フリーアナウンサー・小林麻央さん(享年34)の訃報を受け、演出家の宮本亜門氏(59)が23日、FAXで追悼コメントを寄せた。宮本は、麻央さんの夫で歌舞伎俳優・市川海老蔵の自主公演『ABKAI(えびかい)』の演出(2013年8月・2015年6月)を手掛けた。麻央さんとはその時に会ったという。「麻央さんは怒涛の最終舞台稽古の時も、最後列の一番端の席に座り、まるで観音様のような温かい眼差しで、海老蔵さんや皆を見守っていました」と在りし日の姿を回顧。「余りに優しい穏やかなに満ちて、それはそれは全てが美しい方でした。どうぞ安らかに。これからもご家族を見守ってあげてください」と願い、「海老蔵さんとともに、良い作品を精一杯作らせていただきます」と誓った。
2017年06月23日タレントの薬丸裕英が23日、自身のブログを更新。乳がん闘病中だったフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日に34歳で死去したことを受けて、コメントを発表した。薬丸は「麻央さん どうぞ安らかに。」というタイトルで更新。「小林麻央さんのご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。あまりにも早すぎる…辛く… 悲しいです… 」と早すぎる死を悼んだ。また、23日に行われた夫で歌舞伎俳優・市川海老蔵の会見を見て、「麻央さんが海老蔵さんに最後に伝えた言葉が 『愛してる』 最後の最後まで素敵な女性でした。そして、海老蔵さんの夫、父親としてご家族を支えながらの役者魂と強靭な意志に心打たれました」と感銘を受けたという。さらに、「小林麻耶さんの姉妹愛と献身的なサポートにも強い感銘を受けました」とフジテレビ系『バイキング』で共演している麻央さんの姉でフリーアナウンサーの小林麻耶についても記し、「心よりご冥福をお祈りします」と締めくくった。
2017年06月23日歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が23日、都内で会見し、乳がん闘病中だった妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日に自宅で死去したことを報告。麻央さんから教わったものは「愛」であり、「今後も教わり続ける」と話した。34歳だった。涙ながらに麻央さんの死を報告し、「『愛している』と言ってそのまま旅立ちました」と最期の言葉を明かした海老蔵。闘病生活を振り返り、「笑顔と勇気と愛情、決してブレない自分、そして、どんな状況でも相手のことを思う気持ち…愛ですよね。そういう力が最後までブレず、一昨日まで笑顔で話していて。昨日はちょっと調子が悪かったので」と麻央さんの"愛"について語った。そして、麻央さんの存在を「とにかく私を、どんな部分も、どこまでも愛してくれていた存在」と表現。「できればずっと一緒にいて、私の方が先に逝って、彼女にはもっと幸せに、もっと楽しく、家族やお友達といて、そして私が役者として成長する家庭をずっと見守ってもらいたかった存在です」と無念さをにじませた。また、「自分が治ったら、ああしたいこうしたい、多くの人の救いになれる存在になりたいと、一生懸命闘病しました。それでブログも始めました」と麻央の思いを伝え、「ブログを始めて同じ病の人たちや苦しんでいる方々と苦しみや喜びを分かち合う姿は、人ではないというか…すごい人だなと」としみじみ。「とにかく総合的に教わったこと、今後も教わり続けることは、"愛"なんだと思います」と話した。さらに、心に残っている言葉を聞かれると「お姉さんの麻耶さんが調子悪くなったとき、私が舞台で疲れたときも、彼女はもっと重い病にかかっていて麻央の方が大変なのに、自分よりも相手のことを心配する優しさ。言葉ということではなくて、どこまでも自分よりも相手のことを思う気持ち…これは一番大きかったですね」と海老蔵。「僕を変えた奥さんなんじゃないですかね」と、大きすぎる麻央さんの存在について語った。
2017年06月23日乳がんで闘病中だったフリーアナウンサーで、歌舞伎役者・市川海老蔵の妻の小林麻央さんが亡くなったことを受け6月23日(金)、麻央さんと「NEWS ZERO」(日本テレビ)で共演していた櫻井翔が報道陣の取材に応じた。突然の訃報に櫻井さんは「悔しいです…」と涙を見せた。スーツ姿で報道陣の前に姿を見せた櫻井さんはうつむき、肩を震わせながら「ただただ、残念な気持ちです」と語った。「小林麻央さんとは『NEWS ZERO』の初回からおよそ3年半、ご一緒しました。出演者もスタッフも“ZEROファミリー”というくらい温かい番組で…」とまさに”家族”のような思いで共に番組に携わってきたとふり返る。麻央さんの闘病中には、番組のスタッフ、出演者一同で「手書きのメッセージを送った」という。「少しでも良くなるようにと願っていたところだったのですが…」と語ったが、願いはかなわず、「悔しいですね…」と声を絞り出すようにやるせない思いを口にした。(text:cinemacafe.net)
2017年06月23日乳がん闘病中だったフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日、死去した。34歳だった。夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が23日、都内で会見を開き、「昨日夜に妻・麻央が旅立ちました」と最愛の妻の死を涙ながらに報告し、「『愛してる』と言ってそのまま旅立ちました」と最期の言葉を明かした。昨年6月9日に海老蔵が会見を開き、1年8カ月にわたって進行性の乳がんで闘病していることを公表。同年9月1日に、麻央さんは新ブログ「KOKORO.」を立ち上げ、「力強く人生を歩んだ女性でありたいから子供たちにとって強い母でありたいからブログという手段で陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました」とブログ開設を決意した思いを告白した。その後、がんが見つかるまでの経緯や、闘病生活や病状、日々の出来事などをブログを通じて発信し、多くの人に勇気や感動を与えてきた麻央さん。入退院を繰り返して治療を受け、今年1月に放射線治療を終えて退院したが、4月に再入院し、5月29日に退院して在宅医療に切り替えた。ブログは6月20日を最後に更新が途絶え、ファンから心配の声があがっていた。麻央さんは上智大学中に芸能活動をスタートさせ、その後、ニュース番組『NEWS ZERO』のサブキャスターなどとして活躍。2010年3月3日には海老蔵さんと結婚し、翌11年に長女の麗禾ちゃん、13年に長男の勸玄くんを出産した。
2017年06月23日乳がん闘病中だったフリーアナウンサー・小林麻央さんが亡くなったことが23日、報じられた。34歳だった。夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)は、この日も舞台に出演。ブログで近況を発信している。海老蔵は今朝、「人生で一番泣いた日です」と告白したが、その後、「いつもと変わらぬ」と題して更新。「楽屋、どんな事があろうと、舞台。役者になるとはそういう事なのかもしれません」と、この日行われる「第四回 自主公演 ABKAI 2017~石川五右衛門 外伝~」についてつづった。さらに、「今日も二回公演」と題したブログでは、舞台の化粧をした自身の写真をアップし、「いってきます」とコメント。続く「みんなで、がんばってます」と題したブログでは、準備している共演者たちの写真をアップし、「みんなでがんばってます」と記した。
2017年06月23日23日、歌舞伎俳優、市川海老蔵(39)の妻で、フリーアナウンサーの小林麻央さん(34)が、22日夜、都内の自宅で死去したとスポーツ紙が報じた。小林麻央さんは14年10月、乳がんの告知を受けて闘病中で、21日容態が急変したという。 海老蔵はこの日朝、ブログを更新し、朝6時から普段と変わらない様子をブログで投稿。しかし、本日4度目の更新となる「2017/06/23」と題した投稿には、「人生で一番ないた日です。」とつづり「マスコミの方々もお察してください」などと呼びかけていた。現在、多くのアクセスのせいか海老蔵のブログは表示されない状態となっている。 SNSやYahoo!検索ワードには小林麻央さん、麻央ちゃんが1、2位を占め「嘘でしょ…信じられない」「若すぎる…ショックだ」「闘病生活お疲れ様でした」「「本当に本当に素敵な方でした。ご冥福をお祈りします。」など悲しみの声が広がっている。 また、海老蔵は23日午後2時30分より、公演先の東京・渋谷シアターコクーンで会見を行う予定だという。
2017年06月23日歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が23日、自身のブログを更新し、「人生で一番泣いた日です」と打ち明けた。また、同日14時30分から都内で会見を行うことも明らかになった。妻の小林麻央が乳がん闘病中の海老蔵は、今朝、「2017/06/23」というタイトルでブログを更新し、「人生で一番泣いた日です」と告白。「マスコミの方々もお察しください。改めてご報告させていただきますので、近隣の方々のご迷惑になるのでひとまずおかえりくださいませ、宜しくお願い致します」とつづった。その後、「なるべく」と題して更新されたブログでは、植物に水をあげている写真を添えて、「虹、なるべくいつも通りに過ごします」と記している。
2017年06月23日乳がん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央(34)の夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が22日、ブログを更新。麻央の在宅治療を「日々の戦い」と記した。 海老蔵は「まおは日々戦っています。支える側の家族も懸命に戦い日常を何事もないかのように過ごしながら家の中でひたすら戦っています」と家族一丸となって病と向き合っていることをつづった。 「必ず光明がさすとひらすら信じて支える」と続け、「もう何年たったのか、日々の戦い、病とは恐ろしいものです」と心情を吐露。「よくなってほしい、、ただそれだけ」と願いを込めた。 読者たちからは「毎日祈ってます」「キセキを必ず起こしましょう!」と応援のメッセージが寄せられ、海老蔵も『多くの祈りをありがとうございます』というタイトルで改めてブログを更新。 読者に向けて「本当に嬉しいですし、ありがたいです」と感謝を述べ「わたしたわたしとしておこたらず稽古。こういう時だからこそ、より厳しく、より深く己に喝を私が役者として良くなる事を誰よりもまおがよろこぶから、私はやる」と決意を記した。
2017年06月22日歌舞伎俳優の市川海老蔵が21日、自身のブログを更新し、元SMAPの稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾が9月8日をもってジャニーズ事務所を退所することについて、「よくわからない」と率直な思いを記した。海老蔵は「朝飯」というタイトルでブログを更新。朝食の写真などを掲載した後、「最近きになる事が」と切り出し、「なぜ? SMAPさん 香取さんと稲垣さんと草なぎさんだけでるのだろ、中居さんは…よくわからない、とふとおもう」と心境をつづった。海老蔵はSMAP解散が発表された昨年8月14日にもブログで、「え?SMAP解散?」「寝ぼけてるのか?私、SMAP解散なの?嘘だ…」「なんか本当なの?SMAP解散どうやら本当の事ようだ…」などと反応。「深刻な事情が沢山あるのでしょう、あるのでしょうが、解散してほしくなかった、私別にファンとかではないけど笑再結成するように応援しなくちゃと思った朝でした」と打ち明けていた。
2017年06月21日歌舞伎俳優の市川海老蔵が16日、自身のブログを更新し、乳がん闘病中の妻・小林麻央への思いをつづった。海老蔵は、「タオルの下にまおの足」と麻央の足が写り込んだ写真を公開し、「今日は家に私いまーす。出かけたとしても公園かな」とコメント。そして、「一緒に過ごす事がこんなにも幸せと思える人と会えてよかった」と麻央との出会いに感謝し、「私はまおの存在でなにか変わったのかもしれませんね」と自身の変化について言及した。この投稿に、「夫婦愛素敵です!」「運命の人に巡り会えたのですね」「素敵なご夫婦お互いに労わりあうことの大切さを学ばせていただいたいます」「二人の夫婦の形、永遠のリスペクトです」「必然の出会いですよ」「素敵な言葉すぎて泣けました」などを感動の声が寄せられている。
2017年06月17日歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が16日、ブログを更新。妻で乳がん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央(34)の存在の大きさを改めて実感したことを明かした。 海老蔵は「タオルの下にまおの足」と足元の写真を投稿。現在、麻央は在宅治療中とあって「今日は家に私いまーす。出かけたとしても公園かな」と忙しいスケジュールの合間をぬって、自宅で妻を支えている様子。 さらには「一緒に過ごす事がこんなにも幸せと思える人と会えてよかった」と麻央との出会いに感謝し「私はまおの存在でなにか変わったのかもしれませんね」と心境をつづった。 ファンたちも「海老蔵さん変わりましたよ!」「優しい表情になったと思います」と結婚後の海老蔵に変化を感じている様子。また「麻央さんを想う本物の愛に涙が溢れました」「運命の女神さまですね」と感動のコメントが寄せられている。
2017年06月16日《1日1日の心と記録をここに残す気持ちで書いています》 6月9日、小林麻央(34)はブログにこう綴った。夫の市川海老蔵(39)が緊急会見を開き、麻央が乳がんであることを明かしてから1年。2人は薄氷を踏むような日々を過ごしてきた。市川家に親しい知人は麻央の病状をこう明かす。 「5月29日に退院なさって自宅で家族に見守られながら闘病生活を続けています。顎への転移で、今は口を動かすと痛みがある状態なので、会話もiPadを使った“筆談”でするときがあるそうです。子どもたちに話しかけられても直接言葉で返せないのが辛いようです」 麻央の母親や、姉の小林麻耶(37)らが交代で付きっきりの看護を続けている。海老蔵もまた成田屋宗家として忙しい日々を過ごすいっぽうで、家では看護に力を注いでいる。 「毎日出かける前に、麻央さんの様子をテレビ電話で医師に診察してもらうことが日課となっています。麻央さんは酸素チューブを使っているので、機器の使い方とかも勉強しています。海老蔵さんは『よくなるよとか、ガンバレとかいう言葉を軽々しく使えないのが辛い』と漏らしていました」(前出・知人) 6月9日~6月25日まで海老蔵は自主公演『ABKAI2017石川五右衛門外伝』に出演しているが、そこに長男の勸玄くん(4)と麗禾ちゃん(5)が出演する。さらに7月3日から東京・歌舞伎座で始まる『七月大歌舞伎』で、勸玄くんは史上最年少で“宙乗り”に挑戦する。その決定の裏には、子供たちの母への愛があったと語るのは梨園関係者だ。 「松竹から勸玄くんを『七月大歌舞伎』に出さないかと提案があったそうです。当初、麻央さんは勸玄くんの出演に反対していました。少しでも一緒にいたいと思いもあったのだと思います。でも強硬に『出る!』と言い張ったのは、勸玄くん自身。あまりに懇願するから、麻央さんが折れたそうです」 公演中の7月21日に、麻央は35歳の誕生日を迎える。 「去年の誕生日は入院していて、お見舞いすらかないませんでした。だから、今年こそはみんなでお祝いしたいと、勸玄くんは麻央さんの誕生日をたいへん楽しみにしているんです。宙乗りは麻央さんへのエールの意味があるのでしょう。それに応えるように、麻央さんの当面の目標は『勸玄くんの宙乗りを観に行くこと』になりました」(前出・梨園関係者) 勸玄くんの決断はさらに思わぬ事態をもたらした。弟に触発されて麗禾ちゃんも舞台に立ちたいと言い出したのだ。 「自分もママにいいところを見せたいと思ったのでしょう。でも、『七月大歌舞伎』で上演される演目は歌舞伎界のしきたりで女の子は出られない。じゃあ今月から始まる『ABKAI』に出そうという話になりました。すると、勸玄くんがこっちにも出たいと言い出した(笑)。結局ふたりで出ることになったそうです」(前出・知人) 「ママにいい所を見せたい!」 そんな微笑ましい“意地の張り合い”に麻央は力づけられたに違いない。
2017年06月15日「"無限"とは"時間"や"時空"ではなく、"想い"なのだと感じています。限りの無い"想い"。それは"永遠"と呼んでもいいものだと思います」俳優・木村拓哉にとって『武士の一分』(06年)以来、約10年ぶりの時代劇主演となる映画『無限の住人』。沙村広明氏の人気漫画が初の実写化、さらに木村と三池崇史監督の初タッグということもあり、メディアは大々的に取り上げた。SMAP解散騒動で日本中に激震が走った2016年1月、木村は不死身の侍・万次をようやく演じ終える。2015年10月5日、映画化が発表されたあの日から、どれだけの人がこの作品を話題にしてきたのだろうか。冒頭にあるのは、「無限とは?」に対する木村の答えだ。公開初日を迎えた2017年4月29日、舞台あいさつの壇上で「客席の皆さまのものになりました」と引き締まった表情で呼びかけた木村。今回の連載は「∞」になぞらえ、8名のスタッフの証言をもとに、『無限の住人』が「皆さまのもの」になるまでの「無限の想い」をまとめた取材記録である。8人目は、木村の起用ありきだったと語る三池崇史監督。最終回となる連載第20回は、過酷な現場を共にしたからこそ語れる「俳優・木村拓哉」について。その"無限の想い"をここに書き留め、「8人の証言者」最後の言葉とする。○役と運命的に出会う「特別な存在」――万次と同じ不死身の剣士・閑馬永空(市川海老蔵)との"死闘"が印象的でした。それぞれが抱えるものが交錯して、引き込まれてしまいました。あのシーンを撮っている時、SMAPの解散報道はあったはずですが、麻央さんのご病気については発表されてない時期だったと思います。それを知った上であの芝居をあらためて見ると……役者というものは、役と出会い、演じるタイミングがあるんですよね。今しか出せない気配というか、においというか。海老蔵は、それを残す運命を持っている人間なんだなと思いました。特別な存在ですね。――――技術的なことだけでなく、どのような人生を歩んでいるかも、演じる上では大切ということなんですね。そうですね。木村拓哉もそうですが、市川海老蔵もすごいですよ。歌舞伎の表現を広げようとし、もっと研ぎ澄まそうとしている。常に戦ってますよね。僕を歌舞伎に引っ張り出すんですよ? 今まで2本、歌舞伎をやりました。「えっ? 俺が歌舞伎の演出をやるの?」と耳を疑いましたよ(笑)。古典と同じで、彼は成田屋として引き継ぐものを引き継ぎながら、伝統を守っていくだけが仕事だけじゃないと考えている。伝統は伝統で次に伝えていく。それをやりながら何を生み出していくか。彼の「欲のない貪欲さ」は、すごくピュア。歌舞伎はもっとすごくなる、すごくできるんだと。だから、あの人は会うたびに成長しているんです。○「行けるところまで行きたい」の役者魂――同じようなことが木村さんにも言えると。木村拓哉は媚びない男です。そして、エッジが利いている人間でもある。技師や若いやつとの方と積極的にコミュニケーション取りますからね。そういえば、出来上がりを一緒に観たカメラマンの北(信康)さんも驚いてましたね。身体能力と反応がハンパないと。捉え方にも感心していました。彼は、「スタッフがいないと何も始まらない」ということを知っている。自分たちだけでは何も表現できない。とはいえ、「みなさん一緒にがんばりましょう」とは言わない人。無理やりその場を盛り上げようともしない。「みなさん真剣にやってるかもしれないですけど、俺の方が10倍真剣でガチでやってますよ」という背中を見せるだけ。テストからグワーっと暴れまくり。そして、どんなに長いセリフだろうが、抜けることはまずありません。独眼でやっているわけですからね。朝から晩まで、飯を食う時だって片目は見えないわけですから。普通だったら、ストレスでダメになりますよ。でも、彼は「これが万次だから」と。草履をはいたまま、全部の立ち回りをやる。靴を履いて足を守った方がいいに決まっています。ケガをしたら、翌日の撮影にも影響が出るんですよ? でも、「万次は靴を履いてないから」と。まるでね、子どもみたいなんですよ。楽したり、安全な方法は知恵を絞れば、いくらでもできるはず。むしろ、靴の方が動きやすくて良い画になるのかもしれない。でも、本人の中では「行けるところまで行きたい」と。最後までこのまま。普通では、ありえないですよ。草履でやり通した役者、日本映画初だと思いますよ。周りには石がゴロゴロ、足はズタズタ。爪だって踏まれれば割れる。そんな環境、気合だけじゃ乗り切れないですよ。もともとサーフィンやっているおかげか、自然との付き合い方、身の置き方を知っている。そこで自分に甘やかすと、「自然の中の万次」ではなく、「社会の中の木村拓哉」になっちゃうんですよね。周りがチヤホヤしようが、サーフィンの海は手加減ナシ。そして、ずっと波と一緒に。自然と一体化することは、彼にとって必要なことでもあったんでしょうね。■プロフィール三池崇史(みいけ・たかし)1960年8月24日生まれ。大阪府八尾市出身。『十三人の刺客』(10年)がヴェネチア国際映画祭、『一命』(11年)と『藁の楯 わらのたて』(13年)がカンヌ国際映画祭に出品されるなど、海外でも高く評価されている。主な作品は、『オーディション』(00年)、『殺し屋1』(01年)、『クローズZERO』シリーズ(07・09年)、『悪の教典』(12年)、『土竜の唄』シリーズ(14・16年)など。公開待機作品に、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない第一章』(17年8月4日公開)、『ラプラスの魔女』(18年)がある。(C)沙村広明/講談社 (C)2017映画「無限の住人」製作委員会
2017年06月14日歌舞伎俳優の市川海老蔵が12日、自身のブログを更新し、乳がん闘病中の妻・小林麻央の病と戦う姿に"生きる力"を感じるとつづった。海老蔵は「今日はまおと病院へいってました」と一緒に病院に行ったことを報告。「日々戦っている妻本当に言葉ではあらわせない、強さというか信念というか、愛なのか、そういう生きる力を感じます」と病と戦う妻をたたえた。海老蔵は7日に行われた「第36回ベスト・ファーザー イエローリボン賞」の授賞式後の囲み取材で、「私は支える側。最大限のバックアップをやっていくことが、彼女にとって一番の回復への近道」と自身の役割を語り、「在宅はなかなか大変。いざ何かあった時に…さまざまなことを準備するのが家族の責任なので、緊張感があります」と在宅医療の大変さも告白。また、8日に生出演したNHK朝の情報番組『あさイチ』では、「基本的に愛してるんでしょうね」「魂のところで惹かれるものがたぶんあって、すごい顔して寝ていようが、どんな形になっていようが、かわいらしいなって日々思うので、これ不思議ですね」と麻央への愛を語り、ネット上で感動の声があがっていた。
2017年06月12日乳がん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央が9日、自身のブログを更新。1年前のがん公表を振り返るとともに、ブログへの思いを明かした。1年前のこの日、夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵が、麻央が進行性のがんを患っていると報じられたことを受けて記者会見を開き、乳がんであることを公表。麻央は「6月9日。1年前の今日は、私の病気が、突然、公になり、困惑、不安、湧き出てしまう残念な気持ちに包まれていました。そんな中、主人が会見をしてくれて、家族皆の気持ちが落ち着いていったのを今でも思い出します」と振り返った。また、「人生は不思議なもので、何かの大きな力によって、不意に、舵をとられることで、それが望んでいなかったことでも、結果的に、新しい道を開けることがあるということを学びました」と麻央。「私は、舵をとられて、その後隠れて隠れて真っ暗になったので、新しく舵を 取り返しました。それが、ブログでした。今の私の道を作ってくれたブログです」と、昨年9月1日に開設したブログについて記した。そして、「この舵取り事件(笑)は、私の人生において、大きな出来事です」と振り返り、「皆さまとつながり、本当に励まされていました。いつも。ありがとうございます」と感謝。「私も、、、陰ながら、皆さまのコメントを拝読し、祈ったり、応援したり、共感したりさせて頂いてきました。届いていますか??」と呼びかけ、「更新できない日もありますが、1日1日の心と記録をここに残す気持ちで書いています。これからもどうぞよろしくお願い致します」とつづった。
2017年06月10日乳がん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央(34)が9日、ブログを更新。1年前のこの日、報道を受け夫の市川海老蔵(39)が記者会見を開いたことに触れ、「家族皆の気持ちが落ち着いていったのを今でも思い出します」と当時を振り返った。 『6月9日。』というタイトルで更新された記事で、「1年前の今日は、私の病気が、突然、公になり、困惑、不安、湧き出してしまう残念な気持ちに包まれていました」と一部朝刊で乳がんが報じられた当時の心境をつづり、「でも、人生は不思議なもので、何かの大きな力によって、不意に、舵をとられることで、それが望んでいなかったことでも、結果的に、新しい道を開けることがあるということを学びました」とこれまでの日々を振り返った。 意図せず報道されたことで、当初は「隠れて隠れて真っ暗になった」という麻央だが、昨年9月1日にブログを開設し、心機一転。一連の出来事について「この舵取り事件(笑)は、私の人生において、大きな出来事です」とコメントした。 「皆さまとつながり、本当に励まされていました。いつも。ありがとうございます。私も、、、陰ながら皆さまのコメントを拝読し、祈ったり、応援したり、共感したり、させて頂きました。届いていますか??」と読者に呼びかけ、「更新できない日もありますが、1日1日の心と記録をここに残す気持ちで書いています。これからもどうぞよろしくお願い致します」と今の心境をつづった。
2017年06月09日歌舞伎俳優の市川海老蔵が9日、東京・渋谷のBunkamura シアターコクーンにて、「第四回自主公演 ABKAI 2017」の公開舞台稽古後に参加。稽古後に取材に応じ、同公演に出演予定の長女の麗禾ちゃんと長男の勸玄くんについて言及した。通行人として出演予定だという2人について、海老蔵は「今日の夜来るかもしれないし、明日の昼来るかもしれないし、まぁ1回くらい来るんじゃないかな」とコメント。「(山田)純大さんと前野(朋哉)さんが立っていて僕が通行するところがあるんです。そこをせがれや娘と通れれば」と話し、「一応浴衣は用意している」と明かした。そして、出演日について「その日にならないとわからない?」と聞かれると、「そんなもんですよね、子供だから」と返し、「お客さんは楽しみですね」と言われると、「来なかったときの落胆ぶりの方が大きいですよね」と笑いを誘った海老蔵。出演の経緯を聞かれると「五右衛門が大好きなんですって。五右衛門見たいって」と説明した。子供たちは公演に向けて特に練習はしていないそうで、「歩くだけなので」と心配していない様子。長男の勸玄くんは東京・歌舞伎座の「七月大歌舞伎」で役を演じることも決定しており、そちらについては「形をつけないといけない」と言い、歌舞伎史上最年少となる宙乗り挑戦に向けて「稽古しています」と明かした。「第四回自主公演 ABKAI 2017」は6月9日~25日、Bunkamura シアターコクーンにて上演。この日の取材には、海老蔵のほか、中村壱太郎、市川右團次、中山優馬、前野朋哉、山田純大も出席した。
2017年06月09日俳優の中山優馬が9日、歌舞伎役者・市川海老蔵の第四回自主公演『ABKAI 2017』公開舞台稽古、及び囲み取材に、海老蔵、中村壱太郎、市川右團次、前野朋哉、山田純大とともに登場した。同公演は、"伝統の継承"と"新時代の歌舞伎の創造"を積極的に取り組んでいる十一代目市川海老蔵が企画・製作を行う自主公演。2013年夏に第一回が行われ、今回が第四回目となり、『石川五右衛門外伝』を上演する。中山は海老蔵演じる五右衛門と敵対する柳生宗矩の息子・柳生十兵衛を演じ、凛々しい立ち姿を見せる。涼やかな目線で客席を駆け回りながら、海老蔵と刀を交えた。対する海老蔵は若々しくも貫禄のある姿で、巨大ねぶたの上から「絶景かな」と名調子。アクロバティックな忍者や、津軽三味線、日本舞踊の専門家を招き、華やかな舞台をつくりあげた。初歌舞伎となった中山は「すごく緊張しました。このゲネプロだけでも、出る前に(心臓が)バクバクバクバクなって、ずっと台詞と殺陣の確認をしてました」と苦笑。白塗りのメイクで登場したが、「海老蔵さんに教えていただきながら」と明かした。レポーターから"洋風なお顔"と評されると、驚きながらも「お化粧させていただくと、より一段と気合いも入るし、緊張もする」と心境を吐露。海老蔵が「洋物の顔だけど関西弁入った」と混ぜっ返すと、「関西なんで、隠しきれない部分が」とおちゃめな笑顔を見せた。見得にも挑戦した中山は「本当に練習したんですけど、やっぱり見るのと全然違って、やるのはすごく筋力もいるので、こんなにきついものなんだなというのは初めて知りました。みなさんに教えていただいています」と感謝を表した。今回は中山、前野、山田と歌舞伎役者ではない俳優が3名出演していたが、海老蔵は「みなさんセンスがいいですよ。中山さんは我々が感じたことを『このようになさったらどうですか』というとすぐできますし」と称賛する。さらに壱太郎が「中山さん、山田さん、前野さんから毎日刺激をもらえる。『歌舞伎ってこうだ』と思い切っていることがたくさんあったけど、そうじゃない、『伝えるってことはこうだ』と」と受けた刺激を語ると、海老蔵は「学者みたいなこと言うね」と感心していた。公演は6月9日~25日、Bunkamuraシアターコクーンで行われる。
2017年06月09日歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が9日、東京・渋谷のBunkamura シアターコクーンで行われた「第四回自主公演 ABKAI 2017」の公開舞台稽古後に取材に応じ、肺腺がんの手術を終えて退院した歌舞伎俳優の中村獅童(44)と連絡をとりあったことを明かした。海老蔵は、獅童について聞かれると、「『お茶しよう』って言ってましたから、だいぶ調子はいいんでしょうね。けっこう早い段階でうまくいったらしく」とホッとした様子。「私もタイミングで連絡して、『よかったね』って話して、『どうなの』って言ったら、『大丈夫だよ』って」とやりとりを説明した。そして、「お茶しに行こう」という約束について、「まだ私もバタバタしていて、彼も病み上がりなので、(公演の)中日くらいにお茶でも行こうかと」と海老蔵。「でも、よかったです。本当に」と続けた。海老蔵は先月18日にブログで、「かなしかった、最初に聞いたとき、自分の事のように」と獅童の病についてつらい思いを吐露。「必ず元気になって共に舞台に立つと友と強く約束しました」とつづっていた。「第四回自主公演 ABKAI 2017」は6月9日~25日、Bunkamura シアターコクーンにて上演。この日の取材には、海老蔵のほか、中村壱太郎、市川右團次、中山優馬、前野朋哉、山田純大も出席した。
2017年06月09日1993年から2012年までの19年間、人生を賭するように一筆一筆を重ねて不死身の侍・万次を描き続けた漫画家・沙村広明氏。10年ぶりの時代劇主演となる俳優・木村拓哉がその万次を憑依させ、『十三人の刺客』『一命』など数々の時代劇を手掛けてきた三池崇史監督によって映画『無限の住人』(公開中)は完成した。原作者として、今、何を思うのか。○「木村拓哉」という強烈な存在その心境を探る上で、鍵となるのは2008年のTVアニメ化。沙村氏にとっては、客観的視点での気づきがある一方で、「若い頃の自分の未熟なところが忠実に再現されることに『あー本当に申し訳ない』と思います(笑)」と自身の反省点が露わになるという不思議な体験をする。2015年10月、映画化発表。今回の実写化に全く不安を感じなかったのは、「木村拓哉」という強烈な存在があったからで、「木村さんが原作を忠実に演じたばかりに、映画を観た人から不満を言われるようなことがなければいいな」という別の心配も。「もし不評なところがあるようでしたら、おそらく私のせいです(笑)」と自嘲しながら、"生みの親"としての責任感をチラリとのぞかせる。実写化にあたっての希望は一切なく、「三池監督にお任せしました」。連載当時、「話せば分かるキャラ」ばかりなのを嫌って誕生させた、残酷非道な剣士・尸良。市原隼人が演じた狂気の果ては、「華々しく散らせたかった」とひそかに思っていた沙村氏の思いを成就させ、閑馬永空(しずま・えいくう/市川海老蔵演じる不死身の剣士)の四肢が斬られる壮絶な最期は、その再現性の高さに目を奪われる。多種多様な武器も「よく再現していただけた」と太鼓判を押す出来映えで、「とにかく木村さんの殺陣はずっと連続でやられていて、劇中で武器を何本も使ってくださっていた」と原作者冥利に尽きるようだ。○万次の誕生秘話「長くやるつもりなかった」不死身でありながら、痛みや傷を負う"不完全体"の万次。そのルーツは漫画家としてデビューする前、原稿を持ち込んでいた頃まで遡る。「後に担当さんになる人に新人賞へ応募する前に持ち込みに行ったんです。その時はベタベタな病院の話だったのですが、人の生死を扱う話で『ベタだな』って言われて。その時に学生時代に描いた漫画があって絵の参考に持っていっただけなんですけど、こういう絵で描きますって言ったら『時代劇で描いてみないか』って返されて。病院で生死を扱った流れがあったので、『じゃあ似たようなテーマで描いてみます』となりました。命のケリのつけ方というか、自分の意志ではどうにもならないところを表現するキャラクターができたのですが、最初のうちはあんまり長くやるつもりはありませんでした。もっと入り組んで重たい話になるとわかってたら、不死身に対して制限をつけていたと思います。木村さんもそうですが『痛い』というシーンは、血にまみれながらでしか表現できない。映画では2時間ですが、19年も続くとやられてまた立ち上がってというのが難しい。今だったら足枷のある不死身にしたと思います」○映画を通して「思い出してほしい」編集者の鋭い一言と苦労の末に『無限の住人』の世界を構築していった沙村氏。あらためて、原作ファンに届けたいメッセージとは。「まず、木村さんがかっこいいです。思ったよりも剣劇シーンがすごく多く、特に男性ファンはこの一本で満足できると思います。三池監督の作品を4作品くらい拝見いたしましたが、こんなに原作に忠実になるとは思わなかったです。非常にありがたく感じています。序盤のモノクロのシーンの、木村さんの万次のギラついた感じがものすごく印象に残っています。片目を塞がせてしまったのが申し訳ないなと思いましたが(笑)。とにかく役者さんの熱量、本気度がすごいです(笑)。基本的に原作よりも重苦しく感じますが、そのアレンジで正解だと思います。『無限の住人』が、根底のところでシビアな復讐譚であったということを思い出してほしい。それから、原作は万次と凜が何度も色々あって弛緩した空気になっていたので、『いかに万次の戦いが苦しそうか』というのも思い出してほしいですね。素晴らしいエンターテイメントにしてくださって、三池監督には非常に感謝しています。三池監督のグロい感じとか、やり過ぎちゃう感じとか、人に伝わんなくてもいいやっていうエグいシーンとか。そういうのをファンとして観るのは好きなんですが、自分の作品でやられるとなるとちょっと想像がつかなかった。そういった意味でも、熱の入ったエンターテイメントにしていただけてうれしかったですね」■プロフィール沙村広明(さむら・ひろあき)1970年生まれ。千葉県出身。1993年、アフタヌーン四季賞に『無限の住人』を投稿し、四季大賞を受賞。19年にわたって連載し、1997年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2000年に米国でウィル・アイズナー漫画業界賞最優秀国際作品賞を受賞。現在は、月刊『アフタヌーン』にて『波よ聞いてくれ』、隔月刊『ネメシス』で『ベアゲルター』を連載している。(C)沙村広明/講談社 (C)2017映画「無限の住人」製作委員会
2017年06月08日歌舞伎俳優の市川海老蔵が7日、自身のブログを更新。「第36回ベスト・ファーザー イエローリボン賞」受賞を妻・小林麻央に報告したことを明かした。"すてきなお父さん"とされる著名人に贈られる同賞の学術・文化部門に選ばれた海老蔵はこの日、都内で行われた授賞式に出席。「うれしい」と受賞を喜び、麻央には「あとで報告します」と話していた。そして授賞式後、「妻に報告」というタイトルでブログを更新。「ベストファーザー賞の報告しました。まおのおかげだよと感謝を伝えました。おめでとうといってくれました」とやりとりを明かし、「嬉しい…」とつづった。また、「カンカン起きてた」とトロフィーを見つめる長男・勸玄くんの写真もアップ。「カンカンと麗禾のおかげでもあります私は普通にしてるだけありがとう」と子供たちへの感謝の気持ちも記した。海老蔵は授賞式で、肩車している親子を表現したトロフィーについて、「まさに1日1回やっているポーズなのでうれしいです。肩車は家でも強制的にさせられる」と笑い、「日常的にやっているので、麗禾と勸玄は喜ぶと思います」と話していた。
2017年06月08日歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が、"すてきなお父さん"とされる著名人に贈られる「第36回ベスト・ファーザー イエローリボン賞」の学術・文化部門に選ばれ7日、都内で行われた授賞式に出席。その後の囲み取材で、乳がん闘病中の妻・小林麻央について話した。昨年6月9日に会見で麻央の乳がんを公表してから約1年。海老蔵は「自分たちから発表したかったことではなかったんですが、発表する形に…」と振り返った上で、「一進一退、いろんなことを模索しながら、一生懸命家族一丸となって、一日一日を大切に生きている」と話し、「私は支える側で、治すのは本人。自分としては最大限のバックアップをやっていくことが、彼女にとって一番の回復への近道」と語った。また、在宅医療に切り替え、家に戻ってきたことについて「うれしい」と喜びつつ、「在宅というのはなかなか大変。いざ何かあった時に…さまざまなことを準備するのが家族の責任なので、緊張感があります」と告白。「家でも緊張、舞台でも緊張、こういうところ(会見)でも緊張…私はリラックスする場所がほぼない」と冗談交じりに話した。同賞は、6月の第3日曜日「父の日」に先立ち毎年発表。今年は、学術・文化部門の市川海老蔵のほか、芸能部門にお笑いタレントのはなわ、スポーツ部門にFC東京の大久保嘉人選手、政治部門に鳥取県知事の平井伸治氏、経済部門に劇団四季代表取締役会長・舞台芸術センター代表理事の佐々木典夫氏が選ばれた。
2017年06月07日歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が、"すてきなお父さん"とされる著名人に贈られる「第36回ベスト・ファーザー イエローリボン賞」の学術・文化部門に選ばれ7日、都内で行われた授賞式に出席した。海老蔵は、2010年にフリーアナウンサーの小林麻央と結婚し、2011年に長女の麗禾ちゃん、2013年に長男の勸玄くんが誕生。現在、乳がん闘病中の妻・麻央を支えながら、2人の子供たちの育児にも奮闘しており、自身のブログでたびたびその様子を公開している。同賞受賞に、海老蔵は「うれしいですね」と笑顔。子供を肩車している姿を表現したトロフィーを見つめて、「まさに1日1回やっているポーズなのでうれしいです。肩車は家でも強制的にさせられる」と笑った。また、子供ができてからの変化を聞かれると、「特に変わった点はないですが、唯一変わったのは守るものができたこと。責任感は独身の頃にはなかった」と説明。子育てについては「比較的、自由に育ています。自由すぎて困っているところも出てきましたが、大きく見守るということが大事かなと」と語った。そして、「できる限り私には似てもらいたくないんですが」とニヤリ。「せがれは歌舞伎を。油性のマジックで化粧して寝てしまい、落とせなくて今日も幼稚園にそのまま行きました」と歌舞伎に夢中な勸玄くんのエピソードを明かし、麗禾ちゃんについては「しっかりしていて、親が大変なときはバックアップする律儀な娘。個性派豊かですね」と話した。同賞は、6月の第3日曜日「父の日」に先立ち毎年発表。今年は、学術・文化部門の市川海老蔵のほか、芸能部門にお笑いタレントのはなわ、スポーツ部門にFC東京の大久保嘉人選手、政治部門に鳥取県知事の平井伸治氏、経済部門に劇団四季代表取締役会長・舞台芸術センター代表理事の佐々木典夫氏が選ばれた。
2017年06月07日5月31日、都内の公園で2人の子供を遊ばせていた小林麻耶(37)。そばにいたのは、実妹・麻央(34)の長女・麗禾ちゃん(5)と長男・勸玄くん(4)だ。麻耶は強い日差しを避けるため、つばの広い帽子を被っている。足元はスニーカーで服装もポロシャツにショートパンツとレギンスという、“フル装備”だった――。 2日前の28日、市川海老蔵(39)が『七月大歌舞伎』製作発表に出席。妻・麻央の顎にがんが転移していたことを告白した。翌29日には麻央がブログで退院したことも明かした。顎転移後に始まった在宅治療。麻央を支えるべく、家族は万全の連携体制で待っていた。 「これまでの麻耶さんと彼女のお母さんは、タクシーを使って移動することが多かった。しかしここのところは、シッター兼運転手らしき男性の運転する車で移動することが多くなっているようです。こうしたサポートをお願いしているのも、麻央の在宅治療に合わせて臨機応変な対応ができるようにしたいと考えた結果なのでしょう」(芸能関係者) 冒頭の31日、海老蔵は京都で舞台出演のため東京を離れていた。そのため麻耶が“代役ママ”となっていたのだ。15時ごろ、麻耶は男性運転手の車に乗り幼稚園まで麗禾ちゃんと勸玄くんをお迎え。その足で公園へと向かい2時間近く遊んでいた。夕方5時を過ぎ、車に乗り込む一行。帰宅するのかと思いきや、向かったのは別の公園だった。そこでも1時間以上遊び、帰ったのは6時すぎ。麻耶はこの日、3時間も子供たちと遊び続けていた。 がん患者の在宅治療について、ブレストピア宮崎病院の柏葉匡寛副院長は本誌にこう語る。 「家族が近くにいる状況は、患者さんが安心して治療に専念できるというメリットがあります。ただいっぽうで患者さんご自身が『自分がすべきことなのに』とジレンマを感じたり『自分が何もしなくても日常は進んでいく』と焦燥感を感じたりするケースも。そうしたことを麻央さんが感じないためにも、ご家族が万全の体制で過ごされているのでしょう」 たとえば麻央はブログで、自宅で子どもたちと遊ぶ様子をつづっている。子どもたちは嬉しさのあまり、ついそばではしゃいでしまうのだろう。こうした時間は、麻央にとっても励みになるはず。だが病床の彼女が子どもたちとずっといっしょにいることは、体調面での負担も大きい。そのため麻耶は2人を外に連れ出し、力いっぱい遊ばせているようだ。 6月2日、麻耶は今後の生活について《私は、サポートに力を入れたいので自分の時間をより濃密に出来るよう工夫したいと思っています。 行動力、主体性を引き出してくれそうな赤を着て、レッツゴー!》と決意をつづっている。自分のことよりも、麻央のことを考える。そんな麻耶について、姉妹を知る関係者はこう話す。 「麻耶さんと麻央さんは昔からこれ以上ないほどの仲良し姉妹。たとえば2人はともに7月生まれ。麻耶さんが12日で麻央さんが21日で、毎年互いの誕生日を祝い合ってきました。さらにお母さんも7月19日生まれと、小林家にとって7月は特別な月。麻耶さんは『今年の誕生日も家族でお祝いを』と思いながらサポートに専念しているのでしょうね」
2017年06月06日乳がん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央が4日夜、「不安」というタイトルでブログを更新し、高熱が出て痛みと苦しさと戦っていたことを明かした。5月29日に退院し、在宅医療に切り替えた麻央は、「今日は、39.4度の熱から始まり、一日中、痛みとおさまりどころのない苦しさでした。今は、少し落ちついています」と報告し、「汗の量がすごいので、起きてから、6回の着替え。フェイスタオル、ベッドに敷くバスタオルパジャマが何枚あっても足りないくらいです」と説明。「在宅医療の大変さについても考えさせられました」と打ち明けた。続けて、「子供達のいるリビングと、私の部屋では、まったく違う世界が繰り広げられていて、子供達がまだ小さいのでその両方を、同時に担っていかなければならない家族の大変さ、主人にはそこに仕事があるので、なおさらです」と、家族そして夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵についてつづった麻央。「家族は皆、『大丈夫だよ』と笑顔でいてくれますが、これからどうなっていくのか不安はつのります」と吐露し、「どうなったって生きるしかないので、本当に、ごめんね、ありがとう、です」と締めくくった。
2017年06月05日歌舞伎俳優の市川海老蔵が2日、自身のブログを更新し、乳がん闘病中の妻・小林麻央と一緒に食事した様子を報告した。海老蔵は「まおといっしょに私も一緒に頂戴します」と、先月29日に退院して在宅医療に切り替えた麻央との食事を報告。料理の写真もアップし、「いいタイミングで帰ってきました」とつづった。その後、再びブログを更新し、「わずかな時間でしたがコレデモカッテ!?ってくらい私がしゃべりまくり、ました。もちろん。まおが良くなるための話を、」と明かした海老蔵。「しかし何事にも正解はないしかし正解をしなくてはならない、これが難しいと日々感じますね」と打ち明け、「わずかな時間でしたが、妻のためになれたらと色々しゃべりました」と記した。最後に、「そして稽古と取材の時間です。ガシッと切り替えて仕事にいくべ!」と移動する自身の写真を公開し、「これが私流」と締めくくった。
2017年06月02日歌舞伎俳優の市川海老蔵が30日、自身のブログを更新。乳がん闘病中の妻・小林麻央が29日に退院し、長女の麗禾ちゃんと長男の勸玄くんが喜んでいる様子を明かした。海老蔵は、部屋の中を歩き回る勸玄くんの写真を公開し、「ウキウキしてるママいることにウキウキしてる。いいね」とコメント。朝ごはんを前にうれしそうな勸玄くんの写真もアップし、「やっぱりご機嫌になるよねーもう、2人の顔が違う…ママ嬉しいよね涙。」とつづった。その後、「したくしない…もう、てをやく…笑笑ダメダコリャダッフンダ」と幼稚園に行く準備をしない勸玄くんに手を焼いている様子を紹介。さらに、身支度ができた笑顔の勸玄くんの写真もアップし、「気持ち良さそうママの力」と記した。また、「トレ後風呂飯そしてすぐにまおのところへこれが本当に嬉しい…」と、入浴中の笑顔の写真を添えて、海老蔵自身も喜んでいる心境を伝えた。
2017年05月30日5月26日のお昼すぎ、小林麻央(34)が入院する都内の大学病院に市川海老蔵(39)の姿があった。海老蔵は小雨が降るなか傘もささず、グレーのパーカーのフードを被りながら足早に院内のエレベーターへ乗り込んでいく。さらにこの日は麻央の実母や姉・麻耶(37)の姿も。あいにくの空模様とは裏腹に、この日も病室は家族総出のにぎわいをみせていた。 「あれからもう1年がたつんですね……。この1年、麻央さんは本当に頑張ってきました。心の底からすごいと思います……」 知人がそう振り返るように、麻央のがんが公表されてから間もなく1年になる。昨年6月9日。海老蔵は都内で会見を開き、妻の麻央が乳がん闘病中であると公表。1年8カ月前にがんと診断されたこと、そして病状について“比較的深刻”とも明かした。 今年1月放送の『市川海老蔵に、ござりまする2017』(日本テレビ系)では「早かったら、3、4、5月で多分ダメだった。今年の夏は絶対無理だと思った。いま10月でしょ。もうすでにこの時点で、すごいことが起こっている」とも答えていた。 しかしそれからさらに7カ月、麻央は今もがんと闘い続けている。そしてそれを支えてきたのは、ほかならぬ家族たちの懸命な献身だった――。 入退院を繰り返しながらホルモン治療や抗がん剤治療を受け、昨年9月1日からはブログをスタートさせた麻央。同月下旬には肺や骨への転移を公表。生活の質を向上させる“QOL手術”を行い、数々の民間治療にも挑戦してきた。激しい痛みや苦しみに耐え、がんと立ち向かってきた麻央。そんななか海老蔵も、自らできる限りのサポートをしてきたという。 「昨年は地方公演が続きましたが、海老蔵さんは毎日のように麻央さんを電話で励ましてきました。会えない寂しさが募るなか、夫婦の絆を強くしてきたんです。また海老蔵さんがいない間は、麻央さんのお母さんと麻耶さんが代わりにサポート。病院への送り迎えや、長男・勸玄くん(4)や長女・麗禾ちゃん(5)の世話もしていました」(スポーツ紙記者) そうした家族総出の闘病の日々を、本誌も目の当たりにしてきた。昨年12月20日に麻央が再入院を公表した際、海老蔵は25日に京都公演を終えるとすぐ妻のもとへ。大みそかには一時外出し、都内のそば店へと出かけていた。また1月29日に退院を果たした麻央は、3日後の2月1日に麻耶と水素温熱免疫療法で知られる都内のクリニックへ。さらに今回の入院前日の4月21日、2つのクリニックをはしごする麻央を支えていたのは、実母だった。 いつだって、麻央のそばには家族がいた――。そんな家族総出の闘病シフトに対し、麻央は4月10日のブログでこう感謝をつづっている。 《母にも「そばにいてほしい」と珍しく言葉に出して甘えてしまいました。姉にも来てほしいと電話しようかと思いましたが、さっき帰ったばかりだと気づき止めました笑主人には巡業で疲れているのに咳や息切ればかりしていて申し訳ないなと思いながらも、ひととき穏やかに楽しい会話ができて満たされました。家族のぬくもりに感謝がとまりません》 見守ってくれる家族はほかにも。麻央は5月24日のブログで、実父が見舞いに来たと明かしている。麻央の実父についてはがん公表以降もほとんど報じられることはなかったが、そんな父も娘を支えるべく病室へ。麻央を支える間、家族の絆もまた強まっていた。 冒頭の本誌が目撃した海老蔵、そして麻央の実母や麻耶が病院に訪れた5月26日。麻央はブログで「顎」と題する限定記事を更新。28日には、海老蔵が麻央の顎にがんが転移していたことを明かしている。そんな海老蔵は、前出の6月の会見でこう漏らしていた。 「元気になってもらうことが、我々家族としては一番願うことであって。1年8カ月、つらかったですけど、いつか『あの時間は大変だったけど、家族にとってはとても良い経験になった時間だったね』という会話ができるように。それを夢見て、日々積み重ねてきた」 麻央の回復を信じて――家族一丸の闘いは続く。
2017年05月30日歌舞伎俳優の市川海老蔵が29日、自身のブログを更新し、この日退院した乳がん闘病中の妻・小林麻央が長女の麗禾ちゃんと再会したことを報告した。「今日実はまお帰ってきました家に」「おかえり」と麻央の帰宅を明かしていた海老蔵。その後、「ママと麗禾2人とも幸せそう」と、アイスを食べている麗禾ちゃんと麻央の手を撮影した写真をアップし、「麗禾は大興奮中そりゃそうだ涙」とつづった。長男の勸玄くんは、遊び疲れて帰宅後すぐ寝てしまったようで、海老蔵はブログで「目覚めぬカンカン」と明かし、「起きぬ寝るなら朝まで寝んねしてくださいませよろしくお願いいたします」と気持ちよさそうに寝ている勸玄くんの写真をアップした。麻央も自身のブログで「退院致しました」と報告し、「これからは在宅医療に切り替え、自宅で点滴など続けながら、在宅医療の先生、看護師さんそして何より 家族に支えてもらいながら生活していきます」と今後について説明。「子供達はもうすぐ公園から帰ってくるようです。早く 会いたい」と子供たちとの再会を心待ちしている心境をつづっていた。
2017年05月29日