連載小説「眠らない女神たち」 第三話 『グレープフルーツのユウウツ』(前編)
私はクレンジングを終えて、洗顔を始めた。里依紗の話はまだ終わらない。とうじくんとサッカーをする約束をしたこと、ももかちゃんの今日の髪型が可愛かったこと、お弁当を全部食べたこと。私は洗顔料を洗い流し、化粧水をつける。
「明依ちゃん、土倉明依ちゃん。里依ちゃんもそれ、つけたい」
話をぴたりとやめ、保育園の先生の口調で里依紗が私に言った。私は驚いて里依紗を見た。そこにはかつての自分の面影があった。
お母さんみたいになりたくて、口紅を塗ったりチークをつけたりした女の子の顔。私はクスクス笑った。
「里依ちゃんにはお風呂上がりにいい匂いのクリームをつけてあげるから」
「クリームよりそっちのがいい匂いだもん」
ぷっくりとしたほっぺたをよりふくらませて私を見上げる。女の子だなあ。早く大きくなってと願っているのに、もう少し手元にいてほしいとも思う。なんて複雑な親心だろう。化粧水をつけ終えた私は床にひざ立ちになって両手を広げた。
「はい、里依ちゃん」
とたんに里依紗は笑顔になって私に飛び込んでくる。
「ただいま、ママ」
「お帰りなさい」
私たちは思う存分お互いのほっぺたをすりあわせてハグし合う。