歌手の山田信夫(NoB60歳)の脳に腫瘍があることが20日、公式サイトで発表された。サイトでは「NoB (山田信夫)に関するご大切なお知らせ」と題して、「2024年4月に出演を予定しておりました海外公演の直前に、体調を大きく崩し、病院で検査を受けた結果、脳に腫瘍があることが判明いたしました」と報告。「今後活動を続けるにあたり、皆様にお知らせする必要があると感じ、ご報告をさせていただきます」と説明した。「皆様にはご心配、ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」とし、「今現在は、医師の指導のもと治療とリハビリを行い、快方に向かっております。今後の活動に関しましては、体調を鑑みながら行っていく予定です。また皆様の前でステージに立てるように、治療とリハビリに励んでまいります」と伝えた。最後は「今後とも引き続き、NoBの応援を何卒よろしくお願いいたします」と呼びかけた。山田は1983年、LOUDNESSのDrums樋口宗孝のソロアルバム『破壊凱旋録』およびハードロックユニット『M’tFUJI』のアルバムにボーカルとして参加。1984年にハードロックバンド《Make-Up》のヴォーカルとしてデビューした。1986年にはアニメ『聖闘士星矢』の主題歌、サントラ等の作詞、作曲、歌唱を手掛ける。2005年には東映戦隊シリーズ魔法戦隊マジレンジャー挿入歌、『魔導騎士ウルザード』の歌唱を担当し、2006年には東映戦隊シリーズ30作記念作品『轟轟戦隊ボウケンジャー』の主題歌にて、作曲&歌唱を担当した。その後、2010年に東映戦隊シリーズ『天装戦隊ゴセイジャー』の主題歌担当。2011年に東映戦隊シリーズ『海賊戦隊ゴーガイジャー』エンディングテーマにProject.Rのメンバーとして歌唱し、2016年には東映『仮面ライダーアマゾンズ』の主題歌『ArmourZone』の作曲、2018年に仮面ライダーアマゾンズ劇場版主題歌『Eat’ Kill All』を小林太郎と一緒に歌唱担当した。
2024年04月20日俳優の市川由衣(38)が4月1日、自身のインスタグラムを更新し、「悪性の疑いがある腫瘍」の手術を受けていたことを伝えた。所属事務所のイベントに参加して「研音45周年イベントKENRADIOの時間、ご来場いただきありがとうございました偉大な先輩方と久しぶりにお会いしお話出来たことも、頼もしい後輩さんが沢山いることも知れて、感慨深い一日でした」と感謝を伝え、笑顔の近影を投稿。その上で「実は昨年の健康診断でからだに悪性の疑いがある腫瘍がみつかり、年末は連日検査、そして年明けに手術。病理の結果が出るまでお仕事をお休みしていました」と明かした。そして「奇跡的に全て良性の結果が出て、お仕事再開しております。全てを知っているマネージャーさんの『由衣さんが元気にこの場に立ててよかったです!』の言葉が沁みました。有難いです。恩を忘れず、これからも頑張ろうと思います」とつづり、「みなさまも健康第一で!!」と呼びかけた。
2024年04月01日人生が80年だとしたら折り返し地点にあたる40代。最近私の周りでも、大病をしたなどと耳にすることが増えてきました。12年前、当時34歳だった夫が軟骨腫瘍の病気になりました。夫の病気に完治の文字はまだ見えません。そして、12年目の検診を迎えようとしています。軽い気持ちで病院へ…夫は力仕事や営業をする仕事をしています。12年前、工事をする際「電動ドリルを使うと腕が響く感じがする。湿布でももらいに整形外科に行ってくる」と、軽い気持ちで病院へ。夕方夫から電話があり、「X線検査をしたら右肘の骨にピンポン球くらいの何かが写っていて、大きい病院を紹介すると言われた」告げられました。わが家の娘たちは当時8歳と3歳、まだまだ小さくてパパが大好きな年ごろでした。悪い病気だったらどうしよう…と不安で目の前が真っ暗になりました。検査を重ねても地元の大きい病院で検査をし、そこでの診断結果は「軟骨の良性腫瘍」。手術も決まり、入院予定日の1週間前、主治医から電話が来て「悪性の可能性が出てきたので、うちでは手術できません。ここよりもさらに大きい病院へ行ってください」と言われました。まずは地元にある大きながんセンターへ行きました。その次は治験という形で別の都道府県にある大学病院まで行き、検査に検査を重ねました。結果はどこに行っても悪性の可能性もあるとのことでグレーのままでした。手術したもののまひは残り…8時間にも及ぶ手術を地元の大きながんセンターで受けました。摘出した腫瘍は病理検査の結果も良性か悪性かの判別はつきませんでした。必死にリハビリをし、一見今までのような生活を送っていますが、右肘には尺骨神経まひが残ってしまいました。しびれや、温度が感じ取れない、つかんだ物が手から落ちる回数は多くて不自由さはあります。そして、腫瘍は全部取り切れなかったため、12年たった今も病気とお付き合いをしながら日々過ごしています。まとめ残念ながら、去年の検診で少し病気が進行していると言われました。12年目の検診では、進行していませんように祈るような気持ちでいっぱいです。どうか夫の病気が進行せず、また1年を家族みんなで過ごせますように!※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)2007年東京女子医科大学卒業後、米沢市立病院、東京女子医科大学病院産婦人科、同院東洋医学研究所を経て、2018年1月こまがた医院開業。2021年9月より介護付有料老人ホームの嘱託医兼代表取締役専務に就任し現在に至る。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『子宮筋腫は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力(KADOKAWA)』『自律神経を逆手にとって子宮を元気にする本(PHP研究所)』がある。著者/鬼塚ともみパート勤務をしている主婦。手芸が好き。
2024年03月11日HOUNDDOGのボーカル・大友康平が18日に自身のアメブロを更新。腎臓に腫瘍が発見されたことを公表し心境を吐露した。この日、大友は「ファンの皆様へ」というタイトルでブログを更新し「この度は、ご心配をおかけして本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」と検査入院で自身の腎臓に腫瘍が確認されたことについて言及。「何よりライヴをキャンセルせざるを得なくなってしまい楽しみに待っていてくれたファンの皆さんには心からお詫び申し上げます」と謝罪した。続けて「日頃より体調にはいつも注意して来た」といい「なんで俺なの?・・そんな思いに苛まれて、かなり凹んでしまいました」と告白。「しかし、運命は受け入れなくてはなりません」とつづり「幸い、発見も早く、知人の紹介で優秀な先生にも出会えました」と明かした。また「ライヴは一旦キャンセルになってしまいますが」と申し訳なさそうに述べつつ「しばし治療と静養に充てるお時間をいただきましてまた改めてみんなに会える機会を心より楽しみにしています」とコメント。最後に「人生はロックンロールだ!山あり谷ありの“波乱万丈!”こそ生き様だぜ!」「俺は不死身なのだ!」とつづり、ブログを締めくくった。この投稿に読者からは「絶対にステージに帰ってきてください」「待ってます」「ずっと応援してます」「1日も早く良くなることを祈っています」などのコメントが寄せられている。
2024年01月19日私には3人の子どもがいます。3人ともすでに成人し、立派な社会人。子どもたちが巣立ち、夫とのこれからの時間を大切にするためにも、年に1回は婦人科の受診をするようにしていました。今回の検診も無事に終わったと思い検査結果を待っていた私の元に、最悪の通達が届いたときのことをお話しします。★関連記事:「事故で出血したらすぐ死ぬくらい悪い」経血量の多さを医師に相談したら #子宮筋腫で開腹手術 1年に1回の婦人科検診私は年に1回、子宮がん検診のために産婦人科を受診します。その理由は3人の子どもたちが無事に成人し、これからの夫との時間を大切にするためです。私にとってのこの検診は恒例のことで、3人目の出産から10年以上たちますが、一度も引っかかることなく無事に検診を終えていました。そのため、今回も特に問題はなく終わるだろう、大丈夫だろうという軽い気持ちで検診に臨んだのです。私が毎年受けている子宮がん検診は、子宮内の細胞を綿棒でこすり取って採取したものを外部の機関に提出するというもの。私の場合、検査時に多少の痛みや出血が伴うこともありますが、あっという間に終わり、出血も当日だけの限定的なものなのでそれほど気になることはありません。私が通う産婦人科では多くの妊婦さんの検診と同時に進むため、検診は半日がかりになります。今回も長い待ち時間ののち、看護師さんに「どうぞ、内診室にお入りください」と呼ばれ内診室へ。あっという間に先生によって細胞を採取され、5分もかからないうちに検査は終了しました。結果は後日郵送で届く予定にその後、一度先生と話をするため別室に呼ばれます。そこで医師がモニター越しに、今回の検査についてや今の子宮の状態についてなどを、丁寧に説明してくれるのです。医師は「今回も目視できる範囲では問題なかったです。なので、詳しいことは後日郵送される検査結果で確認してくださいね」とのことでした。医師からの説明もいつも通りでひと安心。私は1週間後に送られてくる検査結果を待つことになりました。先生との話が終わり、お会計をしてその日は病院を後にしました。子宮がん検診が終わって結果が届くまでの1週間、私は特に気にすることなくいつも通りの生活を送っていました。今回も「異常なし」の文面を確認できると、心のどこかで思っていたからです。病院受診からちょうど1週間後、午前中に郵便で検査結果が届きました。「どうせ大丈夫だから後でゆっくり見よう」と机に置き、検査結果の確認を後回しにしていました。夕方、家事が落ち着いたタイミングで検査結果を確認していないことを思い出し、開封することに。すると驚きの文字が飛び込んできたのです。検診の結果はまさかの検査結果には「要再検査」の4文字が。「えっ?」と頭の中が真っ白になりました。「これはきっと見間違いだ!」と思い、何回も確認しましたが文字は変わることはありません。どうすればいいのかわからず、とりあえず検査結果を娘に伝えることにしました。すると娘は「急いで産婦人科に電話して予約しないと!」とひと言。娘に言われハッとしました。「そうだ、とりあえず予約取らないと!」とわれに返り、慌てて病院の受付時間を確認し電話をかけました。電話に出た受付の方に事情を説明し、医師に電話を変わってもらいました。すると医師は「最短で明日の予約が取れるので、病院に来られますか?」とやさしく言ってくれました。私は「大丈夫です、行きます」と答え、急きょ翌日に再検査を受けることになったのです。病院に着くと、いつもの待ち時間がうそのようにすぐに内診室へ通され、再検査が始まりました。私は「こんなにすぐに呼ばれるなんてよっぽど悪いんだ……」と不安な気持ちでいっぱいです。子宮内の細胞の採取はすぐに終わり、医師の話を聞くため別室へ。「前回は調べていない詳しい検査をおこなってみましょう。検査結果がわかり次第、連絡しますからね」と説明を受け、この日も前回の検診と同じく、すぐには結果がわからないまま帰宅しました。病院からの連絡があるまで不安で仕方ない日が続き、数日後に病院から連絡が。ドキドキしながら「どうか大丈夫でありますように……」と願うような気持ちで検査結果を聞きました。医師から「検査の結果、子宮内にあった腫瘍は良性だったので経過観察で大丈夫ですよ。安心してくださいね」と説明を受けひと安心。しかし「これからも毎年の検査を忘れないようにしてほしい」とのことでした。まとめ毎年の検査結果が異常なしだったこともあり、「きっと今回も大丈夫だろう」という謎の安心感が自分にはありました。しかし、今回の経験を通して、毎年検査を受けているから自分は大丈夫だと過信するのは危険だと学びました。検査してくれた医師からは「今回の腫瘍については心配することはないですよ」と言われています。ですが、自分のためにも家族のためにも、年に1回の子宮がん検診をこれまで以上に忘れることなく、必ず受診しようと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)2007年東京女子医科大学卒業後、米沢市立病院、東京女子医科大学病院産婦人科、同院東洋医学研究所を経て、2018年1月こまがた医院開業。2021年9月より介護付有料老人ホームの嘱託医兼代表取締役専務に就任し現在に至る。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『子宮筋腫は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力(KADOKAWA)』『自律神経を逆手にとって子宮を元気にする本(PHP研究所)』がある。取材・文/武田さやか著者/武田さやか(35歳)2歳の娘と夫の3人暮らし。最近パパだけに発動する娘のイヤイヤ期をなだめるのに苦戦中。機嫌がいいときにはみんなで仲良くお散歩に出かけています。
2023年08月06日産婦人科で「卵巣嚢腫」と診断されたトエダさん。経過観察で半年が経ったある日、腹部を猛烈な痛みが襲い、腫瘍のある片側の卵巣を摘出する手術を受けることに。手術は無事に終わり、術後2日目を迎えます。 人体って不思議…手術を無事に終え、術後2日目を迎えたこの日、トエダさんは診察を受けることに。創部の消毒と内診をしてもらうと、傷もエコーの結果も問題なかったそう。医師から「手術中の動画を見ますか?」と聞かれ、興味津々で見てみると……?! 術後2日目の朝、トエダさんはシャワーを浴びることに。看護師さんから「傷口を保護しているテープを剝がしても良いよ」と言われていたので、剥がしてみると……おへそに2cm弱と下腹部に1cm弱の創部が計3つあったそうです。トエダさんの腫瘍は7cmと言われていたため、こんな小さな穴からどうやって腫瘍を摘出したのだろうと不思議に思ったと言います。 その後、トエダさんは創部の消毒と内診を受け、診察の結果、問題はありませんでした。すると、医師から「手術中の動画を見ますか?」と聞かれます。看護師であるトエダさんは、興味津々で「ぜひ!」と言い、手術動画だけでなく切除した嚢腫の中身も見ることに。 トエダさんが見た嚢腫には、なんと歯と髪の毛がごっそりとついていたのです……。このような髪の毛や歯、骨などが含まれている腫瘍は、卵巣嚢腫の一種である「皮様嚢腫(ひようのうしゅ)」と呼ばれます。若年の女性に多く、良性である場合がほとんどです。 診察を終えたトエダさんは、気分転換のため病院の外へ。少し歩いてみたところ、手術をしたおなかにまだ痛みはあったものの風が心地よく、ふと生きてて良かったなと思ったそうです。トエダさんが感じたように、心身ともに健康でいられるという保証はないのかもしれません。だからこそ1日1日がより大切なものになりそうですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 看護師トエダさんのマンガは、このほかにもInstagramで読むことができます。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 看護師トエダ
2023年07月18日■前回のあらすじ普通のサラリーマンの父とどこにでもいる普通の家族だった私たち。しかし父の身に小さな異変が起こり…。病院を診察した結果、脳に腫瘍があることが発覚するのでした。■入院が決まった父に家族は…■入院後もいたって元気だった父まさかこれが元気な父との最後の会話だったなんて。深夜に緊急手術をすることになった父。次に、私が目にした父の姿とは…。次回に続く「若年性認知症の父親と私」(全21話)は22時更新!
2023年07月10日骨折も手術などで入院した経験もない私。休息を取れば少し無理をしてもすぐに復活していました。そんな私も更年期に入ると、加齢とともに甲状腺の病気に。さらに母の死去と過重ストレスが加わり、突如、体の腫れが現れました。まさかの発病から大変な状態に陥ることを回避できたきっかけは、信頼を置く人への悩みの吐露でした。★関連記事:なかなか治らない風邪症状。貧血や肝機能障害があることがわかり、やっと判明した病名は…【体験談】更年期とともに現れた甲状腺の病気私は40代に入ってから子宝に恵まれ、どうにか無事に出産をしました。高齢での育児は体力的にきつい面はありましたが、この子のためにも頑張るぞ!と意気込んで、仕事に育児に励んでいました。ところがある朝、鏡に映った自分の姿を見ると、首の右側がぷっくりと腫れているではありませんか。甲状腺の専門医に診てもらうと、右側の甲状腺に腫瘍ができているとのこと。人生で初めて入院をし、全身麻酔で手術をし、甲状腺(右葉)を切除することになりました。幸い良性の腺腫で術後の経過も良く、1年間隔くらいの経過観察で済んでいました。母の死去とストレスで在宅ワークへ切り替え50代に入り、闘病していた母が亡くなり、父も体調を崩してしまいました。私は外勤の仕事をしながら両親の入院しているそれぞれの病院に通い世話をしたり、実家の整理整頓や両親に代わり諸手続きなどをしたり、そして子育てをしていました。疲労困ぱいしていた私の姿を見かねた家族から仕事を辞めることを勧められ、私は外勤を辞めて在宅ワークへとシフトすることに。最初に体に変調を感じたのは、腕・足・そして胴体のむくみを自覚したときでした。朝起きて鏡を見た際、パンパンに腫れた顔が映っていました。むくみは治まることはなく、1週間後に外勤を退職するころには、ろれつが回りにくいほどになっていたのです。大病を防げた要因とは外勤を退職後、長年お世話になっている皮膚科を受診して、体のむくみやろれつが回らなくなってしまったことについて医師に相談しました。すると、皮膚科の医師は「できるだけ早く内科を受診して診てもらって!」と、真剣な表情で紹介状を書いてくれました。私はすぐに紹介してもらった内科を受診。その結果、私は「橋本病(慢性甲状腺炎)」を発症しており、このままずっと放置しておくと狭心症などにつながる可能性もあるということがわかりました。内科医から「治るから。かかりつけの皮膚科の先生が気付いてくれてよかったね」と声をかけられました。内科医の説明によると、「もともと2つの甲状腺でどうにか機能していたところ、40代で腫瘍が見つかった際に受けた手術で良い部分まで摘出してしまった。そのせいで甲状腺機能低下症になっている」とのことでした。まとめ私は、加齢に伴う悩みを聞き見ていてくれる周りの人たちがいたことが、発病から大変な事態に陥ることを防いでくれたと思っています。支えてくれる家族や関係者の方々、そして「ただいま!」と帰ってくる娘の笑顔を大切にしていきたいです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)2007年東京女子医科大学卒業後、米沢市立病院、東京女子医科大学病院産婦人科、同院東洋医学研究所を経て、2018年1月こまがた医院開業。2021年9月より介護付有料老人ホームの嘱託医兼代表取締役専務に就任し現在に至る。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『子宮筋腫は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力(KADOKAWA)』『自律神経を逆手にとって子宮を元気にする本(PHP研究所)』がある。イラスト/おみき著者/ちびむす(52歳)マスコミで働いていた両親に似て、仕事に真っ黒になるきらいがある。衛生管理者の資格所持者。仕事と健康の両立を図ろうと奮闘する一児の母。
2023年06月18日【子宮から巨大腫瘍が飛び出した話 第3話】これまでずっと生理不順や不正出血に悩まされ、中用量ピルでの治療を続けてきたひぽぽさん。しかし、時には大量に出血してしまうことも。2018年6月某日、夜から明朝にかけて大きな血の塊が次々と出て止まらなくなってしまい、貧血になり床に倒れてしまいます。その後、気づいた夫によって病院に担ぎ込まれたのですが……!? 手術中、隣の分娩室から聞こえてきたのは…自宅で大量出血を起こし、貧血と出血性ショックで床に倒れてしまったひぽぽさん。夫に協力してもらい病院に駆け込んで検査を受けたところ、医師いわく「子宮内に3〜4cmほどの筋腫があるのですが、それが子宮外に飛び出してしまっていますね」とのこと。検査の翌日、分娩室で子宮筋腫摘出手術を受けていると、途中で麻酔が切れてしまい……。 6年前に流産をしたひぽぽさん。隣の分娩室からは「ああ〜〜!」と叫んでいるママの声が聞こえてきます。その後、点滴が針から漏れてしまうアクシデントがありながらも、静脈麻酔によってすぐに意識が遠のいていき……。 麻酔の効果が切れて意識を取り戻すと、まだ手術中のよう。カチャカチャと器具を触る音が聞こえ、子宮口を拡げて何か処置しているような感触もはっきりとわかります。 傷口のところにガーゼを詰められて「いたたたたっ……」となっていたときのことです。隣の分娩室から「ほぎゃっ! ほぎゃあっ!」と、かすかに産声が聞こえてきました。 ーーたぶん、さっきの人だ! 無事に産まれたんだ!! 思わず感動して泣いてしまう、ひぽぽさん。「痛いですよね? もうすぐ終わりますからね〜頑張ってくださいね〜」と、勘違いした医師や看護師さんから励まされてしまったそうです。 ※看護士→看護師 無事に手術が終わり、4人部屋のベッドに戻ったひぽぽさんは、今回の手術内容が書かれた説明用紙を眺めていました。病名は『筋腫分娩』、手術名は『分娩筋腫核出術』となっていたそうです。 ちなみに、内診で「3〜4cmくらいですね」と言われていた子宮筋腫は、いざ手術で摘出してみると6cmほどあったのだとか。 通常は1泊2日で帰れる手術なのですが、ひぽぽさんの場合は大量出血もあって貧血状態が続いていたため、このまま様子を見てしばらく入院することになりました。 「今日はさすがに夫も来ないだろう」と思っていたひぽぽさんですが、カーテンの隙間から見覚えのある足が覗くのを発見! ひぽぽさんが手術当日の夜にひとりきりなのは心細いと思って、駆けつけてくれたのかもしれませんね。 そして、手術から一夜が明けた翌日のことです。突然、廊下から「ひいーっ! ひっひっ」という女性の叫び声が聞こえてきて……。 どうやら、「ひいーっ」は笑い声で「ひっひっ」は痛みに耐える悲鳴だったようです。 ーーくしゃみとか大笑いをすると、おなかの傷が痛くなるのわかる……! 叫び声をあげる女性に同情しながら、術後の回復を待つひぽぽさんでした。 今回の子宮筋腫摘出手術は開腹手術ではなく、腟から器具を挿入する方法でおこなわれました。手術時に切り取った筋腫は病理検査(顕微鏡で細胞を調べる検査)に回され、後日に詳しい結果がわかるようです。 そのため、手術を終えたひぽぽさんは退院できるよう体を回復させつつ、病理検査の結果を待っている状況。病理検査で違う病気だと判明することもあるらしいので、悪い病気ではないことを祈りながら、今は体調の回復に専念してほしいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター ひぽぽコミックエッセイで体験談を描いてます。SLE(全身性エリテマトーデス)とリウマチの持病がある私が、妊娠とその後にまつわる婦人科系疾患の治療の日々を漫画で綴っています。*2018年10月MEA手術後、子宮線筋症と診断されました。
2023年03月13日3児の母でブロガーのマメ子さんによる、43歳で腎がんになった体験を描いたマンガを紹介します。今回は、エコーで腎臓を見てもらったときのこと。医師から「腫瘍のようなものがあります」と言われ……。★前回:「体が弱っているせい?」血尿が出て病院へ、人の温かさが身に染みる #43歳で腎がんになった話 2診察室に入り、問診後、「じゃあ、エコーで見ますね」と先生。腎臓、腫れている!?やっぱり生理のせいじゃなく血尿だったんだ……。原因がわかってなぜか少しホッとする。いったん診察室を出て、放射線科へ移動。またそこで少し待ち、CTを撮ったあと、2回目の診察へ。そこでCT画像を見せてもらうといやいやいや!腎臓って、左右対称ですよね??右の腎臓、左の2倍に膨らんでるじゃん!さすがに素人が見ても、これはわかるわ。さらに…これも、素人でもひと目でわかるレベルで完全になんかある……!右の腎臓の真ん中あたりに、ピンポン球みたいな何かが。「腫瘍のようなものがあります」と先生。腫瘍のような……って、腫瘍のようなものってたいがい腫瘍ですよね?「これが悪いものかどうなのかを調べるには、造影剤という薬を使うんですが、今は腎臓の状態が良くないので、今日はできないんです」「来週とりあえずMRIを撮りましょう。それでわかるかも知れないし、来週には腎臓の数値が良くなってれば造影剤が使えます」そして、「痛みもあるし、悪い症状があるので手術になる可能性がありますが、ここでは手術ができないので、早ければ来週、紹介状を書きます。ご家族と相談して希望の病院の候補を挙げておいていただけるといいです」は、はあ……。展開が急すぎてちょっと……。診察が終わり、看護師さんが薬の説明をしてくれる。偏頭痛の薬として飲んでいるスマトリプタンはいったんやめて、腎臓に負担のかからない痛み止めを出してくれるそう。というか……痛み止めだけ?あんなに腫れて出血してる腎臓、なんとかする薬ってなんも出ないのかね。つまり薬ではなんともならないってことなのかも。なんだか嫌な予感……。さらに、看護師さん。ご家族……。やっぱりこれは、ご家族も連れて来い案件?ちょっとだけ泣きそうでした。----------------「腫瘍のようなものがあります」と言われ、さらに次回の診察は「家族と一緒でも」と言われて泣きそうになったマメ子さん。皆さんも診察で不安を感じたり心細くなったりしたことはありますか?※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開業。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門医である泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouYuberとしての情報発信もおこなっている。著者/マメ子(43歳)2021年3月血尿と疼痛から腎がんとの診断を受け、4月21日に右腎摘出、経過観察中。3児の母。ブログ「そらマメ絵日記(腎がん経過観察中)」を日々更新中。Instagram:@sora_mameko.628
2022年11月05日人生が80年だとしたら折り返し地点にあたる40代。最近私の周りでも、大病をしたなどと耳にすることが増えてきました。12年前、当時34歳だった夫が軟骨腫瘍の病気になりました。夫の病気に完治の文字はまだ見えません。明日12年目の検診を迎えようとしています。★関連記事:夫の背中に大きなニキビ? 手術が必要だったのに自己処理をしてしまい…【体験談】軽い気持ちで病院へ…夫は力仕事や営業をする仕事をしています。12年前、工事をする際「電動ドリルを使うと腕が響く感じがする。湿布でももらいに整形外科に行ってくる」と、軽い気持ちで病院へ。夕方夫から電話があり、「レントゲンを撮ったら右肘の骨にピンポン球くらいの何かが写っていて、大きい病院を紹介すると言われた」告げられました。わが家の娘たちは当時8歳と3歳、まだまだ小さくてパパが大好きな年ごろでした。悪い病気だったらどうしよう…と不安で目の前が真っ暗になりました。検査を重ねても地元の大きい病院で検査をし、そこでの診断結果は「軟骨の良性腫瘍」。手術も決まり、入院予定日の1週間前、主治医から電話が来て「悪性の可能性が出てきたので、うちでは手術できません。ここよりもさらに大きい札幌の病院へ行ってください」と言われました。道東に住んでいた私たちは、地域連携している札幌のがんセンターへ行きました。その次は治験という形で岡山県の大学病院まで行き、検査に検査を重ねました。結果はどこに行っても悪性の可能性もあるとのことでグレーのままでした。手術したもののまひは残り…8時間にも及ぶ手術を北海道のがんセンターで受けました。摘出した腫瘍は病理検査の結果も良性か悪性かの判別はつきませんでした。。必死にリハビリをし一見普通に生活を送っていますが、右肘には尺骨神経まひが残ってしまいました。痺れや、温度が感じ取れない、つかんだ物が手から落ちる回数は多くて不自由さはあります。そして、腫瘍は全部取り切れなかったため、12年たった今も病気とお付き合いをしながら日々過ごしています。まとめ残念ながら、去年の検診で少し病気が進行していると言われました。明日は12年目の検診……進行していませんように祈るような気持ちでいっぱいです。どうか夫の病気が進行せず、また1年を家族みんなで過ごせますように!※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。著者/鬼塚ともみパート勤務をしている主婦。手芸が好き。
2022年09月23日普段は2人姉妹の母である、あね子さん。SNSで育児や日常の話を絵日記にして投稿されています。そんなあね子さんですが、実は子どものころ、良性の卵巣腫瘍ができたことが。巨大化したおなかに驚いた母が、「病院に行こう」と言い出し……。小学5年生の初夏、脇腹のあたりにチクチクとした痛みを感じたあね子さん。お母さんとともに内科を訪れ、医師の診察を受けるものの、「う〜ん。異常はなさそうなので成長痛ですかねえ」と言われ、とりあえず様子をみることに。 食べすぎ? 誰も気づかないまま時は過ぎ… ※卵巣嚢腫は無症状のうちに進行し、自覚症状を感じて受診するころには腫瘍が結構大きくなっていることが多くあります。卵巣や子宮はもともと骨盤の奥のほうにあるため、腫瘍がかなり大きくなってから自覚するケースが多いのです。普通はゆっくり少しずつ大きくなりますが、急に大きくなる場合も、もちろんあります。 内科を受診してから年末に腫瘍があると判明するまでの数カ月間、あね子さんはなんと、まったく異常を感じずに過ごしたそうです。痛みを感じたのは最初だけで、その後は特に痛みはなく、運動なども問題なくできたので普通に生活していたとのこと。 腫瘍が大きくなるまで気づかなかった理由は、痛みなどの自覚症状がなかったことに加え、厚着になっておなかの張りが隠れてしまい、誰かにおなかを見られる機会もなかったから。でも、一番の理由は自分自身が鈍感だったから、と今になってあね子さんは振り返っています。 当時は成長期でごはんをたくさん食べていて、「食べ過ぎかなあ」くらいの感覚だったそうですが、その間にも腫瘍はどんどん巨大化していたようです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 あね子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター あね子1985年生まれ、神奈川県出身。2010年に長女メイ子、2014年に次女マイちゃんを出産した2児の母。育児絵日記ブログ「いっちょまえ姉妹を育てています」運営。
2022年05月29日2020年5月に大腸がんが発覚した、おさしみ1番さんの体験を描いたマンガを紹介します。腸閉塞手術を受けて退院した後、再び腫瘍の組織検査結果を聞きに大学病院へ。内科の先生による診断は……。★関連記事:<乳がんマンガ>「痛っ!」寝返りをしたら右胸がズキン!として…※胃カメラは通常向かい合っておこないます。退院後、今度は腫瘍の組織検査の結果を聞くために、大学病院へ行きました。診断を聞く前に、まずは胃カメラと大腸カメラ検査を受けたのですが、こちらは問題なくクリア。何度かカメラ検査を受けるうちに、経験値が上がったのかな?そして、夫立ち会いのもと、内科の先生に診断結果を聞くことに。腫瘍を切除する前におこなった組織検査の結果……「悪性でした。いわゆるがんで確定です」と先生。今までは「がんかもしれない」という診断だったので、今回の告知で確定です。診断結果を聞いた瞬間、私は冷静に受け止められたのですが、夫は頭の上に「ガーンッ!!」って文字が見えた気がします。今後は、内科ではなく外科預かりとなります。ー------------------------腸閉塞手術後、腫瘍の組織検査の結果を聞きに行ったおさしみ1番さん。内科の先生から「がん」と告知されたとき、立ち会ってくれた夫の反応と自分の反応が大きく分かれたとのことです。※大腸カメラは大腸内視鏡検査ともいいます。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/里村仁志先生(里村クリニック院長)消化器疾患が専門。2003年 獨協医科大学医学部卒業、2005年獨協医科大学第1外科、2016年さいたま赤十字病院外科を経て、現在に至る。著者/おさしみ1番(38歳)2020年5月、それまで自分の人生には無縁だと思っていたガンになる。病気の自分に向き合いつつ、楽しいこと・体に良いことを探し求める日々をブログにて更新中。4歳と7歳の姉妹に翻弄されて今を生き抜く38歳。Instagram:@osashimi111
2022年05月06日3児の母でブロガーのマメ子さんによる、43歳で腎がんになった体験を描いたマンガを紹介します。今回は、エコーで腎臓を見てもらったときのこと。医師から「腫瘍のようなものがあります」と言われ……。★前回:「体が弱っているから?」血尿で泌尿器科へ、人の温かさが身に染みる… #43歳で腎がんになった話 2診察室に入り、問診後、「じゃあ、エコーで見ますね」と先生。腎臓、腫れてる!?やっぱり生理のせいじゃなく血尿だったんだ……。原因がわかってなぜか少しホッとする。いったん診察室を出て、放射線科へ移動。またそこで少し待ち、CTを撮ったあと、2回目の診察へ。そこでCT画像を見せてもらうといやいやいや!腎臓って、左右対称ですよね??右の腎臓、左の2倍に膨らんでるじゃん!さすがに素人が見ても、これはわかるわ。さらに…これも、素人でもひと目でわかるレベルで完全になんかある……!右の腎臓の真ん中あたりに、ピンポン球みたいな何かが。「腫瘍のようなものがあります」と先生。腫瘍のような……って、腫瘍のようなものってたいがい腫瘍ですよね?「これが悪いものかどうなのかを調べるには、造影剤という薬を使うんですが、今は腎臓の状態が良くないので、今日はできないんです」「来週とりあえずMRIを撮りましょう。それでわかるかも知れないし、来週には腎臓の数値が良くなってれば造影剤が使えます」そして、「痛みもあるし、悪い症状があるので手術になる可能性がありますが、ここでは手術ができないので、早ければ来週、紹介状を書きます。ご家族と相談して希望の病院の候補を挙げておいていただけるといいです」は、はあ……。展開が急すぎてちょっと……。診察が終わり、看護師さんが薬の説明をしてくれる。偏頭痛の薬として飲んでいるスマトリプタンはいったんやめて、腎臓に負担のかからない痛み止めを出してくれるそう。というか……痛み止めだけ?あんなに腫れて出血してる腎臓、なんとかする薬ってなんも出ないのかね。つまり薬ではなんともならないってことなのかも。なんだか嫌な予感……。さらに、看護師さん。ご家族……。やっぱりこれは、ご家族も連れて来い案件?ちょっとだけ泣きそうでした。次回は泌尿器科から帰宅したあとの、家での様子をお伝えします。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)★関連記事:「健診を受けたのに!?」死亡率の高い卵巣がん。自覚症状や原因は?【医師監修】★関連記事:肺腺がんを告白。青木さやかさんインタビュー#1「私自身は元気ですし、がんと言われることが不思議でした」★ウーマンカレンダー連載マンガをもっと読む著者/マメ子(43歳)2021年3月血尿と疼痛から腎がんとの診断を受け、4月21日に右腎摘出、経過観察中。3児の母。ブログ「そらマメ絵日記(腎がん経過観察中)」を日々更新中。Instagram:@sora_mameko.628
2021年11月05日【卵巣嚢腫日記。第4話】イラストやデザインのお仕事をされている、いとうちゃん(厭うちゃん)。ある日、不正出血など体の異変が起こり、受診してみたところ、腫瘍マーカーで異常値が! その後、卵巣嚢腫が判明した彼女の治療の日々が綴られたマンガです。いとうです。こちらは私が経験した「卵巣嚢腫」の治療について記録したマンガです。 ※この漫画は実話に基づいた体験談です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 このとき初めて知ったのが「腫瘍マーカー」の存在。詳しいことがわかるまで、自分の体に何が起きているのか不安な日々でした。 監修/助産師REIKO 著者:イラストレーター いとうちゃん(厭うちゃん)世界を俯瞰するのが趣味で、この世に生まれた記録として、日々の出来事や感じたことを漫画で綴っています。ネクラな性格で基本家にこもっているため……白い。最近はグッズ作りに夢中。
2021年09月21日【卵巣嚢腫日記。第1話】イラストやデザインのお仕事をされている、いとうちゃん(厭うちゃん)。ある日、不正出血など体の異変が起こり、受診してみたところ、腫瘍マーカーで異常値が!その後、卵巣嚢腫が判明した彼女の治療の日々が綴られたマンガです。いとうです。こちらは私が経験した「卵巣嚢腫」の治療について記録したマンガです。 ※この漫画は実話に基づいた体験談です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ※卵巣が腫れる原因は、腫瘍以外に、ホルモンの影響や炎症などがあります。今回は序章です。次回、病気に気づいたきっかけなどについて綴ります。 監修/助産師REIKO 著者:イラストレーター いとうちゃん(厭うちゃん)世界を俯瞰するのが趣味で、この世に生まれた記録として、日々の出来事や感じたことを漫画で綴っています。ネクラな性格で基本家にこもっているため……白い。最近はグッズ作りに夢中。
2021年09月15日AKB48の柏木由紀が、25日に脊髄髄内腫瘍治療の手術を終えていたことが28日、所属事務所・ワタナベエンターテインメントの発表により明らかになった。同社は公式サイトを通じ、「先日ご報告させていただきました柏木由紀の脊髄髄内腫瘍治療につきまして、先週6月25日に7時間以上に及ぶ手術を終え、無事に成功した旨、担当医より申し受けておりました」と報告。「術後の状態が安定」したため、本日の発表に至った。また、「現在リハビリも開始しており、少しずつ歩くこともできております」と経過は良好のようで、「弊社としても全力でサポートして参りたいと存じます」と説明。「引き続き柏木由紀への声援を何卒よろしくお願い申し上げます」と呼びかけ、「改めまして応援してくださっているファンの皆様、関係者の皆様にはご心配をおかけいたしますことをお詫び申し上げます」と結んでいる。柏木は、3日放送のテレビ東京系『主治医が見つかる診療所』で人間ドックを受診し、精密検査の結果、脊髄空洞症が判明。治療に専念することを8日に明かし、22日のツイッターではファンに向けて、「初めての手術に入院、その後のリハビリなど正直泣きたくなるくらい不安で、『早く治したいけど、怖いよー、、』を繰り返す日々ですが、いつもみんなに支えていただいてることを思い出して乗り越えてきます」「まっててくださいねー!!」とメッセージを送っていた。
2021年06月28日産業技術総合研究所(産総研)と和光純薬工業は4月10日、移植用細胞から腫瘍の原因となるiPS細胞やヒトES細胞を除く技術を開発したと発表した。同成果は産総研創薬基盤研究部門の舘野浩章 主任研究員、平林淳 首席研究員、幹細胞工学研究グループの小沼泰子 主任研究員、伊藤弓弦 研究グループ長と、和光純薬工業試薬化成品事業部 開発第一本部 ライフサイエンス研究所の共同研究によるもので、4月9日(現地時間)の米科学誌「Stem Cell Reports」オンライン版に掲載された。ヒトiPS/ES細胞はあらゆる細胞に分化能力を持つ。しかし、全てのヒトiPS/ES細胞を目的の細胞に分化させることは難しく、一定数の未分化な状態のものが残ってしまう場合があり、移植後に腫瘍を形成してしまう可能性がある。そのため、移植用細胞からそうした細胞を取り除く必要があるが、従来の方法では1つ1つの細胞に解離してから特殊な装置を用いるため、細胞シートへの適用ができない、処理速度が遅い、移植用細胞の生存に悪影響を与える可能性があるなどの課題があった。今回の研究では、rBC2LCNというタンパク質がヒトiPS/ES細胞に結合した後に、細胞内に取り込まれるという現象を発見。そこで、細胞内に取り込まれるとタンパク質合成を阻害し細胞死を引き起こす毒素をrBC2LCNに融合させた組換えタンパク質を開発した。この組換えタンパク質を細胞培養液に添加すると、分化した体細胞の増殖や生存には影響を与えずに、未分化なヒトiPS/ES細胞を選択的に除去することができた。この組換えタンパク質は細胞をあらかじめ分離するといった前処理も必要なく、細胞培養液に添加するだけで選択的にヒトiPS/ES細胞を除去できるため、大量の細胞や細胞シートなどへの適用も可能だという。同技術は1年以内の実用化が予定されており、再生医療に用いるヒトiPS細胞由来の心筋細胞などの細胞製造への適用性を検証することで、再生医療の安全性向上につながることが期待される。
2015年04月10日サーモフィッシャーサイエンティフィック(サーモフィッシャー)は1月23日、CE-IVD認証を取得した腫瘍遺伝子パネル「CE-IVD Oncomine Solid Tumor DNA kit」の欧州連合内での提供を開始したと発表した。同製品は、次世代シーケンサーを使って結腸がんと肺がんに関する遺伝子変異をごく少量の検体から一度に検出することを可能とするもの。具体的には、単一塩基による体細胞変異、挿入および欠失を10ngのDNA検体から検出することができる。これにより一部劣化を含む検体や少量しか採取できない腫瘍組織を用いての分析が可能となり、従来よりも幅広いサンプルから検査報告に使用できる結果を得ることができるようになる。「CE-IVD Oncomine Solid Tumor DNA kit」は、米国、欧州、日本にまたがる結腸がんや肺がんを専門とする臨床医によって構成されたOncoNetwork Consortiumのメンバーによる検証が行われ、日本からは近畿大学医学部ゲノム生物学教室の西尾和人 教授が開発に参画した。同社は「CE-IVD Oncology Solid Tumor DNA kitの開発と欧州連合内での商業化は、地域ごとの規制に則しながらお客様のオンコロジー領域での臨床ケアの進歩を支援する、当社の継続的な取り組みを象徴しています。医薬品企業と先進的な臨床検査室からの参画を併せ持つサーモフィッシャーサイエンティフィックのオンコロジー・コンソーシアムとのパートナーシップによって、臨床分野のお客様とその患者さんたちのニーズに応える、規制に即したオンコロジー領域におけるNGS製品とサービスの提供を拡大していきたいと考えています」とコメントしている。
2015年01月26日東北大学は1月9日、卵の元になる細胞の増殖が止まらなくなって腫瘍を形成する突然変異体をショウジョウバエで見つけ出し、その変異体で異常の起きた遺伝子を突き止めたところ、ヒトの遺伝性免疫不全疾患である「無ガンマグロブリン血症(XLA)」の患者で機能不全を起こしている遺伝子「Btk(Bruton’s tyrosine kinase)」の相同遺伝子「Btk29A」であることが判明したと発表した。成果は、東北大大学院 生命科学研究科の山元大輔教授、濱田-川口典子博士研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月17日付けで米科学誌「Science」に掲載された。ヒトの体は成人では60兆ともいわれる多種多様で多数の細胞によって組み立てられている。これらの細胞を生み出すのが増殖能力を持った幹細胞だ。幹細胞の増殖能力が低下すると病気やけがで失われた細胞を補充することができなり、逆に過剰に増殖すると腫瘍化してしまう。必要な細胞を必要なだけ確実に生み出す仕組みの解明は、組織の再生とがんの抑制の双方にとって必須の課題だ。また改めて説明するまでもないが、ヒトの体は卵と精子の合体から始まる。その卵は、前述した幹細胞の1種で、女性の卵巣にある「生殖幹細胞」が増殖を重ねて作り出したものだ。通常の細胞は母細胞から2つの娘細胞に分裂する時、娘細胞はどちらも母細胞と同じだが、幹細胞は少々異なる。生殖幹細胞を例に挙げても、2つに分裂する時、片方は卵(男性の場合は精子)になることが運命づけられた細胞になり、もう片方は母細胞と同じ生殖幹細胞になるという具合だ。今回研究チームがショウジョウバエから発見した遺伝子Btk29Aは、その機能が失われた突然変異体ではメスが不妊になってしまう。その原因を解明するたに突然変異体の卵巣の観察が行われたところ、例外なく生殖細胞(卵細胞とその姉妹細胞)の腫瘍が生じていることが確認された。生殖細胞はすべて「卵巣小管」の付け根に2~3個存在する「一次生殖幹細胞」に由来する。一次生殖幹細胞が分裂してできた2つの細胞の内、一方は元の一次生殖幹細胞と同じものとなって"無限"増殖を行い、もう一方は4回の分裂で増殖を終了して卵細胞を生み出すよう運命づけられた細胞、つまり「二次生殖幹細胞」になる。Btk29A遺伝子が突然変異によって働かなくなると、この二次生殖幹細胞が"無限"増殖するようになって、卵巣腫瘍が生じてしまうというわけだ。卵巣小管の"外枠"を作っている一部の非生殖細胞(体細胞)は、生殖幹細胞が"暴走"しないようにさまざまな司令を送って制御している。この体細胞の"ゆりかご"は「ニッチ」と呼ばれている。Btk29A遺伝子はこの"ゆりかご"を構成するエスコート役の細胞で働いているのだが、突然変異体では暴走抑止のブレーキが故障した状態にあるため、二次生殖幹細胞の無限増殖がひき起こされてしまっていたというわけだ。そもそもBtk29A遺伝子はどのような役割を担っているのかというと、同じ名前のタンパク質、Btk29Aを生み出すことで機能を果たす。Btk29Aタンパク質は標的のタンパク質に「リン酸基」を付加して活性化する酵素「チロシンキナーゼ」だ。卵巣ニッチでの標的を探したところ、さまざまな組織の発生・再生、またがん化などで増殖を制御することの知られているタンパク質「βカテニン」が標的となっていた。ヒトにおいて、Btkがβカテニンをコントロールしていることが合わせて確認されている。βカテニンは2つの機能を持ったタンパク質だ。隣り合った細胞同士はタンパク質「カドヘリン」でお互いに接着する。このカドヘリンは細胞膜を貫いて細胞外と細胞内に突き出ている、カドヘリンの細胞内の部分に結合して、細胞の接着と膜の裏打ち構造とを制御するのが、βカテニンの機能の1つだ。もう1つの機能は、細胞の核内で遺伝子の調節領域にほかのタンパク質と共に結合し、その標的遺伝子からの情報の読み出しを促進する転写因子としての機能である。転写因子としての機能は、細胞外からやってくる信号分子(「Wnt」と総称されるタンパク質)によって活性化される。今回の研究によってBtk29Aがβカテニンの150番目のチロシン残基をリン酸化することが明らかになった。こうして「チロシンリン酸化」を受けると、βカテニンは細胞膜の裏側から細胞質に離脱しやすくなることも判明している。そして細胞質に増加したβカテニンは核に移動し、転写制御を行うというわけだ。150番目のチロシンがリン酸化されると、βカテニンの転写活性化能が約6倍高まることも今回の実験で判明している。今回、"ゆりかご"の細胞でBtkが直接βカテニンを活性化すると、これが司令を出すサインとなり、幹細胞の増殖にブレーキがかるという仕組みが確認された。これは、無脊椎動物からほ乳類に至るまで幅広い動物に共通した増殖抑制の仕組みであり、組織の再生誘導や、各種がんの抑制などに新たな道を開く可能性を秘めた発見といえるとしている。
2014年01月17日