「あぁ、あれか」
まさか私情で社員をクビにしたりしないと思うけど、降格は覚悟した方が良いかもしれない。出世第一でここまでやってきた人が、こんなことで躓いてしまうなんて……。
「常務には事前に話しておいた」
「えっ、そうなんですか」
「警察に突き出さない代わりに、この件については一切触れない、だってさ」
さすが、新実さん。彼はいつも用意周到だ。
「でも、汐里がどうしても許せないと思うなら警察に言えばいい。証拠も渡す」
新実さんはそう言うと、ポケットからボイスレコーダーを取り出した。どうする? って、目だけで問いかけてくる。雪村さんとの会話を録音していたんだ……。
「いいです、もう。犯人が分かったところで、蒸し返すのは精神的に疲れますし」
それに雪村さんは、この件で大きなものを失った。何もしなければ今頃、新実さんの隣で幸せな結婚生活をスタートさせることができたはずなのに。
だけど、同情はしない。彼女の気持ちを、新実さんに伝えてあげたりもしない。自分で蒔いた種は、自分で回収しないと。
「汐里」
煙草の火を消した新実さんが、改まったように私の名前を呼んだ。それから体を真っすぐこちらに向けて頭を下げる。