学生出産、看護師を経て48歳で出家…“駆け込み寺”の庵主さん「自分を好きになる方法」
成人式を終え、両親に妊娠を打ち明けると父親は激怒したが、結婚後に大学を中退して20歳で長女を出産すると、状況は一変。
「典型的な九州男児の父も、孫にはデレデレのおじいちゃんになり和解します。その後、会社員となった夫の転勤で、私たち家族は神奈川県平塚市に転居しました」
翌年には第2子の妊娠がわかり、里帰り出産での帰省中に、父親が55歳で突然死する。これを機に九州に戻り夫の実家での同居が始まるが、突然離婚を切り出されるのは、結婚8年目のことだった。
「夫は、『自分は結婚には向かないタイプだった』と。つい、『はあ!?』と口から漏れてしまうような理由でした。もちろん納得はしませんが、子供をどちらが育てるかという話し合いのなかで、彼が『どっちでもいいよ』と投げやりに言うセリフを聞いて、ああ、この人にとって家族とはそれほどのものだったのかと、決心がつきました」
27歳で離婚して実家に戻ったが、これ以降、90代の祖母、70代目前の母親に、7歳と4歳の幼女という、女ばかり5人の生活がその肩に重くのしかかる。
何のキャリアも資格もなくパートの面接にも落ち続けていたとき、台所で洗い物をしていて割れたコップで手を切った彼女は、手際よく処置をする看護師を見てひらめいた。