お笑いコンビ・中川家の剛が、26日放送のニッポン放送『中川家ザ・ラジオショー』(毎週金曜後1:00)に出演。中森明菜から、サプライズでメールが寄せられ、喜びのあまり号泣した。番組では、礼二が代読する形で「突然のご連絡失礼いたします。私、歌手をさせていただいております中森明菜と申します」と明かされると、剛は「え、うそやん!」と早くも号泣。続けて「先日のラジオで、私のファンクラブイベントのお話を話題にしてくださり、とてもうれしかったのでメールをお送りさせていただきます。お兄ちゃん、この度はお忙しい中、ファンクラブイベントまで足を運んでくださり、本当に感謝しております」と読み上げられた。さらに「ラジオでも話題にしてくださり、とってもうれしかったです。お誕生日プレゼントもありがとうございます。大切に使わせていただきます。また礼二さん、先日は清瀬駅開業100周年のイベントを盛り上げてくださり、ありがとうございました。中川家お2人のファンでございます。ますますのご活躍をお祈り申し上げます。このたびは本当に本当にありがとうございました明菜」と締めくくられた。声を上げて号泣している剛に対して、礼二が「オフィシャルで中森明菜さんから、剛さん宛に。よかったね、ホンマに。あらま、どうしましょ。純粋無垢やがな(笑)。高校球児くらい泣いてるやん」と笑いを交えながら「M-1でも、こんな泣けへんかったのに(笑)。オレも聞いてびっくりしましたね。まさかまさか」とともに喜んでいた。番組の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聞くことができる。
2024年07月26日お笑いコンビ・麒麟の川島明が16日、自身のXを更新。自身がMCを務めるTBS系バラエティー『ラヴィット!』を中森明菜が視聴しているというORICON NEWSの記事を引用し、粋なラブコールを送った。中森は、12日から14日にかけて都内でファンクラブ限定イベントを開催。ORICON NEWSでは、中森の誕生日にあたる13日の昼公演について取材を行った。その際、中森はMCパートで「朝は『ラヴィット!』が大好きです」とのコメントを寄せていた。川島は、この様子を伝えた投稿を引用する形で「な、中森明菜さんが『#ラヴィット!』を、、!?驚きすぎて記事を読むスピードがスローモーションになりました。いつの日かスタジオにお越しくださることをDESIREします!」と楽曲名を入れながら呼びかけていた。
2024年07月16日「明菜さんとは当時、同じレコード会社所属だったんです。私がデビューしたのは明菜さんが『DESIRE -情熱-』をリリースした頃でした。明菜さんをディレクションした方が私にもデビューから携わってくださっていて、先輩の経験談として明菜さんのことを教えていただいたりもしました」そう話すのは、中森明菜(59)の”後輩”に当たる杉浦幸(55)。雑誌『Momoco』の美少女紹介ページの人気投票で1位になったことをきっかけに芸能界入り。1985年に大映ドラマ『ヤヌスの鏡』で主演に抜擢され、優等生と不良の二重人格の少女役を演じて注目を集め、翌86年にアイドル歌手としてデビューした。「あの当時のアイドルってものすごく縦社会で、体育会系的な上下関係がすごかったんですよ。明菜さんとは歌番組とかでも結構ご一緒させていただいたんですが、こちらから世間話をするような感じじゃなくて、挨拶だけしたら余計なことは喋らないみたいな(笑)。でも、明菜さんからは『今日も頑張ろうね』とか声をかけて気遣ってくれたりして、私にとってはいつまでも偉大な先輩です」杉浦の同期には「桃組3人娘」と呼ばれた西村知美(53)や島田奈美(53、現・奈央子)などがいる。「イメージ戦略的に同世代の子達が集まる番組にあまり出してもらえなかったし、賞レースにも出してもらえなかったのは寂しかったですが、西村知美ちゃんとは今でも仲良しです。『夜のヒットスタジオ』に出たときに、西村知美ちゃんや島田奈美ちゃん、渡辺美奈代ちゃんとかと『みんなでクリスマスパーティーをやる』って言ったら、番組の方からクリスマスケーキをプレゼントしていただいたり、ほかにも、たまに誰かの家に集まってお料理を作ってみんなで食べたりしたのはいい思い出です」その後、杉浦は趣味を活かして“パチドル”としてパチンコ番組や雑誌での露出を増やし、さらには女流雀士となるなど、アイドルとしては異色のキャリアを進んでいく。「アイドル当時は携帯がなかったので、時間が押しても連絡できない中、必ず迎えに来てくれる母との待ち合わせ場所を、雨風もしのげて時間も潰せる駅前のパチンコ屋さんにしていたんです。それで私もちょっとやってみたら楽しくなっちゃって。趣味でやってたらお仕事をいただくようになって。麻雀は、40歳くらいで何か新しいことに挑戦してみたくて、どうせならと、日本で1番厳格な団体でプロ資格を取りました。筆記、面接、実践と結構しっかりやるんですけど、40過ぎて“覚えるってこんな大変なんだ”って思うぐらい苦労しました(笑)。コロナ禍で一旦やらなくなりましたが、勝負事が好きなんですね」現在は、ラジオやバラエティなどに出演するほか、今年2月には、鈴木おさむが手がける最後の脚本ドラマ『離婚しない男』(テレビ朝日系)に主人公の妻の母親役で出演。昨年開設したYouTubeチャンネル『杉浦幸のきみに幸あれ』では、過去の出演作の秘話を明かしたり、家族とのキャンプの様子を公開するなど幅広いジャンルの動画を配信し、若者世代からも人気上昇中だ。「好奇心旺盛なので、できることは何でもやってみたいんですよね。 私、今55歳なんですけど、“もう50代だから”っていろんなことに対して“ちょっと諦めモード”に入るんじゃなくて、今から何かを始めるのも全然いいし、やってみてダメだったらやめるのもいいし、とにかく何か興味を持ったことにチャレンジしていきたいです。去年、35周年にはコロナ禍で開催できなかった記念ライブを東京と大阪でやらせていただいて、 今年もまた年末にでもイベントができたらいいなと思っています。とにかく、元気に遊んで、元気に働く。年齢に関係なく今を楽しみたいです」最後に、復帰する中森へのメッセージを問うとーー。「当時、レコード会社には宣伝用のアルバムがいっぱい置いてあって、明菜さんの新しいアルバムが出る度に毎回もらって結構聴いてたんです。私は『セカンド・ラブ』が特に大好きで、他にも素敵な楽曲がいっぱいあるじゃないですか。アルバムの中にもいい曲がたくさんあるので、そういう歌も歌っていっていただけたら嬉しいですね。私にとってはずっと偉大な先輩なので、これからもまたパワフルな歌声を聴かせていただけたらすごく嬉しいです」先輩後輩の固い絆と型にはまらぬキャラクターは、時が経っても変わらないようだ。
2024年07月14日「中森明菜さんとは、『ザ・ベストテン』『トップテン』などの歌番組で、何度かご一緒させていただきました。こういう生放送では、スタジオも楽屋裏もピリピリと緊張感が漂っていました。明菜さんは本当にお忙しい方ですし、順位も常に上位でいらしたので、リハーサルでお会いすることはなく、本番のスタジオでいきなりご一緒する、というのが常でした。歌う直前に行われる黒柳徹子さんとのトークでは、少し震えているというか、緊張されているのが、後ろのソファにいる私にも感じ取れました。あの中森明菜さんでも緊張するのかと驚き、また後輩の私は少し安心する気持ちにもなったものです。ところが曲が始まった瞬間、明菜さんの表情ははっとするほど変わり、キレのある動き、伸びやかな歌声で周囲を圧倒するので、私は愕然とさせられました。あの頃、生で明菜さんを拝見できた経験は、とても大きかったと思います」そう振り返るのは1986年にアイドル歌手としてデビューした島田奈央子(当時の芸名は島田奈美・53)。雑誌『Momoco』に登場していた同期の西村知美(53)と杉浦幸(55)と共に「桃組3人娘」と呼ばれていた。島田はデビューから4カ月後、小泉今日子(58)のトーク番組で中森と共演したという。「小泉今日子さんと明菜さんと私の3人という、今思うと奇跡のような時間でした。お2人の目の前で歌う私は、緊張で顔がこわばっていたと思います(笑)。新人だった私に明菜さんは『この状況で歌うって、やりにくいよねぇ(笑)』『全国のレコード店を回ったりして、プロモーション活動は大変でしょう。私も店頭のミカン箱の上に乗って、歌ったんだよ』『学校に通いながらお仕事するのは、本当に大変よね。頑張ってね』と、自分の体験を交えながら、優しく励まして下さいました。自然体の明菜さんは、キュートで、優しく、人を笑わせたり、気づかいのある方でした」意外にも同世代との共演は多くなく、「友達と楽屋が一緒になる日は、嬉しくてたまらなかった」と話す島田は、アイドル仲間との思い出をこう振り返る。「西村知美さんとはデビュー前から友達で、今でも仲良くしてもらえる、本当に貴重な存在です。あと同期の杉浦幸さんとはお休みが一緒の時は家に遊びに行ったり、真璃子さん(55)とは、アミューズメントパークやコンサートに出掛けたりしていました。携帯がなかった当時の連絡方法は、家の電話か手紙でした。渡辺美奈代さんとも仲良くて、手紙交換をしていました。なんと、家に手紙が届くのですよ。何気ない日常のこと、仕事の話などを書いていました。今も大事に持っています」■“女子ジャズ”ブームの火付け役に多忙を極めたアイドル時代だったが、デビューから4年後の90年に島田は突如引退する。「イカ天」こと『三宅裕司のいかすバンド天国』が89年に始まり、”時代の変化”を感じとってのことだったという。「私はやっぱり音楽が好きでしたので、作詞やレコーディング、コンサートを中心に活動していましたが、次第にこのままのスタイルで続けられるか不安になりました。当時、まだ19歳だったので、自分の心境も複雑に揺れていたと思います。ならば、一旦ここでアイドル歌手という活動を終えて、自分のやりたいような音楽の道に突き進もうと思いました」引退後、音楽雑誌の編集者から「CDのレビュー記事を書いてみないか」との誘いを受けて原稿を書くようになり、行き着いたのがジャズ系の音楽ライター。2010年には、著書『Something Jazzy~女子のための新しいジャズガイド』(駒草出版)を出版し、”女子ジャズ”ブームの火付け役にもなった。「子供の頃から作文を書くのが好きでした。締め切りがあるのは好きではありませんが(笑)、文章を書いていると、なんとなく楽しくなってきて、心が落ち着きます」現在は、音楽雑誌などでの執筆に加え、ジャズのWEBラジオ番組のパーソナリティも務める。イベントなどでDJとして活動するほか、音楽プロデューサーとして自らイベントも開催。2022年には自身でプロデュースしたアルバム『Something Jazzy~メロディ・イン・ザ・リビングルーム』をリリースしている。今年2月からは、月額制オンラインサロン『島田奈央子オフィシャル・コミュニティ~今のワタシ・昔のワタシ~』も開設。SNSとは異なる、深みのあるコミュニケーションを取れる場を提供している。「このコミュニティでは、10代の頃の“島田奈美”が経験した出来事、その後の“島田奈央子”が学んだモノ、コトを、他では見られない写真や動画、これまで語らなかったエピソードなどをエッセイで書いています。これからも芸能界での経験と、現在のライターやプロデューサーとしての活動が繋がるような、独自の活動をしていきたいと思っています」最後に、中森へのメッセージを問うと――。「10代の頃から憧れている明菜さんが活動されるお話は、いつでも嬉しくなり、励みになります。これから、どんな音楽を私達に届けてくださるのか、楽しみにしています。心から応援しています!」震える中森の背中を間近で見た昔と今、2人の音楽への情熱はともに色褪せないようだ。
2024年07月13日7月12日、中森明菜(58)のファンイベントが都内のライブレストランで始まった。17年12月のディナーショー以来、6年半ぶりにファンの前に姿を見せたのだ。「14日までイベントが同所で開催されます。応募者殺到で、チケットを入手できなかったファンも多いなか、見事当選を果たした明菜ファンは、イベントの前後に、必ずといっていいほど寄る場所があるのです」(音楽関係者)その場所は、明菜の出身である東京・清瀬市内にある。地元関係者は言う。「もともと明菜さんは大田区で生まれ、清瀬市で育ちました。小・中学校も清瀬市立の卒業です。清瀬には愛着が深いんです。今年6月11日、開業100周年を迎えた清瀬駅は新たな発車メロディとして地元出身の明菜さんの楽曲を採用しました。彼女自身もその曲の選定に関わり、上りホームは朝乗る人向けに元気が出る『DESIRE-情熱ー』、下りホームは帰宅する乗客を癒す『セカンド・ラブ』に決定。それにあわせ、構内に《清瀬駅100周年おめでとうございます中森明菜》と直筆で綴られた中森さんの巨大メッセージボードが設置されたのです。設置直後から、明菜ファンが次々に清瀬駅を訪れるようになりました。本来の設置期間は6月末までの予定だったのですが、全国のファンから“彼女の誕生日である7月13日前後まで伸ばしてほしい“という要望メールや電話が続々と清瀬市に寄せられたため、15日までの延長が決まったのです。そのため、イベントに参加するため全国から集まったファンは、同時に清瀬駅のメッセージボードも見に行くことがルーティン化したといいます」ファンが訪れるのは清瀬駅だけではない。実は明菜の直筆メッセージパネルに使用されたデザインの公式ポストカードが、清瀬駅から徒歩10分の『清瀬市郷土博物館』(入場無料・企画展除く)で12日から数量限定で無料配布されている。「ポストカードは4種類あり、15日まで各千枚、計4千枚配られます。原則1日1枚、デザインも1種類のみの配布なので、4日間通う予定のファンもいるとか。世間は3連休ですし、“清瀬巡礼”のファンが増えることでしょう」(前出・地元関係者)初日終了間際、本誌は『清瀬市郷土博物館』に反響を聞いてみた。「初日は約250枚配りました。明日はその残りと、別の種類のデザインのポストカード1000枚を配布します」(担当者)残数が発生した場合は翌日に繰り越して配布されるというが、転売目的での来訪は禁止とのこと。清瀬は今夏、明菜ファンのホットスポットになる――。
2024年07月12日7月12日から3日連続でファンクラブ向けイベントを開催する中森明菜(58)。一世を風靡した歌姫の復帰で、ほかの80年代アイドルたちにも注目が集まっている。同じ82年デビューで“同期”なのが小泉今日子(58)。2人はある事件をきっかけに絆を深めたという。「新人だったころ、音楽イベントで客席から投げられた生卵が小泉さんに当たるという事件が起きました。生卵で顔や衣装が汚れてしまった小泉さんのもとに駆け寄って舞台袖に連れていったのが、同じステージに立っていた明菜さんでした。以来2人は親しくなり、中目黒などで飲み歩く姿も目撃されてきました。小泉さんは最近でも、カラオケで明菜さんのデビュー曲『スローモーション』を歌うそうです」(テレビ局関係者)明菜同様に小泉も波瀾万丈の人生を送っている。「小泉さんは18年2月に、前所属事務所からの独立を発表しました。その際に豊原功補さん(58)を“同じ夢を追う同士”と呼び、『一部の週刊誌などで報道されている通り恋愛関係でもあります』と公表したのです。同時に豊原さんは記者会見を開き、自らの妻子とは別居状態であることを告白し、小泉さんとの不倫関係を認めたのです」(芸能関係者)だがそれから6年、2人の破局がささやかれ始めたのは今年2月のことだった。「2月27日放送の『紙とさまぁ~ず』(テレビ東京系)で、番組からの事前質問に対し、小泉さんが回答しているのです。《世間のイメージとのギャップは?》との質問に、《華やかな芸能界の世界で長く生きてきたので日常も華やかだと思われがちですが、仕事以外はずっと家にこもっています。外食なんて年に3回ぐらい。旅行も行きません》などと、答えたのです。特に注目されたのは《50代になってからはお酒を飲みに行くこともなくなりました。こんなことでよいのでしょうか?孤独死しそうで心配です》という言葉でした。私生活での交流がほとんどない、ともとれる発言に、ネットでは《お一人になられたのでしょうか》《例の彼氏はどうしたのかな?》などと心配する声が上がったのです」(前出・芸能関係者)いっぽう豊原功補は、6月3日に映画『朽ちないサクラ』の完成披露上映会の舞台挨拶に登壇。“自信があること”という質問に対し、「酒飲んだ後に後輩に作る飯」と答えている。レパートリーも豊富なようで、「“バズレシピ”にも負けないんじゃないかな」と自信たっぷりだったという。「小泉さんの“孤独死が心配”発言とは対照的に、豊原さんはリア充ぶりを強調しています。また豊原さんの発言からは、“恋人のことを気にせず、いつでも自分の部屋に後輩を連れて来られるような自由生活”が思い浮かぶのです。以前は頻繁にツーショットが目撃されていましたが、最近はそれも途絶えています。また小泉さんが代表取締役を務めている会社『明後日』のHPを見る限りは、小泉さんと豊原さんが、いっしょに企画に携わる予定もないようです。そういった状況から、芸能記者たちも“破局しているのではないか”とみています」(前出・芸能関係者)だが、芸能記者たちが破局を確信しきれない理由もあるという。「HPによれば、小泉さんの会社『明後日』は渋谷区内のマンションの一室にあります。また豊原さんが代表を務めている会社『有限会社ヘッドロック』もHPによれば、同じ部屋にあるのです。いわば事務所同士は、いまも“同棲”状態にあるため、芸能記者たちも破局を断定しきれていないようです」(前出・芸能関係者)“盟友”明菜の復活を受けて、小泉が新たな決断を下すこともあるのか。
2024年07月12日1981年発売のデビュー曲「メモリーグラス」が大ヒットしたシンガー・ソングライターの堀江淳が、15日放送のBS日テレ『歌謡プレミアム』(後9:00)に出演し、自身の死亡説の真相や水道局員に転職説、現在の活動を語る。デビュー曲「メモリーグラス」が大ヒットした堀江は、実は違う曲でデビューする予定だったという。「ある日、事務所に行く途中の広尾の交差点で信号待ちしていたら“水割りをください 涙の数だけ”の歌詞とメロディーが一緒に降りてきたんです」と秘話を明かし、その後、ストックしていた他の曲と組み合わせて「メモリーグラス」を完成させたという。大ヒットから数年後、堀江がバイク事故で死亡したといううわさが流れた。その真相について「バイク事故で入院はしたんですが、ある有名アーティストがラジオ番組で“堀江淳がバイク事故で死んだ”と言ってしまったんです」。その噂が自身の耳にも入ってきた堀江は死亡説を逆手に取り、全国で「生きてますよツアー」を開催。そのほかにも「水道局員に転職した」といううわさが流れたが、原因を調べたところ、地元・北海道苫小牧の水道局に同姓同名の局員がいたという。スタジオでは、変わらぬ甘い歌声で「メモリーグラス」を披露するほか、歌番組『ザ・トップテン』での懐かしい映像も蔵出し。そのほかにも、バイク事故で入院していた時に事務所の後輩だった中森明菜に提供した「ドライブ」を歌唱、吉幾三の名曲「雪國」をギター弾き語りでテレビ初披露する。また、現在は、児童合唱団とともに童謡・唱歌を歌う活動をしている堀江は、童謡「故郷」をロック調にアレンジして歌唱する。
2024年07月12日「今回、明菜ちゃんがまたファンクラブ会員向けのイベントをされるというのをニュースで見て、なんかすごく嬉しいですね」そう声を弾ませて話すのは、中森明菜と同期の“花の82年組”でデビューした早見優。デビュー当時の中森との思い出を振り返る。「やっぱり同期の仲間なので、デビューした頃から本当によく一緒になりました。あの当時は3カ月に1枚のペースで新曲のシングルをリリースしてたので、リリースのタイミングが重なると『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』など音楽番組でもよく一緒になりました」歌番組や雑誌の撮影などでは同年代のアイドルと共演することも多かったが、中でも中森は一目置かれる存在だったという。「明菜ちゃんはやっぱり最初から、もう本当に歌が上手で。みんな新人の時に何かの番組で集まって歌う機会があったんですけど、まず最初に“バラードでデビュー”っていうことにみんな『おおっ…』と圧倒されて。『やっぱり歌が上手いんだね』なんていう話をしたのも覚えています」“ちょっとしたハプニング”も中森の存在感をさらに印象付けたという。「そのときに、みんなは衣装を着てたんですよ。でも、明菜ちゃんは衣装を作っていたのに間に合わなかったみたいで。彼女はそれをずっと気にしてて『いや~、みんなかわいい衣装でいいな~、いいな~。私のは間に合わなかったのよね~。こんな普通の洋服で』なんて話をしてたのが、ちょっと可愛かったなって(笑)。普段着もすごくかわいいんですけど、普段着を着ながらデビュー曲の『スローモーション』を歌うから、余計“すごい人がデビューするんだな”っていう印象でした」寝る間もないほど多忙な10代を経て、早見は1991年に上智大学を卒業。96年に結婚し、その後2人の娘を出産する。現在は、日本全国を仕事で飛び回りながら、NHK WORLD『Dining with the Chef』にレギュラーで出演するほか、BS-TBS『MUSIC X(ミュージッククロス)』では関根勤とともに司会も務める。「コロナ禍が明けてからはマネージメントも変わって、わりと歌にフォーカスしていきたいなという気持ちで、おかげさまで本当に忙しくさせていただいてます。今度、コンサートもあります」8月31日には東京有楽町 I’M A SHOW(アイマショウ)で『夏色のナンシー祭り2024 Dynamite!!』が開催予定。さらに自身が作詞した新曲のリリースも予定しているという。「ちょうどレコーディングが終わったところです。最近、作詞をする機会があって、アイドルの頃には時間がなくてできなかったので、自分の心境とか今まで見てきた景色を言葉で表現するっていうのもすごく楽しいです。近々皆さんに聞いていただけるといいな、なんて思います」コンサートに向けて体力づくりに励む早見の趣味のひとつが登山だという。「山登りのお友達と一緒に行くんですが、自然の中を無心で歩くっていうのは楽しいですね。日本全国には本当に綺麗な自然と良い山がいっぱいあるので、少しずつ天候がいい時に登りたいなって思います。ファンの方にクマ避けの鈴をもらったんですが、山ですれ違う方たちも皆さんつけてて、なんかいいですね。チンチンチンって音が綺麗で」他にも、自らのInstagramに自作レシピの手料理とワインを組み合わせた彩やかな写真を投稿する早見は、日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート資格を持っている。「ワインは好きで、セミナーを開催したりNHKのカルチャー教室で講師をしたこともあります。料理は、子供が生まれてから、やっぱりバランスいいものを考えたり、お弁当作りもいっぱいしましたしね(笑)。レシピ本の出版もしたいなと思っていて、今自分の中で企画中です」最後に、復帰する中森へのメッセージを問うと――。「6年半ぶりのということで、明菜ちゃんの活躍にみんなとても期待しているので、 体に気を付けて無理のないように、明菜ちゃんのペースで頑張ってほしいなと思います。明菜ちゃんのコンサートにも行きたいですね!同期メンバーみんなで行って応援したい気持ちがありますけど、今回はファンクラブ限定なんですよね(笑)」いつか“花の82年組”が明菜のライブで“同窓会”する日も来るかもしれない。
2024年07月12日7月12日から3日連続でファンクラブ向けイベントを開催予定の中森明菜(58)。一世を風靡した歌姫の復帰で、80年代アイドルたちにも注目が集まっている。82年デビューの明菜の2年後輩にあたるのが、84年にテレビドラマ『名門私立女子高校』(日本テレビ系)で女優デビューを果たした南野陽子(57)だ。南野は昨年9月10日付で配信されたインタビューで、明菜についてこう語っている。《来生たかおさん(作曲)のデビュー曲『スローモーション』から大好きでしたし、振りは特に『十戒(1984)』に魅せられていました。自分がデビューしてからも歌番組でご一緒できるたびに、こだわりの衣装や振付を、見ていないふりをしながらコッソリ凝視していて(笑)。だから私が楽曲ごとに衣装を考えるようになったのは、間違いなく明菜さんの影響ですね》(『fumufumu news』)南野の人生が急転したのは、このインタビューが配信されてから2カ月後のことだった。「団体職員だった夫が23年11月21日に業務上横領で逮捕されてしまったのです。それまでも南野さんは、夫の度重なる金銭トラブルに悩まされ続けており、一週間後の11月27日に離婚を発表しました。現在、南野さんは『仮⾯ライダーガッチャード』(テレビ朝日系)と『そこに⼭があるから』(BS朝⽇)などにレギュラー出演しています」(テレビ局関係者)『そこに⼭があるから』は、南野のほか、本上まなみ(49)や金子貴俊(46)ら3人のレギュラー出演者が、自分の登りたい山の頂上を目指し、山グルメに舌鼓をうったりなど、それぞれ山の楽しみ方を披露する番組だ。「南野さんの56歳での“登山アイドル”転身は意外でした。彼女の“運動音痴”は昔から有名だったからです。『スケバン刑事2 少女鉄仮面伝説』出演中も、ヨーヨーを投げる姿をうまく演じられず、毎日特訓に励んでいたそうです」(前出・テレビ局関係者)南野本人も最初は、自信がなかったそうだが……。「番組に出演しているうちに、『意外と大丈夫!』と自信を深めたようです。上るだけではなく、コメントもしなければなりませんが、“隠れた才能に目覚めた”と、ご本人も語っていました。登山デビューが富士山だったそうですから、度胸もピカイチなのでしょう」(制作関係者)南野が登山を始めたのは30歳を過ぎたころだったという。彼女自身は、その無謀な挑戦について、こう語っていた。《動くこともスポーツも大嫌い。そんな私でも、できるかなと14,15年前に始めたのが山歩きでした。そのくせ、一番最初にトライしたのは日本一の富士山。「日本人なら富士山登らなきゃ」って。言い出しっぺの私が足を引っ張るわけにはいかないから、ひそかに練習しましたよ。2リットルのペットボトルをリュックに入れて、当時住んでいた高層マンションの非常階段を50階まで上がって下りました》(『スポニチ』15年2月27日付)すでに登山歴も20年以上となった南野。『夏でも冬でも一〇〇名山』などの著書がある山岳ジャーナリストの鷹觜勝之さんはこう語る。「登山の歩き方というと、重厚でのっそりと、最近はストックを補助に安定感を持ってという感じですが、南野さんの登山スタイルは軽やかで、まるで街歩きをしているようです。そうしたリラックスした雰囲気も、視聴者に受け入れられているのでしょう」今秋デビュー40周年をむかえる南野は、いまもアイドルとして頂上を目指し続けていた。
2024年07月11日「明菜さんの復活は“待ってました!”という感じですね。みなさん心から望まれていたと思いますよ」7月12日からファンクラブ会員向けのイベントを開催する中森明菜について、こう嬉しそうに話すのは西村知美(53)だ。‘86年、映画『ドン松五郎の生活』で主演&主題歌を歌うという華々しいデビューを飾った西村。“とろりん”の愛称で親しまれ、正統派アイドルとして活躍。同期には山瀬まみや杉浦美幸、水谷麻里らがおり、事務所の先輩は河合奈保子や石川秀美、芳本美代子と、まさに’80年代アイドルの黄金時代を過ごした。「今でこそ’82年や‘83年の先輩方とお仕事でご一緒することが多いのですが、当時では考えられなくて。1〜2年差でも上下関係がはっきりしていた時代ですからね」と、西村はいう。中でも、“花の82年組”の明菜とは特別な思い出があるという。「当時は歌番組がたくさんありましたから、『夜のヒットスタジオ』や『ザ・ベストテン』などでよくご一緒させていただきました。あるときの『夜ヒット』だったと思うんですけど……明菜さんが本番前に『私、今でも緊張するの』っておっしゃって。パッと私の手を取ると『心臓がドキドキしてるの、わかる?』って、胸に手を当ててくれたんです。私、明菜さんのバストを触ってるけど大丈夫なのかな、って思いながら(笑)。でも、明菜さんはすごいナイスバディで!ウエストもものすごく細かったのをよく覚えています。あと『オールスターハワイ大旅行団』(‘87年7月放送)のときもとても優しくしていただきました。メンバーがすごい方々で……。田原俊彦さんや近藤真彦さん、シブがき隊に明菜、小泉今日子さん、菊池桃子さんたちと一緒でした。私はデビュー2年目で最年少。その撮影の合間にみんなでクルーザーに乗ったんです。タレントだけが乗り込んでいて、撮影スタッフやマネージャーもいない、夢のような空間だったんですが、私は船酔いがひどくて……。気持ち悪くて横になっていたのですが、明菜さんが『知ちゃんは低血圧だから、私と一緒ね』とおっしゃって、ずっと足をさすってくださったんです。私、低血圧じゃないのにな、とは思ったんですが(笑)。田原さん、近藤さんも心配して部屋をのぞいてくれて、小泉さんはりんごをむいてくださいました。こんな幸せな空間はないなぁ、って思いましたね」明菜について西村は「ニコニコして優しい方」という記憶しかないそうだ。「それに、明菜さんはすごくおちゃめ。明菜さんのコンサートに自分でチケットを取って行ったことがあるんですが、曲の合間のトークで明菜さんが急に『イチ、ニ、サン……』って数えだしたんです。観客はみんな『?』だったんですが、『11,12……ここの会場には非常口が12カ所ありますから、(緊急時は)みなさん落ち着いて避難してくださいね』って。会場が大爆笑だったのが忘れられませんね」芸能界入りする前は、菊池桃子とチェッカーズのファンで、ミーハーだったという西村。それだけに、当時のアイドルたちとの交流は鮮明に覚えている。「毎日、夢のような世界でしたから、いつもカメラと色紙を持ち歩いていました。今でも自宅にはいろいろな方と撮った写真やサインがあります。ただ、明菜さんとのツーショットはなくて。緊張して撮れなかったんだと思います」“役得”はほかにもあった。「アイドルのみなさんをテレビで見ると、普通は正面のアングルですよね。でも、歌番組でご一緒すると斜め後ろから見ることができるんですよ。たとえば、聖子さん。トークの雛壇で聖子さんがタモリさんとお話している際、私はすぐ後ろに座っていたので、透明感のあるきれいな聖子さんの背中を見ていました。真っ白なお肌で感動しちゃいました。堀越高校で一緒だったのが酒井法子ちゃんですが、お互い学校にあまり出席できないからって、私がテストの出そうなところをまとめてコピーしたものを法ちゃんに渡していたと記憶していたんです。でも、改めて当時の荷物を調べてみたら、反対に私が法ちゃんからプリントをもらっていたみたいで(笑)。たぶん、いろいろ交換していたんでしょうね。今でも大切にとってあります」名だたるスターたちとアイドル全盛期を駆け抜けた記憶は、いつまでも色あせることがないようだ——。
2024年07月11日「明菜さんは目前に迫ったファンイベントに向けて、準備を進めているそうです。6年半ぶりのファンとの対面を待ちわび、楽しんでもらえるように策を練っているといいます」(芸能関係者)7月12~14日の3日間、ファンクラブ会員向けのイベントを開催する中森明菜(58)。6月30日には有料のファンクラブ会員限定ブログを更新し、近況を明かしていた。「明菜ファンを公言しているタレントの椿鬼奴さん(52)の“明菜モノマネ”を絶賛していました。YouTubeで公開した歌唱シーンをまねたものだったとか。明菜さんには、’91年のお笑いバラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)などでコントの経験もあります。当時のインタビューで自らを“コメディアン向き”と言い、その理由を“みんなの笑ってる顔を見るのが好き”だからと。そのため彼女はお笑いに理解があるのでしょう」(前出・芸能関係者)鬼奴本人も、6月30日にXを更新し、喜びをつづっていた。《#中森明菜 samaに憧れて作ったmvについてとっても嬉しい事がありました》明菜自身も誰かをモノマネすることが好きなようだ。前出の芸能関係者はこう話す。「活動休止前、最後となった’17年末のディナーショーで、当時、流行していたブルゾンちえみ(33)のモノマネをノリノリで披露していましたよ。今回のファンイベントでも、モノマネを差し込んでくるのではないでしょうか」■「喜んでくれるように変えてみました」’24年1月、明菜はBS-TBSで放送されたテレビ番組『中森明菜女神の熱唱~新たな歌声&独占メッセージ~』に、セルフカバー曲『北ウイング-CLASSIC-』を提供。さらに、同番組へ寄せた肉声インタビューでセルフカバーの楽曲を選んだ理由を、「テープに落としていたり、レコードを持っていたり、CD持っていたりっていう方にとっても同じじゃつまらないので。一生懸命みんなが喜んでくれるような感じに変えてみました」と、話していた。今回のイベントも、ファンのために、工夫を凝らしているようだ。「明菜さんが4月から5月にかけてYouTubeで配信した5曲は、すべてジャズバージョンでセルフカバーしていました。ですので、イベントでは、そのジャズバージョンを歌唱するはずです」(前出・芸能関係者)音楽関係者によれば、さらなるサプライズの可能性もあるという。「実は明菜さんには過去にディナーショーで歌っただけで、音源化されていない曲があります。それは’96年と’98年のディナーショーで歌った『幸運な約束』。そして’96年と’97年に歌唱した『今夜は海のように』です。今年の4月に明菜さんは、’88年にCMソング用として制作され、テレビで放送された後、約36年間封印されていた楽曲『HELLO MARY LOU』をYouTubeで公開しました。この曲は5月1日リリースのベストアルバム『ベスト・コレクション ~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~ COMPLETE BOX』にも収録されています。今回の目玉として、ディナーショーでしか歌ったことのない『幸運な約束』、または『今夜は海のように』を解禁する可能性もあるのでは……」6年半ぶりのファンとの対面に、“幻の秘曲”が花を添える。
2024年07月10日「復活イベントに際し、明菜さんのもとには多くのオファーが舞い込んでいるといいます。ですが、今のところ返事はすべて“保留”だそうです」(音楽関係者)7月12日から3日連続でファンクラブ向けイベントを開催する中森明菜(58)。ただ、テレビなどにはいまだ出演していない。「明菜さんがオファーをすぐに快諾しないのは、イベントに集中するためだと聞いています。そもそもほとんどメディアに出ていないですから、負担も大きいのでしょう」(前出・音楽関係者)明菜は’14年の『NHK紅白歌合戦』以降、9年もの間メディアから遠ざかっていたが……。「’23年12月、ニッポン放送のラジオ番組『中森明菜オールタイムリクエスト』に明菜さんが肉声メッセージを寄せ、9年の沈黙を破ったのです」(前出・音楽関係者)番組は4時間超の生放送だった。「明菜さんは時折音声メッセージで登場するという形でした。番組中盤には『ずっと聴いていてください』『切らないで!』とおちゃめに呼びかける場面も。明菜さんはMCを務めたフリーアナウンサーの垣花正さんやミッツ・マングローブさんとほとんど面識はないはず。それでも肉声メッセージはサービス精神にあふれていました」(前出・音楽関係者)この背景には、意外な経緯が。「実は、ニッポン放送の制作スタッフが明菜さんに直筆の手紙を送っていたのです。明菜さんが個人事務所を新設し、再始動を表明した’22年8月。多くのメディアが明菜さんにオファーを出しました。ニッポン放送の制作スタッフが手紙を送り始めたのもこのころですが、ほかのメディアと違った点がひとつ。『この番組に出演してください』といった出演依頼はほとんど書かなかったそうなんです」(前出・音楽関係者)では、ニッポン放送が“明菜出演”にこぎつけたのはなぜなのか。「出演依頼の代わりに“明菜さんのファンです”“体調はいかがですか”“いつの日かまた歌えるといいですね”といった気遣いの言葉が綴られていたそうです。直筆の手紙で誠意が伝わり、明菜さんも胸を打たれたのではないでしょうか」(前出・音楽関係者)芸能関係者はこう明かす。「もともと明菜さんは文章を書くのがあまり得意ではありませんでしたが、契機になったのは’99年。当時のファンクラブが明菜さんのコンサートを勝手に企画するという事件が起きました。結局コンサートは中止になりましたが、企画にまったく関知していなかった明菜さんがチケット代を返金することに。以来明菜さんはファンにより誠実に向き合うようになったといい、新設したファンクラブ向けに頻繁に直筆の手紙を送るように。手紙という表現方法が好きになったのでしょう。2年前も、“ファンへの手紙”という形で再始動を宣言しました」完全復活の日が近づく明菜。足掛かりとなったのは誠意の手紙だった。
2024年07月03日「清瀬駅開業の100周年を記念して、明菜さんの曲が発車メロディに使われることになりました」(社会部記者)6月11日、東京都清瀬市を走る西武池袋線清瀬駅の開業100周年記念式典。幼少期からデビューまでを清瀬市で過ごしたという中森明菜(58)は、式典に《100周年おめでとうございます》と直筆メッセージを寄せた。「発車メロディは、通勤通学に元気が出るようにと上りには『DESIRE-情熱-』、帰宅時に癒しを添えるため、下りは『セカンド・ラブ』。明菜さんも選曲に関わりました」(前出・社会部記者)こうした明菜の動きに対し、“6年半ぶりのステージに向けて、活動が活発化しているのでは”と推察するのはテレビ局関係者。「デビュー42周年を迎えた5月に合わせ、YouTubeに5週連続で最新動画を投稿。5つの動画の総再生回数は約2千190万回にも上ります。7月には、ファンクラブ会員向けにイベントが予定されています。明菜さんがファンの前に姿を現すのは’17年12月以来のこと。待望の復活ステージに合わせて、明菜さんにインタビューを申し込んでいるテレビ局もあります」(前出・テレビ局関係者)しかし当の本人はというと……。「明菜さんはロサンゼルスを拠点に生活しているといい、日本のメディアからのオファーは、現地の代理人が対応しているようです。7月のイベント直前に帰国する予定だと聞いています」(前出・テレビ局関係者)ロス生活の背景にはある懸念が。「久しぶりのステージなので、万全の状態で臨み、絶対に成功させなければならないと明菜さんは強く思っているようです。しかしそのいっぽうで、明菜さんは繊細でプレッシャーに弱いタイプ。自身にまつわる否定的な報道などを目にしてストレスをためこまないようにと、日本を離れて過ごすことにしているといいます」(前出・テレビ局関係者)そんな彼女だが、帰国にはファンとの交流だけではない“楽しみ”があるという。「明菜さんが都内で暮らしていたころ、お気に入りの中華料理店があり、お忍びでよく訪れていたそうです。値段はリーズナブルですが、小泉純一郎元首相(82)もよく訪れるという名店。予約をしないと入れないほど人気です」(音楽関係者)辛党の明菜だけに、中華好きもうなずける。「この店の看板メニューは餃子。サラリーマンの客からは“これを食べると商談がうまくいく!”と評判で、『開運餃子』とか『出世餃子』と呼ばれています。明菜さんはよく麻婆豆腐を注文していたそうですが、音楽活動のさらなる発展を願って、開運餃子も食べるのではないでしょうか」(前出・音楽関係者)アイデアが詰まったファンイベントも最高のステージになるに違いない。
2024年06月18日東京・清瀬市にある西武鉄道池袋線・清瀬駅の開業100周年を記念して、駅の発車メロディーに同市の出身である中森明菜(58)のヒット曲が採用されたことが話題になっている。中森の曲が発車メロディーになるのは今回が初めてで、駅には中森の写真に本人のメッセージが添えられた大型パネルも設置された。記念撮影やメロディーを聴く目的で現地に大勢のファンが駆けつけただけでなく、SNSでも歓喜の声が多くあがっている。《清瀬まで行ってみようかな。発車メロディー聞くためだけだけど》《これで準急や各停に乗る楽しみができた。ファンとしては行かないわけにはいかないよね!》《普段行く機会がないとこだけど、パネルも撮影したいしこのために行ってみようかな》今回、上り方面のホームは「DESIRE-情熱-」、下り方面には「セカンド・ラブ」がそれぞれ選曲された。上りは朝に乗車する利用客が多いことからテンポが良く元気の出る曲で、下りは利用客の疲れを癒やすことをイメージしているという。しかし、上りの方で流れるサビの歌詞「まっさかさまに堕ちて」が気になった人が多かったようで、実際のメロディーを聴いたネットユーザーからはこんな意見がーー。《駅のホームでその歌詞はどうなんだ》《線路へ真っ逆さまに落ちないで》《縁起でもない》《「スローモーション」なら駆け込み防止になるのに》構内放送は6月11日からすでに開始されている。今回の選曲には中森も参加したと報じられているが、ファンを喜ばせるために選んだ往年の名曲が思わぬツッコミを入れられる事態になってしまったのは本人も想定外かもしれない。
2024年06月12日「明菜さんはアイドル時代から、お気に入りのアニメキャラクターのものまねをするのが好きでした。そのため、“また声優をやってみたい”とかねて周囲に話してきたそうです」(音楽関係者)今月デビュー42周年を迎え、7月に6年半ぶりとなるディナーショーを開催する中森明菜(58)。完全復活に向けて動き始めている彼女だが、先日、所属事務所は一部スポーツ紙の取材に対し、《歌手、声優、俳優などご縁がある限り、前向きに検討させていただければと思っている次第です》と、明菜の今後についてコメントして話題になった。「明菜さんが声優を務めたのは’92年のアニメ映画『走れメロス』のみです。これまで彼女はライブでもアニメ『Dr.スランプ アラレちゃん』のものまねや、アニメ声でトークしファンを喜ばせてきました」(前出・音楽関係者)『走れメロス』で明菜が初挑戦したのは、メロスの親友の恋人・ライサ役だった。「原作にないキャラクターだったため、彼女はイメージ作りに悩んでいたといいます」(映像関係者)当時のインタビューで彼女はこう語っていた。《ライサは“気が強くてハキハキしている娘”という印象を受けました。声について相談したところ『パッとひらめいた声で』と言われました。声のパターンは『ルパン三世』に出てくる峰不二子のタイプですね。小悪魔っぽく甘い声でやった方がいいと絵を見た時から思ってましたから》(『キネマ旬報』’92年8月1日号)前出の音楽関係者は言う。「明菜さんがステージで峰不二子を“お手本”としていた話を聞いたことがあります。特に露出度の高い衣装を着るとき、品よく映るように参考にしていたようです」今回の復帰にあたり、公式YouTubeで配信された5週連続のセルフカバー企画は、全5作で累計2千万回再生を突破した。「現在の明菜さんの新たな映像には肩出しの黒のシックな衣装もあり、ファンからの書き込みは《痺れます》《色気が素敵》と、男女問わず絶賛する声であふれています」(前出・音楽関係者)そうなると明菜の声優復帰作は『ルパン三世』の可能性が!?「声優初挑戦当時、彼女は次に声優をやりたい作品として『ちびまる子ちゃん』を挙げていました。過去にはビートたけしさんや、中居正広さんなど、『ちびまる子ちゃん』は有名人のゲスト声優が本人役や別の登場人物の声優として出演することでも知られます。体調面を考えると、歌番組や女優業はまだハードルが高いでしょう。“メディア復帰”は『ルパン三世』や『ちびまる子ちゃん』といった、彼女が好きな国民的人気アニメの声優出演からが現実的だと思います」(前出・映像関係者)まずは7月の復帰イベントで“峰不二子の艶気”がよみがえる。
2024年05月30日5月24日、人気ドラマシリーズ「古畑任三郎」第1シーズンの第1話がフジテレビ(関東ローカル)で再放送された。同作は田村正和さん(享年77)演じる主人公の古畑任三郎が、豪華ゲスト演じる犯人と対峙し、類いまれな推理力をいかして事件を解決していくミステリードラマ。`94年に初放送された第1シーズン第1話では、歌手の中森明菜(58)が痴情のもつれで編集者を殺害する人気作家を演じていた。SNS上では当時28歳だった明菜の演技を絶賛する声が。《中森明菜さんが可愛すぎて声も好きすぎてすき》《中森明菜めちゃくちゃ綺麗で魅力的な女性だった!!》30年という年月が過ぎても、明菜の人気ぶりは健在のようだ。芸能関係者が明かす。「明菜さんは7月にディナーショー形式のファンイベントが予定されています。ファンとの6年半ぶりの“対面”で、チケット代は1公演7万8430円だといいます。他の有名タレントのディナーショーと比べて高額な価格設定に“金儲け”との指摘も一部週刊誌でありましたが、応募が殺到。落選した人も多かったそうです。需要から考えるに、今回のチケット代は適正価格と言っていいのではないでしょうか」5月25日、ファンイベントへ申し込んだファンのもとに抽選結果を知らせるメールが送られると、SNS上では落選を嘆くファンが多くみられた。《自分の想像以上の激戦で、甘くみていた…さすがです明菜さん》《想像以上に激戦でビックリしてるんだけど…》《かなりの倍率だったんだな~。明菜ちゃん人気はスゴいな~と改めて実感。》
2024年05月27日「中森明菜さん(58)のファンクラブサイトで、ディナーショーの開催が発表されました。明菜さんはファンとの約6年半ぶりの“対面”を待ち望んでいるといいます。現在、熱心に準備を進めているそうです」(芸能関係者)ファンイベントは7月12日から7月14日にかけて、5公演が予定されており、明菜の誕生日である7月13日も含まれている。料金は誕生日とリンクさせたのか、税別7万1千300円と、強気の価格設定だが、“生誕祭”への応募が殺到しているという。そんな明菜の代表曲『TATTOO』の作曲家・関根安里氏が5月7日、自身のYouTubeで、明菜の元担当ディレクター・藤倉克己氏と対談。藤倉氏が、’88年のアルバム『Femme Fatale』の制作秘話を披露した。藤倉氏はアルバム制作のための楽曲集めの際に「すごいのが集まってきたんですよ。マイケル・ジャクソンの曲とか」と、世界的スターから提供を受けていたと告白。「明菜ちゃんが歌うのを想定して、10曲ぐらい選んだのかな」と語っていたが、マイケルの曲はアルバムに収録されていなかった。「キング・オブ・ポップの曲をボツにできるのなんて、明菜さん以外に考えられません。 “自分には合わない”と、泣く泣く不採用の判断を下したのでしょう。明菜さん自身はマイケルのライブをたびたび訪れるほどのファンでしたから」(音楽関係者)ラジオ番組から始まり、YouTubeでの映像公開。そして今回、万を期して開催される“完璧歌姫”のディナーショーはどういった内容なのだろうか。前出の芸能関係者が明かす。「3時間半のディナーショーのうち明菜さんがステージに立つのは約1時間です。歌唱するのは5~6曲ほどでしょう。YouTubeで公開されているデビュー曲『スローモーション』や、『北ウイング』などを歌うことが予想されます」■「声優や俳優などの仕事も前向きに」明菜はファンに向けて、“とびっきりのおしゃれ”をしてくるように要望している。「明菜さんのイメージカラーと言えば黒ですので、ファンたちは黒いスーツやドレスを身にまとい、集まるのではないでしょうか」(前出・芸能関係者)素の明菜が垣間見えるトークタイムも楽しみのひとつだ。「活動休止前の’17年のディナーショーでは、『この年でこれだけ歌って踊るのはキツいんだから』と自虐を交えたサービストークも好評でした。また明菜さんの事務所は先日、スポーツ紙の取材に対して、“声優や俳優などの仕事も前向きに検討させていただければ”と回答。ディナーショーで何らかのサプライズ発表がある可能性もあります」(前出・芸能関係者)完全復活で“スローモーション”だった明菜の歩みが加速するーー。
2024年05月14日「50代、60代の男性はもちろん、若いカップルや女子グループも来ていました」東京・渋谷で開催された中森明菜(58)とファッション通販サイト「ZOZOVILLA」によるポップアップイベント。訪れたファンの女性は、明菜のファン層の幅広さに目を丸くする。「初日の5月1日は雨でしたが、入場するのに列ができるほどお客さんが集まっていましたよ。この日は明菜ちゃんにとって大切な日だから、多くのファンが訪れたのでしょうね」’82年5月1日、『スローモーション』でデビューした明菜。42周年を迎えた今年は、《42周年を迎えることができているのは、みなさまのおかげです。本当に本当にありがとうございます…!これからもおだやかに見守っていただけるとうれしいです》と自身のXに投稿した。「『ZOZOVILLA』とのイベント会場では、壁一面に飾られた過去のレコードジャケットや、大型モニターに映し出されたライブ映像が印象的でした。活動のなかったここ数年とは異なり、新たに動きだしていくような明るさを感じました」(前出・ファンの女性)「ZOZOVILLA」とのコラボでは、これまでの楽曲のレコードジャケットをイメージしたTシャツも販売している。「このTシャツのモデルを務めているのが、女優ののんさん(30)です。誕生日が同じという共通点から、明菜さん側からのんさんにオファーしたそうです」(音楽関係者)■生卵で汚れた小泉を明菜が救ったこれまで表立った接点はなかった明菜とのん。2人をつないだのは、“花の82年組”小泉今日子(58)だった。「小泉さんは、明菜さんと同じ’82年デビューで、親友同士。いっぽうのんさんにとって小泉さんは、“芸能界の母”と慕うほどの存在なのです」(テレビ局関係者)明菜とは、ある事件以来、固い絆で結ばれているという。「新人だったころ、音楽イベントで客席から投げられた生卵が小泉さんに当たるという事件が起きました。生卵で顔や衣装が汚れてしまった小泉さんのもとに駆け寄って舞台袖に連れていったのが、同じステージに立っていた明菜さんでした。以来2人は親しくなり、中目黒などで飲み歩く姿も目撃されてきました。小泉さんは最近でも、カラオケで明菜さんのデビュー曲『スローモーション』を歌うそうです」(前出・テレビ局関係者)のんと小泉は’13年の朝ドラ『あまちゃん』で母娘役を演じ、話題を呼んだ。「『あまちゃん』ではのんさんがアイドルとして奮闘する物語が描かれ、劇中で’80年代のアイドル歌謡曲が多数使用されました。明菜さんの楽曲の歌詞がセリフとして出てきたりもしました。撮影中には、小泉さんが自身のアイドルとしての経験をのんさんに語っていたそうです。当時のスーパーアイドルだった明菜さんの話題も出ていたはず。のんさんは明菜さんを非常に身近に感じていたのではないでしょうか」(前出・テレビ局関係者)明菜は’10年に体調不良で芸能活動を休止していたが、「小泉さんは明菜さんの体調を気遣って、ときどき連絡をしていたそうです。『あまちゃん』当時も明菜さんは療養中だったとみられますが、親友の小泉さんが活躍する『あまちゃん』を毎朝楽しんでいたのではないでしょうか。のんさんの魅力を知ったのもこのときかもしれません」(前出・テレビ局関係者)59歳の誕生日である7月13日、明菜は6年ぶりにファンの前に立つ決断を下した。「ファンクラブ会員向けのイベントが開催されます。明菜さんがステージに立つのは、’17年12月のディナーショー以来のことです。東京都内の150人ほどの座席数の小さな会場を予定していると聞いています」’22年に立ち上げた個人事務所にも動きが。「設立以来明菜さんが務めていた代表取締役ですが、かつての個人事務所の社長を務めた男性の姉が5月1日付で代わりに就任することになったとスポーツ紙が報じました。明菜さんが音楽業に専念するためだといいます。今年の明菜さんは非常に活動的ですから、テレビで歌う姿を見られる日も近いかもしれません」(前出・音楽関係者)前出のテレビ局関係者は言う。「小泉さんは明菜さんと親友であるいっぽうで、アイドルとして尊敬や憧れの思いもあったといいます。それだけに、明菜さんに歌で魅力を発揮してほしいという思いは強かったでしょう。明菜さんが活動を休止している間も、小泉さんはラジオ番組などで明菜さんとの思い出話を語ってきました。これは、明菜さんにとっては親友からのエールになったかもしれませんね」長きにわたった明菜の活動休止。ついに完全復活を遂げようとしているが、その鍵を握っていたのは“あまちゃん母娘”だった――。
2024年05月09日YouTubeでのセルフカバー動画が話題の中森明菜(58)。数多くのヒット曲を持つ明菜だが、4月3日に第一弾として『TATOO』を配信すると、コンスタントに配信を続け、24日には第4弾となる『北ウイング』のジャズバージョンを熱唱する姿が公開された。「カバー動画4本の総動画再生回数は1200万回以上を記録し、チャンネル登録者数も70万人を超えています。やはり明菜さんは根強い人気を誇っており、ファンの関心も高いことが分かります」(スポーツ紙記者)5月1日にはデビュー記念日、そして今年で59歳を迎える7月13日の誕生日にはファンクラブ向けのイベントを行うことも先日、所属事務所が発表したばかり。2017年12月のディナーショー以来、人前に姿を見せていなかった明菜。本格的な再始動に期待も高まっているが、“不安要素”もあるという。「確かにそれまで“声が出ない”などと囁かれた明菜さんが、自身の声で歌を発表したことは明るい材料かもしれません。それにしても、あまりにも動画の演出がチープな作りであることに衝撃を受けました」こう話すのはデビュー当時の明菜に携わってきたある音楽プロデューサーだ。「あくまで動画を見ただけなのですが、ヘアメイクやファッションにそれほどおカネをかけているとは思えないのです。これまでの明菜さんと言えばレディー・ガガをも先取っていたといわれる斬新なファッションで世間をアッと驚かせてきました。それが一連のカバー動画を見る限り、よく言えば自然体ですが、悪く言えばその辺のラフな恰好のまま」’80年代から松田聖子と並ぶ“歌姫”と呼ばれた明菜だけに、寂しさが募るという。「やはり一流のアーティストは音以外の演出にもお金をかけているもの。聖子さんは今でもステージでは演出にもファッションにもお金をかけ、業界でも名の知られるプロのスタッフたちと仕事をしている。そのクオリティと比べると、明菜さんの周囲にもそのようなスタッフがきちんとついていればいいのですが……」7月、明菜はどんな姿でファンの前に登場するのだろうか。
2024年04月30日7月にファンクラブ会員に向けた有料イベントを開催すると発表した、歌手の中森明菜(58)。’17年12月のディナーショー以来、6年半ぶりにファンの前に姿を見せることとなり、ファンの間では《本物の歌姫、やっと帰ってきたか。お帰りなさい!》《明菜ちゃんのやりたいようにやってください!》と、再始動への期待値が高まっている。そんな明菜は現在、5月1日に迎えるデビュー記念日に向けて毎週水曜日にセルフカバー動画をYouTubeにアップ。4月3日に公開された第一弾「TATTOO-JAZZ-」は479万回、そして第2弾の「BLONDE-JAZZ-」は254万回もの再生回数を記録するほどの評判ぶり。そして17日には第三弾として「ジプシー・クイーン-JAZZ-」が公開された。もともと’86年にリリースされた「ジプシー・クイーン」だが、これまでアップされた「TATTOO」や「BLONDE」同様、今回もジャズ風にアレンジが施されている。動画では、まずレコーディングブースへと向かう明菜の姿が。椅子に座るとカメラを見つめてニッコリ。そしてハスキーな声で囁くように「ジプシー・クイーン」を歌い始めた。ムードたっぷりな楽曲の冒頭で、明菜が見せた笑顔ーー。この“明菜スマイル”にはファンも悶絶したようだ。X上では動画を視聴したファンたちから、楽曲だけでなく笑顔に感激する声が相次いだ。《え、歌う前の笑顔可愛すぎない!?最初でやられた》《優しい笑顔だぁ。ぐわぁぁぁ最高!!!》《最初の笑顔可愛すぎる、、歌い出しめっちゃ好き!!!》《魅せられました~ 歌いはじめの笑顔も可愛い》《ジャズアレンジがすごくいいし 歌唱前の笑顔も見れて嬉しい》
2024年04月17日2024年4月15日、歌手の中森明菜さんが、59歳の誕生日を迎える同年7月13日に、コンサートを開催することが明らかになりました。中森さんのコンサートは、2017年12月に行った、ディナーショー以来で約6年半ぶりになるそうです。サンケイスポーツによると、コンサートは、ファンクラブ『ALDEA』の会員を対象にしているとのこと。会場等の詳細については、ファンクラブの会員にのみ案内するといいます。2018年以降、活動を休止していた中森さん。その後、2022年には個人事務所を立ち上げて再始動を宣言しており、YouTubeチャンネルを開設するなど、話題を集めていました。ネットでは、ファンを中心に、祝福と期待のコメントが相次いでいます。・おめでとうございます!中森さんの元気に歌う姿を楽しみにしています。・明菜さんお帰りなさい!名曲『DESIRE-情熱-』を聴きたいなぁ。・ファンクラブ会員になるしかない!・本当に嬉しい!無理をしない程度に頑張ってほしいです。6年ぶりとなるステージで、どんなパフォーマンスが披露されるのでしょうか。ファンは楽しみで待ちきれないでしょうね![文・構成/grape編集部]
2024年04月16日4月15日、歌手の中森明菜(58)が自身の誕生日である7月13日にファンクラブ会員向けのイベントを開催することが明らかになった。ただ、各メディアによると、あくまでもファンクラブ会員向けのもので、今後の案内についても会員にのみ行うという。スポーツ報知の取材に対して、明菜の所属事務所でもある「ALDEA」は「「一部報道にございます『復活ライブ』や『復活コンサート』はミスリードを招く情報でございます」と回答している。17年12月のディナーショー以降、表舞台での活動を休止していた明菜。デビュー40周年の22年8月に個人事務所を立ち上げ、再始動を表明していた。「その後はなかなか表立った活動はできずにいましたが、昨年12月に公式YouTubeチャンネルを開設。現在はデビュー42周年を迎える今年5月1日に向けて毎週セルフカバーの最新動画を投稿しており、再始動が徐々に本格化しています」(スポーツ紙記者)4月3日に投稿された往年の名曲『TATOO』のジャズバージョンは15日現在で466万回再生を突破。変わらぬ人気を見せつけたが、注目を集めたのは明菜の表情だった。「昨年12月には『北ウイング』の動画を投稿しましたが、その際の切なげな表情からは一変。今回の『TATOO』の動画に登場した明菜さんは、歌いながらダンスするなど、非常に楽しんでいる様子でした。歌い終わるとカメラに向かって笑顔でダブルピースを見せるなど、終始ノリノリ。ポニーテールという髪型も快活な印象を与えました」(前出・スポーツ紙記者)再始動を表明して以降、テレビ出演はまだない。「ファンクラブ会員限定のラジオやグッズ販売を行うなど、明菜さんはこの2年間ファン向けの活動に特化してきました。今回告知されたイベントもファンクラブ会員限定なので、応援してくれる人に感謝を示したいというのが一番の思いなのでしょう。現時点で歌を披露するかは定かではありませんが、ファンとしては期待が高まるところでしょう。いっぽうで、ファンクラブ会員ではなくても明菜さんのことを気に掛けるファンは少なくありません。YouTubeはファンクラブ会員以外も明菜さんの姿を見られる貴重な場だけに、『TATOO』で見せた陽気な姿に安心した人も多かったのではないでしょうか」(前出・スポーツ紙記者)歌姫・明菜の熱唱に期待したい。
2024年04月16日「明菜ちゃんが楽しそうに歌う姿を久しぶりに見られました。カラー映像なので、顔色もよくわかって……。ずっと体調を心配していましたが、生き生きとしていたので安心しました」(ファンの女性)中森明菜(58)が約10年ぶりに色づいたーー。4月3日、YouTubeを更新した明菜。往年の名曲『TATTOO』のジャズバージョンを披露した。「昨年12月24日にもYouTubeに『北ウイング』の歌唱動画が投稿されましたが、このときはモノクロ映像でした。明菜さんがテレビに出演したのは’14年の『NHK紅白歌合戦』が最後。つまり今回の『TATTOO』の動画は、’14年の『紅白』以来、実に10年ぶりのカラー映像なのです」(音楽関係者)明菜は5月1日にデビュー42周年を迎える。「明菜さんはデビュー40周年の’22年に個人事務所を設立し、再始動を表明しました。ところが、表立った活動はほとんどできずに2年が経過。芸能活動から離れているうちにかつての関係者とのつながりが薄くなり、再始動のために頼れるスタッフがいなかったのです」(芸能関係者)しかし明菜自身は復帰への意欲を絶やしてはいなかった。「昨年から明菜さん自ら音楽関係者と連絡を取り、本格復帰に向けて協力を求めてきました。そうした思いが実ったようで、1月には最新肉声インタビューがBS-TBSで放送され、4月1日には36年前の未発表曲が配信されました。再始動がようやく本格的になってきました」(前出・芸能関係者)5月1日に向けて、毎週水曜日に自身の楽曲をカバーした動画をYouTubeに投稿するといい、その第1弾が『TATTOO』だったのだ。「『TATTOO』を歌う明菜さんは終始ノリノリでカメラに向かって笑顔でピースする場面もありましたが、実は明菜さんがジャズの楽曲を披露するのは今回が初めてです。前回の『北ウイング』を切ない表情で歌い上げたのとは対照的な明るい雰囲気でした」(前出・音楽関係者)58歳にして初のジャズに挑んだ明菜。その背景には、あるライバルの存在があったと前出の音楽関係者は言う。「松田聖子さん(62)は明菜さんより先にジャズの分野にチャレンジしていて、今年2月には3作目のジャズアルバムを発表しました。’17年に発売した1作目は、アメリカの大手配信会社のチャートで2位を獲得するほどヒットしています」試練のときにも聖子のそばにはジャズがあった。「’21年に愛娘の沙也加さん(享年35)が亡くなりました。以前からジャズに取り組んでいましたが、沙也加さんの亡き後はアップテンポな曲ではなくじっくりと聴かせるジャズにさらにのめり込んでいったようです」(前出・芸能関係者)“不仲”と報じられることも少なくなかった明菜と聖子だが、実際のところは少し違うようだ。「明菜さんは聖子さんのレコードをほとんど持っており、カラオケで聖子さんの曲を歌うほどリスペクトしています。聖子さんも、明菜さんとは“認め合う仲”だと話しており、高め合うよきライバルといった関係なのでしょう」(前出・音楽関係者)明菜は免疫力低下による体調不良で’10年に活動休止するなど、長らく思うようにいかない時期を過ごした。「’17年末にもディナーショーを開催しましたが、その後は再び活動休止状態になるなど、歌える環境がなかなか整わなかったといいます。それだけに、悲しみを抱えながらも歌い続ける聖子さんには勇気づけられたのではないでしょうか。明菜さんがジャズに興味を持ったのには、聖子さんの背中を追うような気持ちもあったのかもしれません」(前出・音楽関係者)聖子が一歩前に進めば、明菜もそれに追いつこうとする。まるで呼応するかのように、歌姫2人がそろってジャズにーー。音楽評論家の富澤一誠さんはこう話す。「最近は’70~’80年代のポップスが再注目されています。しかし、昔の歌謡曲をそのまま歌っても飽きられてしまいます。そこで明菜さんは、『TATTOO』をジャズバージョンにすることで、新しさが感じられるようにしたのでしょう。ジャズは“大人の音楽”なので、“大人になった明菜”という印象も受けますね」また、ジャズは年を重ねても“ありのまま”で表現できるという。「たとえばロック調の『DESIRE -情熱-』は声を張り上げなければならないので、今歌うと息切れしてしまうかもしれません。いっぽうでバラードも、低音をしっかりと響かせなければならないため、これもなかなか難しいです。中音域でアップテンポすぎないジャズなら、無理せず自然に歌うことができるはず。今の明菜さんにとっていちばん歌いやすいジャンルだと思います」(富澤さん)聖子と明菜がそろってジャズに挑戦しているといっても、そこには違いがあるようだ。「聖子さんが“きれいなジャズ”だとすると、明菜さんは少し“アク”が強いジャズ。双方とも並び立っている感じで、非常にいいと思います」(富澤さん)3月に中央大学法学部通信教育課程を卒業し、年を重ねてもなお歩み続ける聖子。明菜にもさらなる不屈の精神が芽吹いたはずだ。歌姫が長い冬眠から目を覚ましたようだ。10年ぶりのカラー映像で明菜が歌い上げたのは、初のジャズ楽曲。もう一人の歌姫・聖子を追いかけ、明菜の42周年が幕を開けようとしている。
2024年04月11日4月10日、歌手の中森明菜(58)が新作動画をYouTubeにアップした。近年、表舞台での活動から遠ざかっていた明菜。しかし’22年8月に個人事務所を設立し、再始動に向けて動き出したことを発表。’23年12月にはYouTubeチャンネルを開設し、「北ウイング-CLASSIC-」を歌う動画を投稿した。また5月1日のデビュー42周年となる記念日に『ベスト・コレクション ~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~ COMPLETE BOX』の発売を予定しており、この日に向けて、4月3日から毎週水曜日にセルフカバーの最新動画をYouTubeで公開していくと宣言している。活動が徐々に活発化している明菜。3日にはセルフカバー第一弾として、ジャズアレンジ版「TATTOO」をYouTubeにアップ。さらに10日には’87年にリリースされた「BLONDE」のジャズバージョンを披露した。「BLONDE」の動画では前奏を織りなすトランペットやフルートの映像が続いた後、レコーディングブースに笑顔で佇む明菜の姿が。リズムに乗り、ハスキーな歌声で歌い始めた明菜は、両腕の二の腕あたりにスリットが入ったドレスを着ている。また間奏では、レコーディング中に真剣な表情で話す明菜の姿も確認できる。明菜の再びの熱唱動画はファンの心を打ったようで、Xでは歓喜する声がこう上がっている。《サムネの明菜ちゃん可愛すぎない!?!?》《ん~やっぱり明菜ちゃん良いな?またこうやって歌声聴けて嬉しいよねぇ~》《サムネの笑顔がまたドキドキ》《中森明菜さんを画面越しで見れる幸せ》《明菜ちゃん、いい意味で時間が止まってるなあ。アンニュイでええやんけ。頑張れ、マジ頑張れ》
2024年04月10日4月3日、歌手の中森明菜(58)がYouTubeを更新し、’98年のヒット曲『TATTOO』のJAZZバージョンを歌唱する動画を公開。最新の“明菜の姿”に注目が集まっている。’14年の紅白歌合戦への出演を最後にメディアから遠ざかっていた明菜だが、’22年8月に個人事務所を設立し、Twitter(現X)で再始動に向けて動き出したことを公表。’22年12月には公式ファンクラブを再始動させた。’23年12月、YouTubeチャンネルを開設して、『北ウイング-CLASSIC-』を歌うモノクロの映像を投稿し、約9年ぶりに歌唱姿を披露。’24年5月1日の42周年となるデビュー記念日に、『ベスト・コレクション ~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~ COMPLETE BOX』の発売を予定している明菜は、同日に向けて、4月3日から毎週水曜日にセルフカバーの最新動画をYouTubeで公開していくという。明菜は今回の動画に、ポニーテールの髪形にグレーのニット姿で登場すると、伸びのあるハスキーな美声を震わせた。真剣に歌っているシーンが多かった『北ウイング』の歌唱映像から“激変”し、『TATTOO』では音楽にのり、ダンスをするなど楽しむ余裕も垣間見え、動画の最後にはダブルピースも飛び出した。SNS上では、歌姫の元気な姿を喜ぶ声が多数あがっていた。《最後の明菜ちゃんの笑顔ピースが可愛すぎてハート射抜かれました》《明菜さんもノリノリで楽しく歌われていますね》《元気そうで何よりです》
2024年04月04日中森明菜の未発表曲「HELLO MARY LOU」が、デビュー42周年記念日の5月1日(水) に発売されるベストアルバム『ベスト・コレクション~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~』にスペシャル・ボーナス・トラックとして収録されることが決定した。「HELLO MARY LOU」は、1957年にアメリカで発表された「Merry, Merry Lou」をもとにした楽曲で、1960年にカントリー歌手のジョニー・ダンカンが最初に歌唱。1961年のリッキー・ネルソンによる歌唱バージョンが全米9位&全英2位を獲得、さらにヨーロッパ各国でもヒットを記録し、特にノルウェーでは14週1位となっている歴史的名曲だ。英語でカヴァーした中森のバージョンは、実は1988年にCMソング用に制作され、テレビCMとしてオンエアされていたが、公式音源として発売されることはなく、ファンの間でも知る人ぞ知る楽曲となっていた。だが、2024年3月15日(金) にファンクラブ会員限定配信ラジオ「ALDEA RADIO」で突如同曲がオンエアされ、本人の口からベストアルバムに収録されることが発表された。ベストアルバムには「HELLO MARY LOU」に加え、「スローモーション」「セカンド・ラブ」「駅」「少女A」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE -情熱-」など、ワーナー時代の全シングル28曲を含む全36曲が収録される。<リリース情報>中森明菜 ベストアルバム『ベスト・コレクション~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~(+2)<2024ラッカーマスターサウンド>【完全生産限定三方背BOXデラックス・エディション(2CD)】』5月1日(水) リリース価格:3,850円(税込)※全シングル合計31枚のジャケット・セット(CDサイズ)付き予約リンク:中森明菜 ベストアルバム『ベスト・コレクション~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~COMPLETE BOX【6枚組完全生産限定(2CD+4LP)】』5月1日(水) リリース価格:18,150円(税込)※全シングル合計31枚のジャケット・セット(CDサイズ)付き予約リンク:中森明菜『ベスト・コレクション~ラブ・ソングス&ポップ・ソングス~』ジャケット【CD収録曲】■DISC 1:ラブ・ソングス(30th anniversary mix)<2024ラッカーマスターサウンド>01. スローモーション02. セカンド・ラブ03. 目をとじて小旅行(イクスカーション)04. トワイライト―夕暮れ便り―05. SAND BEIGE -砂漠へ-06. SOLITUDE07. ジプシー・クイーン08. Fin09. 駅10. BLONDE11. 難破船12. 恋路13. AL-MAUJ(アルマージ)14. LIAR15. 乱火16. 水に挿した花17. 忘れて・・・■DISC 2:ポップ・ソングス(30th anniversary mix)<2024ラッカーマスターサウンド>01. 少女A02. 1/2の神話03. 禁区04. 北ウイング05. サザン・ウインド06. 十戒(1984)07. 飾りじゃないのよ涙は08. ミ・アモーレ[Meu amor e…]09. DESIRE -情熱-10. LA BOHEME11. 危ないMON AMOUR12. ノンフィクション エクスタシー13. 赤い鳥逃げた14. TANGO NOIR15. TATTOO16. I MISSED "THE SHOCK"17. Dear Friend18. 二人静 - 「天河伝説殺人事件」より19. HELLO MARY LOU(未発表曲 / CDのみのボーナストラック)※ボーナス・トラックのM13「赤い鳥逃げた」、M14「HELLO MARY LOU」は〈2024 mix〉となります。■4LP(COMPLETE BOXのみ収録)※33回転DISC 3:ラブ・ソングス(SIDE A:DISC 1のM1~M4)(SIDE B:DISC 1のM5~M8)DISC 4:ラブ・ソングス(SIDE A:DISC 1のM9~M12)(SIDE B:DISC 1のM13~M17)DISC 5:ポップ・ソングス(SIDE A:DISC 2のM1~M5)(SIDE B:DISC 2のM6~M9)DISC 6:ポップ・ソングス(SIDE A:DISC 2のM10~M13)(SIDE B:DISC 2のM14~M18)公式サイト:
2024年03月16日中森明菜の『BEST III』が、デビュー40周年記念 ワーナーイヤーズ・全アルバム復刻シリーズとして、2024ラッカーマスターサウンド(アナログレコードの原盤「ラッカー盤」にカッティングし、レコード針で再生した音をデジタル化)&全曲オリジナル・カラオケ(2024 Remaster)の2CDでリリースされる。本作は4枚目のベスト・アルバムで、オリジナル盤がリリースされたのは1992年。アイドルからアーティストへと完全に脱皮を果たした時期の中森明菜の、ヒット曲から隠れた名曲まで、全12曲が収録されている。ポップな友情ソングも!歌姫の七変化が聞こえるベスト・アルバム。妖艶さが極まった「二人静‐「天河伝説殺人事件」より」。竹内まりやが作詞・作曲を手掛け、のちに彼女自身がセルフカバーをしたバージョンも広まった「駅」。その後の中森明菜の実力と個性を知らしめる、エスニックな路線を切り拓いた「ミ・アモーレ〔Meu amore…〕」の別歌詞&ラテン・ロング・バージョン「赤い鳥逃げた」。他にも、様々な角度から大人の女性が描かれた楽曲が揃っているが、特に24thシングルの「Dear Friend」は、彼女らしさを作り上げてきたしっとりとしたバラードでも、情熱的なラブソングでもない。〈Come on〉〈hey〉など明るいフックを交えながら、カラリと女性の友情を歌っているのだ。当時、中森明菜が、初めて“等身大のお姉さん”に見えた。さらに、そのカップリング「CARIBBEAN」も、穏やかに幸せを噛みしめるカリプソ調のナンバーで、その軽さは新鮮だった。歌い方も、ジャンルも、感情も、楽曲によって七変化できる中森明菜の実力が発揮された本作。「Blue On Pink」などの、囁くような、それでいて存在感のある歌い方からも、“すぐれたシンガーは、大きな声を張って歌うもの”という単純なイメージを、メジャーシーンで覆した革新性を改めて感じる。何度かの活動休止を経ながらも、2021年にデビュー40周年イヤーに突入してからは、テレビやラジオでの特別番組の放送や、Xでの自身のメッセージの発信など、現在進行形の姿を見せている中森明菜。今こそ真の“歌姫”に触れてみてほしい。ラッカーマスターサウンドで進化した、ワーナーイヤーズ・全アルバム復刻シリーズ第9弾、アルバム『BEST III』。【通常盤(2CD)】¥2,750【完全生産限定盤(2LP)】¥5,940【COMPLETE BOX 5枚組完全生産限定盤(2CD+2LP+CT)】¥11,550(WARNER MUSIC JAPAN)なかもり・あきな1982年デビュー。「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE ‐情熱‐」「難破船」など、多数のチャート1位ヒット曲を誇る。2023年にはセルフカバー「北ウイング‐CLASSIC‐」が発表された。※『anan』2024年2月28日号より。文・高橋美穂(by anan編集部)
2024年02月27日12月26日、歌手の中森明菜(58)の肉声インタビューが来年1月2日放送の『中森明菜女神の熱唱~新たな歌声&独占メッセージ~』(BS-TBS)で公開されることが発表された。今回明菜は6年ぶりのレコーディングとなった、作曲家・林哲司氏のトリビュートアルバム『サウダージ』に参加した際の胸中を明かすという。今月24日、Xに《いつも応援してくださるファンのみなさまへ。クリスマスプレゼント…とは言えないかもしれませんが…レコーディングの様子をお届けしますね。みなさまにとってステキなクリスマスとなりますように…!》と投稿し、公式YouTubeチャンネルの開設に合わせて「北ウイング-CLASSIC-」のMVを公開したと報告した明菜。動画内での笑顔が反響を呼ぶなか、右手の薬指に指輪を嵌めていたことも注目を集めた。‘22年8月に、《ゆっくりになってしまうと思いますが、歩き出していきたいと思います》と再始動への思いを綴った明菜。その宣言から1年以上が経ち、ようやく本格的な活動再開の兆しが見えてきた。しかし、これまでの道のりは平坦ではなかった。明菜は、’22年8月まで個人事務所『ファイス』に所属していたが、再始動宣言と共に、新たな個人事務所『HZ VILLAGE』を立ち上げ、移籍したことを報告している。「『ファイス』の代表で、明菜さんのマネージャーを務めていたA氏は明菜さんの恋人ともいわれていた人物でした。明菜さんとしては’22年には、デビュー40周年を迎えることもあり、歌手活動をしたいと考えていたそうです。しかし、Aさんが協力的な姿勢ではなかったことから、明菜さんは新たに個人事務所を立ち上げることに。この移籍を機に二人の間では、破局説や、トラブルも報じられるようになりました」(芸能関係者)A氏から離れて、新たな道を模索しようとした明菜。しかし、明菜とA氏の関係に異変がーー。今年1月ごろ、新事務所の監査役にA氏の姉であるB氏が就任したのだ。「もともと明菜さんは’17年末にディナーショーを開いて以来、5年以上も活動休止状態にあり、芸能界と距離を置いてきました。かつて所属していたレコード会社からも『もう明菜とは関係ない』と突き放され、頼れる人や後ろ盾もないそうです。そこで前事務所の役員で、旧知の仲でもあるB氏を頼るしかないという状況となってしまったよう。しかし、B氏を頼るということはA氏との交流が復活する可能性が……。それでも明菜さんはファンを思い、苦渋の選択をしたのでしょう」(音楽関係者)また明菜は、体調面でも困難を抱えていた。「明菜さんは’10年に帯状疱疹を患ってから思うように体調が回復しませんでした。さらに病気のため精神的な不調にも見舞われ、人前で歌うどころか会う人すら選ぶ状況だったそうで、自宅からほとんど出ない生活が続いていたそうです。しかしその間も、歌への情熱を絶やすことはなく“いつか自分が歌うために……”との思いで、歌詞をノートに書きためているといいます。20代のころ、作詞家の先生のもとで本格的に学んだこともある明菜さんは、’00年以降は『Miran:Miran』というペンネームで作詞を担当することも。常に『諦めない』という意志があるのです」(前出・音楽関係者)公式YouTubeチャンネルの登録者数は開設から3日で30万人を超え、投稿された「北ウイング-CLASSIC-」の動画は255万回という驚異的な再生数に。この数字は明菜の再始動を応援するものになるだろう。不屈の歌姫、中森明菜。その想いは多くの人に届いているようだ。
2023年12月28日《いつも応援してくださるファンのみなさまへ。クリスマスプレゼント…とは言えないかもしれませんが…レコーディングの様子をお届けしますね。みなさまにとってステキなクリスマスとなりますように…!》自身の公式Xでそうつぶやいたのは、歌手の中森明菜(58)。11月8日以来の1カ月ぶりとなる投稿で、自身の公式YouTubeチャンネル開設を伝えたのだ。チャンネルでは、1984年に発売されたヒット曲「北ウイング-CLASSIC-」のクラシックバージョンを公開。伸びのあるハスキーな声で切なく歌い上げるその表現力は健在で、6分27秒にわたって収録の様子をアップしている。また注目を集めているのが、明菜の”現在の姿”だ。「明菜さんは2014年の紅白歌合戦を最後にメディアから遠ざかっていました。今年12月17日にはラジ番組『中森明菜オールタイムリクエスト』で9年ぶりの肉声を披露していましたが、今回は元気そうな“素の表情”もみせています。きわめてレアな動画です」(スポーツ紙記者)モノクロではあるものの、動画内の明菜は肩にかかるふんわりとしたヘアスタイルでシンプルなワンピース姿。真剣な表情でレコーディングに臨む姿に加えて、動画の後半では収録の合間にみせた素の表情も公開している。スタッフと話しながら、屈託のない笑顔を何度も浮かべる明菜は元気そのもの。カメラに向かって首を傾け、いたずらっぽく笑うシーンもあった。そんな歌姫から届いた聖夜のサプライズ動画に、ファンからは感動の声が続出。その激レアな姿に、Xでは激震が走っている。■“破局説”浮上も…薬指に輝いていた指輪《笑顔が拝見出来てよかったです》《動いてます。お元気そうで何よりです》《明菜ちゃんクリスマスプレゼントありがとう!最っ高ーです明菜ちゃんを感じて聞いては喜び嬉し泣き。の繰り返し》《昔から中森明菜さんが好きで。この動画の最後に今の中森明菜さんがこっちを見て笑っていて、それだけで涙が出てきた。声もまだまだお美しい。また元気に活動される事を祈るばかり》また、動画内では気になることも。右手の薬指に指輪が輝いていたのだ。「明菜さんは昨年8月に“再始動”を表明。これまで所属していた個人事務所『ファイス』から、新たに立ち上げた個人事務所『HZ VILLAGE』に移籍しました。ただ『ファイス』の代表でありマネージャーを務めていたA氏は明菜さんの恋人ともいわれており、移籍騒動をめぐる一連の報道のなかで“破局説”も伝えられていました。そのため今回の”復活動画”の背景や、”薬指の指輪”の存在にも注目が集まっています」(芸能関係者)24日16時現在、チャンネル登録者数は4.8万人を突破。動画再生数は12万回を突破している。2024年は明菜“完全復活”の年になるのだろうか。
2023年12月24日中森明菜(58)が突然、公式X(旧Twitter)と公式サイトを開設してから1年が経過した。「当初、ディナーショーの開催や、『NHK紅白歌合戦』への出演が取り沙汰されましたが実現せず、ここまでの目立った動きとしては、昨年12月に新たなファンクラブが発足したことと、7月にグッズの販売イベントが行われたことくらいです。’16年と’17年にディナーショーが開かれた際には、9月上旬までに開催がアナウンスされていましたが、いまだに発表がないため“今年も難しいのか”と残念がるファンも。しかし現在、明菜さんは水面下で、本格復帰に向けて動いているそうです」(音楽関係者)’17年に開催されたディナーショーを最後に、歌手活動を休止している明菜。だが’22年8月のX開設とともに発表された《ゆっくりになってしまうと思いますが、歩き出していきたいと思います》という言葉に嘘はなかったようだ。「実は8月末に公開されたファンクラブ限定のラジオで明菜ちゃんが、デビュー曲『スローモーション』をアカペラで歌ったのです。久々に聴いた明菜ちゃんの生声は格別でしたね」(明菜のファン)6年ぶりの歌唱でデビューシングルを披露した明菜。彼女にとって思い出の詰まった曲だ。「明菜さんの人生を一変させた初のヒット曲は、2枚目のシングル『少女A』です。しかし、テレビ番組で“『少女A』よりも『スローモーション』が好き”と話していました」(芸能関係者)さらに9月に入って重大発表が。前出の明菜のファンは明かす。「明菜ちゃんがファンクラブの会員向けに、“セルフカバーの楽曲のレコーディングを終えた”と報告していましたよ。明菜ちゃんの楽曲が再録されたアルバムの発売が待ちきれません」今回、セルフカバーを選択したのにはある理由がーー。「何よりも歌が好きな明菜さんは活動休止中も作曲を続け、新曲の準備をしてきました。しかし6年ぶりの復帰に際して、待ち続けてくれるファンのためを思い、なじみの深いセルフカバーの楽曲を収録したそうです。ラジオで披露していたデビュー曲『スローモーション』も必ずやアルバムに収録されるのではないでしょうか」(前出・音楽関係者)復活に向けて明菜は、“スローモーション”ながら、着実に歩みを進める。
2023年09月14日