無印良品で商品企画&デザインを13年間務められ、現在は東京都小金井市を中心に整理収納作業や講座をおこなっている人気インスタグラマーであり、整理収納アドバイザーの水谷妙子(@monotokazoku)さんが、無印良品の「帆布バスケット」を紹介してくれました。 トイレ収納にピッタリな「帆布バスケット」 トイレ収納って、奥行きがなく、しかも高い位置にある場合が多いですよね。 私が使っているのは無印良品の「持ち手付帆布長方形バスケット・スリム・中」です。サイズは幅37×奥行18.5cm×高さ16cmです。掃除用品のように細々しているもの、生理用品のようにちょっと隠したいものの収納にピッタリです。 使わないときはコンパクトに! 持ち手がついていることと、帆布の内側&底面にコーティング加工がされているのが特徴です。使わないときはコンパクトになるのも魅力!普通の帆布より厚めになっているので自立します。 お子さんのいるご家庭にも◎ 細かいものを収納する場合は、中身が混ざらないように仕切りを入れると便利です。仕切りは、同じく無印良品の「メイクボックス」 がオススメです。わが家では、「1/2横ハーフ」2個と、同じ底面積の「蓋付・小」を入れて、トイレブラシのシャットの替えを入れています。結構洗剤の匂いが強いので……(それでも匂いますが)。 トイレ収納以外にも、赤ちゃんのお世話グッズや、おもちゃなどを入れるにも便利な「帆布バスケット」。お子さんのいるご家庭でも役立つこと間違いなしですね! この投稿をInstagramで見る 水谷妙子/整理収納アドバイザーさん(@monotokazoku)がシェアした投稿 - 2019年 4月月18日午前5時08分PDT 著者:水谷妙子/整理収納アドバイザー無印良品で商品企画&デザインを13年間務める。手がけた商品は500点以上。調べた他社商品は5,000点以上。2018年「ものとかぞく」を立ち上げる。現在、東京都小金井市を中心に、整理収納作業や講座を行う。夫と6歳・4歳・1歳の5人暮らし。Instagram:@monotokazoku※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
2019年05月30日こんにちは。整理収納アドバイザーのmiii です。2人の男の子の母でもあります。よく使うものを出し入れしやすいところに収納するなど、ちょっとしたコツで散らからない部屋を作る収納ワザを紹介します。今回は料理しやすくて、時短にもなるキッチンの引き出し収納についてお話しします。 調味料は透明ケースに入れて中身が見える収納に 調味料は料理のしやすさを考えて、カップボードの真ん中の引き出しに。何が入っているのか一目瞭然の透明ケースに入れて、さらにラベリングもしています。ふたを開けなくても中身が見えるので、ずぼらな私にぴったりの収納です。残量もわかるので買い足しのタイミングもすぐにつかめます。麦茶パックやかつおぶし、こんぶ、のりなどの大きめのものは、セリアで買ったふたが自立するケースに。紅茶や緑茶、ごま、あごだし、わかめ、ローリエ、塩昆布など小さいものなどはキャンドゥの四角いガラス瓶に入れています。 粉物はダニと湿気対策のため冷凍保存 小麦粉、パン粉、コンソメ、コーヒーなどの粉物はダニと湿気対策のため、冷凍庫に入れています。今までは冷蔵保存していたのですが、わが家の場合は冷凍庫のほうが余裕があったので冷凍保存に向いているものは冷凍庫へ。とくに挽いたコーヒーは冷凍庫に入れると風味が長持ちすると聞いたので入れています。そのほかの調味料は冷凍庫、冷蔵庫には入れていません。本当は入れたいと思うのですが、わが家の冷蔵庫は古いし大きくないので調味料まで入れる余裕がありません。そのかわり、食品用の珪藻土の#ドライングブロックを瓶の中に入れています。すでに湿気を帯びて固まってしまったものもサラサラになるそうです。 カトラリーは毎日使う一軍でまとめる カップボード収納の一番上の引き出しには、カトラリーやピーラー、はさみなどを入れています。ケースは無印のものです。 以前はおはし、フォーク、スプーンなど種類で分けてケースに入れていて、食事のたびにそれぞれの種類から家族4人分のカトラリーを集めなくてはなりませんでした。ある日、ふと効率が悪いことに気づき、今はよく使う一軍のケースを一つ決めて、大人のおはし、子どもたちのフォーク、スプーン、長男のおはしを入れています。 一軍をカトラリーケースの上段の右端の1カ所にまとめて収納することで、ガッと一掴みで取れてラクチン!これだけで食事の用意がずいぶん時短になりました。ちなみにトレーはニトリのもの。上の段がスライドできるので、わが家の大きくない、深さもない引き出しで大活躍しています。 ふたを開けなくても中身が見える収納にする、家族分のカトラリーが一度で取り出せるよう一つにまとめるなど、ちょっとした工夫で食事の用意がラクに時短になります。ぜひ、紹介した収納を参考にして自分の家に合った収納を見つけてくださいね。著者:miii整理収納アドバイザー。アロマ検定1級。Instagramではインテリアと収納に投稿が人気で、フォロワー約1万4千人を持つ。2人の男の子のママ。 ※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
2019年05月23日こんにちは。整理収納アドバイザーのmiii です。2人の男の子の母でもあります。よく使うものを出し入れしやすいところに収納するなど、ちょっとしたコツで散らからない部屋を作る収納ワザを紹介します。今回はごちゃごちゃしてしまいがちなアクセサリーの収納についてお話しします。 普段使いと大事なものは分けて収納 私はアクセサリーが好きでたくさん持っているのですが、今まで家の中でピアスやネックレスなどのアクセサリーをよく行方不明にしていました。また、育児や仕事、家事に忙しい毎日の中でもアクセサリーを取り出すのに時間をかけたくないという思いもありました。 そこで、何が入っているのか一目でわかり、取り出しやすくするため、アクセサリーは普段使いの良く使うものと、大事なものであまり使わないものは別の場所に収納するようにしました。 普段使いのものは洗面台横にひょいと壁かけ 普段使いのものやその季節によく使うものは、一時置き場として洗面台の横の壁を使って収納しています。大きめの網目がついた額縁のようなものにピアスやネックレスをひょいと引っ掛けるだけなのでしまうのも取り出すのも手軽です。 以前は戸棚の中にしまったり、ガラスのお皿に置いたりしていたこともありました。でも、この壁掛けが一番ほこりがたまらず、何があるか一目瞭然で使いやすいです。子どもの手が届かないので安心して使うことができます。 この額縁のようなものはアクセサリーの収納用ではなく、#eastsidetokyoというお店で売っているハンドメイドの材料で、500円くらいで買ったものです。 大事なものはアクセサリーケースに入れて寝室に 季節に合わないものや大事なアクセサリーは、頻繁に取り出す必要がないので無印の「重なるアクリルケース」に入れて寝室に置いています。ケースの中には、別売りの「アクリルケース用・ベロア内箱仕切」の格子やネックレス用などを入れて、一つひとつのアクセサリーが見やすいように収納しています。 普段使いのものと大事なものを分けることで、アクセサリーがさっと取り出せて、しまいやすくなります。アクセサリーが行方不明になることも少なくなりましたよ。ぜひ、参考にしてくださいね! 著者:miii整理収納アドバイザー。アロマ検定1級。Instagramではインテリアと収納に投稿が人気で、フォロワー約1万4千人を持つ。2人の男の子のママ。 ※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
2019年05月21日空まで飛んで行きたいな小さい子向けの箱ブランコが窮屈になってきたサンちゃん。大きい子向けのブランコに乗ってみるも、なかなか姿勢を保って乗り続けることが難しい様子で、すぐずり落ちてしまうから、お腹をのせてユラユラしていたり。やっぱり、ビュンビュン勢いよく揺らせる、いつものブランコが楽しいよね…。そんなサンちゃんをそっと見守る大きい子向けのブランコくんがいました。果たしてサンちゃんとブランコくんは仲良しになれるのでしょうか…?Upload By たなか れもんUpload By たなか れもんUpload By たなか れもんサンちゃんはこれくらいのことではへこたれないよ!これからもよろしくね、ブランコくん。
2019年05月20日自閉症の長男が10歳になった年に、小さな妹が誕生しました。年が近い上の妹と双子のように育ってきた長男にとって、小さな妹は初めて「自分が守ってあげたい」と思う存在でした。 今回は、下の子の誕生によって長男に初めての感情が生まれたこと、その感情が大きな成長につながり、兄妹の絆が深まったエピソードを紹介します。 年の近い妹に依存していた自閉症の長男わが家の長男に障害があることを知ったのは、長女が生まれてすぐの2歳のころ。年齢相応のことが難しく、幼いころから兄妹は双子のように育ってきました。しかし、成長とともに長女が長男を追い越すことが増え、気が付けば兄妹の関係はすっかり逆転! 「しっかり者の妹に甘える兄」。それが当たり前になり、ますます自立から遠のいていく長男の将来を親として不安に感じていました。そんななか、わが家に新しい家族が誕生したのです。 「お兄ちゃんが守ってあげるよ」家族全員立ち会いのもと生まれたのは、とても元気な女の子。8歳の長女は、待望の妹だったため大喜びでした。しかし、10歳の長男は、どうしていいのかわからず戸惑っている様子。 うれしいけれどうまく言葉にできない長男に、「あなたの妹よ」と声をかけると、少し考えて生まれたての妹にこう話しかけました。「はじめまして、赤ちゃん。これからお兄ちゃんが守ってあげるよ」。長男が初めて自分から誰かを守りたいと思った瞬間だと感じました。 次女の誕生で深まった兄妹の絆次女が生まれてから、長男は立派なお兄ちゃんになろうと一生懸命でした。そんな兄の姿を見た長女は、自然と長男を兄として頼ることが増えてきたのです。もちろんうまくいかないこともたくさんありましたが、小さな妹にとって、自慢のお兄ちゃんになりたかったのだと思います。「これは俺にまかせて!」そう言って、何度失敗してもめげずに、2人の妹を引っ張っていこうとする姿を見せてくれるようになりました。 長男の障害のことがあり、長い間、3人目の子ども産む勇気が持てませんでした。しかし、小さな妹の誕生が兄妹みんなにいい変化をもたらしてくれたことで、改めて「勇気を出して産んでよかった!」と思えました。これからも兄妹3人がなかよく育ってくれることを願っています。著者:戸塚麻心発達障害のある長男、長女、年の離れた次女の三児の母。保育園・アパレルなど幅広い業種を経験し、結婚・出産。子育て中に2級FP技能士を取得し、コンサル会社に勤務。現在は不定期でアシスタント業務をしながら記事を執筆中。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。
2019年05月04日認知度が上がり、世間の理解が深まりつつある、発達障害。ですが、まだまだネガティブな受け取り方をされることが多く、発達障害の子を持つ親として、ちょっとだけ残念な思いを抱いていました。そんなモヤモヤを解決してくれたのが、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授である本田秀夫先生の著書 『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』 でした。第2回のインタビューでは、本田先生が考える「療育の本当の意味とは?」についておうかがいします。お話をうかがったのは…本田秀夫(ほんだ・ひでお)先生信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事精神科医師。医学博士。1988年、東京大学医学部医学科を卒業。東京大学医学部附属病院、国立精神・神経センター武蔵病院を経て、横浜市総合リハビリテーションセンターで20年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。発達障害に関する学術論文多数。英国で発行されている自閉症の学術専門誌『Autism』の編集委員。2011年、山梨県立こころの発達総合支援センターの初代所長に就任。2014年より現職。日本自閉症協会理事、日本自閉症スペクトラム学会常任理事、日本児童青年精神医学会代議員。■発達障害「早期発見・早期療育は子どもではなく親のため?」―― 前回 、親が早期に子どもの特性を知っておくことの重要性を教えてもらいましたが、早期発見は早期療育の効果へとつながるのでしょうか? よく、療育を始めるのは早ければ早いほど良いなどと言われますが…。本田秀夫先生(以下、本田先生):僕は、絶対そういうことは言わないようにしています。――なんと…(驚)。そういったお話も聞いたことがありますが、臨床の現場で約30年、幼児期から成人期まで一貫して診てきた先生がそうおっしゃるのは、また違った重みを感じます。本田先生:そもそも早期に発見される子の方が、大人になった時の障害は重いのですよ。なぜなら、症状が重い子の方が早く発見されるから。症状が軽くて、知的障害がない発達障害の場合は、就学時健診でもわからないことも多いのです。ですから、早く発見された人ほど良くなるというのは正確ではありません。――確かに…。本田先生:でも、僕は早期発見・早期療育を推進しています。理由はただ一つ、親御さんの認識を変え、親御さんが学ぶチャンスが早くなる、ということです。実は僕、子どもを療育しているフリをして、親の認識を変えることこそが療育だと思っていますから。つまり、子どもをどうこう療育するというより、親がコペルニクス的に認識を変えられるかどうかが非常に大事なのです。――深いお話…。本田先生:早期に親御さんがわが子の特性を知れば、対処法を学ぶこともできます。例えば、たびたびパニックを起こすようなお子さんだと、親御さんは疲弊してしまいますよね。でも、これを防ぐのは意外と簡単で、パニックを起こしたくなるような刺激を与えなければいいのです。例えば、子どもが好きなことをやっている最中に止めさせようとするとパニックを起こすということがわかれば、大好きなことはある程度切りのよいところまでやらせて次の活動に切り替えさせればよいわけです。ほかの子が近づくとたたいてしまう場合は、ほかの子が近くにきたら、その間に親御さんがスッと割って入って、その子の手が届かないようにすればいい。知っていれば未然に防げるけれど、知らないと結局、親子ともども嫌な思いを重ねることになってしまいます。■「療育でグレーは白にならない」子どもファーストの環境を――親への効果はよくわかりましたが、子どもにとっては本当に効果がないのでしょうか?本田先生:私たちの療育では、基本的に子どもファーストで考えてプログラムを組みます。例えば、一般の子育てなら、2歳の子どもに箸を使う練習はさせませんよね? 2歳くらいならスプーンを使ったり、大人がフォローしてあげればいいわけです。それが、成長につれて箸を使うようになったり、だんだん変わっていくのですが、そのペースが発達障害の子たちはほかの子と違います。ですから、今何を教えたらその子に身につくのかということを、一人ひとり厳密に考えていきます。そうして子どもに合った環境やプログラムを整えてあげれば、情緒的に安定して、活動に意欲的に取り組め、子どもも伸びると思いますよ。――ということは…? と、親はつい期待してしまいますが。本田先生:ただし、ここで一つ注意が必要です。親御さんは「療育で子どもが良くなった! このままいけば治るのでは…?」と思ってしまいがちですが、子どもが良い状態にあるのは、こちら側が相当に配慮した環境だからであり、環境が変われば元の木阿弥です。前回も言いましたが、「グレーとは 白ではなくて 薄い黒」ですから。特性そのものは消えません。ですから、そこまで伝えるために、僕たちの療育では親御さんにも時々参加してもらって、どういう状態だったら子どもが落ち着いた良い状態になるのかを学んでもらうようにしています。■発達障害「どのような大人になるかは、親の育て方次第」――いかに子どもを取り巻く環境が大事か、ということなのですね。本田先生:そうです。発達障害というのは、もともともの原因は育て方のせいでなるわけではないのですが、「どのような大人になるのかは、育て方次第」と僕は思っています。例えば、背が低いことで悩んでいる人がいるとして、「別にいいじゃん」と言ってもらえるのと、「このままじゃヤバいよ! 早くなんとかしないと!」と言われるのでは、本人の受け取る印象はずいぶん変わってきますよね。それと同じで、親御さんがなんとか子どもの苦手を克服させたい、平均にそろえたいと思えば思うほど、克服できない部分が残った時に、子どもは親の期待に応えられない自分を責めてしまうのです。否定的な雰囲気の中で育つと、自己肯定感も低くなりますし、さらに責めたてられるような雰囲気の中で育つと、抑うつ的になってしまったり、逆に、自己防衛する意味で攻撃的な性格になってしまう危険性があります。――確かに…。でも、親は、わが子に対して「こう育ってほしい」という理想を持ってしまうものなのかもしれません。良かれと思って、つい…(苦笑)。本田先生:申し訳ないけれど、いかに親の価値観や考え方をリセットできるかが大事なのです。難しいかもしれませんが、先に理念を変えるというより、実践しながらの方が価値観は変わりやすいと思いますよ。どんな時に子どもが情緒的に不安定になって、どんな時に落ち着いているのか、その両方の状況の違いがわかれば、だんだんと親御さんのとらわれが溶けていくと思います。そのプロセスをなるべく幼児期のうちに通過しておくと、学校に入ってからが楽になると思います。――学童期になると、別の難しさが発生するのでしょうか?本田先生:学校に入ると、親御さんだけではなく先生の中にも「学校ではこういう子どもを育てるべき」という考えを持つ人がいるので、子どもは、家でも学校でも問題児というレッテルを貼られてしまう危険性があります。子どもがトラブルを起こして、先生に怒られて、親御さんも学校から「家庭のしつけが悪い」などと責められて心が病んでしまったり…。そうなってからですと、非常に対応が難しくなります。――確かに…。自由な幼児期と違って、学校では勉強が始まるので、クラスの雰囲気を乱すような子に対して、先生だけはなく保護者の目も厳しくなるように感じます。本田先生:実際のところ、文部科学省の発表では、通常学級の生徒の中になんらかの発達障害を持つ子が6.5%いるということですからね。クラスに必ず数名はいるということになります。早いうちに子どもの特性を理解して、周囲にきちんと説明できるような親御さんが増えて、そういう子がいるのがむしろ当たり前、という雰囲気になってきたらよいですよね。そして、学校もそういう子がいるという前提で、活動内容を組み立てるのが、当たり前になってほしいと思います。社会集団には、個性の凸凹がある程度存在します。「よくある個性」と認める範囲が広い集団では、「少数派」の人がそれほど目立たなくなります。発達障害の人も、その他のさまざまな個性がある人も、それぞれが自分のことをよく理解し、それが自分の普通だと思って生きていけるような社会が、本来あるべき社会の姿だと、僕は思っています。今回のお話や本を通して、いろいろな普通があることを、多くの人に理解してもらえればと思います。もし、わが子の発達に不安を感じている方や、すでに子どもが発達障害と診断され悩んでいる方がいたら、ぜひ一度、本田先生の著書を手に取ってほしいと思います。本を読む前と読んだ後では、きっと発達障害への印象がガラリと変わることでしょう。もちろん、そんな気持ちの部分だけではなく、「発達障害とはどんな障害か」ということもわかりやすく解説し、具体的な環境設定や支援方法まで紹介してあり、発達障害への理解と対応力が一段と深まることと思います。「どのような大人になるかは育て方次第」――その言葉に改めて、発達障害児の子育てにおける、親の役割の重要さを感じた取材でした。参考図書: 『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』 (SBクリエイティブ)精神科医として30年以上、臨床経験の大半を発達障害の診療に費やし、乳幼児から成人まで、さまざまなライフステージの方たちによりそってきた、本田秀夫医師による著書。発達障害とは、なんらかの機能や能力が劣っているのではなく、「病気」というよりも、「選好性の偏り」と考えるほうが、ずっと当事者の理解に役立つ。そんな視点から発達障害を理解し、発達障害の人の行動や心理、支援の方法までをわかりやすく解説。まちとこ出版社N
2019年04月02日自閉症の長男と、定型発達の次男。わが家の「翌日の準備」風景わが家の双子の息子たちは、4月から小学5年生になります。今思うと、これまで本当にあっという間でした。子どもたちが低学年のころ、私は毎晩2人のかばんの中身を点検していました。Upload By シュウママ定型発達の次男の場合、低学年のうちは先生が翌日の予定を細かく板書してくれていたようで、連絡帳を見れば次の日の必要なものがすぐわかりました。私は、連絡帳を確認して「あれを持っていって」「これを忘れないで」と次男に指示していました。そして自閉症の長男の場合は、連絡帳を見ながら私が必要なものを準備していました。中学年になってくると、次男は「習字の墨汁がないから補充してほしい。それから明日は4時間授業で、給食はないよ」というように、必要なことや予定など自分から私に伝えてくれるようになりました。しかし長男の方はまったく変わらず、今日あった出来事も明日の予定も、自分から教えてくれることはなかったのです。Upload By シュウママ明日は6年生の卒業式。連絡帳をチェックしていたら...。つい先日、6年生が卒業式を迎える日の前夜のこと。私は、いつものように長男の連絡帳を確認していました。「明日は、在校生はモノトーンの服で登校してください」という先生からのコメントを読み、それに合った洋服を出していたところ、長男が横から連絡帳を覗き込んできました。そして何を思ったか、私の服の袖をぐいぐい引っ張るのです。Upload By シュウママ母の袖をつかみ、長男が何度も繰り返した言葉「どうしたの?」と聞くと、長男は切羽詰った表情で繰り返しこう言いました。Upload By シュウママ「何のこと?」と思った私が首をかしげていると、長男はいら立ったように再び「あした、おべんとう!あした、おべんとう!」と大きな声で言いました。その瞬間「あっ!」と思い、私はあわてて学校から配布されている1週間の行事予定表を確認しました。すると…そこには、こう書かれていたのです。Upload By シュウママ前日の連絡帳には書かれていなかったけれど、1週間の行事予定にははっきり「お弁当が必要」だと書いてある!きちんと確認していなかった!私は大慌てで炊飯器のタイマーを設定し、冷蔵庫の中身を確認しました。大丈夫、お弁当の材料はある...。ほっとして振り返ると、長男がにんまり笑っていました。ゆっくりかもしれない。でも、確実に成長しているんだね「明日、お弁当の日だったんだね。教えてくれてありがとうね。ママ、忘れてたよ。」そう言うと、長男はうれしそうにどや顔をしていました。Upload By シュウママおそらく先生から、「明日はお弁当ですよ。おうちの人に伝えてね」などと言われていたのでしょう。それを長男は覚えていて、きちんと伝えてくれたのです。長男が学校からの連絡事項を教えてくれたのは、初めてのことでした。長男も、もうすぐ5年生。小さな成長が見えて、なんだかとてもうれしい1日でした。
2019年03月29日見知らぬ土地での、初めての子育て私は結婚してすぐに夫の転勤で引越し、実家から離れた土地で娘を育てていました。そこは社宅が多く、私のように実家が遠かったり、パパの帰りが遅かったりして、ワンオペ育児をしている家庭が多い地域でした。娘が1歳の頃、私は公園で知り合ったママ友と仲良くなり、お互いの家を行き来して過ごしていました。この頃の娘は同世代の子どもと一緒にごっこ遊びなどはせず、いつもマイペースに遊んでいました。それでも皆と同じ空間にいることを嫌がる様子はなく、気が向けば遊びに参加したりして、本人はそれなりに楽しんでいるようでした。2歳頃になると、私はママ友に誘われて、地元の子育てサークルが主催する読み聞かせの会や、自治体主催の親子体操、工作教室などに行くようになりました。お友達が楽しそうに参加する中、娘は何度通っても部屋の端っこに隠れたり、外に出ようとしたりして、活動に加わろうとしませんでした。音楽教室の無料体験レッスンに参加させてみると…?出典 : そんなある日のこと。友達に誘われて、音楽教室の無料体験レッスンに行ってみました。講師の先生は、並べられたタンバリンや鈴などの楽器を“順番に”鳴らしていくよう口頭で指示しましたが、娘にはそれが理解できませんでした。そして先生に「お嬢さんには、こちらの教室は無理のようですね」と入会を断られたのです。どうしても入会したいという気持ちはなく、友達に誘われて「無料お試しキャンペーン中だし、楽しめたら良いなぁ」くらいの軽いノリで参加したとはいえ、この言葉に私は大きなショックを受けました。親子の“居場所”を探し求めた日々その後も私は、親子で楽しめる場所はないかと児童館や保育園の園庭開放、短期保育体験、プレ幼稚園など、娘と一緒にいろいろなところに行って相談しました。ですがなかなか、居場所は見つかりませんでした。ある時、自治体の相談窓口で「子どもの発達の相談に乗ってくれるところが最近できたんですよ。よかったらそちらに電話してみてはいかがですか?」と、ある施設で行われている親子教室を紹介されました。そこは今でいういわゆる「療育センター」だったのですが、名称に「療育」の文字もなく(そもそも当時私は「療育」という言葉も知りませんでした)、私は「娘と一緒に体を動かしたり遊んだりできる場所があるなんて、ラッキー!」という気持ちで電話をしました。その親子教室に見学に行った時、娘は一瞬入室を一躊躇しましたが、実際に体験してみると、そこはやはり娘にぴったりの場所でした。嬉しいことがいっぱい。できることがいっぱい。仲間がいっぱい。私は娘が興味を持つ絵本や紙芝居、遊びや体操など、たくさんのことを知りました。毎回楽しく過ごせる上に、そこでおむつ外れもスプーンの使い方も無理なく身につけられたことを、本当に嬉しく思いました。娘と一緒に帰省した時の出来事私と娘が実家に帰省していたある時、親戚から食事に誘われました。キッズコーナーのないレストランでの食事は、娘にはまだ無理ではないかと躊躇したのですが、「せっかく久しぶりに地元に帰ってきたんだから、いらっしゃいよ。個室だし、同じくらいの年の子も来るから大丈夫。身内の集まりなんだから、もし子どもがぐずっても誰も気にしないわよ。」と言われ、私は娘を連れて行くことにしました。ところが、いざ行ってみるとそこはホテルで、個室といってもホールをパーテーションで仕切っただけの、円卓を並べた会場でした。娘が食べられるメニューも少なく、遊ぶものもほとんどありません。同じくらいの子どもといっても、年上の子どもが1人だけ。娘は徐々にむずがり始めましたが、他の利用客もいるので、ロビーに出て遊ぶこともできません。ある程度覚悟していた私は、自分の食事もそこそこに、会場の隅で娘の遊び相手に専念しました。そして食事会が終わるまでの2時間を、親子教室で身につけたスキルをフル稼働して何とか乗り切ったのでした。親戚からの電話で言われた、きつい一言実家から自宅に戻ったある日、食事会を企画した親戚から電話がありました。そしてこんなことを言われたのです。Upload By 荒木まち子私は言葉に詰まりまりながらも「娘については関係各所に相談などもしているし、やれることはやっています。」とだけ言って電話を切りました。実はこの頃、娘は医師から“自閉傾向”と言われていました。遠くに住む親戚、しかも数年に1度しか会わないその人は、普段の私たちの様子を知りません。医師でも支援者でない相手の言葉を気にする必要はなかったかもしれません。でも、私の心は深くえぐられました。それが子育ての先輩としての“親切心”で発した言葉だったとしても、私にはとてもきつい言葉でした。一人で抱えきれないショックと悲しみでいっぱいになった私は、親子教室の先生に電話をしました。「帰省した時、親戚に『あなたの子は施設に入れた方がいい』と言われました。娘はすぐにどこかの施設に入れなければならないほどなのでしょうか?」話をしている途中で何度も言葉に詰まってしまったので、私が泣いていることは気づいていたでしょう。でも、先生はじっと話を聞いてくれました。そして穏やかにこう言ったのです。「ここも“施設”なんですけどね。」私たちにとって、親子教室はどんな存在だったのか今思えば、親子教室で行っていた遊びや体操は、療育そのものでした。例えば、教室の時間中は、子どもが勝手に開けて出て行かないように、ドアには「×」マークの紙が貼られていました。口頭で「部屋の中で過ごします」「一人で外に行きません」と言うだけでなく、視覚的にも分かりやすい工夫がされていたのです。また、親子教室は、子ども達がおのおの好きなおもちゃ遊びを堪能した後に始まるのですが、そのためにおもちゃを片づける時も、次の「楽しいこと」に向けて見通しを持たせたうえで、親子で一緒に片づけをしていましたし、片づけが済んだらサッとおもちゃの棚を布で目隠しして、子ども達が次の活動に集中できるような工夫がされていました。始まりの会では、ピアノに合わせて名前を呼びます。子どもが返事をできると、自然と先生や参加している親子から拍手が沸き起こりました。昔ながらの童謡に合わせた親子体操では、普段は抱っこや手つなぎを嫌う子どもたちと自然に触れ合うことができました。紙芝居は、『じゃあじゃあびりびり』や『もこもこもこ』など、物語重視というよりも視覚優位の子どもの興味を引くものを中心に選ばれていました。先生は私が娘の行動への対応に困った時、さり気なくフォローをしてくれました。でも決して、「こうした方がいい」とか「こうしなければならない」などと言うことはありませんでした。だから私はプレッシャーを感じることなく、自分のできる範囲で先生のすることをまねたりしていました。親子教室で行われていることや工夫には、障害のある子どもとの接し方に悩む親へのヒントがたくさんありました。また、それだけでなく、教室ですごす時間は、純粋に親子で楽しく過ごせ、悩みを相談でき、元気をもらい、笑顔になれる、かけがえのないものでした。私が「療育」という言葉を知らなかったためか、はたまた大らかな土地柄のせいもあったのか、そこにはいつも穏やかな空気が流れていて、ほんわかしていました。通っている他の保護者も皆気負うことなく、お互いの子どもの成長を喜び合う優しい雰囲気がありました。子育てサークルや音楽教室、親戚との食事会…そこでは気をつかったり、落ち着かなかったりして、穏やかな気持ちで娘と接することができませんでした。ですが、親子教室では、自然と笑顔になれました。私にとって、療育センターの親子教室で過ごすひとときは、“外”の世界で傷ついた心を癒すオアシスだったのです。ひとしきり泣いたら、前へ進める親戚の言葉に傷つき「遠くの親戚よりも近くの他人」を実感した私。この経験をもとに、「障害の話はとてもデリケート。私は相手から求められない限り、自分の意見は言わないようにしよう」と心に決めました。とても辛かったけれど、そうやって気持ちを切り替えて前に進めたのは、やはり近くに「プロフェッショナルな理解者」の存在があったからだと思います。娘が小さい頃、私は本当によく泣いていました。年を重ね、心も体も(?)図太くなった今。振り返ると、あの頃は怒り、落ち込み、喜びなどのさまざまな感情すべてをひっくるめて、大きく見守られていたように思います。療育センターの親子教室で、私も娘と一緒に育ててもらったのだと感じています。
2019年03月25日ご飯が熱い!癇癪をおこした長男ある日、夕飯を食べていたときのことです。炊きたてのご飯をほおばった長男は、思いのほか熱かったのでしょうか。私が目を離したすきに、あろうことかご飯の入った茶碗をテーブルにひっくり返しました。Upload By シュウママ振り返ると、長男は怒ったような顔をしながら固まっていました。長男は、癇癪をおこすとよく物に当たります。やってしまった直後はだいたい硬直しています。衝動的に動いてしまって、後で反省するというのがパターンですが、そもそもひっくり返しちゃダメです。私は長男に向き合って叱ろうとしました。叱ろうとした瞬間、長男が発したひとことすると長男は大きな声で言いました。Upload By シュウママ私は一瞬耳を疑いました。先に食べ終わって本を読んでいた次男も一瞬意味がわからず、ぽかんとしていましたが「いや、オイラやってないし」と抗議しました。ところが長男はさらに「おとうとくん、やったねえ」と言うではありませんか。一度ならず二度までも…。バレバレではあるものの長男が初めて嘘をついたのです。初めての嘘に感心…している場合じゃなかった!そのとき、私が一瞬思ったのは、「嘘をつけるようになるなんて、成長したな…!」でした。ついこの間まで、単語もろくに言えなかった長男が、自分の行為について考えを巡らせ、自分を守ろうと言葉を選んで話したということが、なにか感慨深かったのです。イヤイヤ!もちろん、自分を守るためとはいえ、他の人がやったことにするのは、ついてはいけない嘘です。ここはきちんと説明して叱らなければいけません。けれど説明して長男に伝わるだろうか…?どうやったらわかってもらえるだろうか…。そう考えたとき、ふとある考えを思いつきました。どうやって「それはダメ」を伝える?私は次男にこっそり耳打ちしました。Upload By シュウママ私が作戦を説明すると次男もノリノリで参加してくれました。そして、私は次男に向かって「ご飯をひっくり返すなんて、なんてことするんだ!」と言って次男を叱っているふりをしました。「えーん。オイラやってないよ」と次男が泣き真似をしても「嘘だ。認めてちゃんと謝るんだ!」と、続けて怒りながら横目で長男の反応をうかがいました。Upload By シュウママ効果てきめん!反省した長男すると長男は自分がついた嘘で弟が理不尽に怒られている…という状況を理解できたのでしょうか。口を開けてすくみあがっています。Upload By シュウママ私は長男の方に向き直り「茶碗ひっくり返した人は誰?」と聞きました。すると長男は泣きながら手を挙げました。Upload By シュウママ十分反省しているように見えました。「嘘をついたらいけないよ」と私が言うと、長男はこくりと頷きました。その日以来、長男が自分でやったことを次男のせいにしたことはありません。子どもの心や言葉の表現力が成長していくことはとても幸せなことです。けれど、発達障害であってもそうでなくても、悪知恵も同時に育っていくので、気をつけていかないとな…と思った出来事でした。
2019年02月28日アンジェでも定番的人気の「tower(タワー)」シリーズ。「tower」といえば、キッチン、バスルーム、リビング…と暮らしを便利に変えてくれる生活雑貨ブランド。みなさんの暮らしでも、すでにひっそり定着しているものがあるのでは? 家庭用品の枠を超えた、高いインテリア性と機能美が人気です。今回は、私の家事を助けてくれている本当に使える「tower」商品6選をご紹介。01スリムコートハンガー以前にも「日々のコラム」でご紹介した、スリムコートハンガー。⇒ 「後で片づけよう」は卒業! 散らからない「導線づくり」のコツ 商品が手元に届いて、組み立ててからというもの、もうずっと手放せなくなっている愛用品。ダイニングのそばに置いて、アイロンがけのお供に。立ってアイロン派の私には、Yシャツの一時置き場所として欠かせない存在になっています。ダイニングテーブルに板状のアイロン台を置いて、きれいになったYシャツをここに掛ける。憧れだった家事コーナーを即席で叶えてくれた自慢のアイテムです。ダイニングはクリスマスやお誕生日の飾り付けをするスペースにもなっているので、イベント時にはひょいっと持ち上げて別のところへ。簡単に移動できるのも、長く愛用している大きなポイント。⇒ towerスリムコートハンガー 02マグネットバスルームフックバスルームの掃除をラクにするために、じめじめした環境の中で、極力衛生面にこだわりたどり着いた収納法がコチラ。お風呂掃除に使うスポンジとブラシをtowerのマグネットバスルームフックに。実は、バスルームの壁はマグネットがつくようになっているものが多く、すぐに落ちてしまう吸盤タイプよりマグネットタイプのものがオススメ。マグネットフックをピタッと取り付ければ、収納スペースのないバスルームも、掃除道具の収納スペースを簡単につくることができます。掃除をラクにするポイントは、敢えて水受けトレイのない場所に設置すること。浮かせて収納することで、ヌメヌメ掃除の手間を省きます。自己流に高さをカスタマイズできるというのもいいですよね。⇒ towerマグネットバスルームフック/タワー 03ダンボールストッカーネットショッピングが主流のわが家では、段ボールの保管にもしっかり定位置があります。処分すると決まっているものなので、玄関に近いシューズクロークにダンボールストッカーを設置。リビングにダンボールを持ち込むことなくゴミの日まで保管しています。キャスター付きなので、コロコロと引き出してほうきをかけやすいというのも、私にとって重要なポイント。「このまま紐を通して束ね、スムーズにゴミ出しができる」というのがウリですが、もっと家事の手間を省きたい私は、最初からダンボールストッカーに紙袋をセット。ここにダンボールを差し込んでいけば、ゴミの日に紙袋ごと持って行くだけでOK。子供のお手伝いにしてお願いしています。家族と役割分担して、家事を助けてもらう私の戦略にぴったりなのです。※お住まいの地区のごみ出しルールをご確認くださいね。⇒ towerダンボールストッカー/タワー 04排気口カバー大掃除の度に気になっていたコンロの排気口。ギトギト汚れを見て何とかならないものかと思っていました。そこで試したのが、tower排水口カバー。スタイリッシュなこれを置いておくだけで、油跳ねや、排水口にゴミが落ちるのを防ぐことができるのです。長さが自由に調整できて、簡単に丸洗いできる優れもの。毎日の掃除はサッと拭いて、大掃除まで汚れをため込みません。大掃除の苦手項目が減ったと思うと、嬉しいお買い物ですよね。調味料を置けるタイプのものもありますが、私は掃除をしなくなりがちなので、敢えてモノが置けない斜面タイプを。⇒ tower排気口カバー/タワー 05 吸盤ドライフック子供たちが食欲旺盛になるにつれ、お料理の品数も増えてきたこの頃。大きなお鍋を使うことが増えてきたせいか、シンクが狭く感じるように。以前から使っていた、ステンレス製のスポンジ置きを外してみると、シンクが広々して使いやすい印象になったので、これは!と思い、すぐにtowerを検索して、吸盤ドライフックをスポンジホルダーに。シンクは広々、スポンジの定位置がはっきりし、スポンジをいくつも置かなくなりました。2個セットなので、もう一つは洗面所に。スポンジを浮かせるように設置して、気づいた時ににサッと掃除するようにしています。掃除道具を掃除したい場所の近くに設置しておくことで、毎日の掃除に手が伸びるように。⇒ tower吸盤ドライフック/タワー 06キッチンスチールコの字ラックL食器棚は種類の違うお皿を積み重ねないことで、家事効率をupすることができます。コの字ラックで収納スペースを増やし、アイテム別に取り出しやすく分けておけば、片手でスムーズに家事ができるように。取り出しやすく、片づけやすくなります。いろいろ試してみたけれど、towerのコの字ラックの良いところは、スチール製のずっしりとした安定感。大きなお皿も安心してスタッキングできます。取り出しやすそうで、スッと手を伸ばしたくなるでしょう?Lサイズは奥行も22㎝とたっぷりなので、カウンターにコーヒーメーカーなどを置くのにも便利そう。⇒ towerキッチンスチールコの字ラック(収納ラック)L2個セット/タワー【送料無料】 私の家事を助けてくれるtowerアイテム、いかがでしたか?日々進化している家庭用品、上手に取り入れて、家事はそこそこに自分の時間をたっぷりと。きっとtowerの使い心地に驚いていただけると思います。⇒ 「タワー」シリーズ一覧はこちら ■暮らしのはなし お片付け 文・nami sasaki整理収納アドバイザー。暮らしのまんなかにはいつも散らかし三兄弟。毎日の暮らしを愉しむ工夫探しがすき。収納で家事を心地よく。
2019年02月17日スパルタ特訓時代『発達障害に生まれて』(松永正訓著/中央公論新社)ノンフィクションのモデルとなった立石美津子です。わが子がしゃべらない…、言葉が少ない…、変な言葉遣いをすると、周りの子が上手にしゃべっているのを見て焦ったり、比べてしまったり。つい「言葉」だけにスポットを当ててしまい、「わが子の言葉を増やそう!」と必死になってしまうのではないでしょうか?かつての私もそうでした。でも、言葉を増やそうとすればするほど、やたら“オウム返し”が増えるだけでした。母「これは葉っぱよ、葉っぱ」子「これは葉っぱよ。葉っぱ」母(怖い顔になり)「そうじゃなくて、葉っぱ!」子「そうじゃなくて、葉っぱ」母(更に怖い顔になり)「葉っぱ!」子「葉っぱ」母は「やっとできるようになった」とホッとします。しかし!この訓練により、オウム返しが定着してしまい…。母「お名前はなんですか」子「お名前はなんですか」母「お名前はなんですか。立石勇太でしょ!」子「お名前はなんですか。立石勇太」(質問者の言葉までセットで言ってしまう)となってしまい、ガッカリ。そんな経験ありませんか?母「お名前を教えてください」子「…(無言)」という風に、質問の仕方を少し変えるだけで、途端に固まってこともあります。以前、息子とタクシーに乗ったときのことです。運転手さんに、「僕のお名前は?」と聞かれた息子は、「山田太郎※」とタクシーの運転手のネームプレートを読み上げました。オウム返しが減ってからも、会話がなかなか噛み合いません。※ここでは仮名にしています言葉を話す意味よく考えてみると、言葉って単語が増えるだけではダメで、「相手と関わりたい」という強い動機があって発達していくもの。電車の型番、国の名称、リンゴの銘柄を「王林、ジョナゴール、シナノスイート、世界一、富士…」と唱えていても…「ママ、今日は電車に乗ってお出かけしたい」とか「「お母さん、このリンゴ美味しそうだね。買って~買って~」とはなかなか言ってくれないものです。英語だって英単語を山ほど知っていても、「外国人と話したい」という動機がなければ、英会話は上達はしません。これと少し似ているのではないかと思います。息子がしゃべりはじめたきっかけUpload By 立石美津子息子が5歳、うどん屋に行ったときのことです。私と息子は、うどん屋さんで昼食をとっていました。そのとき、あと一本、うどんの切れ端が残っている器を、店員さんが下げようとしました。息子は”まだ、この一本を食べたいのだ!器を下げないでくれ!”という状況に追い込まれました。そして「まだ、食べる!」と叫んだのです。店員さんは慌てて器を戻しました。この経験をきっかけに「要求を叶えるためには言葉という便利なものがあるんだ」と理解したのか、徐々に、例えば「カレーライス食べたい」としゃべるようになってきました。オウム返しでも、心がこもっているUpload By 立石美津子オウムに「おはよう」と声をかけると「おはよう」と答えてくれます。でも、そこに心はこもっていないでしょう。人間が「おはよう」と言っても、オウムは「おはよう。今日の予定は?」「昨晩は良く眠れた?」と言う風には反応はしてくれないので、会話が続きません。息子は現在、18歳。今でもオウム返しをします。母「行ってらっしゃい」と見送ると息子「行ってらっしゃい」と元気に手を振りながら玄関から出ていきます。でもオウムとの決定的な違いは、言葉はオウム返しでも心がこもっていることです。オウム返しの「行ってらっしゃい」でも、ちゃんと意思表明してくれます。そこに心があるのが感じられます。こんな息子を毎朝、笑顔で「行ってらっしゃい~」と見送っている、親バカな私です。親が望む言葉に囚われないで私の身近に18歳になっても言葉がない子がいます。その子は自閉症ではありません。でも、その身振り手振り、表情でしっかりコミュニケーションが取れる子です。「これも言葉の一つなんだな」と感じています。ある自閉症のお子さんは、いつもは“要求語”しか発しないのに、先日はじめて、美しい満月を見あげながら「つき…」と言ったそうです。満月をきれいだと思った感性や、それを伝えようとしたこと(共感)を感じて、お母さんはすごくうれしかったそうです。息子は、要求があるときはたくさんしゃべりますが、会話のやりとりを続けることはまだなかなか難しい状況です。でも、あまり「言葉!言葉!」と焦らないで、その人にとってのそれぞれの言葉、親として見守ってやりたいと思っています。日本語って、難しい?息子のオウム返しがのり移ってしまい、息子が帰宅した時、つい私のほうから母「ただいま」と声をかけてしまい…息子「ただいま」オウム返しを予測して、息子が言うべき言葉を私が先回りして言ってしまうことも多く、なかなか学習できない息子です。でも、よく考えると「おはよう」「おはよう」「こんにちは」「こんにちは」「おやすみなさい」「おやすみなさい」なのに、「行ってらっしゃい」と言われたときは「行ってきます」、「おかえり」と言われたときは「ただいま」と、置かれた状況により言い回しを変えなくてはならない日本語って、実はすごーーーーーーーく難しいのかもしれませんね。2018年9月10日、医師・松永正訓氏が立石親子を取材、書き上げた新刊が発売に。発達障害がある子と母の、幼児期から今までに渡る育児について綴られています。
2019年02月07日何年か前に街で、恋愛アドバイザーを名乗る男性から声をかけられたことがあります。普段はそういった怪しい人の話は聞かないし、決して視線も合わせないのですが、そのときは「もし本当に恋愛アドバイザーなら、どんな恋愛テクニックを持っているのか見てみたい!」と好奇心が勝り、軽々しいと思いつつも連絡先を交換しました。■どうやって誘ってくるの?交換して1分もしないでLINEが届きます。「突然声をかけてしまいごめんなさい。もしよかったら、来週土曜に食事をご馳走させてくれませんか?」ふむふむ。紳士的かつ、当たり障りない感じです。ちなみにその恋愛アドバイザーの雰囲気は、ごく普通の爽やかな青年。年齢は30歳くらいだったと思います。気になるのは誰に向けて「恋愛アドバイス」をしているのかということ。それはどのような仕事内容なのか、それだけで生活できているのか。実際はどうなのか、会って聞いてみようと思いました。でも、こちらはあくまでお手並み拝見をしたいので、最初の誘いは丁重にお断りすることに。すると、メッセージを送って5分もしないうちに新しい日程でお食事の誘いが。大変恐縮ながら、やっぱりお手並みを拝見したいので、新たな日程もお断り。通常なら、ここで一旦引き下がると思います。さあ!どうくる?引き下がりました!!!おいおい!案外普通のようです。しかし週末になり、また新たな日程でお誘いがきました。今度はあっさり承諾します。あちらも、いきなりのOKに驚いたようでしたが、お店も決めてくれるそうなので、次こそはどういったテクニックを見られるのか楽しみに待つことに…。■どんな会話をするの?前日になり、お店のURLが貼り付けられたメッセージが届きます。お店は小ぎれいでおいしそうな和食の居酒屋さんでした。当日、待ち合わせの場所へ行くと、ちょっと緊張気味のアドバイザー氏が立っていました。駅からお店までの道のりは約10分。天気の話から始まり、時事ネタをたくさん話してくれました。ようやく席に着いて、乾杯。いきなりですが、どうしても初めに聞きたいのは「恋愛アドバイザーとは何をするのか?」です。男性向けに講座を開き、女性への免疫がない男性に会話内容やデートのハウツーを教えているとのことでした。なかなか恋愛できない男性の道しるべとなっているなら、素敵なことです。少々警戒しつつ会話をしていると、恋愛アドバイザーになったきっかけを話してくれました。学生時代にできた初めての彼女にフラれた経験から、モテない男性の味方になろうと思い、テクニックを教える立場になったとのことでした。どことなく、女性に対する復讐のような感情が垣間見えていたので納得。あくまで、モテない男性に対しての恋愛コーチングがメインということですが、大規模な合コンも主催していたそうです。ごく普通の当たり障りのない会話をしつつ、自信のある恋愛テクニックは何か聞いてみます。「気づいたらみんな、俺に抱かれてるんだよ」と彼。あちゃ~!と思いましたが、いろいろ突っ込むとかわいそうな気がしました。■忍法・下心の巻しばらくして、「俺に興味が出てきた?」まさに今が帰り時だと感じたので、ここでお会計をすることにしました。完全に割り勘にしたかったのですが、「女性に払わせたくない」と、どうしてもお金を受け取ってくれません。お礼の言葉を述べましたが、そろそろ「下心」を出してきそう…そう思った矢先、家まで送りたいとの申し出が。忍法・下心です。丁重にお断りしたのに「夜道は危ない」ということで、どうしてもついてきます。念のため、家から離れた所で、改めてご馳走になったお礼を言い、解散しました。■恋愛テクニックは?恋愛テクニック自体は、特に駆使していた印象はありませんでしたが、幅広い人脈を活かして男性受講生をどんどん増やしていると言っていました。それはすごいけれど、「恋愛」というのは、しようと思ってできるような都合のいいものではありません。また、「恋愛=エッチできる」という幼稚な考えも、大人の女性にはすぐ見透かされるということに彼は気づかなくてはいけないのかも、と感じました。「女なんて…」といった考え方が頭の中にある限り、きっと本当の恋に巡り合うことはないでしょう。こういった悲しい恋愛アドバイザーも世の中にはいるのだなと、こちらまで悲しくなりました。恋愛はゲームじゃないんだよ…。そう、改めて思った夜でした。
2018年12月17日息子が受けた療育と私の思い出典 : 私の息子は自閉症スペクトラム障害と診断を受けてすぐ、3歳になると同時に早期療育を受けました。専門家から「早期療育を受けてください」と言われたのです。私はすぐに言語療法や音楽療法にアプローチし、息子にできる限りの療育を授けました。特に助けられたのはABA(応用行動分析学)でした。人と目を合わせる、人の模倣をする、人の話に耳を傾けて適切に返答をする…等々、「好ましい行動」を増やし、「好ましくない行動」を減らしていく方向で療育を進めました。それまでただただ手こずった息子の育児が、療育を受けて大きく変わりました。息子の表現力やソーシャルスキルが格段に上がったことで、パニックになることもなくなり、行動の幅もグーンと広がりました。それまで苦手だった他者との協力ができるようになったことで、出かけられる場所もやれることもどんどん増えていきました。療育を受ける前の息子は、他者との協力など全く受けつけない子どもだったため、親子で何かを一緒に楽しむということがほとんどできなかったのです。あの療育があったから、今の息子と私の生活があると思っています。療育は私たちと同じような親と子を救ってくれているに違いない。そう思っていた私にとって療育について別の考え方があるなんて思ってもみないことでした。ある小説から調べ始めた「ニューロダイバーシティ」出典 : 療育に対する別の考え方との遭遇…。それは、自閉症スペクトラム障害の子どもが主人公の海外小説を読んでいたときのことです。その小説の主人公の男の子は、幼少期から多くの療育を受け、普段の生活でも努力して「好ましい行動」をし続けていました。療育で教わった通りの行動をすると、家族は喜びます。すると、主人公の男の子が母親にこう言うのです。「自閉症(発達障害)は治すべき病気なの?」そして、自閉症は「ニューロダイバーシティ」の一つなのだと母親に訴えるのです。私はこの場面を見て、「ん?」と手が止まりました。小説の中で使われている「ニューロダイバーシティ」という言葉が気になったからです。そういえば…私は思い出しました。ここ1~2年でしょうか。発達障害関連の研究会やNPO団体等の講演会やニュースレターなどでも「ニューロダイバーシティ」という言葉をたまに見かけるようになりました。あれ?「発達障害」ではなく「ニューロダイバーシティ」?調べてみたところ「神経多様性」や「神経学的多様性」といった日本語訳があてられていました。どうやら、発達障害は脳の神経学的な構造が異なっているだけであり、病気でもなければ「治すべき」ものでもない、というような考え方がもとになって使われるようになった用語のようです。「ニューロダイバーシティ」の背景を知って、自問自答出典 : ニューロダイバーシティという言葉が生まれた背景を探っていくほど、複雑な気持ちになっていきます。そもそもの始まりは、定型発達の人たちの振る舞いやコミュニケーション手段を「正しいもの」として、発達障害の子どもたちをそこに近づけるように矯正する療育に対して発達障害当事者たちが声をあげたことがきっかけだったようです。特に「子どもの行動を変えようとする」という点で、「ABA(応用行動分析学)」は厳しい批判の対象となったようです。けれども私は覚えています。アイコンタクトを嫌がる息子がABAを受けた後に初めて目を見て話してくれて、涙が出るほど嬉しかったこと。自分の好きな話を一方的に喋るばかりでコミュニケーションがほとんど成り立たなかった息子が、きちんと私の話を聞いて応答してくれるようになったときのこと。私はABAを施してくれた先生方には足を向けて寝られないと思うほど感謝していました。私はあのとき、息子を「普通」に近づけたかっただけだったのか…?彼の神経学的な多様性を握りつぶしてしまうことをし続けてきたのか…?私は療育の成果について「息子の成長」として喜んできたことに自問自答しました。社会の変化として考える私なりの受け止め方出典 : ニューロダイバーシティの議論について知ったとき、私は何度も考えました。ではあのまま療育を受けさせずに「ありのままの息子」でいさせれば、それが発達障害という脳の多様性を尊重することになったのでしょうか。確かに息子に施した早期療育は私にとって 「定型発達」に近づけるという目的が見え隠れしていたかもしれません。けれども、療育を受けさせたことによって、辛いことばかりだった息子の育児がなんとも愛おしく充実したものに変わりました。ですから、私は個人的には療育について批判する気にはなりません。課題はあれども、私と息子のクオリティ・オブ・ライフは確かに向上したのです。「ニューロダイバーシティ」という言葉を取り上げるとき、私は療育の可否について議論するのではなく、今この言葉が日本の各所で使われ始めているということの意味について考えたいと思っています。発達障害が「障害」や「疾患」ではなく、多様性の中の一つであり、その人の生き方の一つであるという捉え方が、少しずつ浸透し始めているきざしなのかもしれません。「定型発達」に対立する言葉としての「発達障害」ではなく、究極的には誰もが「異なる」存在である――そんな考え方の潮流が社会の中で生じ始めているのかもしれません。「うちの息子は発達障害」ではなく「うちの息子はニューロダイバーシティ」と言い換えてみると、息子は異質な存在なのではなく、多様性の中の一つであるような心地よい響きがあります。神経的な多様性を表す「ニューロダイバーシティ」という言葉。それは「みんな違ってみんないい」という考え方が根底にあります。そう考えると、その子がその子らしく、尊重されて生きていくスキルをつけられる療育とニューロダイバーシティは、何ら相反するものではないように思います。私はこの二つの言葉がうまく融合し共存していくような希望ある未来を信じたいと思います。"What is Neurodiversity?"(ニューロダイバーシティとは何か)"What Is The Neurodiversity Movement and Autism Rights?"(ニューロダイバーシティ運動と自閉症者の権利とは何か?)
2018年12月13日私と娘のコミュニケーション法は?今回は、私と娘のコミュニケーションの方法についてお話したいと思います。娘の苦手をサポートする私のやり方は、「教える」というよりは『一緒にやる』という感じです。Upload By SAKURA何か娘の苦手な課題が出てきたら、どうすればわかるか考え、一緒に取り組みます。私が「先生」になるのではなく、娘と同じ位置に立つことで、そのやり方が難しくないか、理解しやすいかを娘と同じ目線で見ることができるからです。どうしたら娘が理解できるか、伝えやすいかを考え、娘のそばでそれを確かめながら、方法を模索しています。どんなことも、ありのまま伝える私は、娘に自分の気持ちを正直に話すようにしています。私が自分を抑えて接するのではなく、ありのまま接し、とにかく何でも話します。自分に余裕がないときでも、そのまま娘に伝えます。Upload By SAKURA「察して」「考えて」と言いっぱなしにすることは、私と娘の間では、ほとんどありません。それは、私が、「親だから」「大人だから」と言って自分が一歩引いたり、自分の思いを隠して娘に接することができなかったからでもあります。Upload By SAKURA私自身が、思ったことをそのまま娘に言うスタイルの方がやりやすく、娘に自分の思いを話すことで、私も冷静になれていたのです。このやり方はだんだんと、私と娘のコミュニケーションの方法として定着していきました。それが一般的に良いか悪いかは、わかりませんが、私にとって背伸びをせず、無理もしなくていい、負担にならない方法でした。親がなんでも話すことって、娘にとっては負担かも?しかし娘にとっては…?どうなんだろう?親である私が、我が子に感情をぶつけていいのか?私の負担にはならないけど、娘は負担になっているのではないか?内心そんな風に思っていたとき、こんなことがありました。娘に、宿題の「かけ算の音読」をしてもらっていたときのことです…。Upload By SAKURA私と娘の関係には、何でも【話すこと】が当たり前。自分の気持ちを話すこと、相手の気持ちを予測することが苦手な娘。いつものように、私がまず娘の気持ちを代弁し、何でこんなことをするのか、言うのか…お互いの気持ちや真意を丁寧に説明しました。目には見えない気持ちを、口に出して言うことが大事だと思っていたのです。すると…Upload By SAKURA今まで、いろんな場面で娘に話してきましたが、娘からこんな返事が返ってきたのは初めてでした。娘が私にかけてくれたこの言葉で、私は、「ちゃんと私の気持ちをわかってくれていた…話してきて良かった…」と、娘との間に信頼関係がちゃんと築けている実感を感じました。そしてまた娘が一つ大きくなったと感じました。同じ目線で一緒に取り組み、なんでも話すことで築けた信頼関係私の療育で行きついたのは…・娘の苦手も個性と認める→周りと比べることもなく、落ち込まない・同じ目線で一緒にやる→娘にとって、きついかどうかがわかりやすい・気持ちはたくさん話す→相手の気持ちを見えるようにし、予想ができるようになる+信頼関係を築くということです。同じ目線で接する…たくさん話す…と言えば聞こえはいいですが、私が大人になりきれていない面もあります(笑)だから私は、娘とよく喧嘩をします。嫌な気持ちがしたらすぐ言うからです。最近では、おしゃべりが上手になった娘から、言い返される回数も増え、もういい!とお互いそっぽを向くこともしばしば。でも築いてきた信頼関係のおかげか、最後は「大好き」とハグして終われています。Upload By SAKURA娘が教えてくれた大切なもの…といろいろと偉そうに言ってきましたが、結局は、娘が答えてくれたことと、出してくれた結果から学んだことです。私が娘からもらったものはたくさん。物事の考え方やとらえ方…一つできるたびに胸が温かくなること。…そして、人に対する優しい気持ち。私はこれからも娘からいろんなものをもらいながら、一緒に歩いていきたいと思います。
2018年12月12日次男のランドセルから出てきた、1枚の人権作文ある日、双子の次男が学校から帰ってきたときのこと。ランドセルを放り出して遊びに行く次男を見送った後、私は「学校からのお便りはないかな〜」とランドセルを開けて連絡帳ケースを取り出しました。すると中には連絡帳と一緒に1枚の原稿用紙が。Upload By シュウママ開いてみるとそれは学校で書いたと思われる次男の人権作文でした。「ぼくのお兄ちゃんは自へいしょうという病気です」「いつも見ている」というタイトルで書かれたそれは「ぼくのお兄ちゃんは自へいしょうという病気です」という書き出しで始まっていました。原文をそのまま全て載せることはできませんが、それは人権作文というより、長男に対する自分の感情を綴ったものでした。「見たいテレビをやっていないと怒ってテレビを叩くお兄ちゃん」「そんな姿を見るとぼくはとても腹が立つ」…Upload By シュウママなかなか普段本人から聞くことがない素直な思いがずばりと書かれていました。けれど次男はこうも書いています。「でも本当はお兄ちゃんはとても苦しいのかもしれない」人の気持ちを受け止めるレーダー自分でわかっていて、わざと人に意地悪したり叩いたりする人は、いつかバチがあたる。「でもお兄ちゃんには悪気がない」Upload By シュウママそう書いてあったのです。怒りをうまくコントロールできない兄への理解、行動の裏にある感情や理由を考えて寄り添う力が、私が思っていたよりもずっと育っていたことに驚きました。兄の自閉症のことを自分で考えられるようになっていた次男私は学年が上がるにつれて、なんでも話してくれるわけではなくなった次男が今、発達障害の兄をどう受け止めているのか、本心がわかりませんでした。次男の置かれている環境が本人を苦しめていないだろうかとも思っていました。長男は気に入らない音楽が流れると耳をふさいで叫んだり、手当たり次第に物を投げたりします。日常的にそんな兄の姿を見るのは、やはり特殊な環境だと思うからです。発達障害のある子どもがいると、どうしても身近にいる家族は戸惑ったり、苦しい思いをすることもあります。けれど、次男の作文を見て、長男のことを対等に見ている部分があったり、気持ちを想像して思いやったりしていることもわかりました。小さいころと変わらず、まっすぐに兄を受け止めていました。そして、きょうだい児として障害のある兄の心の声に気づき、その気持ちを汲み取り、寄り添う力が育まれているのではないか、そう思ったのです。偶然見つけた1枚の人権作文が次男の成長を教えてくれ、心にほっと温かい明かりを灯してくれました。Upload By シュウママ
2018年11月23日はじめまして。整理収納アドバイザーのnami sasakiです。私は3人の男の子のお母さんで、家で仕事をしています。苦手なことは、ごちゃごちゃしたことと、掃除と、家事に追われること。わが家の暮らしはというと、毎朝子供たちと一緒の時間に起き、送り出した後は少し出勤の遅い夫と家事をしながら子育てのことを話す。夫が出勤してから掃除機をかけ、末っ子の子育ての合間を見ながら自分の仕事に取り掛かります。3人の子育てに忙しい時間が夜まで続いて、ごはんを急いで作り、食べたらもう食器を洗う元気なんてありません(笑)お風呂に入ったら、子供たちと寝落ちしてしまう毎日。これが今の私の暮らし方。小さな子供がいるので、決まったとおりにはいかないけれど、収納で時間をやりくりしながら、効率的に短い時間で家事をこなすのが好きです。この「お片付けノート」は、読んでくださった方の忙しい日々がもっとラクになって、暮らしが楽しくなるヒントを綴っていけたらと思うのです。第1回は私がとっても苦手な大掃除のこと。「時間のかかる掃除が苦手なら、掃除が1アクションで済む工夫をすればいい」のです。1.大きな掃除をなくす暮らしづくりから例えば、・ラグは家で洗えるものにして、汚れたらその都度お洗濯する。・家具は脚付きのものを選んで、掃除機が入る高さのものに。・床の隅々まで毎日の掃除が行き渡るように、床置きをやめる。・ベッドの下は、収納スペースとして頼らず、何も置かないようにしておく。・埃がたまりやすいテレビボードの裏は、いつでも掃除機で埃を吸い込めるように、コードを宙に浮かせて結束バンドで固定し、整えておく。こうした一つ一つの小さな工夫から、日常のお掃除がとてもシンプルになり、年末の大掃除を楽にしてくれます。苦手な掃除をラクに済ませる工夫を見つけ、大掃除ゼロの暮らしをすることが、わが家の目標。2.小物や雑貨はたくさん飾りすぎないこと家具の上や棚上は埃をためやすい場所なので、何も置かないルールを。モノが出ていると、そこに埃を集めてしまうことになり、一つ一つのモノの埃を拭き取る作業は掃除を面倒にしてしまいます。モノがなければ、埃をサッとひと拭きするだけで掃除が終了。家具の上を空けておくと、余白ができてすっきりした印象に。なるべく表にモノが出ないようにと心がけると、持つモノのキャパが決まってきます。飾り棚やニッチには月ごとに変わる季節ものを。一ヶ月の始まりにニッチの模様替えを。月に一度、必ずひと拭きするきっかけづくりになります。例えば、11月はクリスマスに向けて小さなツリーを。12月にはサンタさん、1月は小さな鏡餅の飾り。月ごとのイベントに合わせた飾り付けを楽しむこともできて、一石二鳥。3.冷蔵庫の上は埃受けにサランラップを大掃除の度にストレスだったのが、冷蔵庫の上の汚れ。たまった埃に油っぽさが加わっていて…、がんばれなくて見て見ぬふり(笑)サランラップを大きく広げて、埃受けにして、数か月に1回ゴミ箱へポイ。張り替えるだけでいいので、掃除するよりずっと簡単です。わが家はあえてかごの置きスペースにして、出し入れの動きを与えることで、常に埃を気に掛けるタイミングを多く持つようにしています。これは、子供たちのひいおじいちゃんから譲り受けた、大きな丸ざる。たくさんいただいたお野菜を捌く時や、梅仕事の時などに使います。かごを取る時に、サッとブラシで埃を掃う。他にも、洗面台のミラーの上にもこの方法を活用しています。「さぁ、掃除するぞ!」というよりは、育児と家事の合間にちょっとだけ息抜きになるような「1アクション掃除」の方が、積み重ねやすい。年末の自分を、ちょっとの工夫の積み重ねで助けてあげませんか。来週は、インボックスを使った大掃除をラクにする方法。おたのしみに。 ■暮らしのはなし 連載:整理収納アドバイザーのお片付けノート お片付け 文・nami sasaki整理収納アドバイザー。暮らしのまんなかにはいつも散らかし三兄弟。毎日の暮らしを愉しむ工夫探しがすき。収納で家事を心地よく。
2018年11月12日映画、講演、体験ブースなど療育を知って楽しめる企画がいっぱい!Upload By 発達ナビ編集部2018年11月17日(土)に大阪で開催される療育をテーマにしたイベントの紹介です!「リョーフェス」は、療育を正しく知ることができる場、子育てについて新たな発見や新しいつながりが生まれる場をつくりたいという願いのもと、箕面市を拠点に活動しているNPO法人ダウン症ファミリー総合支援めばえ21が主催しています。子どもたちの療育にかかわる人、いろいろな療育を知りたい人、わが子の療育を考えている人、子育てについて一緒に考える仲間とつながりたい人など、どなたでも、来場を歓迎しています。当日は、子どもも大人も楽しめる企画がいっぱい!その中から、いくつかをピックアップしてご紹介します。「自分のされていやなことは人にしない」というたったひとつの校則と、「すべての子どもの学習権を保障する」という教育理念を掲げる大阪市の大空小学校に密着したドキュメンタリー映画。障害のある子もない子もすべての子どもが同じ教室で学びます。同級生や教職員、地域とのかかわり合う中で、子どもたちはどう成長していくのか。すべての子どもたちに居場所をつくるということを考えさせられる映画です。(映画鑑賞は有料で事前に予約が必要です)患者さんの病気や障害よりも、まずその人を知る、そして社会に知ってもらおうと多彩な活動を続けている、大阪医科大学小児科の玉井浩教授の講演会です。ダウン症やウィルソン病を研究する医師として、そしてダウン症のお子さんをもつ父として、障害のある子どもの子育てについて講演されます。学習障害(LD)やADHDの子どもたちの課題改善などのために用いられている「ビジョントレーニング」。もともとプロスポーツ選手のパフォーマンス向上のための視覚機能訓練を福祉と教育の世界に展開し、注目された北出勝也先生がビジョントレーニングのメニューなどを紹介してくれます。日本ミュージック・ケア協会認定指導者の浦川暁美先生によるミュージック・ケアの体験教室です。ミュージック・ケアには、個人を尊重しながら、関係性を広め深めるための要素がたくさん含まれています。また、子どもの発達には欠かせない動作が多く取り入れられていて、楽しみながら発達が促進されます。一度、ミュージック・ケアを通じた療育を体感してみてください。リョーフェスでMCも努める田村美波さんによる紙芝居。ダウン症の当事者でもある田村さんの懐かしくてあたたかい紙芝居の世界をぜひ感じてみてください。ほかにも、LITALICO発達ナビを含んだ、療育に関わる15団体がさまざまなブースを開設。障害者や高齢者のためのネイルブースやお絵かきワークショップ、物品販売などもあるので、お楽しみください。イベントを主催する「めばえ21」の想いUpload By 発達ナビ編集部めばえ21代表の永田和子さんは、ダウン症のお子さんのお母さんです。お子さんがダウン症だったことをきっかけに、障害についての正しい知識、悩みを共有できる仲間、障害の特性を理解し子どもの可能性を最大限引き出せる環境の重要性を感じ、ダウン症の子を持つ親たちで2014年にボランティア団体として立ち上げられました。では、なぜ療育のイベントを開催するに至ったのか。それは、「療育」に対するマイナスイメージやよくわからないものという印象を変えていきたいということがきっかけでした。正しく療育を知ることは、障害の有無にかかわらず、子どもをより豊かに育むための手助けになります。また、実際に療育を行う医師の方と話すことで、当事者よりもむしろ、親自身の悩みの解決にもつながることも少なくないそうです。ぜひ会場に足を運んで、たくさんの人と交流してください。子どもたちをより豊かに育めるようなヒント・つながりが見つかるかもしれません。開催概要【日時】 2018/11/17(土) 10:00〜15:00【会場】箕面市立箕面文化・交流センター8階大会議室/地下1階多目的室/2階和室阪急箕面駅から徒歩1分〒170-8445大阪府箕面市箕面6-3-1会場マップ【対象】関心がある方はどなたでも【参加費】 入場無料映画をご覧になる方は大人700円/小中高300円(未就学児無料)が必要です。【タイムテーブル】『みんなの学校』上映会10:00 8階大会議室(定員180人*車いす、ベビーカー入場可能)13:00 2階和室(定員40人)*希望の上映時間とともに必要事項をご記入の上、メールでお申し込みください。詳細はイベントホームページをご覧ください。メインステージ11:00 障がいをもつ子どもの子育てについて玉井浩大阪医科大学小児科教授12:25 シングアハッピーソング!中尾亜矢子さんシンガーソングライター・ヒルシュスプルング病の次男の母13:00 ビジョントレーニング北出勝也視機能トレーニングセンターJoy Vision代表14:15 ダウン症のある美波さんによるほっこり紙芝居田村美波14:40 ミュージック・ケア体験浦川暁美NPO法人日本ミュージック・ケア協会認定指導者ブース出展11:00~15:00療育に関わる15団体がさまざまなブースを出展*「めばえ21」ブースでは、小児科医・オプトメトリスト(視覚機能)・作業療法士・理学療法士など専門の先生方による相談を受けていただけます。【お問い合わせ】NPO法人 ダウン症ファミリー総合支援めばえ21Email: mebae21event@gmail.com
2018年11月09日『発達障害に生まれて』(松永正訓著/中央公論新社)ノンフィクションの題材となった立石美津子です。「子どもが不器用であること」を心配しすぎて、「子どもの将来のために家でも練習させなくては!」とつい一生懸命になってしまうことがあります。療育を辞書で引くと「障害をもつ子どもが社会的に自立することを目的として行われる医療と保育」と出てきます。障害者だって社会で生きていかなくてはならないのですから、本人が暮らしやすいように練習するのが本来の療育の姿だと思うのですが、「〇〇できるようになってほしい」とこちら側の思いばかりが強くなり、療育の目的がズレてきてしまっている人もいると思うんです。私自身が、そうでした。完璧主義者だった私私の性格は完璧主義。一生懸命で努力家でした。療育施設に通わせていたころは、「週1回通っているときだけ訓練するんじゃダメ。効果を上げるためには家庭でも同じことをしなくては!」と考えていました。例えば、療育施設ではハサミを使う、折り紙を切る・折る、縄跳び、自転車などさまざまな訓練がありました。ピアノのレッスンなどの習い事と同じで、週1回施設で練習したからって身につくものではありません。熱心で真面目な私が思っていたのは「毎日の積み重ねが大事」ということでした。ですから「おうちでも体験させてあげてくださいね」と、療育の先生が軽く言った言葉を重く受け止めました。Upload By 立石美津子息子は5歳だった当時、手先が不器用でハサミを使えませんでした。そこで私が考えたのがこれ。おやつを封筒に入れてハサミで切らせる練習です。ハサミを使えなければ、おやつを口にできないしくみです。当時は「グッドアイデア~。毎日の生活の中でできる療育!」なんて自画自賛していました。息子の気持ちは?Upload By 立石美津子結果的に息子はハサミを使えるようになりましたが、もしかしたら家でやらなくても使えるようになっていたかもしれません。今、振り返ってみると“楽しみなおやつタイムが訓練の時間”と化してしまった息子は、しんどかったと思います。当時、息子は言葉を話すことはできませんでした。もし言葉を話せていたら、「もう嫌だ。おやつや食事のときくらい、好きなようにさせてよ!」と怒っていたかもしれません。もちろん日常生活を送っていくために、ある程度のことをできるようにすることは大切です。でも、それだけを目的にするのはどうなのでしょうか。ある児童精神科医が、「今の療育はできないことをできるようにする療育。でも、本当にすべきなのは得意な部分を伸ばすこと。脳が喜ぶことをすればいい」と、テレビで言っていました。これは、ストレングス(本人の強み)視点とか、ストレングスアプローチという考え方です。つまり、“何らかの問題を抱える人が潜在的に保持する強み”を伸ばす療育をしようというもの。息子が幼かった当時は、こうした考えに基づく療育はあまりなかったような気がします。療育施設の中での競争同じしんどさ、悩みを抱えている親どうしであっても、子どもの年齢が同じだったりすると、競争心や妬みの気持ちが湧き起こることもあります。「あの子ができているのに、同じ自閉症の息子ができない訳がない」とさらに拍車がかかります。「どうして○○ちゃんができることが、あなたにはできないの」と声を荒げているお母さんもいました。そして療育風景を窓越しに見学しながら「あれができて、これができない」と目先のことに一喜一憂し、私の心は翻弄されていました。子どもとの”今”を楽しんでもし、過去に時間を戻せるのだったら幼児期に戻り、「今、ハサミを上手に使えなくたって大丈夫。さあ、ゆっくり温かいミルクティーとお菓子を楽しんで」と息子に言ってやりたいです。そして、過去の私にも、今一生懸命なお母さんたちにも伝えたいのです。「そんなに気張らないで大丈夫。可愛い子どもとの時間を、楽しみましょ」と。2018年9月10日、医師・松永正訓氏が立石親子を取材、書き上げた新刊が発売に。発達障害がある子と母の、幼児期から今までに渡る育児について綴られています。
2018年11月05日わが家の息子、「ロボットが相手だと安心する」?出典 : わが家の8歳の息子が療育に行くとき、いつもとても楽しみにしていたことがあります。それは、病院の受付のところに「Pepper」くんというロボットがいてくれたことです。息子は療育に慣れるまで、「今日は何をやるのだろう」「先生に叱られないかな」と予測できないことへの恐怖で、落ち着きがなくなっていました。けれども、「Pepper」くんと話をすると、心なしか少し気持ちが落ち着いているように見えました。その後、息子の希望で犬のロボットを買いました。息子はこの犬のロボットのことも好きで、その後本物の犬を飼ったあとも、「僕はロボット犬のほうが好き」と言っていたほどでした。それは、本物の犬はどういう反応をするのか、どういう動きをするのか読めないから、怖かったのだそうです。(今はもう慣れました)また、一時期、私のスマートフォンの「Siri」に話しかけることにハマっていました。「Siri」が相手だと、何時間でも話ができるようで、なかなかスマートフォンを返してくれないこともありました。そのときに私は思ったのです。人間と違い、感情や態度がいつも一定のAIが相手だと、人間と話すときのような緊張感がなく、いくらでも話ができるのだな、と。心理的な負荷なくコミュニケーションが取れるのであれば、AIロボットが療育をしてくれたり、AIロボットが友達だったりしてもいいのかもしれない…とも。漠然とそんなことを考えていた私に、なんと「発達障害児の療育を行うAIロボットが開発された!」というニュースが飛び込んできたのです。開発者に聞く!QTrobot開発の背景は?発達障害児の療育は人間がするもの、だって人間との関わり方を学んでいかなければならないのだから…そんな固定概念が私たちの中にあるかもしれません。その考えを覆す「QTrobot」というロボットがルクセンブルクの企業で開発され、注目を集めているのです。オランダのアムステルダムで開催された「欧州CES 2019」(International Electronics Commercial Show/国際家電見本市)では、”Tech for Better World”部門でイノベーション・アワードを受賞しました。 récompensée par le CES pour son robot (LuxAI社のロボット CESで入賞(フランス語))Upload By 林真紀私は居ても立ってもいられなくなり、開発した企業の共同設立者のアイダ・ナザリー(Aida Nazarikhorram)さんに連絡を取ってみました。アイダさんによると、療育用ロボットの開発は2016年にルクセンブルク国立研究基金の助成対象となり、そこからLuxAIという会社を設立したとのことです。増加している発達障害児の療育ニーズに対して、療育を担当できる専門家が不足しており、これを解決するためにAIロボットの開発が進められました。ロボットが発達障害児の支援に高いポテンシャルを持つということは、これまでも多くの研究でいわれてきたそうです。QTrobotはこんなことができる !では、具体的にQTrobotはどのような形で療育を行うのでしょうか。こちらの紹介動画を見ると、QTrobotを使った療育で以下のことを教えることができるといいます。・表情・コミュニケーション・好ましい行動・日常的生活スキル人間が話すときには、たくさんの表情とボディランゲージを同時に発信します。それが発達障害の子どもにとって、習得が非常に難しいものであるとアイダさんは言います。しかし、QTrobotは人間のボディランゲージを上半身だけのシンプルな動きで表現するため、発達障害児が簡単に模倣できるそうです。またQTrobotの表情は36種類もあり、多様な表現が可能です。その他にも、相手の言葉と顔と表情を認識する機能がついているので、発達障害児との相互コミュニケーションが可能です。実際に使用する際には、療育の担当者や学校の先生などが操作をすることになります。そこで、ITやプログラミングの知識がない人でも、戸惑うことなく簡単にロボットの動作を組み込むことができるようになっています。担当者が自由に、その日の療育プログラムをつくることができるのです。アイダさんは、QTrobotについて「発達障害児が安全でコントロールされた環境の中で、ソーシャルスキルを学ぶことができる」と話していました。つまり、ロボットが相手だと、発達障害児にとっての「想定外」のコミュニケーションが起きづらいのだと思います。ロボットは、決して相手を否定したり、叱ったりもしません。様々なことができるけれども、決してパターン以上のことはしません。それが、発達障害児にとっては「安全でコントロールされた環境」なのかもしれません。社のホームページ(英語)実際に使っている子どもたちの反応は?Upload By 林真紀QTrobotは現在、英語、フランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語に対応していて、既にアメリカやヨーロッパの発達障害児の療育に用いられているそうです。そこで療育を受けている子どもたちの反応は驚くべきものでした。例えば、数分もセラピーを受けることができなかった子どもが、40分も集中して受けることができたとか、セラピーをどうしても受けたがらなかった子どもが、自分から熱心にセラピーに参加するようになったそうです。また、親御さんからもとてもポジティブなフィードバックが沢山きているようです。例えば、子どもが落ち着いてきた、社交的になった、人に対して共感的になった…など。実際にルクセンブルク大学の研究で実証実験が行われたそうですが、ロボットのほうが発達障害児の注意を引きつけることができ、さらに破壊的な行動や自閉症児特有の自己刺激行動が軽減するという研究結果が出たとのこと。 Field Test Report: Case Study - EIPA, Luxembourg (QTrobot実地試験ー欧州行政研究所)言葉や地域を越えて、発達障害のある子への支援をUpload By 林真紀さて、QTrobotが日本の療育現場にやってきてくれる可能性はあるのでしょうか?アイダさんにお聞きしたところ、日本からも問い合わせが相次いでいるそうです。現段階では専門家向けの販売がメインですが、実際に問い合わせをしている方の多くは一般の親御さんなのだとか。今後は、さらにグローバル展開ができるよう生産能力を上げ、輸出入を請け負ってくれる商社を探している最中とのことでした。日本でQTrobotが療育を担当してくれる日も、遠くはないのかもしれません!「住んでいる場所や言葉は関係なく、発達障害の子どもたちを支援していきたいのです」このアイダさんの言葉がとても印象的でした。療育のみならず、発達障害児の大切な友達として、AIロボットが気持ちを癒してくれるような未来がくるかもしれませんね。販売に関する問い合わせフォーム | LuxAI (英語)
2018年10月26日Q. 自閉症スペクトラム障害(ASD)とは?A. 自閉症の特徴のある障害概念のグループです。それまで自閉症やアスペルガー症候群など様々な名称で呼ばれていたものが、「DSM-5」という診断基準で「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」として統合されました。Upload By 井上 雅彦アメリカ精神医学会が策定した最新の診断基準「DSM-5」で、それまで、アスペルガー症候群、高機能自閉症、早期幼児自閉症、小児自閉症、カナー型自閉症などさまざまな名称で呼ばれていたものが、この診断名に集約されました。診断や支援において、これらには明確な線引きがないことから、それぞれの障害に明確な境界線を設けない考え方が、医療の現場で使われることが多い「DSM-5」で採用されたことが経緯としてあります。そして、「連続体」という意味の「スペクトラム」という言葉が使われることになりました。これからこの概念が一般化していくと考えられています。「DSM-5」では、自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害について、主に以下が特徴として挙げられます。■アメリカ精神医学会の診断基準の「DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)」A. 社会的コミュニケーションの障害B. 限定された反復的な行動様式C. 症状は発達早期に存在している診断ではA、Bの2つの症状を3段階の重症度で評価していきます。(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)について詳しく知るもっと詳しく知る自閉症スペクトラム障害(ASD)とは?年代別の特徴や診断方法は?治療・療育方法はあるの?広汎性発達障害(PDD)とは?年齢別に症状の特徴を解説!アスペルガー症候群(AS)とは?症状と年齢別の特徴を詳しく解説します。カナー症候群(カナー型自閉症)とは?アスペルガーとの違い、症状、年齢別の特徴、子育て・療育法を紹介!自閉症 | 文部科学省
2018年10月25日モノが多くても、モノの住所があればスッキリした生活が叶います。筆者は、整理収納アドバイザーとして片付けが苦手なお家に訪問しているのですが、この時、必ず持参する5種類の収納ボックスがあります。①見せる収納にもOK! ~ダイソーのスクエア収納ケース~ダイソーのスクエア収納ケース(W37×D25×H11.5cm)です。蓋は別売りなので、蓋付きだと200円になります。キャンドゥやセリア、ワッツにも同じような収納ボックスがありますが、ダイソーでは大中小とサイズが揃うので、こちらを選んでいます。見せる収納として活躍できて、大中小と重ねて使えるのが魅力です。②引き出し内の「仕切り」に便利! ~ダイソーのシューズボックス~ダイソーのシューズボックス(W19×D31.5×H10.5cm)は、下駄箱整理はもちろん、食器棚の中、引き出しの中、衣類ケースの中、冷凍庫の中などの「仕切り」として活用しています。また、子どものおもちゃ、コレクションアイテムなど多すぎるモノのグループ収納にも適しています。透明なので、ラベルを貼る必要もありません。③文房具やカトラリーの整理に活躍! ~セリアの仕切りボックス~セリアの仕切りボックス 浅型(約W12×D30×H6.2cm)は、引き出し内のカトラリーや調理ツール、文房具、薬、衣類、雑貨など細かいモノの「仕切り」に活用しています。2枚の仕切り板を。モノのサイズにあわせて調整できるのがポイントです。また、深型(約W12×D30×H8.3cm)もあるので、引き出し内の深さによって使い分けています。④キッチンの収納にヘビロテ! ~キャンドゥのスッキリまとめ隊~キャンドゥのスッキリまとめ隊(約W12.8×D33.7×H13.5cm)は、水回りの整理に役立ちます。キッチンの引き出しの中と扉の中、どちらも高さをフル活用した収納ができるのでほとんどの家に使えるサイズです。キッチンの、調味料ボトル、食品ストック、調理道具などの収納に適しています。また、ランドリーや掃除用品の収納にもぴったりなのでヘビロテ確実なアイテムです。⑤キッチンの上戸棚に最適! ~セリアのネームバスケット ディープ~セリアのネームバスケット ディープ(約W18.2×D26.4×H14.2cm)は、キッチンの上戸棚収納に利用しています。一般的には取っ手付きボックスが推薦されていますが、こちらのほうが寸胴型に近いので容量が多くなり収納力はアップします。穴に紐を通せば、取っ手を付けられます。掃除グッズのストック入れや、下駄箱の小物整理など、基本の収納グッズとして欠かせません。5種類の収納ボックスを紹介しましたが、ゴチャゴチャした生活にお悩みの方は、収納ボックスを買ってから片付けないように注意して欲しいと思います。まずは、モノの量を減らしてから空き箱や紙袋などでグループ別に収納すること。使い勝手が良いと感じたら、先述した5種類の収納ボックスを検討してみてください。PHOTO/ito makiito maki
2018年09月12日自閉症の息子が5歳のとき――初めて意味のある言葉を発した!Upload By 立石美津子『子どもも親も幸せになる発達障害の子の育て方』著者の立石美津子です。あれは、息子が5歳のときでした。デパートの讃岐うどんのお店に連れて行ったときのこと。息子が食べていたうどんの器には、あと1本だけ、うどんが残っていました。その器を、店員が「お下げいたします」と持って行こうとした瞬間、大きな声で「まだ食べる!」と叫んだのです。そのころの息子は、まともな単語すら出ていませんでした。それなのに、いきなりの2語文!しかも自閉症らしからぬ、自分の意思をはっきりと示し、まっすぐと相手に届く言葉でした。言葉は単独では発達しないと、主治医に諭されて出典 : 息子は2歳から国立の子ども病院の心の発達科に通っていました。この病院ではソーシャルスキルトレーニングのほか、さまざまな訓練があったので「言葉が話せるようになるトレーニングをさせたい」と申し出ました。ところが担当医は、「お母さん、いくら言葉を教えても、それは単に単語を覚えるだけに終わります。言葉を操ってコミュニケーションをとれるようにはなりませんよ!」ときついことを言うのです。「ソーシャルスキルトレーニングを受けさせたい」と申し出ても、「周りに関心を持つことができてはじめて、社会のルールを学べるのです。○○君(息子の名前)は、排泄・着替えなど自分の身のまわりのことも全くできていないじゃないですか!何を考えているの?」と厳しく言われました。更に、診察室の床に落ちているゴミを口に入れている息子を見て、「ほら、ごらんなさい。ゴミを口に入れているじゃないですか、この段階では“社会性を育てる”なんてずっと先の話ですよ。まだ早い、まだ早い」と言いました。5歳過ぎてもオムツが外れない息子を心配し、「なんど教えてもトイレでおしっこができない。どうしてもオムツを取りたい」と訴えた時も…「オムツだけをとっても、オムツとれた赤ちゃんのままです」と言われる始末。「言葉も、オムツがはずれることも、全部発達の中でできるようになっていくものです」と厳しく諭されました。自閉症の息子、リンゴの銘柄は言えても「買って」とは言わない…出典 : 幼いころ、息子はリンゴの銘柄にこだわりがあり、スーパーに行くと、リンゴの棚の前で「ジョナゴールド・津軽・紅玉・シナノゴールド・秋映・王林…」と覚えている銘柄を順に言っていました。けれども、「ママ、このリンゴ美味しそうだね。買って~買って~」と言うことはありませんでした。息子は、スーパーの中だけでリンゴの銘柄を唱えていたのではありませんでした。動物園など、リンゴなんて目の前にない場所でも、銘柄名をお経のように唱え続けるのでした。これは言葉を使ったコミュニケーションとは言えません。「伝えたい気持ち」があるかどうかUpload By 立石美津子言葉だけのトレーニングをしても単語を単に覚えるだけ。言葉を使ってしゃべるようには、なかなかなりません。息子が意思のある言葉を発したきっかけは、「うどんを最後の1本まで食べたい、器を下げようとしている店員に何がなんでも伝えたい」という強い動機があったからです。「どうしても言葉を使って伝えたい」という動機。この動機づけこそが、言葉を話すようになるための第一歩です。本人が「そうしたい」という気持ちになるまで待つしかないのです。おもちゃで遊んでいるときに、友達に奪われそうになって「嫌だ」と言う。カレーライスが食べたいとき「カレーライス」と叫ぶ。結果、自分の希望が通る。こうして「自分の気持ちを伝えるためには便利な“言葉”というものが、存在するんだ」ということを体験させるしかないのです。それまでは、周りの人たちは、ただ単語をインプットさせようとするのではなく、「思いを伝えるための言葉」で語りかけ続け、ときが来るのを焦らず辛抱強く待つしかないのだと思います。5歳ではじめて意味のある言葉を発した息子。その後、少しずつ、伝えたい気持ちも言葉も発達していきました。今、18歳になった息子は悪い言葉も覚えて、私があまり構い過ぎると「まじ、しつこい」と連発します。母として眉をひそめながらも「友達の真似をして、母親に言葉で感情をぶつけられるようになったなんて、昔に比べたら成長したなあ」と心ではひそかに喜んでいます。2018年9月10日、医師・松永正訓氏が立石親子を取材、書き上げた新刊が発売に。発達障害がある子と母の、幼児期から今までに渡る育児について綴られています。
2018年09月11日お世話になった療育園からのお誘い自閉症のある長男は、3歳から6歳まで通っていた療育園が大好きです。私自身も本当にお世話になりました。なので、園から「在園児の保護者に向けて何かお話してもらえませんか?」というお誘いをいただいたときは、引き受けたいと思う気持ちが強かったものの、話下手な自分に出来るのか?という不安もありました。しかし、ふと長男が療育園にいた当時、卒園した先輩ママのお話が、とても参考になったことを思い出しました。大した話はできないかもしれないけど、少しでも役に立ちたいという気持ちでやってみようと思ったのです。Upload By シュウママ座談会当日。あるお父さんから投げかけられた質問Upload By シュウママ座談会では私を含めて3人の卒園児のお母さんが、現在の子どもの状況についてお話しました。ホールは、在園児の保護者の方が30~40人ほど集まっていていっぱいです。そして、真剣な顔で私たちの話に耳を傾けていました。子どもたちの現状についてお話したあとは、質疑応答の時間。いろんな質問があったのですが、その中で1人のお父さんから「自分はまだ子どもの障害を完全に受け止めきれていません。皆さんはどうやってお子さんの障害を乗り越えてこられましたか?」と問われました。発達障害の子を育てる親は皆、悩むけれど2人のお母さんは、とても真摯にそれぞれの乗り越え方を話してくれました。そして、いよいよ私の番になったのですが、いろんな思いが頭の中を巡り、答えに困ってしまいました。果たして私は長男の障害を乗り越えたといえるのだろうか。乗り越えるどころか長男の癇癪やこだわりにふり回されて、今ももがいている最中ではないだろうか…。そう思ったので素直にそう言うことにしました(笑)「私自身が息子の障害を乗り越えられた瞬間というのはなくて…」Upload By シュウママそう答えたのですが、それだけではここに集まった方々を失望させてしまいます。園の先生にも申し訳ないです。一生懸命考えました。乗り越えるために私が支えにしているものはなんだろう…第一に浮かんだのは家族の姿でした。わが子の障害を乗り越えるため、私を支えたのは家族や先生だったUpload By シュウママ長男が自閉症と診断されたとき、「自閉症だろうがなんだろうが、かわいい息子であることに変わりはない」と言って支えてくれたのは夫でした。長男のパニックで疲弊していたとき、「病気の子どもは優しいお母さんを選んで生まれてくるんだよ」と言って気持ちを救ってくれたのは次男でした。そして長男がはじめて療育園の門をくぐったとき、優しい笑顔で包んでくれたのは、この療育園の先生たちでした。Upload By シュウママ壁にぶつかるたび私が自力ではい上がったのではなく、いつも周囲の人間が手をさしのべてくれていました。私だけで乗り越えた壁などひとつもなかったのです。伝えようとする中で、私自身が気づいたことご夫婦一緒に参加された方、ママ友同士でメモを取られている方…いろんな方が集まっていましたが、その空間は障害のある子どもを育てる人たちの一体感がありました。わが子のために何ができるか模索する親の姿がそこにはありました。その光景を見て、もうひとつ大きな支えがあったことを、話しながら思い出したのです。「この療育園で知り合ったお母さんやお父さんたちと悩みを打ち明けあうことも、精神的な助けになると思います」Upload By シュウママそう伝えました。人には経験しなければ分からない苦しみというものがあると思います。実際に発達障害のある子どもを育ててはじめて分かる、特有のやるせなさがあるのです。私は大した助言はできないけれど、先輩ママの声に耳を傾けることでもいいと思います。辛いときは辛い、苦しいんだと言い合える相手はきっといると思います。どうかお母さん、お父さん、一人で背負わないでくださいね。
2018年09月06日シュウのやまない大声は家族の悩みの種9歳になる自閉症の長男は、幼いころから癇癪のひどい子どもでした。言葉も少なかったため、気持ちを伝える方法がわからず、自分の思い通りにならないと「あ~」と叫んで怒りをあらわにするのです。Upload By シュウママけれども7歳を過ぎて言葉数が増え、ある程度、意思疎通ができるようになると大声は徐々に減っていきました。やっと落ち着いた…と思っていたのですが、ここ2ヶ月ほど前から再び頻繁に大声を出すようになりました。ただ以前とは少し様子が違い、シュウの顔を覗きこむと笑顔だったのです。恐竜が出てくる番組だったり、アニメの戦闘シーンなどを見ているときにこの傾向はよく見られました。機嫌がいいのにどうして大きな声を出すの?興奮と連動しているのでしょうか。まるでやまびこのように、自分の出す声が反響するのが楽しいーそんな風に見えました。Upload By シュウママ「やめて」も「小さな声で」も通じない…どうしたらいい?そんなある日、またシュウが大声を出し始めました。あまりにも大きな声量に、私は「やめて!」と叫びました。けれどもシュウはいっこうにやめようとしません。私自身が感情的になってはいけないのかと思い、今度は「大きな声を出さないでね」と冷静に言ってみました。しかし、それでも大声がやむことはありません。Upload By シュウママそこで、声を出すことそのものは禁止せず私が小さな声を出して真似させてみました。するとシュウも「あ~」と小さな声を出してくれました。ところが安心したのも束の間、しばらくするとまた大声に戻ってしまいました。結局、対処だけでは根本的な解決にはならず、ほとほと困り果てて、何かいい方法はないか考える日々が続きました。息子が一番興味を持っているものそれから1週間ほど経った時のことでしょうか。シュウがテレビを指差して「あかちゃん!」「あかちゃん!」と連呼するのです。見るとそこには録画したアニメ番組の赤ちゃんが映っていました。Upload By シュウママ長男はその時々でマイブームが起きるのですが、おそらくその時は動物や人間の赤ちゃんが可愛くてたまらなかったんだと思います。ふとひらめきました。そうだ声の大きさを赤ちゃんになぞらえてみたらどうだろう?声の大きさを視覚で伝えるため、興味のあるものに置き換えてみたら…Upload By シュウママ私はホワイトボードを出して、左側から順に赤ちゃんと子ども、大人の絵を描きました。そしてシュウが大声を出すと、ホワイトボードを見せながら「今、大人の声になってるよ。小さい赤ちゃんの声を出すんだよ」と何度も説明しました。するとシュウは「あかちゃんのこえ、あ~」と小さな声を出すようになったのです。完全に大声が治まったわけではないですが、この方法を使うと、「大人の声=大声」「赤ちゃんの声=小さな声」と素早く脳内変換できるようで、少しずつ声の調整ができるようになってきました。自閉症児への伝え方はひとつじゃない自閉症の子どもの大声に悩まされているお母さんは多いと思います。シュウの場合、言葉の習得が進んだことでイライラするような大声はなくなりましたが、ご機嫌だとしても、音量が大きいのは悩ましいものです。声の大きさをどうやって使い分けてもらうか、対処法はそれぞれあると思います。例えば、声の大きさを赤青に色分けして教える、という方法もよく聞きます。わが家のように今お子さんが興味があるものになぞらえて教えるというやり方も有効かもしれません。どうかお試しください。Upload By シュウママ
2018年08月01日双子を可愛がってくれた、ひいおじいちゃん今年の桜は例年より早く咲き、本来ならまだ満開であろう時期に散っていきました。時を同じくして4月の初め、わが家の双子を可愛がってくれたひいおじいちゃんが亡くなりました。双子とひいおじいちゃんの関わりは深く、以前、コラムにもその様子を書いていました。連絡を受けた時、私はしばらく呆然としていました。頭の中には長男の頭を撫でてくれていたひいおじいちゃんの姿が駆け巡ります。知らぬ間に涙があふれ、私の隣りでは次男が悲しそうな顔をして膝を抱えていました。楽しそうにテレビを見ている長男に「ひいおじいちゃん、死んでしまったよ。もう二度と会えないんだよ」と告げました。けれど長男はぽかんとして私の顔を見つめ、またテレビへと視線を戻しました。長男は死というものがどういうものか分かっていなかったのです。Upload By シュウママ不安もある中、子どもたちと葬儀へ参列することに葬儀には、子どもたちも一緒に参列しようと思いました。2人を大切に思ってくれたひいおじいちゃんのもとへ、どうしても連れて行きたかったのです。そうは言っても、本当に大丈夫だろうか、長男は騒いだりしないだろうかーー。乗り込んだ新幹線の中で不安が募ったことを覚えています。Upload By シュウママパニックになってもおかしくない中、意外だった長男の姿初めて入る葬儀場、そして大勢の人。長男にとってはパニックを起こす要素だらけの状況です。Upload By シュウママ通夜がしめやかに営まれている間、私は多動の長男が騒ぎ出したりしないかと気が気ではありませんでした。ところが予想に反して、長男は握り締めた手を膝の上に置いて、きちんと座っていました。ひいおじいちゃんの遺影を見ながら、感じるものがあったのでしょうか。長男はじっと写真へと視線を注いでいたのです。Upload By シュウママなぜひいおじいちゃんはこの場にいないんだろうという寂しさがあったのかもしれません。周囲に漂う重い空気を察したのかもしれません。どちらにせよあの瞬間、長男はひいおじいちゃんの不在を心の底から哀しんでいたのです。長男にとって、ひいおじいちゃんはやはり特別な人だったんだと改めて感じました。ふっと2年前、最後にひいおじいちゃんと会ったときのことが蘇りました。長男を丸ごと可愛がってくれた長男が言葉を話せなかった7歳ごろは、頻繁に癇癪を起こしていました。それは夏休みに私の実家に帰省した時も同じでした。些細なことで泣き出す長男に対し、ひいおじいちゃんは「シュウの頭の中には言葉があふれているよ」と優しく言い続けてくれました。そして冬休みに再び帰省した時のことです。皆と楽しい時間を過ごし、いよいよ家に帰る日。「また会おうな」と言って頭を撫でてくれたひいおじいちゃんに向かって、長男は「バイバイ」と言って手を振ったのです。その瞬間、ひいおじいちゃんは驚いた顔をしてぼろぼろと涙をこぼしました。これが初めて長男がひいおじいちゃんに向かってしゃべった言葉だったのです。言葉があふれているよーーそう励ましてくれたひいおじいちゃんは、誰よりも長男の力を信じてくれていました。でも本当は話さない長男のことを誰よりも心配していたのだと思います。人前で決して泣くことのなかったひいおじいちゃんが、長男のために流した涙。その優しさは長男の心に届いていたのでしょう。Upload By シュウママ長男が葬儀の席で静かに見送ることができたのは、ありったけの愛情で包んでくれたひいおじいちゃんに必死で応えたからだと思います。愛された記憶は、長男の心の中に宝物のようにしまわれているのかもしれません。葬儀に参列できたことで、改めてひいおじいちゃんの残してくれた優しさが心に沁みていきました。そしてそれは長男も同じだったんだということに気づかされて、悲しみが少しだけ癒されていくのを感じたのです。
2018年06月20日父親として自閉症がある息子の子育てに向き合う出典 : もうすぐ父の日ということで、父親としての自分の思いや考えを振り返ってみました。母親の立場からは考え方や悩みの観点が違うこともあるかもしれません。父親なりのお話をできればと思います。私は自閉症児の父親として、心に決めていることがあります。息子の障害が分かった当時から想定していたこともあれば、日々の生活を過ごす中で見出した部分もあります。家族を持つ男性として「当たり前」のようなことも、障害という現実によって「当たり前」と思えなくなるケースもあるだろうと考えてお伝えします。自閉症児の父親として心に決めている3つのこと出典 : つ目は、自分から情報収集して自閉症をより理解することです。私の主な手段はテレビや本、WEBサイトやSNSです。本は図書館などで借りれば無料ですので、気兼ねなく情報収集ができます。WEBサイトでは、個人ブログの場合、療育の実体験や症状について知ることができます。また、発達障害などの専門サイトは日本の制度や社会情勢、新しい動向や特徴的な事例などもよくチェックしています。子どものために参考になることが多く、定期的に見るようにしています。情報を得ることがなく、「何も知らない状態」というのは、余計な不安を感じたり希望を見出せなくなったりしてしまうと考えています。私自身が、そうだったからです。3歳頃に自閉症と言われた当時の息子は、話すことはもちろん、目を合わせることもできない状態でした。そのまま容姿だけが年を重ねていくものだと考えてたため、将来の不安や成長しない(と思っている)ショックはとても大きなものでした。でも、情報を集めたことで少しずつ自閉症の全体像が見え、息子が成長することが分かって前向きになることができました。特に大きかった「発見」は、重度の自閉症でありながら小説家として活動をしている東田直樹さんを知ったことでした。東田さんは息子と同じように手をかざす、ジャンプする、急に動く、歌うなどの症状がありました。しかし、自らパソコンをタイピングして小説の執筆をするだけでなく、文字盤を利用してリアルタイムで人と会話をしていました。特徴的なケースかもしれませんが、当時の私には大きな希望でした。東田さんの姿を通して、わが子の自閉症という障害を理解し、受け入れることができたのだと思います。今後も年齢など息子のステージが変わるにつれて、初めての経験や知らないことが増えていくでしょう。意識的に自閉症やその周辺のことを知ろうとする努力を続けていきたいです。2つ目は、妻のことを意識して気に掛けることです。「夫なら当たり前だ」と思われるかもしれませんが、息子に障害があることが分かり、より意識が高くなりました。ただでさえ大変と言われる子育てです。障害があり、生きにくさを感じることがある子どもを育てていくのは、とても困難が多いだろうと診断された時に覚悟しました。特に考えたのは、精神的な負担です。私は仕事で外に出ていることが多いため、ずっと妻が中心となって子どもを見てくれています。息子と街中を移動する時の周りの視線、保育園や学校に行った時の先生の反応のほか、さまざまな場面で健常児との違いを感じて、落ち込んだり悲しくなることがあり得ると想定しました。そして、それらは実際に全て起こりました。そんな時は、仕事が立て込んでいたり、疲れていたとしても、妻の気持ちが落ち着けるようにできる限り話を聴く時間を取るようにしてきました。妻から話かけてくれることもありますし、明らかに気分が落ちている時はこちらから聞くようにしています。アドバイスや無理に共感するというよりはとにかく話を聴くことが大切。ひと通り話を聴いた後に、短期的に考えるのではなく少し長いスパンで考えてみる、今後(未来)の話をすることで良い形に転換できているのかなと思います。結果的に早く前向きになって、次のことを考えて行動することに繋がっています。また、息子の進学について悩んだ時などは、妻以上に妻のことを考えて発言をしました。息子の当時の状況(発達度合い)を考えた際、特別支援学校ではないところに進学すると、何かが「できない」状況が増えてしまうと考えていました。それにより息子が自尊心を失う可能性もありましたし、何より妻が「自分の教育が悪い」などと自己否定をして落ち込んでしまうことが一番の心配でした。妻が自信を無くしてしまったり、傷ついたりしてしまうと本人も辛いですし、息子もそれを感じ取って悲しい気持ちになるでしょう。もちろん、私も辛くなります。だから、できる限り元気にいて欲しいのが夫としての願いです。3つ目は息子の成長の可能性を探り、伸ばしてあげることです。息子は言葉を話すことが困難なタイプですので、発話がほとんどありません。診断された当時は、息子にこちらの話は通じておらず、コミュニケーションはできないものだと考えていました。しかし、息子と一緒に過ごす中で、彼には意思があり、状況や話を理解していることが分かってきました。教えたことを覚えたり、話したことを行動することが少しずつできるようになったからです。少しずつ自閉症を理解をしていく中で、「できるようになるためには、どうすればよいか?」と思うようになっていた私は、「『声』というアウトプット手段が難しいのであれば、他の手段を習得すればよい」と考えました。それから紙と鉛筆で文字を書く練習を始め、今ではパソコンのタイピングの練習をしています。文字にすれば1文で済んでしまう簡単な話ですが、実際は苦節2年程の時を経て今があります。そもそも鉛筆を握れないところから始まり、線をなぞれない、なぞれるようになっても時には完全に無視することがありました。息子の集中力が切れて1枚のプリントを終わらせるのに2時間かかる日も…。でも、諦めずに可能性を頼りに継続して進めてきたことにより、確実に前進しています。実際に息子がタイピングの練習をしている動画がこちらです。私も「タッチパネルの製品を使おう」と言ったり「好きな数字のタイピングから始めてみよう」「文字のタイピングの前にローマ字を覚えよう」という提案をしながら一緒に進めてきましたが、この練習を全面的に支えてくれたのは妻です。妻のひたむきさと息子自身の努力の成果なので、2人に本当に感謝しています。妻と息子が幸せであるために出典 : 私は、父親として妻や息子に幸せであって欲しいと願っています。そして、そのように導くことが使命だと思っています。これらは自閉症とは何ら関係はありません。今は私たち家族に自閉症という要素が入りましたが、それによって妻や息子が不幸になるものではなく、私たち家族がどのように行動するか?ということが少し変わっただけです。どのような状況下にあっても、まずは父親である私自身が自ら心に決めたことを、継続していくことが全てだと感じています。とはいえ実際には自分一人ではやり切れないことばかりです。妻や息子自身、周りの方の協力があって成り立つものですが、まずは紹介した3つのことを大切にしながら、父親としての使命を果たしていきたいと思います。
2018年06月14日行き先の確認は念入りに…「用意周到」を求められるレジャー出典 : 発達障害の息子と一緒に旅行やレジャー施設などに行くとき、私たち家族は常に先回りして施設の特徴を調べ、息子にとって苦痛な刺激がないかどうかを確認します。大きな音や明るすぎる照明がないか。疲れたときに休ませる場所はどこにするか。混み具合はどうか。泊まりにしたほうが良いか日帰りにしたほうが良いか。息子は刺激に弱く、すぐに「疲れた」と言って座り込んでしまいます。そんな息子が無理をすることなく、「楽しかった」と言って終わってくれるようなラインを探ります。こんなとき、「このレジャー施設は発達障害のある子どもにやさしいよ」「このホテルは発達障害の特性に理解があるよ」というようなことが体系的にまとめられている情報があったら、とても助かりますよね。今回、諸外国の事情を調べていたときに、アメリカでは発達障害のある子どもにやさしい施設に認定を与えていることを知ったのです。認定された施設をまとめてくれている「Autism Travel」というページを見れば、ホテルやレジャー施設などの一覧を見ることができます。 Travel - 自閉症者向け旅行サイト(英語)アミューズメントパークとしては初めて!「セサミプレイス」とは出典 : 「発達障害のある子どもにやさしい施設」の認定は、アメリカのIBCCES(International Board of Credentialing and Continuing Education Standards 資格認定・継続教育基準国際委員会:筆者訳)という団体が行います。同団体の定める条件をクリアすると、「認定自閉症センター(Certified Autism Center)」として認められ、レジャー施設やホテルであればAutism Travelのページに掲載されます。この「認定自閉症センター」に初めて認められたアミューズメントパークが、アメリカ・ペンシルバニア州にある「セサミプレイス」です。ここは、アメリカの子ども教育番組「セサミストリート」のキャラクターのテーマパーク。「セサミストリート」といえば自閉症の女の子のキャラクターが登場したことも話題になりましたね。セサミストリートに自閉症の新マペット登場!番組制作の背景は?日本では視聴できるの?アメリカで「認定自閉症センター」として認められるには、働いているスタッフが発達障害についてしっかりと教育を受けている必要があるそうです。では、「セサミプレイス」のスタッフは、実際にどのような訓練を受けたのでしょうか。公式ホームページに記載されている内容によると、スタッフは発達障害の特性にかかわる以下の点について特別なトレーニングを受けているそうです。・感覚刺激に関する認識・運動能力・自閉症に関する基本的知識・各種プログラムの作成・ソーシャルスキル・コミュニケーション・環境設定・感情についての認識また、スタッフがその人の特性に配慮して、乗ることのできる乗り物をピックアップしてくれたり、刺激で疲れてしまった人のためのコームダウンの部屋を準備してくれていたりします。聴覚過敏の人のためにヘッドフォン貸出が行われているほか、パレードでは、身体を触れられることが苦手な人は、キャラクターが直接ハグしたりすることのない列に案内されるのです。セサミプレイスホームページ ー 世界で初めて「認定自閉症センター」に認定される(英語)「分かっている人がいる」という安心感出典 : 今でこそわが家の息子は感覚刺激が不快になると、自分から休憩するようになりました。成長するに従って、自分の限界を認識することができるようになってきたからです。けれども、幼いころはそうはいきませんでした。水族館に行けば、ボヤボヤとした光と、館内から響く独特の音にやられて、床に這いつくばって動かなくなりました。動物園では、動物の臭いにめまいがしてきてしまい、ずっとおんぶで移動したこともあります。顔は真っ青でした。お祭りに足を運べば、太鼓の音と人混みに吐き気がしてしまい、泣きながら帰りました。心配して「どうしました?」と声をかけてくださるスタッフの方もいましたが、「すみません、発達障害で…」と答えても「?」という顔をされることが多かったのです。そうすると、なんだか申し訳ないことを言ってしまったような気分になり、「大丈夫です。ちょっと疲れたみたいで」と、そそくさとその場を去ったものです。そんな時、具体的に何かをしてくれるわけではなくとも、「セサミプレイス」のようにいまパニックを起こしている人が何に苦しんでいるのか「分かっている人がいる」ということ、それがどんなに心強いことか想像に難くありません。私たち親も、特に何かを配慮をしてもらいたいわけではなく、「知っておいてもらえると、それだけで気持ちが楽」なのです。日本にも、このような認定制度があったら、旅行計画をするときに、もっと気楽に楽しい気持ちでできるかもしれませんね。
2018年05月28日『子どもも親も幸せになる発達障害の子の育て方』著者の立石美津子です。障害基礎年金は自動的に受給はできない!申請のために必要なものとは…Upload By 立石美津子障害のある人は障害基礎年金を20歳から受け取ることができるのは、知っていますか?息子は現在17歳。年金受給できる年齢まであと2年ちょっとです。私は「療育手帳を持っていれば、障害基礎年金は自動的に受け取れるもの」と勘違いしていました。学校の個人面談で担任から、「立石さん、主治医はいますか?いないのであれば、20歳になったら障害基礎年金を受給できるように、申請に必要な診断書を書いてくれる医師を、今から探しておいてください」と言われました。私は、障害基礎年金の受給の申請のためには療育手帳だけ持っていてもダメで、主治医の診断書が必要なのだとこのとき初めて知りました。参考:日本年金機構小児科・児童精神科には年齢制限がある出典 : 私の家の近所に小児専門の国立病院があります。もちろん、発達障害児のための専門外来もあります。でも高校生以上の初診は受けつけていないそうです。発達障害のある子どものかかりつけは、小児科や児童精神科が多いと思います。ですが小児科や児童精神科は、原則として中学生までしか受診ができません。以前は成人期になっても小児科・児童精神科にかかる場合もあったようですが、発達障害の診療ニーズが高まる中、継続しての支援が難しくなってきたという背景もあるようです。また、幼児期は療育に通ったり病院を受診していたりしたけれど、小・中学校時代にはトラブルなく過ごせ、思春期以降も問題行動などの二次障害もなく落ち着いている場合、投薬もなく、主治医を持たないケースもあるでしょう。友人にも「子どもが小さい頃は病院に行っていたけれど、今は定期通院していない」という人が多くいます。そうすると、「障害はあるのに問題行動が落ち着いて病院を離れていた結果、主治医がおらず、年金申請に必要な書類を書いてもらえない」という状態になり、慌てることになってしまうのです。つまり、20歳を迎える前に年金受給申請することになりますが、それまでに成人を診られる病院で主治医を見つけておく必要があります。障害のある子を育てているママ友のなかには、子どもが幼い頃から「年金申請のこと」まで見越して、最初から大人の精神科が併設されているクリニックに通わせている人もいます。でも私は、担任に言われるまで、まったくその知識がありませんでした…。主治医探しの旅へ出典 : 現在、息子は強迫性障害のために大学病院に通院しています。ただ、この病院は「病気の診断を確定して治療方針を立てるところ」です。定期的に通う場合は、住まいの近くのクリニックに転院する必要があるようです。そういう意味ではずっと診てもらえる主治医がいない状態です。わが家の場合、大学病院から他の病院への紹介などはないため、自力で見つける必要があります。都内の精神科のクリニックに電話をしてみました。しかし、まず電話がつながりません。30分電話をかけ続け、やっとつながったとしても「来月の初診枠は満員となりました!」と言われてしまいました。さらに「年金申請の診断書記入目的の新患は受けつけていません」と言われてしまったのです。こうして、病院探しの放浪の旅の途中にあるわが家ですが、医師の立場に立てば、18歳になっていきなり来られても「幼い頃からずっと診てきている訳ではないので、受診してすぐ診断書を書くことは難しい」と考えるのも頷けます。参考:発達障害診療における小児科から精神科へのトランジション | 精神科治療学 第32巻12号(星和書店)精神科医へのスムーズな引継ぎがあれば…出典 : 障害基礎年金の申請支援までして引き継いでもらうことができたら…小児科で診られる年齢と、年金申請までの期間があることなどによって、このような問題が出てきてしまいます。せめて、小児科・児童精神科医が、患者の状態を要約して書面にして成人期の病院へ引き継いでくれたら、精神科医も対応しやすくなると思います。「障害のある人が月に6.5万円(※)を稼ぐことはとても大変です。障害基礎年金があることで、無理なく働くことができるのです」と、知人の社会保険労務士は言います。私もそう思います。ライフラインともいえる障害基礎年金の申請がままならない、制度のはざまでもがく、わが家のような家族はたくさんいると思います。障害基礎年金の申請にも関わる社会の仕組みが、改善されてほしいと強く願っています。そしてまた、わが家のように路頭に迷わないよう、発達障害のある子どもを育てている保護者のみなさんには、中学生になるぐらいから、成人期を見据えた主治医探しをはじめておいてほしいとも思います。(※)「障害基礎年金」年額より算出。障害基礎年金は1級で年額974,125円、2級で779,300円(2018年度)
2018年05月26日無表情だった長男に変化が!2歳ではじめてしゃべった言葉自閉症の長男が赤ちゃんの頃のことです。定型発達の双子の次男に比べ、長男は呼びかけに対する反応も薄く言葉も出ませんでした。そのころは長男が自閉症だとは診断されていなかったので、表情の乏しい長男と接することに不安を覚える毎日でした。言葉もなかなか出ず、「この子は何か障害があるのではないだろうか」─そんな思いが頭をかすめ始めていました。しかし、2歳を過ぎた時、長男が朝ごはんを食べている最中に大きな声で言ったのです。Upload By シュウママ発音は聞き取りにくかったけれどついに言葉を話してくれた!とても嬉しかったことを覚えています。それからしばらくごはん前になると「いただきます」と言うようになりました。このままどんどん言葉が増えていくんだと思っていました。けれどある日ふと気づいたんです。「あれ、最近『いただきます』って言わないな」─。私は長男に「いただきますは?」と聞いてみました。消えてしまった「いただきます」…。もう一度言ってみてけれど長男はじっと私の顔を見つめるだけで、何も言おうとしませんでした。Upload By シュウママ強制してはいけないのかと思い、促すことはやめました。その代わり家族で大きな声を合わせて「いただきます」と言うようにして言葉が戻ってくるのを待っていました。けれど、その後も、長男が「いただきます」と言うことはありませんでした。それから2年の月日が流れました。再び長男に変化!4歳になったころには歌を聞かせてくれました変化があったのは長男が4歳になったころ。その当時、長男は療育施設に通っていたのですが、園で覚えてきた手遊び歌を真似して歌うようになりました。笑顔で歌っていたのです。Upload By シュウママ「ああ、また言葉が出始めた!」本当に嬉しかったです。けれどその喜びも長くは続きませんでした。またしても言葉が出なくなったのです。あんなに楽しそうに歌っていたのに、どんなに呼びかけても歌わなくなってしまったのです。このときの私のショックはとても大きく、主治医の先生に相談に行きました。言葉はどこにいったの?悩む私に先生がかけてくれた言葉私の話を聞いた先生は「今は辛いかもしれないけど、どんどん話しかけてあげてください」と言ってくださいました。Upload By シュウママけれど私は「もう一生言葉が出ないんじゃないかと思うんです」と半ば投げやりに言ってしまいました。「どうせまた言葉は消えてしまうんじゃないか、それなら期待しないでおこう」と思ったからです。けれど先生は「今は言葉の種まきだけしておいてくださいね。またきっと言葉が話せるようになりますよ。一度しゃべったんだもん。大丈夫ですよ」と笑顔で声をかけてくれました。正直、そのときは半信半疑でした。しかし、それからまた長男の言葉が戻ってくるときが突然やってきました。7歳になった頃、「おかあさん」と呼んでくれたのです。Upload By シュウママ成長はそれぞれみんな違うもの涙が出るほど嬉しかったけれど、同時にまた言葉が消えるかもしれないという不安がありました。それでも長男の姿を見た主治医の先生は、素直に喜んでくださいました。Upload By シュウママ息子が9歳になった現在まで、先生の言葉の通り、長男は発音は不明瞭ながら、たくさんの言葉を話すようになってきました。発達障害のある子どもは階段状の成長はしていかないと感じています。ある時は一気に上り、また下がりまた上がり…その繰り返しだと思います。けれど後退しているように見えても、実際はそうではなく着実に前へと進んでいるのだと気づかされました。かけ続けた言葉は、きっとお子さんの心の中に根づいていきます。いつか言葉の花を咲かせる日が来るかもしれません。どうか、言葉の種をまき続けてください。そして、お子さんの言葉の世界を豊かに育ててあげてくださいね。Upload By シュウママ
2018年05月23日東田さんが描く―これまでの自分の人生を振り返って―今回紹介する『自閉症の僕の七転び八起き』(KADOKAWA)を執筆した東田直樹さんには、重度の自閉症があります。このエッセイには、障害のある子どもとの接し方、当事者の心の中、一人の人間としての葛藤、前向きに生きていく力、障害があるがゆえの悲しみや喜びが詰まっています。東田さん自身が振り返る、通常学級での悩みや、家族の自分への接し方、これまでのさまざまな選択からは、本人の努力だけでなく、家族や周囲の支えがどれだけ大きかったのかが伝わってきます。特別支援学校から通信制高校へ。自分がやりたいことを探し続けた青年期出典 : 東田直樹さん(ひがしだなおきさん:以下東田さん)は、重度の自閉症があり、口頭で会話をすることが困難です。ですが、パソコンや文字盤ポインティング(文字盤を指差しながら言葉を発する方法)を使うことで、コミュニケーションを取ることができます。東田さんは小学5年生までは通常学級に在籍、小学6年生から中学3年生の4年間は特別支援学校に通いました。その後特別支援学校の高等部には進学せずに、アットマーク国際高等学校(通信制)に入学、2011年3月に卒業。彼が13歳のときに執筆した書籍『自閉症の僕が跳びはねる理由』は、今や20カ国以上で翻訳・出版されているベストセラーとなっています。東田さんが発する言葉や挑戦する姿勢からは、前向きな性格を感じ取ることができますが、東田さんが初めからそうだったわけではありません。自分が一生かかっても「できない」ことを、同級生が簡単にやってのける姿を見て、苦しんだ小学5年生までの日々。逃げるように転校した特別支援学校で知った、人から大切にされることの重要性。そこは、できないからと言って責められることも叱られることもない、居心地の良い場所でした。特別支援学校で4年間自分を見つめなおした東田さんは、自分の人生を生きたいと、通信制高校への入学を決意します。現在は紆余曲折を経て、作家や詩人として活躍している東田さん。彼は何を思い、どう生きてきたのでしょうか。今の自分があるのは家族のおかげ―東田さんはどう支えられてきたのか出典 : 大人になった東田さんは、子どもの頃に「できなかった」たくさんのことが「できる」ようになりました。幼児用の工作ワーク、人とのコミュニケーション、我慢をすること、家族に言いたいことを言うこと。それから、誰の人生も大変だということにも気づけました。できることが増えた今、東田さんは自閉症で良かったと思える機会も増えたそうです。そして、自分がここまで頑張ってこられたのは、否定せず、障害があるからできないだろうと決めつけず、長所を伸ばそうと努力してくれた家族のおかげだと言います。本書では、東田さんの経験に基づいた、自閉症のある子どもとの接し方も紹介されています。・人格を否定するような叱り方はしない・本人に選ばせる練習をする(選ばせるときは2回確認する)・機嫌がもとに戻ったら、いつものように接する・どんな人になりたいのか聞いて、将来の楽しみを一緒に考える・コミュニケーションを諦めない・問題のある行動は辛抱強く注意するこのように日々心掛けることから、あめのなめ方やおかずを取り分ける方法といった、細かい接し方まで具体的に書かれています。こうした両親のささやかなサポートが積み重なり、今の伸び伸びとした東田さんがあるのでしょう。「愛」と「自分の心」―東田さんの背中を押した、生きる希望と勇気出典 : けれど、接し方よりも大事なのは、「愛」だと言います。「人の心を育てるのは、愛情です。」「愛情を注いでもらっているから、心は育つのです。」「たとえ、自己表現できなくても、知能が低くても、愛は伝わります。自分が大切にされているという実感は、生きる希望につながります。」本書の中で東田さんは、「愛」という言葉を何度も使っています。障害のある子どもを育てることは、ときに一筋縄ではいかない難しさがあります。強く叱りすぎてしまったり、接し方を意識しすぎて疲れてしまったり。しまいには自信を失くしてしまうこともあるかもしれません。子育てに正解がないと分かっていても、上手くいかない、と落ち込むこともあるかもしれません。でも、それでいいのです。落ち込んだり悩んだりするのは、しっかりと子どもに向き合って愛を注いでいる証だからです。無理せず、自分のペースで愛情を注ぐこと。いつかあなたの愛は、その子にとって生きる希望になるはずです。もう一つ、東田さんは「自分の心」の大切さについても述べています。今何をしたいのか、どう感じているのか、本当に幸せなのか。自分の心に正直に生きること。自分の気持ちを大切にしていれば、周りの人の気持ちも尊重できるようになります。もしも、みんなが頑張っているように見えて、自分だけが頑張れない時があっても大丈夫。「頑張れないときがあっていいのです。頑張る基準は、自分の心が決めればいいと思います。」「もしも子どもに障害がなかったら」そう思うのは別に悪いことじゃない出典 : 「障害児の子育てには、たくさんの苦労があります。僕は、子供を愛せない親が悪いのではなく、愛せないほど苦しい状況になってしまうこと、そのものが「悪い」と思っています。親が、もしも子供に障害がなかったらと考えたとしても、別に悪いことではなく自然なことです。」東田さんは当事者目線で、障害のある子どもを育てることについて触れています。彼自身も、自分に障害がなかったらどんな人生を歩んでいたのだろうと考えることもあり、そのことに罪悪感を持っていた時期もあったようです。「普通である想像上の僕は、いつも笑っています。しかし、今の僕より幸せかどうかはわかりません。悩みのない人などこの世にはいないからです。」障害者は決して特別な存在ではありません。それぞれが不安や悩みを抱えて生きている。障害を抱えながら生きていくには、たしかに困難や壁がつきものですが、“普通”と言われる定型発達の人の日常や人生にも、悩みや孤独があります。どんな人も、みんな同じように心を持っている。それが東田さんの考えです。「自分らしく生きられる社会を目指して」―誰にでも必要な3つのこと―出典 : 東田さんは、障害のある人自身にも必要な3つのことを挙げています。・この社会の中で、自分の生きる意味を探すこと・自分のことを理解すること・なぜできないのか、どうすればいいのか自分で考えることこれらをすべて実現するには、周囲のサポートが欠かせません。ずっと自分と向き合い続ける努力も必要です。この3つは、どんな人にとっても大切なことだと思います。どれだけ多くの人が自分のことを理解し、生きる意味を見出し、できないことに立ち向かっているでしょうか?障害があっても、多様な生き方を選択でき、社会の中で自分らしく生きられる温かい未来を東田さんは望んでいます。そんな東田さんの今後の目標とは…「自閉症で本当に良かったと思える人生を歩むこと」。それを達成すべく、日々自分の気持ちと向き合い、行動のコントロールに挑戦しています。ちなみに外出やお金の払い方は、今もトレーニングを継続中だそうです。「どんな生き方を選ぶかは人それぞれでいい、大切なのは自分の気持ち」と語る東田さん。彼はこれからどんな未来を切り拓いていくのでしょうか。悩みや葛藤に向き合い、自分に正直に生きる東田さんの生き方は、たくさんの人の人生の選択を後押ししてくれるでしょう。
2018年05月12日