おばあちゃんは89歳の靴磨き職人 5人の子供を育て上げた半生
やがて3人の子供が生まれ、そこに義母も同居して、8人の大家族となった。
「主人は経理の仕事をしていましたが、足が不自由なうえに糖尿病で、十分に働けなかった。家族を食べさせるため、自然に私が働くことになりました。義父や、行商で知り合ったお巡りさんから靴磨きをすすめられたのは、そんなときでした」
しかし、すぐにこんな不安も頭をもたげるのだった。
「えっ、女の私が靴磨き……それが正直な気持ち。やっぱり最初に頭をよぎったのは、恥ずかしいという思いでした。主人に、『なんで私が』と、つい責めるようなことも言いました。でも、体の不自由な主人は、聞くしかないんですね。
その悲しげな姿を見て、『よし、私が働こう』と思い直すんです。その繰り返しで、今日まできました」
中村さんが新橋で靴磨きを始めたのは、まもなく40歳になる春だった。しかし、10年後、夫の薫さんが肺がん亡くなってしまう。
「もともと経理をしていたから、安心して家計も任せていたけど、死んで残ったのは貯金どころか借金だった。やっぱり、男の人はやり繰りは苦手なんだね」
苦笑する中村さんだが、育ち盛りの子供を5人も抱え、早朝から深夜まで働いたこのころが、心身も家計もいちばんきつかったという。