「榊原良子」について知りたいことや今話題の「榊原良子」についての記事をチェック! (1/2)
「今日、好きになりました。」で人気を集めた榊原樹里が、6月14日に自身のインスタグラムを更新し、MV出演を報告した。【画像】インフルエンサー・希空が“押し倒されちゃった”!?カフェでの出来事が話題に今回榊原は、音楽グループJAMHEADSの楽曲「A・O・HA・RU」のMVに出演。「メンバーの皆さんも優しくて、面白くて撮影も楽しかったです」と振り返り、撮影中の写真を公開した。舞台は茅ヶ崎。自然光が眩しく映える中、彼女の笑顔が印象的な仕上がりになっている。JAM HEADSは、青春感あふれるHIP‑HOP楽曲で注目を浴びる7人組ボーイズグループ。カラオケ配信やフリーライブも続々展開されており、今後の活躍から目が離せない存在になっている。 この投稿をInstagramで見る 榊原樹里(じゅり) (@juri_._0212)がシェアした投稿 コメント欄には「MVさわやかで、じゅりちゃんもかわいくて最高でした」「1枚目のじゅりちゃわ可愛いすぎてロック画面にした」など、ファンからの温かい声が寄せられ、多くの反響を呼んでいる。「今日好き」出演を経て、さまざまなジャンルで活躍の場を広げる榊原樹里。今後のMVやメディア出演にも注目が集まりそうだ。今回の出演でさらに知名度が高まることが期待される。
2025年06月14日俳優・渡辺徹さん(享年61)の妻で、俳優・タレントの榊原郁恵(66)が2日、自身のインスタグラムを更新。同じく俳優として活動する長男・渡辺裕太(36)、次男・渡辺拓弥(29)との親子ショットを公開した。「今日私は…というか渡辺家は色々と充実した1日が過ごせまして…」と話し、笑顔あふれる3ショットなど複数枚の写真をアップ。榊原は寺院の前で花束を持っており、親子で墓参りに訪れたものと思われる。家族との時間を過ごし「さぁ明日から又頑張ろう!!って感じです」と前向きにつづった。コメント欄には「渡辺家、家族揃ってお墓参りですね~」「仲良し家族」「とても素敵な渡辺家ですね イケメンがおふたりもいて羨ましいです」「次男さんが徹さんにそっくり 2人の頼りになる息子さんとどうぞこれからもお幸せに」「素敵な写真ありがとうございます」など、さまざまな声が寄せられている。
2025年06月02日夫婦喧嘩は子どもの前でOK?「こういう自然の姿をみせるべきなんだ!」榊原郁恵さんは1987年に俳優の渡辺徹さんと結婚。長男・渡辺裕太さんと次男・渡辺拓弥さんはともに俳優として活動しています。また、早見優さんは1996年に一般男性と結婚し、23歳の長女と22歳の次女のママです。番組では「今思い出しても大変だった子育て話」を披露。榊原さんは、裕太さんが中学生だった頃の運動会のエピソードを語りました。ママ友に誘われて訪れた運動会ですが、何と見学者はたったの4人!中学生ともなると、そういうものなのでしょうか。榊原さんたちは少し離れたところから写真を撮っていましたが、子どもたちに見つかり「お前の母ちゃんいるぞ!」とからかわれた裕太さんは、「他のお母さんたちが来ていないのに、なんでうちの親は来てるんだよ?来んなよ。絶交だ!」と激怒したのだといいます。思春期真っ只中だった裕太さんの言動に、ハライチの岩井勇気さんは「本当にわかる」と共感。一方でTravis Japanの松田元太さんが「俺は(親が来てくれることが)嬉しい方ですね。(手を振って)おお~! みたいな」とコメントすると、榊原さんは「こういう子だったら良かったよね!」と松田さんを絶賛していました。また、夫の渡辺徹さんと子どもの教育法で食い違ったというエピソードも。榊原さんは夫婦喧嘩を子どもに見せたくない派だったのですが、渡辺さんは子どもがいる前でもとことん話し合いたい派。ヒートアップしそうなときに「子どもには……」と榊原さんが制すも、「何いってんだ! 子どもにもこういう自然の姿をみせるべきなんだ!」と常に直球で意見をぶつけてきたといいます。ハライチの澤部佑さんは子どもの前で夫婦喧嘩をしない派だといい、「徹さんは真っすぐな方だからそうなんですね」とコメントすると、榊原さんは「たぶん自分が育ったときに、周りにたくさん大人がいらっしゃって。彼は一人っ子だから、大人のいろんな姿を小さい時から見てきてたんだと思うんですよ。だから、これが自然なんだっていう考え方だったんだと思う」と振り返りました。「反抗期のこと覚えてないんだよね。いっぱいハグしてもらったことは覚えてるけど」(※画像は早見優さんオフィシャルブログより)一方、早見優さんの長女の反抗期はというと……「学校の運動会とか応援しに行って手を振っても、『目を合わさないで!』って言われたり」「食事のときずっとスマホを見てるから、『食事のときはスマホ置いて』と言うと『何で?じゃ、食べない!』って言って、部屋に行ってドアをバタンとしめるんですよ。私もカーっとなるから、バーって行って『バタンってしめないで!』って」と、日々喧嘩が絶えなかったと言います。親子でそんな言い争いをした翌朝でも、早見さんが欠かさなかったのは「いってらっしゃい」のハグ。「(子どもに対して)怒っているときは離れたいけど、育児本とかいっぱい読んだ中で『スキンシップは大切にした方が良い』ってことで。『いってらっしゃい!』ってガバッてハグすることを続けていた」と明かしました。大人になった長女に早見さんがふと「あのとき私言いすぎたな、ごめんね」と伝えたところ、長女は「あんま、反抗期のこと覚えてないんだよね。いっぱいハグしてもらったことは覚えてるけど」と答えたのだそう。早見さんは「あのとき大人の対応をしてよかった」と振り返りました。
2025年05月29日タレントの榊原郁恵が21日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】「あの藤原竜也が楽屋で弁当⁉」榊原郁恵が語る舞台『マクベス』の裏側が話題に投稿では「明日5/21(水) 21時〜CX『ホンマでっか⁉︎TV』出演します」と告知し、楽屋前でのオフショットを披露。爽やかな笑顔と落ち着いた衣装で、昭和から変わらぬ親しみやすさと輝きを見せた。出演前の一枚にもかかわらず、自然体の美しさが際立っている。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 この投稿には「郁恵さん楽しみ」「郁恵さん笑顔いいね」といったコメントが多数寄せられ、今もなお愛され続ける“永遠のアイドル”ぶりを見せつけた。
2025年05月21日●結婚や出産などのタイミングで引退を考えたことも1976年に「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝してから今年で49年となる榊原郁恵。歌手、女優、タレントと幅広く活躍し、66歳の今も弾ける笑顔で多くの人にパワーを届けている。現在、東京・TBS赤坂ACTシアターにてロングラン上演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でマクゴナガル校長役に全力を注いでいる榊原にインタビューし、これまでの歩みを振り返るとともに、今の思いを語ってもらった。50年近く芸能界で活動を続けてきた榊原。「ここまで長く続けられるとは思ってなかったです」と自身でも驚いているという。「自分には向いてないなと思って、このお仕事から離れたいと思ったことは何度もありましたが、そのたびに何か後押ししていただいて、今回の舞台もそうですけど、まだまだ勉強することがあるし、自分にやるべきことがあると提示してもらってきたので、私は恵まれているなと感じています」芸能界入りのきっかけは、高校2年生のときに受けた「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」だった。「ホリプロのオーディションがあると知って興味を持ったので、ずっと長いことこの世界を夢見ていたとか、何か準備していたということではなかったです」見事グランプリに輝き、何もかも未経験で芸能活動をスタートさせた。「演劇学校に通ったり、専門的な勉強をしていたわけではないので、土台がない中で続ける難しさを感じることは多々ありましたが、私がデビューした頃は原石を磨く時代。光るかわからないじゃがいもみたいな人を、スタッフやファンの方々にどんどん磨いてもらって輝きを放つ時代だったので、私がオーディションに受かったのではないかなと思います」「夏のお嬢さん」などヒット曲に恵まれ、『NHK紅白歌合戦』に6回出場するなど、歌手として人気を博し、現在は女優やタレントとして活躍しているが、結婚や出産などのタイミングで引退を考えたことがあったという。「新人のときはちゃんと居場所がありましたが、年数を重ねていき、また、結婚や出産もあって、そろそろ潮時かなと。当時は、子育てしながら続けている方があまりいなくて、山口百恵さんのように結婚を機に潔く引退するというのも素敵な生き方だなと思っていました」だが、母の言葉で仕事を続けることを決意したという。「結婚したときに母から『あなたも向上していくことによって旦那さんとの釣り合いが取れるだろうから、人間を大きくするために仕事を続けなさい』と言ってもらい、仕事を続けることにしました」そして、「自分だけでは仕事と子育ての両立はできなかった」と言い、「主人の理解と応援があり、そして渡辺と榊原両方の親に助けてもらって。子供が素直に育ったのは、おじいちゃんおばあちゃんのおかげです」と周囲のサポートに感謝。また、母になった経験が自身の演技や表現にも深く影響しているそうで、「世界が広がって、自分の経験値が上がって、それが役にもバラエティにも反映されました」と語る。●年齢や経験を重ねて芽生えた葛藤徹さんの言葉が救いに榊原といえば、周囲をハッピーオーラで包む温かい笑顔が魅力だが、「笑顔や健康ばかり褒められて、それしかないのかなと思うこともありました」と吐露。「でも、『明るさに励まされました』『笑顔を見てエネルギーをもらいました』という感想をいただくと、笑顔って大事なんだなと感じることができました」と自分の魅力として認めることができたという。また、一番最初に宣材写真を撮影してくれたカメラマンに、カメラの前に立つときの心構えを教えてもらったと明かす。「『笑って』ではなく『いろんなことを想像してそこにいてくれたらいいから』と言われて、友達と映画を見に行って面白かったな、このあと何しようかなとか考えて、自然に出てくる表情を撮ってもらって。そこからずっと、テレビに出るときでも、表情を作るのではなく、自然体の表情を出せるようになったのかなと思います」年齢や経験を重ねていく中で、テレビなどで発言する際に「こういう意見を述べられる人間にならなきゃいけないんじゃないか」と葛藤することも。そんな榊原を救ってくれたのが、夫・渡辺徹さんだったという。「年齢や立ち位置を踏まえると、私はこれくらいのことを言えないといけないのではないかと、しっかり考えていこうと思ったときがあったのですが、高望みして空振りしてしまうことが多々あって、よく落ち込んでいたんです。そんなときに、主人が『お前は勢いでいけ!』『勢いでいっていいんだ!』と言ってくれて、このままでいいんだと思って安心しましたし、すごく救われました」また、物事をポジティブに捉えるプラス思考も徹さんから教えてもらったという。「私はネガティブ派で、起きた出来事に対して反省が多く、『あのときああすればよかったのにどうしてできなかったんだろう』と後悔したり、失敗を恐れたりしていて。それを主人に指摘され、『失敗して気づけてよかった』『次はこうしよう』という風に捉え方を変えたら全然違うと。アドバイスのおかげでプラスに捉えられるようになり、主人から教えてもらった大きな財産だと思っています」●後悔や寂しさも抱きつつ「一日一日を生きていくしかない」2022年11月に徹さんが亡くなってから約2年半が経った。「乗り越えることはたぶんできないと思います。たくさんの後悔や寂しさに押しつぶされそうになることもありますが、起きてしまった事実は変えられないので、自分が置かれている環境をちゃんと受け止めて、目の前のことにただただ向かっていくしかない。そのことだけを見ていたら動けなくなりますが、動かざるを得ないというか、昨日があるから今があって、明日があるから頑張れる。そういう風に一日一日を生きていくしかないと思います」榊原が今、全力を注いでいるのが『ハリー・ポッターと呪いの子』だ。同舞台は、小説『ハリー・ポッター』シリーズの作者であるJ.K.ローリングらが書き下ろしたシリーズ8作目の物語。小説の最終巻から19年後、父親になった37歳のハリー・ポッターとその息子・アルバスの関係を軸に描かれる新たな冒険物語は、世界中で多くの演劇賞を獲得している。2022年7月の開幕当時からマクゴナガル校長を演じている榊原は「今はこの舞台の一員として大きな列車に乗っている状態。今のメンバーでの上演は6月26日が最終日になるので、そこまで明るく楽しく走り切るというのが今の最大のテーマです」と気を引き締める。そして、本作完走後については「そのときに新たなテーマを見つけられたら」としつつ、「ありがたいことにデビューしてからずっといろんな環境をいただいているので、これからも幅広くいろんなことができればと思っています」と話していた。■榊原郁恵1959年5月8日生まれ、神奈川県出身。1976年、高校2年生のときに「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝し、芸能界入り。1977年に歌手デビュー。1978年から6回連続で『NHK紅白歌合戦』に出場。1981年から1987年までの7年間、ミュージカル『ピーター・パン』で初代ピーター・パンを務める。1987年に俳優・渡辺徹さんと結婚し、1989年に長男・裕太、1996年に次男・拓弥を出産した。衣装:ジャケット、スカート=ベルマリエ玉川店珊瑚イヤリング=アジュテ ア ケイリング=NINA RICCI/エスジェイ ジュエリー
2025年05月20日●オーディション合格で「『逃げちゃダメ』と背中を押されたような気が」東京・TBS赤坂ACTシアターでロングラン上演中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』でマクゴナガル校長を演じている榊原郁恵にインタビュー。オーディションに受からなかったら引退も考えようという覚悟で挑んだ本作への並々ならぬ思い、そして「宝になった」という本作でのかけがえのない経験について話を聞いた。舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』は、小説『ハリー・ポッター』シリーズの作者であるJ.K.ローリングらが書き下ろしたシリーズ8作目の物語。小説の最終巻から19年後、父親になった37歳のハリー・ポッターとその息子・アルバスの関係を軸に描かれる新たな冒険物語は、世界中で多くの演劇賞を獲得している。2022年7月の開幕当時からマクゴナガル校長を演じている榊原は、オーディションで役をつかみとったが、芸能界入りを決めた「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」を除き、自身初のオーディションだったという。「一度もオーディションを経験したことがなかったので、お話を聞いてぜひ挑戦してみたいと思いました。60歳を過ぎて、自分の将来に対して不安もあったり、そんな年代だったので、この大きなお仕事のメンバーに入れるかどうかというのは賭けだなと思いました」そして、受からなかったら引退も視野に入れるほどの覚悟で挑んだと明かす。「私が若いときと違って周りの環境もどんどんスピードアップしていて、それについていけているのか、また、周りに自分よりも年下の人たちが多くなってきて、正直な意見を言ってもらえているのか、自分の存在がふわふわしているように感じていたので、オーディションに参加して、自分の力で役をもらえたら少し自信が持てるかなと。もしダメなら潮時という判断をしてもいいのかなと思うくらいの覚悟でした」オーディションはコロナ禍の影響によりリモートで行われた。「海外スタッフの方たちが来られなかったので、映像を撮って送るという形で演技をしたのですが、オーディションの経験がないので立ち向かい方がわからず、1シーンのセリフだけ渡されて、どういう流れでこのセリフがあるのかわからない状況で演じるというのが難しかったです。まして、マクゴナガル校長はあまりにも有名な存在で、マギー・スミスさんの印象がものすごくあったので、そこになかなかたどり着けなくて四苦八苦しました」そして、合格したときの心境を「夢のようでした」と振り返り、女優として活動を続けていこうと決意を新たにしたという。「年齢や経歴関係なく、オーディションで役を勝ち取ったというのは自信になりましたし、『これからも、もう少し頑張りなさい』『逃げちゃダメ』と背中を押されたような気がしました」●マクゴナガル校長役は「誇り」 舞台稽古初日に味わった感動も明かすまた、「初めて劇場に入ったときの感動が忘れられない」と目を輝かせる榊原。「舞台稽古を始めるときに、海外スタッフの粋な計らいで、お客さんと同じ経路で劇場に入ったのですが、『名前がここに書いてある!』『ダンブルドアやマクゴナガルがいる!』って、もう鳥肌ですよ。そして、客席に入ったら『少しだけ魔法をお見せしましょう』と、舞台で繰り出される魔法を体験させてもらって本当に感動しました。『今度はあなた方がお客さんに素晴らしい感動を与えてください』と、そんな風に演者を迎え入れてくれたことは初めてでした」そのときに観客に感動を届けるという役者のやりがいや使命を改めて感じ、その思いを胸に一つ一つの公演に挑んでいる。「3年目にして初めて観るという方もいらっしゃいますし、その方にとって『本当に今日来てよかった』と思えるような舞台にできますようにと、いつも思って舞台に立っています」マクゴナガル校長役については、オーディションで勝ち取った後もなかなか自分が思う人物像までたどり着けず苦労するも、試行錯誤を重ねて役を成長させていったという。「マクゴナガル校長はいろいろな傷や過去を抱えながらも、みんなに対して広い愛情、慈愛を持っていて、その寛大さを表現するのがとても難しかったです。最初はなかなかたどり着くことができず苦労しましたが、長く演じさせていただくことによっていろいろなチャレンジができて、役を深めることができました」改めて、本作への参加が自身にとってどんな経験になったか尋ねると「芸能界はどんどん若返りしていますし、私もそろそろ潮時かなと思うこともありましたが、自分の中にまだ向上心ややりたいという思いがあるならば、まだまだ頑張りたいなと。オーディションも初めて、ダブルキャストもロングランも初めてで、まだまだ知らないことがいっぱいあるということにも気づかせてもらい、自分の中ですごく宝になりました」としみじみ。先日、イギリスのロンドンで舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』を観劇し、さらに物語のゆかりの地を訪れたという榊原。そこでインドから遊びに来ていた熱烈なハリポタファンと出会い、改めて世界中で愛されている作品だと実感したそうで、「自分はその舞台版のマクゴナガル校長を演じていると思うと、すごく誇らしいことだなと思いました」と語る。そして、「この舞台は、ハリー・ポッターのその後を描いていて、魔法も素晴らしいですが、親子関係や友情といった世界中の皆さんに共通するようなメッセージもたくさんあるので、ぜひ見に来ていただけたらと思います」と作品の魅力をアピールした。■榊原郁恵1959年5月8日生まれ、神奈川県出身。1976年、高校2年生のときに「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝し、芸能界入り。1977年に歌手デビュー。1978年から6回連続で『NHK紅白歌合戦』に出場。1981年から1987年までの7年間、ミュージカル『ピーター・パン』で初代ピーター・パンを務める。1987年に俳優・渡辺徹さんと結婚し、1989年に長男・裕太、1996年に次男・拓弥を出産した。衣装:ジャケット、スカート=ベルマリエ玉川店珊瑚イヤリング=アジュテ ア ケイリング=NINA RICCI/エスジェイ ジュエリー
2025年05月18日タレントの榊原郁恵が10日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】「止まらなくなっちゃった」榊原郁恵を笑顔にしたお菓子とは!?「改めてホントに多くの方にお世話になって応援をして頂いて今のわたしがいるんだと痛感した66歳の誕生日でした」と綴り、多数の写真をアップした。歌手の和田アキ子や自身のチームスタッフ、お笑いタレントの和田アキ子など、多くの仲間から祝福があったことを明かした榊原。続けて「温かく見守ってくれるみんなが明るく楽しく健康でいてもらえる様、榊原郁恵頑張ります」と綴った。最後は「感謝」と締めくくった。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 この投稿にファンからは「おめでとうございます!!」「郁恵ちゃんおめでとうございます」といった祝福コメントが寄せられている。
2025年05月10日タレントの榊原郁恵が1日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】「どこへ行ったの⁉」榊原郁恵、最高のお天気と舞台体験に心躍る旅を公開‼投稿では「爽やかな5月に入りましたー!樹々の緑がキラキラ見えるこの季節・だーい好き」とコメントし、笑顔が輝くオフショットを披露した。さらに「明日『ニッポンめしあがれ』でお得情報お伝えしますよ!見逃さないでね」と告知も忘れなかった。新緑の季節に映える爽やかな表情が、フォロワーの心を和ませた。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 コメント欄には「お二人とも素敵です!」「郁恵ちゃん、ほんとに綺麗」「いつまでも若々しい!」といった称賛の声が寄せられている。
2025年05月02日歌手・森山良子が26日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】森山良子&玉置浩二、30年ぶりの共演に感動の声! 『手の中に…』を『玉置浩二ショー』で披露「広瀬未来さんのビッグバンドで、あの曲を、、、。ビッグバンドで!!!なんて幸せでしょう!ながーーく歌っていたら、思いがけずこんな経験が出来る!私にとっては、若き日の大阪万博で歌った以来、、、ですから55年は悠に過ぎて居るでしょうか。」などと綴り数枚の写真をアップ。まさかの2度目の大阪万博ライブ参加に森山自身も大興奮している様子。素敵なJAZZライブを今から楽しみにしているファンの声なども続々と寄せられて注目が集まっている。 この投稿をInstagramで見る Ryoko Moriyama(@ryoko5699)がシェアした投稿 この投稿には多くのいいねの他、「良子さんすごいですね!良子さんにしかできないと思います!」「2回目歌える人なんて!良子さん一人でしょう!」などのコメントが寄せられている。
2025年04月27日榊原郁恵が17日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】「少年と動物の熱い絆」榊原郁恵、朗読劇『青空』登壇を告知「ロンドンに行って来ましたぁ❣️お天気にも恵まれてサイコーでした。舞台も観劇して来ました❣️沢山、写真も撮ったので又アップしますね❣️#イギリス#ロンドン#ピーターパン#uk#england」と綴り、最新ショットを投稿。ロンドンの魅力がギュッと詰まった、読者を旅気分にさせてくれる投稿である。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 ファンからは「ピーターパンがピーターパンとご対面ですね」や「我が永遠のアイドル✨」とコメントが寄せられた。
2025年04月17日榊原樹里が3月18日に自身のインスタグラムを更新しました。【画像】「今日好き」じゅり(榊原樹里)、ひなた&のあと感動の再会!次は5人集合に期待!?「コストコだーいすき♥。」と綴り、大量の商品が入ったカートと一緒に買い物の様子を投稿。「紅しょうがせんべいうちのぱぱがハマってるやつだよ買ってあげた」と、家族への気遣いも見せた。 この投稿をInstagramで見る 榊原樹里(じゅり) (@juri_._0212)がシェアした投稿 ファンからは「茶髪が似ている」「コストコで絶対買うものは?」「無加工でも可愛いのすごい」などのコメントが寄せられた。投稿には多くの「いいね」が集まり、たくさんのファンが注目している。
2025年03月19日『今日好きになりました 卒業編2025 in シンガポール』に出演中のじゅり(榊原樹里)が3月4日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】じゅり(榊原樹里)、シンガポールで最新ショット公開“マーライオンポーズ(?)”にファン絶賛投稿では「卒業式終わりました、!!」「高校生でたくさんのことを経験していい3年間でした。ほんとに色んな人に感謝です。」と綴り、卒業の喜びを報告。ハッシュタグには「#卒業式 #今日好き #卒業編2025inシンガポール #07」が添えられ、晴れやかな表情の写真が公開された。 この投稿をInstagramで見る 榊原樹里(じゅり) (@juri_._0212)がシェアした投稿 コメント欄には「卒業おめでとう」「笑顔が大好き」「社会人でも頑張ってね」など多くの祝福メッセージが寄せられており、同じく卒業を迎えるファンからも「一緒に卒業できて嬉しい」などの声が上がっている。
2025年03月05日『今日好きになりました 卒業編2025 in シンガポール』に出演中のじゅり(榊原樹里)が3月4日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】「今日好き」じゅり(榊原樹里)、ひなた&のあと感動の再会!次は5人集合に期待!?じゅりさんは「今日好きになりました卒業編2025inシンガポール!3話ご視聴ありがとうございました^^❤️ྀིマーライオンポーズ(?)してます笑2日目も楽しい思い出いっぱい!!」などと綴り、旅行先での最新ショットを公開した。 この投稿をInstagramで見る 榊原樹里(じゅり) (@juri_._0212)がシェアした投稿 この投稿には「じゅりちゃん最高に可愛すぎる」「髪型可愛かった」「めちゃくちゃお似合いでしたよ」「幸せそうなじゅりちゃん見れて嬉しかった!!」など、多くの絶賛コメントが寄せられ、話題を集めている。
2025年03月04日LUV所属でタレントの榊原樹里が13日、インスタを更新した。【画像】今日好きに出演報告をする榊原樹里「今回が最後の旅、、!!4回目、、✈最後まで応援してくださると嬉しいです。」と報告した。今日好きはABEMATVが運営する高校生恋愛のバラエティ番組。今回は2025年卒業編inシンガポールの出演者を公開した13日解禁した。卒業編inソウルから連続での出演となった榊原樹里。カップルが成立できるように応援したい。 この投稿をInstagramで見る 榊原樹里(じゅり) (@juri_._0212)がシェアした投稿 高校最後の今日好き出演にファンからは「絶対幸せになって!!」「じゅりちゃん成立いのってる!かわいすぎ❤️✨」などのコメントが寄せられている。
2025年02月14日タレントの榊原郁恵が6日、自身のインスタグラムを更新。【画像】榊原郁恵、柴田理恵の舞台を絶賛!『まるで本物のおばぁ』朗読劇『青空』に出演することを報告し、観劇を呼びかけた。「私は2回目の参加ですが、毎日素晴らしいメンバーでお届けしてます朗読劇。私は明日登壇致します…よかったら是非聞きにいらしてください!」と綴り、作品の魅力をアピール。『青空』は、少年と動物の絆を描いた感動的な物語であり、石黒賢や岩谷翔吾、近藤頌利ら豪華キャストとともに、温かく優しい時間を届けるという。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 この投稿には「豪華メンバーですね!何回でも聞きたい」「郁恵ちゃん元気そうで何よりです」「明日昼の回行きます!」といった期待の声が寄せられている。
2025年02月06日森山良子が、大江千里をプロデューサーに迎えたオリジナルJAZZアルバム『Life Is Beautiful』のCDを12月18日(水)に発売した。今作は森山良子のルーツでもあるJAZZをテーマにしたオリジナル・アルバムで、大江千里とともに日本語によるJAZZアルバムとしてニューヨークで制作。レコーディングには大江千里トリオ<大江千里 (p)、Matt Clohesy (b)、Ross Pederson (ds)>が参加している。アルバムは大江書下ろしの新曲7曲に加え、「涙そうそう」(NADA SOU SOU)のセルフカバー、大江千里「Gloria」のカバーを含めた全9曲を収録。また、アルバムからのセカンドデジタル・シングル「LOST AND FOUND」もミュージックビデオの公開と併せて配信がスタートしている。森山良子「LOST AND FOUND」OFFICIAL MUSIC VIDEO<リリース情報>CD『Life Is Beautiful』12月18日(水)発売3,300円(税込)『Life Is Beautiful』ジャケット【収録曲】1.MORIYAMA作詞・作曲・編曲:大江千里2.LOST AND FOUND作詞・作曲・編曲:大江千里3.Oshaberi Bossa Nova作詞・作曲・編曲:大江千里4.Futari Dakeno Togetherness作詞・作曲・編曲:大江千里5.TONIGHT’S SPECIAL作詞・作曲・編曲:大江千里6.Life Is Beautiful作詞・作曲・編曲:大江千里7.Gloria作詞・作曲・編曲:大江千里8.NADA SOUSOU作詞:森山良子作曲:BEGIN編曲:大江千里9.Soramimi Datte作詞・作曲・編曲:大江千里CDの購入はこちらから: 『Life Is Beautiful』1月22日(水)発売4,730円(税込)【収録曲】Side-A1.MORIYAMA作詞・作曲・編曲:大江千里2.LOST AND FOUND作詞・作曲・編曲:大江千里3.Oshaberi Bossa Nova作詞・作曲・編曲:大江千里4.TONIGHT’S SPECIAL作詞・作曲・編曲:大江千里Side-B1.Life Is Beautiful作詞・作曲・編曲:大江千里2.Futari Dakeno Togetherness作詞・作曲・編曲:大江千里3.Gloria作詞・作曲・編曲:大江千里4.NADA SOUSOU作詞:森山良子作曲:BEGIN編曲:大江千里5.Soramimi Datte作詞・作曲・編曲:大江千里LPの予約はこちらから: <ライブ情報>森山良子 with SENRI OE TRIO2025年1月11日(土)長崎・アルカスSASEBO大ホール開場14:00 / 開演 15:00【チケット情報】A席:5,000円(税込)A席学生:2,000円(税込)B席:4,000円(税込)B席学生:2,000円(税込)※S席は完売()2025年1月16日(木)ブルーノート東京[1st] 開場 17:00 / 開演 18:00 ※Sold out[2nd] 開場 19:45 / 開演 20:30 ※Sold out【関連サイト】『Life Is Beautiful』特設サイト森山良子 オフィシャルサイト
2024年12月18日俳優の榊原徹士が6日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】遠藤憲一、まさかの女装姿に大反響「めっちゃ綺麗」「意外と美人さんかも」「35歳になりました」と綴り、3枚の写真をアップした。続けて「色んな人からのメッセージをいただいています。本当にありがとうございます!!」と、感謝の言葉を綴った。さらに「たくさんの人への言葉遣いを大切にしていきたいなと思う。弱音とかもたまにゃ吐いたっていいんじゃね??とかも思う」と、自身の思いを記した。 この投稿をInstagramで見る 榊原徹士(@tetsujisakakibara)がシェアした投稿 この投稿にファンからは「おめでとうー!!」「お誕生日おめでとうございます」など、祝福コメントが多く寄せられている。
2024年12月07日榊原信行が9月12日に自身のインスタグラムを更新した。【画像】榊原信行が自身のインスタグラムを更新「久しぶりに剛と会いました!」と綴り、最新ショットを公開した。「期待してます!」と締め括った。 この投稿をInstagramで見る 榊原信行 Nobuyuki Sakakibara(@nobu_sakakibara)がシェアした投稿 ファンからは多くのいいねが寄せられた。
2024年09月12日■これまでのあらすじ中学受験のためツム子が通っている塾で、同じクラスで成績トップの良子がいじめられたことが発覚。クラス担任のオイカリ先生はすぐに加害者探しを始め、荷物検査を実施。すると良子宛ての嫌がらせの手紙と同じメモ帳を持っていたツム子が加害者だと先生は思い込み、別室でいじめを認めろと詰め寄るのだった。この日からお気に入りの良子が塾に来なくなったことで、塾長から早く解決するよう言われた先生は「すべてツム子のせい」だと思い、ツム子につらくあたってはクラスから脱落させようとする。クラス替えテストでは、異なる出題範囲をツム子に伝え、それをほかの生徒に黙っているよう強要までした。しかしクラスメイトが真相を話してくれたことで先生の悪事が明らかに。先生は最後の望みを掛けて良子に電話するが、良子から「自分が手紙を書いた」と告白され、ショックを受けるのだった。■返り咲き…!■何のごめんなの?何に対しての「ごめん」なのかハッキリ言われず、ツム子は良子が何を考えているのか想像できませんでした。ツム子が先生に犯人だと思われていじめ抜かれてるときに、良子は家庭教師を雇っていて、オイカリ先生がいなくなって復帰したらあっさりクラス1位に返り咲き…。急に馬鹿馬鹿しくなったツム子は、塾を辞めたくなってしまったのでした。ツムママさんの当時の記憶によると、良子は「オイカリ先生のことが好きだったけど嫌いになったから塾を休みたくて…、なんかごめんね」というニュアンスだったとのこと。少なくとも良子はツム子が加害者扱いされたのを知っていて、それをオイカリ先生に否定しなかった。もちろん否定したら自作自演がバレるわけで、子どもだったし仕方ないのかもしれない。自己防衛だったのかもしれない。だけど…。ツム子は自分の中に生まれた感情を消化できず、良子を許せなかったのです…。次回に続く「あの日、私はいじめの加害者にされた」(全64話)は12時更新!
2024年06月01日■これまでのあらすじ中学受験のための進学塾で、いつも成績1位の優等生・良子がいじめに遭った。良子をひいきしていた担任のオイカリ先生は加害者探しをする中で、同じクラスのツム子がやったのだと確信。本人に罪を無理にでも認めさせようとするが、ツム子はやっておらず否定するのだった。かわいい良子が塾に来なくなったので、問題解決のためツム子をクラスから追い出そうと先生は嫌がらせを始める。さらにクラス替えテストの出題範囲についてツム子だけ誤ったものを伝えるのだった。結果、成績上位クラスにいられなくなったツム子は、クラスメイトによってすべてオイカリ先生の策略であったことを知る。するとその話が塾長まで届き、オイカリ先生は担任から外されることに。しかし良子の証言があれば塾長の判断も変わるかと思った先生は、良子に最後の望みを掛ける。しかし良子から自分が犯人だと打ち明けられ…。■ふたりは仲がよかった!?■これは夢!?「良子は完全に被害者なのか…?」それは、ツムママさんが当時からずっと疑問に思っていることだそうです。自分の身を守るためのウソだったのか、それともツム子を陥れるためのウソだったのか?ツム子が先生に疑われたのは、「いじめのメモが原因」で、そのメモは「良子が」ツム子と新居に配ったものでした。しかも「新居が休みの日」にあんな(教室で泣き出す)ことをして…、「ツム子が疑われる」と1ミリも思わなかったのか?そう考えると、謎は深まるばかり。唯一わかっているのは「良子がオイカリ先生のことが好きだった」ということ。でも事件後、良子はもう先生のことを好きではなくなっていました。明らかに良子をひいきしていたオイカリ先生はどう思っていたのでしょうか。次回、ツム子が良子を…!?次回に続く「あの日、私はいじめの加害者にされた」(全64話)は12時更新!
2024年05月31日■これまでのあらすじ中学受験に備え進学塾に通っていたツム子は、所属している成績上位クラスの担任にいじめの加害者だと決めつけられてしまう。同じクラスで1番成績が優秀な良子の机に入っていた嫌がらせの手紙が、ツム子のメモ帳と同じ紙で書かれていたからというのが先生の主張。やっていないツム子は認めないが、信じてもらえない。しかも良子がそれ以来塾に来なくなったことから、先生は自分の評価が下がるのを避けるためなんとしても良子を復帰させようとする。ツム子をいじめ抜き、クラス替えテストの出題範囲の変更をツム子にだけ伝えないなど、その行いはひどいもので…。先生の狙い通り下のクラスに脱落したツム子は、クラスメイトから先生の悪事を聞かされる。それを聞いていたコワモテ先生によって塾長に話が渡り、オイカリ先生は担任をはずれることに。しかし、最後の望みを掛けて良子に電話をするのだが…。■先生、私です…■俺はなんのために…!?「先生…、私です」開口一番、そう言った良子。最初、オイカリ先生は電話に出たときのあいさつだと思いますが…。しかしすぐにそれが、あの手紙を書いた人物のことを言っているのだと気づきます。「じゃあ俺は何のためにつむ田をいじめたんだ!?」「なぜあんなことまでしてクラスから追い出したんだ…!?」「なんのために自分の職場までも手放さなければならなかったんだ…!?」オイカリ先生はショックで言葉が出て来ません…。すると、良子はオイカリ先生に頭をなでられるのが「すごく怖かった」と話し始め…。次回に続く「あの日、私はいじめの加害者にされた」(全64話)は12時更新!
2024年05月30日株式会社咲楽は、2024年6月上旬頃より、美肌の湯として人気の高い榊原温泉地で、「パーソナルコスメ製造体験教室」を開講することとなりました。ベテランスタッフが丁寧にお教えしますので、初めての方でも安心して化粧品を作ることができます。化粧品の基礎を楽しく学べる、体験学習型ワークショップ■「パーソナルコスメ製造体験教室」基本情報◇日時6月12日 水曜日 14:00~15:30 (90分)/定員6名6月15日 土曜日 10:30~12:00(90分)/定員8名14:00~15:30(90分)/定員8名計3回◇場所株式会社咲楽榊原工場(SAKURA榊原工場)三重県津市榊原町字的場5903-5※榊原郵便局のとなり<車>伊勢道久居ICから約20分店舗向かい側に無料駐車場有り◇お申し込み方法下記メールアドレスまたはフリーダイヤルからお申し込みください。・メールアドレス: onsen@saku-ra.co.jp・フリーダイヤル: 0120-89-4874 (ハヤクシワナシ)(受付時間:平日10時~17時)◇体験料金1回体験料金:通常4,400円(税込み)→「開講記念 特別価格3,300円(税込み)」◇参加人数サポートが行き届くよう、最大8名までの少人数制です。団体様でのご利用も可能です。ご相談ください。◇決済方法体験日当日、現地にてお支払いいただきます。※現金・クレジットカード、PayPayでのお支払いが可能です。■咲楽「パーソナルコスメ」の特徴榊原温泉は飛鳥時代に伊勢神宮に参拝するまえに身を清める「湯ごり」の温泉として栄え、美人の湯、美肌の湯としても人気でした。また歌人として有名な清少納言は「枕草子」のなかで「湯は七栗の湯、有馬の湯、玉造の湯」と詠われ、この「七栗の湯」が現在の榊原温泉だと言われています。榊原温泉は美容効果の高い「アルカリ性単純泉」であり、ヌルヌル、トロトロなお湯は肌をすべすべにすると評判です。化粧水はその成分の90%近くがベース水になります。その他の成分は、防腐成分が大部分を占めており、他に少しの保湿成分や美容成分が配合されています。「咲楽」はそのベース水に着目。化粧品の1番多くを占めている使い心地を左右するベース水を美肌の温泉水に置き換えることで、今までにない保湿感を実現。添加物の少ない、よりナチュラルな化粧品の開発に成功しました。今回は、「ベース水に榊原温泉水を使用した商品の製造体験」を行っていただきます。■咲楽「パーソナルコスメ製造体験教室」の魅力体験は少人数制なので、初心者・不器用さんをしっかりサポートする体制が整っており安心です。肌質や肌の悩みに合うもの、使うシチュエーションに合わせて選ぶことができます。例えば、グリセリンやBG、ヒアルロン酸などの美容成分を配合前の原液の状態で性状を確認していただけるので、それぞれの成分の役割や重要性を知ることができます。敏感肌の方には「濃縮温泉水」をベース水として、お肌の状態に合った刺激の少ない製品を作ることが可能です。防腐剤もケミカル由来な防腐剤ではなく、自然由来の成分から作られたナチュラルな防腐剤をご用意しています。■今後の展開について今回は平日(水曜日)と、土曜日の開催となりますが、今後は曜日や時間などもフレキシブルに対応できるよう計画しています。まずは、「化粧水作り」から体験していただき、美容液、乳液、洗顔ソープなど、上級コースの開講も予定しています。(出典元の情報/画像より一部抜粋)(最新情報や詳細は公式サイトをご確認ください)※出典:プレスリリース
2024年05月17日「絶対100%合格塾」に通っていた小学生のつむ田さんは、ある日、成績トップの良子ちゃんに悪口の手紙を書いた犯人にされてしまいます。泣きながら「自分じゃない」と否定するのですが、先生は信じてくれず、その日からつむ田さんに嫌がらせをするようになっていったのでした。そんなある日、つむ田さんを下のクラスに落とすためだけに、テスト直前にテスト範囲を変えるなどの不正をしたオイカリ先生。後日たまたまオイカリ先生の不正について、生徒たちが話しているのを別の講師が聞いたことで事態は急変。塾内でこの事実が明らかになると、塾長は大激怒。オイカリ先生はしばらく自宅謹慎を言い渡されたのでした。「終わった……俺の人生」そんなことを思いながら、自分の荷物をまとめていると、1枚のメモが出てきました。そのメモを見て、良子ちゃんの存在を思い出したオイカリ先生は、良子ちゃんの家に電話をかけることに。 最初は良子ちゃんお母さんに断られていたものの、なんとか良子ちゃんにつないでもらえたオイカリ先生。すると、良子ちゃんから「悪口の手紙を書いたのは自分です」という衝撃の事実が語られました。さらに、手紙を書いた理由は、オイカリ先生が良子ちゃんの成績しか見ていなかったことにあったのでした。 良子ちゃんは捨て台詞を吐くと、一方的に電話を切ってしまったのでした。 オイカリ先生がいなくなると、良子ちゃんは塾に戻ってきて… オイカリ先生が塾からいなくなると、すぐに戻ってきた良子ちゃん。 「すげー休んでたのに」 「良子ちゃんまた1位じゃん」 塾をずっと休んでいたにもかかわらず、成績は変わらず1番なことにザワザワするクラスメイトたち。 良子ちゃんはつむ田さんを見つけると、「ちょっといいかな?」と声を掛けました。 「……ごめんね」 2人きりになると、真っ先に謝ってきた良子ちゃん。 しかし、つむ田さんの本音は"許せない"といものだったのです。 その日の夜、つむ田さんは家に帰ると、お母さんに塾をやめていいか相談をしたのでした。 良子ちゃんから謝罪を受けたものの、"許せない"という気持ちが強かったつむ田さん。良子ちゃんも、まさかつむ田さんにこんなに迷惑をかけることになるなんて思っていなかったと思うのですが、現実はオイカリ先生から目の敵されて頻繫に嫌がらせを受けるなど、かなり迷惑がかかってしまっていましたよね。つむ田さんが「許せない」と思うのも無理はないと思うので、塾を辞めるという選択に両親が理解を示してくれることを願います。著者:マンガ家・イラストレーター ツムママ
2023年08月09日「絶対100%合格塾」に通っていた小学生のつむ田さんは、ある日、成績トップの良子ちゃんに悪口の手紙を書いた犯人にされてしまいます。泣きながら「自分じゃない」と否定するのですが、先生は信じてくれず、その日からつむ田さんに嫌がらせをするようになっていったのでした。そんなある日、つむ田さんを下のクラスに落とすためだけに、テスト直前にテスト範囲を変えるなどの不正をしたオイカリ先生。後日たまたまオイカリ先生の不正について、生徒たちが話しているのを別の講師が聞いたことで事態は急変。塾内でこの事実が明るみになると、塾長は大激怒。オイカリ先生はしばらく自宅謹慎を言い渡されたのでした。「終わった……俺の人生」そんなことを思いながら、自分の荷物をまとめていると、1枚のメモが出てきました。そのメモを見て、良子ちゃんの存在を思い出したオイカリ先生。すると、早速ある行動に出て……? 荷物整理をしていると、ひとりの生徒の存在を思い出して… 「もしもし、出木杉さんのお宅ですか?」 「あの先生……前にもお伝えしたように娘は」 「良子さん出してもらえますか?」 「お願いです。実は私……良子さんの担任を辞めることになりまして」 オイカリ先生がやんわりと事情を話すと、「娘に聞いてみます」と返したお母さん。 (頼む……出てくれ良子……っ。お前だけは俺のために) オイカリ先生が心の中で必死に良子ちゃんが出てくれるのを願っていると、受話器から声が聞こえてきました。 「もしもし……先生、私です」 その声は紛れもなく良子ちゃんの声だったのでした。 メモを見て良子ちゃんの存在を思い出し、電話をかけたオイカリ先生。オイカリ先生と良子ちゃんはあくまで塾講師と生徒という関係でしたが、いつも成績トップだった良子ちゃんは、生徒の中でも特別な思いがあったのかもしれません。オイカリ先生が何を話したくて電話をしたのかは分かりませんが、よからぬことに発展しないことを祈ります。著者:マンガ家・イラストレーター ツムママ
2023年08月04日榊原郁恵さん(64)。太陽のような明るさで家族や周囲を照らしてくれた渡辺徹さん(享年61)。だが、笑顔の陰には、病魔との闘いがあった。ときには無理なほどの節制を渡辺さんに求めたこともある。それは郁恵さんにとっても、つらいことだったに違いない。いま、渡辺さんは天国から「おれたち、頑張ったよな」と郁恵さんにほほ笑みかけているだろう。■郁恵さんが23歳のとき渡辺さんと初対面。2人は交際を重ね、結婚。家族に恵まれて2人の出会いは、郁恵さんが『ザ・トップテン』の司会をしているとき。渡辺さんは『約束』(82年)が大ヒットして、番組に登場したのだった。雑誌のインタビューなどで渡辺さんは、郁恵さんとの第一印象を『挨拶したのに、無視された』と、冗談交じりに回想している。「『適当にあしらわれた』なんて(笑)。でも、私は全然、そんなつもりがなくて、挨拶をされた記憶がないんです。司会進行の確認などをしていたので、気づかなかっただけなんだと思います。向こうは向こうで私の印象が悪かったようですが、反対に、私のほうも主人のことを“軽い人だな”って思っていました。歌がヒットしてたびたび番組にも来ましたが、そのたびに太ったりしていたので、最大限の嫌みとして『ずいぶん、丸くなりましたね』なんて言ってみたり」“軽い人”のイメージは、84年、ドラマ『風の中のあいつ』で共演したことで、プラスのイメージに反転した。「俳優仲間やスタッフにも分け隔てなく明るく接する様子を、私は一歩引いたところから見て“居心地のいい空間を作る人だな”って思うようになったんです」劇団出身の渡辺さんには現場マネージャーがついておらず、スタッフとも直接、スケジュールのやりとりをしているし、ファンとも気軽に交流を持ち、受け取ったお弁当をその場で食べていた。「これまで接したことがないタイプだったので、驚きもあり、惹かれていったんでしょうね」渡辺さんも、郁恵さんのことを気になり始めたのだろう。「ドラマ撮影の途中、私は舞台『ピーター・パン』の出演のために1カ月ほどお休みしたんです。そのときも『近くで撮影があったから、顔を出しに来たんだ』って、楽屋まで来てくれたりしました」渡辺さんからは電話番号を渡されていたため、郁恵さんはお礼の電話をしたかった。「でも、ホリプロは厳しく、都内で寮生活をしていたころから『親、きょうだい以外には自分の電話番号を伝えてはいけない』と言われていて(笑)。悩みながら、電話したんですが、ドラマの収録が終わるころには、毎日のように電話をするようになったと思います」有名人カップルであったが、隠れてデートすることはなかったという。「母と住む私の家に主人が来て、近場の公園や、レストランに行ったり。遠出といっても横浜ですが、主人が出演した映画のロケ地があって『おれはこういう芝居をしたんだ』という説明をされたことも。お付き合いしたてのころは、なんでも楽しいですからね。人間関係などを含め、私の世界を広げてくれるいい男友達という感覚だったんです。でも、私のほうが年上だし、25歳と、当時の結婚適齢期だったため、主人は最初から結婚を視野に入れて、覚悟してお付き合いを始めたそうです」結婚後、長男で俳優の渡辺裕太さん、次男と2人の子供に恵まれた。「主人はとっても優しい人なので、子供を猫っかわいがりすると思ったんですが、お父さんとしての出番はあまりなかったんです。私も主人も仕事が忙しく、同居している私の母が、子供たちの親代わりのように接してくれたんです。渡辺家にとっても、裕太は初孫。渡辺のお父さんはかちんこちんに緊張しながら、抱っこして、かわいがってくれて。あとになって主人に聞くと『おれがいろいろ子育てしたら、おじいちゃんとおばあちゃんの楽しみを奪っちゃうだろ』と話してくれました。『なにを都合のいいことを』なんて笑いましたが、きっと本心だったんでしょうね」幸せな家族の時間が流れたが、一方で渡辺さんが病気と向き合い、郁恵さんが伴走する日々でもあった。■病室で還暦を迎えた渡辺さんは息子たちから贈られた赤いブリーフに大喜び「主人が糖尿病になったのは、30歳くらいのとき。もともと太りやすい体質で、普通の量を食べても太ってしまうのに、お料理番組にレギュラー出演していたから、食べる量も多かったんですね。休みなく仕事をしていたから、本人は意識してなくてもかなりストレスがあっただろうし、周囲からの『痩せろ』という声に、いらだつこともあったと思います」「とにかく運動」と医師から指導されても、運動する時間がないし、時間があれば眠りたい。頑張って痩せても、地方公演で2〜3カ月巡業すると、後援会との夜のお付き合いがあるため、リバウンドしてしまう。「いまの私でも無理なほど、ぎりぎりのカロリー制限をした時期もありました。調味料に関しても、ほんのちょっとでも我慢。空腹をしのぐために、私がキャベツの千切りを山盛り出して『このまま食べて』と言ったときは、さすがに主人も怒って……。『そんな味気ないものを食べる悲しさがわかるのか』って。本当にそのとおりですよね」12年には虚血性心疾患、13年には膵炎、コロナ禍の21年には大動脈弁 狭窄症の手術を受けている。郁恵さんも万全な体調ではない渡辺さんを支えた。「21年に倒れたときは、病室で還暦を迎えました。コロナ禍ということもあり、私だけ許可をもらってお見舞いすることができたんです」その日、病院の最寄りの駅まできてくれた裕太さんから、子供たち2人のプレゼントを受け取った。「それを主人に渡して、包みを開けたら赤いブリーフが3枚入っていたんですね。すごい気の利いたプレゼントで、主人は大喜び。私は“私が顔を出すのがいちばんのプレゼント”だなんて、手ぶらで行ってしまっているのに(笑)」郁恵さんは渡辺さんの入院を、適切な治療で回復をし、仕事に復帰するための期間だと、前向きに捉えていた。「でも、主人にとっては、病院という特別な空間で、寂しいし、つらいと思うこともあったはず。時間があるので考え込んでしまい、仕事への不安を感じる瞬間もあったかもしれません。そんなときに、元気が出る赤いブリーフがすごくうれしかったはずです。主人の健康には気を使っていましたが、そうした心のケアの部分で、子供たちがフォローしてくれたんですね」何度も大病を乗り越えた渡辺さんだったが、近年は、長年の糖尿病が起因となって人工透析を受けていたという。「肉体的にも、心情的にもつらい治療です。お仕事によっては、スケジュール的にご迷惑をおかけすることも多々ありました。人工透析のことは、あえて公表することはしませんでした。仕事にも影響するし、どう受け止められるのかわからなかったためです。“だらしない生活をしていたから”と誤解されることもあるかもしれません。でも、主人は頑張っていたし、さまざまな病気に見舞われても現実を受け止め、最大限、ふんばって、治療に、仕事に意欲的でした」長期間、地方に行くときは、滞在先の医療機関で透析を受けることもあったという。「たぶん主人のことだから、行く先々で、気軽に患者の方ともお話ししたかもしれません。大勢の方が受けている人工透析の励みにもなったのではと思います」満身創痍でも、妻を愛し、家族を愛し、そして仲間や仕事を愛した渡辺さんは、11月28日、家族や親族に見守られ逝去した。棺の中には、山盛りのごはん、お気に入りのスーツや家族や親戚が書いた手紙をおさめた。「みんな、どんな手紙を書いたのかはわかりません。私は──。主人からは、よく『おれのことを愛しているのか』『本当に好きなのか』なんて言われることがありました。夫婦でベタベタする恥ずかしさもあって、私はそっけなかったのかもしれません。思い返してみれば、感謝の言葉をかけてくれるのはいつも主人で、照れもあった私からはなかなか口にすることはなかったんですね。でも……、主人と最期のお別れをするとき、思い浮かぶのは感謝の言葉以外、ありませんでした。『これまで、本当にありがとうね』と──」
2023年06月25日2023年5月12日、タレントで俳優の榊原郁恵さんが自身のInstagramを更新。2022年11月に亡くなった、夫で俳優の渡辺徹さんの誕生日をお祝いしたことを報告しました。榊原郁恵「渡辺家にとっては、大事件を起こした…」1987年に結婚をした渡辺さんと榊原さん。バラエティ番組でお互いのエピソードを話すなど、芸能界きってのおしどり夫婦として知られています。渡辺さんの62回目の誕生日である2023年5月12日に、榊原さんはお祝いの料理を作ったそうです。榊原さんが用意したのは、お赤飯とマヨネーズを添えたゆで卵、そして赤ウインナーでした。並べられた料理について、榊原さんは「渡辺家にとっては、大事件を起こした話題の赤ウインナー!!」とコメント。テレビ番組などで何度も披露された、赤ウインナーが食卓に並ばないことに怒った渡辺さんが家出をしたエピソードにちなんで紹介しました。手作りした料理を渡辺さんの遺影の前にお供えした榊原さん。「『ありがとう。でも、今じゃ無くて…もっと前に食べたかったなぁ!』そんな声が聞こえてきそう!」と、心境をつづっています。※画像は複数あります。左右にスライドしてご確認ください。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 榊原さんの投稿には、多くのコメントが寄せられていました。・きっと喜んで思う存分食べていますね!・天国から見守っていますよ!・徹さんの写真と位牌を見て涙が出ました。郁恵ちゃんの優しさにも涙です。渡辺さんは、きっと榊原さんが心を込めて用意してくれた料理を喜んでいることでしょう。[文・構成/grape編集部]
2023年05月12日タレントで俳優の榊原郁恵さんが、2023年2月9日にInstagramを更新。2022年11月に亡くなった、夫であり俳優の渡辺徹さんとの『思い出の味』にまつわるエピソードを投稿しました。亡き夫・渡辺徹の遺影に供えられたのは?榊原さんにとって『思い出の味』になった食べ物は、ルームウェアなどを展開するブランド『ジェラートピケ』が運営するカフェのクレープ。渡辺さんが亡くなる前に2人で食べたことがあるそうで、これまでにも何度か写真をInstagramに投稿しています。同年12月21日の投稿では、クレープを持った榊原さんと渡辺さんが嬉しそうな表情を見せている、ツーショット写真を公開していました。※画像は複数あります。左右にスライドしてご確認ください。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 2023年1月31日には、クレープの味が無性に恋しくなって1人で買いに行ったことを報告。クレープの写真を載せるとともに「おいしいから好きなのに、なんか『思い出のクレープ』になっちゃった」と語っていました。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 そして2023年2月、この『思い出の味』の投稿をきっかけに『ジェラートピケ』は、榊原さんにルームウェアをプレゼント。榊原さんは、もらったルームウェアを着た写真を投稿しました。 この投稿をInstagramで見る 榊原郁恵(@sakakibara.ikue)がシェアした投稿 《思い出の味》としてクレープをインスタにアップしてたらな・なんと…そのお店『ジェラートピケ』さんからお家で温かくゆっくりカラダを休めて下さいとあたたかルームウェア頂きましたsakakibara.ikueーより引用さらに、渡辺さんとの『思い出の味』であるクレープのディスプレイもプレゼントされたそうです。榊原さんは、ディスプレイを渡辺さんの遺影の横に供えた写真も公開。「温かい優しさに感謝です」とつづっていました。『ジェラートピケ』の粋な計らいに「素敵」といった声が寄せられています。・素敵な贈り物ですね。徹さんも喜んでいると思います。・ルームウェアとてもお似合いです!笑顔がかわいい!・温かくて優しいプレゼントに、涙が出そうです。ルームウェアをもらった榊原さんはきっと、身体も心も温まったことでしょう。渡辺さんも、素敵なプレゼントにほほえんでいるかもしれませんね。[文・構成/grape編集部]
2023年02月10日「不死鳥のような人ですから」12月5日夕方の会見で、11月28日に敗血症のため亡くなった夫・渡辺徹さん(享年61)について、そう語った榊原郁恵(63)。11月20日に入院後、急激な体調変化があったといい、郁恵は病院で医師に病状を説明されても、「あの人のことですから」と実感が湧かなかったという。幾度も病気と闘ってきた徹さん。普段と変わらない生活のなか、家族にも思いもよらないかたちでの逝去だったという。「ご夫婦でウチに来てくれたばかりだったのに……。体調が悪いようには全然見えませんでしたよ」そう驚きの声を漏らすのは、浅草の老舗洋食店「ヨシカミ」の店長。亡くなる2週間前の11月13日には、郁恵とともに「ヨシカミ」で食事。長男でタレントの渡辺裕太(33)が出演した落語会を見たあとのことだった。「ウチに来てくれたのは2回目だったので、『また息子さんの落語見に来られたんですか?』と聞いたら、『覚えててくれたんですか!?』とうれしそうに答えてくれました。サインをお願いしたらご夫婦で快く書いてくれて。テレビで見るままの、おしどり夫婦でしたね」元気な様子を見せていたなかでの突然のお別れに、驚く声は多い。「10月から11月にかけては舞台出演もこなしていたんですが……。舞台初日に取材に応じた際は、自身の体重に触れ、『最盛期が130キロ。今73キロくらい。すべては妻のおかげでございます』なんて、郁恵さんへの感謝を口にしていました」(スポーツ紙記者)徹さんの人生は、さまざまな病気に苦しんだ人生だった。そしてそれを支えてきたのが妻の郁恵だ。’84年のドラマでの共演をきっかけに交際し、’87年に結婚。「もともと徹さんのほうが郁恵さんのファンだったそうです」(前出・スポーツ紙記者)結婚4年目、徹さんが30歳のときに最初の大病を患うことになる。「当時は1日6食も食べていたそう。そんな食生活がたたり、’91年に急性糖尿病で緊急入院したのです」(前出・スポーツ紙記者)その後、急激なダイエットやリバウンドを何度も繰り返すことに。「郁恵さんは食事面のケアのほか、夜に2人で1時間ほどウオーキングをするのが習慣だと話していたこともあります」(芸能関係者)郁恵には、苦い記憶があった。自らの父の突然死だ。「郁恵さんのお父さんは53歳で亡くなっています。死因は心筋梗塞。ゴルフから帰ってきて、玄関先で倒れたまま帰らぬ人になったといいます。郁恵さんは当時21歳。お父さんの死に目には会えなかったようです。その経験があったから、徹さんの体もとても心配していたんです」(前出・芸能関係者)■夜中でトイレで嘔吐する徹さんの背中をさすって…ただ郁恵がいくら注意しても、徹さんは家庭外で暴飲暴食。そんな彼を郁恵の父と同じ病気が襲ったのは、’12年。「徹さんは50歳でした。心筋梗塞と診断され、6時間も手術を受けました」(前出・スポーツ紙記者)このとき、徹さんの異変に最初に気付いたのも郁恵。「顔色が悪いから病院に行ったら?」と言う妻に、徹さんは「自分の体は自分がいちばんわかってんだから」と言い返したそうだ。「その後も、やはり体調が悪い日が続いたそうです。『夜中にトイレで嘔吐していたら、郁恵が何も言わずに背中をさすってくれた』と、徹さんはのちに話しています。当時控えていた舞台に徹さんが意地でも出演しようとしていたのを、郁恵さんが関係者に『降板させます』と伝えたこともあったそう。それを知り徹さんは『勝手なことをするな』と反発したといいます」(前出・芸能関係者)そして、徹さんが病院を受診して心筋梗塞の診断を受けると、「郁恵さんは『しっかり治しましょうね』と毅然と振る舞い彼を安心させたそう」(前出・芸能関係者)以降も、翌’13年に膵炎で入院。’16年には慢性心不全。さらに昨年4月には大動脈弁狭窄症の手術を受けるなど病魔に襲われ続けた。今年初めには夫婦で新型コロナウイルスにも感染した。ただ近年の徹さんには、心境の変化があったようだ。2年半前の本誌取材で、こう話している。《結局、女房の言うとおりにするのが一番だと気づきました。昔は「もっと食べさせろ」「味が薄すぎる」なんて反抗したりしましたけど、家庭菜園まで始めてくれましたし》(’20年3月24・31日合併号)今年の10月20日配信のインタビュー(Yahoo!ニュース Voice)では、徹さんは郁恵への懺悔を口にしていた。妻が父を心筋梗塞で早くに亡くしたにもかかわらず、自分も心筋梗塞になってしまったことに触れ、「どれだけかわいそうなことをしてしまったんだろうと今になって思います。すごく反省しました」そして健康診断や検査にマメに行くようになったとも話している。「妻を安心させたいと考えていたのでしょう」(前出・芸能関係者)■SNS投稿していた夫婦の未来への期待徹さんは、11月19日、秋田大学の医療フォーラムにゲスト参加。当日の様子を広報担当者は、「当初はパネリストとして会場でご発言いただく予定だったんです。ただ当日の朝に、ご本人から『微熱があるみたいで』とお話があり、昨今のコロナ情勢もございましたので、念のため控室からお一人で配信での参加というかたちに変更しました。モニター越しではありますが、時折冗談も交えながらの、お元気な印象でした」19日のうちに秋田から帰京。20日に発熱、腹痛などの症状が出たため、病院で検査を受けると細菌性胃腸炎と診断され入院。その後、敗血症と診断されて治療を受けていたが、帰らぬ人となった。「郁恵さんのお父さんと同じ突然の逝去。ただ郁恵さんは、徹さんの最期を看取ることができたそうです。憔悴しながらも葬儀の準備などには気丈に対応していたといいます」(前出・スポーツ紙記者)昨年10月、34回目の結婚記念日に郁恵はインスタグラムを投稿。《これから先…ふたりにどんな事があるのかなぁ!皆さんこれからも宜しくお願いします》と綴り、徹さんから贈られた白い胡蝶蘭を公開。「一生を共にさせてください徹より」というメッセージも添えられていた。全霊で看病してきた31年。早すぎる死の無念は計り知れない――。
2022年12月06日11月28日に敗血症のため61歳で亡くなった俳優・渡辺徹さんの妻でタレントの榊原郁恵(63)と長男で俳優の渡辺裕太(33)が5日、都内で会見を行った。同日、都内で家族葬を執り行い、喪主は長男の裕太が務めたという。裕太は「本日は父・渡辺徹のことで皆さん集まっていただきましてありがとうございます。本日、家族葬にて葬儀・告別式を無事執り行うことができました」と報告し、「父を応援してくださった方、仲良くしてくださった方に対して本当に感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました」と感謝した。郁恵は「本日は足元の悪い中、世の中はサッカーで盛り上がっている中、渡辺徹のことで皆さんにお集まりいただいたこと、家族としてはすごくうれしいです。渡辺徹を話題にしてもらって、渡辺徹のことを皆さんであーだこーだ言っていただけていることは、渡辺徹という人は偉大だったんだなと思うような瞬間だったので、皆さんにお集まりいただいたことをまずは感謝しております」と挨拶。「私たちにとっては思いもよらないことでしたので、どのようにしてこの事態を受け止め、どのようにして送ったらいいのか一生懸命考えて、最終的に家族葬となったことにより、諸先輩方やお世話になった方々やお仲間、後輩、私たち以上に愛してくださった方々、たくさんいらっしゃったと思いますが、私たちはそこまでフォローできる度量がなく、皆様に対して大変無礼をしてしまいました。この場をお借りして皆様にお詫びしたいです」と述べ、「でも裕太が喪主を務めてくれて無事に渡辺徹を見送ることができました。皆様が見守ってくださって感謝したいと思います。ありがとうございました」と感謝した。2人は笑顔も見せながら気丈に会見。郁恵は、棺の中に「山盛りのご飯」を入れたことを明かし、「もう制限ないからっていっぱい入れて」とにっこり。「あとは写真と、家族・親戚みんなにコメントを書いてもらって、一番高いスーツを入れてかっこよく、私と主人の出会いの花も入れて、最後は舞台のときに必ずかけていた坂東玉三郎さんからいただいたのれんをかけました」と明かした。渡辺徹さんは11月20日に発熱、腹痛等の症状が出たため都内の病院に受診したところ、細菌性胃腸炎と診断され入院。その後、敗血症と診断され、加療したが11月28日21時1分に亡くなった。
2022年12月05日2022年9月25日、埼玉県さいたま市にある多目的ホール『さいたまスーパーアリーナ』にて行われた総合格闘技イベント『超RIZIN』での、ある出来事が議論になっています。この日行われたのは、格闘家の朝倉未来(あさくら・みくる)選手と、アメリカの格闘家であるフロイド・メイウェザー選手による試合。試合前、メイウェザー選手に花束を贈呈するためリングに上がった、政治団体『ごぼうの党』の代表である奥野卓志氏は、無言で花束を床に投げ捨てたのです。目の前で花束を投げ捨てられたメイウェザー選手は、冷静に落ちた花束を拾い上げ、セコンドにそっと手渡しました。花束を投げ捨てられたメイウェザー対応に「かっこよすぎる」「ごめんなさい」メイウェザー選手がここで怒りをあらわにしたら、イベントそのものに支障が出ていた可能性もあったでしょう。ネットでは関係者を含む多くの人がメイウェザー選手の行動を称賛し、1人の日本人として謝罪の言葉を述べました。榊原信行CEO、メイウェザー選手への『花束投げつけ』に謝罪同日のイベント中にリングに上がった、『超RIZIN』の運営を行う、株式会社ドリームファクトリーワールドワイドのCEOである榊原信行さん。榊原さんはメイウェザー選手への『花束投げ捨て行為』について、このようにコメントをしました。「超RIZIN」に続いて行われた「RIZIN」の途中でリングに上がった榊原CEOは「本当に情けない、恥ずかしい行為を働いた人間がいます。リングの中は本当に神聖な場所だし、命を懸けて闘う選手たちに、どちらを応援する、どちらのファンだとか関係なく、礼節を持って対応するべきだとそう思っています。本当に品性下劣な男をこのリングに上げたことを、この場を借りておわびしたいと思います。すみませんでした。本当に悔しいです」と謝った。「残念なことに世界中で流れているので、日本人の恥をさらすことになったことは本当に悔しいし、2度とこういうことが起きないように全力でやります。許してください。すみません。本当に勘弁してください。ごめんなさい」と頭を下げた。サンケイスポーツーより引用写真は試合前の会見のもの今回の花束贈呈は、最前列で観戦できるプレミアチケット『超RIZIN NFT DIGITAL TICKET』の最高額落札者が担当する決まりになっていました。奥野氏はこのチケットを420万の最高額で落札し、メイウェザー選手への花束贈与の権利を手にしたのです。榊原さんはメイウェザー選手への対応を深く謝罪すると同時に、騒動を起こした奥野氏の行為を強い言葉で批判。「日本人の恥をさらすことになり、本当に悔しい」と思いをあらわにしました。今回の件に対し、榊原さん以外の多くの人からも、メイウェザー選手への謝罪の声が多数上がっています。次回、日本でリングに上がる時は、メイウェザー選手が心を曇らさずに試合を終えることを誰もが祈っているでしょう。[文・構成/grape編集部]
2022年09月26日