コンバース(CONVERSE)の「タイムライン(TimeLine)」から新作ユニセックススニーカー「ジャックパーセル 80 J(JACK PURCELL 80 J)」が登場。2021年3月より発売される。80年代「ジャックパーセル」を再現コンバースの過去のアーカイブモデルをアップデートしつつ再現する限定ライン「タイムライン」から、1980年代の「ジャックパーセル」を再現した新作スニーカーがラインナップ。ブラックのスマイルやグリーンのインソール微笑んでいるように見えることから"スマイル"の愛称で親しまれている、つま先にあしらった膨らみのある青のラインや、厚みのあるソールのテープ幅、グリーンと生成りのコンビネーションカラーのインソールなど、1980年代の「ジャックパーセル」を彷彿とさせる。また、アッパーには、紡績から製織まで日本製にこだわる帆布ブランド「富士金梅」のキャンバスを採用。インソールとヒールラベルの下部分に「MADE IN JAPAN」の印字を施し、クラシカルな佇まいに仕上げた。【詳細】新作スニーカー「ジャックパーセル 80 J」発売日:2021年3月価格:19,800円(税込)サイズ:23.0~28.0、29.0cm【問い合わせ先】コンバースインフォメーションセンターTEL:0120-819-217月~金曜日(土日・祝日除く)9:00~18:00
2021年02月04日新型コロナウイルス感染症(以下、コロナウイルス)の流行によって家族や友人が気軽に会うことができなくなったアメリカで、80歳の男性の誕生日パーティーが行われました。ニュージャージー州に住むポール・キッセルさんはコロナウイルスの影響で2020年2月からずっと子供や孫に会えていなかったのだそう。そんな彼が10月に80歳の誕生日を迎えたため、家族が集まって誕生日パーティーが開かれました。サプライズプレゼントに80歳のおじいさんが号泣久しぶりに再会した家族と楽しい時間を過ごしたポールさんは上機嫌でレストランを出て行きます。しかしポールさんへの誕生日のお祝いはこのパーティーだけではありませんでした。実は彼の家族がポールさんのためにサプライズプレゼントを用意していたのです。@myfriendscallmerinathe most selfless man in the world. nobody deserves it more! ##surprise ##DialItForward ##DoItBold ##birthday♬ original sound - marinaレストランを出たポールさんの目に飛び込んできたのは、大きなリボンがついた1972年製の『メルセデス・ベンツ 350SL』。驚きと感激でポールさんは思わず泣き出してしまい、それを見た家族ももらい泣きしています。なぜならこのクラシックカーはポールさんが若い頃からずっと憧れていた車なのです。しかし家族を養うために必死で働き続けたポールさんは、この車を所有することはなかったのです。海外メディア『Happily News』によると、そんなポールさんの思いを知っていた彼の妻や息子、孫たちが協力してこの車を見つけ出し、何か月もかけて修復したのだそう。ポールさんの孫のマリナさんが投稿したこの動画は500万回近く再生され、多くのコメントが寄せられています。・おじいさんが泣き始めたとたん、たまらずもらい泣きした。・ハートは年を取らない。おじいさんの心は今でも若い頃と変わらないはずよ。・私のおじいちゃんに会いたくなったわ。動画の説明にはポールさんについて「世界一、無視無欲の男性」と書いてあります。きっと彼は若い頃から家族のためにすべてを捧げてきたのでしょう。そして、そんな彼の姿を家族はいつも見ていたのでしょうね。80歳にしてついに憧れの車を手に入れたポールさん。これからも元気で長生きして、思う存分愛車でドライブを楽しんでほしいですね。[文・構成/grape編集部]
2020年11月20日結婚60年目を迎えた80代の夫婦の写真が人々に感動を与えています。アメリカ・ネブラスカ州に暮らす88歳のマーヴィンさんと81歳のルシールさんは1960年に結婚しました。海外メディア『INSIDER』によると、2人はともに教師で、同じ学校で働くうちに恋に落ちたのだそうです。結婚後は3人の子供と6人の孫、4人のひ孫に恵まれました。Posted by Christina Stone Nelms on Friday, August 21, 2020Posted by Christina Stone Nelms on Friday, August 21, 2020ダイヤモンド婚を祝うため、夫婦が選んだ衣装は2020年8月、ルシールさんとマーヴィンさんはダイヤモンド婚を祝うため、記念撮影をすることにしました。そこでルシールさんはあるアイディアを思いつきます。それは結婚式で着た衣装をもう一度着て写真を撮ること。夫婦はそれぞれの衣装を大切に保管していました。マーヴィンさんは当時とほぼ体型が変わっていないため、スーツをそのまま着用。ルシールさんのウエディングドレスはなんと裁縫が得意な彼女が自分で作ったものなのだとか。今回はウエストの部分を少しお直しして着ることにしました。こうして撮影された夫婦の写真がこちらです。Posted by Katie Autry Photography on Thursday, August 20, 2020Posted by Katie Autry Photography on Thursday, August 20, 2020Posted by Katie Autry Photography on Thursday, August 20, 2020Posted by Katie Autry Photography on Thursday, August 20, 2020これらの写真を撮影したフォトグラファーのケイティ・オートリ―さんは、仲むつまじい2人の姿に感動し、幸せな結婚生活を長く続ける秘訣を尋ねたといいます。そして、その答えをFacebookでシェアしました。・一生懸命に働く。・お互いに思いやりを持つ。・話す前に考える。・自分の弱さを克服するために、お互いの強さを頼りにする。・信念を貫く。Katie Autry Photographyーより引用(和訳)Posted by Katie Autry Photography on Thursday, August 20, 2020Posted by Katie Autry Photography on Thursday, August 20, 2020ルシールさんとマーヴィンさんの写真は3千件近くシェアされ、夫婦への祝福のコメントがたくさん寄せられています。60年ぶりにウエディングドレスを着たルシールさんは「私の夫への今の思いは、(結婚式の時に)祭壇の前に立った時と同じです」と語っています。長年の結婚生活は楽しいことばかりではなかったでしょう。しかし見つめ合う夫婦の姿からはお互いへの深い愛情が伝わってきます。結婚60年を経て、笑顔で寄り添う美しい夫婦の姿に多くの人たちが感動しました。[文・構成/grape編集部]
2020年09月25日プロのファッションモデルのようなセンスのいい着こなしをInstagramで披露する人はたくさんいます。そんなソーシャルメディアは若い世代の人たちだけのものではありません。2020年8月現在、台湾に暮らす80代の夫婦のInstagramが、世界的な人気を博しているのです。83歳のチャン・ワンジーさんと、妻で84歳のシュー・シウウーさんはコインランドリーとクリーニング店を経営しています。ワンジーさんがこの店を始めたのは14歳の時なのだそう。2020年に店は創業70年を迎えるといいます。毎日元気で店に立っている夫婦ですが、長年同じ仕事をしているせいかどうしても退屈してしまうのだとか。そんな祖父母の様子を見た孫のチャン・ルイフーさんは、あるアイディアを思いつき、こう提案しました。おじいちゃん、おばあちゃん、Instagramをしようよ!お客さんの『忘れ物』でファッションコーディネート!夫婦の店には客が忘れていったり、引き取りに来なかったりした洋服が大量に保管されているといいます。そこでルイフーさんは、何年も取りに来ていない洋服でコーディネートしたファッションを2人に着てもらい、その写真をInstagramに載せることにしたのです。 この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月2日午前7時08分PDT「何年も前の服をいかに最新のトレンドファッションのように見せるか」をテーマに、ルイフーさんがあの手この手でコーディネート。するとその斬新な組み合わせと、ワンジーさんとシウウーさんがかもし出す独特の雰囲気が大ヒットしたのです!※画像は複数あります。左右にスライドしてご確認ください。 この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月3日午後9時08分PDT この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月7日午後8時50分PDT この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月16日午後8時53分PDT この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月29日午前5時51分PDTかっこよくポーズをとったり、仲よく見つめ合ったりする姿がとても微笑ましいワンジーさんとシウウーさん。それぞれの写真には2人が着ているアイテムについて「少なくとも20年以上前のスーツ」「10年前のシャツと私物の30年もののスカート」などの説明が付いています。 この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月27日午前6時18分PDT この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月9日午後8時48分PDT2020年6月27日からスタートした夫婦のInstagramは8月15日現在、フォロワーが64万人超え!コメント欄には世界中からワンジーさんとシウウーさんを絶賛する声があふれています。・2人ともすごくスタイリッシュでかっこいい!・あなたたちの大ファンになったわ。超クールね。・いつか年をとったらこんな夫婦になりたいな。 この投稿をInstagramで見る 萬秀的洗衣店|WANT SHOW as young(@wantshowasyoung)がシェアした投稿 - 2020年 7月月25日午前5時54分PDTこれらの投稿には「自分が忘れた服だということに気付いて、持ち主が取りに来てくれるかもしれない」という願いもあるようです。いろいろな服を着てポーズを撮るのを楽しんでいるワンジーさんとシウウーさん。これからも『インスタモデル』として、多くの人たちを笑顔にしてくれることでしょう![文・構成/grape編集部]
2020年08月17日BABY-G(ベイビージー)の新作腕時計「80’s ビーチカラーズ(Beach Colors)」が2020年5月22日(金)に発売される。「80’s ビーチカラーズ」は、夏の開放的な雰囲気をイメージした80年代風のポップな配色を施した腕時計。ミントグリーンやパステルピンク、イエロー、ホワイトと、明るいカラーを揃える。フェイスには、ヤシの木とビーチの夕焼けをレトロなパステルカラーでデザインし、ノスタルジックなムードに仕上げている。また、防水機能など機能性にも注目。落下した時でも突出したベゼル全体が衝撃を緩和する耐衝撃構造や、太陽光だけでなく蛍光灯などの光も動力にする「タフソーラー」充電システムなどを搭載した多機能ウオッチとなっている。【詳細】BABY-G「80’s ビーチカラーズ」発売日:2020年5月22日(金)価格:9,500円+税機能:耐衝撃構造、タフソーラー、防水機能、電波受信機能等【問い合わせ先】カシオ計算機お客様サービスTEL:03-5334-4869
2020年05月17日アディダス(adidas)とNIGOが手掛ける「ヒューマンメイド(HUMAN MADE®)」が、コラボレーションライン「SUPERSTAR 80s HUMAN MADE®」を発表、4月24日より発売される。「SUPERSTAR 80s HUMAN MADE®」3モデルから構成される本コレクションは、アイコニックなスーパースター(SUPERSTAR)の要素と、NIGO®が手掛ける「HUMANMADE®」のスピリットを融合させることで、定番のスタイルに遊び心を取り入れたデザインに。「SUPERSTAR80s HUMAN MADE(FY0728)」(1万7,000円)80年代のヒップホップシーンにおいて、レジェンドたちに誇り高く着用されたことにより、不朽の名作となったアディダス オリジナルス(adidas Originals)の「スーパースター(SUPERSTAR)」。50周年を迎えた今でも、多くの人に愛されている定番のフットウェアだ。「SUPERSTAR 80s HUMAN MADE(FY0730)」(1万7,000円)「SUPERSTAR 80s HUMAN MADE(FY0729)」(1万7,000円)バックステイに施されたブランドロゴにも注目!スーバースターの50周年の記念としてもふさわしい、NIGOとのコラボコレクション。ブランドのファンやコレクターはもちろん、ちょっと差がつく定番アイテムを取り入れたい人も、ぜひチェックしてみて。主な取り扱い店舗は、アディダスオリジナルスフラッグシップストアトウキョウをはじめ、全国のアディダスオリジナルスショップやアディダスブランドコアストア、アディダスオンラインショップ()にて。なお、店舗により取扱品番が異なるため、各店にて要確認。
2020年04月17日「80kcalシリーズ」の新商品株式会社ブルボンの「80kcalシリーズ」に、新商品「十六穀のパウンドケーキ」が仲間入り。2020年4月7日(火)より、全国のスーパーマーケット、量販店、ドラッグストアなどで発売される。高い満足感でたったの80kcal「ダイエットしたいけど、間食もやめられない。」そんな女性をサポートするブルボンの「80kcalシリーズ」は、1包装あたりを80kcalに抑えながら、味と満足感に妥協しない商品だ。今回発売される待望の新商品「十六穀のパウンドケーキ」は、キヌアやもち麦など16種類の穀物を練り込んだ、身体が喜ぶパウンドケーキ。水溶性食物繊維を配合し、1個あたり0.9gの食物繊維を摂ることができる。しっとりとした生地と優しい甘さにもこだわっている。選べるラインナップ現在発売されている「80kcalシリーズ」のラインナップは3種類。まずは天然酵母種を発酵してサクサクに焼き上げた「天然酵母のクラッカー」。野生の酵母と植物性乳酸菌を元にした天然酵母種をじっくり丁寧に発酵させた、素朴な味わいを楽しめる。続いて玄米、大麦、黒大豆、あわ、きびの五穀を混ぜ込んだ「五穀のビスケット」。いずれも日本人に馴染みのある素材のため、どこか懐かしさを感じる味だ。最後に豆乳クリームをサクサクのウエハースでサンドした「豆乳のウエハース」。素朴なきな粉風味のウエハースと、大豆のおいしさが濃縮されたクリームの相性が抜群だ。いずれも1包装あたり80kcalに抑えられている。(画像はプレスリリースより)【参考】※株式会社ブルボンのプレスリリース※ブルボン公式サイト
2020年04月05日府中市美術館では、敦賀市立博物館所蔵の江戸絵画を紹介する『春の江戸絵画まつりふつうの系譜京の絵画と敦賀コレクション』が5月10日(日)まで開催されている。府中市美術館で毎年恒例の「春の江戸絵画まつり」。今回は、江戸時代から近代にかけて300点を超える絵画コレクションを誇る敦賀市立博物館の協力を得て、選りすぐりの作品およそ100点が展示される。近年は、伊藤若冲や曽我蕭白など「奇想の画家」が話題になることが多い江戸絵画だが、同展で焦点を当てるのは、メインストリームで「きれいなものづくり」に情熱を傾けた画家たち。平安時代に生まれた「やまと絵」を受け継ぐ土佐派や住吉派、中国伝来の水墨画を展開させた狩野派、そして、西洋画の影響を受けた円山応挙をはじめとする円山四条派といった、江戸絵画を牽引した画家たちの仕事が紹介される。奇想の作品のようにあっけにとられるような衝撃はないけれど、「ふつう」の作品からは、きらきらした美しさや穏やかな夢心地が味わえるはず。日本絵画特有の絵の具の鮮やかさ、墨による表現の雄弁さ、豊かな表情を捉えた動物絵画など、江戸絵画が到達した「きれいなもの」を堪能してほしい。【開催情報】『春の江戸絵画まつりふつうの系譜京の絵画と敦賀コレクション』5月10日(日)まで府中市美術館にて開催【関連リンク】府中市美術館()円山応挙《狗子図》(前期展示) 敦賀市立博物館岸駒《猛虎図》(後期展示) 敦賀市立博物館松村景文《月・山桜小禽・山茶花鴛鴦図》(前期展示) 敦賀市立博物館
2020年03月25日多くのファンに愛される「炎のコバケン」。指揮者の小林研一郎が4月に満80歳(傘寿)を迎える。これを祝う記念プロジェクト「マエストロ小林研一郎80th祝祭演奏会」についての会見が開かれ、マエストロ自ら意気込みや抱負を語った(1月28日・東京文化会館内)。【チケット情報はこちら】小林は会見冒頭、今年の大相撲初場所で33歳にして初優勝を果たした徳勝龍の「もう33歳ではなく、まだ33歳」という発言を引き、「私も同じ気持ち。80歳を迎え、そこからまたもうひとつ輝く世界、80歳の階段を登りつめたときに見える景色に期待しながら、そしてオーケストラという、とてつもない才能の集団の方々に、何か新しい光のようなものを(示す)、そのために作曲家の行間のうちを相当勉強しなければならないと思っています」と、変わらぬ真摯さで音楽に向き合う姿勢を語った。プロジェクトは3つのコンサート企画から構成され、すでに昨年9月、「VOL.1 ハンガリー放送交響楽団 日本公演」でスタートしている。そしていよいよ80歳イヤーの今年開催されるのが、4月のサントリーホールでの「VOL.2 チャイコフスキー交響曲 全曲チクルス」(管弦楽:日本フィル)と、11月の東京芸術劇場での「VOL.3 ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団 日本ツアー」。チャイコフスキーは小林が得意とする作曲家のひとり。最近では2013~2015年にロンドン・フィルとスタジオ録音した交響曲全集が大きな話題となった。小林が「命綱」と形容する強い絆で結ばれた日本フィルとともに演奏する今回は、5日間にわたって、もちろん《マンフレッド交響曲》も含めて全曲を網羅する完全版。公演2日目の4月9日が80歳のバースデー当日だ。チャイコフスキーは今年生誕180年なので「80年」つながりでもある。「チャイコフスキーの持っているペシミスティックな、あるいは救いようのない苦しみの世界。その苦しみの大叙事詩をお見せできたら、今までとまったく違うチャイコフスキー観が生まれるかもしれない」と小林。ハンガリー国立フィルとの共演歴も長い。1974年、小林が世界へ羽ばたくきっかけとなったブダペスト国際指揮者コンクールのホスト・オーケストラだったから(当時「ハンガリー国立交響楽団」)、すでに45年以上の付き合いだ。「彼らと新しいことをやる時には、なぜかいつもこの曲」というマーラーの交響曲第2番《復活》(ソプラノ:市原愛、アルト:山下牧子、合唱:東京音楽大学)や、ベートーヴェンの交響曲第7番などを演奏する。「炎のコバケン」という呼び名には恥じらいを感じるという小林。燃え上がるのではなく、自身は冷静に、むしろ炎に水をかけているのだと、独特の言い方で表現したが、いずれにしても「老いては益々壮(さか)んなるべし」。そのベースの炎の勢いは、80歳を迎えてなお、まったく衰えることはなさそうだ。取材・文:宮本明
2020年01月30日「超ふつうじゃない2020展 by 三井不動産」が、コレド(COREDO)室町テラスで2019年7月23日(火)から8月4日(日)まで、東京ミッドタウン日比谷で2019年8月8日(木)から8月25日(日)まで開催される。「超ふつうじゃない2020展 by 三井不動産」は、“世界は、こんなに、ふつうじゃない”をコンセプトに、東京2020オリンピック・パラリンピックの競技・種目、選手について、楽しく遊んで学べる体験型の展示イベント。2018年開催時は19日観で25万人以上を動員した。今回は、計11種類の体験型展示を実施予定。陸上競技・走幅跳にチャレンジすると、走幅跳オリンピック最高記録「8m90cm」を噴水の飛距離で体験できる「ロングジャンプの泉」や、巨大な管楽器型の肺活量計を吹くことで、水泳選手の肺活量の多さを体感できる「ジャイアントホーン肺活量測定」、巨大な郵便ポスト型のスポーツクライミングウォールを登って投函口にカードを投函する「クライミングポスト」など、新たな体験型展示が加わっている。以前よりもパワーアップしたラインナップで、より一層、競技の魅力やアスリートの身体能力の高さを“五感”を使って楽しむことができる。また、会場にはシンボルモニュメントとして、アスリートの巨大バルーン「ジャナイくん」を設置。さらに、出入り口の陸上競技・棒高跳のバーを使用したゲート、競技場の舗装素材であるタータンを使用した装飾など、東京2020オリンピック・パラリンピック大会をイメージした、多彩な演出にも注目したい。【詳細】「超ふつうじゃない2020展 by 三井不動産」会期:・コレド室町テラス 2019年7月23日(火)~8月4日(日)・東京ミッドタウン日比谷 2019年8月8日(木)~8月25日(日)場所:コレド室町テラス 大屋根広場(東京都中央区日本橋室町3-2-1)、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場(東京都千代田区有楽町1-1-2)※荒天時(雨天・強風の場合)は中止 ※7月23日(火)および8月11日(日)はプレスイベントのため12:00開場予定 ※入場料無料
2019年07月01日東京地方裁判所103号法廷にて2019年4月15日、私は珍しい体験をしました。東京地方裁判所の103号法廷という大法廷で、裁判官と満員の傍聴人の前で、子育て体験の話をしたのです。なんでそんなエライことになったのか?それは「結婚の自由をすべての人に」訴訟、いわゆる同性婚訴訟の原告の一人になったからです。2019年2月から始まった “同性カップルでは結婚ができないので困っています” と訴える裁判で、札幌、東京、名古屋、大阪の4ヵ所で、13組の同性カップルが一斉提訴をしたのです。私と麻ちゃんはそのうちの1組。ニュースでご覧になった方も、いらっしゃるかもしれません。しかし本当に、私の人生の訳のわからなさも、これでいよいよ極まれり。自分でもびっくりしています。引っ込み思案で、子どもの頃は先生に指されると、それだけで飛び上がるような小心者だったのに、なぜ私は東京地方裁判所の大法廷などという、およそ人生で縁のないハズだった場所で、話をしているのでしょう……。というわけで、事の次第を説明するには、訴訟よりずっとずっと前にさかのぼることになります。すべての始まりは、麻ちゃんの何気ない一言でした。本気じゃないよね事の起こりは9年前。麻ちゃんと結婚式をした数日後。2年がかりで作り上げ、大好きな人たちに見守られて行った結婚式の後、幸せな余韻にまだまだ夢見心地だった時のことです。「私たち、結婚式したんだね」なんて、うっとりする私を麻ちゃんがじっと見つめていました。そして、お揃いの真新しい結婚指輪の光る手を取って、こう言ったのです。「いつか裁判しようね♡」「愛しているよ」とか「幸せだよ」とか、そういうフレーズがくるはずでした。そこに突然ぶっこまれた “裁判” というワード。裁判?裁判って今言いました?えっ、聞き違いじゃないよね?裁判って、えーと、裁判?ラブラブウフフな雰囲気になる予定が、いきなりの過激ワードでフリーズです。固まった私を見て、麻ちゃんはニコニコと続けました。「ほら、だって私たち、同性カップルだから結婚できないじゃん?だから、いつかアメリカみたいな裁判を起こそうよ!ね!」“ね!”って、キラキラした目で言われたけれど、“えっ、これ、まさか本気じゃないよね!”。頼む、本気にならないで!そんな私の胸の内を知ってか知らずか、麻ちゃんはそれからも度々「裁判」とつぶやいては、私をドキドキさせました。そんな私たちの元に、ある大きなニュースが飛び込んできたのです。2012~13年の「GID・法律上も父になりたい裁判」です。GID=性同一性障害のお父さん(FTM:Female to male、生まれた時は女性として性別を割り当てられたが、性自認が男性である人)が、奥さんが産んだ子との間に父子関係が認められなかったために起こした裁判でした。嫡出推定という不思議な法律ちょっと本筋からは外れるのですが、この裁判の概要をご説明します。ややこしいのですが、ついてきていただけるとうれしいです。結婚している夫婦が不妊治療でAID(非配偶者間人工授精。つまり夫ではない人に精子提供をしてもらうこと)をした場合、生まれた子どもは夫婦の嫡出子(結婚している夫婦の間に生まれた子)という扱いになります。これは民法772条の規定(嫡出推定)によるもので、結婚している妻が妊娠した場合、実は夫以外の男性との子どもであっても、結婚している夫婦の間に産まれた子という扱いになるのです。みなさん、知っていました?現代からすると、ちょっと不思議な感じですよね? 実はこれ、民法772条の元となる規定が作られたのが明治時代で、DNA検査が想定されていなかったため、「実のところ他の男の子どもかもしれないけど、結婚している以上、その夫婦の子どもってことにしよう!その方が子どものために良いよね!」ということでできたものなのだそうです。そこでこの裁判です。このFTMの方は、戸籍を女性から男性に変更して、女性と結婚していました。しかし精子はないため、AIDで子どもを持ったのですが、戸籍上も結婚が成立している夫婦だったにもかかわらず、その子どもは嫡出子にならなかったのです。というのも、そのFTMのお父さんの戸籍に、女性から男性へ性別を変更したことがわかるような記載があるため、生殖能力はなく子どもを持てないことが明らかである以上、嫡出推定に当たらない、とされたのです。一審、二審、共にFTMのお父さんの請求は退けられたのですが、最高裁で一転。生まれた赤ん坊は、この夫婦の嫡出子である、という決定が出たのです!つまり、最高裁は“血縁関係のない子どもであっても、夫婦の間に生まれた子は嫡出子になるというのが原則である。それはFTMであっても例外ではない”という決定を下したのです。このドラマティックな裁判は、意外なところに飛び火しました。そうです、裁判、裁判と思い出したように時折つぶやいていた麻ちゃんの、裁判トリガーをガッツリ引いてしまったのです。時期尚早という言葉の意味最高裁の決定が出た後の祝勝会には、私たちも参加し、大いに盛り上がりました。FTMのお父さんのご一家に加えて、この裁判を戦った弁護士の先生方も来られていたのですが、麻ちゃんは弁護士の先生を完全にロックオン。「同性カップルだって結婚がしたいのだ、と訴える裁判はしないのか」と、にじり寄っているではありませんか!弁護士の先生の返事は、「時期尚早」というものでした。2013年当時は、まだまだ今のようなLGBTブームもなく、“LGBT”というと「何それ、サンドイッチ?(それはBLTだ!)」なんて言われていた頃。「もう少し世の中での認知が広がらないと……」という判断だったのです。「よかった、これで諦めてくれるだろう」と、私は思ったのですが甘かった。実は麻ちゃん、この時「イケる!」と思ったそうです。相変わらず意思の疎通がからっきし出来ていない私たち。麻ちゃんは、「“時期尚早” ということは、逆に “時機がくれば、やれる” ということだな!」と思ったのです。さすが、麻ちゃん。一度食いついたら離れないスッポンのような女!それから6年。色々なタイミングが重なったとはいえ、まさか自分たちが本当に裁判に関わることになるとは。人生、何が起こるかわかりません。Composition:Yoshiyuki Shimazu
2019年05月16日子育てと運営の両立ここしばらく、私も麻ちゃんも慌ただしい毎日を過ごしていました。ニュースなどでご覧になった方もおられると思うのですが、「結婚の自由をすべての人に」訴訟、いわゆる「同性婚訴訟」の原告の一人になったため、その準備に追われていました。その話も追って書くつもりですが、今回は「にじいろかぞく、のはじまり」第5回目で、これで一段落となります。もう少しだけ、お付き合いください。思いがけなく参加することになったアメリカ研修旅行で、すでになんとなく形ができてきていた「にじいろかぞく」の未来のあるべき姿を目にして、私のなかで「やろう!」という気持ちが、これまでになく高まっていました。イベントに集まってくれる仲間たちから、「私は、にじいろかぞくの一員だと思っているよ!」なんて言ってもらって、「ちゃんとした会にしなきゃ」と思うと同時に「本当にできるのか?」という不安もありました。子育てをして、仕事もして、家事もして。それだけで日常は恐ろしくめまぐるしく、常に走っているような状態です。子どもに食事を出したら、自分は台所で立ったまま食べる、という生活が長らく続いていましたし、食洗機と無洗米は常備(それは今もですが……)。ご飯を炊けなかった日のスペシャルメニューはやきそば。そんな有り様です。さらに3人の子どもの学校行事の把握に提出書類の作成、などなど、などなど、細かいことは山積み(見落とすことも度々……)。この状況で「にじいろかぞく」をちゃんとした会にするには、仲間の助けが必要でした。ノンケさんの彼女に気付かされたことアメリカ研修旅行に行く少し前、私は麻ちゃんと、ある選挙ボランティアに参加しました。漫画家でゲイである歌川たいじさん(彼の原作で映画化された『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は、涙なしには見られませんでした。機会があれば是非ご覧ください!)が選挙に出られると聞き、「それはお手伝いをしなければ!」ということになったのです。歌川さん、こと歌さんは、私たちの心の師匠、Taqさんの店「タックスノット」で知り合い、私たちにとってTaqさん同様、同性のパートナーと “ふうふ” として長年暮らす、大好きな先輩でもありました。歌さんの選挙ボランティアメンバーは、約半分がLGBTの当事者で、残り半分がノンケさん。LGBTであろうがなかろうが気にしない雰囲気が居心地よく、チラシ配りの後に、みんなでご飯を食べに行くことも度々ありました。そんななか、仲良くなった女性がいました。彼女は夫と二人暮らしのノンケさん。しっかり者で、細かいことにもよく気がつき、ボランティアメンバーの中でも頼りにされる存在でした。年が近いこともあって、すっかり打ち解けて友達になった彼女が、歌さんのボランティアが終わった時に「にじいろかぞくにも行ってみたいな」と言ってくれたのです。彼女は本当に「にじいろかぞく」に遊びに来てくれて、あっという間に会になくてはならない人になりました。彼女のおかげで、会では交流ピクニックだけでなく、さまざまな勉強会も開催できるようになりました。会を支えるということは、実に地道な、細々した作業の積み重ねなのです。その点、彼女は本当に “よくできる人” なので、私も会のメンバーも、すっかり彼女をアテにするようになっていました。ところがある時から、彼女はなんだか元気がない様子が続きました。「心配事でもあるのだろうか?もしかしたら会のやり方が気に入らないのだろうか?」と、オロオロしながら訊いてみるのですが、なんとも歯切れが悪い。「どうしたんだろう?」と首をかしげる私たちを前に、彼女は理由を口にしたがりません。お酒を飲ませて「さぁ話して!」と迫ってようやく聞き出した理由に、私たちはびっくりしました。「あのね、私、やっぱり遠慮しちゃうところがあるんだよね。ほら、だって私だけがノンケじゃない……?」そうなのです。世間では私たちがマイノリティ。普段は大勢のノンケさんに囲まれて、自分たちのことは話しにくい。だからこそ自由に自分たちの家族や、ジェンダーやセクシャリティのことも、率直に話せる場を作りたいと「にじいろかぞく」をやっていたのですが、会ではノンケさんである彼女がマイノリティ。逆転しているのです!私やLGBT当事者のメンバーは、自由に家族やパートナーのことを話していたし、時にはセクシャリティに関わるジョークも言っていましたが、ノンケさんの彼女にしたら戸惑うことが多かったのだと、その時初めて知りました。それを彼女は「ノンケ中心の世の中で、普段は自由に話せないのだろうから。こういう話がしたくてみんな集まっているのだろうから」と、黙っていてくれたのです。そのことに、私たちは強い衝撃を受けました。いつも自分たちがマイノリティだと思い込んでいたけれど、それは違う。状況が変われば、自分たちがマジョリティになることもあるのだと気がついたのです。それは大きな衝撃でした。いつもは配慮 “される側” である私たちが、配慮 “する側” に立たなければいけなかったのです。いつも、ノンケさんに対して「なんでもかんでもノンケ前提だと思わないでくださーい」なんて思っていたけれど、「にじいろかぞく」の中では逆なのです。私たちがノンケさんもいることに配慮し、「なんでもかんでもLGBT前提だと思わないでくださーい」と言われる可能性を考えながら、話をしなければいけなかったのです!これは彼女に話してもらって、初めて見えてきたことでした。だからといってすぐ完璧に対応できたのか、というと、そう簡単な話でもありません。それから何度も、私たちは彼女の気持ちを傷つけてきたと思います。でも、それは自分たちにとって大きな気づきでもありました。ノンケさんを相手に「どうせ、話しても分かってもらえないだろうなー」と思うこともあったけれど、自分たちも分かっていないことに、気付かされたのですから……。それじゃあ困るんですよ、私たちが!ノンケさんの彼女だけでなく、「にじいろかぞく」には、すでに全国から多様な人たちが集まり始めていました。ある時、生まれたての赤ん坊を連れたご夫婦がやってこられました。「私たちはここにいてもいいですか?」と遠慮がちなお母さんの話を聞くと、「私たちは結婚していて、子どもは私たち“ふうふ”の子です。でも私はレズビアンで、パートナーはトランスジェンダーで、男性として生まれましたが、自分を男性と女性の混在だと言っています。こんな私たちでも、仲間に入れてもらえますか?」。レズビアンでありながら「結婚」という道を選んだ彼女にとって、パートナーは女性でもあるのに、世間からは当然のように「パパ」と「ママ」の「家族」として扱われる違和感。その家族の形も戸惑いも、私の想像していなかったものでした。また、あるイベントで元気いっぱいの女性に話しかけられました。彼女はあっけらかんと、自分は3人の子どもがいるレズビアンだと言うのです。しかも選択的シングル。はじめの子は当時結婚していた夫との間に生み、2番目の子は離婚後にその夫に協力してもらって人工授精で生み、さらに3番目の子は精子バンクを通して生んだというのです!固定観念に縛られがちな私は、“子どもを育てるには、つがわないと”みたいなところがあるのですが、自分の人生をどう生きて、どう子どもを育てるかは、それぞれで決めていくことなんだ、と彼女から教えてもらいました。シングルファーザーとして、子どもを育てているゲイの男性との出会いもありました。それから、代理母で子どもを授かったゲイカップルの友だちもできました。彼らは日本人とスウェーデン人のカップルで、現在、同性結婚が可能なスウェーデンで子どもを育てています(スウェーデンでは子育てをするゲイカップルが、さして珍しくないと聞いて、またびっくり)。ジェンダーもセクシャリティも関係なく、つがったりつがわなかったりも自分に合うように選びながら、育児を真ん中に置いて話せる場として「にじいろかぞく」をやっていきたい。人が集まり、ようやく形になってきて、このまま頑張りたい……と思っていた矢先、2016年、私に乳がんが見つかりました。この話は以前に書いていますが、抗がん剤治療に、片胸の全摘手術と1年半は仕事も休業し、ほとんど寝付いていました。手術が終わって半年。そろそろ「にじいろかぞく」のこともやらなくては、と思っていた時に、ずっと会を支えてくれていたメンバーから、声が上がりました。「ボランティアをやって、って小野ちゃんは言いにくいのかもしれないけど、私たちやるから。小野ちゃんが倒れたら会が終わり、じゃ困る。きちんとした会にしてほしい」。特に、LGBTであることを表に出しづらい地方のメンバーから、強い声があがりました。そこで正式に運営メンバーになってくれた6人とともに体制を整え直し、「にじいろかぞく」は会員制の任意団体として、新たなスタートを切ったのです。そして今は、子どもを産んだ経験を持つトランスジェンダーの男性が運営メンバーに加わり、さらに新しい視点を与えてくれています。毎年、会員の入れ替わりがありながら、2019年は子育てをするLGBTを中心に、セクシャリティもジェンダーもさまざまな60人強が参加してくれています。やっていることは、ほぼ育児サークルと一緒ですが、多種多様な家族が、寝転がる赤ちゃんを一緒にあやしながら喋っている様子を見るたび、「自分みたいな家族なんてどこにもいないんだ」と思っていたあの頃、夢見ていた未来のなかにいるな、と感じています。Composition:Yoshiyuki Shimazu
2019年04月02日3週間のお休みください人生で初めてアメリカ大使館を訪問し、面接を受けた私。アメリカ国務省が主催するIVLPなる研修プログラムなど、「どうせ通ることないや」と思っていたら、3週間後にまさかの「小野さんに決定しました」の連絡がありました。この頃、アメリカはオバマ政権で、LGBTが政策トピックだったこともあり、後押しされたのでしょう。さぁ、ここからが大変です。なにしろ、私は会社勤めのサラリーマン。世間的には働くシングルマザーというステータス。3週間も仕事を休むなど、普通はありえません。会社が了承してくれなければ、アメリカには行けません。当時勤めていた会社には、麻ちゃんとの結婚式の前にバレて(いや、自爆して#25 手さぐりのウエディング その2)いたので、カミングアウトは必要ないものの、いきなり「仕事を3週間も休ませてください」と言うのは、なかなか勇気が必要です。たまたま、昼休みに一緒になった上司に、切り出しました。「あのー、すいません。今度3週間ほど、仕事を休ませてもらえたらなー、と思ってるんですけど……」「は?どうかしたの?なに?病気かなにか?」「いや、全然元気なんですけど。どうやら、アメリカにLGBTのことについて勉強に行かせてもらえることになりそうで」「アメリカ!?なんだそりゃ?何しに行くんだ?っていうか、それは会社を辞めて留学するってことか?」「いや、そうでもなくて、ですね。えー。なんかですね、アメリカの国務省主催の研修に、推薦してもらっていたみたいで、実はこのあいだ、お休みいただいた時に、アメリカ大使館に面接を受けに行ってきたんですよ。そしたら、なんか通っちゃったみたいで」上司の目がまん丸になっています。無理もありません。私も上司も超庶民。近所のコンビニに、昼ごはんを買いに行こうとしている道すがら。海外なんて縁のない私たちには “国務省” も “アメリカ大使館” もパワーワード過ぎます。しばしの沈黙の後、上司が言いました。「お前……、なに言ってんの?」上司も驚いたと思うのですが、私の方がもっと驚いているわけで “人生、こんなびっくり体験があるもんだ” と思いつつ、上司にこうして話して、ようやく “あぁ、これ現実なんだ” と実感が少しずつ湧いてきました。そして、ありがたいことに「こんなこと一生に1回あるかないかだ、行ってきな!」と、上司や同僚たちは、私を送り出してくれたのです。それから出発までの半年は、大使館に呼び出されて説明を受けたり、訪問したいNPOや企業について調べたり、読んでみたい本のリストを作ったりとバタバタ。子どもが生まれてからこのかた、家を2日続けて空けたことがない私が、3週間も家を空ける。そのことに、私はとても緊張したのですが、オトコマエの麻ちゃんは「任せとけ!」と余裕の様子。小学校の高学年になっていた子どもたちも、「わー、アメリカ!お土産買ってきて!」と無邪気なもので、私は胸をなでおろしたのでした。とうとうアメリカへ旅立つ日がやってきました。旅の仲間は、2人の元国会議員と、日本のLGBT界を牽引するNPOの代表で、一流企業で働くエリートゲイ男性。そんな錚々たる方々に混じって、こんなおばちゃんが参加していることに、我ながら “なんで?” と思いましたが、ココは腹を決めるしかありません。離婚以来、期限が切れたままだったパスポートを更新し、真新しいスーツケースに荷物を詰めて、生まれて初めての3週間の研修の旅に、さぁ出発です。I have a dream!最初に着いたのは、ワシントンD.C.。折しも、キング牧師の「I have a dream」のスピーチが、ここワシントンD.C.で行われてから、ちょうど50年のタイミングで、街のあちこちで祭典の準備が進んでいました。思えば、50年前の黒人の権利が、今のようなものではなかったことと、LGBTのそれが重なります。英語の教科書で読んだスピーチから、まだわずか50年しか経っていないことに驚きつつ、まずは座学をみっちり受け、翌日の朝早くから視察が始まりました。視察1日目に訪れたのは、さまざまなLGBTキャンペーンを行っている有名なNPO。案内されたオフィスには、若い人が多く、活気に溢れていました。今でも日本では、LGBTをテーマにした大きなNPOはありません。私がアメリカに行った2013年当時、日本でLGBTに関わる仕事をしているのは、よほどの覚悟と志がある人のみ。それも、輝かしいキャリアをなげうって挑んでいるケースしか見たことがありませんでした。それがこのNPOでは、多くの当事者が自分のセクシャリティを隠さず、それどころか、それを生かして堂々と働いていました。私はもう、ただただ驚くばかりでした。「当事者以外のスタッフはいますか?」という私たちからの質問に、それまで控えめにしていた女性スタッフが、「このNPOには、さまざまな立場の人が働いています。私の場合は、私の母が結婚後に、自分がレズビアンだと気づいて、レズビアンとして生きるようになったんです。そんな母を応援したくて、このNPOに入りました」と言うのです。キレイな金髪を揺らしながら話してくれた彼女に、私は衝撃を受けました。「子どもが、親のセクシャリティを応援する?」「しかも、そのためにLGBTのNPOで働いている!?」そんな話、日本で聞いたこともありません。まだまだ日本では、「LGBTの人が子育てなんかしたら、子どもに悪い影響があるんじゃないの?」なんて心配をされていましたから、この目の前の若い女性の明るくて堂々とした姿に、心底驚いたのです。同時に、日本で子育てをしているLGBTファミリーの仲間の顔が、頭に浮かびました。彼女がLGBTの親について話す、こんな様子を伝えたら、どれだけ励まされるだろう。国が違っても、こんな風に明るくまっすぐに、親のことを応援したいと言う子どもがいることを、仲間に伝えたいと思いました。彼女に、自分も離婚をして、同性のパートナーと子育てをしていること。3人の子どもたちのことを話し、「仲間に、あなたのことを伝えたい」と拙い英語で必死に伝えたところ、メッセージ動画を撮らせてくれました。「セクシャリティがどうであるか?よりも、家族が愛し合い、思いやりを持ち合うことが大切」というメッセージを、生き生きと話してくれる彼女を見て、心が震えました。それは長い間、心の中で密かに、だけど熱烈に、望んでいた言葉でした。そんなメッセージを笑顔で話してくれる “LGBTファミリーの子ども” が、急に目の前に現れたのです。想像できないことにイメージを与えるその後も、衝撃は続きました。視察3日目には、どうしても行きたいとリクエストしていた、全米でも有名なLGBTファミリーのNPOへ。当時はボストンとワシントンD.C.に事務所を持ち、300万人のLGBTファミリーが参加しているNPOです。300万人ですよ。ものすごい数です。折しも、このNPOでは18回目となる「Family week」なるLGBTファミリーの一大イベントの準備をしている真っ最中。ビーチでのファミリー・ピクニックやキャンプ・ファイアー、親のためのテーマ・セッションなど、さまざまなイベントを1週間泊まりがけで体験できると聞き、ただただ圧倒されるばかりでした。ちょうどこの年のゴールデン・ウィークに、「にじいろかぞく」ではLGBTファミリーのピクニックを開催していました。青空の下で、さまざまなLGBTファミリーが語り合う様子を見て泣きそうになっていたのですが、自分たちのやっていることが、まだまだ本当にささやかであることを思い知らされました。ニューヨークでは、ニューヨーク州上院議員を務めるゲイの方のオフィスにお邪魔し、映画監督の夫と一緒に、2歳になる愛娘を育てている話を聞きました。また、乗り合わせた飛行機のキャビンアテンダントの男性からは、「今週、パートナーの男性と、養子を取る手続きに行くんだ」なんて話を聞かせてもらったりしました。研修では、都会だけでなく保守的な田舎にも行きます。オハイオでは、自分の連れ子2人と、同性パートナーの連れ子2人を育てているレズビアン・ファミリーに会いました。最も保守的だったオクラホマ州では、まだまだ根強くLGBTへの差別が残っているようでしたが、一方で地域に根付いたLGBTセンター(LGBTに関する情報センター)がありました。私がとても感動したのは、そのセンターにキッズルームがあったことです。カラフルな色のおもちゃや絵本が並ぶ部屋から、日常をともにする家族としてのLGBTの姿を感じることができたからです。怒涛のように過ぎていった3週間の研修。ワシントンD.C.からはじまって、ボルチモア、ニューヨーク、オハイオ、オクラホマ、最後はポートランド。おまけに数日、元議員の方と2人でサンフランシスコに立ち寄ることもできました。もちろんいい話ばかりではありません。アメリカのLGBTをめぐる課題なども、たくさん見聞きしてきました(このことについては、機会を見つけてお話ししたいと思います)。でも、これまで見たこともなかったLGBTファミリーのロールモデルを、現実に、目の当たりにさせてもらったことは貴重な経験でした。これまで“見たこともないから、想像できない”と思っていたことに、イメージが持てるようになったのです。日本の、それも狭い範囲でしか生活してこなかった私にとって、この旅はまさに人生のターニングポイント。“これでもか!” というほどの情報をもらい、私のテンションはメーターを振り切っていました。帰国してすぐに、子どもを産んだばかりのレズビアンの友人の家に押しかけ、アメリカで見聞きしたことを語りました。「にじいろかぞく」のメンバーも集まって、レズビアン・ファミリーに育てられた娘さんのメッセージビデオを見て、みんな半泣きになりながら、大いに盛り上がりました。「にじいろかぞく」には多くの仲間が集うようになっていましたが、その一方でボランティアを強要するようなことは避けたいと、私は積極的に“会”として組織化しようとしていませんでした。でも、この日のメッセージビデオが、気持ちを後押ししてくれました。「いつか、自分たちみたいな家族で育った子どもたちが“親のセクシャリティなんて、なんでもないことだ”って言ってくれたらいいよね」。頷きあう私たちに、一人が言いました。「私たちはさ、みんな『にじいろかぞく』の、もう一員だと思ってるからさ!」こうして「にじいろかぞく」は、さらに一歩前へ進むことになるのです。(つづく)Composition:Yoshiyuki Shimazu
2019年03月02日アディダス オリジナルス(adidas Originals)とスニーカーショップ・アトモス(atmos)が共同開発したスニーカー「コンチネンタル 80 アトモス(CONTINENTAL 80 ATMOS)」が、2月23日(土)よりアトモス各店にて先行発売。その後、2019年3月9日(土)よりアディダス オリジナルス ショップ各店などで一般発売される。1980年代のテニスシューズからインスピレーションを受けたアディダスのスニーカー「コンチネンタル 80」。アディダスのロゴがあしらわれたアッパーのウィンドウや、フレンチテリー素材を施したシューズ内側のライニングなど、レトロな雰囲気を纏ったデザインが特徴だ。そんな「コンチネンタル 80」を、アトモスと共同開発してアレンジ。「コンチネンタル 80 アトモス」は、滑らかなレザーのアッパーから、ソールやライニングに至るまで、全て赤で統一。白で配されたアディダスのロゴが際立つカラーリングだ。またシューズには、平ヒモと丸ヒモの2タイプのシューレースを付属。先端に取り付けられたゴールドの金具が、大人の色気あるスタイルに仕上げている。【詳細】コンチネンタル 80 アトモス発売日:2019年3月9日(土)販売店舗:アディダス オリジナルス フラッグシップ ストア トウキョウ、アディダス オリジナルス ショップ(心斎橋・HEP FIVE・ららぽーと磐田・あべのHoop・ららぽーと富士見・札幌ステラプレイス・横浜ビブレ・ららぽーと湘南平塚・ダイバーシティ東京 プラザ・福岡・ラゾーナ川崎・名古屋)、アディダス ブランドコアストア(新宿・名古屋・広島・仙台・三宮クレフィ)、アディダス オンラインショップ先行発売日:2019年2月23日(土)先行発売店舗:アトモス 各店、アトモスオンラインショップ価格:12,000円+税【問い合わせ先】アディダスグループお客様窓口TEL:0570-033-033(土日祝除く、9:30~18:00)
2019年02月25日「主婦の80%がエコ疲れしている」ことが、全国の20~60代の既婚女性を対象に行われた「エコに関する意識調査」で明らかになりました。近年、ゴミの分別意識が高まる中でも「資源物に対するリサイクル意識」が定着してきています。どんな点で主婦は「エコ」に疲れを感じているのでしょうか?少しでも「エコ疲れ」から解消される方法はないか探ってみました。■ 「8割」がエコを意識。分別のストレスも「8割」日々の生活において、エコ意識がどの程度あるかの調査で、81.4%が「意識している」と回答。「資源」と「ゴミ」の分別実施については95.8%が「分別している」と回答しています。すっかり「分別意識」が日常の生活に定着しているのでしょうか?多くの方が分別を実施しており、エコに対する意識の高さが伺えます。freeangle / PIXTA(ピクスタ)一方で、日々のゴミの分別に「手間やストレスを感じるか」の調査に対して、「エコ意識」と同等の約8割の主婦が「ストレスを感じる」と回答。【グラフ4】では、環境のためにゴミの分別をすることで「疲労感」を感じていると答えていました。エコやゴミの分別への意識の高さがある一方で、エコ活動に「疲れ」を感じていることが伺えます。■ 分別に手間がかかる上位は「資源ごみ」分別しているゴミの中で、手間がかかると感じたゴミについての調査です。1位「段ボール」(42.6%)、2位「牛乳パック」(31.0%)、3位「ペットボトル」(29.9%)という結果に。kuro3 / PIXTA(ピクスタ)分別に手間がかかるとされるゴミの中でも「資源ごみ」が上位に集中していることが分かります。どれも資源としてリサイクルさせるために、家庭でひと手間かけてから処分しなければならない物ばかりです。このことから「エコ」を考えるあまり「手間」が増え、8割を超える主婦が「エコ疲れ」を感じていることがわかりました。■ 「得するエコ」と「ついでエコ」で気分をリフレッシュ!チビタム / PIXTA(ピクスタ)環境汚染の問題や、限られた資源の中でわたしたちが生活をしていることを考えると「エコ活動」に関わるのは当然の事と言えるでしょう。しかし普段生活している中で、その大切さをリアルに感じるのはなかなか難しいと思います。手間だと感じる要因に、「分別するメリット」を見出せないことが、「疲れる」原因の一つではないでしょうか?そこで我が家が実施している、自分にメリットを感じる「得するエコ」と「ついでエコ」をいくつかご紹介します。「ごみ分けガイド」を読むと分別のストレスが減る!?それぞれの自治体で、ゴミの分別方法が書かれた「ガイド」が配られていると思います。みなさんはじっくり読んでみたことがありますか?分別がストレスになる原因の一つに「捨てる方法がわからない」ことがあげられます。我が家でも、ペットボトルの捨て方で、夫と議論した経験が……。ミウラヒデコ / PIXTA(ピクスタ)面倒なのでペットボトルを「潰さず捨てたい」妻と、ゴミのかさばりを減らすため「潰して捨てたい」夫の対決です。どっちが正解なのか?とゴミ捨てをするたびに議論するのが「ストレス」でした。これは自治体によってルールが変わるようで、「ごみ分けガイド」を読むと簡単に解決できたのです。筆者が住む地域では「潰さず捨てる」が正解でした。疑問を解決することで、ちいさなストレスが無くなってスッキリ!ぜひ一度、じっくりと「ゴミ出しガイド」を読んでみることをおすすめします。ポイントゲットでお得に「エコ活」お住まいの地域で資源物をポイントに変えてくれる「回収拠点」はありませんか?筆者の住む地域では、「段ボール」や「ペットボトル」の資源物の他に、衣類や小型家電を回収してくれる施設があります。ただ持ち込むだけでは「疲れ」を感じてしまいますが、「ポイントが溜まって得をする」ので、「エコ活」にチカラが入るんですよ。この施設ではポイントカードを発行していて、持ち込む資源物内容と重量ごとにポイントが付きます。そして500ポイント貯まるごとに、金券と交換してくれるのです。もともと「ゴミ」だったはずのものが「お金」に代わる。これなら「エコ疲れ」も癒されるのではないでしょうか?「保管場所の確保」と「ついでエコ」を実施ゴミの分別により、複数の保管場所を用意しているご家庭も多いと思います。我が家でも資源物を含めると、分別項目は10種類に及びます。これじゃあ「エコ疲れ」するのも無理はありません。1項目ずつ真剣に向き合っていたら大変ですで、わが家では「ついでエコ」で保管場所を確保することにしました。いつも行くスーパーの買い物かごに「食品トレー」や「紙パック」などを洗浄後、軽くふいて捨てています。そして買い物に行く「ついでに」スーパーに設置している「回収BOX」に捨ててからお買い物を始めるのです。これらの「食品トレー」や「紙パック」は、家で捨ててもゴミ箱がパンパンになってしまうので、お店で捨てられることがメリットだと感じます。さらに「ダンボール」や「ペットボトル」などの資源物は、ポイントがゲットできる回収拠点に回しますので、これらは車のトランクに一時保管。ある程度まとまったら、施設の近くを通りかかった「ついでに」捨るというスタイルです。これで家の中に保管場所を確保せずに、エコ活動ができるのです。「人のために」「わざわざ」と感じながら分別をすると、「エコ」が苦痛なもになるばかり。「自分へのメリット」を見つけて実施すると、「エコ活」が楽しいものに変わるかもしれませんよ。【参考】※エコに関する意識調査とラベルレスペットボトルの実証検査エコ活動への息詰り・・・主婦の80%が「エコ疲れ」ラベルレスペットボトルの実証実験で80%が分別ストレスが改善
2019年02月21日思いがけない心の支え妊活をするレズビアン女性と出会い、とても強い衝撃を受けた私。動揺もしましたが、彼女との出会いから “子どもを持ちたい” と願うレズビアン女性について知るようになりました。よく一言で “レズビアンマザー” と括られますが、我が家のようなステップファミリーもあれば、カップルで子どもを迎える、(ノンケカップルで言うところの)初婚ファミリーもあります。このようにタイプが異なると、悩みも違うし、お互いのことを知らないものです。私がレズビアン女性の妊活の大変さについて、何も知らなかったように、血の繋がらない娘を育てる戸惑いを、彼女に共感してもらうのは難しいことなのです。自分と同じような家族を探したくて始めた「にじいろかぞく」ですが、そこに集まってきてくれるLGBTの家族というものが多様すぎて、自分と同じような家族になかなか出会わないのです。これにはちょっと焦っていました。そんな焦りを抱えていたのは、「にじいろかぞく」が想像よりもずっと肯定的な雰囲気で受け止めてもらえて、ホッとしていた時期でもありました。今から8年ほど前のことですが、世間のLGBTへの偏見は今よりもずっと色濃く、それに比例するようにLGBTコミュニティの内部でも、LGBTの人が子育てをすることに、戸惑いの空気が漂っていたのです。だから「子育てをするLGBTの集まり」なんていったら、バッシングを受けるんじゃないか?とドキドキしながらスタートしたのです。例えば、妊活をしていたレズビアン女性も、妊娠をとても喜んでくれた人がいた一方で、仲間内のレズビアン女性から「子どもが生まれたら、大人ばかりの場に子どもを連れて来てほしくない」と言われたそうです。その空気は、私もヒシヒシと感じていました。LGBTのイベントは、子どもを連れていけるような雰囲気ではなさそうだったし、子どもがいるなんて言ったら、ギョッとされたり、子どもは大丈夫なの?と心配されたり、さらには「前に男性と結婚してたのね」なんて冷たい反応もされたものです。世の中の偏見が減ると同時に、LGBTコミュニティ内に漂う緊張感も緩和されてきたように思います。こういうことって地続きなんですね。特に「にじいろかぞく」を歓迎してくれたのは、若い世代でした。「将来、自分は畳の上で死ぬことはない。誰にも看取られず、一人でのたれ死ぬ将来しか思い描けない」と、泣きながら打ち明けてくれた大学生に、「私、同性のパートナーと子育てをしてるんだよね」と言った時の、あの驚いた顔。今でも忘れられません。「子育てをするなんてこと、あるんですか!」と喜ぶその大学生に、これまで出会ったいろんな家族のこと、自分の家族のことを話せて、とてもうれしかったのです。自分たちのような家族の存在を、若い人が喜んでくれている。それは思いがけない支えになりました。さらには、ちょっとしたイベントや大学の授業で、同性カップルで子育てをしている様子を聞かせてほしいと、声を掛けていただくようになりました。最初は、本当に信じられませんでしたよ。一人ぼっちで作っていたホームページにも、連絡してくれる方が一人増え、二人増え、少しずつ仲間が増えていきました。妊活していた、例のレズビアンの友人にも子どもが生まれ、LGBTファミリーはもちろん、子どもを持ちたいと思っている若いカップルも遊びに来てくれるようになりました。そうすると「みんなで交流したい!」という声があがるようになりました。私はもともと下戸で、新宿2丁目にもなかなか縁がありませんでした。子どもがいて夜に出かけづらいので「できれば昼間、子どもを連れて集まれるようなことをしたい!」という、小さな野望を抱いていました。「子連れで楽しめて、みんなが気軽に交流できて……、そうだ!ピクニックがいい!」。このピクニックには、すっかり仲良くなった、前述の大学生も仲間たちと参加して、子どもたちの遊び相手になってくれました。そんな交流は、いつの間にか新聞の取材を受けるようにまでなっていました。徐々に会の“ような”形にはなり始めたものの、「会にしたい」とは長く言い出すことができませんでした。みんな子育てや妊活に忙しいし、なんといってもボランティアなわけです。「そんな面倒なこと、嫌だろうなぁ」と思って言い出せないまま、何かイベントをする時は手伝ってくれる仲間が、なんとなく固定化していきました。アメリカ(大使館)への道そんな頃でした。私が同性パートナーと子育てをしていることを知るゲイの友人と、くだらない話をしていたところ、彼がふと思い出したように「ねぇ、小野ちゃん。アメリカに研修に行くなんてどうよ?」と言ったのです。さして本気そうでもなかったし、子育てをするようになってから、私の狭い行動範囲はますます狭くなって、本当に半径数キロ以内で生活していました。海外どころか東京を出ることだってほとんどなくなっていて、アメリカに行くなど、あまりにも非現実的な話。だから「またぁ、夢を語ろう的なやつ?」と、気にも留めませんでした。それから数ヵ月後。その彼から「こないだ話した、アメリカの話。あれ、いけそう?」という連絡が来たのです。「ん?アメリカ?」と、すっかり忘れていた私に「ほら、こないだ話したじゃない。アメリカに研修に行く話!覚えてないの!? あの話に推薦しといたから、面接を受けてきて!」。へ?となる私に、彼は驚くべきことを言いました。なんと、アメリカの国務省が主催するIVLP(International Visitor Leadership Program)という研修プログラムに私を推薦したから、アメリカ大使館に行って面接を受けてこい、と言うのです!な、なんかえらいことになってる!?アメリカ大使館!?大使館なんて入ったこともないのに、しかも面接!?英語かな?英語だよね、大使館だもんね……。私の英語って、ディス・イズ・ア・ペン レベルなんだけど、面接受けられるの?っていうか、研修ってなに!?なんで私みたいなオバちゃんに、そんな大きすぎる話が!?っていうか、子どもは?仕事は?目を白黒させていると、間もなくアメリカ大使館の担当者から、面接の案内メールが届きました。覚悟を決めるしかありません。物々しい警備のアメリカ大使館に、一人で向かうことになりました。当日は、ものすごく厳しいセキュリティチェックで、アメリカ大使館の中に入るまでが、まず大変。アメリカ大使館に入るために横断歩道を渡るのでさえ、複数いる警備員に呼び止められるのです。「どちらに行かれますか?」、「どなたとお約束ですか?」といった具合。たかが数メートルの道を渡るのも大騒ぎ。横断歩道を渡ったら、今度は入り口のチェックでまた足止め。受付を通った後は、IDもケータイも全部預けなければなりません。大使館の中はもうアメリカそのもの。その雰囲気にがっつり飲み込まれました。職員に案内されて、部屋で待っていると、アメリカ人男性と日本人女性が現れました。堂々とした二人の様子に、こちらの緊張はピークです。まずは二人から、詳しい説明がありました。このIVLPというのは、アメリカ国務省が主催する、社会人向けの研修プログラムで、およそ3週間にわたり、アメリカ国内の企業やNPOを訪問し、視察するものだということ。研修テーマは多岐にわたり、私たちのチーム(どうやら複数の人間で視察に行くようでした)はHuman Rights、つまり“人権”がテーマであることも説明されました。あまりに珍しい状況に、緊張はピークであるものの、そもそもなぜ私なんかが呼ばれているのか全然分かりません。ただ、こんなところで面接を受けられているだけでも棚からぼた餅。通るはずもない面接だと思えば「まぁ、そんなに緊張することもないな」という気持ちが湧いてきました。こんな体験も、そうそうすることはないし、「ここは率直に話すまで」と思い、自分の家族のこと、LGBTファミリーについて思うこと、アメリカに行ったら知りたいことを話しました。一人でホームページを作っていた頃は、日本ではなかなか知ることのできないLGBTファミリーの情報に飢え、読めない英語を辞書を片手に、なんとか探しているような状態でした。アメリカに行けるようなチャンスがあるなら、LGBTファミリーについて聞きたいこと、知りたいことは山ほどあります。インターネットで見つけたLGBTファミリーの団体のこと。LGBTファミリーを扱った絵本が、いろいろあるらしいこと。さらには日本では入手できない、レズビアンのステップファミリーについての指南書があるらしいこと。LGBTファミリーのサマーキャンプがあるらしいこと。など、など、など。最後に、思い切ってこんな質問をしてみました。「なぜ、私のような専門家でもない普通の人間に、こんな面接のチャンスをくれたのか?」。すると、こう答えられたのです。「アメリカは今、同性婚で揺れています。この同性婚の問題は、家族の問題そのものです。ですから日本のLGBTファミリーの方に、今のアメリカの運動の様子を見てもらえたらと思って」。全米で同性婚が認められるようになったのが2015年6月のこと。その2年ほど前のことでした。(つづく)Composition:Yoshiyuki Shimazu
2019年02月02日地雷がどこにあるかわかれば、そこを避けて歩けばいいだけの話。見るからに「地雷!」と思うような人は地雷ではありません。一見ふつうに見えて、あとからじわじわおかしなところが目についてくるのが地雷男の特徴です。恋に落ちる前に気づきたい、地雷男のキケンな言動はコレ!■ やたらと友達に紹介してほしがる恋人が友達に自分を紹介してくれると、「あ、私って本命なんだ」と思えてうれしいものです。でも、呼んでもいないのに何かと女子同士の集まりについてきたがる男は要注意。女子の友達にも評判がよく、車で迎えにきてくれて「彼氏やさしいね!」と言われたりと、はじめは悪い気はしないはず。でも、このタイプは関係が悪くなると、彼女本人より彼女の友達に泣きついてまわりから攻める、モラハラタイプである可能性が高いんです。また、こちらの人間関係には入りたがるのに、自分の男友達には会わせてくれない場合は、彼女にマメさを見せつけて本人の浮気癖をカモフラージュしているか、そもそも友達がいないか……地雷の疑いは、さらに濃くなります。■ 彼女の有無を聞かれ「“今は”いない」と答える飲み会などで、雑談として「彼女とかいるんですか?」と聞くことはありますよね。ただ彼女の有無を聞いただけなのに、わざわざ「今は」をつけるのは、プライドが高く計算高いタイプかも。聞いた人に対する「モテない男だなんて思われたくない」という見栄、さらにその場にいる質問者以外の好みの女子に向けた見栄を隠しきることができず、空気も読めない。「今は、ってどういうことですか?」なんて女子がつっこんできてくれるのを待っています。自分が話の中心じゃないと機嫌が悪くなるタイプです。人の言葉の意味を素直に受け取らず、いちいち深読みをしてくるのもこの受け答えをする男性の特徴です。■ 「お金がない」と平気で言う自分に対して好意があるように見えない人が「俺、金ないから」というのは、本物の脈なしサインなので放っておけばOK。でも、好意を見せて誘ってくるくせにいざデートしたら「お金がないんだ」と平気でいう男は、すぐにバイバイして二度と会わないほうが無難です。女子の好意につけこむ、ヒモ体質の男かもしれません。なかには、既婚者なのにそれを隠して女子をデートに誘い、そのデートの場で「俺、嫁がきびしくて金が自由にならないんだ」と既婚であること、お金がないことをカミングアウトした最悪ケースも。ワリカン主義の男性が悪いのではなく、自分で楽しんだ分も自分で払う気がないのが問題です。実際に稼げるかは別として、平気で「お金がない」と口に出す時点で「この子には本気になってもらわなくてOK」という心境かもしれませんよ。■ 自分のカンを無視しないでどのケースも「ん?なんか気になるな」程度の、ささいな行動です。でも、踏んだだけならなにも起きないけど、足を離したときに爆発するのが地雷。つまり、地雷男が本性を現すのは別れのとき。地雷男につかまった女子は「そういえば時々、喧嘩すると普段からは想像もつかないような暴言を吐かれた」「気に入らないことがあると態度が豹変する」などのサインがあったといいます。「おかしいな?」という違和感があったなら、できれば付き合う前にフェードアウトしたいもの。わざと相手に冷められるような行動をとりつつ、振られるテイに持ち込むのが爆発物処理班(友人や、最悪警察など)を呼ばないコツです。(中野亜希/ライター)(愛カツ編集部)presented by愛カツ ()
2018年11月28日発達障害の感じ方の違いや生きづらさを、2分間で伝えるアニメUpload By 発達ナビ編集部2018年11月にNHKで放映がスタートした2分アニメシリーズ「ふつうってなんだろう?」。毎回当事者が登場し、自身の体験を元に発達障害のある人の感覚の違いやそこから起きる軋轢について、アニメーションで伝える番組です。NHKでは11月中旬から「発達障害キャンペーン」が始まりました。このアニメーションはそのキャンペーンの一つとして11日からスタート。総合テレビとEテレで随時放送予定です。発達障害のある人の困りごとをアニメで表現番組では、特性からの困りごとや生きづらさを抱えながら、前向きに生きる発達障害当事者が自分にとっての「ふつう」とは何かを語ります。その一人が落語家の柳家花緑さん。11日から始まった第1回では、文字を読むのが苦手という花緑さんが、学校での勉強は苦手だったけれど、耳から覚えた噺を語る落語家になった今、子どもたちに伝えたいこととは…?Upload By 発達ナビ編集部また普段の生活でも外出先で、さまざまな刺激を感じてしまうというフミヤさん。「ほかの人と感覚が違う」感覚過敏などの特性で悩んできました。一体、フミヤさんはどんな風に刺激を感じているのか、アニメーションならではの映像と音で描きます。アニメを制作するのは新進気鋭のクリエイターたち。毎回違う作風も、発達障害のある人の多様な世界を表現するのにぴったりです。Upload By 発達ナビ編集部「ふつうってなんだろう?」から始まるUpload By 発達ナビ編集部発達障害のある人の感じ方や行動は、定型発達の人とは違うこともあります。同じ発達障害のある人でも、その特性によって一人ひとり、多様で独特な感じ方をしています。そのことで、生きづらさを感じることもあるでしょう。ですが、違うことで生まれる摩擦を描くこのアニメシリーズを見ることで、「私にとっての「ふつう」は、誰かの「ふつう」とは違うかもしれない。」そんな風にも思えてきます。そして感じ方に「ふつう」も優劣もない、あるのは一人ひとりの違いだけ…。もしその違いから軋轢が生まれるとしたら、それを知った私たちには何かできることはあるのでしょうか?多様な人の感じ方やその人の困りごとを2分間という短い映像で見せてくれる「ふつうってなんだろう?」。発達障害のある人の、一人ひとりの声から、違いのバリエーションや困っていることも人それぞれと知ることもできます。ぜひ多様な世界の見方を、アニメーションを通じて、家族や周りの人と覗いて見てください。総合テレビとEテレで随時放送予定。番組詳細は以下のリンクからご確認ください。2分アニメシリーズ「ふつうってなんだろう?」NHK健康ch
2018年11月16日揺らぐ信頼と、増す苦しみ前回「つづく(正確には、続いちゃった)」と締めましたが……。続きません!本当は私たちの結婚式について書くつもりだったのですが、それどころではなくなってしまったのです。きっかけは、以前にも書いた、降って湧いたような “麻ちゃんの転職するかも騒動” でした。結局、転職話は立ち消えになったものの、「相談もしてもらえないなんて……」と思い、一気に落ち込んでしまったのです。そして、改めて身の回りを見れば、3人の子どもの育児に追われる生活は終わり(まだ1人、十分手のかかる子が残っていますが)、これまでのように “麻ちゃんと2人で協力して、なんとかしなきゃ” と気張る必要もないことに、気付いてしまいました。「これまでは、子どもがいたから家族っぽい感じだったけれど、そもそも夫婦でもないし、これからもずっと一緒にいると決まってもいない……」。そう思った途端、家の中の空気は冷え、自信を無くしていました。私って、信頼に値しない相手?長年かけて、獲得してきたと思っていた信頼は勘違い?相手にとって、自分がパートナーでいいのかなぁ?っていうか、面倒くさい女って思われてる?考えすぎて、麻ちゃんと “どう接していたか” も分からない有り様になりました。無駄な思考のループは勢いを増し、暴走を始め、ついには迷走し、ついでに瞑想し(ダジャレを言っている場合じゃないけど、やってみた)、さらにはヨガを始め、泳いでみたり、飲めない酒も飲んでみたり……したけど、スッキリしない!つまりこれは、3人の子どもたちを最優先にして、これまでパートナーとしっかり向き合った経験のなかった私たちに、“2人で生きていく” という課題が突き付けられた、ということなのです。“幸せは倍に、苦しみは半分に” なんてのは、2人の関係が良い時の話。噛み合わなくなった2人なんて、逃げ場がない分、苦しみが10倍に膨れ上がってしまいます。師匠に打ち明けた思いこうなったら、私が行くところはひとつ。パートナーシップの師匠、Taqさんこと大塚隆史さんが営む、新宿「タックスノット」というゲイバーです。Taqさんはアーティストであり、ゲイのパートナーシップについて、長年説いてこられた方です(伝説のラジオ番組「スネークマンショー」で、同性愛が全く理解されていなかった70年代から、ゲイのパーソナリティとして活躍されていました)。そして、私たちの結婚式を取り持ってくださった方でもあります。私がTaqさんを知ったのは、麻ちゃんと暮らすことになるか、ならないか、という頃。婚姻制度で結ばれない私たちが、パートナーシップをどう築けばよいのか、道しるべを探していた時に、Taqさんがミクシィで連載していた(元々はゲイ雑誌「Badi」で連載されていた内容だそうです)『トゥマン道場』に出会ったのでした。“トゥマン” というのは、万葉集で使われていた “つま” という言葉に由来するそうです。この “つま” は、妻ではありません。万葉の時代では、男女を問わずパートナーのことを “つま” と呼んでいたのだそうです。そして “つま” は、「とぅま」と発音されていたことから、Taqさんが同性同士のパートナーシップのことをトゥマンと命名し(ちょっとフレンチ!)、伝道されていたのです。Taqさんが『トゥマン道場』で語られていた言葉には甘えがなく、常にパートナーと共に生きていく覚悟を問うていました。「いつか王子様が病」から抜け出せない私には、電撃に打たれたような思いでした。幸せになりたいとか、愛されたいとか、パートナーシップってそんなことじゃ、全然ないんだ。自分が本当に望むものを見極めて、それ以外は切り捨て、主体性を持って選び取る。パートナーシップを築くということはどういうことなのか、初めて教わった私たちは、貪るように『トゥマン道場』を読みました。私は下戸なうえに、一応女性ですので、ゲイバーに一度も行ったことがありませんでした。同性カップルの迷子である私たちは、藁にもすがる思いでTaqさんと話をしたいと、3人の子どもを親に預け、麻ちゃんと緊張に震えながらゲイタウン新宿二丁目(正しくは、タックスノットは新宿二丁目と道を挟んですぐの新宿三丁目にあります)に向かい、タックスノットの扉を叩いたのです。ゲイバーという言葉からイメージされる、暗いバーカウンターの店を想像していた私たちの目に飛び込んできたのは、白い壁に煌々と眩しい電気。バーというには明るすぎる店内。そしてカウンターの向こうに、にこやかな笑顔のTaqさんがいました。ただただ「『トゥマン道場』の話をもっと聞きたい!」という、高ぶった気持ちでやって来た無知なヒヨッコレズビアンカップルを、温かく迎えてくれたうえに、私たちが子育てをしていることに、とても興味を持ってくださったのでした。当時、同性カップルで子育てをしていると言うと、LGBT当事者にさえギョッとされたり、「それって大丈夫なの?」と心配された時代です。なかなか言いにくかった子育てを、手放しに“良いこと”だと言ってもらえて、とても嬉しかったことを覚えています。それ以来、季節ごとに子どもを預けてタックスノットにお邪魔するようになり、カウンターに腰掛けては、たくさんのことをTaqさんや周りのお客さんから教えていただきました。私たちにとってはまさに師匠、迷った時の灯台のような存在です。だからこそ、パートナーシップに行き詰まったときは、ココ一択なのです。迷路の中の自分扉を開けるなり「どうしたの!暗い顔!」。初めて訪れた時と同じ、明るいTaqさんの声が飛んできました。「あぁ、みんなお見通しなんだなぁ」と、カウンターにつくなり、これこれこんなことがあり、あれが嫌だ、これが嫌だ、麻ちゃんから好かれているのか分からない、とブチまける私の話を、フンフンと聞いてくれていたTaqさん。「つまり小野ちゃんは、相談してもらえなかったことで、傷ついているのね」と言うと、「でもね……」と目を細めてこう続けたのです。「相手がこうしてくれない、ああしてくれないって言い出したら、それはもう終わりなんだけどね」終わり?その衝撃的な言葉に、目が覚めた思いでした。「そうか、終わることも、すぐそこにあるのか」、「いつのまに、こんなところにまで迷い込んでしまったのだろう」と、泣きたい気持ちでしたが、泣いている場合ではありません。大切にしてきたはずのパートナーシップを、私はいつのまにか、大切にしていなかったのです。私は話がしたくなるような相手だったでしょうか?話したい、聞いてほしいと思わせる態度じゃなかったと、初めて気が付きました。「パートナーシップは技術だ」と、Taqさんは言います。「自分を変えるとか、相手を変えるのではなく、お互いが心地良いと思えるような関係づくりの技術の獲得よ」というTaqさんの言葉が、くじけそうな自分の気持ちを、なんとか踏みとどまらせてくれました。そして、改めて気を引き締め直す日々が始まりました。Taqさんにも店のお客さんにも、「そこじゃない!」と言われたけれど、まずはダイエットから。2年前に大病をしてから「薬の副作用で太って、みっともなくなった」という思いがあったので、ここはまず、自分に気合を入れるため、痩せることに。そんなレベルなので、話したくなる相手になるには、まだまだ時間がかかりそうです。冷え切った空気は、なかなか回復しませんが、毎日が現在進行形で、試行錯誤中なのです。そんなある夜、狭い我が家の洗面所、洗濯機の前で麻ちゃんと話し合いました。お互いに泣いて、ともかく仲直りしました。根深い問題は、まだまだたくさんあるけれど、“1000回ケンカして、1000回大事なことを忘れかけても、1001回仲直りして” このまま続いていけるといいなぁ(これは、私の大好きな漫画『ハチミツとクローバー』の最終巻に収められている短編漫画『空の小鳥』に出てくるフレーズなのです)。それにしても、お互いが好きで、お互いに合わせるように努力してきたはずなのに、どこで食い違ったのか?その疑問だけは残っていました。そうしたところ、麻ちゃんがこんなことを言ったのです。「あのさ、ひとつ問題が起こった時、お互いのやり方に、お互いが合わせようとして、結局2人とも変えちゃうから、いつまで経っても距離が縮まらないんじゃない?」「な、なるほどー!そういうことだったのか!道理で、いつまでも近づけないな、と思っていました!」と、腑に落ちたのです。そして、この人のこういう頭の冴えわたったところが好きなんだよなあ、としみじみ思ったのでした。Composition:Yoshiyuki Shimazu
2018年09月04日ド直球と爆弾の沸点さて、前回は麻ちゃんとの出会いのお話でしたが、その後すぐに “どうにかなった” わけではなく、しばらく “それきり” でした。会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ち。もし麻ちゃんを好きになってしまったら?私は、自分のセクシャリティと本格的に向き合わなければなりません。それは果たして“正しいこと”なのか?そして自分が“乗り越えられること”なのか?判断を迫られるのです。そもそも “ありのままの自分なんてものが、存在するのか?” という問い。みんな多かれ少なかれ、世の中に合わせて生きているのだから、“我慢すべきことじゃないのか?” という問いも……。そんな思いが胸の中でぐるぐる回っていました。麻ちゃんと、何度かのメールのやり取りの後、軽くお茶でもしましょう、という話になりました。絶賛 “孤育て” 中だった私は、もちろん子ども連れ。その日は大雨で、ベビーカーにレインカバーを掛け、ビショビショになりながらの外出でした。子どもが生まれてから、ついぞ行くことのなかったカフェで待っていると、ツートンカラーが進行し、毛先だけが銀髪の麻ちゃんが現れました。照れ臭いやら、緊張するやらで、ぎこちなく話し始めたものの、子どもがいては雰囲気も何もあったものじゃありません。でも、子ども好きな麻ちゃんは、苦にしないどころか、むしろ子どもに夢中。私など眼中にない様子で、「子連れは嫌がられるかな……」と思っていただけに、逆に救われた思いでした。これって、どういうことなの?私は基本的に鈍く、不粋なもので、色恋の駆け引きというものができません。はっきりと言われないと分からない女なのです。そこで「ココは聞くしかない!」と、こんな球を投げてみました。「私、あなたのことが好きなんだけど、私のこと、好き?付き合ってもいいと思う?」ド直球、ストレート!こんな聞き方、普通はないですよね。アホでしょうか?しかし、それに対する麻ちゃんの回答は、極めて殺傷力の高い “爆弾” でした。「うーん、好きかと言われたら、まだ好きじゃないかなー」そう淡々と言いました。さらに続けて、こう言ったのです。「あと、ついでに “好き” とか言うのはさ、一生に3回くらいなものだよ。最初と、死ぬ時と、あともう1回くらい」なんなのでしょうか?“脈アリ?” と期待する女心を瞬間冷凍して、なんなら釘でも打とうか、というご回答。いっそ清々しいほどです。つーか「好きとか言うのは一生で3回」って!?「あの~、今、21世紀なんスけど。アンタ、武士ですか?いつの時代からタイムスリップを?」。一体、なんの悪い冗談なのか?覚悟を決めて聞いてみた私の、この見事な吹き飛びぶりを分かっていただけますでしょうか?その後もペースを乱されたまま、私たちはプラトニックな関係を続けていました。「まあ、それはそれでいいのかもしれない……」などと思っていた時でした。麻ちゃんが次なる爆弾を炸裂させました!「そろそろ、してみてさ、それによって付き合うかどうか決めたいなー」まるで、いいことを言ったかのようなさわやかな笑顔で、そう言ったのです。1970年代生まれの女性としては、さすがに「婚前交渉は……」などとは言いませんが、男性ともお付き合いしましょうという前にベッドインしたこともないし、当然女性とそういう関係になった経験もありません。そもそも、それって、“いいことかどうか、分からないなあ……” とすら思っている私にですよ、付き合うかどうかも分からないお試しセックスを!しようと!え?服の試着をするような気軽な調子で持ちかけていらっしゃる!アナタ!!ちょっと!!!ま、そんなことを言いながら、結局そこで、私は話にのったわけです。だって「もしかしたら、女の子も好きなのかも?」と、ずっと悩んできた私に巡ってきた、千載一遇のチャンスです。「ここを逃したら、もうこんな機会は一生来ないかも!」。そんなわけで、乙女ぶりたい気持ちはグッと堪えて、清水の舞台から飛び降りました。この時、罪の意識やら常識やらは吹き飛び、完全に “のるかそるか” の度胸試しでした。ついでにもう、この際ぶっちゃけますけど、それもですよ、私、女性は未経験だって言っているのに、先攻を譲られたわけですよ!やり方、知らねぇわ!光はどこだ?初体験を経て納得したのか、麻ちゃんはようやく付き合おう、と言ってくれました。ところがウキウキとお付き合いを始めたものの、徐々に関係性が曇ってきました。原因は私の罪悪感。この頃、まだホモフォビア(同性愛嫌悪)の気持ちを、根強く持っていたからです。例えば、誰かを好きになる時、その人を好きになろうとして好きになれるでしょうか?恋愛においては、まぁ滅多にないですよね。また「なぜ異性を好きになるか」なんて考えますか?考えませんよね。それは私も同じです。私はたまたま男性だけでなく、男性のような女性も好きになりますが(女性らしい女性を好きになったことは、まだありません)、「女を好きになろう」とか「男を好きになろう」とか思っているわけではなく、たまたまいいなあと思う人が、男だったり、(一応)女だったりするのです。セクシャリティは、人が選び取れるものではない。この頃の私は、まだそのことには気づいていませんでした。同性愛は禁忌だと考える家で育った私の “ホモフォビアの大嵐” と、麻ちゃんが時折投げつけてくる爆弾による “火炎地獄” 。それは戦いの連続でした。ストレスはやがて身体に出るようになり、疲労も重なって目眩がひどく、平衡感覚を保てなくなりました。気がつくとビルの屋上から下を眺めていることもありました。「子どもがいるのだから、なんとしても生きなくては」と思い、この頃は「生きてかないと」が口癖でした。そうして何度も何度も考えるなかで、「私は麻ちゃんが好きで、麻ちゃんも私が好き。なのになぜ、これほど苦しまなければいけないのだろう」と思ったのです。まぁ、麻ちゃんが “爆弾魔” なのは置いておくとして、“ホモフォビアの大嵐” を起こしているのは、少なくとも私です。本当に同性愛とは “正しくない” ものなのか、少しずつ考えたのです。そして死ぬくらいなら真正面から向き合ってみよう、そんなやぶれかぶれな気持ちに至りました。この時期、周りにいてくれた友だちには、感謝してもし尽くせません。相談や議論に何度も付き合ってくれて、時に堂々巡りを続ける私を、放り出さずにいてくれた友だちのおかげで、三歩進んでは二歩下がりながらも、理解を深められました。長い長い時間をかけて、光射す方へ進み始めたのです。やがて麻ちゃんの娘も、時折わが家に遊びに来るようになりました。子ども同士すっかり仲良くなって、「なんで今日帰っちゃうの?」というやり取りが繰り返され、麻ちゃんもまた、ファンヒーターの石油も買いに行けない私の生活力の無さに、半ば呆れて同居を申し出てくれました。なのにまだ “ホモフォビアの大嵐” から抜け出せていない私は、「ご近所の目が!」とか、「学校に言えない!」とか、心配性を爆発させて同居の申し出を断る始末。でも同時に、いつのまにか麻ちゃんと娘がいない家の中は、静かで物足りないと感じるようになっていました。お泊まりが増えていき、1泊が2泊になり、やがて同居となったわけですが、暮らし始めてみると、今度はステップファミリーとしての悩みが次々に浮上し、それからの人生、いつも大騒ぎでした。こじれにこじれた娘との関係、2人の息子、麻ちゃんの元旦那や両親、そして私の両親……。その経緯はこれまでに書いてきたとおりです。そんな大騒ぎの生活を始めて3年ほどが経った頃、私は思いついてしまったのです。「なにか、この暮らしを始めたというケジメのようなものが欲しい」。その思いは日増しに強くなっていきました。(続いちゃった)Composition:Yoshiyuki Shimazu
2018年08月04日「『ふつうじゃない 2020 展』〜スポーツの価値を再発見する19日間〜」が、2018年8月8日(水)から26日(日)まで、東京ミッドタウン日比谷にて開催される。東京五輪の競技・種目&アスリートの“力”を楽しく学ぶ体験型イベント“「ふつうじゃない」って、最高だ。”をテーマに開催される本イベントは、東京2020オリンピックおよびパラリンピックの競技&種目、また出場するアスリートについて、遊びながら楽しく学ぶことが出来る体験型の展示イベント。君は引き抜けるか?「エクスカリバー背筋力測定」などユニークな展示期間中は、2年後に迫る東京オリンピックの空気を一足先に感じられる展示の数々が用意されている。例えば、中世の騎士道物語『アーサー王物語』に登場する伝説の剣の名を冠した「エクスカリバー背筋力測定」は、300kgを超える重さの剣が持ち上がるかどうかを試すことで、アスリートの驚異的な背筋力を実感する、というユニークな展示。バレーボール選手のジャンプ力、ラグビー選手のスクラムパワーを体感そのほか、バレーボール選手のジャンプ到達点(3m55m)にあるボタンを見事押すことが出来れば、冷えたコカ・コーラが出てくる「バレーボール自販機」、ラグビーにおけるスクラムのパワーを巨大分銅で体感する「ラガーマン分銅」、正拳突きの威力だけでLEDロウソクを何本消せるかチャレンジする「カラテ・キャンドル」など、計19種類の“ふつうじゃない”展示が楽しめる。また、会場にはアスリートの巨大バルーンがシンボルモニュメントとして設置されるほか、棒高跳びのバーを使用した出入り口ゲート、タータンなどの競技場素材を使用した装飾など、東京2020大会をイメージした様々な演出が予定されている。開催概要「『ふつうじゃない 2020 展』〜スポーツの価値を再発見する19日間〜」開催期間:2018年8月8日(水)〜8月26日(日)時間:11:00〜19:00※荒天時(雨天・強風の場合)は中止。※8月8日(水)はオープニングイベントのため、12:00頃オープン予定。会場:東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場入場料:無料
2018年07月15日私は中高大10年間を女子校で過ごしました。仲良しの同級生たちとは12歳からの付き合いで、お互いのあんなことやこんなこと、何でも知っている関係。一番気の置けない仲間であります。それぞれ仕事を頑張っていたり、子どもがいたりで頻繁には会えませんが年に数回は集まっています。先日も今年初の会合がありました。今回のメンバーは総勢12名で、そのうち独身は6名。世間では40歳女性の独身の割合は19%だそうです。それに比べると、この会合の独身率50%という数値はもう致命的。しかも全員彼氏すらいない。あ、でも40歳独身で彼氏がいる方が珍しいのかもしれませんね。しかし今回驚いたのは、私以外のみんながマッチングアプリなるものを使っていることでした。ネットで誰かと知り合うということは、どんな呼称であろうと私にとっては『出会い系』であり、犯罪の温床というイメージしかないのです。それをみんなが普通に使って、しかも実際にデートまでしているというのだから、もう繭子びっくり。では実際に使ってみてどうかと尋ねたところ、45歳というわりには老けているなと思ったら本当は54歳だったとか、待ち合わせに指定された店をネットで調べたら『コスパ抜群!』と書いてあった上に割り勘だったとか、実はうつ病だという長文メールが送られてきたりとか、何だか良い話は一つも聞こえてこない。それでも、みんな次こそはという希望をもって、そのアプリで自分に合う相手を探しているそうです。それと同時に結婚相談所に登録したり、街コンに参加したりとみんなは結婚するための努力を怠っていない。それに比べて私は「恋したーい、結婚したーい」と言っているだけで何の努力もしていないではないか。ああ、これは本格的にまずいぞ。でも友だちが結婚相談所で「デブとハゲだったら、どっちがいいですか?」と訊かれ「どっちもイヤです」と言ったところ「そのお考えでは無理です。もう40歳ですから」と厳しく諭されたと知って、心底恐ろしくなりました。私の結婚相手って、もうデブかハゲの二択なの?みんなに「でも私の周りにデブでもハゲでもない独身男子もいるけどなあ」と言うと「その人たち、40代のばばあには興味ないから」と釘をさされしょんぼり。厳しい現実を突きつけられたアラフォーの会でありました。しかしその夜、パリにいるフランス人青年オスカル(26歳)から「Hey, My sweetie Mayuko」とメールが届き、やっぱりまだまだ甘い恋がしたいと思ってしまう40歳なのでありました。Written by 西山繭子
2018年06月10日デキちゃった結婚!今では授かり婚や子宝婚とも言いますよね。昔と違い今は多様化する結婚の形に寛容になったこともあります。 でも、統計ではデキちゃった結婚をしたカップルのうち5年以内に離婚をするカップルは80%にも上っているのだとか。その理由は、男性側の後悔にあるみたいなんです。今回は、5年以内に離婚する確率80%!デキ婚を後悔する男性の本音についてお届けします。奥さんの事を良く知らないのに・・・付き合ってすぐに子供ができちゃったというパターンのデキ婚では、「奥さんの事を良く知らないのに」と悩んでしまう男性も多いようです。お見合い結婚みたいな感じでお互いに結婚してから歩み寄るパターンもありますが、子供が出来てしまうと生活の中心が子供になります。お互いの価値観を理解して擦り合わせる時間もなくお父さんお母さんになってしまうことに戸惑いを感じてしまう事もあるようです。子供中心の生活になる子供が出来て子供中心の生活になると、付き合っていたころとは雰囲気が変わります。どうしても旦那さんのことは子どもの二の次に。そうなるとその態度に男性はガッカリして「こんなはずじゃなかった」と後悔してしまうみたい。 中には「子供を作りたいために結婚したんだな!騙された」と怒り出す困った男性も。妊娠中にセックスしなくなりそのままセックスレスになるまだラブラブ真っ盛りのお付き合い中に妊娠してデキ婚すると、旦那さんがセックスしたいと思っても赤ちゃんがいるのでセックスできないという事態に陥ります。新婚期間中にセックスできない状況が続き、出産後は子育てに追われセックスから遠ざかり、そういったセックスレスが原因で離婚に発展してしまう夫婦も多いとの事。また、奥さんとセックスでない事から他の女性と浮気をしてそれがバレて離婚というケースもあるようです。自覚がもてない自分の意思で「結婚しよう」とプロポーズをしたのと違い、「子供ができたから・・・」という思いを引きずっている男性もいるようです。結婚してパパにもなったのにまだ自覚が持てず、どこか他人事のように感じています。まだ独身でいたかったなどと責任逃れ的な発言をして離婚したいと言い出す男性も多いと聞きます。デキ婚をして幸せいっぱいの家庭も沢山います。二人の間に出来た子供でも、妊娠して出産を経験する女性と違って男性の体には何の変化も起こらないので、パパの自覚が芽生えにくいということもあるのかもしれません。とはいえ女性には女性の苦労、不満、後悔があるように、男性にもあるということを知っておいてもいいのかもしれません。written by 亀ぱんだ
2018年01月04日普通のおばあちゃんなのに、なぜか応援したくなる。おざわゆきさんの『傘寿まり子』は、そんな80歳のおばあちゃんを描いた作品です。ひょっとしたら、現代に生きるおばあさんのことを誤解していたかもしれない。おざわゆきさんの『傘寿まり子』を読むと、反省の意味も込めてそんなふうに思ってしまう。「私の周りには母を含めて高齢の方がわりと多く、仲間みたいな感じで接していたので想像しやすかったんです。今のおばあさんは昔と違ってどんどんおしゃれになっていますし、気持ちも若くなっている。そういう意味でも、より多くの方が興味を持ちやすいテーマかなと思いました」おざわさんいわく「達観しつつ、欲もある」のが現代のおばあさん。「80代にもなると、高齢者という意識を持ち始めてから長い年月が経っています。人生どうなるかわからない不安を散々経験しながら、かといって自分のやりたいことも捨てきれないんじゃないかって思うんです」80歳で作家のまり子さんは、4世代同居で居場所がなくなり、家出を決行。一応仕事があるので、ひとりでも暮らしていけると高をくくっていたが世間はそう甘くない。それでもめげずに自らの足で立っていこうとするのだが、見ず知らずの人を無闇に信じることが難しい世の中でバカ正直なくらい人を信じ、結果、人とつながっていく様が気持ちいい。「絶望的な状況に陥ったとしても、それを真正面から受け止めず、うまい具合に回避して、自分なりに解決できる方法があるかもしれない。まり子さんはひとつずつこういうふうにやり過ごしているんだ、と思ってもらえるように描いています」聖人でもスーパーおばあちゃんでもないまり子さんを応援したくなるのは、希望的観測も含め未来の自分と重ね合わせてしまうからなのか。「たとえば30年後の私は、今の私がシフトするだけで中身は変わっていない気がします。高齢者という名前になっても私は私であり、最後の瞬間まで自分の人生なんですよね」『傘寿まり子』80歳のベテラン作家・まり子さんが、家出をしてネットカフェに居座ったり、初恋の人と同棲をしたりしながら、人生を切り拓いていく勇気溢れる物語。講談社各580円おざわゆきマンガ家。母親の戦争体験をモチーフにした『あとかたの街』(全5 巻)と『凍りの掌 シベリア抑留記』で第44回日本漫画家協会賞コミック部門大賞を受賞。※『anan』2017年8月2日号より。写真・水野昭子(本)インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2017年08月01日1937年、空を旅するパイロットのために作られたサングラスで一躍その名を広めたレイバン(Ray-Ban)。そんなRay-Banは、今年でブランド誕生80周年。80周年を記念して「80人の旅する理由」をまとめた『80人のミュージシャン&クリエイターが思う、旅する理由。』を発売。さまざまな旅のカタチから、自分らしい旅を見つけることができる一冊になっている。旅のメインナビゲーターは夏フェスでも抜群の集客力とおしゃれさを誇るCERO、MGF、Awesome City Club、D.A.N。ひと味違う旅指南の小宮山雄飛、谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ)、石野卓球(電気グルーヴ)の、ミュージシャン8組。それぞれ個性的で、その一挙手一投足に注目が集まり、SNS等を通じた拡散力のあるインフルエンサーばかり。旅ファッションページにはラブリ、旅コラムにはそのラブリと圧倒的なフォロワー数を誇る蒼井ブルーが書き下ろし。そのほかのサブコンテンツも、ヨシダナギ、AOIといた旅のスペシャリストや、今をときめくクリエイターたちが、「もう一度行きたいBEST SPOT」紹介や、大沢伸一、Colliu、メイリンなどによる「旅心を駆り立てる音楽案内」、平野太呂、ジェリー鵜飼、小鳥遊しほなどの選んだ僕らの「旅に欠かせない必需品」ガイドと充実。BRUTUS、LEON、CREA、OCEANS、GINZA、sweet、FRaU、Safariという著名雑誌編集長8名が旅に行きたくなる時、旅に行きたくなる1冊について語るなど、旅心を誘うコンテンツが満載の1冊。それぞれのクリエイターたちが選んだ旅に欠かせないレイバンサングラスセレクションも。「80人のミュージシャン&クリエイターが思う、旅する理由。」80人のミュージシャン&クリエイターが思う、旅する理由。produced by Ray-Ban【発売日】2017/7/10(月)【定価】 本体648円(税抜)【販売】 全国書店にて旅する理由。「旅=日常から離れた場所で過ごす時間。いつもとは違う景色を見て、いつもとは違う空気や匂いに触れ、いつもとは違う何かを感じること。それらを経験する“旅”を通して、僕らは新しい刺激を受け、忘れていた何かを思い出し、一歩進んだ自分に出会います。自分らしくいるために。繰り返す日常から抜け出してみませんか?Ray-Banは、旅するすべての人を応援します。」
2017年07月04日アディダス オリジナルス(adidas Originals)の2017年秋冬コレクションより、新スニーカー「SUPERSTAR 80s DECON」が登場。アディダス オリジナルスショップおよびアトモス各店にて、2017年6月22日(木)から発売される。今回展開される「SUPERSTAR 80s DECON」は、アディダス オリジナルスの中でも最もアイコニックなスニーカー「SUPERSTAR 80s」に上質なデザイン性を取り入れたモデル。アッパーには縫い目のない一枚皮のレザーを使用し、スリーストライプスはレーザー彫刻で表現。そしてつま先部分には、シェルトゥを合わせた。カラーはランニングホワイトとコアブラックの2色で展開される。【詳細】SUPERSTAR 80s DECON発売日:2017年6月22日(木)価格:20,000円+税カラー:ランニングホワイト、コアブラック取り扱い:アディダス オリジナルスショップおよびアトモス各店【問い合わせ先】アディダスグループお客様窓口TEL:0570-033-033 (土日祝除く、9:30〜18:00)
2017年06月22日もし、今の彼との間に子どもができたらどうしますか?結婚して退職しようと思ったあなた、もっとよく考えた方が良いですよ。今回は、デキ婚による退職についてお話します。日本はデキ婚率25%→離婚率80%「デキ婚」は、「授かり婚」や「おめでた婚」などと呼ばれることもありますね。でも、「デキちゃった婚」はあくまで「デキ婚」であり、「作っちゃった婚」ではありません。予期せぬ妊娠をして、そこで初めて結婚するかどうかの選択を迫られるという状況は、やはり順番が逆だと言えます。でも、あるデータによると日本の夫婦は約25%がデキ婚で、そのうち約80%が5年以内に離婚しているそうです。これは二人の交際期間や結婚に対する意識によっても大きく差が出ますが、結婚してから出産するまでの“二人が夫婦になるための時間”が少ないことも大きな原因だと考えられます。水商売や風俗を選ばざるを得ない可能性デキ婚でなくても離婚の可能性はありますが、“デキ婚は離婚する確率が高い”という事実から目をそむけることはできません。それは、デキ婚したあなたが数年後にシングルマザーとして一人で子どもを育てているかもしれない、ということです。それなのに、そんな簡単に退職を決めてしまっても良いのでしょうか?シングルマザーの就活は本当に大変です。あなたの親御さんは、子どもが熱を出したときにお迎えに行ってくれますか?残業や休日出勤はできますか?子どもの学校行事のときは休みますか?実は、これらは就活の際に面接官が質問してくることです。就活に苦戦した挙句、仕方なく水商売や風俗を選ぶシングルマザーは少なくありません。今の職場で産休や育児休暇が取れないなら、デキ婚は避けた方が良いでしょう。離婚してから「子どもがデキなかったら結婚しなかった」と言うことがないように、くれぐれも用心してくださいね。
2017年05月23日アディダス オリジナルス(adidas Orignals)は、80年代に発売したモデルからインスパイアされた「Superstar 80s」から、ÉDIFICE/IÉNAと共同開発したモデルを発売する。真っ白なアッパー、チョークホワイトのシェルトウやミッドソール、ライニングにはカードボードブラウンを覗かせて、3色のコントラストを楽しめる一足となっている。2017年2月18日(土)からÉDIFICE/IÉNA各店およびにて先行発売し、その後アディダス オリジナルスショップ一部取扱店、アディダス オンラインショップにて発売開始。adidas Originals for EDIFICE/IENA【先行発売日】2/18(土) ÉDIFICE/IÉNA 各店舗、ÉDIFICE ONLINE、 IÉNA ONLINEにて先行発売【発売日】3/4(土) アディダス オリジナルスショップアディダス オンラインショップにて発売【自店販売価格】¥16,000(税抜)
2017年02月16日俳優トム・クルーズ(54)の母メアリー・リー・サウスさんが80歳で死去した。葬儀は先週末、メアリーさんの暮らしていた地域にあるサイエントロジーの教会で行われたとピープル誌が報じている。葬儀にはトムをはじめ姉妹のリー・アン・デヴェッテ(57)、キャス・マポーザー(55)、マリアン・ヘンリー(52)、そして親しい友人や親族らが参列していたという。メアリーさんは1974年にトムの実父トーマス・クルーズ・マポーザー3世と離婚し、トムが16歳であった1978年にジョン・"ジャック"・サウスさんと再婚した。メアリーさんは以前、トムが高校時代にミュージカル『ガイズ&ドールズ』を演じた後、演劇に対する情熱をメアリーさんとジョンさんに語ったことから、俳優になる夢を応援したと語っていたことがあった。「その演劇の後、トムは家に帰ってきて私、そして夫と話がしたいと言い出したの」「そして私たちにショービジネス業界にチャレンジする時間を10年間くださいと言ってきたのよ」「トムは『僕が本当にやりたいことだって感じるんだ』って言ったの」「だから私たちは心の底から応援することにしたわ。神様から与えられた才能だと感じていたし、彼が夢中になることをやってみるべきだと思ったからね」「簡潔に話すと、私たちが応援したあとはみなさんのご存じの通りよ」その後、メアリーさんとジョンさんは2012年に離婚し、ジョンさんは2015年に慢性閉塞性肺疾患でこの世を去っている。また、ある関係者はトムとメアリーさんがとても親しい関係を築いていると以前明かしていたことがあった。「トムとメアリーさんはとても親しい関係ですよ。彼の人生の中でメアリーさんは大切な存在ですからね」(C)BANG Media International
2017年02月15日グランド ハイアット 東京 3階のグランドホールルームにて12月28日、懐かしの80年代ミュージックを深夜まで堪能できるイベント「We love 80’s Disco」が開催される。今日でもドラマやCM、カバー曲などで誰の耳にも馴染みのある80年代のヒットチャート。同イベントでは、青春時代を過ごした大人から若い世代までが、日本のみならず世界的に大ヒットを記録した名曲ぞろいの80年代のナンバーを深夜まで楽しむことができる。大好評に終わった前回に引き続き第3弾となる今回のDJを務めるのはOSSHY。30年以上のキャリアからなるオールラウンドの繊細なDJプレーで今なお最前線で活躍する80年代ディスコ・ムーブメントのパイオニアによるパフォーマンスで懐かしのナンバーを堪能しよう。また、同イベントの参加者限定で宿泊料金を特別価格で案内するサービスや、館内のすべてのレストランやバーを10%オフで利用できるサービスなども実施される。【イベント情報】「We love 80’s Disco」会場:グランド ハイアット 東京 3階 グランドホールルーム住所:東京都港区六本木6-10-3会期:12月28日時間:20:00~深夜(最終入場は23:30)料金:1万3,000円(フリードリンク・スナック付き)
2016年10月28日