皆さんは恋愛で苦い経験をしたことはありますか…?今回は実際に募集した、浮気体験談「出産間近での浮気」をご紹介します!「出産間近での浮気」私が初めての妊娠・出産したときのエピソードです。私と夫は出産する前までは、本当に仲がいい、よくいる普通の夫婦でした。結婚後すぐ妊娠が発覚結婚してすぐに妊娠がわかり、二人でとても喜びました。妊娠初期・中期の頃は、夫もとても気を使ってくれ「優しく良いお父さんになるなあ…」なんて考えて、身体はつらかったけど幸せな気分の毎日でした。酔っぱらって帰ってきた夫が…だんだんおなかも大きくなってきて出産が近づいてきたころ。その日、夫は酒を飲んで酔っ払って家に帰ってきました。夫はわたしとイチャイチャしようと絡んできたのですが、お酒臭いし気分も乗らず…拒否しました。すると「こんなに我慢ばかりさせるならば他の女とあそんじゃうよ?」といったのです…!私は相手にしなかったのですが、その後、夫のLINEをたまたま見てしまい、“女とやり取りしてること”が発覚!!「出産を控えてるのにひどい!!私はこんなにおなかも大きくて好きなことも控えてるのに!!」と大喧嘩。夫は必死に謝ってくれました。その後、出産までとても気を使ってくれ反省してるのはわかりました。が…「私は身軽になったら絶対復讐してやる!!」と意気込んでました。出産後復讐することに…!かわいい赤ちゃんを無事に出産し落ち着いてきたころに、やっと訪れた復讐タイム…。夫のスマホを位置情報がわかるように設定させ、クレカは没収。妻と子どものために家族タイムを大事に…これらを徹底的することに!妊娠中にされたこと、一生わすれません!いかがでしたか?妊娠中にされた「浮気」…。たとえ未遂でも簡単には許せないですよね。次回の「浮気体験談」もお楽しみに。※こちらは実際に募集したエピソードを記事化しています。"
2022年03月09日妊娠・出産。多くの人が経験してきたことであり、つい当たり前のことに思えてしまうものですが、すべてが順調にすすむとは限りません。あさのゆきこさんの連載「出産の記録~低酸素性虚血性脳症の娘と私」は、ひとつの命を授かり無事出産することが、どんなにすごいことなのか気づかされるとともに、「命って尊いものなんだ」と改めて真摯(しんし)な気持ちにさせてくれる連載です。■次々と困難が降りかかる妊娠・出産主人公のあさのさんは30代の漫画家。以前は東京に暮らしていましたが、結婚を機に地元の京都に戻りました。結婚して半年後、あさのさん夫婦は妊活を始めます。そして、初めての妊娠が発覚! 自分のおなかに赤ちゃんがいるんだ! と不思議な気持ちになったり嬉しくなる反面、仕事が大事な局面を迎えていることもあって、不安で急に涙が流れてしまうことも。そんなある日、妊娠8週で検診に行った際に悲しい事実が発覚します。赤ちゃんの心拍が確認できなかったのです。医師から告げられたのは、繋留流産。あさのさんは、仕事のことを考えて妊娠を素直に喜べなかった自分を思い出し、罪悪感と喪失感でいっぱいになるのでした。流産をしたことで、あさのさんの「赤ちゃんがほしい」という気持ちがより強くなります。療養後、妊活を開始。しばらくして、なんと「赤ちゃんが来てくれた」のです! しかし、前回の流産があったことから、「何かあるかもしれない」と喜びすぎないようにするあさのさんでしたが…。エコーで赤ちゃんを見たことで、妊娠を実感したのでした。しかし、今度の妊娠には、つらい出来事がたくさんありました。妊娠7ヶ月の終わり頃、あさのさんに最初の異変が訪れます。おなかの張りが強く切迫早産の危険があり、急遽入院することに。その後9日間の入院でおなかの張りは落ち着き無事退院。「大変な思いをしたんだから、もうトラブルは起こらないよね?」退院時にそう思うあさのさん。しかし…。臨月に入ったばかりのある夜のことでした。腹痛が起こり、おなかはずっと張りっぱなし。「何かおかしい…」と迷った末、夫を起こして病院へ行くと…。常位胎盤早期剥離とは、正常に付着した胎盤が赤ちゃんの出る前に子宮からはがれてしまうこと。そうなると、赤ちゃんは胎盤から酸素をとれなくなってしまいます。お願い! 無事に産まれてきて!果たして、あさのさんの出産は? 赤ちゃんの容体は? 早く無事を知りたくて、祈りながら読み急いでしまうこと必至の展開です。■妊娠・出産は奇跡の連続! 読者のコメントあさのさんの出産記録を読んだ読者からは、「妊娠・出産は奇跡だ」という声が多く届き、また自分の出産のときに起きた出来事や、そのとき抱いた感情を思い出す人もいました。改めて、命の尊さを思い知らされました。そして、みんな当たり前のように妊娠・出産できるとは限らないと気付かされました。私はたまたま元気な子を出産できましたが、私の身に起こっても何ら不思議ではない出来事だなと思いました。我が子を大切に大切に育てたいと思いました。いつも思うのですが、皆さん「普通」に出産できて「普通」の子が産まれてくる事をイメージしすぎじゃないですか? ネガティブになれとは言いませんが、「普通」がいかに幸せなことか考えてほしい。20歳で出産した。保育の専門学校時代60人1クラスだったが、このクラスで障がいのある子の親になる人は、3、4人いると言われた。また、心室中隔欠損は100人中2、3人の確率と言われた。若いからって障がいや病気の子を産まない保証はない。宝くじに当たる確率より高い。自分が健康で生きてこれたのが当たり前ではない事に感謝した。緊急帝王切開のときの泣き声が聞こえない不安…スゴくわかりました。ここまで書いていただきありがとうございます。 怖かった…ひたすら怖かった。でも…覚えててよかったと思っています。妊娠もお産も、自分が思い描いた出産と違うんだなと経験して知りました。計画的に立ち会い出産などできるのは幸せだと思います。妊娠から出産までの時間も大切ですが、出産後こそ一番ママの体をねぎらってほしいです。お産にどんな事が起きても、頑張って生まれてきてくれた我が子は愛しいですし、本当に奇跡だと思います。出産は人それぞれ違って、大変。 とりあえず、無事生まれてよかった。 異常時は産声が本当に嬉しい。 よく、異常に気付けたなと思う。 それだけ、通常と違ったのかな…と。 当時まだネットなどの情報はあまりなく若かった事もあり悪い事がおきるなどと考えもしていませんでした。この記事にある早期剥離の時の本人と赤ちゃんの死亡率を見てあらためて思い出す怖さと無事に出産できたことに感謝しました。出産ってほんとに母子が生きてることがどれだけ幸せなことか改めて気づきました。当たり前に思ってても次もし妊娠したら自分がその立場になるかもしれないという「命懸け」な事なんだって感じました。読者のコメントを読んでいると、誰の妊娠出産にもそれぞれドラマがあるのだと気づかされます。大切な我が子をおなかで育て、命がけで産む。ずっと昔から人類が経験してきたことですが、どんなにテクノロジーが進化しても、妊娠出産に関してはすべてをコントロールすることはできないはずです。だからこそ、胸に響くドラマが生まれるのでしょうね。赤ちゃんとあさのさんのその後は、ウーマンエキサイトに掲載されています!▼漫画「出産の記録~低酸素性虚血性脳症の娘と私」
2022年03月01日初めての出産は、私にとってある意味とても思い出に残る瞬間でした。特に陣痛時のいきみ逃しは、非常につらいものだったと記憶しています。夫が立ち会う中、陣痛のあまりの痛さで理性を失っていました。出産後に夫から聞いた話ですが、「陣痛のとき笑っちゃった」と……! その言葉を聞いて最初は腹が立ちましたが、あとから冷静に考えてみると自分でも笑ってしまった、ちょっと恥ずかしいお話です。 微弱陣痛で余裕の笑顔!つらいつわりや出産準備など、何もかもが初めての体験だった第1子の妊娠時。出産予定日が近づくにつれて、ワクワクよりも恐怖心が勝っていました。そんな不安を感じている中、前駆陣痛が出産予定日の3週間ほど前からあり、出産予定日の2週間前に破水……! 破水後はすぐに入院となり分娩室へ案内されましたが、微弱陣痛と診断され、そのまま入院することになりました。このまま強い痛みに繋がらなければ、陣痛促進剤を投与して出産することに。おなかの痛みはなかなか強くならず、ごはんも余裕の笑顔でおいしく完食できるほどでした。 ついに陣痛促進剤の投与!入院してから2日目の朝、すでに微弱陣痛すら遠のいて痛みはほぼありませんでしたが、いよいよ陣痛促進剤の投与を開始することになりました。そして、陣痛促進剤を投与するタイミングで夫が病院に到着。陣痛促進剤を投与して1時間くらいで、徐々に痛みが強くなりました。 2時間が経過するころには、強烈な痛みに襲われていたものの子宮口はまだ4cmと、途方に暮れたのを覚えています。投与から3時間後、子宮口は6cmになり、ついに「いきみたい!」という感覚に……。しかし本当につらいのはここからでした。 壮絶な痛みで叫ばずにはいられず…!いきみ逃しが始まってからは、助産師さんにタメ口をきいたり、分娩台のバーをたたいたりして、私は理性を失っていました。その間夫はやさしくサポート。助産師さんからアドバイスを聞き、力いっぱいお尻を押してくれました。しかし助産師さんはバタバタとしていて、分娩室では夫と2人で過ごす時間が多かったのです。 とても不安になった私は、分娩室の外にいる助産師さんに向かって「助けてぇぇーーー!!」と何度も絶叫! 「苦しいーー!! 息ができないーー!!」と大きな声で叫ぶ私を見て、夫はクスッと笑ってしまったようです。 そして、陣痛促進剤を投与してから約5時間後、なんとか夫や助産師さんのサポートを得ながら無事にわが子を出産しました。スムーズな出産だったと思います。出産後に夫から聞いた「笑っちゃった」の言葉。冷静に振り返ってみると、「助けてぇぇーー!!」はちょっと大袈裟だったな、と夫と一緒に笑ってしまったのでした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラストレーター/ライコミ監修/助産師 松田玲子著者:小林 あやの4歳男児と2歳女児の母。婿入り婚で、両親と同居中。趣味は美容やコスメ集め。最近は2歳の娘もオシャレに興味を持ちはじめ、「早く一緒にショッピングを楽しみたい」と期待を膨らませる日々。美容や育児をはじめ、ブライダルや暮らしなど幅広いジャンルを執筆中。
2022年02月22日私には4人の子どもがいますが、3人目と4人目の出生体重は約3,800gとビッグベビーでした。3人目を妊娠したのは前回の出産から5年後。出産予定日が近づいても生まれる気配はなく、ちょうど出産予定日当日に妊婦健診がありました。エコーで出た推定体重は3,480g。その時点で上の子たちの出生体重をはるかに超えていたので、ぞっとしたのを今でも覚えています。ですが、その日の夜中に陣痛がきて、順調にお産が進んでいきました。 想定外の状況にパニック! 頭が出たのに⋯5年というブランクはあったものの、お産の流れはそれなりに把握していた私。これまでの経験からいくと、赤ちゃんの頭が出てきたあとは少しいきむだけでするりと生まれるものだと思っていましたが、3人目は違ったのです。何度もいきんでやっと頭が出てきたと思ったら、体が出てこず私はパニック状態に。 私の呼吸も若干乱れてしまいましたが、助産師さんに「赤ちゃん苦しいからね~深呼吸だよ」と言われ、なんとか態勢を整え無事に出産することができました。出てきた赤ちゃんは3,750g。経産婦だからかお股に傷はなかったものの、当時はこんな体験もうしたくないと思っていました。 募る不安。4人目もビッグベビー4人目は健診のたびに「大きめです」と言われており、出産予定日を2日過ぎてしまった妊婦健診での推定体重は約3,500gありました。また3人目のときと同じようにつらいお産になるのかなと思った私は、前回のお産が大変だったので今回も不安だということを助産師さんに話しました。すると「大丈夫よ、頭が出てきてくれれば体は私たちがサポートするからね」と言ってくれたのです。 この言葉で私は、3人目のお産のときも助産師さんがサポートしてくれていたということに気が付きました。助産師さんのサポートがあることを知っているというだけで3人目で経験したビッグベビーの出産に対する恐怖心がぬぐえたような気がしたのです。 落ち着いて臨めた4人目のお産そして迎えた4人目のお産。出産予定日を5日超えた日のことでした。前回と違うところは、お産の流れをイメージトレーニングできたこと。頭が出てくれば、助産師さんのサポートがある! こう思えただけで、私は落ち着いてお産に臨むことができたのです。 しかし実際は、4人目のお産は3人目のときより大変でした。必死にいきみましたが陣痛の途中で頭が挟まってしまったり、助産師さんが「体を引っ張ってもなかなか出てこなくて焦った」と話したりするほどしぶとかったです。それでも時計を見られるほどの余裕があり、自然破水後11分で出産することができました。体重は3,800g。生まれてすぐにくしゃみやおしっこをする、まさに“大物”でした。 漠然とお産に臨むよりもお産の流れを事前にイメージしておいたほうがより冷静になれるんだな、ということがよくわかった2つのお産となりました。何よりお産のときには、助産師さんがサポートしてくれることがわかっていたため、とても心強かったです。4人目もビッグベビー出産になるとわかったあのときに、助産師さんに不安を打ち明けておいてよかったなと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:ほりたえりな10歳、8歳、3歳、0歳の男女4人の母。ステップファミリー。元コンビニ店員だが、第4子出産を機に退職し、現在はフリーライターとして活動中。自身の子育て体験談や商品レビューなどを執筆中。
2022年02月21日生後間もなく娘のさくちゃんが肺高血圧になり、緊急入院し手術をすることに。手術は無事に終わり、退院日が決定します。退院日当日は病院のスタッフさんから「退院おめでとう」のカードをもらい、祝福されながらママとさくちゃんは病院をあとにしたのでした。無事に帰宅したママとさくちゃん。 そして、これからは外来治療を受けることになったのですが……? 外来治療時、先生の口から衝撃の言葉が飛び出して…※シナジスは、RSウイルス感染症を予防するためにおこなう注射です。 娘の病気を通して、“健康な体で生まれるということは、本当に幸せで尊いことだったんだ”と実感したママ。 その後、さくちゃんは「大好き」とママに自分の気持ちを伝えられるまでに成長します。 “娘が生まれてきてくれて、今生きていることが本当に愛おしくてうれしい” “どうかこれから訪れる未来も、精一杯生きて、泣いて笑って成長して大人になっていけますように……” そう心から願うのでした。 ◆「娘と心疾患のお話」はこれで終了です。ご愛読どうもありがとうございました! 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター こやま家2018年4月生まれの女の子さくちゃんと、2020年5月生まれの男の子あおくんを育てるワーキングママ。奇想天外な家族の様子を絵日記で描いている。
2022年02月19日妊娠が判明してから、出産するのに必要な自分の体力や筋力に不安を感じました。そこで、毎日1時間の散歩を習慣にすることに。その習慣のおかげで、出産時や産後に助けられたことがありました。 妊娠判明後、体力・筋力が不安に…妊娠する前、ろくに運動をしてこず、出かける予定がないと外にも出ないほどインドア派だった私……。妊娠が判明して出産する瞬間を考えたとき、自分の体力や筋力が一気に不安になり、妊娠中でも継続しておこなうことができる運動を考えていました。 妊娠中は激しい運動もできないし、私はつわりがひどくただでさえ動くのがしんどいことが多く⋯⋯。ヨガやストレッチといった屋内でできる運動をしようかとも思いましたが、体が硬く断念。ハード過ぎずすぐに休憩できる運動を考え、毎日1時間以上散歩することに。1日の散歩にかける時間は、合計すると1時間から2時間ほどでした。 散歩を始めたことで生活習慣が整った今までは昼過ぎに起きてダラダラしてごはんを食べてまた寝て……といった生活をしていました。しかし、子どもが生まれてからのことを考えるとそんな生活も続けていられないなと思ったので、朝に散歩することに。毎朝太陽を浴びながら運動することで体もスッキリし、とても気持ちがいいことがわかって、最初は「赤ちゃんのため……」とおこなっていたことがだんだん楽しくなったのです。それからは進んで散歩に行くことができ、いつもと違う道を通ってみたりして、新しい趣味ができたように感じました。 出産にも役に立った…!?毎日の散歩を続け、いざ出産!となったとき、やっぱり出産は壮絶なものだと実感……。体力は想像していた何倍も必要としたので、毎日散歩をしていたけれど、全然足りない!と感じました。でも、きっと毎日散歩をしていなかったらそんなことを出産中に考える余裕もなかったのかなと、あとで思うように。また、子どもが外に出かけられるようになってからは、一緒に遊ぶのも毎日外に出かけるのもまったくおっくうではなくなっていたので、出産後もとても助かりました。 毎日の散歩で、体力・筋力をつけて生活習慣を見直すことはもちろん、今さらながら外に出る楽しさも知ることができました。これからも子どもと一緒にいろいろなところへ出かけられると思うと、楽しみが尽きません。 監修/助産師 松田玲子作画/加藤みちか著者:橋本 楓0歳女児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年02月16日■前回のあらすじ夫から久々のお誘い…、妊娠中だけど少しだけなら大丈夫かと思い試してみたものの、怖くなり断念したのでした。■姉からの嬉しい報告! 里帰りについて考える今の住まいと実家はすごく離れているので帰るだけでも一苦労。里帰りしたところで、ゆっくりはできなさそうだし、迷惑かけそうだなぁと。私の母は親に頼ることなく働きながら子どもを4人育てていたので、私も子ども1人なら里帰りしなくてもなんとかやっていけるかも…と思ったのでした。■出産前に食べ収め…?義両親が産後1ヶ月間来てくれることになりました。ありがたい…とてもありがたいのですが、1ヶ月狭いマンションで同居…! どうなることやら…と少し不安もありました。しかし、出産を目前に控え、何も考えずに食べたいものを食べられる幸せに感無量!第1子はなかなか予定日には産まれない、と聞いていたので、予定日の2日前でも焦ったりはしていませんでした。次回に続く「夫と私の話」(全40話)は17時更新!本記事はあくまで筆者の体験談であり、症状を説明したり、医学的・科学的な根拠を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年02月09日初めての妊娠で、出産に向けての大きな心配は、陣痛の痛みに対する恐怖と、いきんだときにうんちが一緒に出てしまうのではないか、ということでした。出産のときにうんちが出てしまったら恥ずかしいし、医師や助産師さんにも申し訳ない……。出産時のうんちが心配だったので、事前に産科病棟に勤めている看護師の友人から情報収集したことと、実際の私の出産のときはどうだったのか、お話しします。 出産のときの心配ごと私は19歳のときに初めて妊娠し、臨月を迎えました。出産のときに心配だったのが、陣痛の痛みはもちろん、いきんだときに一緒にうんちが出てしまうかも……ということでした。医師の目の前で、うんちが出てしまったら恥ずかしいし申し訳ない……。 病院によっては、事前に浣腸をしてうんちを出すようにする病院もあるようですが、私の出産予定の病院では、特に事前の処置は何もしていないとのことでした。 実際はどうなの?みんな出るもの?総合病院の産科病棟に勤めている看護師の友だちに、実際出産時にうんちはみんな出てしまうものなのか、聞いてみることにしました。友だちからの回答は「結構みんな出るよー! あれだけすごい力でいきむから、そりゃあ出るでしょ。医療者は何も気にしてないよ」とのこと。 「みんな普通に出ちゃうものなんだ……。日常的によくあることで、医師や助産師はまったく気にしてないんだ……」と思うことができ、出産時のうんちはそれほど気にならなくなりました。 陣痛がきた!産むときににうんちは出た?そして、ついに出産のとき。いざ陣痛がきて、最後のいきみのときに「あ、今うんち出たな……」という感覚がありましたが、痛みと疲労で恥ずかしさや申し訳なさはそれほどありませんでした。「うんちが出たら臭うのかな?」ということも心配でしたが、臭いはまったく気にならなかったのです。 後日、出産のときに担当してもらった助産師さんに「出産のとき、便が出てましたよね?」と聞くと「出てたかな? でも、赤ちゃんが無事に生まれたんだから、うんち出てもよし!」と明るく答えてくれ、少し残っていた恥ずかしさと申し訳なさが消えてなくなったような感覚になりました。 産科病棟に勤めている看護師の友だちに確認し、「出産時にうんちが出るのは、よくあること」とわかっていたので、陣痛中もうんちのことをそれほど気にせず出産に臨むことができました。実際に出産のときにうんちは出てしまいましたが、赤ちゃんが無事に生まれてきてくれたことと比べると、大したことなかったように思います。 監修/助産師REIKO著者:吉川 みきな13歳女の子と3歳男の子の年の差姉弟を育てている母。反抗期の娘とイヤイヤ期の息子の育児に日々奮闘中。上の子を出産後に大学に通い、看護師の資格を取得。現在は看護師としてパート勤務をしている。
2022年02月08日私は20歳の誕生日と同時くらいに、第1子を妊娠しました。初めてのわが子にうれしい反面、不安や苦労もありました。特に、周りから「若いママだから……」という目で見られることに苦痛を感じました。2022年民放改正前の体験です。 妊娠判明は成人式の直前!妊娠が判ったのは、成人式の1カ月前でした。妊娠に対してうれしい反面、まだ成人して間もない自分に、子どもを育てられるのかという不安もありました。 それでも産みたいという気持ちは固く、「私、産むから」と現在の夫に宣言。同い年の夫は「う、うん……」と、押される形で出産・結婚を決意してくれました。そのままお互いの両親に妊娠と結婚を報告し、妊娠4カ月の状態で成人式に出席しました。 「若いママだから」と言われたくない!第1子である長女は、私が20歳のうちに生まれました。幼いころから子ども好きだったので、自分の子どもがうれしくて、かわいくて毎日が幸せでした。初めての育児に緊張しながらも、保健師さんの言うことを堅実に守り、育児書と毎日にらめっこをし、懸命に育児をしました。 子どもが口にするものはすべて手作りし、衛生面、健康面にすごく気をつかいました。子どもに対する愛情からが半分、残りの半分は周りから「若いからちゃんとしていない」と思われるのが嫌だったのです。 それでもやっぱり偏見の目…わが子を連れて外に出かけると、「赤ちゃんかわいいわね~」と声をかけられるのですが、決まって最後に「ちゃんと育てなきゃダメよ」と言われるのです。子どもが細かったためか、時には「ごはんちゃんと食べさせているの?」とか「ごはん作ってないんでしょ?」と言われたこともありました。 夫の親戚からは、はっきり「虐待していない?」と心配されていました。若いママというだけで、周りから育児放棄や虐待などの心配をよくされました。自分なりに懸命に育児をしていたので、周りからの偏見の目は悔しかったです。 私は子どもを愛している付き合いのある人たちは理解してくれるものの、結局のところ、見ず知らずの人からの偏見の目はなくなりませんでした。いつしか私も抵抗することをやめ、「この子のママは私。この子がいいと思ってくれているのなら、それでいい」と思えるようになりました。偏見の目で見られようとも、私は子どもを愛しているんです。長女を産んでから数年間、偏見の目に悩まされましたが、自分なりの答えにたどり着くことができました。 年齢を重ねた現在ならば、当時の偏見の目を理解できます。昨今の子ども虐待のニュースもありますし、何より子どもが子どもを産むようなものですから、心配にもなります。でも当時の私にはその気持ちが理解できず、偏見の目が苦痛で仕方ありませんでした。もし今の私が、当時の私に声をかけてあげられるのなら、「子育て頑張っているね! ちゃんとわかっているよ。大変なことがあれば人に頼ってもいいから、あまり無理し過ぎないでね」と伝えてあげたいです。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/きょこ 著者:ライター 木村なち
2022年02月08日私には9歳と1歳の娘がいます。長女のときは産後、次女のときは妊娠後期から骨盤ベルトを使用していました。8年も歳の差があるといろいろと忘れていることが多かったのですが、骨盤ベルトの重要性だけは覚えていました。やっていてよかった骨盤ベルトの体験談をご紹介します。 骨盤ベルトを使うようになったきっかけ長女を妊娠時、幼馴染から「骨盤ケアのために骨盤ベルトがおすすめよ」とプレゼントしてもらいました。骨盤ベルトはトイレとお風呂のとき以外ずっとつけておくとのこと。当時の私は幼馴染にお礼を言いながらも、少し面倒だなぁと感じていました。 そんなとき、別の友人が出産したので産後1カ月になるころにお祝いに行きました。友人は、産後なので少しふっくらしており骨盤の開きを気にしている様子。そこで、骨盤ベルトの話をすると、友人は骨盤ベルトを持ってはいるけれど面倒で使っていなかったそう。今になって、「つけておけばよかった……」と後悔していました。これが、「私は面倒くさがらずに骨盤ベルトをつけてみよう」と思ったきっかけでした。 骨盤ベルトの効果私は何とか無事に長女を出産しましたが、見るからに体型は変わっていました。妊娠前に比べると体重はプラス5kg、おなかから骨盤周りがぼってり。腰痛がひどく、どうしても姿勢が悪くなってしまいます。これも骨盤が開いているからなのかと思い、入院中は産院から簡易な骨盤を締める物が用意されていたのでそれを巻き、退院後から幼馴染にもらった骨盤ベルトをつけるようにしました。 産後のだるさもあり「もういいか……」とたびたび思いましたが、骨盤ベルトを使わずに後悔するほうが嫌だったので常につけるように。その効果が出てきたのか腰痛がましになり、正しい姿勢を意識できるようになったため体型も締まってきたように感じました。 妊娠~産後まで重宝それから8年後、私は35歳で次女を妊娠しましたが、マタニティグッズやベビーグッズは処分している物も多かったのですが、骨盤ベルトだけは重要性をわかっていたのできちんと保管していました。 次女の妊娠時は恥骨痛と腰痛がひどかったため、妊娠後期から骨盤ベルトを巻いたら少し痛みが緩和されました。そして産後も骨盤の戻りを促すために使用し、腰痛緩和もされ正しい姿勢を意識できるように。妊娠後期から産後まで大変重宝しました。 私は産後の骨盤ケアに骨盤ベルトが欠かせませんでした。産後、骨盤の開きに悩んでいた友人は、結局骨盤矯正するために整体などに通いお金がかかったそうです。骨盤ベルトは最初は確かに面倒に感じますが、骨盤を矯正する手助けをしてくれるので私は本当にやっていてよかったです。 監修/助産師REIKO著者:石井ゆうき9歳と1歳の女の子のママ。長女の反抗期に悩まされながらも、姉妹の戯れに日々癒され中。秘書として働いており、現在は育休中。1人目出産直後に夫が転職に失敗し、夫が転職に失敗したことを機に、お金にまつわることに興味を持ち、FP2級の資格を取得。家計管理・資産運用に生かしている。
2022年01月31日生後間もなく娘のさくちゃんが肺高血圧になり、緊急入院し手術をすることになりました。手術後は傷が痛むのか、もの凄い勢いで泣いていたさくちゃん。泣き続ける娘に、ママは正面から向き合います。すると、育児用ミルクの飲みっぷりや手の温もりなど、少しずつ娘の体の変化に気付いて……?手術を受けたことで回復したさくちゃん。 目に見えるわが子の変化に、ママは思わずうれしくなります。 手術後の娘の様子は…? さくちゃんの回復力に驚くママ。 日が経つにつれ点滴が減っていき、取り付けられていた管もどんどん外されていきました。 そして、ついに退院日が決定! 退院日当日は、病院スタッフさんが「おめでとう」とカードを渡してくれて、みんなでさくちゃんの退院を祝ってくれました。 そんな温かい祝福を受けると、ママの心は感謝の気持ちでいっぱいに……。 「これからは私が頑張る番」 決意を新たに、わが子と一緒にお家に帰るのでした。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター こやま家2018年4月生まれの女の子さくちゃんと、2020年5月生まれの男の子あおくんを育てるワーキングママ。奇想天外な家族の様子を絵日記で描いている。
2022年01月24日芦田愛菜さんや倖田來未さんのものまねでお馴染み! お笑い芸人やしろ優さんの妊娠インタビュー3回目は、出産方法を始め、立ち会い出産や里帰り出産など、出産に焦点を当ててお話を伺ってみました。ほかにも、産後の仕事のスタンスや理想のママ像などについても取材させていただきました。立ち会い出産が可能なら、パパに立ち会ってもらいたい!ー出産方法や里帰りについては、どうされるご予定ですか? やしろさん:実は逆子ちゃんだったんですけど、前回の妊婦健診で直っていたので、自然分娩になりそうです!出産後は母や面倒を見てくれると言ってくれていて、妹も近くにおりますし産後はちょっと甘えようかなと思っています。 ー無痛分娩を選ぶ方も増えてますが、ご検討されなかったのでしょうか? やしろさん:妹にも「お姉ちゃんは痛みに弱いから絶対無痛のほうがいいよ」って言われていたんですけど、妊活でお世話になっていた先生が産科もやっていて通院しているのですが無痛分娩をやっていないので、選択できませんでした。でも無痛にできなくても、その先生にお願いしたかったので自然分娩で頑張ります! ー立ち会い出産は”今の段階では、できるかどうかはわからない”と仰っていましたね。パパ自身はもともと立ち会いを希望されていたんですか? やしろさん:私が立ち会ってほしくて「しんちゃん立ち会ってね!! 」って最初から言っていたので、旦那さんの意見は聞いたことはないです(笑)。出産シーンを見るのは大丈夫なほうだと思いますけど、本心はどうなんでしょう? 旦那さんは「わかった」って言いつつ「まあ、コロナ禍だしなぁ」とも言っていました(笑)。でも、私はやっぱり苦労して産むところを見てほしいんですよね。「産まれたよ! 」って報告を受けるより産まれるところをちゃんと一緒に見てほしいって気持ちが強いです。 ー立ち会いできるといいですね。今は自然分娩に向けてイメージトレーニング中でしょうか? やしろさん:そうです! ベビーベッドを譲ってくださった方がヨガの先生をされていて、「優ちゃん、呼吸法はちゃんとやっといたほうがいいよ」っていうアドバイスはいただきました! でもコロナ禍の出産なので、妊婦さんもマスクしないといけないらしいんです。マスク出産を経験した方からは「すごい苦しかった」って聞いてちょっと不安もあります。でも……うん、何とかなる!(笑)。 産後のお仕事は、様子を見ながら続けたい!ー産後のお仕事についてはどのように考えていますか? やしろさん:妊娠中はセーブしつつも、ギリギリまでマネージャーさんと相談しながらお仕事をやってきたので、産後も同じく相談しながら続けていければと思っています。産後の1カ月ほどは実家に行くつもりなので、復帰はそのあとですね。 ーママになって復帰されるのも楽しみです。 やしろさん:ありがとうございます。YouTubeは後輩と一緒に毎日更新しているので、こちらも産後も続けたいです!出産がどうだったとか、赤ちゃんのお世話についてとか、撮れるものは全部撮って更新していこうと思っています。身体と相談しつつですけどね。 ー楽しみですが、まずはママのお身体第一でお願いします! パパは育休などは考えているのでしょうか? やしろさん:いえ! 旦那さんには育休よりも、ガッツリ働いていただきます(笑)。 ーお子さんが生まれてきたら、こんなことしてあげたいなと思い描いていることはありますか? やしろさん:私、リトミックの資格も取っているので一緒に手遊びしたり、歌ったりしてあげたいですね。友達の子どもとやったことはあるんですけど、やっぱり自分の子どもとやるのはめっちゃ夢ですね、やりたいです! 旦那さんともチャイルドシートが届いて取り付けているときに「世の中が落ち着いたら旅行とかいろんなところに遊びに行きたいね」っていう話もしましたね。 理想は「お母ちゃん」! ごはんをモリモリ食べてほしい!ーやしろさんの理想のママ像はありますか? ママとして、育児で大切にしたいことなどあれば教えてください。 やしろさん:理想は5人くらい子どもがいて「みんなごはんだよー! 」みたいな“お母ちゃん”をやりたいですね。私も旦那さんも食べるのが大好きで、食事はほんとに大事だなって思っているので、ごはんをしっかり食べる子に育てたいです。私が作ったごはんをモリモリ食べてもらいたい! なので、離乳食を作ったりするのも今から楽しみにしているんです。早くやってみたいなぁ。あと、うちのお母さんは私がやりたいことを否定しないお母さんだったので、私もそうなりたいなっていうのはありますね。 ーパパはどんなパパになりたいとか、そういうお話はされていますか? やしろさん:実は、赤ちゃんは男の子と言われているんですけど、男の子だったら厳しくなりそうって言ってました(笑)。私も旦那さんは厳しいパパになりそうだと思いますね。一緒にしちゃいけないですけど、わんちゃんを飼ったときに、デレデレはするけど、叱るときは「こんなに叱るんだ! 」って驚いたことがあって。だから、叱るときは厳しいのかもしれないです。 ーえー! そうなんですか。ここまでのお話で、やしろさんの気持ちを最優先にしてくれるソフトなパパの印象がガラッと覆されました! やしろさん:そうなんですよ、人に厳しいんです。自分に甘くて! ほら、マネージャーさんもすごい頷いてる! あははは!(一同爆笑)。 ーでは最後に、これからママになる方にメッセージをお願いします。 やしろさん:出産も育児も不安はあるんですけど、とにかくママが楽しければそれが子どもに伝わると思っています。私はこれまで明るいことしか考えてやってこなかったので、妊活している方もつわりがひどい方も、めっちゃくちゃへこむことはあると思うんですけど、そんなときは楽しいことを考えていきましょう。赤ちゃんにも”生まれてきたらこんなに楽しいんだぞ”っていうのを伝えられたらいいなと思いながら、私も頑張っています。大変なことも多いと思いますが、一緒に頑張りましょう! 終始明るく笑顔で取材に応じてくださったやしろさん、どうもありがとうございました! コロナ禍の制限ある出産に不安な部分もあるようですが、どんな状況でも楽しもうとする前向きな姿がとても素敵だなと思いました! そして、2022年1月20日に無事赤ちゃんが誕生したようで、本当に良かったです。おめでとうございます! これからはかわいい赤ちゃんと家族3人で素敵なご家庭を築いてくださいね♡ PROFILE:やしろ優さん1987年7月9日生まれで、神奈川県川崎市出身。倖田來未さん、芦田愛菜さんなどのものまねでお馴染み。ベビーシッター、保育士、幼稚園教員の資格を持つ。の2016年7月9日の誕生日にお笑いコンビ「笑撃戦隊」の野村辰二さんと結婚。2021年10月8日に第1子妊娠を報告。 著者:ライター 山口がたこ漫画も描ける主婦ライター。2016年生まれの「ムスメ」と出来すぎた「神ダンナ」との大阪暮らし。Instagramでは、おうちごはんや子育てエピソードを更新中!
2022年01月23日女性マンガの題材は、好き、カッコいい、幸せ~!的な恋愛模様ばかりではありません。一般的にマンガというと、忙しい毎日の中での癒し、または手軽な小さな喜び、と捉えられることが多いですが、近年増えている印象なのが、価値観の変化や女性の生きづらさ、そして社会的な問題を扱った作品たち。こういったマンガは、物語のおもしろさに引き込まれ読み進めていくうちに、気がつくと何かしら“疑う気持ち”や“気づき”を与えてくれます。揺れ動く価値観や生き方を描く、問題提起や気づきをくれる作品が増加中。紹介している4作はいずれも、私たちが日頃感じている小さな違和感や、立ち止まって考えたい問題がテーマ。少しシリアスな気分になりたいときに、ぜひ手に取ってみて。女性の生きづらさに触れながら、今後はSF的な展開に?!『ジーンブライド』高野ひと深『私の少年』で人気が高まった作家の最新作。仕事相手からのセクハラや変質者との遭遇など、げんなりする日常を生きる30歳の依知。彼女の元に元同級生の男性が現れ、二人は助け合う仲に。この先、物語に遺伝子(ジーン)がどう関わる!?1巻759円/祥伝社©高野ひと深/フィールコミックスごく普通の高校生のカップル。そんな10代が妊娠したら…。『あの子の子ども』蒼井まもる女子高生の福(さち)には、幼馴染みの同級生の彼氏がいる。お互い好きだからこそセックスをしている二人。福の体に異変が起き、妊娠検査薬を使うと、妊娠のサインが…。性教育のあり方が問われる今、作品はとてもリアルに感じられます。1巻495円/講談社©蒼井まもる/講談社人もセックスもすべてシェア。一対一の“恋愛”がレアな世界の物語。『もしも世界に「レンアイ」がなかったら』ヤチナツ一対一で恋愛をする人がごく少数、大多数は恋愛感情なくいろんな人とセックスをする、それが常識という世界の物語。主人公の乙葉は少数派の“レンアイ”で、好きな人への恋心や嫉妬心、独占欲を持つ自分に葛藤する。電子書籍1~5巻各220円/DPNブックス©ヤチナツ/DPNブックス仕事の方向性、恋への挑戦…。40代で人生の舵を切れるか。『ローズ ローズィ ローズフル バッド』いくえみ綾長い間、ギャグ系のキャラクターマンガを描いてきたマンガ家の神原正子・40歳。でも実は本当に描きたいのはキラキラの少女マンガ。齢40歳で挑戦するも、“胸キュンが足りない”とネームはボツに…。大人になってからも人生は変えられる…?1巻660円/集英社©いくえみ綾/集英社※『anan』2021年12月29日‐2022年1月5日合併号より。(by anan編集部)
2022年01月05日我慢できないほどの便意が急に止まり、自分の体なのに理解できず不思議がっていたミロチさん。それに対して看護師さんから「便意だと思っているものは、もしかしたら降りてきている赤ちゃんかも!」と言われました。ついに分娩台へ乗り、陣痛の波が来たのでいきんだのですが…… 陣痛の波に乗っていきんでみたら※看護師がカーディガンを着用していますが、実際は使い捨てエプロンを着用しています。 「ふんぐぅ〜〜!」陣痛の波に乗っていきむミロチさん。 すると…… 初めて出産したときと同じ失態を繰り返してしまいました。 そんなこととは知らないパパは「頭出ましたか?」と看護師さんに質問。 すかさず看護師さんは、「いや、出なかったわ」と、目に見えぬスピードで便を処理。 しかし、「今のは……」と説明が始まろうとしたため、ミロチさんは心の中で絶叫! 「待って待って、それ旦那に言うの!?」「私まだ旦那の前でオナラすらできないのに、いきなり目の前でうんこ漏らしたこと暴露されんのかよぉぉ!」 そう思っていたミロチさんでしたが、「いきむ練習です。まだ赤ちゃんは見えてません」と伝えてくれました。 これにはミロチさんも「ナイスフォロー! 寿命3年縮んだ!」と、言葉にはできないものの、心の中で喜びました。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月26日生後間もない娘が肺高血圧になり緊急入院することに。突然かかってきた病院からの電話に出ると「炎症の値が下がりました! 明日手術をします」とのこと。そして、病院へ急いで向かったママとパパ。病院へ到着し、医師から手術の説明を受けると、ドキドキしながら同意書にサインしたのでした。さくちゃんの緊急手術が、無事に終わりました。 そして手術から3日が経過。 付き添い入院が始まることになったのですが……!? 泣き続ける娘に呆然とするも… 手術後の初対面では、全力で泣くさくちゃんに驚いたママ。 しかし、泣き続ける娘を全力で受けとめます。 すると、娘の手が温かくなっていることに気付きました。 そして、1カ月ぶりに飲ませたミルクの飲み方にも変化が……!! 何気ない1つひとつのことが、手術を受けたことで回復しているとを感じたママは、ただただうれしく、胸が熱くなるのでした。監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター こやま家2018年4月生まれの女の子さくちゃんと、2020年5月生まれの男の子あおくんを育てるワーキングママ。奇想天外な家族の様子を絵日記で描いている。
2021年12月23日病院へ到着したミロチさんは、前回の出産のときと同じ部屋に通されました。看護師さんから「便意が来たら、それは赤ちゃんだから我慢して……」と言われたのですが、「あの……出そうです」と訴えるミロチさん。病院到着早々に分娩台へ上がることになったのですが……!? 2人目は巨大児 第38話 ゆっくり歩いて分娩台へ向かうミロチさん。「もうダメ……お尻が噴火しそう」というミロチさんに対し、看護師さんは「弱気にならないで! 頑張って我慢して!」と励まします。 「いやいや無理無理ッ!これもう……あ!」 なぜか便意がせき止められました。便意があるはずなのに出てこない……どうなってんの、どうしたの私の体……。不思議がっていると、看護師さんから「もしかしたら赤ちゃんが下まで降りてきて、頭が出かかってるかもしれないよ!」と言われました。 陣痛の波がおさまっている間に分娩台に乗り、「次の波が来たらいきみましょう!」と言われ、すぐに陣痛が来ていきみます……! 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月22日腹痛に襲われたミロチさんは、総合病院へ転院になる前に、帝王切開ができない通院していた個人病院で診てもらうことに。「本当に下から出てくる? もし回旋異常が起きたら、大きすぎて裂けたら……赤ちゃんも私も、無事に帰って来られるの?」急に怖くなったミロチさんですが、病院へ向かって…… 部屋を案内され早々に… 病院へ到着したミロチさんは、階段をのぼるのも一苦労……。 通されたのは、前回の出産のときと同じ部屋。 看護師さんがお産セットを渡しながら「今は3〜4分間隔で痛みは弱いけど、2人目だから急に早まるかもしれない……」と続け、「便意が来たらそれは赤ちゃんだからグッと我慢して、呼び出しボタンを押してね!」と言われました。 すると、ミロチさんは息を切らしながら……「あの……出そうです」 「もう便意が、お尻の内側から蹴破ろうとしています!」 その言葉を受けた看護師さんは「ぶ……分娩台に行きましょう!」と、病院到着早々に分娩台へ上がることに! これにはパパも「展開早すぎませんか!?」と驚きを隠せませんでした。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月18日結婚当初、わが家は子どもが2人欲しいと考えていました。年の差については2学年差を希望していました。理由は、年の近いきょうだいが良いと思ったことと、結婚した年齢がそれほど若くなかったので、早めに出産したかったからです。ところが、さまざまな出来事によって当初の家族計画を変更せざるを得なくなった、私の体験談です。 そろそろ2人目妊活の時期? ママ友に言われたけれど…1人目の子どもである長男を産んで、私の生活は一変しました。すべてが長男中心の生活で、慣れないお世話に四苦八苦。母乳育児のため細切れ睡眠しかできず、体力が奪われて毎日ヘトヘトに疲れていました。 長男が1歳を迎えるころ、ママ友が「2人目を2学年差で産むならそろそろ妊活を始めてもいいよね」と言ったのです。育児に疲れ果てていた私は、今妊娠するなんて絶対無理!と思いました。自分が2人目を受け入れる態勢ができていないと感じ、妊活の時期についてはもう少し様子を見ることにしました。 夫の転勤で妊活をあきらめる長男が1歳を過ぎたころ、夫の転勤が決まりました。私たちはそれまで住んでいた地元を離れることになったのです。すると夫から、「地元を離れての妊娠・出産は大変になるだろうから、転勤の2年間は妊活を控えよう」と言われました。 2年後には再び地元に戻ってくる予定でしたが、この間妊活をしないとなると2学年差の希望は叶えられないことになります。本当は2学年差で産むことを希望していたものの、夫の意見を押し切ってまで妊娠して頑張れる気もしなかった私。2学年差をあきらめることにしたのです。 状況が整い、妊活を開始2学年差をあきらめることになりましたが、気持ちを切り替えて転勤先では長男との時間を大切に過ごしました。転勤期間も残り半年となったころ、長男は2歳半になり少しずつ話せるようになってきました。言葉で意思疎通ができるようになると育児もだいぶラクになってきて、妊活をしたい気持ちが私に芽生えてきたのです。 「転勤期間もそろそろ終わるし、今が妊活のタイミングかもしれない」と思い、「2人目が欲しい」と夫に伝えました。すると、「そろそろいいかもね」との返事。晴れて2人目の妊活を開始することになりました。 その後、無事に2人目を妊娠することができて、結果的に3学年差のきょうだいとなりました。計画通りにことが進まず、焦ったり悲しんだりいろいろな思いを経験しましたが、夫婦で意見を尊重し合い、お互いに納得のいくタイミングで子どもを授かることができたので、結果オーライだと思っています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/まっふ著者:小林 睦9歳と6歳の息子、4歳の娘の母。わんぱくな3兄妹の育児体験を元に記事を執筆中。
2021年12月18日2人目の妊娠が判明したのは産後4カ月のときでした。順調にいけば、12、3カ月差の年子になります。思いのほか早く妊娠したことで、現実的にワンオペでの妊娠、出産、育児が可能なのか悩み、葛藤した話をお伝えします。2人目妊娠はいつでもよいと思っていた私は1人目を出産するときに、以前勤めていた職場を退職しました。そのときは専業主婦となり2カ月ほどで1人目を出産し、育児に専念中でした。 私もパパも2人目の妊娠については、子どもは授かりものだから妊娠したときが良い時期なのだと、楽観的に考えていました。さらにそのときは仕事に縛られないことや周りにも年子が多くいたこともあり、2人目は早くてもいいのかなと思っていた産後4カ月目……妊娠が判明したのです。 このまま出産して本当に大丈夫なのか出産予定日は上の子の誕生日の1カ月後でした。周りに年子が多くいたとはいえ、さすがにこの年齢差の年子の知り合いはいません。妊娠が現実となり、2人目の妊娠時期を楽観的に考えすぎていたのかなと思い始めました。つわりや臨月になっても上の子のお世話をちゃんとできるのか、出産した後に2人の育児をできるのか真剣に悩みました。 年子は子どもが小さいうちはすごく大変でも、大きくなったら一緒に遊ぶようになって一気にラクになるとも聞きます。私は、少なくとも子どもが小さいうちはワンオペで育児をしなければならないので、自分が耐えられるのかたくさん考えました。 結論、産むことに最終的には産む決心がつきました。私は以前から婦人科系の疾患で妊娠しにくい可能性があると言われていたこともあり、順調に2人目を自然妊娠で授かったということは奇跡なのではないかと思いました。 さらにそのときは仕事もしていませんでしたので、縛られることもないタイミングで良い時期だったと感じます。産む決心がついてからはインスタなどを通じて同じ境遇のママさんの投稿を見て励まされたり情報を得たりして、今も育児の参考にしています。 わが家では思っていたよりも早く2人目を妊娠出産しましたが、年子を産めてよかったと思っています。たしかに産後1年間は壮絶な日々が続きました。今は1歳と2歳になり、喧嘩もよくしますが、それ以上に一緒に遊ぶ姿をみる機会も増え、微笑ましい光景がみられます。あっという間に時が過ぎていってしまうので、日々噛みしめて2人の成長を見守っていきたいです。 ※人工妊娠中絶は、母体保護法により定められた適応条件を満たしている場合に限り、施行されます。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 REIKO著者:雨宮春季13カ月差の年子姉妹、1歳児と2歳児の母。前職の看護師を辞めて現在は育児に専念中。次女が重くなってきて2人を連れての外出に限界を感じてきた今日この頃。最近は家に引きこもりがち。
2021年12月17日ただの腹痛なのか、陣痛なのか、わからないまま苦しむミロチさんは、通院している病院へ電話しました。すると、明日紹介状をもらって行く予定だった総合病院ではなく、通院している個人病院へ来てくださいと言われて……。 恐怖に襲われて てっきり総合病院へ行くように言われると思っていたミロチさんたち。病院の判断に実母たちも驚きを隠せません。 転院を告げられたときはつらかったミロチさんでしたが、出産を前に恐怖が襲ってきました。 帝王切開ができない個人病院で、普通分娩で産むの?本当に下から出てくる?もし回旋異常が起きたら……引っかかって窒息……大きすぎて裂けたら……出血量は?赤ちゃんも私も、無事に帰って来られるの? 急に怖くなったミロチさんは、長女のつむさんの寝顔を見て勇気をもらい、病院へ向かうのでした……。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月15日転院先で元気に産めるように「体力をつけなきゃ……」とご飯をたくさん食べたら、腹痛に襲われてしまったミロチさん。ミロチさんは、1人目の出産中に便を漏らしてしまったことがあり、「出すものを全部出しておけば、失態を免れるはず!」と、思ったのですが、どうやらただの腹痛ではなさそうで……!? どこに行ったらいいの!? 腹痛だと思っていたけれど……まさか陣痛!? 陣痛ってこんなにお腹下してる感じだっけ?もっと生理痛のような痛みじゃなかった?とにかく様子を見て……いや、やっぱり陣痛かも……病院に電話しなきゃ……と、ミロチさんはスマホを手に取ったのですが…… 私まだ紹介状もらってないどこに電話すりゃいいの?どこに行ったらいいの? なんでこのタイミングーー!と、嘆くミロチさん。 通院している病院へ電話をすると、「先生に確認して折り返します」と言われました。パパに車の準備を頼み、病院からの折り返しの電話に出ると…… 「とりあえず、うちに来てください」と、紹介先の総合病院ではなく、通院している個人病院へ来院するように言われて……!? 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月10日私は三男をコロナ禍で出産しました。妊娠39週のとき、体調に不安を感じ病院に行くと、医師から驚きの言葉が! コロナ禍のために予想外の入院と選択を迫られ、戸惑った出産エピソードです。 三男はコロナ禍での出産三男を出産したときの話です。出産したのは2020年7月だったのですが、新型コロナウイルスに関して当時はわからないことが多かったため、私の通っていた産科でも試行錯誤して対策をされていました。 妊娠39週のとき、体の様子に異変があったので産科で診てもらうと、医師から「子宮口が4cm開いていましたが、まだ生まれなさそうですね」と言われました。コロナ禍でなければ帰宅してよかったそうなのですが、帰宅途中で新型コロナウイルスに感染したら危険なので、自宅に戻る選択肢は捨ててほしいと言われたのです! 待つか産むかの選択を迫られて「産むまで病院からは出られないということですか!?」。リスクを心配する医師の言っていることはよくわかったのですが、突然のことに戸惑いました。さらには、自然に生まれるのを待つか、陣痛促進剤を打つかの選択を迫られたのです! できれば自然に生まれるのを待ちたかったのですが、なんと入院費は1泊3万円! 1泊はして待ってみましたが、何泊すれば生まれるのかもわかりませんし、日々3万円の出費はかなりつらいものがあります……。結局、観念して陣痛促進剤を投与してもらって産むことに。3回目とはいえ、新型コロナウイルスのおかげで戸惑いの多い出産になりました。 長男の言葉で気づいたこと新型コロナウイルスの影響はその後も続き、お見舞いは一切禁止だったため、産後の入院中も退院するときもずっとひとりでした。ですが、入院中に当時年長だった長男と電話していたとき、「大丈夫だよ。赤ちゃんが一緒だからママはひとりじゃないよ」と言ってくれて泣きそうになりました。それからは、赤ちゃんと2人の静かな時間を楽しもうと思えるようになったと同時に、長男の成長とやさしさを実感でき、良いこともありました。 コロナ禍の出産で大変なことばかりと思っていましたが、考え方をちょっと変えるだけでマイナスがプラスになる、ということを長男に教えてもらいました。 そのことを今後も忘れないようにしたいですし、それに気づかせてくれる家族ってありがたいなと思いました。 著者:ゆなて男子3人(6歳、4歳、1歳)の母。 3人とも高齢出産で、三男は43歳のときに出産しましたが、親も子も元気一杯の毎日です。 10年以上、広告やWeb制作、雑誌編集等の多忙極まりない仕事ばかりをしてきましたが、今はひとまず子育てに専念中。
2021年12月09日転院先の総合病院の紹介状について説明受けた後、ミロチさんは看護師さんへ感謝の言葉を述べました。すると、涙を流しながら自分の病院で産ませてあげられないことを嘆く看護師さん。力強い励ましを受け、病院を後にしました。帰宅途中に買い物に立ち寄ると、すれ違う人が「双子? 三つ子? あの腹やばくね?」と笑いながら話す声が聞こえてきて…… 出産に備えて食べ過ぎ…? 買い物のときに言われた言葉が気になり、帰宅したミロチさんはお母さんに聞いてみます。「私のお腹って大きすぎる?」 「お腹の子は大きいし、羊水も多いって言われたんでしょ? そんなものじゃない?」若干動揺しながら答えるお母さんを見て、ミロチさんは「やっぱり大きいんだ……」とお腹が大きいことを確信しました。 翌日の転院先での処置を予想しつつ、「出産に向けて体力をつけなきゃ……」とミロチさんはご飯をおかわりしました。 するとその夜……食べ過ぎて腹痛に襲われてしまいました! 心配するパパをよそに、「むしろ好都合……」とトイレで痛みに耐えながら密かに喜ぶミロチさん。ミロチさんは、1人目の出産中に漏らしてしまった黒歴史がありました。 「今回はあらかじめ出すものを全部出しておけば、失態を免れるはず!」 ……と、思ったのですが、なんだかただの腹痛ではなさそうで!? 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月07日転院するよう告げられて、ショックを受けたミロチさん。しかし担当医師が「ここで産ませてあげたかった……」と転院させるか悩んだと説明し、さらに「一番大事なのは赤ちゃんが元気に生まれてくれることと、ミロチさんも無事に出産を終えること」と、ミロチさんとおなかの赤ちゃんを想っての判断だとわかりました。そうして診察室を出て、看護師さんから紹介状の説明を受けるのですが…… ようやくゴールが見えた気がして… 紹介状についての説明を看護師さんから受けた後、感謝の言葉を述べるミロチさん。「いろいろありがとうございました看護師さんのおかげで心強かったです」 すると……「そんな……もうっ!ここまで頑張ってきたのに……うちで産ませてあげたかったのよ……」と、涙を流す看護師さん。 「頑張って元気な赤ちゃんを産んでね、応援してるから!」力強い励ましを受け、ミロチさんは覚悟を決めました。 病院を後にして、気晴らしも兼ねて買い物へ行くことに。 すると、買い物中すれ違う人が、ミロチさんのおなかを見てきました。 「妊婦なんて珍しくないのに……」と思っていると、 「双子?三つ子?あの腹やばくね?」と、笑いながら話す声が聞こえてきて…… 「私のおなかって大きい?」 他人の声に傷ついてしまいます。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月04日医師から急に呼び出され、「紹介状を書くので大きい病院に行ってください」と、転院するよう告げられました。医師から1つ目の問題点の過期産(妊娠42週以降の出産)の危険性、2つ目の問題点のおなかの赤ちゃんが巨大児であるということを説明されました。母子の安全を優先に考えた医師の判断に、ミロチさんは絶望し…… 先生の願いは ※私知らない→私の知らない 転院するよう告げられたミロチさんは、目の前が真っ暗に……。「いや、無理でしょ」 「お腹の赤ちゃんが小さいときからずっとお世話になってきたんだよ」「ここまで来て知らない先生に赤ちゃんを取り上げてもらうの? 先生だって生まれるのが楽しみだって言ってたじゃん」 「私はここで産みたかったのに……」 ミロチさんは涙が溢れ、ショックのあまり言葉が出ず、頷くことしかできませんでした。 すると医師が口を開き……「僕はね、本当に悔しい」 「ここで産ませてあげたかったし、僕が赤ちゃんを取り上げたかったよ」 医師自身も悩み、苦しい選択だったと続けながら、「一番大事なのは赤ちゃんが元気に生まれてくれること」「そしてミロチさんも無事に出産を終えること僕の願いはそれだけです」 医師も本当にミロチさんとおなかの赤ちゃんを想っての判断だとわかり、ミロチさんも感謝の言葉を述べました。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年12月03日俳優の吉沢亮が、電子コミックサービス「LINEマンガ」の魅力を発信するイメージキャラクター「LINEマンガ TELLER」に就任したことが3日、発表された。吉沢は、12月3日よりスタートする「LINEマンガ祭 21-22」を皮切りに、「LINEマンガ TELLER」として、特設サイトやテレビCMなどを通じてマンガの魅力を発信していく。吉沢は「元々マンガが大好きで、普段からLINEマンガでたくさんの作品を読んでいるので、嬉しいです」と喜び、「LINEマンガについてはもちろん、マンガの魅力も十分にみなさんに発信できるよう頑張ります」と意気込んでいる。
2021年12月03日6年の交際を経て結婚。入籍から3カ月後、妊娠が判明!しかしその翌朝、大量に出血し流産してしまいました。初めての子育てに奔走して、すぐに2人目を考えられなかったりほさんでしたが、子育てが落ち着いてきた、長男ハルくんが2歳半のころ。 生理がこないため、検査薬を試したところ結果は陽性!しかし、新居へ引っ越しする日が迫っていたこともあり、妊娠を喜びつつ細心の注意を払って作業を進めるりほさん夫婦。無事に新居へ移り、生まれてくる赤ちゃんを含めた、4人家族の暮らしを想像していましたが…… 12週の壁 ※りほさんが前回流産したのは、妊娠8〜9週のときでした。一般的には、妊娠12週までの早期流産の確率は10〜15%と言われています。 ※妊娠12週〜22週未満の後期流産は1〜2%と言われています。 妊婦健診を受け、胎嚢を確認できてホッとするりほさん。前回の流産の経験がどうしても頭をよぎり、不安になるものの、「そう何度も起こらない、大丈夫、きっと大丈夫」と自分に言い聞かせます。 妊娠8週目を過ぎたころからつわりが始まり、2回目の妊婦健診では無事に心拍も確認できました。 さらに食べづわりが始まり、唯一食べられるコンビニの冷やし中華を1日かけて食べて過ごしていました。 そして妊娠9週目を過ぎたころ。トイレに行くと少量の出血が! 念のために病院へ連絡すると、「生理のときのような出血や、痛みが出てきたらまたご連絡ください」と、様子を見るように言われました。 一般的には流産の8割が妊娠12週未満に起こるため、12週の壁を越えれば流産の可能性が低くなると言われています。 「つわりがあるのは赤ちゃんが元気な証拠きっとこの子は大丈夫」そう思っていたりほさんでしたが、願いとは裏腹に、ごく少量の出血は5日間止まることはありませんでした……。 次回、誰か助けて! 多量の鮮血が出て、血の気が引いて……!? 監修/助産師REIKO監修者:医師 三鷹レディースクリニック院長 天神尚子 先生日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。著者:マンガ家・イラストレーター 上枝りほ2014年生まれの男の子、2018年生まれの女の子のママ。2児の妊娠・出産までの軌跡を綴った短期連載「きみがママにくれたもの。」を公開している。
2021年11月28日出産につながる陣痛が来ず、産院から帰宅したミロチさん。家族のやさしさに包まれ「面目ない」と落ち込みそうになったところ、パパからデートのお誘いが…!パパに誘われて向かった先は、安産祈願の神社。安産になるという腰かけ石に座り、パパの気づかいを喜ぶミロチさん。そんなときに産院から「今後の方針が決まったので来院してください」と電話が。 電話の翌日、産院へ行くと… 医師から「おなかはどう? 痛みはある?」の問いに、「いえ、まったく」と答えるミロチさん。 暗い表情になった医師が重い口を開き、「あれからどうしたらいいか考えたんだけど……」「紹介状を書くので大きい病院に行ってください」医師から転院するよう告げられました。 突然のことに、「何か問題でもあるんですか?」と動揺するミロチさん。 「問題の1つは出産の兆しがないこと……」と続けて、1つ目の問題点となる過期産(妊娠42週以降の出産)になる可能性とその危険性を話し始めました。2つ目の問題点は、おなかの赤ちゃんがほぼ間違いなく巨大児であるということ。こちらも出産時のリスクが高く、緊急帝王切開が必要になる可能性があることから、通院している産院では対応できないと告げられました。 「大きな問題はこの2つ。母子の安全を優先に考えた僕の判断です」 どうやっても変えることができない事実と、絶対的な医師の判断にミロチさんは……!? 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2021年11月26日少人数の職場ゆえ、2人目の出産の際には、他のスタッフに極力迷惑をかけないようなタイミングで産休を迎えようと計画的に妊活をしたつもりでした。ところが、根本的な知識不足によって最も人手が欲しいタイミングで出産を迎えてしまったのです。ざんげの気持ちでいっぱいだった2人目の出産体験談です。※コロナ禍前の体験談です 我慢を続けた2人目妊娠私たち夫婦は3人子どもを持ちたいと思っていたので、1人目の出産直後から2人目の妊娠をいつにしようか考え始めました。そして、1人目は1年間育休をいただいたので、復職して丸2年は我慢しようと決めました。 1人目を産んだころは私の周囲も1人目出産ラッシュ。ところが復職して1年が経ったころ、同じころに1人目を産んだ同僚たちが2人目出産ラッシュに入ったのです。幸せそうな同僚たちに焦りとうらやましさを感じ、妊活をスタートしてしまおうかと思いましたが、他のスタッフに迷惑をかけたくない一心で我慢に我慢を重ねました。 痛恨の計算ミス私の職場では8月中旬に大きな主催イベントがあり、私自身もそのイベントのなかで担当企画を持っていたため、そのイベントが終わってから産休に入るようにしたいと考えていました。イメージとしては9月中旬の出産です。 しかし、1人産んでいるにもかかわらず、妊娠0日目の数え方を完全に勘違いしていた私。しかも2人目妊活を開始してすぐに妊娠したため、出産予定日が大事なイベントのわずか1週間後になってしまったのです! やさしい職場に助けられ職場に迷惑をかけたくないと計算したはずが、最も迷惑をかけるタイミングでの妊娠となってしまった私。それでも上司含め同僚たちも笑顔で受け止めてくれ、「やりたいなら体を一番に、やれるだけやりな」と、私の判断で本番までできる範囲で関わっても良いと言ってくれました。 経過も良好だったので、一応出産予定日の3週間前には産休に入ったものの、その後も自分の体調と相談しながら担当企画の進捗を見届けさせてもらっていました。 まさかの本番まるかぶり胎児の経過も良好で、イベントの前日リハーサルにもほぼ終日立ち会い、このままイベント本番を迎えてから出産できるなと勝手に安心していました。ところが翌日の本番早朝、まさかの陣痛が! しかも気づいたときにはもう5分間隔。最も恐れていたイベントの本番と私の出産本番が丸かぶりになってしまったのです。 分娩台の上でも陣痛の痛みとイベントが無事に進んでいるかの不安とが入り交り、出産後も喜び半分、ざんげの気持ち半分という、なんともほろ苦い経験となってしまいました。 私の場合は理解のある職場だったので、大迷惑をかけてしまったにもかかわらず笑顔で祝福してくれましたが、申し訳なさが消えず、自分では素直に喜びきれませんでした。3人目こそしっかり計算をし、笑顔で職場にも報告できるような妊娠・出産を目指したいものです。 監修/助産師REIKO著者:笹谷みずき 二女の母。地方の住宅街から離れた山の中在住。現在は外勤めですが、いつかは自宅周辺の自然を活かした事業を起こしたいと目論見中。地方での出産・子育ての楽しさを伝えるべく、自身の体験談を中心に執筆中。
2021年11月25日6年の交際を経て結婚。入籍から3カ月後、妊娠が判明! しかしその翌朝、大量に出血し流産してしまいました。流産をした経験から、用心しながら妊婦生活を送ったりほさん。お腹に命が宿ること、産声をあげて元気に生まれてくることすべてが奇跡だと感じながら、長男ハルくんを無事に出産しました。そしてりほさんの子育てが始まり…… 夢いっぱいの新生活を思い描き… 初めての子育てに奔走するりほさん。敏感な長男ハルくんは、夜中に1時間毎に泣いて起きたり、抱っこして歩き回らないと寝ない日が続いたりで、りほさんは寝不足と疲労でフラフラ。2人目なんて考えられませんでした。 子育てが落ち着いてきた、ハルくんが2歳半のころ。 そういえば生理がこないな……と思い、妊娠検査薬を試した結果は陽性! しかし、夫婦で喜んだのも束の間。 新居へ引っ越しする日が迫っていました。 重い物は持たない、脚立には乗らないなど、細心の注意を払って引っ越し作業を進め、無事に新居へ移ることができました。 「ベビーベッドはあの辺に置こうか」「じゃあ私はこのへんでハルは……」と寝室の家具配置を相談するりほさん夫婦。このときは、生まれてくる赤ちゃんを含めた、4人家族の暮らしを想像していました。 流産のことが頭によぎるけれど……何度も起こらない、きっと大丈夫……! 監修/助産師 REIKO 著者:マンガ家・イラストレーター 上枝りほ2014年生まれの男の子、2018年生まれの女の子のママ。2児の妊娠・出産までの軌跡を綴った短期連載「きみがママにくれたもの。」を公開している。
2021年11月22日