「チケットは発売と同時に即完売。落ち込んだ様子を見せることなく歌い上げた聖子さんに多くのファンが涙を流していました。聖子さんはMCで沙也加さんのことについて『今でも信じられない』と語りながらも『私は沙也加の歌声が大好きでした』と話す表情はとても穏やかでした」こう語るのは、4月9日に都内で行われたディナーショーの会場にいた長年の聖子ファン。松田聖子(60)が約4カ月ぶりにステージに戻ってきた。愛娘・神田沙也加さん(享年35)が昨年12月18日に急逝して以来、音楽活動から遠ざかっていた聖子だが、3月7日に歌手活動再開を発表。昨年末に中止したディナーショーの振替え公演を4月と5月に行い、6月からは5会場を回る全国ツアーも予定している。歌手復帰に際して、聖子は新たな決意を述べていた。「聖子さんは活動再開発表と同じタイミングに送付したファンクラブの会報誌で、沙也加さんへの思いを綴っています。そこでは、沙也加さんを失った行き場のない悲しみを吐露しつつも、“沙也加は心の中で永遠に生き続ける”と思い直し、再びステージに立つ覚悟を決めたことが書かれていました」(前出のファン)そうして迎えた復帰初舞台のディナーショー。聖子は入念な準備をして、臨んでいたという。「活動再開が決まってから聖子さんは気持ちを切り替え、ボイストレーニングなどを再開し、急ピッチで準備を進めていたといいます。ファンに少しでも楽しんでもらうため、ディナーショー直前には連日、ショーのスタッフを自宅に招き、綿密な打ち合わせを重ねていたそうです」(音楽関係者)本誌もディナーショーを成功させるべく奔走する聖子の姿を目撃している。本番数日前の4月上旬。聖子は自宅からほど近い都内の撮影スタジオAを訪れていた。「60年以上の歴史を持つ老舗スタジオです。スチールから動画まで幅広く対応しており、多くのアーティストから重宝されています。聖子さんもサンミュージックから独立した’89年ごろから現在まで愛用しており、神田正輝さん(71)との離婚発表会見もここで行っていました」(音楽関係者)このスタジオA、聖子にとってただの撮影場所ではない。沙也加さんとの“思い出”が詰まった大切な場所なのだ。長年、聖子を撮影してきたカメラマンのYAHIMONときはる氏は語る。「私がスタジオAで聖子さんと沙也加さんを見たのは、沙也加さんがSAYAKA名義で歌手デビューした’02年ごろでした。芸能界に入ったばかりの沙也加さんが、大先輩でもある聖子さんの仕事ぶりを見学しにきていたのだと思います。印象的だったのは、沙也加さんがスタジオで少しはしゃいだときに、聖子さんが“遊びじゃないんだから!”と注意したんです。その後、すぐ聖子さんは衣装を着て歌の撮影に入ったのですが、その様子を見た沙也加さんは小さな声で“カッコいい……”と漏らしていました。母として怒った後に“歌手”になった聖子さんを見て思わず口に出たのでしょう」その後もスタジオAでたびたび聖子と沙也加さんの姿を見たというYAHIMON氏。驚くことに、2人の間にですきま風が報じられていたときも、スタジオAで“秘密の交流”が続いていたという。「沙也加さんが結婚式を控えていた’17年5月初旬の話ですが、聖子さんがスタジオAでコンサートの準備をしていたところに、沙也加さんがフラッとやってきたのです。どうやら沙也加さんはお菓子の差し入れを持ってきていたようで、聖子さんは“うれしい!”と感激した様子でした。不仲がささやかれていた時期なので、2人の周囲から離れるスタッフもいましたが、聖子さんと沙也加さんは気にせず話していました」母娘の“思い出”がつまったスタジオをディナーショーの本番直前に訪れ、歌手として再始動した聖子。沙也加さんとの“約束”を果たすべく、前を向いているようだ。「6月からのツアーでは、沙也加さんとの思い出の楽曲を歌う予定でいるといいます。’11年末のカウントダウンライブで沙也加さんとデュエットした『瑠璃色の地球』や沙也加さんが13歳のときに作詞した『恋はいつでも95点』などが候補に入っているようです」(前出・音楽関係者)愛娘との思い出を胸に、聖子はふたたびステージに立つ――。
2022年04月12日松田聖子(60)が4月9日、ディナーショーで復活を果たした。昨年12月18日に愛娘の神田沙也加さん(享年35歳)を亡くした聖子。『日刊スポーツ』によると「これからも、歌うことが好きだった沙也加と一緒に歌って参ります」と涙ながらに宣言し、’11年の『NHK紅白歌合戦』で沙也加さんとデュエットした『上を向いて歩こう』を熱唱したという。本誌は“歌手・松田聖子”が復活するまでの姿を目撃してきた。今年1月下旬、沙也加さんの四十九日を目前に控えた聖子は完全予約制の美容院に訪れていた。「沙也加さんが亡くなってから、聖子さんはふさぎがちになっていました。自宅から出ることはほとんどなく、沙也加さんの遺骨を眺めてばかりいたそうです。しばらく自分の身なりを気にする余裕もなかった聖子さんにとって、一つの“節目”を前に髪を切ることは大事な意味があったでしょう」(知人)1月30日には、沙也加さんの四十九日法要が営まれた。実母である一子さんや夫のK氏とともにワゴンから姿を現した聖子。うつむきながらも、落ち着いた足取りで寺へと向かっていった。「実はこのお寺、Kさん一族の菩提寺なんです。聖子さん一族の眠る福岡のお墓で法要を行うこともできたはずですが、新型コロナの感染が拡大するなか、親族一同で遠出するのはリスクが高い。聖子さんは『1人でも多くの親族に来てほしい』と考えていたため、最善の選択肢としてこのお寺を選んだのでしょう」(前出・知人)そして3月上旬、聖子は“思い出の地”を訪れていた。それは、老舗のデパートだ。「このデパートは聖子さんの自宅から近いこともあり、数十年にわたって贔屓にしているところ。コンサートのMCで『買い物するなら絶対ここ!』と公言するほどです。 そして沙也加さんが幼いころから、このデパートに2人でたびたび足を運んでいたと聞いています」(音楽関係者)沙也加さんとの縁も深いデパートで、しっかりとした足取りを見せていた聖子。活動再開を発表したのはその直後、3月7日のことだった。「ファンクラブの会報で聖子さんは『“もう前に進めない”と思ったこともあった。でも、沙也加との思い出を振り返るうちに、“悲しんでいるだけではいけない”と思うようになった』と明かしていました。前向きな決意をしたことで、ようやく今回のディナーショーは開催されたのです」(前出・音楽関係者)再び歌い始めた聖子。その美声を、沙也加さんも喜んでいるはずだ。
2022年04月11日2022年4月9日、歌手の松田聖子さんが、東京都内のホテルで、ディナーショーを開催しました。2021年12月18日に、娘であり、俳優や歌手として活躍していた神田沙也加さんが、35歳という若さで急逝。松田さんは、同月31日の歌番組『紅白歌合戦』(NHK)の出演を辞退し、自身の公演を中止するなど、活動休止状態が続いていました。約4か月ぶりの活動となる、ディナーショーの冒頭で、松田さんは沙也加さんについて、このように想いを語っています。ステージ序盤、「私の娘は天国に旅立ちました。突然のことで現実を受け止められず…今でも信じられない気持ちです」と報告。「沙也加は小さな頃から歌が大好きでした。おもちゃのマイクを持ち、私の『Rock’nRouge』を歌っていました。それが昨日のようです」と振り返った。サンケイスポーツーより引用その後、「私は沙也加の歌声が大好きでした。今も彼女の歌声は私の中に響いています」と、涙をこらえながら天井を見上げた、松田さん。続けて、「これからも皆さんの温かい応援を胸に、感謝の気持ちを忘れずに、この先もずっと頑張って…沙也加と歌ってまいります」と語りました。松田さんの言葉に、ファンからは約30秒間の温かい拍手が送られています。松田さんの活動復帰について、さまざまな声が上がりました。・心の傷は、ずっと癒えることはないのだろうと思います。それでも『松田聖子』として立ち上がる姿に涙が出ました。・深い悲しみの中、中止していたディナーショーから再開するところが、さすがプロだと思いました。ずっと応援しています。・親として、我が子を失うことほど、つらいものはない。心が壊れてしまわないよう、無理はしないでほしい。・まずは1歩を踏み出すことができたのですね。本当にすごいと思います。悲しみは尽きないけれど、前を向こうとする姿を応援したい。今後、2022年5月に大阪府のホテルでディナーショーを、また、同年6月からは全8公演の全国ツアーに臨む、松田さん。癒えることのない深い悲しみを抱きながらも、再出発した松田さんを、多くの人が応援しています。[文・構成/grape編集部]
2022年04月11日女優の内山理名が1日、自身のライフスタイルを発信するオフィシャルサイトを開設した。女優として活躍するかたわら、ヨガインストラクターとしても活動している内山。今回開設されたオフィシャルサイトでは、ヨガや食などライフスタイルについてなど、自身の学びや考えを発信していく。トップページのビジュアルは、ヨガのカットを採用。波の音と風を感じながら、“今「ここ」にいる自分を感じること”を大切している内山の思いを映し出している。コメントは以下の通り。■内山理名ヨガ、食、環境に纏わることなど、これまでの学びや考えについて自ら発信をしてく場をつくりたくサイトを立ち上げることにしました。初めての試みに、今私自身が1番ワクワクしているかもしれません。ここから女優とはまた違う一面を発信していきたいと思っています。もし、“一緒にこんな活動したい!”という方がいらっしゃいましたら、気軽にお声がけ頂けたら嬉しいです。
2022年04月04日昼下がり、都心から少し離れた閑静な高級住宅街にある老舗デパートの地下駐車場に車が止まる。中から現れたのは松田聖子(60)。聖子はブラウンを基調としたチェック柄のコートに身を包み、化粧っ気はない。しかし、その表情はどこか決意に満ちた様子。そして、聖子はしっかりとした足取りで愛娘との思い出が詰まった“聖地”へと歩いていった――。神田沙也加さん(享年35)が突如、この世を去ってからまもなく3カ月。父の神田正輝(71)はMCを務める情報番組『朝だ!生です旅サラダ』(テレビ朝日系)への出演を休むことなく気丈に続け、2月5日にはファンが沙也加さんに追悼メッセージを送ることのできるウェブ上の専用ページが開設された。いっぽう聖子は昨年12月21日に札幌で行われた葬儀後に報道陣の前でコメントして以降、一切の芸能活動を休止。しかし、百日忌も迫る3月7日、ついに沈黙を破る。歌手活動を再開するのだ。「聖子さんは公式サイトで昨年12月に中止した東京と大阪でのディナーショーの振替公演を4月と5月に行うことを発表。8日には、6月から5会場で全国ツアーをスタートすることも明らかになりました」(芸能関係者)本誌は聖子が復帰するまでの一部始終を目撃している。1月30日に都内の寺院で営まれた沙也加さんの四十九日法要に聖子は実母の一子さんや神田らと参列。その数日前には、完全個室のサロンで髪を整えていた。そうした道程を経て、復帰を宣言した聖子。活動再開発表と同時に届きはじめたファンクラブの会報誌で、聖子は秘めていた胸中を明かしている。あるファンは言う。■「もう前に進めない…」「会報誌では4ページにわたって、沙也加さんを失ってからの聖子さんの生活や今の率直な気持ちがつづられています。聖子さんには沙也加さんがもういないことを今でも信じられないという気持ちがあり、“もう前に進めない”と思ったこともあったそうです。しかし、沙也加さんとの思い出を振り返っていくうちに、“私が悲しんでいるだけではいけない”と思うようになり、活動再開を決意したといいます。終盤では、ツアーでファンに会えることに対して“こんなにうれしいことはありません”とも書かれていました」長年にわたって聖子を取材し、会報誌も読んだという芸能リポーターの城下尊之さんは、聖子の気持ちをこう分析する。「聖子さんは声が出ないときは喉に直接注射を打ち、コンサート中に暴漢に襲われた後も休むことなくステージに立ち続け、どんな時でも『松田聖子』を完璧に表現してきました。そんな聖子さんでも、今回の沙也加さんの件で紅白出場を辞退し、活動も休止しました。ここ数年少し距離を置いて見守り続けてきたなかで、沙也加さんが亡くなってしまったことは、さすがの聖子さんにも耐えきれず、前を向くまでにこれだけの時間を要したのでしょう」今も深い喪失感を抱えながらふたたび歩き始めた聖子。そんななか、冒頭のシーンを目撃したのは、活動再開を発表する直前の3月上旬の週末。聖子が訪れた老舗デパートは、彼女の芸能生活には欠かせない大切な場所だという。「自宅から近いこともあって、数十年にわたって贔屓にしているデパートで、聖子さんもコンサートのMCで『買い物するなら絶対ここ!』と公言するほど。常に注目を集める聖子さんにとって、ここでの買い物は数少ないリフレッシュできる時間で、行き詰まったときにもよく訪れていたそうです」(前出・芸能関係者)そして、幼い沙也加さんを連れていくこともしばしばあったと、前出の城下さんは言う。「聖子さんは沙也加さんが幼いころからよく2人でこのデパートに行っていたと聞いています。当時、多忙を極めていた聖子さんですが、沙也加さんと買い物している間は、貴重な母娘2人だけの時間だったのではないでしょうか」■「これからは沙也加と一緒に歌っていく」活動再開宣言の直前に思い出が詰まった“母娘の聖地”を訪れた聖子。当時の記憶をたどることに“再出発の誓い”が込められていると、音楽関係者は言う。「会報誌には、歌手としての沙也加さんへの気持ちも書かれています。聖子さんも沙也加さんの透き通ったまっすぐな歌声が大好きだったと明かし、志半ばで歌手活動を終えた沙也加さんの無念に思いをはせています。そして、続ける形で聖子さんは“これからは沙也加と一緒に歌っていく”とつづっていました。活動再開を決断したものの、まだまだ聖子さんの悲しみは癒えておらず、以前と同じように歌えるのかという不安もあると思います。そんななか、発表直前に沙也加さんとかけがえのない時間を過ごしたデパートに行き、在りし日の思い出に触れることで、自らの気持ちを整理していたのではないでしょうか」東日本大震災が起こった’11年の『NHK紅白歌合戦』に沙也加さんと出演し、2人で坂本九さんの『上を向いて歩こう』を披露した聖子。前出の音楽関係者はふたたびの“母娘共演”にこう期待を寄せる。「聖子さんは紅白での共演をとても喜んでおり、またいつか2人で一緒に歌いたいとずっと願っていたといいます。2人でステージに立つことはもうできませんが、今後、聖子さんが沙也加さんの歌っていた曲を自身のコンサートで歌うこともあるのではないでしょうか」思い出のデパートで母娘の永遠の絆を再確認し、ステージに上がる決意を新たにした聖子。10日に還暦を迎え、まさにメモリアルツアーとなる。沙也加さんの思いを乗せた歌声が響き渡る日はすぐそこだ――。
2022年03月16日「聖子さんは常に“松田聖子”なんです。レコーディングの休憩中でもオフモードにならない。決してスイッチを切らないからオーラが醸し出されるのかもしれません。でも、意識して作っている感じはない。自然な振舞いなんです。こちらからすると、富士山の頂上を仰いでいるような気分でしたね」聖子の不変のアイドル性をそう証言するのは、アルバム『Baby’s breath』(’07年)などに携わった、歴代編曲家シングル総売り上げ2位の記録を持つ船山基紀氏(71)だ。3月10日、松田聖子(60)が還暦を迎えた。デビューから現在までアイドルを全うし続ける彼女の原点をたどると「修学旅行撮影禁止事件」や「ウソ泣きの真実」など新証言が次々と飛び出した――。アイドル・松田聖子の誕生には幾多のドラマが重なっていた。’78年4月、「ミス・セブンティーンコンテスト」の九州地区大会で優勝。カセットテープで歌声を聴いたCBS・ソニーの若松宗雄ディレクターは素質にほれ込み、いくつかの芸能事務所に声を掛けたが、色よい返事がもらえない。そこで翌年、若松氏は桜田淳子などを輩出していた「サンミュージック」に写真とカセットテープを持参した。同社の名誉顧問である福田時雄氏(91)が振り返る。■「カセットデッキ持参で単身上京の度胸が気に入った」「相澤秀禎社長(当時)をはじめ5人で歌を聴きました。’80年には中山圭子というアイドルをデビューさせる予定でしたから、大多数の社員が反対した。ところが、音楽ディレクター(月野清人氏)だけは『いい声だから呼ぶだけ呼んでみましょう』と賛成した。あの一言がなかったらウチに入ってないでしょうね。その後に聖子一人で福岡から事務所に乗り込んできた。その度胸も気に入りました」聖子は持参したカセットデッキのボタンを押して歌い、高評価を得る。今度は、福田氏が芸能界入りに猛反対する公務員の父親を口説くため、実家まで飛んだ。「父親は『一人では上京させられない』とかたくなでしたが、『社長の自宅で面倒見ます』と説得したら折れてくれました。不思議なことに、家族が反対するコのほうが芸能人として伸びる。聖子が紅茶を運んできたとき、テーブルに置いた後もお盆を胸に抱いたまま廊下に正座していた。父親が許すまでは絶対に動かなかった。教育が行き届いている家だと感じました」同じころ、サンミュージックの先輩である渋谷哲平(60)は福岡・久留米でサイン会をしていた。その休憩時間に聖子と福田氏が一緒に楽屋を訪ねてきた。渋谷は言う。「福田さんから『今度ウチに入る蒲池法子ちゃんだよ』と紹介され、近くの喫茶店から出前を取った。僕らは紅茶にしたんですけど、聖子さんは確かクリームソーダかパフェを頼んだんです。普通の人だと『私も同じで』と周りに合わせるけど、初対面で堂々と自分の食べたいものを言える。芯のあるコだなとすごく記憶に残りました」事務所入りは決まったが、サンミュージックには「新人は1年に1人」という方針があった。「来年春のデビューは無理だから、高校を卒業したら東京にいらっしゃいと伝えた。なのに、夏休みに出てきちゃったんです」(福田氏)意志の固い聖子は久留米信愛女学院を中退し、独断で上京。2学期からは東京・堀越高校の芸能コースに編入。相澤社長宅に下宿しながら、堀越に通っていた渋谷はくしくも聖子と同級生になった。「僕の部屋に聖子さんが入ることになり、マネージャーと一緒に隣のアパートに引っ越しました。聖子さんは当時中学生の僕の妹と仲よくなり、同じく下宿していたポップコーンという兄妹デュオと4人でよく遊びに出掛けていた。デパート屋上での男性アイドルのサイン会に一緒に行ったりしたそうです。聖子さんは優しくて妹にミニーマウスの人形をプレゼントしてくれたこともありました」高校の修学旅行で北海道に行ったとき、渋谷は“最強アイドル誕生”の瞬間を目撃している。「まだデビューしていないのに、何人もの男子が『蒲池と写真撮りたい!』と大行列を作ったんです。堀越だから芸能人は珍しくないのに騒ぎになるほど人気があった。聖子さんは気さくに応じていました。あまりに人が並んでいたから、先生が『男子と女子が一緒に写真を撮ってはいけない!』と禁止令を出したほどでした」秋にはドラマ『おだいじに』(日本テレビ系)で太川陽介(63)の恋人役をつかみ、芸名の松田聖子で出演。徐々に名前が浸透していく。「『新人は1年に1人』という原則を破ってでも、聖子を早くデビューさせたいという雰囲気も社内に出てきた。それくらい“売れる歌声”を持っていました」(福田氏)デビューが決まってテレビ局や出版社へ挨拶に出掛けるとき、高校3年生の聖子だけでなく、マネージャー陣もPRで学生服を着た。水着のグラビアにも挑戦した。「月刊誌の『平凡』が乗ってくれてデビュー直前に伊豆大島で水着を撮りました。まだ寒い時期だったけど、本人は震えながらも一生懸命やってくれました」(福田氏)だが、その写真はボツに……。「当時の編集者が『砂浜の色がどうもよくない。白い砂浜にしよう』と言って結局千葉でもう一度撮り直したんです。そういうときも聖子は愚痴をこぼさない。すごくやる気があったし、積極的に何にでも挑戦するコだった。さまざまなタレントを見てきましたが、いちばん根性があるコです」(福田氏)(取材・文:岡野誠)
2022年03月10日1月下旬の夕暮れ時、都内の閑静な高級住宅街に止まった一台の車。運転手がドアを開け、静かに姿を現したのは松田聖子(59)。聖子は洋館を思わせる一軒家の玄関前で足を止めると、出迎えに現れた小じゃれた風貌の男性とともに家へと入っていく。その表情は愛娘の位牌を抱いていたときより、どこか落ち着いたようにも見えた――。神田沙也加さん(享年35)の訃報から、1カ月半。近しい人々は少しずつ悲しみの淵から立ち上がろうとしていた。「父親の神田正輝さん(71)は、沙也加さんの死後も司会を務めるレギュラー番組に一度も休むことなく出演し続けています。’19年に離婚した元夫の村田充さん(44)も沙也加さんが飼っていた愛犬を引き取り、自宅でともに生活する様子をSNSで定期的に投稿しています」(芸能関係者)しかし、神田とともに参列した昨年12月21日の葬儀後、聖子は一切の消息を絶っている。「今年は還暦を迎えるので、大規模なツアーも計画していたそうですが、それも一旦白紙になったそうです。ふさぎがちになり、自宅からほぼ出ずに生活しているといいます」(音楽関係者)不仲説が報じられたこともあったが、傍目からはうかがい知れない強い絆で結ばれていた母と娘だけに聖子の喪失感は計り知れない。そんななか、本誌が目撃した冒頭の聖子の外出。この日、聖子が訪れたのは知る人ぞ知る美容室だった。「カリスマ美容師が顧客と一対一で向き合う完全予約制のプライベートサロンです。顧客がリラックスできることに徹底してこだわり、定休日や営業時間も定めず、時間をかけて丁寧に施術することで知られています。ほかの客が居合わせることもないので、芸能人で通っている人も多数いると聞いています」(美容関係者)約2時間後の午後8時過ぎ、美容師に見送られながら一軒家をあとにした聖子は車に乗り込み、帰路についた。個室サロンでひと時の休息を満喫した聖子。聖子に訪れた心境の変化について知人は言う。「まもなく沙也加さんは四十九日を迎えます。法要を行うかは聞いていませんが、しばらく自分の身なりを気にする心の余裕もなかった聖子さんとしては、一つの“節目”を前に髪を整えることで、少しずつ前に進もうとしているのではないでしょうか」◆前を向き始めた聖子を、家族もそばで優しく見守っている。神奈川県の大学病院で教授を務める夫のK氏は多忙な業務のかたわら真摯に妻を支えているようだ。「Kさんも沙也加さんと親交があっただけに相当ショックを受けたそうですが、“自分が落ち込んではいられない”と考えているそうです。出勤する回数を可能な限り減らして、自宅で聖子さんのメンタル面のケアをしていると聞いています」(K氏の知人)そして、最もそばで聖子を気遣っているのが89歳になる同居実母の一子さんだという。「昨年6月ごろから聖子さんは自宅の建て直し工事を始めており、隣接するもう一軒の自宅で生活する聖子さんの身の回りの世話を一子さんがしているそうです。近年、一子さんが体調を崩すことが増えたこともあって、聖子さんは少しでも一子さんが暮らしやすいようにと、建て直しを決意したといいます。沙也加さんの死後、憔悴してほとんど外出できない聖子さんに代わって、一子さんが買い物に出かけることも多く、聖子さんの好きなバタークリームケーキを注文したこともあるそうです」(前出・聖子の知人)献身的に聖子を支える一子さんだが、娘との関係はずっと順風満帆だったわけではない。「聖子さんが’12年にKさんと再婚する際、一子さんは当時“愛人”と報じられていた男性マネージャーとの関係を清算するよう、聖子さんに忠告しました。しかし、聖子さんは聞く耳を持たず、一子さんが役員を務めていた当時の所属事務所『ファンティック』を飛び出し、新事務所も設立。当時、一子さんは聖子さんの自宅で生活していましたが、同居を解消。親子関係が断絶したのです」(前出・芸能関係者)そんな2人に雪解けが訪れたのは4年ほど前。「一子さんが’18年3月に年齢のことも考え『ファンティック』の役員を退任。そんな一子さんの姿を見た聖子さんは『私が母の終活を支える』と、ふたたび自宅に一子さんを呼び寄せ、同居を再開したのです」(前出・芸能関係者)’18年8月、本誌の取材に対して一子さんはこう語っていた。「私を娘はいつも心配して『そばにいないと何があるかわからないから、1人でいたらダメ!』って言ってくれて。だから全然、(母娘の仲は)大丈夫なんですよ」断絶を乗り越え、母の人生と向き合った聖子。今度は一子さんが聖子が発する“心のSOS”に応えていると前出の知人は語る。「沙也加さんと聖子さんと3人で生活していた時期も長かった一子さんは、2人のことを誰よりもそばで見ています。それだけに、娘を失って今まで見たことないほど落ち込んでいる聖子さんのつらさも痛いほどわかるのでしょう。高齢の一子さんを心配する聖子さんの呼びかけで再開した二世帯同居ですが、一子さんは“今度は私が聖子を助ける番”と考えているそうです。また一子さんは聖子さんのいちばんのファンでもあります。聖子さんが少しでも前向きに還暦を迎え、歌手活動を再開できるためにも、できることを精いっぱいしているのではないでしょうか」母の“逆介助”を力に、聖子は少しずつまた歩き始める――。
2022年02月01日俳優・タレントの内山信二さんが、昨年9月に第一子の妊娠をブログで報告。そして2022年1月20日に、待望の第一子となる女の子が無事に生まれたことを報告しました! 2019年11月29日に一般人女性、琴(こと)さんと結婚した信二さんですが、今回はご出産間近のタイミングで、2人にインタビューをさせていただくことに。インタビュー最終回となる本日は、信二さんの育休や赤ちゃんが生まれた後のお話など、いろいろ語ってくれました!信二さん、育休は取得せず! その理由は…ー育休についてはいかがでしょうか? 信二さんが育休を取得されたり、お仕事をセーブしたりする予定はありますか? 信二さん:これは出産前から2人で話し合っていて、育休とかは僕は取らないです。お仕事を減らすこともしないですね。なので、フルで仕事をしながら、そのなかでできることがあると思うので、僕ができるときに全力で育児をサポートしていきたいです。 ー琴さんはそれに対して、賛同という感じですか? 琴さん:そうですね。育休は取らないで頑張ってお仕事をしてもらって、働けるときに働いてもらえたらって思っています。娘が少し成長したときに、主人がテレビに映っているところを見てほしくて。それで、主人がテレビの画面に映ったときに、「あっ、パパだ~! 」って指を差しながら娘が言っている姿を1度は見てみたいんです。なので、それまでテレビ業界で頑張ってもらいたいなという気持ちがあります。 ー素敵です。すぐに叶いそうですね! 琴さん:だから、それまで休まずお仕事を頑張って欲しいです(笑)。 ー信二さんはお仕事しつつ、できるときに育児に参加するという感じになるんですね。 信二さん:これはすごくありがたいことなんですけど、お義父さんとお義母さんが「サポートしてくれる」って言ってくれているので、そういう家族のサポートも大きいですよね。これがもし、お義父さんとお義母さんが全然遠いところに住んでいたりして、全くサポートができないっていう状況だったら、考えも変わるんでしょうけど。 ーそうですよね。気軽に頼れる家族が身近にいるって貴重ですよね。 信二さん:たまたまなんですけど、お義父さんの勤務先がうちから近いんですよ。身内の方なので安心して頼めるし、僕自身も何も心配なく仕事に集中できるので助かりますね。 ”家族が大好き♡ ”って思ってもらえるような家庭を築きたいー琴さんの理想のママ像について教えてください。 琴さん:赤ちゃんが女の子ということもあり、主人が恐らく甘々になると思うんですよ。なので、私は叱るところは叱って、多分子どもからしても私が鬼母になるのではないのかなと思っているのですが(笑)怒り過ぎず、やさしい気持ちを持てる子に育てられるようなママになりたいですね。 ーお子さんが生まれたら、やってみたいことありますか? 琴さん:やっぱりいろいろな所へ連れって行ってあげて、いろいろな経験をさせてあげたいですね。それで……若手芸人には会わせないようにしたいです(笑)。芸能界にも入りたいって言わせないようにしたいですね(笑)。 ーそうに思う理由はなんですか? 琴さん:やっぱり主人ですかね。身の回りのことなど、なんにもできなかったので。こういう風にはなって欲しくないなぁと……(笑)。 信二さん:そんなことないよぉ~。 琴さん:本人が「やりたい」って言ったらやらせてあげるしかないんですけど、まぁ好きなように生きてもらいたいなと思いますね。それを私たちが全力でサポートでできればいいかなぁって。 ーどういうご家庭を築きたいですか? 琴さん:明るくて家族愛に溢れているような家庭を築きたいです。私自身が家族と仲良しで家族のことが大好きなので、子どもそういう風になって欲しいなって思います。 信二さん:うちも実家がそうだったんですけど、”家族の時間”というのがちゃんとあって。例えば1日1時間とかでもいいから、家族の時間を大事にできる家庭にしたいなと思っています。僕が仕事のロケとかで家にいられないこともあるかと思うのですが、極力子どもの記念日とかには参加して、家族の時間をいっぱい作れるようにしたいなぁと考えています。 ー先ほどの家族愛のお話にもつながる部分はあるとは思うのですが、”育児でこういうことを大切にしていきたい”というのがほかにあれば伺いたいです。 琴さん:私も主人も初めての子育てになるので、仕事で忙しいことも多いと思いますが、2人でやっていけるようにしたいなって思っています。私は全部自分でやってしまうタイプなんですけど、主人にも頼りたいですね。主人も「自分はできないから」って諦めるんじゃなくて、できないことがあったとしても、挑戦してもらってできるようになってもらって、一緒に育児をしていけたらなって思っています。 信二さん:ただただ楽しみたいなと思っているだけですね。育児はきっと今想像している何倍も大変だろうし、いろいろな苦労もあると思うんですけど、すごく長い目で見たときに、その期間ってわずかじゃないですか。子どもが成長する過程で口答えをするようになったり、親に反抗することもあるだろうと思うのですが、それが終わったなと思ったら、親の元を去っていく感じになると思うんですよ。僕は不器用だから子どものお世話をうまくできないと思っているんですが、できないなりに楽しみながら頑張って育児をしたいなと思いますね。 ー楽しむことって大事ですよね。 信二さん:子育てもそうなんですけど、“子どもの幸せ”って、その子によって違うし、そもそも何が幸せかなんて分からないじゃないですか。子どもに「あなたは幸せでしょ? 」っていうのは親の押し付けだと思うので。ただ、”この家って楽しいな”って子どもが思ってくれればいいなぁと思っていて。そういう家庭を築きたいですね。 ーありがとうございます。では最後に、ママになる方たちにメッセージをお願いします。 琴さん:コロナ禍で妊娠・出産を迷っている方も多いと思うのですが、それ以上に幸せが待っていると思うので、不安はあるとは思うんですけど、そんなに考えすぎないで欲しいです。赤ちゃんが生まれるまでの十月十日、楽しい妊婦生活を送って欲しいなと思います。いろいろ大変ですが、一緒に頑張りましょう! 妊娠・出産インタビューでご夫婦にお話しを伺ったのは、今回が初めてでしたが、お2人ともとても丁寧かつ、アットホームな感じで気さくに取材に応じてくれました。ご出産間近という状況のなか、ご協力くださり本当にありがとうございました! そして、何よりご出産おめでとうございます! これからは、かわいい赤ちゃんと一緒に、仲良しで笑顔の絶えない素敵なご家庭を築いてくださいね♡ PROFILE:内山信二さん1981年9月25日生まれで、東京都葛飾区出身。日本の俳優・タレントで、バラエティー番組やテレビドラマを始め、映画やCM、ラジオ番組など幅広い分野で活躍している。2019年11月29日に一般人女性と結婚し、2021年9月ブログにて第一子の妊娠を報告。2022年1月20日には、待望の第一子である女児が無事に生まれたことを自身のブログとInstagramで報告した。
2022年01月29日俳優・タレントの内山信二さんが、昨年9月に第一子の妊娠をブログで報告。そして2022年1月20日に、待望の第一子となる女の子が無事に生まれたことを報告しました! 2019年11月29日に一般人女性、琴(こと)さんと結婚した信二さんですが、今回はご出産間近のタイミングで、2人にインタビューをさせていただくことに。 配信2回目の本日は、急遽変更になったという出産方法やお2人の馴れ初めなど、盛り沢山な内容でお送りします!自然分娩予定が、帝王切開に変更になって…!?ーご出産方法ですが、昨日更新のInstagramで帝王切開の出産が決まったと拝見しました。帝王切開に決まるまでの詳しい経緯は、どういう感じだったのでしょうか? 琴さん:8カ月くらいのときに逆子が分かって、うちの病院は逆子体操とかをあまり推奨していなくて。首にへその緒がマフラーみたいに巻き付いていたらしく、「自然に治ればいいね」という話をしていたのですが、結局直らず……。「このままだと帝王切開だね」と言われて、結局帝王切開で出産することが決まりました。 ー自然分娩予定だったのが帝王切開に変わり、お気持ちのほうはいかがでしょうか? 琴さん:帝王切開って最初聞いたときは怖かったです。私は盲腸とかもやったことがなく、おなかを切ったことがなかったので、おなかを切って、縫って……というのが大手術のように思えちゃって。ただ、SNSでそういう心境をあげていたりすると、いろんなフォロワーさんだったりママさんたちが、「帝王切開、全然大丈夫ですよ」って教えてくれたんです。だから、今はもう安心しています。 信二さん:琴ちゃんが帝王切開に変更になったということをSNSに上げると、それに対してフォロワーさんがDMやメッセージが届いていたんですけど、正直思っていたより帝王切開の人が多いんだなという印象でした。こんなにいるんだぁって思って。それぞれ皆さんが実体験を教えてくれたので、すごく励みになりました! ー経験者からのメッセージは心強いですよね! では、妊娠してから今に至るまで、"コロナ禍だからこそ大変だったな"と思うことはありましたか? 琴さん:コロナへの感染が一番怖かったので、感染しないように気を付けるのが大変でしたね。主人も仕事上いろいろな人に会う機会が多いので、お互い気を付けたりとか、妊娠初期は少し神経質になっていた部分があったので、主人に対して「うがいした? 」「手洗った? 」「すぐお風呂入って! 」ってわりと言っていましたね。あとは、コロナ禍だから大変というのではないですが、初期からつわりがなかったので、おなかで本当に赤ちゃんが育っているのか? という心配はありました。つわりが大変な人も多いと思うので、なかったのはありがたいことではあるのですが……。つわりがあると、赤ちゃんがおなかの中にいるだっていう安心感につながると思うんですけど、本当になかったので不安でした。 ーお話しを聞いていると、コロナ禍だからとか特に関係なく、琴さんの妊娠中のメンタル的がわりと落ち着いているというか、感情の起伏などがあまりなく、不安や葛藤もなかったような印象なのですが、いかがでしょうか? 琴さん:特にメンタル的な浮き沈みはなかったです。子どもを授かったことが本当にうれしかったので、そっちのほうが勝ったのかなぁと。 ー信二さんはいかがでしょうか? 信二さん:初産ということもあり、不安は不安だったんですけど、正直言うと子どもを授かれたことが本当にうれしくて。というのも、もともと自分は結婚できないだろなって思っていたんですよ。30代半ばくらいにもう結婚を諦めたこともあったので。なので、琴ちゃんと出会って結婚ができて、子どもを授かることができたっていうのがすごく幸せで。僕も喜びのほうが勝っているという感じでした。 琴さん:子どもが生まれると、そのあと2人でいる時間が少なくなっちゃうなぁっていう寂しさはありますけど、それくらいですかね。そんなに落ち込んだことはないよね? 信二さん:そうだね。ないかなぁ。しょうがないですよね。コロナって見えない敵ですし。対策はもちろん大事だけど、「不安だ、不安だ」って思いすぎるのは良くないと思うんですよ。それよりも今子どもを授かったことを楽しんだり、喜んだりしたほうがいいと思うんですよね。 コロナ禍で増えた夫婦の時間は、2人の絆を深めてくれたーコロナ禍に妊娠したことで、何か気付きや発見などはありましたか? マイナス面、プラス面があれば教えてください。 信二さん:マイナス面は、予定していたことが何もできなくなってしまったということです。結婚式も挙げられず、新婚旅行も行けていないので。プラス面は、2人の時間ができたということですかね。もともとロケのお仕事が多かったんですけど、コロナの影響でロケのお仕事がなくなったりして、家にいる時間が増えたんです。そういうこともあり、夫婦でYouTubeを始めてみたんですけど、コロナがなければYouTubeも始めていなかったかもしれないし。2人の貴重な時間が充実して過ごせたというのは、プラス面だと思います。琴ちゃんは2人の時間が増えたことでうんざりしたかもしれないけど(笑)、僕は結構楽しかったんで。 ー琴さんはいかがだったでしょうか? 琴さん:正直うんざりしたときもありましたね(笑)。主人は家でも外でもずっとしゃべりっぱなしで変わらないから、疲れちゃうこともありましたけど、夫婦で同じ時間を共有することで2人の仲が深まったのかなと思います。コロナ禍以前はこんなに休みがあることもなかったんですよ。私たちが結婚してからすぐくらいにコロナ禍になってしまったんです。結婚式や新婚旅行を済ませてから妊娠……と、本当は段階を踏みたかったんですけど、結局全部予定が白紙になってしまって。でも「コロナ禍で旅行も式も挙げられないから、妊娠を先にしようか? 」「結婚式はまだまだ先だね」とかって夫婦のこれからのことを話し合う時間が十分取れたので、それはそれでよかったのかなと思っています。 ー仲が深まるのはすごく素敵ですね。ちなみに両親学級は参加されたりしましたか? コロナ禍なので、オンライン開催でおこなっているところもあると聞きますが。 信二さん:申し込んだんですけど、定員オーバーだったり、僕のスケジュールとなかなか合わなくて参加できなかったんですよ。なので、赤ちゃんが生まれたら子どもを3人育てた琴ちゃんのお母さんに聞きながら、お世話をできればと思っています。 ー里帰り出産については、いかがでしょうか? 琴さん:もともと東京から実家が近いのですが、コロナ禍ですし県をまたぐのはやはり抵抗がありました。また、それ以前に里帰りで私が実家に帰ってしまったら、主人が「ご飯はどうしたらいいの? 」ってなってしまうので……(笑)。なので、母親と父親がこっちに来てくれることになりました。 信二さん:僕も仕事で地方に行ったりしなくちゃいけないので。お義父さんとお義母さんには出産してから1カ月くらいは、泊まり込みでこっちに来てもらうことになっています。 アプローチは琴さんから!? 内山夫妻の馴れ初めは…ー妊娠を機にメンタル面での変化はありましたか? 琴さん:10カ月くらい妊婦生活を送っていますが、気持ちが沈んだり落ち込んだすることもなく、楽しみだなぁって思うことが多かったですね。お互い子どもが好きなので、どんな子育てをしていこうか? と話をしたりとか、将来のことについて話している時間がすごく楽しくって。出産への不安ももちろんありますけど、早く生まれて欲しいっていう気持ちが勝っていましたね。 ー信二さんは琴さんの妊娠を機に、メンタル面の変化はありましたか? 信二さん:まだ実感がわかないというのが、正直なところですね。もちろん、妊娠を知ってからうれしさはありましたけど。ただ、僕自身”父親としてこうあるべきだ”みたいなのはあんまり好きじゃなくて。生まれてみないとその子自身がどういう子かも分からないですし。ただ、子どもが生まれたらいろいろな所へ行ったり、いろいろな経験をさせてあげたいなって思うようになりました。 ーありがとうございます。それでは、妊娠後にご夫婦の関係性で何か変化したことがあれば教えていただきたいです。 信二さん:2人の関係性と言うか、どちらが主導だったのかを分かりやすく数字で言うと、付き合いたてのころは僕が10で完全に主導という感じで、それに対して琴ちゃんは0だったんです。でも、付き合っていくうちに(信二さん)7:(琴さん)3になり、(信二さん)5:(琴さん)5になり、結婚した時点で(信二さん)2:(琴さん)8になり、子どもが生まれたらもう(信二さん)0:(琴さん)10だよね? 付き合い当初は0だった琴ちゃんですが、これからは完全に主導になる感じだと思います(笑)。 ー数字が随分と変わりましたね! 信二さん:もともと琴ちゃんの一目惚れから付き合うことになったので、当時は僕の立場が今と真逆だったんですよ。琴ちゃんが「好き! 好き! 」っていう感じだったので。 ーえっ!? それは意外でした。信二さんのどんなところに惹かれたんでしょうか? 琴さん:明るくて人が良さそうだなっていうのから最初入って……(照れ笑い)。 信二さん:ちゃんと答えなきゃ、取材なんだから。もともと琴ちゃんが僕じゃない違うタレントさんの専属のメイクのアシスタントをやっていたんですよね。それでたまたま、そのタレントさんと僕が共演する機会があって。それでそのとき、スタジオに入って行く僕を見たとき……どう思ったんだっけ? 琴さん:かっこいいなぁと思って……(照れ笑い)。 信二さん:そうなんですよ。うん、うん。もう王子様が入って来たと思ったらしいですよ? 琴さん:(照れ笑いをして、顔を手で仰ぎながら)。あっつ(笑)! 一同:(笑)。 ー素敵ですね! 信二さんは琴さんの第一印象はいかがでしたか? 信二さん:琴ちゃんが自分のメイク担当とかでもなかったし、僕は全然覚えていないんです。だから第一印象って全然ないんですよ。特にしゃべったりもしていないので。 ーそうですか。でも、琴さんから愛されて今に至っているというのは、凄く幸せですね。 信二さん:はい。でも、それが付き合っていくうちに真逆になっていくっていうね(笑)。 琴さん:それが仲良く夫婦生活を送る上での秘訣なんだと思います。奥さんが強いほうがうまくいくのかなって(笑)。 お2人が配信しているYouTubeやInstagramなどを拝見していたこともあり、内山ご夫妻の仲の良さは取材前から感じていましたが、取材時も本当に2人の息がぴったりでした! インタビュー中、琴さんが言葉に詰まってしまうと、さり気なく信二さんがフォローをしていて、とっても素敵なご夫婦だなぁと思いました♡ さて、明日の配信はインタビュー最終回です! 信二さんの育休についてや、お子さんが生まれてからのお話しを伺っています。最後までお見逃しなく! PROFILE:内山信二さん1981年9月25日生まれで、東京都葛飾区出身。日本の俳優・タレントで、バラエティー番組やテレビドラマを始め、映画やCM、ラジオ番組など幅広い分野で活躍している。2019年11月29日に一般人女性と結婚し、2021年9月ブログにて第一子の妊娠を報告。2022年1月20日には、待望の第一子である女児が無事に生まれたことを自身のブログとInstagramで報告した。
2022年01月28日俳優・タレントの内山信二さんが、昨年9月に第一子の妊娠をブログで報告。そして2022年1月20日に、待望の第一子となる女の子が無事に生まれたことを報告しました! 2019年11月29日に一般人女性、琴(こと)さんと結婚した信二さんですが、今回はご出産間近のタイミングで、2人にインタビューをさせていただくことに。3日間連続で配信させていただきます。配信1回目となる今回は、赤ちゃんを授かるまでの過程や受けた治療、妊娠・出産までのあれこれについて、いろいろとお話を伺っています。 授かれてとにかくうれしい! 顕微授精にて妊娠が判明し…ーご出産を控えているとのことですが、現在体調のほうはいかがでしょうか? 琴さん:もともとつわりがまったくなくって、妊娠初期のころから変わらず今も元気です。 ーそうなんですね。では、体調面やメンタル面でつらくなったりしたことはありましたか? 琴さん:体調面は本当になにもなくって。食欲が増したくらいかな。主人がいろいろなサポートを結構してくれていたので、内面的には全然大丈夫でした。 ー初めて妊娠が分かったときは、どんなお気持ちでしたか? 琴さん:とにかくすごくうれしかったですね。今回、体外受精での妊娠だったんです。年齢が主人と6つ違うのですが、私も年齢が年齢だったのもあって……。 ー信二さんは妊娠が判明したとき、どんな気持ちでしたか? 信二さん:とにかく誰かに言いたくて! ただ、授かったといっても、もちろん安定期でもないので、とりあえず安定期に入るまでは言わないでおこうと思っていました。ただ、あまりに言いたいので、外に向かって「言いたいーーー!! 」って叫んだりしていました(笑)。素直にそれくらいうれしかったですね。 ー妊活をされていた期間はどれくらいになるんですか? 信二さん:すぐなんですよ。 琴さん:半年くらいだっけ? 信二さん:半年というか、本当は結婚式を挙げてから、妊活に入ろうって話でいたんですが、コロナ禍で結婚式自体が2回も延期になってしまって。正直コロナがいつ落ち着くか分からないし、式もいつ挙げられるか分からないから、とりあえず先に妊活をしてみようというとになったんです。妊活をしていく過程で、結果的に自分たちは体外受精になったのですが、1回目に体外受精を受けたところ、子どもを授かったんです。 琴さん:わりとすぐに子どもを授かることはできましたが、クリニックに通っているときは、メンタルとかいろいろ大変でした。そういう病院に行くのも初めてだったので、病院の空気感に押されそうになったりとか……。子どもができるか不安というのも一番あったので、そこがプレッシャーでしたね。 ー検査をされてから、体外受精という流れだったのでしょうか? 琴さん:そうです。私たちは顕微授精って形だったんですけど、2人とも卵子と精子を採るという感じで。「その方法しかない」という状態だったので。ただ、それをおこなうにあたって検査が沢山あったりとか、毎週のように血液を採ったりとか大変でしたね。 信二さん:採卵が一番大変だったよね? 琴さん:そうなんです。痛くてすごく大変でした。 ーご一緒に検査を受けるなど、お2人で通院をされていたのでしょうか? 琴さん:一緒に行く日もあったんですけどコロナ禍だったので、病院側も「奥様だけ来てください」という感じでした。一緒に行ったとしても、主人が外で待たされる状態で。そういう部分では、少し心寂しい部分はありましたね。 ー信二さんは治療を受けることに対して、どのような気持ちで臨まれていたのですか? 信二さん:とりあえずやってみるかという感じでした。ただ、これで子どもが授かれるのか? ということはずっと疑問に思っていましたが、琴ちゃんにプレッシャーになって欲しくないなとは思っていて。結果が伴わなかったときにショックを受けるのは嫌だったので、あまり重く受け止めて検査をするのではなく、こういう言い方が正しいか分からないのですが、「とりあえず1回目を受けてみようよ」という軽い気持ちで治療を受けました。 琴さんの妊娠で、信二さんのレベルがUP…!?ー琴さんの妊娠が分かってから、信二さんがサポートをおこなっていたということですが、どのようにおこなっていたのか、具体的なエピソードがあれば教えていただけますか? 琴さん:本当に主人は一般の男性ができる基本的なことができなかったんですよ。例えば、お買い物を頼んだら全然違う物を買ってきたり、物が探せなかったりとか。あとは洗濯ができなかったり、掃除機がかけられなかったりと、身の回りのことができなかったんです。ただ、妊娠がわかってからは洗濯ができるようになったり、掃除機がかけられるようになったりと、以前できなかったことができるようになってくれて。それがすごくありがたかったです。私が妊娠したことで、主人がちゃんとした人間になれたかな? っていう(笑)。 ーそうなんですか! では、信二さんに質問なのですが、以前できなかったことが琴さんの妊娠を機にできるようになったのはどうしてでしょうか? 信二さん:”極力できることはサポートしたい”という思いから、できるようになったんだと思います。きっとベビーカレンダーの読者のママさんからしたら、「そんなこと、できて当たり前だよ」って言われそうなんですけど(苦笑)。家事や手伝いといったことを本当に今までやってこなかったので、僕にとって“できなかったことができるようになった”というのは、大きな進歩だと思っています。 琴さん:おなかが大きくなってくると靴下が履けなかったりするんですけど、そういうときは手伝ってくれるようになりましたね。腰が痛いとマッサージしてくれたり。“私が言えば”やってくれるようになったので、ありがたいです。 信二さん:「言えば」ってところにトゲを感じるなぁ。”言われる前にやってよ”っていうメッセージが隠れているような……(笑)。 ー(笑)。今のお話を聞いていると、妊娠前は家事や家のことなどは、全部琴さんがやっていたんですよね? それに対して「なんで私がこんなにやらなきゃいけないの? 」と思うことはなかったですか? 琴さん:主人がそういう人だなぁっていう頭があったのと、多分私が世話好きなんですよね。これまでは「自分でやっちゃったほうが早いな」っていう部分があったので、手伝ってもらうことはなかったです。ただ、妊娠を機に体が思うように動かなかったりして、主人に頼むことが増えたんですけど、そしたら徐々に「言えばやってくれるんだ! 」ってなって。できなかったことができるようになるという成長が見られたので、なんだか”大きい子どもを育てている”という感覚でした(笑)。 立ち会い出産を楽しみにしていた信二さん。残念ながら叶わず…ー今回のご出産はコロナ禍での妊娠・出産ということですが、コロナ禍での妊娠・出産に対して、お2人はどう思っていましたか? 琴さん:コロナ禍の出産は正直不安でした。やっぱり自分自身がかかっちゃうのも怖いですし、主人も仕事をしている人なので、移動があったりするから、どこかでうつっちゃったら怖いなぁっていうのがあって。ただ、今は医療がすごく発達しているし、私は子どもを授かれたのが本当にうれしかったので、”コロナ禍だから”というのは関係ないかなぁと思いました。 信二さん:もちろん不安はありますけど、コロナ関係なく初産はみんな不安だと思うんです。ただ、こういう状況がずっと続いていたので、最低限ですがちゃんと対策はしていますし、子どもは授かりものだと思うので。時期も選べないから、しょうがないかなって感じですね。ただ、本当は立ち会い出産をしたかったんですよ。産まれる瞬間に立ち会って、赤ちゃんの産声を聞いて……っていうのを楽しみにしていたんですけどね。コロナ禍なのでうちの病院では立ち会い出産ができなくなってしまって。思い描いていたバースプランとかけ離れてしまったのは残念でしたね。 ーそうなんですか。ちなみに立ち会い出産ができないというのは、いつごろ決まった感じでしょうか? 琴さん:もともと自然分娩で出産予定だったんですが、去年までは立ち会いが1時間だけ大丈夫だったんですよ。ただ、出産してから1週間入院するんですけど、もともと面会は一切できないという感じで。なので、1時間の立ち会い出産が終わったら、旦那さんは分娩室を出てください。退院のころにまた迎えに来てくださいねという感じで言われていて。 信二さん:今年に入ってから「今後コロナの患者さんが増えた場合は、全く立ち会いができなくなる可能性があります」というのは言われていたので、オミクロン株が増えないことを願っていたんですが、増えてしまって……。 琴さん:それで今年に入って、私たちの病院は立ち会いができなくなってしまったんです。面会ももちろんダメで。 信二さん:本当はすごく立ち会いたかったし、残念です。正直予定日は休みを取って、立ち会うつもりでいたんですけど……。 ーそうでしたか。立ち会えないのはとても残念ですが、当日は琴さんにエールを送る感じになりますね。 信二さん:そうですね。ただ、朝分娩室に入る前に琴ちゃんにちょっとだけ会えるので、そこでエールを送ります。あとは出産後、赤ちゃんが運ばれる2秒くらいは見られるらしいので、その2秒を見て、琴ちゃんが分娩室から出る瞬間に「お疲れ様! 」って声を掛けたら、すぐその場を後にしなくちゃいけないそうなので、その予定でいます。 ーコロナ禍の妊娠期間中、手洗い・うがい・消毒が基本的なことになると思うのですが、そのほかで気を付けていたことはなんですか? 琴さん:安定期に入るまでは極力出かけないようにして、家にほとんどいましたね。つわりがなかった分すごく元気だったので、お友だちに会って妊娠の報告を直接したかったんですけど、どこで感染するか分からないし怖くて。また、ちょうど妊婦さんが出産間近でコロナに感染してお子さんを亡くしちゃったというニュースを見ていたのもあり、外出をしないように徹底していました。安定期に入ってからは感染状況を見ながら、タイミングを見計らって外食することもたまにはありましたが、完全個室のお店とか、極力人と会わないでご飯を食べられる所を選ぶようにしていました。 信二さん:仕事以外は極力外に出ないようにしていましたね。仕事も車で行ける距離であればできるだけ車移動をして、仕事先でもなるべく人と接しないようにするよう心がけていました。 今回ご夫婦で取材に応じてくださった内山夫妻ですが、終始仲睦まじい姿が微笑ましかったです! お2人ともコロナ禍で思うようにいかないこともあったようですが、それよりも「子どもが授かれてうれしい」という共通の気持ちが、取材時にすごく伝わってきて、とてもホッコリしました。配信2回目となる次回は、出産方法やご夫婦の馴れ初めなどについてです。お2人が付き合ったのは、信二さんからではなく、琴さんのアプローチからだったようで……!? ぜひ明日の配信もお楽しみに♪ PROFILE:内山信二さん1981年9月25日生まれで、東京都葛飾区出身。日本の俳優・タレントで、バラエティー番組やテレビドラマを始め、映画やCM、ラジオ番組など幅広い分野で活躍している。2019年11月29日に一般人女性と結婚し、2021年9月ブログにて第一子の妊娠を報告。2022年1月20日には、待望の第一子である女児が無事に生まれたことを自身のブログとInstagramで報告した。
2022年01月27日ミュージカル『ボディガード』に出演する、新妻聖子さんにお話を伺いました。一昨年、大阪で初日の幕が開いてすぐコロナ禍の影響で、わずか5回の公演で中止となったミュージカル『ボディガード』。2年の時を経て、このたびようやく再上演が決まった。「私が出演できたのはわずか2回。状況は理解していましたけれどやり切れない想いがあり、本来迎えるはずの東京公演初日には涙が堰を切ったように溢れて、私はそんなにやりたかったんだなぁって思いました」じつは新妻さんの出産後のミュージカル本格復帰となるはずだった。「育児も舞台もどちらも諦めたくなくて、子供を寝かしつけてから歌詞やセリフを覚えて、振りを練習したりしていたんです。これまで常に悔いのない人生だと思ってきましたが、この公演をもう一度やり遂げるまでは死ねないと初めて思いました」原作映画でも印象的に使われたホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」は劇中でも披露される。「この作品は翻訳も素晴らしくて、ひと言ひと言、お客様が登場人物に感情移入できる言葉を、日本語の微妙な機微も加味しつつ選びながら、ホイットニーの原曲の持つR&Bのグルーヴ感もちゃんと活かせるようになっているんです。これまで自分のコンサートでも何度も歌っている楽曲でしたが、レイチェルとして生きながら歌っていると、これまでまったく感じたことのない感情が湧き上がってくる。他の楽曲も含め、この作品を通じて数々の名曲と出合い直すことができました。今再び作品と向き合うなかで、新たに表現したいことも泉のように溢れて溢れて…早く演じたくて仕方ない(笑)」先日のFNS歌謡祭でも、圧倒的な歌唱力とパワフルな歌声を披露してくれた新妻さん。「ずっと歌手志望でしたが、なかなかそこに繋がるご縁がなく、一度その夢を諦めかけた私を拾ってくれたのがミュージカル界でした。出合えていなかったら私は絶対に今ここにいないと思うので、一番感謝しているし帰ってくる場所でもある。この作品はミュージカルの中でもわかりやすく楽しめる作品ですし、新しくミュージカルに出合ってくださる方がひとりでも増えたら嬉しいです」ミュージカル『ボディガード』世界的に活躍する歌手で女優のレイチェル(柚希、新妻、May J.)の元に頻繁に届く脅迫状。彼女の身を案じ、ボディガード・フランク(大谷)が雇われるが…。1月21日(金)~31日(月)大阪・梅田芸術劇場メインホール2月8日(火)~19日(土)東京・東京国際フォーラム ホールC演出・振付/ジョシュア・ベルガッセ出演/柚希礼音、新妻聖子、May J.(トリプルキャスト)、大谷亮平ほかS席1万3500円A席9500円B席5500円ほか梅田芸術劇場・大阪 TEL:06・6377・3800東京 TEL:0570・077・039(共に10:00~18:00)にいづま・せいこ1980年10月8日生まれ、愛知県出身。『王様のブランチ』リポーターを経て2003年にミュージカル『レ・ミゼラブル』で注目される。近作に『王家の紋章』など。ブラウス¥47,300スカート¥53,900(共にエリザベッタ フランキ/エスケーシー TEL:06・6245・3171)※『anan』2022年1月26日号より。写真・土佐麻理子スタイリスト・小堂真里ヘア&メイク・丹羽寛和インタビュー、文・望月リサ(by anan編集部)
2022年01月25日「沙也加さんが亡くなってから1カ月、聖子さんは今も憔悴しきっています。一部では花を飾った祭壇で、沙也加さんに語りかける日々を送っているとも伝えられました」(芸能関係者)昨年12月18日、仕事で訪れた札幌市内のホテルから転落死した神田沙也加さん(享年35)。突然の訃報に日本中が悲しみに覆われたが、愛娘を失った母・松田聖子(59)の心痛は計り知れない。「沙也加さんの急逝を受けて、開催予定だった5件のディナーショーが中止になりました。『第72回NHK紅白歌合戦』も、出場の方向でギリギリまで話が進んでいたものの辞退。聖子さん自身が、『今は歌えない……』と漏らしたそうです」(前出・芸能関係者)悲嘆に暮れる聖子。今年3月で満60歳となる。「聖子さんは一昨年、デビュー40周年を記念した全国ツアーが予定されていたものの、コロナ禍で全ての公演が延期に。そして去年、なんとか40周年を記念したコンサートツアーの開催にこぎ着けました。今年も還暦の節目に大々的なツアーを計画していましたが、現状は全て休止になりました。聖子さんは本来、新しいことに意欲的です。デビュー40周年の際には、ホラー映画の監督業に挑戦。還暦では新譜でファンを驚かせたいと考えていたそうです。しかしこちらも事実上ストップしているといいます」(音楽関係者)昨年10月、『news23』(TBS系)に出演し、「デビューから41年間、変わらず“歌を歌えること”に幸せを感じている」と語っていた聖子。彼女が再び歌う日は訪れるのだろうかーー。「実は昨年末中止となったディナーショーを、今夏に再び開催する構想があるそうです。それが活動再開の場となるでしょう。常に支え続けてくれた多くのファンの目の前で歌うことから再出発するのが、歌手としての自分の責務だと考えているのです。聖子さんは、以前『ファンのみんなの前で歌うとエネルギーをもらえる』とも語っていました。夏のディナーショーでファンと万全の状態で再会するため、最低半年は心身を休ませ、鎮魂の期間にあてたいと考えているそうです」(前出・音楽関係者)心に大きな穴があいた聖子。しかしどんなときでも歌とファンが、彼女を支えているーー。
2022年01月19日「斎場で悲しみの対面をした聖子さんは、眠っているような沙也加さんの表情に嗚咽していたそうです」(音楽関係者)昨年12月18日深夜、神田沙也加さん(享年35)が公演で訪れていた札幌市内のホテルから転落死した。50センチに達する大雪が降り積もった日だった。3日後の21日夕方、愛娘の位牌を胸に札幌市内の斎場で会見を行った母・松田聖子(59)と父親の神田正輝(71)。顔面蒼白の聖子は、集まった報道陣を前に、こう声をふり絞った。「本当にみなさまお寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」2人は、その日のうちに別々の便で東京に戻ってきた。スタッフの先導で先に飛行機を降りてきたのは、聖子の母親だった。うなだれた様子がその失意を物語っている。その後ろに聖子が続いていた。聖子もまた茫然とした表情だった。その胸には濃紺の布で包まれた娘の遺骨が抱えられていた――。これまで聖子と沙也加さんは幾度となく確執が伝えられてきた。だが、2人は心底では固くつながっていたという。デビュー当時の聖子と仕事をしていたカメラマン・YAHIMONときはる氏は証言する。「沙也加さんが17年12月の舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』に出演したときのことでした。別の女優さんの楽屋で私自身が9年間、実母と会っていないと話をしてから、その女優さんの後押しもあり、面識のある沙也加さんの楽屋にご挨拶に行ったんです。沙也加さんからは神妙な顔で、『ちょっと聞こえちゃったんで申し訳ないんですけど……子供に会うのを嫌がる母親なんて絶対にいません!』と言われたんです」沙也加さんは同年5月に村田充(44)と結婚。母娘不仲説が報じられていた時期で、YAHIMON氏は彼女の発言に驚いたという。「その翌日、私は母に会いに行き、3カ月後に母は他界しました。沙也加さんの励ましがなければ、私は母とは会えていませんでした」■「母親が、私を一番愛してくれている」翌年、同舞台の愛知公演に出演していた沙也加さんに感謝を伝えに行くと、こう言われたという。「私、生意気言っちゃってごめんなさい。私も母の“有名税”にずっと悩んでたりしていたんですけど、やっぱり母親が一番つらいって思うようになって……。産んでくれた母親が私を一番愛してくれているから、その真実があれば悪く書かれても仕方ないかなって。だからあんなこと言っちゃったんです……」そんな娘の思いは聖子にも伝わっていたのだろう。空港でも聖子は遺骨を両手で愛おしそうに抱えていた。前出の音楽関係者は言う。「聖子さんは愛娘を突然失った余りの悲しみに、自宅で遺骨をしばらく保管しておくのでしょう。かねて聖子さんは霊感が強く、信心深い方ですから、娘さんのお墓をどうするか熟慮しているといいます」聖子の父の葬儀は一家のルーツでもある福岡県柳川市の菩提寺で執り行われたという。「蒲池家は江戸時代、柳川藩の系譜を継ぐ由緒ある家系で、この菩提寺の創建者でもあったといいます」(地元紙記者)だが、前出の音楽関係者は言う。「ただ、福岡となると東京とは距離があり、日常的に墓参できなくなってしまいます。また、沙也加さんの成人後に再婚した今の旦那さんのお墓に入れる可能性は限りなく低いでしょう。父親の神田さんの実家のお墓に入れた場合は聖子さんは一緒にお墓に入れなくなってしまいます」■神田の母が眠る寺の関係者は「(納骨は)こちらではない」と…東京都新宿区内にある名刹には神田の母で女優の旭輝子さん(享年77)が眠っている。同寺の関係者は、沙也加さんの遺骨がここに入る話は聞いていないと話す。「沙也加さんのことはショックですし、私たちも心配しています。ただ今回のことで神田さんからこちらに連絡はありません。(納骨は)こちらのお墓ではないと思います。神田さんをお見かけしたのは2年ほど前ですが、連絡をいただくこともありますし、定期的に来てくださっているようです。神田さんはしっかりお墓を守っています」前出の音楽関係者は続ける。「そういう事情も踏まえ、沙也加さんのお墓を新たに造ることも選択肢に入っているようです」終活カウンセラー協会の代表理事・武藤頼胡さんは、わが子に先立たれた親の心理をこう指摘する。「お子さんを先に亡くされた場合、気持ち的にすぐに納骨しないことが多いので、しばらくは手元に置くと思われます。ただ、新たに沙也加さんのお墓を造るということは十分考えられます。今は昔と違い、実家のお墓に入る決まりはありません。沙也加さんのお墓を造っておいて、後から聖子さんがそこに入るという形もできます。聖子さんからしたら、娘さんと一緒のお墓に入りたい希望はあるかと思います」父親の神田と分骨する可能性もあるという。「親である聖子さんには『何もしてやれなかった、何もできなかった』という後悔があると思います。だからお墓という形で、少しでも何か良くしてあげたいという気持ちは強いはずです。通える場所にお墓を用意することが、娘にとってもいいと考えるのではないでしょうか」昨年12月18日のディナーショーを最後にステージから下りた聖子は『紅白』出場も辞退した。「当面はライブやメディア出演を一切予定していないと聞いています」(映像関係者)前出のYAHIMON氏も言う。「私の師匠で、聖子さんもお世話になったカメラマンが亡くなったときも事務所関係者が『彼女は悲報を聞くと、絶対に影響が出る』と話していました。聖子さんは非常に繊細な方ですので、しばらくお休みすると思います」愛娘のために自分は今、何ができるのか――。光を求めて、聖子の涙の奔走は続く。
2022年01月05日「本当にみなさん、お寒い中、申し訳ありませんでした。ありがとうございます」12月21日、涙を堪えながらこう声を絞り出したのは松田聖子(59)。同日、札幌市内の斎場で一人娘の神田沙也加さん(享年35)に最後の別れを告げた。その後、元夫の神田正輝(71)と揃って記者会見に臨んだのだった。「聖子さんは沙也加さんの訃報を知った際、人目もはばからず号泣したと聞いています。予定されていたディナーショーは全て中止となり、紅白歌合戦の曲目は未定とされました。気丈に会見に臨まれましたが、今は人前に立てるような精神状態ではないはず。ご両親の深い悲しみは計り知れません……」(スポーツ紙記者)沙也加さんは正輝と聖子という芸能界きってのスター同士の子とあり、聖子の妊娠当時から大いに注目を集めていた。聖子は安定期に入った’86年6月、『さんまのまんま』(関西テレビ)に出演し、明石家さんま(66)と生まれてくる赤ちゃんの話に花を咲かせたこともあった。「当時、聖子さんは妊娠5カ月。さんまさんは『男の子か女の子か当てる!』と言って、聖子さんのお腹をさする一幕もありました。聖子さんは始終、幸せそうな笑みを浮かべて歓談していましたね」(テレビ局関係者)この番組収録後、記者会見に臨んだ聖子は“胎教に気をつけている”として次のようなエピソードを明かしていた。「きれいなものを見たときは“きれいね”とか、美味しいものを食べたら“美味しかったわね”とか、お腹の赤ちゃんに話しかけるようにしているんです」歌手である聖子は、同じように音楽を沙也加さんに聞かせて過ごしたという。「聖子さんは当時、お腹の中の赤ちゃんに好きな歌を歌って聞かせていたと語っていました。他にもホイットニー・ヒューストンやプリンスといったお気に入りの楽曲を、家で流していたそうです」(芸能関係者)■「母との初デュエットが紅白だなんて贅沢で光栄」沙也加さんが誕生したのは’86年10月。成長してからも母娘は、音楽でコミュニケーションを交わしてきた。’97年、聖子は当時小学5年生だった沙也加さんへの思いを作詞作曲した『私だけの天使~Angel~』をリリース。「世界にひとつの輝く宝物」と綴られた歌詞は、愛する娘が生まれてきてくれたことへの喜びで溢れていた。一方、’01年にCMデビューした沙也加さんだが、アーティストとしても早くから才能を発揮していた。聖子が’99年にリリースしたアルバム『永遠の少女』に収録された『恋はいつでも95点』は、当時13歳だった沙也加さんが「ALICE」名義で初めて作詞したもの。さらに聖子が’06年に続けてリリースしたシングル『bless you』『WE ARE.』も、沙也加さんが「上原純」名義で作詞作曲した楽曲だった。そんな母娘は、’11年の『第62回NHK紅白歌合戦』でテレビ初共演を果たしたのだった。「聖子さんと沙也加さんは、“みんなで一緒に歌えるように”との思いで坂本九さんの名曲『上を向いて歩こう』を選びました。当日は聖子さんのカウントダウンライブ会場から生中継。2人は歌唱後、手をしっかりとつなぎ頬を寄せ合っていました。沙也加さんは『母との初デュエットが紅白だなんて贅沢で光栄』と、嬉しがっていたのが印象的でした」(前出・テレビ局関係者)音楽で繋がり合った母娘の軌跡は、永遠に消えることはないだろうーー。■「日本いのちの電話」ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)
2021年12月22日《松田は、未だこの現実を受け止めることが出来ない状態です》女優の神田沙也加さん(享年35)が亡くなったことを受けて、母・松田聖子(59)の所属レコード会社はこうコメントを発表した。沙也加さんはミュージカル『マイ・フェア・レディ』札幌公演のため、市内のホテルに宿泊していた。しかし各メディアによると札幌公演初日である18日、昼の部の入り時間になっても沙也加さんが姿を現さなかったという。舞台は、主人公・イライザ役でWキャストを務める朝夏まなと(37)が代役として出演した。沙也加さんが亡くなった18日夜、聖子は都内のホテルでディナーショーを行っていた。19日には東京最終公演を迎える予定だったが、急きょ中止となった。「聖子さんはどんなときも決して負けない、強い精神力を持っている女性。また転倒して腰と背中を負傷したときでも椅子に座ったままコンサートを開催するなど、ステージに穴を開けないプロ根性の持ち主です。そのため、スタッフからも絶大な信頼があります。しかし、今回ばかりは話が別です。周囲からも心配の声が上がっています」(音楽関係者)大晦日にはNHK『紅白歌合戦』への出場も控えている聖子。SNS上ではディナーショーの中止を受けて、その胸中を案じる言葉が溢れている。《聖子ちゃん大丈夫かな…》《とにかく無理しないでいただきたいところ》《先ずは、沙也加さんの側にいてあげて下さい》■「日本いのちの電話」ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)
2021年12月19日女優の神田沙也加さんが18日に急死したことを受け、母で歌手・松田聖子の現状について所属事務所が19日、レコード会社の公式サイトを通じてコメントした。ユニバーサル ミュージックの公式サイトで、「所属事務所の松田聖子オフィシャルホームページのサーバーがダウンしておりますため、所属レーベルのサイトから神田沙也加さんの逝去につきまして、下記の通り掲載させていただきます」と掲載。「弊社所属、松田聖子の娘であり、女優、歌手の神田沙也加が12月18日に永眠いたしました。お世話になりました関係者の皆様、ファンの皆様には、生前に多大なるご厚情を賜りましたことを心より御礼申し上げます」と伝えた。そして、「松田は、未だこの現実を受け止めることが出来ない状態です」と松田の現状を報告し、「マスコミ関係の皆様におかれましては、松田や親族の深い悲しみや、ご近所の生活やプライバシーにご配慮いただき、自宅、及び、周辺への取材行為、また、憶測による記事掲載等はご遠慮いただき、見守っていただきますよう切にお願い申し上げます」と呼びかけた。神田さんは18日21時40分に急死。19日、所属事務所の公式サイトで「これまで神田沙也加を支えてくださった皆様にご報告させていただきます。2021年12月18日午後9時40分、神田沙也加(享年35歳)が急逝いたしました」と発表された。「詳しい状況は現在調査中」としている。悩んでいる方の相談窓口があります。下記の公式サイトをご覧ください。・電話:よりそいホットライン・SNS:生きづらびっと・いのちと暮らしの相談ナビ(相談窓口検索サイト)
2021年12月19日2021年11月21日、歌手で俳優の吉田栄作さんと、同じく俳優の内山理名さんが、直筆署名入りの文章でそろって結婚を発表しました。深秋の候、皆様におかれましては益々ご健勝の事とお慶び申し上げます。平素は格別なご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。私事で大変恐縮ではありますが、本年2021年11月21日、吉田栄作と、内山理名は、入籍させて頂きましたことを、ご報告させていただきます。今後も二人で力を合わせて、互いを思いやり、笑顔の絶えない人生を共に歩んで行きたいと思っております。またお互いの仕事にも、より一層の精進をして参ります。引き続き、皆様からのご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。Sweet Powerーより引用以前から交際が報じられていた、吉田さんと内山さん。一部報道によると、2人の交際期間は4年になるといいます。2人から届いたおめでたいニュースに、ネット上で祝福の声が寄せられました。・ビッグカップルの誕生ですね!・美男美女でお似合い。末永く、お幸せに。・ついに結婚か~!おめでとうございます!吉田さん、内山さん、ご結婚おめでとうございます![文・構成/grape編集部]
2021年11月21日松田聖子が、ニューアルバム『SEIKO MATSUDA 2021』の収録曲「私の愛」のMusic Videoを公開した。「私の愛」は作詞作曲を財津和夫が手がけた楽曲で、“ファンの皆さんに聖子さんの気持ちをうたで届ける”ことをテーマに制作された。曲中で繰り返される印象的な“LOVE”のフレーズは、松田とファンが一緒に“LOVE”と歌う客席からのレスポンスをイメージしたとのことで、コロナ禍が明けた際にライブで同曲をファンと一緒に歌いたいという松田と財津の想いが込められている。なお松田と財津の2人は、80年代に発表した「チェリーブラッサム」「夏の扉」「白いパラソル」「野ばらのエチュード」など人々の記憶に残る数々の楽曲を生み出している。今回も松田自ら主演と監督を担当した「私の愛」のMVは、温かみのあるバンドサウンドを象徴するシーンとして松田がドラムを演奏しながら歌う姿を披露している。また“LOVE”というキーワードを象徴するように可愛らしいたくさんのワンちゃん達も登場し、楽曲の世界に華を添えている。松田聖子「私の愛」MV本日10月20日にリリースされた『SEIKO MATSUDA 2021』は、昨年リリースされた松田のデビュー40周年記念オリジナルアルバム『SEIKO MATSUDA 2020』のコンセプト「松田聖子の“これまで(過去)”と“これから(未来)”が楽しめるアルバム」の続編となる作品で、セルフカバー楽曲「青い珊瑚礁」「時間の国のアリス」「瞳はダイアモンド」「チェリーブラッサム」「時間旅行」と新曲5曲を加えた全10曲が収録されている。<リリース情報>松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』2021年10月20日(水) リリース●通常盤(CD):3,300円(税込)松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』通常盤ジャケット●初回限定盤(SHM-CD+DVD):4,950円(税込)松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』初回限定盤ジャケット【DVD収録内容】VOICEライナーノーツ / 貴重映像 / 新曲MUSIC VIDEO / インタビュー(予定)●豪華・完全限定盤ボックスセット(UNIVERSAL MUSIC STORE限定):13,200円(税込)SHM-CD+Blu-ray+2LPレコード+ポスター松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』豪華・完全限定盤ボックスセット ジャケット【Blu-ray収録内容】VOICEライナーノーツ / 貴重映像 / 新曲MUSIC VIDEO / インタビュー(予定)【2LP収録内容】Disc 1. SEIKO MATSUDA 2020(全10曲収録)Disc 2. SEIKO MATSUDA 2021(全10曲収録)※LPサイズのブックレット / ボックスケース収納【CD収録曲】※全形態共通01. 青い珊瑚礁〜Blue Lagoon〜02. 時間の国のアリス〜Alice in the world of time〜03. 瞳はダイアモンド〜Diamond Eyes〜04. チェリーブラッサム202105. 時間旅行〜I still miss you〜06. Rendezvous07. My shining days08. You’re the one!!09.あの日の夜の冷たい雨10. 私の愛松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」MV松田聖子「時間の国のアリス 〜Alice in the world of time〜」MV松田聖子「瞳はダイアモンド~Diamond Eyes~」MV『SEIKO MATSUDA 2021』購入URL:松田聖子『SEIKO MATSUDA 2020』デラックス・エディション2021年10月20日(水) リリース※数量限定販売価格:3,300円(税込)松田聖子『SEIKO MATSUDA 2020』デラックス・エディション ジャケット【収録曲】01. 瑠璃色の地球 202002. セイシェルの夕陽〜40th Anniversary〜03. 赤いスイートピー English Version04. SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜(※2020年マクドナルド「ごはんチキンタツタ」CMソング05. いちご畑でFUN×406. 風に向かう一輪の花07. La La!! 明日に向かって(※テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」2020年エンディングテーマ曲)08. 40th Party09. そよ風吹いたら〜I can hear the sound of the waves〜10. 赤いバラ手に抱え11. 蒼いフォトグラフ〜Photograph of yesterdays〜 ※新録収録<ツアー情報>Happy 40th Anniversary!! Seiko Matsuda Concert Tour 2020~2021 "Singles & Very Best Songs Collection!!"※終了分は割愛10月22日(金) 東京 日本武道館開場 17:30 / 開演 18:3010月23日(土) 東京 日本武道館開演 16:00 / 開演17:0010月24日(日) 東京 日本武道館開演 14:00 / 開演15:00関連リンク松田聖子 40周年記念スペシャルサイト:松田聖子 オフィシャルHP:松田聖子 ユニバーサル ミュージックHP:
2021年10月20日松田聖子が、10月20日にリリースするニューアルバム『SEIKO MATSUDA 2021』の収録内容を発表した。昨年リリースされたデビュー40周年記念オリジナルアルバム『SEIKO MATSUDA 2020』の「松田聖子の“これまで(過去)”と“これから(未来)”が楽しめるアルバム」というコンセプトと同じく、“続・40周年記念アルバム”としてリリースされる今作には、セルフカバー楽曲「青い珊瑚礁」「時間の国のアリス」や、「瞳はダイアモンド」「チェリーブラッサム」「時間旅行」に加え、財津和夫が作詞作曲を手がけた新曲「私の愛」など全10曲が収録される。合わせて、今作の通常盤、初回限定盤、豪華・完全版ボックスセットのジャケット写真が公開された。通常盤のジャケットは、前作と同じく過去と未来の松田を繋ぐ象徴的なアートワークとなっており、あどけない表情の写真はトップアイドルに駆け上る直前であるデビュー前に撮影された貴重な写真が使用されている。そして初回盤のジャケットは、YouTubeで200万再生を突破した「青い珊瑚礁~Blue Lagoon~」のMusic Videoで松田が40年ぶりに披露し話題となった“聖子ちゃんカット”で新たに撮り下ろされており、豪華・完全版ボックスセットのジャケットは、『SEIKO MATSUDA 2020』『SEIKO MATSUDA 2021』の通常盤を組み合わせたデザインになっている。さらに、数量限定で同時発売となる『SEIKO MATSUDA 2020』デラックスエディション盤にセルフカバー曲「蒼いフォトグラフ」が追加収録されることが決定した。<リリース情報>松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』2021年10月20日(水) リリース●通常盤(CD):3,000円(税抜)松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』通常盤ジャケット●初回限定盤(SHM-CD+DVD):4,500円(税抜)松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』初回限定盤ジャケット【DVD収録内容】VOICEライナーノーツ / 貴重映像 / 新曲MUSIC VIDEO / インタビュー(予定)●豪華・完全限定盤ボックスセット(UNIVERSAL MUSIC STORE限定):12,000円(税抜)SHM-CD+Blu-ray+2LPレコード+ポスター松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』豪華・完全限定盤ボックスセット ジャケット【Blu-ray収録内容】VOICEライナーノーツ / 貴重映像 / 新曲MUIC VIDEO / インタビュー(予定)【2LP収録内容】Disc 1. SEIKO MATSUDA 2020(全10曲収録)Disc 2. SEIKO MATSUDA 2021(全10曲収録)※LPサイズのブックレット / ボックスケース収納【CD収録曲】※全形態共通01. 青い珊瑚礁〜Blue Lagoon〜02. 時間の国のアリス〜Alice in the world of time〜03. 瞳はダイアモンド〜Diamond Eyes〜04. チェリーブラッサム202105. 時間旅行〜I still miss you〜06. Rendezvous07. My shining days08. You’re the one!!09.あの日の夜の冷たい雨10. 私の愛松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」MV松田聖子「時間の国のアリス 〜Alice in the world of time〜」MV「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」配信リンク:「時間の国のアリス 〜Alice in the world of time〜」配信リンク:『SEIKO MATSUDA 2021』予約URL:松田聖子『SEIKO MATSUDA 2020』デラックス・エディション2021年10月20日(水) リリース※数量限定販売価格:3,000円(税抜)松田聖子『SEIKO MATSUDA 2020』デラックス・エディション ジャケット【収録曲】01. 瑠璃色の地球 202002. セイシェルの夕陽〜40th Anniversary〜03. 赤いスイートピー English Version04. SWEET MEMORIES〜甘い記憶〜(※2020年マクドナルド「ごはんチキンタツタ」CMソング05. いちご畑でFUN×406. 風に向かう一輪の花07. La La!! 明日に向かって(※テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」2020年エンディングテーマ曲)08. 40th Party09. そよ風吹いたら〜I can hear the sound of the waves〜10. 赤いバラ手に抱え11. 蒼いフォトグラフ〜Photograph of yesterdays〜 ※新録収録<ツアー情報>Happy 40th Anniversary!! Seiko Matsuda Concert Tour 2020~2021 "Singles & Very Best Songs Collection!!"※終了分は割愛10月22日(金) 東京 日本武道館開場 17:30 / 開演 18:3010月23日(土) 東京 日本武道館開演 16:00 / 開演17:0010月24日(日) 東京 日本武道館開演 14:00 / 開演15:00関連リンク松田聖子 40周年記念スペシャルサイト:松田聖子 オフィシャルHP:松田聖子 ユニバーサル ミュージックHP:
2021年09月22日俳優・吉田栄作(52)が再婚すると9月13日に報じられた。『週刊女性PRIME』によるとお相手はかねてから交際が報じられていた、同じく俳優の内山理名(39)。吉田の父親は「来年には結婚すると思うよ」と話したという。吉田は’97年にモデルの平子理沙(50)と結婚したものの、’15年12月に離婚。その約2年後となる’17年11月に放送された2時間ドラマ『今野敏サスペンス 確証~警視庁捜査3課』(TBS系)の撮影現場で、内山と出会った。内山は同年10月、自身のInstagramで吉田とのツーショットを公開。そして《栄作さんは わたくしのテンションの高いハチャメチャなお芝居を全て受け止めて下さり、ありがとうございました》と投稿していた。「いっぽう吉田さんもテレビ誌の取材で『男臭い現場の中でマスコットガール的存在』などといい、内山さんの笑顔に『みんなが癒されていた』とコメント。2人は撮影中に意気投合し、交際は’18年4月頃にスタートしたそうです」(テレビ局関係者)本誌は’18年6月、吉田が内山の自宅に2連泊する通い愛現場を目撃している。その際、吉田が内山の飼い犬と散歩に出かける一幕も。すでに家族同然の仲だったのかもしれない。「2人は都内のステーキ店や目黒川などでも、デートする様子が目撃されていました。その後、吉田さんは主演舞台の取材で『内山さんは来る?』と訊かれ、『たぶん、はい』と恥ずかしそうに笑顔。以降、『結婚秒読みか?』と囁かれることとなりました」(芸能関係者)そんななか吉田が18年末、芸能生活30年というタイミングでデビュー時から所属していた大手事務所を退社。そして、翌年1月に個人事務所を設立した。そのため、結婚のことは“小休止”に。「吉田さんは俳優業だけでなく、今後は事業にも挑戦したいといいます。トレーニングが好きなのでジムの運営や、“酒好き”を活かしバーなどの経営に興味があるそうです」(吉田の知人)しかし、交際当初の内山は36歳。彼女にとって結婚は交際を続ける上で欠かせない要素だったようだ。「内山さんは『彼が結婚に踏み切らない』との理由で交際相手と別れたり、積極的に婚活していた時期があったりするそうです。結婚願望は強いほうといえるでしょうね。ですから吉田さんは彼女の気持ちを汲んでオフの日はなるべく会うようにし、将来のことを真剣に話し合うなど“男気”を見せた。そうしてアラフォーの彼女を3年間も繋ぎ止めることができたんです。内山さんが今年11月で40歳という節目を迎えるのも、結婚の後押しになったのかもしれません」(前出・吉田の知人)本誌が目撃したように“男気”ある通い愛をしながら13歳年下のパートナーを誠意で射止めた吉田。トレンディ俳優はまだまだ現役だ。
2021年09月14日松田聖子がニューアルバム『SEIKO MATSUDA 2021』を10月20日にリリースすることが決定した。松田は昨年デビュー40周年を迎え、「松田聖子の“これまで(過去)”と“これから(未来)”が楽しめるアルバム」というコンセプトで、新曲とセルフカバーをレコードのA面B面のように5曲ずつ収録した40周年記念オリジナルアルバム『SEIKO MATSUDA 2020』をリリースした。その流れを汲み、“続・40周年記念アルバム”としてリリースされる今作は前作と同じコンセプトとなっており、約40年ぶりの“聖子ちゃんカット”のMUSIC VIDEOが話題を集めた「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」や、印象的なイントロでコンサートに欠かせない定番曲「時間の国のアリス 〜Alice in the world of time〜」などのカバーと新曲を5曲ずつ、計10曲が収録される。初回限定盤には、高音質SHM-CDと本人によるアルバム曲の楽曲解説音声を収録したVOICEライナーノーツをはじめ、貴重映像を含むコンテンツを収録したDVDが付属。またUNIVERSAL MUSIC STOREのみで販売される豪華・完全限定盤ボックスセットは、初回限定盤と同内容の高音質SHM-CDとBlu-rayに加えて、『SEIKO MATSUDA 2020』『SEIKO MATSUDA 2021』2枚のLPレコード、そして大型ポスターとブックレットをボックスケースに同封した数量限定アイテムとなっている。さらに、40周年記念アルバム『SEIKO MATSUDA 2020』デラックス・エディションが数量限定で同時発売されることも決定。松田本人による書き下ろしイラスト・ジャケットとなる今作は、新録セルフカバーが追加収録されるほか、NYの名手が手掛ける海外リマスタリング音源となっている。<リリース情報>松田聖子『SEIKO MATSUDA 2021』2021年10月20日(水) リリース●通常盤(CD):3,000円(税抜)●初回限定盤(SHM-CD+DVD):4,500円(税抜)【DVD収録内容】VOICEライナーノーツ / 貴重映像 / 新曲MUIC VIDEO / インタビュー(予定)●豪華・完全限定盤ボックスセット(UNIVERSAL MUSIC STORE限定):12,000円(税抜)SHM-CD+Blu-ray+2LPレコード+ポスター【Blu-ray収録内容】VOICEライナーノーツ / 貴重映像 / 新曲MUIC VIDEO / インタビュー(予定)【2LP収録内容】Disc 1. SEIKO MATSUDA 2020(全10曲収録)Disc 2. SEIKO MATSUDA 2021(全10曲収録)※LPサイズのブックレット / ボックスケース収納松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」MV松田聖子「時間の国のアリス 〜Alice in the world of time〜」MV「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」配信リンク:「時間の国のアリス 〜Alice in the world of time〜」配信リンク:『SEIKO MATSUDA 2021』予約URL:松田聖子『SEIKO MATSUDA 2020』デラックス・エディション2021年10月20日(水) リリース※数量限定販売価格:3,000円(税抜)<ツアー情報>Happy 40th Anniversary!! Seiko Matsuda Concert Tour 2020~2021 "Singles & Very Best Songs Collection!!"6月5日(土) 埼玉 さいたまスーパーアリーナ開場 15:00 / 開演16:006月25日(金) 大阪 大阪城ホール開場 17:30 / 開演 18:306月26日(土) 大阪 大阪城ホール開場 16:00 / 開演17:006月27日(日) 大阪 大阪城ホール開場 14:00 / 開演 15:007月15日(木) 鹿児島 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)開場 17:30 / 開演18:307月17日(土) 福岡 マリンメッセ福岡開場 16:00 / 開演 17:008月28日(土) 愛知 日本ガイシホール開場 16:00 / 開演 17:008月29日(日) 愛知 日本ガイシホール開場 14:00 / 開演15:009月19日(日) 神奈川 横浜アリーナ開場 15:00 / 開演 16:0010月22日(金) 東京 日本武道館開場 17:30 / 開演 18:3010月23日(土) 東京 日本武道館開演 16:00 / 開演17:00関連リンク松田聖子 40周年記念スペシャルサイト:松田聖子 オフィシャルHP:松田聖子 ユニバーサル ミュージックHP:
2021年06月25日自宅で参加できるヨガワークショップスキンケア&ライフスタイルブランド「athletia(アスレティア)」が、女優でヨガインストラクターとしても活躍する内山理名を講師に迎えたオンラインワークショップを開催する。ワークショップのタイトルは「心と身体を感じるHatha Yoga」。IBMA認定パーソナルヨガベーシックトレーナーの資格を持つ内山理名が、アーユルヴェーダの哲学に基づいた日々の過ごし方やヨガを行う上でのマインドフルネスなどを提案する。ワークショップの詳細レッスンは1回45分間の全4回。情報社会のストレスや不安から自身を解放しいたわる「CALM DOWN」、上質な睡眠により心と体を解きほぐすマインドフルネスな夜の過ごし方を提案する「SLEEP」など、テーマは毎回異なる。またテーマ毎にアスレティアのおすすめアロマオイルやアロマルームミストも紹介。香りを楽しみながらヨガを行うことで、より深くリラックスを感じることができる。参加費用は各回2,000円。レッスンはアスレティアスタジオよりライブ配信される。自宅で気軽に参加できるため、ステイホーム中の気分転換にも最適だ。日程詳細や申し込みについては、チケット販売サービス「Peatix」にて確認できる。(画像はプレスリリースより)【参考】※「心と身体を感じるHatha Yoga」
2021年05月11日「かわいすぎる〜♪」とファンならずとも大興奮。40年ぶりに聖子ちゃんカットを披露した松田聖子(59)が話題だ。デジタルシングル『青い珊瑚礁〜Blue Lagoon〜』の配信スタートを記念してのサービスショットだが、今も変わらぬ“ぶりっ子”ポーズや可憐な衣装が大反響となっている。40年前、2ndシングル『青い珊瑚礁』でトップに躍り出た聖子さん。当時、世の女性はみんな聖子ちゃんカットにして、テレビの前でぶりっ子をまねして歌っていましたよね。記者の卒アルの女子は全員聖子ちゃんカットでした(笑)。これを機にまた、ブームが再燃したら半端ない!「女性自身」2021年4月20日号 掲載
2021年04月11日松田聖子が「青い珊瑚礁~Blue Lagoon~」のダンスバージョン映像を公開した。「青い珊瑚礁~Blue Lagoon~」は、松田の名を世に知らしめたデビュー初期の代表曲「青い珊瑚礁」のセルフカバーで、2021年の第一弾配信シングルとして4月1日に配信リリースされた。オリジナル曲のリリース当時はミュージックビデオが存在しなかったが、今回制作されたMVでは松田が約40年ぶりに"聖子ちゃんカット"を披露し話題となっている。同曲初のMVが自身最速の4日間でYouTube100万再生を突破したことを記念して公開された本映像は、MVにも一部収録されているがピンクの衣装を着た松田が80年代を彷彿とさせる可愛らしいダンスを披露している。松田聖子「青い珊瑚礁~Blue Lagoon~」ダンスver.<リリース情報>松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」2021年4月1日(木) 配信リリース松田聖子「青い珊瑚礁~Blue Lagoon~」MV「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」配信リンク:<ツアー情報>Happy 40th Anniversary!! Seiko Matsuda Concert Tour 2020~2021 "Singles & Very Best Songs Collection!!"6月5日(土) 埼玉 さいたまスーパーアリーナ開場 15:00 / 開演16:006月25日(金) 大阪 大阪城ホール開場 17:30 / 開演 18:306月26日(土) 大阪 大阪城ホール開場 16:00 / 開演17:006月27日(日) 大阪 大阪城ホール開場 14:00 / 開演 15:007月15日(木) 鹿児島 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)開場 17:30 / 開演18:307月17日(土) 福岡 マリンメッセ福岡開場 16:00 / 開演 17:008月28日(土) 愛知 日本ガイシホール開場 16:00 / 開演 17:008月29日(日) 愛知 日本ガイシホール開場 14:00 / 開演15:009月19日(日) 神奈川 横浜アリーナ開場 15:00 / 開演 16:0010月22日(金) 東京 日本武道館開場 17:30 / 開演 18:3010月23日(土) 東京 日本武道館開演 16:00 / 開演17:00関連リンク松田聖子 40周年記念スペシャルサイト:松田聖子 オフィシャルHP:松田聖子 ユニバーサル ミュージックHP:
2021年04月08日時代の特色を反映しつつ、さまざまなアイドルが誕生してきた日本の音楽業界。その中でも、日本のアイドル史を語る上で、松田聖子さんを外すことはできないでしょう。1980年代における松田さんのアイドルとしての人気はすさまじく、ヒット曲の数はもちろん、彼女のヘアスタイル『聖子ちゃんカット』を真似する女子が街中にあふれたほど。『永遠のアイドル』と呼ばれ、今なお高い人気を誇る松田さんも、2021年で59歳。60歳を目前にしてもなおアイドルとしてのオーラは健在でした…!松田聖子、40年ぶりに『聖子ちゃんカット』を披露松田さんのデビュー記念日でもある4月1日、1980年のヒット曲『青い珊瑚礁』をセルフカバーした『青い珊瑚礁 ~Blue Lagoon~』が2021年に配信リリースされました。セルフカバー曲のミュージックビデオ(以下、MV)では、約40年ぶりに『聖子ちゃんカット』を披露している松田さん。1980年代の松田さんを思い出しながら、早速ご覧ください。40年という時の流れをまったく感じさせない『聖子ちゃんカット』は、本家だからこそ…!MVは反響を呼び、1980年代当時を知る人を中心に「懐かしい」と歓喜の声が寄せられました。・この年齢まで『松田聖子』さんのままでいられることがすごい。・もうすぐ還暦とは思えない…。・今現在も似合ってしまうのが、すごいな。アイドルとして、唯一無二の個性と存在感を維持し続ける松田さんだからこそ、今もなお『永遠のアイドル』と呼ばれるのでしょう。アイドルのプライドと底力を見せつけられた気持ちです…![文・構成/grape編集部]
2021年04月01日松田聖子が、2021年第一弾配信シングルとして代表曲「青い珊瑚礁」のセルフカバー「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」をデビュー記念日の本日4月1日に配信リリースし、合わせて自身が監督を務めた同曲初のMusic Videoを公開した。昨年デビュー40周年を迎えた松田聖子は、「SWEET MEMORIES 〜甘い記憶〜」「瑠璃色の地球 2020」のセルフカバーや37年ぶりに財津和夫とタッグを組んだ新曲「風に向かう一輪の花」をリリース。オリジナルアルバム『SEIKO MATSUDA 2020』がオリコン・デイリーチャート1位、ウィークリーチャート3位を獲得した。「青い珊瑚礁」はデビューイヤーの1980年に2枚目のシングルとして発売された楽曲で、後の松田作品に欠かせない存在となる大村雅朗が初めて編曲で参加。リリース後ロングヒットし、数ある松田のヒット曲の中でもアップチューンな代表曲となっている。松田は今回のセルフカバーについて「青い珊瑚礁は、私自身も大好きな曲で、デビューして40年経った今、この楽曲をリアレンジでセルフカバーできることに、とてもワクワクしています。2コーラス目のサビ前、”あなたが好き あなたが好き”のリフレインの部分は、オリジナルと違うアレンジになっていて新しい青い珊瑚礁~Blue Lagoon~を楽しんでいただけたら幸せです」と語っている。オリジナル曲のリリース当時はMVが存在しなかったが、今回制作されたMVでは80年代を彷彿とさせるシーンや見逃せない貴重なショットも収録されており、松田は約40年ぶりに"聖子ちゃんカット"を披露している。松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」MV<リリース情報>松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」2021年4月1日(木) 配信リリース松田聖子「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」ジャケット「青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜」配信リンク:<ツアー情報>Happy 40th Anniversary!! Seiko Matsuda Concert Tour 2020~2021 "Singles & Very Best Songs Collection!!"6月5日(土) 埼玉 さいたまスーパーアリーナ開場 15:00 / 開演16:006月25日(金) 大阪 大阪城ホール開場 17:30 / 開演 18:306月26日(土) 大阪 大阪城ホール開場 16:00 / 開演17:006月27日(日) 大阪 大阪城ホール開場 14:00 / 開演 15:007月15日(木) 鹿児島 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)開場 17:30 / 開演18:307月17日(土) 福岡 マリンメッセ福岡開場 16:00 / 開演 17:008月28日(土) 愛知 日本ガイシホール開場 16:00 / 開演 17:008月29日(日) 愛知 日本ガイシホール開場 14:00 / 開演15:009月19日(日) 神奈川 横浜アリーナ開場 15:00 / 開演 16:0010月22日(金) 東京 日本武道館開場 17:30 / 開演 18:3010月23日(土) 東京 日本武道館開演 16:00 / 開演17:00関連リンク松田聖子 40周年記念スペシャルサイト:松田聖子 オフィシャルHP:松田聖子 ユニバーサル ミュージックHP:
2021年04月01日3月18日号の『週刊文春』で、総務相時代にNTTから高額接待を受けていたと報じられた自民党の野田聖子幹事長代行(60)。記事によると、野田氏が接待を受けたのは2回。17年11月にNTTドコモ社長などを歴任した立川敬二氏から受け、18年3月にも当時のNTT西日本社長だった村尾和俊氏から受けたという。各メディアによると、野田氏は“接待疑惑”を否定。3月11日に報道陣に向けて、「仕事の話はほとんどしていない。総務省が全く関わらないプライベートな会合」と釈明したという。また野田氏は立川氏との会食について「岐阜県人会有志の会の先輩たちが懇談会をしようということになった」と説明し、「立川氏はすでに引退していた」「支払いも個人払いだった」とコメント。いっぽう村尾氏との会食については、「30年以上友人としてお付き合いをしてきた」と説明。また村尾氏が退任することなどから「友人として早めに伝えておきたかったという話や、京都の話をした」とコメント。さらに会食費用の26,150円は、最近になって返金したというのだ。「NTT法に基づいて事業計画や役員の選任などは、総務省の許認可を受けています。国家公務員倫理規程では、許認可などを受けて事業を行っている利害関係者から接待を受けることは禁じられています。さらに18年といえば、当時の官房長官だった菅義偉首相が携帯電話料金の値下げに言及し始めた時期。ですが、総務相だった野田氏は『長官に言われたから動くのではなく、常日頃から総務省は取り組んできた』と菅氏をけん制する勢いでした。野田氏はかたくなに“接待”を否定していますが、会食が行われた場所もNTTグループ会社の会員制ゲストハウス『CLUBKNOX 麻布』。総務相という立場であれば、疑われるような行動は慎むべきだったのではないでしょうか……」(全国紙記者)「会食はしたが接待ではない」「会費は返金した」と押し通す野田氏。だが、NTTグループ会社のゲストハウスでわざわざ“プライベートな会合”を催す必要はあったのだろうか。彼女の釈明に批判の声が殺到している。《総務省とNTTはプライベートな関係、つまり身内らしい。それでは、何が問題なのかが分からないわな》《またまた新手の言い訳が!仕事の話はなにもない、プライベートとしたらNTTは無駄な金を使っているということ?》《後から返金すればそれで済むのか。万引きして捕まってから、払うからと言っても許してもらえないだろう。国会議員が法を壊している》《この言い訳があまりにひどい。 これが大人の言うことでしょうか》
2021年03月13日本日、記念すべき59歳の誕生日を迎えた松田聖子。昨年はデビュー40周年を迎え、かつてない大規模ツアーを予定するもコロナ禍で軒並み中止に。それでも12月に行われたディナーショーのチケットは即完売。年末の『第71回NHK紅白歌合戦』にも8年連続で出場するなど、その人気はいまだ健在。まもなく4月に41周年を迎える聖子だが、これまで数々の伝説を残してきた。デビュー当時から聖子を追いかけ続けた本誌だけが見てきた、“聖子伝説”を今こそ、写真とともに振り返りたい――。80年4月に「裸足の季節」でデビューすると、ヒット曲を連発し、一躍トップアイドルの仲間入りを果たした聖子。そんな聖子の初ロマンスの相手はデビュー前からあこがれていた郷ひろみ(65)。しかし、交際を続けるも85年1月に突如、涙の破局会見を敢行する事態に。フリーになった聖子だったが、なんとその翌月に神田正輝(70)との交際が発覚!4月には婚約発表、6月にはサレジオ教会で結婚式を行うというとんとん拍子でゴールインする。そして86年10月には娘・神田沙也加(34)を出産し、幸せの絶頂に。本誌も結婚式、沙也加の出産会見と数々の現場を目撃。結婚式には多くのマスコミが詰めかけ、聖子が教会に到着するとひとめシャッターにおさめようと押し合いになり、怒号が飛び交う瞬間もあった。出産会見にも東京逓信病院にマスコミが殺到し、病院前で会見を開くという異例の事態となった。その後は、89年に事務所から独立、90年に全米デビューと順調にキャリアを重ねるも、終わりは突然やってくる。97年1月に神田との離婚が発表されたのだ。しかし、ただで転ばないのが聖子。98年5月には6歳年下の歯科医と結婚。「会った瞬間日ビビビッときた」というコメントはたちまち話題になる、流行語になるまでに。まさに一挙手一投足が常に日本中を動かす聖子なのであった。
2021年03月10日タレントの内山信二さんと妻・琴さんの『夫婦技』が話題となっています。2021年2月11日、内山家のInstagramに1枚の写真が投稿されました。その写真に「まじか!」「写真が上下逆かと思った」という驚きの声が上がっています。その投稿がこちら! この投稿をInstagramで見る 内山家/uchiyamake(@uchiyama_family)がシェアした投稿 #100キロ#余裕で持ち上げられるw#力持ちの域#安定感しかない#下から見る顔に爆笑#夫婦技#どこで披露するねん#理想はこの上で回したいw#ぜひやってみてね#くだらないことで#笑える幸せ#これぞ平和#ぽっちゃり夫婦uchiyama_familyーより引用妻の琴さんは、体重1003以上ある信二さんを、軽々と持ち上げています!琴さんは「余裕で持ち上げられる」「理想はこの上で回したい」ともコメント。驚異の『夫婦技』に、ファンからはさまざまな声が寄せられています。・まじか!持ち上げるなんてすごい!身体の鍛え方がハンパない!・いや、すごすぎるでしょ!写真を二度見してしまいました。・2人がすごく仲よさそうで癒されますー。かわいい夫婦だな。家での時間を、楽しく過ごしている内山夫婦。2人の仲睦まじい姿は、多くの人の心を癒したことでしょう![文・構成/grape編集部]
2021年02月12日