亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。亮太さんは、麻耶さんに対して不満があり、会社で寝泊まりして1週間になります。亮太さんが家を出ることになった理由とは……?何を伝えてもいつも屁理屈ばかりの麻耶さんに、亮太さんはいつしか「話し合うだけ無駄」と考えるように。その内亮太さんは、胸の違和感に加えて、涙が勝手に溢れたり異常なほどの物欲が湧いてきたり、体や心の異変を感じるようになります。そしてとうとう仕事に集中することもできなくなってしまった亮太さん。社長に言われるがまま、早退して体を休めることにしたのですが……? 一方そのころの麻耶さんと和馬君は、2人並んで幼稚園から歩いて帰っているところです。 居間にいたはずの息子がいない…? 家について和馬君におやつを出した麻耶さんは、いつものようにイヤホンを装着。大好きな音楽を聴きながら自由に過ごします。 そんな母を邪魔しないようにと考えたのか、和馬君は幼稚園でもらったしゃぼん玉でひとり庭に出て遊ぶことにした様子。 母親の言いつけを守り、きちんと窓を閉めることも忘れません。 ふと、麻耶さんは和馬君が居間にいないことに気付きますが「別の部屋に行ったのだろう」と推測。そのまま、和馬君が出て行った窓の鍵を閉めてしまったのでした。 ある程度ひとりで遊べる年齢になると、厳しく子どもを監視することはなくなるでしょう。 ですが、それでも子どもが事件や事故に巻き込まれないように気を配るのは親の務めです。 麻耶さんは、イヤホンの装着によって子どものSOSに気付けなくなるリスクがあることを、しっかりと認識しておくべきだったかもしれません。 子育ての合間の息抜きは大切ですが、小さな子どもといるときに趣味や友人との会話に熱中するのはNG。 自宅から締め出されてしまった和馬君に、何事も起きないことを祈るばかりです……。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年04月26日息子が幼稚園年長のころの話です。公園で遊んでいると、息子と同じ年の男の子と出会い、子ども同士が仲良しに。その後、ママ同士も仲良くなってママ友になることができました。ある日、子どもたちが「家で遊びたい」と言い始めます。私の家で遊ぶことになったのはいいのですが、何時になっても帰ってくれなくて……。 気の合うママ友だと思っていたのに…… いつもは公園で遊んでいたものの、あるとき子どもたちが「家で遊びたい」と言い始めました。親子を家に招くと、子どももママも大盛り上がり。私は「長くても17時くらいには解散かな」と思っていましたが、17時30分になっても帰る気配がありません。私が「そろそろ夕飯の準備をしなきゃ」と言っても、ママ友は「うちは夫が遅いから、まだ時間は大丈夫!」とひと言。 さらに、夫が帰宅しても帰るそぶりもありません。18時になるとママ友はようやく「そろそろ帰ろう」と言いますが、今度は子どもが「帰りたくない!」と言い出し結局帰ってもらえず……。私が困っていたところ、「そろそろお開きにしませんか?」としびれを切らした夫が言ってくれたので、やっとお開きになりました。 その後もわが家に何度か遊びに来ることがあり、その度に18時過ぎまで居座られます。時間の話を私から切り出しても、ママ友は平然と居座るのです。しかも、ママ友のお宅に呼ばれたことは一度もなく、毎回わが家。「次は○○くんのおうちで遊ばない?」と提案しても、ママ友は「うちは散らかっているから」と言うだけ。幼稚園は違うものの、進学すると同じ小学校に通うことになるので、トラブルにしたくなくてわが家で遊ぶことを断れずにいました。しかし、やはり困っていたのでママ友にではなく子どもたちに「遊ぶのは外にしようね」と提案してみることに。すると意外にも、子どもたちは「家で遊ぶ」と言わなくなり、以前のように外で遊ぶようになったのです。 人によって、時間の感覚やよその家にお邪魔する際のマナーについての考え方が違うのは当然ですが、配慮がないと大変だと感じました。今後は相手が自分の感覚と同じだと思い込まず、家で遊びたいと言われた場合は「◯時まで」と事前に約束してから招こうと思います。 作画/Pappayappa著者:さとうきみ
2024年04月26日私は30歳の兼業主婦。3歳年下の夫と幼稚園に通う娘と3人暮らしです。夫は塩対応だけれど、とても仲良し♡ パートをしたいという話をしたときも、「無理させたくない」「他の男の人に言い寄られないかが心配」という理由で反対してくるほど♪幸せな毎日を過ごしていますが、幼稚園に苦手なママ友がいて……。読モ出身の派手なママ友は夫がお気に入りド派手な服装をして、周囲のママたちの服をけなしてくるママ・A子。A子は昔ギャル雑誌の読者モデルをやっていたということもあり、ファッションセンスに自信がある様子。 しかもイケメンの私の夫がお気に入りなんです。「ダサくて残念な妻には、愛想尽かしているわよ」と、嫉妬からか私にいつも強く当たってきます。 プールでA子と水着対決をすることに!ある日、ママたちがプールに行く約束をしていると、通りかかったA子も一緒に行くことに。私も誘われましたが、水着になるのは苦手。そんな私を見て「スタイル悪いから、水着姿を晒したら見た人の目を腐らせちゃうね!」と意地悪を言ってきます。 そこで怒ったのが私の娘。「オバサンはド派手で下品なだけ。TPOさえわきまえてない!」と正論をぶつけます。デザイナーを夢見る娘は、私に似合う水着を見つけ出し、A子と勝負させると言い始めました。A子も「私の引き立て役になるのがオチよ!」と対決することに。 娘が選んだ水着を家で試着していると、その様子を見ていた夫もプールに行くと言い出しましたよ。さぁ、どうなる!? 上着を無理矢理はぎ取ろうとされ……プールについたものの恥ずかしくて上着を脱げないでいると、A子は「早く脱ぎなさいよ!」と、強引にはぎ取ろうとしてきました。止めようとした娘と押し合いになり、娘が転倒! A子の行動に、私が上着を脱いで戦おうとすると…… 「スタイルいい!」「水着のセンスいい!」と周囲の人たちが私を見てザワつきはじめました。その様子に気付いた夫は走ってきて、私に上着をかぶせながら「こいつの水着姿を見ていいのは、俺だけだ!」とまさかのバックハグ! A子は、「私のほうが相応しいんだからぁ!」と悔しがります。その声はA子の夫にもしっかり聞こえてしまい、これまでのA子の言動を周囲から聞いて激怒! A子はたっぷり説教されたそうですよ。見た目ばかりに気にして、周囲を見下すような人は誰にも好かれません。身から出た錆ですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2024年04月26日子ども同士は仲が良くても、親同士は仲良しになるとは限りません。こちらは仲良くしたいと思っても、一方的に冷たい態度を取ってくる親もいるようです。今回は、子どもの幼稚園のママに挨拶をして無視され続け、それでも挨拶をし続けた結果起きたことについて紹介します。同じ小学校を受験するから…無視!?「娘が通っていた子どもの多くがお受験をする幼稚園で、3年間同じクラスだったママの話です。私はそのママに会うたびに挨拶をしていましたが、ずっと無視され続けました。でもそれに懲りずに挨拶を続けた結果、年長で卒園間近だったある日、なんとそのママがにこっと笑って挨拶を返してくれたんです。今まで私と目も合わさなかったのに。そのママに今までなぜ私の挨拶を無視していたか聞いたら、『同じ小学校を受験すると知って、ライバル心が湧いたから』と言っていましたが、だからって無視しなくてもいい気もしますがね。今ではそのママと子ども抜きでもよく会う仲です。ちなみに子どもたちは同じ小学校に合格し、仲良く通っています」(30代女性)▽ 子どもたちが2人とも合格したからいいものの、もしその挨拶を無視していたママの子だけ不合格だったら……きっと永遠に挨拶してくれなかったでしょうね。にしてもこの女性はメンタルが強いですね。
2024年04月26日こんにちは。HugMugフレンズの海老原です。今年、長女が無事に高校の志望校に合格し次男が小学校に入学した我が家。バタバタと同時に一安心の4月を過ごしていました。小学校入学と同時に次男が公文を始めました。兄さんと一緒に公文に行くのが今は楽しみらしく生活にも少し変化があったので公文に通わせている保護者の一人としておすすめの習い事の一つの公文について今回はご紹介します♪公文から入室、退室メールが来るので安心◎入室メール子供が公文に行くとまず入り口で自分のファイルを取りバーコードを読み取ります。そうすると保護者に入室メールが届きます。退室メール学習が終わると、また自分のファイルのバーコードを読み取ると保護者へ退室のメールが届きます。息子達が通う公文は家から近く大通り沿いなのもあり安心なのですが駐車場が限られており、徒歩で行くと終わるまで外で待っていないといけないので...正直、雨の日や夏の残暑の中や冬の寒い日はキツイな。と思っていたのですが入退室のメールが届くことで安心だし退室メールが来て、途中までお迎えに行ったりしています。長男が5年生になって、かなりしっかりし「ちゃんと二人で行くから大丈夫!」と言われ兄さんに任せています。弟が早く終われば絵本を読んで兄さんを待っていて兄さんが早く終われば本を読んで弟を待っているらしく仲良く二人で行って帰宅してきます。メールが届くことで確認できるのは本当に助かります。自分で考える力がついた!毎日やることで学習習慣が身につく始めたばかりだから公文が楽しくて仕方がない次男今は、自分から進んで学習をしています。子ども自ら考えた”効率のよい学習法”を紹介筆箱、時計、公文のファイルを用意して始めるのですが...どうやったら効率が良いか自分で考えたみたいで①やる枚数の宿題を切り離し右側に置くまず、10枚1セットになっている宿題をやる枚数を決め切り離してました。切り離すことをプレビューって言うんだよ。と息子から教えてもらいました。②今から始める宿題を真ん中に置き学習を始める○がつ○にち名前を書いたら時計で始める時間を確認。時間は書く必要がないのですが、兄さんがやっているのを見て真似してやっています。終わった後に「何分でできた?」と聞いてくるので今日は昨日より早く出来たね!と褒めたりしています♡③終わった宿題は左側へ置く終わったら左側へ裏返しに置きやり忘れがないか確認。右から左への流れを考えてやっています。教室で見たのか、教わったのか分からないのですが「こうやったほうが、やりやすいんだよ。」と教えてくれ凄いな!と思い感心しました。笑「今日は○枚やる!」と決め進んで学習しています。「明日は遊びたいから、今日○枚やろうかな。」と考えている姿を見れるようになったのは親として嬉しい子供の成長でした。モチベーションが上がる一つ、Gメダル!兄さんが小学校4年生の時に中学課程進級賞のGメダルのキーホルダーを貰いました。長女も公文に通っていた頃に貰っていてその時に喜んでいたのを覚えていたらしくGメダルを一つの目標として頑張っていた息子今は、次男もこのGメダルが欲しくて頑張っています。兄さんは高進度学習者が貰えるトロフィーを次の目標に頑張っていて目標を達成する喜びも大きく続けるモチベーションの一つとなっています。頑張った証として貰えるご褒美があることはモチベーションを保つ一つになっているのでとても有難いな。と思っています。4年以上使用して劣化した場合は新しいリュックがもらえる⁈公文入会時に貰えるリュック。会費に含まれておらず入会時に無料で頂きました。長男のリュックは、5年目になりボロボロになっていて...先生から新しく頂きました。「壊れたり、劣化したら言って下さい。新しいリュックをお渡しします。」と先生に言われるまで私は知らなかったのですが、家庭の負担にならないのは有難いな。と思いました。今は二人お揃いのリュックで公文に行っていて「行ってきまーす!」と見えなくなるまで手を振っている姿を嬉しく見守っています♡3人の子どもを通わせたママからみたメリット我が家は4歳から子供達に自分のことは自分で決めてね。と伝えています。幼稚園に通い始めてから自我が目覚め、初めて親元から離れて社会性を学ぶのをきっかけに自分のことは自分で決めて行動する。と家庭の教育方針として主人と決めました。長女は幼稚園での文字書きや英語など机に向かって勉強する時間が好きで、公文へ入会。長男は、姉さんに憧れて公文へ入会。追いつけ追い越せ!と頑張ってました。次男は、兄さんに憧れて公文へ入会。一緒に公文に行きたくて、「いつ公文行ける?」と聞いてきたぐらい。笑3人共、同じ親から生まれたとは思えないぐらい個性強めで性格もバラバラ。自分達で選択し決めた習い事の一つ公文は楽しい!から始まりました。その点は3人共、共通。上の子二人を見ていて...学年が上がるにつれて問題も難しく、量も多くなり楽しいから辛い、大変。と挫折しそうになる姿も見てきましたが学習習慣が身についたのは勿論忍耐力もつき、自分で考え、行動できる人になってるな。と思っています。大変だった長女の高校受験。終わった今、やっぱりベースとなったのは公文での継続は力なり。のおかげだと思いました。本当に通わせて良かったな。と思います。始まった次男の学校生活。自分のペースでコツコツとチャレンジして頑張ってくれると期待してみようと思います♪
2024年04月25日娘の幼稚園のお友だち家族が家を建て、その新居にお邪魔することになりました。娘も私も当日を楽しみにしていましたが、よりによって私はママ友宅へ行く前日に生理に。新しい家を汚してしまわないか、終始落ち着かずソワソワしてしまい……。 娘の友だち家族の新居へ娘の幼稚園のお友だち家族が家を建てました。以前から家を建てているという話は聞いていて、ママ友たちの間でも、「完成したら遊びに行きたいね」という話で盛り上がっていました。 しばらくして家が完成し、引っ越しも終わったとママ友から連絡が。そして、「新居に招待したい」と言ってくれ、私はママ友とやりとりをし、さっそく遊びに行く日を決めたのでした。 予定していた前日に生理にそして、ママ友宅へ遊びに行く前日。娘は「明日はお友だちの家に遊びに行くのが楽しみ」と言いながら寝て、朝起きた瞬間から「今日はお友だちのお家に遊びに行く日だ」とワクワクしていました。 私も楽しみな気持ちはあれど、ソワソワとした気持ちも。なぜなら前日に生理がきてしまい、ママ友宅へ遊びに行く当日は生理2日目だったから。よりにもよって経血量の多い2日目とかぶってしまうなんて。もし経血が漏れて新しい家を汚すこととなってしまったら……、ナプキンを替えるためとはいえ新しい家のトイレを何度も借りるのは気が引ける……と、気にかけないといけない点が多くあり、不安でいっぱいだったのです。 とはいえ、ママ友宅に行くことには変わりありません。そのため夜用のおしりまでカバーする大きめのナプキンを着け、消臭タイプのあるサニタリーバッグを持参し、準備万全でママ友宅へ行くことにしました。 経血漏れが気になって仕方ない初めてお邪魔するママ友宅。新しい家ということもあってとてもきれいで娘は大興奮です。私も「新築の注文住宅、うらやましいな~! すてきだな~!」と思いながら見学。そして、大はしゃぎで遊んでいる娘たちを見て、私は「生理で不安な気持ちはあったけど、遊びにきてよかったな」と思いました。 その後、娘たちが遊ぶ様子を見ながらママ友との会話をしている中で、いつのまにか生理であることが頭から抜けていて……。娘を抱っこした瞬間に、経血がドバッと出る感覚で「そうだ、生理中だったんだ」とハッとした私。 多い日用の大きいナプキンをしてきているので、経血漏れは大丈夫だろうと思っていても、結構な量が出た感覚があり、不安になってしまって……。 心配になって一度だけトイレを借りましたが、経血漏れはしていないようで安心。持参していた大きいナプキンに取り替え、使用済みのナプキンは持ってきたサニタリーバッグに入れ、持ち帰りました。またトイレから出る際は、便器に経血汚れが付いていないかも念入りに確認しました。 その日の滞在時間は2時間程度で、そこまで長くない時間でしたが、経血漏れを気にしはじめてからの時間は私にとって長い時間に感じました。今回はお互いにパパが仕事ということもあり、パパは不参加でした。そのため、次回はパパも参加できるホームパーティーを計画しています。次回は生理ではない日にして落ち着いてゆっくり楽しみたいです。 著者/Sugar111(佐藤幸代)作画/ののぱ 監修/助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダー、ムーンカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。 ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! イラスト制作者:マンガ家・イラストレーター ののぱ
2024年04月24日かし家の3人の子どもたちを紹介しますはじめまして!かしりりあと申します。 ASD(自閉スペクトラム症)の長男りー、発達ゆっくり次男かー、同じく発達ゆっくり三男おーと夫、5人家族で仲良く過ごしています。 ブログ、SNSで子どもたちとの暮らしの中で気づいたことを発信しています。そんな私たちの家族を紹介していきます。中度知的障害(知的発達症)を伴うASDの長男りーUpload By かし りりあ中度知的障害(知的発達症)を伴うASD(自閉スペクトラム症)の長男りー(6歳)です。 2024年4月から特別支援学校に入学し、放課後等デイサービスに通っています。長男りーは、1歳を過ぎても指差しや模倣、言葉が出ず、1歳半健診で様子見になりました。 その時は、インターネットで検索して出てきた自分が安心できる言葉だけを信じて、「この子には何もないんだ。もう少しで身振りをしたり、言葉を話したりするんだ」、そう思っていました。その後絵本を読み聞かせしたり、よく話しかけたりと自分なりにいろいろとはたらきかけてきましたが、これといった良い変化を感じることができませんでした。知り合いの児童発達支援管理責任者の方へ相談したところ「ぜひ来てください」と言っていただき、幼稚園入園と同時に、児童発達支援事業所へ通い始めました。あわせて、言語療法や作業療法などにも2年間通ってきましたが、事業所の先生から療育園へ通うことを勧められ、幼稚園を退園し、療育園へ通うようになりました。Upload By かし りりありーは小さい頃から、気持ちが高まるとその場で飛び跳ねます。特に、電車や車などの走るものや、流れるように動くもの(マニアックなものだと、テレビ番組のスタッフロール)が大好きで、テレビや動画でこのような場面を見ると必ず飛び跳ねています。飛び跳ねる癖は、6歳になった今も続いているので、トランポリンでジャンプするように教えています。また、感覚過敏なところがあり、マスクや帽子などが苦手です。マスクをつけていてもすぐに外してしまうので、コロナ禍の真っ只中では、周囲の目が怖かった記憶があります。最近は、家でズボンやパンツを履くのを嫌がるようになりました。履かせてもすぐに脱いでしまうため、できるだけ脱ぎにくい丈が長い服を着せるようにしています。6歳ではありますが、まだまだ幼いところもあり、気まぐれにだっこやおんぶなどのスキンシップを求めてきます。父(夫)が大好きで、以前は出勤すると泣いて怒ることもありました。発達ゆっくりさんの次男かーUpload By かし りりあ次男かーです。幼稚園年少(3歳)です。児童発達支援事業所に週2回通っています。長男同様言葉が話せないということが気になったため、保健師さんや長男の通う児童発達支援の先生へ相談し、幼稚園に入るタイミングで、長男と同じ児童発達支援に通うことになりました。そんなかーですが、身振り手振りで自分のやりたいことを伝えてくれるので、兄よりも気持ちが分かりやすいです。そして母(私)が大好きです。スキンシップも多めで誰かと触れ合っていると安心するようです。お友達や先生との関わりでいろいろなことを吸収してきて、 幼稚園で習った手遊びやダンスを披露してくれます。見通しが立たなくなると不安を感じるのか、幼稚園や児童発達支援では泣くことがあります。Upload By かし りりあかーは今、声のボリュームについて勉強中です。家では楽しくなると「わー」「きゃー」などの奇声のような大きな声をあげます。「小さい声でお話しようね」と伝えるとその時は気をつけていますが、少し時間を置くとまた「きゃー」と騒ぎ出してしまいます。今のところ、幼稚園や児童発達支援では大声は出していないようで、家の中だけなのですが、これは繰り返し伝えていきたいと思っています。発達に遅れはないと思っていた三男おーUpload By かし りりあ三男おー(1歳)です。兄たちの姿を見て活発に育っていますが、言葉や身振りがまだ出ておらず、1歳半健診で引っ掛かり、様子見ということになりました……。欲しいものへの主張はすさまじく、自分で高いところへのぼって取りに行ったり、泣いて「欲しい」アピールをしてきます。兄たちが大好きで、常に追いかけています。たくさんの人に支えてもらいながら毎日ドタバタな生活をする中で、いろいろなトラブルやハプニングもありました……。そんなわが家の日々を描いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。執筆/かしりりあ(監修:鈴木先生より)言葉の遅れがある知的発達症のお子さんは焦らずゆっくりと階段を上っていけばいいのです。そこにASD(自閉スペクトラム症)の併存があればなおさら大変になります。言語療法以外に感覚統合を行う作業療法も必要になるからです。さらに、感覚過敏やこだわりなどもあるため、育てにくさを感じる場面に多く遭遇することとなります。今回は3人とも言葉の遅れがありますが、小児科医がまず初めに疑うのは難聴の有無です。ABR(聴性脳幹反応)という検査で難聴の有無を客観的に判定できます。難聴が見つかった場合は補聴器などで補正して言葉を増やすことができるので、健診で様子見ではなく、できるだけ早く小児科医と相談する必要があります。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月24日お気に入りのもの長男は、同じ場所を行ったり来たりする常同行動を2歳の頃からしています。そして、その時いつも手にお気に入りのものを持っています。3、4歳の頃は「曲がるストロー」がお気に入りで、このストローの曲がる部分の”角度“が長男にとって重要でした。思うような角度にならないと「これは違う」とよく泣いて、自分で直せない時は私に「直してほしい」と訴えてきました。私からすると、「え?どこが違うの?」と思うようなほんのわずかなズレも長男は気になる様子でした。 ストローはすぐに傷ついたり、凹んだり、角度が変わる素材なので、長男は何度もイライラしていました。ストローの曲がっている角度と色とメーカーさえ同じであれば替えがきいたので、「思う存分折り曲げて、気にいる角度を作っていいよ」と同じストローの100本入りを渡してみました。すると長男は曲げたストローを手に持つだけではなく、ストローで工作もするようになりました。当時はたくさんのストローの芸術たちが床に転がっていました(曲げる角度を失敗したストローは飲む時に使いました)。 こだわりに拍車をかけてしまっていたのではないかと少し心配もあったのですが、最近長男が通う児童精神科の心理士の先生に幼い頃のストローの話をしたら、「ストロー100本入り良いですね!」とおっしゃってくださり、何年も経ってから安堵しました。ストローブームのあとは、「食べかけのお菓子の袋などを止める袋止めクリップ」が長男のお気に入りとなり、やはり角度にこだわりをみせていました。 今現在のお気に入りは長方形のブロックで、もう角度のブームは去ったようです。今は角度ではなく感触を気にしています。感触が気になりすぎて、ブロックを洗うことに夢中になっています。やりすぎてしまうことがあるため、通院しながら様子を見ています。Upload By ねこじまいもみ食に関するこだわり長男は好きになると、とことんはまるという性格で、1番初めにそれを感じたのは2歳の頃でした。とにかくリンゴジュースが好きすぎる。リンゴジュースをすごく飲みたがる。食事の時はお茶という約束をしていて、それは本人も受け入れていたので特に深く考えてはいなかったのですが、このようなこだわりは長女にはなく、現在3歳の次男にも見られないため今振り返ると長男のリンゴジュースへのこだわりはすごかったなぁと感じます。好きなものを何度も食べたいというのは誰にでもあることかもしれませんが、その度合いを少し超えるこだわりの強さでした。スイカも同様に、ある時期とことんはまっていました。といっても幼い頃は、そういったこだわりくらいで、激しい偏食は感じませんでした。しかし、成長につれて長男の偏食は強くなっていき、食べられないものがみるみる増えていきました。同じ頃から感覚の過敏さも強くなっていったことも関係しているかもしれません。現在は、毎日長男の食事に頭を悩ませています。Upload By ねこじまいもみ衣類のこだわり幼い頃の長男は、衣服のタグを嫌がりましたが、私が選んで着るのを手伝うと特に拒まず着ていました。タグを嫌がるのはよくあることかな、とあまり気にしていませんでした。この素材、大きさ、形が嫌、長袖は着たくない、肌着、上着は着たくない……といったこだわりが出てきたのは、幼稚園の年中の頃でした。成長するにつれてどんどんこだわりが強くなり、着られる服が限られていきました。一度も袖を通さずサイズアウトした服がたくさんあります。長男と一緒に服を選んだり、気持ちを聞いたりしながら、これなら着られるという服を私もだんだん理解していきました。それでも幼稚園の頃は、家の外でも寒くても半袖だったり上着を着なかったりしました。小学生になってからは長男自身、人の目が気になるようで家の外では長袖を着たりするようになりました。しかし、本当は窮屈だと話してくれます。家に帰るとすぐに半袖半ズボンに着替えて開放感を感じているようです。Upload By ねこじまいもみ成長するにつれて特性は強くなる幼い頃の長男は、こだわりが強いほうかな?と感じつつも臨機応変もでき、本人の困りごともうまく解消できる範囲のもので、大きな癇癪につながったりということもほとんどなかったため、「なんとなく気になるけど、どうなんだろう……」という気持ちがずっと続きました。ほかにも麺がすすれない、手先が不器用、エスカレーターが怖いなど細かいことで気になっていたことはありました。いろいろな特性が成長するにつれて強く表れるようになり、私も強く感じるようになりました。 実際に9歳の発達検査で診断を受けた時、心理士の先生から「年齢とともに、特に家での特性はどんどん強くなっていくと思う」と言われ、今それをすごく感じています。執筆/ねこじまいもみ(監修:初川先生より)長男くんのこだわりの遍歴エピソードをありがとうございます。幼い頃から、日常生活に大きな支障が生じにくいタイプのこだわりがあったのだなと感じます。お子さんによってこだわるポイントが違うので、ものによっては体調や日常生活のリズムに影響を及ぼしうるものだとなかなかに本人も周りも疲弊します。長男くんのストローは、ねこじまさんがされたように、好きなだけ(100本入り!)あげることができ、好きなだけ没頭できたのは、長男君本人にとってストレスにならなかっただろうというところでよかったなぁと思います。成長につれ、色濃くなってゆくもの、逆に成長に伴って頭で理解することで多少(本人が)寛容に受けとめられることとどちらもあると思います。昔から変わらないこと、気づけば少しずつ変化していくこと。それぞれあると思いますが、どんな経過をたどるかは人それぞれ(本人のこだわりポイント、不安の高さや、環境側の受け入れなどによっても変わります)であるため、保護者の方はどうなっていくんだろうと不安になられることもあると思います。よき相談者や支援者とつながり、ともにその不安や成長の喜びなどを共有しながら対応されると良いと思います。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。前の記事はこちら
2024年04月22日【発達障害×PTA(父母会)】アンケート結果発表新年度になり、PTA(父母会)の役員決めも行われる時期になりました。今回、発達ナビでは発達障害のあるお子さんの保護者の皆さまへ「PTA(父母会)に参加した?感じたメリット、デメリット」についてアンケートを行いました。そちらの結果と、寄せられたコメントをご紹介いたします。アンケートの結果はこちら!Upload By 発達ナビ編集部アンケートの結果、「メリット、デメリットは半々だった」(35%)という方が最も多い結果となりました。次点は「どちらかと言えばメリットを感じたことがある」(26%)です。参加することで、先生方や保護者とのつながりができるけれど、やはり作業が大変という方が多いようです。小学校は、PTAの役員、しかも代表をやらせていただきました。いろんなお母さま方との交流は楽しくもあり、難しいものだということを考えさせられた一年間でした。PTAグループの中で、小グループに分かれての活動をしたので、その時のメンバー6名とは、今でもLINEでつながっています。年代も違う、子供の性別や年も進路も違うところでのコミュニケーションは、他にはない、あたたかさがあります。障がい児二人を抱えながら、健常児を育てているお母さま方の中に飛び込むのは、とても勇気が入りました。でも、どなたも、ウチの子供達にも(もちろん、他のお子さんにもですが)同じように接してくれ、成長を喜んでくれる関係性を作れたことは、良かったと感じています。私は5年間、夫は4年間経験しました。周りができない理由合戦状態になり話が進まず、面倒臭くなって引き受けました。先生達と距離が近くなり、関わりのなかったママ達と仲良くなったり……情報を貰いやすくなったり、自分のいろいろなスキルも上がった(パソコン等)けれど、「そのやり方だと後から問題が出てくる」等の明らかな運営ミスを理解してもらえずPTA役員外から苦情を言われて尻拭いしたり……。PTA役員外から役員への無理難題や攻撃も多く、私が退任する時にPTAの組織自体を廃止させました。全くママ友もいなかったのに、沢山話のできるママ友ができてとてもうれしかった。また、学校とのつながりもよくわかるようになったし、先生たちと仲良くなれたのも良かった。ただ、時間の拘束が長く、仕事量も多くてお金をもらっているわけではないのになぜこんなにやるのかと負担を感じることもあった。広報部と本部役員をやりました。メリットは、広報部の仕事と思われる広報誌の作成や学校行事の写真撮影。特に運動会は、広報部として競技間近で写真が撮れました。校正等で学校に出向かなくては行けなかったのですが、ついでに子供の学校生活を抜き打ちで見られたりしたので、個人的にはメリットを感じました。ですが本部役員は、知りたくないことまで耳に入るのでデメリットでしかありませんでした。今も継続でしてます。デメリットもあったのかもしれませんが、メンバーに恵まれて楽しい方が上回ってます。子供の様子が身近で見られることや子供のクラスの子と話せたりしてプラスが多いです。確かに面倒なこと、大変なこともありますが、今見れる成長を感じられることや、学校でどんなふうに過ごしたり、子供の報告だけでは理解できないことが分かったりして、心の財産になりそうです。ちょうど役員中に放課後デイの閉所問題があり、学校・相談支援員とも密接に意見交換ができ、保護者として行政・施設に希望意見を出すことができたのでPTA組織の必要性を感じた。校長先生や教頭先生など、先生方と接する機会が多いので、親子の顔と名前を覚えてもらいやすいのと子供の事を理解してもらいやすい。支援学級在籍というだけで、通常学級の親御さんに「気遣い」という線引きができるのを実感しました。ある親御さんは、名乗ってご挨拶もせず、娘の同級生と遠目から私の事を確認しにきました。今は、娘は協力学級へ怖がり入れません……(一年不登校です)。※誤字等の表記の一部を修正しております。以上のように、さまざまなコメントをいただきました。以下ではPTAに参加された保護者の皆さまの体験談コラムをご紹介します。思い切って父母会役員に立候補!/小学校~高等特別支援学校でPTAをやった経験から/特別支援学校と特別支援学級で役員をやって感じたメリット等PTA体験談3選3歳児健診で多動症の疑いがあると指摘された息子さん。保健師さんから「まずは幼稚園に入ってしばらく様子を見ましょう」と言われたのですが、入園してみると脱走、癇癪、お友達トラブルで幼稚園から毎日電話!「退園してほしい」と言われるのではないかと心配していたところ、幼稚園は加配を付けてくれ、息子さんも楽しく園に通えるように。そんな幼稚園に恩返しをしたいと思い切って父母会役員へ立候補したのですが、参加してみると驚きの事実が判明したのです!お子さんが小学生の時に校外委員、学級委員と謝恩会委員を、そして高等特別支援学校では進路委員と広報委員を経験された中で感じた、PTA活動のメリットデメリットとは?PTAは「子どものために」親ができる身近なボランティア活動のひとつ、でも負担を強いるのはよくないですよね。特別支援学校と特別支援学級に在籍した6年間で、2年に1度ほどはPTAの役員や委員会の委員を経験し、積極的に役員の仕事をしてよかったと感じているという立石さん。学校のバザーに出店する焼きそばを「太麺にするか普通麺にするか」で30分も意見が交わされ、さすがに嫌になってしまったこともあったそうですが、それに勝ったメリットとはどのようなものだったのでしょうか。さいごにPTAは任意団体ですので、参加することもしないことも選ぶことができます。もちろん無理に引き受けることはありませんが、参加することで出会いや経験ができたという声もありました。アンケートに寄せられた声や、体験談コラムなどが参考になれば幸いです。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年04月20日義母は、私の夫と夫のお兄さん(義兄)の2人の息子を働きながら育てました。それに対し、私は長男を出産する前に退職したため専業主婦です。そして私の母もまた専業主婦でした。私は長男を育てるにあたり、幼稚園へ入園させたいと思っていたのですが、義母はそうではなかったのです……。※コロナ禍前の体験談です 早く保育園に預けるほうが社会性が育つ?義母は65歳になりますが、今でも現役で農家として朝から夕方まで働いています。子育て中も家計を支えるため、バリバリ働きづめだったそう。そんな義母は、子どもが1歳になったら預けて働くのが当たり前のような感覚でした。 私にも、長男が1歳になるのを前に「◯◯ちゃん(私のこと)も早く働いて早く(長男を)保育園に預けなさい。社会性も育つし、わがまま言わなくなるから」と言うのです。私は“保育園に預ける=社会性が育つ・わがままを言わなくなる”、という義母の主張にモヤモヤしました。 保育園に預けて働くことも検討しましたが、私は自分が育った環境からか幼稚園に入れたいと思っていました。 親がしっかり話し合って決断!幼稚園へ行くにしても、保育園へ行くにしても、どのように育つかはその子次第であって、どちらが良いか正解はないと思います。結局、私は「長男が1歳になったら働いて保育園に預ければ?」という義母の提案には乗らず、現在も専業主婦です。義母の意見も踏まえつつ、夫婦でしっかりと話し合い決めました。 現在3歳になった長男は、満3歳クラスへ入園を検討中で、絶賛幼稚園選び中です。ここまでの道のりは大変なことも多かったけれど、楽しいと思える瞬間が多かったのは間違いありません。これから長男の幼稚園生活が楽しいものであることを祈っています。 著者:森下ミメカ3歳男児と1歳男児の母。長男妊娠を機に専業主婦に。2歳差育児の大変さを痛感中。現在、子育てや暮らしについてのブログや体験談を執筆している。
2024年04月18日BOURGEON株式会社(所在地:大阪府大阪市中央区南船場3-2-28 NIPPOタイヨービル511号、代表取締役:柴谷 大樹)は、クラウドファンディングサイトCAMPFIREにて「子どもたちを育む絵本プロジェクト」を開始させました。子どもたちを育む絵本プロジェクト「絵本を通じて子供たちの心を育む活動を行いたい!」という思いから、プロジェクトの構想が練られました。子どもの成長に大きな役割を担う絵本。しかし、様々な理由で絵本を読みたくても手元にない子どもたちもいます。より多くの子どもたちに絵本を届けられるようにと考え出したのが、【1+1の絵本ギフト】。絵本を1冊購入すると、もう1冊が絵本を必要とする子どもや施設へ贈られる1+1の絵本ギフトです。購入する側も、贈られる側も絵本を楽しむことができ、どちらの子どもにとっても貴重な体験を生み出します。絵本は子どもたちの心を豊かに育みます。絵本のすばらしさを伝えて広げ、より多くの子供たちに絵本を通して豊かな心を育んでほしいと願っております。プロジェクト期間・先行販売期間は2024年4月17日~2024年4月30日までとなります。CAMPFIREプロジェクトページURL: CAMPFIREプロジェクトページ二次元コードこのプロジェクトでは、絵本をあまり読んだことがない子どもたちや、これから絵本デビューをする子どもたちへ、ファーストステップとなるような作品を作りたいと考えています。もちろん既に絵本が大好きな子どもたちにも楽しんでもらえるような要素を詰め込んで、たくさんの子どもたちにとって特別な1冊として作り上げていきます。この作品が子どもたちにとって新たな世界への1冊目となるような、絵本を読むきっかけにつながっていってほしいです。■プロジェクトで行うことプロジェクトで集まった資金を使って、子どもたちにとって特別な1冊となる絵本を制作します。また、【1+1の絵本ギフト】に賛同いただける方を募り、実際に絵本ギフトの販売を行います。まずはより多くの方にこのプロジェクトを知っていただければ嬉しいです。1+1の絵本ギフト■絵本について制作する絵本の対象は絵本デビューする年齢を想定して、年少さんを想定しています。絵本に触れるタイミングに早いや遅いといったことはありません。絵本の読み聞かせをお腹の中にいる時から行うことも良いとさえ言われています。より小さな子どもにも楽しめるように内容を工夫したものを考えています。絵本に触れることは、豊かな感情や想像力を育みます。また絵本から言語を学び、人間関係を構築するコミュニケーション力を高めます。子どもたちが自由に想像し、自由に表現できるような物語性を持たせたいと思います。0歳児の認識できる色は白・黒・赤の三色だとも言われるように、小さな子どもの目には淡い色は認識しにくいものです。小さな子どもたちも絵本に使われている色を様々に感じ取れるように、はっきりとした彩色を用います。1. 物語このプロジェクトでは、育児や子どもの発達についてプロの視点から物語の制作を行います。幼児教育の専門家である瓶子しのぶ先生に完全監修を依頼しました。子どもたちの成長にとって特別な1冊となるように、とびっきりの物語を紡ぎます。【専門家PROFILE】瓶子しのぶ先生幼稚園教諭・保育士・特別支援学校教諭・特別支援教育士資格。幼稚園・幼児教室に勤務の後、幼児期の発達のための教室として2005年幼児教室「かんがルーム」を開設。2019年児童発達支援「かんがエール」を開設。また、放課後等児童デイサービス「リフレームワン」を開設。現在は、各教室運営と“幼児のひとさし指”(幼児の手先を使った学び)の研究をしている。育児や子どもの発達についての講演会も行っており、講師としての人気も高い。四條畷学園大学附属幼稚園のキンダーカウンセラーも務め、相談会には多くの参加者が集まる。ニックネームはブー先生。2. 絵本の仲間たち絵本に登場するのは子どもたちにとって親しみやすい動物のキャラクターたち。かわいらしい見た目も大切ですが、それぞれが持つ個性が自由にあふれるような仲間を集めました。子どもたちは自分と違うことに対して素直に反応し、純粋にその違いに疑問を抱くこともあります。その違いを個性として認識し、認め合い受け入れることも大きな成長と言えます。多様性を学ぶといった観点からも魅力的なキャラクターである【Paul&Michelle】を採用しました。【Paul&Michelle】2019年、デザイナーalbireo氏により作画制作され、LINEスタンプとしてデビューしました。メンバーはパンダのポール、ウサギのミシェル、ネコのニコル、ゴリラのセバスチャンから構成されています。ポールは友達がおおくて誰にも明るく接します。大きな夢を持っているらしく、ポジティブマインドの持ち主。ミシェルはやさしくて甘えん坊。すこし気を使いすぎるところがあります。ニコルは社交的で何事にも慎重に取り組むしっかり者。セバスチャンは面白いことが大好きなムードメーカー。頼りがいがあり、みんなのリーダー的存在です。絵本を通してキャラクターたちに出会った子どもたちは、キャラクターに親近感をいだいて友達のように接したり、自分がそのキャラクターになりきったりして楽しむこともあるかもしれません。そんな風に【Paul&Michelle】の仲間たちが受け入れられ、子どもたちの協調性や主体性を育んでいってほしいです。ポールとミシェル二コルとセバスチャン3.仕掛け絵本には様々な学びのきっかけを仕込むことができます。物語の内容や絵はもちろんのこと、子どもの感性を刺激する仕掛けは沢山あります。その中でも子どもの興味を惹きつける「音」にこだわりたいと思っています。まだ字が読めない小さな子どもは、絵本を大人が読み聞かせて楽しむ場面も多いでしょう。読み聞かせでは、子どもたちは目と耳から情報を得ます。物語を理解するだけでなく、音から言葉を学び、語彙をたくわえられるように基礎を作っていきます。最近では“音育絵本”と呼ばれる、オノマトペをテーマにした絵本も増えてきており注目されています。オノマトペとは、擬音語(ドン、ガチャン、カンカン等)・擬声語(ワンワン、ブーブー、ピヨピヨ等)・擬態語(キラキラ、すべすべ、ニコニコ等)のことを意味し、形容詞だけでなく名詞や動詞としても使われることもあります。オノマトペは子どもたちの興味を惹きつけるだけでなく、音の面白さやことばを使う楽しさを高めます。また、なにかを表現するときにどんな音を使えば良いのか、どんな音が心地よいのかを考えるようになります。語彙を豊かにするだけでなく、音や言葉を選ぶ力を身に着け言葉の仕組みを理解するのにも最適です。このプロジェクトの絵本もオノマトペを効果的に使いたいと考えています。もし大人が読み聞かせが苦手だったとしても、オノマトペがあることで遊びながら楽しく読み進めることもできます。子どもたちは読み聞かせたオノマトペを聞いて、自分なりにアレンジしたがるかもしれません。言葉の表現の幅を広げ、自分なりに新しい音を発見し、遊びながら学んでいく。絵本を通して、子どもたちの成長を見守れることは大人にとっても嬉しいことです。4. リターンの紹介絵本を一から制作するのには様々な専門家の指導の下、どうしても多くの資金が必要となります。目標金額は10万円とし、以下のリターンをご用意いたしました。・1+1の絵本ギフト(出来上がった絵本の購入)子どもを育む絵本プロジェクトにご賛同いただき、実際に出来上がった絵本を購入していただけます。1冊購入すると、もう1冊が絵本を必要とする子どもたちや施設へ贈られます。ご自身のお子様、お友達や孫へのプレゼントなどにもご利用いただけます。(1)1冊のご購入で絵本ギフトとして1冊が絵本を必要とする子どもたちや施設へ贈られます。支援金額 1,500円(2)10冊のご購入で絵本ギフトとして10冊が絵本を必要とする子どもたちや施設へ贈られます。支援金額 14,000円・スポンサー公募(団体、法人様向け)(3)子どもを育む絵本プロジェクトにご賛同いただける団体や法人様を対象にスポンサーを募ります。支援金額 300,000円(限定販売個数5)絵本のスポンサー枠にブランド名及び商品名と二次元コードを掲載いたします。絵本発送時、同梱広告(A5サイズ)が可能です。※フライヤーは各企業様がご準備下さい。※3,000冊分となります。※絵本へのブランド名及び商品名と二次元コードの掲載は、子どもや親御さんへ親しみ深い商品アプローチに繋がります。※フライヤーを絵本と同梱することで広告開封率が高まります。発送は2024年10月を予定しております。絵本の素晴らしさを広め、絵本を通してより多くの子どもたちの成長を見守っていきたいと思っております。どんな境遇にあっても子どもたちには平等に学びや成長の機会が与えられるべきです。このプロジェクトで生まれた絵本が、様々な子どもたちにとって特別な1冊になりますように。そして、この支援を通じてPaul&Michelle絵本のシリーズ化やグッズ制作、そしてアニメ化など大きな夢も抱いています。どうぞご支援のほどよろしくお願いいたします。にじのはし【運営インスタ紹介】ままボイス|育児のあれこれ1分で解決 子育てにまつわるお役立ち情報を発信中!■会社情報商号 : BOURGEON株式会社本社所在地: 〒542-0081大阪府大阪市中央区南船場3-2-28 NIPPOタイヨービル511号役員 : 代表取締役 柴谷 大樹設立 : 2019年6月6日事業内容 : 1. 化粧品、美容家電等の美容関連商品や販売店の企画開発、運営、製造及び販売2. トイレタリー及びヘルスケア関連商品の企画開発、製造及び販売3. Eコマース事業URL : 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年04月17日引っ越し後、すぐに行動開始!待ったなしの療育と病院探し娘のしぇーちゃんが2歳半頃に、他県へ引っ越しをしたわが家。新しい土地でまず最初にしたのは、ASD(自閉スペクトラム症)の娘が通う療育施設と、発達の相談ができる病院を探すことでした。わが家は車がないので、通えるところは限られていました。そんな中で初めて契約した療育施設は母子分離型で、1回3時間で週に1~2回あり、送迎もしてくれるところでした(ちなみに、受給者証の支給量(児童発達支援を利用できる日数)は13日/月でした)。母子分離が苦手な2歳半の娘を預けることに初めは不安もありました。しかし、すぐに通える施設はそこしかなく……一日でも早く療育を再開したかった私は、良い効果があることを期待して通うことにしました。行き慣れた祖父母の家でさえも、私の姿が見えないと泣くくらい不安が強かった娘ですが、こちらの施設に通い始めて数ヶ月ほど経った頃にはすっかり慣れて、私と離れても平気になりました。診断済みでも「すぐにみてもらえる病院」を急いで探した理由。それは……娘は2歳4ヶ月でASD(自閉スペクトラム症)と診断されていましたが、引っ越し先ですぐにみてもらえる病院を急いで探す必要がありました。なぜなら、引っ越し先の自治体では受給者証の更新時に「医師の意見書(診断書)」が必要で、早くもその更新時期が迫っていたからです。目星をつけていた第1希望の病院は1年待ちと言われてしまったので、すぐにみてもらえる病院を探して受診しました。この病院には約半年ほど通いましたが、JSI-R(日本感覚インベントリー)を受けたところ数値が高く、この病院でも、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。その後、待機中だった第1希望の病院から連絡があったタイミングで、そちらに転院しました。そこでは月に2回OT(作業療法)を受けられることになりました。自立支援に力を入れる療育施設にも通うことに。よき出会いに恵まれてUpload By マミヤその頃、 初めに通っていた療育施設に加えてさらにもう一つ、小集団療育を行う施設にも通うことにしました。そこはこども園が運営している施設で、1回3時間のプログラムの中にお散歩や給食の時間があり、自立支援に力を入れていました。週に1回とはいえ、自宅から自転車で片道40分程かかるので悩んだのですが、1つ目の療育施設で娘の成長を感じられていたので、思い切ってこちらの施設にも通うことに決めました。こちらの施設では、娘は最初から母子分離不安もなく、スムーズに活動へ参加することができていました。自転車で片道40分の通園は大変でしたが、娘を送り届けた後は療育が終わるまで空いている部屋で待機させてもらい(お昼ごはんを持参していました)、天気が悪い日は別の日に変更するなど快い対応をしてくれたので、なんとか通い続けることができました。ここでは、娘も私自身も友達に恵まれ充実した日々を送ることができ、とても幸運だったなあ……と今でも思います。幼稚園に入園する?それともこのまま療育だけにする?迷った末の決断Upload By マミヤこうして、2ヶ所の療育施設と病院での作業療法に通う日々を送っているうちに、娘は3歳になりました。来年度から幼稚園に行くかどうか迷いましたが、その頃の娘はお話が上手ではなかったこともあり、集団でのザワザワは「言葉のシャワー」ではなく「ただの雑音」になるのではないかと考え、年少の時期にあたる1年間は療育1本でいくことに決めました。幼稚園には行きませんでしたが、療育と並行して月に1度は幼稚園のプレにも通い、忙しかった思い出があります。娘はこの1年間で、母子分離不安、偏食、多動が格段に落ち着き、言葉の理解が進んで意思の疎通もしやすくなっていきました。年中から幼稚園入園するため、園探しを開始。ASDと伝えると入園を断られることも……Upload By マミヤ4歳を過ぎた頃には娘がかなり落ち着いてきたこともあり、年中から幼稚園へ通うことにしました。自宅から通えそうな幼稚園を調べて、何ヶ所かの園に連絡し、事前に面談をお願いしました。ASD(自閉スペクトラム症)であることを説明した上で、娘のことを理解し、受け入れてくれる園に入園したかったからです。電話でやんわり断られた園もありましたが、面談で娘の様子を見て「ぜひ願書を提出して下さいね」と言って下さった園もありました。そして、いざ幼稚園に入園してみると、療育で小集団の経験を積んできたおかげか、娘は入園1日目から1度も泣くことはありませんでした。幼稚園での生活にもすぐ馴染んでいました。年少の1年を療育のみで大丈夫かという不安もありましたが、療育メインでやってよかったな……と思える結果となりました。執筆/マミヤ(監修:室伏先生より)引っ越し後の療育・病院探しに始まり、療育施設で過ごされた年少時期、幼稚園への入園にいたるまで盛りだくさんの情報を共有くださり、ありがとうございます。幼稚園に入園されると、多くのお子さんから刺激をもらってよい影響を受けられるお子さんもいらっしゃいますが、しぇーちゃんが年少さんの時期を療育施設のみで過ごされたことは、先生方の手厚い対応ももちろんですが、安心して過ごせる環境が確保できたという意味でもよいことだったかもしれませんね。幼稚園か療育施設かというご相談は多くの親御さんからいただきます。これについては、発達段階だけでなく、そのお子さんの困りごとによってもどちらが合うかは変わってきます。たとえば、他害がある、多動がとても目立つ、多くのお子さんがいる環境に強い不安を感じる、感覚過敏が強く環境や食事など細やかな対応が必要となる、などの場合には、幼稚園では対応が難しいこともありますし、お子さんにとっても負担が大きくなります。悩まれた場合には、お子さんのことをよく知ってくれている支援者(病院の先生や療育スタッフなど)に相談してみてくださいね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月16日握力が弱く、クレヨンがうまく持てない。創造性が弱く、特にお絵描きが苦手だった時期今思えば、赤ちゃんの頃から物をつかむことがあまりなかった息子。手のひらに感覚過敏があり、何かをつかむときもよく指先だけでつかもうとしていました。握る力も弱く、1歳半でスプーンを握るのがやっとな状態でした。そんな息子でしたが、私自身が絵を描くのが好きだったこともあり、積極的に遊びに取り入れていました。握りやすい大きめのクレヨンを買ったり、当時息子が好きだったキャラクターの塗り絵を買ってみたり、電車の絵を私がお手本に描いてみたりしましたが、効果は今ひとつ……。握力の弱い息子はどんなに濃い色のクレヨンでも、消えてしまいそうなか弱い線を2~3本描くだけでした。そもそも息子は創造性を育むような遊びもあまり好きではなく、お絵描きはもちろん、粘土遊びや砂遊び、ブロック遊びもすぐに飽きて5分と続かなかったように思います。お絵描きも、すぐにクレヨンを転がして遊んでいることがほとんどでした。Upload By 海乃けだまお絵描きは苦手だけど色に興味が出てきた時期お絵描きを好きになってもらえたら……と思いながらも、息子が苦手なら仕方ないとあまりお絵描き遊びをやらなくなっていった2歳頃、喃語ではあるものの単語を少しずつ話し始めていた息子は色に興味が出てきたようでした。同じ色のおもちゃを集めて同じ色のカップに入れたりして遊ぶ姿が多くなったので、ものは試しに、色と数字と動物が一緒になっているおもちゃを導入しました。しばらくは数字を無視して色のみを合わせて遊んでいましたが、そこから徐々に数字にも興味を持つようになりました。2歳半から通い始めた療育でも、毎日数字を目にしていたので(視覚支援で朝のお集まりの際に1~6くらいまでの数字を振ったおおまかなスケジュールを一緒に聞いたり、手遊びでも数字を取り入れたりしていました)、療育での影響も大きかったと思います。数字大好き炸裂期療育の活動の際に、絵本の時間の前に数字を数える手遊びがありました。もともと歌や音楽が好きだった息子はその手遊びも大好きになり、3歳になる頃には一緒に歌って手遊びをしていました。その手遊びから、数字の1が指1本、数字の2が指2本と、数字の概念も少しずつ分かるようになっていき、3歳半になる頃には物の数を数えることもできるようになっていました。数字が読めるようになると、数字大好き炸裂期が到来したようで、毎日毎日数字のパズルで遊んでいました。この時の息子は「分かる=楽しい」に結びついたような瞬間だったのかな、と今では思います。数字が大好きになったことで、視覚支援もしやすくなりました。スケジュールを数字で順番に説明すると、その順序を覚えてその通りに動いてくれたり……こんなにスムーズに事が進むのかと感動したほどです(笑)。お絵描き遊びが苦手なのは変わらずでしたが、この頃には色好きが高じて7色で虹を描くようになっていました(それ以外の絵は全く描きませんでしたが……(笑)。そんな虹ばかり書いていた息子ですが、4歳を過ぎたある時、数字らしき文字を書き始めたのです!!ここぞとばかりに褒めちぎり、書くこと、それが誰かに伝わることの楽しさを感じてもらいました。そこでいい気分になったのか、お絵描きの時には必ず数字を書いてくれるようになり……この機会を逃すものかと私もパパもおじいちゃんもおばあちゃんもやたらめったら褒めちぎりました(笑)。Upload By 海乃けだま数字からひらがなへ。これなんて書いてあるの?期襲来数字が読めるようになると、街中の看板や公園の注意書きをよく見て質問してくるようになりました。「ママ、これなんて書いてある?」1日に何十回と繰り返される質問に、私は読み聞かせロボットと化して答え続けました。5歳で療育園から幼稚園に転園する頃には、ひらがなの半数くらいは読めるようになっていました。幼稚園転入後は先生やお友達の影響もあり、半年ほどでひらがなもカタカナも(濁点がついているものも)読めるようになりました。数字を書いていたことで、絵を描くことへの苦手意識も低くなり、この頃には車の絵やパパやママの顔をよく描いてくれるようになっていました。ひらがなは初めは大きくなぞり書き、次に小さくなぞり書き、そして見本を見ながら書く、見本を見ながら枠内に書く……と療育でも練習していました。現在は見本の字を見ながらではありますが、自分の考えた文章を自ら紙と鉛筆を出してきて書いています。絵を描くことで指先を動かす練習になり、物の形をじっくり見るようになり、その結果がひらがなを描く土台となったように思います。字を書くことに自信がついた今では、お友達や先生に「お手紙書くね!」とうれしそうに話しています。Upload By 海乃けだま執筆/海乃けだま(監修:新美先生より)お絵描きにも興味がなかった息子さんが、成長に伴い興味が移り変わると共に、書くことに取り組めるようになった経緯を詳しく教えてくださりありがとうございます。どのような活動でも、興味を持ち始める時期や、興味の対象は人によってまちまちなので、お子さんによっては、適齢と言われる時期になっても興味を示さず乗ってこないことはありますね。海乃さんは、興味を示さない時にはそれほど無理強いすることなく、息子さんが興味を持ったものにしっかりつきあい、ここぞとばかりに褒めて、反応していかれたことがとても素敵だと思いました。そうした関わりの中で、息子さんの興味が少しずつ広がり、文字を書くことにつながっていったのですね。筆圧が弱い、不器用といったことが気になる時、普段の遊びのなかで、本人が興味を持ったことを足掛かりに手先を使う活動を増やしていくのはとても良いと思います。家庭の中だけでは興味が広がりにくい時、療育やリハビリは興味の幅を広げるきっかけを意図的に提供してくれる場になるかもしれません。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月15日亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。亮太さんは、麻耶さんに対して不満があり、会社で寝泊まりして1週間になります。亮太さんが家を出ることになった理由とは……?いつも麻耶さんの、どこか自分を見下しているかのような発言が気になっている亮太さん。つい「妻がいないほうが気がラク」とまで感じるようになってしまいました。ところが、その翌日「友だちと飲みに行く」と家を出たきり、朝になっても麻耶さんが帰らないのです。 初めてのできごとに亮太さんは慌てて麻耶さんに電話をしますが、虚しく着信音が鳴り響くのみ。いよいよ亮太さんが青ざめ始めたときに、ようやく麻耶さんが帰宅して……? 今までどこにいたんだよ! 朝帰りしたことを悪びれる様子もなく「いいじゃん。帰ってきたんだから。」とマイペースな麻耶さん。 結局、和馬君や亮太さんの心配をすることなく、さっさと寝室へこもってしまいました。 そんな妻の様子にイライラしながらも、和馬君を幼稚園に送る準備をしたり電話で仕事のスケジュールを調整したり、亮太さんはテキパキとタスクをこなしていきます。 ようやく幼稚園へ和馬君を送り届けたところで、同じ園のママ友に出会った亮太さん。彼女からのありがたい申し出に、安心して会社へと向かうのでした。無事麻耶さんが帰ってきたのは喜ばしいことではありますが、母親として責任感のなさすぎる行動には少し呆れてしまいますね。 久しぶりに育児から解放され、友だちと盛り上がってつい帰宅が遅くなることがあるかもしれません。 しかし、自分を心配してくれる人がいる以上、報告・連絡・相談は最低限守るべきマナーではないでしょうか。家族のためにも、これからはきちんとルールを守って、息抜きをしてほしいですね。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年04月13日わが家には小学4年生と1年生、4歳、1歳の子どもがいます。幼稚園に入園した4歳の次女は、半年間ずっと登園を嫌がり毎朝大泣き。幼稚園に行きたくなるように試行錯誤していた私をハッとさせた、次女のひと言は……? 登園拒否する娘の本音次女が登園拒否をするようになってから、はや半年。このままではいけないと思い、私は幼稚園に行きたくなるよう、次女の大好きなジンベイザメの力を借りることに。早速ジンベイザメのハンカチやキーホルダーを買って、朝持たせてみますが効果なし……。 そんなある日、次女は登園前に玄関で泣き始めました。私はまた今日もか……と思いつつ、「ほら〜、次女ちゃんの好きなジンベイザメのハンカチ持って行こう〜?」とあやします。するとそのとき、泣いている次女が私に向かって「ママがいい!」と言ったです。その言葉に私はハッとしました。4人の育児に追われ、次女とじっくり向き合う時間を取っていなかったかもしれない……。もしかして、次女は私と過ごす時間がなくてストレスを感じていた……? そう思った私は、その日の幼稚園をお休みして、次女と水族館へ向かうことに。次女は本物のジンベイザメを見て大興奮! 水槽の前にずっと張り付いていました。帰り道では「大好きなママと行けてよかったー!」とニコニコです。 翌日は少し泣きながらも、自ら私の手を振り登園。その後も、次女との時間をとることを意識しながら過ごしていると、徐々に行き渋りは減り、1カ月後には笑顔で幼稚園に行けるようになりました。ゆっくり私と過ごしたことで気持ちが落ち着いたのかもしれません。これからは、次女はもちろん、ほかの子どもたちの気持ちにもより一層気を配っていきたいと思った出来事です。 作画/yoichigo著者:茂木 あずさ
2024年04月13日出産後は体と心の変化が大きく、セックスレスになりやすいと聞きます。わが家の場合、早く2人目が欲しかったため、1人目出産後は多少我慢をしてセックスレスになることを回避していた面がありました。3人目は望んでいなかったため、2人目が生まれたあとは目的がなくなり、3年近くほぼセックスレス状態でした。夫との意見の相違私はもともと子どもを3~4人希望しており、夫も子どもは好きなほうなので多いほうがうれしいだろうと、ろくに話し合いもせず思い込んでいました。しかし2人目を出産して半年ほど経ったころ、3人目を出産する時期について相談すると、「3人は無理」とバッサリ。 主な理由は金銭面のことで、子どもが増えると彼らの希望通りの習い事をさせたり、大学や専門学校に通わせたりすることが難しくなるからというものでした。子どもには「将来的にしたいことをさせてあげたい」という気持ちがもちろん私にもあり、生活のことも考えると、納得しないわけにはいきませんでした。 セックスに意味を見出せないそれ以降、我慢してセックスをすることが苦痛に……。「子どもをつくらないのなら、もうしたくない」と夫に正直に伝え、完全に拒否した時期が1年ほど続きました。 「子どもを望んでいるわけでもないのに、する必要があるのか?」と考える一方で、「それでは夫に悪い」という気持ちもあり、また「セックスをする意味は、子どもをつくることだけではない」とわかってもいました。 時間が経つにつれて納得できるように夫から「3人目はつくらない」と言われ、承諾したつもりでいたけれど、本当には納得できていなかったのだと思います。しかし、子どもが成長して幼稚園や習い事に通い出すと、管理する予定が増えて忙しくなり、3人目のことを考えている暇がなくなってきました。 だんだんと夫の言うことに納得できるようになってきて、受け入れる余裕も出てくるように。ずっと一緒にいた2人目の子が幼稚園に上がると、不思議とセックスをすることが嫌ではなくなっていきました。だんだんと夫を受け入れることができるようになり、3年ほどでセックスレスが解消したのです。 ずっと夫婦仲は悪くなかったけれど、私の心の中にどうしても納得できないしこりのようなものが残っていて、それがセックスレスの原因となっていたようです。時間が経つにつれてしこりがなくなり、いつの間にか解消していました。 イラスト/(c)chicchimama著者:沢田真紀子自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年04月12日私は、現在6歳と2歳の女の子のママです。上の子が年少のとき、ママ友関係で悩みました。トラブルというほどのことではないのですが、男の子を持つママ友と話す機会がなくなり、親子で仲がよかったのにだんだんと疎遠になっていってしまったのです。当時の私は頭を悩まし、悲しい思いもしましたが、どのように気持ちを切り替え、乗り越えたのかをお話しします。 娘の友だちは男の子ばかり未就園児のころ、私と娘は近所に住む3人の男の子と、そのママたちと親しくしていました。お互いの家に行き来したり、一緒に公園に行ったりとたくさんの楽しい時間を4組で過ごしたものです。 その子たちとは同じ幼稚園に入園を決め、バス停も一緒だったため、幼稚園が始まってからもみんなで仲良く過ごせるものだと思っていました。しかし、入園して半年たったころから、その関係性に変化が生まれてきたのです。 性差があらわれ始める幼いころの娘はその男の子たちと仲良く遊んでいましたが、年少の中ごろから遊び方や好きな物に違いが出てきました。みんなは戦隊ものにハマり、技の名前を言いながら戦いごっこ。 一方、娘は戦隊ものは怖いと言って番組を見ようとしなかったのでついていけず、「男の子は戦ってばかりだから一緒に遊びたくない」と言うように。みんなで家で遊んでいても、娘だけつまらなさそう……。そのため、だんだんとその男の子たちとは遊ばなくなっていきました。 誘ってもらえなくて寂しいその子たちとはバス停で毎日顔をあわせるのですが、少しずつ距離を感じるようになりました。降園後、その3組が遊んでいても、うちは誘ってもらえないように。 娘がうまく遊べないのはわかっていたので、こちらから声をかけることもできませんでした。私は他のママとも話す機会がなくなっていくのが悲しかったです。 私の被害妄想かもしれないですが、仲間外れにされたような感覚も味わいました。でも時間が経つにつれ、「娘が遊びたがっていないのだから仕方がない」「ママ友の枠を超えるような関係ではなかったのだ」と思えるように。 そして割り切れるようになってきたころ、娘がバス停で会う1つ上の女の子と仲良くなり、その子のママとも話せるようになったのです。 現在、娘は年長になりました。男の子3組は相変わらず仲が良く、私たちはますます疎遠になりましたが、もう気になりません。ママ友というのは子どもを介して仲良くなるので、難しい側面があるということもわかりました。娘はもうすぐ小学生に上がるので、交友関係がガラッと変わるでしょう。今度はそのことに振り回されないようにしたいと思います。 イラストレーター/そら著者:小川恵子6歳と2歳の姉妹の母。育児サークルの幹部や習い事、執筆活動など、精力的に育児を楽しんでいる。
2024年04月11日春日東野幼稚園(大阪府枚方市、園長:谷野 重夫)は、こどもの日の5月5日に行われるNTT JAPAN RUGBY LEAGUE ONE 2023-24シーズン最終節の花園近鉄ライナーズ 対 三菱重工相模原ダイナボアーズ戦(東大阪市花園ラグビー場、大阪府東大阪市)ハーフタイムショーに組体操のパフォーマンスで出演いたします。東大阪市花園ラグビー場春日東野幼稚園 組体操の様子■実施の背景 (1)ラグビー×幼児教育 (2)東大阪×枚方本園では、かねてより地域のつながりから同志社大学ラグビー部との交流、ラグビー体験などを実施してきた経緯もあり、「ラグビーの文化」に親しんできました。日頃からスポーツや遊びを通してフィジカルを鍛え、協調性や健全な心身を育むことに取り組んできた園が、ラグビーの聖地である東大阪市花園ラグビー場のピッチに園児が立つ経験を通して、子ども達が家族ぐるみでラグビーに親しみ、その魅力に触れる機会とします。さらには大阪・関西万博を目前に、大阪には多様な魅力あふれる街があることを知ることをねらいとしています。■組体操のねらいは「心を一つにすること」指導は幼児活動研究会株式会社コスモスポーツクラブ(本社所在地:東京都品川区、代表取締役:山下 孝一)の専門指導員と本園職員による。低年齢時期から日々園で取り組んでいる動きを基としたプログラムで、そこに「基礎的な身体作り」「規律」「機敏な動き」の鍛錬を重ねることにより、過去の事案により生まれた『組体操は危険』の概念を覆す組体操に取り組んできました。本来の目的である「子どもの身体作り」を踏まえた構成で臨みます。出演は今年度の年長組およそ80名。毎年秋の運動会で年長組が披露している組体操を、今回は巨大こいのぼりを模した「こどもの日バージョン」のパフォーマンスとして披露します。●春日東野幼稚園 組体操についての過去のプレスリリースと過去の動画は、以下のリンクまたは下記二次元コードよりご覧いただけます。 二次元コード終了後は花園近鉄ライナーズの選手と園児の交流の時間を持つ予定です。NTTジャパンラグビー リーグワンのハーフタイムショーで、幼稚園が組体操を披露するのは初の試みとなります。■施設概要学校法人谷野学園 春日東野幼稚園所在地: 〒573-0137 大阪府枚方市春日北町4丁目20番1号代表者: 園長 谷野 重夫設立 : 昭和49年2月URL : 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年04月11日亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。麻耶さんに対して不満があった亮太さんが、会社で寝泊まりするようになった理由とは……。亮太さんは麻耶さんの嫌がらせのような言動にだんだんとストレスが溜まっていきます。幼稚園の行事をめんどくさいから亮太さんに任せると言う麻耶さん。きょうだいが多く、小さいころあまり母親に気にかけてもらえず寂しく思っていた亮太さんは、和馬君が自分と同じ思いをしているのではないかと心配していました。 和馬君が通う幼稚園の参観にやってきた亮太さんと麻耶さんですが……。 夫を褒めるママ友… 帰りの会が終わった後、園庭で亮太さんが和馬君と遊んでいると、和馬君のお友だちが数人集まってきました。 亮太さんの姿を見て、麻耶さんのママ友は素敵なパパで羨ましいと話します。一緒に遊んでいたママからお礼を言われてうれしく思っていた亮太さん。しかし、麻耶さんはイライラした様子で、亮太さんに「勘違いするな」と言うのです。 あまりにきつい言葉に言い返したくなる亮太さんですが、和馬君に両親の喧嘩を見せるまいと言葉を飲み込むのでした。 自分の子どもだけでなく他の園児たちとも楽しそうに遊んでいる亮太さんは、誰の目から見ても素敵なパパに映るでしょう。ママ友が亮太さんを褒めるのももっともだと思いますが、麻耶さんは亮太さんが褒められることが気に入らないようです。 和馬君の前でも平気できつい言葉を亮太さんに浴びせる麻耶さんですが、それを見ている和馬君の気持ちをもう少し考えてほしいものですね。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年04月09日保育士の中田馨さんが、保育園で知り合ったママ友との付き合い方について教えてくれました。ママ友との付き合い方にお悩みの方はぜひ参考にしてくださいね!こんにちは! 保育士の中田馨です。4月からお子さんが保育園に入園したという方も多いことでしょう。保育園の入園は新しい生活の始まり。特に親子共々、初めて保育園に入る場合は、不安に感じていることもあるのではないかと思います。 その中でも「ママ友とうまく付き合っていけるか?」と思っているママさんもいるのではないでしょうか。今回は、保育園で知り合ったママ友との付き合い方についてお話しします。 ママ友がいると良いことってどんなこと?私の話になりますが、私も長男が生まれたときにママ友は「何だかちょっと不安」と思っていました。学生のときから友だちは、大人数より少人数派で、人見知りが強い私。何だかわからないことに巻き込まれるのは嫌だなぁ、と思っていました。 そのため、息子たちは幼稚園に通っていましたが、幼稚園の送り迎えも極力、あいさつだけで済ませていた時期がありました。そのほうが、自分がラクだったんです。 でも、行事やPTAの活動の中で、知り合ったママ友とたわいもない話をしているうちに「あ、この人と馬が合う!」という人に少しずつ出会えたのです。私自身が、ママ友がいてよかったなと思うことを具体的に挙げてみましょう。 ・保育園の準備物、行事をどうすればよいか聞ける・子ども同士が中高生になっても仲が良く、母同士も親友になった・子どもの共通の話題(悩みや不安など)を相談できるなど 保育園の行事や持ち物などちょっとしたことを気軽に聞けるママ友が園に1人でもいると、いざというときに助かります。また、園での出会いがきっかけで、その後長くお付き合いできるママ友に出会えるということもあるかもしれません! 私も今では、週1の習い事もお友だちと一緒で、子どもたちを待っている間に近くのカフェでお話できるのもストレス発散の時間になっています。 ママ友と話すべきではないのはどんな話?では、ママ友とどう付き合えばよいか? ですが、まずは自分にとってOKか? NGか? の項目を明確にしましょう。私が「これはママ友と話すべきではない」と思っていることは以下の5項目です。 ①子どもを比べない②わが子の自慢話③わが家の自慢話④先生の悪口⑤他のママの悪口など これは私の基準なので、もちろんご自身の基準を考えてくださいね。ポイントは、自分が相手にされて「イヤだな」とか「モヤッとするな」と思うことは、しないということ。子どもにも「自分がイヤなことはお友だちにしない」と言っていますよね。大人も一緒です。もちろん、上記をママ友から話されたら、話を合わせられる内容もあります。 しかし、ちょっとでも「モヤッと」することは、話を合わせなくていいと思います。話を合わせないとその後のママ友関係が崩れてしまうと心配するかもしれませんが、それで崩れたのならそれまでの関係だったということかもしれませんね。 会話に困ったときは? 帰りたいのに帰れないときは? どうすればよい?隣り合わせになったママ友と会話をしていて、もう話すネタがない! なんて会話に困ったときはどうすればよいでしょう。ポイントは当たり障りのない会話をすることです。 例えば、保育園の準備物や行事の話をしてみましょう。「服の名前書き、どうしてる?」など聞いてみたら、思いもかけない裏技を知っているかもしれません! また、どうしても会話に困ったら「無言」でよいのです。無理して話を続ける必要はないんです。 では、逆に話が止まらず「帰りたいのに帰れない」場合はどうすればいいでしょう。これは、タイミングを見計らって「ごめんね! 今日、6時に宅配を頼んでいて! もう帰らなくちゃ!」なんて理由をつけて帰るようにしましょう。思いきりが大切です! 「日々のお付き合い」はどうしたらよい?保育園のママ友は、基本的に仕事を持っている方が多いと思います。朝夕は忙しい方が多いので「何か、お話しなくちゃいけない」という概念は取っ払ってよいと思います。その代わり、出会ったら「おはようございます!」、「さようなら」と元気にあいさつしてください。これは、ママを選ばず、すべてのママさんにです。このあいさつも、最初は「返事を返してくれるかな?」とドキドキするんですけどね。毎日の習慣にするとできるようになりますよ。 また、ママ友には敬語? ため口? と迷うこともあると思います。基本的に私は、年上でも年下でも同世代でも「敬語」にしています。心を許せるようになってきたら、徐々にため口になっていくのですが、最初は丁寧な言葉でお話しするのがよいのではないかと思います。 今回は、ママでもある私の体験も交えつつお話ししました。お役に立てばうれしいです! 著者:保育士 一般社団法人 離乳食インストラクター協会 代表理事 中田家庭保育所施設長 中田馨
2024年04月09日亮太さんは妻の麻耶さん、4歳の息子・和馬君の3人家族。亮太さんが、会社で寝泊まりするようになった理由とは……。麻耶さんの嫌がらせのような言動にだんだんとストレスが溜まっていく亮太さん。家族と出かけたときや和馬君と2人で過ごす時間も、イヤホンをしてスマホを見ていることの多い麻耶さんに亮太さんはモヤモヤを感じています。麻耶さんが自分を優先するあまり、和馬君が蔑ろにされていないか気がかりな亮太さんなのでした……。 和馬君の幼稚園入園式の日、亮太さんはある女性に出会います。 和馬に俺と同じ思いをしてほしくない… 保奈美さんは、和馬君のお友だちのママ。控え目で麻耶さんとタイプの違う保奈美さんに、亮太さんは自分と同じ“におい”を感じます。ある日、亮太さんは和馬君の幼稚園の親子参観の案内を見つけました。そして、面倒くさいから今後幼稚園の行事は亮太さんに行ってほしいと麻耶さんは言い出します。 きょうだいが多かった亮太さんは、幼少期に母親にかまってもらえず、母親は自分に関心がないのかと感じていたよう。幼稚園の行事を自分に押し付ける麻耶さんを見ていて、和馬君が自分のように寂しい思いをしていないか心配になる亮太さんなのでした。 面倒くさいからと幼稚園行事を亮太さんに押し付けようとする麻耶さん。たしかに幼稚園の行事は時間も取られますし、大変なこともあるでしょう。しかし、幼稚園でしか見られない成長もたくさんあります。共働きなのですから、夫婦2人で協力して幼稚園行事に臨んでほしいですね。 >>次の話著者:マンガ家・イラストレーター くろねこ
2024年04月08日息子が4歳、娘が生後7カ月だったころの話です。ある日、幼稚園と保育園に子どもたちを迎えにいった帰りに、買い物へ行きました。そのときに年配の女性から話しかけられたのですが、あることがきっかけでまさかの事態に……。 そんなこと言われる筋合いはない…! 息子が4歳、娘が生後7カ月のときの話です。子どもたちを迎えに行ったあと、私たちはそのまま買い物へ。すると、ひとりの見知らぬ年配女性が「こんにちは。まぁ、顔がそっくりなかわいい男の子たち! 2人ともまつげが長くてうらやましいわ~」と声をかけてきました。この日、息子は幼稚園の制服、娘は息子のお下がりの青いTシャツに、緑のズボンというスタイル。娘の性別を間違えてしまった女性に、息子がすかさず「違うよ。僕は男の子だけど、妹ちゃんは女の子! 間違えないで」と強い口調で言い返しました。息子はあくまで淡々とした口調でしたが、年配女性が気を悪くしないように息子の態度に慌てながら、「息子がすみません! よく間違えられるんですけど、女の子なんです」と私は伝えます。 すると女性は、「髪の毛も短いし、そんな服を着ていたら男の子に見えるじゃない! もっと女の子らしい服を着せなさいよ!」とまさかの激怒! 私はその様子に驚くと同時に、どうして知らない人にそんなことを言われないといけないの? と腹が立ちました。言い返したい気持ちはあったものの、これ以上関わるのはやめようと「そうですね。もっとかわいい服着せます。急ぐので失礼します」と言い、その場を去ることに……。 買い物が終わり車に戻ったとき、息子が「なんでさっきのおばあちゃんは、間違えたのにごめんねって言わないの?」と聞いてきました。私は「そうだね。間違えたら素直にごめんねって言えたらいいよね。息子くんはよくわかってえらい!」と答えます。人間、誰しも間違えることはあるもの。自分の非を認めたくないこともありますが、私も気をつけなければいけないし、子どもたちも素直に謝れる人に育ってほしいと思った出来事でした。 作画/yoichigo著者:さこだみさと
2024年04月08日幼稚園や保育園に入学したお子さんは、初めて親御さんと離れての集団生活が始まります。新小学1年生の場合は、友達と仲良くできるか、勉強に登下校は大丈夫なのか、親子で不安に思うことも多いはず。心配が尽きない新学期ですが、お子さんにとって「これがあるから学校に楽しみに学校に行ける」「会話のきっかけになる」のは、バック・体操服・上履き入れといった入園入学グッズの布小物なんだそうです。昔は母親や祖母の手作りが定番でしたが、今はその子が気に入る世界観を持つ作家さんにオーダーするのも主流の選択肢となっています。その子のお気に入りアイテムを持たせてあげることがいかに大事なことか、入園入学グッズの作家・おやこでものづくり ゆかさん(@oyakode_monodukuri_yuka)に実情を聞きました。■自分時間を持てることをあんなに楽しみにしていたのに…「親側もすごい不安」入園・入学グッズの作風としてはニッチな”ゆめかわ”を作品の世界観としているゆかさんは、「”かわいい"でその子の自信を作り上げる」「”かわいい”は、その子の鎧となってくれる強い味方である」と、その世界観にこだわり続ける理由を話します。親御さんと離れて集団生活を送る不安…新学期を迎えたお子さんたちは、どのようなメンタルになることが予想されるのでしょうか?ーー入園・入学してから、新しい環境に慣れるまで、お子さんからはどんな不安が出てくると想定されますか?「幼稚園や保育園の場合は、子どもたちにとって初めて、親から離れての集団生活が始まります。しっかりしている子は理解している場合もありますが、まだまだ幼いので『なぜママと一緒じゃダメなのか?』『なぜこんなところに行かされるのか?』理解できない子も多いです。過ぎてしまえば笑い話ですけど、親側もすごい不安なんですよね。私も、娘の幼稚園が始まって自分の時間を持てることを楽しみにしていたのに、最初は幼稚園をなかなか後にできず、お迎えも早々と行ってしまう(笑)。お客様からも聞きますが、朝の準備時間に毎日泣かれてしまったり、行き渋りする子は本当に多いようです。先生は慣れたものですけど、親御さんたちが悩むケースをよく聞きます」ーー幼い頃は個人差も大きいと思いますが、小学校入学時はどんな雰囲気なのでしょうか?「保育の現場から一気に教育に変わり、もちろん先生方は愛情持ってご指導くださいますけど、幼稚園で受けてたものとはまた違う雰囲気になります。親から離れて初めて子どもたちだけで登下校する。長い授業が始まる。友達とのトラブルの際も、子どもたちが考えて自分で行動を起こすようになります。もう親は心配でしかないですよね!発達がでこぼこな子もいて、幼稚園で遊んでた頃は常に先生が目を向けて都度対応してくれた環境があっても、学校となるとそうはいきません。行き渋ってお休みすると、親御さんは低学年の子どもを家に置いておけないのでお仕事休んだり、長期になると退職も考えるという話もよく聞きます」■その子をかわいくするだけではない「鎧となってくれる強い味方」ーーお子さんが抱く新生活の不安、自信のなさなどを“ゆめかわ布小物”によって、どのように解決できると思いますか?「レッスンバッグをオーダーしてくださったお母さんから『"かわいい"はその子を強くするんですね!』と言っていただいたことを覚えています。そのお母さんは、娘さんの人見知りが激しく、毎日幼稚園を行き渋りしてたことに悩んでいたそうです。毎朝泣かれてしまい、登園の時間は憂鬱に…。ですがある日、幼稚園の先生がその子のバッグを『かわいいね!』と褒めると、その子は褒められたことがすごく嬉しかったのか『先生にまた褒められたい…』とお母さんに打ち明けたそうです。次の日からその子は泣かなくなり、1年経つ頃には『レッスンバッグを持って楽しく幼稚園に通ってます!』と報告いただきました。"かわいい"といっても、ただその子をかわいくするものではないんですよね。その子の鎧となってくれる強い味方であり、内気な気持ちに自信を与えてくれる。”ゆめかわ”には、そんな強さがあると信じています」ーー布小物は母や祖母に作ってもらうことが昔は当たり前だったように思います。親にとってそれをこなすことが愛という考え方もありましたが、それが今どのように変わってきていると感じますか?「現代のお母さん方はお仕事されてる方がほとんどで、とにかく時間がないですね。おばあちゃんに頼めるならそれでもいいんですけど、『それができない!』となると本当に大変です。手芸ができない、ミシンを持ってない人からしたらどうしたらいいのか本当に困ると思います。私立の幼稚園は手作り指定が多いですし、手作りの指定はなくても市販じゃ売ってないサイズを指定するところも多いです。今は手芸屋さんでオーダーを受けているお店があったり、SNSを開けばたくさんハンドメイド作家さんがいます。気軽に手作りをお願いできる環境になり、購入者様の選択肢も増えていると思います」ーー入園・入学グッズを作る時間をどうとらえるかですよね?「作ることがツラい時間になるなら割り切ってオーダーして、その時間をお子さんとのコミュニケーションの時間に回すという考え方もできます。特に幼稚園入園前はママとずっと一緒にいられる最後の時間になるので。私が作る場合は、生地やオプションの装飾選んだり、お子さんが選択する楽しみもあるので、親子でお話をしながら一緒に選ぶ時間にしてもいいですから」ーー手作りであることは「あなたのために作った」「あなたを想っている」ことを伝える機会でもありますよね。だからこそ「こんな柄でこんな色がいい…」という子どもの要望を通す大切さをどのように考えますか?「1〜2歳でまだお話しできないお子さんですとお母さんの好みで選びますけど、入園前の3歳になるとだいぶお子さんも好みが出てきます。私にオーダーしてくださる方は『娘はかわいい物が好きなんです』とおっしゃる方が多いです。お客様にメインとなる生地を選んでもらいますが、私の方でも『ぜひお子さんにも見本を見せて聞いてみてください』とお伝えしています。お子さんたちもそうやって自分が選んだ事をちゃんと覚えていて、ワクワクしながらお母さんと一緒に決めて、作品が届いた時に選んだ生地が形となって出来上がっていることに大喜びしてくれます。自分で選んで決めた物ですから、子どもたちの自己肯定感も上がります。私が一番大切にしてることは、『子どもが笑えば、大人も笑う!』です。その子が笑っててくれたら、周りの大人たちは幸せなんです。その子の未来に希望を見いだせるように、親御さんが抱える不安が軽減できるようにお手伝いができればいいなと思っています」
2024年04月08日保護者と離れられる?座っていられる?声を出してしまったり……。心配がいっぱい⁉発達に特性があるお子さんの入園、入学式新年度がスタートしました!お子さんが入園入学を迎えるなど新しい環境に身を置かれる方も多いのではないでしょうか。この記事では、発達ナビの会員の方から寄せられた読者体験談、そして連載ライター陣の入園式、入学式にまつわるエピソードをまとめてご紹介します!発達に特性があるお子さんの入園、入学式、座っていられる?声を出してしまわない?と心配なことが多いと思います。見通しの大切さ、伝え方など式前に「こうしておこう!」と思えるような参考になるエピソードをお届けします。式中大号泣!どう伝えればよかった?見通し不安から大パニック!入園式のエピソード4選年中で軽度知的障害、ASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けた知的障害特別支援学級在籍のお子さん。4月の新学期シーズンになると毎年思い出すのが、大変だった幼稚園の入園式だそうで……。見通しの大切さを痛感するエピソードです。3歳でASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)の診断を受けた見通し不安がある息子さん。数字にこだわりがあるそうで、入園式前に「だいたい何分くらい?何をするの?」と聞いてきた息子さんに「時計の針がぐるっと一周して長い針が6にくるまでには終わるよ」と伝えたのですが、結果大パニックになってしまったそうで……。入園前にASD(自閉スペクトラム症)と診断された星あかりさんの息子のスバルくん。幼稚園側はスバルくんの特性を理解してくれていたのですが、入園式は問題なく目立たず無事に終わってほしい……と思う星さん。式中に立ち上がろうとするスバルくんの腰をつかんで座らせたり、静かな攻防戦を繰り広げていたそうなのですが……。3歳の時にASD(自閉スペクトラム症)と診断を受けたゆきみさんのご長男・けんとくん。以前、写真スタジオでスーツのような服を着た時大号泣してしまったことがあったため、入園式で制服を着るとパニックが起きてしまうのでは……と心配したゆきみさんが、入園式に備えて制服を着る練習を開始!本番で制服を着たけんとくん、入園式を乗り切れたでしょうか?式中大号泣!見通し不安から大パニック!入学式の2つのエピソード小学校入学後にASD(自閉スペクトラム症)と診断を受けた娘さん。小学校入学式に際しては、前日のリハーサルに参加、そこで担当の先生に、娘さんの特性を説明し無理をさせない形にしたいこと、母と一緒に入学式を見学する形にできないかとお願いしたのですが、先生は「大丈夫大丈夫」と全く心配していない様子だったそうで……。心配しながら迎えた本番、入場時の花道で見たのは6年生に引きずられているように歩いている娘さんの姿。「入学式に参加させるのを止めるべきだった後悔しました」と語る保護者さんの体験談です。ASD(自閉スペクトラム症)、重度知的障害(知的発達症)と診断をされているカタバミさんのお子さんのまちゃくん。入学式の当日は、恐れていたことが起こってしまったそうで……。「ショックで行事はこれから全て欠席させようかと思ったほど」と感じた衝撃の入学式から特別支援学級に通った1年、まちゃくんは大きく成長しました。心配してしまうけれど、入園・入学式は通過点!みなさんの新生活が楽しいものであるよう応援しています!たくさんの人が集まって静かにお話を聞くという、いつもと違う環境は緊張して当然です。入園、入学式はこれから始まる新生活のただの通過点、これからお子さんたちが過ごす日々の中でたくさんの楽しいことに出合えるよう、応援しています!(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月07日ウーマンエキサイト読者の皆さま、こんにちは。次女オコメも先月卒園を迎え、この春から小学生。長女ムスメの時から6年間お世話になった幼稚園との別れは私にとっても切ないものでした。ありきたりな感想にはなりますが、あんなに甘えん坊で小さかった子どもたちが、小さくなった制服を着こなし、堂々としている姿を見るだけで嬉しくもあり切なくもありなんともいえない情緒になりました。卒園式の入場の時点で泣いている親御さんも多かったです。とりあえず私はその時点では涙は出ていなかったのですが。泣いたところなんて見たことがない、いつも元気いっぱいの男の子の号泣しながらのあいさつにやられました。そうだよね、寂しいよね。幼稚園楽しかったもんね。 安定の照れ照れオコメでしたが、しっかり自分の言葉でお礼を言ってくれました。こちらこそありがとうだよ!(すすり泣き) オコメと親友の子の別れはとっても頼もしかったです。また会えるね!もう泣きの山場はこえて帰宅直前で油断したんですよね。幼稚園生活に子にとっても親にとっても欠かせない存在の先生。いろいろなことがありましたが、本当に助けてもらいました。ありがとう、幼稚園!
2024年04月06日たくさんの困り事スバルは3歳で自閉スペクトラム症と診断されました。スバルは小さなことから大きなことまでたくさんの困り事を抱えていました。なかには成長や経験によって解決することもありました。しかし困り事は次から次へと現れ、なくなることはありませんでした。何度も「『コレ』ができるようになれば世の中で言うところの『普通』に追いつけるのに……」と思っていました。その考えは経験と共にゆっくりと溶けていき「スバルはスバル」と思えるようになるのですが、小さな頃は「追いつかなければ」という焦りが常にあった気がします。悩んだ末、特別支援学級(自閉症・情緒障害学級)へ幼稚園年長時のスバルの進路をどうするかという時期に、さんざん悩み、納得がいくまで何度も見学し、わが家はスバルの就学先として特別支援学級の自閉症・情緒障害学級を選びました。そして就学相談を経て無事に特別支援学級の自閉症・情緒障害学級への就学が決まりました。この頃のスバルは幼稚園の中で集団への指示が通らなかったり、指先や運動面で先生の補助が必要なほど不器用だったり、ちょっとずれたコミュニケーションを取ってしまったりという困り事を抱えていました。家や公園など少人数で過ごす時と比べて、集団の中に入ると爆発的に困り事が増えるスバルをずっと見てきたので、少人数で過ごせる特別支援学級はスバルに合っていると思いました。ただ自分自身が経験したことがない「特別支援学級」に少なからず不安はありました。その不安を解消するために何度も見学を重ねたのですが、実際に入学して、学校での様子を見ないことには完全に安心することはできませんでした。入学式前日、特別支援学級(自閉症・情緒障害学級)に入る新1年生のみ体育館へ集合入学式の前日の夕方、特別支援学級に入る新1年生は体育館に集合しました。翌日の入学式のために会場の準備が終わった体育館で、担任の先生から「明日ここで入学式をするんだよ」と説明がありました。「あそこの入り口から入ってきてこの椅子に……」と説明は続きましたが、スバルと新しいクラスメイト達はソワソワして集中していませんでした。我慢できなくなった1人がその場を離れたのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように数人がその場からいなくなりました。彼らが体育館の中で散り散りに何をしていたかというと、会場のチェックです。スバルも今がチャンスとばかりにその場でゆっくりと回転しながら、会場の全体の風景を360度目に焼きつけていました。新しいクラスメイトたちは、体育館の椅子を重点的にチェックする派、ステージのカーテンの裏をチェックする派、体育館をぐるりと一周する派、そしてそんな新しいクラスメイトの動きを観察する派がいるようでした。先生は焦ることなく「こっちにピアノもあるよ」なんて案内をしてくれました。しばらくして先生が声をかけると1人、また1人と戻ってきて説明が再開されました。先ほどの様子とは打って変わって、集中して説明を聞いていました。もしこれが幼稚園の頃で、スバルが私の目の前で会場のチェックを始めたら慌てて止めていたと思います。「みんな座って先生の話を聞いているのに、何で1人回転してんの!」と……。スバルの回転のその先に、安心と集中があるのだとしても、私は1人だけ違う行動をするスバルを止めない訳にはいかない小心者なのです。ずっとそうしてきたのです。新しいクラスメイトの保護者たちはわが子が会場チェックを始めた時、一瞬焦り止めようとしましたが、先生も一緒に会場チェックをし始めたので「おたくも?」「あらおたくも?」と顔を見合わせ、そのまま見守る流れになりました。ほかの保護者が止めていないので、私もスバルを止めることはしませんでした。小心者なので。Upload By 星あかりその後は教室に移動し、自分の教室と自分の席をチェックしました。今度は先生が「先に教室を見て良いよ」と言ったので、それはそれは、くまなくチェックしていました。そして自分の席に着き、先生の話を真剣に聞きました。翌日の入学式で「途中で退出したくなったとき」「式の流れが分からなくなったとき」「じっとしていられなくなったとき」どうしたら良いかの説明がありました。「じっとしていましょう」「座っていましょう」「静かにしてましょう」ではない説明に驚くと共に、心が軽くなりました。先の見通しが立たないと不安になるスバルは、会場のチェックやもしものときの対応法を聞くことで安心を得たと思います。はたから見れば少し変わっている「スバルが安心できる行動」が許される環境に、私は安心しました。小学校の入学式当日そして迎えた入学式当日。スバルも新しいクラスメイトたちも拍子抜けするほど落ち着いて過ごし、無事に入学式は終わりました。入学式の後、保護者は体育館に残り、新1年生は体育館から教室に移動しました。通常学級と特別支援学級は校舎が違うので、それぞれの校舎へとつながる別の扉から退場していきました。Upload By 星あかり大多数の子とは別の扉から、ホッとした表情で退場するスバルの後ろ姿を見ながら「追いつくとか追いつかないとかではなく、そもそも別の道を歩いていたんだな」と妙に納得しました。それは悲観やあきらめではなく、これから始まる新生活への期待と安心でした。面白そうなクラスメイトと理解ある先生と一緒に、私たちが選択した安心できる環境でスバルはスバルの道を歩いていくんだな……と、感じた入学式でした。執筆/星あかり(監修:初川先生より)特別支援学級(自閉症・情緒障害学級)へ入学するスバルくんの、入学式準備・本番のエピソードをありがとうございます。新しい環境だと落ち着かない、不安で(体育館などに)入ることすらできないといったお子さんには、事前に会場や使用するトイレ、靴箱を見せていただいたり、段取りを説明していただいたりすることがよくあります(通常学級に入学する場合も学校によっては対応してくださいますので、お問合せしてみてください)。スバルくんのクラスでは、皆さんまとまって下見・事前説明が行われたのですね。クラスメイトとも顔を合わせる良き機会になったことと思います。新しい場所について、ひとしきり気になるものをチェックすることで、場自体や気になるものが何であるかを探索的に理解することができるので、安心でき、一度その探索を終えていれば本番の式では探索する必要もないので落ち着いて過ごすことができたのでしょう。保護者の方からすると、そうした前日の指導をする先生方の様子を見ることもでき、安心してお任せできそうだと感じられたことと思います。「途中で退出したくなったとき」「式の流れが分からなくなったとき」「じっとしていられなくなったとき」の説明もされたとのこと、何よりです。“礼儀正しくおとなしくしていなければならない”では、不安と緊張でいっぱいの新入生にはとてもつらいですね。そうした困ったときにどう先生にサインを出すか、どうすればいいかの説明があるのはさすがだなと感じました。小学校の入学式は一生に一度のものですし、それまでの園生活よりも児童や保護者、先生方がたくさん集う機会かもしれません。お子さんらもそうした晴れやかな場にわくわくすることもあるでしょうし、保護者の方にとってはいよいよ小学校入学ということで感慨もひとしおかもしれませんね。多少のトラブルがあっても、あとから振り返ればほほえましい思い出になるかもしれませんが、きっとその瞬間はひやひやハラハラされることでしょう。式自体はこのように予習・下見したり説明を受けたりすることで、少し心に余裕をもって臨めるといいですね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月05日3歳まで自宅保育のみで育った長男が、とうとう幼稚園入園Upload By プクティわが家の長男が2歳になった頃、ちょうど新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、不要不急の外出はできなくなりました。それまでたまに行っていた児童館には行けなくなり、誰かと遊ぶこともほとんどできなかった長男。基本的にずっと自宅で過ごしていて、プレ幼稚園などに通うこともありませんでした。そんな長男が3歳になった4月、とうとう幼稚園に入園し、初めての集団生活を経験することになりました。第一難問「制服」Upload By プクティ長男が入園した幼稚園は、制服で登園することになっていました。長男は洋服の素材に人一倍敏感だったので、果たして幼稚園の制服を着てくれるのか非常に心配でした。入園前に慣れておいてほしいと思った私は、制服が届いた時から、何度か着てもらおうと試してみましたが、長男は断固拒否で全然着てくれず……。しかし一度だけ、入園前に写真を撮るためになんとか無理矢理着せることに成功しました。制服を着るまでは大泣きでしたが、いったん着てしまった後は嫌がることなくノリノリで写真を撮ることができていた長男。その姿に少し安心していたのですが、いざ幼稚園が始まると、やはり制服を着るまでに毎朝大苦戦しました。第二難問「バス乗車」Upload By プクティ制服をなんとか着られた後は、幼稚園バスが迎えに来てくれるバス停へ歩いて行きます。初めて登園した日は、幼稚園に行くこともあまり理解できていないようでしたが、バスが到着し、ママと離れてバスに乗らないといけないと気づいた瞬間大泣き!暴れる長男をなんとか先生にバスに乗せてもらい、出発していきました。さらにこの時期はコロナ禍ということもあり、マスク着用も必須。マスクなんか普段絶対つけてくれなかった長男は、マスクに慣れるのにも非常に苦労しました。幼稚園から帰ってくる長男は毎回ボロボロの状態。幼稚園生活に慣れたのは……Upload By プクティこんな調子で毎朝何とか幼稚園に送り出しますが、あっという間に帰宅時間はやってきます。バス停へ迎えに行くと、まだ完全にトイトレも完了していなかった長男は毎回お漏らしをして、制服がびっしょりの状態でした。さらにはマスクも嫌がって咥えてしまうようで、びっしょりのマスクと共に帰ってきました。しかも、疲れて帰りのバスの中で眠ってしまうようで、バス停に着き起こされて不機嫌になった長男を、毎回抱っこして帰っていました。Upload By プクティ私は毎日毎日制服を手洗いしつつ、そんなボロボロの状態で帰ってくる長男が気の毒で罪悪感に包まれ、早く幼稚園生活に慣れて楽しんでくれる日が来てほしいと願っていました。しかし、慣れてきたかな?と思うと週末や連休でリセットされ……ということを繰り返し、結局長男が幼稚園生活に慣れるまでには、入園から2ヶ月くらいかかったのでした……。執筆/プクティ(監修:森先生より)どんな子どもでも新しい環境に入る時は期待半分、不安半分で戸惑うものです。プクティさんがお子さんの様子をあたたかく見守りながら適切なサポートをしてくれたので、お子さんは、はじめのうちは苦労しながらも、しっかりと幼稚園に慣れていくことができましたね。発達に偏りのあるお子さんの場合、聴覚過敏などの感覚過敏があったり、集団行動をしなければいけない理由が分からなかったりすることや、自分の気持ちを表現するのが難しく、困った時に先生に助けを求められないといった傾向があります。そのため、幼稚園に慣れるのに時間がかかることも少なくありません。どうしても行けなくてお休みする日もあるかもしれません。家庭でも習い事でも療育の場でもいいので、「幼稚園以外のコミュニティ」でのびのびと過ごせる場所を確保することがとても大切です。お子さんにとって精神的な安全基地があると、新しい環境で感じるストレスを乗り越えるための気力が出てくるのです。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
2024年04月05日発達に悩みつつも、プレ幼稚園に通うことにたーちゃんが2歳になってすぐ、プレ幼稚園に申し込みました。その頃の私は、たーちゃんの発達について悩んでいたこともあり、年少でいきなり幼稚園に入園して、たーちゃんが一人で集団生活になじめるのか不安でした。すでに通っていた市の親子教室での様子を見ても、たーちゃんにとって集団生活が難しいことは、一目瞭然でした。そのため、年少で入園する前の一年間、親子通園のできるプレ幼稚園に週に一度通うことにしたのです。プレ幼稚園に通えば、場所見知りと人見知りのあるたーちゃんも環境に慣れて、スムーズに年少をスタートできるのではないかと期待していました。プレ幼稚園に提出する書類には発達について気になっていると書き、初回のクラスでも担任の先生に相談していました。それでも「大丈夫ですよ」と温かく受け入れてくれて、安心したのを覚えています。Upload By みかみかんしかし、通い始めてすぐに問題が……まず幼稚園に入ることができませんでした。初めての場所や大勢の人がいるところへの不安感が強いたーちゃんは、幼稚園の門をくぐることも難しかったのです。担任の先生がなだめてくれてなんとか教室まで行けましたが、その後もずっと帰りたがって、そんなにつらいなら本当に帰ってしまおうかと思うほど、ぐずり続けていました。結局、私にしがみついた状態で初回の2時間を過ごしました。次に大変だったのは、椅子に座っていられないことでした。たーちゃんは集中が切れたり興奮したりすると、教室の中をぐるぐると走り回ってしまい、その度に先生から注意されました。ふらふらと離席したり、ふざけて床に転がったりすることも多く、私は背後から腕を回すようにして、たーちゃんを椅子に座らせていました。ほかのお子さんは椅子に座っていられるし、走り回ったりもしないのに……と、どうしても比べてしまいました。ほかの保護者の方からの、大変そうだな……という視線が、その通りなのですが、つらく感じました。Upload By みかみかんそのほかにも、遊びを中断できずに癇癪を起こす、教室から出て行く、ドアの開け閉めに固執する、お友達の玩具を取るなど困った行動が続きました。そのため、私はたーちゃんにつきっきりでお世話をしていました。座っての活動が多いこともあり、私は「動くことが好きなたーちゃんには、プレ幼稚園の活動はつらいのではないか?」と感じ始めていました。Upload By みかみかん親子でつらいプレ幼稚園……辞めることを決意プレ幼稚園では、一年間プレに通った後はそのまま年少に持ち上がるのが基本的な決まりでした。プレに通うのは年少で正式に入園する気がある方でお願いします、とも事前に言われていました。しかし、このまま通い続けるのは難しいと思った私は、悩んだ末に、夏休み前の面談で、プレを辞めることを担任の先生に話しました。幼稚園が悪いわけではなく、たーちゃんと私に合っていなかったということ、たーちゃんも私も無理をしない環境で年少になる準備をしたいことを伝えました。さらに、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されたこともその時に話しました。Upload By みかみかん引き止められるか、何か注意されるかと身構えていましたが、担任の先生は快諾してくれました。「たーちゃんの様子をよく観察して、発達について調べて行動して、すごいと思います。たくさん考えてくれてありがとうございます。」と、先生は優しい言葉を私にかけてくれました。途中でやめる本当の理由の半分は、「私がつらいから」なので、少し申し訳なかったです。しかし、たーちゃんも私ももう無理しなくていいのだと思うと、ほっとしました。夏休み前の最後の日に、同じクラスの保護者の方にも、辞めることを話しました。伝える前はドキドキしましたが、穏やかにお別れすることができました。通っていてつらいな、と思ったこともたくさんありましたが、今思えば優しくて温かい人たちばかりでした。プレ幼稚園を辞めてからの生活夏休みは、預かり型の児童発達支援に週に2回ほど通いました。特性に理解のある支援員さんが見てくれるので、安心してたーちゃんを預けることができました。その後、近所の別の幼稚園に満3歳児クラスがあったので、誕生日を迎えてからその園に通うことにしました。児童発達支援のおかげで集団活動をする自信がついてきたことと、よく公園で遊ぶお友達がその園にいたことが理由です。発達については入園前から相談しており、手がかかるだろうし、やはり迷惑かもしれないとも思いました。しかし、もし問題があれば辞めればいいのだと少し肩の力を抜いて考えていました。幸いその幼稚園はたーちゃんに合っていたようで、大きな問題もなく満3歳児クラスと年少を過ごし、今も通っています。頑張りすぎない選択をできて良かったと考えるプレ幼稚園を途中で辞めなかったら……と思うこともありますが、後悔はしていません。子どものためだから、プレに入ったら入園する決まりだから……と頑張りすぎてしまいそうになりましたが、思い切って辞めたおかげで、たーちゃんも私も気持ちに余裕ができたと思います。そして結果的に、たーちゃんに合った幼稚園に通うことができました。幼稚園や保育園は一ヶ所だけではないので、合わないなと思ったら途中で辞めても良いと私は思います。お子さんと保護者のみなさん、どちらも無理のない生活を送ることが大事ではないかなと思います。執筆/みかみかん(監修:新美先生より)プレ幼稚園を途中で辞めて、別の幼稚園に入園したエピソードを聞かせていただきありがとうございます。幼稚園や保育園は、園によって活動内容や、方針、規模などさまざまです。発達特性の偏りのあるお子さんにとっては生活環境によって楽しめること・困ることががらりと変わることもしばしばあるので、合わなかったら思い切って別の環境に変えてみるのはありかもしれません。とはいえ、環境を変えるのは、保護者としてもたくさん迷いが湧いてきますし、気力も手間もかかることですよね。変わってうまくいくという保証もない中でなかなか簡単に決められることではなかったと思います。ただ、発達特性の偏りのある人にとって、自分に合った環境を選んでいくことはこの先年長しても大人になってもずっと、大事なことです。お試しで飛び込んだ環境で、合わない時に、その環境を調整して過ごしやすいように工夫することと、いろんな人に相談しながら状況によっては場所を変えてみるということは両方ありだと思っていくとよいと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月04日3歳でASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けたハジュ現在小学3年生、特別支援学級に通う長男のハジュは、3歳の時にASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けました。1歳を過ぎた頃から、乳児健診での様子や長女の時と比べて、ハジュの成長に「なにか変だぞ……?」と思い始めました。そして、1歳半健診で心理士さんからすすめられたグループ療育に通いつつ、幼稚園に入園し、3歳を過ぎた頃にやっと自分の言葉を話し始めました。そのような中で、ASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けた時には、ショックというよりも「ああ、なるほど!」と、むしろ私のなかで合点がいったという感じでした。そんなハジュの成長の中で欠かせない『相棒』のお話をしたいと思います。ぬいぐるみの、『いつもちゃん』ハジュが1歳の頃に、おばあちゃんが手づくりしてくれた軍手でできたぬいぐるみ。顔はフエルトと刺しゅうで描かれており、とても味のある表情で、子どもの小さな手にちょうどフィットする大きさと形でした。もらった瞬間からハジュはそのぬいぐるみが大のお気に入りになり、片時も離そうとはしませんでした。寝ても覚めても、どこへ行くにもいつも一緒。お風呂に入る時ですら離れたくない!と、ハジュがいつも持っているので、そのぬいぐるみを『いつもちゃん』と呼ぶようになりました。『いつもちゃん』がいれば、ハジュの癇癪やパニックが落ち着く時もあり、『いつもちゃん』は私にとっても、育児中の心強い相棒でもありました。Upload By スパ山幼稚園には持っていけないのよ……『いつもちゃん』と片時も離れることなく、3歳になったハジュ。いよいよ幼稚園に入園することになりました。しかし、さすがに幼稚園にぬいぐるみは持っていけない……。ほかのお友達とのトラブルの原因になってしまうし、もしなくしたりでもしたら大事件!さあ困った。私はまずハジュの説得から始めました。ハジュは、耳で聞いたことより目で見たことのほうがよく伝わったので、絵に描いて紙芝居のように伝えてみることに。そして、いつもちゃんの家や布団をつくっておままごとをして、少しずつ離れられるような練習をしました。しかし、結果は撃沈。絶対に手を放しませんでした(泣)。むしろ、「お母さんは、いつもちゃんに何か良からぬことをしようとしている……?」とハジュに不信感を抱かせてしまいました。Upload By スパ山ぬいぐるみについて、思い切って園長先生に相談入園予定の幼稚園で行われた入園前面談の際に園長先生に思い切って相談してみることにしました。2歳から幼稚園のプレ教室に参加していたので、ハジュの様子や『いつもちゃん』のことも園長先生は知ってくれていました。園長先生に、どうしたらぬいぐるみを家に置いて離れられるのかと相談したところ、「置いてこなくてもいいですよ。一緒に登園して、帰りまで職員室で預かっておきます」と言ってくれたのです!優しい配慮をしていただいて、もうこれで安心!と思ったのですが、そんな一筋縄ではいかないのがハジュです。登園後、いくら説得されようとも、絶対に『いつもちゃん』を離そうとはしません。1歳から肌身離さず持っていた相棒ですし、そう簡単にはいくわけもなく……。「初めての幼稚園生活、ハジュにとっての安心材料である『いつもちゃん』と離れたくないのは、当たり前なのでは……?」という思いが私の頭をかすめましたが、ほかの園児たちも、『いつもちゃん』の存在に気づき始めていました。トラブルになってはいけないと思うあまり焦ってしまい、周りの大人たちがあの手この手で、『いつもちゃん』を職員室に置いてもらおうと説得したので、ハジュは『いつもちゃん』にますます執着するようになってしまいました。私も、インターネットやSNSなどを活用したり、発達センターや主治医の先生に相談したり、幼稚園の先生方も何度も話し合ってくれて、対策を考えてくれました。楽しいはずの幼稚園生活が、『いつもちゃん』についての説得により職員室の中で1日が終わってしまうのはもったいないし、どうしよう……と毎日頭を抱えていました。あきらめた?いや、シフトチェンジ!あらゆる方法を試してみても、ハジュの警戒心は強くなるばかりで、この攻防戦にだんだん大人たちも疲れが見え始めました。万策尽きるとはこのことで……何度目かの園長先生と担任の先生との作戦会議の中で、「いつもちゃんを引き離そうとするのを、もういっそやめてみよう!」と「押してダメなら引いてみよう」作戦を試してみることになりました。Upload By スパ山同じクラスの子どもたちには、先生と私から、『いつもちゃん』はハジュの大切なものだと伝えました。ハジュと同じように大切なものと離れるのを我慢して登園している子はほかにもいるんじゃないか、「うちの子だけこんなことしていいのかな……」と、さまざまな考えが頭をグルグルしましたが思い切って保護者の方にも、ハジュと『いつもちゃん』のことを知ってもらうことにしました。ぬいぐるみの『いつもちゃん』と一緒に幼稚園周りの皆さんの協力のおかげで、『いつもちゃん』と一緒に過ごせるようになったハジュは、やっと幼稚園生活を楽しめるようになりました。そんなある日、担任の先生のエプロンのポケットの中に、ハジュが『いつもちゃん』を自分で入れたと聞きました。ほんの数秒でしたが、ハジュが自分から『いつもちゃん』を手放したのです。先生のエプロンがとても気に入ったようで、その年の運動会にはいつもちゃんをその先生に預けて参加することができました。Upload By スパ山小学3年生になったハジュと『いつもちゃん』の今は……結局、小学校に入学してもハジュは『いつもちゃん』と離れることはなく、一緒に登校していました。それが、3年生に進級したその日に、突然「いつもちゃんは今日からねんねして待っていてね」と、自分の布団に寝かせて登校したのです!ハジュいわく、「ハジュは3年生のお兄ちゃんになったから」とのこと!私も先生もクラスメイトたちも、急なハジュの決断にびっくり!逆に私のほうが「いつもちゃん、いなくて大丈夫なの?」とオロオロしてしまいました。もうすぐ4年生に進級するハジュですが、毎朝「いつもちゃん、待っててね」と優しく布団に寝かせて、帰ってきたら「いつもちゃん、ただいま」とギュッと抱っこしています。周りを巻き込んで申し訳ないと思ったこともありますが、みんなが協力して見守ってくれたからハジュが自分でこのような選択を見つけられたんだと思います。今これを書いている横で『いつもちゃん』を抱っこしているハジュを見て、「あの時、勇気を出してたくさんの人に知ってもらってよかったな」と、思っています。Upload By スパ山執筆/スパ山(監修:初川先生より)ハジュくんの大切な相棒、ぬいぐるみの『いつもちゃん』と幼稚園生活、その後についてのエピソードをありがとうございます。どこに行くにも持っていく、寝る時も一緒に過ごすようなとても大切なぬいぐるみやタオルがあるお子さんは多いですね。スパ山さんが最初にされたように、園生活では持っていけない(持っていかないほうが大切にできる)と説明したり、紙芝居のように目で見て理解できるように伝えたり。そうした工夫でお子さんの同意を得る方法がまずありますね。それでうまくいくならそれで良いと思いますが、そこで納得しない、あるいはむしろ意固地になってしまうような場合は、スパ山さんがされたように園や学校の先生に相談するのが良いですね。どうにかして持っていかないで済むような方策を考える方向もありますが、今回のように周りのお子さんらにも説明して、持っていく方向もあります。園や学校の先生とよくご相談いただければと思います。ハジュくんは持っていってよい事となり、ハジュくんのペースで『いつもちゃん』と離れるプロセスができました。「3年生のお兄ちゃんになったから」と自ら機をとらえて離れ始めたのはとても成長を感じますね。さて、大切なぬいぐるみなどを家に置いておくことはできるけれど、寝る時はそれがないと不安だというお子さんもいると思います。そうしたお子さんが小学校高学年になって移動教室(宿泊を伴う行事)の際に、ただでさえ保護者と離れて寝なければならないのに大切なぬいぐるみもないなんて……!と、とても不安に感じる場合もあります。その場合も同様に担任の先生とご相談していただければと思いますが、「ぬいぐるみを家においておけるよう本人が納得する(家の中でも離れる練習をしてみるなど)」「ぬいぐるみを写真に撮って、写真を持っていく(お守りなどの形にする、アクリルキーホルダーにするなどさまざまアレンジできます)」「ぬいぐるみを持っていく」などいろいろな方法があると思います。どうしたら安心して過ごせるかと現実的に可能な方法はどこかというところで接点を見つけられると良いでしょう。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月04日私は3人の子どもを持つワーキングママです。子どもたちを幼稚園や保育園に通わせる中で、たくさんのママ友に出会いました。その中で、仲が良いと思っていたのにLINEの返事をくれない幼稚園のママ友にモヤモヤした体験と、この一件で得た教訓をお話しします。 LINEの返事がないママ当時3歳の長男にとって、初めての女の子の友だちAちゃん。長男は私にいつもAちゃんの話ばかりしていました。あまりにも「Aちゃんと遊びたい」と話すので、幼稚園グループLINEからAちゃんママへ個人的に「今度一緒に遊びませんか?」とLINEで誘いました。 LINEの既読はすぐについたものの、1週間返事は来ないまま。Aちゃんママとは、会うと一緒に帰りながら公園で話す仲だったので、意外でした。 お別れする先生へのメッセージある日、2年間お世話になった幼稚園の先生が転園になり、幼稚園のグループLINEでは全員で色紙を送ることに決まりました。私は園長先生にお願いして、他のママとやりとりできる箱を置かせてもらいました。箱の中には色紙に貼るメッセージカードと、完成したカードを入れる袋を入れておきました。 私は幼稚園のグループLINEでママたち全員に「メッセージカードの記入をお願いします。締め切りは2週間後」と送信。ほとんどの方から了解の返事やスタンプなどが来ましたが、Aちゃんママは既読のみ。「うまくいくかな……」と私は不安になりました。 連絡しても返事はなかったのに不安は的中。2週間が過ぎてもAちゃんママのカードだけありません。その後も1週間期限を延ばすLINEをしましたが、返事はないまま。Aちゃんママに無理強いさせたくないのですが、お別れする先生の気持ちを考え「代筆するから内容を教えてほしい」とAちゃんママにLINEを送信しました。 すると、「ありがとう! すっかり忘れてた! 内容は……」と、今まで一度も返事が来たことがないのにすぐに戻ってきて、私はAちゃんママが何を考えているかわからなくなりました。 ママ友の発言に衝撃を受け…私は急いで代筆を終わらせ、色紙にまとめて後日、園長先生に渡しました。先生は喜んで保護者の1人ひとりにお礼を言ったそうです。それを聞いて私もホッとしました。Aちゃんママに会ったので「協力してくれてありがとう」と伝えると、Aちゃんママは「遅れてごめんね。私、こういうのは好きな人がやればいいと思っててさ」と笑って話していました。 「私だって別に好きというわけではないのに!」とツッコミたかったのですが、長男がニコニコしていたので「そうなんだ。よかったら一緒に帰ろう」と何事もなかったかのように誘いました。 「好きな人がやればいい」発言にはかなり驚きました。しかし、「何を考えているか追求してもモヤモヤするだけ。目の前で笑っているAちゃんママとこれまで通り接しよう」と思うことに。この一件は、これから出会うであろう多くのママ友を前に「いろいろな思考の人がいるのだから、相手の言動について深く考えすぎないほうがいい」という教訓になりました。 イラストレーター/ムチコ著者:巳村 糸
2024年04月04日ぽこちゃんです&どんちゃんです
子育てはフリースタイル
両手に男児