風の谷の熱血園長 親子の体温、子供の責任感を信念に理想の幼児教育を根付かせた25年の奮闘
それからは、会う人ごとに『お金持ちを知らない?』と声をかけてましたね(笑)」
しかし、思わぬところから、救いの手が差し伸べられる。教え子の親族が、現在風の谷がある川崎市の雄大な里山の700坪の土地を提供してくれるというのだ。
「あとで知るのは、その方は、私の子供たちへの思いに共感してくださったと。必死の思いは通じるんですね」
残るは、資金集め。
「それまでの教え子の親御さんたちを中心に寄付が1千万円ほど集まりました。不足分は私学財団からの借金と、わが家と夫の実家も担保に入れて銀行から借り入れて。借金は3億円以上になりましたが、以来11年間、それこそ無給で働いて返していくんです」
学校法人の認可も下りた。心強かったのは、人脈の豊富さだった。
「それまでの幼稚園で何千人もの父母との出会いがあったでしょう。私が『困っちゃった』と言うたびに、さまざまな手続きで、その道のプロのお父さん、お母さんがアドバイスしてくれました」
こうして98年4月、風の谷幼稚園が創設された。
「『いまどきスクールバスや給食、延長保育がないなんて、子供を預けようと思う親はいないでしょう』と言われ続けましたが、私はたとえ潰れてもいいと、信念を貫き通しました。