毎朝ベッドから起き上がるとき、腟から空気が出ておならのような音がします。臭いはないのですが、「ブブブブ」という音は完全におなら。最初は本当におならなのかなと思っていたのですが、明らかに出てくる場所が肛門ではなく腟です。気になり、調べてみたら、この恥ずかしい現象は出産に関係しているということがわかりました。 “腟おなら”とは?ネットで「腟 空気 音」と検索したら、「腟おなら」という現象だとわかりました。ネットの辞書には「腟おならは腟内に空気が入り、それが外に出る際、屁のようになるさま」と書かれていました。かかりつけの産婦人科へ行ったついでに、腟おならが出て困っていると相談してみたところ、子どもを出産したことを機に骨盤底筋に緩みが生じ、空気が中に入りやすくなってしまったことが原因だと言われました。私は2人の子どもを出産していますが、これらのことが起こるようになったのは次女を産んでからです。 腟おならは恥ずかしいおならであれば、肛門に力を入れれば止めることができます。しかし、腟おならはコントロールができません。私の場合、寝転がっていると空気が入り、起き上がるときに「ブブブブ」と音を出しながら空気が出てきます。隣に寝ている夫に聞こえているのではないかと思うと、とても恥ずかしいです。でも「この音は『おなら』ではなく『腟おなら』だよ」とわざわざ説明するのも、それはそれでなんだか恥ずかしく……。夫も聞こえていないのか、気がつかないふりをしてくれているのか、何も言わないのであえてこのことには触れていません。 湯船では水が入るお風呂に入る際、足を伸ばしリラックスして湯船に浸かると腟の中に水が入ってしまいます。この水がとても厄介で、体を拭き、パンツをはいたあとに出てくることが……。最初は尿漏れかと思いましたが、臭いもしないので違うようです。空気同様、水が出てきてしまうのも力を入れても防ぐことはできません。パンツが濡れてしまったら着替えなくてはならないためとても面倒です。 産婦人科の医師によると肛門や腟を引き上げるように力を入れると骨盤底筋を鍛えることができるそうです。腟おならは恥ずかしいので、1日に数回おこない腟をしめていきたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 先輩ママの体験談、いかがでしたか?「共感した」「私の場合はこうだった」など、ぜひベビーカレンダーサイトのコメント欄にご感想をお寄せください。また、ベビーカレンダーでは皆さんから募集した体験談を記事でご紹介させていただくことも。ベビーカレンダーに会員登録すると届くメルマガから、皆さんのオリジナル体験談をご応募ください。 監修/助産師REIKO著者:小川恵子5歳と1歳の姉妹の母。育児サークルの幹部や習い事、執筆活動など、精力的に育児を楽しんでいる。
2020年03月28日こんにちは。赤井トマトです。前回に引き続き出産の体験記を書いています。前回までのあらすじいよいよ出産のときが迫ってきました。しかし、夫もいる中で我慢していたトイレ・・・・赤ちゃんが産まれるのに、トイレに行きたくなってしまったお話です。助産師さんに「こっちに来てください!」と言われて、唸りながら、なんとか、分娩室に移動しました。そして分娩台に乗って、助産師さんが1人でバタバタと準備してるなー。と思っていたら・・・・立ち合い出産は、個人的に恥ずかしい、あまり夫に見てほしくないという思いがあり嫌だったのです。でも、そんな事を伝える余裕はありませんでした。出産がこんな体験になるとは予想もしていませんでした。出産はとても大変なことです。しかし、夫が立ち会っていること、なによりもうトイレを我慢することも限界で・・・・どうなる、トマトの出産!次回、あと少しトマトの出産のお話にお付きあいください!
2020年03月28日妊娠中期に切迫流産と診断を受け、大事をとって傷病休暇などを使って早めに仕事を休むことになった私。休暇に入ってから体調も良く、安定した日々を過ごしていたのですが、出産予定日1カ月前に突然切迫早産になってしまったのです。急きょ入院になり、始めた点滴治療が予想外に過酷なものでした。つらい切迫早産の治療体験談と、治療を乗り越えて成し遂げた出産の様子を紹介します。 妊娠中期からのおなかの張り妊娠5カ月に入ったころから、私は体を動かすとおなかの張りを感じるようになりました。産婦人科を受診すると、子宮頸管長が通常よりも少し短めなので動き過ぎないようにと指示を受けました。しかし仕事柄動かずにはいられず、頻繁に張るようになり、とうとう切迫流産と言われてしまったのです。初めての妊娠で仕事を休んで良いのかわからず上司に相談したところ、「医師の診断があるのなら休みなさい」と言ってくれたので、妊娠6カ月のころに傷病休暇を取ることに。休暇を取ってだいぶ体調がよかったのですが、おなかの張りは度々あり、結局そのまま産前休暇に入ることになってしまったのです。 出産予定日1カ月前に突然の陣痛!私はおなかが張らないように安静に過ごしていたのですが、出産予定日の1カ月前、突然「おしるし」のようなピンクのおりものが。同時におなかの張りが頻繁になり、痛みを伴うようになりました。急いで病院へ行くと切迫早産の診断が下って、すぐに入院になり、ウテメリンという張り止めの点滴を打つことになったのです。ウテメリンは入院する前まで錠剤を服用していたので抵抗なく点滴も打ったのですが、予想外に副作用が強く出てきました。おなかの張りがおさまるまでの1週間、とても過酷な治療となりました。 くじけそうだったつらい切迫早産治療点滴を流している間は手足の震えと、心臓が飛び出しそうなほどの動悸で苦しくて仕方がありませんでした。ゆっくり眠ることもできず毎日寝不足。一定量の点滴液を流し終えたあとに、点滴を入れずに様子を観察しているときは、気絶するように眠っていました。私が入院していたときはちょうどクリスマスの時季。家族で楽しい時間を過ごすつもりだったのに、ひとりで過酷な治療と向き合い、気が滅入ってしまいそうな1週間でした。 治療を乗り越え、喜びの出産おなかの張りがだいぶおさまり、赤ちゃんの体重も増えたので、入院から1週間後に私はやっと退院することができました。妊婦生活を満喫することもままならなかったつらい治療から解放されて、とても晴れやかな気持ちだったことを覚えています。退院後はおなかが張ることはありましたが、無事に正期産の時期に入りました。そして、出産予定日の10日前、破水から始まったお産は微弱陣痛で時間がかかりましたが、無事にわが子と対面することができたのです。 点滴治療を受けていたときは、早産でもいいから治療をやめて出産したいと思いましたが、しっかり成長して元気に生まれてきてくれたわが子を見て、つらい治療を頑張ってよかったと涙があふれたのでした。 もともと子宮頸管が短くておなかが張りやすかったのに、あまり体を労わらずに仕事をしていたことを反省したできごとでした。おなかが張っているときは自分もつらかったし、赤ちゃんも苦しんでいるのかなとかわいそうに思っていましたが、おなかの中でしっかり大きくなり無事に生まれてきてくれて感謝の思いでいっぱいです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 先輩ママの体験談、いかがでしたか?「共感した」「私の場合はこうだった」など、ぜひベビーカレンダーサイトのコメント欄にご感想をお寄せください。また、ベビーカレンダーでは皆さんから募集した体験談を記事でご紹介させていただくことも。ベビーカレンダーに会員登録すると届くメルマガから、皆さんのオリジナル体験談をご応募ください。 著者:仲本まゆこ自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年03月27日出産は「鼻からスイカが出るほど痛い」という言葉を耳にしていましたが、私の母からは「出産はつらく長い便秘のような感覚」だと聞いていました。ここでは、私が出産を通して感じた“うんちと出産の関係”についてお伝えします。 出産はつらく長い便秘のようなもの?初めての妊娠・出産だった私は、出産に対してたくさんの不安がありました。陣痛や会陰切開など、先輩ママの話を聞くと痛いものばかりだったからです。 そこで、私は母に出産のときの状況を聞いてみることにしました。すると母は、出産は「長い便秘のような感覚」だったと言うんです。いきみたい状態が続き、それが便意に似ていたのだとか。実感が湧かない私は、母が私にわかりやすく教えてくれただけだと話半分に聞いていました。 出産時、私にも便意が……!陣痛は、早朝から始まりました。今までとは違う腹痛と腰痛を感じ、目覚めたことを覚えています。それから入院し、スクワットなどをしながら過ごしていると子宮口が開き、いざ分娩台へ。 いきんでいると、母が言っていたように私にも便意が……! そのことを助産師さんに話すと「そのままいきみ続けて」と言います。便意を感じてもトイレに行くことなく、私はそのままいきみ続けました。 実はお産あるある!? 出産時のうんち助産師さんいわく、もし実際にうんちが出てしまっても、すぐに処理してくれるとのこと。助産師さんにとって分娩中のうんちは日常茶飯事のようです。産道と直腸は近いため、いきむ拍子に出てしまうことはお産ではよくあることだと聞きました。 私も分娩中に、実際にうんちが出てしまったのではないかと思うタイミングがありましたが、何ごともなく分娩は進みました。そのことよりも赤ちゃんを無事に出産することに必死! そして赤ちゃんが無事に誕生すると、感動のほうが大きく、うんちが出てしまったかどうかはあまり気になりませんでした。 実際に出産を経験して、出産時の便意やうんちなど、意外な“うんちと出産の関係”を知ることになりました。ただ、私を含め、分娩室にいる人たちは赤ちゃんの出産と誕生に必死です。出産時にうんちが出てしまったらどうしよう!? と心配な方もいるかもしれませんが、心配しずぎずに助産師さんにお任せしたいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 先輩ママの体験談、いかがでしたか?「共感した」「私の場合はこうだった」など、ぜひベビーカレンダーサイトのコメント欄にご感想をお寄せください。また、ベビーカレンダーでは皆さんから募集した体験談を記事でご紹介させていただくことも。ベビーカレンダーに会員登録すると届くメルマガから、皆さんのオリジナル体験談をご応募ください。 著者:手塚みく三兄弟の母。義父母と同居し、異母兄弟の母として毎日奮闘中。妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆をおこなう。
2020年03月18日第一子を出産するとき、初めてのことで不安もあり、夫の立ち会いを希望しました。夫自身も「ぜひ立ち会いたい」とのことで、わが子の誕生の瞬間を楽しみにしていました。けれども、出産には予期せぬことが起こることも……。 夫婦ともども立ち会い出産を希望仕事が平日休みだったこともあり、初めての診察のときから必ず妊婦健診に付き合ってくれていた夫。私が通院していた産婦人科では、父親が赤ちゃんのエコー見学をできるため、エコー見学が夫の楽しみでもあったようです。 赤ちゃんの様子を見ながら先生にいろいろと質問したり、先生の話を前のめりで聞いたりと、おなかの中のわが子の成長を一緒に見守ってくれていました。 私は出産時の不安もあり、夫に立ち会い出産をお願いしました。夫自身も「出産に立ち会いたい」という意見だったので、何の問題もなく立ち会い出産をする流れに。出産に向けて陣痛中のサポートや出産時の励まし方など、夫なりに勉強していたようです。 陣痛開始! 夫の勉強の成果は?!出産予定日当日、つい陣痛開始! 朝始まった陣痛は夕方過ぎに本格的な痛みへと変わり、産院へ行くことに。夫は、痛みに耐える私に飲み物を買ってきてくれたり、手をにぎってくれたりしてくれますが、私はそれどころではありません。 夫の手を振り払い、ベッドのシーツを引きちぎれそうなほど握りしめる私。そんな妻の姿を見て、ただ事でないと悟った夫はアタフタ……。何をするわけでもなく、横でソワソワ。そうこうしているうちに破水し、分娩室へ移動することに。 いよいよ誕生の瞬間! そのとき夫は……陣痛室から分娩室へ移動する際、夫は助産師さんから廊下で待っているようにと指示がありました。私が分娩室へ移動している間、夫は両親にいよいよ生まれると電話連絡をしていたそうです。 そんなことはつゆ知らず、分娩台に上がった私はいきんでいる真っ最中。2回ほどいきんだ後、先生が「もう頭が出ているよ! 次で出るからね!」と。そしてもう一度いきんだ瞬間「おぎゃー!!」と産声が……。分娩台に移動して、10分も経たないことのできごとでした。 助産師さんが「あっ! 旦那さん!」と言ったのを聞き、私もすっかり忘れていた夫のことを思い出しました。そして廊下で今か今かと待っている夫に助産師さんが気まずそうに、「あの、生まれちゃいました……」と一言。赤ちゃんの産声が聞こえていたものの、まさか自分の子だとは思っていなかったらしく、生まれたと聞いて衝撃を受けたと後に語ってくれました。 初めてのわが子の誕生を楽しみに、健診にも毎回付き合い、立ち会い出産の勉強もしていた夫。しかし、あまりのお産の進みの速さに、夫はわが子の誕生の瞬間に立ち会うことができなかったのです。出産は千差万別。思ったようにはいかないものですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト:(c)chicchimama著者:ライター 木村なち三児の母。現在4人目を妊娠中。パニック障害を抱えながらの妊娠・出産・育児の経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2020年03月06日引っ越してきて1年、ご近所さんとはあいさつをするだけではなく、世間話も度々しながら仲良くするようにしていました。特にお隣に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんとは、私や夫だけではなく4歳の娘と2歳の息子も仲良くさせてもらっていました。しかし3人目を出産したとき、その方から驚きの出産祝いを頂いたのです。 妊娠中も気づかってくれたご近所さんわが家は1年前に戸建てに引っ越しました。その数カ月後に妊娠がわかったのですが、何かあったときのためにご近所さんには妊娠していることを報告しておきました。また、毎日あいさつするだけではなく、子どもたちもお世話になるだろうと思ってよく話すようにしていました。親切で気づかってくれる方が多く、とても助かります。 私が住んでいる場所はご年配の方が多く、家の前で子どもたちを遊ばせていると、わざわざ外に出て声をかけてくれたりします。面倒見のよいおじいちゃんやおばあちゃんが多く、うれしかったです。 私が臨月のときは「もうすぐ生まれるの?」「頑張ってね!」など声をかけてくれました。上の子どもたちもご近所さんにすぐに懐き、たまにお菓子をもらったりするようないい環境で暮らしています。 産後、帰宅した日にすぐに駆けつけてくれたやがて3人目を出産し退院すると、「赤ちゃんの声が聞こえたから」といってお隣に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんが来てくれました。「これからうるさくなってしまうかもしれませんが、今後ともよろしくお願い致します」と私が言うと、出産祝いをくださったのです。 それはお金だったのですが、なんと中身が1万円! 親族でもないのにこんな金額をもらうとは思っていなかったので驚きました。「お返しはいいからね!」と言われたものの、さすがにそのままにはできないと思って後日菓子折りを持って伺いました。 ちょっと気疲れした「お返し」半返しだと逆に気を使われてしまうかなと思い、3,000円程度のお菓子を渡しました。「お返しはよかったのに!」と言われたものの、近所はご年配の方が多いので、私のことを話題に出されて変なことを言われても困る……という思いもあり、きちんとお返しをしました。 すると数日後、上の子どもたちにわざわざおもちゃを購入して持ってきてくれました。まさかそんな形でさらなるお返しを頂くと思っていなかったので、どうしよう……と対応に困ってしまいました。 さすがに何度もお互いにお返しをし合っているときりがないので、おもちゃをもらったときは「ありがとうございます」と子どもたちとお礼を言いに行って終わりにしました。こんな形で何度もご近所さんからお祝いを頂くとは思っていなかったので驚きました。本当にやさしい方ですしご近所付き合いは大切なので、今後も仲良くさせてもらおうと思っています。 著者:永田真結4歳の長女、2歳の長男、0歳の次女を持つ母。自身の妊娠、出産、育児に関する体験談を中心に記事を執筆している
2020年03月04日こんにちは。赤井トマトです。出産の体験記を書いています。前回までのあらすじ→陣痛が5分間隔になり、病院に到着しました。夫はこの時、私に怒られた事が『初めて私に理不尽な怒られ方をした気がした』ということで、忘れられないのだそうです。陣痛でつら過ぎるのに、トイレに行って大きい方がしたい事しか考えられなくなっていました。出産でいっぱいいっぱいなのに、こんな時にトイレの事で頭がいっぱいいっぱいだなんて!どうしよう・・・どうしよう・・・こんなこと自分だけなのかな? 言い出せなくて辛いよ・・・でも私がいる部屋には、トイレがありませんでした。もう一人でトイレまで真っすぐ歩ける気もしないぐらいおなかが痛く、どうしたらいいのか分かりませんでした。3人でどうしたらいいのか分からない状態。夫が助産師さんに相談しに行ったら、助産師さんが部屋に来て、陣痛室に移る事になりました。母と夫と離れ、1人陣痛室に行きました。私の隠し通している気持ちはどうなるのか・・・そして、やっと娘が産まれます。次回もお付き合いのほど、よろしくお願いします。
2020年03月01日友人や会社の同僚から「陣痛はとても痛いもの」と聞いており、出産前から陣痛について調べ、かなりの痛みを覚悟していました。しかしいざ陣痛が始まると、微弱陣痛でなかなか痛みが強くならず、間隔も狭まらない状態で、産む瞬間も思っていたものとは違ったのです。 子宮口を開く処置後に自然と陣痛が予定日を1週間過ぎても陣痛の気配がなく、誘発入院をすることに決まりました。入院初日にバルーンで子宮口を開く処置をおこなうと、その後から自然と陣痛が始まりました。 夜中の0時ごろに軽い痛みから始まり、その後徐々に痛みが強くなり、陣痛の間隔も5分間隔になりました。このときの痛みは下痢でおなかを下しているときの痛み程度で、我慢できない痛みではありませんでした。ナースコールで陣痛が5分間隔になったことを伝えると、病室からLDR室(陣痛室・分娩室・回復室が一体となった個室)へ移動するように言われました。 陣痛の合間は特に痛みもないため、私は誰の手も借りずに、スタスタと歩いて移動していました。 LDR室で12時間! 変化のない陣痛LDR室へ移動してからも痛みや間隔に変化がなく、耐えられる程度の地味に痛い陣痛が続きました。途中、陣痛促進剤を点滴しましたが、その後も陣痛に変化はありませんでした。隣のLDR室から「痛い! 痛い!」と叫び声が聞こえ、「隣の人大丈夫かな?」と他人の心配をする余裕もあったぐらいです。 さすがに睡魔には勝てず、陣痛の合間にフッと寝てしまい、陣痛が始まると痛みで目が覚めるということを繰り返し、気がつくと12時間も経っていました。それでも出産前に聞いたり調べたりしたような痛みではなかったので、自分の陣痛はまだまだこれからだと覚悟していました。 出産前も変化なし! 陣痛待ちの微妙な時間しかし先生に確認してもらうと、「もう赤ちゃん生まれるね」と言われ、私は「こんな痛みで産めるのか?」と半信半疑でした。次の陣痛が来たらいきむよう言われ、陣痛が来たタイミングでいきみました。しかし、私の陣痛は持続時間も短く、1回いきむと陣痛が終わってしまうのです。また次の陣痛を待つのですが、陣痛の間隔も長いため、次の陣痛がなかなか来ず、先生と談笑をしながら陣痛を待っていました。この陣痛待ちの時間のせいで出産の緊張感がなくなってしまい、微妙な時間が流れます。 これを3回ほど繰り返し、やっと赤ちゃんの頭が出てきて、次の陣痛で出すと言われました。思いっきりいきんだのですが私の陣痛は持続せずに終わってしまい、それ以上いきむことができませんでした。最終的には上からおなかを押して、下から引っ張り出して、ようやく赤ちゃんを出してもらいました。 事前に調べていた陣痛についての記事や体験談と、実際に私が体験した陣痛とはまったく違うものでした。赤ちゃんは無事生まれましたが、想像していた陣痛の痛みよりも軽く、最後まで「これでよかったのか?」と不思議な感じでした。出産の際も陣痛待ちの時間に出産の緊迫感がなくなってしまい、少し拍子抜けでした。私のように陣痛の痛みが弱い人もいるのだとわかり、陣痛やお産は人それぞれだと感じました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:塚田さき0歳男児の母。普段は作業療法士として訪問看護ステーションで勤務、現在産休中。自身の体験をもとに、主に体験談を中心に執筆している。
2020年02月09日出産間近になると、もしや陣痛? これが出産の兆候? など、体の変化に敏感になりますよね。私には4人の子どもがいるのですが、親は同じでも出産の兆候はみな違いました。毎回、コレが陣痛につながるのか!? と、出産の兆候にドキドキしていた私の体験談をお伝えします。 第一子、第二子の出産1人目は出産予定日の朝におしるしがあり、念のため受診するとその場で破水。そのまま入院・出産に至りました。 同じ親から生まれるのなら、出産の兆候は同じかもしれないと思っていた私。1人目のときの経験から、2人目の出産時もおしるしがあるかもしれないと思っていたところ、2人目はおしるしも前駆陣痛も何もなく予定日超過へ。経産婦でしたが子宮口も硬かったようで、バルーンと陣痛促進剤を使用しての出産となりました。 【関連記事】・おしるしとは?初産と経産婦で違うの?陣痛や破水との関係と対処方法について・陣痛促進剤の効果・副作用・使うタイミング・使えないケース・費用について第三子、第四子の出産3人目は、出産予定日よりも1カ月前に子宮口が1cmほど開き始め、前駆陣痛も頻繁に起こりました。さすがに早めの出産になるかと思っていたら、結果的には予定日超過でした。おしるしもなく、3人目も陣痛促進剤を使用しての出産となりました。 4人目は、上の子3人のお世話に追われ、ゆっくりする時間も確保できなかったためか、出産予定日よりも早く、朝におしるしが。その夜には自然に陣痛も始まり、出産に至りました。 【関連記事】・破水とは何?破水の種類や見分け方、対処方法について・前駆陣痛とは?本陣痛との違いや痛みや特徴、対処法を解説 4人の出産を経験して思うこと4人の子どもを産んでみて思うことは、出産の兆候は同じ親でも子どもによってそれぞれ違うということです。出産間際になると気持ちが焦り、毎回ネットで「出産の兆候」や「ジンクス」などを検索していましたが、得られた情報が誰しもに当てはまることではないと感じました。 私の場合、唯一共通していたことは、夫が帰宅していたり、母が来てくれているときだったりと、誰かの助けがある状況のときに出産が始まり、子どもたちが生まれてきたということです。もしかすると、おなかの中で赤ちゃんが私の状況を感じてくれていたのかもしれませんね。 臨月は母体にも負荷がかかり、早く出産したいという気持ちも高まります。気持ちが焦ってしまうことも多いかもしれませんが、できるだけリラックスして出産のそのときを待ちたいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト:(c)chicchimama著者:武山あゆみ三男一女の母。ワンオペ育児に奮闘するかたわら、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年02月08日1人目で、36時間の出産を経験しました。2人目のときは、妊娠40週0日に陣痛が来て入院。先生から、また長時間の出産になる可能性もあるため陣痛促進剤を使用するかどうかの判断を迫られましたが、薬を使わず自然に産むことを決断。「歩いてください」という先生の助言を受け、私がどのように陣痛を乗り越えたかを紹介します。 とにかく歩いて下半身を動かした2人目は、妊娠40週0日のときに陣痛が来て入院。入院中は院内の自由に歩くスペースを利用して、夫と一緒に散歩気分でとにかく歩きました。陣痛の波が来ると壁にもたれかかり、テニスボールで尾てい骨付近をグッと押してもらいながら痛みに耐え、ゆっくりとした呼吸を意識しました。 私の場合は、ベッドで横になっているよりも歩いたほうが痛みを強く感じ、陣痛間隔も5分間隔から2〜3分間隔へと狭くなってきたので、「この調子! もうすぐ赤ちゃんに会えるんだ!」と前向きに考え、足を動かしました。 水分補給はラズベリーリーフティ 私は1人目の妊娠後期〜出産時に、インターネットでお産を軽くすると話題になっているラズベリーリーフティを飲みながら過ごしました。2人目の妊娠後期は1人目のときと同じように、安産になると信じお守り代わりに飲み続けていたので、陣痛中もこまめにラズベリーリーフティで水分補給。 陣痛中は不安と緊張が続き、心身ともに疲れが溜まってくるのですが、ラズベリーリーフティを飲むとホッと気持ちが軽くなり、本当によかったです。 夫と前向きな楽しい会話を心がけた陣痛中、夫と歩き回っているとき、できるだけ私は「痛い、つらい」などの言葉を発さないように心がけました。「赤ちゃんに会えるの楽しみだね、どんな子かな?」と想像を膨らませたり、陣痛の波が来るたびに、「いい陣痛が来たね! きっともうすぐだね!」と夫と2人で声を掛け合いました。 私にとって苦しい陣痛ではあったものの、心強い夫と二人三脚で楽しく、陣痛〜出産を乗り越えられたことが一番の良い思い出です。そして私たち夫婦が、「早く会いたい」という言葉をかけていたことが赤ちゃんに伝わったのではないかと信じています。 結果的に2人目の出産は陣痛開始から15時間の出産となり、1人目の36時間の出産と比べて、半分以下の分娩時間で済みました。先生からは「頑張って歩いたから赤ちゃんも早く出てきてくれたんだね」とうれしい言葉をかけてもらい、肩の力が抜けたことを覚えています。陣痛中によく動き、よく笑った結果、1人目のときよりも早く赤ちゃんに会えたことは私にとって最高の思い出です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:仲本まゆこ自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年02月05日陣痛について調べる、または経験者に話を聞くなかで、「陣痛に気が付かないことは、まずない」という情報を得ていた私。ところが私の場合、陣痛だということに気が付くことができませんでした。そんな私の出産エピソードをご紹介します。 おなかを壊したような腹痛がやってきた出産予定日を過ぎ、陣痛促進剤を使って分娩することになった私。その入院を翌日に控えた日の夜のことです。夕食後に、おなかを壊したようなギュルギュルした感覚が続き、トイレを行ったり来たりを繰り返していました。実際に排便するわけでもなく、ただ鈍い、どんよりした痛みが続くだけ。「何か変なもの食べちゃったかな……」と、不安に思っていましたが、まさかこれが陣痛の始まりだとは考えもしませんでした。 気が付かないうちにお産が進んでいた!何十回もトイレを出入りしていた私に、夫が「もしかして陣痛では?」と助言してくれて、ようやく病院に電話をしました。 初産婦だからあと1時間くらい様子を見るように言われ、2時間ほど経ってから再び連絡。夜間の緊急外来で診てもらえることになり、病院へ行ったところ、子宮口がすでに5cm以上開いていて、急きょ分娩台へ上がることになりました。 初産婦にはめずらしいほどスムーズに出産分娩台に上がってからのお産の進みもかなり早く、対応してくださった助産師さんに「本当に初産婦だよね!?」と確認されるほどでした。結果、分娩自体は6時間、傷の縫合などを含めると7時間半で出産しました。 助産師さんも「電話口ではかなり落ち着いていたし、あんまり痛がっていないから出産はまだまだだと思った」と驚いていました。 私は、まさかこの「おなかを壊したような痛み」が陣痛だとは思いもしませんでした。もし夫に言われなければ、病院に連絡せずに自宅で破水していたかもしれません。お産は本当に人それぞれだと実感した出産でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:桜ゆいの子育て中のママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー
2020年02月01日現在、1歳半の息子の頭の形は、頭頂部の右側部分が若干盛り上がっています。パッと見はわからないのですが、触ると固いたんこぶのようなものがついているような感触です。息子がこの頭の形になった経緯についてお伝えしたいと思います。 頭の形がいびつ!?出産直後は特に気にならなかった息子の頭の形ですが、産後3日目ごろから、頭頂部の右側部分が気になるようになりました。たんこぶのようにぽっこり盛り上がっていたのです。 入院中に小児科の先生に確認したところ、吸引分娩で出産した影響とのこと。「なかには時間がかかる子もいますが、じきに元に戻りますよ」とのことだったので、一安心してあまり気にせずに過ごすことにしました。 【関連記事】・吸引分娩の費用や保険適用の条件について 頭の形が戻らない……ところが、1カ月経っても頭の形に変化はあまりありませんでした。「ちょっと時間がかかるのかな?」くらいの軽い気持ちで1カ月健診時に相談してみたところ、吸引分娩の影響でいびつになった部分が石灰化してしまい、カチカチに固まっているとの診断でした。 元に戻るコブの場合は、触るとぷよぷよとしたやわらかい状態のようです。カチカチに固まってしまうと元には戻らないとのこと。ショックを受けましたが、成長とともに目立たなくなるから気にしないように、とのことでした。 念のため健診でチェックショックを受けている私を気づかってか、小児科の先生は「気にしないでと言われても頭だから気になりますよね。健診の回数を増やしましょう」と提案してくださいました。 生後1カ月、生後3カ月、生後6カ月、生後9カ月、1歳と健診の機会を設け、その都度いびつになった頭の様子を観察してもらっています。何か状況が変化したらCTで検査をすると聞いていますが、1歳半の現在、見た目以外の影響は今のところないようです。 息子は吸引分娩の影響で頭の形がいびつになってしまいましたが、元に戻ることのほうが多いようです。頭なので脳に影響がないのか心配でしたが、小児科の先生が親身に対応してくださったおかげで、今ではあまり気にならなくなりました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト:(c)chicchimama著者:岩田かおる子育て中のママ。専業主婦。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年01月27日すべての出産に何かしらのドラマがあります。私の場合、1人目と2人目ではまったく違うドラマがありました。さらに、2人目のときは少し不思議な体験をしたのです……。 初めての出産は激痛とともに…1人目は出産予定日より1週間早い出産でした。早朝に違和感を覚えてトイレに行ってみると、おしるしらしきものが! 初めての出産でそれがおしるしだという自信はなかったのですが、病院に電話したところ診察をしてくださるとのことだったので、夫の運転で病院へ。 最初は何も感じなかったのに、病院までの道すがらどんどん息苦しさと痛みを感じだしました。そこからはもう痛くて痛くて、自分の腕を爪で引っ掻き、痛みを紛らわすぐらいの痛みでした。産後、爪痕が残っている腕を見た友人たちがかなり驚いていました。 2人目計画! でも痛いのは…1人目の子どもが1歳を迎えて少し落ち着いてきたころ、2人目を考えるようになりました。でも……あの痛みはもう……!! そこで、無痛分娩ができて子どもがお見舞いに来られる産院を選びました。今度は大丈夫、痛くない! と思いながらも、おなかが大きくなるにつれて陣痛を思い出すようになりました。すでに陣痛を体験しているからこそ、1人目よりも緊張していたかもしれません。小さな長男と2人きりのときに陣痛が来てしまったら長男を怖がらせてしまう。できることなら、1人目を出産したときにマッサージをしてくれた夫がいる日に産みたい。など、いつ来るかわからない陣痛に不安になりながら、入院の準備をしていました。 来た! それは満月の夜でした。出産予定日の2週間前、あと少しで上の子とはしばらく遊べなくなってしまうと思い、家族でお花見に行きました。家族で桜と露店を楽しんで帰宅すると、なんだか頭がフワフワとして、それなのにおなかはぎゅっと締め付けられるような感覚……。 そして、なぜだか猛烈に「生まれる!」と感じ、産院へ。診察の結果、破水していることがわかり、すぐさま麻酔の準備をしていただきました。そこからが実際に生まれてくるまでは1人目のときよりも長かったのですが、麻酔のおかげで(麻酔をかけるときは痛かったですが)、痛みはほとんどなく出産することができました。 産後少し落ち着いてから助産師さんと話していたところ、大きくはない産院で昨夜だけで5人の赤ちゃんが生まれたとのことでした。なんでも、満月の夜はとても出産件数が多いのだとか! 自然の不思議な力を感じた出産でした。 著者:田丸あかね現在、小学校1年生と幼稚園年中の兄弟を子育て中。性格の違う子どもたちの成長を楽しみつつ、自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年01月15日当時大学1年生だった私が、まさかの妊娠。最初は誰にも祝福されませんでしたが、無事に女の子を産むことができました。妊娠が判明したときどう感じたか? どうやって親を納得させたか? どうやってつらいつわりを乗り越えたのか? 私の体験談をお伝えします。 妊娠がわかったときの気持ち大学1年生の後期にすぐ妊娠が判明し、私はとてもうれしく思いました。彼は社会人で結婚を前提に付き合っていたこともあり喜んでくれましたし、「産んでほしい」とも言ってくれました。ですが、出産をする場合は退学しなければならない……でも子どもは産みたい……という両方の気持ちがあって、なかなか病院に行くことができずにいました。 そして、やっと病院に行ったときにはもう妊娠11週で、中絶手術をするには到底自分では払えない金額だったのです。親には言わなければと思い、母親に妊娠のことを話すと猛反対されてとてもショックでした。相談した友人全員にも産むことを反対されてしまい、「産む」という選択を理解してもらえずに悲しかったです。 どうやって親を納得させたか?母から「大学があるから」「まだ19歳だから」などさまざまな理由で反対されましたが、私は「大学はいつでも通いなおすことができるし、実際19歳で子どもを産んでいる人はたくさんいる」と反発しました。私は母が反対する理由がわからなかったわけでも、反抗期だったわけでもなく、ただ子どもが産みたかったのです。それからも家族や彼と話し合いを重ね、「産みたい」という気持ちを両親も理解してくれたようで、「そこまで言うなら……」と折れてくれました。最初こそ「折れた」という感じでしたが、孫が生まれることは素直にうれしかったようで、時間が経つにつれ応援してくれるようになりました。 つらいつわりをどうやって乗り越えたか?私は妊娠2カ月〜8カ月まで吐きづわり・食べづわり・眠りづわりなど、気持ち悪いときが大半で、かなり大変な思いをしました。 どうにかこのつわりを解消しようと、何を食べると気持ち悪くなるか食べたものをメモして分析したり、苦手な果物を無理して食べたりしましたが、どれもうまくいきませんでした。特に通学中に電車に乗っている間が1番つらかったです。出産3カ月前までは通学を続けていたのですが、通勤ラッシュ時の満員電車に乗ることが多く、本当に奇跡でも起きない限り座れないというほどの混雑ぶりでした。そんな中、「キャンディーなどが口に入っているときは気持ち悪くない」ということに気付き、常にガムやキャンディーをずっと口に含んでいました。 学生の間に妊娠してとても悩みましたが、最終的には周りの人に応援してもらって無事に女の子を出産できました。産むという決断によっていつか後悔するときがくるかもしれませんが、今はかわいい子どもに癒され幸せです。あのとき自分の意志で決断したことに誇りを持っています。 著者:橋本 楓0歳女児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年01月14日とうとうやってきた出産の日。陣痛の間隔が狭まり、人生初の分娩台へ。いまだかつて経験したことのない陣痛の痛み、出産という恐怖に、緊張して体が固まっていました。そんな私が赤ちゃんを産むまでの体験談を紹介します。 初めての出産! 緊張して体がガチガチに分娩台へ移動したとき、私の緊張は最高潮に達していました。人生で初めて経験する陣痛の痛み、そして出産という未知の世界。頭の中は「恐怖」でいっぱいでした。 今だからこそ言えることですが、緊張で硬直した体だと、陣痛の痛みを感じやすくなるうえにじょうずにいきめません。私の呼吸はどんどん荒くなり、手足はしびれていました。助産師さんは「そんな呼吸だと酸素が体中に行き渡らない。赤ちゃんも苦しいよ!」と言っていました。 いきみ方がわからない!助産師さんからアドバイスをもらい、陣痛がきたら「うー」と声を出しながらいきみを逃し、陣痛の波がおさまったら深く深呼吸をしました。呼吸を整えると、手足のしびれがなくなりました。その後、「いきんでいいよ」という助産師さんの合図にあわせて力を入れます。しかしじょうずにいきめません。 コツをつかむとスムーズにそのとき助産師さんから、背中と腰は分娩台から浮かさずに、あごを引き、おへそのほうをのぞき込む姿勢を意識するように言われました。両足は外側に力を踏み込みます。あとは赤ちゃんが産道を降りてくるイメージをしながらいきむ! 助産師さんの言われた通りにやってみると、「その調子!」と助産師さんが励ましてくれました。いきむコツをつかむとスムーズになり、5回ほどいきんだあとに赤ちゃんがスルリと出てきました。 いきんでいる間は、ママにとって苦しい時間です。ただ、それは赤ちゃんも同じ。いきんでいる間、赤ちゃんもストレスを感じると聞きました。助産師さん、そして赤ちゃんも一緒だということを胸に出産を乗り切りたいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:田中由惟一男一女の母。二人目の出産を機に食品会社を退職。現在は子育てのかたわら、記事執筆をおこなう。趣味はスポーツとピアノ、美味しいものを食べること。
2020年01月13日私が初めて会陰切開を知ったのは、高校の保健の授業でした。「出産時、赤ちゃんが出やすくするために陰部をハサミで切るんだよ」。そう説明されたときには、「まさか〜」と思っていました。ハサミで切るという説明に現実味が湧かなかった私が体験した話です。 お股を切るなんて……初産であれば、誰しもが不安に思う出産の痛み。陣痛が来るごとに不安になるどころか、出産に恐怖を感じるようになっていきました。 あらかじめ会陰を切ることによって、損傷を最小限に抑える効果があるそうなのですが、「お股を切るなんて考えただけで痛そう……」なんて思ってしまう人も多いと思います。私もその1人でした。 会陰切開をした感想いよいよ分娩台に上がり、何回か陣痛の波がきて、それに合わせていきむのですが、今まで感じたことのない痛さで頭は真っ白。「もういっそのこと切ってくれ〜」と思っていたときに赤ちゃんの頭が出て、その後はするんと出てきてくれました。 私の場合、先生から「切ったところを縫うからね〜」と言われてから会陰切開されていたことに気付きました。それくらい、産むときは痛さに耐えることに必死で、切開されている痛みはまったく感じませんでした。 会陰切開したその後赤ちゃんが生まれた後、胎盤が出るのを少し待ってから切開した部分を縫ってもらいました。「ちくっとするからね〜」と言われましたが、体力も限界を超えていた私は縫っている痛みさえも感じませんでした。 大変だったのはその後でした。出産を終えて分娩台で2時間ほど休むのですが、そこから部屋に戻ろうと思って立ち上がった瞬間、ピキっと何かが走ったようなお股の痛みに襲われたのです。当然、自力で歩くことはできず、助産師さんに手伝ってもらい、車椅子で戻ることになりました。 会陰切開の痛みは、出産直後から味わったことのない痛みが4日ほど続きましたが、退院するころには普通に生活するには気にならない程度になりました。そして、子どもの1カ月健診のころには、ほぼ痛みはなくなりました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:佐藤ゆり 0歳女の子の母。就活中に妊娠がわかり、そのまま専業主婦に。お金にも心にも余裕が無い中で初めての育児に奮闘中。
2020年01月10日ベビーバスは、出産準備リストに記載されている育児アイテムの1つ。最初は購入しようと考えていましたが、ネットで「買わなくてもいいかも」というママの口コミをみて「とりあえず出産してから考えよう」と思い、準備しませんでした。その後、3人の子どもを出産しましたが、結局ベビーバスは買いませんでした。そんなわが家のベビーバス代用法を紹介します。 1人目はタライで代用!1人目・長女の出産後は実家に2カ月ほど里帰りしました。ちょうど実家にベビーバスに使えそうなサイズのタライがあったので、試しに使ってみることに。田舎の一軒家で広さは十分にあったので、和室にレジャーシートとバスタオルを敷き、その上にタライをセットして沐浴の準備をおこないました。おじいちゃん・おばあちゃんにも見守られながら、いざ初めての沐浴に挑戦! 実際にやってみて「タライでも問題ないかも」と感じました。タライは深さがないため、赤ちゃんを固定しやすく、新米ママの私でも安心して沐浴をおこなえたように思います。長期的に使うにはサイズは小さめでしたが、1カ月健診後は長女と一緒に普通のお風呂に入るつもりだったので、そのままタライを使っての沐浴を続けました。 2人目は衣装ケースで代用! 長女のときにベビーバスを買わずに乗り切ることができたので、2人目・長男のときも何かで代用しようと考えた私。ネットでいろいろ検索してみたら、衣装ケースを代用したというママの声がありました。衣装ケースならわが家にもあったので、「今回はこれでいこう!」と使ってみることに。出産後、実際に試してみると、ある程度大きさのある衣装ケースにお湯を入れるのに時間がかかる、衣装ケースの角が沐浴中腕に当たる、などのデメリットを感じました。しかし、1カ月健診後は普通のお風呂に一緒に入ろうと思っていたので、結局そのまま衣装ケースでの沐浴で乗り切りました。 3人目にして初めてベビーバスを使用! 3人目・次男のときは、友人がベビーバスを貸してくれました。3人目にして初めて使うベビーバス。やはり赤ちゃんの沐浴専用に作られているため、沐浴しやすい形状で安定感ばっちり。水抜き栓の便利さにも感動しました! 今までは沐浴後タライや衣装ケースをひっくり返して水を流す必要があり、なかなかの重労働だったのですが、水抜き栓があると放っておいても水が抜けます。水抜き作業のひと手間がなくなるだけでも、私にとってはかなりの負担軽減になりました。困ったのは使わなくなってからの保管場所。かさばるので友人に返すまでの間、どこに収納しておこうかと悩みました。 その他のベビーバス代用法! ママ友のなかには、オシャレなタライを買ってベビーバスとして使った後はおもちゃの収納に使った、という人もいました。そのほか、洗面台にお湯を張って沐浴したというママもいました。 わが家では、短期間しか使わない、使い終わったあとの処分に困るなどの理由で購入しませんでしたが、ベビーバスは沐浴しやすいように設計されている便利なアイテムです。3~4カ月までは沐浴でいく、保管場所に困らないなどの場合はベビーバスの購入を検討してみてもいいかもしれません。 ※本記事に掲載した画像はすべてイメージです。ベビーバスではないもので代用する場合には、その商品の使用方法や注意事項をよく読んで考慮し、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:久保田さや長女(小6)・長男(小1)・次男(2歳)の母。歯科衛生士。育児と仕事を両立しながら衛生士としてキャリアを積む。第3子出産後は、専門知識や子育て経験を中心に記事執筆を行う。
2020年01月09日子宮口全開なのにそこから陣痛が遠のき、結局陣痛促進剤を使用して上の子を自然分娩した私。2人目の出産は条件が揃えば計画分娩も可能な産婦人科だったので、上の子の世話や夫の仕事の都合も考え、計画分娩で2人目を出産しました。よく2人目の出産は早いと言われていますが、私の場合もまさしくその通りでした。 いろいろな事情で決めた計画出産当日2人目でお世話になった産婦人科は、赤ちゃんの推定体重が2,500g以上で、子宮口も開いてきていれば陣痛促進剤を使用しての計画出産も可能な病院でした。そこで産後に里帰りの予定だった私は、万が一自宅で私と子どもだけのときに陣痛がきたり破水したりしたときのこと、出産時の上の子の預け先、入院中の夫の仕事の休みなども考え、計画出産を選択しました。 妊娠39週4日となる計画出産当日は子宮口が2cm、赤ちゃんもまだおりてきていないとのことで、当日中に陣痛が強くならなければ翌日再スタートとのことでした。 バルーンを入れ陣痛促進剤スタート入院当日は朝9時に内診後、子宮口を広げるバルーンを挿入し、10時から陣痛促進剤の点滴を始めました。陣痛促進剤の投与が始まって4時間程は生理痛のような鈍痛があるものの、夫や上の子の世話をするためにきてくれた実母と会話をしたり、テレビを見て楽しむ余裕がありました。 経産婦ということもあり、これからくる出産という名のフルマラソンのために、産院の売りでもある豪華な昼食も完食した記憶があります。 昼食後、あの痛みが!昼食を完食して1時間半程経ったころ、徐々に痛みが強くなり「ああ、これが陣痛だ……」という痛みに変わりつつありました。内診され、子宮口が7cmのときに先生が人工破膜をしてから痛みが一気に増したのです。 もうそこからは立ち会っていた夫とも会話はできず、腰を押してもらって30分程経ったころでしょうか。助産師さんが子宮口の確認をしたところ9cmまで開いており、器具が運ばれたり先生を呼び始めたり、バタバタと出産の準備が始まったのです。 あっという間に子宮口全開で出産!そこからは10分もかからず子宮口全開。いきみも3回ほどであっという間に次男を出産しました。母子健康手帳に書かれた分娩所要時間は1時間40分のスピード出産でした。 子宮口全開で陣痛が遠のいてしまい、痛みにもがき苦しみながら陣痛促進剤が効くのを待った1人目の出産を経験していた私。今回は夫も子宮口全開から出産までのスピードに、呆気に取られたことは言うまでもありません。 2人目を計画出産で産んだ私ですが、その後3人目も同じ産院にて計画出産で女の子を無事出産しました。3人目は陣痛の波に乗るのが遅くなりましたが、それでも分娩所要時間は2時間程でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:佐藤祐子二男一女の母。幼~高(中高は家庭科)の教員免許と保育士資格保有。洋菓子メーカーを退職後、現在は地元にて3人の子育てに日々奮闘中。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆。
2020年01月08日初産ということもあり、出産に対する意識が薄かった私は、出産予定日が間近に迫っていてものんきに構えていました。出産予定日前日も読みたい本を買いに書店へ行き「陣痛が来てもすぐには生まれないらしいし、せっかくならコレも読みたい。アレも!」と本を3冊も買い込んでいたのですが……。 突然の違和感で目覚める出産予定日前日に購入した本を読みながら寝落ちしてしまい、違和感で目覚めたのはまさに出産予定日の夜中2時。何やらパンツがぬるぬるするような……? 隣で寝ている夫を起こさないようにソロリと起き上がり、パジャマとパンツをめくってみると、そこにはほんのりピンクの液体が。 「あら。破水だわ」。マタニティ講座でも教わっていたからか、割と平静に判断できた私。寝ている夫を起こし、「破水したから病院連れていって」と一言。破水、と言われた瞬間、眠気が飛んで慌てふためく夫の姿は今でも思い出して笑ってしまいます。 夜中に破水! そして入院まず病院に連絡し、名前と出産予定日、それから「破水したみたいです」と伝えて病院に向かいました。病院到着後、診察台に上がり当直の先生に破水か否かと子宮口の状態を確認してもらい、破水と判断され入院となりました。 「破水しているからあまり動かないようにね」と助産師さんに言われ、病室への移動も車椅子に乗ることに。不謹慎ながら、人生初の入院でしたので、ちょっとだけテンションが上がっていました。 ただ、ワクワクした気持ちも一瞬で、病室に入った瞬間、「あ。子ども産むんだな」と、なんとなく意識がしゃっきりしたのを覚えています。 じわじわ続く破水。こんなに出ていいの?翌朝、ベッドに横になっているところに食事が運ばれ、看護師さんから「終わったらお膳取りに伺いますね」と言われ「おお。上げ膳据え膳!」などと思ったりしました。 一方「極力動かないように」と言われるものの、やはり尿意があり、頻繁にトイレには行っていました。 破水しているため、産褥パッドという大きな生理用ナプキンのようなものを着用しながら過ごすのですが、まるでおむつほどの大きさのパッドが8時間もたずダメになり、「こんなに出ていいのかな」と不安になりましたし、これだけ出てもへこまないおなかを見て、不思議な気持ちにもなりました。 陣痛が始まり、ついに出産へその日の15時過ぎから少しずつおなかの痛みを覚え始めました。しかし陣痛の自覚はなく、19時ごろにようやくこの痛みが陣痛であると気づきました。 自覚をすると急に恐怖を感じてしまい、「トイレで赤ちゃんが出てきちゃったらどうしよう」とトイレに行くのさえためらってしまうほどでした。そして、痛みも強くなり、人生で初めて「痛みで眠れない夜」を経験しました。 翌朝、先生がやってきて「よし産もう!」と一言。慌てて夫と母に「産むって!」とメールを送り分娩台へ。 練習していた呼吸法もすっかり頭から抜け落ちていましたが、助産師さんたちがサポートしてくれたおかげで混乱せず、また仕事を急きょ休んで立ち会いしてくれた夫も呼吸をまねしてくれていて、その姿がおもしろくて緊張がほぐれました。 17時40分、半日がかりで、ようやく長男は産声を上げながら生まれてきてくれました。 出産予定日から1日遅れでの出産となりましたが、夜中に破水をしたということ以外は慌てることもなく無事に終えることができました。 しかし、今回は夜中の破水ということで家に夫がいましたが、もし昼間だったらと思うと、あまりに楽観視していたことを反省することもあります。陣痛タクシーなどの対応地域を調べて問い合わせをしておくなど、やるべきことはあったなと今になって思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:山田甜子夫と1歳の息子と3人暮らし。元アロマセラピスト。介護福祉士として福祉関連職でフルタイム勤務をしている。自身の経験や知識、体験を元にした記事を執筆している。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー
2020年01月07日私は20歳の誕生日と同時くらいに、第1子を妊娠しました。初めてのわが子にうれしい反面、不安や苦労もありました。特に、周りから「若いママだから―」という目で見られることに苦痛を感じました。 妊娠判明は成人式の直前!妊娠が判ったのは、成人式の1カ月前でした。妊娠に対してうれしい反面、まだ成人して間もない自分に、子どもを育てられるのかという不安もありました。 それでも産みたいという気持ちは固く、「私、産むから」と現在の夫に宣言。同い年の夫は「う、うん……」と、押される形で出産・結婚を決意してくれました。そのままお互いの両親に妊娠と結婚を報告し、妊娠4カ月の状態で成人式に出席しました。 若いママだからと言われたくない!第1子である長女は、私が20歳のうちに生まれました。幼いころから子ども好きだったので、自分の子どもがうれしくて、かわいくて、毎日が幸せでした。初めての育児に緊張しながらも、保健師さんの言うことを堅実に守り、育児書と毎日にらめっこをし、懸命に育児をしました。 子どもが口にするものはすべて手作りし、衛生面、健康面にすごく気をつかいました。子どもに対する愛情からが半分、残りの半分は、周りから「若いからちゃんとしていない」と思われるのが嫌だったのです。 それでもやっぱり偏見の目…わが子を連れて外に出かけると、「赤ちゃんかわいいわね~」と声をかけられるのですが、決まって最後に「ちゃんと育てなきゃダメよ」と言われるのです。子どもが細かったためか、時には「ごはんちゃんと食べさせているの?」とか「ごはん作ってないんでしょ?」と言われたこともありました。 夫の親戚からは、はっきり「虐待していない?」と、心配されていました。若いママというだけで、周りから育児放棄や虐待などの心配をよくされました。自分なりに懸命に育児をしていたので、周りからの偏見の目は悔しかったです。 それでも私は子どもを愛している付き合いのある人たちは理解してくれるものの、結局のところ、見ず知らずの人からの偏見の目はなくなりませんでした。いつしか私も抵抗することをやめ、「この子のママは私。この子がいいと思ってくれているのなら、それでいい」と思えるようになりました。偏見の目で見られようとも、私は子どもを愛しているんです。長女を産んでから数年間、偏見の目に悩まされましたが、自分なりの答えにたどり着くことができました。 30代になった現在ならば、当時の偏見の目を理解できます。昨今の子ども虐待のニュースもありますし、何より子どもが子どもを産むようなものですから、心配にもなりますよね。でも当時の私にはその気持ちが理解できず、偏見の目が苦痛で仕方ありませんでした。もし今の私が、当時の私に声をかけてあげられるのなら、「子育て頑張っているね! ちゃんとわかっているよ。大変なことがあれば人に頼ってもいいから、あまり無理し過ぎないでね」と伝えてあげたいです。 著者:ライター 木村なち三児の母。現在4人目を妊娠中。パニック障害を抱えながらの妊娠・出産・育児の経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2020年01月05日私の夫は妊娠初期から立ち会い出産を希望していました。しかし妊娠中のある日、分娩時に排便してしまう人もいるということを知り、夫にその状態を見られることが嫌で立ち会い出産をしたくないと強く感じるようになったのです。今回はそんな私がどのようにして立ち会い出産を受け入れるに至ったかをお伝えします。 立ち会い出産のメリット・デメリットとは?うんち問題を知ってからというもの、ひたすら立ち会い出産に対する拒否反応が出てしまいましたが、一度冷静になろうと思い、自分なりに立ち会い出産のメリット・デメリットについて考えてみました。まず夫が側にいてくれることのメリットとして挙げられることは、夫に父親としての自覚が芽生えやすくなる、出産の喜びを分かち合える、つらい陣痛・出産を側で支えてもらえるということです。反対にデメリットとして挙げられることは、陣痛で苦しんでいるときに思い通りに動いてくれずにイライラしそうなこと、出産後女性として見てもらえなくなるかもしれない、もし排便をしてしまったら生理的にその姿を見られたくないという気持ちが強いということです。これらを考えた上で私が出した結論は、やはり出産には立ち会ってほしくないというものでした。 夫との話し合いは平行線自分の考えを整理した上で夫と話し合いをしましたが、夫は変わらず立ち会い出産を希望しました。子どもの誕生の瞬間に立ち会いたいという夫の気持ちは理解できます。しかし、立ち会ってほしくないという私の気持ちに、夫が寄り添ってくれていないように感じて逆にショックでした。このころは、妊娠中でナーバスになっていた時期だったので、特にそう感じたのかもしれません。 助産師さんからの一言で立ち会い出産を決意その後、産婦人科に健診に行った際、助産師さんに立ち会い出産について夫と意見が合わないことを相談しました。すると、「出産は人間1人を産む命がけの作業なんだから、うんちくらい出て当たり前!」と一喝されました。 また、「陣痛のときは、肛門あたりを押さえてくれる人がいたほうが助かりますよ。それに、実際のお産の瞬間は、旦那さんは奥さんの枕元に立つ人が多いし、妊婦さんの下半身にはケープをかけるからもし排便をしてしまっても見えませんよ」と教えてもらい、とても気がラクになりました。うじうじ悩む前に先生や助産師さんに早く相談すればよかったです。おかげで私は夫の立ち会い出産を素直に受け入れることができるようになりました。 実際、夫は出産に立ち会ってくれたのですが、18時間の陣痛の末に帝王切開になったため、出産の瞬間を見ることは叶いませんでした。しかし、うんち問題は夫と出産のことを深く話し合うきっかけになったのでよかったと思います。著者:山中那緒子一児の母。7年間メーカー営業職を経験。現在は自身の経験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談の記事執筆をおこなう。ベビー・キッズファッションが大好き。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー
2019年12月29日過去に、出産間近の妊婦さんが救急車で運ばれている姿を見たことがありました。陣痛の痛みに耐えきれないのか、大声を出してパニック状態。その姿が衝撃的で、出産に対して恐怖心しかありませんでした。できれば声を出さずに冷静に出産したい。そう願って臨んだ私の出産は……? じょうずないきみ方って?助産師さんから、理想的ないきみ方は声を出さないほうがいいという話を聞きました。大声を出してしまうと体力が消耗するだけでなく、冷静さを失ってパニックに陥ってしまうこともあるからだそうです。 そのため、私も声を出すとしても冷静を保てる程度に抑えられたらいいな……と思っていました。とは言っても、そのときになってみないとわからないのが出産です。産院で指導のあったラマーズ法などの呼吸法を習得し、できるだけリラックスできる方法を模索していました。 いざ出産! 呼吸法なんて吹っ飛んだ?!とうとう陣痛がやってきました。陣痛が10~5分間隔の間は、習得した呼吸法でいきみ逃しをすることができました。 ところが、分娩台に上がり、子宮口が全開大になったとき、陣痛の痛みは最高潮で間隔も1〜2分ほどしかありません。あまりにも苦しい状況に、呼吸法なんて頭から吹っ飛んでしまいました。思わず「痛い!」と叫びそうに……。呼吸が荒くなった私を見て、助産師さんが「陣痛が来ている間、ウーと声を出してごらん」と教えてくれました。 声を出すことでじょうずにいきむことができた助産師さんに言われた通り、痛いときには「ウー」と声を出してみました。陣痛が和らいだときに、大きく深呼吸をします。次第に呼吸が整っていき、それがじょうずにいきむことにもつながりました。その後は、助産師さんのリードのおかげもあって、スムーズにお産が進んでいきました。 私がこの体験を通してわかったことは、何も声を出すことが悪いわけではないということでした。痛いから声を出すのではなく、いきみ逃しに声を出すことはむしろ良いことだったんだと感じた体験でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト:sawawa著者:田中由惟一男一女の母。二人目の出産を機に食品会社を退職。現在は子育てのかたわら、記事執筆をおこなう。趣味はスポーツとピアノ、美味しいものを食べること。
2019年12月22日出産時にうんちも一緒に出ることがある、ということは事前知識として知っていました。でも、「そういう人もいるんだな」と、私はどこか他人事でした。しかし、無痛分娩で出産に臨んだ私にまさかのできごとが……! 当時の話をご紹介します。 「うんちしちゃうかも」と言っておく作戦身近に出産経験のある人がいなかった私は、インターネットで出産についてよく調べていました。そのなかでも気になったのは「出産時にうんちも一緒に出てしまった」という話です。「こんなケースもあるんだ……」と思ったのと同時にちょっぴり不安になった私は、夫に「出産時に排便してしまうこともあるかもしれないんだって」と伝えておきました。そうすれば、万が一出産時にそうなっても引かれることはないだろうと思ったのです。 無痛分娩のいきみ方が想像と違った?!いよいよ出産の日を迎えた私。分娩室でモニターを見て陣痛の波を確認する助産師さんの指示に従っていきむことになりました。しかし、いざいきむというときに、助産師さんからこう言われました。「うんちをするときのように、肛門に力を入れていきんでください!」そのとき、私は「えぇ!? そうしたら出ちゃうじゃん!」と思ったのですが、指示に従うしかありません。私はとにかく必死にいきみました。 もうどうにでもなれ……の境地だった!肛門に力を入れていきむと、やっぱり出てしまったようです。……うんちが。ボトッと用意されていた袋に落ちる音を聞きながら夫の顔を見ると、気づいていないのか気づかないふりをしているのか、真剣そのもの。「うんちしちゃった!」なんて冗談でも言える雰囲気ではありませんでした。 開き直っていきんでいると、助産師さんから「いきむのじょうずですね!」と言われて思わず苦笑い。結局私は無事にうんちと一緒に元気な赤ちゃんを産むことができました。 出産時にうんちをすることは思ったより恥ずかしくありませんでしたし、仕方のないことだったのだと思います。でも、私はこの経験によってちょっと肝が太くなったような気がしました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:鏡 環2歳の息子の母。現在第二子妊娠中。元高校教員。うつ病と闘いながら夫と二人三脚で育児に励む。
2019年12月22日Instagramで大人気、ニシカタさんの育児エピソードをご紹介! 出産後、慣れない新生児の育児と家のことを頑張っていたところ、体に斑点が出てきてしまったニシカタさん。 出産した産院の皮膚科で「アナフィラクトイド紫斑病」との診断が! 悪化すると入院と告げられていましたが、結果はいかに……?! 生検の結果やはりアナフィラクトイド紫斑病(アレルギー性紫斑病とも言うらしい)でした。しかし原因はわからず。今思えば、体からの警告だったのかなという気がします。見た目がたいしたことなければ、放置してもっと悪化してたかも……。 インスタのコメントを読むと、産後なんらかの疾患や諸症状に悩まされた方が数多くいて、出産が体に与える影響の大きさを感じました。 私は紫斑病という形でしたが、他のみなさんもいろんな形で産後トラブルがあったと思います。もっと、産後の辛さを世間の人たちにわかってもらえればなーと思います。基本ずっと家にいるからわかってもらいづらいんですよね……。身内にも、社会にも。ニシカタさんのマンガはInstagramで更新中! ぜひチェックしてみてくださいね♪ ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2019年12月13日私は現在2児の母です。1人目・2人目ともに、出産予定日を過ぎても子宮口がまったくといっていいほど開かず、計画入院をしてバルーンや陣痛促進剤を使用して出産しました。特に1人目の出産は壮絶で、なんと生まれるまで4日間もかかりました。今回は1人目の出産のときの体験談をお話ししたいと思います。 計画入院は怖くなかった出産予定日を1週間過ぎても、出産の兆候はまったくといっていいほどなかった私。妊娠41週ちょうどのとき、とうとう「計画入院して赤ちゃんを出そう」と医師に言われました。 いわゆるバルーン(風船のように膨らむ医療器具で子宮口を広げる処置)や陣痛促進剤を使った出産になるのですが、不思議と怖くはなかったです。なぜならば、出産そのものが奇跡だという価値観だったからです。命がけで出産に臨む覚悟はもうできていました。 バルーン挿入と陣痛促進剤を投与午前10時に入院。まずはバルーンを挿入し、陣痛促進剤も投与しながら、子宮口が開くか様子を見ようということになりました。陣痛促進剤を入れて2時間もすると、悶絶するほどの激痛が。 最初はいきみ逃しに、ベッドの近くにある手すりを強く握りしめながら痛みと闘っていたのですが、数時間後別の助産師さんに担当が代わったとき、「その方法では体力を消耗するから、何も握らず呼吸法でいきみ逃しをするように」と指示がありました。 アドバイス通りいきみ逃しをしたら⋯最初は何も握らずこの激痛と闘うのは無理! と絶望していましたが、このままでは体力を消耗して出産を乗り越えられないと思い、指示に従うことに。激痛時には大きく息を吐いて、いきみ逃しをおこないました。慣れてくると確かに無駄に体力を消耗することはなく、あのとき助産師さんのアドバイスを受け入れてよかったと今でも感謝しています。 しかし夜の診察時にはまだ子宮口は2~3cmほどしか開いておらず、20時くらいを目処に一旦バルーンと陣痛促進剤を休止。休止後も痛みはなくなることはなく、微弱陣痛と闘いながら不安な夜を過ごしました。 3日目に突入した夜中から和痛分娩を開始そして2日目も、午前10時から陣痛促進剤とバルーンを再開し、また激痛と闘い始めました。そして3日目の夜中にとうとう痛みの限界がきた私に、医師から「出産が難航しているので、帝王切開か和痛分娩になる」と説明があり、私は和痛分娩を選択。確かに痛みは治まりましたが、下半身がまったく動かず、別の意味できつかったです。 そして医師に「子宮口の開きが進行してきたら麻酔は止める。分娩時はお母さんの踏ん張りの力も必要だから」と言われ、4日目の夜中に破水。そのとき子宮口は8cm開いていました。そしてやっとの思いで4日目の午前8時半に出産しました。 分娩誘発から出産まで4日という難産で、分娩所要時間はなんと43時間かかり、羊水込みで1.3Lの大量出血でした。しかし、実家などに頼れず退院初日からワンオペ育児がスタート。誰かを頼るということがほとんど許されなかった私ですが、そんな壮絶な経験を乗り越えたからこそ、2人目の妊娠・出産では感情的にならず、合理的にさまざまな問題に対処できました。自分の身を振り返る時間がないからこそ、育児を通してたくましく成長できたと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:黒井夢乃二女の母。歯科衛生士資格あり。二女出産前まで歯科医院にて勤務。自身が毒親に育てられた。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2019年12月09日夜に陣痛が来て、朝には赤ちゃんが生まれるもの⋯⋯そう聞くことが多かった私は、夜に弱い陣痛を感じ、「ああ、明日にはわが子に会えるのかな」と思い込んでいました。しかしそんなことはなく、ただジリジリと痛くなる陣痛になす術もなく丸2日苦しめられたのでした。 安産だと思っていた私出産予定日から6日が過ぎ、「明日になっても陣痛が来なかったら陣痛促進剤を使って産みましょう」と言われていた日の夜、わずかですが陣痛のような規則的な痛みとともに、どろっとしたピンクのおしるしがありました。私は冷静に、「明日には産まなくてはならないのだから、帰されはしないだろう」と夫を起こし、病院へ連れていってもらいました。 内診の結果、子宮口の開きは2cm。「入院しましょう」ということになり、通されたのは陣痛室でしたが、他の妊婦さんは1人もいませんでした。そのため、次に来る絶叫タイムを知らないまま、優雅に過ごしていたのです。 なかなか進まないお産にただ耐える翌日は昼食も完食できるくらいの腰とお尻の痛みのみで、両親とも談笑し、「今日には会えるかな?」と陣痛室でお気楽モード全開だった私。家族も帰宅してひとりの夜、急に痛みが増した気がしました。このときは、それまでなかなか痛くならなかったので、少しうれしくもありました。ただ、少しずつ強くなる陣痛の痛みが夜の孤独感に拍車をかけている気がして、精神的につらかった記憶があります。 翌朝、子宮口5cm。少しの進みですが、それでも進んだことがすごくうれしかったです。「今日中に産みましょう!」と助産師さんにも言われ、俄然やる気が出たのを覚えています。 お小水で圧迫、子宮口全開と勘違い…16時ごろ内診をしてもらいましたが、子宮口は変わらず。「今日中に産みましょうって言ったじゃないですか……」とショックを受けました。夜になるにつれて痛みは強くなり、このときにはもう泣きながら絶叫していました。「痛い。もういやだ。いつまで? あーくるくるくる!」のオンパレード。日付が変わり0時を過ぎたころ、助産師さんが来て内診。結果、子宮口6cm……。 お小水が溜まっていて子宮を圧迫し、おなかの張りも痛みも増していたらしいのです。「お小水とったから赤ちゃん下がりやすくなってるし、朝までには産もうね」と助産師さんからお告げ。その後すぐに助産師さんは勤務交代のため違う人になりました。 最後だけ陣痛促進剤を使って無事出産次の助産師さんには「今日産まれるのは確実だけど何時かなー」と、淡々と言われました。夫には部屋の外のソファーで仮眠をとってもらうことに。3時には完全破水し、5時ごろにはいきみたい感じが強くなり子宮口が開いているはずと思ったので、内診を懇願。しかし7cmしか開いておらず、絶望で心も体も限界でした。 8時に助産師さんが交代し、内診してもらったら子宮口が9cmに!「分娩室の準備するね」の一言に安堵したのを覚えています。8時半いよいよ分娩台へ移動。私の場合は陣痛が弱く、体力も残っていなかったので、このままの痛みの間隔だと1~2時間は分娩室にいることになるかもしれないと言われ、9時には陣痛促進剤を投与しての出産となりました。 いきみ始めてから3回。9時52分に娘が頑張って出てきてくれました。腟を広げながら頭を絞り出してもらった感じ。分娩時間は32時間58分と母子健康手帳に記載がありましたが、丸2日苦しんだように思います。 まさか自分が2日間も陣痛に苦しむことになるとは思ってもみなかったので、陣痛促進剤についても調べておらず、何とかなるさ精神でいきみ方や呼吸法などもあまり頭に入れていませんでした。入院日を含めた3日間で助産師さん6人くらいに担当してもらったのですが、無知だったからこそ素直に頼れて、お母さんがたくさんできたみたいな気持ちになりました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:青柳ここな1歳1女の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2019年12月04日私の場合、1人目も2人目も陣痛が始まってから4時間以内のスピード出産でした。「早いとラクでいいね!」と言われますが、2人目以降は臨月になると病院への移動などが間に合わなかったらどうしようといつも不安でした。今回は3人目の出産エピソードをお伝えします。 前駆陣痛から本格的な陣痛へ3人目の出産は夜中の前駆陣痛から始まりました。はじめはいつものおなかの張りかな? と思い、そのまま寝ようとしていました。しかし、何かおなかの張り方がいつもと違う感覚がして気になったので、数分後におなかの張りの間隔をカウントをしてみました。 すると、すでに4〜5分間隔!すぐに病院へ電話して向かいました。病院へ到着したときには本格的な陣痛がきていて、痛みが収まっているタイミングで病院内に入っていきました。 慌ただしい出産助産師さんに迎えられて、車いすで陣痛室へ行くと、すでに子宮口は全開でした。すぐに「分娩室に移動しようか」と言われ、分娩台に上がり、次の陣痛を待ちました。私は横向きが楽なので横向きになるとすぐに破水し、その2秒後にはポーンと一度も止まらずに生まれてきてくれました。 先生や助産師さんもあまりにもスムーズな出産で「すごく早かったね!!」と、とても驚き、慌てていました。 スピード出産にも危険が?無事に出産しましたが、「勢いがよく出てきたから出血が多いね。多めに点滴を打ってゆっくりしようね」と先生に言われ、産後は5時間ほど、分娩室でのんびりと過ごしました。あとから助産師さんに、通常の2倍の量の出血があったと聞き、スピード出産もいいことばかりではないことを実感しました。あのまま陣痛だと気付かずに寝ていたらと思うと怖くなりました。前駆陣痛か陣痛かわからなくて困ったとき、間違っているかもしれないと思うと、電話しにくい場合もありますよね。病院へ着くまでに赤ちゃんが生まれてしまっては大変なので、遠慮せずに医療機関へ電話することをおすすめします。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:新山紗季6歳、4歳、1歳の三児の母。現在は医療機関で働くかたわら、記事執筆をおこなう。不妊治療や妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2019年12月01日2人目出産の際、おなかの中の赤ちゃんが妊娠38週で逆子になってしまいました。急きょ帝王切開になるかと思いきや、手術予定日当日の朝、奇跡的に赤ちゃんが頭位に戻ってくれたおかげで、最終的に自然分娩で出産することができました。出産を目前に控えた臨月のわずか1週間のうちに、逆子判明と逆子解消の両方を体験した、私の奇跡的な出産体験談をお伝えします。 妊娠38週で、まさかの逆子!妊娠38週に入り経過も順調だったので、あとはもう元気な赤ちゃんに会えるのを楽しみに待つばかりでした。しかし、妊婦健診に訪れた病院で先生から思いもよらない一言を聞かされます。 「あれ? 頭が下にないな。逆子になっちゃってるね」 驚くことに、出産予定日まであと10日と差し迫っているタイミングにもかかわらず、逆子になってしまったのです。自然分娩予定が急きょ、3日後に予定帝王切開手術を受けることになり、大慌てで心電図やレントゲン、血液検査を受けました。 逆子体操NG逆子と診断を受けてすぐ、逆子体操をすべきかどうかも先生に伺いましたが、私の場合はすすめられませんでした。臨月に入ってから逆子体操をすることでお産が進みやすくなる傾向にあるそうです。 そして逆子のままお産を迎えてしまうと緊急帝王切開になり、普通の帝王切開手術よりもさらにリスクが上がってしまうので、逆子体操はせず、できるだけ安静にしているように説明を受けました。 前日はまだ逆子私の出産した病院では、予定帝王切開の場合は手術する日の前日に入院します。感染症予防のために助産師さんに毛を剃ってもらったり、母体と赤ちゃんの健康状態を確認したり、前日の夜から飲食を中止したり、夫と一緒に手術について最終的な説明を受けて同意書を記入したりしました。この日のエコー検査では、残念ながら赤ちゃんはまだ逆子のまま。それでも先生から手術当日の朝も確認して、もしそのときに頭が下に戻っていたら、自然分娩にまた切り替えると説明を受けていたので、祈るような気持ちで一晩を過ごしました。 当日の朝、奇跡が!帝王切開を受ける当日の朝、目が覚めるとそれまで恥骨のあたりで感じていた胎動が肋骨のあたりで感じられたことをはっきりと覚えています。これはもしかして……と期待を胸に診察を受けると、本当に赤ちゃんの頭が下にあり、逆子が直っていました。 通常は、逆子が戻ると陣痛を待って出産するために一時的に帰宅するそうですが、私の場合はまた逆子になるリスクがあったので、そのまま陣痛促進剤を使用して出産することに。先生から陣痛中もまた回ってしまうこともあると言われていたので、陣痛の痛みを耐えた上でさらにおなかを切られるなんて⋯⋯! とハラハラドキドキ。幸い陣痛中はもう一度逆子に戻ることなく、どうにか自然分娩で出産することができました。 「臨月でこんなにぐるぐる回る子は滅多にいない」と、病院の先生と助産師さんにも驚かれた私の赤ちゃん。ようやく赤ちゃんに会えたときは、生まれてきてくれた感動はもちろんですが、自然分娩で無事産めて本当にホッとした思いでした。今回の出産を通じて、逆子から頭位に自分で戻ってくれた赤ちゃんにも、直前まで戻ることを諦めずに待ってくださった病院の先生と助産師さんにも、心から感謝しています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:山本加奈子5歳女児と0歳男児の2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2019年11月30日出産のときは全身の力を振り絞っていきみます。そのときに「一緒にうんちが出てしまったりしないのだろうか?」と私は出産前にとても心配になりました。夫の立ち会い出産を希望していたので、なおのこと不安でした。仕方のないことかもしれないけど、やっぱり恥ずかしかったからです。ここではそんな私の出産体験談をお話ししたいと思います。 陣痛はおなかを下した痛みに似ていた私は妊娠40週2日の夜中に陣痛が来ました。それは腸が収縮するような感じの痛みで、おなかを下したかな? と思って何度かトイレに行きました。けれども何も出ず、定期的に下腹が痛むのでようやく陣痛だと気がついたのです。陣痛の痛みはおなかを下したときの痛みに似ていると思いました。そして、これでは分娩室に入ったときに本当に便意があったとしても、その感覚がどちらかよくわからないだろうな、と感じたのを覚えています。 入院してすぐに浣腸をしたかかりつけの病院では、産前の処置として浣腸することが決まっていたため、私も入院してまずその処置をしてもらいました。これなら出産時に排便してしまわないだろうと安心したのもつかの間、浣腸後にも便意をもよおし、我慢することが本当に苦痛でした。そして約15分くらい、陣痛の波と腸がぎゅるぎゅると動く痛みで脂汗が止まらなくなりました。トイレに行こうとしても、痛みでなかなか進めず、すぐそこにあるトイレがとても遠く感じました。 出産時にうんちがでることはよくあることところが私は出産までに時間がかかってしまい、気づけば浣腸をした日から2日が経っていました。助産師さんに不安に思っていることを話すと、「出産時にうんちが出てしまうことはよくあることだから、心配しないで。気づかないくらいにさっと処理します」と言ってくれました。その後、出産時にうんちは出ませんでしたが、もし出ても陣痛の痛みや子どもが生まれた喜びや興奮で、まったく気にならなかったかもしれないな、と思ったのを覚えています。 助産師さんからは「よくあること!」と言われましたが、それでもかなり抵抗がありました。浣腸は大変でしたが、出産前にしたことで私はかなり安心できました。また、もし出てしまってもスムーズに対処してもらえるということを事前に教えてもらったことも、安心につながったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:山下 ひいこ一児の母。看護師・鍼灸師の資格を持ち、逆子治療やマタニティケアなどを行っている。自身の経験を生かし、不妊や妊娠・育児に関する体験談を中心に執筆活動を行う。
2019年11月30日結婚後すぐ、義理の実家に完全同居で生活していた私。何かにつけて義母は「ラクできていいわね〜」と言うばかり。産後すぐに私の顔を見るなり、「ラクでよかったわね」と言われ、怒りがこみ上げてきた私の体験談です。 ラクでいい? 同居嫁はラクじゃない!結婚してすぐに妊娠。それから夫の実家に同居していました。夫、義母、義祖母、私の4人での生活。快く受け入れていただき感謝していましたが、高頻度な親戚の出入りや、義母の姉夫婦が突然泊りにきたり、とにかく落ち着くことのない慌ただしい毎日。急に食事を作る量が増えたり、夜にお酒を飲み騒いだり、私の生活リズムやプライバシーはあってないようなものでした。 義妹は遠方で夫婦と子どもだけで生活していたので、何かと私と義妹を比較して「同居はいいわね〜手伝ってくれる人がたくさんいて」と高らかに笑うんです。全然ラクじゃないですよ! と言えるわけもなく、モヤモヤはどんどん増えていきました。 「ラクでいいね」はどんどん増える!おなかが大きくなるにつれ、思うように動かせなくなっていく体。お風呂掃除は義祖母が、トイレ掃除は義母が、と分担してやってくれました。実際代わりにやってもらえるのはとても助かりましたが、義母はまた私がラクをしていると言うんです。 身体的負担は減りましたが、「家事やらなくていいなんてラクね〜」と日々聞かされ、どんどんモヤモヤが増えていくばかり。夫に相談してみましたが、「俺に言う?」となかなか取り合ってもらえず、心苦しさと寂しさで、今にも潰れそうになっていました。 産後すぐにも「ラクでよかったね〜」妊娠37週目、陣痛が来ていることに気づかず過ごしていた私は、破水が起こるまで自宅にいました。夜中に破水してそのまま入院、病院到着から3時間で出産。産後すぐ会いに来てくれた義母は、到着から3時間で生まれたと聞くと、すかさず義妹と比較して「ラクに産めてよかったね〜」と、また私がラクをしたと言い始めたんです。 疲労困憊な私を目の前にして、「ラクをした」と言われるのはなんだか許せませんでした。義母も出産を経験しているのに、どうしてそんなことを言うんだ! と怒りがこみ上げ、なんとも言えない感情になってしまったんです。産後の里帰り中も、義理実家へ戻った後もモヤモヤはおさまらず、義母との関係は一方的にギクシャクしていきました。 私の義母との付き合い方義理の実家へ戻ってからは、生活に支障のない程度に避けるようになりました。義母を見るとまた「ラクできて〜」と言われる気がして、顔すら見たくない状態に。しかし、同じ家で生活している以上、リビングでは会うことになります。それまでできていたなにげない会話もできなくなっていきました。見かねた夫がフォローしてくれていましたが、正直気休めにしかなりません。 義母にやめてほしいことはたくさんありましたが、1つだけ「ラクできていいね」と言うのだけやめてほしいと夫から伝えてもらい、「ラクできて〜」を減らすことに成功。それでも時々言われましたが、言われたときはサッと自室に逃げると決めて、少し義母と距離を置く生活へ変えていきました。 義母や義祖母が、私の至らないところを快く補ってくれていたのは事実です。調べたり教わったりしながら日々奮闘していましたが、完璧主義な義母には敵いませんでした。力不足でイラっとさせてたのかもしれません。 確かに同居嫁は、夫婦だけで生活している家庭に比べるとラクに見えるかもしれません。でも、何かにつけて義妹と比較され、出産すら「ラクしている」と言われるのはやっぱりつらかったです。 本当はラクじゃないんだ! とあのとき言うことができていたら、義母との関係が良くなっていたのかな、とも思います。義母の性格、自分の性格に合ったおつきあいの距離が大切なんだと感じました。 著者:島崎あゆみ二男一女、3人の子どもを抱えるシングルマザー。自身の妊娠・出産・育児の経験をもとにライターとして活動中。
2019年11月23日育児に遅れと混乱が生じてる !!
ムスメちゃんとオコメちゃん
ドイツDE親バカ絵日記