お笑い芸人のふかわりょうが、エッセイ集『世の中と足並みがそろわない』(新潮社 1,350円税別)を、11月17日に発売する。本書は、芸歴26年を迎えるふかわが「世の中との隔たり」を考察したエッセイ集。「誰も触れなくなった結婚」「“ポスト出川”から舵を切った30歳のこと」「タモリからの突然の電話」といったエピソードにふれながら、どこにも馴染めず、何にも染まれない“隔たリスト”としての内面をつづった。長髪に白いヘアターバンを装着した「小心者克服講座」のネタでブレイクし、「シュールの貴公子」から「いじられ芸人」を経て、現在は『5時に夢中!』のMCや『ひるおび!』のコメンテーターを長きにわたって務めるふかわ。同書でその「頭の中」を覗くと、ふかわの“不器用すぎる歪(いびつ)な日常”が浮かび上がる。
2020年10月22日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。五行詩の中の宇宙雪が降っていて手鏡をそっと差し出す母がいて「点滴ポール生きるという旗印」岩崎航(ナナロク社)ーより引用これは筋ジストロフィーを患い、人工呼吸器をつけながら詩人として活動する岩崎航さんの五行詩です。たった21文字の言葉の中に、岩崎さんと母の人生がある。この詩に出会ったとき私は言葉の持つ可能性に打ちのめされた。言葉の奥にある『宇宙』を感じたのです。宇宙というと大袈裟に聞こえるかもしれません。果てしなさとでもいうのでしょうか。人の心の深淵を見たような感慨があったのです。詩を解説するのは無意味なことです。ただこの詩を何度も読み、心に湧き起こる自分の感覚や感情を味わうことで、私たちは自分の心の深淵へと入っていくことができるのです。五行詩は世界観をぎゅっと凝縮し、行間にふくらみを持たせるように書く…と私は考えます。また、余韻をとても大切に。そこには文字数が制限されている歌詞に通じるものがあります。歌詞は伝えたいこと、描きたい世界を音数に合わせて書きます。伝えたいからと言って説明的な言葉だと、歌から離れていきます。歌詞も行間にふくらみを持たせ、説明しなくてもその世界を感じとれるように書くことが求められます。また五行詩にはそれぞれのリズムがあり、声に出して読んでみるとよりしっくりと心に入ってきます。古来、和歌を嗜み親しんできた日本人には、馴染みのある言葉のリズムがあるのです。大学で担当している作詩研究のクラスで、毎回五行詩を書くことを取り入れました。学生たちは、前期の初めの頃は長々とした五行詩を書いていましたが、後期に入ると心と思いと言葉の中に宇宙を見いだしかのようにぎゅっと凝縮された詩を書けるようになってきました。時代の空気感をそれぞれの内面に映し出した世界がそこにあります。それは、世界を、自分を『見つめる目』が変わってきたことを表しているのです。この変化が作詞にどう現れるか、それは後期の試験の楽しみでもあります。詩を書くことは新しい扉を開く鍵になるかもしれません。日記のように、その日感じたことを五行詩に。心の深淵へ入っていくのは、自分と出会っていくことでもあります。「自分の力で見出したことが暗闇を照らす灯火になる」岩崎航さんのこの言葉に勇気をもらいます。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月18日こんにちは、フリーアナウンサーの押阪忍です。ご縁を頂きまして、『美しいことば』『残しておきたい日本語』をテーマに、連載をしております。宜しければ、シニアアナウンサーの『独言』にお付き合いください。名月を味わう10月に入りますと41.1度を記録したこの夏の酷暑のことを忘れています。爽やかな涼しさ、初秋を感じるのは、やはり早朝と夜ですね。吹く風の涼しさを肌で感じます。晩夏になると、夜は涼味が増し、虫の音(ね)も聴こえています。愈々(いよいよ)秋の夜長の始まりです。さて、十五夜は10月1日で もう終わりましたが、この時季は『お月見の秋』と言ってもよいかも知れませんね。猛暑日の連続であったこの夏には、夜空の月を眺める というような気持ちにはなれませんでしたが、日が経って涼風の夜空にクッキリと輝く秋の月を眺めると、平安時代の「月を愛(め)でる」という風習を思い浮かべます。平安のやんごとない貴族たちは、輝く月を見上げるだけではなく、川の水面(みなも)や盃の酒に映った月を愛でた と言われています。盃の酒の月、正に風流この上ない『月の宴(うたげ)』ですねぇ…。お月見は、もともと収穫祭の意味合いの濃い秋の行事です。収穫した里芋、栗、柿など、そして刈り取った もち米で作ったお団子を供え、秋の七草の1つ、ススキを添えて 収穫への感謝を表したものです。この中で子供達が喜ぶのは お供えの月見団子ですが、中国では月餅(げっぺい)となるようですね。このコロナ禍の中で 子供達にお月見の話題が出るかどうか… 出て欲しいと願っています。澄み切った秋の夜空に光々と輝く名月… コロナ禍を忘れて、この自然の美しさ 大きさ 豊かさを、静かに味わってみる…。人の何と小さきことかを、夜空の月が教えてくれるような気がいたします。「名月や 畳の上に 松の影」其角<2020年10月>フリーアナウンサー押阪 忍1958年に現テレビ朝日へ第一期生として入社。東京オリンピックでは、金メダルの女子バレーボール、東洋の魔女の実況を担当。1965年には民放TV初のフリーアナウンサーとなる。以降TVやラジオで活躍し、皇太子殿下のご成婚祝賀式典、東京都庁落成式典等の総合司会も行う。2020年現在、アナウンサー生活62年。日本に数多くある美しい言葉。それを若者に伝え、しっかりとした『ことば』を使える若者を育てていきたいと思っています。
2020年10月13日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。若者の敬語と大人の責任「若者の敬語はなってない」こんな批判をよく耳にします。多くの場合、次に「今の若者は軟弱」とか「礼儀を知らない」といった話になります。言葉という観点に立つと、私もそのように思ったことがあります。しかし、週に一度大学の授業で若者たちと接するうちに、若者を批判するのは重箱の隅を突くようなものだと思うようになりました。若い人たちの敬語なり丁寧語の使い方が間違っている場面によく出くわします。二重敬語だったり、敬語と謙譲語がごちゃ混ぜになっていたり。心の中で(ああ…)と思うこともしばしばです。でもよく考えてみると、彼らは丁寧に接しようと努めている。ただ、ちゃんと学んでいないだけです。もしかしたら、まわりの大人がきちんと話せていない環境にいたのかもしれません。敬語や謙譲語を教科書や本で学ぶこともありますが、育っていく中で身についていくものです。ですから、若い人たちが間違った敬語の使い方をしているのを聞いたら、職場の上司は指導すべきです(…べき、という言葉は使いたくありませんが)。丁寧に接したいという気持ちがあるのですから、そこを大切にしながら伝えてほしいと思います。音楽大学で作詞について教えているので、多くの学生たちと接します。今年は新型コロナウイルスのために前期はオンライン授業となり、後期はオンラインと対面のハイブリッドの授業を行なっています。直接顔を合わせずに一年終わってしまう学生たちがほとんどなのですが、オンライン授業での利点がありました。毎週の課題提出、歌詞の添削など、学生と直接メールでのやりとりがあります。54名の学生ほぼ全員のメールの文体は丁寧で、とても清々しいことに感心しています。大学生だからそれは当然のこと…と思う人もいるかもしれません。言葉はその人を語ります。丁寧であるかカジュアルであるかということではなく、言葉にはその人の心の温度が現れる。そういう意味で、学生たちの言葉には作詞をすることへの真摯な気持ちを感じるのです。すると、言葉も真摯になります。むしろ、大人たちの言葉のほうがぎすぎすと批判的になっているような、清々しさを失っているような感があります。言葉は時代とともに変わります。私世代の言葉を、親世代は受け入れがたかったかもしれません。変わりゆく言葉、その一方で変わらない言葉、変わってはならない言葉があります。日本語の美しさは日本人の精神文化です。言葉の乱れを糾すよりも、日本語が私たちの精神文化であることを知ることが大切なのではないでしょうか。そしてその精神文化を伝えていくのは、大人世代の責任なのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月11日お笑いコンビ・尼神インターの狩野誠子さんが、このたびご自身初のエッセイ本を上梓!少女時代の思い出、大切な家族のこと、お笑いとの出合い、相方への気持ちなど、5か月かけて綴った一冊です。エッセイっていうのは気恥ずかしくて。自分を俯瞰し、小説風に書きました。「最初に編集の方からお声がけいただいたときは、私自身本が好きなので、とても嬉しかったです。編集者さんからのリクエストは、ポジティブな読後感。『誠子さんならそれができます!』と言っていただいたので頑張ろうと思ったのですが、本一冊って結構な文字量で…。正直、“これ、書けるのか…?”と呆然とした瞬間もありました(笑)。無事に本になったものをいただいたときには、思わず“やった~!”と声を上げて喜びました。ホントよかった」エッセイとうたってはいますが、語り手の主語は“私”ではなく、“誠子”。自身の経験や気持ちが書かれたこの本は、なんだか小説のよう。「エッセイって、なんだか気恥ずかしくて…。芸人として自分のことをネタにするのは全然大丈夫なんですが、素の“狩野誠子”について語るのは、昔からすごく苦手で。自分を“誠子”というキャラクターにして、俯瞰してみることで、冷静に自分と向き合え、文章にすることができたんだと思います」タイトルにもなっている“B”とは、“ブス”の意味。とてもユニークなのが、自身のことをそう思っていなかった“誠子”が、他者から“B”だと言われ、その自覚を持ったときのことを、“Bと出会ったとき”と書いていること。“B”を擬人化するその手法に驚かされます。「この本を書くにあたって、そういえば自分がブスだと感じ始めたのはいつだったっけ…と思い返してみたら、中学生のときだった。そこからずっと私は、Bとともに戦い、そして一緒に歩いてきている、という意識があることにも気が付きました。そこから、“出会う”という言葉が出てきたんだと思います。中学時代はそう言われると、単純に“最悪やん!”と、ただただネガティブに思っていました。でも高校時代にお笑いに目覚めて以降は、ずっと自分の真ん中にあった容姿のコンプレックスについて考える暇もないほど、お笑いに夢中で。さらに芸人になってからは、このルックスであることが、武器にもなった。それからはもう、ずっと人生が楽しい。お笑いに出合えて、それによってコンプレックスだった自分の容姿も好きになれた。本当によかったと思っています」今回本を書いたことで、言葉の持つ力についても、いろいろな気付きがあったと話します。「自分も含めてですが、書いたり、口にしたりした言葉を、相手が受け取ったときにどんな感情になるのか、もっともっと考えたいと思いました。芸人同士だからいいやろって思って、結構軽い気持ちで使った言葉で、誰かを傷つけてしまったこともあっただろうな…。でも一方で、誰かが私に言った言葉の裏には、言葉以上の意味が含まれていることもあるわけで。受け取り側としては、相手の言葉には想像力を持って接していきたい。この本が、読んでくれた人にとって、言葉やコミュニケーションについて考えるきっかけになったら、本当に本当に嬉しいです」『B あなたのおかげで今の私があります』“B”とは、ブスのこと。それによって苛まれた時期を越え、相棒のように仲良く“B”と生きる誠子さんの、思いが詰まった一冊。ちなみにタイトルは、かの有名な歌姫を描いた本に発想を得たそう。KADOKAWA1300円かのう・せいこ1988年生まれ、兵庫県出身。お笑いコンビ、尼神インターのボケ担当。2011年「第32回ABCお笑い新人グランプリ」新人賞を受賞。’17年より活動拠点を東京に移す。※『anan』2020年10月14日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・河野友紀(by anan編集部)
2020年10月07日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。秋の実り、人生の実り収穫の秋、実りの秋を迎えました。実りの喜びを味わう時期です。人の一生を季節にあてはめる。若い働き盛りの時期を過ぎて、人生の秋は50代、60代を過ぎた頃から…でしょうか。種を蒔き、耕して、そして実りとなる。人生の大きな実り。そして、こうして過ごしている中でも繰り返されるのでしょう。人生の実りを味わえる年代を迎えましたが、種蒔きの日々は続きます。小さな種、大きな種。なんかこう、畑に一粒ずつ種を蒔いて、丁寧に土をかぶせて水をやっている……そんな日々です。仕事のことで言えば、一つ一つの仕事を大切にすることも種を蒔くこと。何かを学ぶことも、人間関係を丁寧に紡ぐことも種を蒔くこと。日々のささやかなことをも大切にすることが、蒔いたものを耕すことになり、心のあり方が栄養を与えることになる。いつも意識しているわけではないですが、丁寧に育てることの大切さを今しみじみと感じます。それも人生の秋を迎える年代になったからでしょうか。自分の実りは何があるだろうと考えたとき、真っ先に浮かぶのは家族かもしれません。父はもうすぐ90歳に、母が亡くなってからひとりで暮らしています。私と妹たちはすぐ近くに住んでいますから、毎日電話で話したり食事をしたり。娘たちが近くにいると言っても、衰えていくことへの不安を抱えながら生きているのだと思います。それぞれの家族にはさまざまな事情があります。問題のない家族はないでしょうし、家族だからこそうまくいかないこともある。自分の年齢だけ家族の歴史があるのですが、それだけの時間をかけて耕して、いま、実ったのかなと思っています。芽が出て、育っていく間に雨で流されたり、干ばつで枯れてしまったり、踏み荒らされたり。いろいろなことがありましたが、耕すことを諦めなかったからいまがある。これは私にとっての大きな実りなのです。仕事の成功や、目に見えるもの、形あるものに実りを求めてしまいがちですが、自分自身の心の中に実りを感じていけたら、小さなことにも喜べるのではないでしょうか。忙しく、瞬く間に過ぎていく日々の中でこぼれてしまった種の中に、本当に大切なものがある……そんなことに気づいていく感性を磨いていきたい。それがいつか人生の秋を迎えたとき、きっと豊かな実りとなるに違いありません。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月04日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『しゃべくりの仕事』をご紹介します。結婚式や法事、親戚が集まるたびに近況を尋ね合うのは礼儀というものなのだろうか。駆け出しライターの私は、同じ質問をされるたびにうんざりしていた。「東京でフリーライターをしている」と答えると、返ってくる反応は大抵2つ。「びっくり!」か「やっぱりね〜」のどちらかだ。「びっくり」は都会のカタカナ職業というだけで、勝手に華やかなイメージを膨らませてしまっている場合。内心、「あの地味で暗かった子がね」となる。一方、「やっぱり」はご近所では聞いたこともない、よくわからない職業と決めてかかっている場合。「あのいかにも風変わりな子らしいよ」となる。どちらにしても、人並みはずれて不器用で人と目も合わせられない、いじめられっ子だった私を思い返してのことに違いない。ところが、その伯父さんの反応はまるきり異なっていた。「ライターというのは何をどうする仕事や?」「今は取材モノが中心で、話を聞いて、その内容をまとめて…」「人と話をする仕事か?」と、いきなり前のめりになる。「まあ、そういえばそうだけれど、聞いた話を文章にするまでが仕事だから…」と、なぜか私はしどろもどろ。「そやけど、うまいこと言うて、相手に話してもらわなあかんのやろ。ほな、おっちゃんと同じや」伯父さんは細い目を一層細くしてにっこり。「しゃべくりの仕事やな」と断定した。私が子どもの頃、伯父はタクシーの運転手だったのを覚えている。その後、自動車教習所の教官を経て、今は所長なのだとか。たしかに、大勢の人を指導する「しゃべくりの仕事」と言えるだろう。教習所の校長先生のような務めとライターが同じのはずがない。そう思いながらも、私はうやむやに頷いてみせた。ただ、「しゃべくりの仕事」という言葉だけがいつまでも耳に残った。自分の中で何がどう変わったのかはわからない。それ以来、「しゃべくり」を意識することが増えていった。インタビューの際、私の発する言葉が目の前の相手にちゃんと届いているかを確かめるようになった。そう心がけるだけで会話はスムーズになり、思いがけず盛り上がったり、話の核心に触れられたりすることもあった。原稿を書くための材料集めにしか考えていなかった取材の大切さを、改めて思い知らされた。あれから十数年、数えられないほどの人に出会い、問いかけ、語らってきた。あるときは取材慣れしていない若手タレントに「なんでこんなに話しやすいかな」と目を見張られ、あるときは大物経営者に「余計なことまで話しちゃったよ」と照れ笑いされた。いつしか、人とのコミュニケーションは私の仕事の真ん中に位置していた。昨秋、伯父が急逝した。慌ただしく葬儀を終え、親族が寄り集まると、思い出話は尽きない。つられるように私も、「しゃべくり」のエピソードを持ち出した。すると、同年代のいとこの間から「俺も!」「私も!」という声が続いた。伯父から「しゃべくりの仕事」と決めつけられたのは、私だけではなかったのだ。しかも、それぞれの職種はバラバラ。営業マンや接客業はともかく、経理など事務職の人まで揃って同じように断定された。そして、誰もが抵抗を感じながらも言いくるめられ、心に刻まれた言葉に従うように自分の仕事を振り返るきっかけにしていた。「おっちゃんらしいな…」皆、泣き笑いしたような顔を見合わせた。あらゆる仕事の根底には人とのコミュニケーションがある-私たちに伝えてくれたのはこういうことだったのか。ともあれ、伯父はささやかな成長の種を一人ひとりに植え付け、旅立っていった。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『しゃべくりの仕事』作者名:西田 知子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年10月01日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『心にしまう』をご紹介します。コロナで思いがけない不況となった。外車ディーラーで派遣社員として働いていた私は、朝が来れば自然と目がさめるように、抵抗する間もなく職を失うことになった。20代前半で結婚し、離婚し、就職することなく、あてもなくふらふらとしていた私は、「そろそろ自分のやってみたかった道に踏み出そう」そう思って、本が好きだという単純だけれど素直な気持ちで、どうにか出版社で働くことができないか探し、ほんの小さな一歩として(週2日のアルバイトだけれど)出版社で働けることになっていたので、不幸中の幸いだった。そして、ディーラーで働くのも、残り1ヶ月となった。じとじとと雨が降り続く、長い長い梅雨だった。私がいなくなることを、社員のみんなは口を揃えて「寂しい」ということ、そして、売り上げを伸ばして「また戻す」ということを言ってくれた。それはとても嬉しいことで、こんなに優しい人たちに囲まれていたんだと嬉しい気持ちになった。そんな中、ひとりだけ違う反応を見せた。その人は、社員の中でも特に仲の良い人だった。私が派遣社員として配属されたばかりの頃、よく話しかけてくれ、なぜか私のことを「感性が独特で面白いねえ」と言ってくれた。その人がかけてくれた言葉は、「また戻ってきてほしい」という類のものではなかった。「君はここでやっているように一生懸命働けば、出版社でももっと働ける日数を増やしてくれるはずだよ。そうしたら、こんなところに戻ってこないで、そっちに行くんだよ。」息が止まる思いだった。私は、「本当はそうしたほうがいい」ということを本当は分かっていたからだ。アルバイトでもなんでも、一生懸命仕事をして、契約社員の試験を受けて、社員の試験を受けられるように頑張りたいと思っていた。だけど寂しさのあまり、また戻ってきたいなあ、出版社と掛け持ちをすればいいよね。と、みんなの優しさにおんぶに抱っこだったのだ。だから、目を見られなかった。胸の奥がグっと熱くなり、こらえていないと涙が溢れてしまいそうだった。進む道を後押ししてくれる優しさは、どんな言葉よりも強く、心から私のことを思って応援してくれている人がいるという真実は、きっとこれからも、私を支えてくれるだろうと思った。記憶というのは不思議なもので、ずっと覚えているような言葉や誰かとのシーンがある。覚えている日々と、覚えていない日々は何が違うのだろう。自分にとって大切な思い出や、誰かからの言葉を、人は多かれ少なかれ、心の中の宝箱とでもいうような場所に、そっと大事にしまっているのだろう。そしてその宝箱から時折取り出して、ありがとうとつぶやくのだ。そう言った作業が、私はとても好きだし、出会いを豊かにしてくれる。そしてそんな宝物が増えたというだけで私はここに勤められて本当に良かった。出勤最終日を迎えた。「絵が上手だ」と褒めてくれたその人に絵を書いた手紙を渡した。今度は思わず涙が溢れた。「大人になると人はなかなか泣けなくなる。でも、泣けるほどの人と出会えたというのは本当に素晴らしいことだよ。ありがとね」そう言ってくれた。何のために生きているのかわからない20代前半だった。誰がほんとうなのかも、何が正しいのかもわからなかった。だけど今は、思う。人は人によって磨かれていく。それが痛くて泣けるような想いでも、暖かくて柔らかい想いでも。どんな経験でもそれは私を(私を通してこの世界を見る眼を)輝かせてくれるのだ。8月になって、まぶしいほどの青空が広がり、やっと夏がやってきた。今、私は出版社で働いている。その人にもらった言葉を心に、私の大好きな赤色のボールペンを片手に。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『心にしまう』作者名:みずきエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月29日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『パイロットになりそこなった父の名言』をご紹介します。私の中で長らくモヤモヤしてきたことがあります。“平凡”って何?ということです。それって価値観?辞書を引くと“これといったすぐれた特色もなくごくあたりまえなこと”とあります。ごていねいにも“平々凡々”なんて強調する言葉まである。その物差しっていったいどこにあるんだろう。そんな曖昧な疑問を誰にもぶつけたことはなかったけれど、山あり谷ありの人生を歩む中で最近ようやく私なりの答えを見つけた気がします。「平凡という名の非凡」。世の中は個性の集合体なんだ、平凡ということ自体が稀なんだと考え至りストンと腑に落ちたのです。自分に都合の良い極論かもしれませんけれど。前置きが長くなりました。私は幼いころから人と同じというのを好みませんでした。幼稚園の写真を見ると一人だけスモック(制服のうわっぱり)を着ていません。どうやら皆と同じなのが我慢ならんとばかりに登園するなり脱ぎ捨てていたらしいのです。はい、すでに非凡(笑)。今となってはそんな自分勝手を許してくれた先生方にも感謝せねば。ちなみにカトリック系の幼稚園でした。アーメン。そんな私ですから、好きなこと、やりたいことだけを選んで好き勝手に生きてきました。結婚しました。離婚しました。職業もいろいろ。平凡なんて言葉とは無縁のジェットコースター人生です。人からは個性的とか変わってるねとか思われている節あり。だからいろいろなことで何度もつまずきを経験し、当然、両親にもたくさん心配をかけました。20代前半、一番か二番かという大きな挫折を経験した時、生まれて初めて父(故人)に悩みを打ち明けたんです。私は一人っ子のひとり娘で、海外出張が多かった父とは正直いわゆる腹を割った話というのをしたことがありませんでした。なぜ自分があの時父を頼ったのかいまとなっては思い出せません。それは具体的な相談という形ではなかったと思います。行き先を見失っている、そんな気持ちをただ聞いてほしかったのかも。とにかく苦しくて苦しくて、どういう生き方をしたらいいのかわからない、迷子になっちゃった…そんな曖昧で的を射ない話だったような。その時の父の助言が私の一生の道しるべになるなんて、あの時は思ってもみませんでした。でもそのあと何度もつまずいて、その度に父の言葉が私を救ってくれたのですから、これはもう私だけの宝ものです。頭のすみに心の中に常にこびりついています。ありきたりに言えば座右の銘です。いわく「低空飛行というのはかなりの技術を要するんだ。墜落しないギリギリを飛ぶんだからな。墜落しない自分に自信を持っていいんだよ」。父は第二次世界大戦時、少年航空兵としていざ飛ばんというタイミングで終戦を迎えた人。死んでも飛びたかったとのたまうような人でした。だから妙に説得力あり。それにしても、こんなに優しく勇気を与えてくれる言葉があるでしょうか。不器用な父の愛情を受け止める感受性を幸いにも持ち合わせていた私です。以来、壁にぶつかった時にその言葉を思い出しては明るく強く乗り越えてきました。父には心から感謝しています。存命のうちにそれをちゃんと伝えられなかったのですが。平均寿命から逆算すると私の人生もあと二十年というところ。人生のラストステージにもう戦うべき相手もいません。今は機首を上げて安定した高度を保って飛行中。もちろん平凡を良しとしない日々を楽しんでいます。あ、“新しい生活様式”にはまだ馴染みませんが。最近では若い人の相談に乗る時、さも自分の言葉のようにあの名言を使わせてもらっています。父がそれをどんな顔で天国から眺めていることやら。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『パイロットになりそこなった父の名言』作者名:みまさかまどかエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月28日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。人はいつか自分の言葉、行いに出会う「人はいつか自分の言葉に出会う」…というよく言われる言葉があります。因果応報とも、情けは人のためならず、とも言うのでしょうか。悪口を言えば、どこかで悪口を言われる。相手を批難した同じ言葉をいつか言われる。反対に、ポジティブな言葉を心がけていると、ポジティブな状況が開けてきます。めぐりめぐって自分の元に還ってくるというわけです。これは言葉に限ったことはありません。ずいぶん前にこんなことがありました。まだ娘と手をつないで歩いていた頃ですから20年近く前のことです。散歩をしていたとき、雨がポツポツと振り出し、次第に雨脚が強くなっていきました。雨宿りをしようにも、そのような場所がありません。急いで引き返そうとしたとき、透明のビニール傘を2本持っておじさんが歩いてきました。おじさんは私たちを見ると1本のビニール傘を「ほら、どうぞ」と差し出してくれたのです。この出来事の何ヶ月か前、車で家へ帰る途中、急に雨が降り出したことがありました。前方から制服を着た女の子が鞄を頭にのせて速足で歩いてきました。思わず助手席の窓を開け、ビニール傘を差し出しました。女の子はびっくりしていましたが、傘を受け取ってくれました。誰かの役に立つこと、それはいつか自分も助けられるということ。世界は決して難しい法則の上に成り立っているのではないのですね。自分が差し出したものを、いつか受け取る。ただそれだけのことです。いまの社会状況は複雑な様相を呈しています。その中で私たちは不安になり、先が見えなくなり、途方に暮れることもあります。でもそんなとき、いつか自分の言葉に出会うこと、自分の行いに出会うことを忘れずにいたいものです。いま、この瞬間にできること。それを自分の軸にするとで、何をするべきか見えてくるでしょう。2ヶ月前、転んで手首の骨を折ってしまったときのこと。近くにいたおじいさんが駆け寄り、すぐに救急車を呼んでくれました。私の重い荷物を持ってくれ、救急車に乗せてくれたのです。お礼をしたく名前と住所を教えてくださいとお願いしたのですが、「あたりまえのことをしただけです」と。私は病院に向かう救急車の中で、おじいさんが健やかで幸せであるように祈りました。ひとりだけで生きていける人はいません。誰かに支えられ、誰かを支えながら生きている。優しさがめぐりめぐる社会、よい種を蒔いていく。いま、こんな状況だからこそ実感するのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年09月27日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『私は、皆さんを愛します。』をご紹介します。中学2年の4月、担任発表をするために学年集会が開かれ、武道館に集められた。クラス替えをしたばかりで、周りはいつも以上に賑やかだ。学年主任の先生が私のクラスの担任を発表する。呼ばれて前に出てきたのは、母と同じぐらいの年齢にみえる、ちょっと太った女の先生だった。初対面の先生が話す挨拶は、だいたい同じに聞こえる。今までの学生生活の中で記憶に残っている先生の挨拶なんて無い。そんなことを思っていると、先生は自分の名前を言った後で、私のクラスが座っている方に体を向き直し、話を続けた。「私は、皆さんを愛します。」私の頭が一瞬フリーズした。今まで愛しますなんて言われたことがない。況して、見ず知らずの人に愛しますと言われても、反抗期真っ盛りの私には重すぎる。もうクラス替えはなく、基本的に担任は同じ人になるはずだ。つまり、この人と2年間過ごすことになる。正直気が重い。私たちの出会いは良いとは言えないものだった。新しいクラスにも慣れた6月頃、クラス全員が、別の先生の授業中に理不尽な理由で怒られてしまった。はっきり言ってその先生の逆ギレだ。モヤモヤした気持ちを抱えたまま授業を終えた。休み時間になったはずなのに、クラスはどこか静かなように感じる。すると、先生が急ぎ足で教室にやって来た。どうやら授業での話を聞いたらしく、私たちの話を聞きたいと言ってくれた。しかし、その時の私は、先生に話したところで意味がないと思っていた。多くの場合、「先生」は生徒が何を言っても「でもね」と言って先生側の肩を持つ。話を聞いた先生は、「分かった」とだけ言って教室を飛び出して行った。そして戻ってくると、「話、つけといたから」と私たちに微笑んだ。先生は、話を聞いた上で、味方になってくれたのだ。反抗期だった私でも「この人は違う」と心の底から思えた。それから先生と仲良くなるのに、多くの時間は必要なかった。仲がいいとは言っても、甘えるだけの関係ではない。休み時間は気にしない言葉遣いも、授業中は切り替えて話す。お互いにリスペクトがあってこそのいい関係だ。私たちは本当に家族のようだった。先生にだけは、今誰のことが好きだとか、親と喧嘩して家に帰りたくないだとか、あの先生は苦手だとか、とにかく何でも話した。2年間で「自分の時間を割いて、友だちに協力すること」、「友だちの悩みや痛みを受け止めること」の大切さを教わった。普段の授業中だけでなく、受験期の面接練習なども得意な人を中心にクラス全員で乗り切った。仲間の相談を聞き、一緒に考え、何も出来ない無力さに涙したこともある。今思い出してみても本当に濃い2年間だった。卒業する時、私たちのことを「すばらしい人間」だと言ってくれた。先生はいつも味方でいてくれて、話を聞いてくれて、たくさんの愛をくれた。あの時、重いと感じていた愛をいつしか受け入れ、私は先生の想いに包まれて、幸せな時間を過ごせていた。中学を卒業して5年が経つ。今でもクラスメイトと先生に会いに行って、お菓子を食べながら恋愛相談や将来の話をする。私は、離れていてもこの言葉を思い出す。そして、いつか誰かに言えるようになりたい。「私は、皆さんを愛します。」grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『私は、皆さんを愛します。』作者名:佐藤 理子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月26日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『私にぴったりのカメラに出会うまで』をご紹介します。これは、とある小さな中古カメラ屋さんの話である。私は、その前日に、銀座のカメラ屋さんで、中古のフィルムカメラを購入した。私はずっと、フィルムカメラが欲しくて、何ヶ月も色々と調べ、詳しい知人に相談もしていたが、なかなか踏ん切りがつかないまま、東京中のカメラ屋さんを巡っていた。しかしある日、銀座のショーウィンドウに並んでいたカメラが目に止まった。値段は一万円。かわいらしいデザインと、あまりない機種という物珍しさで、思わず衝動買いしてしまった。翌日、私は通りがけの写真屋さんで、ネガフィルムを購入した。カメラ初心者の私は、写真屋のおばさんに、フィルムの入れ方を教えてください、とお願いした。おばさんは、「珍しい機種ね」と言いながら、喜んでフィルムを入れてくれた。私も、念願のフィルムカメラで写真を撮れると思うと、ワクワクした。「記念の一枚目は、おばさんにしますね」私はシャッターを切った。カメラは微動だにしなかった。「あれ、おかしいな」私は、もう一度シャッターを切った。しかし、カメラは、静かなまま動かなかった。動かないカメラを眺めていると、思わず涙がこぼれ落ちた。やっとの思いで出会えたカメラが、壊れていたことが、ただただ悲しかった。私は、おばさんが教えてくれた、近くの中古カメラ屋さんへ足を運んだ。店内では、おじさんが一人、机に向かってカメラの修理をしていた。壁の棚には、たくさんのカメラが窮屈そうに並んでいた。私は、壊れたカメラをおじさんに手渡し、事情を説明した。おじさんは、カメラを手に取ると、残念そうに話した。「モーターが壊れているね。こういうカメラは、電化製品だから、同じ部品を購入しないと直せないんだ。これは珍しいから、部品はもう見つからないな。何もできなくて、ごめんね」おじさんは、カメラを机に置いた。「でも、昨日買ったんでしょう?どのお店?」私は、銀座のカメラ屋さんの名前を伝えた。するとおじさんは、電話をかけ始めた。そして電話を切ると、「レシートを持っていけば、返品できるよ」と静かに言った。その瞬間、このおじさんに私のカメラを見つけてもらおう、と思った。「あの、私にぴったりの、軽くて、小さくて、壊れないフィルムカメラを、代わりに選んでください」おじさんは、恥ずかしそうにアハハと笑った。「そんなもの、ないよ」困惑したように笑いながら、おじさんは、店内を歩き始めた。棚からカメラを手にとっては、考え込み、棚に戻す、をずっと繰り返していた。「あっ!」おじさんは、店の奥の部屋に駆け込んだ。出てくると、手には小さな赤いカメラを持っていた。「これはね、ハーフカメラ。普通の二倍の写真が撮れて、その分小さいんだよ。機械式だから、壊れても直せる。全部修理したばかりで、新品同様だよ。ただ外見が、元々はグレーの皮なんだけど、全部貼り直して、思い切って赤にしちゃった。でもあなたなら似合うよ。一万円。どうかな」軽くて、小さくて、壊れなくて、たくさん撮れて、大好きな赤色のカメラ。おじさんは、壊れたカメラからフィルムを取り出すと、フィルムの入れ方と出し方を、一から教えてくれた。おまけとして、ストラップとレンズのフィルターをつけてくれた。「これからたくさん、いい写真を撮ってね」私にぴったりのカメラが、やっと見つかった。「記念の一枚目は、おじさんにしますね」私はシャッターを切った。カメラは、カシャ、と機械音を鳴らした。「ハーフだから、二枚分撮れるんですよね。じゃあ、もう一枚」私はもう一度、シャッターを切った。私の新しいカメラは、しっかりと、おじさんのはにかんだ笑顔をフィルムに焼き付けた。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『私にぴったりのカメラに出会うまで』作者名:花田 玲奈エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月25日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『泣き虫弟とショーケースの向こう側』をご紹介します。私には5歳年下の弟がいる。小さい頃は泣き虫で、朝起きては「眠い」と泣き、嫌いな野菜が「食べられない」と泣き、大嫌いなスイミングスクールに「行きたくない」と泣いた。泣いている傍から「男のくせに、すぐ泣く!」と、父親に叱られてはまた泣き、そんなこんなで1日中泣いていたから「こんな状態で大丈夫なのかしら?」と母の頭を悩ませていた。その日は私が地元の公立高校に合格した日だった。夕方、弟はいつものように半べそをかきながら大嫌いなスイミングスクールに出かけて行った。夕食前に濡れた髪にプールバックを抱えて帰ってきた弟は「はい、おねえちゃん。高校合格おめでとう」と、小さな紙袋を私に差し出した。スイミングスクールの横にあるドーナツ屋さんの紙袋だ。「わあ!ありがとう!」と、お礼を言って受け取ると、中にはチョコレートのかかったドーナツがひとつ。「これ、ひとりでお店に行って買ったの?」「そうだよ」「すごいじゃん」「へへへ」「どれどれ?」と母も私達の会話に興味津々で加わる。デパ地下の総菜売り場のようにドーナツが並んだショーケースの前にはたくさんのお客さんがいたようだ。もじもじしていた弟に、「どれにしますか?」と、声をかけてくれた若い女性の店員さんに「これひとつください」と、弟がドーナツを指さしながら告げると、お姉さんはショーケースの向こう側から、食べやすいようにふたつ折りにした油紙に挟んだドーナツを「はい、どうぞ」と、体を乗り出し、弟に持たせてくれようとしたそうだ。濡れた髪にプールバックを持った男の子がたったひとつドーナツを注文すれば、お腹が減って、その場で食べるのだろうと思うのも当然だ。手を汚さずに上手に食べられるように持たせてくれようとしたのだろう。でも、ドーナツは私へのお祝い。このまま持ち帰る訳にはいかない。弟が慌てて手をひっこめ、「袋に入れてください」とお願いすると、お姉さんは笑いながら「あらあら、ごめんなさいね」と言って紙袋にいれて持たせてくれたというわけだ。優しい店員さんに見送られながら、ドーナツは無事私の元へ届いた。泣き虫弟のはじめてのおつかい話がうれしくて、私と母は何度も何度も同じ話を弟から聞きたがった。母は仕事から帰宅した父にもうれしそうにこの話をした。父も「そうかそうか」と母の話を聞き、「袋に入れてください」と弟がお願いしたくだりでは、手を叩いて喜んだ。弟の泣き虫はその後も暫く続いたけれど、母がその事で頭を悩ませることはなくなった。弟の成長を優しく見守ってくれた店員さんの話は30年以上たった今でもまだ我が家の話題に上る。そして、弟は同じように泣き虫な男の子の父親である。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『泣き虫弟とショーケースの向こう側』作者名:森平 久美子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月24日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『シャボン玉、はじける』をご紹介します。学校にいけない。そのことは予想をはるかに超えて僕の上に重くのしかかった。今までは憂鬱にすら感じられた授業が恋しくてたまらなかった。僕は3月に中学校を卒業し、4月に高校へ入学した。が、思い描いていた高校生活はなかなか始まらなかった。知り合いがほとんどいない高校に進学した僕はこの期間、段々と中学校の頃の知り合いとも距離が空いていき、それでいて高校での新しい出会いもなかった。すると、今までよりも自分と会話することが多くなった。例えば、「別れが人を強くするって言うけどホントかなぁ」「どうだろ、今の僕は別れを経験したけど全然強くも前向きにも慣れてない気がする」「だよね、ってことは、別れが人を強くするんじゃなくて本当は、その先にある新しい出会いへの期待が人を強くするんじゃない」「確かに」というような具合である。今まで気づかなかったが自分との会話は、心の中に渦巻く様々な感情を整理し、すっきりとさせてくれる。おかげで僕の体にのしかかっているものが少し軽くなった(気がした)。そうこうしているうちに学校ではオンライン授業が開始された。授業では先生と生徒の顔が画面に映し出され、全員がお互いを見ることはできた。しかし、先生が一方的に話す、もしくは先生が投げかけた質問に代表の生徒1人が答えるだけであった。僕はこの状況にもどかしさを感じてならなかった。そのもどかしさはシャボン玉の中に閉じ込められたような感覚だった。互いの姿は見ることができるのに、手を伸ばせば届きそうなのに、手を取り合うことも、肉声を交わすことも叶わない。ヘッドホンから聞こえてくる一人の生徒の声からは不安の色が滲み出ていた。自宅でのオンライン授業が開始されてから約2か月、ついに登校の再開が決まった。パソコンの前に独り座り続ける毎日に限界を感じていた僕は救われたような気持ちになった。そして登校日、僕は電車に乗り学校へ向かった。そして最寄り駅に着くと電車を降り改札を出た。改札から出ると、こちらに向かって歩いてくる、見覚えはあるがイメージしていた背格好とは少し違う、自分と同じ制服を着た人が目に入った。相手もこちらに気づき、目が合った。二人の間に少しの間があった後、どちらともなく笑みがこぼれた。相手が「やっとだね」と一言、僕も「やっとだね」と一言。僕たちが学校につくまでに交わした会話らしい会話はそれだけだったが、それで十分だった。集合場所である講堂につくと一定の間隔をとって並べられた椅子に先に来た人たちが座っていた。僕も自分の番号が書かれた席に座り、しばらくして全員がそろうと担任の先生が前に出て挨拶や連絡を一通りした。そして最後に、「初めてこうして同じ場所に集まれたのに前だけを向いているのはもったいないから新しく出会った仲間たちで顔を合わせてみてください。」と言った。僕たちは横を見たり、後ろを向いたりしてお互いを見た。僕は画面の向こう側に見ていた皆が目の前にいるということに不思議な感覚を覚え、またそれと同時に嬉しさが胸の底からこみあげてきて自然と笑顔になった。周りも同じ想いだったのか皆の顔に笑顔が広がっていた。この瞬間、僕たちを隔てていたシャボン玉は笑顔とともに完全にはじけた。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『シャボン玉、はじける』作者名:正路 和也エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月22日読書を愛してやまない、玉城ティナさんにとっての“本の良さ”とは?お気に入りの4作品も教えてくれました。日常の出来事に寄り添う言葉や表現に惹かれます。「本の良さは、正解とか不正解がないところ。生身の人と向き合おうとすると、世の中の普遍的な考え方だったり、相手の気持ちについ合わせてしまいがちになるけれど、物語の中だと、どんな登場人物がいてもいいし、内容だって自由でいい。そういう窮屈さから解き放たれる感覚が心地いいんだと思います」物語の持つ魅力について、こんな言葉で語ってくれた玉城ティナさん。幼い頃から多くの本に親しんできた彼女とって、読書は「自分一人で完結する穏やかな時間」なのだそう。「ポジティブになりたいとか、勉強のためとか、目的を持って読んでいるわけではないんです。むしろ女友達の代わりというか、そういう適度な距離感で向き合っているイメージです」セレクトしてくれたのは、江國香織さんの詩集を含む4冊。「派手なストーリーがあるというよりも、日常に寄り添ってくれるような作品が好きです。なかでも江國さんの作品は上京した時からずっと読んでいて。普通の生活の中に描かれるちょっとした違和感や秘密めいた感情に惹かれるのかもしれません」最近は文芸誌でコラムを執筆するなど、書き手としても幅広く活躍している玉城さん。最後に、自身の言葉について大切にしていることを聞くと…。「かっこつけないことですね。頑張りすぎている文章って、『自分の言葉じゃないな』と思われたりしますし、作られた言葉でないほうが相手の心に届くような気がしています。全部が真実である必要はないけれど、核となる言葉はなるべくシンプルで嘘がないほうがいい。私自身、そういう文章をこれからも書いていきたいなと思います」『とかげ』吉本ばなな「文章はやわらかいのに、ストーリーはどちらかというと棘があるような印象が強かったです。“癒し”を題材にした物語と解説にはありますが、一般的にイメージするような癒しではなく、他人に認められるとか、人間の本質に対する癒しなんだと最終的には感じました。私は、過去に秘密を持つ女性の物語『大川端奇譚』という短編がお気に入りです」【内容】心に刻まれた痛みを抱えながら生きてきたカップルの再生の物語「とかげ」ほか、6編のショート・ストーリーを収録。¥430新潮文庫『そっと 静かに』著・ハン・ガン訳・古川綾子「この本の中で私がいちばん共感したのは、『沈黙を好む人も音楽的な人だ』という文章。いつでも爆音の中にいる人にだけ音楽的なセンスがあるわけでは決してなく、沈黙の中で自分のリズムを養っている人もいるのかもしれない、などと考えながら読んでいました。歌についての本なのに、題名が『そっと 静かに』なのも素敵です」【内容】2005年に韓国で最も権威ある文学賞を受賞した、『菜食主義者』の著者、ハン・ガンが紡ぎ出す音楽のエッセイ集。¥2,200クオン『風の歌を聴け』村上春樹「いまや日本を代表する作家・村上春樹さんの原点という意味でも興味深い作品ですし、あの村上さんでさえデビューは30歳だったそうで、私ももっと頑張らなきゃなと、勇気づけられたりもしました。もしご本人にお会いする機会があれば、執筆されていた当時のお話や文章に対するこだわりなどをぜひ聞いてみたいです!」【内容】1979年に発表された、作家・村上春樹のデビュー作。海辺の街に帰省した〈僕〉の青春の一片を乾いた軽快なタッチで描く。¥450講談社文庫『すみれの花の砂糖づけ』江國香織「恋愛の詩が中心ですが、女の人の色っぽさとか、でも決して弱くない感じが表現されていて好きですね。それに、いい意味で『そうだよね。じゃあ、いっか!』と投げやりになれる感じもあって。江國さんの詩を読んでいると、急にどこか遠くに連れていってくれるような感覚になるので、何かから逃げたい時に手に取ってみるのもおすすめです」【内容】〈すみれの花の砂糖づけをたべると/私はたちまち少女にもどる/だれのものでもなかったあたし〉。著者の初の詩集。¥630新潮文庫たましろ・てぃな1997年生まれ。沖縄県出身。原作・岡田麿里、漫画・絵本奈央の大ヒット漫画を実写化した主演ドラマ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(TBS系)が放送中。ワンピース¥68,000(EAUSEENON/SUSU PRESS TEL:03・6821・7739)シューズはスタイリスト私物※『anan』2020年9月23日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・松居瑠里ヘア&メイク・今井貴子(ツクリバ)取材、文・瀬尾麻美(by anan編集部)
2020年09月21日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『毎朝のルーティン』をご紹介します。私は職場に行く前に立ち寄る場所がある。それはコンビニ。もうルーティンみたいな感じになっている。朝8時、駅近くにあるコンビニに入る――。仕事のお昼ごはんの調達である。朝、早起きしてお弁当を作っていこうといつも思うけれど、疲れて帰った私は出勤ぎりぎりまで寝ていたいという欲に負けて、きょうも作るのを諦める。またいつか作るからの繰り返し。これでもかっていうくらい人がいっぱいの電車に乗り、憂鬱な気持ちで職場の最寄り駅で降りる。扉が開き、人がどっとあふれ出る。――ああ、仕事、行きたくないな。電車に乗れば嫌でも体は職場に向けて勝手に運ばれていく。でも当たり前だが、電車から降りてからは自分の足で歩かなければいけない。こんなに会社まで遠かったっけ……。足取りが重くなる。亀のようにスローペースだ。あっ、お昼ご飯を買わないと。職場では休憩時間を取りにくく、外へ食べに行くなんて、なかなかできない。人手不足でごはんを食べながら電話対応なんてザラだ。ブラックだなと思う。私はいつものように駅から少し歩いたコンビニに入った――。コンビニのレジは自分と同じように昼食を求めた会社勤めの人たちで長蛇の列だ。就業前の朝は混雑のピークなのであろう。人気のお弁当は、もう早速売り切れたりしている。オフィス街ということもあり、すごい人である。――お店の人たちも大変だよな。そんな怒涛の中、テキパキと店員さんたちは精算作業をこなしていた。そして、どんなに忙しくても明るい声で、笑顔で接客をしている。私の番がやってきた。ピッピッと無駄ない動きで商品のバーコードをリズムよく読み取り、レジ袋の持ち手をきれいにそろえて、そして、「お仕事、お気をつけていってらしゃいませ!!」ととびっきりの笑顔を最後につけて袋を手渡してくれた。はい!と思わず返事をしたくなるような、気持ちのこもったことばだった。今までコンビニで「ありがとうございました」は言われたことがあるが、「お仕事、お気をつけていってらしゃいませ!!」と言われたのは、初めてだった。あんなに仕事のことを考えたら嫌な気分だったのに、店を出た私は少し気持ちが楽になった気がする。たったことば1つが変わっただけなのに。もう少し、頑張ってみようかな、と思って今日も私はおにぎりにかぶりつく。お弁当は無理せず作らなくてもいっか。またコンビニに行こう。そして、また元気をもらおうかな。――仕事、頑張って行ってきます!grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『毎朝のルーティン』作者名:今井 聡美エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月21日女性同士の共闘などを意味するワード“シスターフッド”。いま私たち女性を結びつけるのは、ネットや本に溢れる“言葉”です。自らも女性への作品を書いている、作家の王谷晶さんに伺います。今シスターフッドの言葉が、私たちの心に響く理由。‘60年代後半、女性たちが権利獲得のために起こした“ウーマンリブ”運動の中で生まれたこの言葉。長い月日を経て、2020年の今、改めて注目が。「私にとってシスターフッドとは、仲良しじゃなくても、女性同士、一つのイシューに向かって理念を共有したり、共闘できる、そういう関係のことだと思っています。例えば、“世界一キライなあの女子とも、この問題に対しては意見が同じだから、横に並んで一緒に戦える”というようなつながり。長い間私たちは、女の人間関係には必ず愛や友情があるもの、という概念を押し付けられてきましたが、ここ最近、人間関係はもっとドライな関係であり、そういった関係を女性も構築できる、ということに世間が気がついたと思うんです。その気づきによって、女性同士の人間関係が変わり、“シスターフッド”的なつながりが増えたり、また注目されているのでは、と思います」と言うのは、女と女の物語や、女性についてのエッセイなどを執筆している、作家の王谷晶さん。女性同士の連帯が強まってきたことの理由は、SNSの存在だと話します。「まず以前は、何かを発言するという場所はほぼメディアしかなく、しかも既存の商業メディアで上に立つのは、ほとんどが男性でした。その結果、彼らの承認を得ないことには、才能のある作家でさえ、女性はメディアを通じて発言する機会を持つことができなかった。しかしブログやSNSが登場したことで、スマホなどが1台あれば、誰でも好きに発信できる。その結果女性は、誰の許可も、愛想笑いも、身体的な危険を感じる必要もない状態で、なんでも発言ができる場所を手に入れた。女性にとって、初めての状況だと思います。そこでみんなが思うことを文字に書いて発信したところ、“わかる!”と全国津々浦々から女性たちの賛同が。“いいね”と“リツイート”によって、これまで出会うはずもなかった、断絶されていた女性たちが、言葉を介してどんどんつながっていった。女性が、女性の書く言葉に共感し、励まされる。特に、“誰かの怒り”を読み、それによって“あ、これについて怒ってよかったんだ”と気づきを得ると、今まで諦めていたことや、スルーしていたことに疑問を持つようになる。SNSで生まれたそういった動きが積み重なったことが、今の“シスターフッドの大衆化”につながっていったのでは、と考えています」デジタル化が進み、映像を楽しむことが増えた今。でもだからこそ、言葉の力はより重要になっている、と王谷さん。「言葉って、ひと目見てわかるものではない。一度読んで、咀嚼して呑み下さないとなかなか理解できない。その力は即効性と遅効性のどちらなのかといえば、遅効性なんです。でもだからこそ、一度呑み込んだら体の中に長くとどまりますから、効果は長く、深いんですよ」雑誌『文藝』で特集が組まれるなど、文章のメディアにおいて、シスターフッド感のある作品の増加が感じられる昨今。その理由を聞いてみると…、「映画やドラマなどは、関わる人数も多いので、“今シスターフッドが来てるから、そういう作品にしよう!”と、そう簡単にハンドルを切ることはできません。でも小説やエッセイといった文章作品は、作家一人で作れるクリエイションで、戦うとしても、編集者と一対一。なので比較的、作家の意思が通りやすいというメディアの特性があります。あと個人的に大きいと思うのは、村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』のヒット。恋愛にプライオリティを置かない女性を描いた物語が、日本だけではなく世界中で共感を呼んだ。あの成功以降、女性作家が書く、恋愛ではない少し変わった物語という企画が通りやすくなった気がします(笑)。“女流”作家といえば恋愛、あるいは性愛を書く、また女性読者は恋愛小説しか読まない。その枠以外の書き手や読み手がいることが、2010年中頃以降、やっと可視化されたのではないでしょうか」今回、王谷さんには、シスターフッドを感じる書籍を4冊紹介してもらいました。「エッセイ、小説、マンガ…、ジャンルはいろいろですが、いずれも女性をファンタジーとしてではなく、血肉のある人間として、地に足をつけて生活している生物として描いている作品です。今でもまだ、組織や会社、家庭などで真面目に働き、社会にコミットすればするほど女性は、“いないもの”として扱われてしまうことが多い。この4冊は、そんな透明にされてしまいがちな私たちの脚に、色を持たせ、血を通わせてくれる作品です。私自身これら女性が生んだ言葉を読み、大人になっても自分らしく、好きに生きていいんだ、と勇気をもらいました。結婚や仕事など、何かにつけてリセットさせられ、断絶されやすい私たちですが、SNSやネットメディア、そしてこういった書籍の中にある言葉こそが、断ち切られた関係を縫い留めたり、ハシゴをかけたりしてくれる存在なのではないでしょうか」おすすめのシスターフッド本『マイ・ブロークン・マリコ』死んだ親友を連れ、逃避行に出る主人公。その旅路の行方は?親から虐待を受けていた親友の死を知った、ブラック企業で働く主人公。死んだ親友の遺骨を奪い、“2人”で旅に出る物語。「深い結びつきのある、かなりエモーショナルなシスターフッド物語。マンガならではの描写がいい」平庫ワカ著¥650(KADOKAWA)©平庫ワカ/KADOKAWA『ピエタとトランジ〈完全版〉』女子高生から80歳まで。2人の友情を延々と描ききった名作。天才女子高生探偵・トランジは、周囲の人を殺してしまう特異体質。しかし相棒のピエタだけはなぜか死なない。「高校時代に出会った2人が80過ぎのおばあさんになるまでを書いた物語。最強の女子バディものです」藤野可織著¥1,650(講談社)『ふつうがえらい』大人になっても好きに生きていい。勇気をくれる一冊。絵本『100万回生きたねこ』で知られる作家のエッセイ集。「子供の頃これを読み、息子もいる佐野さんが友だちと飲みに行ったり遊んだりしている描写を読んで、大人になっても友だちと遊んでいいんだ…と勇気づけられました」佐野洋子著¥520(新潮文庫)『るきさん 増補』付かず離れず、踏み込みすぎず。いい女の友情。在宅で仕事をする主人公・るきさんと、友人のえっちゃんの日常物語。「この2人の“つるんでいる”という感じが、非常に心地よい。こういうサラッとした友人関係って現実にはよくあるのに、なかなか描かれないので、貴重です」高野文子著¥580(ちくま文庫)『文藝』 2020年秋季号特集「覚醒するシスターフッド」今年の7月に出たこの雑誌が話題に!昨年春にリニューアル以来、ヒットを飛ばし続けている文芸誌『文藝』。今年7月発売の号で、「覚醒するシスターフッド」という特集を組み、シスターフッドという概念や、女性作家の作品への注目度アップのきっかけになった。¥1,350(河出書房新社)おうたに・あきら小説家。著書に『どうせカラダが目当てでしょ』など。右の『文藝』掲載の中編に加筆した小説『ババヤガの夜』(共に河出書房新社)を10月に発売。※『anan』2020年9月23日号より。写真・中島慶子イラスト・石山さやかサイトウユウスケ(by anan編集部)
2020年09月20日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『特別授業』をご紹介します。学習塾でアルバイトをしていた僕は、宿題の指導に関して多少なりとも自信を持っていた。ところが、3月11日、人が大勢避難している新宿駅構内の階段に座って計算式を解き進めるのは初めてだったし、何より、目の前にいるたったひとりの生徒の前では、この非常時にあっても平静を装わなければならないとなると、思うように頭が働かず、その自信も揺らいでいる。遡ること二時間、停車する中央線の車内で大きな揺れを感じ、避難のため電車を降りようとしたとき、車内に小さな女の子がひとり残っているのを見かけた。真っすぐ一点を見つめる彼女の眼には明らかに恐怖の色が浮かび、身体は固くこわばり座席から一歩も動こうとしない。「ひとり?もう電車は動かないみたいだから、一緒に避難しようか?」挙句知らない男の人に話しかけられたことが却って別の恐怖を煽ったらしい、彼女はか細い声で「大丈夫です…。」とつぶやいたが、乗り合わせた小山さんという別の女性も声をかけてくれたおかげで、何とか警戒を解くことができた。女の子はハナちゃんと言い、小学二年生、電車で帰宅途中に地震に見舞われてしまった。小山さんは僕と同い年の大学生で、ともにこうした災害にあうのは初めてだったが、「ハナちゃんを守らなければ」という共通の目的ができたことで、その後の避難行動はスムーズだった。公衆電話でハナちゃんのご両親に連絡をとったところ、父親が自宅から自転車で迎えに来られることがわかった。大まかな待ち合わせ場所と時間を確認すると、三人は頑丈そうな商業ビルの地下に落ち着いた。不安や疲れを感じる僕と小山さんとは対照的に、すっかり明るい様子のハナちゃんは、おもむろにランドセルを開くと計算ドリルを取り出し、「宿題を教えてほしい」という。一瞬、呆気にとられこそすれ、これでハナちゃんの恐怖を紛らわせることができると、アイコンタクトで確認し合った僕と小山さんは、駅ビルの階段を教室に、とびきり明るい先生を演じることにした。たったひとりの生徒は優秀で、このような状況にあっても集中力を発揮し、順調に問題を解き進めていく。様々な心配事が頭をよぎる中、カラ元気でどうにか先生を演じていた僕たちだったが、不思議なもので、一問、また一問と、一緒に問題を解いては喜ぶハナちゃんを見ていると、なんだかこちらの気持ちが晴れていく。ハナちゃんを守らなくては、と気丈に振舞っていたつもりだったが、実は僕らこそ、彼女の明るさや無邪気さに勇気づけられていたらしい。すっかり日も暮れたころ、僕たちはハナちゃんのお父さんと落ち合うことができた。無事に家族に会うことができたのは何よりもうれしいし、おまけに現役大学生ふたりが徹底的に指導した宿題の出来は我ながら完璧だった。「宿題を教えてくれてありがとう」そう言うハナちゃんに、僕たちこそありがとうと伝えた。はなちゃんはなぜ自分がお礼を言われているかわからないようで、照れ笑いを浮かべている。つぎに学校に行ける日は少し先になるかもしれないけれど、ハナちゃんはきっと本当の先生に褒められるに違いない。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『特別授業』作者名:奥村 敏生エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月20日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。かけがえのないものたち夜9時すぎに仕事が終わり、軽く食事をして帰ろうと自宅近くのお蕎麦屋さんに行きました。10時10分ほど前だったでしょうか。そのお蕎麦屋さんは深夜0時まで営業しているので、仕事で遅くなったときにはよく利用しています。ところが、東京都の営業時間自粛要請のためにすでに閉店時間。もちろん、近くのお店も同様です。このような時間にしか食事をとれない人もいるはず。日常が日常でなくなっていることへの理不尽、お腹が空いていたので余計に感じてしまいました。日常…それは本当にあたりまえのように私たちのまわりにありました。インフラが整っているのもあたりまえのように。マーケットにあふれるほど商品が並んでいるのもあたりまえ。家族がいるのも友達がいるのも、日常の中に溶け込んでいるよう。元気でいられることも。若い頃は『いま、ここにあること』のありがたさに無自覚でした。しかし、子どもが生まれ、日々成長していく姿を見ていると、一日一日の尊さが胸に迫るようになりました。子どもが生まれたときに、この世界にこれほど愛しい存在があっただろうか、と心が震えました。親であれば、誰もがそのような感慨を抱くでしょう。かけがえのない子供の成長の一瞬一瞬が、かけがえのないものになっていきました。22歳になったいまも、それは変わることはありません。同じように、高齢の両親(母は4年前に旅立ちましたが)に対しても感じるのです。あたりまえのように過ごしている日々は、あたりまえではない。いつか別れる日が来る。誰もが限りある時間を生きています。その終わりがいつ訪れるのか誰にもわからない。明日かも、一年後かもしれない。私たちはかけがえない存在、時間を与えられているのです。かけがえのないもの。唯一無二、世界に一つしかないもの。かけがえのない、愛するものを持っている幸せ、それは愛するものを失う怖さと表裏でもあるのです。子どもがまだ赤ちゃんだった頃、抱っこして子守唄を歌っているときにふっと心をよぎったことがあります。「もしもいまこの子を落としたら、死んでしまうかもしれない」命を守ることの静かな怖れは、「かけがえのない」ということの重みでもありました。あたりまえではなくなった日常が、いつの日かあたりまえになっていくのでしょうか。そんな時代や状況の変化の中にあっても、かけがえのないものは変わらない。かけがえのないものを大切にし、愛することは生きる上での柱になる。それは、私たち一人ひとり、自分自身でもあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年09月20日ワクワクしたり、背中をそっと押されたり、共感したり…。心が動いた言葉があればそれは特別な本になる。読書を愛してやまない上白石萌音さんに話を聞きました。いい言葉は、私にとってお薬みたいなものです。「読書は小さい頃から好きでした。私は小学校3年生から5年生までメキシコに住んでいたのですが、学校の図書室に日本の小説や児童書の新刊が入ってくるのを、首を長くして待っていたことを今でも覚えています」大の読書好きで知られる上白石萌音さんがセレクトしてくれたのは、小説やエッセイ、漫画など、バラエティに富んだ4冊。「最近は、もっぱらエッセイの面白さに取りつかれています。なかでもさくらももこさんのエッセイが大好きで、7~8冊をまとめて買って大切に読んでいるところです。さくらさんの作品は、日常の何でもないことを口当たりやさしく、それでいて面白く書かれているところが本当に素敵で。これこそ文才というんだろうなと思います」本で出合った心に残る言葉は、ノートに書き留めているそう。「ノートの一ページに作品名と一緒にメモして、ときどき読み返しています。いい言葉は私にとってお薬のようなものなので、悩みがある時に“相談しに行く”感覚で開くことも。すると、書いた時はそこまで意識していなかったけれど、時間が経ってみると『こういう意味があったのかも』と気づけたりします」ちなみに、最近いちばん励まされた言葉は?「本ではないのですが…妹からの言葉ですね。二人とも手紙を書くのが好きで、どちらかが舞台の初日を迎える時には絵葉書を送るのが習慣になっているんです。『楽しんでおいで!』みたいな短いメッセージだったのですが、その一言が書かれた絵葉書をもらった時、すごく頑張れる気がして。楽屋の鏡の目立つところに貼って緊張をほぐしてもらっていました」『ピーターとペーターの狭間で』青山 南「映画の翻訳家に憧れていた高校生の時に古本屋で買いました。題名にもなっている“ピーター”と“ペーター”は、同じ綴りなのにどこの国の人かによって訳し方が変わるとか、現役の翻訳家さんが解説する翻訳の裏話は読んでいてとにかく面白いです。翻訳家は外国語のプロであると同時に、日本語の職人なんだということを気づかせてくれた一冊です」【内容】アメリカ南部の黒人の英語はなぜ東北弁になるのか。翻訳にまつわるエピソードが満載のエッセイ。¥715(税込み・電子書籍)ちくま文庫※文庫、単行本ともに絶版。『もものかんづめ』さくら ももこ「水虫になっても病院に行かずに自分で治療法を考えるという、第一章のエピソードから衝撃的な内容です(笑)。私もこんなふうに書けるほど、面白い子だったらなぁと思いました。さくらさんの書く言葉は、かたすぎないのに文章としてもきちんと成立しているのが魅力的です。すべてのエピソードがもれなくまる子の声で脳内再生されました!」【内容】著者が日常で体験した出来事を愉快な言葉でつづった爆笑エッセイ。父ヒロシや母・姉など、お馴染みの家族も登場。¥390集英社文庫『ものするひと』オカヤ イヅミ「主人公が作家ということもあり、言葉について素敵だなと思うエピソードがたくさんある作品でした。なかでも1巻に登場する広辞苑を使った言葉のゲーム“たほいや”を私もやりたくて、わざわざ広辞苑を買ったほど。それから、『活字が読めるのがうれしくて、看板を全部読んでしまうクセがある』というセリフにも共感しっぱなしでした(笑)」【内容】雑誌の新人賞を受賞後、警備員をしながら小説を書く青年が主人公。天才でも先生でもない、若き純文学作家の日常とは。第1巻¥720KADOKAWA『羊と鋼の森』宮下奈都「ピアノの音をいろいろな言葉で例える表現力がすばらしくて、無音で読んでいても音楽が鳴っているような気分になる小説です。映画版で私が役を演じたピアニスト和音の『ピアノを食べて生きていくんだよ』という覚悟のセリフは、特に大切にしている言葉です。同じ表現者として生きていくうえで、自分もこうでありたいと心から思いました」【内容】ピアノの調律師を志す一人の青年が、さまざまな人々との交流や、挫折を経験しながら成長していくさまを描く。¥1,500文藝春秋かみしらいし・もね1998年生まれ。鹿児島県出身。女優や歌手として活躍。8/26にリリースされた自身初のオリジナルフルアルバム『note』が好評発売中。キャミワンピース¥48,000中に着たワンピース¥42,000(共にtiit tokyo/THE PR TEL:03・6803・8313)フラットイヤリング¥18,500(CECILE ET JEANNE TEL:0120・995・229)パンプス¥12,700(rev k shop TEL:03・3407・0131)※『anan』2020年9月23日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・嶋岡 隆北村 梓(共にOffice Shimarl)ヘア&メイク・冨永朋子(アルール)取材、文・瀬尾麻美(by anan編集部)
2020年09月19日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『晴れの日もビニール傘』をご紹介します。2020年3月、曇り空が広がるある日のことです。折しも新型コロナウイルスが私たちの生活に大きな影響力を及ぼし始めていましたが、いつもように朝8時ごろ、私と息子は保育園に向けて自宅を出ました。すると保育園との中間地点、というところでポツポツ…雨が降り出しました。これから勢いを増してやるぞ、というような意地の悪い雰囲気の雨でした。参ったなぁ。傘を取りに戻るにしても濡れることには変わりない微妙な距離です。「よーし、このまま進むぞ!スピードアップ!」と息子を急かし、小走りに進んでいました。すると突然後ろから声を掛けられました。「これ、よかったらどうぞ!」20代半ばくらいの青年が私たちにビニール傘を手渡して走り去って行ってしまいました。「保育園まで近いので、大丈夫です!」の私の声を背に、どんどんその姿は遠ざかっていきました。私たちの保育園までの距離よりも、お兄さんが歩く駅までの距離のほうが長いのに。それにどうやって傘を返そう。連絡先も聞けなかった…、という現実的な心配と同時に、お兄さんの優しい心遣いに胸が締め付けられて涙があふれてきてしまいました。本当にありがたくて、嬉しくて仕方がなかったのです。「ありがたいねぇ。これで濡れずに保育園に行けるね。優しいお兄さんがいてくれてよかったね。」その日から息子にとって“ビニール傘のお兄さん”はヒーローになりました。お借りした傘を返却したい。次の日も、その次の日も私と息子の登園にはお天気に関係なく、いつも借りたビニール傘が一緒でした。もちろんすがすがしい晴天の日も。時には登園を渋ってなかなか家を出ようとしない息子を「早くお兄さん探しに行こう!この傘、返せなくなっちゃうよ!」と急かすのにも役立ってくれたこのビニール傘には感謝の気持ちでいっぱいです。毎日キョロキョロと怪しげに首を振っては“ビニール傘のお兄さん”を息子と探しました。でもどうしても再び会えない。そうこうしているうちに、ついに緊急事態宣言が発令され、4月から息子が通い始めるはずの幼稚園が休園となってしまいました。4月からの二か月間、私と息子は自粛生活を余儀なくされ、いつもの時間に外に出てお兄さんを探せなくなってしまいました。食事の準備に加えて、やんちゃ盛りの息子の遊び相手を毎日こなすのはアラフォーになった私にとってかなりタフな毎日でしたが、息子の成長にどっぷりと向き合うことができ、とても濃密で愛しい日々でもありました。振り返ってみると、息子を授かってから、誰かの親切が身に染み、心の底からの「ありがとう」が沸き上がる経験を何度もしてきました。妊娠中の通勤電車でいつもの時間にいつもの車両で出くわすたびに席を譲ってくれた初老のおじさん。エレベーターのない地下鉄でベビーカーを一緒に運んでくれた外国人の女性。感謝があふれる瞬間に遭遇するたびに何もお返しできることがなく、もどかしさの中で祈ることしかできませんでした。この人に今後の人生で良いことが雪崩のように起きますように。嫌なことや悲しいことは絶対に起きませんように、と。今日も通園路でキョロキョロ探索を継続です。私たちは意外にしぶとく、まだ返却を諦めていないのです。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『晴れの日もビニール傘』作者名:葵らいでんエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月19日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『観光バスでの一期一会』をご紹介します。私は観光バスのバスガイドをしている。バス車内でのご案内はもちろん、観光地での下車説明やお食事会場へのご誘導もお仕事の一つ。とにかく観光の仕事に就きたいとバスガイドになったはいいが、その後は苦労の連続。とにかく暗記がつらく、観光地の原稿が出てこなくてもバスは進んでしまう。苦労を共にした同期もやめてしまい一人寂しく研修はとても大変だった。ゴールデンウイークになり忙しくなるとついに独り立ちの時。今まではお客様がいない研修ばかりだったため始めはすごく緊張していた。あたりまえだが、いつも同じペースで進んでいるわけではないため止まってほしくない信号に引っかかったり、観光地に近づくにつれて渋滞でバスが進まなかったり、覚えたての原稿で間をつなげるのはすごく大変だった。夜景が人気の観光地なのでもちろん夜まで勤務。朝から夜まで、家に帰ってからは暗記の確認、予備原稿の勉強をしたりと体力的にも厳しくなっていた。「ちょっといいかな。話があるんだ。」お昼のコースが終わり車庫に戻ると上司からの呼び出し。心当たりはないがもしかしてクレームが来たのかと背中を丸めながらついていくと上司は「これを読んでください。」と一枚の便せんを渡してきた。もしかして本当にクレームが来たのかと恐る恐る読んでみた。「先日はお世話になりました。最後にお礼が言えなかったのでせめてもの気持ちです。いつまでも笑顔を忘れず頑張ってください。」私の顔は上司の顔と手元の紙を行ったり来たり。まさかの応援の手紙だったのだ。手紙のほかには仲睦まじい夫婦の写真が入っていて、見た瞬間に思い出した。あのよく晴れた日に私が「ここがフォトスポットだから」とシャッターを押して一日観光のお供をしたご夫婦だ。さらに便せんを見るとお守りが入っていた。お客様からのお手紙をもらったのは初めてだったため、つらくても頑張ってよかったと涙がぽろぽろ出てきた。私は嬉しくてすぐにお返事を書いて送り、今でもお守りは肌身離さずカバンに入れて持ち歩いている。しばらくしてまた上司から呼び出しがあった。渡されたのは一枚の便せん。なんとまたお返事を送ってくださったのだ。「健康と、仕事中の事故等もないように」ともう一つお守りを同封してくださっていた。今は新型コロナウイルスの影響で観光業は大打撃。私の会社も今はほとんどお休みの状況。また日常がもどって観光を楽しむことができるようになったら遊びに来てくださいね。そんな気持ちを込めて今は自宅でたくさん勉強して次にお会いした時にはもっと楽しんでもらえるように日々精進。私の右手に見えるのも左手に見えるのもお客様の笑顔、いつか来る満員御礼バスの旅を夢見て今日も元気に出発進行。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『観光バスでの一期一会』作者名:北野 由美子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月18日こんにちは、フリーアナウンサーの押阪忍です。ご縁を頂きまして、『美しいことば』『残しておきたい日本語』をテーマに、連載をしております。宜しければ、シニアアナウンサーの『独言』にお付き合いください。コロナ報道の漢字とカタカナ新型コロナウイルスが、社会経済活動や日常生活を脅かし、世界の感染者も減るどころか増え続け、各国の感染者数や死亡者数が毎日報道されています。テレビやラジオでは、アナウンサーの音声でその報道を耳目にするので余り気になりませんが、新聞や週刊誌などでは、漢字やカタカナの文字数によって、かなり紙面の表情が違って見えます。新型コロナウイルスが主役になってから、それは当然のことなのでしょうが、漢字やカタカナの文字が、先ず目に飛び込んで来るのです。志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなられてから『感染』という文字が俄然増えました。新聞、雑誌のみならず、メールやツイートの漢字にもその影響が見られます。※ 写真はイメージ思いつくままに、それらの『漢字』を拾ってみますと、中国、武漢、新型肺炎、感染、病院、入院、免疫、不安、心配、恐怖、蔓延、逼迫、看護、医療従事者、三密、倒産、閉店、厚生労働省、西村経済再生大臣、小池東京都知事… 毎日目にしない日はありません。一方、カタカナですが、ウイルス、マスク、パンデミック、ロックダウン、アラート、カラオケ、クラスター、キャンセル、ソーシャルディスタンス、フェイスシールド、オンライン、テレワーク、リモート、ワクチン、それに、アメリカ、ブラジル、ロシア、インド、南アフリカなど感染者の多い国です。※ 写真はイメージ毎日の報道紙面のみならず、日頃のメールやツイートにも恐怖、心配、不安などの目が疲れ 肩の凝る漢字やカタカナが減少し、新型コロナウイルスが現れなかった頃の穏やかな表現に早く戻って欲しいと、老アナウンサーは願っております。<2020年9月>フリーアナウンサー押阪 忍1958年に現テレビ朝日へ第一期生として入社。東京オリンピックでは、金メダルの女子バレーボール、東洋の魔女の実況を担当。1965年には民放TV初のフリーアナウンサーとなる。以降TVやラジオで活躍し、皇太子殿下のご成婚祝賀式典、東京都庁落成式典等の総合司会も行う。2020年現在、アナウンサー生活62年。日本に数多くある美しい言葉。それを若者に伝え、しっかりとした『ことば』を使える若者を育てていきたいと思っています。
2020年09月18日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『生まれてはじめて』をご紹介します。生まれて初めての経験は、必ずしも意図して起こるものではないということ。彼は突然やってきた。私が小学6年の冬、下校して家に辿り着くと、近所では見かけることのなかった一匹の猫が、玄関の前にお行儀よく座っていた。まるで「中にいれて!」と言っているかのように。その日から、彼は毎日やってきては家の中に入れてもらうのを待っているようだった。とても愛くるしい顔で。すぐに彼は我が家の食卓の話題となった。「不思議な子だね、これも何かの縁だと思うし飼ってあげようか」母のその一言によって、大の猫嫌いである父の反対を押し切り、その日から家族が1人増えた。「彼」は「みーしゃ」になった。みーしゃは本当に人懐っこくて、誰にでもすりすりした。一緒に眠りにつくのもしょっちゅうだった。中学校、高校に入っても彼との会話を欠かす日はなかった。部活動のこと。初めてのデートのこと。辛かったこと。楽しかったこと。家族には恥ずかしくて話せないことも全部、話せる唯一の存在だった。そんなみーしゃが、私が大学4年の3月、ある朝突然天国へ行ってしまった。その日は、リビングで朝食をとっていた私と母のもとに眠そうに寝床からやってきて、いつものようにお気に入りである母の膝のもとへ飛び乗った。ものの五分、いつもなら絶対に落ちることのないみーしゃはいきなり母の膝の上から崩れ落ちた。いくら呼んでもゆすっても、もう一度として動くことはなかった。急いで彼を抱え上げ動物病院へと向かった。まだ温かさの残るみーしゃの温度を私の体いっぱいに感じながら、大丈夫と言い聞かせて。しかしお医者さんの診断は、もう変えることのできない事実そのものだった。受け入れることのできない事実を、何度も咀嚼しようとしながら涙が止まらなかった。我が家に突然やってきた彼は、去る時も突然だった。待合室で涙を流しながら「みーしゃらしいね」と呟いた母の言葉にどこか納得もした。もしかしたら、彼は自分が旅立つことをわかっていて、どうしても最後に大好きな母のもとに、お気に入りの膝の上にいこうと、最後の力を振り絞って飛び乗ったのではないかと思う。一緒に過ごした人生の半分である、10年間という長いようで、あっという間の時間。猫が大の苦手だった父が、誰に言われわけでもなくみーしゃの朝ごはん当番を喜んで担っていたこと。自分の部屋にこもりがちだった兄がリビングに来るようになったこと。内気な妹が以前よりも表情豊かになったこと。家族の歯車が狂わないようにいつも中心にいてくれた偉大な存在。私たち家族は、今まで本音で語り合う事を、恥ずかしがっていたことにも気づいた。そして当たり前となっていた、私とみーしゃが交わした「秘密の会話」は、お金では買うことのできない、そして消えることのない大切な「思い出」を、たしかに私の中に残してくれた。毎日を懸命に生きているとあっという間に過ぎてしまう時間。振り返って見ると、全てを「あっという間」には振り返ることのできないたくさんの過去が、今の自分を支えている。そして私にとって生まれて初めての経験は、「ありがとう」と心の底から感謝できる時間の素晴しさを教えてくれた。私たち家族は今、中心の見えない歯車を、崩れないように円陣を組み、支え合って毎日を生きている。あの日からしばらくして、母が家のそばで何日も鳴き続けていた弱った小さな子猫を見つけ、保護してきた。みーしゃと全く同じ模様の小さな君。そうか、命は繋がっていくんだな。そう思わずにはいられない出来事に、巡る「生」の不思議な何かにそっと触れたような気がした。そして私は今、家族の絆をより一層深く感じている。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『『生まれてはじめて』』作者名:小さなごほうびエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月17日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『思いやりの連鎖』をご紹介します。私にはどうしても、釈然としない思い出がある。四年前の春、休日に趣味のスポーツをしている最中の事故で左手首を骨折した。仕事への影響は当然のこと、洗顔、着替え、食事、入浴…身の回りのことがすべて不便になり、憂鬱な日々を送っていた。特に大変だったのは買い出しだ。行きつけのスーパーは商品の位置を熟知しているとはいえ、買い物かごを持つにも、野菜を一つ入れるにも一苦労である。レジに並んでいる時間は周りの買い物客の哀れむような視線が刺さるようで、一刻も早くその場から立ち去りたかった。その視線にばかり意識が向き、いつもよりレジの進みが遅いことにしばらく気付かなかった。レジを担当していたのは、見慣れない女性の店員。胸の名札には「研修中」と書いてあり、すぐ後ろには中年の男性店員が立ち、指導をしているようだった。時間帯は夕方、混雑する店内はピリピリとした空気が張りつめる。会計の順番が来た。「〇〇円、頂戴致します。」ここでも時間を要する。財布を開き、小銭を出すのも一苦労だ。男性店員や背後に並ぶ買い物客の苛立ちを感じ取った私の手は、焦りで汗ばむ。無事に支払いを済ませ、一刻も早く退店しようと思っていたその時、女性店員の行動に私は胸を打たれることになる。彼女はレジの対応が忙しいにもかかわらず、手の不自由な私を見かねて、買い物かごを袋詰め台まで運んでくれたのだ。「ありがとうございます!」彼女は何も言わず、かすかにはにかむと混雑したレジへと足早に戻っていった。温かい気持ちのまま店を出ようとした時、さらに驚く出来事が起きる。近くにいた女性客が、袋詰めが終わって空になったかごをスッと戻してくれた。また、少し前を歩いていた別の男性客は、重い買い物袋を持って歩く私のために出口のドアを支えて待っていてくれたのだ。それまで味方など誰一人いないように思えた店内は、私を気遣う人たちで溢れていた。一人の女性店員の勇気ある行動を皮切りに、多くの人が心に仕舞いこんでいた「思いやり」を表現し、店内は優しい世界と化したのだった。「次のお客様が待っているだろう!早く戻れ!」男性店員の叱咤が耳に届く。たしかに、他の十数名の客にとっては迷惑な行為だったかもしれないし、店側のマニュアルとしては「間違い」とも言える行為だったのかもしれない。しかし、たった一人、救われた人間がここにいるのだから釈然としない。怒られる覚悟で勇気を振り絞った行動だったのか、何も考えず当たり前のように身体が動いたのか。彼女の当時の胸中を代弁するのは難しい。ただ一つ確実に言えるのは、困った人を救済したいという純粋な「思いやり」がない人間には出来ない行動であったこと。あの日受けた思いやり。それは釈然としなくて、四年経った今でも、温かく、胸に残る大事な思い出。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『思いやりの連鎖』作者名:鈴木 円香エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月16日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『わたしの町のクリーニング屋さん』をご紹介します。心温まる接客と聞いて、まっさきに思い浮かんだのは、わたしの住む町にあるクリーニング店だった。大学進学を機に実家のある田舎を出てから、東京や名古屋にひとり暮らしをしてきたが、引っ越しの度にまず探す場所の一つは、近所にあるいい感じのクリーニング店である。ここでは、これまでお世話になったクリーニング店の中でも一番思い出深い、実家の町のあるお店のことを話そう。そのお店の名前は、まるクリーニング(仮)と言う。小さな田舎町なので、周辺に住む人々のほとんどがまるさんにクリーニングをお願いしていたと思う。私の家族も常連で、週末になると父のスーツや兄と私の学生服を出しに行っていた。まるさんの大きな特長は、きかせすぎくらいにきいたパリっとした、というよりバリバリの糊である。セーラー服のスカートを一度クリーニングしてもらうと、自転車通学でどんなに雨風にさらされても、またどんなに長時間座っていても、そのプリーツはしばらくの間型崩れしなかった。ということは、それだけ何か溶剤が染みついていて、美容院でパーマをかけてもらった後のような香りを周囲にまき散らしていたかもしれない。しかし、学校の先生からは、「あなたはいつもスカートがきれいね。しっかりしている証拠だわ」などと褒めてもらえたことを、今も鮮明に覚えている。父もその糊の効果には太鼓判で、仕上がった仕事服を身にまとう前には、必ず「今日も糊がきいとるなあ」と満足げに笑っていたものだった。まるクリーニングのもう一つの大事な特長は、クリーニング店を超えて地域の名物、番台さんのような存在だったことである。チェーン店でないからこそ、常連さんが依頼にやって来るリズムを把握して、少々無理な納期をお願いしても「はいはい、やっておくよ」と快く対応してくれて、大変助けられた。私の祖父母もまるさんによく出していたが、お店から少し離れて住む高齢の祖父母に配慮して、まるさんのお母さんがいつもバイクで配達をしてくれていた。配達に来ると、天気や農作物の出来、近々ある行事の話などをひと通りして、あのコミュニケーションの時間も、祖父母にとっては楽しみの一つになっていた。また、まるさんのお母さんは会計も担当しているのだが、服の種類によっていくらと単価が決まっていないようで、明細は一度ももらったことが無い。服をたくさん持って行くと高くて、少ないと安くて、たまにたくさん持って行っても「おまけしとくね」と言って少ない時よりもかなり安かったりする。まさに信用商売。もやもやしつつも、バリバリに糊のきいた服にしてもらいたくて、今日はいくらになるかな、なんて考えながら持って行き(実際にはよきタイミングで気を利かせた母が出しに行ってくれたりして)、家に帰って金額を報告し、家族で毎回ひと笑いするのが楽しかった。そんなまるさんも、クリーニング作業を担当していたお父さんが高齢になったこともあり、ついに近くお店を閉める予定と聞いた。真夏になるとランニングの肌着一枚になって、一生懸命アイロンをかけてくれていた姿が見られなくなるのだなあ。そして、あのお母さんの運任せなお会計ネタもなくなってしまうのか。さいごに会った時に、きちんとありがとうを言ったかな。人生初のクリーニング店がこの名物まるさんだったから、わたしは単身引っ越しを繰り返してからも、クリーニング店にどこかおもしろい所がないかと探してしまう。クリーニング店を超えた思い出になった、まるさんをふと思い出して微笑みながら。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『わたしの町のクリーニング屋さん』作者名:喫茶去エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月15日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『配達の仕事は、人助けと思ってます』をご紹介します。8月の猛暑、歩いているだけで溶けてしまいそうな中、私は団地を歩いていた。この団地は新しくデザインされたところで、1階にお店や歯医者、クリニックもある。すぐ横には大きなイオンモールがあり、子育て世帯も多く暮らす。私がイオンへ歩いていると、足を引きずったおじさんが、通りがかる人に声をかけていた。でも、みんな通り過ぎてしまう。おじさんは汗を拭きながら困った表情。あまり見ない顔だし、暑い炎天下だから、みんな自分のことに必死、誰も足を止めない。そこに、いつも団地を回ってくれている宅配の配達員さんが通りかかった。彼はおじさんのほうに寄って行って何か話をし、小走りでその場をあとにした。そしてすぐに台車をガタガタと押しながら走ってもどってきて、なんとその台車におじさんがちょこんと腰かけた。どういうことだろう?配達員さんはゆっくりと台車を押し始めた。私は驚き、向かう方向が一緒だったこともあって、様子を見ることにした。配達員さんは、あの緑の帽子と制服を着ているし、通常荷物を運ぶ台車におじさんが座っているという不思議な光景で、周囲の人もちらちらと見ていた。二人はそんな視線を気にする素振りもなく、そのままイオンに入り、エレベーターで2階へ、何かを探しているようだ。そして、イオンの中にある小さな整形外科の前で台車を止めた。おじさんはゆっくりと立ち上がり、病院の前の椅子へ座り直し、泣きそうな顔をして言った。「こんなに親切にしてもらったのは、生まれて初めてだ。本当に助かった。痛くてとても歩けなくて、どうしようかと思ってたんだ」配達員さんは笑顔でこう返した。「よかったです。とても痛そうだったから、何かできればと思ったんです。配達の仕事は人助けと思ってるんで、これも同じです」「きみ、どこの支店に勤めているの?会社に感謝を伝える電話をしたい。ぼくにとって忘れられない出来事になった」とおじさんが言うと、「〇〇店ですが、私は社員ではなくてアルバイトですし、きっと名前言われても会社の人わからないと思います。いいんです、気にしないで下さい!」「そうなのか…なにもお礼ができなくて申し訳ない、せめてこれで飲み物でも買って。暑いからね。本当に有難う」汗をかいた配達員さんは頭を下げて笑顔で挨拶し、また台車を押して去っていった。私はおじさんに聞いてみた。「どうされたんですか?」「ここに来る前に自転車で転倒してしまって、どうも骨をやってしまったようで痛みがひどくて整形外科を探してたんだ。ぼくはネットで検索した△△という整形外科に向かって歩こうとしてたけれど、それがどこにあるかあの配達員さんに聞いたら、そこは遠いって言うんだ。足を引きずりながらこの炎天下でそこまで歩くのは大変だ、すぐ近くのイオンの中にも整形外科がある、って教えてくれてね。僕を心配して、台車まで持ってきてくれたんだよ。ちょうど手が空いたところだから、これでよければ押していけます、って。彼は、子育て中で出掛けるのが難しいお母さんに生活品を届けたり、重いものを持つのが難しい高齢の人へ届け物をして「ありがとう」って言われたりして、この仕事は人助け、親切そのものと感じ始めたらしい。だから、困っているぼくを見過ごさすに声をかけて助けてくれたんだ」おじさんは安心した顔で私に話してくれた。そうか。彼らの仕事には、人助け、親切という誇りが刻まれているんだ。配達員の仕事を美しいと思った。いつも気持ちの良い挨拶と笑顔で届け物をしてくれる緑の帽子の配達員さんが大好きだ。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『配達の仕事は、人助けと思ってます』作者名:綾乃エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月14日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『母からのメール』をご紹介します。みなさまは、自分の20歳の誕生日のことを覚えていますか。当時、私は大学2年生でした。実家を離れ、大学の近くで一人暮らしをしており、それはもう自由気ままな日々を送っていました。誕生日当日、私は朝目を覚ますと共に、得体の知れない期待をまとい、強く高揚しておりました。20歳という人生の節目を迎え、「大人になった」ということが、嬉しくてたまらなかったのです。授業の合間や、昼食中など、友人に20歳になったことを自ら伝えてまわりました。実際の生活で、変わったことなどひとつもありません。急に社会の知識がついたり、精神的に落ち着いたりすることももちろんなく、ただ今までと同じように時が流れているだけです。大人になった実感もありません。ですが、20歳を迎えたということはとても特別なことのように思えたのです。授業を終え、部活までの間1人になった私は、狭い部室で椅子に腰掛け、今までの自分の人生を振り返っていました。携帯電話の着信音に気付き、画面を確認すると、すぐに母親からのメールだと気がつきました。高揚感や大人になった達成感が自分の心のほとんどを占めており、親の存在を忘れていました。「そういえば親がいたな」くらいにしか思っていなかったのです。過保護な親から、またお節介なメールが来たのかな、と思いメールを開きました。短く、シンプルな文章でした。「お誕生日おめでとう」母親から誕生日を祝うメールが来たことにまず驚きました。今まで母親に誕生日を祝われたことがなかったのです。私は気持ちがたかぶっていたこともあり、普段なら絶対言わないような言葉で返信しました。「産んでくれて、ありがとう」送った後、なんだか恥ずかしくなってきましたが、もう送ったメールは取り消せません。今まで、母親にしてもらったことを、思い返してみました。物心ついた頃から、母親は毎日ご飯を作り、私が高校生の時はお弁当も作り、買い物をし、洗濯をし、家の掃除をしてくれていました。母親からすぐ返信がありました。「産まれてきてくれてありがとう。母親らしいことなにもしてあげられなくてごめん」その文章を見た途端、まぶたが奥から熱くなり、視界がぼやけ出しました。さらに細かく、母親との記憶が蘇ってきます。私が悪さをし、母親が学校に呼び出されても、私の話を最後まで聞いてくれたこと。わたしがテストで恥ずかしい点をとっても、部活で失敗しても、「元気で生きてくれていればそれでいいんだよ」と言ってくれたこと。いくつもの記憶が、断片的に頭の中に次から次へと湧いてきます。そして、驚くべきことに、それらはすべて愛で溢れており、私の心を温かく包んでいくのです。うつむくと、大粒の涙がぼたぼたと地面を濡らします。私が産まれて20年経ったと言うことは、母親は私を産んで20年経ったということです。今日は私の誕生日ですが、同時に母親の母親としての誕生日でもあるのです。母親は私の世話をする対価として、誰かに大金を積まれたのでしょうか。それともなにか大きな見返りがあるのでしょうか。いいえ、そんなものはなにひとつありません。私は、自分が自分1人で大きくなったと思っていたことが急に恥ずかしくなりました。部員が一人、部室に入ってきました。私が涙を流していることにとても驚いていました。事情を話すと、「良いお母さんじゃないか」と私の胸をグーでとんと押しました。「ああ、良いお母さんなんだ」そう言って私は、メールの保存ボタンを、ゆっくり押しました。しかし、そのメールは保存なんて意味がないくらい、私の記憶に強く残り、時に温かい気持ちにしてくれるのでした。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『母からのメール』作者名:沢村 進也エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月14日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『男子高校生の勇気ある小さな親切と大きな感謝』をご紹介します。私の娘がまだ1歳くらいの時のことです。娘をベビーカーに乗せて、2人で電車で買い物に出かけた帰りのことでした。JRの電車の中で、娘はベビーカーですやすや眠っていました。駅に到着し、乗り換えのため私はベビーカーを担いで電車を降りました。とても混雑していて、駅の階段にはたくさんの人がいてなかなか前に進まない状態でした。ベビーカーの娘はまだぐっすり眠っており、ベビーカーの両サイドにはたくさん荷物をかけていました。その頃は駅にはまだエレベーターが設置されておらず、改札まで行くにはベビーカーと荷物を持って階段を上がるしかありません。力には自信がある方でしたが、さすがに子どもを乗せたベビーカーとたくさんの荷物を、この人混みの中同時には持って上がれないと思いました。とりあえず、人混みが空いてからどうにかして階段を上がろうと少し待つことにしました。しかし、一度に持ってあがるのはやはり難しく、ベビーカーと子どもを置いて、まずは荷物だけ階段の上まで運ぶか、もしくは先にベビーカーと子どもを階段の上まで運ぶか悩みました。いずれにしても子どもを一時的に放置することになるのは心配で、どうしたらいいかと考えあぐねていた時です。同じ電車から降りた4人の制服を着た男子高校生が階段下で何やら話していました。何故階段を上がらないのかな、と思っていると、人混みがおさまった頃、そのうちの1人の男子高校生が突然私のところに来て「上までベビーカーもちましょうか」と声を掛けてくれたのです。彼らは私が困っているのを見て、ベビーカーを運んでくれようと一緒に人混みがおさまるのを待ってくれていたのです。4人の男子高校生達は、それぞれベビーカーの4隅を持ち、階段を上がってくれました。声を掛けてくれた彼は、運びながらおそらく照れ隠しでしょう、「俺ってめっちゃいい奴やん」と笑って言いました。周りの3人の男子高校生も恥ずかしそうに笑っていました。若い彼らにとっては、知らない人に声をかけること自体かなり勇気がいることだと思います。他人が困っているのをいち早く察知し、勇気を出して行動に移してくれたことが本当に嬉しく、涙が出そうになりました。何度も4人の高校生達にお礼を言い、彼らとわかれました。彼らの制服からどこの高校かはすぐにわかりましたが、お世辞にもあまり評判のいい高校ではなかったので、思いもよらない行動にはじめは驚きを隠せませんでした。その時私は、評判の良くない学校という偏見を持っていた自分がとても恥ずかしくなりました。大人の私が彼ら高校生に教えられた気がします。大人はすぐに「最近の若い奴は」といいますが、全てがそうではなく、素晴らしい若者もたくさんいるのです。私達大人が彼らのような立派な若者から教えられることもたくさんあるのだと思いました。彼らの勇気ある小さな親切に大きな感謝です。あの時の男子高校生も今ではきっと立派な大人になっていることでしょう。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『男子高校生の勇気ある小さな親切と大きな感謝』作者名:マーチエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月13日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。今日、ふらりと旅に出ようふらりと旅に出たい。木々を震わせながら吹く風を感じたい。何も考えずに波の音を聞いていたい。ぽっかりと海に浮かんでいたい。渓流の水の冷たさ、草原の匂い。ほとんどの時間を家で過ごすのは決して苦痛ではありませんでしたが、自然の中に身を置きたいという思いは、旅への渇望をつのらせます。実際、それなりに移動をし、何も気にすることなく旅を楽しんでいる人たちもいます。14歳になるシニア犬がいること、この夏は手首を骨折してすっかり体力が落ちてしまったことなど、社会の事情に加えてふらりと出かけられない事情が重なってしまいました。つのる思いを叶えられないことが、さらに気力を奪っていく。少しずつ空気が抜けていく風船のように、自分が萎んでいくのです。遠くへ行けないなら、近くの行けるところへ行こう。真昼の暑さを避け、午後4時すぎに車で15分ほどの広い公園へ行きました。その公園は広い芝生の緑地の中にソメイヨシノ、ヤマザクラ、ケヤキ、クヌギ、コナラ、ミズナラなど多くの木が心地のいい木陰を作ります。四季折々の光景を楽しめ、我が家から一番近い、自然を感じられる場所です。子どもたちがボールを追いかけている。若いお父さんが、よちよち歩く幼子を見守っている。ベンチで寄り添う恋人たち。木陰で本を読んでいる男性。おしゃべりに興じる女性たち。公園という場にそれぞれの時間が流れている。そんな時間の尊さをふと思う。いつもならなんとも思わないあたりまえの日常のありがたさを感じるのは、自分の体が思うように動かないという体験があったからかもしれません。散策していると、ユニークな枝振りの百日紅の木がありました。小さな赤い花が手毬のように。枝がくねくねと曲がりながら広がっています。その木陰で、おじいさんとおばあさんがお昼寝をしていました。こうして年を重ねて、二人して公園で寛ぐ時間を楽しめる。なんでもない日常なのでしょうが、なんでもないことを「できる」ということが、実はしあわせなのだと思うのです。何度も歩いたことのある公園ですが、気持ちの持ち方で発見することも変わります。目に映るすべてのものが語りかけてくる…そんなスイッチが入ったようです。一回りして、先ほどの百日紅の木のあたりに戻ると、お昼寝していたおじいさんとおばあさんは、フリスビーに興じていました。お互いにキャッチできずに、拾っては投げ、拾っては投げを繰り返し、おばあさんの高らかな笑い声が空に吸い込まれていくようです。ふらりと旅に出たい。広い緑地の真ん中に寝転んで、空の広さを抱きとるように。ほんの2時間、近くの公園をふらりと。すっかりリフレッシュしました。願いを、ささやかでも行動に移してみましょう。心と身体を喜ばせるように、楽しませるように。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年09月13日