左手の薬指につけていても、こんなガラスの指輪、誰も結婚指輪だなんて思わないだろう。だから、ぴったりなのが左手の薬指でもかまわない。
海辺に沈む夕陽にガラスの指輪をかざし、光を楽しみながら、愛美は、小さな自由を勝ち取ったような誇らしい気分でいた。自分だけの、自分のための勲章を見つけたような気がしていた。
「結婚してるの?」
そう訊かれたのは、帰国して二ヶ月が経った頃だった。愛美の会社が扱っているタイルを使ってくれている、内装業者の太一とは、仕事上では数年の付き合いだった。仕事以外の場所で会ったこともなければ、プライベートな会話もほとんどしたことがなかったので、愛美は不意を突かれ、一瞬言葉に詰まった。
「あ、彼氏からのプレゼント?」
からかうような口調だが、太一の口元は笑っていない。
つられて愛美も、堅い口調になった。
「違います。一点もので、この指にしか合わなくて」
「へぇ……。でも、そういうの自分で買う? 誰かに買ってもらったんでしょ?」
「自分で買ったんですよ」
思わず、怒ったような声になった。
太一は、「いい男」だった。愛美がそう思っていた、というわけではなく、周りの評価がそうなのだった。