「がんのママをささえ隊」女性医師 企画のきっかけは後輩の死
それはすばらしいことですが、ときに医者のほうが頑張りすぎて、患者さんの意思や家族と向き合う時間を優先できなくなったりして」
個室や特別な場所を除き、感染症予防の名目で幼い子どもの「病室への立入り禁止」を掲げる病院も多い。愛するわが子と会えず、ひとり病室で苦闘するママを見るたびに、やりきれない思いが募った。だからこそ、「麻央さんは、光だった」と言う。
「彼女と同じにはなれなくても、がんのママが、子どもへの愛情を伝えられるお手伝いをしたい。母と子の絆がつながり続けるための橋を架けたかったんです」
だが、大学病院でのポジションは医員という、いちばん下の職制。乳腺外科医としてもこれから修業を積んでいこうという若手医師だ。病院内で患者のための活動を立ち上げるには時間がかかる。既存の組織内で新しいチャレンジは難しい。
ならば、別の立場を作ってボランティアでサポートすればいいと切り替えた。それが「ささえ隊」だ。
「こう見えて私、猪突猛進のところがあるんです」
涼やかな笑顔を引き締めて、キリリと言った。
金城さんは’79年5月、福岡市東区で2人きょうだいの長女として生まれた。