連載小説「眠らない女神たち」 第三話 『グレープフルーツのユウウツ』(前編)
私が職場に復帰して、里依紗が保育園に通うようになってから、この『ただいまの儀式』は毎日くりかえされている。
里依紗は時々パパにもこれをねだる。パパは喜んでぎゅうぎゅうと里依紗を抱きしめて、せがんだはずの里依紗に嫌がられたりしている。けれどその光景は何週間も見ていない。
『ただいまの儀式』が終わると、もう戦争だ。ばたばたと夕食の準備をして、夕食を食べて、里依紗をお風呂に入れてとめまぐるしい。パパがいてくれたらもう少し楽なんだろうか。いや、あまり変わらない。
なんたって私が熱を出して寝込んだときに
「いいよ、オレは食べて帰るから」
と言う奴なんだ。彼の頭から里依紗と私の生活がすっぽり抜けている。私が食事を作れないということは私の食事はもちろん娘の里依紗の食事も作れないということに気付いていない。
ママ友の水川さんはそれを「王様の優しさ」だと言った。世話をされていることに慣れて、その世話をしている人も同じだけの日常を送っていることが分からない。私はパパを王様だと思うのはしゃくなので、森のクマさんだということにしている。
学生時代にアメフトをやっていたという大きな体は、結婚してからもっと大きくなった。