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文:八木 奈々写真:後藤 祐樹みなさんは、誰かに“贈り物”をしたことはありますか…?普段お世話になっている知人や、大切な家族。友人、恋人、もう二度と会えないかもしれないあの人……。溢れるいとおしい気持ちや言葉に詰まるほどの感謝の気持ちを“贈り物”という形で示すことはとても素敵なことですよね。今回、私がおすすめしたいのは、“本”の贈り物。“物語”というのは贈る側にも贈られる側にも、さまざまな可能性を見せてくれます。贈り手の心をまっすぐに表現し、贈られた人の心に寄り添う……。そう、本の贈り物はラブレター。本を読みながらふと思い浮かんだあの人に、その物語を贈ってみませんか……? どんな言葉を並べるよりも想いが伝わる一冊があるかもしれません。1. 原田マハ『スイートホーム』町の小さな洋菓子店“スイートホーム”を営む香田家をとりまく家族の物語。他、全9編からなる心温まる短編集。絵に描いたような幸せとはきっとこういうこと。街も人も非の打ちどころが一切なく、善人と美味しいものしか登場しません。もちろん良いことばかりではないけれど、悪いことばかりでもない。道中に広がるスイーツの香りにパティシエの振る舞い、看板娘たちの楽しい会話で、気づいた時には“幸せ”が伝染していく。もちろん私たち読者にも。若干の胸焼けを覚えるほどの理想的な幸せの物語。幸せから始まって幸せで終わる。……あ、もしかして今、つまらなそうって思いましたか?一度、思い出してみてください。純粋に日常を描いた真っ直ぐな絵本を楽しんでいたあの頃を。刺激がない物語は、ときに、それ以上の“衝撃”を私たち読者に届けてくれます。誰かのやさしさに触れたい時、寄り添ってほしい時に読みたい、いや読むべき、大人のためのおとぎ話。読後は大切な誰かに、そして自分自身にエールを送りたくなること間違いありません。いいじゃないですか。みんなが幸せになる物語。2. 瀬尾まいこ『君が夏を走らせる』突然1歳の女の子の面倒をみることになった16歳不良少年のひと夏の奮闘記。中学駅伝をテーマに描かれた同著者の「あと少し、もう少し」の走者のひとり、太田君が主役の本作品。駅伝を経て成長し、努力したものの実らず。何者にもなれぬ思いを抱いていた少年が子守を通して変わっていきます。大きな事件が起きるわけでも驚くような展開もありません。でも、それなのに、自身と重なるはずのない少年と同じスピードで呼吸をするようにあっという間に読み終えてしまいました。まさか1歳と16歳のふたりに泣かされるなんて……。よく笑いよく泣き、日々の行動ひとつに振り回され、必死に向き合い、育つ命の尊さを目の当たりにする……。子育て経験がある人はきっと共感の嵐。物語の終わりがふたりの別れの時だと分かっているからこその読み終えたくない気持ちと、一緒に見守り、読み進めてあげたい気持ちで葛藤しました。瀬尾まいこさんの作品はどこまでもあたたかく、こんなはずじゃなかったときも、今できる最善の先に明るい未来がたくさんあると信じさせてくれます。きっと、あなたも、ぜんぶ大丈夫。3. 益田ミリ『スナック キズツキ』心に傷を負った人だけが辿り着ける、アルコールを出さない不思議なスナック キズツキ。ママはお客の愚痴を聞き、踊ったり歌ったり一緒に叫んだり……。豊かに見えるあの人も、無神経に思えるあの人も、通りすがりの彼も、機嫌の悪そうな彼女も、みんな誰かの大切な人。誰かの些細な一言で傷ついたとき、腹が立つこともありますが、その誰かもまた他の誰かに傷つけられていて、自分もまた気づかないうちに他の誰かを傷つけているかもしれない……そんな“キズツキ”の連鎖が描かれていく中で、作中に散りばめられた胸を撫でるママの心遣い(言葉)に励まされ、現実で引っかかっていた出来事がストンと自分の中に落とされていく感覚を覚えました。そう、まるで自分自身がスナックキズツキを訪れられたかのように…。もしあなたが自分の“傷”に気がついたら、もう少し自分に優しくしてあげてもいいのかしれません。誰のことも傷つけずに生きていくなんて不可能。つまり、たまには自分も傷つくということ。でも、それでも大丈夫みたいだと前を向けるそんな一冊でした。身近な誰かに“ちょっと読んでみて”とあなたもすすめてみたくなるはず。アルコールなしで、“今日もおつかれさん”。■本の贈り物に想いを託して……今回は私が実際に大切な人に贈ったことのある3冊を紹介させていただきました。3作とも何が起こるわけでもない、私たちのすぐ近くでもありそうな日常の物語。なんでもない日の贈りものは少し勇気がいりますが、普段口下手な人こそ、おしやべりな“本”の贈り物に、想いを託してみてはいかがでしょうか……?みんな誰かの大切な人。あなたも、わたしも。
2025年04月11日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹三寒四温を超えて、春の気配がそっと顔を出す今日この頃。そんな季節の移ろいのように、私たちの心を揺らす物語が世の中にはたくさんあります。今回は、そんな今だからこそ読みたい、“春”の季節にぴったりな小説をご用意しました。そう、たとえるなら季節と物語のマリアージュ。温かな希望と冷たい現実が交差する“文字”の世界は、今春もきっとあなたの胸を打つはずです。↓ 春の花粉対策に ↓1. 中島京子『花桃実桃』人生後半戦、40代ってもっと大人だと思っていた……。勤務先から肩たたきにあったアラフォー独身女性が亡き父のアパートを相続し大家となったことで、個性あふれる入居者と交流し世界を広げていく本作。悲しげなウクレレ弾きやら騒がしいシングルファーザーの一家やら幽霊(?)、とにかく一筋縄ではいかない訳アリの住人たち。いそうでいない。でも確かにいる。……そんなふわっとしていながらもどこか現実的な不思議な世界観にいつしか惹かれていきます。作中で発揮される主人公の独特のセンスとどこか客観的に描かれる登場人物たちの機微が読書心をくすぐる一冊でした。中島京子さんの物語を読むと、日本語の面白さを改めて再確認します。ほっこり温かい物語の中に、とても、とても大事なことが詰まったこの物語。いい意味で頭を使いすぎないので、疲れたときに何も考えずに楽しく読めるのも魅力的です。いつか40代になった私がこの物語を通して何を感じるのか……今から楽しみで仕方ありません。2. 宮下奈都『ふたつのしるし』正反対とも言える、ふたりの“ハル”の視点で交互に進んでいく本作品。年齢も出身も違うふたりが出会う奇跡を描いた三十年余りの歳月の物語です。……いい、とてもいい。そう零さずにはいられない温かいにもほどがある読後感でした。ふたりがそれぞれどのように過ごしていたのか、どんな心境の変化や成長があったのか。それらをすべて文字で語るのではなく私たち読者に委ねてくれます……。その隙間がとにかく心地よく美しいのです。さすが宮下さん。そして最終章で明かされる全く別の人生を歩んできたふたりを結んだ“しるし”。「時には遠回りしてもいい」そんな言葉をそっと投げかけてくれているような気がしました。本作を恋愛小説と捉えるか否かによって、その最終章の印象もガラリと変わります。もちろん、どう読むかはみなさま次第。日々の生活から逃げ出したくなってしまったとき、あなたの両手の中にも誰かがくれた“しるし”が輝いているかもしれません。……いつかのあなたが、そして私が、そう思えていたら……いいですよね。3. 恩田陸『三月は深き紅の淵を』“一冊の小説”がコンセプトの四作の独立した中編小説からなるこの作品。ひとり一晩のみ貸すことが許された幻の稀覯書をめぐるどこか不気味で謎めいた物語。読み始めたら最後、気づいた頃には頭ではなく体ごと支配されていました……。語り合う。探し求める。命を落とす。書き継がれ読み継がれるたったひとつの物語が無限に連なり、広がっていく綻び。これを“読書体験”と呼ばずして何というのでしょうか。物語のための物語としての秀作。ひとつ話を読めば興味は深まり、またひとつ読めば謎が更に深まります。よくある叙述トリックでがありません。「週末の夜の東京駅は、ほのかなセピア色をしている」……この一文と夜行列車の場面が私は特に印象的でした。恩田さんに町と旅について書かせたら右に出る者は居ないのかもしれません。正直、頭も心もフル回転で使いますが、本が好きな方には絶対に読んでいただきたい。そう、“本”が好きな方には……。■春風を感じて読書しませんか冬の寒さから解放され始めるこの季節。春の訪れに心を躍らせる反面、新しい環境に身を置くための準備や、仕事にプライベートに考えることも多くなりがちな春だからこそ、深呼吸をして、柔らかい春風を全身で感じながら心を整える読書を楽しんでみませんか?また、来年の春に会いたくなる一冊と出会えるかもしれません。
2025年03月14日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹絵本は子供のためのもの? いいえ、そんなことありません。心細いとき、もやもやが晴れないとき、アイデアのヒントが欲しいとき、誰かに叱ってほしいとき、絵本はいつでも私たちの味方です。ひらがなが多く、読みづらさもあるかもしれません。でも、思い出してみてください。子供の頃の私たちの頭の中は大人になった今よりもずっとアイデアにあふれ、好奇心の赴くままにページをめくり、温かい物語に包まれて眠りについていたはず……。もう一度、なんの疑いも持たずに絵本の世界に身を委ねて、大人になった私たちだからこそ感じることができるメッセージを受け取ってみませんか。今回は、絵本作家さんの個展やトークショーに足を運ぶほど絵本好きな私が密かにお守りにしている3作品をご紹介させていただきます。1. スーザン・バーレイ/作.絵 小川仁央/訳『わすれられないおくりもの』このタイトルとこの装丁。見覚えのある方も多いのではないでしょうか。賢くて、頼りになるアナグマが、ひとり長いトンネルの向こうに旅立つところから始まるこの物語。悲しみに暮れる森の動物たちはそれを紛らわすように、冬の間アナグマの思い出をそれぞれ語り合います。居なくなってから気づく身近にあったものの大切さ、知らず知らずのうちに残してくれていた宝物。それらはその場に居るみんなの心を温め、そして春が来る頃には……。いなくても、いる。心を灯す大切なあの人を思い出させてくれるとても温かい物語です。子供にも分かるような簡単な言葉で語られていくからこそ胸に響くものがあります。可愛い絵の中にある目には見えないメロディー。描かれる冬から春の一連の流れもとても美しく、私はこの物語を涙なしで読了できたことは一度もありません。幼い頃にこの本を読んで、母に“いなくならないでね”“大好きだよ”とひどく泣きついた記憶があります。きっと私だけじゃないはず……。いつか出会う大切な人に贈りたい一冊です。2. 斎藤倫.うきまる/作 吉田尚令/絵『はるとあき』装丁の可愛さが目を引くこの一冊。決して出会えない“春”と“秋”の手紙のやりとりを描いた物語。秋ってどんな子? と冬に聞けば“あたたかい”と言い、夏に聞けば“つめたい”と言う。全然違うじゃない。自分でちゃんと確かめたい……でも、出会うことはできない。「じゃあ手紙を書こう、桜の花びらを添えて。」好きなものが一緒だったり、考えていることが似ていたり、生まれも育ちも違うはずなのになんだか似ている。素敵な物を見つけたときにあの子が好きそうだなと思い出せる人がいるのってなんて幸せなことなんでしょうか。たとえ会えなくても、心の中に存在しているだけで、自分を肯定してくれる人。その人をより大切にしたくなる物語です。詩人でもある作者の言葉と柔らかく描かれる自然の絵が心に残る一冊でした。余談ですが私自身、吉田さんの絵が好きで個展にお邪魔したことがあります。とても丁寧な方なのはもちろん、目の前で描かれる生の絵が素晴らしすぎたので、もしタイミングありましたらみなさまも、ぜひ。3. ショーン・タン/作.絵 岸本佐知子/訳『セミ』あなたが住んでいるその世界は胸を張って正常だと言えますか?人間と共にオフィスで働く“セミ”は17年間欠勤なし、ミスもなし。誰からも認められず、愛されず、立派な家もなく、ただただデータを入力をする日々。17年間、コツコツと……。同僚たちは見下して叩いて蹴って馬鹿にしてきます。上司は見て見ぬふりどころか、こき使いっぱなし。そんなセミが退職することになっても、もちろん誰も何も言いません。最後の仕事を丁寧に終えたセミはその足でビルの屋上へ向かいます。……誰の心にも残る、“静かで過激な”問題作。世間の歪んだ部分を見えないふりして、なんてことない顔で過ごしている人間の姿は、ときどき理解し難いものがあります。だからといって“セミ”になりたいわけではない……、いや、この作品を読んだらなりたくなるかもしれません。セミが可哀想な物語のように思えるけれど、置かれている状況に気づかない私たち人間のほうがずっと哀れだというメッセージを私はこの作品から受け取りました。美しくて悲しい絵の説得力。無機質にも感じられる反面、ひどく愛嬌のある鳴き声……。絶望にも希望にも感じられました。苦味の残る読後感でしたが、また読みたい、また読んであげたい、そう思ってしまいました。この物語に出会ってから、“セミ”は私の大切な心の友達です。■励まし、鼓舞し、叱ってくれるあなたのための絵本を見つけて子供のためではなく自分のために読む絵本。優しく励ましてくれるのも、鼓舞し勇気をくれるのも、ときにあのときと同じように叱ってくれるのさえも、“絵本”なのかもしれません。いつかの自分のために、お守りのような一冊をみつけて本棚に置いてみてはいかがでしょうか。
2025年02月28日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹今夜はバレンタイン。多くの人を魅了して止まないチョコレート。そんなチョコレートの香りがする物語を通じて、バレンタインの夜をひとり、楽しんでみませんか……?今回は、タイトルに“チョコレート”が添えられた、甘くてほろ苦い……だけではない、味わい深い小説を紹介させていただきます。なぜこの物語に、このタイトルなのか……。一度読んだ方も、まだ読んでいない方も、挿絵や装丁/タイトルの意味を考えながら物語の世界に向き合ってみてください。今の自分にしか気づけない新しい発見があるかもしれません。1. ロアンド・ダール『チョコレート工場の秘密』某有名映画の原作でもあるこの作品。奇想天外、荒唐無稽なアイデアとワクワクする展開。大人社会の欺瞞と傲慢に対する痛烈な皮肉が同居する物語でもあります。決して長くはない紙幅を、個性豊かな各キャラクターの描写にしっかり使っているため、感情移入が容易にできました。工場に入るまでに結構なページを割いていますが、全く長さを感じず、むしろ私はそこが一番好きなパートかもしれません。何よりこんな世界を思い描ける頭脳が欲しい……。何回読んでも、物語を知っていても楽しめます。ウンパッパルンパッパたちの脚韻や訳者の講演部分で話されていた姓名の翻訳の仕方などのテクニックも、大人になった今、再読したからこそ気づくことができ、訳者の柳瀬尚紀さんが著書に書いておられた「日本語は天才だ」の言葉の意味を再認識できました。読後、この世界の続きを想像して胸を弾ませる人は私だけじゃないはず。児童書ではありますが、大人にこそ響きます……何も考えずに手放しで楽しみたい夜にぜひ。2. 乙一『銃とチョコレート』小さな町で暮らす少年が大人へ近づく冒険と成長を描いた本作品。中盤からまさかの裏切りの連続……当初児童書として描かれたものなので、文章はひらがなが多く読みにくさもありますが、よくある王道少年探偵団ものとは大きく異なり、大人でも充分に楽しめます。巧妙なトリックや唸らせる展開というのは多くないのですが、とにかくテンポが良く一気に読めました。登場人物全員に裏があり、その裏の姿が明確になったとき、この物語は本当の顔を見せる……帯に書かれたこの言葉にこそ裏がある始末。子供の頃にこの本に出会っていたらきっとミステリーを好きになるきっかけの一冊になったと思います。“銃”と“チョコレート”……果たしてどんな関係があるのかと思いながら読み進めましたが、読み切った後にひと息ついて、納得。裏の裏のその裏まで緻密に考えられていました。とにかく難しいことは考えず、童心に返ってこの作品を“純粋に”楽しんでみていただきたいです。児童書だからと侮ることなかれ。3. 町田そのこ『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』まるで、金魚鉢の中で泳ぐ魚のように現状の閉寒感に息が詰まりそうだったり、何かしら生きづらさを抱えている登場人物たちが、悩み苦しみながら、そこから踏み出したり、あえてその場に踏みとどまったりしながら生き抜く強さを描いた全5作からなる連作短編小説。その短編たちがどこかで繋がっているという一冊です。どの話も“ただ生きる”ということの難しさを私たち読者に訴えかけてきます。町田そのこさんの小説は柔軟剤が混じっているのではないかと思うほど、いつも読後は柔らかい気持ちになるのが印象的。本作品も本当に素敵な連作短編で繋がり方もすべての章での比喩表現も大好きでした……。これがデビュー作というから驚きです。特に、私は4作目の“溺れるスイミー”が刺さりすぎて一瞬息が詰まりました。群れにいたいと望むのにいられない……わかりすぎて苦しかったです。どんな状況の中にあっても誰かに愛されたり優しくされた記憶を抱いてみんな生きていく。泳いでいく。切なくて悲しいはずなのに優しい気持ちになる読み心地でした。ひとりの夜、胸の奥が落ち着かない夜にぜひ、この中のひとつの短編に触れてみてください。■チョコと楽しむ、読書時間じつは、本当の意味で“面白くない物語”なんて、私はこの世にひとつもないと思うのです。少なくとも私は、どんな作品でも面白がることができる人でありたいと思っています。ぜひ皆さんも、チョコレートでも食べながらさまざまな作品に浮気して、読書時間を楽しんでみてください。
2025年02月14日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹とくに、これといった理由はないけれど、うまく眠れない夜ってありますよね。「次の日、朝が早いから、疲れているから」と寝に急いでみればみるほど、どんどん目が冴えてしまい、余計な考えごとをしてしまったり、新しい悩みが浮かんできて不安になってしまったり……。そんな誰にでもある“負の”眠れない夜は無理に自分を寝に追いやらず、“眠らない”夜を自ら選択して過ごすのも悪くないと思うのです。今回は、読み始めたら眠れなくなるような、興奮必至の少し刺激的な物語たちを紹介させていただきます。余計なことを考えてしまう暇もないほど眠れない読書体験をあなたに。1. 今村夏子『あひる』本作は、3つの家族が織りなす優しくて温かくて残酷な短編集。どの短編も微妙な異物感が平穏なはずの暮らしに危うさを運んできます。切なくなったり、笑いそうになったり、笑うのは不謹慎かと思い直したり……。いろいろな感情が忙しく、頭の中、そして心の中をグルグルと回っていきます。今村氏は、何かが足りない人を描くのが本当に上手いのです。誰もが既視感を感じる幼少期の思い出“のようなもの”。無意識にあるいは意図的に蓋をしていたのかもしれない日常のしこりを増幅して目の前にさりげなくポンと置かれたような感覚に陥りました。人が死んだり大きな事件が起きるわけでもありません。むしろ、些細な日常の積み重ねがじわじわと心に残り、読み進める程に言いようのない不安や切なさが滲んできます。物語自体は静かに終わるのに私たち読者の心には妙なざわめきが残る感覚……。今村氏の作品は、登場人物の内面を直接描くのではなく、言葉にされない余白や行間に感情を宿らせるのが魅力なのです。何気ない日常の奥に潜む違和感を見つめ直したくなる、そんな余韻のある一冊でした。ページ数も少ないのでさくっと今村氏の世界を味わいたい人はぜひ。2. 君嶋彼方『君の顔では泣けない』青春小説でありながら、単なる成長物語にはとどまらない本作。男女の体が入れ替わってしまうという使い古された設定のように思えますが、これは唯一無二の真新しい“男女入れ替わり作品”です。物語の冒頭は“年に一度だけ会う人がいる。夫の知らない人だ。という一文から始まります。この一文から始まる物語に読者は皆、息をのむことになります。入れ替わったことに伴うドタバタや入れ替わった者同士の愛が主題ではなく、元少年のヒロインを中心にその後の半生がじっくりと生々しく描かれていくこの作品。家族や友人との関係性が一変する様子は切なくて、ぐっとくると同時に、泣いてはいけないんだと自分に言い聞かせながら読み進めました。……だって物語の中の彼はきっと泣いていないから。他人になってしまった家族、家族になってしまった他人。人が生まれ、人に生かされ、人として生き、また人に生かされる。人生において“誰かと入れ替わってよかった”と思えることがもしあるのだとしたら……。読後は自己とは何か、他者との境界とは何かといった深く答えのない問いが胸の隅に残りました。たんなるフィクションの域を超えて人間の本質や社会のあり方まで考えさせられます。改めていい物語、そしていいタイトル。読んだというよりも読まされた一冊でした。3. 藤原伊織『テロリストのパラソル』本作は、江戸川乱歩賞と直木賞をダブル受賞した異色のハードボイルド小説。物語は、アルコールに溺れる主人公が偶然遭遇した爆破事件をきっかけに巨大な陰謀に巻き込まれていくという展開なのですが……本作の最大の魅力は緻密に組み立てられたミステリー要素だけではなく、主人公の内面を深く掘り下げた文学的な筆致にあると感じています。事件の真相を追うスリリングな展開が続く一方で、主人公の過去と葛藤が巧みに織り込まれており、普段こういった作品をあまり読まない私でさえも、ただのサスペンスにはとどまらない奥行きを突き付けられました。藤原氏の洗練された文体は硬派でありながらも読みやすく、読後は単なる謎解きの爽快感とは異なる静かで熱い余韻が残ります……。社会の影に生きる男の人生を描きながら、時代の空気や人間の技が巧みに表現されているこの作品。ハードボイルドやミステリー作品が好きな方はもちろん、骨太な人間ドラマを求める方にもぜひおすすめしたい一冊です。次のページをめくらずにはいられない興奮を味わってみてください。■眠れなくてもいいんです今回は、少し角度を変えた3作品を紹介させていただきました。装丁からは想像できないような物語、新しい感情に出会える物語。もちろん睡眠はとっても大切ですが、本当に眠れない日は、眠らなくても大丈夫。暖かいミルクでも飲みながら眠れない理由を物語のせいにしてしまいましょう。
2025年01月31日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹叶うなら今すぐ記憶を消してもう一度読みたい一冊、皆さまにもありますか?こうして書評を書かせていただいたり、なんとなく自分が今までに読んできた本の記録を見返していると、できることなら記憶を消してもう一度最初に読んだ時のあの感動を味わいたい……と強く思うことがよくあるのです。もちろん二度三度と読み返すことで新たな発見があったりと、何度でも楽しめるのが本の魅力のひとつでもありますが、“初見の感動”はもう二度と戻ってきません。そう、子供時代の純真無垢な心が戻ってこないのと同じように。それほど一冊の本との出会いというのは尊いものなのだと私は思うのです。今回は、年間平均200冊以上を読む私が、今すぐに記憶を消してもう一度読みたい小説を、3作品紹介させていただきます。もし、まだ読んでない本がありましたら、初見の感動を思う存分、堪能してみてください。1. 貴志祐介『新世界より』上/中/下私が迷わず記憶を消したいと一番に頭に浮かんだのがこの一冊。とにかく面白いです。もう何度も読み返していますが、本作を越える衝撃に出会いたいと日々思うほど、初めて読んだときの強い快感が忘れられずにいます。物語の舞台は千年後の日本。豊かな自然に抱かれた集落、神栖66町。管理され、醜悪なものが徹底的に排除された、美しきユートピア。周囲を注連縄で囲まれたこの町には、外から穢れが侵入することはない。「神の力」を得るに至った人類が手にした“確かな”平和……。念動力の技を磨く子どもたちは野心と希望に燃えていた……隠された先史文明の一端を知るまでは。上中下巻と長篇のSF小説となっており、上巻は濃密で広大な世界観を描くための序章、背景からしっかりと描かれていくので少し退屈してしまうかもしれませんが、中盤からは怒涛の展開、本を捲る手が止まらなくなります。読み進めていく中で何度も倫理観が揺らぐ感覚に陥り、ある種のホラーかもしれないとも思えるこの作品。初見の方はとにかく心して楽しんでください。脳が気持ちいい疲労感に包まれるはずです。2. 歌野晶午『葉桜の季節にきみを想うということ』ネタバレを避けてここで本作について言えることがあるとするならば、「誰もこの物語の結末を“当てる”ことは決してできない」ということ。初見の方なら必ず、なんの違和感もなく、息を吸うように、“騙され”ます。ああ、まだ読んでない方が本当に羨ましい……。これぞ小説だからできる仕掛け。もちろん世界観が音を立てて崩れるどんでん返しも痺れますが、装丁のイラストとタイトルの意味を理解してしまった瞬間の衝撃は、今でも忘れません。似たような設定や仕掛けのある物語はたくさん読んできましたが、それらとは大きく違っていて、自分の固定概念を覆されるようなスピード感で、読み手の想像力の限界を尽くさせてくる感覚。主導権を握られてしまい悔しさ半分、本作に出逢えた歓喜半分の読後感でした。正直、殺人が殺人を呼ぶような猟奇的な事件や起きるわけでも、怒涛の展開に慌てて思考を巡らせるわけでも、印象の強い登場人物がいるわけでもない物語ですが、難なく読ませてくる歌野晶午氏の筆力に圧巻。是非、事前情報なしで読んでいただきたいです。いつかこの物語を私が忘れたころにもう一度読み直したいと思います。忘れられればですが……。3. 辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』瞬殺された母と疾走した娘。親友と呼ぶには距離のできた幼馴染がその娘の行方を追う本作品。“だれに”とかではなく、いろいろな人物に少しずつ共感できた……いや、できてしまいました。登場人物の女性たちは、互いに蔑みや嫉妬がありつつも、いわゆる“ドロドロ”とは違う。彼女たちはなんだかんだお互いを気遣い、都度、許したりもしていて、思春期の女友達や見え隠れする不穏な関係が、まさに“ありのまま”に描かれており、昔感じたような不快感さえ蘇ってきます。人が何を口に出し、何を口にださないのか。30代という特別な年齢の女性を巡る内面の物語。そして、この本のタイトルでもある、ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ……。この言葉に込められた意味を知ったとき、あなたは想像を超える衝撃と感動で全身満たされること間違いありません。物凄く不器用で、なおかつ物凄く深い母親の愛がこのタイトルに詰まっているのです。ただお互いに愛し、必要としていただけだったのに……。一章と二章で視点が大きく変わるのですが、物語の根底にあるのは複雑な女性同士の格差や母娘関係にあるため、男性にとっては難しいと感じるテーマかもしれません。辛くて悲しいけれど、もう一度初めて読んだ頃に戻って出会いたいあたたかい一冊です。■感動体験をくれる1冊の本との出会いを今年もまだ読んでいないというあなたが本当に、本当に、羨ましい3作品です。伏線回収や大どんでん返しなど、何度読んでももちろん楽しめますが、やはり初回の感動はもう二度と味わえません。一冊の本と出会うというのは、そういうこと。もう二度とない感動をより多く味わうために、私は今年も毎日欠かさず本との出会いを探し続けます。
2025年01月17日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹12月も半ば。寒さ本番とはいえ、人が集うイベントも多いこのシーズン。澄んだ空気にイルミネーション、テレビに映る街には素敵な景色があふれているはずなのに、何かに追われるように毎日を過ごしてしまってはいませんか……?年末にかけて何かと慌ただしくなる今だからこそ、あえて誰もいない、誰も見ていない、静かな場所でひとり、物語の世界に浸ってみるのもいいかもしれません。今回は、限られた時間でも充分に楽しめる、読みやすくて優しい物語をご紹介させていただきます。ぜひ、忙しさを言い訳にせずほんの数分でも自分に時間をプレゼントしてあげてください。1. 凪良ゆう『流浪の月』本作の発表当時は、驚きと興奮で出版社と世間をザワつかせた2020年の本屋大賞受賞作。圧倒的な筆力に心が震えました……。心に傷を負った9歳の少女と19歳の青年が2カ月のときを共に過ごし、心を通わせた、その自由であたたかくて穏やかな時間は、やがて世間から“女児誘拐事件”と呼ばれることに。それから15年。事件の被害者として腫れ物のように扱われてきた女性と、加害者として陽の当たらない道を生きてきた男性。この物語の中で描かれているのは、世間の“常識”の範疇にはない、被害者と加害者、男と女の関係性。「事実と真実の間には、月と地球ほどの隔たりがある」重たく物語のテーマがのしかかってきます。ふたりの男女がお互いを思いあうこと、その全てがこの一冊に詰まっています。著者の紡ぐ言葉は突き放しているように思えて、あたたかく、優しく感じました。傷だらけになりながら相手を思う、言葉の通り、全身全霊をかけた“優しさ”の全てがここにはあります。読後はふたりの幸せを願うとともに自身の幸せについても考えたくなるそんな一冊でした。個人的にはアニバーサリー仕様の装丁がお気に入りです。2. 新堂冬樹『虹の橋からきた犬』本作は、ペットロスからの希望を描く物語。主人公は仕事人間で、「ワンコのために仕事を放棄するのか」と部下を叱責するテレビ制作会社の社長。そんな主人公がひょんなことから隣に住む老人の犬を飼うことになり、人間として大切な何かを取り戻していきます。でもそんな日々の中で愛犬の具合が悪くなり……。簡単に言葉にしたくない、そんな読書体験でした。大きな事件が起きる訳でも、怒涛の展開や裏切り、どんでん返しがあるわけでもない本作品ですが、いわゆるお涙頂戴の物語ではありません。著者の実体験を交えて描かれたこの作品は、飼い主と愛犬の関係性、心情、見た景色に感じた匂い、そのあらゆる描写が疑似体験できてしまいそうなほど詳細に、丁寧に、描かれています。「人生を犠牲にし、人を傷つけてまで手に入れる夢など欲しくはなかった」作中にあるこの言葉を読後に思い出し胸が痛くなりました。でもそれと同時に優しさにあふれた物語。とくに、過去に愛犬を看取った経験のある方にはぜひ、読んでいただきたい。普段あまり読まないジャンルでしたが、出会えてよかった一冊。あとがきもお見逃しなく。3. 寺地はるな『大人は泣かないと思っていた』本作は、思い描いていた大人像と現在との乖離について考える7つの連作短編集。当たり前ですがどの登場人物にも人生があり、感情や背景、それらに対する考え方も違う。全員が“生きている”と感じる物語でした。“らしさ”や“こうあるべき”“こうあらねばならない”という呪縛、世間の目。もっと気軽に生きられたらいいのにと思う反面、できるだけ“普通でいたい”“馴染んでいたい”と上手く生きることを望んでしまうのも大人。ひどい、と思っていても作り笑いを崩さず穏便に済ませ、我慢して黒い塊を飲み込んでしまう。どうせ後から泣くなら震える手で小石を投じてから泣いてやろう……と、そんな気持ちになる読後感でした。寺地さんの作品はページを閉じた後にいつも自分の深いところにある何かを手のひらで包みたくなるような気持ちになります。共感とも違うのですが、自分でも気づいていなかった深い傷を、肯定するでも否定するでもなく、ただ静かに手を添えてくれるような。ひとつの集落を舞台にした短編集ですが、どの章にも、切り取って覚えておきたい寺地さんの紡ぐ素敵な言葉達があります。ほっとひと息つく時間が愛おしくなったら、ぜひ。■今年もありがとう、おつかれさま、自分誰かのためではない、自分のためだけに使う時間が一日の中にほんの少しあるだけでも、想像以上に心は満たされるもの。この一年、充分がんばってきた自分に、「おつかれさま、今年も有難う」と声をかけたくなる読書時間をお過ごしください。編集部のイチ推しアイテム
2024年12月13日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹夏から秋、冬、と季節が変わり一気に肌寒くなってきた今日この頃。みなさんが途端に欲しくなるものはなんですか……?私が今、欲しいのは、あたたかいお鍋にあたたかい飲み物、あたたかい毛布。そして、あたたかい物語。今回は寒さでキュッと固くなってしまった心ごと解してくれるような、どこか懐かしく、あたたかい気持ちになれる物語を厳選してご紹介させていただきます。あたたかいお部屋で、ホットミルクでも飲みながら今日この瞬間まで頑張った自分を甘やかしてあげてください。1. 西加奈子『舞台』自分を“演じる”こともある。そんな自分も愛してほしい……。いつも人目を気にして生きてきたことで本来の自分を見失った主人公が旅行先のニューヨークにて盗難にあうところから物語は始まります。突然の無一文、携帯もない、英語もままならない、そんな主人公はなりふり構わず死に物狂いでニューヨークの街を徘徊し、徐々に自分を取り戻していきます。“いやいやそんな奴いないだろ”の一行後に、“あ、自分もこういう思考に陥ることよくあるな……”と青くなるような生々しい人間性の描写。いつしか主人公と“自分”をひどく重ねて恥ずかしくなっていました。太宰治の「人間失格」をオマージュして描かれたという本作は、主人公の自己防衛からなる言動の数々が魅力のひとつ。中にはこの思想に共感しすぎて首が取れるほど頷いてしまう人もいるかもしれません。だからこそ、ラストの展開には大きなため息がでますし、物語を読み進めながら自分自身と対峙し、自分の、いや誰かの心にまで寄り添いたくなるのです。巻末にある、早川真理恵さんと西加奈子さんの特別対談も必読です。2. アレックス・シアラー『チョコレート・アンダーグラウンド』選挙で政権を勝ち取った“健全健康党”によって突然チョコレートを禁止された国民。誰がこんな世界を想像できるでしょうか……。ありそうでなかったその法律。大人の無関心によって生まれた暴走する権力者に、子供たちとそれに影響された大人たちが自由を求め、抵抗し、勇気を出して立ち向かう物語です。一度読み進めたら止まらず、500ページを超える大作ではありますが、時間を忘れて物語に没頭できること間違いなしの痛快ストーリー。ただ、本作にあるチョコレートがもし別のものだったら……なかなか笑えませんよね。そう、これは諷刺作品でもあるのです。私も10数年ぶりくらいに再読しましたが、大人になって読むからこそわかる皮肉とユーモア、そして怠慢と無関心の恐ろしさ。冷静と興奮が隣り合わせに描かれていくのが妙にリアルで、読みながら何度も声が出てしまいました。こんなに良くも悪くもワクワクしたのはいつぶりでしょうか。たかがチョコレート、されどチョコレート。「すべての人に、自由と正義とチョコレートを!」3. 江國香織『とるにたらないものもの』日常で使用する何気ない“モノ”にも自分だけの記憶や想いが潜んでいると思うと、なんだか愛おしく感じませんか……?本作は石鹸、フレンチトースト、書斎の匂い、輪ゴム、ゆで卵など……とるにたらないけれど暮らしの中で欠かせない“モノ”への愛おしさを綴った短編エッセイ集です。江國香織さんの特有のユーモアセンスと、読み手にも温度が伝わる有形無形の“モノ”への愛着。見慣れたものからささやかに送られるメッセージと、それに囲まれて生きる安堵感がきっと貴方にも蘇るはずです。“エッセイ”という括りにとどめておくにはもったいないほど詩的な作品で、作中の言葉が少し古臭い感じもとても好き。「青信号が“すすめ”だからゆっくり見られない」という発想は、良く考えれば非常に単純なことなのに目から鱗でした……。不意打ちで大好きな安部公房の名前が出てきたのも嬉しかった。とにかく、文章が、言葉が、視点が、距離が、本当に素晴らしい。過去や日常を綴った私の延長線上にもあるようなテーマばかりなのに私の延長線上ではとても綴れないような、“暖かくて冷たい”言葉たち。そう、あたたくて、つめたい。ふっと心の糸が緩むようで心地の良い読書時間でした。■心をあたためるなら、読書で冬本番に近づくこの季節。体を温める方法はたくさんありますが、心をあたためるなら読書一択。お守りのような一冊があるだけで凍えた心も嘘みたいに解けて落ち着きます。あなたの秋の読書時間が、少しでも暖かいものになりますように。
2024年11月15日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹衣・食・住、読書。……といっても過言ではないほど私の日常に欠かせないのが本を読むということ。どんなに朝が早い日でも、どんなに夜が遅い日でも、体調が優れなくても、ほんの数分の移動時間でも、隙を見つけては読みかけの物語に毎日、触れてきました。といっても目が疲れてしまったり、肩や首がすぐに痛くなってしまったり……。本を読むというのは、すごくシンプルなことでありながら身体への負担も少なくはありません。そんなとき、かゆいところに手が届く便利な読書グッズ。たった少しのアイデアで、さらに快適な読書体験を味わうことができるかもしれない……と思うとそれだけで胸が高鳴りませんか?使わないなんて、もったいない。今回は、私が実際に愛用して良かった、物語を彩る便利な読書グッズの一部をご紹介させていただきます。みなさんの読書時間がより素敵なものになるきっかけになれますように。※本記事で紹介している商品は、読者の皆さまにイメージをもっていただきやすいよう編集部が選定したものであり、八木奈々さんの私物または推奨する商品ではございません。1. 読書灯暗いところで本を読んだら目が悪くなる……そう分かっていても一点に集中した灯りのもとで読む物語には、特別な魅力があるもの。とにかくお洒落な灯りをもとめてはいくつもの読書灯を試してきましたが、今は旅行などにも簡単に持っていける手軽な充電式のものに落ち着きました。家の本棚には随分と前に一目ぼれした「Lumiosf」のブックランプが置いてあり、最近は花瓶にいれて灯すチューリップ型のLEDライトも購入。もう足りてるのに……と思いながらもついつい惹かれて購入してしまいます。今、この世界には目の前の物語と私しかいない……それが愛おしく思えるほど集中できる空間での読書はかなり依存性が高く、素敵な時間です。2. 香り(CULTI/THE(ベルガモット.煎茶.グアヤク))他玄関、リビング、寝室……部屋によって香りを変えている人は多いのではないでしょうか?私もそのひとり。香りというのは家でも外でも、記憶のなかに強く残るもので、以前どこでその本を読んだのか、香りと共に物語を思い出すことも少なくありません。外出時には自身の好きなアロマを持ち歩くのもおすすめです。強い香水などにしてしまうと本にまで香りがついてしまうので個人的にはおすすめできませんが、香りを変えて読む物語は、ときに全く別の味がするもの。視覚だけではない嗅覚でよむ読書体験、きっと貴方もはまって抜け出せなくなります。3. しおり(collection / 44種)外出時の読書は、本に挟むタイプの可愛い栞(しおり)を使っていますが、お家での読書では“スワンタッチ”一択。可愛さよりも機能性重視です。最大の魅力はページを捲ると同時に勝手に追いかけてきてくれるのでそのまま寝落ちしてしまっても大丈夫ということ。寝に入るギリギリまで物語の中に潜り込んでいたい私にとっては大切な必需品です。他にもページを閉じるときに自動で栞を挟んでくれる“アルバトロス”や、一度本にはめてしまえば栞が挟まってくれる“ページキーパー”などの類似商品もたくさんあります。何も考えずにただただ好きな物語の中で寝落ちしたい、そんな夜にぜひ。4. ブックダーツ/スリップメモ本を読んでいると記憶に残しておきたい感情との出会いが幾度もあります。携帯のメモ帳に残してみたり、読書日記をつけてはいるものの、やはりその瞬間、その時の興奮のまま、本そのものに何かの印を残しておきたくなることもあります。そんな時におすすめなのが、“ブックダーツ”や“スリップメモ”。本に直接書き込むことに抵抗がある方はもちろん、図書館で借りた本などにも使用できます。久しぶりに読む本を開いたとき、しるしを見て、過去の自分が何を想ったのか考えてみる時間もまた、いいものです。読書って楽しい。5・ブックカバー(collection/62 種)/ブックバンド(collection/18 種)鞄の中に本を入れておくと気付いたらページが折れてしまっていることありませんか……?大切な本。涙の跡がついてしまったり、珈琲をこぼしてしまったり、そんな読書中のハプニングさえもその一冊との大切な思い出として楽しむ気持ちは素敵ですが、叶うなら長く、綺麗な状態を保っていたいもの。ブックカバーやブックバンドをするだけでも本に触れてない時の予期せぬトラブルは大幅に防げます。今はあらゆるサイズのものが販売されていますし、どれも本当にデザインが可愛いので毎朝の洋服を選ぶようにカバーやバンドを着せてみてはいかがでしょうか。物語の内容とリンクさせて選ぶのも、あえて外して選んでみるのもまた粋なものです。6. 読書枕/ビーズクッションこれは言わずもがな、必需品……ですよね?もし使ってない人がいるなら今すぐにでも購入して頂きたいです。しっかり横になれる大きなクッションも魅力的ですが、膝にかかえるものや腕の中に抱えられるもの、首の後ろや腰を支えるもの、さまざまな形が硬さがあります。好みの形や固さ、自身の読書ライフをおくる姿勢にあった枕と出会えたときは心から感動しました。同じ姿勢で気づけば数時間……というのも珍しくないのが読書というもの。読後しばらく動けないなんてことにならないように、体を労われるグッズは大切です。持ち運べる小さいビーズクッションもあるので、許される限りリラックスして物語の中に浸かって見てください。7. バスブックスタンド/サムシング冒頭でもお話した通り暇さえあれば一文字でも多く物語の世界に触れていたい私。読書欲がたまっているときは、お風呂も例外ではありません。浴槽におけるステンレス製のブックスタンドを見つけてからは時折使ってはフラフラになるまで長湯してしまっています。ただ、湿気が影響してページが少し捲りづらかったり、自然と皺や折り目もつきやすくなってしまうので、傷んでもいい古本や勉強中の資格本などを読むのがおすすめです。ちなみに余談ですがサムシングという片手で読書ができる便利なアイテムを使うと、ドライヤーをしながらでも片手間に本を楽しむことができるのでおすすめです。手が疲れないかと言ったら嘘になりますが、溢れてくる読書欲には勝てません。一刻も早く本が読みたい、そんなときにぜひ。8. ブックスタンド/フリップクリップ魅せる収納を叶えてくれるブックスタンドはインテリアとしても人気ですよね。私自身、家の本棚のレイアウトにはかなり拘っているのですが、シンプルながらも無骨な、あくまで本の装丁を際立たせるデザインが私はお気に入りです。そしてもう一つ、本を読みながら作業をしたいとき、本を開いておいておくためのブックスタンドもあります。おもにレシピ本など、料理をするときに私は使います。見開きにした時に折り目が本についてしまうのが気になる方も少なくはないと思いますが、最近のブックスタンドやフリップクリップは土台がしっかりしていたり、強い力がかかりすぎないものも多いので、安心してください。また、お洒落な本棚周りのグッズも多数あるため、これを機に本棚を自分好みに整理してみてはいかがでしょうか?9. マロブラブックホルダーTHE・機能性重視のこのアイテム。少し大きめの本を読むときや、ソファーなどに寝っ転がって本を読みたいときに重宝します。慣れてくると手や首、肩などがほぼ全くと言っていいほど疲れずに長時間の読書を楽しむことができます。そう、どんなに重たいあの本でも。テンションを上げるために見た目の可愛さはもちろん重要ですが、本好きとして一番大切にしたいのは、いかに快適に物語の中にのめり込めるか。本を読むときはどうせひとりです。ひとりであるべきです。周りの目など気にせず目の前の一冊ととことん向き合いましょう。10. 耳栓私は可能な限りの無音の中で本を読むことに若干の拘りがあります。というのも、本好きの方には多いかもしれませんが、許される限り現実から離れたところで物語の世界を堪能したいのです。脳内で物語の中の生活音や登場人物の声を想像する時間も含めて大切な時間。耳栓をはめた瞬間、世の中の喧騒がほんの少しだけ遠くに行くあの感覚……そして両手に収まった物語……。このときに感じる快感がもはや私の性癖なのかもしれません。収納ケースがついてるものや使い捨てのものもたくさんあり、値段的にも手頃に購入できるのでぜひ騙されたと思って一度試してみてほしいです。ほんの少しのことですが、大きな魅力を生み出します。今回はいつもと角度を変えたテーマの記事にしてみました。この他にも電子書籍のタブレットをはじめ読書グッズの種類はさまざま。みなさんのライフスタイルに合った便利グッズを上手く活用して、自分の心を最優先した読書ライフをお過ごしください。※本記事で紹介している商品の一部には、アフィリエイトリンク(広告)が含まれております。
2024年11月01日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹読んでみたはいいものの、想像以上に読後の不快感が残り、後悔した……。そんな経験はありませんか?読後に物語の一節がやけに頭に残っていたり、忘れたい描写が色鮮やかに思い出されたり、面白いが故に恐ろしくリアルに感じてしまうホラー、ミステリー、トラウマ作品を紹介させていただきます。もう二度と読みたくない読書体験で、一緒に後悔してみませんか…?1. 李琴峰『生を祝う』出産=幸せ……ではない。新しい命が誕生することは必ずしも幸せなんてことはない。人間はこの世に生まれた時点で人生という名の無期懲役だ。誕生の意思は親ではなく子供に確認するべきだ。“合意出生制度”。胎児に遺伝や環境などの要因から“生存難易度”が伝えられ、本当に生まれるかどうかの判断が委ねられる近未来の制度を軸に物語は進んでいきます。もし、出生を拒んだ胎児を出産した場合、親は罪に問われる。我が子に会いたくてたまらない母親に突き付けられる出生拒否。冷静に考えればあり得ない設定にも思えますが、技術さえ追い付いてしまえば実現してしまいそうな生々しさと説得力があり、半ば強引に物語に惹きこまれていきました。さまざまな妊婦の視点で物語が描かれているためか、男性嫌悪の傾向が少し強すぎるようにも感じましたが、読みやすいボリュームながら世界観の精度が高く、苦しいのに一気読みしてしまえます。もし、こんな世界が現実になったらどんなことが待っていると思いますか……? 自分の意思として生まれた世界のほうがよっぽど怖いように思えるのはに私だけなのでしょうか……。2. ジャック・ケッチャム『隣の家の少女』なぜ読了できてしまったのだろう……。これほどこの感情を強く抱いた物語は、他にありません。ここでおすすめしておいてこんなことを言うのもなんですが、私は、もう二度と読みません。苦痛と共に生き、“本当の苦痛”を知っていると語る主人公。青春小説のような回想シーンから始まるものの中盤から非情な虐待と暴力に心が削られていきます。狂気に沈んでいく心情、複雑な感情の移り変わりの描き方があまりにも巧みで、本を持つ手の震えが止まりませんでした。トラウマ、監禁、暴行、洗脳、拷問……冒頭から終盤まで一度も光なんて見えません。それどころか、黒く、暗く、もう戻れないところまで染まっていき……。正直、こうして今、思い返して文字に起こすのも戸惑うくらいには後悔しています。でも、もし私が同じ空間に生きる子供だったら、同じことをしてしまっていたのかもしれないと思うと心の底にすらなかった何かがえぐり出されたような気持ちになりました。何より恐ろしいのは、この作品が“実話”を元にして描かれた物語だということ。読む際は自己責任でお願いします。3. 我孫子武丸『殺戮にいたる病』たった一言で全てがひっくり返る大どんでん返しミステリー……と各所で謳われている本作品。物語は次々と猟奇的殺人を重ねるシリアルキラーを追う形で進み、冒頭犯人が警察に捕まるところから始まります。犯行を重ねる少年、息子がシリアルキラーだと疑い始める母、定年退職をした元刑事の三人の視点で描かれていくのですが……。真の犯人が冒頭で明かされているのに、どのようにして“どんでん返し”に繋がるのか。そんな疑問を抱きながら読み進め、時系列のピースがはまった瞬間……体中に電流が走るような強い衝撃に襲われました。凄まじい人物トリックとトラウマになるほどグロテスクな描写。理解し難い欲求をもつシリアルキラーも、息子を過保護に心配する母親も、かなり常軌を逸しており翻弄されつつ読み進めました。そして最後の最後で明かされる事実。ところどころに違和感を覚えつつも殺害シーンに引っ張られほぼ思考停止なまま最終ページまで読んで呆然自失。解説まで読んで無理やり落とし込みました。これは再読してスッキリしたいのですが……まだその勇気が出ません。グロ描写が苦手な人は要注意です。■光を見れるかどうかは自分次第今回紹介した三作品は角度は違うものの、どれも私が人に安易に“おすすめできない”作品達です。でも、一度は最後まで読めてしまった物語。ただの胸糞小説とは違います。希望も正解もないラストのその後の世界に思考を巡らせ、光を見れるかは私達次第です……ね。■読書タイムのおともに秋に読書するなら、環境を整えるところから。ベッドやソファでくつろげるようなアイテムを用意して、万全の準備をして充実した読書タイムを……。テンピュールのベッドウェッジミナペルホネンのブランケット
2024年10月18日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹理由はないけど、泣きたい日。あなたにもありますか……?悲しい、寂しい、辛い……誰かに話を聞いてほしいだとか、大きな悩みがあるとか、そんなことではなく、ただ、ほんの少し疲れた日。目まぐるしく過ぎていった一日の終わりのため息と一緒に、日常とは少し離れた物語の世界に身を委ね、涙を流す時間。思わず泣ける作品も素晴らしいですが、思わぬ作品で泣いてしまう瞬間もまた、いいものです。今回は、理由の説明はできないけれど……なぜか、読後泣いてしまっていた。そんな私の心に長く残っている三作品を紹介させていただきます。泣いてすっきりして笑って、みなさんが明日からもがんばれますように。染井為人『正体』凶悪犯か、無実の青年か……。当時27歳の夫と妻27歳、2歳の息子が惨殺された。逮捕されたのは18歳の少年。無実を訴えるも控訴もできず死刑判決を受け……そして脱獄。この作品は、さまざまな場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ必死に逃亡を続ける彼を追う488日の物語。……彼の本当の目的は。冤罪とは。罪とは……。何を話してもネタバレになってしまいそうなほど、一瞬一瞬、一文字一文字が“鍵”となっていきます。終盤まで逃亡する彼の視点で描かれることは全くなく、周りの人間の視点だけで進む構成となっており、そのため、彼の口から現在の心境や恐れが直接語られる場面はほぼなく、読者の想像にそのすべてが委ねられます。……そう、すべて。でも、だからこそ予想外な結末に切ない余韻、辛い読後感が長く残るのです。誰がこんな結末を想像できたでしょうか……。のめり込んで軽快に読める各章の面白さと、それに反するほど重いテーマをずっしりと感じられる重厚な読後感。読んでいる間はずっと彼のことが怖かった……。関わる人を惹きつける、彼のやさしさの“正体”が知りたかった。映画化されることも決まっていますが、ぜひ先に活字で味わっていただきたい。涙の種類が変わってきます。井上真偽『アリアドネの声』「無理だと思ったらそこが限界」……この言葉の意味が読む前と後でガラリと変わる本作品。巨大地震で地下施設に閉じ込められてしまった女性を救う救助劇なのですが……。その女性は“見えない、聞こえない、話せない”3つの障がいを抱えていました。迫りくる崩落、浸水、火災……。命のタイムリミットは6時間。便りの綱は一台のドローン。臨場感あふれる救助描写と、一秒も記憶に留められないドローンの難解機能説明にただただ圧倒されていきます。でも、考えてもみてください。目が見えず耳も聞こえない人を遠隔で安全地帯に誘導するなんて“無理”ですよね。危険地帯となった地下から、それもたった一台のドローンで救い出すなんて“無理”ですよね……。そんな誰もが諦めてしまいそうなほど難関な救出。中盤で生じた疑惑が晴れた瞬間があまりにも鮮やかで、鳥肌が立ちました。そうなるに至った覚悟と恐怖と不安を自分のことのように想像して胸に熱いものがこみ上げてきます。みなさんならどう誘導しますか……? ラストに見えた絶景はこの先もずっと忘れることなく私たち読者の胸に残ることでしょう。規格外の感動を味わえました。出会えてよかった一冊。桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』“こんな人生、ほんとじゃないんだ”。図書館の返却棚でふと目に留まった、“ラノベ三大奇書”のひとつでもある本作品。盛大なネタバレともいえる1ページ目から物語は始まっていきます。変わった性格の転校生とのかかわりを通して、主人公が少しずつ成長していく物語……といえば聞こえがいいでしょうか。青春の、特に塩辛く淋しい部分を凝縮したような味がしました。ただ気をつけてください……。青春小説のような顔をしながら、意識の隅にたしかにあった何かから容赦なく殴られるような痛みを感じさせてきます。この物語の登場人物はみんな、心のどこかが壊れているのです。でも、それは普通のこと。この物語は、自分のことを“人魚”だと言い張る少女が、バラバラ死体になるまでの物語……。正直、心の状態が健康な人にしかおすすめできません。途中で何度かもうここまでか……、もうダメかも、という瞬間があり、今振り返っても苦しくなるような200ページでした。こんなにもさらっと読めて、こんなにも辛く温かい200ページは初めてです。鬱展開ではあるものの、胸糞小説ではない。痛みと愛を余すことなく書ききった名作。……好きって絶望だ。■心を揺さぶられ涙して、最後に優しさが香る物語たち今回は、私の涙腺を揺らした作品たちの中から、それぞれ角度の違う三作品を紹介させていただきました。どれも苦しい、辛い、だけで終わらず、読後に優しさを感じることができます。周りの目を気にせず物語の世界に浸れることは素晴らしいことです。日常とは遠いところですっきりしたいときに、ぜひ。■読書タイムのおともに快適な睡眠環境を提供するためにデザインされた優れたサポートアイテム「テンピュール」のベッドウェッジがおすすめ。睡眠時だけでなく、さまざまな使い方ができ、たとえば背中を支えて読書やテレビ鑑賞を快適にしたり、足を持ち上げればむくみの軽減や血行促進に役立てたりすることもできます。
2024年10月04日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹「新潮社」「講談社」「幻冬舎」に続いて第四弾となる、“本選びのすゝめ”。今回は、文芸のみならず、ラノベや漫画などエンタメにも特化している「KADOKAWA」の魅力をお届けしたいと思います。少し話は逸れますが、本を好んで読んでいる人ならば、好きな本の傾向が偏ってくるのは至極当然のこと。でも、図書館の返却棚や古本屋でふいに出会う、“好きから少し離れた本”になぜか心惹かれ、読んでみたら期待以上……なんて経験はありませんか?なんとなく手にした一冊が、お気に入りの一冊になる快感。そう、本も人も中身が大事。今回は、そんな“本の内面”に私が思わず惚れた「KADOKAWA」の作品を紹介させていただきます。1. 直島翔『テミスの不確かな法廷』本作の主人公は、幼いころに発達障がいと診断され、スペクトラム症(ASD)、注意欠如/多動症(ADHD)、の特性をもつ裁判官。自身の特性と上手く付き合いながらさまざまな事件と向きあっていく新感覚のリーガルミステリーなのですが、よくある“ソレ”とは訳(わけ)が違います。主人公の視点で描かれた3つの事件が収録されている連作短編集となっているこの作品では、その全編を通して、彼の観点や、衝動を抑えるためのルーティンなど、発達障がいゆえの苦悩が細かく描かれていきます。脳の指令なのか、自分の意思なのか、自分の行動がたまに制御できなくなってしまったり、怒り、悲しみ、喜びなどの感情を読み取ることが難しく、今を生きるだけで精一杯……裁判官なのに。そんな彼が不確かな中から真実を見抜くのです。彼だからこそ見える世界や、感じることの語彙が胸に……いや、喉に刺さります。魚の小骨のように簡単には取れてくれません。症状が出始めると読み手であるこちら側まで鼓動が速くなりますが、周りの人たちが少しずつ味方になっていき、最後の最後には、明確ではないけれど確かに、心のどこかにポッと灯りが見えたような気がしました。不確かに、確かな灯りが。2. 浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』家の片付けの最中に、倉庫から出てきた見知らぬ仏像。ニュースで流れていた青森の神社から盗んだご神体にそっくりの“ソレ”。父の犯行を確信した家族が千キロメートル先の青森を目指す……。このあらすじを聞いて、今、あなたが抱いた感情、想像できた結末、それらを遥かに上回る、疑心暗鬼の恐ろしい家族ドライブが始まります……。結婚する姉と完ぺきな夫、お金命の兄、迷惑しかかけない父、無の母。……え、この一家、普通じゃない……? 普通の家族って、なんですか?気づかないレベルで張りめぐらされた伏線の回収や読ませる力、文字の上で転がされる感覚。これぞ浅倉秋成先生。特にこの作品では“家族”とはなんなのかという問いを私たち読者の脳裏に頼んでもいないのに深く埋め込んできます。次々と家族を襲う事件。解決への疾走。こじれる疑念。シリアスもスリルも笑いもあり、特に前半は読みやすいのですが、後半、物語が目まぐるしく二転三転して、ようやく着地したかと思ったら……。価値観と物語がふたつともひっくり返るダブルどんでん返しは初めての読後感でした。読み終わったら、表紙の絵にもう一度だけ目を向けてみてください。3. 岡部えつ『怖いトモダチ』この表紙は小説版ではなく、漫画版のものです。「彼女はいい人?それとも……悪魔?」この作品のテーマは自己愛性パーソナリティ障がい。その特徴は自尊心が驚かされると攻撃をする、自分を正当化するためなら嘘もつく、己を褒めて貰えるように上手く仕向ける、などなど。あれ、もしかして、思い当たる節がありますか……?ある人はその人を崇めて、ある人はその人をサイコパスだと憎む。人によって正反対の印象をもたれる“彼女”を軸に物語はじっとりと体内に纏わりつくように進んでいきます。作品としてわかりやすく障がいと“ソレ”を重ねていますが、本当にそれだけなのでしょうか。表面上の人間性は見る側が好きに解釈したものにすぎません。でも、それを踏まえてもなお、物語の中にいる「トモダチは怖い」という一言ではとても説明がつかないほど、おぞましいのです。実際の被害者が読めば終始あるあるの物語でしょうし、絶妙に組み込まれる加害者の言葉に殺意を覚える人もいるかもしれません。ただ……ここまでわかりやすく掘り下げて書かれていても加害者のタイプに遭ったことのない人には“怖い”という感情は芽生えないのかもしれません。余談ですが、この作品は小説と漫画の2展開で出版されており、それぞれ結末が異なるためどちらも合わせて読むことをおすすめします。……さて、ここで問題です。二番目に怖いトモダチは誰でしょう。わかった方から、逃げてください。■いつもと違う作品に浮気してみて今回は、少し角度を変えた三冊を紹介させていただきました。ぜひみなさんも装丁やタイトル、作家さんだけで読む本を決めず、さまざまな本に浮気してみてください。冒頭にも書きましたが、図書館の返却棚や古本屋は手軽に本を手に取れるのでおすすめです。刺激的な出会いがありますように。
2024年09月20日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹みなさんは、原作がある作品の“映像化”について、どう思いますか?原作といっても、『半沢直樹』のように小説が原作となっているもの、『ドラゴン桜』のように漫画が原作となっているもの、なかには『バイオハザード』や『ストリートファイター』のように、ゲームが原作になっているものなど、さまざま。そしてそのどれもが、もれなく賛否両論わかれています。ですが、仮に原作とあまりにかけ離れていても、好きだった描写が無くなっていても、やはり面白い物語というのは面白いまま。少なくとも映像化される作品にはそれだけの“魅力”があり、原作と違う部分は、それなりの“理由”があるのです。別物として割り切って、作品を味わってみることで、今まで以上にその物語を楽しむことができるかもしれません。今回は、過去に映画化されていて、かつ原作の良いところが大きく衰えることなく反映されていると私が感じた、大好きな作品たちを紹介させていただきます。原作と映画、どちらか一方だけでは気づけなかった物語のさらなる魅力に心躍らせることができるでしょう。1. 東野圭吾『プラチナデータ』2013年に映画化されたこの作品。これまで私が読んできた東野圭吾作品とはいい意味でまた違った世界観をもっていて、読後の印象が今も強く心に沁みついています。物語はDNAからプロファイリングをするシステムと、それを巡った事件を描いたSF推理サスペンス。登場人物のキャラクターが強いなとは感じていましたが、読後、映画化を前提に書き始められた物語だと知って腑に落ちました。ただ、原作と映画、かなり違うのです。決定的に違うのは、原作ではメインの事件が「連続婦女暴行事件」なのに対し、映画では「連続幼児誘拐事件」だということ。他にも教授の性別が変わっているなど、いくつかありますが……そう、とにかく本作品は、原作と映画でかなり違います。でも、それでもなお、主人公の放つ力は偉大で、本を読むように映画を楽しむことができました。これは10年以上も前の作品。時が経った現代はDNA鑑定が当たり前となっているからこそ、あと少し、もう少し先の未来では、本当に国民全員がDNAで管理される時代が来るのかもしれない……と、急に空恐ろしくなりました。ひと言で言うと、SFを感じさせないSF作品とでもいいましょうか。すべてを知り得ないから惹かれる……知ってしまえば愛は終わる。東野圭吾、さすがです。余談ですが、原作のエピローグの最後が個人的には大好きです。2. 貴志祐介『青の炎』「問題は、自分に、そのリスクを取れるかどうか……」。2003 年に映画化された本作品。この作品は、ホラー小説家としてデビューした著者が4作目にして挑んだホラーテイストのない倒叙ミステリー作品。主人公は家族の平穏を守るために完全犯罪に手を染める17歳の青年。なぜ殺さなければならないのか、他の選択肢はなかったのか、そんな疑問をこちら側に一切もたせないほど感情移入しやすい状況を作り、私たち読者を平気で物語の奥深くに引き込んでいきます。その面白さから映画化されるのが透けて見えるような作品で、期待していただけに残念……とはまったくならず、個人的には映画もかなり期待以上。主人公の彼女の性格が大きく変わっていたり、原作にない場面が映画に追加されたりもしていますが許容範囲ですし、その他はほぼ原作に忠実に描かれています。完全犯罪と謳うくらいですから、戦略を練る場面や実行に移す場面がもちろんあるのですが、そこでの心情の描き方が原作でも映画でもお見事。読者の文字を追う、もしくは映像から受け取るスピードが、まるで主人公の鼓動の高鳴りと連動するかのように速くなっていきます。20年以上経っても凄まじい臨場感があり、ここまで心を揺さぶる倒叙ミステリーはそうありません。ただ、決して古臭さを感じるような作品ではないので、原作も映画も、まだ見ていない幅広い世代の方にぜひ触れていただきたいです。青の炎……来年の夏、きっとまた必ず読みます。3. 首藤瓜於『脳男』2013 年に映画化された本作品。脳男……このタイトルに魅了されてあっという間に読了したのが映画化される約2年前。“驚異的な知能と肉体を持ちながらも感情だけが欠如された男と連続爆弾犯”……これだけで当時の私には十分すぎるほど魅力がありました。物語序盤の“まだ分からない”状態はとてもギクシャクした感触で、脳男が誰なのか、あるいは何なのか、何者でもないのか、ほとんど何も見えないまま物語は進んでいきます。その後に明かされる真相を知ってもなお残る違和感に何度、苛立ち、震え、ワクワクさせられたか。映画では、大筋は原作に添いながらも人物設定や途中の展開、そして結末には大きな改変も見られます。ただ……その全てが悔しいほどに面白い。物語の重要人物でもある爆破犯が原作では男性の単独犯だったのに対し、映画では若い女性に変わっていたり。居なかったはずの仲間が増えていたり。原作ファンとしては若干引っかかるところもありましたが、そんなこと気にならなくなるほどに見応えのある映像作品でした。映画ではカットされた名場面を原作で楽しむこともできますし、映像だから魅せられる息が止まるようなアクションシーンや泣きたくなるようなグロシーンを堪能する事もできます。そして何度も言いますが、そのどちらもが、もれなく面白い。そしてもれなく、狂ってる。ダークヒーローに会いたくなったら、また戻ってきます。■ハマらなくても全力で楽しんでもちろん楽しみ方は人それぞれですが、私は映画を観てから原作を読むと、どうしても登場人物が映画のキャストとイコールになってしまうことが多いので、“原作を先に読む”ことにしています。一生のうちに読める、観れる作品は限られているのですから、自分にハマってもハマらなくても、全力で楽しみに行くのが吉。固い頭を柔らかくして丸ごと楽しんじゃいましょう。
2024年09月06日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹ひと口に“ホラー”といっても幽霊、ゾンビ、怪奇現象、さらには人間の心の闇や孤独など、怖いと感じるものは人それぞれ。得体のしれない何かに襲われる恐怖は、もちろん現実では味わいたくないけれど、なぜか覗いてみたくなるもの。一度読み始めてしまったら、もう戻れない。そう分かっていてもなお、ページを捲ってしまう。今回はそんな活字が震えて見えそうなホラー小説を紹介させていただきます。映画やドラマ、アニメにドキュメンタリー。どんな恐ろしい映像作品よりも鮮やかに、“活字”怖があなたの脳裏に映し出されることでしょう。1.貴志祐介『天使の囀り』「天使の囀りが聞こえる」と謎の言葉を残し愛する恋人が自殺……。それも一番本人が恐れていたはずの死に方で……。その後、謎の死の調査を行った人々も次々に怪死を遂げてしまう。ホラー小説でありながらミステリー要素も強めの本作品。アマゾンの生態系や神話に関する部分は衒学的に、“天使”を精査するために用いられることで、その正体がSFではなく地に足の着いたものだと認識させられます。……そう、それがとにかく気持ち悪いのです……。轟くそれらの描写は今思い出すだけでも鳥肌が体中を駆け巡ります。こんなにも読む手を止めたくなった作品は他にありません。人間は過去に実際に見聞きしたものや、想像できる範疇でしか脳内に描くことができないはずなのに、この作品では自身から産まれた創造とは思えないほどグロテスクな脳内映像が再生されてしまいます……。読み進めているうちに“いやいやないだろう……”と、“あるのかも……”の境界があやふやになっていき、気づけばラスト1ページ。思わぬ角度から差し込まれる恐怖を覗いて観たい方はぜひ、自己責任で。なんにせよ、間違いなく映像化してほしくない作品No.1。何度も言いますが、グロ注意です。2.小野不由美『残穢』一度読み始めてしまったら、読み進めるのも、読まないのもキツイ。そう、この作品を一言で表すなら……キツイ。物語は小説家である主人公 “私”、のもとに一通の手紙が届くところから始まります。「今住んでる部屋で、奇妙な音がするんです。」……“私”と手紙の主である学生の久保さんはその真相を探っていくのですが……。調査すればするほど深まる謎、迫りくる違和感、じわじわと浸食されていく恐怖、活字から確かに聞こえる音、ずっと整わない呼吸……。突然ワッと驚かすような直接的な怖さはあまりないので冷静に恐ろしい物語と向き合うことができます。……とはいえ、この作品はモキュメンタリー。しっかりとボディに効いてくるので、いつもホラー作品を観たあとに引きずってしまう方、とくに一人暮らしの方は要注意。読後はそれらが実体験かの如く、映像や音が脳裏にこびりついてしまいます。穢れは感染し拡大する。そして繋がっていく。果たして、自分が今住んでいる土地には、今立っているこの場所には、どんな人や物が在ったのか……。読んでいる間よりも読み終わった後のふとした瞬間にじわじわ手を伸ばしてくるタイプの絡みつく恐怖を味わいたい方はぜひ。こちらも自己責任でお願いします。3.アンナ・カヴァン/山田和子訳『氷』本作品は、巨大な氷に覆われて破滅に向かう世界で“少女”を追い求める男の物語……とでもいいましょうか。楽しさはすぐ不和に……その逆もしかり。とにかく読み手の感情を一瞬たりとも安定させてくれません。主人公の幻覚らしきシーンがナチュラルに混ざってくるため、場面の移り変わりも多く序盤は少し迷子になるかもしれませんが、気づけば残り数ページ。こんなにも不穏で不安定な恐ろしい物語を、するすると読めてしまえた自分に読後は寒気を覚えました。この作者はきっと暖かい毛布で眠ったことがないのだろう……そう思わずにはいられません。世界は常に君に刃を向けているよ、味方じゃないよ、というのを私達読者にじっくり教えてくれるのですが、不思議と絶望はしません。むしろ気持ちよささえ感じてきてしまいます。なぜでしょうか。人間誰もがもつ“孤独感のツボ”のようなところに“それら”となって刺さってくるからかもしれません。本作品の主要人物は“私”、“少女”、“長官”の三人だけ。逃れられない世界の結末と少女の絶望が並行して描かれることに1967年の作品とは思えないほど生々しい、セカイの息吹を感じます。フランツ・カフカが好きな方にはぜひ触れていただきたい冷たい一冊です。■夏はやっぱりホラーで恐怖の魅力と新たな発見を夏と言えばホラー……。いったいだれがいつ言い始めたのでしょうか。涼しくなりたいからといって安易に手に取ってしまえば後悔するかもしれません……。でも、紙面に並べられただけの活字から、こんなにも五感が刺激されるのはホラー作品ならでは。読み手である自身が勝手に作り出した恐怖の形と向き合ってみたら、新しい扉が開けるかもしれません。
2024年08月23日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹みなさんはこれまでの人生で、“一度読んだら忘れられない本”に、何度出会えましたか……? 世の中は、一生をかけても読み切れないほどたくさんの書籍であふれかえっています。もちろん、それだけの物語があれば、似たようなテーマや、ありきたりとも言える設定の作品も多々ありますよね。しかしそんな中に、記憶に深く残る作品と、そうでない作品があります。これは読み手の人生観や置かれた状況にも大きく左右されますが、“有り来たり”の中にも読む前に構えていた感情を大きく捻じ曲げてくる、衝撃的な展開の作品が存在します。今回は、私が個人的に“このテーマでこうきたか……”と不意を突かれ、忘れられなくなってしまった3つの作品を紹介させていただきます。テーマにそぐわず読みやすい作品をセレクトしたので、読書初心者の方もぜひ軽率に、上質なトラウマ体験を味わってみてください。村田沙耶香 『殺人出産』あなたには命を懸けて殺したい人はいますか……? この物語の世界では条件を満たせば殺人が合法化されます。その条件とは子供を10人産むこと……。10人の子供を産めば、一人殺すことができるという、現代に生きる私達からすれば異様ともとれる殺人出産システムが当たり前となった世界で物語は進んでいきます。莫大な時間を削ってでも誰かを殺めたい気持ち、少子化対策のため……? 読者という俯瞰的立場だからこそ気づけるメッセージがこの作品にはたくさんあります。誰かにとっては都合がよくて、誰かにとっては受け入れたくない世界。これは私達の現実でも同じなのではないでしょうか。そんなことを考えながら読み進めていると、自分が今、なんの疑問ももたずに生きているこの現実の世界は本当に正しいのだろうかとハッとさせられました。本作品は表題の「殺人出産」のほか、カップルではなくトリプルで交際する人々、性行為をしないことを前提とした夫婦、自然な死が無くなった世界、の3つの短篇で構成されています。そう、4篇すべてのテーマが衝撃的。生と死、性と史。読者の常識や価値観、正義をあざ笑うかのように、村田沙耶香氏は物語を淡々と紡ぎます。どうしたらこんな歪んだテーマが思いつくのか。彼女の頭の中を一度でいいから覗いてみたい。山田詠美『血も涙もある』「私の趣味は人の夫を寝取ることです。」ギョッとする一文から始まるこの作品。不倫をしている男女と、されている妻の三人の視点が、それぞれ切り替わりながら物語は進んでいきます。不倫がテーマとはいえ、重さや不快感はさほどなく、いや、あるのはあるのだけれど、その言葉から連想される嫌悪感やドロドロ感、悲劇的なものは全くなく、恐ろしいほど読みやすい。強いてあげるとすれば、ここまで登場人物の誰にも共感できない物語は他にないかもしれないということくらい。共感も理解も納得もできない、できないけれど、憎めない。だって私も……。不倫が良くないということは言うまでもありませんが、道徳に外れたことをうっかりしてしまうのが人間というもの。作中にでてくる“自分はすっかり古くなってしまった鍵穴”この表現にグッときてしまった私は道徳から外れている人間なのかもしれません。正義を振りかざさない三者それぞれのモラル。敏感に感じ取ってしまうのも、近すぎる距離と愛のせいなのだろうか。心が搔きまわされ、自分でも分からない感情の沼に沈んでいきます。不思議なもので、読んでいる間はあらゆる感情がたくさん浮かんでくるのですが、読み終えた瞬間に雑念がすっと消え、頭の中に何もなくなる感覚を味わいました。あんなにざわついていた筈なのに……。これぞ、山田詠美。倉井眉介 『怪物の木こり』出だしから主人公が平然と人殺しをしていくこの作品。しかも職業は弁護士。悪徳弁護士……? いえ、サイコパス弁護士。用済みになったペットボトルを捨てるように人を殺します。ある日、そんな主人公の前に斧を持った仮面の殺人鬼が現れるところから物語は進んでいきます。そう、本作品は、簡単に人を殺す裏の顔をもつ“サイコパス弁護士”と、人の頭をかち割り脳みそを奪う“脳泥棒”のお話。サイコパス VS 殺人鬼。どちらが怪物なのか、どちらも怪物なのか……。あまりにも残虐で、兎に角ぶっとんだ設定と個性的すぎる登場人物のおかげでスラスラと読み進められましたが、時折まぜこまれた絶妙にリアルな世界観が気持ち悪く、そこがまたこの作品の怖さを増幅させます。設定の勝利。正直物語の途中から先が読めるのですが、それこそ作者の思うツボ。先が読めるように描かれています。もちろん、先が読める=面白くない、ではなく。彼が選んだ道が彼をどう導くのか、続きが気になるところでエンド。気がついた頃には、悲惨な物語のその先を自身で作り上げてしまっていました。読者が一番のサイコパスなのかもしれない……。読後に残った、喉奥からくる“違和感”のようなものを、あなたならどう表現しますか……?■食わず嫌いをせずにいろいろなジャンルを試してみて冒頭で「トラウマ」という表現を使いましたが、個人的に大好きな三作品です。本には「ないジャンルは存在しない」といわれるほど、さまざまなジャンルの作品があります。読んだことのある設定だな……というだけで物語を避けずに、同じような設定のものをあえてたくさん読み漁ってみるのも面白いかもしれませんね。
2024年08月09日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹デビュー作『告白』をはじめ、数々のヒット作を生み出している作家・湊かなえ。多くの小説がドラマ、映画化もされているため、名前や作品をご存じの方も多いのではないでしょうか……。私が思う湊かなえ氏の最大の魅力は、なんといっても最後まで読ませる構成力。人間の内にある心理描写に長けており、誰にでも起こり得るような出来事を題材としているからか、物語に入り込みやすいのも特徴的です。だからこそ、映像作品だけではなく、ぜひ、小説で読んでいただきたいのです。ヒット作の傾向から「イヤミスの女王」としても有名な湊かなえ氏ですが、読後に残る、なんともいえない不快感に魅力を感じる人がいる一方、「不快な気持ちにはなりたくない……」と読むことを避ける人がいることもまた事実です。そこでここでは、湊かなえ作品の中でも強い不快感なしで楽しめる物語や、しっかりとテーマを打ち出している名作も織り交ぜてご紹介させていただきます。ジャンルに縛られず、読後の感情が大きく異なる3作品をセレクトしたので、ぜひお楽しみください。1.『豆の上で眠る』“お姉ちゃん、あなたは本物なの?”というセリフが衝撃的な、姉妹を題材にしたこの作品。物語は姉の失踪事件から始まります。二年の失踪期間を経て姉は戻ってくるのですが……。妹“だけ”が感じるたしかな違和感。家族とは。“本物”とは。冒頭から不穏な空気が満載で、読み進めていくあいだも心が重く苦しい。“イヤミス”の定義を、仮に、読後の居心地の悪さが続く物語とするならば、この作品は「THE・イヤミス」。誰も死なない代わりに、誰も救われることがなく、途中で結末が分かったとしても、なお、騙されていく。真実にたどり着いたとき、足元からくずれ落ちたのもつかの間、読後一瞬だけ芽生えた妙な高揚感が恐ろしくなり、軽い自己嫌悪に陥りました。でも、あの高揚感が忘れられません……。血のつながりに思い出の共有、相手への信頼、そして愛情。それらのどれかひとつにでも疑問を感じるだけで、こんなにも脆く崩れ去ってしまうものなのだろうか。私は、全てに納得の行く答えが見つからなかったとしても、本当の、本物の家族にはなれると信じたい。私だけは、信じていてあげたい。2.『贖罪』本作は、本屋大賞受賞後、第1作目の連作ミステリー小説。物語は、穏やかな田舎町でひとりの少女が殺害されるところから始まります。事件の直前まで彼女と一緒に遊んでいた4人の女の子は、容疑者と言葉を交わしていましたが、誰も犯人の顔を思い出せず事件は迷宮入りに。そして、被害者少女の母親が幼い4人に投げつけた激情の言葉は、彼女たちの運命を大きく狂わせていくのです……。十字架を背負ったまま成長した4人に降りかかる、悲劇の連鎖。15年間もの呪縛と、衝撃の真相。一度放ってしまった“言葉”は、もう取り消すことはできない。それがその人の一生を狂わせることになっていても……。ひとつの殺人事件が章ごとに異なる視点からモノローグ形式で綴られているため、読者は物語に置き去りにされることなく読み進めることができます。湊かなえ氏が描く重圧かつどうしようもない絶望の積み重ねは、なぜか色鮮やか。まるで、真っ赤な彼岸花がびっしりと咲いている中で息が出来なくなっていくみたい……。暗い物語ではありますが、最後には暗く長いトンネルの終わりが私にも見えたような気がしました。……まあ、見えただけ、なんですけどね。3.『山女日記』本作は、8篇それぞれの登場人物が少しずつリンクしていく連作長篇集。さまざまな事情や鬱々とした気持ちを抱えた女性たちが“登山”を通して自己対峙していきます。頂上に着いたころ、問題が解決していなくても、自分の足元にある小さな花や目の前に広がる美しい景色のもつ力に否応なしに前を向いている女性たちが清々しく、まるで自身の体験かのように物語の中へと引き込まれていきます。もうお気づきの方もいるかもしれませんが、ザックの水に毒は入っていませんし、登山靴に仕掛けもありません。もちろん登山中に殺人も起こりません。……そう、この作品に“ミステリー要素はありません”。でも、これは紛れもなく湊かなえ作品。女性の心理描写の生々しさはさすがとしか言いようがないですし、鬱屈としたものを抱えて周りに不快なエネルギーを撒き散らす人間と、そんな人間から見た絶妙にイラつくフィルターを通した世界を描くのが最高に上手すぎます。イヤミス系の作品は苦手だけれど、湊かなえの作品に興味のある方は、ぜひ読んでいただきたい。読後、ダナーの登山靴を調べたのは私だけじゃないはず。■“湊かなえワールド”へ足を踏み入れてみませんか?この他にも、魅力的な作品はたくさんあります。一度、湊かなえワールドにハマってしまったら抜け出せないといっても過言ではありません。また、作者と物語にギャップがあるのも個人的に好きな点なので、サイン会などに足を運んでみるのもおすすめです!! みなさんの読書が捗りますように。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年07月12日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹出版社別で出会う本選びのすゝめ、第三弾。今回は書籍の出版のみならず、企業ブランディングにも特化する「幻冬舎」さんの魅力をお届けさせていただきます。※ 画像はイメージです。誰もが一度は耳にしたことがありそうな村上龍さんの『13歳のハローワーク』や木藤亜也さんの『1リットルの涙』、他にも下村敦史さんの『同姓同名』など、さまざまな話題作を取り扱う「幻冬舎」さんですが、今回はそんな中でも比較的読みやすい“短編集”と“エッセイ”にジャンルを絞ってご紹介させていただきます。ぜひ、「幻冬舎」さんにしかない魅力を味わってみてください。1.益田ミリ『ちょっとそこまでひとり旅だれかと旅』図書館で目にすると必ず手に取ってしまう益田ミリ氏の作品たち。ほのぼのとしたイラストや物語の中にもピリッとひりつく言葉が潜んでいて、毎度、本の厚み以上の満足感を得られるのが印象的。一度読んだら忘れられないフレーズを私の中にもたくさん残しています。もちろん本作品も、一気読みでした。「昨日まで知らなかった世界を、今日の私は知っている。」という一説から始まる、いわゆる旅エッセイですが、旅エッセイとは思えないほど俯瞰した角度から描かれていて、ワクワクしている感情の描写さえ、極めて冷静かつ、癖になる言葉たちで描かれていきます。地図も写真もなく、名所がたっぷり載っているわけでもないけれど、ガイドブックを見ているよりもソコに行ってみたくなるし、食べてみたくなる。ほんの少しの想像力をもてば、旅先の空気に触れているような気さえしてきてしまいます。さすが、益田ミリ。ざっくりとした旅の費用が書かれているのも有難い。まだ知らないはずの旅先のできごとや、ちょっとした呟きに、わかるーっと共感しながら読んでしまう人も少なくはないはずです。私もいつか、ちょっとそこまで。2.尾形真理子『試着室で思い出したら本気の恋だと思う。』高校生の頃、装丁とタイトルに惹かれて購入したこの作品。路地裏にひっそりと佇むセレクトショップで一着の服を買う5人の女性の短編恋愛小説。倦怠期や不倫、さまざまな恋の悩みをもつ女性たちが、セレクトショップで繰り広げる“すきま”の時間。同じ試着室の鏡を通して自分の気持ちと向き合っていく主人公たちの物語はどれも驚くほどに前向きで、必死で、少し×××……。共感できる恋も、できない恋も、どちらにも感情を揺さぶられる二日酔いのような感覚に苛まれると同時に、暖かい気持ちが全身を駆け抜けました。彼女たちの“その先”が知れないもどかしさからなのか、結末を委ねられた安心からなのか、次に私が恋をするときは、この短編集のエピローグみたいな恋がしたいと恥ずかしげもなく思えてしまったほど。眩しすぎるくらいに、すがすがしいほど大人の恋たち。読後は今までよりも少しだけ素直に、丁寧に、周りの人や自分の気持ちと向き合おうと思える一冊でした。そう、「可愛くなりたいって思うのは、ひとりぼっちじゃないってこと。」3.小川糸『なんちゃってホットサンド』今年の2月に発売された小川糸さんの最新エッセイ。コロナ禍の一年間のことが日記帳で綴られていくのですがもうこれはエッセイというより、小川糸さんそのもの。いい意味で、特別感心するような発見や刺激のない他人の人生を丸窓から覗いているような感覚に浸れます。執筆活動が忙しいに違いないのに、味噌や石鹼、アイスクリームに梅干しなど、なんでも手作りしてしまうバイタリティーをみて感心すると同時に、『ツバキ文具店』のぽっぽちゃんのあの暮らしの丁寧さは、小川糸さんの実生活がベースになっていたんだ……と驚いたのもつかの間。ライオンのおやつは『エンドオブライフ』を先に読んでいたら書けなかったのかもしれないこと、ベルリンの話が無くなったり、ペンギンさんが出てこなかったり。とにかく小川糸さんの作品を読んでいればいるほど分かるアレコレと、“小川糸”という人間そのものがこの作品にはたくさん詰まっています。それと同時に、どのページから読んでも楽しめるほど日常の切り取り方が絶妙で面白く、並んだ言葉もすっと頭に入ってくるため、初めて小川糸さんの文章に触れる方にもおすすの一冊です。読後は暮らしを愛する気持ちが戻ってくるので、日々の生活がちょっと荒れてきたぞ……と思ったら、ぜひ。■あらすじも知らずに衝動買いしてみるいかがだったでしょうか。今回は、「幻冬舎」さんから短編とエッセイに絞ってご紹介させていただきました。余談ですが、つい先日、このテーマに引っ張られて幻冬舎文庫を2冊、あらすじも知らないまま衝動買いしてしまいました。読む前からワクワクするこの感覚、久しぶりです。みなさんの日常にも、刺激的な本との出会いが広がりますように。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年06月28日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹梅雨や台風、ゲリラ豪雨など、年間を通して雨の降る日は幾度かあります。恵みの雨という一面がある一方で、憂鬱な気分になったり、外に出るのが辛くなる人も多いのではないでしょうか。でも、寂しいときも嬉しいときも、そのときの心の向きに寄り添ってくれる、何者にでもなってくれるのも、雨。騙されたと思って、雨の音に耳を傾けながら本を開いてみてください。雨はときに、小説のなかの決まった物語さえを、大きく変えていきます。なぜ作者はここで雨を降らせたのか……。物語のなかにある“雨”の意味を考えて読むのも、描かれていない“雨”を想像して読むのも、楽しいものです。今回はそんな雨が印象的に描かれている作品を紹介させていただきます。今、降る雨とリンクさせながら読む物語はいつもよりも色濃く映るはず。この機会に、家のなかで楽しめる雨小説に酔ってみませんか。1.市川拓司『いま、会いにゆきます』6月の雨の日、亡くなった妻が帰ってきた……記憶は失っているけれど。2004年に実写映画化され、海外でもリメイクされた今作品。病気を抱えた父と息子のもとに訪れた切なくて優しい奇跡の物語。いろいろな本を読んでから出会うと、より、本作から溢れ出すおとぎ話のようなピュアな言葉達に心が浄化されてゆくのを感じます。純愛小説なんて興味ない! という人にこそおすすめです。というか、絶対に読んだ方がいい。語り手目線で物語が進んでいくのですが、終盤に明かされた真実のおかげで、妻はどれほど嬉しく満ち足りた時間を過ごしていたのだろうかと、この作品を冒頭から包み込んでいた大きな愛にハッとさせられ、不覚にも涙が頬を伝いました。“亡くなった人が帰ってくる”というありきたりな展開に収まらず、一度読み終えた後でも、別の結末、別の幸せを求めて、何度でも読み始めてしまいます。手のぬくもり、会話のリフレイン。いま、会いにゆきます。2.道尾秀介『龍神の雨』梅雨の季節を彩った雨の一冊。物語の最初から最後まで、土砂降りが続く小説が他にあっただろうか。読んでいるあいだはずっと心が締め付けられるような気持ちが続きます。それぞれの継母、継父と暮らす2組の兄弟が、万引き犯と被害店舗の従業員という形で繋がっていく本作品。人間誰しもが抱いたことがあるであろう、“あのときアレがなければ……”“あのときこうしていれば……”という後悔めいたものを主軸に、“道尾色(みちおしょく)”濃いめで描かれており、締め付けられる胸を労わりながら読み進めました。どこかで雨が降って、そこに人がいて。傘をさすのか、濡れて歩くのか、立ち止まって首を縮めながら雨が止むのを待つのか……。そんな正解のない小さな選択が、ただの“雨”が、4人の運命を侵してゆきます。物語最後の言葉が心に深く刺さり、私のなかにも消えない“毒”として残りました。この不条理をどう消化するのかが、私たち読者への宿題なのかもしれません。鳥肌必須の解説も、ぜひ。3.水野敬也『雨の日も、晴れ男』ふたりの小さな神様のいたずらで主人公・アレックスは不条理な出来事に遭遇し続ける運命となります。しかし、職場をクビになろうと、家が燃えようと、妻子が出ていこうと、アレックスはその出来事のなかにポジティブなものを見つけ出す天才でした。同著者の“夢をかなえるゾウ”で学んだ人生を豊かに生きる方法がここにも盛り込まれています。どんなときでも前向きに生きること、笑うことがいかに人生に必要か、他人を喜ばせることが自身の喜びだといえる彼の生き様から、神様たちは大事なことに気づかされていきます。超絶ポジティブ男の生き様から学ぶ人生は、いい意味でしょうもない。しょうもなくて、素晴らしく愛おしい。彼のようになることはできないけれど、正直なりたくはないけれど、少しでも自分のなかに彼の欠片がいてくれたら……。とても読みやすい物語なので、気分が沈んだり、集中力が続かない雨の日でもサクサクと読めます。読み終わる頃には少し降る雨が綺麗に見えるかもしれません。“神様は、人を不幸にすることも、幸福にすることもできない。ただ、出来事を起こすだけ。”■雨の日こそ読書雨だから天気が悪いと決めつけず、自然の雨の音をBGMに、物語の世界観をより一層、色濃く味わってみてください。また、雨の日に会えますように。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年06月14日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹#21の“新潮社編”に引き続き、出版社別で選ぶ本選びのすゝめ、第二弾。多くの方が一度は耳にしたことがある大手出版社でありながら、野間賞・江戸川乱歩賞・講談社漫画賞などの各賞の顕彰事業や、「本とあそぼう 全国訪問おはなし隊」による読書推進活動などの文化事業も積極的に進めている「講談社」さんのおすすめ本を、今回は紹介させていただきます。写真はイメージです。小説・教養・ジャーナリズム・ファッション・絵本・漫画アニメ・ゲーム等、圧倒的に幅広いジャンルの書籍を扱ううえに、メディアミックスにも強い「講談社」さん。あまりにも多くの話題作を取り扱っているので、今回はあえて一癖ある、あらすじ通りにはいかない物語達で揃えてみました。ぜひ、「講談社」さんにしかない魅力を味わってみてください。1.パリュスあや子『隣人X』2023年12月に映画化もされている本作品。惑星難民となった宇宙人が日常に紛れるようになった世界という設定から、一見、フィリップ・K・ディック氏を彷彿とさせるSF的な物語かと思い読み進めていましたが、むしろSF色はさほど強くなく、現代の日本にある多くの社会問題を、海外に住んでいる作者ならではの視点で私達読者に投げかけてきます。登場する3人の女性の性格がどこか似ていることに気持ち悪さを覚えた前半から、納得の後半。すぐ横にいる人は異星人と似て非なるものという比喩表現だと考えると、怖いほどスラスラと“日常”に物語が入ってきます。そう、日常に。そんな現代の生きづらさとSF要素が絶妙に絡みあい、エンタメ性と批評性を兼ね備えたこの作品。私達にとって“普通”とは何なのでしょうか。私は、あなたは、あの人は、“普通”なのでしょうか。ただひとつ言い切れることは、この物語がまぎれもなく今の日本の話であるということ。そう、宇宙人も含めて。2.五十嵐津人『不可逆少年』デビュー作『法廷遊戯』で話題となった弁護士作家、五十嵐津人氏の2作目となる本作品。“殺人犯は13歳”という帯と、印象的な装丁に惹かれ購入しましたが、大当たり。いや、考え方によっては最高の大はずれかもしれません。少年法の理念と運用の間に横たわるジレンマの存在は昨今のニュースなどでも広く知られていますが、五十嵐津人氏の視点はそこに留まりません。未成年である犯人の異常性や狡猾さをクローズアップしていくのかと思いきや、事件そのものよりもそれを取り巻く人間の感情が主題となって物語は進んでいきます。同情する点も多い少年少女ではあるが、共感はできない。いや、できなくて良かった。毎行、予想とは違う角度から攻めてくる展開に、物語がどう繋がるのかが読めず、ページを捲る手が止まりませんでした。もし、これらが身近で起きたとき、私は何を否定できるのでしょうか。そんな考えが頭をよぎった後、慌てて表紙を伏せました。表紙の彼女と目が合ってしまうような気がして。3.似鳥鶏『推理大戦』アメリカ・ウクライナ・日本・ブラジル……。“特殊能力”をもつ名探偵たちが世界中が欲する“聖遺物”を賭けて「推理ゲーム」を行う、という少年漫画のような設定のこの作品。個人的にはこのあらすじだけでかなり心掴まれました。たとえるなら、ミステリー版アベンジャーズ。各章で名探偵らのキャラクター造詣を深める謎解きがあり、それを踏まえたうえで終章で展開される多重推理には、言葉通り“酔い”しれました。もう、読むたびに推し探偵が変わってしまう自分が不安になるほど全員が魅力的なのです。ひとつの小説に留めておくのはもったいないほど。聖遺物をめぐる大戦は、むしろサブ要素かもしれません。そして賛否両論覚悟で書いたとしか思えない衝撃のラストの展開に唸らされました。きっと読後に抱いた感情さえも作者の手のひらの上。贅沢に騙される読書体験でした。ミステリーが苦手な人もエンタメ作品として楽しめると思います。“無駄に面白い”あとがきも必読です。■顕彰事業も。講談社の魅力は多彩なコンテンツ力とデジタル戦略本選びのすゝめ【講談社編】、いかがだったでしょうか?講談社出版の作品には、他にも『十角館の殺人』や『窓際のトットちゃん』などがあります。冒頭にも書いた講談社さんが展開する顕彰事業や文化事業にも注目してみてください。知れば知るほど面白い出版社別の世界、続編もお楽しみに。読書のお供におすすめ↓首・肩の疲れに。読書しながらネックマッサージャーで癒されてみては?↓↓ 読書のあとは、アイマスクで目に疲れをためないように ↓■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年05月31日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹誰だって、体調や気持ちによって心の許容範囲は変わってしまうもの。本当はもっとやさしい気持ちでいたいのに、普段ならなんでもないことが気になってイライラしてしまったり、いつもなら許せることにまでつい口が出てしまったり……。そんな自分の振る舞いを思い出し、自己嫌悪。他人にも、自分にも、やさしくできない……そんなとき、考えるのをやめて寝てしまうのもいいですが、物語の中に助けを求めるのもおすすめです。写真はイメージです。↓ リビングにひとつあると癒されます ↓文字や絵を目で追っているだけで呼吸がしやすくなることもありますし、ときに本のなかの登場人物達が、心がざわつく原因を一緒にさがしてくれたり、だめな自分を愛せる生き方を教えてくれます。今回は、人にやさしくできないときの処方箋になるような本を紹介させていただきます。きっとあなたも、読後、それなりの昨日と、ダメダメな自分と、行きたくない明日が、ほんの少しだけ大事なものに思えるかもしれません。1.フランツ・カフカ『絶望名人カフカの人生論』『変身』などで知られるチェコ出身の作家、フランツ・カフカ。本作は、生前、作家としてあまり評価されていなかったカフカが残した日記やノート、手紙などから言葉を集めた名言集のような一冊です。なにもそこまで……と言いたくなるほどのカフカ自身の強烈ともいえるほどのネガティブさに共感しつつも、くすっと笑えてしまうユーモアさとシュールさ。理不尽な世の中に対してもはや開きなおったカフカの愚痴は、私たち読者と一緒に絶望してくれながらも、寄り添い、許して、包み込んでくれます。そう、気持ちが後ろ向きなときに、無理して前を向こうとしなくていいのです。誰かの言葉に傷ついてもいいのです。傷つくことは素敵なことなのです。「いつだったか足を骨折したことがある。生涯でもっとも美しい体験だった」この言葉の意味も読めば分かります。恐ろしくネガティブな言葉から元気をもらえるのは、カフカが現実から目を背けて言い訳ばかりしているように思えて、実は誰よりも正面から世の中とも自身とも向き合っていたからなのかもしれません。読後はネガティブな自分さえ愛おしく思えました。2.西加奈子『うつくしい人』こうありたい自分でいるために、自分を偽ることは誰にでも多少ありますが、それが度を越えると本当に生きづらいもの……。この作品では、自分がどうか以上に他人にどう思われるかを気にしていながらも、他者を見る目がどこまでも卑屈で傲慢な女性目線で進んでいきます。現代に生きる人にとって感情移入しやすい設定だからこそ、序盤は胸が痛くなる描写も多いですが、安心してください。生きる環境を変えた主人公の心が人との触れ合いの中で少しずつ解けていくのと連動して、私たち読者の絡まった心も柔らかくなっていきます。この世の全ての人の感情を知っているのではないかと疑いたくなるほど流暢な西加奈子さんの文章力には毎回言葉を失います。憧れや、妬み嫉み、作られた自分からも解放されて、ただ、素直になれたらいい。頭ではわかっていても、ただの“自分”でいることは難しい……。自分が嫌いだと平気で言えてしまうほど自分を諦めている人にこそ読んでいただきたい。“自分で不幸になれる人は、自分で幸福にもなれる”。みんなみんなうつくしい、うつくしい人。3.瀬尾まいこ『おしまいのデート』5つの短編が収録された本作品。“デート”ときくと恋人同士がするものというイメージが強いですが、この作品では祖父と孫、元不良と老教師、仲が良かったわけでもない同級生の男同士、公園で犬を飼うOLと男子学生……といった恋愛関係にあるふたり以外のデートが描かれています。どれもさらっと読める短編なのですが、凝った設定と個性的な登場人物たちが面白く、物語一つひとつの満足感はとても高いです。切なくて、寂しくて、あたたかい……瀬尾まいこさんが描く世界はどんなときに触れても私たち読者を誰ひとり置き去りにすることなく優しく招き入れてくれます。そして何より、タイトルにもある、別れとも、さようならとも違う、“おしまい”。絵本の最後にある“それ”と同じ言葉。読後に芽生えた気持ちが自身のものとは思えないほどうつくしくて一生大事にしたいと思えました。この物語の中で出会えた登場人物たちが今も幸せでありますようにと“おしまい”のあとを願いながら、丁寧に本を閉じて、深呼吸。……この一冊に出会えてよかった。■心のSOSに気づくために処方箋のような一冊を人にやさしくできないときや、些細なことでイライラしてしまうのは、見逃してはいけない自身からのSOS。本ならば、誰かの迷惑になることもありませんし、あなたの心を煩わせるものに触れる必要もありません。負の感情に覆いつくされる前に、今、ぽっかり空いた心にぴったりとハマる、処方箋のような一冊が見つかりますように。「……おしまい。」↓首・肩の疲れに。読書しながらネックマッサージャーで癒されてみては?↓↓ 読書のあとは、アイマスクで目に疲れをためないように ↓■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年05月17日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹みなさんは図書館や書店で、自身が惹かれている本の共通点を考えてみたことはありますか……? 好きな作家が陳列されている本棚、ポップが目を引くランキング上位の話題の本、表紙のインパクトに一目惚れしたり、どこか今の自分とリンクしているタイトルに心ときめいたりなど。そんな“無意識な本との出会い”のきっかけには、気がついていないだけで同じ“出版社”を選んでいるということもあるのかもしれません。誰もが一度は名前を聞いたことがある大手出版社から、独自のカラーを打ち出した偏った出版物が魅力の出版社など、出版社の数だけ扱う本の色があります。そう、この本好きだけど見慣れない出版社だな……と思ったら、それは新たな出逢いのチャンスかもしれません。写真はイメージです。実際に私は昨年、お気に入りの出版社さんを見つけてから芋づる式に好みの本に出会えました。ぜひ、今回はその出版社さんを……と言いたいところですが、少しマニアックなので、それはまた今度。今回は多くの方が耳にしたことがあるであろう親しみのある出版社「新潮社」さんの本をご紹介させていただきます。“緻密な人物描写や人々の心に訴えかける作風の多い印象が強い”新潮社さん。教科書にもある誰もが知るあの“ごんぎつね”や小野不由美さんの“十二国記シリーズ”も新潮社さんです。ぜひ、「新潮社」さんにしかない魅力を味わってみてください。1.小川糸『とわの庭』全盲の幼い主人公が一人称のまま物語が進んでいく珍しい本作品。もちろん視覚を排した描写を余儀なくされるのですが、嗅覚と聴覚で補完した物語の世界は、今作では、むしろ眩しいほどに“色彩”に満ちています。いやあ……さすが小川糸さん。孤独で壮絶な幼少期を過ごす幼い目線だからこそ読んでいて辛くなる場面や、文字だけでは理解し難いこともいくつかあり、どれだけ私が普段視覚に頼って生活しているか思い知らされます。どんなに世間が批判しても、どんなに不完全な関係に見えていても、生きているって本当にすごいこと。“パンケーキは幸福になるお薬だ”“誕生日というのはなんて素敵な甘い香りのする日なんだろう”。全盲の少女から発せられるどこまでも素直で繊細な言葉達は私達読者を辱めるほど美しく光って魅せます。この物語序盤の“多幸感”と、終盤の“幸せ”は全く形の違うものだけれど、目を背けたくなるような日々の中にも、誰にも理解される必要のない確かな愛があったのだと感じさせられました。手で、鼻で、耳で、口で、いろいろなものを感じていく彼女は、目が見える私達よりも遥かにこの世界を“見て”生きていました。その感受性が本当に美しくて、壮絶な人生が描かれている筈なのに読後は少し羨ましくも思えました。小川糸さんの描く世界は、物語の中にではなく、現実にあるのかもしれません。少し外の風にあたってこようかな。2.杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』一度も会ったことがない父親の訃報が届くところから始まる、この作品。メディアで幾度となく絶賛されていて気になって手に取りました……が、あれ? 期待していた分、初めはピンとこず。読み進めていくと……ん? あ、え、なるほど!本作は、私達読者が生きる現実世界を大きく取り込んだ複層的なミステリー作品でした。ライトノベルなタイトルや装丁からは想像できない展開が後半に待ち受けており、物語の内容がどうというよりも、電子でも、映像でもない、“紙面”だからこそ許されたロジックと、杉井光さんの好奇心、仕掛けに気づいたときは、思わず“ほぉ~”と声にだしてしまいました。多くの本は読み手の感情に変化があれば見え方も変わりますし、再度読み直して初めて気づけることがあったりもしますが、この作品は一読目が一番、楽しめるかもしれません。というか……楽しみきってください! 230ページとかなり読みやすいページ数なので、活字が苦手な人にこそ手に取っていただきたいです。頭を使っても、使わずとも、楽しめる“透きとおった物語”。一度で二度美味しいってこういうこと。3.シェイクスピア『マクベス』福田恆存:訳人類史上最高の詩人にして、16世紀のイギリスを代表する劇作家“シェイクスピア”。彼の作品は、日本語訳され多くの出版社さんから出ていますが、私は圧倒的に、そう、圧倒的に、新潮文庫版をおすすめします。なんせ代表作は新潮文庫でほとんどそろいますし、どの作品にもフックがあり、短く読みやすいのが特徴です。そして何よりも福田恆存さんによる翻訳が本当に面白いのです。あえて一冊……と言われれば、私は迷わずこの“マクベス”をお勧めします。シェイクスピア四大悲劇の一角にして恐らくもっとも完成度の高い疑集力をもつ本作品。シェイクスピアの作品はいろいろな書物にも引用されているので「あ、このセリフ聞いたことある」「この場面知ってる気がする」なんて記憶と照らし合わせながら読み進めてみるのも面白いかもしれません。演劇の台詞さながらの生き生きとした言葉達と思わず声に出して読みたくなるような文章のリズムに気づけば心躍らされています。確かに文字だけで綴られた小説のはずなのに、まるで目の前で観劇しているかのような気持ちになれます。訳者のあとがきも最高なので、お忘れなく。■“推し”出版社を見つけませんかいかがだったでしょうか。みなさんのお家の本棚も、一度出版社別で並べなおしてみると新たな発見があるかもしれません。「TheBookNook」ではさまざまなテーマで本を紹介させていただいておりますが、またいつか別の出版社さんの魅力もお届けできればと思います。私もまだまだ未開拓の出版社さんはたくさんあるので一緒にいろいろな出版社さんに浮気して、推しを見つけましょう。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年05月03日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹古い時代に著された古代日本の様子が分かる“古典”や、誰もが知る“名作文学”や“世界文学”……みなさんは読んだことはありますか? 長い歴史をもち、今もなお全世界で愛読されているこれらの作品達には何か特別な魅力があるはずです。ただ、難しい言い回しが多く使われていたり、どこか堅苦しいイメージもありますよね。実際、昔に書かれた本は原文のままではなかなか読み進めることが難しいものです。写真はイメージです。でもその言葉の問題ひとつで、読まないまま人生を終えるのはあまりにもったいないほど、面白い物語がたくさんあるのです。そこで今回は、“現代訳”や“超訳”“新訳”といった、現代を生きる私達にもわかりやすい現代の言葉を用いて訳された古典・名文学の本をご紹介させていただきます。1.角田光代『源氏物語』(上・中・下)これまでにも名だたる文豪が現代語訳に挑んだといわれる「源氏物語」。その中でも恋愛小説の名手と謳われる人気小説家・角田光代さんが訳を手掛けた本作では、原文への忠実さよりも疾走感のあるストーリー展開が印象的です。一冊がかなり分厚く読み始めるのには少し勇気がいりますが、作者や第三者の声が魅力的に訳されていて、当時の人が興奮とともに読み進めたように現代の私達でも物語に没入できる工夫がたくさん凝らされていて、個人的には一番読みやすい現代語訳でした。登場人物は多く名前も立場も変わっていくので、文化の違いに戸惑ったり呆れたり感心したり……と感情は大忙し。今思い出しても幸せな読書体験でした。歴史の苦手な私が教養や常識としてでなく、純粋に物語として源氏物語を楽しむことができる日が来るなんて……。あとがきや解説でも40ページ超あり、さらに内容の理解を助けてくれます。こんなに複雑かつ洗練された物語が千年も前に書かれていた事に改めて驚かされました。下巻まで辿り着かせてくれた角田光代さんの訳文力に感謝。みなさんも瑞々しく表現された源氏物語の世界観に引き込まれてみませんか?2.林真理子『私はスカーレット』美しいスカーレットの波乱万丈の半生を描く、マーガレット・ミッチェルの名作“風と共に去りぬ”をスカーレットの一人称小説にアレンジした、この作品。風と共に去りぬはご存じの方も多いかと思いますが小説の他、映画や舞台などで多くの人に愛されてきた名作です。南北戦争時代がテーマの今作は胸が苦しくなる描写も多々ありますが、今作は原作よりもエンタメ感が強く今こそ読んでほしい大河ロマンのような一冊となっています。物語の冒頭ではまだ16歳の主人公。自分の欲に忠実に、感情が先走ったような行動をとってしまうのも、林真理子さんの訳では妙に納得してしまいます。絶対に嫌な女のはずなのにだんだん惹かれていくのは、欲しいものを全力で勝ち取りにいく正直さと、自分の価値に対して絶対的な自信をもっている部分に私自身が憧れを重ねているからかもしれません。読後は自分でも引くほどに彼女の虜になってしまいました。原作よりも遥かに自意識過剰な可愛いスカーレットを身近に感じられる今作は私の中でかなりお気に入りの一冊になりました。原作や映画版を御覧になった方もそうでない方も、間違いなく楽しめる最高のエンターテインメント小説です。いやあ……私もスカーレットのように生きてみたい。3.清川あさみ / 最果タヒ『千年後の百人一首』清川あさみさんが糸と布とビーズで紡ぎ出した百の情景に、最果タヒさんが添えた情感豊かな言葉の世界。詩集×刺繍。ため息が出るほど美しいという表現はこの作品のためにあるのかもしれません。言葉が絵となり、詩となり、そしてまた言葉で書き表された“うた”がこんなにも心にスッと入ってくるとは……。悠久の時を越えて、三一音の感情が私達読者のあらゆるところを刺激してきます。私の中にある百人一首の記憶は、子供の頃、意味を考えるよりも暗記することに必死になっていたことくらい。もし、あのとき、こんな素敵な百人一首の本と出会えていたら……なんて考えてしまう方も多いかもしれません。分かるようで分からないようで……でもきっとまた捲りたくなる日が訪れる気がする本作品。読後は百人一首の新訳というよりも、千年前の歌に閉じ込められた想いが、“新作詩”として眼の前に蘇る感覚に包まれました。百人一首に興味のある方はもちろん、そうでない方もぜひ一度だけ、一頁だけ……でいいので触れてみてください。固まった心を解してくれる心の柔軟剤のような一冊です。私のお守り。■「古事記」に隠されたエピソードと不朽の魅力辞書を引かずとも現代を生きる私達がすらすらと読める古典・名文学は他にもたくさんあります。実は、あの“古事記”ですら、くすっと笑えてしまうエピソードがたくさん詰まっているのです。読んだ人のみぞ知る不朽の名作の魅力に心ゆくまで親しんでみてください。ゆっくりと、古(いにしえ)の時代に想いを馳せながら……。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年03月22日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹脇役に魅了されて……。例えばシャーロック・ホームズでいうところのワトソン君のように、主人公ではないけれど物語になくてはならない登場人物っていますよね。脇役の主人公。その他にも物語には数回しか登場していないのに印象的な一言で物語を大きく動かしたり、ときに主人公よりも読後記憶に残っている登場人物はたくさんいます。写真はイメージです。主人公に心奪われつつも、「いい味出してるなあ……」と印象深く残る脇役たち。物語のキーパーソンだったり、謎を深めるストーリーの転換として登場したり、いろいろな形で物語に重要な影響を与えます。そう、きっとどの物語も、主人公の世界線を彩る個性豊かな“脇役”たちによって完成されているのです。脇役がイキイキしていてこそ輝く物語もたくさんあります。今回は、そんな物語を支える存在である欠かせない「脇役」に魅了される作品を紹介させていただきます。一度読んだ本も視点を変えて脇役に注目しながら読むと新たな発見があるはずです。1.東野圭吾 『 名探偵の掟 』探偵ものでは脇役とされがちな“警部目線”で描かれた本作品。全12章+2篇の短編で構成されています。王道ミステリー……かと思いきや登場人物自身がストーリーの設定やトリックに突っ込みを入れていくという斬新なスタイル。こんな本があると世の推理作家さんたちが苦労するのでは……と余計な心配をしてしまうほど推理小説の裏側がさなざまな目線で描かれており、さらには“読者”という存在が物語の中で認識されているため、私たち安直な読者と物書きを痛烈に皮肉ってきます。ミステリーにおける数々のお約束やあるあるネタが多く登場するので、ミステリー作品を読んだことがあればあるほど楽しめるかもしれません。クスッと笑える展開でありながら、ラストは喉元に刃を突き付けられたかの如くヒヤリとさせられました。勢いよく言い切るなら“面白い”の一言に尽きます。後に出版された「名探偵の呪縛」は本作の続編でありながら、作風はガラッと変わり、“本格”推理小説に対する作者・東野圭吾氏の強い想いを感じ取れます。ぜひ続けて触れてほしい2冊です。メタフィクションって面白い。2.伊坂幸太郎 『 ジャイロスコープ 』今作品は7つの物語で構成された短編集……いや、正確には6つとひとつ。最後の一篇はカーテンコールのようにこれまでの6篇から登場人物やそのモチーフが登場します。デビュー15周年を記念して執筆された小説ですが、短編でも伊坂ワールドは全開です。正直、7年前の初読時は“連作”ではない短編に戸惑いがありました。今思えば当時は、いわゆる“伊坂幸太郎らしさ”を求めていたからだと思います。しかし、大人になって読んでみると、その多彩さに恥ずかしいほど心惹かれているから不思議です。どの短編も面白かったのですが、読後、一番に頭に浮かんできた登場人物は“稲垣”でした。頭と体のバランスが悪く、いかにも胡散臭そうな印象に描かれる相談屋の稲垣。物語が進むにつれて稲垣の印象は随分と変わり、私の中で欠かせない脇役のひとりとなりました。不穏な空気の物語やファンタジー、心温まるストーリーなどバラエティに富んだ物語を独特な伊坂幸太郎氏の世界観で楽しめる本作の中に、あなたのお気に入りの登場人物を見つけてみてください。そして巻末の15年を振り返るインタビュー……これは、ファンであってもなくても必読です。セミンゴ。3.山崎ナオコーラ『 美しい距離 』余命宣告を受けた妻と過ごした日々を夫の独白で綴るこの作品。実はこの物語には登場人物に名前がありません。よく“僕”や“小生”など一人称が用いられることもありますが、それもありません。淡々と描かれる妻と夫のやりとり。作者である山崎さんは“死”を日常のことのように軽く描きたかったそうです。どこまでも繊細で静かな山崎さんの文章は、まるで私たち読者のすぐ目の前で喋っているかのように真っ直ぐに心に入ってきます。設定から泣かされると予想して読み始めましたが、読後に待っていたのは穏やかで新しい距離感の意識の刷新。人の数だけ丁度いい距離があり、近いことが素晴らしく、遠いことは悲しいなんて、思い込みなのかもしれない……。遠くても「美しい距離」はきっとある……ということをそっと教えてくれました。死を前にして妻が語る死生観や因果応報には胸をうたれます。歯がゆさとも諦めとも違う、本当に、ただただ美しい距離でこの夫婦を抱きしめたくなりました。たんなるお涙の物語ではありません。大切な人がいるあなたに、ぜひ。■誰目線で、本を読むかいかがだったでしょうか。物語が主人公だけで成り立つことはほとんどありません。特に日常を切り取ったような小説には“こんな人、いるいる”という脇役や“こんな言葉をかけてくれる人がいたら素敵だな”という脇役が登場します。だからこそ私たち読者が自身を投影して親しみを持っていろいろな作品の世界を楽しめているのかもしれません。いつもと少しだけ視点を変えて、脇役たちに注目しながら本を読めば、一度読んだ作品も大きく印象が変わるはずです。物語をどう捉えてどう楽しむかは、いつの時代も読み手の自由。あなたは誰目線で、楽しみますか?■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年03月08日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹一年に一度のバレンタイン。皆さんの記憶にはどんなバレンタインの思い出がありますか? 私が物心ついたときには意中の相手へ想いを伝えるためにチョコレートを贈るという日本らしいバレンタインデーのスタイルが定着していましたが、時代と共にバレンタインチョコの種類も多様化しています。皆さんは“自分チョコ ”をご存じですか ……? 別名“ご褒美チョコ”。いつから浸透したのかわかりませんが、耳にしたことがある方も多いはず。私、この言葉が大好きなんです。嫌なことがあっても必死に歯を食いしばり、毎日を懸命に生きる自分の姿を知っているのは、他でもない自分”です。そんな自分へ贈る「ご褒美」がチョコレートだなんて……可愛くないですか?写真はイメージです今回はいつも頑張る自分にご褒美チョコのような読書時間を……ということで、甘くて切なくてほろ苦い大人の恋愛小説を紹介させていただきます。味わい深いチョコレートのように、一度読んだら忘れられない恋の物語をお楽しみください。1.田辺聖子『言い寄る』31歳、仕事は順調、言い寄ってくる男性も沢山いる。でも本命のあの人には言い寄られないし、言い寄れない。そんな三十路女性が主人公の今作品。親友の妊娠騒動をきっかけに、事態は思わぬ方向に向かうのですが ……。主人公の焦りや悲しみをまるで同じ空間にいるような温度感で味わえます。あえてこの物語を言葉を選ばずに表すなら、 “愛すべきクソ〇ッチ作品 ”。理解できないはずなのに怖いほど共感できてしまい、不覚にも少女漫画を読んでいるかの如くキュンキュンしてしまいました。関西弁で描かれた文体と相反するフランス小説のような空気間。テンポのいい会話に惑わされ楽しく読み進めていると後半、心に物凄い傷を背負わされます。何より驚いたのは、この物語が描かれたのが昭和48年ということ。時代を感じさせぬほど感性が現代的で、それでいて日本的な湿気を少しも感じさせません。その証拠に、時空を超えて今現在 95歳となった“彼女”に何度もキュン死にさせられそうになりました。最初から最後まで主人公に振り回され、読後は息切れさえ覚えましたが、血液と共に全身に流れ込んでくるような田辺先生の文章が本当に魅力的で、タイトルにある「言い寄る」がより一層味わい深く感じました。 誰かに “言い寄る”っていいなあ……。2.サガン『ブラームスはお好き』(朝吹登水子 /訳)成熟した女性の孤独と老いへの不安……それらが “恋”と相まってサガン氏の美しい文章で綴られていく本作品。このなんでもない「ブラームスはお好きですか?」という一句が、とつぜん広大な荒野の世界を露わに見せてくれたように思えました。主人公の彼女が忘れていたあらゆること、避けてきたあらゆる疑問、移ろう彼女の心情の機微をベースに描かれていくパリの中産階級の恋愛模様に“全身全霊をかける恋”を真正面から突き付けられます。恋愛小説になじみがない私としては、ストーリー展開については毒にも薬にもならないと思っていましたが、ちょっとした仕草に愛情を感じたり、相手を想ってとった行動が裏目に出たり、ときどきで目まぐるしく揺れ動く登場人物の感情の振れ幅がやけに生々しく、正直、読みながら迎える結末は安易に想像できてしまうのですが……かなり楽しめました。迫りくる結末を横目に僅かな希望を捨てずにはいられず、“彼女”の手を取るように読みとどまる時間さえありました。たとえるなら、体全身のささくれを剝がれる直前までピリピリと引っ張られているような感覚とでもいうのでしょうか……。多少の読みづらさはあれどハマる人はどっぷりハマれるこの世界観。読後は、ちょうどこの物語の分岐点を指示しているタイトルとその装丁を眺めながら、悲しくも美しい結末を暫く嚙み締めていました。人間って面倒くさくて美しい……。3.有川浩『レインツリーの国』“忘れられない一冊の本 ”がきっかけでネットで知り合った男女。 “この人の紡ぐ言葉が好き ”という感情で繋がったふたりは次第に関係を深めていきます。会いたいと願う男性に対し、それを頑なに拒む女性……その理由が明らかになってから坂道を転がるようにグイグイと物語の世界に惹きこまれていきました。ふたりの間に立ちはだかる問題は決して小さくはなく、それどころかことは大きくなるばかり。お互いがお互いの苦しみを100%理解できないのはどんな境遇であっても同じですし、そんなの頭では理解しているはずなんです……でも。「ハンデなんか気にするなって言えるのはハンデがない人だけ」……良かれと思って言った言葉も受け取り手によっては鋭い刃物でしかないことがよくわかります。痛みや悩みに貴賎はないと気づいた後、ようやくお互いに言葉で向き合えたふたりに、読後、私は、“あなたも大丈夫だよ”と心ごと抱きしめてもらえたような感覚になりました。本作は、幸せになろうと真摯にもがく恋愛小説であり、ひとりの人間としての私たち読者に向けられた成長小説でもあります。わかり得ないことをわからないなりに知ろうと努力すること、あと一歩進めば叶うかもしれない夢があること、 “聞く”と “聴く”の違い、タイトルに隠された意味 ……。登場人物に自分の人生をなぞらえ、自分をえぐりながら、自分の核心を見つけ出せる……こんな本はなかなかありません。“私”という人間のなかに、この物語にある一つひとつ、一文字一文字を、余すことなく置いておきたいと強く願いたくなる一冊でした。■最高のバレンタインをお過ごしください決して人に自慢できるような恋ではなくても、お互いに心から想い合い、いろいろなかたちで“愛”が成立するからこそ、大人の恋愛は面白いのです。現実世界での恋なんてご無沙汰の人も、恋を諦めている人も、チョコレートが好きな人も嫌いな人も、物語を通して自分じゃない誰かになって新しい“恋”を始めてみてください。皆さんの読書時間がチョコレートよりも味わい深いものになりますように。最高に贅沢なバレンタインを。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年02月09日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹鳥肌がたつような恐ろしい物語や映像作品はこの世にたくさんありますが、怖くない物語のはずなのに読み手にだけ伝わる違和感に不安を感じたり、物語なのか現実なのか、はたまた妄想なのか、背後に視線を感じて思わず振り返って確認してしまうような、不気味な小説に出会ったことはありますか?写真はイメージです。全く他人事ではない人間の嫌な部分や、小さな世界の常識に染まって知らぬ間に歪んでいくさまを活字で見ると、自分のことのようにゾッとします。おそらくこういった作品は万人受けはしません。ただ、私は物語の登場人物達に自分の感情の奥底を搔き乱される感覚が大好きなのです。今回は、そんな私が出会った、決して怖くは描かれていないのに背筋が凍る、読後は脳裏にこびりついて離れない作品を紹介させていただきます。恐ろしい活字の世界に素敵にダマされる快感をぜひ。1.今村夏子『むらさきのスカートの女』この作品は、主人公の女性が近所に住む“むらさきのスカートの女”とお近づきになろうとする物語なのですが……、この女、いや主人公の女までもがどこかおかしいのです。過剰な執着心と異常な自己投影、奇妙な空気感と豹変していく主人公のさまは、まさに狂気と紙一重の滑稽さ。おかしいのは彼女か、語り手か、それとも私か。読み進めていくうちに“スカート”の文字が“ストーカー”という字に見えてくるのは私だけではないはずです。“特に何も起こらない”日常の中で、誰かが私達読み手の心を監視しているかのように物語のすぐ近くまで惹きこんでくれます……頼んでもいないのに。“むらさきのスカートの女”というタイトルでありながら、モノクロの水玉で描かれた表紙絵。いくつもの違和感。疑問の多い芥川賞ですが、本今作品が受賞したのを納得せざるを得えないラストを迎えます。本当におかしいのは、あなたか、わたしか。それとも……。2.黒澤いづみ『人間に向いてない』もし、自分の家族が突然、意思疎通もできないおぞましい異形の“なにか”に変わり果ててしまったら……。そして、それが“合法的”に人権をもたないものとされたなら……あなたはどうしますか?本作品は、引きこもりや社会との繋がりが薄い人々がかかる奇病“ミュータント・シンドローム(異形性変異症候群)”が蔓延する世界を舞台に描かれます。突然おぞましい姿に変異した引きこもりの息子を世話し続ける母と、棄てようとする父、そこにある愛とエゴと現実。“異形”の存在を否定して、当たり前を良しとする社会。不条理とグロ描写と胸にこたえる家族関係のどこか生々しい描写が同居するこの作品。読後は、自分の心にある冷酷さや未熟さと、嫌でも向き合うことになります。共感できてしまうところが多々あった私は、はたして、人間に向いているのでしょうか……。メフィスト賞満場一致の受賞作がここに。3.フランツ・カフカ『変身』“ある朝、目が覚めたら虫になっていた……”。ひとつ前に紹介した作品と設定は似ていますが、展開は真逆。個人的には“人間に向いてない”は「理想」、本作は「現実」という印象を持ちました。突然変わった自分の姿に困惑する主人公の心情、変わっていく周りの目、対応。人間としてのアイデンティティを失い、それに抵抗すればするほど空回りしていく日常。現実世界で虫になるなんてことはもちろんないが、でも、例えば、ひどい事故に遭い、顔の形が丸っきり変わってしまい、さらに失明・失聴することは私にも充分にあり得る。そうなると私は職を失い、本だって読めなくなる。この本の主人公のように精神的に“死んだ存在”として生き続けるのかもしれない。そんなとき私の隣には誰かがいてくれるのだろうか。というか、身近な人がそうなったときに私は隣にいてあげられるのだろうか。“絶対的”なものなんてあるのだろうか。読後は、そんな救いようのない不安に煽られると同時に今生きている自分を抱きしめてあげたくなりました。タイトルの“変身”が何を意味するのか、何も意味しないのか、その捉え方は三者三様ですが、それこそがこの作品の魅力であり、長く読まれている最大の理由だと感じています。因みに新訳版では70ページに及ぶ訳者解説もあり、別角度でも楽しめます。難しい内容のように感じますが、作品自体は短く文体も読みやすいので、ぜひ。■繰り返し読んで、本の世界のさらなる深淵へいかがだったでしょうか。決して万人受けするとはいえない奇妙な三作品ですが、始めは理解できなくても、ぜひ、繰り返し読んでいただきたいのです。一度目で感じた感情と全く異なる感情が生まれて戸惑うこともあるかもしれませんが、それこそ読書の醍醐味。読めば読むほど、寄り添えば寄り添うほどに、きっと人生の大切な一冊に巡り会えると思います。虚構と分かりながらもそこに順応していく、素敵に騙されていく、本の世界は騙されたもの勝ちです。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2024年01月26日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹読書の楽しみのひとつは現実世界を忘れて本の世界に没入できることです。普段は仕事や家事で夜更かしもままならない毎日を送っている現代人だからこそ、たまのお休みには、活字の世界に深く没入したいとは思いませんか?そう、つまり、“本を読んでいる私”として物語を楽しむのではなく、私という人間を忘れて登場人物に成り代わり、物語を登場人物の視点で楽しむということです。これが難しいように思えて、一度ハマると抜け出せなくなります。没入しながらの読書体験は、底なし沼なのです。写真はイメージです。今回は、そんな時間を忘れさせてくれる、どころか、寝食さえも忘れて夢中になれる没入感たっぷりの作品をご紹介させていただきます。次の休日、きっとあなたも本を片手にお家に引きこもりたくなるはずです。1.真梨幸子『みんな邪魔』(改題前:更年期少女)※1昔の少女漫画のファンクラブ幹部6人が集う“青い6人会”。お互いをハンドルネームで呼び合う奇妙な集まりの中で起こった連続殺人事件。疑いが疑いを呼び、6人それぞれの抱えている闇があふれ出します。先にお伝えしておきます。登場人物は皆“平凡な人間”ですが、“まともな人”はひとりもいません。ヒロインを夢見る女性たちとグロテスクな現実との落差がじわじわと心を苦しめてきます。文章の間から人間の嫌な部分がプンプンと匂う何とも言えない薄気味悪さが癖になり、怖いもの見たさにページを捲る手が止まらなくなります。最後、“これで終わり?”と何となく呆気なさと中途半端さを覚えた後に、疑問に残っていた部分を思い返すと点と点が繋がります。誰にも共感できないはずなのに、断片的にみると他人事のように思えず、私は大丈夫……? 本当に? と自分を顧み、ゾッとしました。どうか心が元気なときに、“自分を棚に上げて”読んでみてください。単なるイヤミス(※2)を越えた作品です。※1……文庫化の際に『みんな邪魔』に改題※2……イヤミス:読後に嫌な気分になるミステリーの略語2.安部公房『砂の女』砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男の物語。この作品は世界20数カ国後に翻訳紹介された言わずと知れた名作です。安部公房の圧倒的な描写力が相まって、読者自身も砂の中に閉じ込められているかのような没入感を味わえます。というか、描かれた砂の感触や匂いの描写が秀逸すぎて、読んでいるだけで体に砂が纏わりつくような、口の中がザラザラしているような不快感まであるのです。極限状態に置かれた男の心情の移り変わりが恐ろしくホラーで、文章から伝わる湿気と渇きで息が詰まりそうにもなりますが、読後には、これが真理なのかもしれない……と納得せざるを得ない状況に読者も立たされます。気がついたときにはもうどう足掻いても抜け出せなくなっているほど恐ろしい引力のある、まるで蟻地獄のような、この不条理で閉鎖的で変態的な世界観が私は堪らなく好きでした。「砂の家」でも「砂の男」でもなく、“砂の女”というタイトルに静かな怖さも感じます。後味は悪くも面白い不思議な作品です。3.三崎亜記『30センチの冒険』あらすじからは予測できない、しっかりと作り込まれたタイムリープ系ファンタジー。ヘンテコ鼓笛隊が街を蹂躙したり、本が意思を持って空を舞ったり、象の鼻が物差しになったり。そんな意表を突く奇妙な“異世界”に苦しむ人々を救うために立ち上がった主人公。三崎ワールド全開の“世にないもの”の設定力や、それらを縦横に活躍させるプロット、この滅茶苦茶な世界をひとつの矛盾もなく描く筆力に改めて感心しました。ジブリアニメのような個性豊かな登場人物達が、この先の見えない物語をぐんぐんと進めてくれる頼もしさも読み進める手を止めなかった理由かもしれません。冒険の発端の謎が明らかになるクライマックスの収束感がなんとも心地よく、本を読むというよりもRPGをプレイしているような感覚でした。読後は面白さと疲れが同じくらい圧し掛かってくるので、片足を物語につけながら、さらりと流し読みするくらいが丁度いいのかもしれません。余談ですが、他の三崎作品の登場人物たちが随所に散りばめられていてクロスオーバーしているので、三崎作品を読んだことある方はぜひその角度からも楽しんでみてください。■隙間時間で物語の世界へ没入体験しませんかいかがだったでしょうか。夢中になって本を読む時間は読書好きにとっては至福の時間です。でも、残念ながら私たちの時間には限りがあります。まとまった休日がない方も多いかもしれませんが、移動中や隙間時間にも本を読むことはできます。例え一気読みできなくても、一瞬でも物語に触れる時間があればその世界に充分に浸ることができます。今、携帯を触っている時間を少し減らして、1時間でも、30分でも、物語の世界に浸ってみませんか?底なし沼のような魅力的な世界に。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。↓ 没入感を高めてくれそうなライトはこちらから ↓
2024年01月12日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹クリスマスが近づき、街がどこか華やいだように感じられる今日この頃。皆さんにはこの季節になると思い出す本はありますか……? 子供のころに読んだあの絵本? それとも映画にもなったあの名作?あたたかい作品から切ない作品、ユニークな作品まで、クリスマスをテーマにした作品は多くの作家さんによってさまざまな目線で描かれています。写真はイメージです。今回は、毎年この季節になると思い出したように読みたくなる私のお気に入りの物語を紹介させていただきます。もちろん舞台はクリスマス。どこか特別な匂いを感じながら触れる作品たちは、毎年読んでいても読後は新しい感情に出会えます。あなただけのクリスマスストーリーが見つかるかもしれません。1.東野 圭吾(ひがしの けいご)『サンタのおばさん』皆さんのイメージするサンタクロースはどんな容貌ですか? この作品は、東野圭吾さんによって描かれた、大人も子供も深く考えさせられる“大人の絵本”です。……とはいえ、風刺あり、ジェンダーあり、人種、ステップファミリーなど現代社会のあれこれに焦点をあてています。短い物語なのでさらっと読めますが、本作品の初版は2001年。当時の東野圭吾さんの慧眼にも心惹かれます。世界中のサンタさんが会議をして相談しあう描写はとても印象的で、毎年この季節になると今年もたくさんの“サンタさん”が活躍するんだろうなあ……とこの物語を思い出します。東野圭吾さんが綴る文章と素敵な挿絵から優しいメッセージを感じ、読後はほっこり幸せな気持ちになりました。“大人の絵本”と書きましたが子供にもぜひ読んでほしい……というか子供の頃に出会いたかった一冊です。サンタがおばさんでも……いいですよね。2.森見 登美彦(もりみ とみひこ)『太陽の塔』本作品は、いまや多くの人に知られる森見登美彦さんのデビュー作。「何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。」この書き出しで始まる小説が面白くないわけがないと即購入しました。舞台はクリスマスの嵐が吹き荒れる京都。自分はモテないと開き直った主人公とその友人たちが実にくだらない妄想を貪り続けながら進んでいく「非リア対クリスマス」。2〜3行に一度は笑っていたような気がします。そして、いつでも最後に辿り着く結果は関係ないのだと彼らの“今現在”の生き方が語りかけてきます。クリスマスならではの華やかさとは真逆のストーリーですが、これはこれで心地よく、読後はどこまでが現実でどこからが妄想だとかどうでもよくなり、現実と2センチほどズレた物語の世界にしばらく腰をかけていたくなるはずです。くだらないけど素晴らしい。3.奏 健日子(はた たけひこ)『サイレント・トーキョー And so this is Xmas』クリスマス目前に恵比寿、渋谷で起こる連続爆弾テロ。しかし犯人の声明は「これは戦争です」。犯人の予告、首相の全国生放送対談などを通して、国民の恐怖や緊迫感が現実味を帯びてくるあたりがとても生々しく描かれており、フィクションであって、フィクションではないのではないかと思わざるを得ません。まだまだこれからかと思えば残りのページはわずかで、最終章で一気に畳みかけるジェットコースターのような展開に、少し物足りなささえ感じてしまうほどあっという間に読めてしまいます。偶然そこにいた人、意図的にいた人、ひやかし、野次馬、逃げる人、守る人、企てる人、それぞれの人の行く末……。その誰目線で読むかによって物語の見え方も180度変わってくるのかもしれません。ひとまず私は別の世界線で出会い恋をしたふたりを想像するとします。これもまた楽しいのです。■クリスマスに寄り添う物語でほっこり今回はクリスマスをテーマにした“角度の異なる”三作品を紹介させていただきました。クリスマスに読書なんて寂しいという声が聞こえてきそうですが、小説を片手にクリスマスを祝う……というのも粋なものです。大切な人や、自分自身へのクリスマスプレゼントにもいかがでしょうか。一冊の物語をおともに素敵なクリスマスを……。↓ クリスマスを彩るアイテムをチェック ↓「パチパチ」と耳に優しい暖炉の音を聴きながらの読書は至福のときです。スタイリッシュなデザインでインテリアになじむ、「CARL MERTENS」の卓上暖炉。心地良さを重視するなら加湿機能付きのセラミックファンヒーターを。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
2023年12月22日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹動画やSNSの流行によって本離れが叫ばれている昨今ですが、やはり文字だけで綴られた小説でしか得られない楽しみがあることに、本好きの方なら強く同意してくれると思います。物語には描かれていない背景、つまりその小説の舞台がわかればより深く本の世界に浸ることができます。ときに、地名がはっきりと描かれてない作品でも“もしかしたらあそこかも……”なんて想像するのも楽しいと思いませんか?文字の裏側にある景色や音、湿度、その場所に行かずとも感じられるさまざまな描写に自ら触れにいくことで読後の余韻もより深く味わうことができます。写真はイメージです。今回は、読み終えたらきっとすぐにでも訪れたくなる、実在の街町を舞台にした小説を紹介させていただきます。1.有川浩『阪急電車』タイトルにもある通り、“阪急電車”に乗り合わせた人々が織りなす出会いの物語。テンポのいい会話劇にほっこりしたり、スカッとしたり、胸が締め付けられたり。人との出会いを大切にしたくなるこの作品は、宝塚駅と西宮北口駅をつなぐ約15分間のローカル線“今津線”が舞台となっています。私も実際に足を運んだことがあるのですが、電車に揺られる人達がみんな物語の主人公のように思えて、今日はこのたった15分の区間でいくつのドラマが繰り広げられたんだろう……と考えながら本を片手に物語の余韻に浸っていました。小説に出てきた場所を目指すつもりが、今津線沿いの街の雰囲気が想像以上によく、なんとなく降りた駅で気になったお店にふらっと入ってみたりなんかして。まるで物語の続きを描いていくように一人旅を堪能していました。何度でも読みたくなる味わい深い作品です。2.伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』“本屋を襲わないか?”と不気味な隣人から持ち掛けられた、僕。現在と二年前に起きた事件が奇妙に符合していき、読み進める途中でバラバラになったものが伊坂幸太郎氏の話術により徐々に繋がっていく快感。そして決してハッピーエンドではないのに読後は少しの救いと温かさを読者に感じさせてくれます。宮城県仙台市を舞台に描かれている本作品ですが、なかでも仙台駅のコインロッカーは、タイトルにもある通りこの物語の最後に登場する重要な場所です。残念ながら現在はこのコインロッカーは撤去されてしまっているみたいですが、私は駅のコインロッカーを見ると思わずボブ・ディランの“風に吹かれて”を口ずさみたくなります。この作品に関わらず、日常の中で物語を思い出す瞬間が私はすごく好きで、むしろその瞬間に出会いたくてたくさんの本に触れているのかもしれません。みなさまにもそんな経験はありますか?3.夏目漱石『坊ちゃん』言わずと知れた文豪、夏目漱石の名作。読んだことがなくとも“松山”が舞台ということをご存じの方も多いのではないでしょうか。……といっても“坊ちゃん”こと主人公は作品内であまり松山という土地のことを褒めません。むしろその松山でさまざまなトラブルに巻き込まれていきます。それでも読後はなぜか“坊ちゃんがそんな風に言うのはどんな場所なんだろう……?”と知りたくて堪らなくなります。唯一、坊ちゃんが気に入っている“道後温泉”は誰もが知る人気観光スポットですが、この小説を読む前と読んだ後では、訪問した際の気持ちがまるで変わってくるはずです。100年以上も前に描かれた本作品は、時代背景も描かれる景色も何もかもが今とは違いますが、不思議と共通する部分もあり、現代でも楽しく読むことができます。坊ちゃんが感じたことを追体験するつもりで松山へ温泉旅行に出かけてみませんか?■物語の世界を旅しない?今回は、特に読後感が良いものや、情景がありありと思い浮かび、ついつい物語の舞台に足を運んでみたくなる作品を厳選して紹介させていただきました。実際に行かなくてもいいんです。描かれた舞台を想像しながら読書したり、検索して浸ってみたり、いつか行きたい場所を物語を通して考える時間はとても有意義なものです。ぜひ、より深い物語の世界へ。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。↓ 前回ご紹介作品の購入はこちらから ↓↓ 旅行に便利なお役立ちグッズをチェック ↓
2023年12月08日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹みなさんは『時をかける少女』『パプリカ』などを代表作にもつ作家、筒井康隆をご存じでしょうか? 星新一、小松左京と並んで「SF御三家」と称されているように、日本にSFを根付かせたうちのひとりといわれています。本連載でも以前、筒井先生の『旅のラゴス』を紹介させていただきましたが、私と筒井先生の出会いは約9年前。なんとなく手に取った作品にがっちりと心を掴まれてしまい、読後の熱が冷め止らぬまま、書店のサイン会に足を運びました。筒井先生の作品は当時の私に、物語が面白い、だとか、装丁が美しい、などだけではない、読み手の向き合い方次第で同じ物語でも全く違うものになるという本の無限の楽しみ方を教えてくれたのです。こちらの写真は、許可を得て引用しています。そんな筒井先生の作品のなかでも個人的に思い入れの強い筒井康隆ワールド全開の3作品を、今回はご紹介させていただきます。少々難しくてもなんとか最後まで読んでいただきたい。描かれていないはずの展開や、その背景、行間に込められたの感情がみえてきたとき、最後まで読んだ自分を抱きしめたくなるでしょう。※ ↑単行本でのご紹介となります。1.『残像に口紅を』私が14歳の頃、初めて出会った筒井先生の作品がこちら。一章ごとに使える文字がひとつずつ消えていき、それと共に小説世界のその文字を含むものも消えていく感覚はありながらも、記憶は確実になくなってしまうといういかにも実験的な物語。難解に聞こえるかもしれませんが、そこはさすがの筒井先生。文字のみの小説なのに文字が消えていくのを感じさせないほど見事に物語が構成されています。正直、物語としてスラスラ読める作品ではないかもしれませんが、最後の“あとがき”ならぬ“調査報告”にある学術論文のような解説を読み終え本を閉じた後、この上ない高揚感に包まれました。言葉のプロである“作家”という仕事と、描かれていない物語の背景に深く興味をもち、これ以降、私は本を読むのが一段と好きになりました。2.『モナドの領域』河川敷で女性の「美しい」片腕が見つかるところから始まる本作品。前知識なしで読んだため、最初は著者久しぶりのミステリー小説かなと期待していたら、唐突に素領域理論の“神”が登場し……。なるほどそうきたかと期待を大きく上回る筒井康隆ワールド全開の展開へ。書かれている内容についてしっかりと味わうためには哲学に対する基礎知識が必要な表現も多く、私のなかでかみ砕けない部分もありましたが、不思議と読みづらさは感じず、頭をフル回転させながらページを捲る時間さえやけに心地よく感じました。物語に浸かりすぎてしまい、後半、登場人物が自分の方へ顔を向けた気がしてゾッとしましたが、自ら物語に巻き込まれていく感覚と読了後の穏やかな余韻が忘れられず、今日までに何度も何度も手に取っています。中毒性あり。3.『大いなる助走』直木賞に落選した作家が、逆恨みで選考委員を殺していくという衝撃的な大虐殺ストーリー。当時大いに話題を呼びベストセラーにもなった反面、文壇について茶化す表現や馬鹿にする描写がたくさんあるため、他の小説家を敵に回してしまったとも言われている問題作でもあります……が、筒井先生が描く人間の理性が壊れるさまは本当に魅力的で、強い引力で私たち読者を惹きこんでいきます。リアルだけれどファンタジー、ファンタジーだけれどリアル。その壊れ方には妙な説得感があり、描かれる文壇の内部事情からは目をそむけたくなるほどグロテスクですが、コミカルなタッチと終盤の怒涛の展開は読んでいて純粋に面白く、自分自身すらネタにしてしまう筒井さんのしたたかさと小説芸は見事だなと感じざるを得ません。……恐るべし。■噛むほどにハマる筒井ワールドをご賞味あれ……!いかがだったでしょうか……? まだまだ紹介したい作品や語りたい魅力はたくさんあるのですが、正直、予備知識なしで手に取るのが一番気持ちの良い筒井康隆ワールドへの浸り方だと私は感じています。ぜひみなさんも騙されたと思って一度手に取ってみてください。そして一文字一文字を味わってみてください。噛めば噛むほどおいしい筒井康隆の世界へ。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。↓ 八木奈々さんご紹介作品の購入はこちらから ↓
2023年11月17日文:八木 奈々写真:後藤 祐樹“読書の秋”もいいけれど“食欲の秋”も捨てがたい……。そんな欲張りなあなたにぴったりな今回のテーマ「食」。人が何を食べているかより、誰と食べているかを見ることだ。というエピクロスの有名な言葉があるように、食と人はいつの時代も密に繋がっています。旬の肴とおいしいお酒、舌鼓を打つジビエ料理、ほっこり優しい懐かしの料理、思い出の味は人それぞれ。小説の中の“食”は、ときに忘れていた自身の大切な“食”の記憶を思い出させてくれて、ぽっかり空いたまま気づかずにいた心の穴を埋めてくれます。写真はイメージです。今回はそんな心もお腹も満たされる“食”にまつわる本をご紹介させていただきます。読み終えた後のご飯は、いつもよりも少しだけおいしく、隣にいる人はいつもより大切に感じられるかもしれません。1.群 ようこ『かもめ食堂』映画化もされた群ようこさんの本作品。映画を観た後でも構いません、ぜひ“小説”で触れていただきたいです。フィンランドを舞台にしている物語のためか、ベタっとなりがちな人間関係がほどよくドライにうつり、淡々とした日常描写に、読み終えるのが惜しくなるほどの居心地の良さを感じます。そう、物語に大きな山場などなくていいのです。“普通”であることがどれだけ尊いか、肩の力を抜いて生きるヒントを真っ直ぐな語り口調で群さんは私達読者に教えようとしてくれます。文字だけの小説だからこそ伝わることは本当に多くあります。きっと読後はあなたも、アラビアの綺麗な青いお皿におにぎりを置いて食べたくなるはずです。もちろん、塩おにぎり。2.髙田 郁『みをつくし料理帖・八朔の雪』全十巻の連続時代小説のシリーズ一作目となるこちらの作品。つい先日、家で心太(ところてん)を食べる機会があり、ふと本作を思い出しました。幸せを足踏みするほど苦労続きの主人公が、自ら唯一の奉仕の道とする“料理”で、ひたむきに、ひたむきに、恩返ししようとする姿、その周りにいる人々、その全てがあまりにも愛おしくて、抱きしめたくてたまらなくなります。また、登場する食べ物の表現が時代を感じさせないほど食欲をそそり、地域ごとの味の違いやレシピ、豆知識等もちりばめられており、まさに“食”の本。一話ごとに読み切りとなっているため、連続時代小説だからといって敬遠せず、ぜひお手に取ってみてください。無性に茶碗蒸しが食べたくなりますよ。3.小川 糸『あつあつを召し上がれ』小川糸さんらしい馴染みやすい文章で綴られた食卓をめぐる7つの短編集。いずれも憂いを含む内容でありながら、絶品料理のおいしい記述でほっこりしてしまいます。生きることは食べることであり、味覚と思い出は密に繋がっていると感じさせられると同時に、味や香りだけではない、景色や感情で覚えている思い出の一皿が誰にでも在り得るという“今日までの幸せ”を考えさせられました。忘れてしまった“忘れられない味”の記憶をたどって思い出せることは、始まりよりも終わりの方が圧倒的に多く、切ない気持ちにもなりますが、それでいいのです。もう食べられない味、触れられない人、知ることができないレシピ。全部全部、ちゃんと思い出して、思い出にできたら、いいと思うのです。今度こそ忘れないように……。■五感で味わう“食”小説いかがだったでしょうか? 世の中には味わい深い“食”小説が読み切れないほどに溢れています。ぜひ、綴られた文字をただ読むだけではなく、耳で、鼻で、心で、作家さんが紡ぐ一皿を思う存分味わってみてください。おいしい匂いがただよってくるようなあなただけの素敵な一冊が見つかりますように。■「TheBookNook」についてこの連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。一冊の本から始まる「新しい物語」。「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。↓八木奈々さんご紹介作品の購入はこちらから↓↓ 食欲の秋のお供に ↓
2023年11月03日