結婚後に「義母から怒られるようになった」「お義母さんとの会話が続かない」など、嫁姑問題で悩まされることは少なくありません。なかには、そのストレスが大きくなり、日常生活に支障をきたすケースも…。絢子さん(仮名・32歳)も、義母との関係が上手くいっていなかった一人。身近な人物と比較され続け、悩んでいたのだそう。そこで今回は、彼女に義母との関係が崩れ始めたきっかけを教えてもらいました。夫とは幼馴染で「私にはひとつ年上の姉、順子(仮名)がいます。姉は昔から活発で、勉強もできて、生徒会長までこなすマルチなタイプでした。私はその逆。控えめな性格で、どちらかというとインドア派。美術部に入って一人で絵を描いているのが落ちつくタイプです。周りからはよく『お姉ちゃんと似てないね』と言われてきました。そして、近所に住んでいたのが、のちに私の夫となる悟志さん(仮名)です。悟志さんはサッカー部で、どちらかと言えば姉に近い人でした。3人は近所ということもあり、幼稚園から中学まで一緒。小さい頃はよく3人で遊んでいました」実家に戻ってきたのがキッカケに「私は大学を卒業して、一般企業の会社員に。実家暮らしで、平穏な日々を過ごしていました。姉は実家を出て、一人暮らしを。大手製薬会社に勤め、営業としてバリバリ働いていました。悟志さんは家を出ていたんですが、お父さんが亡くなり、実家に戻ってきました。そこからよく顔を合わせるようになりましたね。そしてあるとき、姉も一緒に3人で食事をしようということになったんです。でも当日、姉は仕事があり途中で抜けてしまい、悟志さんと2人きりになりました。気まずかったんですが、実は悟志さんも美術館巡りが好きで、私と趣味が合ったんです。そこから少しずつ距離が縮まり、結婚に至りました。今思えば、3人で食事していたときに姉だけ先に抜けたのは、私たちを2人だけにしようという配慮だったのではないかと思います」家族ぐるみで付き合いも…「結婚後は、2人で実家近くに家を借りました。だから、お義母さんの家にもお邪魔していたんですね。ただ、あまり歓迎されていない雰囲気を感じていました。元々家族ぐるみの付き合いもありましたが、結婚してからは年に1~2回食事会が催されるようになって。そこには姉も仕事の合間に駆けつけて、テキパキと準備を手伝ってくれます。逆に私は何をしていいか分からず、アワアワしてしまって…。そんなどんくさい私を見かねてか、お義母さんから『いいから座ってて』と言われ、ただ参加しているだけの状況になりました」義母との地獄の時間「義母宅で食事をすると、悟志さんはお酒が入ってすぐに寝てしまうのですが、私は残って片付けを手伝うようにしています。そうなると、お義母さんの愚痴が始まります。『あそこはもっと絢子さんに動いてほしかった』『絢子さんはもっと気を遣うべき』など、『座ってて』と言っていたわりにチクチク言ってくるんです。さらに、いつもきまって『順ちゃんはすごい』と姉を褒めだします。『頭もいいし料理もできる』と。きわめつけは、『順ちゃんが悟志と結婚してくれればよかったのに』とまで…。ほかにも、『どうしてあなたはできないの?』と尋ねてくることも。そして、そういった義母からのダメ出しは義実家を訪れるたびに増えていきました」姉にコンプレックスを抱く“30代妻の告白”をご紹介しました。大事な夫の母親であるため、なかなか強く反論することができなかったのでしょう。しかし、センシティブなコンプレックスについて責められると受けるショックも大きく、絢子さんとしても次第に義母に会うのが苦痛になってきてしまったそうです。©kazuma seki/gettyimages©Rawpixel/gettyimages文・塚田牧夫
2022年02月04日娘が3歳の誕生日を迎える直前、急にアトピーを発症。私自身、幼いころ小児アトピーを患っていたため、アトピーの痒みやつらさは痛いほどわかります。娘のアトピーとうまく付き合っていくため、娘の大好きなお菓子を控えたり、娘のアトピー完治に向け全力で調べ、助け、見守っていたのですが、義父の行動で症状が何度も悪化してしまった体験談です。もともと肌が弱かった娘娘は生後1カ月のころ乳児湿疹がひどく、「肌が弱い子なのかもしれないな」と思っていました。薬や保湿、1日3回ぬるま湯で拭きとることを続け、生後3カ月ごろ乳児湿疹が治まり、やっと赤ちゃんのふんわりお肌に……。しかし離乳食を始めた生後6カ月ごろ、ベチャベチャになった口周りを拭きとったつもりでも、拭き残しがあると赤く炎症を起こしていました。 ひどい炎症ではありませんが、頻繁になるため病院で見せると、「少し肌がデリケートなのかもしれないね」と言われ、肌が弱い娘の経過を見ることに。気づけば生後10カ月のころには炎症が出ることもなく、肌トラブルも気にならない程度に。しかし3歳の誕生日を迎える直前、急に顔や首、関節、おなか周りに痒みや湿疹が出るようになり、そこから1カ月でダニ・ハウスダストアレルギー、アトピー性皮膚炎と医師に言われました。 心配してくれる義父の行動が苦痛私も小児アトピーだったため、わずかですが知識を持っています。個人的には、薬ばかりに頼っていても根本的な改善は難しいと思っていました。もちろん薬を使って1日も早く痒みや肌荒れを治してあげたかったのですが、食生活や寝具を見直したり、こまめに掃除をしたりして、アトピーが出てしまった原因を解消したいと考えました。義両親も心配してくれて、アトピーにいい保湿剤を調べて連絡をしてくれたのですが……。 義父は「じいじがちゃんと治してあげるからね!」と娘に声をかけてくれるのですが、会うたびにチョコレートのお菓子を2・3個、ジュース1本、食後にアイスクリーム。「たまにはいいか」と目をつぶりましたが、「それにしても甘い食べ物ばかり与え過ぎ! いい加減にして! 心配しているのか悪化させたいのかわからない」と思っていました。案の定その日の夜から娘は痒みがひどく、翌日は顔と首と関節は真っ赤に荒れてしまいました。 取り組んでいることを義父に伝える私と夫は、義両親に会うと娘のアトピーがひどくなること、原因が何なのかをわかっていましたが、義父は「今日はひどいね、かわいそうだ。なんであんなかわいい子がアトピーになるんだ」と夫に言っていました。そこでアトピーに対してあまり詳しくない義父に夫が、「孫に会えた喜びでお菓子をあげたいのはわかるけど、少し与え過ぎ。治してあげたいと思うなら少しお菓子の量も考えてほしい」と伝えました。 すると隣で聞いていた元看護師の義母が、「そうね、お父さんが孫に会うのがうれしくてお菓子を買いに行くものだからなかなか言えなかったけど、アトピーの子はお菓子のとり過ぎはあまりおすすめしませんよ」と言ってくれました。私たちの娘への取り組みや対策を伝えるきっかけができ、今では義両親と会う際、食事やお菓子の種類や量に対しても考えてくれるようになりました。 アトピー性皮膚炎である娘の発症原因を一つひとつ探ると、同じお菓子であっても翌日に赤みが出る物と出ない物がありました。もちろん義父に伝えていなかった私たちも悪いですが、私たち夫婦の取り組みを伝えると、しっかり考え行動にうつしてくれたのでよかったです。 監修/助産師 松田玲子著者:平山 光3歳と5歳の姉妹のママ。約1年の不妊治療を経て、無事第一子の妊娠が発覚。第二子は自然妊娠で授かる。アトピー症状のある第二子をきっかけに、自然食や自然治療法を勉強中。
2022年02月03日義母と義祖母は仲良し親子でした。しかし、あるときささいなことがきっかけで、大喧嘩に発展。その喧嘩は私たち家族をも巻き込み、大ごとになりました。私は義母と義祖母の間で板挟みに……! そんなとき、私の息子がとったある行動で、2人は無事に仲直りすることができたのです。義母、義祖母、私たち家族はそれぞれ別の場所に住んでいます。3つの家は地図上でちょうどトライアングルの位置にあり、電車で2時間くらいの距離です。 義母と義祖母は似た者同士で、外見はもちろんのこと、家族に対して愛情深いところや、おしゃべりが大好きなところもそっくり。お互いの誕生日や記念日には、プレゼントを贈り合ったり、義母の家に集まって食事をしたりして、3つの家族は良好な関係を築いていました。 私の息子がきっかけで仲直りちょうど喧嘩して数週間がたったころ、息子の誕生日会がありました。毎年義母の家に集まりお祝いするのが恒例となっており、もちろん義祖母も出席しました。状況を知っている大人たちは、なんだか微妙な空気でしたが……。 そして、誕生日会も終わりに近づいたころ、何も知らない4歳の息子が急に、「ぼく、ばーばとひいばーばと3人でコンビニ行きたい」と言ったのです。義母と義祖母は息子の頼みを断ることはできず、3人で手をつないで出かけていきました。 息子がとった行動とは……?帰ってくると3人はニコニコ笑っていました。息子に何があったのか聞いてみると、「ごめんねって言って、握手するんだよって教えてあげたの」と言うのです。なんと息子は2人のいつもと違う様子に気が付き、仲直りのきっかけを作ったようでした。 義母は「孫に一泡吹かせられちゃったわ」と言い、義祖母と顔を見合わせ楽しそうに笑いました。その後、義母と義祖母はまた以前のように仲の良い親子に戻り、2人で出かけたり旅行に行ったりと楽しんでいます。 仲良しだった義母と義祖母の大喧嘩。私を含め、周囲の大人はオロオロするばかりで、何もできませんでした。「子はかすがい」と言われますが、夫婦だけでなく義母や義祖母の仲をも取り持った息子に驚き、ハッとさせられた出来事でした。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:中田りこ8歳と4歳の兄弟の母。次男は自閉症スペクトラム障害。教育業界を退職後、現在は実家の家業を手伝っている。
2022年02月02日愛カツ編集部に寄せられた体験談を漫画にしました。今回のテーマは「最高の義母」です。嫁姑間のトラブルは結構有名ですよね。嫌味な義母も多いですが、なかには素敵な義母もいるもの。今回は、「私のお義母さん最高!」なエピソードをご紹介します。一見怖そうに見えてじつはとっても思いやりのある義母でした!夫の実家に行くのはいいですが、やはり気を遣いますしちょっと疲れてしまいますよね。何回も挨拶に行くとなると少し億劫なので、このようにお嫁さんの味方をしてくれるのは嬉しいものです。作画:しのささ むつ原案:愛カツ読者編集:恋愛メディア・愛カツ編集部【2話】嫁の味方をしてくれる!「最高な姑」のエピソードpresented by愛カツ ()
2022年01月28日私は結婚当初、義母に対して「あまり気が付かない人だな~」と思うこともありましたが、問題なく付き合えていました。ところが長女が生まれてからは自分自身が敏感になっていることもあり、義母のあらゆる言動が気になり始めました。そして実家のありがたみを感じるように……。今回は義実家と実家との違いに驚いた体験をご紹介します。マイペースな義母義母はマイペースな人です。結婚当初、私たち夫婦が事前に義実家へ行くと言っていても、「もうきたんやね~」と部屋は散らかったまま。飲み物や茶菓子なども用意されておらず、食事もどうするか考えていない、というようなことが多々ありました。 そのため私は「歓迎されていないのかな?」と少し心配になっていましたが、だんだんと「マイペースなだけで悪気はない」と思えるように。逆に言えば気をつかわなくてもよいので、義母とはそれなりに付き合えていました。 孫が生まれても一緒?義母のマイペースさその後、長女が生まれ私は初めての子育てでとても敏感になっていました。長女のお宮参りは雪が降る日で、お参り後は義実家へ行くことになっていました。長女が義実家へ行くのはこのときが初めて。お参りが終わるころには大人も震えるほど寒く、私は生後1カ月の長女が風邪を引かないかが心配でした。 先に義母が義実家へ戻っており、後から私たちも義実家へ。てっきり暖房がついているものと部屋に入ると、暖房はついておらず、部屋も散らかったままで、義母の着替えが終わっているだけの状態でした。私が期待しすぎてしまったこともありますが、孫が生まれても義母のマイペースさは変わらないのだなと思いました。 つい義母と実母を比べてしまい…それから長女は寝返りをしハイハイをして、部屋中を移動できるようになりました。そのように動き回る長女を連れて義実家へ行っても、義母が部屋を片付けてくれていることはありませんでした。長女が生まれるまではそこまで気になりませんでしたが、ありとあらゆる物が気になって仕方がない私。床にもいろいろな物が置かれていて、なかにははさみやトンカチなど危険なものもあり、慌てて片付けました。 考えてみると、私の実家へ行くとき、母はいつも部屋を片付けてくれているし、事前に私たちに食事のリクエストを聞いてくれ、ちょっとした手土産も用意してくれていました。長女が生まれてからは、母が赤ちゃん仕様の部屋づくりを心がけてくれているのが感じられ、これはとてもありがたいことなんだなぁと私はつくづく思ったのでした。 結婚して10年。今でも義母と仲良くやっています。長女が3歳くらいまではいろいろと義母に対して不満もありましたが、本当にマイペースで気が付かないだけなんだと思うと、こちらも気をつかわなくてよいんだと思えラクに付き合えるようになりました。また、実母の気づかいは当たり前のことでなく感謝しないといけないと感じることができたのでよかったです。 著者:石井ゆうき8歳と0歳の女の子のママ。長女の反抗期に悩まされながらも、姉妹の戯れに日々癒され中。秘書として働いており、現在は育休中。1人目出産直後に夫が転職に失敗し、夫が転職に失敗したことを機に、お金にまつわることに興味を持ち、FP2級の資格を取得。家計管理・資産運用に生かしている。
2022年01月27日初めての出産や育児は楽しみな気持ちもありましたが、私の場合、不安な気持ちのほうが大きかったです。そのため、金銭面や生活面の負担を少しでも減らすために、夫の両親と同居することを決意しました。慣れない環境での初めての育児に、疲弊していく心。そこに追いうちをかけるように、義母からとどめのひと言が……。 猛反対されながらも義両親と同居私の同僚や友人からは、「今から同居しなくてもいいんじゃない?」「やめたほうがいい! 絶対無理!!」と散々反対意見を聞きました。しかし娘が育つ環境を考えれば、これが一番いい選択だと自分で自分に言い聞かせていました。 娘が生まれるタイミングに合わせて同居を始めたので、まだ生活環境にも慣れない状態で慣れない育児がスタート。実際の生活は義両親がいてくれて助かることももちろんありましたが、慣れない環境での家事や育児にてんやわんやでした。 原因がわからない! 黄昏泣き娘が生後3〜4カ月のころ、黄昏泣きが始まりました。家族が仕事を終えて帰宅する夕方ころに、必ず大泣きの日々。おむつ? おっぱい? 抱っこ?など、考えられることはおこなったつもりですが、泣きやんでくれません。 さらに、毎日家にいる私が自然と夕飯を準備する担当でした。夫だけでなく義両親も食べるごはんということもあり、毎日気をつかいました。泣きやまない娘、準備しなきゃいけない夕飯、精神的に疲弊していました。 心に突き刺さった義母の一言そんな日が続くなか、泣いている娘を見た義母がひと言「ママとずーっと一緒にいるから、飽きちゃったんじゃない?」。 その言葉が、当時は深く心に刺さりました。娘は私だとつまらなかったの? じゃあ明日からどうすればいいの? 義母は冗談のつもりだったかもしれませんが、私には、まるであなたのせいだと言われているように聞こえました。心に余裕がなかった当時の私は、その言葉が心に深く突き刺さり、しばらく落ち込みました。 あれから2年ほど経ちますが、あの言葉やあのときの状況は今でも忘れられません。義母との関係は以前とあまり変わっていませんが、私の心の中ではどこか一線を引くようになってしまいました。 作画/はたこ著者:倉本美桜二歳の娘の母。二人目妊娠中。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年01月27日近くに住む義母の口癖は「お金ならある」。義父の遺産と年金で悠々自適の暮らしをしており、生活に余裕のある義母は時々旅行に連れて行ってくれます。旅費を出してくれるのはありがたいのですが、その分面倒なことはすべてこちらに任されてしまいます……。 出すのはお金だけ私たち家族は海外旅行ができるような余裕はないので、最初義母から「みんなでハワイに行きましょう」と言われたときは戸惑い、どう断ろうかと悩みました。義母は「旅費は全部出してあげるから気にしなくていい。その代わり手配は全部お願い」とのこと。 旅費を出してもらうということに抵抗があったのですが、夫が「親孝行だと思って」と言うので一緒に行くことになりました。 慣れない海外旅行なので旅行会社に頼んだのですが、義母は注文が多く、何度も旅行会社と連絡を取ることになり、思っていたよりも大変でした。 ハワイが大好き無事旅行をすることができ、義母は満足したようで、翌年もまたハワイに行こうと誘ってくれました。もちろん旅行は楽しかったのですが、小さな子どものおむつや離乳食の準備、慣れない海外への渡航準備で私はくたくたになってしまって、正直なところ断りたい気持ちでした。 しかし、義母は本当に楽しみにしているらしく、会うと話題はハワイのことになるので断り切れず、結局翌年も行くことに……。行き先や観光場所は義母がすべて決め、手配は私。しかしお金を出してもらっているので文句も言えず、立場の弱さに嫌気が差してしまいました。 なかなかできない経験になる年老いた義母にお金を払わせてぜいたくな遊びをするなんて……という気持ちも大きくて、夫に「次は断りたい」と訴えました。しかし、そういった引け目や準備の大変さを差し引いても、子どもにとってはなかなかできない経験をさせてもらっているのだから、よしとしようという結論に落ち着きました。 義母も、「自分のためだけにお金を使うのではなく、家族を喜ばせるために使えることがうれしい」と言っていたので、私もやっと納得することができました。 「お金は出すからあとはよろしく」という義母の態度に、引け目もあって不満を覚えることもあります。しかし、私たち夫婦だけでは与えられない経験を子どもにさせてくれるので、義母には感謝しています。 作画/はたこ著者:松本寛子3児の母。結婚を機に地方へ引っ越し出産。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年01月16日娘は義実家にとっては初孫。生まれた当初はかわいがってくれた義母でしたが……。義妹に子どもが生まれた途端、何事も甥ファーストに! そんな義母の態度に少し悲しい思いをしたため、今後の義母との関わり方について考え直すようにした体験談です。娘をかわいがってもらえて幸せだった時期結婚前から夫が子どもを強く望んでいたこともあり、結婚してすぐに授かった娘は義実家にとっても待望の初孫でした。義両親は片道1時間半かけて時々会いにきてくれたり、娘のためにかわいい服を買ってくれたり、とてもかわいがってくれていました。 私たちも娘を連れて義実家へ遊びに行って一緒に過ごすことが多かったので、義母が娘をかわいがってくれるのをとてもうれしく思い、感謝していました。 義妹の授かり婚で義母が豹変?ところが、そんな義母に変化が起きました。義妹が授かり婚をすることになり、義母が私に出産準備のためのベビー用品を義妹にあげてと言ってきたのです。 当時娘は1歳半だったので、不要な物もあるし別にあげてもよかったのですが、なぜ義妹からではなく義母から依頼がくるの?と、義母と義妹の態度に違和感を覚えました。 そんなことを義母に言えるわけもなく、そのまま義妹の出産予定日の前日にほとんどのベビー用品を譲ることに。義妹からは特にお礼の連絡もなく、出産したばかりの義妹と甥の写真がLINEで続々と送られてくるなか、私は正直、素直に祝えない気持ちになってしまいました。 甥ファースト、娘はそっちのけ?義妹は1カ月ほど里帰り。そのころから義母が甥ファーストになりました。もちろん甥のほうが幼いし、手がかかるのもわかります。でも娘に対する接し方と少し違うように感じるのです。 義妹夫妻が泣いている甥を無視してオンラインゲームで遊んでいても、何も言わずずっとニコニコしながら甥を抱っこしている義母。娘が義母に話しかけてもあまり相手にしてもらえず、寂しそうな娘を見て私もいたたまれない気持ちに……。 また、義母と義妹の買い物に付き添った実母から聞いたのですが、甥のおもちゃやベビー用品はたくさん買っていたのに、娘の物は一切買わないだけでなく話題にすら上がらなかったそうです。私はそれを聞いて悲しくなりました。 義母からのLINEも甥が中心それ以降、私も義実家へはすっかり足が遠のいてしまいました。そんなある日、娘の七五三の前撮り写真をフォトブックにして義実家に送付したところ、数日後に義母からフォトブックが届いた旨の連絡が。しかし、その二言目には「甥ちゃんも大きくなってつかまり立ちするようになりました、娘ちゃんと遊ばせたいですね」とあり、甥の写メが送られてきたのです。 え? なぜこのタイミングで急に甥のことを……? と正直驚きました。せめて「娘ちゃんかわいいね、久しぶりに会いたいね」のひと言くらい欲しかった……。義母のなかでは娘よりも甥がかわいいのかな……ともやもやした気持ちが治まらず、その後数日間気分が悪かったです。 嫁が産んだ子より、娘が産んだ子のほうが気をつかわなくて疲れないとか、距離が近く会う頻度が高いほうに世話を焼きたくなることもあるとは思いますが、義母の変化には少しがっかりしました。気にしてもストレスがたまるので、義母とは少しだけ距離を置きつつ、タイミングを見て娘とたくさん関わってもらう機会を作ろうと思います。 原案/関口直美作画/やましたともこ
2022年01月14日現在7歳の息子が3歳だったころのお話です。お正月に義実家を訪問したときのことでした。私はそれまでも息子の食事を手作りして持参していました。しかし、このときは息子のおせちを見た義母が、衝撃的なひと言を放ったのです。事前に、息子専用おせちを手作り現在7歳の息子が3歳のときのお正月のこと。県外にある夫の実家へ、私、夫、息子の3人で帰省することになりました。毎年お正月に義実家へ行くと、義母がおせちを購入して用意してくれていました。 ただ、大人用のおせちなので息子には味が濃く、食べられない食材もたくさんあります。そのため私は、毎年息子の食事は自分で用意して持参するようにしていました。 お正月に義実家を訪問今年も義実家で大人はおせちを食べるだろうと思っていたので、出発前に自宅で息子にもおせちを作ってあげることに。息子が食べられる食材で、味を薄めに調理しました。 息子用のおせちを持って私たちは義実家へ向かいました。お正月のあいさつを終え、私は息子のおせちをかばんから取り出し、冷蔵庫に入れてもらうよう義母にお願いしたときのこと。義母のまさかのリアクションに、私は衝撃を受けました。 義母から衝撃のひと言が義母に息子のおせちを手渡すと、義母はいきなり、「私の作った料理を食べさせたくないってこと?! 失礼じゃないの?!」と驚きのひと言。これまでのお正月も息子の食事は自分で用意していたので、なぜ怒られているのかと、私は唖然としました。 すると夫が「まだ息子は3歳だし、大人のごはんは食べられない物もあるし、何がだめなの?」と義母に伝えてくれました。すると、夫に対して義母は、「今年は私が作ったのに!」と、せっかく自分が作った食事を息子に食べさせないことに、ショックを受けたようでした。 義母が用意した料理とは私はとにかく謝罪と作ってくれたことにお礼を言い、「息子が食べられる物は頂きます」と伝えました。もちろん、息子用におせちを持参したのは、年齢的に大人と同じものをまだ与えていないからということも伝えました。 しかし、義母が出してくれた食事は、おせちではなく、スーパーで購入した揚げ物中心のオードブルと刺身、そして手作りのお雑煮でした。息子は3歳で、刺身はまだ食べさせたことがなく、またスーパーの総菜も味が濃いことなどが気になり食べさせないようにしていました。お餅も喉に詰まらせると怖い……。そこで、義母が作ったお雑煮のお汁や野菜だけ食べさせることに。もちろん私が作ったおせちも食べさせましたが、義母は私たちが帰るまで、ずっと不満そうな表情をしていました。 スーパーの買い物も用意する人数が増えた分、義母も大変だったと思うし、用意してくれたことは感謝しています。また、私も今年もおせちだろうと思い込んで確認しなかったこと、義母に息子の食事について何も伝えていなかったことを反省し、翌年からは事前に確認をするようになりました。すると義母も息子が食べられるメニューを考えてくれるように。それからというもの、義実家を訪問した際には、私も安心して義母の料理を息子に食べさせられるようになりました。義母も手料理を息子に食べさせることができてうれしそうにしているのでホッとしています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日なりますように! 著者:森井さやか小学生と幼稚園児の男児2人を子育て中。育児の経験やアパレル販売員をしていた経験を生かして、子育て体験談やファッション記事を執筆している。
2022年01月13日私には妻と6歳、2歳の息子がいて私の両親と同居しています。6歳の長男は卵アレルギーなので食べ物に関しては警戒心を持っています。とくに初めて見る食べ物に慎重で、食べ慣れたものを好むのですが、そんな長男に対して、私の両親、つまり長男の祖父母が厳しすぎるのです。そこで私と妻はあることを決めました。長男は卵アレルギー長男は離乳食完了期にアレルギー検査をするまでは野菜、果物などなんでも食べる子どもでした。しかし、1歳2カ月ごろに卵を使ったホットケーキを食べるとすぐに具合が悪くなり、激しく嘔吐。私と妻はとても驚きました。 1歳になったばかりのころにもタマゴボーロを食べて嘔吐したことがあったので、もしやと思い病院に連絡。原因を調べるために小児科でアレルギー検査をおこなったところ、長男は卵アレルギーであるとわかったのです。 食べることに恐怖心を覚えて…卵アレルギーとわかってから、長男は食べることに恐怖心を持ってしまい、これまで食べられたお菓子や大好きだったバナナ、ブロッコリー、にんじんなど毎日の食卓に並ぶような食べ物さえも食べられなくなってしまいました。 おかゆとパンだけが食べられる状態になり、初めて食べる物や食べ慣れない料理に対しての警戒心が強く、食事の際に泣き出すことも……。最初は心配していた祖父母でしたが、食べさせたい気持ちが強すぎて、次第に長男にきつくあたるようになりました。 怒鳴る祖父母、泣き出す長男3歳、4歳と長男が成長するにつれて、食事のときに祖父母は長男に「これを食べなさい」「次はこれを食べなさい」「これも食べないとダメ」「どうして食べないの」など注意することが増え、長男が泣き出すこともありました。私と妻は、長男のことがいたたまれず、また、長男の泣き声と祖父母の怒鳴り声が飛び交う食卓での食事が苦痛になっていったのです。 長男も祖父母と顔を合わせて食事したくないと思っているはずだと思い、私と妻と子どもたちは、食事の時間を祖父母とずらすことにしました。 食事が楽しいと思えるように食事の時間をずらす旨を私から祖父母に伝え、長男には食べられる物を選択していいよと伝えました。また、「食べなさい」など威圧的なことは言わず、「これもおいしいよ」など、長男が自分から食べてみようかなと思えるような接し方をしました。 もちろん本当は全部食べてほしい気持ちはあるのですが、長男はアレルギー反応のトラウマがあるので、とりあえず今は楽しく食事をし、食べようとする気持ちを育てることが大切ではないか、と私と妻は考えました。 長男は現在6歳になり、祖父母と一緒に食事をしていますが、私と妻で、長男が食べられる物を選ばせるようにして、祖父母が注意を言い出す前に対処しています。祖父母の食べさせたい気持ちは長男を想ってのこと。栄養面を心配してくれていることなど、気持ちは痛いほどわかるのですが、もう少し長男の気持ちを理解してほしかったとも思います。私と妻も長男に対して甘くなっているのも自覚していますが、長男が食べ物を怖がらず、食事が楽しいと思えるよう、これからも試行錯誤して頑張ろうと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:佐藤 稜6歳と2歳の2児の父。サラリーマンとして働きながら副業としてライターを目指す他にブログ記事も執筆中。
2022年01月10日愛カツ編集部に寄せられた体験談を漫画にしました。今回のテーマは「やばい義母」です。前回の話で、嫁にネチネチと嫌味を言ってくる義母。その様子を見た夫が取ったスカッとする行動とは……?嫌味ばかり言ってくる義母に対し、「母さんの価値観古いよ」「俺は幸せだから」とかばってくれた夫。これは嬉しいしスカッとしますね!この夫の言う通りで、家事の分担や子どものことなどは第三者が口出しすることではありません。夫婦の形は人それぞれ違うので、「正しい・正しくない」を周りの人が決めるのは、よくないでしょう。今後も恋愛や結婚についての価値観はどんどんアップデートしていくと思うので、時代に合わせていくことが重要です。結婚生活をするなかでは、このように他者から理不尽に責められて傷つく場面もあります。どんなときも、あなたを庇ってくれて、味方でいてくれる男性と結婚したいものです。作画:おむ原案:愛カツ掲示板編集:恋愛メディア・愛カツ編集部presented by愛カツ ()
2022年01月08日口うるさいお姑さん問題を描いた連載「働くことに反対する義母」に 「価値観を押し付けないで!」と、同じ境遇の読者から多数意見が届きました。まずは、大反響を呼んだ優香ファミリーのお姑さん問題をダイジェストでご紹介。■嫁が働くことに対して反対するお姑さん…女は家庭を守るべきだと、古い価値観を押し付けてくるお姑さん…。■子育てに対しても古い価値観を押し付けてきて…レトルトや動画を完全に否定されてしまい…。■仕事復帰のチャンスを邪魔されてしまい…打ち合わせ中に連絡があり、急いで戻ると…。価値観の違いから大喧嘩になってしまい…。こんなお姑さん問題に、読者も共感! 「うちも同じ」「時代錯誤」と、赤裸々な意見が多数届きました。■読者から届いた「うちのお姑さんトラブル」実体験・ 妊娠したとわかったら、嬉しくって布おむつを作って渡してきました。ケチな義母なのに布を買った事に驚きです。一言聞けばいいのに、聞かずに勝手に行動してしまうところが苦手です。 出産して、授乳している時覗き込んできて、「これじゃあ息が詰まっちゃうわ!」と言っておっぱいを触ってこられて、ゾッとしました。その後、ケープをして、見られないようにガードしました。・正社員ではなくパートで働けと言われ、それでも正社員で頑張り責任者になった時、義母は「他に人がいないからなっただけでしょ」 と。・うちのお姑さんは、逆に働かないのが気にいらないようで「働かずに毎日何してるの?」とか、パートを辞めることにしたらいきなり無言になったりとか…。 いつまでも子どもや嫁を支配したいと思ってるんでしょうね。■このお姑さん…過干渉すぎる!・うーん、今の子育ての仕方と昔の子育ての仕方って状況を考えると違うし、第一、子どもを産んだばかりの母親って精神的にまいっちゃってるというのを、この義母は忘れちゃったんでしょうか? 口出しよりもするべきことは何なのか。 でなきゃヘルプの意味がないですよね!・子離れが出来ていないんでしょうか? 息子は大人ですよ、結婚したのはお母さんではありません。 自分の生活を大切に暮らしましょう。・口だけ出して育児は手伝わない、一番嫌なお姑さん。 口を出すなら育児を手伝う、育児を手伝わないなら口を出さないでほしい、と思ってしまいました。・仕事や育児を理解してくれない、価値観を押し付けられるのは嫌ですね。義理姉や妹でもいれば、最近の育児とか女性の働き方と家庭の両立という問題に理解もありそうですが。・自分の時はそうだったからって、自分がされて嫌だったことを他人に強制するのは間違ってますよね。・過干渉も度が過ぎる。電話も訪問も遠慮してほしいですね、自分が姑に仕事を否定されたからって、自分にとっての嫁の仕事を邪魔する権利はないです。■「あれこれ言われたくないならお姑さんを頼るべきではない!」の鋭い意見も・義母を頼らずに、最初からベビーシッターとか、保育所を使ったほうが良いのでは?・私自身は嫁の立場ですが、そもそもお姑さんに頼らないといけないようなら仕事をするべきではないと思います。 自分達の子どものことは、夫婦二人でなんとかするべきです。 お姑さんに頼っておいて「価値観を押し付けるな!」は違うと思います。それは逆に姑に嫁の価値観を押し付けていると思います。 あれこれ言われたくなければ頼らない。 それでいいと思います。・そもそも、信用してない義母に子どもを預けてはいけないと思います。 託児所や一時預かり所など、頼れるところは色々あります。 ご本人も他にやりようはあったかと思います。・義母には義母の価値観があるわけで。「押し付けられたくないなら子どもの世話を頼まなければいいのに!」って思いました■「分かり合うための話し合いも必要なのでは!?」とも・どちらの言い分もわかるなぁと。話し合えるなら、初めからお互い自分のことを話すのが、何においても1番なのかなと思いました。・負の連鎖ですね。どこかで止めなきゃ、永遠の不幸ループから抜けられなくなります。読者からさまざまな意見が届いた人気連載「働くことに反対する義母」。優香ファミリーのお姑さんの過去とは…!? 気になる結末は、ウーマンエキサイトに掲載されています!▼連載「働くことに反対する義母」
2022年01月05日現在1歳11カ月の娘をアメリカで育てています。娘を出産したとき、トルコ人の義母がはるばるトルコからアメリカまで産後の手伝いにきてくれたのですが、義母の娘へのある信じられない行動により激怒した私。文化の違いによる育児トラブル体験談をお話しします。びっくり! 義母が娘の頭に○○を…娘の出産時、手伝いにきてくれたトルコ人の義母。娘が生後2週間ごろのある日、義母がリビングで寝ている娘の頭が寒くてかわいそうと言って、スカーフを娘の頭にかけているところを目撃しました。娘のことをかわいく思っての行動ということはわかるのですが、スカーフが顔にかかったり首に巻き付いたりといった事故が起こらないとも限りません。危険なのでそれはやめてくださいとお願いし、義母もにこにこして聞いていたので理解してもらえたと私は思っていました。 嫁姑バトル勃発!?しかし、その後も娘の頭にスカーフをかけ続ける義母。義母のかけたスカーフをそっと私がとるという静かな攻防を繰り返していたある日、事件が起こりました。リビングで寝ていた娘の泣き声が聞こえ、起きたかと思って様子を見に行くと、スカーフが娘の顔にかかり娘がもごもご言っています。私は悲鳴をあげながらダッシュで駆けつけて、娘の顔の上のスカーフを取り払いました。激怒した私は何が起こったかを義母に説明し、どうしてお願いしたのにスカーフをかけるのをやめてくれなかったのか、危険だと思わないのかと、すごい剣幕で義母に問いただしました。 話し合うことの大切さじっくりと話を聞いてみると、義母はやはり娘の頭が寒くてかわいそうだと思ったということと、トルコには外出時に赤ちゃんの顔にスカーフをかけるような風習があるため、特に危険だと思ってはいなかったということがわかりました。日本ではありえない行動でも、別の文化では当たり前ということがあるんだなと身をもって体験することに。ただし、私はやはり危険だと思うのでどうかやめてくださいと改めてきちんとお願いすると、今度は義母も理解してくれたようで、以後娘の頭にスカーフをかけることはなくなりました。 寒そうという理由で、新生児の娘の頭にスカーフをかけていたトルコ人の義母。初めて見たときはあり得ないと驚きましたが、文化の違いから出た行動でした。私は危険だと思うのでやめてほしいときちんとお願いすると理解してくれたので、文化が違っても結局大事なのはしっかりと話し合いお互いを理解しようとする気持ちだと思いました。 著者:玉木理恵1歳の女の子の母。アメリカ在住。翻訳家・ライターとして活動中。
2022年01月03日結婚して10年以上が経ち、それなりに信頼関係も築けてきていると自負している義実家なのですが、いまだにはっきりと意思を伝えきれず、モヤモヤしてしまうことがあります。それは義父がくれるものに対してです。善意であることがわかるだけに無下にもできず、困惑している私の体験談です。義父が子どもに必ず買ってくれるモノ義父は頻繁に書店に通う読書家で、書店に行くと必ずと言ってよいほど一緒に購入してくるのが、現在12歳になる上の子どもへの本。それ自体は非常にありがたいことなのですが、問題は本のジャンルです。たいていが「〇歳の君へ」的な、年長者が若者に教訓めいたことを連ねた本なのです。 何か生きるヒントになればと願う義父の気持ちはよくわかりますし、親としても子どもが読んでくれたらいいなと思う気持ちもあります。しかし、子ども本人は年頃なのか、こうした教訓めいたことは説教されていると感じてしまうようで全く読もうとしません。いつか目を通してくれる日を願っていますが、今は部屋の片隅に追いやられています。それらを見ると、こちらとしても義父に申し訳ない気持ちになります。 新聞、雑誌の切り抜き、そして…!義父は自分の読んだ新聞や、雑誌のなかで子どもにも読ませたいと思った記事は、切り抜いて保管しておいてくれます。これもありがたいことではありますが、子どもたちには「そんなの知ってる」「押し付けないで」とこれらも不評です。 毎回クリアファイルがパンパンになるほどのスクラップ量の多さなので、子どもが押し付けられていると感じてしまう気持ちも少しわかります。さらには、義父自身が記事執筆したという、職場の社内報もいただいたのですが、あまりにも新聞や雑誌の切り抜きの量が多かったので、子どもたちは読もうとしないのです。 私たちへの思いやりと善意でしてくれていること、というのがわかるだけになかなか義父からの「もらいもの」にノーとは言えません。しかし、義父と子どもたちには良い関係でいてほしいし、そのためにはこのままではよくないな……と感じています。夏休みや冬休みごとに厳選して1冊ずつ本を渡してもらうなど、義父の想いにも配慮しつつ、子どもたちも受け入れられるような方法を、夫と話し合って義父に相談したいと思います。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日なりますように! 著者:早川さとこ2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2021年12月22日長男を出産後、初めての年末は夫の実家で過ごしました。義父母、義兄、義弟と私たち家族3人で新年を迎えたのですが、夫の家族は全員、夜型の生活をしている人たちでした。今回は、生後11カ月の長男を連れ、夜型家族と一緒に過ごした初めての年末年始で困ったことをお話ししたいと思います。※コロナ禍前の体験談です 眠れなかった夜大晦日、夫と私と長男の3人で夫の実家へ行きました。家とは違う場所と、ほとんど面識のない義父母や義兄弟に会った長男は少しとまどっていました。それでも、無事に1日を過ごす事ができ、夜11時ごろ、お借りした部屋で先に休ませてもらいました。 私も長男もすぐ眠りにつくことができたのですが、夜中に何度か大きな話し声が聞こえてきて、そのたびに私はびっくりして起きてしまいました。朝4時くらいまでの間に3回ほど目が覚めたので、その夜はよく眠れませんでした。 夫家族を気づかって外で過ごした元日の朝朝7時ごろに目を覚ました長男。朝4時くらいまで夫家族は話をしていたので、当然みなさん寝ていました。 長男に朝ごはんを食べさせようと思い、静かに居間へ行くと、居間で夫家族が雑魚寝をしていました。居間と台所がつながっていたので、台所を使わせていただくことも無理でした。さらに義母は台所に義母以外の人が入るのを嫌う方だったので、勝手に台所を借りるわけにはいきませんでした。 それで、夫家族を起こしてはいけないと思い、長男と外に出ることにしました。 行くところがなく、ひたすら歩いた午前中夫を含め、夫家族が夜型の生活をしていることは聞いていました。しかし、何に困るのか予想ができなかった私は、着替えや長男のおむつ、おやつ、絵本しか持ってきていませんでした。 どこかのお店で朝ごはんを食べようと近所をひたすら歩いて探してみましたが、運悪く食事をとれるお店がありませんでした。仕方なく、コンビニでプレーンなパンと水、ヨーグルトを買って、長男と食べました。 その後も行くところがなかったので、実家の近くを歩きながら過ごしました。そして11時半ごろ、夫から起きたという連絡があり、夫の実家に戻ることができました。 このときの経験から、生活パターンが違うことは仕方がないので、泊まりで夫家族と過ごすときは、パン類、水、自分用のカロリーメイトを持っていくようにしています。 イラスト:imasaku著者:川本 千華発達障害の長男、兄が大好きな次男を育てる2児の母。元ピアノ講師。自身の経験を活かし音楽・発達障害に関するライターとして活動中。
2021年12月20日メンタル心理カウンセラー・上級心理カウンセラーのカトウ ヒロコさんが、心ない言葉をかける義母の心理についてお話ししています。義母がひどいことを言ってしまう原因や対策を解説! 義母にひどいことを言われて傷付いたというママはあとを絶ちません。義母も同じ立場だった時期があるのだから、嫁の気持ちを察してくれそうなものだけど……。 どうして義母はひどいことを言うのでしょうか? 言ってしまう義母の心理について考えてみます。 義母がひどいことを言うのは止められる?そもそも、義母がひどいことを言うのは止められるのでしょうか? 残念ながら、止めるのは難しいと言わざるを得ません。なぜなら、義母はそれを正しいと思って言っているからです。たとえそれが意地悪な気持ちから出ていたとしても、「息子のためを思って」「孫のためを思って」など義母にはなんらかの自身の発言を肯定する理由があります。義母にとってはそれは“正論”なのです。良好な関係の嫁と姑であれば、遠回しにでも「傷付きました」と伝えることで改善される可能性はあります。しかし、伝えることが難しい関係だと、相手は嫁に自分の意見を言った正義感で満たされているので、悪く思っていたとしても「ちょっとキツく言い過ぎたかしら」程度であることが多いでしょう。 義母がひどいことを言いがちな理由義母はなぜそんなことをわざわざ言うのでしょうか?ママがひどいと感じることは大きくわけて4つに分けられます。 1.自分自身について悪く言われる「うちの味噌汁はだしからちゃんととるのよ」「もう少しきちんと掃除できないのかしら」「私は夫に対してそんな態度をとらなかったわ」など嫌味のように言われる。 2.親や友人について悪く言われる「そんなことも親御さんに習っていないの?」「これだから片親は……」「お友だちの質があまり良くないのね」など自分の周囲の人を責められる。 3.子どもについて悪く言われる「男の子がよかったのに……。次は男の子だといいわね」「誰に似たのかしら」「うちの息子はこんな騒がしくなかったのに……」など暗に子どもを非難される。 4.自分の側に立ってくれない夫の自分勝手さについて「あなたが我慢すればいいの」と言われる、育児で寝られていないなか「こんなことでへこたれてどうするの! 今だけだから頑張りなさい」と言われるなど義母の価値観を押し付けてくる。 義母にとって嫁は絶好の標的になりやすい多くの場合、年を取れば取るほど自分について言及されなくなります。自分についての指摘がなくなることは自分の間違いを正してくれる機会が減るとともに、自分の存在価値も薄れると感じる場合があります。自分も人の役に立ちたい、存在意義を見出したいという方は少なくありません。自分の経験をフルに伝えられる嫁という存在は、絶好の標的の1つなんです。義母にとって嫁にひと言言うことは、自分の経験を最大限に生かして状況をよくできるかもしれないことであると同時に、自尊心をくすぐることでもあるわけです。しかし、自分自身について言われるのは辛うじて我慢できたとしても、親や友人、ましてや子どもについてまで悪く言われるのは我慢ならないでしょう。悪気がなく冗談で言っている場合もありますが、嫁側からすれば、産後などで心身ともに疲れていると、冗談を冗談とも捉えられないことも多くあるに違いありません。義母にしてみれば自分も経験してきたことという自負があり、自分が大丈夫だったのだから大丈夫、自分だって耐えてきたのだから嫁も耐えて当然だという気持ちがあるので、ここで嫁・姑の感覚のズレができてしまっています。 義母にひどいことを言われたときにやってはいけないこと義母にとっては正しいと思っていることを言っているのであって、義母の理屈上では間違ったことは言っていません。理屈上正しいことがすべてではないのですが、“正論”の壁を壊そうとすると、さらに義母の正論で返される可能性があります。 よほどの信頼関係がないかぎり、正論に正論で返すと、うまくやっていた仲でさえ壊れてしまう場合があります。正論に正論で返すのは、グッと我慢です。相手の言い分は聞き流すようにしましょう。聞き流すのも痛みを伴いますが、受け止めるとさらに打撃を受ける可能性があります。また、夫に義母の悪口を言うのもNGです。男性は、解決策がない事案を非常に面倒に思う傾向にあります。多くの場合、面倒くさそうに流されるか、自分の親の悪口を言われたと思って機嫌を損ねてしまうかのどちらかです。理不尽な状況ではありますが、ここは流すスキルを身につけましょう。 もちろん、ここに書いたことがすべてではなく、夫との関係性、義母との関係性、義母の性格やご自身の性格により感じ方も変わりますし、対応も変わってきます。義母のつらい口撃に耐えられない場合は、自分の中で抱え込まず、友人や専門家に相談してストレスをためないようにしましょう。 著者:ライター メンタル心理カウンセラー・上級心理カウンセラー カトウ ヒロコメンタル心理カウンセラー・上級心理カウンセラー。また、フリーのWEBプロデューサー&ライターとして活動中。
2021年12月12日子どもは3人!の予定でしたが、40歳過ぎてまさかの4人目妊娠! 悩んでいた私たち夫婦は義母に子どもの妊娠について報告しましたが、予想していたのとは違う言葉が……。そのときの私たちの気持ちの変化や決断、その後のお話です。 まさかの4人目妊娠!34歳で1人目の子どもを出産し、3歳、5歳、7歳の子どもたちがいました。結婚した当初から子どもは3人!と決めていたのでまったく妊娠の予定はなかったのですが、41歳目前のときに体調不良に。この感覚はもしかして……と思い、妊娠検査薬をしてみると陽性。 予定になかったのでとても驚きました。すぐに夫に連絡し、どのような返事がくるのだろう……と思いながら伝えたところ、意外にも「よかった!!」とすぐに返事がきました。ただ、私は年齢的にも身体的にも先のことを考えると複雑でした。 夫婦での話し合い私たち夫婦は新しい命が宿ったことにとても幸せでしたが、問題はたくさんあり、夫が帰宅してから話し合いをしました。 「私の年齢が40歳を過ぎていること。3人目出産後、体調を崩したこともあり、今回無事に出産・育児ができるのかということ。子どもたちの教育費など金銭的なこと」など。 ある程度計画していましたが、4人となると大きな変更が必要になります。体や金銭面で不安があり、出産は簡単に決めることができませんでした。 義母に報告私たち夫婦だけでは決断できなく、夫から義母に4人目妊娠したことを報告してもらいました。報告したのは、「おめでとう! 楽しみにしているよ!」という言葉が返ってくることを少し期待していたからです。 悩んでいた私たちに、出産という決断の背中を押してもらえると思っていました。ですが、義母から言われたのは「生活していけるの? 今の3人の子どもたちを一生懸命に育てたらいい」という言葉でした。 夫婦の決断義母の本音を聞き、夫も予想外の義母の返事にショックを受けたようで、私に「俺たちの子どものことだから自分たちで後悔しないように決めよう」と言ってくれました。中絶するなら少しでも早く決めなければいけない、でも簡単に決めることもできず、たくさん話し合いました。 夫は一番私の体調のことが気になっていたようです。私は数年先のことを想像し、夫に「やっぱり産みたい。産まないことを選択したら一生後悔し続けるはず」と素直な気持ちを話しました。 出産を決めた私たちは義両親に報告。義母はしっくりいかないようでしたが、義父は「よかった! 産まないと決めたらどうしようかと思っていた」と。その後切迫早産になりましたが、結果的には出産予定日より10日早くなったものの、無事赤ちゃんを出産することができました。かわいい赤ちゃんの顔を見た義母は、今ではメロメロでとても溺愛しています。いっぱい悩んだけれど産む決断をして本当によかったです! ※人工妊娠中絶は、母体保護法により定められた適応条件を満たしている場合に限り、施行されます。本記事の内容は、母体保護法 第14条 第1項 第1 号「妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」に該当します。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:中村 望8歳、6歳、3歳、0歳の4人育児中のママ。長年、事務員として勤務していたが出産を機に退職。1人目の育児が少し落ち着いたときに趣味として始めた習い事で、現在では指導者として教室を運営。ママ目線での執筆活動もおこなう。 ※2021年12月14日:内容の一部を修正
2021年12月11日娘が誕生し100日を迎えたころ、私は初めての育児でくたくたになりながらも、ずっと楽しみにしていたお食い初めの準備を進めていました。唯一の不安は、以前から苦手意識のあった義実家でおこなうこと。今でも忘れられない、義実家で起きた衝撃の体験談をご紹介します。楽しみにしていたお食い初め娘が生後3カ月を迎えたころ、私はとても緊張していました。その日は前々から計画していた、娘の生後100日祝いのお食い初めを義実家でおこなう日だったのです。もともと伝統文化が好きだった私。娘が生まれる前から、SNSや先輩ママの話を見聞きするたびに、お食い初めを楽しみにしていました。 日取りを決め、義実家近くの料亭のお食い初め料理を予約し、当日の動きを何度も確認しました。連日の夜間授乳など、初めての子育てでくたくたになりながらも、娘の大切な記念になるからと楽しみながら準備を進めていました。 心配だった義母の存在しかし、当日を迎えるにあたり1つだけ不安要素がありました。それは、押しが少し強めな、初孫フィーバー中の義母の存在です。これまでも、私たち夫婦の意見はお構いなしの行動を度々されていたため、私はこの日も緊張していました。 そのため、念のため夫に「もしお義母さんが何か変なことをしたら止めてほしい。例えば、自分の手作りのごはんを娘に食べさせようとするとか……」と伝えました。娘はこのときまだ離乳食も始めておらず、固形のものを食べたことがありません。それは義母も知っています。しかし、義母は自分の作った料理や手芸など、手作りのものを贈りたがるところがあったので、それを娘にもしようとするかもしれないという懸念があったのです。 ところが夫は、「そんなことする訳ない」との返事。自分の親を疑っているのではという、いらつきさえ感じられました。これまでの義実家のとやりとりを知っているはずの夫にそんな反応をされ、もやっとした気持ちになり、出かける前だというのに口論に……。最終的には私が義母を疑ってしまったことを謝り、その場は仲直りすることができました。私もこのときは、「さすがにそれはないだろう」と思っていたため、心配しすぎて余計なことを言ってしまったな、と反省しました。 お食い初めの手順を義母に説明すると…義実家に着くと、孫フィーバーの義父母による歓迎を受け客間に通されました。すると、途中で玄関先にケーキの箱があるのを発見。お食い初め用の食事はこちらで用意するから何もいらないですと事前に連絡はしていたのですが、「お祝いのケーキを用意してくれたのかな?」とそのときはあまり気にしませんでした。 客間に入り、さっそくお食い初め膳を広げました。お食い初めをおこなうにあたり、私は事前に作法や成り立ちを調べていました。食べる順番やお祝い膳の食事の意味など、住んでいる地域によってさまざまな作法があるとは思いますが、自分なりに調べてまとめていました。調べた内容を夫にも伝え、それを義母へ伝えてもらい、しっかりとお食い初めをしようと計画して臨みました。 すると義母が、「こういうの、若い子は写真撮ったりして載せるんでしょ?」という、いわゆる「SNS映え」のためにやってるんでしょ? といったニュアンスの発言。ちくりと胸が痛みましたが、気を取り直して夫がやり方を説明しました。 義母が信じられない行動に!夫の説明を聞いた義母は、「はーん」といった感じの生返事……。すると、説明の順番通りではあるものの、2倍速くらいの動きでお食い初めの手順を進め出したのです! さらには、箸で食材をちょんとつつき、本来なら口の前で止めるところを、倍速のスピードのまま娘の唇を箸でつついたのです! 私は思わず呆然としてしまいましたが、料理の中にはもしかしたらアレルギーのある食材があるかもしれない!と怖くなり、なんとか止めなくてはと夫の顔を見ました。しかし、夫も同じく呆然と暴走する義母を見つめるだけ……。 そして、ついに私のなかで今も記憶に残る出来事が起こります。今まで食材を箸でつつくだけだった義母が、お赤飯を数粒つまみ、娘に食べさせようとしたのです! これにはさすがに夫婦でハッと動き、夫が娘の口からご飯粒を拭い、義母にやめるよう声をかけました。しかし、義母は興奮した様子で「いいんだよ、大丈夫! 大丈夫!」と言い、また食材で唇をつつきはじめました。 いろいろなことが次々と目の前で起こり、私は内心パニック状態!「手順は?」「お食い初めの意味は?」「もしアレルギーや誤嚥があったら?」と不安や疑問、怒りの感情が湧いてぐちゃぐちゃに……。ただ「早く終わってくれ、早く帰りたい」と願うばかりでした。 お食い初めよりケーキが食べたかった義父母そうして、ずっと楽しみに準備していたメインイベントのお食い初めは終わり、玄関先にあったあのケーキが登場しました。ニコニコ顔の義父母。実は先ほどから、「ケーキがあるから、お食い初めの料理は片付けてケーキを食べよう」と義父が何回か言っていたのです。 そのケーキは、近所の有名なお店に特別に注文したときだけ作ってもらえる良いケーキで、いつも義父と夫が食べていた好物なんだと義母が楽しそうに語っていました。義父もおいしいおいしいと満足そうにケーキを食べていました。 そんな2人を見て、義父はケーキが食べたかったのと、義母は家族の好物であるケーキを早く出してあげたかったのかな、と思ってしまいました。それから冷静になった私は「おいしいですね」と義母の用意したケーキを食べました。 その後、落ち込む私を見かねて、夫が夫婦と娘だけでのお食い初めのやり直しを提案し、後日改めてお食い初めをやり直しました。笑顔の娘と夫の様子を見て、「正しいやり方で行事をおこなわなければ」と、不安のある義父母に頼むのではなく、最初からこうしておけばよかったなと思ったのでした。 以前から苦手意識のあった義実家に対して、それまでなるべく波風立てないようにと接していましたが、このことばかりは水に流すことができず、今もわだかまりとして心に残っています。そして、この件については夫とも何度も話し合いをし、夫婦関係や私たち家族と義実家との関係に大きな影響を与えた出来事として、今もなんとなく触れてはいけない話になっています。 著者:ちゃい2歳の娘の子育てをしています。娘・夫・猫との日常を描いた漫画をSNSに投稿しています。
2021年12月08日私の義母はとってもいい人です。でも、たま~に「え!?」というようなひどいことを無意識で言うことがあります。無意識だからこそ傷付きます。しかし、何度も経験し、うまく対処できる方法を学びました。今回は、当時は泣きそうになってしまった義母のひと言と、そんな義母にどのように対処していたかを紹介します。事件は産後間もないころに…第一子出産後、まだ間もないころのことです。昼夜関係ないうえに、初めての子どものお世話ということもあり、心身ともに疲弊しきっていた私。気が付けば1日中、授乳しているということもよくありました。 産後1カ月は義実家でお世話になっていたのですが、義父母に対し、産前のように気づかいある振る舞いができないほど疲弊しきっていました。 「ママ…乳牛みたいだね」その状況にプラスして、胸が張ってしまい、ブラジャーをつけるのもつらい状況に。そんな私を見て、義母が「ママ、まるで乳牛みたいだね」とひと言。近くにいた義父も吹き出したくらいでした。今なら私もそのひと言に一緒に笑ってしまうでしょう。 でも、寝不足に体の痛みなど、極限状態だった私はムスっとすることしかできなかったのです。「なんてデリカシーのない人なんだ!」とひとり憤慨して、しばらくの間、根に持っていました。 後日、義母に直訴してみると…その後、「そういえばお義母さん、前に私のことを乳牛って言いましたよね。あれ、傷付きました」と直訴する機会がありました。ところが、義母は「え? そんなこと言ったっけ? 私ったらひど~い」と笑うばかり。 そうです。やはり覚えていなかったのです。さらに、当時はホルモンバランスも不安定なうえに、疲労も重なっていたころ。私も過敏な状態だったので、「あまり深刻に受け止めてはいけないな」ということを学びました。 ちょっとカチンときたときは、カッとなっているその場で言い返すのではなく、ワンクッション置いて冷静になってから言ってみるというのもアリということを学びました。これからも義母とじょうずに付き合っていきたいと思っています。 イラスト/imasaku著者:東慶子三児の母。育児のかたわら、アンガーマネジメントキッズインストラクターの資格を取得。自身の育児経験に生かすとともに、将来的には子ども向けの講座を開催したいと考えている。
2021年12月08日現在5歳になる娘は、食べやすいように工夫をしても手作りの離乳食をほとんど食べてくれず、私は本当に悩んでいました。レトルトの離乳食なら比較的食べてくれるけれど、できれば手作りの離乳食を食べさせたくて、使うのは最小限に留めていた私。義母が作った煮物も食べない娘にイライラした義母から言い放たれたひと言は、4年経った今でも心のどこかで許せずにいます。 発育は順調生後1カ月からずっと完全母乳で育てた娘。母子健康手帳に載っている成長曲線の平均値よりも常に身長も体重も上回っていたので、発育は順調でした。ただ、生後5カ月から始めた離乳食はなかなか進まず……。 離乳食中期になっても、娘はおっぱいばかり欲しがり、離乳食は食べても1口か2口だけ。保健所の栄養相談で栄養士さんに相談しても、「発育は順調だからあとは気持ちの問題。本人が食べたいと思えるまで気長に待ちましょう」と言われていました。 保育園入園までのタイムリミット娘が食べたいと思えるまで気長に待とうと思っていたものの、生後11カ月から保育園に入ることが決まっており、焦っていた私。 完全母乳で育てた娘は育児用ミルクはおろか哺乳瓶で飲むこと自体を拒否していたので、このまま育児用ミルクも飲めず離乳食も食べられないままで入園させたら、おなかが空いて栄養失調にならないか本当に不安でした。 離乳食を少しでも食べてもらいたい私は、毎日食材や固さ、味つけ、形を変え、試行錯誤しましたが、娘はことごとく拒否。 レトルトは好きレトルトの離乳食は味も固さも赤ちゃんの月齢にぴったりな状態になっているから、たまにならあげてもいいと保健所の栄養士さんからアドバイスを受けていました。そこでレトルトの離乳食も試してみたところ、珍しくパクパクと食べる娘。毎回とは言わないものの、レトルトの離乳食なら完食する日も。 それでもいくら食べてくれるからといって、毎日レトルトの離乳食ばかりあげ続けることには抵抗がありました。レトルトの離乳食をあげるのはおでかけのときだけにして、自宅では毎日手作りの離乳食をあげ続けていました。 「食べないなら無駄」手作りの離乳食をほとんど食べてくれないまま迎えたお正月。家族で義理の実家に泊まりがけで帰省しました。義母が娘にお手製のかぼちゃの煮物を出してくれましたが、断固拒否。申し訳ないとお詫びしながら、レトルトの離乳食を食べさせると2口、3口とパクパク食べる娘。 日ごろ私の作った離乳食もあまり食べないことを夫が伝えると義母はイライラしながら「作ったって食べないなら無駄なんだから、毎日レトルトでいいじゃない!」と言い放ちました。あまりの剣幕に、言葉の意味はわからないはずの娘も号泣。無駄というひと言は、試行錯誤を重ねてきた私自身を否定された気がして、悲しくて何も言い返す言葉が出てきませんでした。 幸い保育園に入園してから娘は今まで食べなかったのが嘘のように離乳食をたくさん食べてくれるようになり、本当に安心しました。手作りの離乳食を無駄だなんて言ってほしくなかったと、4年経った今でも心のどこかで許せずにいますが、義母にとって娘は初孫。今思えば義母も、かわいい孫のために前の晩から一生懸命作った煮物を食べてもらえなかったことが悲しかったのかもしれません。かわいい孫を思う義母の気持ちにも寄り添って、良好な関係性を維持していきたいと思っています。 作画/はたこ 著者:山本加奈子5歳女児と0歳男児の2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2021年12月08日何でも先回りして心配してくれる義父。2人目が双子だとわかった瞬間から、「産後はどこで過ごすのか?」「子ども3人、どうやって育てるのか?」など義父の心配事は尽きませんでした。出産予定日間近で気持ちもギリギリのとき、義父の心配によって私が大泣きするほど困惑させられた出来事を紹介します。義父が心配してならない車の買い替え義父が数ある心配事のなかで一番気にしていたのが、車の買い替えです。実は、私たち夫婦は2年前に5人乗りの新車を買ったばかり。3歳のお姉ちゃんと双子のチャイルドシートを乗せることを考えると、夫婦としてもどうすべきか悩んでいました。 しかし、車はトランク収納が十分なSUV車なので、私が狭い思いをして我慢すれば、乗れないこともありません。また、家族揃って外出するのは週末だけで頻繁ではないため、今すぐ買い替えを決めなくてもしばらくはなんとかなるだろうと私たち夫婦は思っていました。 帝王切開3日前に迫られた大きな決断!いよいよ帝王切開予定日まであと3日と迫った夜、夫から電話がありました。義父母が私たちの車を買い取るので、代わりに義父母の知人から中古車を買いなさいと連絡があったというのです。詳しく話を聞くと、義母が乗っていた車が廃車になり、新しく車を買う必要があるためとのこと。 一見ありがたい話のようですが、その中古車の値段は400万円。中古車でこの値段は高すぎる!と反対しましたが、義父母はもうその気のよう。夫もすでに義父母に説得されている様子で、あとは私が了承するのみという状況でした。 妊娠中の不安が重なり大泣き!双子妊娠でおなかははち切れそうなほど大きく、夜も眠れない日々が続いていた私。正直、車どころではない状況なのに、出産ギリギリになって大きな決断を迫られたことと、義父母がすでに話を決めているという状況にストレスを感じました。 帝王切開手術への不安や、管理入院で長期間入院しなければならず、その間実家で祖父母と生活しているお姉ちゃんのことなど、いろいろな思いが重なって涙がぽろぽろとこぼれ始め……。夫は私が急にひどく泣き出したため、「なぜそんなに泣いているのかわからない」と困惑している様子でした。 実は車の買い替えは義父の独断だった!その後、「夫婦で決めていた通り今の車で生活してみていいのではないか?」と夫を説得しました。涙が功を奏したのか、夫も理解してくれて義母へそのことを報告しました。実は知り合いから中古車を購入するという提案は、義父だけで進めていたそう。私たちの車を買い取ることに、義母は内心反対だったようです。 私の決断をとても喜んでくれ、義母は自分が乗りやすい車を買うと義父を説得してくれました。それを聞いて、義父母の提案に流されず、正直に自分たちの意見を伝えてよかったなと思いました。 私たち夫婦のことを思っていろいろと心配をしてくれるのはありがたいのですが、もう少し私たちを信じて見守ってほしいと強く感じた一件でした。購入したチャイルドシートを設置してみると、やはり車は買い替えなくても大丈夫そう。車の件はとりあえず納得してくれましたが、次は私のワンオペを心配してくれている義父です。 著者:山口まなみ3歳の娘と双子の男の子の母。韓国人の夫と家族5人で韓国に在住。海外での子育てやバイリンガル教育に奮闘する自身の体験談を執筆中。
2021年12月07日頼れる親がそばにいてキャリアを積むことができた義母と、頼れる人もなく夫と二人三脚で育児をしている私の相性はよくありません。赤ちゃんを産む前から相性の悪さを感じていましたが、赤ちゃんが生まれたあとは余計イライラ……。義母に対して不満を抱いた出来事を紹介します。産後すぐに「いつ働くの?」私は学生結婚で、若くて体力があるうちに結婚できたメリットを生かそうと22歳で妊娠、23歳で出産しました。そのため、正規雇用で働いた経験はありません。そのことを義母は良く思っていなかったようで、産後は何かにつけて「いつ働くの?」と聞いてきました。 私もその言葉に焦りを感じ、産後1カ月半で高校教師の仕事に就いたのですが、結局体を壊す羽目に。もっと私の体のことも考えてくれたら……と今でも恨めしく思ってしまいます。 催促の嵐! 「写真と動画ちょうだい」 多忙な仕事に就いた私は、子どもとの触れ合いと仕事との両立に四苦八苦する日々を過ごしていました。そんな私のもとに義母からよく連絡がきていたのですが、その内容のほとんどは「孫の写真と動画を送って」というもの。私は限られた時間のなかで、携帯のレンズ越しではなく、直接子どもと触れ合いたいのに……とイライラ。 私の気持ちを伝えても、「遠方にいて会えないから」と催促する義母。イライラが募って、結局着信拒否するまでに至りました。 子どもの写真を勝手にSNSにアップ義母からの電話を着信拒否したあと、過労で倒れて寝込んだ私。調子がいいときはネットサーフィンをして気を紛らわせていたのですが、あるとき義母のSNSを発見しました。 すると、許可もしていないのに私の息子の写真がアップされているではありませんか! これには怒り心頭で、すぐにすべての投稿を消すよう夫から義母に伝えてもらいました。あまりのメディアリテラシーのなさにガッカリすると同時に、今思い出してもイライラしてしまうほどの出来事でした。 遠方に住んでいても、とやかくうるさかった義母ですが、夫を介して連絡を取り合うようになって、ようやく少し落ち着きました。義母との距離を程よくとるということは、とても大切なことだと感じました。 イラスト/(c)chicchimama著者:鏡 環2歳の息子の母。現在第二子妊娠中。元高校教員。うつ病と闘いながら夫と二人三脚で育児に励む。
2021年12月03日生後10日ほどで高熱を出してしまった息子。念のため総合病院で検査をすることになり、近くに住んでいる義母が付き添ってくれました。付き添ってくれたのはうれしかったのですが、そこで耳を疑うひと言を聞いたのです……。生後10日で高熱!第三子となる息子が生まれ、無事退院したのも束の間。39度近い高熱が出て、口内炎のようなものがたくさんできてしまい、哺乳もままならない状態に。かかりつけの小児科に行ったものの、まだ生まれて10日ほどしか経っていなかったため、念のため総合病院で検査してもらうよう言われました。3人目の子どもとはいえ、生後10日で高熱を出すことは初めてだったので、さすがに不安になりました。 義母が付き添ってくれることに…そのことを義母に話すと、心配だからと付き添ってくれることに。不安も募っていたため、付き添ってくれるのはとてもありがたいし、心強く感じました。そして総合病院の小児科で検査をするべく待合室に座って待っていると、診察の順番がきたことを知らせる画面に息子の名前が表示されました。 そのとき、義母が信じられないひと言を放ったのです。 それ、今言う必要ある!?画面に表示された息子の名前を見て義母が言い放ったのは、 「やっぱり、なんか格好悪い名前よね〜」 ……一瞬、何を言っているのか理解できないほど衝撃的なひと言でした。 診察を受けながら少しずつ怒りが込み上げてきて、「そう思っていたとしても、今この状況で言う必要ある!?」 と、心のなかでイライラが募りました。 検査は無事終わりましたがその日に結果は出ず、なんだかモヤモヤした1日でした。 その後、検査結果をひとりで聞きに行き、その後、息子の体調もよくなりました。 病院での一件以来も、義母はまったく悪びれた様子もなく接してきますし、孫のこともかわいがってくれています。義母の好みの名前ではないという本音が、とっさにポロっと出てしまったのでしょう。名付けたばかりでその名前を否定されるのは正直悲しいものがありましたが、状況的に私も少し気にしすぎてしまった部分があったと思います。今後はあまり細かい発言は気にせず、義母とは良い関係を保ちたいと思います。 著者:松本寛子結婚を機に地方へ引っ越し出産。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2021年12月02日長男が1歳9カ月ごろの話です。私は39度の高熱が出て動けない状態に。夫は出張中、実両親も旅行中で頼れず、保育園への子どもの送迎を義母にお願いしました。しかし、グズる子どもを見て「連れて行けない」と拒否。そして義母から信じられない言葉を言われ、悲しくなった出来事をお伝えします。高熱で育児ができない!長男が通っていた保育園は保護者が病気のときも預かり可になっていたのですが、私は高熱でもうろうとしていたので送迎が難しい状態でした。出張中の夫に相談したところ、義母を呼べばいいと言われ、夫から義母に電話してもらうことに。そして、快く引き受けてくれるとのことだったので甘えることにしました。義父の運転で40分ほどかけて駆けつけてくれて、本当にありがたい思いでした。 グズって行きたがらない長男義父母がくる前に、なんとか保育園の準備は完了しました。あとは保育園に連れて行くだけだったのですが、長男が激しく嫌がり私のそばから離れません。保育園に行く前に泣くことはよくありましたが、行けばケロッと遊んでくれることはわかっていました。そのため、「泣いてもいいので連れて行ってくれませんか?」と義母に伝えると、「泣いている子を保育園に連れて行くなんて嫌よ!」と断られてしまったのです。仕方なく保育園に連れて行くのは諦めて、家で面倒を見ることに。義父母は「熱がひどいなら長男と一緒に家にくる?」と言ってくれましたが、私はもともと車酔いしやすく、熱もあり、とても車に乗れる状態ではなかったので断りました。 帰り際の義母からショックなひと言私が断ったことに腹が立ったのか、義母は「次から自分の親を呼びなさいよね!」と言い残し、帰ってしまったのです。その後、私が長男の相手をしようとしましたが、熱でもうろうとしてどうしても無理でした。結局フラフラしながら保育園に行き、事情を話し長男を預けることに。その後、お迎えの時間まで寝ることができました。どうやら義母はもとから保育園に連れて行くつもりはなく、私も子どもも義実家に連れて行く気だったようです。私→夫→義母との伝言がうまく伝わっておらず、夫は義母が義実家に連れていくつもりと知っていましたが、私がラクができればどちらでも良いと思ったようです。うまく伝えてくれなかった夫にもイライラしてしまい、その後大喧嘩をしてしまいました。 後日、義母からこの件について謝罪を受けました。私も熱でイライラしてしまい、義母が保育園に連れて行かないとなったあと、態度が悪かったことを謝りました。また、義母に苦手意識があり直接連絡をせず、夫に伝言を頼んだことも反省。今は義母に頼みがあるときは夫から伝えてもらうのではなく、自分からお願いするようにしています。 著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2021年11月29日現在2人目妊娠中、3歳の長女を育てています。先日義母がスマホを持つようになり、友人にすすめられるがままにSNSなどを始めました。最初はよかったものの、義母のSNS熱がだんだんと高くなり、長女の個人情報が危険に晒される事態にまでなってしまいました。 交友関係の広い義母がスマホを持った!義母は社交的で交友関係の広い人です。その義母がガラケーからスマホにかえました。スマホにかえたときには、「これで少し連絡が取りやすくなるな」くらいにしか思っていませんでしたが、これが思わぬトラブルのきっかけに……。 問題になったのは義母のメディアリテラシーの低さ。それまで義母とインターネット上の個人情報の扱いについて話したことがなかったのでわからなかったのですが、そもそも義母はインターネットがどういうものかよくわかっていなかったようでした。 事件1:孫をSNSで公開スマホにかえた義母は、友人からすすめられてTwitterを始めました。最初は家の近くに住む友人とだけ交流し、そのなかで写真を公開したりコメントしたりしていたそうです。しかし、次第に昔の友人とSNS上でつながったりするなかで、SNS上での活動の幅が広がり……最終的には、孫である長女の写真を名前つきで全世界に公開していました。 それを知った私と夫で、すぐに投稿を削除させてことなきを得ました。義母はSNS上で公開することを、「市の広報誌に孫が載る」くらいのことだと思っていたそうです。その事件から、SNSで孫の写真はNGというルールができました。 事件2:勝手に孫の動画を送るピアノ講師の義母は孫が歌ったり、楽器を触っていたりするところをよく撮影していました。それを友人に送っては、「スゴイ才能なの」と自慢していたようです。しかしそれだけで物足りなくなった義母は、友人のツテを使って、幼児の音楽指導で有名な先生に孫の動画を送信。 後日友人経由で「素晴らしい」と言われたらしく、喜んで私たち夫婦に報告してきました。しかし自身の孫とは言え、親の許可なく他人に動画を送ったことに私たち夫婦はモヤモヤ。そのため今後はやめてもらうように約束しました。 私自身はSNSをほとんど使わないので、スマホにした時点では義母のこうした行動が予測できませんでした。ひとまず義母とは話し合いをおこない、事態は収拾しましたが、今後また同じような事件が起こるかもしれないので、義実家に行ったときには毎回、義母のSNSの動向を確認するようにしています。 作画/やましたともこ 著者:水田 真理アレルギー持ちな娘の母で元理科の塾講師。子育てはできるだけ家にあるもので、娘と楽しめるように日々創意工夫を実践。
2021年11月28日4歳のころの息子は小食で、ごはんをあまり食べませんでした。活発な子ではないので、義母からすると、ごはんの食べる量が少ないから活発ではないと思い込んでしまっている様子。また、義母に会うたびに息子の食事について聞かれるようになったほか、私に対する発言が次第にきつくなっていき、精神的に追い詰められてしまいました。そのときの義母との体験談をお話しします。義母から孫の食事についての質問の嵐!息子が5歳になるころから、朝昼夕、おやつなど、孫が食べている物、食べる量について、義母は私に細かく聞いてくるようになりました。 その質問に答えると「そんなごはんでは、孫は成長しない」「もっと食べさせなさい」「おなかがすいたら孫がいつでも食べられるように、冷蔵庫には栄養のある食べ物を常備するように」と言われました。義母とは2週間に1度のペースで会いますが、そのたびに息子の食事のことを聞かれ私は徐々にストレスだと感じるように……。 あなたの作るごはんがまずいのよ!数カ月経っても孫の食べる量が増えず、小食のままの様子を見た義母は「ごはんがまずいのよ」「そんなごはんじゃ、食べる気持ちにならないのよ。孫がかわいそうだわ」と言い出しました。 さすがに私もショックを隠し切れず、何も言い返すことはできませんでした。これまで義母の言うように、私なりに栄養バランスを考え幼児食の本も買い勉強もしてきたのです。その頑張りをすべて否定されたような気持ちになり、私は悲しくなりました。 孫が食べないのは嫁のせいと言いふらす義母は、「孫が食が細いのは嫁の料理がまずいから」「嫁のせいで孫はごはんを食べない」と夫や義父、近所の方に言いました。精神的に追い詰められた私は、料理を苦痛に感じるようになっていったのです。 私の気持ちを敏感に感じ取ったのでしょう。その様子を見ていた息子は、ますますごはんを食べなくなってしまいました。このままではいけないと思い、私は義母に「息子の小食に向き合い、しっかり考えています。もう少し温かく見守ってくれないでしょうか」と勇気を振り絞って伝えました。 義母に思いが通じた…?私の真剣な思いに義母は大変驚いていました。それからは息子の小食について、意見を言わなくなったのです。息子は変わらず小食ではありますが、私は義母から意見を言われなくなったことは大変気がラクになりました。 息子のごはん作りも前向きになり楽しく作れるようになると、息子もごはんに興味を示し少しずつですが食事量も増えていきました。 母は私が悩んでいることに、まったく気付いていなかったそうです。義母は、活発に走り回りごはんもしっかり食べるという自分の孫の理想と現実が違うことが受け入れられず、私のせいにしてしまったのではないでしょうか。私は義母の言動で傷ついてしまいましたが、義母の思いも汲み取ることで義母の気持ちに寄り添えることができるようになり、よかったと思っています。 著者:神崎 ハナ2児の母。発達障がい児の育児に奮闘中。育児や健康に関する記事を執筆中のライター。教職員や福祉の資格を持つ。
2021年11月25日3歳の女の子と生後3カ月の男の子を育てています。2人目の出産の際、健診で「陣痛かもと思ったら、間違ってもいいからすぐに病院へきて」と言われていました。2人目の出産ということもありますし、健診時にすでに子宮口が5cm開いていたこともその理由。しかし、実際に陣痛がきたとき、義母の予想外の行動で「すぐに病院へ」行けなくなってしまったのです……。深夜に陣痛開始妊娠39週0日の深夜1時ごろにおなかが張り始め、30分ほどで10分間隔に。すぐに夫を起こして病院に電話をしました。病院は家から30分。夜中なので長女は当然寝ています。 深夜に陣痛がきた場合、近くに住む義母に連絡して、病院へ行っている間わが家にきて長女を見てもらうことになっていました。夫が義母に連絡すると、深夜ながら「すぐに向かう」との心強い返事をもらえました。 まだ!?義母が来ない!義実家からわが家までは車で3分。義母がくるまでに私と夫はバタバタと病院に持って行く物などを最終チェックし車に積んでいました。しかし、待てどもなかなかこない義母。「お義母さん遅いね……」と話し、夫が義母に連絡しますが電話に出ません。 だんだんと「まだこないのかな!?」と痛みでイライラが増しながら待つこと30分、やっと義母が到着しました。このときすでに陣痛の間隔は2~3分。遅くなった理由を聞く余裕もなく、義母が着いてすぐに長女を任せ、急いで夫と病院へ向かいました。 遅れたその理由に驚き病院に着いて内診をすると「子宮口8cm! 着替えてそのまま分娩台に乗って!」と言われ、到着から30分ほどで元気な男の子を産みました。その後、入院中に夫と電話しているときに「そういえば……」と、出産のときに義母が遅れた理由を教えてくれました。 実は義母は、「もしかしたら救急車に乗って病院に行くかも」と思って自分の身支度をしていたのだそう。パジャマを着替え、シャワーを浴び、化粧をして軽く食事をしてから来たのだということでした。「陣痛が始まったらすぐに病院へ」ということは事前に義母にも伝えていたのですが、義母が自分の身支度に時間をかけていたことにとても驚きました。 夫が聞いたところによると「すぐに病院へとは言っても、陣痛は時間がかかるものだから焦ることではない」と義母は考えたようです。なぜ義母が「自分が救急車に乗るかも」と思ったのかは謎……。無事に出産を終えた今では話のネタにしていますが、そのときの私はすぐに義母がきてくれると思っていただけに、かなりイライラしてしまった出来事でした。 著者:水田 真理アレルギー持ちな娘の母で元理科の塾講師。子育てはできるだけ家にあるもので、娘と楽しめるように日々創意工夫を実践。
2021年11月25日現在、夫の実家近くに住みながら、3人の子どもを育てています。夫には妹がおり、妹家族も近くに家を構えて住んでいて、同じくらいの子どもが3人います。いとこたちに会うと子どもたちは楽しそうに遊んでいますが、ふとしたときに義母の対応の違いが感じられて切なくなります。旅行に誘われない妹家族の家は別に構えているものの、パパの仕事が忙しく帰りが遅いため、食事やお風呂などはすべて実家で済ませています。 そのため、ずっと一緒に住んでいるような感覚なのでしょう。連休には度々義母と妹家族で旅行に出かけており、わが家はまったく知らされません。もしかしたら妹家族が旅費を出していたりするのかもしれませんし、うちに気をつかってくれているのかもしれませんが、なんだかちょっぴり寂しい気持ちになります。 誕生日を忘れられる妹家族は義母とほぼ一緒に過ごしているため、子どもたちの誕生日も毎回一緒にお祝いしている模様。しかしわが子たちは3人目が生まれたころから誕生日については触れられなくなり、「おめでとう」とも言われなくなりました。 数年前に義父が亡くなり、孫が多くなり、義母も大変なんだろうとは思います。でも、「おめでとう」も言われなくなるのはやっぱり寂しいものがあり、その傍らで妹家族が一緒にお祝いしているのを知ると、なんだか差を感じてしまいます。 「うちの子は…」と言われる義母にとっては何気ないひと言なんだと思いますが、妹の子どものことを「うちの子たちは……」といつも言います。実の娘の子どもですし、ほぼ一緒に暮らしているようなものなので、そう言うのも不思議ではありません。 でも、「うちの子は」と聞くたびに、私や私の子どもたちはよそ者扱いされているような感覚になります。義実家近くに住んでもう8年になりますが、なかなか関係的な距離は縮まらず、私の足も遠のく一方です。 近いのになかなか足が向かない義実家ですが、行けば子どもたちはいとこたちと楽しそうに遊んでいますし、義母も子どもたちにやさしく接してくれるので特に問題はありません。義母の何気ないひと言や行動にちょっぴり切なくなることもありますが、適度な距離感で良い関係を保つほうがいいのかなと思うようにしています。 イラスト/ののぱ著者:沢田真紀子自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2021年11月15日何かにつけて口を出してくる“お姑さん”問題。多くの人が体験することだけに、読者から共感の声が殺到したのが、連載「義両親と解り合えない?」でした。3歳の息子と夫・康史と3人家族の智美は、まさにお姑さん問題に悩んでいるひとり。離乳食のやり方やトイレトレーニングについてなど、行き過ぎたアドバイスに困っていて…。■何年前の離乳食!? 効率を求めるのは愛情じゃないっていうの?時短・簡単・効率重視の家事を良しとしている智美と義母の考え方は真逆。また、義母には自分の考えを押し付けるようなところがあり…。■発育は子もどによって違う…じゃダメなの!?過剰なアドバイスを聞くのが嫌になってしまい、帰省するのが苦痛になっていく智美…。■侮辱的な“お姑さん”の発言にキレてしまった…!あまりにもな発言に耐えられず、勢いに任せて実家に帰ったのですが…。このエピソードを読んだ読者からも、うちの困ったお姑さんの実体験や不満の声が多数届きました!■読者の「うちの困ったお姑さん」エピソードが殺到!・同居で毎日がストレスマックス。あーだこーだと口出しされ、昭和な間違った常識も押し付けられ…しまいには私が口答えするだけで「こんな嫁もらって」と言わました。・うちも同じです。食材ストックやお菓子の賞味期限チェック、キッチンの掃除チェック、孫に会いたがっていたかと思えば、連日になるとグチグチ言い出すだけでなく、義弟の嫁と比べる…。今の時代にいるの!? って思いたくなるくらいのお姑さんです。・このお話と同じような、義母による過去の育児方法の押し付けは常にありました。孫同士でも男女差別がすごいし。どこからその自信は来るんでしょうね。・結婚した当初、義母から「おままごとみたい」と、よく言われました。全く悪気もないみたいで、それはもう頻繁に言われました。言われた時はやっぱりカチンときました。誰がそんな事言われて喜ぶんでしょうね。そういう事がわからないデリカシーのない義母です。・実母の話ですが…オムツ外しでいろいろ言われるのが本当にストレスでした。トイトレって強制的になると逆効果になると思います。結局、子ども自身の問題なのですから。 うちは子どもが2歳ちょっとの時に、オムツがはずれていないことを実母に「遅い」と指摘されましたが「あなたは私のトイトレは成功したんですか?」と言いたかった。私は完璧に失敗した例で、小学生までオネショしてました。・「子どものいない夫婦は、みじめ」だと言われて、傷つきました。・孫を思っての発言でも、病院で診てもらえだの、仕事を辞めろだのは言い過ぎ。モラハラと言われてもしょうがないレベル。・嫌味を言われすぎて、私が倒れて入院しました。 ですが、退院し、帰宅後、以前と変わらず嫌みのオンパレードです。■経験者から「我慢しなくてもいいんじゃない?」のアドバイスも!・我慢せずにいい嫁キャンペーンは早い段階でやめた方がいいと思います。・そんなに余計な口を出してくるならもう二度と帰省しない、が正解!・私自身、乗り越えられてはいませんが…出来るだけ過干渉を避けられるよう意識しています。必要以上に連絡を取らない、近づかない、時々断ることにして、自分のストレスを溜めないようにしています。読者の体験談も多数届いた人気連載「義両親と解り合えない?」の結末は…!? 気になる続きの漫画は、ウーマンエキサイトに掲載されています!▼義両親と解り合えない?
2021年11月13日愛カツ編集部に寄せられた体験談を漫画にしました。今回のテーマは「義父」嫁姑問題はよく聞きますが、なかには舅とのトラブルを抱える方も……。今回は、やばすぎる義父のエピソードをご紹介します。「女が働いても生産性がない」「女は家事をするもの」……ひどすぎる発言ですね。旦那、動きます。作画:おむ原案:愛カツ読者編集:恋愛メディア・愛カツ編集部●義父のやばすぎる発言!旦那が取った行動は…presented by愛カツ ()
2021年11月13日