母はその様子にすぐに気づき、はっとして「これは、会社には着ていけないよ」と言った。理由は「あまりにも派手」であるし「こういうのは、ドラマで観月ありさが着るようなデザインよ」ということだった。たしかに、どの作品かはわからないけれど、ドラマの観月ありさはいつも派手である。
「東京は、このくらいが普通かも」
「きっと違うけど、試着してごらん。鏡で見たらええんよ」
店員さんに断りを入れて、わたしはそのパリッとハリのあるコートの袖に腕を通し、近くにある姿見を母と一緒に覗き込む。
「……よう似合うてるわ」
ひどい自惚れとひどい親バカだったのかもしれないけれど。
ともかく、わたしの派手な顔立ちとショッキングな色合いのロングコートは、なんだかずいぶんと相性がよかった。
忘れもしない、値段は2万9000円だ。
その頃、わたしたちはとても貧しかった。上京するための引越し資金を、アルバイトを掛け持ちしながら必死で貯めていた。それなのに、
「1万円だけ出してあげる」
と母は言う。
「ううん……やっぱりやめとく」
ハンガーにコートを戻して、そのまま店を離れかけたが、やっぱり吸い込まれるようにそこへ戻り、そのコートを連れ帰ってしまった。