マタニティ期間の苦悩私には11月末生まれの長女と、1月生まれの次女がいます。長女は2歳1カ月でお姉ちゃんになりました。マタニティ期間に大変だったことは、長女を抱っこできなくなることでした。当時1歳半の長女はまだあまり歩けず、抱っこをせがまれることがよくありました。 けれど私は貧血で通常の暮らしもつらいときがあり、抱っこしてあげたり、してあげられなかったり……。おなかが大きくなってからは切迫早産の不安があり、まだ小さい長女が満足するまで抱っこしてあげることができませんでした。 0歳と2歳の育児はドタバタ次女誕生後、ちょうどトイレトレーニングをしていた長女。トイレの間隔が短かったので、次女のおむつ替えや授乳などをしているときでも、「トイレ!」となることが多く、あっちこっちにお世話をしにいかなければならず、体力的に大変でした。 また、長女は3歳まで夜泣きがあり、授乳で泣く次女に母乳をあげながら泣くので、1年間は夜にあまり眠れませんでした。 2歳差と3歳差の大変の違い私の周りで言われていた「3歳差は大変」は、行事が重なることや金銭面で一度にお金が出るという部分が大変という意味でした。 2歳差は行事や支出はタイミングがずれますが、まだ自分のことを自分ですることができない、うまく気持ちを伝えられない時期の2歳の長女と、何にも自分でできない0歳の次女との生活は忍耐と体力がかなり必要でした。愛情を持って接していましたが、私自身も毎日がいっぱいいっぱいになり、イライラしがちでした。 眠れない日々が続いたときは、2歳差で出産したことを後悔するときもありました。けれどもそれは2歳差だからではなく、子どもの性格にもよるものも大きく、同じように出産した友人とはまったく悩みが違い、何歳差だから良いとかラクというのはないんだと気がつきました。金銭的なことは予想できますが、育てる際の大変さは何歳差であろうとしてみなければわからないと思いました。 原案/横山まい作画/やましたともこ監修/助産師REIKO
2020年08月14日妊娠判明と同時に起こった不調の1つに、強い腹痛がありました。医師からは「卵巣が腫れていますが、経過観察で問題ありません。妊娠初期ということもあって痛み止めの薬も処方できません。大変ですが、耐えてください」とのコメント。つわりと相まってつらかった妊娠初期の体験です。 妊娠判明、そしてつわり私が妊娠に気が付いたきっかけは、強い倦怠感でした。少し動くだけで立っていられないほど疲れてしまい、これはおかしいぞと思ったことを覚えています。月経も少し遅れていたので妊娠検査薬を使うと、しっかり反応が。入籍から半年、そろそろ子どもが欲しいねと夫と話していたころだったのでとてもうれしかったです。妊娠判明からほぼ同時期につわりの諸症状が起こり始めましたが、つらいものの耐えられないほどではありませんでした。「妊娠は病気じゃない」の意味つわりも吐き気やめまいなどでつらかったものの、デスクワークの仕事ができないというほどではありませんでした。でも、腹痛はまっすぐに歩けなくなるほどの痛み。椅子に座っていることもできず、仕事を早退したり、休んでしまう日が続きました。もちろん家事などまったくできません。体調の悪さからメンタルも弱っていき、次第に自分がダメな人間だと感じるようになっていきました。しかしそのとき、職場の上司から掛けてもらった一言に救われました。 「妊娠は病気ではないというのは、医師や他人が治すことができない、あなたが安静にするしかないということ。仕事も家事もしなくていい。つらいときは休みなさい。申し訳ないと思わなくていい」 上司から掛けてもらった言葉と理解ある同僚に助けられ、早退と欠勤を繰り返しながらもどうにか妊娠初期を乗り越えました。妊娠13週を過ぎたころ、つわりも腹痛も次第に治まっていきました。 それからも妊娠期間中、しばしばマイナートラブルに見舞われることがありました。そのたびに「妊娠は病気じゃないから、私が私とおなかの赤ちゃんを第一に考えた行動をしよう」と心がけ、無理のない妊娠生活を送ることができました。腹痛はつらかったですが、何かと無理しがちの私にとっては必要な経験だったと思えました。 原案/かねこゆかり作画/やましたともこ
2020年08月12日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 保育園の夏まつり会場で最近のキラキラした浴衣や装飾品に目を奪われた私。 恐る恐る、人でごった返す園の中に入って行きました。当時の園の夏まつりは園児の家族以外にも、近所の人たちなのか、はたまた保育園の先生になりたい学生さんたちとその彼氏なのか、明らかに園児の家族でも、保育園の先生でもない若さ溢れる団体も遊びに来ていて本当にすごい数の人がせまい園内に所狭しとひしめき合っていました。 園の出し物なので、人混みの中でも目立つような高い位置に看板があるわけでもなく、何が何だかもう意味が分かりませんでした。これってN子は楽しいんだろうか?と疑問に思い、N子の様子を伺ってみると、パピーちゃんに抱っこ紐で抱っこされながら、いつもと違う保育園の様子に驚いた様子で抱っこ紐の隙間からじぃ〜っと無言で何かを眺めていました。 ていうか、帰りたい……と思いました。(しつこいようですが先生ごめん!)(※このお話は、現在小学校3年生の長女N子が0歳児だった頃のお話です。) <つづく> イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年08月12日出産したら誰でも母乳が出るようになると勘違いしていた私。授乳でこんなに苦労するとは思いませんでした。特に「完全母乳」を目指していたわけでもない私が、母乳育児に力を入れている産院に入院したことから、大変な授乳生活がスタートしたのです。 出産後すぐに始まった授乳訓練2日間の徹夜の末、ようやく生まれたわが子。人生最大の大仕事が終わったと思ったのもつかの間、2時間ほど眠ったあとすぐに母乳をあげる練習が始まりました。 出産前に助産婦さんから「乳首を耳たぶくらいまで柔らかくしてね」と言われて毎日マッサージはしていましたが、まだまだ固くて赤ちゃんにじょうずにくわえてもらうことができずにいました。 出産して3日目の朝、お医者さんに「赤ちゃんの体重がちょっと減り過ぎているね」と指摘され、ひどくショックを受けたのを覚えています。母親として初めての「ごめんね」3日目から搾乳もすることになり、一度の授乳に1時間もかかるようになっていました。乳首のマッサージのあと、左右5分ずつの授乳。体重を計り、何g飲めたのかを助産師さんと確認。私は10gも飲ませることができませんでした。そのあとは搾乳です。 後ろから聞こえるわが子の泣き声。早く抱っこしてあげたいのにできない自分が無力でした。授乳室から部屋へ戻る病院の暗い廊下で、思わず涙が。泣いている私をキョトンと見つめる娘。私の顔をじーっと見つめて、「泣かないで」と言っているような、初めて心を通わせた瞬間でした。 足りない分は育児用ミルクで補おう退院してからも授乳と搾乳を繰り返していましたが、乳首はもうヒリヒリと痛く、授乳の時間がとてもつらく感じていました。 そんなとき、親戚の叔母さんに言われた一言で完全母乳をやめる決心をします。私が母乳が思うように出なくて悩んでいると伝えると、「足りない分はミルクを足したらよかたい。子育ては今だけじゃなかとよ。これからずっと続くとけん」と言われ、勝手に思い込んでいた「母乳で育てなくては」という呪縛から解放されて、ようやく肩の荷が下りたのです。 母乳も育児用ミルクもどちらも「授乳」。母乳育児のこだわりを捨てると、子育てがうんとラクになりました。初めての子育ては不安や苦労も多く、楽しむことをつい忘れがちになっていたなと思います。そんなときは、周りの意見に耳を傾けてみることで気持ちがラクになるんだなと実感しました。 原案/吉田はな作画/やましたともこ
2020年08月08日田舎で生まれ育って嫁いだ義母は、しきたりや慣習、常識をとても大切にする人。結婚が決まった際も結納、結婚式に呼ぶ親戚などいろいろと口出しが多く、特にこだわりのない私の実家は義母の言いなりでした。冠婚葬祭は人生の節目で大事なことだと思ったので義母の「常識」に合わせたのですが、親戚付き合いするなかで納得できないことも多々ありました。「うどんが出ない」事件結婚したあと間もなく義母のお姉さんのご主人が亡くなり、私もお通夜と葬儀に参列しました。それまであまり親戚の立場で葬儀に出たことはなかったのですが、葬儀場でおこなう一般的な葬儀だったと思います。 その後、義母は新盆にお線香を立てに行ったそうなのですが、あるときわが家にきて夫と話している内容を聞くと、「新盆にうどんが出なかった」とご立腹でした。なんでも、義母の住んでいる地域では新盆に親類が訪ねてきたらお昼にうどんを出すのが常識なんだとか。 義叔母の嫁いだ地域ではお昼ごはんまでは出さないようで、昼食をごちそうになれずに追い出されたと怒っていたようです。その地域によってならわしは違うだろうに……と呆れてしまいました。 「金額が足りない」事件わが家に長子が生まれたとき、義姉夫婦がお祝いをくれました。義姉夫婦は遠方に住んでいてお酒が好きなので、私たちが住んでいる地域の地酒をお返しに贈ることに。「お返しはもらった金額の半返し」というのは知っていたのですが、さほど気にせずに金額よりも義姉の好みに合いそうなお酒を夫と相談しながら選び、贈りました。 すると、義母から「お返しの品の金額が足りない」と苦言の電話が……。義姉から何をもらったのか聞き出して金額を調べたのかと思うと、うすら寒くなりました。 冠婚葬祭の決まりごとを知るきっかけにその後も、お中元やお歳暮、年始のあいさつ、法事の仕方など、事あるごとに細かいツッコミが……。自分の常識を世界の常識と思っているので、的外れなことで怒っていたりして共感できないことも多いです。 しかし、私の実家はそういった慣習に疎く親戚付き合いも希薄だったため、今まで知らなかった冠婚葬祭の決まりごとを学べてよかったと思う面もあります。 私の実家はそういった慣習にこだわりがないので、義母の言うしきたりに反発を覚えることなく受け入れています。細かいので困ってしまうこともありますが、衝突せずに済んでほっとしています。 原案/沢田真紀子作画/やましたともこ
2020年08月06日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 あまり乗り気じゃないままに迎えた保育園の初(はつ)夏まつり当日。 パピーちゃんに休みを取ってもらって3人で自転車で保育園に向かうと、いつもとは全然違う様子の保育園が見えてきました。 普段はがっちり閉まっている門が全開になっていて、そこにはワイワイガヤガヤと活気にあふれた人たちが溢れかえっていました。いつもとは違った雰囲気にがっつり飲まれつつ園内に入っていくと、普段はジャージの先生たちが、ジャージの上からよくある青いお祭りのハッピを羽織って忙しそうにバタバタと園内を動き回っていました。 そして、そこには進化したオシャレ浴衣に身を包んだたくさんの幼児たちの姿が……。 しつこいようですが、N子が生まれるまで子どもに接したことがなかった私は、その今時の都会のシャレオツな幼児たちの眩しさに面食らい、いつもに増してアウェイな雰囲気にますます戸惑ってしまいました。さて、どうなる夏祭り!!(※このお話は、現在小学校3年生の長女N子が0歳児だった頃のお話です。) <つづく> イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年08月05日3歳を過ぎたころ、急に娘の身に起こった「熱性けいれん」。私は娘の症状を初めて目の当たりにし、顔が青ざめ言葉が出ませんでした。娘が熱性けいれんを発症し感じたことやすべきこと、やってはいけなかったこと……実際に身をもって経験したことをお伝えしたいと思います。 いつもの風邪の症状と思っていると突然に出掛けた日の夕方に、鼻水と咳が出始めた3歳の娘。週末ということもあり、病院は休診。熱もなく軽い風邪の症状だろうと思い、翌日に病院へ行く予定でした。 夜になると37.4度の微熱も出ましたが機嫌は悪くなく、子どもは夜に熱を出しやすいと把握していたので、気にせずそのまま就寝しました。ところが……。1時間ほどしたあと、私はふと目覚め、娘の様子を伺い驚愕しました。娘は手足をビクビクとけいれんさせ、唇は紫色になり泡を吹いて失神していたのです。 指示を仰ぐため小児科救急へ電話娘の身に何が起きているの? 目の前にある光景は現実? 起きたての私には娘の状態がまったく理解できず、頭が真っ白になってしまいました。そして我に返り、失神している娘の意識をまずはしっかりさせなくてはと思い、私は震える手で娘の体を軽く揺すったり声を掛けたりしました。 私の声に目を覚ました夫は娘を見て驚き、焦っていたと思います。夫が目を覚ましたことで少し冷静さを取り戻した私は、携帯を手に取り小児科救急相談窓口に電話を掛けました。 救急病院へ。何が必要なのかわからない小児科救急相談窓口で娘に起きている症状を看護師さんに伝えると、むやみに動かしてはいけないと指示され、そのまま救急に繋いでくれました。救急車が到着するのを待って、けいれん時の症状と時間を伝え、病院に向かうことになりました。付き添いが必要なので、私は慌てて保険証、医療証に財布を準備し救急車を待ちました。 そこで、焦っていると忘れがちな持ち物があるとわかったので紹介したいと思います。 必要なものは貴重品以外にもあった!救急隊の方が寝室から娘を運び、私は娘の付き添いのため慌てて準備した貴重品等を持って救急車に乗り込もうとしました。そこで救急隊の人に呼び止められ「持ち物は貴重品以外にも必要なものがありますよ。言いますので準備してください」と言われたのです。 子どもの靴に靴下、院内での診察待ちや会計時、帰宅時に羽織る私と娘の防寒具などでした。軽装で過ごしていた自宅から救急車で病院に、しかも娘は抱えられて車に乗り込んだので靴や靴下を履いていないということにも頭が回っていなかったと気がつきました。 お医者様いわく、発症時は子どもを横に向け呼吸しやすくし、けいれんの時間を計り、どのような状態だったのかメモをしておくことが大切なのだそうです。いざけいれんしているわが子を目の前にするとパニックになってしまいますが、しっかりしなくては……と感じた体験でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画赤ちゃんの熱性けいれんの実例とあわてない対処法(監修/葛飾赤十字産院 院長 三石千左子) 原案/佐藤ひより作画/やましたともこ監修/助産師REIKO
2020年08月04日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 保育園の先生の雰囲気で、保育園の夏まつりは参加が当然的な雰囲気をうっすらと感じとった私。 渋々参加しようと決意したものの、赤子との外出は近所のライフ(スーパー)が限界だったので、パピーちゃんに仕事を休んでもらって参加することに。パピーちゃんに夏まつりの話をすると、まさかの「楽しそうやんか」的なポジティブな返事が! 初めての慣れない育児で、「気力」「体力」「時の運」を全て失っていた初老の私には驚きの反応で、すげ〜なこの人……とため息が出たのを覚えています。 今年はコロナの影響で、卒園生向け(N子もKTも小学生になったので)の夏まつりが開催されるのかどうか不明ですが、もしあれば、当時のパピーちゃんよりも前のめりでチケット全〜部購入して1000%楽しんでいきたいと思います。 <つづく> イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年07月29日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 保育園で長女N子の担任の先生から夏まつりの存在を知らされ、どぎまぎしてしまった私。 家に持ち帰って、チケット購入用の封筒やお手紙を読んだものの、初めての育児に疲れ果てて新しいことにチャレンジする体力も気力も失っていた私はあまりモチベーションが上がりませんでした。 チケットの購入期限がきて先生に「お母さんチケットまだちゃう?」と聞かれました。 参加する予定はなかったけど、そんな当たり前みたいに担任の先生がチケットの購入を促すってことは、大概みんな参加する子どもにとってはマストなイベントなのか?と思い、思い切って先生に質問を投げかけてみました。 「夏まつりって参加した方が良いんでしょうか?」「あ、お母さん土曜日は仕事やったけ?」「いえ、仕事はないんですけど……」「用事とかあったら全然大丈夫やで」「いえ、用事もないんですけど……」 担任の先生も「?」私も何をどう伝えていいやらで「?」 育児のことなら何でもご相談ください!というスタンスの保育園だったので担任の先生に相談でもしてみるか……それとも、めんどくさいからやめておくか……と、保育園の先生との関わり方にも慣れてないまったくもってシロウトな私だったのでした〜。 <つづく> イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年07月22日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーターやましたともこでございます。 N子が保育園に慣れ始めた7月くらいのこと(だったと思います)、お迎えのとき、N子の担任の先生から「夏まつり」の存在を知らされました。 今でこそ、夏といえば夏まつり!子ども大好き夏まつり!夏まつりのない夏なんて夏じゃない!!というくらい(わが家では)マストなビックイベントですが、当時の私は「夏まつり」からとても遠い場所にいて、夏まつりって何?誰が何するの?何のために?と意味のわからないネガティブな感情を抱いて「何それ?強制?」と思ったのを覚えています。(先生ごめん!) 私は乳飲み子を連れてお出かけすることが無理やったから、土曜日はパピーちゃんは仕事やし、普通に遠慮しようかなとか思いました。 そんな「N子とともこ(私)の初めての夏まつり」次回につづく〜 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年07月15日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 360話で人生初の(一方的な心の)ママ友ができた私。そんなうれしい日から数日後、またまた保育園のお迎えのときのお話です。 当時の長女N子は、自分で靴を履きたがって保育室の前のテラスで毎日のように靴を片手に「あ〜でもない」「こ〜でもない」と試行錯誤を繰り返してずっとそこに座っていました。その間、私もN子の横に座りボーーーーーーとN子の気がすむのを毎日待っていました。 すると、一人のお母さんが「自分でおくつ履きたいねんな〜」と言いながら近づいて来たのです。その若くて優しそうなお母さんは「お母さん毎日おつかれさま〜お先です〜」と、まるで毎日N子と私を見てくれていたような、うれしい言葉をささやいて去って行ったのです。 !!!!! (一方的な心の)ママ友が一人見つかったものの、まだまだアウェイな保育園という空間で、またしても誰かが私に話しかけてくれるなんて!?とビックリしつつ、浮かれきった私の脳裏に、再度、あの憧れの言葉が……。 ま、ま、ま、またママ友〜〜〜!?その後、その若くて優しそうなお母さんは、実は、保育園の先生だったことが判明!先生だったのか〜と勘違いしてしまったことにちょっとハズい気持ちになりながらも、仕事とはいえ、私とN子をいつも見てるよ〜的な先生の優しく暖かい言葉はとてもうれしかったです。N子と私に優しくしてくれてありがとございました〜♡ てか、私、苦手とか言いながらママ友に超敏感〜 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年07月08日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 今日のお話は長女N子が保育園に慣れてきたある日の出来事です。 N子は保育園からなかなか家に帰りたがらないタイプの子で、いつもお迎えに行ってから保育園を出るまでにすごく時間がかかっていました。なので毎日毎日お迎えの時に「Nちゃんお家帰るよ〜」「早く靴下はいて〜」「じゃあマミー先帰ろうかな」というような早く帰ろうぜ的な意味の言葉を、方言丸出しでN子に語りかけていました。 するとある日、明らかにプロっぽいベテランお母さんが「やましたさんてどこの人なん?」と話しかけてくれたのでありま〜す。 !!!!! 完全アウェイだった保育園という異空間で、誰が私に質問を!?とビックリしつつ、同時に妊娠当時から不要やなと思いつつも、実は超憧れていたあの言葉が頭をよぎりました……。 ま、ま、ま、ママ友〜〜〜!? 訛りがきつかったから出身地を聞かれただけにも関わらず、これがママ友か!これがママ友の始まりなのか!!と一方的に舞い上がってスキップしながら(ぐらいの気持ちで)家路に着いたのを覚えています。 その後、このお母さんとドラマのように超マブダチになることはなかったし、子どもたちが別々の小学校に行ったので、もう会うこともあまりないですが、私の中ではいつまでも記憶に残る初ママ友ということに勝手にさせてもらってます。小動物のように怯えていたシロウトの私にフレンドリーに話しかけてくれて本当にありがとうございました〜♡ イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年07月01日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 前回358話で、助産師さんが赤ちゃんの首ねっこを触って体温が分かるのがすげ〜!というお話を描かせて頂きました。 赤ちゃんを育てていたら、いつかこんなミスターマリック(昭和に流行ったすごいマジシャン)みたいなすごいマジック(ではない)ができるお母さんになるんだろうか……と漠然と思っていたのですが、その後、保育園に入ることができ、毎朝検温するようになり、アホみたいに病院通いをしていたら、知らん間に私もパピーちゃんも首ねっこ検温ができるようになってました。 毎日の育児でへとへとだった私ですが、この首ねっこ検温で毎朝パピーちゃんと対決をして、私が正解だった時には心の底からうれしかったのを覚えています。 最近コロナで、小学生になったN子とKTも毎朝検温をしていますが、この首根っこ検温は今でもとても役立っています。 助産師さんに憧れて、首根っこ検温にトライしてみて良かったな♡と思います。 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年06月24日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 今日は、私がプロだと思ったお母さんの番外編で本物のプロのお話です。 長女N子を出産して3日目くらい、いや、4日目、5日目……?覚えてないので3日目にさせてください。 まだまだ毎日訳も分からず助産師さんに言われた毎日のタスクを言われるがままにこなしているときのことです。 N子の熱を測るとまさかの39.5℃!N子が死んでしまう〜〜!!!と慌てふためいて助産師さんに助けを求めると、彼女は冷静にスッとN子の首の後ろを手で触り「大丈夫やわ。測りなおしてみて〜」と笑顔で去って行きました。 ぷ、プロすぎる……。まだ赤ちゃんに不慣れで、触っただけでも壊してしまいそうでドキドキしていたあのころに、仕事とはいえ助産師さんのそのすべての言動が本当にかっこよくてかっこよくて圧倒されたのを覚えています。 世の中いろんな職業があるけど、本当に世のため、人のため、素晴らしすぎる職業の一つだなと尊敬しています!助産師さん大好きです!こらからも頑張ってください♡ イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年06月17日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 皆さん双子に憧れってなかったですか? 私は憧れてました。超〜憧れてました。可愛い双子ちゃん。 が、長女N子が生まれてから育児の大変さを目の当たりにし、双子への憧れとはキッパリ決別しました。 1人ずつでもあんなにクタクタやったのに、2人同時にって…。育児能力の低い私にはとうてい無理なお話でした。 保育園の時、長女N子のクラスにも双子ちゃんがいたのですが、お母さんマジで尊敬〜。プロ以外の何者でもないですよね。 夜中倒れそうに眠たい時、二人が同時に泣き出したらどうしてるんでしょう……一人に授乳してる時にもう一人は何をしてるんでしょう……想像を絶しますよね……。 双子(もしくはそれ以上)のお母さん、心の底からお疲れす!!!!! イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年06月10日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 315話で出てきたおしりふきの成分を冷静に分析していた友だちに2人目の赤ちゃんが生まれました〜!おめでとうございます!めでたいですよね。 ただ、私が出産&育児をした平穏無事な世の中とは違い、今、このコロナ禍での育児……ストレスがものすごいんではないかと勝手に想像しています。 そんな中、赤ちゃん育児をすでに終わらせた私には「自分の家族の自粛」以外できることが何もありませんが、せっかく赤ちゃんのお母さんが見る人気サイトで漫画を描かせて頂いているので、不安を抱えているお母さん達に超心の底から超リモート応援をさせてください。 4コマ目をいつもより多く動かしてみました。 おかあさん超ファイト〜!!!!!!!!!! イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年06月03日出産した病院でわが子の1カ月健診を受けたときに、頭頂部付近にある大泉門がほとんど閉じていると小児科の医師から指摘を受けました。それに加えて、全身の緊張が強い傾向にあるとのこと。まさかわが子が1カ月健診で異常が見つかると思っていなかったので、驚き、動揺して頭が真っ白になりました。1カ月健診で大泉門がほとんど閉じていた個人差はあるものの、通常1歳半前後で閉じ始めると言われる大泉門がわが子はとても小さく、1カ月健診のときにはすでに閉じかけていました。医師の説明によると、大泉門が早くに閉じると頭蓋骨が大きくならず、成長とともに大きくなる脳を圧迫して発達に影響が出てしまう可能性があるとのことです。 しかし、まだかろうじて大泉門が少し開いているので、少しずつでも頭囲が大きくなっていけば問題はないとのこと。経過観察をしていくことになりました。 かかりつけ医への受診産院では病名は聞いていませんでしたが、家に帰って母子健康手帳を確認すると、1カ月健診の記録欄に「軽度筋緊張亢進疑い」と書いてありました。どのような状態なのか気になりネットで検索したところ、脳への障害につながる情報が多く、不安でいてもたってもいられなくなった私。上の子が通っているかかりつけ医へ相談に行きました。 そこでは、まだ月齢が小さすぎて今の段階で診断することは難しく、大きい病院で検査してもわからない可能性も高いので、もうしばらく様子を見ましょうと言われました。 市の3カ月健診生後3カ月半のとき、市の3カ月集団健診を受けました。そこで1カ月健診のときに受けた指摘について説明し、筋緊張が強いことなど気になっていることをすべて小児科の医師に相談しました。 先生は丁寧に答えてくれ、診察の結果、大泉門は閉じかけているが、1カ月健診のときよりも頭が大きくなっているとのことでした。また、全身の筋緊張も確かにあるが、1カ月健診のときよりも状態はよく、安心していいとの診断でした。そして、念のため1カ月後に同じ先生に再診してもらえることになりました。 4カ月健診そして3カ月健診の1カ月後、大泉門は閉じていないか、頭は大きくなっているか、筋緊張は和らいでいるかなどを前回と同じ小児科の先生に見てもらいました。 頭は1カ月前よりも1cm大きくなっているので安心していいと言われ、やっとほっとすることができました。筋緊張も前ほどはなくなっていました。筋緊張も、寝ているときと起きてるときとでは多少変わり、月齢が小さいときには判断が難しいため1カ月健診で経過観察になったのだろうとの説明を受けました。今後は月齢とともに頭が大きくなっているか家庭で様子を見ていくようアドバイスをもらいました。 1カ月健診で要観察になり、そこから経過観察の3カ月がとても長く感じました。指摘を受けたときは不安でいっぱいでしたが、生後半年経った今は発達に問題もなく、順調に頭も体も大きくなっています。今も念のため、1~2カ月に1回、市の育児相談で身長・体重と頭囲を測り、様子を見ているところです。子どもを育てていくなかで不安はつきものですが、今後もわが子の成長を喜びながら、楽しく子育てをしていきたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO 原案/福山あかね作画/やましたともこ
2020年05月31日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 前回354話でも書かせて頂きましたが、子どもが小さい時には髪の手入れが難しくなりますよね(髪の手入れ=シャンプー&ドライヤーの意味)。 私はショートにする派でしたが、なんと保育園にはこんな素敵なお母さんがいたのですパート2。 丸坊主〜! もはや素敵以外の言葉が見つからないですよね。 「むっちゃ楽やで♡」と満面の笑顔を浮かべる彼女のその姿はまるで西遊記の時の夏目雅子さん(昭和を代表する女優さんのひとり)のようにキラキラと輝いていました。 プロだ〜!超プロだ〜!!かっちょよ過ぎる〜♡ イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年05月27日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 子どもが小さくてまだまだ手がかかる時って髪の手入れがむずかしくなりませんか?むずかしいというか、私的にはシャンプーしたくない!乾かすのもめんどい!と本当に苦痛な時間でした。そこで、私はあまりのしんどさにショートにする派でしたが、なんと保育園にこんな素敵なお母さんがいたのです。 超ロング! もう1回言います。超ロング! メイクもばっちり、いい匂いまでしていました。 ブロだ〜!超ブロだ〜!!すごすぎる〜。 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年05月20日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 「ねぞうアート」それは赤ちゃんの寝相を生かした演出をして撮った面白い写真や可愛い写真のこと。らしいです。ネットを検索すると「おひるねアート」とかいう呼び名もあるそうですが本が出版されるほどにメジャーなアートのようです。 長女N子を産んだ後に、私が好きそうだからという理由で友だちが勧めてくれたのですが、残念ながら、高齢出産&育児をした平均より大きく体力のない私に赤ちゃんが寝ている間に活動するという選択はないぜ!マイフレンドよ!! 初老はアートせず、ただ眠るのみ……。というわけで「ねぞうアートするお母さん」プロに認定しま〜す。 体力に自信のある若さ溢れるお母さんは記念になると思うので是非チャレンジしてみてください。 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年05月13日大学生のときにお付き合いしていた彼との一夜でコンドームが外れてしまい、念のためにアフターピルを処方してもらいに行きました。その際の産婦人科で医師から言われたショッキングなひと言が、今でも忘れられません。10年近く前のことですが、当時を振り返ってお話ししたいと思います。コンドームが外れた! どうしよう…彼とするときはいつもコンドームをつけて避妊していたのですが、ある晩途中で外れてしまったことがありました。今思うと外れただけで何もなかったのですが、私は初めてお付き合いした相手で経験もなく、とても動揺してしまったのです。 彼の「コンドーム外れちゃったんだけど大丈夫?」の言葉に、私はだんだん大丈夫ではない気がしてきました。 念のためアフターピルをもらうことに問題ないとは思いつつ、私と彼は翌日アフターピルを処方してもらうことにしました。処方してくれる病院や副作用などを調べている私に、彼は心配しながらもしきりに謝ってくれたのを覚えています。 私はなんとなく後ろめたいものがあったので、家から電車を乗り継いで30分くらいのところにある評判の悪くない産婦人科を受診することにしました。産婦人科に行くと2人で決めてからは、彼とずっと気まずくなってしまい苦しかったです。 医師に言われた思いがけないひと言コンドームが外れた翌日の朝早くに、私と彼は産婦人科へ。受付や問診票の記入は特に問題はなく淡々と終わりました。診察の順番になって、私ひとりが呼ばれ、「ひとりで呼ばれて、何を聞かれてどう答えたらいいのだろう」と不安でした。 しかし私が着席すると同時に、50代くらいの男性医師は「これだから若いのは困るんだ。ちゃんと後先考えて避妊をするように」と言い、私が何も言う間もなく診察は終わったのです。 予想しなかった展開に呆然としてしまい、何も言い返すことができませんでした。診察後アフターピルを処方されたのでその後生理はきたのですが、私の気持ちは晴れないままでした。 私と彼はコンドームで避妊をしていました。性交時の状況(レイプかそうでないか、避妊はしたかなど)を伝える機会はなかったのですが、それなのに何も聞かずこのように決めつける医師がいることに驚きでした。 監修/助産師REIKO 原案/桜場紫作画/やましたともこ
2020年05月08日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 前回351話で子どもが吐き出したものをパクリと食べるお母さんのことをプロだと思うお話を描かせて頂きました。 そして、そういうお母さんは、お母さんとしてだけでなく人間としても大きい人なのではないか?と個人的な感想を描かせて頂きました。 そんなある日、長女N子が食事中の出来事です。N子がベローと吐き出した食べ物をパピーちゃんがパクリと食べてるのを目撃したのです。 ここにもプロおった! ちなみにですが、5年ほど前、次女KTが保育園に通うようになった頃に、私が近所の皮膚科でシミ取りのレーザーをしたのですが、その時に顔面にガーゼを貼って保育園の送り迎えをしていました。そんな私を見てパピーちゃんは「大丈夫かな?保育園の先生に俺が暴力ふるったとか思われへんかな?」とミジンコレベルの発言をして人間としての器の小ささを全面にさらけ出していました。なので、351話で私が勝手に思った「子どもが吐き出した食べ物を食べる人=人間として器の大きい人」という説の真偽は「そうとも限らない」ということに訂正させて頂きたいと思います。 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年05月06日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 以前、私が個人的にプロだと思うお母さんのお話を描かせて頂き、その後も何話か強引に引っ張ったロンパースのお話がありましたが、今日は、その2を描かせて頂きたいと思います。 子どもが食事のときにベローっと吐き出した食べ物を素手で受け止め、更に、そのまま自分の口へポイっと放り込みパクリと食べるお母さんです。 目の中に入れても痛くないほどに超かわいくて大好きなわが子ですが、私には到底マネできない技でした……。口の中に入れて1〜2回噛んだくらいで、原型をとどめているものなら、どう〜〜〜〜しても!まじでお願い!て言われるシチュエーションに出合ったら、もしかしたらいけるかもしれんけど、まぁまぁ噛み砕いたやつもペロリといけてしまうお母さんいますよね。 プロだ!プロだぜ!! ちなみに、そういうタイプの人は、お母さんとしてプロなだけでなく、人間としても器が大きい気がしませんか?私だけ?? イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年04月29日上2人はスピード出産すぎたため陣痛がどのようなものなのかわからず、心の準備をする時間もバースプランの出番もなし。何が何だかわからないまま出産し、気付けばわが子は私の胸の上でした。今回3人目にして初めて「出産ってこうやって進んでいくのか」「陣痛なう!」ってこんな感じなのか、と実感しました。 そして、したかったことが全部叶った!と思えた出産のお話です。スピード出産すぎて陣痛がわからない1人目、2人目の出産時のことです。私はなんだかおかしい?と思い産院に行き、着いてから1人目は30分後、2人目は10分後に出産しました。到着時には子宮口全開、いきなり痛みMAXだったので、10分間隔、5分間隔のような「陣痛なう」というものを味わった経験がありませんでした。 母子健康手帳に記載されている分娩所要時間も1時間弱。雑誌で見る平均的なお産の進み方とはまったく異なり、「これから産むんだ!」という心の準備ができなかったこと、会陰切開の痛みやおっぱいトラブル、マタニティブルーなどの産後の体の変化についていけず、1人目のときは産後うつにもなりました。 3人目にして陣痛のイメトレ助産師さんと今回のバースプランを話していたとき、上2人の出産時間を伝えると顔色が激変!! 「陣痛何分間隔ではなく、少しでもおかしいと思ったら連絡してきてね」と言われ、改めて陣痛とはどんな感じなのかを経産婦のママたちに聞いたり、雑誌を見たりしながらイメージトレーニングしました。妊娠38週ころから恥骨痛も限界に達し、出産予定日1週間前の夜中2時前、その“おかしい感じ”がついにやってきました。 これが「陣痛なう」!?おなかに違和感を覚え、間隔を計ると2分間隔。痛みはないものの、トイレに行くとおりものに血が混じっていたので、2人目の幼稚園のお弁当を念のために作ってから産院に連絡。「今までのことがあるから念のためにきてね」と言われ、家族を起こしてみんなで出発しました。産院に着いて内診すると、子宮口が5cm開いているとのことで入院となり、その後破水。1人目・2人目のときと変わらず痛くもないし「生まれるのかな~?」と話していると、徐々に痛みが強くなり「これが陣痛なう?」と私は感動! 助産師さんは、私の「陣痛なう」発言に大笑いしていました。 次は「出産なう」! 「陣痛なう」発言からしばらくすると、どんどん痛みが強くなり、いよいよいきみ開始。分娩室は和室で、時代劇で見るような綱がぶら下がっていました。この綱につかまることで力が入りやすくなります。いきむタイミングで綱を引き、赤ちゃんの頭が出てくる感覚や痛み、「産んでいる」ということを3人目にして初めて実感しました。そして、上の子どもたちも含めた家族に見守られて無事長女が誕生しました。性別を聞いていなかったので、女の子とわかった瞬間みんなで大喜び!! 初めての「陣痛なう!」を経験し、3人目にしてこうして陣痛が進み、出産が始まっていくんだと実感。そして家族みんなに立ち会ってもらい、バースプラン通りの理想の出産を体験することができました。心の準備をしながら出産に臨めたので気持ちも穏やか、心身ともに産後の回復が一番よかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO ◆関連動画出産ドキュメンタリー 原案/石井けいこ作画/やましたともこ
2020年04月26日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 347話で描かせて頂いた、かぶるタイプのロンパース。首の座ってない赤ちゃんにでも着せることができる方法があるというお話を書かせて頂きましたが、その具体的な方法について何も触れてなかったので、私みたいにあのタイプのロンパースを敬遠しているお母さまのために描かせて頂きたいと思います。 方法は超簡単!赤ちゃんを寝かせたまま「下から着せる」だけでした。 脱がせ方も簡単。肩を外して〜下にずらして〜「下から脱がす」だけでした。 上から被せたり、上から引っ張って脱がすことしか頭になかった私のバカバカバカ。超可愛かったけど、涙ながらに諦めたかわいいロンパース達……今からでも娘に着せたい!と諦めきれん思いぜよ。 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。
2020年04月22日私は左胸が扁平乳頭で、妊婦健診のときから母乳を吸いづらいだろうと指摘されていました。産後2日目から溢れるほど出るようになった母乳ですが、赤ちゃんがうまく飲めず乳首は傷だらけに。入院中早々に育児用ミルクを足すよう助産師さんに言われ、混合授乳を目指し頑張りましたが……。私が完ミになるまでの2カ月間にわたる心の葛藤や気持ちの変化についての記録です。 扁平乳頭だから母乳を吸いにくい?里帰り出産が迫り転院先でマッサージの講習を受けるようになったころ、助産師さんから、左胸は扁平乳頭だから母乳を吸いにくいだろうということは何度か言われてきました。そうは言っても、マッサージを続けて母乳が出れば赤ちゃんも吸うだろうと私は気にしていませんでした。 そして出産後、母乳がちっとも出ないまま2日が過ぎ、その後、仮眠から起きるとパジャマがずぶ濡れで、胸の張りも出てきました。あとは赤ちゃんが無事吸ってくれるようになれば……と思った矢先のことです。 母乳をあげたい…授乳室で泣いた夜右胸はまだ吸ってくれる様子だったものの、左胸はそっぽを向いてしまい、なかなか飲んでくれない赤ちゃん。乳頭保護器を使ってもあまり変わりませんでした。退院が近付いてきたある夜、いつものように授乳をしていましたが、やはり左胸からは何分経ってもうまく飲んでくれません。 深夜の授乳だったこと、退院したあとの不安がよぎったことで心が折れてしまい、他のママさんや助産師さんがいたにもかかわらず私は号泣してしまいました。その日はママさん同士でお互いに励まし合いながら授乳を乗り越えました。 実家での生活がスタート退院して実家での生活が始まっても、赤ちゃんはうまく母乳を吸えるようにはなりませんでした。搾乳して哺乳瓶で授乳後、育児用ミルクをあげていましたが、里帰りとはいえ日中はほぼワンオペで気持ちに余裕が持てず、次第に育児用ミルクを頼りに……。 生活に慣れてきたころ電動搾乳器を使い始めましたが、時すでに遅く、そのころには1日で1回分の授乳量に足りるかどうかくらいしか母乳が出なくなっていました。母乳の終わりを実感するにつれ、「どちらでも子は育つ、限界を感じたら卒業しよう」と気持ちが変わっていきました。 そして迎えた完ミの日できる範囲で搾乳をし続けるなか、里帰りを終えるときに搾乳が1日できない日がありました。そこから1週間経たないうちに私は完ミに移行。移行していく過程で2つの思いが私の気持ちに変化をもたらしました。 まずは私自身ほぼ完ミで育ち、そのことをまったく覚えておらず、母乳にしても育児用ミルクにしても心身の成長に違いは出てこないと感じたのです。また育児用ミルクに切り替えていくにつれて時間にゆとりができ、赤ちゃんにも余裕を持って接することができるようになりました。 「母乳で育てる・育てない」は、結局ママ自身の問題であるように個人的には感じます。完ミにしてからも成長や愛情の差があるようには感じられません。短期間ではあっても、悩みながらも2カ月間母乳をあげられたことを誇りに思います。現在、離乳食が始まり、育児用ミルクをあげる機会も限られますが、成長していく姿を愛情たっぷりで見届けたいです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO 原案/桜場紫作画/やましたともこ
2020年04月21日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 前回、347話で私は「かぶるタイプのロンパース」を着せているお母さんに「プロ」を感じるというお話をさせて頂きました。 そんな訳で、私はかぶるタイプのロンパースを着ている赤ちゃんを発見するたびに、YOUはプロのお母さんかがいてラッキーだねと心の中でひっそりと思っていました。 そんなある日、自らを私と同じ「カリスマだめママ」と称する地元の友だちがくれたお下がりの中に、な、な、なんと〜! かぶるタイプのロンパースが混ざっているのを発見したんです。 昨日までは、私と同じタイプのだめな方向のカリスマだったと思っていたその友だちが、まさかのかぶるタイプのロンパースを着こなしている赤ちゃんのお母さんだったなんて……一緒にマラソンを走っていたのに、実は、何百メートルも先をぶっちぎっていたプロのお母さんだったことに、初老の私は息切れが止まりませんでした。 やりおるな……。 イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。HP:「やましたともこのホームペー痔」
2020年04月15日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私はカリスマ的にだめママです。 なので、よそのお母さんを見てよく「プロだ!」と思うことがあります。341話に登場した保育園のお母さんをはじめ、いろんな人にそう感じるのですが、せっかくなので、私が個人的にどういうお母さんにプロを感じるのか紹介させていただきたいと思います。 まずは〜「かぶるタイプのロンパースを着せているお母さん」。 私レベルでは着せ方が分からず、ふん尿で汚れた部分が顔面を通過するのが怖すぎて着せることができませんでした。 かぶるタイプのロンパースにはおしゃれなものも多くて、欲しいな〜と思っても買うこともできず時が流れて行きましたが、なんと、次女KTが小学校に入ろうかというこのタイミングで、首の座ってない赤ちゃんにでも、このかぶるタイプのロンパースを着せることができる本当の方法を知り、かなりの衝撃を受けました。遅っ! イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています! 著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。HP:「やましたともこのホームペー痔」
2020年04月08日待ちに待った赤ちゃんとの対面は、今まで味わったことのない感動と幸せを覚えました。しかし休む間もなく育児が始まります。初めて経験する育児に戸惑ったものです。今回は出産から1カ月の間に悩んだこと、振り返って感じたことをお伝えします。「私、育児に向いていない…」そう思った1カ月間赤ちゃんが生まれて1カ月間、一番つらかったことは、「睡眠不足」です。そして「赤ちゃんが泣いている理由がわからない」ことも大きな悩みでした。 さっき授乳したばかりなのに泣く赤ちゃんを見て「どうして泣いているの?」とイライラするばかり。ストレスもたまり、母乳も思うように出ません。何もかもが悪循環に陥っているようで、「育児に向いていない」とまで思うようになりました。 誰でも最初は新米ママ出産から1カ月の間は、慣れない育児と睡眠不足の狭間でいろいろな壁に直面しました。家事をするのもひと苦労!「育児がスムーズに進まないのは、すべて私に原因があるのかもしれない」と気分は沈む一方でした。 でも、私と同じように初めての育児に励む友人たちの話を聞くと、つらい思いをしているのは自分だけではないことに気づきます。誰でも最初は新米ママ。自分を責める必要は一つもありませんでした。 何もかも完璧にこなす必要はなかった睡眠不足、母乳が出ないなど、出産直後の悩みはたくさんありました。それでも、悩んでいる間も赤ちゃんは成長していきます。出産から1カ月が過ぎると赤ちゃんが少しまとまって眠ってくれるようになった、母乳の出がよくなったなど、少し変化があらわれました。 時間が悩みを解決してくれることもある、そう感じました。だからこそ、何もかも完璧にこなそうとする必要はなかったのだと思います。 食材宅配などをじょうずに利用して、家事や掃除などの負担を軽減することも、自分が抱える負担を軽くするポイントです。ズボラでいることも必要だと割り切ることも大切だと思いました。 監修/助産師REIKO 「共感した」「私の場合はこうだった」など、ぜひベビーカレンダーサイトのコメント欄にご感想をお寄せください。また、ベビーカレンダーでは皆さんから募集した体験談を記事でご紹介させていただくことも。ベビーカレンダーに会員登録すると届くメルマガから、皆さんのオリジナル体験談をご応募ください。 原案/田中由惟作画/やましたともこ
2020年04月03日ベビーカレンダーをご覧のみなさま、こんにちは。高齢育児中のイラストレーター、やましたともこでございます。 先日、次女KTが保育園を卒園しました。 私人生の最後の娘となるKTを無事に送り出して頂いたことにすこぶる気持ちが高ぶっているので、今日はそんな私の思いの丈をブチまけさせて頂きたいと思います。 長女N子が保育園に入所してから8年間、たくさんの人と出会いました。 保育園の先生たち、お母さんたち、そして、出産前は出会いにカウントすることがなかった保育園の子どもたち。先生たちはもちろんのこと、プロフェッショナルなお母さんたち、そうでもないお母さんたち、更に、意外にも保育園の子どもたち、みんなから教わることが沢山あった8年間でした。こんな私でもみんなのおかげで毎日少しずつ、お母さんとして、そして人間として、成長することができたのではないかと思います。 妊娠中や乳飲み子を育児中のお母さん、これから先、初めての経験で右も左もわからず、私みたいにやってはいけない恥ずかしい失敗をして落ち込む日があるかもしれません。そんなときにはこのダメな私を思い出してみてください。 あなたはノープロブレムよ!少しでも間違えたらすぐに激しく叩かれる時代ではございますが、お気になさらず。できることから頑張りましょう!ときには大いに人に助けを求めて今日も育児頑張ってください。陰ながらではございますが、今日も明日もあなたを応援しています。 フレーフレーお母さん♡頑張れ頑張れお母さん〜♡ イラストレーターやましたともこの「脱力系ゆる育児日記」は、毎週1回お届けしています!著者:イラストレーター やましたともこ高知県生まれ大阪市在住。お固い系の商社で働いた後に大胆転職。グラフィックデザイナーを経てイラストレーターに。おんなこどもをメインターゲットにヤングでゆるめなイラスト描いてます。HP:「やましたともこのホームペー痔」
2020年04月01日猫の手貸して~育児絵日記~
うちはモフモフ暮らし
めまぐるしいけど愛おしい、空回り母ちゃんの日々