経済キャスターの鈴木ともみです。今回は、前回に続く、連載コラム『経済キャスター・鈴木ともみが惚れた珠玉の一冊』夏の特別企画・スペシャル対談の第ニ弾/後編です。対談のゲストは『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』の著者・大阪経済大学 経営学部 客員教授の岩本沙弓さんです。同書は多くの読者の共感を得ており、すでに4刷のベストセラーとなっています。公式データを基にしたファンダメンタルズ分析やテクニカル分析に加え、第三の分析・裏取り&裏読みを駆使した岩本さんならではの鋭い洞察。その奥深い分析力にあふれた内容は、私たちの知識欲を満たしてくれると同時に、心をも動かしてくれます。今回は、同書の『隠れテーマ』も探りつつ、できる限り真実を浮かび上がらせる対談を目指しました。鈴木 : 前編でお話いただいた『日本破綻論』『円高悪玉論』といった私たちにとっては当たり前の解釈となっている考え方が、実は「巧妙なプロパガンダのもとに成り立っている」その事実を知らされないのは恐ろしいことですね。岩本 : そうなのです。特に『円高=悪』の考え方は、あらゆる事実を覆う隠れ蓑になっていますから、経済も金融マーケットもゆがめられてしまいます。鈴木 : いきなり核心に触れてしまいますが、具体的に何をするため、何を守るために『円高=悪』のプロパガンダが必要なのでしょうか。岩本 : 端的に言えば、いつでも必要な時に、ドル買い円売りの為替介入をしたいため…ということになるのかもしれません。鈴木 : 橋本元首相のコロンビア大学でのコメントについては、頭サビで会話をしたがる欧米人と、起承転結で話を進めようとする日本人との差がはっきり出ましたね(笑)。当時は、日本のマスコミも、米国メディアが発信した情報をそのままのニュアンスで伝えました。こういった要人発言をつぶさに検証するスタイルは、いかにも岩本さんらしいです。橋本元首相の実際の行動の裏に隠れている本音と建前が見えてきますよね。岩本 : 結論を言ってしまえば、日本が米国債を買ってあげる事で、米国の借金を穴埋めしてあげてるわけです。当時の日米構造協議のなかで、橋本元首相はこんな記録を残しています。それは「米国がドルの価値維持に関心がないならば、こちらも交渉手段の一つとして日本が保有する米国債を売ってもいいのですよ」と言いたくもなったということ。ドル安のなかで、日本がドル買い介入をし、米国債を購入する。その後為替が円高になると、米国は自国の借金を目減りさせることができるのです。鈴木 : 『円高=悪』のプロパガンダを信じると、日本のドル買い円売りの為替介入がある度に、為替のトレンドが変わるのではないか、株式相場が好転するのではないか…などと期待を寄せてしまいがちですが、それではなかなか収益が上がらないままの状態になりますね。岩本 : そうなのです。やはり冷静な判断が必要で、仮に自分が少数派だったとしても、思い込みを捨て、相場をニュートラルに見極めることが大切です。プロパガンダ抜きの本当の相場の姿を知ることが、収益を上げるための第一歩と言えます。鈴木 : その上で、この本のメインタイトル『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』というお話が活きてくるわけです。同書は、プロパガンダ抜きで、これからの相場の姿を見通していきましょう! という内容です。ズバリ、今年から2016年にかけて米国主導のバブルになるとの分析ですね。岩本 : はい。量的緩和策による過剰流動性のなかで、バブルが生まれます。バブルが生成される場所は、金融市場であり、コモディティ(商品)市場となります。鈴木 : 投機マネーが金融市場に流入してくるということですね。分析のなかで、私が「おや?」と思ったのは、『金の部分本位制』の話です。『金本位制の再開』をも視野に入れつつのドル高、ドルの復活ということですね。岩本 : 金部分本位制は極論ですが、実は通貨体制は約30年単位で変化してきています。1944年ブレトン・ウッズ体制(金本位制)→1971年ニクソン・ショック(変動相場制)→1999年ユーロ誕生。30年間を一つのスパンとすると、次の新しい通貨体制が確立するのは2030年頃となります。その「大転換」に向けて世界は動き始めている、そのようなイメージです。鈴木 : 2030年というと、まだ十数年先の話ですが、その長期的な見通しのなかで、短期的には、今年中にもドル高円安に転換するというお考えですか?岩本 : そうですね。今年は世界が注目する一大イベントとして米大統領選があります。もちろん、結果は出ていませんが、大方はオバマ大統領が二期目も就任するだろうとの予測のようです。であるとするならば、過去に二期に渡って政権を握った例を振り返ると、レーガン、クリントン、ブッシュといずれも一期目と二期目とで、為替政策をガラリと180度転換させているのです。仮にオバマ大統領が再選を果たした際には、これまでのドル安政策からドル高政策へと大きく舵をきって転換させる可能性があると考えられます。ただ、今から決め打ちする必要はなく、オバマ再選、そして来年の1月の一般教書演説を聞いて、ドル高転換を確認してからこちらも行動すればよいと思います。鈴木 : なるほど。ドル高への流れは条件次第で始まると言えそうですね。その流れのなかで展開される金融市場のバブル相場の内容や近未来の見通しについては、第1章「資本主義最後のバブルがやってくる」、第8章「恐慌前のバブル相場はどう動くのか近未来の予想」をじっくりお読みいただきたいですね。世界恐慌前の限定相場だということを前提とした上で!岩本 : そうですね。予想通りにバブル化したならば、2015年末までには全ての投資を引き揚げるイメージはしっかり持っていただきたいと思います。鈴木 : 岩本さん、今回も貴重なお話をありがとうございました。岩本 : ありがとうございました。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年08月09日経済キャスターの鈴木ともみです。今回は、連載コラム「経済キャスター・鈴木ともみが惚れた珠玉の一冊」夏の特別企画・スペシャル対談の第ニ弾/前編です。対談のゲストは『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる~それでも日本が生き残る理由~』の著者・大阪経済大学経営学部客員教授の岩本沙弓さんです。同書は多くの読者の共感を得ており、すでに4刷のベストセラーとなっています。公式データを基にしたファンダメンタルズ分析やテクニカル分析に加え、第三の分析・裏取り&裏読みを駆使した岩本さんならではの鋭い洞察。その奥深い分析力にあふれた内容は、私たちの知識欲を満たしてくれると同時に、心をも動かしてくれます。今回は、同書の”隠れテーマ”も探りつつ、できる限り真実を浮かび上がらせる対談を目指しました。鈴木 : お互いのコラムを読み合う仲ではありますが(笑)、対談は久しぶりですね。岩本 : そうですね。半年ぶりでしょうか。鈴木 : その間に、ベストセラーを出されまして…。すでに4刷、すばらしいですね。岩本 : 本当にありがたいことです。鈴木 : この『最後のバブルがやってくる』は、何度でも読み返したくなる経済書です。内容もかなり”ガチ”ですよね!「ガチ・ガセ=本物・偽物」で言う所の「ガチ」、そして本気の「ガチ」という両方の意味(笑)。岩本 : ありがとうございます。鈴木さんにそう言っていただけると嬉しいです(笑)。鈴木 : 「ガチ」だからこそ、浮かび上がってくる真実が、全編に渡って表現されています。そうしたなか、見えてくるのが「隠れテーマ」でして。岩本 : 「隠れテーマ」ですか…?鈴木 : はい。「ベストセラーの経済書に騙されるな!」というテーマです。岩本 : なるほど。そのように読み解いてくださるとは。鈴木 : と、言いつつも、こちらの本も堂々のベストセラーなんですけど(笑)。岩本 : …複雑です(笑)。鈴木 : 「ベストセラーの経済書に騙されるな!」の観点から読み進めていきますと、まずは、増税論議が騒がしいなか、日本の財政問題の矛盾点がみつかってきます。それは公式データを精査していけばわかることだったりしますね。岩本 : 私は、青山学院大学の大学院で、もともと経済企画庁におられた小峰隆夫教授の「経済白書を読む」という講義を受講していた時期があるのですが、小峰先生の授業は、データを基に経済的な真実は何かというアプローチが徹底されていて、とても興味深いものでした。「一般に信じられている説、ベストセラーの経済書にある説が正しいとは限らない」ということや、「データの中にこそ真の答えがある」ということを教えていただいたのです。鈴木 : どうしても、日本の債務対GDP比が220%近いとか、借金時計が1000兆円を超えたなどという情報が入ってくると、不安と焦りが募ってきますね。岩本 : もちろん、無駄な借金はすべきでないですし、中長期的な収入と支出のバランスを取ることは必要です。意味のない為替介入により、負債を増やすこともよしとすべきではないでしょう。ただ、経済学的に不適当な数字を基に、すぐに日本破綻論を掲げるのはとてもナンセンスなことだと思うのです。そもそも、基本中の基本の考え方として、「海外からの借金で成立している国」と、「自国内で収支を賄えている国」とでは、話は180度変わってきます。債務国でなければデフォルトは起きないのです。鈴木 : 岩本さんは、外為ディーラー業務の第一線にいらして、まさに現場の感覚を知ってらっしゃいます。マスメディアを通して私たちに伝わる情報に、やはり違和感を覚えるものですか?岩本 : 今は現場から離れているわけですが、いざ離れてみると、現場にいる頃には当たり前とされていたことが、市場取引の世界では全く別の解釈をされていることに驚きます。『円高悪玉論』もそのうちのひとつです。実際、日本が輸出大国なのかどうかを調べていけば、正しい結果が導き出されるはずなのです。鈴木 : 数で言えば少数の大手輸出企業=国際優良企業ですが、「円高に困っている」という声は大きく伝わってきます。例えば新聞などでよく目にする「1円円高が進むと、数百億円、あるいは数千億円の損失が出る」といった試算です。岩本 : 円高になると必ず登場する話題ですね。これも正確な数字と事実を知る必要があります。鈴木 : 『円高悪玉論』については否定できるデータが次々と出てきますね。なのに、当たり前のごとく根づいていている。まるで『円高=悪』という公式を浸透させたい勢力が存在するかのようですが…。岩本 : 実際、大手輸出企業のなかには円高を理由に下請けの中・小企業に対して支払うべき額から消費税を免除してもらうケースも出てきているようです。つまり、中・小企業側は消費税分の損失を被ることになります。一方、親会社である大手輸出企業側は海外の取引先に対してもともと消費税を払う必要はないわけですから、下請けの中・小企業に払う消費税分だけ得することになる。鈴木 : なんだか『円高悪玉論』はあらゆるご都合主義の言い訳にされている感じですね。さらにまだまだありそうな…。岩本 : そうなんです。もっと大きなスケールで『円高=悪』のプロパガンダが存在していると言えます。詳しくご紹介しましょう。(後編に続く)【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年08月02日財務省は今月に入って、一般会計決算(概要)を発表しました(。昨年は東日本大震災のため、経済活動の停滞を余儀なくされた状況があります。電力供給への不安もあり、停電によって工場などの操業はかなり制限もされました。そして為替市場では対ドルで戦後の最高値を更新し、長らく円高水準に留まっています。私自身は円高で日本経済全体が疲弊するとは思ってはいませんが、仮に円高によって打撃を受けるのであれば、法人税の税収は大幅なマイナスになるはずです。円高というよりも震災の悪影響を懸念してのことですが、2011年度は税収の落ち込みを予想していたのです。しかし、公表を見て唖然としました。国の税収は42兆8326億円と前年度超えの税収です。新聞などの報道によれば、扶養控除の見直しで所得税が13兆4761億円で前年度比3.8%増加したとのこと。国民にとっては負担が増えたことになり、これは素直には喜べないとしても、非製造業の業績回復によって法人税収が9兆3,514億円、前年度比4.3%のプラスとなりました。その結果、税収が新規国債の発行額を3年ぶりに上回ることとなったのです。これをポジティブ・サプライズ(予想外の良さ)と言わずして何と言いましょう。一般会計税収の決算額の推移(出典:財務省)歴史的円高の影響も限定的であったという点のほかに、「増税の論拠は税収減ではなかったのか。単年度とはいえ例外的な年だったにもかかわらず税収が上がっているのに、増税を求めるのはいかがなものか。何よりも、小売業が震災後何とか立ち上がってきている現状で、その売上げに水を指すような消費税を導入する必要があるのか。」―そんな思いに駆られるデータです。国民が日本国を維持していくための応分の負担をすることは当然ですが、民間の驚異的な回復力によって税収がアップしている、つまり民間がこれほどの努力をしているのに、しかも震災からようやく1年が経過したような時期に消費税の話を始めるのはやはり拙速に過ぎます。これまでは「税収に対してそれを上回る国債が発行されているのだから、日本の財政は破綻するのだ」と散々言われてきただけに、発行額を超える税収が震災のあった年にあったのだと知れば、皆さんも安堵するのではないでしょうか。政府の借金が1000兆円という数字に関しては政府の勘定の一部過ぎず、資産の話はされていない、というのは前回お話した通りです。それでも、資産があっても心配だという人もいるでしょう。過剰な債務は個人でも企業でもよくないことです。その一方で適度な債務は、企業活動をする上では必要となってきます。債務の金額についてはどこまでが許容範囲で、どこまでが過剰なのか、その線引きをするのが難しいのは事実です。例えば、原発に代わる新しいクリーンエネルギーが開発され、それを広く国民に利用してもらうための装置が必要となったとしましょう。その装置を大量に生産するために、クリーンエネルギーを開発した会社は工場の建設が急務となります。借金はないに越したことはありませんが、元手がない場合は銀行や投資家からの借り入れに頼らざるをえません。日本国中に行き渡るような装置であれば、大規模な工場建設が急務となりますので、負債も相当な金額となるはずです。企業自体の規模に対して、あるいは年間の売上に対して何倍もの債務を背負ったこの企業は間もなく経営破たんをする会社だと、果たして言えるでしょうか。会社には工場や土地といった資産もありますし、預金などもあるかもしれません。大量に新装置が売れれば、収益も倍増するはずです。むしろ成長産業としての期待を一身に背負うのではないでしょうか。企業であればこうした負債の全額返済を求められますが、政府の場合は全額返済を求められることはありません。政府の歳出・歳入のバランスが著しく欠いている状況が長く続くのはよいことではありませんが、今回のように税収が増加しているのであれば、ひとまず安心です。国債の議論に関しては、スケールを分けて考える必要があると思っています。非常に大きなスケールとして、そもそも債券を各国政府が無尽蔵に発行して、好きなだけ資金を調達してもいいのか、という命題があります。無尽蔵という部分でOUTだと誰もが思われるはずです。広義の意味で、「債券のそもそも論」は日本に限ったことではなく、世界中が現代経済の抱える問題として考える必要があると思います。極論ではありますが、仮に債券というシステムが成立しなくなった場合、いち早く経済が立ち行かなくなるのは海外からの返済を求められる日本以外の各国でしょう。日本などからの借金を踏み倒したとしても、それ以上借り入れ手段がないのですから、自国経済は回らず破綻です。海外へ貸し出している資金が踏み倒されたとしても、それでも日本の場合は何とか自国の資金で経済を回す余力があります。債券のシステムが成り立たなければ各国経済は大混乱に陥るでしょうが、海外からの借金に依存していない日本はまだ救われるでしょう。スケールをもっと小さくして、債券を発行して政府が資金を調達するというシステムが成立している現状においても、各国比で見た場合に、経済運営が最も危ういのは自分の国の中で資金の貸し借りを完結できない国です。その点、自国で賄えている日本は健全です。債券を通じての各国政府の資金調達の方法に問題はあるが、その中でも日本は「まとも」と言えるでしょう。ただし、現状で日本政府の返済能力に問題はないとしても、債券を発行して集めた資金が本当に国民のために使われているのか、つまり天下り先などに流れてはいないかなど、精査する必要は大いにあります。私は近々国債が暴落するとも、日本が経済破綻するとも思ってはいませんが、もしその可能性があると思うのであれば、不安をむやみに焚き付けるのではなく、破綻しないためにはどうしたらよいのか、それを考えようと言うべきではないでしょうか。日本はダメだから、自分の資産だけは何とか守って、外貨預金を、海外へ投資を、挙句の果てには海外に逃げろ…自分だけ何とかなればよいという論調であるという点で、感覚的にも受け入れがたいものがあります。紛争も戦争もなく、世界最高のインフラが整えられた日本で生活をする中での経済活動によって資産を蓄積したのであれば、日本が悪い状況にならないように考えるのが先決のはずです。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年07月12日日本銀行は6月19日に2012年1-3月期資金循環統計(速報)を発表しました(。資金循環統計では、日本で経済活動を行う主体を5つ(金融機関、非金融法人、一般政府、家計、民間非営利団体)に分け、それぞれの金融取引やその結果として保有された金融資産・負債について、金融商品ごとに記録しています。例えば国際収支ではモノやサービスといった実物取引を記載するものですが、資金循環統計では実物取引の裏側にある資金の流れや、実物取引とは独立した金融取引(借入れによる株式購入など)を扱うことになります。経済主体ごとに眺めることで、それぞれの資産・負債などの数値、どういった資産運用・借り入れを行っているのか、などがわかります。この統計をみれば日本の金融資産・負債の全体像を把握することができます。そこで、資金循環統計に含まれている「金融資産・負債残高表」を非常に簡素化した形にしてみました。残高ですから、これまで溜まりに溜まったそれぞれの資産と負債を示すデータです。5つの経済主体、そして各項目も細分化されていますが、見やすいように大枠だけを抽出しています。1~5までが日本国内の全ての経済主体であり、各項目の残高が示されています。メディアなどでは頻繁に「日本の個人の金融資産は1400兆円」といった見出しが登場しますが、この数字は家計部門(図中の家計4の枠)の資産残高合計として確認できます。今回の速報では1513兆円に増えています。そして、「政府の借金はとうとう1000兆円を超えた」というフレーズもよく見かけますが、これは一般政府(図中の一般政府3の枠)の負債残高の合計として確認できます。速報値では1099兆円になっています。意外と思われるかもしれませんが、これまで20年、日本の景気は悪い悪いと言われ続けてきた中でも実は家計部門の資産は増加してきた経緯があります。もちろん、増え方に差はありますが、政府の負債ばかりが増えてきたわけではないのです。(※日銀発表の資金循環表の政府の負債と財務省発表の政府債務残高は扱う項目に違いがあるため金額に差があります)「政府の借金1000兆円」にしても「個人の金融資産1500兆円」にしても、実は日本経済全体からみればほんの一部だけを取り上げただけの議論であることが、図表1から見てわかるかと思います。「負債が1000兆円であるのに対し、資産が1500兆円しかないのでこの500兆円を食い潰せば日本は終わりだ」といった指摘がありますが、見ての通り政府にはかなりの資産があります。一方、個人には住宅ローンなどの負債もあります。そして、他の経済主体も存在しています。したがって、統計の一部だけを取り上げての議論は非常に偏っていると言わざるを得ません。資金循環統計をデータ元として政府負債1000兆円、個人資産1500兆円という数字を使うなら、部分的ではなく全体像を見て語るのが正確な分析であり、フェア(公正)であるはずです。1~5の日本国内の経済主体のそれぞれ資産と負債を全て合計すると、日本国全体では270兆円の余剰資金があることがわかります。そしてこの余剰資金は海外へと貸し出されているのが6枠から確認できます。少しややこしいかもしれませんが、6の枠は海外から見た資産と負債という区分けです。つまり、海外勢が日本に持つ資産と海外勢が日本に負っている負債(=日本人が海外に持っている資産)となっていて、それを合算すると負債の方が大きくなっています。この海外のマイナス(▼263兆円)と日本全体のプラス(△270兆円)は項目ごとの四捨五入の関係でズレはありますが、ほぼ一緒の数字となっています。以前の回で日本の対外純資産は世界一という話をしましたが、資金循環統計の「金融資産・負債残高」の余剰資金は対外純資産253兆円とも近い数値となっています。対外純資産は昨年末の数字であるのに対し、今回取り上げている資金循環統計は1~3月期の速報値であること、2つ統計の間には部門分類、取引項目、勘定体系に若干の相違があることなどから多少差がありますが、対外純資産の数字と資金循環の資産・負債の合計はおおよそ同水準となります。政府にも資産があり、これだけの余剰資金が日本全体にあるのだから、今のままの財政で全く心配なし、というつもりはありません。基本的に無駄があればそれは削減すべきですし、政府の歳入と歳出のバランスが長期間に渡り崩れたままでよいわけはありません。ただ、日本の財政悪化から日本国債が大暴落を起こして間もなく日本が破綻する、あるいはハイパーインフレになるといった極端な議論には「待った」をかける必要があるでしょう。少なくとも現状では日本が破綻するような危機的状況からは程遠いということを、こうしたデータを見ることでわかってもらえれば、一般市民が詐欺まがいの投資話に乗ってしまうリスクを避けられるはずです。そして、日本の財政難が増税の理由にもなっていますが、負債1000兆円がごく一部の数字だとわかれば、実はそれほど切迫した状況ではないという事実確認もできるかと思います。本来であれば増税ありきで進む前に、その前提となる正確な経済状況を広く国民に知らせ、その上で増税の議論を進めるのが筋でしょう。ところで、資金循環統計では国債の発行残高とその保有者内訳が明らかにされます。3月末の国債発行残高は前年度比4.9%増の919兆円と過去最高を更新しました。これまで通り、保有者の9割以上が日本国内の経済主体である状況に変化はありませんが、海外部門の数字を詳しくみると保有残高は前年度比23%増の76兆円、国債残高に占める海外投資家の構成比8.3%は年度末ベースで過去最高となりました。海外勢が積極的に日本の国債を購入するということは、日本の財政が破綻するとも、日本国債が暴落するとも思っていないということです。つい先日も日本を格下げした格付け機関もありましたが、海外投資家は全く気にしていない、ということがわかります。こうした状況をこれまで日本国債暴落説寄りだったメディアはいかに伝えるのだろうか、と思って眺めていました。それ以前に発表されていた国際収支統計で、中国の日本国債の保有比率が2011年末時点で約18兆円、前年に比べて71%増加して過去最高だったという報道と相俟ってでしょうか、(中国の日本国債の保有残高が増加しても日本国債残高全体でみれば8.3%に過ぎないという点には触れずに、)71%の部分だけを強調して「海外勢が日本を浸蝕」といった極端な表現もありました。日本国債が売られると言っては騒ぎ、買われても騒ぐのですから、節操がないという一言に尽きるかと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年06月27日このコラムは最新の経済分析を中心にお伝えするという主旨のもと、スタートしましたが、今回は少しだけ目先を変えて推薦図書とさせて下さい。経済の”裏読み”とは関係ないではないか、と思われるかもしれませんが、実は関係があるのです。わたくしの新刊をご購入、お読みいただいたということで、何ともありがたいことに西鋭夫先生からお声掛けをいただき、直接お目にかかることができました。スタンフォード大学内にあるフーバー研究所教授であり、日本では麗澤大学でも教鞭を執られている先生は名著『國破れてマッカーサー』の著者です。題名が示唆するように、この本では第二次世界大戦後のGHQ占領下の日本がテーマとなっています。こうした内容の本はとかく、過度な親米・反米に偏るか、あるいは陰謀論を持ち出すことで読み手にいくばくかの衝撃を与えるか、言うなれば小手先の技巧を使って興味をそそるように仕向けるものが多いように思われます。私自身もそうなのですが、そういった偏重や扇動、著者の恣意性に嫌気がさして、この時期の日本に触れた本を手に取ることに躊躇(ちゅうちょ)するという方も多いかもしれません。この本が他との一線を画しつつも強いメッセージを発するのは、内容が米国の公文書という本物の史料に基づいているから、というのは誰もが認めるところでしょう。先生は米国留学中に米国政府の重要文書が全て保管されているアメリカ国立公文書館に出向き、日本の戦後に関する資料を網羅した最初の人です。なぜ最初と言い切れるか。米国では機密文書の全面公開は30年後とされています。30年経過した日本占領に関する生の史料を入れた数十にも及ぶ箱の上には、うっすら埃(ほこり)が積もっていたといいます。指紋がついていない箱の中身は、30年後に先生を通じて息を吹き返すことになるわけですが、開封する時には「生き埋めにされている日本の歴史に対する畏敬の念」で気持ちが高ぶったと書かれています。歴史的に重要な生資料だけで「話」を進めてゆくように努力した-そう指摘されているように、「はじめに」と「おわりに」を除いて恣意性を極力排除した筆致が続きます。抑制の利いた文章であるにもかかわらず生の史料が訴える力は強いものです。てっきり筆者の主張のように受け取っていたことが、実は読み手である自分の思いが反映されての錯覚だったという箇所を、何度となく読み返すうちに気が付きます。私がディーラーとしての道を進むことを決意して、転職した先の外資系銀行で出会った叩上げディーラー(今でも現場で第一線におられますので、性別・国籍も含めご本人のプライバシーに関わる記載は避けます)の方に、沢山のことを教えてもらいました。時にそれは耳を塞ぎたくなるような真実だったりしたわけですが、「この世界で生き残りたいなら現実を、そして真実を直視しろ」、そう教えてもらったような気がしています。相場で勝つためには日本発の日本経済への偏った見方を変えなければならいこと、日本の一般の経済分析が変調をきたしているのは、大もとを辿れば実は日本の置かれた歴史的背景にあるということ、相場の動きを見ながら折に触れさまざまなことを教示してくれたものです。中でも印象的だったのは「日本は米国の戦利品」「勇猛果敢な日本を無力化することこそが米国の目的」さらには「イラク占領の指針となっているのは日本占領」などなど、いささか過激な内容のものでした。しかしながら、この歴史的背景の部分を理解していないと、変動相場制以降徐々にドル高に進んだ後になぜ急激なドル安に見舞われるのか、日本政府が為替介入と称して国民の資産を使い、減価するのが明らかな米ドルをなぜ大量に購入するのか、その根本的な理由がわからない―。西先生も、外銀での同僚も反米・親米どちらでもありません。私自身も米国で生活をした実体験があるだけに一般の米国民に対しては親愛の情を持っていますし、過去に遡るほど為替介入の実績などを封印している我が国に比べれば、機密書類の全面公開に踏み切る米国の懐の深さ、公平さには敬意を表しています。「とはいえ、米国の公式見解で日本の無力化などが出てくるものだろうか」、という当時の私の疑念を見事に払しょくしてくれたのが「國破れてマッカーサー」であったわけです。少しだけ内容を紹介すると、例えば、戦争終結のためにはいたしかたなかったとされる原爆投下について。日本政府は蚊帳の外のまま、日本再軍備の必要性を説く国防省(ペンタゴン)と反論するマッカーサー、1950年の日本のGNP3兆9,470億円のうち1/3を占めた朝鮮戦争特需。占領行政の中で優先されたのは日本の教育制度の再建ですが、その教育制度を占領遂行の「道具」と言い切る電報の存在など、次々飛び出す事実には誰もが驚き、その延長線上に今の日本があることにあらためて気が付くはずです。こうした内容は好むと好まざるとにかかわらず広く世に知られる必要があると思いますし、今の日本を包む閉塞感が何に起因しているのか、その手掛かりにもなるでしょう。相場取引でも、国の進む道でも、我々が的確な判断を下さなければならない状況に直面した際に、真実の直視は非常に重要な指針になると思われます。最後に打ち明け話を少々。無条件降伏ならぬ「無条件民主化」と題された英語の論文「Unconditional Democracy」がこの本の原文ですが、米国での発表後に米国の対外諜報活動機関であるCIAが先生をエージェントとしてスカウトにきたそうです。諜報部員となれば夢のような生活? が待っていたわけですが、米国籍となる項目も含んだ契約書にサインを求められた先生は沈黙。出した答えは「No」でした。CIAの誘いを断るなど前代未聞の出来事だったのでしょう、スカウトも慌てふためき理由を問いただします。「ここで自分の国を裏切るものは、将来お前の国も裏切る、そんなやつを雇う気なのか」この言葉に当のCIAのスカウトが涙したそうです。それから2年間CIAからのオファーを断り続け、「real last Samurai」の異名を持つ先生です。以下は、先生から頂戴したお言葉です。「平成は、昭和の初めではありませんので、物書きのプロは、プロのプライドを持って『真実』を武器にして戦うのです。敵はすくんで、逃げております。」”最後のサムライ”を前にわたくしも身が引き締まる思いがしました。そして物書きのプロとして背中を押していただいたと受け止め、執筆に勤しみたいと思っています。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年06月13日世界一高い電波塔である「東京スカイツリー」が開業したその日、実はもう一つ、日本が世界一であることを示すニュースがあったのに気づかれたでしょうか。これまで、このコラムでも日本が裕福である証拠の1つとして取り上げてきた「対外純資産」ですが、この度晴れて『21年連続世界一』の偉業を達成しました。そこで、今回はあらためてこの数字をクローズアップしたいと思います。財務省が発表した2011年末の対外資産負債残高によると、日本政府や企業、個人が海外に保有する資産から海外勢による対日投資(負債)を差し引いた対外純資産残高は253兆100億円となっています。日本国内には経済活動を行う主体として、政府があり、企業があり、個人がいます(日銀がデータを出す際にはこれらに金融機関やNPOなども加えて、日本の経済主体としています)。それぞれの経済主体はお互いに資金の貸し借りをして日本経済全体をまわしているわけですが、そうやって日本国内で資金の融通をし合っても日本国内で使い切れないお金が昨年末の時点で253兆円あったということです。この国内で使い切れない、あまり余った金額は昨年末時点で世界一であり、なおかつこのこれまで21年間連続して、日本は世界一の立場を維持しています。参考までに、2002年以降の主要各国の対外純資産の推移は図表のようになっています。【出典:財務省、単位:兆円】日本はここ数年250兆円前後のプラス、米国はそれに相対するかのような金額のマイナスになっています。日本、中国、ドイツ、スイス、ロシアがプラスですから、国全体で見た場合に資金を海外に貸している債権国となります。そして米国を筆頭にカナダ、英国、イタリア、フランスが海外からの借金で自国経済を賄っている債務国ということになります。債務危機に揺れるギリシャは当然のことながら、対外純負債を抱えた債務国です(2010年のIMFのデータで見ると、ギリシャの負債額はカナダと英国の中間ぐらいの金額になっています)。余談ではありますが、日本経済が間もなく破綻するような論調が根強くありますが、日本の財政がいよいよ逼迫してきたとなれば、まずはこうした海外へと貸し出している余剰資金が日本国内に戻ってくるはず、と考える方が自然ではないでしょうか。何も難しい話ではなく、自分の懐(自国全体)に余裕がなければ他人(他国)にお金など貸せません。言うなれば現状は、日本が世界最大の資金の貸し手として各国のファイナンス(=借金の穴埋め)を担っている立場です。仮に日本が財政破綻をするなら、その前に日本からの借金に依存している債務国の経済の方が先に立ち行かなくなるでしょう。そういう意味で、こと「対外純資産」という指標から考えると、日本が世界一の立場を維持している今、他のどの国と比較しても最も経済破綻がしにくいのが日本であると言えるかと思います。誤解のないように申し上げておきますが、だからと言って今のままの財政状況でよい、あるいは無駄遣いを善しとしているわけでもありません。破綻の論調に煽られることなく、現状分析をキチンとした上で、「それではお金をどう使おうか」という議論をすべき、ということです。世界一を誇る豊富な対外資産をどうやって日本は積み上げてきたのか。それにはこのコラムの第3回、第8回で取り上げた経常収支と関係があります。例えば、経済産業省の発表している「通商白書」(平成18年6月発表)の中では、対外純資産と経常収支の関係について、「我が国は経常収支黒字の累積の結果として対外純資産を積上げてきた」としています。そして、対外純資産は海外への投資となるので、「対外純資産(ストック)の増加を収益源として果実である所得収支(フロー)を計上してきた」と指摘しています。つまり、日本の経常収支は毎年黒字でしたから、それがずっと蓄積され、さらに海外に投資されてきた結果、海外からの配当金や利息の受取りである所得収支もプラスとなります。それもまた国内で使い道がなければ、海外への投資へと向かいます。累積された経常収支のプラスが増えれば増えるほど、対外純資産も所得収支も増える、という構図です。財務省による2011年末の対外資産負債残高が発表は、「東京スカイツリー」の開業と重なって、すっかり影を潜めてしまったわけですが、同じ世界一ならばついでにこちらも取り上げてくれてもよいものを、と思ってしまいます。債務危機に揺れるギリシャと日本の扱いを同じくする声もさすがにここに来て少なくなりましたが、こうした論調にいかに無理があるか、「東京スカイツリー」一つを取り上げてみてもわかるかと思います。高さもさることながら、それを支える技術も世界最高峰を誇る電波塔が、今のギリシャの下町に建ちますか? ということを冷静に考えれば、答えは自ずと出てくるはず。それがつまりは本質的な経済力の差とも言えるでしょう。ところで、『対外純資産21年連続世界一』の発表後になりますが、海外の格付け会社による日本国債の格下げのニュースが伝わってきました。ちなみに、この格付け会社では債務国である米国、英国、フランスの格付けは最上級です。日本は今回の格下げによって21段階ある格付けの中でも上から5番目となり、スロバキアなどと同じ水準とのことです。いくつか理由はあげられていましたが、根本的な話として、お金を貸している国よりも借金している国の方が、さらには欧州債務危機の余波をもろに受けそうな国の方が格上というのですから、キツネにつままれたような気分になります。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年05月31日前回、ゴールデンウィークは相場が荒れやすいとコメントしましたが、今年も波乱要因はユーロでした。特定の波乱要因を王道と表現するのはいささか語弊がありますが、実際に国際金融市場の最前線で取引をする人たちにとっては、欧州債務危機の再燃は相場を動かす因子としては極めて順当だったと言えるでしょう。ここにきてフランスの大統領選、ギリシャの選挙など欧州にとって悪い材料が一斉に出てきたように思われるかもしれません。しかし、思い出して下さい。昨年の年末から今年の年初にかけて、世界中はユーロ悲観論で一色でした。しかし、今年の2月から4月まではやや楽観的な見方に変わっていました。昨年の時点から現在に至るまで、欧州債務問題を抜本的に解決するような提案は何もありません。したがって、極論ではありますが、フランスの大統領選やギリシャの選挙がどうであれ、いずれにしてもユーロ危機が早晩再燃するというのはむしろ当然の成り行きだったと言えます。今年の1月中旬の事になりますが、この連載の第1回目と第2回目でユーロ危機の解説をしました。その際に申し上げたのは、短期的には昨年12月に実施されたECB(欧州中央銀行)による3年物の資金供給オペ、通称LTROが功を奏して通貨ユーロの買い戻しが優勢となるが、事態は収束と悲観を繰り返しながら危機そのものは長丁場になる、というポイントでした。そして、欧州危機に関してはもう2年近くも放置されたままです。ユーロの原則であるマーストリヒト条約に則ればギリシャをユーロから切り離すのが妥当という点にも触れました。原則を無視しているのですから、ギリシャの債務負担を、そしてギリシャだけでなく、他の欧州域内で財政が悪化している国の負担を、欧州全体で抱え込むことになります。となれば、欧州全体でみれば債務問題が波及し経済・財政状況が悪化することはあっても、改善の方向は見出しにくくなります。そうした観点からすると、長期的にユーロは下落する方向と見ざるを得ません。しかし、たとえ進む方向が明らかだとしても、どのような相場でも一直線に下落するわけではないのです。市場で取引されている為替レートは上下動を繰り返しながら、ある程度の時間をかけて下落するものです。一般の解説や分析では登場することはないかと思いますが、この『時間軸』の概念を頭において置かないと、ディーラーとしては「相場の方向は当てられたのに、実際の取引では損失をだしてしまった」という状況になりかねません。通貨ユーロの崩壊まで最悪のシナリオを市場が織り込んでしまったのが今年の1月中旬。やがてユーロの崩壊や再編の可能性はあるにしても、それが実際に今年の1月に起こるわけではなかったために、悪い材料を先取りして動いてしまった分は、そうでなかった場合、元に戻ってしまうのです。それが2012年年初までのユーロ売り、その後のユーロの買い戻しの動きです。昨年後半、欧州の金融機関の破たん、あるいは欧州域内の国のデフォルトなど最悪の結果を予想しながら、為替市場で市場参加者のユーロ売りが過度になりつつある時に、登場したのが「LTRO」でした。これは資金不足となっていた金融機関の目先の資金繰りの改善には非常に効果的な政策です。資金調達の難しかった欧州の銀行は、保有する債券をECBに持ち込めば、それを担保にお金を借りることができるのです。しかも、通常こうした担保として適格とされるのは国債など安全なもののみと限られていますが、「LTRO」では担保として認める債券の種類の基準を大幅に緩めたのです。言うなれば、これまで何の役にも立たないと思われたただの紙切れまでもが、突如お金の代わりになったのですから、その効果は絶大です。初めて今回のLTROについて報道がされたのは2011年11月24日のことでした(。その決定が欧州の政策金利0.25%の引き下げとともにECB理事会から公式発表されたのが12月8日です。しかし、市場は利下げ幅が小さいこと、LTROも事前の予定通りということで、むしろECBの決定に失望し、通貨ユーロや欧州の債券を盛んに売っていました。ここに「LTROの効果」とそれに対する「市場の認識」に大きなギャップが生じたと言えます。つまり、市場参加者は見方を間違ったのです。こうした市場の間違いというのは実はよくあることで、だからこそレートが上下動すると言ってもよいでしょう。そして、市場参加者の思惑と実態との乖離にいち早く気が付いて取引をし、収益を上げるというのがディーラーの仕事の1つでもあります。結局はこのLTROによって「経済の血流=お金の流れ」が止まってしまう、経済システム自体の破綻という最悪の状況を何とか避けることができたのです。したがって、最悪の状況によってもたらされる欧州の金融機関の破たんや域内の国のデフォルトの可能性も消失しました。市場がそれに気が付いたのが早い人で1月下旬、遅い人で4月ということです。LTROが見直される過程でユーロは買われ上昇しました。12月8日の時点でLTROの第一回目は2011年12月21日、第二回目は2012年2月29日と発表がされていました。第3回目の予定は未定で、そもそも実施されるかどうかもわかりません。ということは第二回目のLTROが行われる前後までは、市場は欧州債務危機に対して一安心とみてユーロを買い戻しするだろうが、それが一巡すればまたユーロ危機は再燃し、ユーロも下落するという時間軸の予想が立てられます。というのも、金融経済システムの崩壊を防ぐという点ではLTROは確かに効果がありますが、これでユーロの債務問題が全て解決したわけではないからです。市場は2月29日以降も、つまり再度欧州債務問題の再燃に向けて気を引き締めなければならない時期でも、しばらく楽観視が続いていました。したがって、今回のようなフランス、ギリシャの選挙結果などを受けると、市場参加者は再度悲観に大きく傾くことになり、通貨ユーロも急激に売られやすくなっていると考えられます。さて、今後のことですが、先述の通り相場は一直線に動くものではありません。”悲観”と”収束”を繰り返しながら長期的にユーロは下落するという以前からのイメージに変化はありません。私自身の経験上、相場取引で最も損失を出しやすいのは自分自身の気持ちに動揺がある時です。相場取引だけでなく、こうした欧州問題を眺める時は出てくるニュースに一喜一憂するのではなく、大局的に一歩引いて眺めるのが得策と思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年05月17日オスカー女優ティルダ・スウィントン主演で贈る衝撃作で、昨年度ロンドン映画祭にて見事グランプリを受賞したエモーショナル・サスペンス『少年は残酷な弓を射る』。その過激すぎる内容から世界各国で話題となった原作本が、このたび日本で発売されることが決定した。母親に対して異常なまでの悪意と執着心を抱く息子と、そんな我が子に戸惑いながらも愛情と恐怖との間で葛藤する母親の親子の関係を緊張感たっぷりに描いたミステリー。「何故、そこまで…?」という疑問を抱いた瞬間に、観る者はさらなる恐怖に襲われる。既に劇場公開されている各国では、成長と共に息子・ケヴィンの中で膨れ上がる母親への憎悪、その怖ろしき“報復”のかたちが多大な衝撃をもたらしている。そして、その原作本「We Need To Talk About Kevin」の評価は、まさに賛否両論。400ページにも及ぶ長編小説で、著者ライオネル・シュライバーは本作で英国女性作家文学賞の最高峰であるオレンジ賞に輝き、英米ではベストセラーとなった一方で、「我が子にここまで愛情を感じられない母親なんているわけがない!」と過激な内容に対して激しい反応も…。海外評を耳にした日本の出版社は当初、当然ながら国内での発売に及び腰で出版は難航を極めた。だが、本作のもつ“母になることへの怖れ”や“生まれてくる子を愛せないかもしれないという不安”という、多くの女性が感じていながら決して口に出すことのなかった真実に共感した女性編集者が出版を決意し、今回の発売に至ることとなった。原作ストーリーがもたらす衝撃に加えて、この物語の中心となる母子役として抜擢された2人の演技も強烈!『ナルニア国物語』シリーズや『ミラノ、愛に生きる』などで厳しくも美しい、“甘くない”女性を演じてきたティルダが息子の扱いに葛藤する母親を、“魔性”と表現するに足るその危なげな美しさで話題となっている新星エズラ・ミラーが息子のケヴィンを怪演。ティルダは51歳とは思えない美貌も凛としたオーラも何もかもの一切を、エズラ扮する息子の悪意によってことごとく奪われていく…。原作のもつ過激さを一層加速させるキャスティングにも注目の本作。まずは「心の準備を…」と考える方は、原作をチェックすることをオススメしたい。『少年は残酷な弓を射る』は6月30日(土)よりTOHOシネマズ シャンテにて公開。「少年は残酷な弓を射る」価格:1,700円(上巻・下巻ともに)出版元:イーストプレス発売日:6月15日(金)■関連作品:少年は残酷な弓を射る 2012年6月30日よりTOHOシネマズ シャンテにて公開© UK Film Council / BBC / Independent Film Productions 2010■関連記事:【ハリウッドより愛をこめて】“笑い”でオスカー助演俳優部門を席巻する、注目の2人いよいよ決戦!アカデミー賞候補発表『ヒューゴ』VS『アーティスト』の一騎打ち?
2012年05月15日改革開放(1978年からの経済立て直しのための中国国内の体制改革、対外開放政策)以来、中国はこれまで2回の大きなインフレに直面してきました。1回目のインフレは1988年に発生しています。鄧小平氏による価格改革を起因とするインフレは国民生活を圧迫することとなりました。共産党に対する国民の不満は、1989年の天安門事件でピークを迎え、改革開放も一時中断となりました。2回目のインフレは1994年のことです。その背景には1ドル=5元台だった人民元を一気に8元台まで切り下げたことがあげられます。通貨安は輸出には都合がいいですが、第9回でふれたように、輸入品価格を上昇させ、インフレをもたらすことにもつながります。当時、米クリントン政権は中国との関係を重視していました。米ドル高・人民元安となれば、米国はより安く中国の労働力を利用することができます。そして中国は輸出で儲けることができます。ここで二国の利害が一致したわけです。ちなみに、1994年から1995年にかけてというのは、ドル/円レートが当時の史上最高値である1ドル=79円台まで円高が急激に進んだステージです。米ドルは中国元に対しては究極のドル高、逆に日本円に対しては究極のドル安となったわけです。米国からみた世界の工場としての役割がそれまでの日本から中国へとシフトした期間であったとも言えるでしょう。中国の1回目のインフレから2回目のインフレにいたる期間、急激な元安が進んでいるのが図表から確認できるかと思います。その後、元が米ドルと固定されることによってそれ以上の元安進行に歯止めがかかり、激しかったインフレも落ち着いた状況がわかります。2005年以降の極めて小幅で段階的な元切り上げが実施されていたときは、世界的にみれば新興国の経済成長と米国の住宅バブルが重なって、食料品や資源価格が高騰していった時期と重なります。原油価格がうなぎ上りとなり、WTIはピークである1バレル=147ドル台をつけたのは2008年7月でした。もし元の切り上げが実施されていなければ、この間の中国の輸入物価は上がっていたはずですから、中国のインフレ率ももっと上昇していたでしょう。その後、サブプライム危機が深刻の度合いを増していき、リーマン・ショックへと続きましたので、世界的な経済活動も低迷することとなりました。原油の需要も後退し2008年12月には1バレル=40ドルを割り込むまでに急落をしています。原油価格そのものが安くなれば、元を米ドルと固定して=元高が進まないようにして、元安水準で維持してもインフレが進むことはありません。そして世界経済が回復基調となり、原油・食料品などが再度上昇をし始めた2010年の段階では、小幅な元高が進むような通貨バスケット制度に戻しています。これで中国国内ではインフレ抑制効果が期待できます。結果的に中国は資源価格の推移や世界経済の動向を見ながら、通貨バスケット制度とドルペッグ制とを上手く使い分けをすることで、これまで長らくの間5%前後のインフレ率にとどめることができた、ということになります。そして、変動幅を今回1.0%まで拡大させたということは今後、元高方向を中国当局としても望んでいるとも考えられます。というのも、国内の自動車の保有台数、電力需要の増加を考えれば原油などの一次産品の輸入増加は必至です。製造業にとっては確かに元安がいいわけですが、輸入インフレを抑えるためには元高であることが望まれます。これからの世界的な資源価格の高騰を視野に入れているからこそ、変動幅拡大がこのタイミングで実施されたとも考えられます。中国にビジネスで頻繁に訪れている友人の話によると、モノにはよりますが、数年前から中国での価格が日本と遜色ないような製品が出てきたといいます。中国の人件費も年々上昇しており、もはや世界の工場として低賃金労働を提供できるような状況ではなくなりつつあることの象徴と言えるでしょう。たとえ変動幅が1.0%という微々たるものだとしても、ある程度の期間を経て元高となれば、中国の製造業には大きな打撃となります。総務省統計局が発表している2009年対GDP貿易依存度によると中国のGDPに対する輸出比率は24.5%となっています。日本の輸出比率は11.4%ですから、日本の2倍以上、経済成長を輸出に依存しているのが中国です。日本と比べれば断然比率の高い、中国の輸出の中核を現在なしている製造業を見捨ててまでも、インフレの対応にシフトしてきたー国民生活が深刻な打撃を受け、政治的・社会的な反発が出かねないインフレに対して中国政府は警戒をしているはずです。そしてさらに注目すべきは、以前から主張してきたことではありますが、今年の全人代(全国人民代表大会)においては特に、経済成長優先路線を修正し、量から質への成長モデルへの転換を温家宝首相が強調したことです。世界の工場として安い労働力にものを言わせ安価な製品を大量生産するというこれまでの量による成長ではなく、世界の工場の立場は放棄して為替変動に影響されない高品質高付加価値の製品作りに特化していく、という宣言とも受け止められます。良い製品は値段が高くても売れるのです。為替レートの変動をもろともしません。それを証明しているのは実は日本の製造業でもあります。いったん世界の工場となったならば、やがては次なる新興国にその立場を譲らなくてはならない。それは宿命であり、歴史の必然でもあります。この点についてもやはり中国は日本から十分学んでおり、この場合はむしろ我々を手本にしている部分がある、といえるかもしれません。ところで、例年正月、ゴールデンウイーク、そしてお盆といった日本の長期休暇の際には相場は急激な動きとなる場合が多いものです。FX取引などを連休中もされるという方は、注視が必要な時期です。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年05月01日4月14日のことになりますが、中国人民銀行(中央銀行)は米ドルに対する人民元の変動幅を現行の基準値の上下0.5%から、1.0%に拡大することを発表しました。現在、人民元は部分的な変動を認める管理フロート制の中でも、主要貿易相手国の複数通貨を加重平均して為替レートを算出するバスケット方式を採用しています。過度な為替変動が起こらないように、これまでは前日の為替レート±0.5%までの動きまでを許容範囲としていて、それ以上動いた場合には中央銀行が為替介入を実施してきました。人民元はかなり通貨安の水準となっていると指摘されてきたのはニュースなどで聞かれたことがあるかと思います。そのため、これまでは元高の圧力が常にかかってきました。為替市場ではドル売り・元買いが優勢となりますので、放っておけば急激に元高が進んでしまう恐れがあります。それに対して中国の通貨当局は1日の変動幅に収まるまでひたすら米ドル買い・元売りで対抗するのです。ちなみに、こうして買われた米ドルは中国国内に蓄積されていきますが、それが外貨準備高と言われるものです。溜まりに溜まった中国の外貨預金高は今や3兆3,050億ドル(269兆円、2012年3月時点)となり、日本の2.5倍以上の金額となっています。人民元は2005年7月までは米ドルに対して実質的に1ドル=8.28元に固定されていました。試算された数値にはバラつきがありましたが、この水準では25%~40%ほど人民元が米ドルに対して過小評価されていると言われていました。そして段階的な切り上げを実施してきた結果、2005年から7年という長い歳月を経て、対ドルでは約24%人民元高が進みました。ここ10年の中国の為替政策現状の水準について温家宝首相も「人民元はすでに均衡水準に近づいた可能性がある」と指摘しています。ここ数カ月だけをみればこれまでの元高の上限であった±0.5接近することが少なく、むしろ下限である元安方向に動いていました。そのため、市場は今回の変動幅の拡大が必ずしもさらなる元高につながるとは考えてはいません。元安ということは米ドルを買って元を売る動きがあることですから、中国国内に投資していた資金を海外の投資家は撤収させているという状況です。変動幅拡大となれば、そうした動きを加速させるものになるのではないか、と思われるかもしれません。中国からの資金の流出は欧州債務懸念が最悪となった時期と重なります。自分たちの懐具合も危うくなったために、欧州の金融機関を中心に新興国に投資していた資金を撤収したという背景があります。したがって、欧州債務危機の最悪期を脱出した現在、再度投資資金が中国に積極的に戻ってくるかどうかはさておき、少なくとも流出の動きは収まるものと考えられます。また欧州危機が再燃しても、必要に迫られた人たちはすでに撤収済みとなれば、さらなる資金の流出も限定的かもしれません。人民元が上昇するにしても下落するにしてもそのスピードが速くなる可能性が低いので、今回の制度変更が実施されたと考えるのが妥当でしょう。なぜ変動のスピードを最小限に抑える必要があるのか-。こうした極めて小幅の通貨切り上げを長期間に渡って中国が試みているのは、日本の状況を反面教師としているため、と考えられます。中国は日本がたどってきた通貨変遷の歴史を非常に熱心に研究している、これはすでに1990年代半ばで言われていたことです。我が国は1971年のニクソン・ショックで米ドルと金の兌換が停止された際にも、1985年のプラザ合意の際にも急激で大幅な円高を一方的に受け入れてきました。そのため、そうした動きに着いて行けない中小企業などを中心に、甚大なる経済的ダメージを受けることになりました。輸出主導で貿易黒字を拡大させ、経常黒字を維持する経済大国と成長していく過程では通貨高となるのは必然です。であるならば、そのマイナスのインパクトをいかに最小限に抑えるか、経済運営の手腕が問われるところです。通貨高は国益にもなりますが、問題はそのスピードであるという認識がされ、それに対応する戦略を中国は練ってきたということです。日本の通貨制度の変遷から学んだ中国は、弾力的な為替政策をゆっくり進ませ、企業、個人、金融機関が変動相場制に対して適応する過程が必要ということを通貨戦略の前提としています。そして、自国にとって都合のよい政策を貫くためには、他の国から、例えば為替操作国などの指定がされ改革を迫られる前に自身でアクションに起こす方が得策です。2005年の変更は胡錦涛国家主席の訪米、ブッシュ大統領との会談の前、2007年の変更の際も5月22日ワシントンで開催される閣僚級の米中三略対話の直前、そして今回もIMFやG20の直前に変更が発表されています。外圧をかわすのにはもってこいのタイミングと言えるでしょう。中国は自国の通貨政策の変更をも利用して、外交でのイニシアティブを発揮しているともいえます。通貨制度の変更はこうした対外要因ばかりではありません。次回はなぜこのタイミングでの制度変更なのか、中国国内の要因について考察をします。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年04月26日美容液とマッサージで澄みきった“快覚美”をもたらすアユーラは、清々しい美容液とマッサージの相乗効果で頭皮をほぐして、ぴんと澄みきった“快覚美”をもたらす、美活沙ヘッド美容液「ビカッサヘッドセラム」(120mL4,515円)と、美活沙陶磁プレート(ヘッド)「ビカッサヘッドプレート」(2,625円)を、5月23日に新発売する。“美活沙ヘッドマッサージ”に最適な「ヘッドプレート」「ビカッサヘッドセラム」は、“美活沙ヘッドマッサージ”により血行を促進し、頭皮のめぐりが整った、冴えわたるような東洋美を実現するスカルプ用マッサージ美容液。心地よい清涼感とたっぷりのうるおいで、はり・弾力に満ちた柔軟な頭皮に導きながら、心までもすっきりクリアに。「ビカッサヘッドプレート」は、効果的に頭部のめぐりを高めるアユーラのオリジナル“美活沙ヘッドマッサージ”に最適な、頭のツボを簡単に刺激するのに最適な形の陶磁器製プレート。心地よいなめらかな肌あたりとすぐれた操作性で、簡単に本格的な“美活沙ヘッドマッサージ”が楽しめるという。元の記事を読む
2012年04月23日「円安」になると日本経済にとってはどういった影響があるのか。一般的には輸出企業が儲かって、日本経済はバラ色といった風潮です。円安こそがデフレや産業の空洞化といった日本経済の抱える根本的な問題までをも解決するかのように伝えられていますが、実際にはそれほど喜べない状況があります。特に一般市民の生活にダイレクトに関わってくる、という点ではむしろ深刻な問題が内在する、ということを考えておく必要があるでしょう。その最もわかりやすい例として、昨年からのレギュラーガソリン価格とドル/円レートの推移を取り上げてみました。昨年、対ドルでは歴史的な円高となり、かなりの期間円高水準に留まっていました。円高がピークを迎えたのは2011年10月31日でした。その後、今年になって、特に2月以降は円安が進んできた状況です。そこで2011年10月31日時点と直近のデータである3月26日時点を比較してみましょう。為替はこの間5.8%円安に振れたのに対して全国平均のガソリン価格は10.6%値上がりしています。為替レートを上回る上昇がみられたのは、この期間海外の原油相場が上昇したためです。為替が5円円安になっただけですが、原油価格そのものの値上がりもあったために、これだけガソリン価格が上がってしまったのです。海外の原油価格の代表的な指標としては米国のテキサス州西部とニューメキシコ州南東部で採掘される原油の先物価格であるWTI(West Texas Intermediate)、欧州の北海ブレント、中東のドバイがあります。実はWTIの産出量自体は1日当たり数十万バレルと非常に少ないのですが、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)に上場されているために、先物市場としての取引量も取引参加者も多く、世界的な原油価格の指標になっています。そのWTIですが、2011年10月時点では1バレル80ドル台だったものが、2012年3月には1バレル100ドルまで20%ほど上昇しました。緊迫するイラン情勢がこの間の価格上昇の最大の要因と言えるでしょう。ちなみに、今年は米国の大統領選を始め、各国も国のトップが入れ替わるような選挙を控えていますので、選挙結果に多大な影響を及ぼすようなイラン戦争をわざわざ起こすとは思えません。そのため逆に、この問題が来年まで長引く可能性があります。また、イラン問題がうまく収束しても、新興国の経済発展に伴う原油需要の高まり、という潜在的な価格上昇の要因は常につきまとうものです。そして原油価格だけでなく食糧価格など世界の資源価格が全般的に高騰を続ける中では、引き続き原油価格も上昇を続けるものと見るのが妥当でしょう。それを踏まえて、日本国内のガソリン価格の話に戻って考えると、同じような比率で今後も仮に円安と原油価格の上昇が続いた場合、1ドル=95円にまで円安が進むと、ガソリン価格は1リットル=198円になります。1ドル=120円では280円です。原油価格の上昇スピードが速まるといった状況になれば、さらにガソリン価格は値上がりしますし、便乗値上げということも出てくるかもしれません。ガソリン価格が1リットル=300円、500円となれば自家用車を運転する人はいなくなるのではないでしょうか。そういった状況も円安が進めば意外なほど簡単に起こってしまうのです。そうなれば燃料コストの上昇に見舞われるために、日本の輸出企業も円安で儲かるなどと言っていられなくなるでしょう。輸出による貿易黒字は輸入価格の高騰で吹き飛んでしまう懸念があります。また、原発推進派にとっては原発再稼働のよい理由づけとして、利用することもできるでしょう。さまざまな意味において、円安だからと日本経済はバラ色などと言って喜んでいられない状況が生まれてくるのです。前回から2回に渡った話を総括をすると、日本が経常赤字となる可能性は安定した所得収支の黒字ために現時点では考えづらい、ということになります。ただし、今後の資源価格の高騰は避けられそうになく、円安の進み方次第では貿易収支の赤字によって経常の黒字幅が少なくなることはあり得ます。日本の景気に関しては、個人的には非常に明るく見ています。年初来、日本の株価も順調に回復してきました。さすがに2012年の第一四半期の上昇のスピードが速かったために、4月から5月の連休にかけては調整が入るでしょう。どんなに力強い上昇相場でもひたすら上がり続けることはありません。上下動を繰り返しながら上がっていくものですから、上昇相場の中でのこうした調整は「healthy correction(健全なる調整)」と呼ばれます。健全な調整をした後5月の下旬辺りからは本格的な上昇相場となるでしょうし、日本経済もそれに伴って一層の明るさを取り戻していくはずです。そんな中、唯一の懸念材料は急激で大幅な円安による輸入価格の急騰で、日本の景気が腰折れしてしまうことです。海外の資源価格が高騰している昨今、そして今後もその傾向が続くと思われる中で、あえて円安政策を取る必要はないと思われます。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年04月17日2月に発表となった財務省による2011年の国際収支速報では、海外とのモノやサービスの取引状況を示す経常収支の黒字額が前年比43.6%減の9兆6289億円となりました。その主な理由としては2011年の貿易収支が赤字に転じたことがあげられ、経常収支の黒字自体が10兆円の水準を割ったのは1996年以来15年ぶりとなり、またもや日本経済の先行きを悲観する取り上げ方が多かったように思います。しかし、第3回でも触れた通り、2011年の貿易収支の赤字転落は極めて特殊な要因からでした。それらが2012年以降にも通じる恒常的な因子にはなりえず、貿易赤字がこのまま定着するとは考えにくいのです。したがって、そこからさらに日本の経常収支全体の赤字転落にまで話が進むのはやや話が乱暴すぎるように思われます。日本が貿易収支で黒字を稼いだ時代は今となってはもう昔話です。現在日本の経常収支の内訳の中で、大幅な黒字を稼いでいるのは貿易収支よりも、「所得収支」になります。月ベースの貿易収支はかなりブレがあるので、貿易収支と所得収支は毎月何倍の差があると定義するつもりはありませんが、例えば最新の単月のデータを見ると2012年2月の経常収支は黒字の1兆1778億円でした。そのうち貿易収支の黒字は1021億円、所得収支の黒字は1兆2430億円となっています。経常収支の赤字化がなぜ難しいのか、黒字額への寄与度が大きい所得収支について、月別の推移をもう少し詳しく見てみます。2009年というのはサブプライム危機の影響で世界経済がここ数年で最も低迷した年です。そこから現在に至るまでの特徴ですが、平均すれば毎月1兆円単位の所得収支の受取りが計上されています。つまり、経常収支の赤字懸念についての結論を端的に言うと、毎月この所得収支の1兆円の受取りを上回るような海外への支払いがなければ、経常収支全体の赤字達成は難しいということになります。通年ベースの赤字ということになれば、年間12兆円以上の所得収支の支払い、あるいは貿易収支の赤字などが必要ということです。ちなみに第二次石油危機以来31年ぶりと騒がれた2011年の年間の貿易収支の赤字は2兆4927億円でした。2011年のような極めて例外的に貿易収支の赤字幅が増加するような事態になってもなお、所得収支の年間の黒字額を全て帳消しにすることはできなかったのです。そう考えると、今後も通年での経常赤字への転落は現段階では考えにくいのです。財務省のHP上では所得収支を「雇用者報酬」と「投資収益」の受取・支払を計上するもの、と解説しています。前者は給与など何らかの報酬を海外から受ければ黒字、逆に海外に支払えば赤字となります。細かい話になりますが、2012年2月の「雇用者報酬」の赤字11億に対して、「投資収益」は1兆2441億円です。「雇用者報酬」は所得収支全体の比率にすればわずか0.088%を占めるものに過ぎず、この比率が極めて小さいというのはデータが抽出できる1996年以来変わっていません。従ってこちらの数字は気にせず、所得収支=「投資収益」と考えてよいでしょう。そこでこの「投資収益」ですが、これは海外からの利子や配当の受取りと海外への支払いとに分けられます。海外への支払よりも海外からの受取りが多ければ黒字、ということになります。最もわかりやすいのは、例えば日本の投資家が米国の10年債を購入したとしましょう。4月9日現在2.03%となっていますが、この利息は日本の所得収支にとっては黒字となります。&ticker=USGG10YR:IND当然のことながら利息は米ドルで支払われますので、円高となれば投資収益は減少しますし円安になれば増えることになります。2011年の貿易収支の赤字は世界的な資源価格の高騰に加え、震災の影響から化石燃料の輸入が急激に増えたためです。そして、昨年は円が対ドルでの戦後の史上最高値を更新し、そのまましばらく円高水準にあったため、幸運にも安く輸入資源を確保できたのは以前述べた通りです。今後も引き続き、円高水準に留まれば輸入価格が安く抑えられます。逆に、円安に進めば輸入価格はさらに膨れ上がり、貿易収支の赤字要因となるでしょう。その一方で、海外から受け取る利息や配当は円安で増えることになります。完全に相殺するとは言えませんが、円高に進めば貿易収支の赤字幅が削減される効果がありますし、円安に進めば所得収支の黒字が増える効果が期待できるため、経常収支の赤字はこういった点からも難しいと言えるでしょう。非常に大ざっぱな計算になりますが、現在海外へ貸し出している資金は日本国全体で251兆円(2010年末時点の対外純資産)です。それを4.8%で運用できたとすると1ドル=75円換算で約12兆円の所得収支の受取りとなります。1ドル=95円になれば15.2兆円になるので、3.2兆円所得収支が増えます。しかし、20円円安になれば輸入価格も最低2割上昇することになります。実は日本経済にとっては、そして我々の生活にも直接関わってくるという点で、この円安の方が問題となるでしょう。この点については後編で説明したいと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年04月13日もっと前にこのコラムで取り上げようと思っていたのですが、年明け早々いろいろとトピックがありすぎて、すっかり時間が経ってしまいました。新鮮味が薄れてしまい、「もう知ってるよ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは少し目つぶっていただいて…、年明けに海外で話題となっていた日本についてのお話です。2008年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏ですが、現在はニューヨーク・タイムズ紙でコラムを担当しています。1月9日付になりますが、登場したのが「Japan, Reconsidered(日本、再考)」です。ここで指摘されているエーモン・フィングルトン氏の記事というのが「The Myth of Japan’s Failure(日本の失敗についての神話)」です。失われた数十年と言われ続けてきた間も、日本経済は実は上手くやってきたのではないか。少なくともサブプライム危機以降、中間層の没落が激しい今の米国よりはずっとマシだろう、という内容です。東京の様子を日本の姿として語るのはいかがなものかと思いますので、各論は少々無理な点があるにしても、総論においては的を得た記事と言えます。米国からしてみれば日本はGDPなどの経済的な数字で比較すると「敗者」と位置付けられますが、さぞかし疲弊しているのだろうと思ってやってきた渡航者が実際の東京の様子を見ると愕然とするわけです。ミシュランで最高ランクを獲得した数で言えば日本が16店、本場であるフランスが10店と二番手に甘んじている状況をGDPではどうやって説明すればいいのか? そして医療制度の充実ぶりなども含め、どうしたら日本の状況を正確に伝えられるのだろう、と疑問を投げかけています。日本経済が実は成功していたその背景の1つとして、いわゆる通常の製造業からは早々に脱却して、高品質な製品作りに資本や技術を注入したことが貿易収支の増加にもつながっていることをあげています。日本が「敗者」であるというのは、よく言えば神話、悪く言えば作り話であり、むしろ日本経済を理想的なモデルとして見習うべきなのではないか、というのが結論です。そして、なぜこれほどまでに日本は駄目だと言われ続けたのか、あるいはそういったイメージが定着してしまったのか。意図していたかどうかは別として、実は「負けたフリ」をして外圧をかわしてきたのではないだろうか、という憶測もあり興味深いところです。さすがの米国も「落ちた巨人」を足蹴にするなどということはしない、それは米国高官としての誇りが許さない、のだそうです。そういう意味では実は日本の外交も失われた20年間、ある意味では成功していたのかもしれません。これに対して、クルーグマン氏の評価はというと「No」、つまりフィングルトン氏が指摘するほどよくはない、とのご意見です。しかし、日本の斜陽は誇張されすぎ、という点については正しいと認めています。ところで、日本の経常黒字と米国の経常赤字を取り上げた部分の反論としてクルーグマン氏は、「current account surpluses aren’t necessarily a sign of success.(経常黒字が必ずしも成功の印しではない。)」と述べています。最近は日本の経常収支の赤字転落への不安があるようですが、ノーベル経済学賞を取られた御仁の言葉を読んで少しは安心されるでしょうか。黒字・赤字は単なるプラス・マイナスの符号です。そういう意味では黒字がよくて、赤字が悪いという議論は成り立ちません。問題は赤字にしても黒字にしてもその中身ですが、こと日本の経常収支に関しては赤字になることは考えにくく、中身も1つの懸念材料を除いては特に心配はありません。経常収支についてはあらためて解説できればと思います。日本の実体経済は力強いというのは以前から申し上げていることですが、ここに来て海外からの評価も格段に上がっている、というのが実情です。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年03月28日2012年2月末になりますが、2012年3月期の上場企業の株主への配当が前期比3%増えて、3年ぶりの高水準となる見通し、というニュースが伝わってきました。昨年は東日本大震災やタイ洪水などの自然災害がありました。夏には米国の債務引き上げ問題、後半には欧州債務問題と世界的な経済危機の一歩手前か、というような事態にも見舞われました。そんな中で円は対ドルでの戦後最高値の更新があり、高値水準で止まっていた経緯があります。こうした状況が続いたため、日本の製造業の存続は危機に瀕している、というのが通説です。ですから、2012年春闘の話が伝わって来たときも、連合の給与総額1%の引き上げ要求に対して、経団連は定期昇給凍結までをも示唆していました。つまり、こんなに厳しい経営環境なのだから、給料のベースアップも、定期昇給の実施も到底無理ということです。これだけを取り上げれば、さぞかし企業業績も悪いのだろうと思ってしまいます。しかし、実際には株主に増配できるぐらいですから、円高によっても企業業績は悪化してはいないのです。もう少し増配についての内容を補足しておくと、東証に上場している企業は約3,600社ありますが、そのうちの7割に及ぶ2,415社を対象にした集計によると、減配する企業は13%であるのに対し、増配企業は21%と上回ってます。純利益(法人税などの税金を支払った上での企業の純粋な利益)の見通しが減っている企業1,052社に限ってみても、約8割の企業が配当を変えない、あるいは増額と回答しているそうです。つい先日もエルピーダメモリが会社更生法の適用を申請し、家電大手の赤字計上の話題が新聞紙面を賑わせてはいますが、上場企業全体としてみればしっかりと配当をするつもりのようです。企業が増配できるほど儲かっているのであれば、雇用者の給与を上げ、雇用を確保してくれた方が、日本経済全体にとっては安泰です。非正規労働などではなく、安定した正規雇用を増やして、給与を上げてくれれば、皆安心してお金を使おうという気持ちにもなります。デフレの解消にも大いに役立つでしょう。しかし、企業側は人件費をコストと捉えてその削減強化の姿勢を崩していません。企業の収益を設備投資に回したり、人件費として支払って広く富の分配をしてくれなければ、国内の経済活動が低迷してしまうのは当然です。今のところ、企業が儲かってもその恩恵を受けているのは企業経営者とその株主だけ、ということになります。本当に企業が儲かっていなければ、増配などできませんし、儲かっていないのに増配をするならば株主に気を遣っていることになってしまいます。そこで上場企業の株主はいったい誰なのだろう、という疑問が沸いてくるかと思います。上場企業の株主については東京証券取引所が掲載している「株式分布状況調査」の中の「長期データ」をみると1970年度からの推移がわかります。金融機関、事業法人、といった国内の投資家が保有比率を落とす一方で、外国人投資家の保有比率が特に1997年頃から増え始め、2003年を境にして一段と伸びています。1997年は山一證券、三洋証券、北海道拓殖銀行の経営破たんがあり、金融恐慌の様相を呈していました。2003年は「代行返上」という言葉が毎日のようにメディアに登場していた頃です。企業年金制度の中には厚生年金基金があります。この基金では本来は国が管理しておく年金資産を、各企業が国に代わって管理していたのです。その資産を国に返すことになったのが「代行返上」でした。原則として現金で国に返すことを求められたので厚生年金基金は保有していた株をその時に大量に売ったという背景があります。日経平均は7,600円台まで低下しましたが、そこで日本企業とバトンタッチして日本の株を購入したのが外国人投資家だったということがデータからは読み取れます。2010年の外国人投資家の持ち株比率は26.7%となっています。「外国人ファンドなどアクティビスト(モノ言う株主)の増加を背景に、企業のガバナンス構造が『株主寄り』に変化したことが、人件費の抑制につながっているのではないか」という指摘が日本銀行ワーキングペーパーシリーズ「賃金はなぜ上がらなかったのか?-2002年~07年の景気拡大期における大企業人件費の抑制要因に関する一考察-」でもされています。法人年報における大企業の人件費と配当金の推移をみると2000年頃から2006年度にかけて配当金が急増する一方で、人件費は横ばいであることを取り上げて、こうした株主構成の変化が、経営に対する監視を強め、従業員の取り分である労働分配率の低下をもたらせた可能性が高い、とする内容を含んだレポートです。今後発表となる企業業績がよければ「歴史的円高」は雇用者の賃金抑制の材料に使われている部分が大きいと言えるでしょう。そして、企業経営者側もモノ言う株主に窮しているものと思われます。「失われた20年」と呼ばれる間、日本は世界最大の債権国でした。世界一のお金持ちであるにもかかわらず国民が広くそれを実感してこなかった事実があります。その要因の1つにはこうした株主優先の企業の欧米型経営があげられるのではないでしょうか。会社は誰のものなのか。株主や経営者だけではなく、そこで働く人、下請けの会社、さらには会社が属している社会全体のもの、という側面もあるのではないか。収益を上げていないならしょうがないです。しかし収益が上がっているならば、社会に還元すべきではないか。デフレ解消のためにも、社会全体の底上げをも期待できるような成長企業に今後誕生してもらうためにも、企業はどうあるべきなのかということを国民全体で考える時が来ているのだと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年03月13日2012年2月14日、日本銀行は予想外の追加緩和策を決定しました。政策決定会合の直後に開かれた日銀総裁の会見で、白川総裁の口から「円高抑制」「円高阻止」という言葉が一度も発せられることがない、先にFRBの政策発表があったために日銀が後追いをしていると、半ば批判めいた論調が展開されました。私は日銀の広報担当でも、白川総裁を個人的に存じ上げて擁護しているわけではありませんが、昨今の日銀や白川総裁を悪者にすることで満足するという風潮は、正直なところ行きすぎだと思っています。特に2月6、7日の参議院予算委員会では白川総裁の答弁に対して、激しい非難や野次が飛ばされていました。こうした政治的・感情的な日銀バッシングは意味がないのを通り越して不快にも感じます。「円高・デフレで国民生活が困窮しているにもかかわらず日銀は何もしていない、責任をとって総裁を辞任せよ」とまで言いだす始末です。ここには円高の原因が本当に日銀なのか、という本質に迫る論拠が欠落しています。対話に長けたFRBのバーナンキ議長と、地味で対応の遅い白川総裁というイメージは政治家にとっても既存のメディアにとっても使い勝手がよいのでしょう。しかし、それはあくまでもイメージにすぎません。風評を利用した批判だけでは経済の実態からかけ離れてしまいます。そして、根源的問題を遠ざけるという意味では百害あって一利なしです。FRBよりも日銀が何もしていない、という議論への反論意見の1つとして東短リサーチのチーフエコノミストである加藤出氏の指摘を紹介したいと思います。実は銀行間には日々の資金の過不足の調整をおこなう短期金融市場があるのですが、その資金のやりとりの仲介をしてくれる業者の1つに東京短資という会社があります。東短リサーチはそちらのグループ会社になります。加藤さんの書かれるレポートには定評があり、私のディーリング・ルームでのキャリアがこの短期金融市場での資金のやりとりから始まったのもあって、かねがね読ませていただいた経緯があります。情報ベンダー、ブルーム・バーグはその加藤さんの「ウィークリーリポート」の引用として、昨年12月時点での各国中央銀行のGDP比における資産規模を比べています。実際の総資産の数字はFRBが約3兆ドル(240兆円)、日銀が140兆円ですから、FRBがまさっています。しかし実額だけでは相対的な姿はわかりにくいので、国の経済規模であるGDPと比べて、それぞれの中央銀行がどれぐらいの資産を保有しているのかを比較しているのです。日銀の資産規模がGDP比で30%であるのに対してFRBは19%です。国の経済力(GDP)のスケールから考えれば、日銀はFRB以上の資産規模を有しています。日銀の資産規模がなぜ大きいのか? それは日銀が金融機関から国債を引き取るかわりに市場に大量の資金を供給しているからです。日銀の資産の内訳ですが、最新(2012年2月20日現在)の数値では、日銀の資産は140.2兆円、そのうち国債は83.3兆円です。3年前(2008年12月31日時点)の資産は122.8兆円、うち国債は63.1兆円でした。国債の保有額が増えて資産も大きくなっています。そこで、日米の昨年末時点で保有する国債残高をGDP比で見てみると、日銀は19%、FRBが11%となっているそうです。確かにFRBの総資産はここ数年で3倍以上に膨らんでいますから、拡大するスピードは非常に速いと言えます。それはサブプライム危機以降、FRBが量的緩和を実施して急激に国債を買い入れたからなのですが、それでも国債の保有率もGDP比率でみれば日銀の方が大きいのです。そして今回の追加緩和策によって日銀の資産規模は2012年の年末にはGDP比で24%まで拡大するとの試算もでています。つまり、国の経済規模から考えればFRB以上の割合で日銀は市場に資金を供給してきたということです。従ってFRBよりも日銀が何もしていないのではなく、FRBがようやく日銀に近付いてきたとも言えるでしょう。なぜそれほどまでの大量の量的緩和が実施されても効果が発揮されなかったのか、などの問題はありますが、それはまた別の議論として、少なくとも10数年日本は世界先駆けて最大限の緩和策を実施してきたことは間違いありません。そしてここ数年米ドルに対して円高が進んできたのも日銀のせいではなく、日本と米国の経済的な構造の違いによるものです。第3回目で触れたように、日本の2011年の貿易収支は一時的に赤字に転じましたが、それでも過去30年にわたり黒字を出してきました。所得収支でも毎年巨額の黒字が計上されています。それが世界最大の債権国の立場を維持している理由です。かたや米国は経常赤字国であり、世界最大の債務国なのです。2011年12月に発表された第3四半期の経常赤字は2年ぶりに縮小しましたが、それでも1,102億8,000万ドル(約8.4兆円)でした。これまで発表された第1~3四半期の平均をもとに単純計算すれば2011年の年間では4,700億ドル(35兆円)ほどの経常赤字となります。通常であれば日本で余った資金は米国に流れますが、例えばリーマン・ショックのような経済危機が発生したり、日本で震災が起こると、こうした海外へ投資していた資金は日本に戻ってきます。不安なことがあれば誰でも自分の手元に現金を置きたいと思うのは自然なことだと思いませんか? ですから、海外に投資していた資金を元に戻そう、あるいは新しい海外投資は手控えよう、という動きとなります。さらに万年貿易黒字であれば輸出によって稼いだ米ドルを、そして投資収支が黒字であれば海外で受け取った配当など日本国内へと戻そうとする動きが常にあります。外向きにお金が出て行かない以上は、海外から国内へという力に押されてしまうのです。ですから、海外の金融不安が落ち着き、日本の景気が立ち上がってくれば、また海外に投資でもしようか、と言う気持ちになりますので自然な円安となるはずです。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月29日最近のメディアで話題になったことの一つに、三菱東京UFJ銀行が作ったという、日本国債の暴落に備えた「危機管理計画」があります。国内外の金融機関に在籍していた者として、まずこの話題を目にした際の最初のリアクションは「え?」という感じです。どこの銀行とて、誰に言われなくても危機管理計画などは当然しているものです。国債にしても為替にしても、こうした相場モノに手を出した瞬間から危機管理はされており、危機管理がされてなければ手が出せるわけがない、と言ってもいいでしょう。市場取引をする大前提として、相場に参入するということは、価格がいくら動けばいくら儲かる、いくら損をするというのを考えた上でのことですから、期待する収益に伴うリスクを考えずに、つまり危機管理なしで取引するなど、まずありえません―。これはディーラー目線での話。特に海外の金融機関では顕著ですが、いくらまでポジション(持ち高)を持ってよいのか。そして儲かる分にはよいにしても、1日単位ではいくら損をしてよいのか、1週間ではいくら、1か月ではいくらまで、とディーラー1人1人に細かく損失の許容額までもが規定されています。オーバーをしないように細心の注意を払って取引をしていますし、仮に規定以上の損失が出れば、その時点で取引は終了となります。危機管理もせず無防備に市場取引に参加させることなど、金融機関ではありえません―。これはディーリング・ルームの管理者目線。さらに銀行全体としても、銀行は預金を預かり(「Liability」ライアビリティー)それを何らかに貸し出しをして(「Asset」アセット)収益を上げますから、資産負債管理(「Asset Liability Management」の頭文字をとって「ALM」と呼びます)が基本です。自分たちが貸し出している資金(国債を銀行が買うということは替わりに資金を国に貸し出すことになります)については、いったいどれぐらいのリスクが存在するのか、金利が1%上昇したら、5%上昇したら、10%上昇したらどうなるかと常に検証をしています。その正式なレポートが1週間なのか、1月なのか、その呼称も銀行ごとに違うかもしれませんが、私自身も米系金融機関に在籍していた際に、『contingency(偶発、不測の事態) plan』という報告書を作成していました。金利の変動によって支店全体の帳簿残高がどう変化するかを示したレポートです。2001年の同時多発テロ以降、特に厳しく報告が義務化されたように記憶しています。というわけで、『危機管理計画』を銀行が今になって作ったということはまずありえないと思います。最大約42兆円もの国債を保有する三菱東京UFJ銀行が、金利が上昇した際のリスクを想定するのは当たり前で、以前からあるはずの『危機管理計画』についてなぜ今さら話題に取り上げているのか? と疑問が生じるのです。また、安住財務相が昨年10月31日からの為替介入について「(1ドル=)75円63銭で介入を指示し78円20銭でやめた」と口を滑らせた、あるいは手の内を見せるなどもってのほか、という各種メディアの論調についてですが、個人的には為替介入が国民の資産を使っている以上は、ある程度の期間が経過した時点で為替介入の詳細については公表されるべきだと思っています。使途を明確にすることが、無駄遣いを防ぐ最良の手段であるからです。そして、介入のあった数日間のドル円相場の値動きを見ていれば、75円60銭近辺で介入を指示して78円20銭でやめたことなどわかるはず。ですから、目くじらをたてて騒ぐことでもなく、同じ騒ぐのであれば介入したレートではなく、むしろ介入自体についてではないですか? と聞きたくなるのです。財務省は2月10日に国債や借入金、政府短期証券の残高の合計が2011年12月末で958兆6,385億円となり、過去最大を更新したと発表しました。『危機管理計画』の報道が政府債務の金額の発表と前後していたことから、これまで国債の最大の買い手である銀行でさえも国債の急落に備えているのだから、消費税を上げて財政を健全化しないと大変な事になる、というメッセージが含まれていると”裏読み”できますが、この政府短期証券には今回の為替介入10兆円分が入っている計算です。これまでの累積介入額で考えれば100兆円にも上ります。政府の借金が増大して困るというならば、過去40年間ひたすら円高になってきた経緯を考えても、為替レートが円安に振れるわけでもなく、借金が増えるだけで効果が期待できない為替介入などしない方がよいわけです。もちろん、相場は上がったり、下がったりするものですから、今回の介入によって得たドルが円安となった段階で含み益をもたらす可能性は大いにあります。しかし、1998年を最後に米ドルの売り介入は実施されていません。持ったままで値段が上がっても売るつもりがないのであれば、借金だけが日本国民の手元に残ってしまいます。公共のサービスをタダで受けようなど思うのは間違っています。ただ、必要となる負担は当然義務として担うつもりだが、一方で無駄遣いをしておきながら足りない分は消費税で賄おうとするのが納得できない、という国民の皮膚感覚は正しいと言えるでしょう。国債にしても為替介入にしても、いずれにしても問題にするポイントが少々ずれているために、「何だかよくわからないけど、額面通りにはどうも受け取りにくい」という皆さんの声はもっともだと思います。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月16日