恋愛の話をするのが大好きな人たちがいる。いや、恋愛だけではない。人の私生活がどうなっているか、仕事は大丈夫なのか、お金はあるのか、健康なのか、最近何を買ったか、そんなことを訊きたがる人たち。
乃莉はそういうことに、興味がないわけではなかったが、自分がそれらの興味の対象にされると、返事をする声がこわばった。特に、恋愛のことについて。
どんな人に恋をしているのか、いまどんな状況にあるのか、誰かに話したい、吐き出したいという気持ちが乃莉にもなかったわけではない。数年前までは素直に話していた。ときには訊かれもしないのに、自分から。
きっかけは、少しの違和感だった。乃莉が藤田という年上の男とつきあい始めた頃、そのことを親しい女友達一人だけに話した。その日は、彼女と二人で飲んでいて、二軒目の和食の店で、だんだんお客さんが減ってゆく店内でのんびり話しているうちに、ふと気が緩んで話してみたくなったのだった。
大事な友達だと思っていた。信頼もしていた。いい話だから、黙っていなくてもいいと思ったのかもしれなかった。けれど、親しくもない他人から「聞いたよ、藤田と付き合ってるんだって?」と不意に言われると、暗闇から矢で射られたような気分になった。