『パレード』で山本周五郎賞、『パークライフ』で芥川賞を受賞した吉田修一による小説『国宝』が、吉沢亮主演で映画化されることが決定した。『国宝』は、2017年から朝日新聞にて連載された同名長編小説で、歌舞伎界を舞台にした作品。任侠の一門に生まれながらも歌舞伎の世界に飛び込み、芸の道に青春を捧げ、芝居だけに生きてきた喜久雄が、その命を賭けてなお見果てぬ夢を追い求めていく壮大な物語となっている。主演を務めるのは、『キングダム』(2019) で信の親友・漂と玉座を奪われた秦国の王・嬴政の二役を見事に演じ分け、2020年第43回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した吉沢亮。これまで踊りの経験がなかった吉沢は、まずはまっすぐ歩くことから始め、すり足で歩く、正座の仕方、扇子の持ち方、取り方など、基本動作を勉強。ほかの仕事をセーブし、撮影本番のギリギリまで日々歌舞伎の稽古を行い、稀代の歌舞伎役者・喜久雄を演じる。メガホンをとるのは、『フラガール』(2006) で日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀脚本賞を受賞した李相日監督。吉田修一作品に挑むのは、『悪人』『怒り』に続き3度目。脚本は、『八日目の蝉』などのヒット作を手掛け、細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』などで東京アニメアワード個人賞(脚本賞)を受賞した奥寺佐渡子が手掛ける。撮影は、今月3月からスタートし、6月クランクアップ予定。公開は来年2025年を予定している。左より)吉田修一(原作)、李相日監督■吉田修一(原作)コメント『悪人』『怒り』、そして『国宝』へ。夢が叶う。三たび、信頼する李相日監督に自作を預けられる喜びにあふれている。そしてもうひとつ、夢が叶う。『国宝』執筆中も書き終えてからも、ずっとあることを夢見ていた。無理は承知ながら、この稀代の女方・立花喜久雄の舞台を一度でいいからこの目で見てみたいと。その夢が叶う。吉沢亮という稀代の役者を迎えて。■李相日(監督)芸に身を捧げ、人生を翻弄される多彩な登場人物たちが織りなす豪華絢爛な歌舞伎の世界観。吉田さん渾身の作品を担う重圧に慄えが止まりません。小説刊行からの構想6年。言い換えれば、“覚悟“に要した年月です。決め手は、吉沢亮の存在。美しさと虚しさを併せ持つ妖艶なその存在感。役者として着実に成長し進化を遂げた今、まさに機が熟した宿命の出会いです。数多ある困難を超えた先に拡がる未知の世界に、関係者一同胸昂る思いです。■吉沢亮吉田修一先生×李相日監督の3作目。『悪人』ではただただ視聴者として感嘆し、『怒り』ではオーディションの参加者として、何も出来なかった自分への苛立ち、完成を観てのどうしようも無い昂まりと悔しさ。そして『国宝』では当事者としてなにを思うのでしょう。稀代の女方を演じると言う、途方もない挑戦ではございますが、その挑戦の先に見える景色が何よりも美しいものである事を信じて。日々精進です。<作品情報>『国宝』2025年公開
2024年03月05日12月14日、第170回芥川賞と直木賞の候補作品が発表!加藤シゲアキさんの最新書き下ろし長編小説『なれのはて』が、前作『オルタネート』に続き2度目となる直木賞候補作品となり注目を集めています。ここでは、発表当日に行われた会見の様子をお届け。一報を聞いた時の感想から、今作で取り上げた“戦争”というテーマに対する真摯な想いまでをレポートします。「自分でもよくやったなと思う自信作です」前作が直木賞候補作品に選ばれた3年前と同様、報道陣からの拍手とカメラのフラッシュに迎えられて記者会見場に姿を表した加藤さん。堂々としながらも、時に少しはにかんだような表情を見せる姿が印象的だ。一報を聞いた時の心境を尋ねられると、「素直にすごく嬉しかったです。前作の『オルタネート』に続き2作連続で直木賞候補にしていただけることは大変光栄ですし、何より、家族や編集の方々など、皆さんが喜んでくださって。さすが直木賞だと、その力を改めて感じました」。加えて、「ホッとしました」と、再び候補に選ばれたことに安堵した気持ちものぞかせる。候補作に選ばれたことを知ったのは、NEWSで行う東京ドーム公演のリハーサル中だったそう。「マネージャーに呼ばれ、電話で聞きました。僕が急に抜けたものですから、メンバーの小山慶一郎という男は勘がいいので、『何かに選ばれた?』と(笑)。2人とも喜んでくれました」『なれのはて』は、一人のテレビ局員が作者不明の一枚の「絵」を追いかけるうち、とある一族の「業」にたどり着くというミステリー作品。「一読者として、30代半ばの本が好きな男として、自分が読んで楽しめるものを。また、自分が書かなくてはいけないものがあるのではないかとも。僕個人に向けて書くところに意識を持って作品に取り掛かりました」“書かなくてはいけないもの”の一つが、加藤さんのルーツがある秋田で実際に起こり、加藤さんの祖母が経験した土崎空襲、そして戦争である。「戦争というものについて向き合わなければいけないという意識が、30代になってから、なんとなくあって。同世代の作家でも戦争を扱う方が増えてきましたが、おそらく全体的な意識の共有みたいなものが、ずっとあったんだと思います。戦争を扱うことで、自分自身、戦争というものはなぜ起きるのか、繰り返されるのかということも知りたかったですし。また、土崎空襲というものを知った以上は書かなければいけないなと思ったんです」さらに、「祖母から空襲や戦後の話を聞いて、やっぱり、こうしたことを書いて伝えていくことは大事だし、他の方の戦争体験を聞いたことだけでもこの作品を書いた意味はあったと思いました」と強い想いを語った。構想から完成まで約3年。でも、「大変だったこともたくさんありますが、いま振り返ってみると本当にあっという間でした。見えない何かに書かされているような感覚がすごくあって。自分でもよくやったなと思う自信作です」と胸を張る。実際、今作は発売前重版になるなど大きな話題を呼んでいる。それについては、「書店員さんや読者の方の口コミですごく話題にしてくださって。結果、重版に繋がったんだと思います」と感謝の気持ちを述べた。また、記者から若い方へのメッセージを尋ねられると、次のように答えた。「僕は読書や本屋さんが大好きですが、誰しもが必ず本を読まなければいけない、とは思っていない」「ただ、本でしか救われないことや、本だから癒されること、本だからできることがたくさんあって。もし、まだ本を読んだことがない人や、本を読むのが苦手だと思っている人がいるとしたら、そういう方にこそ『なれのはて』を読んでほしいです」2012年の作家デビューから約11年。「書いている時間は孤独です。苦しいことが絶対的に多いんですけど、本という形になることで僕自身は結果的に救われてきたと思います」と、作品と向き合うことの喜びを語る加藤さん。直木賞の発表は2024年1月17日に開催予定だが、嬉しい結果となることを期待したい。写真・幸喜ひかり 取材・文 重信 綾
2023年12月21日2021年のデビューから芥川賞など様々な賞の候補となる話題作を発表し、注目を集める作家の石田夏穂さん。一癖ある主人公をユーモアとともに精緻に描く、石田さんの言葉への思いとは。左上から時計回りに、『我が友、スミス』1540円(集英社)、『ケチる貴方』1650円(講談社)、『黄金比の縁』1650 円(集英社)、『我が手の太陽』1650円(講談社)筋トレにのめり込む20代の女性会社員・U野は、カリスマ的ボディビルダーのO島から勧められ、大会への出場を決意する。鍛える女性という、かつてないテーマで書かれた石田夏穂さんの『我が友、スミス』は、すばる文学賞の佳作に選ばれ、芥川賞候補にもなった。「私の通っているジムにはボディビルやフィジークやビキニといった大会を目標にしている人が何人もいて、興味を持ちました。私もその世界のことはまったく知らなかったので、本を読んだり、そういう人たちを観察したりしてできあがったフィクションです。私の小説では、心理描写のような抽象的なものよりも、言動や状況を具体的に書く部分が多くを占めるので、人間味がないと言われることもあるのですが、たとえばショルダープレスをするときにいちいち『脳内ではいまこんな感情が波打っていて……』みたいな人より、ここの筋肉にいま負荷がかかっているな、程度のことしか考えていない人の方が私はリアルだと思うんですね。事実を淡々と書く分には、そこにウソはないというか」準備を進めていく中で、変わっていくのは体だけではなかった。自身の意識、周囲の反応や視線。ボディビルという世界もジェンダーロールと無関係ではないという気づき。「単純に体を鍛えれば勝つというものでもなくて、ステージ上のパフォーマンスにはピンヒールとか目立つピアスとか、カテゴリーによって女性的なアイテムも求められます。私自身も部外者として驚いたことなので、それは作中に入れたいなと思いました」『ケチる貴方』では、男性ばかりの会社で働く極度の冷え症に悩む女性や、脚の太さがコンプレックスで脂肪吸引を繰り返す女性を主人公にした。肉体が変化していくうちに、精神面も変わっていく様子が繊細に描かれる石田さんの作風を、フィジカル文学と捉えている人もいる。「肉体にとりわけ興味があるわけではないんです。でも、私の中に、体のコンディションが感情を決める側面はあるよなあという感じは根強くあって。たとえば、上司にめちゃめちゃ怒鳴られて、イライラしたとしても、原因を突き詰めていくと、『お腹がすいているせいかも』とか『生理だからかも』とか『カルシウム不足のせいかも』というふうに、実は体はめちゃくちゃ心に影響しているなと」『黄金比の縁』の主人公は、新卒採用を担当するチームに配属されて10年となる入社12年目の小野。入社直後は花形部署にいたが、とある炎上騒動の責任を押しつけられる格好で、人事部へ異動に。不遇を強いられた彼女は、会社への復讐を果たすべくぶっ飛んだ採用基準を思いつく。それが採用というもののいい加減さや、男性社会で生きる女性の生きづらさを浮かび上がらせ、他人を安易にジャッジする社会へのアンチテーゼになっていく。「最近気づいたんですが、私は、好きだったり興味があることよりも、日常生活で感じたイヤなことや、うさんくさいと思うことについての方が書けるみたいです(笑)。実はふだんから、『残業多すぎ!』とか『なんで私がこの仕事やらなきゃいけないんだ!』とか、しょうもない仕事の愚痴をしょっちゅう言ってるんですけれど、そういうときの自分はかなり饒舌ですね(笑)」『我が手の太陽』は、腕に自信があり、周囲からも一目置かれてきた溶接工の伊東が、作業中の不安全行動を理由に望まぬ現場に回されるようになり、仕事も人間関係も荒れていくというストーリー。「作中にも書いたんですが、『仕事ができるやつは挨拶もちゃんとしてる』といった、何の根拠もないけど妙に信じられている言葉ってありますよね。私はそういうのは都市伝説並みに疑っていますね(笑)。マナーの良し悪しや普段の行いは基本的には仕事の能力とは無関係なのに、誰かを批判するときにそういうことも材料にされるのはイヤだなあと。たぶん私は安易なポジティブシンキングが嫌いなんですよね。希望に満ちていない、ネガティブな人物の方に惹かれます(笑)」そんな石田さんが、言葉の力を感じるのはどんなときなのだろう。「カッコいい小説を読んだときとか、すごくシビれます。髙村薫さんや古処(こどころ)誠二さんは大好きで、ディテールをこまやかにすくい上げて、登場人物がどこに意識を向けているかをあくまで客観的に描いているのに、読み手にその心情がヒシヒシと伝わってくる感じが好きです」そこに、特別な何かを持つ人は出てこない。むしろどこにでもいるような人が右往左往したり四苦八苦する姿が面白い、と石田さん。実際、石田さんが書く主人公たちはみな自分の職務や趣味嗜好など、目の前のことに対して真面目だ。真面目がすぎて可笑しみを誘うほど。その人間くさいユニークさも石田さんの小説世界の大きな魅力だろう。「生身の人間ってほとんどが地味な仕事をしていて、ルーティンに則って生きているものだと思うんです。私自身は意志薄弱な方なんですが、たぶんだからこそ、もともと極端にストイックな人間が好きです。しかしだからといって、登場人物たちを神様のような存在にはしたくない。『どんなにストイックでも、言うて人間だろ?お腹もすくし、トイレにも行くだろ?』という気持ち。普通の人の意外さというか、意外な人の中の『意外な普通さ』みたいなもの…すみません、何か禅問答みたいになってしまいましたが、そういう普通の人の話を書きたいと思っています」いしだ・かほ1991年、埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒。2021年「我が友、スミス」が第45回すばる文学賞佳作となる。現在は会社員と二足のわらじ。平日は出勤前の1~2 時間、休日は午前中が主な執筆時間。ユーモアたっぷりの独特の文体がクセになる新鋭だ。※『anan』2023年10月11日号より。写真・中島慶子森 清(講談社写真部/石田さん)取材、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2023年10月06日昨年「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞を受賞した高瀬隼子さん。待望の新作『いい子のあくび』の表題作は、2019年の作家デビュー直後から何度も改稿を重ねてきた作品だという。「ようやく本になってすごく嬉しいです」と高瀬さんが語る本作の主人公は、人より先に気がつくタイプで、公私ともに“いい子”と思われている会社員の直子。でも、彼女の心の中では、損な役ばかり回ってくることに対しての鬱憤がたまっていて…。「最初は主人公=私のつもりで日常の話を書いていたんですが、改稿を重ねていくうちに、直子がどんどん自分から離れて、ヤバい奴になりました(笑)」と言うように、冒頭で直子は、スマホを見ながら自転車を漕ぐ中学生を見て許せない気持ちになり、あえて自らぶつかり小さな事故を起こす。「ヤバい奴とは思いますが私は直子が好きです。私もルールを守りがちなタイプで、ルールを破る人に対し“羨ましい”と“ずるい”が合体した気持ちがあります。なのでスマホを見ながら移動している人にイラッとする攻撃性もありますが、まっとうな人間でいたいのでぶつかることはしないです(笑)。小説の中で直子にそれを託したのかもしれません」この事故がやがて、奇妙な展開を招くことに…。一方、同僚や恋人の前でも“いい子”として振る舞う直子の日常も描かれ、「歯がゆいけど分からなくもない」と感じる人も多いのでは。ただ彼女、友人によって態度を変える点は結構あからさま。「私も友人によって話題を選ぶことはありますが、直子はそれだけでなく、相手が求める反応をしようとしている。“いい子”といっても、“都合のいい子”かもしれませんね」そんな彼女が“割に合わなさ”に耐えられなくなり、起こした行動の顛末とは?他に職場の上下関係の裏の心理を描く「お供え」と、結婚式嫌いなのに友人の式に招待された主人公を描く「末永い幸せ」を収録。「会社の先輩や友達に“本当はこう思っていたの?”と誤解されるのが怖い2編です(笑)。お世話になった先輩に誤解を与える前に話せるよう、近々ランチの約束をしています」著者本人の本音だと思われかねないほど、現代女性のモヤモヤがリアルに描かれた作品集なのだ。ぜひ。『いい子のあくび』職場では誰より先に備品を補充、友人には話題を合わせ、恋人にも“いい子”と言われる直子。でも“割に合わなさ”への不満は募って…。集英社1760円たかせ・じゅんこ2019年に「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞。’22年に「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞受賞。他の著作に『水たまりで息をする』など。※『anan』2023年8月2日号より。写真・土佐麻理子(高瀬さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2023年07月30日デビュー作がいきなり芥川賞候補となり、大注目の安堂ホセさん。『ジャクソンひとり』は、彼にとってまだ2作目の小説作品だという。「2020年頃、自分の中にある話をどういう形で表現しようかと考えた時、小説にしようと思ったんです」その際執筆した作品は文藝賞の最終選考まで残った。翌年再び応募し、見事受賞を果たしたのが本作だ。「前作は一人称で思い入れを書きすぎたので、もうちょっと自分と距離を置いた、三人称の軽い小説にしようと考えました」主人公はブラックミックスで、ゲイとの噂があるジャクソン。スポーツブランド専用ジムの整体師だ。会社で偶然、彼の服にプリントされたQRコードが読み取られたところ、現れた動画はブラックミックスの男のあられもない姿。ジャクソンが否定しても社内の人々はその男が彼だと信じて疑わない。これは誰かによるリベンジポルノなのか――。「性暴力を扱う時、リアルさが欠けていたほうが読み手もダメージを受けないと思って。それで本人も自分なのか分からない状況にしました」整体師という設定も絶妙だ。「男性がリベンジポルノを受けた時、被害者なのに警戒されて疎外されることがある。他人の体に触る仕事をしている人なら、そのあたりがより見えてくるかなと思いました」その後ジャクソンは、動画の男は自分だと主張する他の3人のブラックミックスの男と出会う。「マイノリティの人が周りを怖れるあまり自分で狭めていた世界が、立場が同じ人と会うことで壊れていく。ポジティブな崩壊を書きたかった」4人が集まった時の会話が脱線していくあたりから、タランティーノ作品的な映像が浮かんだと伝えると、「子どもの頃から観てきた監督です。今観ると描かれる価値観に疑問があるけれど、山場と山場の間のシーンも妥協せずに面白くさせるところとかがよくて。コーエン兄弟の映画も、結構本筋から脱線するじゃないですか(笑)。ああいう感じが好きです」本作もまさにそう。彼らは入れ替わり作戦による復讐を思いつくが、「計画が雑ですよね(笑)」と安堂さん。実際、計画は思わぬ道筋を辿り、やがてラストはとんでもない展開に。「小説って自由に書けるんだと嬉しくなって、はっちゃけました(笑)」オフビート感を漂わせながら、彼らが抱く理不尽さも戸惑いも怒りも盛り込み、“当事者が当事者を描いた”感がひしひしと伝わる本作。「自分と同じ立場の人が読んだ時に寒くない小説にしたかった。当事者以外のことは考えませんでした。当事者以外に届けたいと思ったら媚びた寒い小説になりますから。ただ、刊行した後、“純日本人だけど海外で同じ経験をした”といった、自分が想像もしなかった人からの感想をもらって、勉強になっています」次作も本作と地続きの世界を考えているそう。それはぜひ読みたい!あんどう・ほせ1994年、東京都生まれ。2022年、本作で第59回文藝賞受賞。好きな映画監督はアラン・J・パクラ、ロベール・アンリコ、七里圭、憧れの作家は松浦理英子。安堂ホセ『ジャクソンひとり』リベンジポルノを機に出会ったブラックミックスの青年4人の犯人捜しと、復讐計画の行方は?なんとも痛切で痛快な文藝賞受賞作。河出書房新社1540円※『anan』2023年2月8日号より。写真・土佐麻理子(安堂さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2023年02月07日高瀬隼子さんの芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』に描かれているのは、食べるという行為をめぐる三者三様の向き合い方だ。だが、読んでいるうちに、食は恋愛や働き方、生き方にも通じるものがあるかもしれないと思えてくる。「最初の構想ではごはんのことを書く予定はなかったんです。恋愛と絡めてというのも、あまり意識していませんでした。“好きなもの”より“正解だと思うもの”を選ぶ男性がいて、その二谷みたいな人がつき合うならこういう女性だろうと、頼りなげな芦川さんのイメージが浮かんだんです。もう少し日常生活に寄って立体的にしてみたら、食の好みやライフスタイル的な部分がはっきり見えてきて、このような作品になりました」仕事を要領よくこなすが、食には無頓着な男性社員の二谷。芦川の1つ年下でがんばり屋の女性社員・押尾は、普通にグルメ好きだが、気を遣う食事は苦手。芦川は、片頭痛などで頻繁に早退したり、仕事のミスすら責任を取らないので、普通なら会社のお荷物なはずなのに、職場に手作りお菓子を差し入れたりするため、庇護されるポジションにいる。依存体質の芦川を快く思っていない押尾は、彼女を表立って非難する代わりに、〈二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか〉と持ちかける。やがて、芦川が配った差し入れにまつわる、ある事件が起きる。美味しいと思えるかは、関係のリトマス試験紙。作中では、持参したお弁当やカップ麺を食べるランチタイムや、二谷と押尾が会社帰りに誘い合わせておでん屋に寄ったりする場面が登場。ありふれた食の光景が描かれながら、ほとんど和気あいあいとならないのが面白い。「特に押尾に関しては、職場の会食など“人と食べるごはんは美味しくない”と思っているキャラとして書いてしまって、すごく反感を買いそうだと不安だったんです。ところがSNSに上がった感想などを見ていると、押尾に共感してくれる人が結構いたので、むしろ私自身が驚きました」二谷は、食べることすら面倒に思っているふしがある。しかし、芦川とつき合い始めて、それほど望んでもいない手料理を一緒に食べなくてはいけない羽目に。「美味しいね」と言い合うコミュニケーションも含めて、人と食べることも大事だという刷り込みは根強く、それをだんだんと重荷に感じていく変化もリアルだ。「日常的に料理をするのが苦ではない芦川さんは、職場ではきちんとした家庭的な人と思われています。私も彼女と同僚なら、『偉いね』とか言ってしまいそう。食生活を見て、『この人はこういう人だ』と判断してしまうことは、結構あると思うんですよね。私も学生時代に、ぬか床まで持っている料理上手な友人がいて、よくみんなで彼女の家に押しかけ、ごはんを食べさせてもらいました。彼女の恋愛観とか全然聞いたこともないのに、『結婚早そうだな』とか勝手な偏見を持っていたのを反省しています。“ちゃんとした”食事への強迫観念もあるのでしょうか」また、最近の悩みは「この小説を書いたせいか、にわかにごはんに誘われなくなった」ことだとか。「今度帰省する予定があるのですが、久しぶりに地元の友人に会おうよと連絡したら、『ごはんじゃなくていいよ』『ごはん以外がいい?』という返信が来たり(笑)。『ううん、ごはん行こう!』と必死に返しています。ただ、夫はともかく、親しい友達でも、遊ぼう、会おうはイコールごはんに行こうという意味ですよね。だって、ごはんを禁止にしたら、どういうふうに会えばいいのか。公園のベンチで延々話ってできるかな、ハードル高いなと思ってしまいます」ところで、高瀬さん自身の食に対するスタンスはどうなのだろう。「昼間は、事務職をしているんですね。私の中にも『しっかり食べなきゃ』というような、ごはんに対する義務感があるので、仕事が忙しい時期は、二谷みたいにお腹が満たされればいいという気持ちにもなります。エネルギーゼリーで1食クリアするのも嫌いじゃないです。反対に、押尾のように、美味しいお店を探して食べに出かけるのも好きです。コロナ禍前、仕事が忙しくない時期の、18時、19時に退社できるような日には、ひとりで気軽に居酒屋にも行きましたし、よく友達と食事もしていました」美味しく食べられるかは、人間関係のリトマス試験紙のようだ、と高瀬さん。「あまり好きじゃない人と食べると噛んでも飲み込めないし、味がしません。水やお酒で流し込んで、なんとか自分のお皿を空にすることが目的になってしまうので、つらいですよね。とはいえ、そういう人とでも一緒に食事をする時間を持つというのであれば、何らかの関係を持ち、その関係性を維持したいと思っているということでもあると思います。だから、苦手な人でも食事中は態度に出さないでしょうし、相手の話を聞いてニコニコしたり相づちを打ったり、その場をうまくやり過ごすための体裁を整える方にエネルギーを使ってしまうのかも。食べたり味わったりすることに使うエネルギーを残すのが下手なのかもしれないと、いま話しながら思いました」それだけ、一緒に食べて美味しいと思える関係、食べながら「自分はいまリラックスしているな」と感じられる相手は、貴重。「思うんですが、夫とか、本当に親しい誰かとふたり、向かい合わせでちょっと高級なフランス料理などを食べに行くと、美味しくてテンションが上がって、定食屋やうどん屋で食べているときと話す内容も、明らかに変わる気がするんですね」定食屋では「毎日だるいな」「スーパーでトマト買って帰りたい」とか卑近な話しか出てこないかもしれない。おでん屋や居酒屋は、溜めていた本音を吐き出すのが似合うから、つい愚痴が多くなる。「けれど、ちょっとお金をかけて美味しいものを食べに行くときは、『小説を今後も頑張っていきたい』みたいな、いつもと違う未来形の話ができる気がします。そういう意味で、自分の目の前にあるごはんで自分の意識が少し変わって、結果として自分はこんなこと考えてたのかとか、逆に相手からも普段聞けない話が聞けたとか、味覚以外の恩恵も受けるのかなと。美味しいごはんというのは、いろいろな意味で、自分の中に潜む何かを発見するための媒介になるのかもしれませんね」『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子著ラベル制作会社に勤務する二谷と押尾の視点で進む。食べる、作るという本来自由で楽しい行為が、同調圧力ともなり、他者をコントロールする術となり、弱いはずの芦川さんだけが、職場でも二谷との交際でも居場所を広げていく。奇妙な人間関係の結末は。講談社1540円たかせ・じゅんこ1988年、愛媛県生まれ。作家。2019年、「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞。’22年、「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞受賞。※『anan』2022年10月19日号より。写真・山越翔太郎(TRON)取材、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2022年10月18日第167回芥川賞と直木賞が20日に発表され、芥川賞は高瀬隼子氏『おいしいごはんが食べられますように』、直木賞は窪美澄氏『夜に星を放つ』が受賞。高瀬氏は2回目の候補、窪氏は3回目の候補で受賞となった。この後、都内のホテルで受賞会見に臨む。受賞者には正賞として時計、副賞として賞金100万円が贈られる。芥川賞はこのほか、小砂川チト氏『家庭用安心坑夫』、鈴木涼美氏『ギフテッド』、年森瑛氏『N/A(エヌエー)』、山下紘加氏『あくてえ』がノミネート。直木賞はこのほか、河﨑秋子氏『絞め殺しの樹』、呉勝浩氏『爆弾』、永井紗耶子氏『女人入眼(にょにんじゅげん)』、深緑野分氏『スタッフロール』がノミネートされていた。
2022年07月20日芥川賞受賞作『ニムロッド』などで、塔というモチーフを描いてきた上田岳弘さん。その集大成的大作が『キュー』であり、そして新作『引力の欠落』は、彼が新しいフェーズに入ったといえる一作だ。空虚に生きる女性が体験する、奇妙な一夜と人類の真実とは。「次は何をテーマに書くか考えた時、“穴”というものが浮かびました」主人公は財務責任者としていくつもの企業の上場に携わり、一生困らない大金を稼いだ女性・行先馨(ゆきさきかおる)。しかし彼女は虚無感を抱えている。「今は何をして人生の成功とするか分かりにくい。それはこの時代の資本主義の行き詰まりに似ている。そうした状況を活写しつつ自分が最後に何を書くのか興味がありました」ある夜、馨は謎めいた弁護士マミヤに、高級ペントハウスに招待される。そこにいたのは始皇帝と名乗る男や、水からガソリンを精製した本多維富(これとみ)と名乗る男など奇妙な人々。彼らは世界を支える9つの柱がそれぞれ肉体を持った存在だという。一体どういうことなのか。「僕の小説はデビュー作の『太陽』の頃から、真面目にとらえれば壮大なSFになるし、そうでなければ単なるホラ話になるんですよね(笑)。今回は9つの柱が世界を支えているという僕のSFビジョンを、リアリズム小説に収めるために人間として登場させました」柱はおのおの、「運命」「効率」「斥力」「引力」「遠方」「祈り」などといった要素を担当する。「9つの要素の中では最初に引力を思いつきました。引力があれば斥力もあるだろうし、たとえば錬金術などは、小説自体が錬金術といわれていることからひらめいたもの。本多維富は日本海軍を騙した実在の詐欺師で、いつか小説に出したいと思っていました。遠方については、僕がこの小説を書いた際の一番の収穫」という遠方の柱は、現在ロケット開発など宇宙系のスタートアップに関わっている。「これまでの小説では、人類が地球から出ていかないまま煮詰まったらどういう精神状態になるかという思考実験をしていました。今回、遠方担当を登場させたことで、人類は宇宙に行くと方向転換したんです」ペントハウスでポーカーに興じる彼らだが、その場に「引力」の柱はいない。上田さんは小学生の頃、引力がなければ物質はバラバラになる、という発想から「引力」=「寂しさ」だと考えていたという。「いまだ変わらずそれで小説を書いているんですよね(笑)。ただ、寂しさはもう役割を終えたと感じています。満たされない思いはなくならないけれど、寂しさを解消しようと自家中毒を起こし、自殺などが起きている。これからは寂しさを紛らわす方法を探るのではなく、一人で穴を掘って勝手に進んでいいですよ、と提案したほうが優しく響くんじゃないかという気がします」作中、〈現代人は目的中毒〉という言葉も出てくる。しかし人生は、努力して目的を達成すれば幸せになるとは限らない。「正解や成功、到達点というものは存在しないんだと一回了承した上で、自分は何を譲って何を取るのかを考えていかなければいけない」そうした事実を改めて突き付けられた時、馨の心に芽生える思いとは。この最終場面まで書ききった上田さん自身にとって、“一人で穴を掘る”とはどういうことだろう。「とにかく今は小説を書きまくっています。その一瞬一瞬の集まりが、生きている実感に繋がるような気がしています」現在は、意外にもストレートな恋愛小説を執筆中。こちらも楽しみだ。『引力の欠落』大金を稼ぎながらも空虚さを抱く行先馨は、奇妙な招待を受け、世界を支える9つの要素を担うと語る人々と出会う。AlexaとGoogle、セロトニンなど現代的モチーフをちりばめた壮大な一夜の物語。KADOKAWA2090円うえだ・たかひろ作家。2013年、新潮新人賞の「太陽」にてデビュー。’15年「私の恋人」で三島賞、’18年『塔と重力』で芸術選奨新人賞、’19年「ニムロッド」で芥川賞、’22年「旅のない」で川端賞受賞。※『anan』2022年6月15日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2022年06月13日芥川賞作家・上田岳弘書下ろしによる、高橋一生のひとり芝居、パルコ・プロデュース2022『2020(ニーゼロニーゼロ)』が7月7日(木)よりPARCO劇場を皮切りに、福岡、京都、大阪公演にて上演することが決定した。本作は芥川賞作家・上田岳弘の文学に共鳴する高橋一生が、上田に書下ろしを提案した作品で、疫病があっという間に世界を覆い、東京オリンピックがなくなったあの年、2020年を起点に、はるか昔、人類の誕生から、はるか先?の世界の終わりまでを、高橋一生の声、肉体、動きを通して目撃する90分!(予定)「クロマニヨン人」「赤ちゃん工場の工場主」「最高製品を売る男」そして「最後の人間」。彼ら登場人物=高橋一生の挑発に、あなた=観客はどう応えるのか。舞台に立つひとりの男の叫びは、私たちの心の葛藤を浮き彫りにする。構成・演出は、これまで高橋一生と『4 four』(2012年)『マーキュリー・ファー』(2014年)『レディエント・バーミン』(2016年)で高い成果を見せつけてきた白井晃。6年ぶりの最強タッグ復活で、今、私たちが飲み込まれつつある現実と未来に強烈な光を当てる。映像、音楽、ダンスが彩る、高橋一生によるひとり芝居『2020』。高橋一生×上田岳弘×白井晃のトライアングルが奏でる“挑発の調べ”に期待したい。【キャスト・スタッフコメント】◆上田岳弘(作)僕がはじめて作品を発表した2013年、2020年の東京五輪が決まった。2020年、たかだか7年先のことで、普通に暮らしていれば普通にやってくるはずの近い未来。でもそこはなぜか遠く、手が届かないような感じがした。その感覚について、これまで色んな作品で触れてきた。デビューしてすぐに高橋一生さんという稀有な俳優と、白井さんの演出した舞台を通じて出会った。”いつか”一緒になにかをやろうと話し合った、その”いつか”が叶った今「とにかく好きに書いて欲しい」と言われ、その場で浮かんだタイトルがこれだった。白井さんの構成・演出で、高橋一生の一人舞台として具現化する舞台。ぜひご期待ください。僕も、楽しみでしかたがない。◆白井晃(構成・演出)この作品は、俳優・高橋一生と作家・上田岳弘、私との密談から生まれた作品です。2020年以降の私たちを語ること。それは、大衆が大衆の機能を無くしていく世界。他者が他者として成り立たなくなっていく世界を描くこと。私たちが過去を語るのは、今の私たちが幸福だから。未来を語るのは、今が不安で恐ろしいから。この脅威に対して身を挺して挑む、これは、高橋一生史上、最も危険で、最も幸福なステージです。おそらくそれは上田さんにとっても、私にとっても同じことが言えそうです。◆高橋一生(出演)渋谷のPARCO劇場というある意味、発信地となっている場所で舞台をやらせていただけることは、とてもありがたいです。気心が知れた上田岳弘さん、白井晃さんと何度も何度もお話をさせていただいた上で創っていく作品なので、僕自身も期待が強くあります。公演を楽しみにされているお客様は、舞台の内容を事前に知りたくなるかもしれませんが、そういった気持ちからは解放されて、実際に劇場で観て、感じて、劇場に入る前と出た後で、1週間くらいして何かが少し変わったと気づくような体験をしていただきたいと思っています。そんな体験をしていただけるように、僕らもお芝居を作っていきます。公演概要パルコ・プロデュース2022『2020』作:上田岳弘構成・演出:白井晃出演:高橋一生DANCER:橋本ロマンス公式サイト: 【東京公演】公演日程=2022年7月7日(木)~7月31日(日)会場=PARCO劇場(渋谷PARCO8F)入場料金(全席指定・税込)=¥11,000全席指定グッドプライス¥10,000※未就学児入場不可U-25チケット=¥6,000(観劇時25歳以下対象、要身分証明書(コピー・画像不可、原本のみ有効)、当日指定席券引換/「パルステ!」、チケットぴあにて前売販売のみの取扱い)東京公演一般発売日=2022年5月14日(土)■お問合せ=パルコステージ03-3477-5858(時間短縮営業中)【福岡公演】公演日程=2022年8月6日(土)~8月7日(日)会場=キャナルシティ劇場入場料金(全席指定・税込)=¥10,000U 25チケット¥5.000(当日座席指定、要身分証明)※未就学児入場不可■お問合せ=ピクニックチケットセンター050-3539-8330(平日12:00~15:00)【京都公演】公演日程=2022年8月11日(木祝)会場=京都劇場入場料金(全席指定・税込)=S席¥11,500A席¥10,500※未就学児入場不可■お問合せ=キョードーインフォメーション0570-200-888[11:00~16:00/日祝休業]【大阪公演】公演日程=2022年8月18日(木)~8月21日(日)会場=森ノ宮ピロティホール入場料金(全席指定・税込)=S席¥11,500A席¥10,500※未就学児入場不可■お問合せ=キョードーインフォメーション0570-200-888[11:00~16:00/日祝休業]
2022年04月07日「赤ちゃんの誕生はどんなときも寿ぐべきことだと思われていますよね。私自身は、そんな社会の空気にずっと違和感がありました」李琴峰さんの芥川賞受賞後第一作としても注目を集める『生を祝う』。寓話的な雰囲気があった『彼岸花が咲く島』とはがらりと変わり、出産には胎児の同意が必要な〈合意出生制度〉や同性婚が法制化された近未来の日本が舞台になっている。会社員の彩華は、一つ年上の小説家・佳織と〈子どもの意思は、絶対尊重しようね〉と誓い合い、手術で得た子どもを妊娠中だ。だが、生まれてくることに同意してくれると信じていた胎児から、9か月目の〈コンファーム〉時に出生を拒否されてしまい、幸せな日々が一変する。「合意出生制度というものを、頭ではわかっていたはずの彩華ですが、実際に体を張り、胎児を育ててきた後では簡単にあきらめきれない。一方、制度ができる前に生を受けた佳織は、意思を確認されることなく生まれたことで、さまざまな傷を抱えています。〈産意〉を手放せない彩華が、子どもの意思を第一に考えようとする佳織と対立していくのは必然だと思います」〈『人から命を奪う』殺人と同じで、『人に命を押し付ける』出生強制は、絶対にやっちゃいけないこと〉であり、違反すれば刑事責任さえ問われるこの時代において、産意は、親側の厄介な欲望であり意思だ。それを肯定する彩華の姉の彩芽や、新興宗教団体の天愛会なども登場し、問題はいっそう複雑に。広く正しいとされている法や規範でさえ、常にそこから期せずしてはみ出し苦しむ人がいる社会を、李さんはリアルに描き出していくのだ。果たして、ふたりはどんな選択をするのか。彩華や佳織が楽しそうに食卓を囲み、刻一刻とお腹の中で育っていく子どもを思う場面がディテール豊かだからこそ、最後まで見届けずにはいられない。「“祝う”は“呪う”と字が似ているし、アイロニックなところがあるタイトルではあると思います。思うに、いい小説は、現代社会に対して何かしらの批評性を持っていることがとても大事。〈生を祝う〉とは本当はどういうことなのか、現実に照らし合わせながら考えてもらえるとうれしいですね」『生を祝う』同性婚や〈合意出生制度〉など人権に配慮した近未来の価値観が新たな苦悩を生み出し…。ここはユートピアなのかディストピアなのか。朝日新聞出版1760円り・ことみ1989年、台湾生まれ。作家、日中翻訳者。早稲田大学大学院修了。2021年、『彼岸花が咲く島』で芥川賞受賞。『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨新人賞を受賞。撮影・加藤夏子(朝日新聞出版写真部)※『anan』2022年2月16日号より。写真・中島慶子(本)インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2022年02月14日小説『苦役列車』で芥川賞を受賞した、作家の西村賢太さんが、2022年2月5日、亡くなりました。54歳でした。破滅型の私小説で知られる芥川賞作家の西村賢太(にしむら・けんた)さんが5日朝、東京都内の病院で死去した。54歳。東京都出身。産経ニュースーより引用西村さんは、芥川賞受賞決定後の記者会見で破天荒なコメントをし、注目を集めました。ユニークな一面も知られていた西村さんの早すぎる逝去。ネットからは、多くの悲しみの声が上がっています。・54歳…早すぎます。とても悲しいし、さびしいです。・才能あふれる人。著作、愛読しておりました。悲しすぎる。・すごくショック。まだまだ西村さんの作品を読みたかったです。類まれなる文才で、多くの人の心に響く作品を生み出した、西村さん。ご冥福をお祈りいたします。[文・構成/grape編集部]
2022年02月05日お笑いコンビ・ピースのボケ担当である又吉さん。お笑い芸人でありながら芥川賞作家であることはご存知の方も多いでしょう。高校生の時には、サッカーでインターハイに出場した経験もあり、多彩な才能を持つ又吉さんですが、やはり、文章の読解力は並外れているようです。『ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル』で配信されている動画『又吉のハイパー解釈を東大生と人気塾講師に見せたら…驚きのリアクション連発!!!【#21 インスタントフィクション】』では、一般募集したインスタントフィクションを又吉さんが妄想解釈しています。ちなみに、インスタントフィクションとは、400文字程度の自由な発想で形式とらわれず書かれた文章のこと。又吉さんの解説を講義形式で聞くのですが、その解釈の深さに東大生作家や人気塾講師は驚きを隠せません。東大生作家や人気塾講師が口をそろえて「すごい…」と驚いていました。コメント欄にも、さまざまな声が集まっています。・このシリーズ制覇してしまった!何回見ても面白い。鳥肌たった!・又吉さん、すごすぎ。私も小説家を目指しているのですが、改めて文章、言葉の大切さ、そして設計の大切さを思い知りました。・解釈もすごすぎるし、その説明がめちゃくちゃ分かりやすくてすごい!又吉さんのような読み方すると、作者の隠された意図に気が付けるかもしれません。今以上に小説を楽しむためにも、ぜひ真似したいですね。[文/AnyMama(エニママ)・構成/grape編集部]
2021年08月28日『コンビニ人間』(2016)で芥川賞を受賞した村田沙耶香と2名の現代美術作家との対話によって、 村田沙耶香の世界観を浮かび上がらせる展覧会『村田沙耶香のユートピア_ 〝正常〟の構造と暴力ダイアローグ デヴィッド・シュリグリー ≡ 金氏徹平』が、8月20日(金)より表参道・GYREにて開催される。村田は、『コンビニ人間』で、完璧なマニュアルによってコンビニエンスストアで働いているときだけ「世界の正常な部品」になったと安心することができる主人公の日常を、『消滅世界』(2015)では、人工授精で子どもを産むことが当たり前になった世界を描き、人が無意識に持つ常識や固定概念を覆してきた。独特のユーモアを込めた作品で知られるデイヴィッド・シュリグリー(イギリス)は、日常の場面を軽妙に描写したドローイングをはじめ、アニメーション、立体、写真などを制作。 多様な手法によって作品制作を行っており、国際的に高い評価を得ている。一方、金氏徹平は、『コンビニ人間』の書籍カバーに作品を提供。フィギュアや雑貨、あるいは日用品など、日常的なイメージを持つオブジェクトをコラージュした立体作品やインスタレーションなどで知られている。同展では、現代社会における未来観=「ユートピア」と「ディストピア」とは何かを問いかけ、さらに村田沙耶香の小説の中で言及されている、正常に潜む社会的暴力性や抑圧を浮かび上がらせていく。金氏徹平≪White Discharge (Built-up Objects) #48≫2019年Copyright Teppei Kaneuji. Courtesy of the artists and Blum & Poe, Los Angeles/New York/TokyoPhoto : 西村雄介David Shrigley≪untitled≫2020年Courtesy the artist and Yumiko Chiba Associates, Tokyo/ Stephen Friedman Gallery,London.Copyright David Shrigley.Photo : Todd-White Art Photograph村田沙耶香≪untitled≫1998年 学生時代の作品『村田沙耶香のユートピア_ 〝正常〟の構造と暴力ダイアローグ デヴィッド・シュリグリー ≡ 金氏徹平』会期:2021年8月20日(金)〜10月17日(日)会場:GYRE GALLERY時間:11:00~20:00公式サイト:
2021年08月05日「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹の大ヒット恋愛小説を、行定勲監督が主演に山崎賢人、ヒロインに松岡茉優を迎えて映画化した『劇場』が、9月にWOWOWでテレビ初放送されることが決定した。演劇界での成功を夢見て、作家兼演出家として友人らと劇団「おろか」を立ち上げるも、なかなかうまくいかない青年・永田に山崎さん。女優を目指していたが、永田に自分の夢を重ねていく沙希に松岡さん。さらに寛 一 郎、伊藤沙莉、そして「King Gnu」のボーカル・井口理など、キャストに個性的な俳優・アーティストを迎え注目を集めた本作がテレビ初放送。また、WOWOWでは『劇場』放送を記念して、又吉直樹原作の映画4本の特集も決定。『劇場』ほか、『火花』(2017)『凜-りん-』『僕の好きな女の子』を放送する。さらに、毎月、テーマとなる作品に関わるクリエイターを迎えたトークをお届けする配信番組「マンスリー・シネマセッション」の9月配信回は『劇場』がテーマ。原作の又吉さんと行定監督が登場し、製作秘話や原作の映像化に寄せた想いなどを語るトークセッションの模様を配信する。『劇場』および「『劇場』放送記念!又吉直樹原作特集」は9月、WOWOWにて放送・配信。「マンスリー・シネマセッション:『劇場』原作 又吉直樹×行定勲監督」は9月、WOWOWオンデマンドにて配信。※山崎賢人の「崎」の右上“大”は“立”が正式表記(text:cinemacafe.net)■関連作品:劇場 2020年7月17日(金)より全国にて公開、Amazon Prime Videoにて全世界独占配信。©2020「劇場」製作委員会
2021年07月20日お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が21日、YouTubeチャンネル『ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル』で、芥川賞受賞に対する本音を打ち明けた。「新社会人のために語り出して8時間経過…又吉本人にまさかの変化が!【#21 百の三】」と題した動画内で、「自分の人生に期待してない」と語った又吉。「どうなっても、まあそっかと思ってる。ネガティブなときだけじゃなくて、ポジティブなときにも。『キングオブコント』で準優勝したときも、ああ、あのネタがそうやったんやって。そういう考え方なんですよね」と、何が起こっても冷静に受け止めていることを明かした。そう考えるようになったきっかけは、ピースとしてデビューしたとき。かつて組んでいたコンビ・線香花火が解散し、ピースとしてデビューするまで一カ月も経っていなかったため、相方の綾部祐二は、「前のコンビを応援してくれてたお客さんの感情を逆なでするようなことになる。半年とか時間を置いて始めた方がいい」と大反対。しかし、当時の又吉は、「芸人を続けるんだったら、すぐにやって見てもらわなあかん」と押し切ったそうだが、その結果、「前の相方の気持ちを考えられないのか!」とファンに怒られてしまったそう。この経験から、「俺、勘違いしてたと思って。俺のことを応援してくれてたと思ったら、俺じゃなくて線香花火っていう活動を応援してくれてたんやって」という気づきがあったという又吉。そのため、小説『火花』で芥川賞を受賞した際も、「そういう意味で期待せーへんから。(受賞して)なんでそんな感じなんですか? って言われるけど、ホンマに失礼ですけど、何とも思わないです。何とも思わへんし、ありがたいな、作品をちゃんと読んでくださったんやとしか思わないんですよね。“俺”じゃないし」と、あくまで作品の評価として受け止めていると語っていた。
2021年03月29日お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が19日、YouTubeチャンネル『ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル』に出演。自身が尊敬している芥川賞作家・中村文則氏の言葉に感動したエピソードを明かした。「否定されたり、ベタと思われがちなことに実は大切な真理が…【#20 百の三】」と題した動画内で、「性格は直せる」と語った又吉。そう考えるきっかけとなったのは、中村の存在だったそうで、「作品がすごい繊細で。自分の内面に向かっていく、暗い感情を持ってる主人公が多くて。こういう小説を書く作家さんは、共通するところがあるんじゃないかと思ってたんですけど、会うと明るくて優しかったんですよ。もっと、怖くて暗くて冷たい人なんかなって思ってたんですけど」と、作品の主人公と中村の性格のギャップに驚いたという。その後、お酒を飲んだ勢いで、ギャップについて本人に尋ねると、中村氏は、「自分が暗いことで、人に迷惑をかけるのをやめようと思ったんだよね」と回答。又吉は、「本当の気遣いって、これなんやって思って。嫌なことがいっぱいあって、色々なことを気にしてしまうから、周りの情報やコミュニケーションを遮断して暗くなったはずなのに、暗い状態で人に迷惑をかけてるんやったら、もう一回心を開こうって。この人、めちゃめちゃ強いなって思って」と、中村氏の生き方に感銘を受けたことを明かした。そして、自分自身を振り返り、「暗いと言われて許されてる状態に依存してるというのは、ちょっとダメなんじゃないかなって」と、猛省したという又吉。「俺が暗いことで、みんなが代わりに頑張ってくれてることがあるよなって思ったら、自分もやってみようと思って、そういう風に考え始めた」そうだが、「意識して明るめに振舞ったつもりのテレビを、後で自分で観て愕然とする。自分が出てきたら、テレビのボリューム上げますからね。声、聞こえへん」と、自虐しながら苦笑いしていた。
2021年03月26日12月18日に第164回芥川賞と直木賞の候補作品の発表があり、加藤シゲアキさんの新作長編小説『オルタネート』が直木賞候補にノミネートされて大きな話題に。弊誌でも『ミアキス・シンフォニー』連載中の一報に、スタッフは記者会見に急ぎ駆け付けた。その場で語られた、知らせを受けた時の率直な思いや、現役ジャニーズアイドルとして小説を書き続けることへの覚悟をレポート!写真・小笠原真紀 文・保手濱奈美報道陣からの拍手とカメラのフラッシュに迎えられて、少し照れくさそうに記者会見場に現れた加藤さん。ノミネートの知らせを受けた時の気持ちを聞かれると、「びっくりしましたね。作家にとって憧れの賞ではありますし、いつかは候補になりたいと思っていましたが、今作でなれるとは思っていなかったので、本当にびっくりしました」と、驚きが大きかった様子。これまでの作品もすべて全力で書いてきたとのことで、「ほかと何が違ったのか、まったくわかりません(笑)。今回は運がよかったんだと、自分では受け止めるようにしています」と心境を明かした。NEWSのメンバーとして共に活動をしている小山慶一郎さんと増田貴久さんには、自分で言うのが恥ずかしく、マネージャーさんから報告してもらったそう。「小山は『本当にすごいなぁ』とかみしめるように喜んでくれたと聞きました。増田は『僕は本を読まないからわからないけど、すごいことなんですよね』と言っていたそうです」。二人にご褒美をおねだりするかとの問いには、「そんなつもりはないですが、小山くんはこの間『ゴチ』で21万円払っていたので、むしろ僕におごってくれっていうかもしれませんね」と笑いを誘った。小説『オルタネート』は、高校生限定の架空のマッチングアプリ「オルタネート」を軸に、3人の若者の恋愛や成長を描いた青春群像劇。物語を書くにあたって強く意識したのは、「若い方に読んでもらいたい、ということ。これまでは自分が読みたい小説を書いてきましたが、今作は自分ではなく、あまり本を読む習慣のない世代の人にも、読書の楽しさを伝えたい。それには読んでいる間ずっと楽しい小説を書くことだと思ったんです。読む前と後では少し景色が違って見える、そんな作品になるように心がけました」。また、記者からは“ジャニーズアイドルであると同時に、小説を書くこと”についての質問も。「普通は新人賞をとってから作家になるものですが、自分はジャニーズ事務所に所属しているから『ピンクとグレー』(2012年刊)でデビューできました。そういう引け目というか、文学界にお邪魔させていただいているという感覚があったので、作家と名乗っていいものだろうかという迷いもありましたが、今回候補になったことで多少は認めていただけたのかなという気がしています」。そんな葛藤もあったなか、小説を書き続けてきた思いについては、「初めて書いた時は、自分がグループにとって何かできないかという思いがありましたし、自分自身を試してみたいという気持ちもありました。でも、ここまで書き続けてこられたのは、ファンの方の支えもありますし、『ピンクとグレー』を書いた時に書店員さんから『応援したいから書き続けてください』と言われたことが印象的で。僕もいっちょかみとは思われたくなかったし、本気で小説を書く覚悟は伝えたい。続けることが自分を受け入れてくれた文学界への恩返しかな、という思いもありました。今では小説を書くことがライフワークになっています」と、作家としての矜持をにじませた。直木賞の発表は2021年1月20日。受賞への意気込みを聞かれると、「あまり考えないようにしたいなって思います。考えれば考えるほどドキドキしますし、選考委員の方々の批評が厳しいことは知っているつもりです。ここまで来られただけでも十分なので、淡々と過ごしたいです」。記者からの問いかけに、ひとつひとつ言葉を選びながら真摯に、そしてサービス精神たっぷりに答えてくれた加藤さん。屋外から物音が聞こえてきた時には、ムービーの取材班に配慮して、「少し待ちましょうか」と話すのをやめるさすがの場面も。長年の表舞台での活躍はもとより、作家としても10周年のキャリアを迎えようとしている今。『オルタネート』は弊誌での連載『ミアキス・シンフォニー』を書き進めるなか、上梓した作品。並行して複数の作品を仕上げていく力量とその姿勢は編集部としても尊敬するところだ。栄光は加藤さんのもとに輝くのか—―。発表の日を期待して待ちたい。写真・小笠原真紀 文・保手濱奈美
2020年12月22日2020年12月21日、芥川賞作家の羽田圭介さんが、俳優の中神円さんと結婚したことが分かりました。中神さんはTwitterを更新し、結婚について報告をしています。小説家の羽田圭介と結婚しました。結婚のことを周囲にあまり伝えていなかったこともあり、今朝は多くのお祝いの言葉をいただきました。私からの報告の言葉としましては日刊スポーツさんに記載の通りです。今後も宜しくお願い致します! — 中神円 (@1yen2yen3yen) December 21, 2020 ネット上では「驚いた!どうぞお幸せに」「素敵なニュースですね。おめでとうございます」など、2人の結婚に祝福の声が多数上がりました。羽田さんは2015年に小説『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞。中神さんは数々の映画やドラマ、CMなどに出演しています。結婚後も、さらなる活躍に目が離せませんね。羽田さん、中神さん、おめでとうございます![文・構成/grape編集部]
2020年12月21日クリープハイプの尾崎世界観の小説『母影』が第164回芥川賞の候補作に選出された。尾崎世界観は2016年6月に初小説『祐介』を発表。自身の本名をタイトルに冠して、売れないバンドマンを主人公にした作品が話題になり、以降音楽活動と並行しながら、エッセイや対談、小説などの執筆活動を行っていた。その尾崎が初めて文芸誌「新潮」(2020年12月号)に発表した中篇小説が『母影』。今作はデビュー作『祐介』から一転、小学校低学年の少女の視点から見た世界を描いた作品となった。なお、芥川賞を含め尾崎が文学賞にノミネートされるのは初となる。同賞の選考会は2021年1月20日に行われる予定。さらに、本作品を収録した単行本『母影』が2021年1月29日に発売されることも併せて発表された。<『母影』ストーリー>私は書けないけど読めた――お母さんの秘密を。行き場のない少女は、カーテン越しに世界に触れる。小学校でも友だちをつくれず、居場所のない少女は、母親の勤めるマッサージ店の片隅で息を潜めている。お客さんの「こわれたところを直している」お母さんは、日に日に苦しそうになっていく。カーテンの向こうの母親が見えない。少女は願う。「もうこれ以上お母さんの変がどこにもいかないように」。著書詳細尾崎世界観『母影』(おもかげ)2021年1月29日発売仕様:四六判ハードカバー価格:1,300円(税別)URL: 関連リンククリープハイプ公式サイトクリープハイプYouTubeチャンネル
2020年12月18日公開まで、ついに1カ月を切った映画『私をくいとめて』の新カット2枚が届いた。本作は、2001年に『インストール』で第38回文藝賞を受賞し、デビュー後は芥川賞や大江健三郎賞などを受賞した人気作家・綿矢りさの同名小説を実写映画化したもので、女優兼、創作あーちすとの“のん”が主演を務めるラブコメディだ。のん演じる主人公は、脳内に相談役「A」を持つ、おひとりさまライフ満喫中の31歳・みつ子。快適なひとりきりの生活に慣れていた彼女が、会社に時々顔を出す営業の年下男子・多田くんに恋した自分の気持ちに戸惑いながらも、崖っぷちの恋に一歩踏み出す姿を本作は映し出す。多田くんを演じるのは、カンテレ・フジテレビ系TVドラマ『姉ちゃんの恋人』に出演中の林遣都。『恋するマドリ』『美人が婚活してみたら』などを手がけ、ロングランを記録した『勝手にふるえてろ』で綿矢とタッグを組んだ大九明子がメガホンを取る。原作者の綿矢と大九監督によるゴールデンコンビが再び実現し、公開前からすでに話題となっている『私をくいとめて』。先日行われた一般試写会後、SNSでは「『勝手にふるえてろ』コンビ最新作、期待裏切らず!」「おひとりさまの悲喜交交を大九監督ならではのポップな演出で描き出した快作」と絶賛の声が相次いだ。さらには、第33回東京国際映画祭の「TOKYOプレミア2020」部門にて、一般観客の投票で最も多くの支持を獲得した観客賞を受賞。大九監督にとって、『勝手にふるえてろ』以来、史上初となる2度目の受賞となった。大九監督は、原作本について「原作を知ったのは、ちょうど『勝手にふるえてろ』を仕上げている最中。いろんな人から“綿矢さんの新作読んだ?”と聞かれることが増えて、『勝手にふるえてろ』では主人公がモノローグで描かれている小説を会話劇にして映像化したのですが、本作ではまさにそのようなことが行われていると。主人公が“脳内相談役=A”と喋ってるよ、と聞いてすぐさま書店に走りました」コメント。映像化にあたり、「綿矢さんの作品は大きなうねりのある起承転結があるというわけではなく、登場人物がどう感じてどう生きているかということが、一番の醍醐味。綿矢さんならではの言葉の切れ味のよさ、チョイスの面白さを咀嚼して出せれば大丈夫かなと思いました」と、原作に絶大の信頼を寄せていたことがわかった。大九監督から脚本を受け取った谷戸豊プロデューサーも、「これは原作にも脚本にも通ずるところではありますが、基本的には楽しいお話でありながら、その裏でとんでもない負の内容を書いている。一見、ネガティブに思われそうなことを“A”という存在が肯定し、面白おかしく書く。でもあなたのすぐそばにもこんなとんでもないことが待ち受けているかもしれない……という物語を、ここまで軽やかにユーモラスに描けるのはすごいなと思います」と絶賛。主人公・みつ子役を演じるのんも、「『勝手にふるえてろ』のおふたりが再びタッグを組まれると聞いて、信頼関係があるのだなと感じました」と振り返った。また、のんは、「本作でも自分の中で考えすぎることで、行動できなくなってしまう部分にはとても共感しました。脚本と原作を交互に読んだりしながら、みつ子の“痛み”はどこにあるのか、いつも探していましたし、“このセリフ言いたい!”と思うようなところもたくさんあって、みつ子を演じられたのはすごく楽しい時間でした」と本作の魅力や、撮影時の思い出を語った。『私をくいとめて』12月18日(金)公開
2020年11月26日ベストセラーの漫画や小説の映画化作品が人気を博していますが、この秋注目したい1本は、芥川賞と文藝賞をW受賞した小説を映画化した『おらおらでひとりいぐも』。東北弁のタイトルに込められているのは、「私は私らしく一人で生きていく」という意味ですが、本作では75歳でひとり暮らしをすることになった桃子さんが孤独な生活のなかで、“新たな世界”を見つけていくまでが描かれています。そこで、こちらの方々に本作の見どころについて、お話をうかがってきました。写真・北尾渉(沖田修一、若竹千佐子)沖田修一監督&原作者の若竹千佐子さん【映画、ときどき私】 vol. 337今回、斬新な演出で見事に映像化を実現させたのは、『南極料理人』などで知られる沖田修一監督(写真・左)。そして、55歳で夫を亡くしたあと、主婦業をしながら小説講座に通い、63歳で作家デビューを果たしたという異色の経歴でも話題となっているのが原作者の若竹千佐子さん(同・右)です。そんなお二人に、多くの共感を呼んだ本作の魅力や観客へ伝えたい思いなどについて、語っていただきました。―監督は原作を読まれたとき、どういった映画にしたいと思われましたか?監督まずは、主人公の抱える寂しさや自己葛藤みたいなところをうまく映画にできたらいいなということを考えました。―そういった心の声を原作では“柔毛突起”として表現されていますが、映画では“寂しさ”として擬人化されていますよね。監督最初に頭に浮かんだのは、「もしこれを映像にしようとすると、CGのようになってしまうのではないか」ということでした。でも、それをするとこれまでの自分の映画の作り方とは違うものになってしまうと思ったんです。できればいままでのように俳優さんたちにお芝居をしてもらったものを撮りたかったので、擬人化させていただきました。―若竹さんは、柔毛突起が擬人化されると聞いたときは、驚かれたのではないでしょうか?若竹さん驚きましたね。「どうやっておばあさんの脳内を映すんだろう?」と疑問に思っていましたから。それが、まさか3人の俳優さんが演じることになるとは……。でも、濱田岳さん、青木崇高さん、宮藤官九郎さんという私が大好きな俳優さんが出てくださったので、本当にうれしかったです。―3名のバランスも絶妙でしたが、どのようにしてキャラクターを作り上げていったのでしょうか?監督年齢も性別も何もかも自由だったので、最初は悩みましたが、桃子さんとかけ離れた人がやったほうがいいなと。そこで、親衛隊とか白雪姫に出てくる七人のこびとみたいなイメージから男性だけにしました。あとは、ただ僕が好きな俳優を選んだというだけですね(笑)。田中裕子さんだからこそ生まれた瞬間はたくさんあった―画面からもみなさんの楽しんでいる様子が伝わってきましたが、演出はどのように?監督桃子さんの寂しさや孤独を際立たせる存在でもあったので、あまりはしゃぎすぎないようにというのはありましたが、そのなかでも、遊べるところをみなさんが一生懸命見つけて演じてくれた感じです。―では、若竹さんのお気に入りのシーンを教えていただけますか?若竹さん私が好きなのは、桃子さんがマンモスを引き連れて歩いているところ。狭い世界に生きているごく平凡なおばあさんの脳内に、ものすごく長い時間が流れていることが一目瞭然でわかりますよね。あとは、いまお話にもあった寂しさの3人が出てくるシーン。監督の人間に対する優しい目線を感じられて、本当によかったです。―そのほかに、東出昌大さん演じる夫の周造がプロポーズするシーンでは、ご自身の気持ちが蘇ったとか。若竹さんそうなんですよ!若い頃の桃子さんを演じた蒼井優さんと東出さんというあんな美男美女に演じていただいて、申し訳ない気持ちもありつつ、思わず顔を赤らめました。私小説ではないと言いながらも、まさかあんなハンサムな人にやっていただけるなんて……。周造は美男子という設定にしてありましたが、書いてみるもんですね(笑)。―(笑)。あと、やはり主演を務めた田中裕子さんが素晴らしかったですが、キャスティングの決め手となったのは何でしょうか?監督脚本を書いているときは誰にしたいとかは考えずに、ある程度できあがってからプロデューサーと相談しました。そこで名前が挙がったのが、田中裕子さん。これまで映画やドラマで見てきた田中さんの演技は圧倒的だったので、もし田中さんが桃子さんを演じてくださるなら、それ以上はないなと。そして、それが実現したわけですが、実際に田中さんだからこそ生まれた瞬間はたくさんありましたし、桃子さんの一挙手一投足すべてにそれを感じました。自分と似ている、と感じる人は多いはず―今回は、蒼井優さんがセットの隅っこにうずくまりながら、他の方々の演技に合わせて、現在の桃子さんの脳内の声を演じていたそうですね。その姿を見て、宮藤官九郎さんは泣きそうになったそうですが、どのような様子だったのでしょうか?監督蒼井さんは現場で目立たないように毎日黒い服を着て、桃子さんの声を演じることだけに集中してくれました。本当にうれしくて、僕も涙が出そうでした。―ぜひそのあたりも、観客の方々には注目していただきたいですね。ちなみに、劇中では方言を使われていますが、若竹さんからご覧になっていかがでしたか?若竹さん田中さんは、本当にお上手だなと思いました。もちろん、寂しさのみなさんも素晴らしかったです。でも、やっぱり東出さんが「決めっぺ」というプロポーズのひと言を放つシーンは、ハンサムな顔と言葉とのギャップがあって本当によかったですね(笑)。―方言ならではの魅力がありますよね。監督そうですね。僕は埼玉の出身なので、あまり方言のないところで生まれ育ちましたが、母親が山形出身ということもあり、東北弁は自分にとってなじみのあるイントネーションなんです。俳優さんも方言が話せる人は芝居がまたひと味違って見えるので、“方言の魔法”みたいなものはあると思います。―原作とオリジナルのバランスで、意識したところがあれば教えてください。監督僕の母が桃子さんと同じようにひとり暮らしをしているので、原作のほかに自分の母親をモデルにしているところはあったかもしれません。たとえば、図書館で話している内容や警官とのやりとりは母の話ですし、車を買うシーンで「遠くの息子より近くのホンダです」というのも母が実際に営業の人から言われた言葉。良いセリフだなと思ったので、映画のなかに盛り込ませていただきました。実家に帰ってこない息子もまさに僕のことですけど、おそらく自分と似ていると感じる人はたくさんいるんじゃないかなと思います。愛と自由の二択なら、愛を蹴飛ばしても自由を選びたい―若竹さんも、ご自身を桃子さんに投影している部分はありますか?若竹さんありますね。たとえば、夫が亡くなったとき、私はいままで悲しみがどういうことかも、何も知らなかったんだなと実感しましたが、そういった部分は私が体験したことです。ただ、オレオレ詐欺に引っかかったのは空想ですよ!―よかったです。映画のなかで「おらはちゃんと生きたか?」と問いかけるところがありますが、おふたりにとって“ちゃんと生きる”とは何ですか?監督難しいことですけど、きれいなことも汚いこともまるごと含めて生きるというイメージですね。悩みながらということでもありますが、そんな小さな右往左往が宇宙の歴史のひとつに繋がっていくのかなと。若竹さん振り返ってみると、いろんなへまをしていて、顔が赤くなるほど恥ずかしいこともいっぱいしてきました。でも、長い目で自分自身を見てみると、それなりに整合性の取れていた行動だったかなと言えるので、ちゃんと生きてきたんだと思います。結局は、自分の全部を受け入れるということが、ちゃんと生きるということなのかな。ただ、つい筆がすべって書いたことなので、まだ自分でもよくわからないところではありますね(笑)。―ちなみに、若竹さんは「愛か自由かの二択だったら、愛なんか蹴飛ばしても自由を選ぶ人でいたい」とお考えのようですが、その理由を教えてください。若竹さんそれは当然そうですよ。「愛」という言葉でどれだけの女の人たちがだまされてきたことか!と言いながらも、「やっぱり愛は素晴らしい」とも思っている自分もいるんです(笑)。ただ、愛という名のもとに支配や不自由もありますからね。―なるほど。ちなみに、若竹さんはこの小説がきっかけで一躍注目を集めることとなりましたが、心境の変化などを感じていますか?若竹さん芥川賞をいただいてからは、公私ともに激動の2年でした。小説を書いていたときは、「この作品でダメだったら、私は2度と世の中には出られない」くらいの気持ちだったので、そのときはこれ以上のものは書けないと思って出しました。でも、2年間でいろいろなことを経験して、いまは少し別の角度から書いてみようかなとやる気が出てきています。というのも、私は63歳でやっとプロになれたので、私に見えているものはほかの人たちとはまた違うものがあるはずですから。『おらおらでひとりいぐも』のときはコンクールに出すために整えすぎていた部分もあったなといまは思うので、次はもっと自由に、めちゃめちゃに書いて、ぐちゃぐちゃな文体にしたいような気がしているほどです(笑)。監督いやー、すごいですね!自己決定権や自由な時間はかけがえのないもの―次回作が楽しみです。今後ひとりで生きていく女性も増えると思いますが、そういう女性にアドバイスはありますか?若竹さん偉そうなことは言えませんが、「悲しいことがあっても、楽しくやっていきましょう」ということですね。夫のことは大好きでしたが、自分ひとりですべてを決められることへの喜びを私はいま感じています。それくらい何でも自分で決められることや自由な時間というのは、かけがえのないものなんですよ。自己決定権というのは、一生に一度しかない“伝家の宝刀”というわけではなくて、ハンドルを左右に切るのと同じくらいしょっちゅうあること。そんなふうにひとつひとつを自分で決めることの気持ちよさは、生きるうえで大切な喜びだと思います。監督映画にも「周造の死に一点の喜びがあった」という桃子さんのセリフがありますが、いま先生がおっしゃっていたようなところを表しているのかなと。寂しいけどたくましさもある女性のいろいろな感情が渦巻いて出てきたひと言なんだろうなと感じました。―それでは、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。若竹さんこれはおばあさんだから考えていることではなくて、若い人たちにとってもすぐそばにあることなので、若いみなさんにこそ観てほしいと思っています。あと、先ほども少し言いましたが、「愛こそがすべて」とか「愛がなければ……」みたいなことはまやかしですよ、と若い人たちに伝えたいですね(笑)。とはいえ、愛には本当に深いものがありますし、素晴らしい愛に出会ってほしいという矛盾した気持ちもあるので、うまくは言えないんですが、つねにそういったことを考えながら生きていってほしいです。監督桃子さん世代の人でなくても、この作品で描かれていることに思い当たる節がある人はたくさんいると思っています。そういう方々がこの作品を観ることで自分にとっての桃子さんに想いを馳せてくれたうれしいです。ユーモアも感動もつまった人間賛歌!多くの人が「これは“私の物語”だ」と感じて大きな反響を呼ぶであろう本作。誰もが日常生活で寂しさや孤独を味わうことはあるけれど、そんななかでもたくましく生きる桃子さんの姿に、「私も私らしく生きよう」と背中を押されるはず。たとえささやかでも、新しい世界へ踏み出す喜びを感じてみては?ストーリー1964年、故郷を飛び出して上京した20歳の桃子。その後、夫となる周造と出会って恋に落ち、子どもにも恵まれた幸せな日々を送っていた。ところが、上京から55年が経ち、これから夫婦水入らずの平穏な日々を過ごそうと思っていた矢先、周造が突然亡くなってしまう。心にぽっかりと穴が開き、生活に何のおもしろさを見いだせない毎日を送っていた桃子だが、ある日、桃子の“心の声=寂しさたち”が目の前に現れる。そして、自分の本音がどんどんと湧き上がってくることに。桃子が孤独の先で見つけたものとは……。心が温かくなる予告編はこちら!作品情報『おらおらでひとりいぐも』11 月 6 日(金)より全国ロードショー配給:アスミック・エース出演:田中裕子蒼井 優東出昌大/濱田 岳青木崇高宮藤官九郎© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会若竹千佐子さんヘアメイク:大山なをみ
2020年11月05日この夏、「首里の馬」で芥川賞を受賞した高山羽根子さん。受賞後の第一作『暗闇にレンズ』は空想が炸裂、虚実入り交ぜて大風呂敷を広げた濃密な長編だ。映像の歴史と女たちの年代記。新芥川賞作家による注目長編。「とても楽しく書かせてもらえた、自分にとってご褒美的な小説です。自分が楽しんで書いて、そこに人を巻き込むことができたらなと考え、自分のテンションを文章に写すことに心を注ぎました」映画の黎明期から現在に至るまでの、映像に関わった女性たち数世代の物語や、映像や映画の歴史、さらには兵器として映像が使われたエピソードが並行して語られていく本作。「そもそも映画の歴史みたいなものを、ねじれを生じさせながら書きたい気持ちがありました。正確なきっかけは忘れましたが、7~8年前にフィレンツェの科学館みたいなところに行ったことがあって。そこに、古い、レンズのついた測量機器が並んで展示されていて、最初見た時に“武器かな”と思ったんです。そのあたりから、こういう話を考えていたのかもしれません」女性の年代記というテーマもある時から頭に浮かんでいた。「映画の歴史は100年ちょっとなので、何世代かにわたる年代記的なものができるなと思いました。調べると海外では黎明期の映画業界で活躍した女性もいるんですが、歴史で取り上げられるのは男性の作品が多い。それで、ある程度女性にスポットを当てることにしました」19世紀末、横浜随一の歓楽街の娼館の娘・照は機械学を学び、フランスに旅立って映像技術の研究所で働くことに。やがて、亡くなった友人の幼い娘を呼び寄せるが、その娘も成長し、また違う場所で映像に携わるように―。「こういう人生、ああいう人生が奇妙な縁で繋がっていく奇譚のようなものが書けたらと思っていました」一方、別のパートで語られるのは、監視カメラに囲まれた町でスマホで映像を撮る〈わたし〉の物語や、先述の通り兵器として利用された映像の話など、ちょっと不思議なエピソード。これがまた、どれもリアリティがありつつ、突拍子もなくて絶妙の面白さ!「古いものと新しいものを混ぜて、ありうる気がしなくはないものを書いていきました。私は分かりやすく笑わせるのは不得意なんですけれど、ヘンなことを大真面目に言っている面白さが出るといいなと思いながら書きました(笑)」ドキュメンタリーなど記録としての映像のあり方も考えさせられる。「映像は説得力があるから、それで世論が動く場合もある。簡単に映像が加工できるようになった今、私たちはそれらにどう接していくか、ということはよく考えます。私自身、書いているのはフィクションですが、人が生活している場所を舞台に小説を書く以上、なんらかの倫理的な物差しを持っておく必要があるなと感じます。その物差しは時代によって変わっていく。ちょっとずつ更新しながら、自分の物差しを信じていくしかないなと思っています」最後数ページでは熱いものがこみ上げる。極上の偽史をご堪能あれ。『暗闇にレンズ』レンズをのぞいて世界を切り取る〈わたし〉。彼女の母、祖母、曾祖母もかつて映像に関わっていた。映画と映像をめぐる奇妙で壮大な物語。東京創元社1700円たかやま・はねこ1975年生まれ。2010年に「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞の佳作に選出され、’14年、同作を表題とした短編集を刊行。今年「首里の馬」で芥川賞受賞。※『anan』2020年10月21日号より。写真・土佐麻理子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2020年10月14日「事務局からかかってきた電話の声が暗かったので、最初は『やっぱり落ちたんだな』と。受賞が、すぐにはピンとこなかったです」。デビュー2作めの「破局」で、芥川賞を射止めた遠野遥さん。20代での受賞は、2015年上半期、第153回芥川賞受賞者のひとりだった羽田圭介さん以来となる。好感度といびつさを併せ持つ主人公。独特な語りに搦めとられて一気読み。高校ラグビー部OBとして熱心にコーチをする傍ら、公務員試験の勉強に励む、大学4年生の陽介。恋人の麻衣子は政治家志望で、〈将来のためという理由で〉私生活や陽介のことは二の次。関係がぎくしゃくしているところに、陽介に好意を持つ灯が積極的に接近してきて…。緊張感のある三角関係が、陽介の考え方や生活などを浸食していく。「書いていて、特に麻衣子と灯には驚かされましたね。このふたりの女性が計算外に勝手に突っ走ってくれたというか、僕の手の届かない、コントロールできないところでやったり言ったりしてくれたことが物語を動かした。むしろ、作者である僕がやっとついていく感じでした」陽介は視点人物でもある。彼が見たものや思ったことの内面描写を軸に物語は進むが、その妙に冷めた語りに瞠目した読者も多かった。たとえば、陽介が灯に、衣服越しに鍛えた大胸筋を触らせるシーンでは、〈灯は嬉しそうに笑い、それを見た私も嬉しかったか?〉と自問自答。表向きは、女性への気配りもできる高スペックのモテ男子。しかし、湧き上がる感情を自己確認せずにはいられないような、陽介の風変わりなメンタリティに、落ち着かない気持ちになってしまう。「文章表現が特徴的だとはよく言われるんですが、僕としてはあまり意図していない。自分が感じるままに素直に書くと、ああなるんですよ。小学生のとき、友だちと夏祭りに行くのに連れだって歩いていたんですが、そんな自分を後ろで見ている自分がいるなと意識していました。それは強く記憶に残っている。小説を書くときにはいつも“自分を見つめる自分”がいる感じです」主な舞台は、著者の母校・慶應大学のキャンパスがある三田と日吉だ。「日吉駅にあるオブジェの『ぎんたま』とか、大学生の自分が見ていたものを書き込みました。慶應の関係者が読んでくれたら嬉しいです」遠野遥『破局』表向きは、恋とスポーツとセックスをエンジョイする主人公の大学生ライフ。彼の不穏な語りが本音の実況中継となり驚愕のラストへ。河出書房新社1400円とおの・はるか作家。1991年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。2019年に「改良」で文藝賞を受賞、同作を河出書房新社より刊行。‘20年、「破局」で上半期の芥川賞を受賞。東京在住。※『anan』2020年9月16日号より。写真・土佐麻理子(遠野さん)中島慶子(本)インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年09月09日若竹千佐子による小説『おらおらでひとりいぐも』が原作の映画『おらおらでひとりいぐも』が、2020年11月6日(金)に全国公開。田中裕子×蒼井優が共演する。芥川賞&文藝賞W受賞作が映画に55歳で夫が他界した後、息子のすすめで主婦業の傍らに執筆した若竹千佐子の処女作『おらおらでひとりいぐも』。デビュー時には“63歳の新人”としてスポットを浴びながらも、史上最年長にして第54回文藝賞と158回芥川賞をW受賞。その後50万部をこえるベストセラーを記録し、一躍時の人となった。75歳の桃子さん、圧倒的に自由で賑やかなひとり暮らし!そんな物語の主人公となるのは、75歳でひとり暮らしをしている“桃子さん”。突然夫に先立たれ、ひとり孤独な日々を送ることに…しかし、毎日本を読みあさり46億年の歴史に関するノートを作るうちに、万事に対してその意味を探求するようになる。すると、桃子さんの“心の声=寂しさたち”が音楽に乗せて、内から外へと沸き上がってきた!その日から桃子さんの生活は賑やかな毎日へと変わっていく――。キャスト主人公に田中裕子原作同様、映画は「娘の時代」「妻の時代」「祖母の時代」で構成。物語の主人公となる、“現在”(祖母の時代)の桃子さんは、『天城越え』『男はつらいよ』をはじめ、近年では『ひとよ』で圧倒的な存在感をみせた田中裕子が演じる。田中にとっては約15年ぶりの主演作となる本作。誰からも愛される“桃子さん”を、名女優がどのように演じるのか注目だ。蒼井優と2人1役また「娘の時代」「妻の時代」を演じるのは、『ロマンスドール』『宮本から君へ』など、話題作の絶えない蒼井優。今回は田中裕子と初共演にして、2人1役を担当。現在の“桃子さん”が懐しく、そして愛おしく思っている時代の“桃子さん”を、丁寧に演じる。青木崇高や濱田岳など、個性派キャスト勢ぞろいひとりで暮らす中で、心の内から外に沸き上がってきた桃子さんの”心の声”。そんな桃子さんの分身として声を充てるのは、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎の3人だ。それぞれ寂しさ1・2・3という役名で、ユーモラスかつコミカルに演じる。また、数年前に亡くなった夫・周造役は東出昌大が務めるほか、田畑智子、黒田大輔、山中 崇、岡山天音、三浦透子、六角精児、大方斐紗子、鷲尾真知子ら豪華俳優陣も登場する。沖田修一監督が脚本をも担当なお監督は、『南極料理人』を代表作に持つ沖田修一。映画化にあたっては、原作に惚れ込んだ沖田監督自らが執筆を行い、原作の世界観を宿す新たな映像作品の制作を試みた。主題歌にハナレグミ、監督が作詞を担当さらに沖田監督は初めて作詞にも挑戦。主人公桃子さんの日常を映画の主題歌「賑やかな日々」を映画同様、優しい筆致で描いている。そんな歌詞を歌い上げるのは、是枝裕和監督作『海よりもまだ深く』以来4年 振りの映画主題歌となるハナレグミ。まるで語り掛けるような、深く温かい歌声によって、映画の世界観をより一層盛り上げる。【詳細】映画『おらおらでひとりいぐも』公開日:2020年11月6日(金)出演:田中裕子、蒼井優脚本・監督:沖田修一原作:若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」(河出書房新社刊)製作:『おらおらでひとりいぐも』製作委員会配給:アスミック・エース
2020年02月07日芥川賞と文藝賞をW受賞した若竹千佐子のデビュー作「おらおらでひとりいぐも」が、沖田修一監督により映画化されることが決定。主演は田中裕子。初共演となる蒼井優と二人一役を演じる。75歳でひとり暮らしをしている“桃子さん”。1964年、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように故郷を飛び出し、身ひとつで上京してから55年。夫・周造と出会い結婚し主婦となり、2人の子どもを育て、これから夫婦水入らずの平穏な日々を過ごそうと思った矢先、突然夫に先立たれ途方に暮れていた。しかし、ひとり家でお茶をすすり、図書館で借りた本を読みあさるうちに、46億年の歴史に関するノートを作り、万事に問いを立ててその意味を探求するようになる。すると、桃子さんの心の声が、ジャズセッションに乗せて内から外に湧き上がってきた。桃子さんの孤独な生活は、現在と過去を行き来し、いつのまにか賑やかな毎日に変わっていく――。史上最年長で第54回文藝賞を受賞、第158回芥川賞もW受賞した50万超えのベストセラー「おらおらでひとりいぐも」。55歳で夫を亡くした後、息子のすすめで小説講座に通い始め、主婦業の傍ら本作を執筆。日本のみならず、アジア圏をはじめヨーロッパでも翻訳版の刊行が進み、“賑やかな孤独と圧倒的な自由”という視点から世界的にも大きな共感と注目を集めている。今回この話題作に惚れ込んだ『南極料理人』『モリのいる場所』の沖田監督が、自身で脚本も執筆し映画に。主人公は、75歳でひとり暮らしをしている桃子さん。原作は、桃子さんの人生を「娘の時代」「妻の時代」「祖母の時代」と3つに分けて描かれており、全ての世代の人から共感とさわやかな感動を呼ぶ作品となっている。そんな“現在”の桃子さん(75歳)を映画で演じるのは、「Mother」や『ひとよ』などにも出演する田中裕子。15年ぶりの映画主演となる本作では、誰からも愛される桃子さんを魅力的に演じている。田中さんは「今回の撮影では、最初図書館に恐竜の図鑑を借りに行って、小学生のコーナーでしたが、その時からなんだかもう小学生のような気分になりました。撮影の中で、図画工作の時間がありました。音楽の時間もありました。体育の創作ダンスの時間もあったし、遠足も行ったし」と撮影をふり返り、「監督の撮影中の一喜一憂される姿が目に焼き付いています。私のこれからの日々に監督のあの姿を思い出してニヤニヤできる事が、私にとっての小さな春になりそうです」とコメントしている。そして、桃子さんの「娘の時代」「妻の時代」(20~34歳)を演じるのは、『宮本から君へ』や『ロマンスドール』の熱演も話題の蒼井優。「『田中裕子さん主演、沖田修一監督作品』という、何があっても映画館で観たい作品に、自分も携わらせていただけたこと、心から嬉しく思います」と今回の出演を喜んだ蒼井さんは、「この作品は桃子さんという1人の女性のお話ですが、映画をご覧になられる方、皆さんのお話でもあると思います。桃子さんの今に想いを馳せたり、娘、直美の言動に自分を重ね反省したりしながら撮影を進めていました。1人の人生にスポットをあてた作品でありながら、壮大で奥行きのある、ユーモア溢れた作品になっていると思います」と本作について説明した。『おらおらでひとりいぐも』は2020年公開予定。(cinemacafe.net)
2020年01月20日『日日是好日』の大森立嗣監督が、芥川賞作家・今村夏子の「星の子」を映画化することが決定。主演に芦田愛菜を迎え、彼女が演じる少女ちひろの成長と家族の行方を描く。大好きなお父さんとお母さんから愛情たっぷりに育てられたちひろだが、その両親はちひろが生まれたときの病気を奇跡的に治してしまった“あやしい宗教”を深く信じてしまっている。思春期を成長していくちひろは、生まれて初めて両親と暮らす自分の世界を疑い始める…。先日は、天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」での祝辞が話題となった芦田さんが、『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』(’14)以来、5年ぶりに実写映画主演を務める本作は、デビュー作「こちらあみ子」で第24回三島由紀夫賞受賞した今村氏の同名小説の実写化。第157回芥川賞候補となったほか、第39回野間文芸新人賞を受賞、2018年度本屋大賞では7位に入った話題作だ。芦田さんが演じるのは、自身と同じ中学3年生のちひろ。原作を読み、信じるということについて深く考えたという芦田さんは「誰かを、何かを、たとえそれが自分の大切な人でも迷わず信じ続けることはとても難しい」と感想を。また「私が演じさせて頂くちひろは、少しずつ自分の環境に違和感を感じつつも、悩みながら素直に物事をうけとめて真っ直ぐに生きている女の子だと思います」と演じる役柄について語り、「これからちひろをどんな風に演じていくか、そしてこの映画の中で“信じる″という事は何なのか?ちひろと共に探していきたいと思います」と意気込んでいる。そして、本作の監督・脚本を務めるのは、『さよなら渓谷』で第35回モスクワ国際映画祭審査員特別賞を受賞、『日日是好日』では報知映画賞の最優秀監督賞を受賞した大森監督。「この映画が清涼な一陣の風のように、皆様を優しさで包み込むようになればと思っています」とコメントを寄せた。最新作「むらさきのスカートの女」で令和初の芥川賞を受賞し、いま最も次作が気になる本作の原作者・今村氏は「信じる、信じない、の狭間にあるこの物語を、映画という形で味わえること、とても楽しみにしています。私が掴み損ねたかもしれない、ちひろの心の深部に映像を通じて触れられるのではないかと今から期待しています」と映画化への思いを明かしている。『星の子』は2020年全国にて公開予定。(cinemacafe.net)
2019年12月02日サンプルを主宰する劇作家・演出家の松井周と、2016年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香による異色のプロジェクト「inseparable」。同じ設定で松井が演劇を、村田が小説を紡ぐ同プロジェクトがいよいよ11月29日(金)にそのベールを脱ぐ。対談企画での初対面から、互いに強い理解と共感を感じたという松井と村田。自分以外の人間が作った設定で小説を書くことが最も苦手だと語る村田が、松井とならそれができると、思い切った一歩を踏み出したことは実に興味深い。松井も、まるでドッペルゲンガーのように発想を共有できる村田との出会いを稀有に感じていて、2017年に神津島で、翌年に台湾の緑島で、合宿をして本作のアイデアを磨いてきた。『変半身(かわりみ)』と題された物語の舞台は、近未来のとある離島。その島で発掘される「レアゲノム」という化石由来のDNAが、ヒトや動物の遺伝子組換えに必要なものとして注目を集めている。その島の奇祭で男は弟を失ったが、ある日、弟はよみがえり、次第に島の住民を狂わせていく……。とかく「あるある」が支持を集める現代。見覚えのあるもの、共感ができるものだけを受け入れて、そうでないものは排除する、世界をたった2色で塗り分けるような価値観が蔓延する中、彼らが紡ごうとしているのは、松井によると「『すきま』の部分」だ。「もともと人間はウソとホントの間に生きていて、信用ならないもの」という認識のもとに、「ウソとホントの間に生きているから、自分勝手だったり、流されたり、錯覚したり、下心があったりする」人間たちの有り様を、フィクション味たっぷりに描き出す。松井の作・演出による舞台は、11月29日(金)から12月11日(水)まで東京芸術劇場 シアターイースト、12月14日(土)・15日(日)に三重県文化会館 小ホール、12月18日(水)・19日(木)にロームシアター京都 ノースホール、12月21日(土)・22日(日)兵庫・神戸文化ホール 中ホール舞台上にて上演。村田による小説版は、東京公演初日の11月29日に筑摩書房より刊行される。演劇と小説の両方を味わって、虚実ないまぜの世界を泳ぎたい。文:小川志津子
2019年11月28日女優の渡辺えりが、脚本・演出を務める新作舞台『私の恋人』を上演する。今年芥川賞を受賞した上田岳弘の三島由紀夫賞受賞作『私の恋人』を下敷きに、独自の恋物語を描き出す。共演に小日向文世、本作が初舞台となるのんを迎え、3人で30もの役を演じ分ける。約15曲の楽曲で綴るユニークな音楽劇だ。オフィス3○○「私の恋人」チケット情報主人公の“私”は、博愛の精神に満ちた「理想の恋人」に出会うまで、輪廻転生を繰り返し、10万年もの時空を生き続ける。クロマニヨン人からユダヤ人、そしてフリーターとして現世に生きる井上由祐に至るまで。恋人探しの一方で、浮き彫りになるのは無くならない戦争の歴史だ。SF的世界観から本質を炙り出す手法は、渡辺戯曲とも共通する。渡辺は、上田が描くテーマにも共感するという。「大きく言えば人類愛ですよね。なぜ人間は同じ過ちを繰り返すのか。いま断捨離が流行っていますが、忘れてはいけないような過去まで全部捨てるような時代になっている。合理化や分業化が進み、誰もが自分の保身に走ったり、日本人の良さである思いやりや情の部分が消えつつあるなと。そこを今回はお節介おばさんのように問い直したい。原作からは一部だけをお借りして、残りの9割は私の創作です(笑)」。原作通りにやれば「5時間は必要」な10万年の恋物語も歌やダンス、ユーモアを盛り込み、約1時間40分に凝縮する。情報量満載の展開だが「わけの分からなさを楽しんで」と渡辺。「だって、のんちゃんが主人公や彼が飼っている猫になったり、今お母さん役だった小日向さんが、次はお父さん役で出てくるわけですから。そこは笑って楽しんで。ピカソやマグリットも、パッと見は何の絵かは分からないけど、惹かれるから見るでしょ。それの演劇版です(笑)」。30年来の付き合いになる小日向は「段取りで芝居をしない信頼のおける役者」。一方、のんは天才肌の女優として一目置く。「一緒に映画や舞台を見に行っても視点が面白く、表現する言葉の選び方も天才的。センスだと思うんですけど。シュールでグロテスク、少しはみ出したものに惹かれる嗜好も似ていて、年齢差を感じさせない魅力がある」。のんは初舞台を目標に、以前から歌や踊り、英会話の特訓に勤しんでいるという。「猫背気味だった姿勢も直しましたから、努力家です。今は映像で流した方が楽だし儲かる時代だけど、一回しかない公演に命懸けてやる人もいる。色々と選択肢がないとつまらない。役者が目の前で汗を流しながら演じる、こんな贅沢は演劇だけですから。面白いと思いますよ」。公演は8月9日(金)、10日(土)兵庫県立芸術文化センター、8月28日(水)から9月8日(日)まで本多劇場にて上演。その他、地方公演あり。チケット発売中。取材・文:石橋法子
2019年07月29日距離も時間も虚実すら超えた世界を見せてくれる「本」。芥川賞作家の上田岳弘さんと、直木賞作家の島本理生さんが読んできた好きな海外文学作品と、その向こうに広がる世界を語り合います。海外文学を読み始めた頃。島本:小さい頃は海外の児童文学も読んでいましたが、大人向けの海外文学を読み始めたのは中学生の頃ですね。カポーティの『遠い声 遠い部屋』などが好きで、そこからジョン・アーヴィングやカート・ヴォネガットといったアメリカ文学を読むようになりました。日本とは違う土地の広さとか匂い、空気を感じさせるものや、乾いた文体が好きでした。上田:僕は中高生の頃に趣味で海外のファンタジーを読んでいましたが、大学生の時に村上春樹さんが訳したり影響を受けている海外小説を読み始めるというベタな人間で、僕もヴォネガットやカポーティ、フィッツジェラルドを読みましたね。そういえば、春樹さんの『風の歌を聴け』に、デレク・ハートフィールドって作家が出てくるじゃないですか。島本:出てきましたね。上田:彼の作品も読んでみたくて探したら、そんな作家は実在しないっていう(笑)。島本:私も、そういう作家が本当にいるんだって思っていました。上田:あれは、あの頃の文系少年少女がハマるトラップですね(笑)。僕はそれから大学生の時に作家になるために勉強しようと思って、体系的に200冊くらい読んだんです。その時にベーシックなものとしてシェイクスピアやドストエフスキー、ミラン・クンデラなどを読みました。島本:海外のものが多かったんですか?上田:そうですね。夏目漱石も読みましたが海外小説が多かったです。性格的に世界史と日本史だったら世界史を選ぶタイプですし。日本は世界の一部なので、グローバルスタンダードというか、読書も世界の基準に合わせたほうがいいんじゃないかなと思っていました。あまり文体の研究とか今の日本文学に何が起きているかは気にしなかった。今も読むのは海外文学が7割です。島本:上田さんの小説には海外文学の雰囲気があるなと思っていました。少し重力が違うというか、自由な感じがして私、スペインに行く飛行機の中で上田さんの『私の恋人』を読んだんです。それがもう、しっくりきて、それこそ作中の世界の果てまで一緒に行ったような気がしました。上田:ありがとうございます。島本:私自身は海外小説と国内小説の割合は半々くらい。でも文体を学ぶのは海外小説が多かったです。日本の近代文学は私小説が多いですが、私は個人の内面よりも情景描写を書きたくて。それこそ一時はカポーティのような潮騒とかの比喩を書きたくて「さざ波のように」って表現をかなり使いました(笑)。上田:サガンの『悲しみよ こんにちは』は読みました?島本:はい。でも私、サガンよりもマルグリット・デュラスのほうが好きなんですよね…。上田:僕、仕事の必要があって最近読み返したんです。あれって、アラフォーの恋愛を17歳の女の子の目線で描いているじゃないですか。19~20歳で読んだ時は少女の視点で読んだけれど、今読むと40歳のほうの目線になるので、大人たちが打算込みでいろいろやっているのがわかる。17歳からは今の僕もこんなふうに見られているのかな、って怖くなりました(笑)。島本:確かに私も昔、100%少女の視点で読んだので、今読むと感じ方が変わるかもしれない。上田:サガンよりもデュラスが好きというのは?島本:昔読んだ時はサガンの主人公はただ生意気だなと思って。デュラスは同じ恋愛を書くにしても、絶望して達観した中に情熱や官能を秘めている。基本的に恋愛ものは絶望があるものが好きです。上田:絶望のある恋愛もの…。自分好みの海外恋愛小説。島本:上田さんの『私の恋人』もそうですけれど、男の人が一方的に女の人を追いかける話も好きで、アンナ・カヴァンの『氷』は、氷の壁が迫ってくる世界で、超法規的な手段を使って地の果てまで好きな少女を捜しに行っては、フラれてすごすご帰る話。設定の大胆さとリアリティとのバランスが不思議な一冊です。グレアム・グリーンの『情事の終り』は嫉妬深い作家が、自分を振った女性に他の男ができたと思って調べ始める。信仰が絡んでくる話なんですが、キリスト教と恋愛小説の親和性って高いなと感じて、自分も宗教と恋愛というものを書いてみたくなりました。上田:フランスのミシェル・ウエルベックやイギリスのイアン・マキューアンは読みます?この二人は僕にとって、淀んだヨーロッパの2大巨頭なんです。西洋文化はこの500年くらいのトレンドですけれど、今はもう煮詰まっている。その問題を書いている二人ですね。ウエルベックのほうが露悪的で原始的で欲望に忠実。たとえば『服従』はヨーロッパがイスラムのマネーや文化に服従していく話なんですよ。島本:難しいけど面白そう。上田:マキューアンの『土曜日』なんかは、脳神経外科医が認知症の母親をシステマティックに面倒を見たりする様子や、テロの脅威が描かれていく。彼らの作品のように“現実ってこうですよね”と突きつけてくるものが僕は好きだし、影響を受けていると思います。『遠い声 遠い部屋』著:トルーマン・カポーティ訳:河野一郎590円(新潮文庫)『ティファニーで朝食を』などで知られる、戦後のアメリカ文学を代表する作家が、23歳の時に書いたデビュー作。父を捜すためにアメリカ南部を訪れた少年を主人公にして、繊細なその心の内や街の風景を、鮮烈な比喩を用いながら綴った半自伝的小説。『悲しみよ こんにちは』著:フランソワーズ・サガン訳:河野万里子490円(新潮文庫)フランスの女性作家、サガンが18歳の時に発表したデビュー作。17歳のセシルが父と彼の愛人と過ごすコート・ダジュールの別荘にやってきた亡き母の友人、アンヌ。はじめは彼女を慕うセシルだが、父を取られると感じて反発、やがてある計画を思いつく…。『氷』著:アンナ・カヴァン訳:山田和子900円(ちくま文庫)著者はイギリスの小説家で、SFや幻想文学の色の強い作品で知られる。異常気象で寒波が押し寄せるなか、一人の男が異様な執着心で一人の少女を捜し求める。冷たくも美しい氷のイメージの中で、幻想と現実を交錯させながら描き出すディストピア小説。『情事の終り』著:グレアム・グリーン訳:上岡伸雄670円(新潮文庫)第二次大戦直後のロンドン。小説家のモーリスは、知人のヘンリーから妻のサラが浮気をしているのではと相談される。実は以前、モーリスはサラと不倫関係にあり、彼は一方的に別れを告げられた身。サラの今の浮気相手を知ろうと調べ始めるのだが…。『服従』著:ミシェル・ウエルベック訳:大塚 桃920円(河出文庫)センセーショナルな作品を発表し続けるフランスの現代作家の長編。舞台は2022年、極右政党を倒して穏健派のムスリム政党が政権を握ったフランス。文学教授の「ぼく」は、パリを去ることにするが…。テロ、移民といった現実問題を盛り込んだ予言的な作品。うえだ・たかひろ作家。1979年、兵庫県生まれ。2013年「太陽」で新潮新人賞受賞。’15 年『私の恋人』で三島由紀夫賞、今年『ニムロッド』で芥川賞受賞。新作は世界文学的大作『キュー』。しまもと・りお作家。1983年、東京都生まれ。2001年に『シルエット』で群像新人文学賞優秀作に入選。’03年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、’18年『ファーストラヴ』で直木賞受賞。※『anan』2019年7月10日号より。写真・小笠原真紀取材、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年07月05日「デビューする前から、このタイトルと、9章からなる長編という構想はありました」今年、芥川賞を受賞した上田岳弘さんの注目の最新作、『キュー』。ニムロッド、塔、飛行機、“私の恋人”など過去作にも出てきたモチーフが盛り込まれた集大成的な長編だが、逆に言えば、本作に向かって過去の作品を執筆してきたともいえそうだ。遠い未来でCold Sleepから目覚めた人間。突然拉致された、現代の心療内科医の青年。軍人だった祖父、前世では広島の原爆で死んだという女性、世界で秘密裏に敵対する2つの勢力、謎めいたAll Thingという物体――バラバラなモチーフが少しずつ繋がる展開がなんともスリリング。「今回はこれだけの長さの小説ですから、イメージを膨らますために、詩や戯曲を思いのままに書いてみたんですね。そこから合致するものを小説にはめこんでいきました。今回、前段階として書いてみた戯曲は、All Thingというすべてを叶える板を守る軍勢と攻める軍勢が戦うという、SFでシェイクスピアをやったような内容でした」未来を幻視する本作は、All Thingをめぐる物語ともいえる。「人類の行き着く先を象徴するそれが、タイムスリップして現代にあるという設定です。未来を現代に輸入して今の問題点や将来の危険性を知らしめるという、SF小説によくみられる効能をやってみたかった」世界文学的SFの中に、原爆、天皇制、憲法9条が登場、戦時の軍事思想家・石原莞爾にも言及される。「日本の特殊性というものは書いておきたかった。そのほうが万国に通用するとも思いました。石原莞爾は、彼の『世界最終戦論』を読んだことがあって。僕は戦後の日本って何かをオブラートに包んでいる印象があるんです。こんな小さな国が世界を敵に戦争をやったなんて、腑に落ちない。でも、アフリカで生まれた人類が大陸の端と端に行き着き、太平洋を挟んで睨み合うことになるという彼の論は、100%正しいと思わないにしても、こんな見方があるのかと衝撃でした。彼の見方で世界を逆照射してみようと思いました」人類の進歩の中で避けて通れない事象として言及される〈パーミッションポイント〉も鮮烈。それは「言語の発生」に始まり、やがて「寿命の廃止」「性別の廃止」へと続き…。「発生系から廃止系へと向かいますよね。平等がいい、長生きがいいといった今の倫理観が拡張するとどこに行き着いてしまうのか。そうした不安も表現したかったことです」進歩は決して幸福と同義ではない。「技術が進むほどに、倫理的に判断できない事柄が増えていると感じています。それらに関する巨大な疑問を作品化したといえますね」では、未来の人造人間に与えられた唯一の感情を寂しさにしたのは?「10代の頃、引力って寂しさだなと、ポエムっぽく考えことがあって(笑)。あらゆる物質がバラバラだったら何も起こらない。人間も寂しいから活動し、誰かを求める。それは物理学的に言えば引力だな、と。そんな幼い頃の考えをひきずっています」うえだ・たかひろ作家。1979年、兵庫県生まれ。2013年「太陽」で新潮新人賞を受賞してデビュー。’15年「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞、’19年「ニムロッド」で第160回芥川賞受賞。『キュー』突然拉致された平凡な医師が知る、軍人であった祖父の秘密、この世界の裏側の戦い、そして人類の未来とは?壮大な景色が広がる超大作。新潮社2300円※『anan』2019年6月5日号より。写真・土佐麻理子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年05月31日