成で、第一部は『FLOWER POWER』再現ライヴだ。SEと共にメンバーが登場し、1曲目の「It Must Change」、最大のヒット曲「Chance!」と続くと、お客さんはいきなり総立ちで拳を突き上げる。80年代には学園祭の女王と呼ばれた白井だが、客席までその時代を再現したかのようだ。黒いタイトなアウターにスリムジーンズと膝丈ブーツの白井は、まるでクリッシー・ハインドのよう。曲間で「ようこそ、白井貴子&THE CRAZY BOYS、FLOWER POWER 2024へ!」と白井が挨拶し、ライヴは走り出した。メンバーは、本田"ホンチ"清巳(G)、南"ナンチ"明朗(G)、片山"ポッポ"敦夫(Key)、河村"カースケ"智康(Ds)、という80年代当時からのメンバーたち。そして一昨年に亡くなった春山"ハルボー"信吾(B)に替わって加入した岡部晴彦(B)には、奇しくも同じ"はるちゃん"というニックネームが与えられた。アルバムの曲順通りに演奏は進み、5曲目には平和への祈りを込めて「Foolish War」が演奏された。シンプルだが重厚、メッセージがストレートに心に届く名曲だ。驚くべきは白井のヴォーカルで、声のトーンや歌い方、MCのタイミングまで当時とほとんど変わらない。バンドもアルバムのもつスケール感を見事に再現していて、キャリアを積み重ねた余裕とシブ味がほのかに加わっているのは、理想的な進化といえるだろう。第二部は、前日に誕生日を迎えたばかりの白井を祝って、自然発生的にお客さんが「ハッピー・バースデイ」を歌うサプライズからスタート。そして、白井の環境活動の話へと続く。小さな活動の中から、自然との共生やそこに生きる人々とのつながりが生まれ、その中で奏でる音楽がある。ただエコが大事という話ではないのだ。ここで歌うのはそういった人と人の繋がりの中で生まれてきた歌たち。本田のギターで歌った「倉田小学校校歌」は予定になかったアドリブだろう。後半はバンドでの代表曲を披露。ライヴ終盤の定番曲「今夜はIt’s All Right」では、お決まりの"今夜は今夜しかないのさ"のコール&レスポンス。白井は「年を重ねるとこの言葉が真剣に響く」と嘯くが、同様にそれなりの年齢層のはずのお客さんたちが、驚くほどよく歌って腕を振り上げ、今の一瞬を全力で楽しんでいるのが伝わってくる。きっと次の日は筋肉痛だろう。本編の最後は、きたやまおさむと作った「涙河」で締めた。演奏終了後はお客さんと記念撮影。「未来へ咲かそうフラワーパワー!」の掛け声でシャッターを切った。白井が言う〝エコとロックのハイブリッド〟が結実した一夜だった。<公演情報>『FLOWER POWER 2024』再現ライヴ&SDGsカーニバル1月20日(土) 神奈川・KT Zepp Yokohama【セットリスト】■第一部01. It Must Change02. Chance!03. Shining Dance04. Checkしてしまった!!05. Foolish War06. MY Glory Road07. Japanese-Girls & Boys(inside song)HAPPY NEW YEAR08. Back Again09. 遥かなる想い-it must be changed10. Talk To Me■第二部01. Mama02. 竜馬の夢03. 花は咲いている04. Good Wishes05. Theme for Next Gate06. Time Limit07. Stand Up Boy08. Make Up09. PRINCESS TIFFA10. 今夜はIt’s All Right11. Rock Tonight12. 涙河(NAMIDAGAWA)■ENCORE01. Theme for Next Gate 202202. Chance! (Long Ver.)
2024年01月27日メジャーリーガーの大谷翔平選手(29)が全国の小学校に寄贈したグローブを、大分県別府市が子供たちに届けるよりも先に市役所内で展示したことが物議を醸している。大谷選手は昨年、ニューバランス社製のグローブを全国の約2万校の全小学校に3つずつ届けると発表。昨年末からすでに寄贈は始まっており、「野球しようぜ!」というメッセージとともに届いた“大谷グローブ”に歓喜する子どもたちの声も各地で報じられた。そんな中、別府市の長野恭紘市長(48)は自身のSNSで、1月17日に《キター!!》と大谷グローブが到着したこと報告。そして《私が観るだけではもったいない!という事で、市役所正面入口に当面飾ります!》と投稿。すると《学校に配られた物を勝手に展示するのは納得がいかない》《市長の私物のように感じる》《さっさと子供たちに使わせて》などと批判的なコメントが殺到した。そうしたコメントに対し長野市長は《渡さないとは言っていない。見てみたい市民に見てもらおうよ。そう言うのが教育ではないのかな?子供子供って、それこそ親や教育者を語るなら子供にそう言って聞かせるのが努めだと思いますね》と反論し、更なる批判を招く事態に。その後、長野市長はSNSを非公開にし、同市では1月29日までの予定だった展示期間を25日までに短縮するなど対応に迫られることとなった。長野市長は24日の定例会見で「グローブの管理方法について校長から不安の声があがり、1月30日に開かれる定例校長会でグローブを配布、それまで市役所で展示すると市教委が決定した」と話し、「近いうちに小学校に送る予定だったが、前段階として市民や子どもに喜んでほしかった」と展示に至った理由を説明した。そこで、「グローブの展示を決定した」という別府市の教育委員会に、展示に踏み切った経緯を聞いた。担当者が明かす。「保管方法に学校側も不安があったため学校現場からの要望もあり、他の自治体の事例なども参考にして問題点を整理する時間が必要でした。また、校長先生方が集まる会議が30日に予定されていましたので、取り扱いの留意点など共通認識をした上で、そのときに趣旨と注意事項を説明して校長先生1人1人に手渡すという予定を組んでおりました。それまでの約1週間、小学生以外の方にもお見せできる機会があるのであれば庁舎に展示して、 幼稚園の子どもや中高生にもお見せできるんじゃないかと。ネットで検索をしたところ、各地の自治体で”大谷グローブ”を展示している事例も結構あったので、それであれば問題ないだろうと判断いたしました」今回の炎上騒動を受けて、SNS上では複数の小学生児童の保護者らから《学校に届いていてもケースに保管されていて子どもが使えない》との声が上がっているが、学校側も慎重にならざるを得ない部分があると話す。「どこまで学校現場の判断に任せるのかというようなところが、先生方も不安なんだと思います。フリマサイトに出品された事例もいくつか目にしてますし、本当に送ってくださった方の気持ちを思うのであれば、紛失したり盗難にあうなどないように、我々としては事前に整理する期間を設けたということが発端なんです。とはいえ、寄贈された学校としてもどういう風に使っていくかは学校の規模などによっても事情が異なると思いますが、学校で安全に保管するために展示するとなると、結局は子どもが使えないという保護者のご意見はごもっともですよね」実は、各校への配送準備が整うまで“大谷グローブ”を受け取った自治体が庁舎内などで展示する例は各地で出ている。決して別府市に限ったことではなかったにもかかわらず、ここまで炎上した一因は市長のSNS投稿にあったようにも思えるがーー。「そこはちょっとわからないですが、なんだか大谷選手にも申し訳ないなと思っていて。もちろん私物化するつもりなんかないですし、教育委員会としては、今年卒業した中学1年生の“小学生だったら見られたのに”という声もあったりして中学生にも見せてあげたいし、甲子園を目指してる高校生とか、WBCを見て“野球をやってみたい”と思った幼稚園のお子さんにも見せてあげたい。大谷選手の思いをみんなで活かそうと思ってやった結果がこんな風になってしまって残念ですが、私は個人的には展示をしてよかったなと思ってます」実際に展示を見に来た市民からも喜びの声が上がっているという。「おばあちゃんとかは学校に行く機会もないので、“私、今日来てよかった”という声も、もちろんありました。昨日ヤフーニュースで“炎上記事”を見て“今日までと聞いたので見に来ました”という人もいました」教育現場の善意が発端となった今回の騒動、大谷選手もこれ以上の炎上は望まないだろう。
2024年01月25日白井貴子の名盤『FLOWER POWER』のアナログレコードが最新の技術でリマスター&リカッティングされ、2023年11月1日にリリースされたのを記念して、アルバム完全再現ライブが1月20日(土) KT Zepp Yokohamaにて開催される。そのライブ開催を記念して、『FLOWER POWER』がリリースされた1985年渋谷公会堂で行われたライブから「Chance!」と「Foolish War」の映像がYouTubeで公開された。また、白井は新たな時代へと進む「FLOWER POWER PROJECT」を発足。ライブ会場ホワイエでは、「エンタメと健康〜環境」をつなぐ活動をしているエコロジーオンラインの上岡裕をコーディネイターに迎え、「SDGsカーニバル」を開催。88年のロンドン移住以降、30数年の取り組みに共感した仲間が全国各地から集結する。白井がファンと学びそれぞれの地域で行う、自然に親しむ「PEACE MAN CAMP」をベースに、大石田「ふるさとの風プロジェクト」(山形)、陸前高田(岩手)復興支援「AID TAKATA」、小谷村(長野)、丹南地方(福井県)、南伊豆(静岡)、白井が環境大使を務める神奈川県の「脱炭素推進室」地元横浜で環境に尽力している人の展示などを実施。さらに、世界的に活躍する花絵師、藤川靖彦による『FLOWER POWER』のシンボルマーク「花音符」作品も展示する。そのほか、白井のオリジナルグッズも「環境仲間」とのコラボグッズのほか、白井の「鉄分不足を解消してよりファンの皆さんと一緒に元気な未来へ!」という想いから、鉄のフライパンを製作。地元・横浜の中華街の鍋シェア85%を誇る、一枚一枚手作業で作り上げる「打出し」製法の山田工業所(金沢区)と作り上げたオリジナルフライパンは今回のイベントで初披露。アナログレコードと並んで“フラワーパワー・フライパン”が限定販売される。白井貴子&THE CRAZY BOYS「Chance!」- Live at 渋谷公会堂 1985 -白井貴子&THE CRAZY BOYS「Foolish War」- Live at 渋谷公会堂 1985 -<イベント情報>白井貴子&THE CRAZY BOYS『未来へ咲かそう!「FLOWER POWER 2024」アルバム完全再現ライブ&SDGsカーニバル』1月20日(土) 神奈川・KT Zepp Yokohama開場 15:00 / 開演 16:00■白井貴子&THE CRAZY BOYSVo 白井貴子 / Gt 本田清巳 / Gt 南明朗 / B 岡部晴彦 / key 片山敦夫 / Ds 河村“カースケ”智康【チケット料金】(税込)一般:7,800円中学生以下:3,000円※全席指定※ドリンク代別※未就学児入場不可チケットはこちら:()『FLOWER POWER』特設サイト:
2024年01月15日2024年1月1日、石川県能登半島を震源とした、令和6年能登半島地震が発生しました。同月5日午前9時時点で、死者は84人、連絡が取れない安否不明者が170人以上いるとのことです。警視庁災害対策課の特殊救助隊が現地に赴いたり、多数の企業が緊急物資を支援したりと、1人でも多くの命を救うため人々が立ち上がっています。大谷翔平選手と『ドジャース』が被災地に寄付大谷翔平選手は同日、Instagramを更新。自身が所属するプロ野球チーム『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』とともに声明を発表しました。今回の大地震による被害を知り、球団と、『ドジャース』を運営する投資家グループ『グッゲンハイム・ベースボール』は100万ドル、日本円でおよそ約1億4500万円の支援を行うことを明かしたのです。なお、大谷選手自身も、個人で寄付を行うとのこと。『ドジャース』と共同で次のような声明を発表しています。ロサンゼルス・ドジャースとグッゲンハイム・ベースボールは、令和6年能登半島地震への支援として100万ドルを寄付し、個人で寄付をする大谷翔平選手と協力することを表明します。日本中の皆さんの悲しみに寄り添い、1日も早い復興をお祈りしています。ロサンゼルス・ドジャース令和6年能登半島地震による被災地支援のため、この度ドジャースと共同で寄付をいたします。復興活動に参加してくださった方々に感謝するとともに、今後も私たちが団結していき被災された方々を支援していきたいと願っています。行方不明者の早期発見と被災地域の復興を心より願っています大谷翔平shoheiohtani(原文ママ)ーより引用 この投稿をInstagramで見る Shohei Ohtani | 大谷翔平(@shoheiohtani)がシェアした投稿 きっと大谷選手も、日本のニュースに胸を痛め、行動に移したのでしょう。「行方不明者の早期発見と被災地域の復興を心より願っています」というメッセージが添えられた、球団と大谷選手のメッセージに、感謝の声が続々と寄せられています。・大谷選手、『ドジャース』、本当にありがとう!・家族、親戚の家が全壊しました。寄付の気持ちが何より嬉しいです。・大谷選手からの寄付は、被災した人たちにとってとても勇気付けられることだと思います。・感謝の気持ちでいっぱいで、言葉が見つからない…泣けてきた…。大谷選手と『ドジャース』の決断が、被災地の人たちの日常を一刻も早く取り戻すきっかけになることを、多くの人が祈っています。[文・構成/grape編集部]
2024年01月05日1981年にデビュー、80年代に「ロックの女王」としてライブシーンを牽引した白井貴子。学園祭クイーンとして、さらには日本武道館、西武球場など大きな会場のステージに立ち、自身のバンド、CRAZY BOYSと共にシーンを駆け抜けた。1985年にリリースされた5thアルバム『Flower Power』が、2023年11月1日に38年の時を経てアナログ盤『FLOWER POWER』として蘇った。そして2024年1月20日(土) にはKT Zepp Yokohamaで「アルバム完全再現LIVE & SDGsカーニバル」が開催されることも決定。そんな彼女に今の心境を語ってもらった。――横浜で伝説のバンド、THE CRAZY BOYSと共にステージに立つことが決定しましたが、その経緯から教えてください。白井まず会場が自分の故郷、横浜だということは私にとっては大きくて。実は20数年前に今回のようなライブを開催したくて事務所をわざわざ横浜に移転したくらいなんです。でもそのときは残念ながら力及ばずで、今に至っていた。今回、二代目のマネージャーだった関野(一美)さんから声をかけてもらって、「ソニーでアナログ盤を出す動きがあるから貴子もどうだ」と言ってくれたんです。今、CDの売れ行きも下がっている中でアナログが海外ではスゴイという話を聞いて、いずれ日本にもその流れは来るんだろうなって思いましたし、私にとってアナログ、手作り感を大切にしてずっとやっているので、とてもうれしいことで。そこでアナログ盤のリリースだけじゃなくてライブもやろうぜっていう話になった。60歳を過ぎて独唱できるアーティストはそんなにいないからやろうって。生きているうちに頑張ろうっていう感じです(笑)。――THE CRAZY BOYSは、各メンバーがその後の日本の音楽シーンで重要な役割を担う重鎮として活躍中です。Gt. 本田清巳[白井貴子自主レーベルROD代表、ECHOESのラストツアー参加]Gt. 南明朗[工藤静香、杉山清貴らの活動に参加]Ba. 岡部晴彦[真心ブラザーズらの活動に参加]Key. 片山敦夫[サザンオールスターズ、桑田佳祐ソロなどの活動に参加]Dr. 河村”カースケ”智康[星野源、福山雅治、藤井フミヤ、桑田佳祐ソロなどの活動に参加]白井残念ながらTHE CRAZY BOYSのメンバー、春山信吾さん(Ba)が亡くなってしまって。それも昨年11月1日、私のデビューの日、「僕の名前を忘れてないでね」と言わんばかりの日に亡くなったんです。実はTHE CRAZY BOYSって6人中4人が湘南出身で。なので余計に神奈川でやりたいということで決まりました。――もうこのメンバーでリハーサルには入っているのですか。白井(取材日の)明後日から入ります。バンドのメンバー、みんな硬派な奴らばっかりだから、あまりメールとかやらないんですよ。頑固なオヤジたちなんで(笑)。――歌謡曲、ポップス、アイドル全盛の時代に女性アーティストがロックに踏み出したのは、貴子さんがパイオニアだと思うので、このメンバーが支えていたからこそ、ツアーや西武球場というスタジアムでも熱狂的なパフォーマンスが実現したのではと想像します。リハーサルさえ観たいくらいの豪華な布陣ですね。白井若い時から力あるミュージシャンだったんだなということは、申し訳ないんだけど今頃になってすごくよくわかる(笑)。そういう人たちを私が、引っ張ってきたとは言えないけど、焚きつけて、もっとああして、こうしてってよく言ったもんだなって思いますね、今振り返ると。――今、改めてライブハウスという会場でロックなパフォーマンスをすることに意義を感じます。今回はスタンディングですか。白井今回はスタンディングではないです。これまでの周年ライブではファンの感想で「貴子のライブはやっぱり疲れる」って(笑)。エンタテイメントとしては疲れさせてもいけないな、リフレッシュして楽しんで帰ってもらわなきゃ。私が促してますから、「そろそろ疲れたんじゃない?座って観ていいよ」って(笑)。――「SDGsカーニバル」と掲げた理由は?白井時代が21世紀になって、私たちが幼い頃は例えばベトナム戦争があってジョン・レノンが反対したっていう時代を音楽を聴きながら育った。今まさか地球でたいへんなことが起こるなんて考えてもいないし、未来は良くなるって思いたいんだけど、どんどん悪い方向に行っていると思うんですよね。だから私が30年やってきた環境のことも大きく伝える良いきっかけなんじゃないかと思って「SDGsカーニバル」と名付けた。FLOWER POWER実行委員会を立ち上げて、みんなで向かっていこうと臨む1日になりました。――「Foolish War」という曲を1986年の西武球場ライブで演奏する際のMCで「今日は西武球場の日だけど、長崎に原爆が投下された日でもあるので祈ろう」という言葉が今も心に響いていて…。白井よく覚えてますね!私も今も覚えています。世界ってその昔はとても大仰な感じに聞こえてましたけど、今ネットの時代になって、実際に世界中の人たちに音楽が届けられる状況になっていますから、望み大きく、世界の人たちに横浜の港町から届けるくらいの意気込みでやってもいいと思うんですよね。私たちは滾々とやるしか手がない。現地に行って食い止めるような力はないのはわかっているけど、でも何も言わないよりはちゃんと発信するということは大切だと思っています。――SDGsという観点から発信していきたいことはありますか。白井今年の6月にバイク冒険家の風間深志さんからご連絡いただいて、「バイクは自然と一体になるスポーツなのに、バイク乗りの人たちが意外と環境のことを考えてないので、貴子さんから言ってやってくれ」って言われたんですよ(笑)。私にとっては「NEXT GATE」というバイクの曲(編集部・注:80年代「鈴鹿8時間耐久レース」のテーマソング)を、2022年にエコとロックのハイブリッドなサウンドに仕立て直して配信していたので、これは良いチャンスだと思って、喜んで出させてもらった。そこで東北大学名誉教授の石田秀輝さんにお会いしました。石田先生は「地球は人間があと12年でちゃんと環境のことを考えた生き方をしないと、酷いところに手をかけることになる」と学会で発表された。私にとって「あと12年」という数字が響いて、「よし12年は続けよう」という意気込みで自分の中のモチベーションの大きな力にしたいと思ったんです。――5月には初の著書「ありがとうMama」を出版されましたね。白井私にとってはコロナ禍が幸いしたというか、歌うこともライブすることも止められる3年間でしたけれども、母がたいへんな状況を迎えていたので「介護をやれ」ということだなと思って専念したんです。母は私の活動の初期にステージ衣装を作ってくれてたんですよ。私、男所帯の事務所に入ったものですから、スタイリストの「ス」の字も知らないような人たちで(笑)。私が10代のときピアノの発表会とか大学入ってからも合唱団の衣装を母に作ってもらっていたので、ライブ衣装も私がデザインして、母と一緒に生地屋さんに行って。母の介護のことはファンには発信してこなかったけど、2019年、私が還暦のとき開催したライブでピアノの横にその衣装を並べて、「Mama」という曲を弾き語りで歌いました。親孝行と思って。素晴らしいメッセージをたくさんFacebookでいただいて、それを参考に母を介護して、痛むことも苦しむこともなく息を引き取ったんです。お通夜もお葬式も実家でやって。やり遂げたときに、本当にシンプルにそこで亡くなってお花いっぱい添えて、スッと玄関から出ていった姿をみて、ストレートでいいなって、「こういう一生って最高だよね、ママありがとう」と拍手する想いだった。在宅介護のことを知らない人も多いから伝えてほしいですって言われたのもあって、皆さんに助けてもらった気持ちにお返しすることも含めて本にしたいと思ったんです。――今後、どのような活動を展開していきたいと思っていますか。白井いつまで現役で音楽活動をできるかわからないけれど、まだまだ生み落としたい曲のストックが山のようにあるのです。曲は作ってもCDにしてない、配信もしてないとか、やらなきゃいけないことが山積みで。できればTHE CRAZY BOYSでもまた新しいことができればいいなって思いますけれど、今回のライブは1回で終わってしまうのか、続いていけるのか、分岐点になっていくと思うので、願わくば続けていけるようにしたいなって思います。35周年の頃は(メンバーのお子さんも加えた)「THE CRAZY BOYS+Jr.」を作りました。カースケの息子さん(河村吉宏)にドラムを叩いてもらった。その頃から自分の中ではずっと「SDGsカーニバル」のような気持ちで、次世代の子たちを想ってメッセージが届くように「Jr.」を作ったんです。周りのスタッフももっと発信したほうがいいよって今回、神輿を担いでくれたんだと思います。SNSの力で市民力もアップしてきているときに、アーティストにファンがついてくるだけではなくて、みんなで良いエネルギーを作ってタッグを組んで、良い方向に行こうという船出の時になったらいいなと思ってます。私は80年代のときにもっと大人が若い世代を牽引してくれたらいいのに、言ってくれる人が少なかったなと思う。自分は若い世代に向けて、未来に向けて言うだけじゃなくて自ら実践しなきゃと思っています。Text:浅野保志(ぴあ)Photo:吉田圭子ぴあアプリ限定!アプリで応募プレゼント★白井貴子サイン入り色紙を3名様にプレゼント【応募方法】1. 「ぴあアプリ」をダウンロードする。こちら() からもダウンロードできます2. 「ぴあアプリ」をインストールしたら早速応募!<公演情報>『白井貴子&THE CRAZY BOYS 未来へ咲かそう!「FLOWER POWER 2024」アルバム完全再現ライブ』日時:2024年1月20日(土) 開場15:00/開演16:00会場:KT Zepp Yokohama出演:白井貴子&THE CRAZY BOYS(Vo.白井貴子Gt.本田清巳Gt.南明男Ba.岡部晴彦key.片山敦夫Dr.河村“カースケ”智廉)料金:一般7,800円、中学生以下3,000円※全席指定※入場時ドリンク代が必要※未就学児入場不可チケット情報:()<リリース情報>白井貴子&THE CRAZY BOYS『FLOWER POWER』(アナログレコード)発売中価格:4,070円(税込)白井貴子&THE CRAZY BOYS『FLOWER POWER』(アナログレコード)ジャケット【収録曲】■SIDE A -Green Side-1. It Must Change2. Chance!3. Shining Dance4. Checkしてしまった!!5. Foolish War■SIDE B -Growing Side-1. My Glory Road2. Japanese -Girls & Boys3. Back Again4. 遥かなる想い~It must be changed5. Talk To Me特設サイト:<その他>初著作本「ありがとうMama」発売中詳細:公式サイト:
2023年12月27日アメリカで活躍するプロ野球の大谷翔平選手が、ある人物に贈ったクリスマスプレゼントが「すごすぎる」と話題になっています。サンタクロースも驚くであろう、『大谷サンタ』のプレゼントとは…。大谷翔平、背番号のお礼に『超太っ腹』プレゼント2023年12月に、およそ6年間所属していた『ロサンゼルス・エンゼルス(以下、エンゼルス)』から『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』に移籍した、大谷選手。大谷選手は『エンゼルス』時代、背番号『17』を付けていましたが、移籍先の『ドジャース』には、すでに17番を付けている選手がいました。しかし、大谷選手の移籍に伴い、17番を付けていたジョー・ケリー選手は背番号を譲ることに。ケリー選手の妻であるアシュリーさんも、そのことを快諾しました。ただ、これまで付けてきた背番号に少なからず愛着はあったはず…。そんな心配をはねのけるかのように、アシュリーさんはこんな動画をInstagramに投稿していたのです。※動画はInstagram上で再生できます。 この投稿をInstagramで見る Ashley Kelly(@ashleynicokelly)がシェアした投稿 投稿されたのは、アシュリーさんが17番のユニホームを庭に放り投げ、最後にペンでケリー選手の背中に新たな背番号である『99』を書き込むという内容の動画。ユーモアあふれる粋な動画に、多くの人から称賛の声が上がりました!この反響が、大谷選手の耳にも届いたのでしょう。日本時間の同月24日、アシュリーさんのもとに大谷選手から、驚きのプレゼントが贈られ…。 この投稿をInstagramで見る Ashley Kelly(@ashleynicokelly)がシェアした投稿 大谷選手がアシュリーさんにプレゼントしたのは、なんと高級車の『ポルシェ』!驚いたアシュリーさんは「人生で最もクールな日。ありがとう」と感謝をつづりました。アメリカのプロスポーツ史上最高額となる、10年総額7億ドルで『ドジャース』と契約した大谷選手の、さすがとしかいいようがない豪快なプレゼント。ネットでは、驚きの声が相次ぎました。・まさかのポルシェ!そんなことある!?神対応ですね。さすが大谷選手!・スケールが違う…異次元!かっこよすぎます。・惜しげもなく人のためにお金を使えるのがすごい。・最高のクリスマスプレゼントですね。惚れてまうやろ~!同年11月には、日本にある約2万の小学校にグローブを寄贈したことでも話題になった、大谷選手。野球選手としてはもちろん「大谷選手の人間性が好き」というファンが多いことも、うなずけますね。[文・構成/grape編集部]
2023年12月25日日本時間2023年12月10日、アメリカのプロ野球チームである『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』と、契約を結んだことを報告した、大谷翔平選手。同月15日に、ドジャースの本拠地である『ドジャースタジアム』で行われた入団記者会見で、入団への想いを語りました。本日はお集まりいただきありがとうございます。まず最初に、このような機会をいただき、今回選手としての自分を信じてくださった、『ドジャース』のチームのみなさんに感謝しています。ありがとうございます。そして、私にメジャーリーガーとしての最初のチャンスを与えてくださった『ロサンゼルス・エンゼルス』のみなさん。本当に、今振り返っても素晴らしく、大切で忘れられない、そんな6年間を、そんな思い出をありがとうございました。今回のフリーエージェントに際しまして、本当に多くの方とお話をさせていただきました。そのほかの球団も含めた球団関係者のすべてのみなさんに心より感謝を申し上げます。明確な勝利を目指すビジョンと、豊富な球団の歴史を持つ『ロサンゼルス・ドジャース』の一員になれることを心より嬉しく思うと同時に、今すごく興奮しています。およそ6年間所属していた『ロサンゼルス・エンゼルス(以下、エンゼルス)』や、球団関係者への感謝の気持ちとともに、『ドジャース』入団への喜びを伝えた、大谷選手。入団を決めた理由や経緯など、さまざまな質問が飛び交う中、注目を集めたのは大谷選手の愛犬についてでした…。世界中が注目!大谷翔平が愛犬の名前を公表同年11月17日、『最優秀選手(以下、MVP)』の受賞時に、メジャーリーグの専門チャンネル『MLBネットワーク』の中継に、愛犬とともに出演した大谷選手。愛犬とハイタッチし受賞の喜びを分かち合う姿は、世界中で話題になっていました。記者から「MVP発表の時から、世界中が愛犬の名前を知りたくて待ちきれないのですが、この場で発表していただけますか?」と質問されると、少し照れた様子で愛犬の名前を明かしたのです。『デコピン』っていうんですけど…。こちらの人はなかなか発音が難しいと思うので、もとの名前が『デコイ』っていうので、こちらの人に説明する時は、呼びやすいように『デコイ』って紹介しています。大谷選手の愛犬の名前は…デコピン!もともとの名前である『デコイ』から、連想したのでしょうか。ネーミングセンスからも、大谷選手の飾らない人柄が表れていますね。世界中が気になっていた愛犬の名前が明らかになると、X(Twitter)ではすぐさま『デコピン』がトレンド入り。「まさかのデコピン」「ワンちゃんの名前、かわいい」「私もデコピンになりたい」など多くの反響が上がりました。『ドジャース』への入団でさらなる活躍が期待される、大谷選手。その隣には、愛犬の『デコピン』が優しく寄り添い心を癒すことでしょう。[文・構成/grape編集部]
2023年12月15日日本時間2023年12月10日、アメリカで活躍するプロ野球の大谷翔平選手がInstagramを更新。アメリカのプロ野球チームである『ロサンゼルス・ドジャース(以下、ドジャース)』と、契約を結んだことを明かしました。同年11月、およそ6年間所属していた『ロサンゼルス・エンゼルス(以下、エンゼルス)』との契約満了で、フリーエージェントになった、大谷選手。今回、新たに『ドジャース』に所属することについて、『エンゼルス』の関係者やファンに向けて、「この6年間は自分の心に一生残り続けます」と感謝の言葉を述べました。サンケイスポーツによると、大谷選手の契約総額は10年で7億ドル(日本円で約1014億円)。これまでの米プロスポーツ史上最高額である、4億2650万ドルを大きく上回りました。 この投稿をInstagramで見る Shohei Ohtani | 大谷翔平(@shoheiohtani)がシェアした投稿 大谷選手は今後について、「チームのために最善を尽くし、最高の自分を追い求めることを誓います。野球人生最後の日まで、チームだけでなく、野球界のために努力し続けたい」と意気込みをつづりました。メジャー史上最高額となる大谷選手の移籍に、日本からは「さすがは世界の大谷さん!」「本当におめでとうございます。かっこいい!」といった声が上がっています。SNSではすべての想いを伝えることができないため、大谷選手は後日改めて記者会見を開くとのこと。これまで野球とともに人生を歩み、全力で試合を楽しんできた、大谷選手。その熱い想いは、会見を通して多くの人に届くことでしょう。[文・構成/grape編集部]
2023年12月10日メジャーリーグの『ロサンゼルス・エンゼルス』からフリーエージェントになった、大谷翔平選手。目覚ましい活躍は世界中から注目され、2023年11月17日に、今シーズンでもっとも活躍した選手に贈られる最優秀選手(以下、MVP)に選ばれたことで話題になりました。大谷翔平が日本人初の快挙MVPを2度目満票で獲得受賞を一緒に喜んだ『相方』は?投打どちらでも活躍できる『二刀流』で知られる大谷選手は、MVPにとどまらず、ふたたび快挙を成し遂げたようです。大谷翔平選手が『エドガー・マルティネス賞』を受賞!大谷選手は日本時間の同年12月1日、3年連続となる、『エドガー・マルティネス(最優秀DH)賞』を受賞しました。『エドガー・マルティネス賞』とは、年間でもっとも活躍した指名打者に贈られるもの。サンケイスポーツによると、MVPと『エドガー・マルティネス賞』の同時受賞は、史上初だった2021年以降、今回が二度目とのことです。また、『エドガー・マルティネス賞』の3年連続受賞は、2003~2007年にデービッド・オルティス選手が獲得して以来、2人目になるそうです。大谷選手の快挙に、「素晴らしい!おめでとう」「すごい~!」「朝から嬉しいニュース」といったコメントが上がっています。『ア・リーグMVP』『ア・リーグ本塁打王』など、数々のタイトルを受賞し、今オフは『8冠』となった大谷選手。来季の活躍にも、期待が高まりますね![文・構成/grape編集部]
2023年12月01日11月9日、ロサンゼルス・エンゼルスからフリーエージェントとなった大谷翔平選手(29)がInstagramを更新。日本国内にある約20,000校の小学校すべてに、各3つのジュニア用グローブ約60,000個を寄贈することを発表した。大谷選手は寄贈の意図として、《野球を通じて元気に楽しく日々を過ごしてもらえたら嬉しいです。このグローブを使っていた子供達と将来一緒に野球ができることを楽しみにしています!》と説明。太っ腹な振る舞いを、《やる事がかっこよすぎる》《どこまで魅力的なのでしょうか?》と日本中が絶賛した。しかし、この大谷選手の振る舞いにまさかの“難癖”をつける人物が。“元迷惑系YouTuber”のへずまりゅうこと原田将大氏は、同日自身のXを更新。大谷選手の顔写真とともに次のように噛みついた。《大谷翔平って野球を知らないの?全小学校にグラブを寄付するのは粋な計らいだな。だけど20000校に対して各3つのグローブしか寄付しないって…貧乏すぎだろ。野球は9人でするもんだろ?補欠だっているしグローブを使えない子はグレてへずまりゅうみたいになるぞ。一人一つ寄付しろよ小さい男だな》どうやら、グローブが3個ではチーム全員がつけるには足りないという指摘のようだ。原田氏の指摘は、大谷選手の心遣いに水を差す発言として受け止められており、批判的なコメントが多く寄せられている。《それすらも出来ないのに何一丁前に言ってるん。こんだけ寄付してくれるんだから感謝だろ》《大谷翔平が小さい男だったらお前はミジンコより小さい》《お前が寄付しろ》《大谷翔平を叩くなんて1000年早いぞ》《ならお前がやって見せろや》さらに、《好感度高い有名人に逆張りポストでプチ炎上狙いをする日々》《何でもかんでも 噛みつきゃいいと思ってるのか…》と逆張りによるアクセス稼ぎを指摘する声も見られた。
2023年11月09日アメリカのプロ野球球団『ロサンゼルス・エンゼルス』に所属して活躍している、大谷翔平選手。『二刀流』と称された優れた投打を生かし、2023年3月には野球の世界大会『ワールド・ベースボール・クラシック(通称:WBC)』で日本を代表して勇姿を見せました。幼少期から野球とともに歩んできた大谷選手は、その愛と笑顔を子供たちに届けることにしたようです!大谷翔平、全国の小学校に野球グローブを寄贈同年11月9日、スポーツシューズメーカーである株式会社ニューバランスジャパンは、同社と契約する、大谷選手に関する情報を発表。大谷選手が、日本国内の約2万校の小学校に、およそ6万個のジュニア用グローブを寄贈することを明かしました。今回寄贈されるグローブは、右利き用と左利き用、小学校低学年用サイズの3種類。野球とともにあった自身の少年時代を振り返り、「全国の子供たちに、楽しくキャッチボールをしてもらいたい」という想いから、この企画を実施するにいたったといいます。大谷選手のサインがデザインされたグローブは、同年12月から2024年3月までを目途に、順次、全国の小学校への寄贈をスタートするとのことです。なお、寄贈される小学校には、国公私立の小学や義務教育学校、特別支援学校も含まれます。育ち盛りな子供たちの、体力向上や健康促進を祈って寄贈される、大谷選手のグローブ。今回の寄贈について、大谷選手はこのように想いを明かしています。私はこのグローブが、私たちの次の世代に夢を与え、勇気付けるためのシンボルとなることを望んでいます。それは、野球こそが、私が充実した人生を送る機会を与えてくれたスポーツだからです。グローブを寄贈することで、子供たちが野球というスポーツに触れ、興味を持つきっかけになってほしいと願っています。大谷選手の行動に、ネットからは「本当にかっこいい。人として尊敬する」「『全小学校』というところに優しさを感じた」といった称賛と感謝の声が続出。きっと大谷選手の想いは、全国の子供たちにも伝わるはずです。そして、野球の魅力や大勢で遊ぶ楽しさを知っていくのでしょう。[文・構成/grape編集部]
2023年11月09日2023年11月1日、アメリカのプロ野球球団『ロサンゼルス・エンゼルス(以下、エンゼルス)』はInstagramを更新。所属する大谷翔平選手をはじめ、選手たちのハロウィンの仮装姿を公開し、話題を呼んでいます。大谷選手はどんな仮装をしているのでしょうか…こちらをご覧ください!※写真は複数枚あります。左右にスライドしてご覧ください。 この投稿をInstagramで見る Los Angeles Angels(@angels)がシェアした投稿 投稿の2枚目に写る、大谷選手が扮していたのは、ユニコーン!ユニコーンはアメリカの子供たちの間でも人気なコスプレの衣装です。レインボーカラーのトレーナーに、かわいらしい角が付いた帽子をかぶり、手にはお菓子がたくさん入ったカボチャのバスケットを持っている、大谷選手。普段試合で見せる、勇ましい姿とのギャップにクスッとしてしまいますね!ほかにも、マイク・トラウト選手は釣り人、ローガン・オーハッピー選手が魔法使いなど、選手たちはさまざまな仮装でファンを楽しませました。投稿には、日本のみならず海外からも多数のコメントが寄せられています。・大谷さんに何をさせているんだ!かわいすぎるだろ!・大谷選手とトラウト選手、なぜか真顔で笑った。・打つ!投げる!化ける!まさに三刀流ですね!・大谷選手がめっちゃかわいい。ちょっと内またなのが最高です。伝説の生き物であるユニコーンは、『生きる伝説』とも称される大谷選手にピッタリな仮装かもしれませんね。お茶目な姿に、多くの人がハートをつかまれました![文・構成/grape編集部]
2023年11月01日