コロナで日常が壊れた保育所 余裕のない日々で、保育者が学んだことは…【きしもとたかひろ連載コラム】
文字通り「緊急事態」のなかで、職員不足、不明瞭な情報と感染対策、体力的・精神的な負担、自分も罹るかもしれない恐怖、見通しが立たない不安…いろんなものが重なり、少しずつ余裕がなくなっていった。
普段はゆとりを持って関われていたはずなのに、つい口うるさくなったり丁寧に対応できなかったり、ひどい時には感情的に怒ってしまったりもした。
小さなことにイライラしてしまい、子どもたちにつらく当たってしまった時には「自分はなんてダメな人間なんだ」と、反省とは呼べないただの質の低い自己嫌悪に陥った。
自分たちがとりわけ大変だった、というような苦労話をしたいわけではない。
どれだけ子どもとの関わり方や知識を深めていても、普段から気をつけていても、余裕がないと“なににもならない”のだと思い知ったという話。
子どもと向き合うことも、丁寧に関わることも、ぼくが「できた人間」だからできていた訳ではないのだ。たまたま余裕を持てる環境だったからできていただけなのだ。やらなきゃいけないことが増えることよりも、余裕がなくなることのほうが精神的に追い込まれていく。
今まで無理なくやれていると思っていたことでも、ただ余裕がなくなるだけでうまくできなくなることがある。