ウーマンエキサイトがお届けする子育ての新着記事一覧 (224/342)
どうも、うえだしろこです!現在二人の男子(長男 桃太郎 6歳、次男 金太郎 3歳)を絶賛子育て中でございます。ご訪問いただきありがとうございます!■長男談「女子はいつも怒ってる」さて、我が家の長男 桃太郎はこの春幼稚園を卒園したのですが、通っていた幼稚園では、ちょっと女の子達が強めで、桃太郎のようにぼんやりした男子は、何かとちゃきちゃきお世話を焼いてもらうことが多かったのですが…そう、何かと指示されたり、「これはやっちゃだめなんだよ」などと言われるのが、怒られているように感じてしまっていたのです。幼児期、学童期にありがちな女子と男子の関係ですよね。実際私にも記憶があります。ぼんやりした男子に何かと口出ししていたこと。そんな桃太郎、好きなお友達は全て男子。将来の結婚相手についても、などとうれしいことを言ってくれていました。そう、つい数ヶ月前までは…。■幼稚園に咲いた、一輪の花「女子にはいつも怒られている」そんな風に感じていた桃太郎でしたが、それでも中にはおっとりゆっくりしている女の子がいて、その中でも特におっとりしている女の子がいたのですが…実はこのミイちゃん、なぜか桃太郎のことを好きになってくれて、なんてことを言ってくれていました。そんな事を知ってか知らずか、しっかり者の女の子を苦手とする桃太郎、やっぱりおっとりした女の子がタイプなんでしょうね、いつしかこのミイちゃんを好きになったようで……ついに、母振られました。がーん。■父と母の結婚記念日での反応先日、私たち夫婦の結婚記念日で、夕飯にうなぎを出前して食べたのですが、その時にこんなことを言っていました。一瞬、今は子どもだからうなぎを食べていないのだけど、大人になったら食べられるようになる、という意味かと思ったのですが、「ミイちゃんと」というフレーズで理解しました。そう、つまり、ミイちゃんとの結婚記念日に、うなぎを食べるんだという意味だということに…!くぅ〜っ!なんでしょう、このくすぐったい気持ちは…!■好きな子のためならポリシーさえも曲げられる…!?さて、幼稚園を卒園以降、ミイちゃんとは一度も会っていない桃太郎。小学校に上がって好きな女の子も変わるかと思えば、案外いちずなタイプなようで、相変わらず「ミイちゃんとけっこんする」と言い続けています。先日、偶然ミイちゃんのママに道で会って、立ち話をしていたら、「ミイ、いつも、ももちゃんどうしてるかなって話してるよ。」と、ミイちゃんも桃太郎のことをまだ好きでいてくれると仰るではないですか!それならば、とミイちゃん親子を我が家にお誘いすることにしました。ちなみに、長男 桃太郎は、「遊び」と言えば「車遊び一択」タイプで、家遊びはもちろん、公園にまでトミカを持参し、車遊びが好きな男子としか遊ばないくらい、遊びにはポリシーがあるタイプです。▼「車遊び一択」な長男のエピソード(桃金兄弟の育児日記 Vol.1)そんな桃太郎に聞いてみました。「明日、ミイちゃんが遊びに来たら、何して遊ぶの?」と。すると、少しはにかみながら…もっ、もっ、桃太郎っ…!遊びと言えば車のほかは認めない桃太郎が…!好きな女の子のために、合わせてあげようとしている…!!息子の小さな胸に芽生えた恋心、なんだかうれしいような寂しいような、それでいて誇らしいような、そんな気持ちになる母なのでした。
2019年08月26日うちの子どもたちは5歳(6学年)差の、姉弟です。息子は、私にとって5年ぶりの出産でした。娘の出産のとき、私は27歳。そのときと同じように、また一からの子育てを32歳でこなせる体力があるか、正直不安でした。■5年ぶりの子育て、思った以上にキツイ!そして、いよいよ始まった二人目の子育て。昼夜問わず2、3時間おきの授乳…おむつ替え…、ひたすら泣く新生児を抱っこし、揺れ続けなければならない。私の体力は、5年で思った以上に落ちていました。特に夜泣きは、特に苦しくて、重くおりてくるまぶたを、必死にこじ開けていました。長女のときにはなかった、いつの間にかの気絶もしょっちゅうで、ミルクをあげながら力尽き、夫に驚かれることもたびたびありました。■子育ては、何度経験しても新鮮5年前に経験したことでも、忘れていたりもします。学んだはずの離乳食のやり方も、すっかり忘れていた私。一からネットで調べて、再度学びました。二人目と言うと、「子育てに慣れている」とか「こなせている」とか思われがちですが、二人目だからって、余裕でも大丈夫でもないのです。わからないことも山ほどあります。何人産んでも育てても、毎回大変だし、きついし、慌てもします。何度経験しても、新鮮なものなのだな~と思います。
2019年08月26日「死なないで…」子どもの自殺がもっとも多いといわれる9月1日に、祈るようにこの言葉をつぶやいていた樹木希林さん。樹木さんの娘の内田也哉子さんが母の言葉を残そうと、 『9月1日 母からのバトン』 という書籍が生まれました。1回目では樹木さんの言葉の意味するところ、伝えたかったメッセージについて考えてきました。今回は、「学校に行くのってあたり前なの?」というテーマで、学校以外の選択肢や具体的に親子が救われる方法について、前回に引き続き不登校新聞の石井志昂(いしい しこう)編集長といっしょに考えていきたいと思います。 「『学校に行けない子どもたち』に最後まで想いを寄せ続けたワケ」 の続きです。 ■「学校に行くのがあたり前」の日本で苦しむ親子小学1年生になると、日本では義務教育が始まり、社会のあたり前のこととして、子どもたちは学校に通います。石井さんは、「不登校っていまの学歴社会のなかでは一大事なわけです。だから、将来を考えたときに、親は心配で学校に行かせたいと思うのは当然ですよね。ただ、『学校がすべて』だと親が思っていると、子どもは“学校に行ける子”だけが存在価値があると思って苦しんでしまいます」と話します。そんな「あたり前」という風潮がある学校との付き合い方において、樹木さんは彼女ならではの考え方を発揮し、まだ小学生だった頃の内田さんにこんな言葉をかけたといいます。東京の公立だったんですけど、そのときはすごく合わなかったですねえ。私という“異物”が突然入ってきたことで、そのクラスにあったコミュニティがざわざわしてしまって。今思えば“いじめ”だったと思うんですけど、お友達ができないまま数か月を過ごして、毎日泣いて家に帰っていました。(中略)ある日、私があんまりつらそうだったからか、「やめれば?」と言ってきたんですよね。「そんなにつらいのに、何をガマンしてるの。やめればいいじゃない」って。私まだ、「やめる」の「や」の字も言ってないのに(笑)。出典: 『9月1日 母からのバトン』 この樹木さんの言葉について石井さんは、「大事なのは、学校が主なのではなくて、『子どもが主』だという軸をしっかりとしておくことです。樹木さんのように、大事なのはあくまでも“あなた”なんだということを、子どもに伝えてあげることが大切です」と考察します。ただ、「やめればいいじゃない」と娘に伝えた母親としての樹木さんの対応は、常識にとらわれていては、なかなかできるものではありません。子どもが主であるという軸がしっかりあったからこそ、こうした発言ができたのだろうと思うと、「肝が据わっているな」と石井さんは感心していました。■不登校だからって将来は決まらないそれでは、「学校には行かない」と決めたとして、その後どうすればいいのか。樹木さんは書籍のなかで、このように語っています。不登校でも、ある日ふっと何かのきっかけで、学校はやめるかもしれないけど、もっと自分に合った、っていうと自分中心だけどそうじゃなくて、自分がいることによって、人が、世の中が、ちょっとウキウキするようなものに出会うということが、絶対にあると思うの。出典: 『9月1日 母からのバトン』 子どもたちにとって、自分がワクワクできるようなものを見つけるまでは、おそらく紆余曲折あることでしょう。不登校になった子どもたちは、どのように成長していくのでしょうか。文部科学省では、15歳で不登校だった子どもたちに、5年後「自分の不登校を振り返ってどう思うか」という調査を行っていて、「行けばよかった」が38.9%、「仕方がなかった」が31.7%、「何とも思わない」と「行かなくてよかった」が29.3%と、「否定」、「肯定」、「どちらとも言えない」という回答が、それぞれ大体3分の1ずつに分かれています(※)。この結果から、「不登校については、肯定と否定のどちらかはっきり答えられない実情が見えます。ただ、みんなそれなりに山あり谷ありの人生を送り、大人になっていく。不登校だから将来こうなるということは言えないのです」と石井さんは分析します。■子どもにとっての「居場所」は外にあるとは限らない書籍では、ロバート・キャンベルさんが「学校以外にも魅力的なハッチ(非常口)が必要だ」と語られています。子どもたちにとってどんな場所が非常口となるのでしょうか。義務教育期間の子どもたちにとって、学校以外の選択肢を石井さんに教えてもらいました。【学校以外の主な選択肢(小中学生)】●教育支援センター(適応指導教室)小中学校の不登校児童や生徒を指導、支援するため、全国の市町村の教育委員会が設置している。学校以外の場所や学校の余裕教室を使って開催されていて、無料で利用できる●フリースクール民間の教育機関で、利用料金の月額平均は33000円。全国に約500か所あり、その目的はそれぞれ異なっていて、内容もさまざま●ホームエデュケーション家庭をベースに学び育っていく教育方法のこと「魅力的なハッチ(非常口)」となる子どもたちに合った居場所の見つけ方については、石井さんは次のようにアドバイスします。「子どものために開かれている場所には必ず人が集まってきます。その場所の人の集まり具合を見ること、そしてその場にいる子どもたちの表情を確認してください。子どもって、心から楽しければ笑顔が出ますから」(石井さん)さらに石井さんは、「子どもにとって必ずしも居場所は外にあるわけではない」と言います。「子どもにとっての居場所が、“自分の部屋”ということも大いにありえます。本人が『いま、そこにいたい』と思える場所を尊重してあげてほしいですね」と話します。■子どもが心を閉ざす前に、親ができること書籍の中で、内田さんが母として不登校への向きあい方について、悩み、答えを探る様子がつづられています。不登校経験者との対談のなかで、内田さんは次のように問いかけます。私も、息子や娘が心を閉ざす瞬間に「もうちょっとヒントちょうだい!」って思っちゃう。「間違えたことを言っちゃってるんだったら、どの部分がダメだったのかを教えて」って。出典: 『9月1日 母からのバトン』 この内田さんの切実な想いの根底にあるのは、「親が子どもとどのように関わるのが正解なのかわからない」という想いなのかもしれません。この問いかけに対して不登校経験者は、「親との距離が近すぎたこと」と回答しています。石井さんも「私自身もそうだったのですが、親との距離が近すぎて、その期待に答えられず悩んでいる子どもは多くいます。毎日顔を突き合わせるなかで、煮詰まってきてお互いに苦しくなり、いがみあってしまう親子もこれまで目にしてきました」と語ります。お互いの幸せを願っているはずの親子間で、そうした悲しいすれ違いを起こさないためには、どのようにすればいいのでしょうか。石井さんは取材をするなかで、親子の分離がまったくできていない人と出会ったそうです。「幼児期は親のケアを必要としますが、子どもはどんどん自立しはじめますよね。親として戸惑いがあるのは当然だと思います。それでもやはり、親と子は別人で、親は他人として子どもを支えるんだという距離感は必要です」と石井さんはアドバイスします。親にとっては、失敗が許されないと思える子育ての現状。しかし石井さんによると、不登校をきっかけに、親子関係を再構築する人も多いといいます。親子の「距離感」はとても難しい問題で、簡単に正解は見つかりません。でも、親は子どもの意志を支えるということを意識しておくことが大切なのかもしれません。■「この子があぶない!」親だけができることとは?樹木さんが亡くなる直前に思いをはせていた9月1日、今年もまもなくその日が訪れます。実際に親たちは、夏休み中の子どもたちのどんな様子に気をつければいいのでしょうか。石井さんによると、注意するのは次の4つのポイントです。【夏休み中の子どもに注意すべきポイント4つ】・食欲がわかない・眠れない・イライラして情緒不安・勉強が手につかないもし子どもたちにこのような様子があれば、「すぐにでも学校から距離を取らせてあげた方がいい」と石井さんは言います。「親が『この子は危ない』と感じる勘を信じてください。それが一番間違いないからです。『学校に無理して行かなくてもいいんだよ』という最初の“ドクターストップ”をかけてあげられるのは、専門家ではなく一番身近な親だけなんです。その後、医師などの専門家に相談してください」と石井さんは語気を強めました。「死なないで、ね……どうか、生きてください……」という樹木さんから届けられたメッセージ。親自身が一人ひとりしっかりと受け止め、子どもたちの様子を見て、最初に対応してあげる必要性を強く感じます。■樹木希林流「親がつらいときの対処法」最後に、樹木希林流のしんどい時の対処法について、考えてみたいと思います。樹木さんは、「しんどいときにどうやり過ごすか」という質問に対して、「笑う」と答えています。私にもしんどいときはもちろんあります。(中略)しんどいんだけど、そのときにしんどいって顔をしないで、こうやって笑うの。笑うのよ。ね? あんた頑張ったわよって、頭をなでて、笑う。ほかの人がいるときにそうやってたら馬鹿みたいだけど(笑)、そうやって笑って、「いいなあ、いいなあ」って言ってるうちに忘れちゃうの。出典: 『9月1日 母からのバトン』 内田さんも樹木さんから生前にこのアドバイスを教わり、実際にやってみたそうです。「本当に無気力になって、もうこれは笑えないないと思った時にそれをやってみたら、心なしか気持ちが軽くなっていって、バカバカしいことをしている自分に対してクスッと笑えた」と書籍で打ち明けています。“しんどいときに笑う”。なかなか難しいとは思えますが、不登校の子どもに対しても、親はできれば笑顔でいてほしいと石井さんも話します。「子どもが不登校になると、どうしても思いつめてしまうとは思いますが、できれば悲しむ様子や涙は外で出して、子どもの前では見せないであげてほしい。親の楽しそうな様子や笑顔は、理屈ではなく子どもを勇気づけますよ」(石井さん)ここまで樹木さんの言葉をもとに、石井さんと学校に行きづらいと悩んでいる子ども、そして親との関わりについて考えてきました。いま学校に行くことがつらい人、「学校に行けない」ということを言えない人、“みんな”と同じようにできなくて苦しんでいる人がいるかもしれません。そして子どもの想いと将来を思いやって、どうすることが正解なのか苦悩している親御さんもいるでしょう。樹木さんの人生を通じて語られた言葉は、大きな学びとなったように思います。樹木さんと内田さん母娘の思いに触れて、あらためて自分自身は親として子どもに何ができるのか、考えるきっかけにしてはいかがでしょうか?樹木さんは、次のようなメッセージを贈っています。この子の苦しみに寄り添うしかないのよね。だから、ああしろ、こうしろとは、もちろん言わない。言って治るようならとっくに治ってるでしょう?出典: 『9月1日 母からのバトン』 「9月1日」子どもたちみんなに居場所がありますように。■樹木 希林さん、内田 也哉子さんの著書 『9月1日 母からのバトン』 (ポプラ社 ¥1,620(税込み))女優・樹木希林さんが生前、不登校の子どもたちへの思いを語った言葉などをもとに、娘の内田也哉子さんがさまざまな立場の人たちと対談しながら、その考えをたどる様子を記録した書籍。今回取材した不登校新聞の石井編集長が樹木さんを取材した記録や内田さんと対談した様子も収録されています。●不登校新聞とは1998年に創刊された不登校に関する専門誌。当事者の視点を大切に、不登校についての情報を発信し続けている。●石井志昂(いしい・しこう)さんプロフィール1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行ってきた。<参考サイト>※文部科学省: 「不登校に関する実態調査」
2019年08月26日今日は、私のママ友作りにまつわるエピソードをお話しします。昔から今まで、ママ友がいない私ですが、長女が幼稚園に通っていたときに「ママ友ができるかも!?」と思った出来事がありました。■「ママ友ができるかも」と思ったのに、状況が一転それは、長女が入園してまもなくの頃です。自分よりすごく若いママに話しかけられました。同じクラスで長女が仲良くしている男の子のお母さんでした。彼女はそれから連日話しかけてきてくれて、お茶に誘われたこともありました。「ひょっとして私、ママ友ができるのかもしれない…」そう思いました。でも、そんなにうまくはいきませんでした。最初の頃は話しかけると、すごくフレンドリーな感じだったのですが、そのお母さんが、彼女と同年代の気の合う方と仲良くなったのがきっかけで、こちらから話しかけても以前のように気楽に話せるような雰囲気ではなくなってしまいました。一緒にいるようになった彼女たちに私が話しかけると、シーンとしてしまうように。■「ママ友候補」から外れた私自分は完全におじゃま虫だったのかもしれません。…次第に、話しかけないほうがいいなと思うようになりました。おそらく、私に声をかけてくれたお母さんはとても積極的な方だったので、最初からママ友が欲しいと思っていたのだと思います。はじめは私もその候補だったのかもしれないのですが、年代も近く話も合う人と出会ったため、自分は候補から外れたのかなと思いました。たまたま私の娘が彼女の息子さんと仲が良かったから、最初に声をかけてくれただけだったのでしょう。たしかに、子ども同士が仲良しだからママ友になるのではなく、お母さん同士の気が合うからママ友になるほうが、関係はずっと長続きする気もします。幼稚園で同じクラスだからいっしょにいただけ、というようなその場かぎりの関係ではなない、特別な絆のようなものが生まれるのかもしれません。ママ友の作り方としてはそちらのほうがいいのだろうという気持ちとともに、ちょっぴりせつなさも感じた長女の幼稚園時代の思い出でした。
2019年08月26日はじめまして、今年第4子長女を出産いたしました育田花と申します。この度連載させていただくことになりました。第1話はつい先日あった3ヶ月健診と一緒に開催されていた離乳食指導でのお話です。長男、次男、三男のときは細かく指導いただいたのですが、説明が細やか過ぎてほぼ頭に内容が入ってきませんでした…いざ、離乳食指導の部屋へ行くといつもと違う先生。まずは兄弟構成を聞かれ、4人目と答えるとものすごい勢いで脱線した話で15分くらい話し込んでしまいました。やっと本題へ…!勢いがあってかなり印象に残る離乳食指導でした。しかし、これはこれで何を指導されたんやろ…とは思いましたがまずはお母さんの健康が第一だよ、離乳食はそんなにストレス溜めてやるもんじゃないから気楽にやればいいんだなと思えたのは収穫です! 5ヶ月、6ヶ月頃に開始しようと誓いました。
2019年08月25日ウーマンエキサイトの読者のみなさんこんにちは。渋谷です。今回は娘・みったんの初恋についてのお話です。■王子様とちゅーしたい5歳の娘先日5才の誕生日を迎えてますます知識の吸収と主張が激しくなるみったん。最近はプリンセスにハマり、「王子様」という概念を覚えたらしく…おいおいおいおいおいおいいつの間に何段飛ばしで大人の階段のぼっとんねん!!!!????「好きな人がいる」という娘(5)のカミングアウトに誰よりもショックを受けたのがおっとぅん。ぶっちゃけみったんが自分のことをプリンセスと言い始めたのも、おっとぅんがみったんを「プリンセス~!」と呼び始めたのがきっかけなくらいにおっとぅんはみったんを溺愛しているのです。そんなみったんの初恋の人「おうじさま」とは一体誰なのか…■そのおうじさまとは!?うんうんよかったねハッピーエンドだね~~~(棒)みったんが指す「おうじさま」とはおっとぅんのことだったのです。おっとぅんLOVEなのは今のうちだけだからせいぜい謳歌しとくがいいさおっとぅん…!!ていうかそもそもおっとぅんはママのものだよ。それだけは覚えといてくれよみったん。娘にはぜってー負けねーかんな!!!!????
2019年08月25日子どもが生まれると、保育園に始まり、学校や習い事など、数々の局面で親としての選択を迫られることがありますよね。そんなときに、「子どもの生き方」について思いを寄せることもあるかもしれません。子どもたちが歩む人生にはさまざまな選択肢が待ち受けていますが、そんなときに親としてはどのように関わればいいのでしょうか。子どもの生き方についてのアンケートをもとに、考えてみたいと思います。■「自分のような生き方をしてほしい」親はたった3割!?アンケートでは、子どもに自分のような生き方をしてもらいたいか聞きました。その結果、「すごくそう思う」、「そう思う」、「少しそう思う」と答えた人があわせて32.3%となり、その度合いに大小はあるものの「子どもに自分のような生き方をしてほしい」と思っている親は約3割にとどまることがわかりました。一方で、「思わない」という回答は65.5%となり、6割以上の親たちが「自分のような生き方をしてほしくない」とは考えているようです。Q.子どもには自分のような生き方をしてほしい?すごくそう思う 8.3%そう思う 6.1%少しそう思う 17.9%思わない 65.5%その他 2.2%■親の思い1、「諦めた夢、子どもにはかなえさせたい」それでは、まずは「自分のような生き方はしてほしくない」と考えている親たちの思いについて、掘り下げていきたいと思います。「私は学生時代、友だちとは自由に遊べない、夢を持つこと、何かをやり遂げることができない家庭環境だったので、娘には自分をしっかり持って生きていってほしいです」(鳥取県 40代女性)「幼少期に否定されて育ったため、かなりマイナス思考な自分のようにはなってほしくないです。わが子には『いーじゃん! やってみよー!』と言うように心掛けております」(愛知県 40代男性)「バブルに踊らされ、人生しくじりどん底見ているので、子どもたちには後悔しない人生を歩んでほしい」(三重県 50代女性)「私は、経済的に夢を諦めたので子どもたちには、自分の夢をかなえてほしいです。夢をかなえてあげられるように、自分もがんばろうと思います」(静岡県 40代女性)どのコメントからも、自らのつらい経験を思い返して、子どもにはできれば同じ思いはさせたくないと考える親の気持ちが伝わってきます。ほかにも、「自分のようにモラハラな男性とは結婚しないで」とか、「生活のためにいやいやしている仕事なので、子どもにはそんな仕事はさせたくない」などという切実な声も届いていました。家庭環境や経済状況、また結婚や仕事など、人生のさまざまな局面で、親自身も苦労してきた場合、どうしても子どもには同じつらさを経験させたくないと思ってしまいますよね。大事な存在だからこそ、守ってあげたいという親の思いが伝わってきます。■親の思い2、「子どもは自分のコピーじゃない!」また、子どもと親は別の人間だから同じ人生は歩めないという意見も多く寄せられていました。「子どもには自分とは違う可能性があるので、その可能性を少しでもサポートしていけたらと思う」(愛媛県 40代男性)「子どもは自分のコピーではない。性格や特性が違うから、自分に合った生き方をしてほしい」(千葉県 50代女性)「小3の長女に対して、義母も夫も『将来は○○になるのが一番!』など勝手に将来を決めてうるさく言うけど、娘の将来は娘のもの。親なんて二の次で良いと思う」(茨城県 30代女性)筆者は男子2人の母なのですが、長男は自分と性格がまったく違うため、何をするときも少し離れたところから応援してきました。しかし、次男とは性格がとても似ていて、失敗の予測がつきやすく、つい口出しをしてしまうことが多くなってしまいがちです。子どもが歩む人生を見据えつつ、どの程度のサポートをしてあげればいいのか、悩みは深まるばかりです。■親の思い3、「私以上の幸せに」なかには「自分よりもいい人生を送ってほしい」という願いを抱く親たちもいるようです。「生き方とか人生観とか難しい話はともかく、子どもには自分以上に幸せになってほしいと思うのが親心」(千葉県 40代女性)「『何となく』、その言葉がぴったりの私の人生でした。先を深く考えず決める事ばかりで、後悔しまくりです。同じ人生を歩んでほしくないので、いろんな知識や常識を子どもには教えています」(神奈川県 30代女性)「自分の今までを全部否定する訳ではありませんが、私の様にはなってほしくない。嫌なことも良いこともいろいろな経験をして、後悔のないような生き方をしてほしいと思います」(岩手県 40代女性)そのほかにも「しっかり勉強して、知識、社会性、専門性を身に付けて親を越えて行ってほしい」という声もありました。たしかに、親としては子どもにはいい人生を送ってほしいと思うものですよね。そして比較できるものではありませんが、自分が歩んだものよりもいい人生を送ってほしいと考えてしまうのは、あたり前なのかもしれません。■親の思い4、「自分を見て同じ道を歩いて」一方、「自分のような生き方をしてもらいたい」と考えている人たちは、どのような考えを持っているのでしょうか。「『後悔のないように前進あるのみ!』というのが私のポリシー。そんな姿を見て、同じ道を歩いてくれている娘です」(宮崎県 40代女性)「信頼できる最愛のパートナーと結ばれ、かわいい子宝に恵まれてほしい。温かい家庭と信頼関係、そこだけは、自分と同じような生き方になってほしいな」(宮城県 30代女性)「子どもの頃からなりたかった職業につき、やりがいをもって仕事ができていて、嫁ぎ先でたくさんの良い友人ができて毎日楽しく過ごせている。娘にも息子にも自分がやりたいことを見つけ、楽しく充実した生活を送ってほしいなと思います」(神奈川県 40代女性)そのほかには、「学校を出て、普通に就職して家庭をもった。子どもにも同じような人生を送ってほしい」、「子どもには自分と同じように早く結婚して出産してもらいたい」などという、それぞれの人生を経た経験から来るアドバイスが寄せられていました。100%同じ人生を送ることはできなくても、自分が人生で「よかった」と思えたことは、子どもにもできれば同じように経験させてあげたいと思う人も多いでしょう。人生の先輩だからこその親の助言ができるポイントにもなりそうですね。■子どもに身につけてほしい力とは子どもに「親と同じような生き方」または「まったく異なる生き方」を望むとしても、親はどのような力を子どもに身につけてほしいと願っているのでしょうか?「自分の思うように生きてほしい。自分の選んだ道なら、失敗も受け入れざるを得ないし、その失敗の痛みと、はい上がる力、成功の快感を感じながら、なりたい自分になってほしい」(神奈川県 40代女性)「今は、私の時代とは全く違います。どんなに生きづらい世の中でも、強く楽しくまっすぐに歩んでいってほしいと願っています」(茨城県 40代女性)「元気で人の気持ちがわかる人間になってほしい。うそ付かずに、真っすぐな人間になってほしいです」(埼玉県 40代女性)「『あなたに会えてほんとうによかった』、そう言われる生き方をしてほしい。ただそれだけです」(東京都 40代女性)「人の迷惑にならない、犯罪を犯さない、できれば社会の役に立つ人間になってほしいです」(東京都 40代女性)「とにかく、事故や病気で親より早く逝く事がないように、大人になってほしいです」(埼玉県 40代女性)「一人一人、顔や性格が、違うように、生き方も違うと、思います。誰かのまねではなく、自分の人生を思い切り生きてほしい。願うなら、人に囲まれ、笑顔の多い人生を」(愛媛県 40代女性)■子どもの人生に親はどうかかわるべき?それでは親としては、子どもの生き方にどのように関わっていけばいいのでしょうか。いくつか、コメントからヒントが見つけられそうです。「子どもは親と同じような生き方をしなくてもいい。自分のありようを考えながら、つまずきながらでも。つまずいた時は、立ち止まってまた歩けばいいのです。歩き出すサポートはいくらでもします」(山梨県 50代女性)「子の可能性や将来の選択肢の幅を広げる手伝いまでが親の仕事」(宮崎県 40代女性)「子どもの人生は親が決めるものでもないし、親が決めていいものでもない。しかし、親を見てその後をついていきたいと思われるように、自分を磨いていきたい」(茨城県 30代男性)「適当に生きてきた事を後悔してるので子どもには私の失敗談をたくさん話して反面教師にしてほしい。適当に過ごすのではなく、自分できちんと考えて進んでいってほしい」(奈良県 30代女性)ここまで、子どもの生き方について、親の人生との関わりも含めて考えてきました。さまざまな理由から、子どもに親のような生き方をしてもらいたい人としてもらいたくない人がいること、その背景には親自身が生きてきた人生が大きく関わっていることが理解できます。寄せられたコメントのなかでもっとも多く出てきた言葉は、「子どもの人生は子どもの人生」というもの。子どもを心配する気持ちから、つい口出ししてしまったり、先回りして失敗を遠ざけたりしてしまう親のふるまいは、時に重要な役割を果たすこともあります。ただ、その度合いによっては、子どもの道を邪魔してしまいかねない場合もあるかもしれません。親と子の人生は別物だということを、強く認識しておく必要があるのだと痛感させられます。子どもの人生を考えるとき、忘れがちとなってしまう「自分の人生」。親と子の人生が同一のものではないということは、親の人生も親だけのものでもあります。もちろん親としてふるまわなければいけない側面もあるでしょうし、子育て中に我慢しなければいけないこともあるでしょう。でもパパママである前に、一人の人間として「したいことをする」「夢を持ってみる」「毎日を楽しく過ごしてみる」ことも、とっても大事なことだと思います。子どもの人生を応援しつつも、自分の人生を楽しむ親の姿は、子どもにも希望と勇気を与えられそうな気がします。Q.子どもには自分のような生き方をしてほしい?アンケート回答数:4974件 ウーマンエキサイト×まちcomi調べ
2019年08月25日「死なないで、ね……どうか、生きてください……」亡くなる2週間前にこんな言葉を残したのは、昨年2018年9月に亡くなった女優の樹木希林さん。樹木さんは、学校に行けなくてつらい思いをしている子どもたちにメッセージを贈っていました。樹木さんが不登校などについて生前語った言葉と、その娘である内田也哉子さんがその思いを受けて語った内容がつづられた書籍 『9月1日 母からのバトン』 が発売されました。樹木さんに取材経験があり、書籍内で内田さんとも対談されている不登校新聞の石井志昂(いしい しこう)編集長とともに、不登校で悩む親子に対する樹木さんからのメッセージを読み解きたいと思います。お話をうかがったのは…●石井志昂(いしい・しこう)さん1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行ってきた。●不登校新聞とは1998年に創刊された不登校に関する専門誌。当事者の視点を大切に、不登校についての情報を発信し続けている。■樹木希林さんの言葉が持つ力「死なないで、ね……どうか、生きてください……」去年の9月1日、母は入院していた病室の窓の外に向かって、涙をこらえながら、繰り返し何かに語りかけていました。あまりの突然の出来事に、私は母の気が触れてしまったのかと動揺しました。それから、なぜそんなことをしているのか問いただすと、「今日は、学校に行けない子どもたちが大勢、自殺してしまう日なの」「もったいない、あまりに命がもったいない……」と、ひと言ひと言を絞り出すように教えてくれました。この2週間後に、母は75年の生涯に幕を閉じました。出典: 『9月1日 母からのバトン』 より夏休み明けの9月1日は、子どもの自殺が最も多くなる日。内閣府の調査でも明らかになったこの数字(※1)。書籍の冒頭で、亡くなる直前に病床で語られた樹木さんが語られた言葉は胸に迫るものがあります。書籍には、生前語られた樹木さんの言葉がつづられています。そして樹木さんのメッセージは、子どもたちからの切実なSOSの代弁にも感じられ、さらに親に対する思いも込められていました。■樹木希林さんは、なぜ不登校の子どもに思いをよせたのか?石井さんが初めて樹木さんと会ったのは、2014年7月。不登校新聞の取材に、樹木さんが答えたときのことでした。「こちらは不登校について話を聞く。樹木さんは自分が人生で得たものについて答える。お互いに生きざまのぶつけ合いのような取材でした。直接的な答えがなかったとしても、希林節の言葉が不思議と心に響く。信じられないくらいおもしろい取材ができました」と石井さんは振り返ります。その後、2015年に再び樹木さんに会った石井さんは、「毎年9月1日前後に、18歳までの若い人たちがたくさん自殺している現状」を伝えます。そのとき「自殺するよりはもうちょっと待って、世の中を見ててほしい」と語った樹木さんが、この日のことをその後もずっと覚えてくれていたのだと、娘の内田さんからの連絡で知ります。「樹木さんが、自分と同じ気持ちでいてくれたことを知り、感動で震えました。闘っているのは自分だけじゃないんだと思えましたね」(石井さん)■樹木希林さんの「親としての価値観」とは書籍では、樹木さんの娘である内田さんが、さまざまな立場の人たちと対談しながら、樹木さんの思いをたどっていきます。樹木さんは母親としてどのような考えだったのか、書籍からみえてきたことは、「親の価値観」の持ち方を重視していたということです。子どもには子どもの社会があるんですよね。大人から見て「そんなの!」って言ったってだめだから。そういうときはもう、寄り添ってやるしかないかなと思っています。(中略)不登校の子どもよりも、私は親の価値観(の問題)なんだと思うんです。もっと、何かと比べるとかはなしでいいじゃないですか。違っててもいい。出典: 『9月1日 母からのバトン』 より親にとっては、子どもが不登校になるのは人生の一大事で、どうしても学校に行けるほかの子どもと比べてしまいがちです。でも樹木さんの言葉からは、そういった状況のなかでも「親の価値観」をしっかりと持ち、子どもの個性を「違っていてもいい」と認めてあげることのほうが大切だという考えが伝わってきます。■苦しみは「わかってもらえなくてあたり前」という考え自身も不登校の経験があり、「不登校新聞」の取材で多くの不登校の子どもたち、親と話す機会がある石井さんによると、親とくに母親は、子どもが不登校になると、深く傷つくのだそうです。「『私がダメな母親だから、子どもが不登校になった』という加害意識と、『でもだれも助けてくれなかった』という被害意識が堂々巡りして、母親は、孤独な状態に追い込まれていきます」(石井さん)そんな母親たちにとって、同じ立場の人と出会い、自分が置かれている大変な状況を認識して、「自分自身も救われていいんだ」と思えることが、大切なのだそう。そうした傷つき、孤独な親の気持ちにも、樹木さんは思いを寄せていました。みんなそれぞれの苦しみを抱えてられていることがわかったんだけど、それを「わかってくれ」って、「わかってくれない」って、嘆いてもはじまらないの。わからないの、人の苦しみは。(中略)「わかってもらえなくて当たり前なんだ」と思ったときに、もっと楽になっていくんじゃないかな、というふうに思いました。出典: 『9月1日 母からのバトン』 より「自分の苦しみはわかってもらえなくて当然」という樹木さんの言葉は、一見突き放したようにも思えます。ただ、樹木さんは苦しみから救われるために、「自分でも不幸な思いをした人が、不幸な思いで苦しんでいる人に会ったときに、すごく気持ちをわかってあげられることがある。それが”寄り添う”こと」とも語り、同じ立場の者同士が寄り添い、理解し合うことをすすめています。「子どもの気持ちを理解したいのに、わからない」とか「だれもこの苦しみをわかってくれない」とつらい状況にいる親の気持ちに寄り添ったうえで、親をその苦しみから解放してあげる術を樹木さんは考えていたのかもしれません。また「同じ悩みを持つ人同士が話し合う」という方法については、石井さんも「不登校の子どもやその親にも当てはまる。私自身、不登校になって初めてフリースクールに行ったときは、”自分だけじゃないんだ”と体に入ってくる安心感がありました。親も同じで、同じ立場の人と出会うだけですごく安心できるんです」と、同調しました。■子どもの最後の命綱を握れたという信頼関係9月1日に寄せた樹木さんからのメッセージ。一体私たちはどのように受け止めればいいのでしょうか。石井さんは、不登校の子どもをもつ親に対して、「どうか自分を責めすぎないでほしい」とメッセージを送ります。不登校になったきっかけについて、文部科学省の調査によると、小学生では「家庭生活が起因する」とする答えた人が54.1%ともっとも多くなります。そして中学生では「学校生活に起因する」の割合がもっとも高くなります(※2)。石井さんは、こうした不登校理由の1位が「家庭」となることもあって、責任を感じすぎてしまう親が多いと言います。しかし、「『不登校になって、家で引きこもることで苦しさを出せた』ということは、それだけ親を信頼していることの表れ」だとも話します。「『あなたの子育ては間違いじゃなかった』ということをぜひ親御さんには伝えたいです。不登校になった子が命綱を親に差し出し、その命綱を親が握ることができたこと。そういう信頼関係を築けたことを親は誇りにしてもらいたいんです」(石井さん)さて、ここまで樹木さんの言葉を石井さんといっしょにひもとき、不登校への親の対応や意識の持ち方について考えてきました。樹木さんならではの言葉はどのように胸に響いたでしょうか。次回は、「学校に行くことって当たり前?」というテーマで、より具体的な対策について引き続き石井さんとともに考えていきたいと思います。■樹木 希林さん、内田 也哉子さんの著書 『9月1日 母からのバトン』 (ポプラ社 ¥1,620(税込み))女優・樹木希林さんが生前、不登校の子どもたちへの思いを語った言葉などをもとに、娘の内田也哉子さんがさまざまな立場の人たちと対談しながら、その考えをたどる様子を記録した書籍。今回取材した不登校新聞の石井編集長が樹木さんを取材した記録や内田さんと対談した様子も収録されています。<参考サイト>※1、内閣府: 「学生・生徒等の自殺をめぐる状況」 ※2、文部科学省: 「平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」 (PDF:3006KB)
2019年08月25日前回の 「【医師監修】熱性けいれん「パニックになる前に」正しい対処法2つ」 では熱性けいれんについて説明しました。初めての発熱の場合、突発性発疹という病気がきっかけで熱性けいれんを起こすことはしばしばあります。突発性発疹とは、どのような病気なのでしょうか?■突発性発疹「発症時期、期間、症状」突発性発疹は生後6カ月〜2歳くらいの子に発症するもので、「初めての発熱」によくある病気です。一般的に、生後6カ月頃まではお母さんからもらった免疫で守られていますが、その時期をすぎると発熱を繰り返します。突発性発疹は、その中でも多くの子どもが通る道で、突然の発熱で発症します。まず39〜40℃くらいの高い熱で発症し、そのほかの症状は乏しいです。鼻水や下痢をともなうこともありますが、ほかの風邪症状はあまりひどくありません。数日〜5日くらい熱が続き、ストンと熱が下がって、その後、全身に斑点状の発疹が出現します。顔、首、おなか、背中に出ることが多いでしょう。発疹は広範囲に出現してとても目立ちますが、その見た目に比べ、かゆみはそれほどひどくはなりません。発疹が出てから再度発熱することはなく、発疹も数日間で自然に改善します。■突発性発疹の原因は? 2〜3割が「隠れ突発性発疹」突発性発疹は、ヒトヘルペスウイルス6型と7型が原因です。2種類のウイルスによるものなので、最大2回突発性発疹にかかる可能性があります。みんなが感染する病気ですが、感染しても全員に発熱や発疹が出るわけではありません。「うちの子、3歳になってもまだかかってないんですけど大丈夫ですか?」としばしば質問を受けますが、2〜3割の子は感染しても症状が出ないため、知らないうちにもうかかっているのでしょう。おおむね3歳までに全員が何らかの形で感染します。生後6カ月〜1歳くらいに発症する子が多いですが、ときに2歳でも感染はありえます。■突発性発疹、ほかの病気が疑われる症状は?前述した通り、生後6カ月〜1歳くらいの子で、鼻水や下痢を伴うもののそれほどひどくなく、発熱がメインの症状として数日間続き、熱が下がるとともに体幹部に斑点状の紅斑が出る、という典型的な経過をたどる子どもを、医師は突発性発疹と判断しています。厳密にはウイルスの検査をしないとわかりませんが、保険診療の範囲で検査はできませんし、特別な治療法がない病気なので細かくウイルスを特定する検査する意義もありません。経過から総合的に判断するしかなく、発疹が出ないと突発性発疹かどうかはわかりません。つまり、発熱した時点ではまだ何の病気かわからないので、まずは医師の診察を受けましょう。このまま様子を見ていいかどうか、医師の判断をあおいでください。特に、子どもが発熱して水分が取れない、顔色が悪い状態の時は、必ず受診が必要です。突発性発疹でも5日くらい熱が続くことがあり、その場合は、血液検査などでほかの重い病気の可能性を探る必要があるでしょう。ウイルスの感染ですから、発熱の割に血液の炎症反応の変化が少ないのが特徴です。血液検査の結果を参考に、突発性発疹疑いと推測することもあります。■突発性発疹「感染経路、合併症、治療法」感染している子どもや、過去にかかったことがある人の唾液から感染します。ほとんどの人が子どもの頃にかかる病気ですから、どこででも感染の機会があるため特別な予防法はありません。そのため、熱が下がり元気になれば登園も可能です。合併症としては、最初に触れたように、初めての発熱とともに、熱性けいれんを起こすことがあります。けいれん時の対策については前回の記事 「【医師監修】熱性けいれん「パニックになる前に」正しい対処法2つ」 を参考にしてください。また、頻度は少ないですが脳炎や肝炎を起こすこともあります。突発性発疹は、ウイルスの感染で発症するので、抗生剤は効果がなく自然に治癒するものです。特別な治療法はないため、水分をとって睡眠をとるというような一般的な対策になります。高い熱で子どもがグズグズする場合は適宜、解熱剤を使用して構いません。突発性発疹であれば、発疹が出た後は再度発熱することはなく、発疹も自然に消えていきます。経験上、発疹が出た後、子どもがとても不機嫌になることがあり、お世話をする人を悩ませるかもしれません。これも自然に改善しますが、もし水分を取らず不機嫌でしんどそうな場合は受診を考慮してください。突発性発疹は40℃以上熱が出ることもあり、とても心配になると思います。しかし、みんなが通る道で、症状が改善すれば多くの場合は1度、もしくは2度の経験で終わります(一部の例外を除く)。突発性発疹では「こんなことが起きるかも」と事前に知っていただくことで、少しでも不安感を解消できたら幸いです。
2019年08月24日夏休み終盤になると、始まるのが…!?宿題の丸つけです!夏休み前の個人面談で「宿題は丸つけまでお願いします」と答えをもらっているんですよねえ…。やり直しをするってことは…丸付けもやり直しです!やり忘れた箇所、間違っていた箇所を何度も何度も…全問正解するまでやり直し~~!小学生の次男次女の2人分…。お父さんも家にいるときは、時々丸つけはしてくれますが、ほとんどは私の役目になっております。丸つけしつつ、わからない箇所を教える…。しかもなぜか仕事中に限って「丸つけ~!」とやってくるのです…。この丸つけ地獄、早く終わらせたいです!
2019年08月24日先日、義両親が会員になってるホテルに義両親、義弟夫婦、うちの家族で泊まらせていただきました。部屋に着いて中を確認すると手前にベッドが2つ、奥に和室があり布団を敷けるようになっていたので久しぶりに一人でベッドに寝られると企む私。そして、寝る時間になり大浴場に行こう…!とか子どもを寝かせた後の妄想を繰り広げていたんですがまんまと敷布団の方で子どもと寝てしまうのでした。気付いたら朝。嘘でしょ…ちなみに旦那は温泉から帰ってるなりベッドインして子どもより1時間半くらい早く眠りについていました…。
2019年08月24日夏休みも後半。そろそろ手をつけようと思った宿題の書類をなくしてしまった! と焦った娘が考えた対策とは…!?■夏休みの宿題を丸ごと紛失!夏休みももう少しで終わりますね! ■先生に聞く! と決めたは良いけれど2枚もハガキが届いた先生の気持ちはいかがなものだっただろう(笑)夏休みの紙類、あちこち出しっぱなしにしちゃうから、よく紛失しては、予想外の場所から発見されることが多いです(汗)
2019年08月24日こんにちは! イラストレーターのにわゆりです。子どもたちにはごはんのお手伝いをしてもらうことがたびたびあります。でもきゅうりを切ったりレタスをちぎったり、ホットプレートで焼いているものを混ぜてもらったりといった、簡単なものばかり。火を使う作業はまだ任せられないので、必ず大人と一緒にしています。■子どもたちも簡単な調理ならできる!しかし、簡単とはいえ子どもたちにも「ごはんを用意することに慣れてもらいたいな~」と思っているかーちゃん。というのも、モン太は朝8時に家を出れば学校に間に合うのですが、起きるのは朝の6時前!■小学生になった長男の朝はとても早い自分で目覚ましをかけて6時前に起き、「おなかがすいた!」とわめくので、低血圧なかーちゃんは朝からぐったり…。そこで、自分でもごはんを用意できるようにトースターの使い方を教えたり、朝ごはんセットを用意したりすることに。トースターの使い方を覚えておけば、専用のプレートでウインナーを焼くこともできるのでコンロよりも安心。たまにパンがこげこげになってしまうときもありますが、何ごとも経験!そして冷蔵庫にはハムやチーズ、ゆでたブロッコリー、ヨーグルトなどを準備。野菜は気分で食べていないときもありますが…毎日ではないので、そこはお任せしています。■自分のことは自分で、朝ご飯はその第一歩!朝ごはんを自分で用意できるようになり、かーちゃんの負担が軽くなったのはもちろんですが…! 仕事で急きょ、泊まりの出張が入ってしまったときのモン太がとても頼もしかったんです。このとき、とーちゃんはもちろんいましたが、「モン太だけが頼りなの!」という感じでお願いしてみたところ、いつもよりも張り切ってごはんを用意してくれたようで、後日誇らしげに報告してくれました。この調子で今年の夏休みは少しずつ火を使ったものを教えているのですが、料理上手にならなくても良いので、自分のことは自分でできる大人になってもらいたいな~と思うかーちゃんです!
2019年08月24日こんにちは、はな@まるママです!公園での水遊びや海水浴など、暑い日でもお外へ行って体を動かすのがやっぱり子供にとっては一番なんだろうなと感じる、3歳児まるの夏休み。そうは言ってもあまり暑い日は熱中症が心配だし、出かけると何だかんだと費用もかかるし、毎日お出かけするのはやっぱり大変ですよね…ということで、8月も終盤ではありますが、まだ暑さの残るこの季節。今回は夏らしさを感じつつもお家で楽しめる遊びを3つご紹介したいと思います!1.手作り金魚すくい材料は、家にある物や100均で揃えられるかと思います!●発泡スチロール●カラービニール(わが家ではよく買うラムネの包み紙を使っています。工作用のカラーセロハンだと水に溶けてしまったりするので要注意です)●モール(ねじってさまざまな形にできるひも状のアイテム)●針金●キッチン用の排水溝ネット(ストッキングタイプで伸びるものがおススメです)洗面器にお水を張って、すくい取って遊びます。作り方も簡単なので、3歳児まるは補助しながらですが、一緒に金魚を作るところから楽しめました。(発砲スチロールを切るのにカッターを使う部分などは、少し離れて私一人でさくっとやってしまいます)発泡スチロールをビニールで包んでモールで留めて…自分で作った金魚は愛着がわくようで、特に可愛がっていました。牛乳パック等の耐水紙があれば、牛乳パックを金魚や好きな形に切り取って色を塗るだけでも、水に浮かぶ金魚ができちゃいます。牛乳パックからポイを作る事もできるので、こちらもお手軽に楽しめると思います! 2.屋台メニューでお店やさんごっこカキ氷やクレープでやってみました!こんな感じでトッピングするものを用意しておくことと、紙のお金なんかもあると、よりお店やさんごっこの雰囲気が出ますね。お店やさんごっこをしながらおやつタイムも楽しめるという、一石二鳥の遊びです。冷蔵庫から氷を取り出すとか、バナナを切るとか(バターナイフを使って一緒に切ったり…)、クレープの生地を混ぜるとか…一つ一つお手伝いしてもらいながら一緒に進めていくとその分時間もかかりますが、一日お家で過ごす日ならそれがまた良いなと思います。3.お風呂でプール水鉄砲やシャボン玉など、おもちゃをあれこれ持ち込むのはもちろんですが…いつものお風呂とは違うよ!という雰囲気作りのためにあえて水着を着て、脱衣所から夏らしいミュージックを流してみたり、グミやゼリーなどのおやつや冷たい飲み物を持ち込んだりして、プールらしさを演出します。ほかにも 以前 ご紹介したことのある工作遊びや粘土等もこの夏休みに大活躍でした。お家遊びはバリエーションがあるに越したことないなぁとしみじみ感じつつ…そんな幼稚園年少さんの初めての夏休みも、あと少しでおしまいです。長かったような、あっという間だったような…とはいえ残暑もありますし、あと少し、この夏を楽しめれば良いなと思う今日この頃です。
2019年08月24日この前まで赤ちゃんだった長女も気がつけばもう4歳。言葉も達者になり、どんどん活発に行動するようになってきました。■幼稚園は早くも恋の場所!? そして幼稚園へ通うようになり、周りのお友達とも楽しく接しているようなんですが…男の子との距離感がすごい。先方のママさんにドン引きされないか心配になるレベルでイチャイチャするんですよね。早くもボーイフレンド探しをしているのか……女子は男子と比べて、こういう部分の成長が早い気がします。とりあえずハグ以上の愛情表現を控えるように指導していますが、ちゃんと守っているのかヒヤヒヤしています 苦笑恋愛にはつきものの試練がきた!そんなある日のこと。え、もう失恋を体験!?幼稚園だって酸いも甘いもある世界なんですね 笑しかし、恋する乙女はたくましかった!振られて傷心の長女かと思いきや…立ち直りはやっ!!!将来は世話焼き女房になるのかな?笑もちろんまだ幼稚園児だからカップルになるとかではないんですが、なんとなくお気にいりの子がいて仲良くしたいと思っているようです。もう少ししたらこの気持ちが「小さな恋の物語」になるのかもしれません。恋愛経験の乏しい母としては、あまり傷つかない程度にたくさん恋をしてほしいなーと、密かに長女を応援しているのでした。
2019年08月23日平成が終わり、令和時代が幕を開けた2019年。日本のどこかにあるベッドタウン「あさひが丘」を舞台にくり広げられる、3人のママたちの日常ストーリー。 前回 からのあらすじ「こういうとき、母親だな私、と思う…」自分のから揚げまで当然のように家族に分けてあげる山岸みさ。そして食後のだんらんが始まります。■第14話 将来の夢「将来の夢は、お母さんになること」そう口にしたあの日から、私の夢はそういうことになっていた、はず。>> 「山岸みさ」のエピソード一覧
2019年08月23日こんにちは!おにぎり2525です。5歳の息子を毎日ヒーヒー言いながら、育児頑張っています!!(35話目にして、冒頭の挨拶始めました 笑)今回は息子が生まれてきて、ずっと楽しみにしていたことのお話です。色んな方のブログや育児書を見ていて、わたしは密かに楽しみにしていたことがありました。それは…一般的に赤ちゃんがママのお腹の中にいたときの記憶のことをいうのですが・・・自分の息子が話せるようになったときに聞いてみようと、ずっとワクワクして待っていました。■ついにこの時がきた…!!3歳になるころ、言葉のキャッチボールもだいぶ上手くできるようになってきたと感じたので、ついにドキドキしながら胎内記憶について聞いてみることにしました。胎内記憶を聞く前に、息子にはママから生まれてきたということは軽く説明していました。(理解していたかどうかはわかりませんが)わたしの説明で上手く伝わっていればいいけど!!聞けば聞くほど、どんどん雲行きが怪しくなっていき・・・■「わかんなーい」で母の夢破れるとうとう・・・ああああああ!!!見事に失敗しましたー!!!いや、本当に・・・自分ヘタか・・・結局、息子からは一度も胎内記憶については聞くことはできずじまい。息子の胎内記憶を楽しみにしていた分、こう気持ちが強くなってしまって・・・つい誘導しそうになりました(笑)もっと自然な感じで、息子が話し出すのを待っておけばよかったー!と後悔しています。お腹の中にいたときの息子は本当によく暴れまわっていたので(すごいパンチやキックされた)元気いっぱい遊んでいたんだろうなぁ~と妄想しています・・・胎内記憶を持たない子どもが半数以上をしめるみたいなので、子どもから聞けたママは本当にラッキーだと思います!すごい羨ましいですー!!もう5歳になるけど、もう1回チャレンジしようか考え中です(笑)
2019年08月23日子供の成長を間近で見れるのは親として本当に幸せなことですが、注意深く見ていると、幼児から少年少女に成長する瞬間を目の当たりにし、ドキッとさせられることがあるのです…。いつもなら、喜んで描いた絵を見せてくれるのに、今日のアリッサは様子が変です。何を描いていたんだろう? 気になります。 好きな男の子にキスしてる絵を親に見られたくなかったんですね。これって性の目覚めなのでしょうか?もうこの時がきたか…。今回幼児から少女に成長する瞬間を目の当たりにした気がしました。女の子は心の成長も早いですね。異性を意識するようになったなら、パパンとのお風呂もそろそろ卒業かな? 子供の成長はうれしいのですが、ちょっぴり寂しいような複雑な心境のパパンなのでした。
2019年08月23日これは今よりも少し前のお話です。当時3歳だった娘には、好きな男の子がいました。■同じクラスに好きな男の子がいる娘の態度はそして誰に似たのか肉食系な娘は、いつも、あっくんにべったりでした。お迎えのときには、いつも先生に…こっちが聞いていて恥ずかしくなるほど一途なようでした。「まぁ先生たちも笑いながら話しているし、本人も毎日楽しそうだし、別に親がどうこう言うことじゃないよなぁ〜」と、このときは、のんきに考えていたのですが…ある日、あっくんのママと会ったとき。■もしかしたら男の子は嫌がっていたの? これは私の考え過ぎかもしれません。でも私の目には、あっくんは少しいやな表情を浮かべていたように見えました。そしてあっくんのママも、うちの娘からあっくんをサッと守ったように感じました。そして、その光景を見て、思いました。「もしかしてあっくんは娘がしつこいと感じて、いやだったのかも…ママには自分の気持ちを言えたけれど、娘には言いづらかったのかもしれないな」と…。あっくんに対する申し訳なさと、「ちょっと娘はしつこいけど、まぁこれも子どものかわいい恋かな」なんて、のん気に考えていた自分の想像力のとぼしさを反省しました。その日、娘にはいつもより少しきつめに伝えました。親として、子どもの恋路に口は挟みたくないと考えていました。でも娘の年齢では、恋というよりは「お友だち」として好きだという要素が大きかったと思います。だったら「お友だちにいやな思いをさせてはいけない」と教えるのは、親の役目だと私は考えました。ただ、娘はあっくんが純粋に好きでくっついてるのだから、その気持ちをないがしろにして無理やり引き離してしまうのも、また少し違う気がして…。でもあっくんの気持ちも考えると、どうしたらいいのかわかりませんでした。そしてそのまま少しのモヤモヤを抱えつつ。ときは流れ、娘は転園。あっくんとはお別れになりました。あのとき、どうしたらよかったのでしょう。もしかしたら、私から担任の先生に相談できていれば、一緒になにか考えてもらえたのかもしれません…。いまでも思い出す出来事ですが、これだという解決策がいまだに思いつけずにいます。
2019年08月23日こんにちは、なきりエーコです。息子、小4。「そろそろ思春期に入ってきたかな?」という言動がちらほら見られます。とくに異性を気にしたり、恥ずかしがったり…というのが目立ちます。今日はそんななかで、同年代のハトコと会ったお話です。■小学生の息子に思春期がやってきた?これです、この言動! 「女子と遊ぶの恥ずかしい」と思ってるのか、極端に女子と遊ぶのを避けます。同性で遠慮なく遊ぶのが楽しいお年ごろなのかもしれません。低学年ごろまでは男子も女子も関係なく遊んでたんですが、これも心の成長なんだよね。でもさみしいな~。そんな息子なので、せっかく遠くまで遊びに行ってハトコと雰囲気が悪かったらどうしよう…と思っていたのですが■こじらせ男子はどこへ? とっても仲良し!私の心配を返してくれ! ってくらい、ま~遊んでました(笑)。ずっとベッタリです。むしろ息子のほうが追いかけてたくらい。馬があったのでしょうか? なんにせよ、仲よく遊んでくれるのはいいことだよ…! でも、そろそろ帰りますよ?こじらせてたあの姿は影も形もなくなり、最後デレデレしてました。「思春期に入ったかな?」とか思ったけど、全然そんなことないね! まだまだ大丈夫だわ!!中学生になったら、多くの子が本格的に思春期に入ると聞きます。とっても大変な親御さんも多いようです。せめて小学生くらいまではチョロくて素直な君でいて…!
2019年08月23日ふだんは、子どものお世話に家事に大忙しのママ。お休みの日くらいはパパに子どもを見てもらって、ママはひとり時間を堪能したいですよね。でも、「パパ、いや〜! ママがいいのー!」と子どもに泣かれたら、どうしようもありません。「そっか、ママの方がいいか…(しょんぼり)」とパパはどんどん育児に消極的になってしまうし、ママはいつまでたってもラクはできないでしょう。そこで、子どもが「パパ、いや〜!」になってしまった原因と、好かれパパに変身させる対処法についてご紹介しましょう。■どうして子どもは「パパ、いや〜!」になったのか? 3つの原因子どもに好かれずに悩んでいる相談者や、周囲の男性を観察してみると、ある共通点がありました。1つは、「子どもの安心欲求を満たす場にパパが不在だった」という点です。人間の欲求にはいろいろな種類がありますが、赤ちゃんや子どもなら「食事」「睡眠」「排泄」の3つが主な基本的欲求となるでしょう(O.クラインバーグの欲求分類より)。これらがスムーズに行われると子どもは安心し、逆に満たされないと不安を感じるのです。そのため、三大欲求を満たしてくれる相手を子どもは一番信頼し、安心を感じ、「好き」という感情を抱きます。しかし、子どもが人を認識し始める0歳から、それが誰かはっきりと理解し人見知りを始める2歳くらいまでの間に、「子どもにごはんを食べさせた」「寝かしつけをした」「おむつを替えた」といった育児参加が極端に少ないパパは、子どもに好かれるのはなかなか難しいようです。2つ目は、「自分中心にマイペースな育児参加」をしてきたタイプ。特に、2〜3歳のイヤイヤ期くらいまでに、子どもが遊んで欲しいときには一緒に遊ばず、眠そうにしているときにかまって起こしたりといった、自分ペースで育児に関わってきたパパに、子どもはなつきません。そして3つ目は、「パパと子どもを2人きりにして大丈夫かな」「抱っこをさせたら落とすんじゃないかな」と口には出さないもののママが不安に思っている場合。子どもは、ママのそんな些細な不安も敏感にキャッチします。ほかにも、赤ちゃんがママの実母に抱っこされても泣かないのに、義母だと途端にぐずったりすることがありますよね。これもママの不安な気持ちなどを感じているからという場合もあります。以上の3つが、子どもに嫌われるパパの共通点ではないかと感じています。■「子どもをパパ好きにしたい!」ママはどうすれば?子どもが「パパっ子」になってくれたら、育児も手伝ってもらえ、ママもワンオペ育児から解放されますよね。では、どうすれば、子どもがパパ好きに育つのでしょうか? 答えは、簡単! 前述の「子どもに『いや〜!』と言われるパパの共通点」の逆をすればいいのです。まずは、子どもが小さいうちは、食事、睡眠、排泄の三大欲求を満たす育児をなるべくパパに手伝ってもらいましょう。育児は苦手でも、子どもに嫌われたいパパはいません。嘘も方便で「将来一緒に子どもと飲みに行きたいなら、赤ちゃんのうちから仲良くなっていないと無理みたいだよ」と夫に吹き込んではいかがでしょうか。ただし、パパが自分勝手な育児をしないよう、あくまで子どもの求める三大欲求に沿う育児を手伝ってもらうのが肝心です。そして、一番難しいけれど大切なのが、ママがパパを信頼していると言葉や態度で子どもに示すこと。パパが子どものお世話をしているとき、そばにいるママは子どもが不安になるような声がけや態度はせず、「この人は怖くないよ、大丈夫だよ」と信頼している雰囲気をつくることが肝心です。もし、パパの子育てが自分と違っていたからといっても、注意したり文句を言ったりしてはいけません。家事を手伝って欲しいのに、夫のやり方が気に入らなくて、結局はママひとりが背負いこむことって多いですよね。子育ても同じ。夫婦であっても、子育ての仕方が違うのは当たり前で、違いを認めることから始めましょう。そこで話し合ってすり合わせをしていけばいいのです。家事も育児も、結果オーライなのです。これらを実行するのは、子どもが小さければ小さい時期ほどおすすめです。子どもは、言葉自体は理解できなくても、肌で感じる、本能で感じるもの。それがのちのち、子どもの「パパ、大好き!」につながるのではないでしょうか。■「子どもが苦手」「育児に無関心」というパパは?中には「子どもが苦手」「育児に無関心」というパパも少なくありません。そういったパパに、育児を担当してもらい、子どもをパパっ子に育て上げるのは至難の技ですよね。子どもや育児に消極的なパパの場合、いっそのこと「子どもと同じように扱う」というのはどうでしょうか?よく、手のかかる夫のことを「うちには大きな子どもがもう一人いるから」と表現する妻がいますが、それも良しとするのです。すると、無理に子どもの世話をしたり、父親ぶらなくてすむので、パパは子どもと自然体で接したり遊んだりできるようになるでしょう。パパと子どもでも、遊び相手として関わりを持つことで、きょうだいのような絆で結ばれます。三大欲求の食事、睡眠、排泄も、父としてお世話するというより、きょうだいとして一緒に体験するというのでも良いのです。一緒に食べる、一緒に寝る、一緒に排泄…はさすがに難しいですが(笑)、同じ目線で体験していくことでも、パパへの安心感、好きだという気持ちは子どもに生まれるでしょう。大なり小なり、ママは子どもにとって自分が一番でありたいと願いますよね。そのため、ついつい育児をすべて自分ひとりで背負いこんでしまいがちです。でも、その独占欲や執着を手放し、子どもが小さいうちから夫とうまく育児を分担することで、パパ好きの子どもに育つとしたら?ママの育児がずっとラクになる「パパっ子」に我が子が成長するよう、ママも全面的に協力しましょう。
2019年08月23日こんにちは、マメ美です!毎日暑い日が続きますね。皆さま体調は大丈夫でしょうか?我が家は3歳の娘あーちゃんが先日夏風邪をひいてしまいまして、病院に行ってきました。■大の病院嫌いな娘そうなんです…。娘は大の病院嫌い…。どれくらい嫌いなのかと言うと言葉達者な娘は泣く時も色々な言葉が飛び出します。『もう帰るぅぅぅ!』『やめてよ!もういいでしょう〜!?』『早くイオン行って帰ろうよぉぉぉお!!』など大絶叫!周囲の赤ちゃんはつられて泣き出し、周囲からの視線(多少の笑い声)も熱く毎回修羅場なのです…。病院の長い待ち時間は基本的に立って抱っこスタイルなので、私自身心も体も相当ハードなミッションとなるのです。■誰か助けて!咄嗟に目に入ってきたのは…しかし先日の病院は更に大変でした。いつもの泣きわめきはもちろんの事、抱っこを抜け出し逃げようとするスキルまで発動したのです。おまけに最終手段であるアプリゲームにも反応せず…。3歳児の抱っこも結構辛いけれども、逃げようとする3歳児を抑えるのはもっと辛い!!途方に暮れちょっと泣きそうなそんな時、咄嗟に目に入ってきたのが…病院内にあった非常口のマークでした。苦しまぎれに出した標識なぞなぞでしたが、娘が一瞬泣き止んだのですかさず全力で非常口の説明!!それはもうとにかく必死でした(笑)するとなんと娘がニコニコし出し機嫌が直ってきたのです!それから待ち時間の間、トイレのマークや立入禁止のマークなどで謎かけをして楽しく過ごす事ができました。■その後も役立ったなぞなぞ病院での修羅場でとても役立った標識なぞなぞ。標識の意味も分かるし、トイトレも進んでとても良い勉強になりました。病院に限らず色々な建物内や街中にも標識がたくさんあるので、是非小さなお子さんと一緒に探してなぞなぞをしてみてはいかがでしょうか!
2019年08月23日どうもこんにちは!のばらです。我が家の末っ子、現在進行形でトイレトレーニング中です。上の子のときのトイトレは、第10話でもお伝えしましたが、今回は今までと方法を変えて、子どもたちが大好きな「アレ」を取り入れてみました!姉さん何しとんねん。でもやっぱりシールはみんな大好きですもんね。末っ子も最初はシール貼りたさに積極的にトイレに行ってくれました。そう…、最初は…。最近はシールの魅力が薄まってきたのか(涙)、トレーニングも停滞中です…が!! ご飯の後やお風呂の前など、時間を決めて根気よく連れていくと、本人の中でも習慣化していくようで、「ごはんを食べたら~トイレにいきましょ~」と唄ったりしてます(笑)週末などもなるべく保育園の流れに合わせるのも、ひとつ大きなポイントかもしれません。まさに今トイレトレーニング真っ最中のパパママ、1歩進んで2歩下がりながら、一緒にがんばりましょう!!
2019年08月23日お盆には実家や義実家に帰省された方も多かったのではないでしょうか。自宅に戻ってきてまたいつもの日常が始まりましたね!子ども達の夏休みもあともう少しとなりました。 私が子どもの頃はお盆に数日間、父の田舎に帰省するのが恒例行事でした。父の兄弟も多いので、たくさんのおじやおばが祖父宅に集合し夜遅くまでお酒を飲んだり話に花を咲かせている中、私たち子どもはいとこたちと戯れながら過ごしていました。何をするわけでもないのですが、雰囲気だけで楽しいものでした。家族旅行に行った事がなかったので、唯一家族で遠出した思い出は「おじいちゃんおばあちゃん家」です。 しかし、現在。我が家の子ども達はというと親戚づきあいはほぼありません。定期的に会う親戚はわずかに存在しますが、そもそも親戚一同が集まる機会がないですし、人数自体もものすごく少ないので、もしかしたら我が子にとって「親戚」という概念すらないんじゃないかというぐらい疎遠な存在となっています。 それはそれで特に不自由はないのですが、子ども達にとって機会損失しているな~と思うことは、「お年寄りの昔話を聞けない」事です。 いまどきのおじいちゃんもおばあちゃんも若いのでまだまだ現役世代が多いですが、80代以上の方(父や母の姉妹にあたる年齢)の話って聞いた事ありますか?戦争や、戦後の混乱した日本を生き抜いてきた人達の昔話を聞くって、子ども達にとってだけでなく私たちにとっても貴重な機会だと思うのです。今から7年前、私の父の初盆の際に実家におじやおば(父の兄や姉に当たります)が集まったのですが、その時の話が私にとってはとても衝撃的でした。今日のテーマは子育てに関係ありませんが、何十年か前の日本はこんなんだったんだよ~~と子ども達に伝えたくて書く事にします。 あくまで私の親戚の体験談で、戦場に出向いて命がけで帰ってきたとかそういうエピソードではないのですが、戦争の時代に人々がどういう暮らしをしていたかという貴重な体験を聞かせてくれました。 ■謎の母乳神話…戦時中のトンデモ話何故 父(父は戦後生まれ)の初盆で戦時中の話になったのかというと、仕出し料理に入っていた「お麩」がきっかけです。 おじ(愛媛出身)がおば(大阪出身)と結婚した当初、おばがお味噌汁にお麩を入れたんだそうです。 そしたらおじが「麩なんて鯉が食べるもんや!!」とキレたってゆう話から始まったんです。 今の私からしたらお麩は立派な食材のひとつですが、当時のおじからしたらお麩は「鯉の餌」だったんでしょうね。 そこから、鯉の話題になりました。 昔、おじが小さかった頃は家の庭に池があり、100匹以上の鯉が泳いでいたんだそうです。そして、戦時中には、自分たちは食べるものもロクにないのに、家の中から庭の鯉に麩をやって鯉を愛でたらしく、ここからおじとおばの夫婦漫才かのような掛け合いが始まっていきました。 おば:「自分たちの食べるもんないのに、鯉かわいがっとってわけわからんやろ。ハハハ! 鯉とって食べたらよかったのに。ガハハ」 お…おばよ…(笑) 歯に衣着せなさすぎる…(笑) おば:「わたしら、鯉食べとったで」 がーーーん!笑大阪では鯉食べていたんだったら愛媛のおじも食べといたらよかったのに。おじ:「たまに近所の人が『病人がいるから鯉分けてくれ』って来たからあげたりしとったけど」おば:「昔(戦時中)は鯉の生き血が結核に効くっていわれてたんよ」鯉の生き血…!?(ゴクッ…) 結核に鯉の生き血が効く…。 今のご時世だったらどこに根拠あんねん! エビデンス出してこーーい! で一蹴される話ですが、当時は生き血で病が治すと信じられていた時代だったんですね。おば:「私の親戚のお姉ちゃんなんかは母乳の出が良くなくって、お乳が良く出るようにって、鯉の血絞って飲まされてはったで。あんな生臭い血!! かわいそうに」 母乳の出も結核も鯉の血頼み!!ひぃぃ…。 今なら母乳が出ないなら粉ミルクでぜんっぜんオッケーですが、当時のお母さんにとって母乳が出ないって死活問題ですよね。本当にワラにもすがる思いで鯉の血を飲んだんでしょうね…。さらに、おじが自分がひもじくとも愛でていた100匹以上の庭の鯉。 その後、どうなったかといいますと、おじ:「忘れもせん、小学2年のとき。学校から帰ってきたら、朝までおった鯉が1匹ものうなっててのー。どうしたんかと思うたら、”よかれん(※)”っつー兵隊のグループが、兵士の食料にするからっつーて根こそぎすくって持ってってしもた」※旧「海軍飛行予科練習生」の略ええええ…!!人の家の庭から勝手に鯉を根こそぎ!!おじ:「あの時代は、鍋やら金属やら、根こそぎ持っていかれても文句は言えんかったから」ひぃぃ…。 どうせ根こそぎ持っていかれるんなら、やっぱり食べてればよかったのに…。 おじ:「それが戦争が終わってしばらくして、新しくできたプールに行ったら、そこの池に、うちの鯉がおってのぉ。うちの鯉が泳いどんのよ。フォッフォッフォ…」何じゃそりゃ!! 鯉、生きとったんかーーーーい!! それじゃぁ、ただ家からプールに引越しただけじゃん!! いやいや、そうやって笑って済ませられるのも、混沌としたメチャクチャな時代だったからこそですよね。■戦時中に盲腸になったら…おじ:「昔は、何もかもがめちゃくちゃで、適当やったから。医者も役所も適当よ」おば:「そうよ、戦争中は、盲腸でよう人が死んどったわ」え!? 盲腸で!?盲腸で死んでたんですか!?おば:「よう死んではったで。なんてったって、手術するっつっても、麻酔なんてないから、意識あるまま、お腹切るんやで」 ヒーー!!!! もう、「ヒー!」しか出てきません。。。 おば:「押さえつけられて生きたままお腹切られて、消毒もなにもないから、化膿したり、術後の回復がよくなくってよう死んではったわ」 切腹じゃないですか!!こぅっわーーー!!!! おば:「私の親戚の兄さんも、盲腸になったゆうて、兄さんのお母さんが、リアカーに布団しいて、兄さん乗せて、茨木から、大阪城のとこまで押して歩いて運んどったわ」 ひーーー!! 大阪をご存じない方には分からないかもしれないけれど、茨木から大阪城まで歩く…。歩けない事はないのでしょうが、、ろくに整備されてない道をリアカーに人乗せて…とても行ける距離じゃぁありません。おば:「あのお兄さん、どうしはったんやろ。あ、でも、こないだ死んだから、生き残ったってことやろうな。ガハハ」 わ…わろてる…。 戦時中の話はメチャクチャすぎて、激動の中生きてきた世代の人たちの生命力が凄すぎる!! と、改めて敬意を払ったのでありました。■戦後復興を支えた人々に感謝せずにはいられない結局父の初盆なのに、父の話は一切出てきてないことに後から気づきましたが…(笑)鯉と盲腸の話はこの時の話のほんの一部です。 戦後の、日本全体が復興に向けて伸びていくまさにALWAYS(映画)の時代の話も聞きました。 今私たちが当たり前のように使っているトンネルだったり電線だったり高速道路だったり…。 今整えられているインフラは、昔の方々が必死に汗かいて働いて作ってきてくださったものだと考えると、感謝せずにはいられません(おじの話聞いてたら仕事が過酷すぎました。ブラックどころじゃない)。 いまのお年寄りたちが現在の日本の土台を作ってくださったからこそ、私たちは今こんなにも便利な生活を送れているんだと敬意を表しながら、カーナビ・ETC・Bluetooth搭載の涼しい車でバビューン! とトンネルくぐりたいと思います!(ほんっと…数十年後の日本がこんなになってるだなんて当時の人達は想像もしていなかったでしょうね)
2019年08月22日前回 の記事で採卵の話をさせていただきましたが、今回は採卵後の話をさせて頂きたいと思います。1度目、自然周期での採卵でひとつも卵子が取れなかった私。間髪空けず、今度は低刺激(最小限の排卵誘発剤を使用)での採卵を行い、無事卵子を取ることができました。精子の状態によってはお医者様の判断で顕微に切り替えて貰えます。とにかくまずは第1段階突破ということで、ホッと一息。しかしここから怒涛の確認地獄が待っているのです!なぜなら、受精卵が無事分割しているかをまた電話で確認し、そのあとは胚盤胞まで育てて凍結できたかをまた確認する事になるから!連絡するように指示される時間は大体昼間なので、時間作るのが地味に大変で…無理な時は夫にお願いしたりしていました。この不安とドキドキは結局出産するまで続きました(切迫流産で18週から36週までの長期入院になったため)現在2人目は? と聞かれることがありますが、不妊治療〜出産までの事を思い出すと、どうしても一歩踏み出せない自分がいます。
2019年08月22日ウーマンエキサイトの読者のみなさんこんにちは! 7歳と4歳のやんちゃ兄弟を育児中のなーみんです。夏休みや休日のご飯って、つくるのが大変ですよね…!私はもともと料理が苦手なので、目分量すらできません(笑)レシピ通りにつくらないと心配で、きっちり分量を計って料理をつくっています。でも、たまにそれすら面倒くさい、やりたくない…という日も。■子どもがちゃんと食べてくれるズボラ飯そういうときはズボラ飯の出番!!計量しなくても失敗しない! 子どもがちゃんと食べてくれる(これが一番重要)ズボラ飯を紹介します~!それが「焼きTKG!(たまごかけご飯)」名前の通りなんですが、たまごかけご飯を焼いてちょっとアレンジしたものです(ネットでもいろんな方がアレンジレシピの紹介をしていますネ)つくり方はとっても簡単!まずたまごかけご飯をつくります。そして、少ししょう油を入れて、カツオ節をIN。青ノリを入れると風味が増しておいしさアップ!油を引いたフライパンで表面がカリッとなるくらい両面を焼くだけで完成~!こんなに簡単なのにおいしい…!しかも結構アレンジができるので飽きたとはいわせません!■チーズとの相性は抜群ピザ用のチーズを入れたり、上にパラパラと乗せて焼くのもあり。チーズとの相性は抜群です!子どもたちは「ご飯のピザみたい」といっています(笑)野菜も加えたい場合は、みじん切りにしたキャベツやミックスベジタブルを入れてもおいしいです。ソースやマヨネーズをかけてお好み焼き風にするのもオススメ!料理を作る気力がない日に、ぜひ試してみてください~! ↑ウーマンエキサイトベストコミック大賞はこちらから!
2019年08月22日4歳と1歳の4学年差兄弟を育児中のゆきです。こちらでは次男の妊娠中の話を書かせていただいてます。前回の産前産後の上の子の預け先で認可保育園が全滅だったという話をしました。また預け先について最初から考えることになったのですが…、■保育園落ちた! 私の頭をよぎったあること絶望した気持ちの中、これから出産する病院で以前聞いたことを思い出しました。お子さんがいらっしゃる助産師さんに「上の子の預け先を探している」と話したところ、「認可外保育園」を利用しているということを教えて下さいました。ですが、実は正直このとき私は乗り気ではありませんでした。■「認可外保育園」に対するイメージが悪かった私…そのころちょうど認可外保育園での子どもの死亡事故が話題になっていました。ニュースで見た一部の園の話で、全ての認可外保育園が悪いとイメージするのは良くないと分かりつつも、子どもを預けることには不安が…。そのため、助産師さんに聞いた認可外保育園は、最終手段にしようと思っていました。しかし見事に認可保育園に落ちてしまった私は、不安が残りつつも認可外保育園を検討するしかありませんでした。そして家から1番近くの認可外保育園にすがるような気持ちで見学に行き、そのまま事情を話し、月単位の預かりをお願いできないかと相談してみると…すると、今までの苦労が嘘のようにあっさり受け入れてもらえました。こうして私は出産のために上の子を認可外保育園に預けることにしました。■認可外保育園に預けてみて、良かった点・悪かった点預けてみて良かった点は、夫の通勤途中にあり、自宅から徒歩10分と立地が最高でした。そして心配していた料金も、田舎だからか認可と変わらないくらい安かったです。気になった点は、見学に行ったどの園より狭く、0歳~4歳くらいまでが全員同じ部屋でした。保育園に入ると病気をもらいやすいときいていましたが、本当にしょっちゅう病気にかかっていました。あとは担任制ではなかったため、先生が毎日違う方ですし、一時預かりの子が多く子どもたちも毎日違う子だったので、長男が毎朝人見知りをしてしまい…、そこは少し不安を感じました。■それでも預けて良かった! と思った理由連絡ノートに先生方が書いて下さる温かいコメントを見ると、短い期間でしたが我が子に寄り添って保育していただいたことを感じられて預けてよかったと思いました。認可保育園や、よその認可外保育園にに預けたことはないので詳しくはわかりませんが、結局どこに預けても「園や先生方との相性が大切」だなと思い、認可外保育園に対する考え方が変わったできごとでした。
2019年08月22日1歳になったばかりの頃、息子が初めてウイルス性胃腸炎になったときのお話です。最初に異変に気付いたのは、オムツ替えのときでした。便がゆるいこと以外は特に何もなく元気だったので、最初は水分を取りすぎたかなくらいに思っていたのですが、下痢気味だなと思うことが続き、小児科へ行きました。すると、ウイルス性胃腸炎とのこと!!特にぐったりする様子もなく、嘔吐することもなかったので、驚きました。症状が軽いウイルス性胃腸炎ということもあるんですね。小児科でもらったお薬を飲むと、すぐにお腹の調子も戻り、すっかり良くなった息子。(元気なのはずっと元気でしたが…)とりあえず軽い症状で良かった…と胸をなでおろしていると、何故か胃に違和感が…。いやいやまさか…!しかし、息子の症状ばかり気にしていて、手洗いや消毒など、あまり気にかけていなかったかも…と不安になってきました。もしかしたらうつってしまったのかもしれません。とは言え、息子は軽めの胃腸炎だったので、もしもうつっていたとしても、軽い症状で終わるだろうと思っていました。が!!!夜中突然の気持ち悪さに襲われトイレに駆け込むと、いきなりの嘔吐!!お腹の調子も悪くなり、上からも下からも大変なことに!そして熱も上がり、ぐったりとして、何とか次の日病院へ行った頃にはボロボロの状態に…。点滴をすることになり、仕事も急遽お休みになりました。息子の胃腸炎が軽かったからと言って、うつった側の胃腸炎も軽いというわけではないのですね…。甘くみてしまったことから、大惨事になった我が家の胃腸炎でした…。みなさまもお気を付けを!!!
2019年08月22日「3人目は余裕があるからかわいい」「孫みたいな感覚らしい」そんな風に聞いてはいましたが、長女を産むまではそれがどんなものか想像もつきませんでした。■噂どおりかわいすぎる! かわいすぎて「もー食べちゃうんだから!!」という感じです。 ■3人目がかわいい理由は「母の余裕」×「上の子たち」の相乗効果?もちろん長男たくも次男りくもすごくかわいい。 その子どもたちが手伝ってくれるから、私にももっと余裕ができて、長女ももがかわいい。 そして長女を見てると、りくとたくの小さいころを思い出してまたかわいい。そしてこんな結論に達しました。結局、3人全員かわいい!!4人目はもう無理だと思ってはいるものの、大家族のママの気持ちがよーーくわかる。3人目のかわいさは、それほどのかわいさなのでした。
2019年08月22日こんにちは! ユウコトリトリです。夏休み…皆さま毎日の食事作りに頭を悩まされていることと思います。お疲れ様です。さてさて、今回は「うちのおすすめズボラ飯特集」という事で……数少ないレパートリーの中から、わりとまとも? なものと、料理と言えるか怪しいものまで紹介させていただきますね。まずは比較的まともなメニューから…■炊飯器に材料を入れて炊くだけ「炊き込みピラフ」具材の分量は適当です! 入れて炊くだけ〜!コンソメを中華調味料にすれば、チャーハンらしきものになるし、カレールウ(刻んで入れる)にすればカレーピラフにもなりますよ!ポイント・材料はわりと何でもいいです(笑)・ソーセージの代わりにベーコンでもコクが出ます・バターがなければマーガリンでも!・ソーセージはキッチンバサミで切ると洗い物が少なくて済みます・具材は米と混ぜない!乗せるだけ!・しっかりめの味付けなので、お好みでコンソメの量を調整してください・ミックスベジタブルのグリーンピースは別茹でして後入れにすると、色がよりキレイに仕上がります※炊飯器の機種によっては米の炊飯以外の使用を禁じているものもあります。詳しくは、取扱説明書をチェックしてください。続いてズボラの結果、生まれたメニューを…■子ども達の大好物「カリカリパン」このメニューは、期限ギリギリのパンをなんとかしようとして生まれました。パンの消費期限って、意外と短いですよね…私のズボラな管理のお陰で、期限切れになりそうなパンを一旦冷凍させ、デザートとして復活させました。ポイントバター、砂糖の量はお好みで(パンにしみしみになるほど、バターをたっぷり使うのが私は好きです←カロリーはさておき…)・パンは常温のものでも作れますが、凍らせた方が切りやすく、バターが均一に行き渡ります(常温だと瞬時にバターを吸収してしまうので、味にムラが出やすいです)このメニューは子ども達の大好物で、ものすごい勢いで消えていきます。食パン以外のパンでもそれぞれの味が生かされて、おいしくできますよ!子ども達に一番人気はレーズンパン。バターロールやスナックパンだと風味がプラスされてよりおいしく!(チョコチップパンはチョコが溶け出して食べづらかったですが…)そして最後に、料理なのか微妙なやつを…■ズボラの極み「勝手にサラダ」自分で作るのが楽しいようで、いつもよりたくさん野菜を食べてくれます。勝手にどんどん食べてくれるので、楽チンですよ〜!手がヌルヌルしがちなので、手拭きの準備は忘れずに!ポイント・具材はサラダに適していればなんでもOK・レタスの固い芯の部分は避けてあげると巻きやすいです・2歳くらいからチャレンジできますが、慣れないうちは見守ってあげてください(笑)というわけで米を研ぎ、具材を乗せます。具材はピーマン、赤ピーマン、人参、冷凍コーン、ソーセージ。2.5合の米に対して、カレールウ3個入れました。子ども達が早く食べたいと騒ぐので、急速モードで炊飯スタート!そして……というわけで、少しでも参考になればうれしいです。夏休みも後半、もうひと踏ん張りして乗り越えましょうー!
2019年08月21日めまぐるしいけど愛おしい、空回り母ちゃんの日々
うちはモフモフ暮らし
やっぱり家が好き〜おっとぅんとみったんと私〜