吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。VS食洗機〜自分を笑うと楽になる食洗機にお皿を並べるとき、なぜか挑戦的になっている自分がいます。「この油汚れは落とせるか?落とせるものなら落としてみよ」もちろん、汚れはさっと水に流してから食洗機に入れます。ご飯茶碗はスポンジで洗ってから。あともう少し頑張れば、普通に洗い終えるくらいでしょうか。でも、少し、食洗機のために汚れを残します。一方夫はほとんど汚れを洗い落としてから食洗機に。食洗機の一つのメリットは、手で洗うよりも少ない水の量で洗えること。それを考えると、夫の洗い方は水の量、労力ともに無駄が多いと思いつつ……甘えてお願いしています(笑)。まったく、意味不明な挑戦です。なぜそんなテンションになるのか自分でも理解不能なのですが、そんな自分の滑稽さを自覚しつつ、毎回挑んでしまいます。ここで大切なのは、自分の滑稽さがわかっている客観性です。日々の中で、私たちの中でさまざまな感情が湧き起こります。胸の奥を風が吹き渡るような寂しさもあれば、弾むような喜びや、あたたかい気持ちがあふれそうになることもあります。そんなとき、しっかりと感情を味わうことが大切だと思うのです。湧き起こる感情をコントロールすることはなかなかできません。コントロールするのなら、しっかりとその感情を味わった後でしょう。そのとき大切なことが客観性です。自分のことを眺めているもうひとりの自分。感情のみならず、自分の行動も眺めてみることです。(なんでこんなことしているのだろう)と自分と距離を取ってみることで、自分を知ることができ、必要があれば軌道修正することもできるのです。食洗機への意味不明な挑戦。本当に滑稽です。そして、自分の滑稽さを笑います。自分のしていることを笑えるのは、困難に陥ったときに大きな助けになります。感情や混乱した状況の渦に巻き込まれずに済むのです。食洗機の例から大きなテーマになりましたが、自分を眺めるという習慣を日常の中に根付かせると、ちょっと生きることが楽になります。さて、食洗機への挑戦。油汚れがピカピカになると「さすが!」と食洗機の勝利を讃えます。そして汚れが残っていたときは敗北感があり……この挑戦によって私が勝利するということはないのであります。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月28日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。言葉は心〜新しい価値を生み出すやまとことば『兆し』という言葉が好きです。兆し:物事が起ころうとしている気配どんな物事なのか。吉凶合わせた『物事』とは思いますが、どこか希望を感じるのです。見えてはいないけれど、勘がする。冬の寒さの中にほんの少しだけ明るさを感じる。風の片隅にふっと温かみを感じるような。あ、春に向かっている。葉を落とした木々も、寒さの中で芽吹くための準備をしている。そんなことに思いが至ると少しうれしくなる。そんなささやかな変化を捉える感性を大切にすると、日常の中に少し彩りが生まれます。『きざし』には、『萌し』という言葉もあります。『萌し』は、植物の芽生えのこと。季節を感じるやさしい言葉です。このような言葉も季節の変化を楽しみ、心を豊かにするものです。白か黒か。善か悪か。成功か失敗か。合理的な思考、合理的な解決法は確かに経済や工業に発展をもたらしたかもしれませんが、二元論だけでは解決しないことがあります。いまの世界、日本の状況を考えても、このような二元論は限界にきていると思います。限界とは、人が寛容さを失うこと。失敗を許さない世界は、人と人とを分断していく流れになるのではないかと危惧しています。言葉は心です。人の思考、心を和らげる助けになるのがやまとことばです。漢語や外来語に対する、日本の固有語です。言霊といって、言葉にはその心が宿っていると言われています。白か黒だけではない。灰色があってもいい。玉虫色もあるのではないか。曖昧と言われる空間にある人間らしさであったり、余裕、余白、味わい、心の機微がやまとことばにはこめられています。『きざし』もそんなやまとことばの一つです。『前兆』『兆候』というよりも『きざし』と言ったほうが、まろやかさがあります。または目に見えない危うさも。白か黒、善か悪だけを見るのではない、他の価値。やまとことばで考えると、新しい価値を見いだしていけると思います。たとえば『感動』という言葉。『感動』ではどのような感動だったのかは伝わりません。しかし、「心を打った」「心がふるえた」「胸を打った」「胸がふるえた」と表現すると、それがどんな感動だったのか伝わります。言葉から世界を変えられるでしょうか。言葉は心の表れ。少なくとも丁寧な言葉を心がけることによって自分の周りはまろやかになり、それは波紋のように広がっていくのではないでしょうか。その『きざし』を表すのは、いま、私たちが口にする言葉にあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月21日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。『この瞬間』の思いを大切にすることある日の夕方、ふと窓を見るとレースのカーテン越しに雲がピンク色に染まっていました。写真を撮ろうとスマホを取りに行き、外に出てみると、すでにピンク色は褪せ、雲はほとんどグレイになっていました。縁にうっすらとピンク色の名残り。それも瞬く間にグレイになっていきました。その瞬間でないと掴めないものがあります。ピンク色の雲を見た瞬間の感動やときめくものを、その瞬間に味わいきる。それが、心に、そして記憶に刻まれる感動やときめきなのだと思います。写真に残すよりもそのほうが『人生の一部』になるように思います。振り返ってみると、その瞬間に選ばなかった大切なものがいくつもありました。心は掴もうと思っていても、ためらいや欲や世間体のようなものが頭をよぎっていきます。こんなとき、心に従えば良いものを、頭で判断してしまう。そして悔やむことがあっても、いろいろな理由をつけて頭で納得しようとする。でも、心にはずっと残念な思いが残っていたりするのです。もうすぐ母が亡くなって五年目を迎えます。最後に会ったあの日から丸四年の月日が経ったのですが、いまもまだ最後に私を見ていた母の顔を忘れることができません。大きな手術をしてすっかり弱ってしまった母は、療養病院から介護ホームに移り、そしてクリスマスイブの朝に脳梗塞を起こし、右半身が動かなくなり、言葉も出なくなりました。急性期の病院での治療が終わり、リハビリの病院へ移りました。しばらく落ち着いていたのですが急速に弱くなり、また病院を移ったその日。病室を整え、帰ろうとしていたときでした。「ママ、じゃあ明日も来るからね」と言うと、母は置いてきぼりにされてしまう子どものような顔をして私を見ました。「明日ね、ゆっくり休んでね」そう言って病室を出るときも、母はそんな顔をしていました。もう少しいようかな、と思ったのですが、仕事が残っていたので帰ることを選びました。それが、生きている母を見た最後でした。その瞬間の心を選ぶ。そして味わいきる。多くの情報があり、多くの知識があり、そこに欲や世間体が割って入り、頭の中はとても忙しい。合理的な方法を選択することが、より快適で、より生活を高めると信じている……そんなことはないでしょうか。『いま、ここ』の自分の声を聴くこと。思いを置き去りにすることなく、『いま、ここ』を味わいながら過ごす。それは、自分を大切にすることでもあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月14日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。自分を大切にする『紙』と『ペン』のある時間旅に出ると、なぜか手紙を書きたくなります。あるときはひとり、部屋で。あるときはカフェの小さなテーブルで。今ならメールやLINEなどが手軽なのかもしれませんが、ペンで字を書くという行為が、自分の中にある伝えたいことを引き出すスイッチを入れるのです。それも、仕事などで考えていることとは違う次元のことを。自分でも気付いていなかった本音や、少々センチメンタルなことであったり。ときどき、そんな自分に出会ってみたくなるのです。今、海外はもちろんのこと、国内でも気軽に旅に出ることがむずかしいときなので、気に入ったカフェの、気に入った席で書き物をしています。たとえばご近所の並木道に面したファミリーレストラン。窓際のボックス席は落ち着きます。なぜかこの席だと、仕事もはかどるのです。紙とペンの相性はとても大切です。たとえば、歌詞を考えているとき。いつも鉛筆を使うのですが、柔らかい芯の、2Bから4Bの鉛筆でないと思考がスムーズに動いていかないのです。柔らかい心の書き心地が、なんとも気持ちがいい。そして下書きの紙はA4のコピー用紙を横にして。これは『儀式』のように、デビューしたときからの慣わしです。若い頃によく一人旅をしていた頃、必ず持って行ったがシェーファーのカリクラフィー用の万年筆でした。1500円くらいのリーズナブルな万年筆です。文字に少し表情が出て、なぐり書きでも『味』が出ます。インクはBlue-black。この色も、イマジネーションをそそるのです。今、愛用しているのはuni ball SigNonoの太字、インクはdeep blue。滑るような書き心地、そしてこのペンのインクは紙にほどよく滲みます。紙も柔らかいものを。インクを吸い取るような紙が好きです。ペン先からこぼれた思考や思いを受け止めるノートも、吟味して吟味して選びます。文筆を生業としている私にとって、自分のために文章を書くモチベーションはとても大切なものです。誰にとっても「自分のために書く」のは、「自分と一緒にいる」ことでもあるのです。思考も思いも記憶も、そのままにしておくといつか薄らいでいく。そのとき、その瞬間の自分を記録する。日記でも雑記帳でも、手帳の片隅にでも、『自分』を残しておく。それは、自分を大切にすることにもつながると思います。そして、せっかくですから思いを記していく水路となる紙とペンは、自分の手に、気持ちに馴染んだものを選びたいものです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年02月07日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。落ちこみの際で止まる先日ちょっとショックなことがあり、久しぶりに落ち込みました。これまで何度も落ち込みを経験しているので、(あー、こうしていると落ち込むなあ)と、モヤモヤした心の片隅で思っています。モヤモヤとしている自分と、それを眺めている自分。二人の自分が心の中でせめぎあっています。精神状態としては混沌としているのですが、眺めている自分がいることで落ち込みのどん底に落ちずに済んでいる……という感がしています。ショックなことがある。それは人からの批判かもしれないし、仕事や人間関係のことかもしれません。自分自身のことが嫌になることもあるし、大切なものを失うこともあります。何かそんなきっかけは……爆弾を落とされたような、心の中で何かが粉々に割れてしまったような、そんな混乱があります。それから心はぐるぐると廻り始めます。(どうしてこうなってしまったのか)という思いに始まり、相手を責めたり、自分を責めたり、自分を落ち込ませた原因を何処かに探そうとします。そして次に、自分をかわいそうに思い始めます。つまり、自分を被害者のように思うようになるのです。たとえば(一生懸命にやったのに認めてもらえない)(自分のことを全否定されてしまった)(誰もわかってくれない)といった気持ちから、(私ってかわいそう)となります。これがself-pity、自己憐憫です。落ち込んだときに嵌ってはならないのが、この自己憐憫です。自分を憐れだと思うことで、一時的に楽になります。誰かのせい、社会のせいにしてしまえば、落ち込んでいることを正当化できます。落ち込むこと自体は悪いことではありません。愚痴を言いたくなることもある。人生、うまくいくことばかりではない。ですから、落ち込んだら、まず落ち込んだことを肯定する。(ああ、私いま、落ち込んでいるんだ)と認める。そして混沌とした感情をどこかで眺めている自分を獲得する。そして、ネガティブのスパイラルに入り込まないようにチェックする。さまざまな感情が入り交じり、堂々巡りをするのです。その堂々巡りをしっかりと見る。特に自己憐憫と相手なり社会への強い批判に気をつける。なぜ落ち込んでいる自分を眺める視点が大切かというと、落ち込みが強まると鬱状態になる可能性があるからです。これだけは避けたい。自分の力ではどうにもならないことがあります。落ち込んでも仕方がない。でも大切なことは、落ち込んだところで、さらに底に落ちないようにすること。落ち込みの際で止まることです。止まっているイメージをしてみましょう。ここで踏ん張る力が、落ち込みから脱する力の源になるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年01月31日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。手をつなぐ 〜見えない絆を育てる時間街で手をつなぎながら歩いている親子連れを見かけると、ふっと懐かしいような、淋しいような気持ちが胸をかすめます。娘が15歳でアメリカに留学してから8年。ずいぶん時間が過ぎました。まさか15歳で手放すとは思っていませんでしたが、考えてみると親子で一緒に暮らす年月というのはそんなに長いものではないのです。留学するのは、なかなか勇気のいる決断だったと思います。生半可な気持ちや、憧れではなく、人生を賭ける覚悟だったことは確かです。ですから親が淋しいとか淋しくないとか、つまらないことを言ってはいけないと思いました。娘がこれから自分のステージをゼロから作ろうとしているのを応援するだけです。親から離れる解放感もあったでしょうし、同じくらい不安もあったでしょう。でも、娘が覚悟を決めて巣立って行けたのは、小さいとき、どんなときも手をつないでいたからではないかなと思うのです。娘が手をつなぎたいだけ、手をつないで、そして自分から手を離していった……そんな感じがします。いつも手をつないでいること。そしていつも会話をすること。会話が成立しなくてもいいのです。空がきれいだね。風が気持ちいいね。そんなことでいいのです。そして子どもの話を聞くのです。それでどう思ったの?そんなことがあったんだ……。ジャッジを求められない限りジャッジすることなく、子どもが話すそのままをそっと手にとって愛でるように、話を聞くのです。そんな時間が確かに私の人生の一時期に流れていたのです。遠い日のことですが、それらは何ものにも替えがたい美しい時間でした。ですから若いお母さんと子どもが歩いているのを見かけると、そんな時間を大切にしてほしい!と思ってしまうのです。子育ての悩みはあったし、仕事と両立させることがきつかったこともありました。それでも、過ぎてしまうと何もかもが夢物語のような気がしてくるのです。娘と遠く離れていると、ときどき本当にゆめまぼろしだったのかしら、とふと思います。妙な感覚なのですが、これまでの人生すべてがゆめまぼろしだったような。振り返る年月が多くなるにつれ、何か確かだったものが指の間をすり抜けていくような感があります。「いま、ここ」の自分の中から、母としての自分が薄らいでいくことの淋しさがあるのかもしれません。それもまた人生の1ページであり、流れなのでしょう。もう少ししたら、私の方から手をつないでほしくなるのかもしれません。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年01月24日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。癒しのスープ風邪をひきました。毎年、冬になると一度はかかる喉風邪です。いま、このご時世に風邪を引くのは不安です。だるさはあるものの熱はないのでとりあえず様子を見ることにしました。まず、喉元を暖かく。タートルネックのセーターにさらに薄手のスカーフを首に巻きました。そしてヒートテックシャツの背中、ちょうど肩甲骨の間あたりにホカロンを2枚。お腹にも1枚。足元も暖かく。そして、オレンジジュースをたくさん飲む。ビタミンC摂取です。白湯も飲みます。食事は消化のいいものを。風邪引き1日目は鳥の骨つきもも肉とキャベツのお鍋。薬味は生姜と葱。たっぷり入れます。2日目は鍋焼きうどんに。ただただ体を温めます。仕事をしながらの養生ですが、3日目に少し気力が湧いてきました。何かを作りたくなる……これが私の回復のバロメーターです。そこで朝から作ったスープ2種。とろとろ白菜鍋とオニオングランスープです。とろとろ白菜鍋は、白菜半分をざく切りにし、大きなお鍋に。そこに塩をぱらりぱらり。オリーブオイルを2回し。4003くらいの水を入れ、蓋をして火にかけます。ことこと沸騰してきたそのまま数分、白菜がしんなりとして、白菜の水分も少しずつ出てきます。この『蒸し炒め』によって白菜の甘みが引き出されるのです。それから白菜がひたひたになるくらいだし汁をはり、白菜がくったりとするまで煮込みます。このとろとろ白菜、土鍋に移して鳥のつみれを入れながらポン酢でいただきます。生姜、葱をたっぷり。柚子の皮を薄く千切りにし、薬味にしても。果汁も使いましょう。そしてオニオングラタンスープ。玉ねぎ3個の薄切りを根気よく炒める。かなり色づいたところで、4003の野菜出汁、またはチキンスープを入れ、スープを乳化するようによく炒める。それから玉ねぎがひたひたプラスαほどのスープを入れ、味を整える。スープを耐熱の容器に入れ、焼いたフランスパン、そしてグリエールチーズをたっぷりとのせてオーブンで焼く。体調によって、チーズはなくても美味しくいただけます。スープには、何とも言えない優しさがこもっています。作る人の祈りがこめられているような。そして口にしたときに、優しさが体に染み渡っていく。何よりの滋養です。体調が優れないときはもちろんのこと、心が疲れたときにも、癒しのスープで自分に優しく。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2021年01月17日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。祈りは神様との約束新しい年へ。慌ただしい大晦日が暮れ、街は静かになる。そして日付が変わると、なぜかそれまでの空気が清まった感じがする。一年の始まりと終わりには、何か不思議な流れがあります。カウントダウンで賑わう街でも、誰もが新しい年へと気持ちもリセットすることを期待しているのでしょう。年をまたいでお参りをする二年参り。日付が変わる少し前に家を出て、家族で二年参りをしたものでした。ずいぶん昔のことですが、二十代の初め、作詞家になろうと決心して毎晩遅くまで勉強をしていた頃です。神様との向き合い方が変わりました。いわゆる『願掛け』『願う』という気持ちではなく、気づくとただただ必死に手を合わせ神様に誓っていたのです。少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、作詞の勉強は私にとってまさに人生の受験勉強でした。自分の特性を生かして生きていく大きなチャレンジをするために、自分で自分にプレッシャーをかけました。例えるなら、向こう岸に橋を渡せるかどうか……そんな気持ちです。「神様、頑張りますからどうか見ていてください」手を合わせながら、心の中でただこれだけを神様に伝えました。何度もその言葉を繰り返しながら、胸が熱くなっていきました。このとき神様に参拝するとは、感謝をして、覚悟を伝えることだと思ったのです。お願い事を並べるのではなく、所信を表明するのだと。すると、より気持ちが強くなる。あきらめない心に薪をくべるような感じです。神社の境内では火が焚かれていました。パチパチと音を立てながら、火の粉が空に昇っていく。人々の祈りを天に届けているようです。あの頃の真夜中のシンとした深い寒さ。そしてずいぶん昔のことになりましたが、あのときの静かな高揚感をいまでもよく憶えています。祈り、覚悟を伝えながら胸が熱くなり、時に涙がこぼれる。生かされていることへの感謝を伝えながら泣きそうになる。そのときに、祈りは自分の中に力となって宿るのです。新しい年に誓いを立てる。そして神様と約束をする。お願いは、「頑張りますから見ていてください」と。2020年は厳しい年でしたが、この厳しい体験を礎に、2021年を力強くまいりましょう。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年12月27日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。アウトプット=表現のすすめ表現し続けること。これは、人間にとってとても大切なことではないかと、最近とみに感じています。表現というと難しく聞こえるかもしれませんが、自分の思い、意見、今の自分を世の中に表していくことです。そこには素直な吐露があり、率直な意見があり、クリエイションがあります。SNSの広がりで公の場での発言、発表しやすくなってきましたが、だからこそ、その質を高めていくことが大切です。音楽大学で作詞研究という授業を受け持っています。学生たちはクラシック、ポップス、邦楽など、さまざまなジャンルの音楽を専攻しています。テクニックだけでは芸術とは言えない。そこには、さまざまな体験や学んだことの熟成と、内面を見つめる目が重要です。作詞のクラスで何を伝えていくのか。作詞における約束事はもちろんのこと、感性を磨いていく数々のワーク、そしてこれまでの歌の歴史、変遷についても伝えます。作品の質を高めていくためには、ただひたすら書く。そしてできたら添削。歌詞を書くことについてさまざまな角度から伝えていきますが、最終的には、「どう生きていくか」ということになるのです。その「どう」が、内面を磨き上げ、深い作品を書く動機に繋がります。そのためには体験することが大切なのです。その体験を通して自分の中で熟成させていったものが、作品やパフォーマンスという『真実』になりうるのです。音楽大学の学生たちはインプット、アウトプットを重ね、表現を進化させていく。常にその二つがそれぞれの中で対流し、エネルギーになり、日々新しい自分と出会っているのだと思います。そう、アウトプットしていくことは自身に進化をもたらし、エネルギーを生み出します。インプットしたものを熟成し、自分の感性を通してアウトプット=表現する。ささやかでも形にしていく。それはSNSで言いたいことを言いたいままに書く、ということではありません。『形』『作品』にすることで、それまで答えの出ていなかった思いに『答え』が出るのです。気づきがある、と言ったほうがいいでしょうか。表現することは、内なる声に耳を傾け、掬い取っていくことなのです。学び、体験し、そして表現する。そこに、人生を豊かにする流れがあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年12月20日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。今年を表す私の一文字その年の世相を表す『今年の漢字』。毎年清水寺で発表される恒例の行事です。昨年の漢字は『令』。令和という新しい時代の始まりに、多くの日本人が希望を見出したものでした。令、美しく麗しい時代への期待感がありました。ところが一年経たない間に、世界は大きく変わりました。一年後の今年、どのような漢字が選ばれるのでしょうか。今年ほど、その漢字の意味を噛み締める年はないでしょう。日常が一変し、私たちの心のどこかにいつも『怖れ』が住みついてしまいました。マスクをしている息苦しさは、心の息苦しさでもあります。私たちは世界共通の同じ問題を抱えていますが、同時にそれぞれの人生にもさまざまなことを抱えています。12月、「今年のうちに」となぜか心が忙しくなる。大晦日から元旦へ、いつもと同じ朝を迎えるにもかかわらず、午前0時は私たちには大きなリセットの瞬間、何かが変わるような、一年の澱が浄化される感覚があります。そんな浄化の意味をこめて、自分のこの一年を表す漢字一文字を考えてみてはどうでしょうか。私のエッセイ・クラスの最終回で、このワークをやってみました。今年、イラストの作品集の制作に取りかかった人は『挑』という漢字を。まさに勇気を出した挑戦の年だったそうです。『踊』という漢字を選んだ人は、『情報に踊らされた年』と。『命』を選んだ人は、体調を崩し自分の命について深く考えたそうです。このように自分の一年を表す漢字、言葉を考えてみると、ざわついている心が不思議と落ち着きます。自分の感情や思いに言葉を与える……それが表現です。そうして心の内を表現することで、けじめがつくというのです。今年はこうだった。さあ、次に進もうと、意識的にリセットすることが、前に進むきっかけになります。さて、私の今年を漢字一文字で表すと……『痛』。なんとも情けない一文字ですが、7月に手首を骨折し、5ヶ月経ったいまも痛みに悩まされています。自分の身体を傷つけてしまったことを後悔した年でもありました。こうして世界が分断されているのも心痛いことです。さて、今年の漢字、そして皆さんの一文字はどうなるでしょうか。新しい年、希望にあふれる漢字が選ばれるような年になりますように。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年12月13日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。晩秋の広場にて晩秋の休日。わんこの散歩で近所のケヤキ並木広場へ向かいました。そこは車の通らない広々とした並木道で、近隣の人々の憩いの場です。ところどころに落ち葉がこんもりと山になっていて、幼い子どもたちが落ち葉に埋もれるようにして遊んでいます。雪をかけ合うように落ち葉をかけ合い、そのふわふわ、かさかさとした感触を楽しむように踏んで歩いて。そんな子どもたちを見守る若いお父さん、お母さんのまなざしは優しく、そんな親子の姿をベンチに座っている老夫婦が微笑ましく見つめている。少し離れたベンチからその光景を見ていたら、なんだか泣きたくなりました。なんて平和な日常の光景。そして抱きしめたくなるほど懐かしい思い出に。娘が赤ちゃんだった頃から、よくこの広場まで散歩したものです。よちよち歩きを始めた頃、歩けるようになったうれしさを体いっぱい表すように私に向かって歩いてきました。ちょうど今頃の季節。小さな手で落ち葉を拾ってくしゅくしゅと握ってつぶしたり、落ち葉の中に座り込んで遊んだり。23年、時は瞬く間に過ぎていました。その間には当然のことながらいろいろなことがあり、子育てと仕事と家族のこと、親のこと……。さまざまなことを小脇に抱えながら駆け抜けたような23年という時間は、私の人生のまさに中核といえる時間でした。もう巻き戻すことも手にすることもできないそんな年月に、自分の限られた時間を思うのです。悲しいわけでも、淋しいわけでもなく、ただ自分に『与えられた時間』が不思議です。何年なのかわかりませんが、晩秋のベンチに座りながら過ぎ去った年月に思いを馳せているように、生きてきた時間を振り返るときがいつか来るのでしょう。そのときの気持ちをほんの少し味わっているような感じです。出会いがあり、別れがある。家族として出会い、そして別れがある。友人たち、大切な人とも何かの縁があり出会い、そしていつか別れがある。その中には決してひと色ではない出来事や思いがあるでしょう。でも最後には「愛しかなかった」という境地になれたらいいなと思うのです。卒業試験の最後の問題が解けたように。落ち葉で遊ぶ幼い子どもたちを見ながら、今、遠く遠く離れて暮らしている娘を思います。夢のように思える子育ての頃、確かに私もこうして遊ばせていたのだ、と14歳のわんこを抱っこしながら思い出します。わんこも、ここで走り回ったことを思い出しているのかもしれません。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月29日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。クリスマス・リースの祈り街にクリスマス・ツリーを見かける時期になりました。東京、恵比寿のガーデンプレイスでは、毎年高さ8.4メートルの『バカラ・シャンデリア』がホリデー・シーズンを彩ります。先日、前を通りましたらその優麗な輝きを放っていました。コロナ禍という時世、日常のルーティンを守ることが大切なのかもしれません。クリスマスという、優しい気持ちになる時期、私たちの心に灯りを灯すこと。それが、大切なことだと思うのです。毎年、11月のお花のレッスンではリースを作ります。今年は泰山木の葉と、ブルーバードというシルバーグリーンの針葉樹を使った、シック、でもゴージャスな大人のリースです。リースの輪には『永遠』という意味があります。始まりも終わりもなく、永遠に回り続ける。幸福がいつまでも続きますように、という願いがこめられています。リースに常緑樹が使用されるのには、豊作を願うという意味があるそうです。また赤い柊の実には太陽の光、リボンには魔除けという意味がこめられています。松ぼっくりや姫リンゴは、神へ捧げ物の象徴だそうです。殺菌作用、抗菌作用がある常緑樹の葉を玄関に飾ることで魔を除けることを願いました。これは、お正月のしめ縄飾りと同じ意味合いです。また端午の節句では菖蒲や蓬などを使って薬玉飾りを飾ります。菊の節句とも呼ばれる重陽の節句に、薬玉と同じように芳香を放つ茱萸袋(しゅゆふくろ)に取り替えたそうです。無病息災、魔を除ける、農作物の豊かな実りを願い、古の人たちは西洋でも日本でもこのような飾り物を祈るように作っていたのでしょう。おそらく、体験的に知っていたのではないかと思います。この地球上の遠く離れた地で、人間は共通の感性、知識を持っていた……。これはすごいことですね。一年前は飛行機に乗ればどこへでも飛んでいけたのに、今は簡単に行くことはできません。そして、コロナ禍は人と人との距離を離しただけでなく、心をも分断しているように思えます。小さなブルーバードの葉をリースに刺しながら、かつて無意識の奥で人々がつながっていたことに思いを馳せます。平和であるように、人々の心が穏やかであるように祈りながら。リースや薬玉飾りには、作っている人々の祈りもこめられているのですね。リース作りは、静かで心躍る時間。もうひとつ、プレゼント用に作ろうかと。慌ただしくなる時期、こんな静かな時間がうれしいものです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月22日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。『丁寧』という魔法心がざわざわする。感情が渦を巻いている。人間関係がぎくしゃくする。不安に押し潰されそうになる。時として、こんな状態に陥ることがあります。頭ではわかっていても、感情が言うことを聞かない。それはどこかドミノに似ていて、ひとつが崩れると次から次にうまくいかなくなる。自分の日常のことだけでなく、これが社会に対する不安や不満、怒りとなると、ますますやり場がなくなります。そんなときは、ついつい言葉も荒くなるものです。言葉はエネルギーですから、たとえ良い言葉遣いをしていたとしても、そのエネルギーは言葉にこもります。例えば「ありがとう」と言われても、全然伝わってこない心の伴わない「ありがとう」がありますよね。言葉で繕ってみても、その心がなければ伝わらないのです。心がざわざわするときには、物事を丁寧に行い、丁寧な言葉遣いを心がけます。すると、気持ちが落ち着きます。ゆっくりと、ひとつひとつの言葉を意識する。言葉は丁寧に、贈り物を手渡すように伝える。心のこもった言葉をかけられて気分が悪くなる人はいないでしょう。自分自身が落ち着くだけでなく、相手もまた気持ちが落ち着き、うれしく思うでしょう。こうしてお互いに『丁寧』を与え合うことで、そのエネルギーはまわりに波及していくのです。いつもよりも丁寧に料理をするのもいいでしょう。丁寧に野菜を切り、丁寧に調理し、丁寧に盛り付けをする。あれこれ考えず、おいしい料理を丁寧に作ることに意識を向ける。これを私は『お料理瞑想』と呼んでいます。料理をしていることに意識を集中させることで、落ち着いてくるのです。ゆっくりと呼吸をすることも、ざわざわを鎮める効果があります。丁寧に呼吸をするのです。空気を胸いっぱいに空気を吸って、肺胞の隅々まで行き渡り、酸素がどんどん血液に流れ込むイメージをします。酸素は身体中に運ばれます。呼吸、息を吸うということは、生きているということ。息、生き、同じ音です。ここにも言葉のエネルギーが宿っているのですね。「丁寧にする」というリズムで心を整える。忙しいときほど丁寧に。イライラするときほど丁寧に。『丁寧』という魔法、ぜひ試してみてください。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月15日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。『夢』のメッセージが教えてくれること「夢は超意識からのメッセージである」『眠れる預言者』『ホリスティック医学の父』と呼ばれたエドガー・ケイシーは夢についてこのように述べています。また精神科医、心理学者であるカール・グスタフ・ユングは夢について、心の深いところから、その人の生き方そのものについて関わりのある、何か大切なことを告げてくるものである、と考えました。今朝見た夢には意味があるのだろうか。ストーリー、場面をありありと覚えている夢を見ることがあります。夢の中の怖さや悲しみや驚きなどの感覚が妙にリアルで、何度でもリフレインして味わえるような夢もあります。大抵の場合、現実にはありえないような奇妙な展開を見せます。そんな夢について(きっと疲れていたからこんな夢を見たのだ)(こんな夢には意味がない)と流してしまうことが多いのではないでしょうか。また『いい夢』『悪い夢』とジャッジして一喜一憂することもあるでしょう。しかし、夢に「いい」「悪い」はありません。そのように判断していると、夢の真髄に触れることはできません。十代の頃から夢には何か意味があると思っていました。『追いかけられる夢』を繰り返し見ていた頃を思い出してみると、確かに精神的に厳しい時期でした。夢のメッセージとは、夢主の現状を伝えているということ、そして問題解決の方法を示唆しているのです。追いかけられ、袋小路に追い詰められ、「助けてー!」と叫ぼうとしても声が出ない…。この夢のメッセージは、今実際に『追い詰められている状態』であるということ。そして『助けを求めようとしても求められない自分』がいますよ、逆に言うと、「助けを求めれば状況は改善します」ということを伝えていたのです。夢のメッセージを実際に行動に移してみること。ここが最も大切なポイントです。でも十代の私はそこまで解釈することができずにいたのですが、仕事を始めてからまた『追いかけられる夢』を見た時期がありました。実際には1日おきに締め切りがあるような状況でした。「誰かに追いかけられている。急いで家に帰ってテレビをつけ、『誰か』が今どこにいるか映し出し確認する」この夢には、まさに解決方法が示唆されています。つまり、テレビで確認するというのは、「何から始めたらいいか、落ち着いて確認しなさい」ということ。仕事の優先順位を考え、落ち着いて取り組んでみたところスムーズに、ストレスもなく終えることができたのです。夢のメッセージは、誰にアドバイスされたのでもない、自分が自分に与えているアドバイス。夢を人生に取り入れることは、自分自身と一緒にいることなのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月08日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。「いいね!」という『存在確認』90歳になる父は、毎朝6時過ぎに散歩がてら我が家にやってきます。新聞を取り込み、カーテンを開け、植木の手入れなどをして6時半には帰ります。その時間、私はまだ寝ているので父が来ていることに気づきません。起きて、カーテンが開いているのを見て、今朝も父が来たのだと確認するのです。言ってみればこれは存在確認。父もそのつもりのようです。たまに雨が降った日など来ないこともあり、その時は少し胸がざわざわします。部屋で倒れてやしないか。悪い想像ほどイメージしやすいのですから困ったものです。そんなときは「おはよう、今日はどんな予定なの?」と電話をして、元気なことを確かめます。SNSの「いいね!」もまた、その人が生きている証(なりすましなどもありますがそれは除外して)です。生きている…というと大袈裟かもしれませんが、いつものコンタクトが途切れると、ふっと心配になるときがあるのです。二十代の頃に仕事関係で知り合ったAさんは、私のことを陰ながらずっと応援してくれていました。ときどき電話で近況など報告し合ったり、メールが来たり。Facebookの投稿には必ず「いいね!」を押してくれ、よくコメントも書いてくれました。私も時々Aさんの投稿をタイムラインで読んでいました。新しいプロジェクトについての抱負や、大好きな映画についての思いなどが語られていたのですが、ある頃から投稿する内容が変わっていったのです。世の中に対して悲観的であったり、時には批判的であったり。何か、うまくいっていないのかなあと思っていたところ、事故で亡くなったと知り合いから連絡がありました。SNSは不思議な世界です。連絡が途絶えていた人とつながり、実際に会ったことのない人ともつながる。他人のプライベートが垣間見える。多くのどうということのない情報を共有する仮想の空間。例えばFacebookの中には時の流れがあります。ある日、時が止まった友人たちのタイムライン。誕生日には亡き友人たちの誕生日を祝うメッセージが寄せられます。命日ではなく、生まれた日が記憶されてつながっていく。存在なき存在確認です。「いいね!」はコミュニケーションの一つであり、承認であり、存在確認です。「いいな」と思うことに「いいね!」が返ってくる。「私はここに!」自分の存在確認でもあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年11月01日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。星空の片隅で1日の長さは、1年に0.000017秒ずつ伸びている。月は1年に3.83ずつ地球から遠ざかっている…ということを、多くの人は知っているのだろうか…。と、冒頭から疑問を投げてしまいましたが、0.000017秒など感じられない時間とは言え、私が(これが1年)と思っている長さが不変のものでなかったのは、結構な衝撃でした。物理学者の全卓樹は著書『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版)の中で、1日の時間が延びるのは、毎日の潮の満ち引きのときに海水と海底の摩擦が起こり、これが地球の自転を遅らせている原因だとつづっています。そして月はその反作用で地球から遠ざかる…そして500億年後、1日は45日ほどの長さになるらしい。月は小さく見えて、潮の満ち引きもなくなるでしょう。もっともその頃には膨張した太陽から宇宙線が降り注ぎ、人間は住んでいられない環境に。とても想像の出来ない未来がそこにあります。先日、車の中でラジオを聞いていたら、国立天文台の教授が超新星爆発について解説していました。超新星爆発とは星の終わり。質量の大きな恒星がその一生を終えるときに大爆発を起こし、数ヶ月から数年にわたり太陽のように大きく明るく見える。今、オリオン座の右肩にあるベテルギウスが暗くなり始めたために、終焉が近いのではないかと考えられているそうです。宇宙は不思議に満ち溢れています。教授の話を聞いていると、その超新星爆発がこの数年のうちに起こりそうなかんがあります。ラジオを聞きながら何だかわくわくしてきました。ナビゲーターの女性もうきうきした声で「何時頃起こるのでしょうか?来年あたりですか?」と質問すると教授は「1、2万年のうちに…だと思います」と。ああ、私は宇宙時間の中にいるのだった…。「近いうち」の桁が違いすぎます。この果てしない宇宙の時空間の中に生きている私たち、なんて小さな存在でしょう。でも、そんな小さな存在である私たちの悲しみや孤独は時にとても深い。生きようとする力は強く、その愛はとてつもなくあたたかい。宇宙の時の流れの一雫にも満たない時間を生きる命の重さを、しみじみと思うのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月25日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。五行詩の中の宇宙雪が降っていて手鏡をそっと差し出す母がいて「点滴ポール生きるという旗印」岩崎航(ナナロク社)ーより引用これは筋ジストロフィーを患い、人工呼吸器をつけながら詩人として活動する岩崎航さんの五行詩です。たった21文字の言葉の中に、岩崎さんと母の人生がある。この詩に出会ったとき私は言葉の持つ可能性に打ちのめされた。言葉の奥にある『宇宙』を感じたのです。宇宙というと大袈裟に聞こえるかもしれません。果てしなさとでもいうのでしょうか。人の心の深淵を見たような感慨があったのです。詩を解説するのは無意味なことです。ただこの詩を何度も読み、心に湧き起こる自分の感覚や感情を味わうことで、私たちは自分の心の深淵へと入っていくことができるのです。五行詩は世界観をぎゅっと凝縮し、行間にふくらみを持たせるように書く…と私は考えます。また、余韻をとても大切に。そこには文字数が制限されている歌詞に通じるものがあります。歌詞は伝えたいこと、描きたい世界を音数に合わせて書きます。伝えたいからと言って説明的な言葉だと、歌から離れていきます。歌詞も行間にふくらみを持たせ、説明しなくてもその世界を感じとれるように書くことが求められます。また五行詩にはそれぞれのリズムがあり、声に出して読んでみるとよりしっくりと心に入ってきます。古来、和歌を嗜み親しんできた日本人には、馴染みのある言葉のリズムがあるのです。大学で担当している作詩研究のクラスで、毎回五行詩を書くことを取り入れました。学生たちは、前期の初めの頃は長々とした五行詩を書いていましたが、後期に入ると心と思いと言葉の中に宇宙を見いだしかのようにぎゅっと凝縮された詩を書けるようになってきました。時代の空気感をそれぞれの内面に映し出した世界がそこにあります。それは、世界を、自分を『見つめる目』が変わってきたことを表しているのです。この変化が作詞にどう現れるか、それは後期の試験の楽しみでもあります。詩を書くことは新しい扉を開く鍵になるかもしれません。日記のように、その日感じたことを五行詩に。心の深淵へ入っていくのは、自分と出会っていくことでもあります。「自分の力で見出したことが暗闇を照らす灯火になる」岩崎航さんのこの言葉に勇気をもらいます。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月18日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。若者の敬語と大人の責任「若者の敬語はなってない」こんな批判をよく耳にします。多くの場合、次に「今の若者は軟弱」とか「礼儀を知らない」といった話になります。言葉という観点に立つと、私もそのように思ったことがあります。しかし、週に一度大学の授業で若者たちと接するうちに、若者を批判するのは重箱の隅を突くようなものだと思うようになりました。若い人たちの敬語なり丁寧語の使い方が間違っている場面によく出くわします。二重敬語だったり、敬語と謙譲語がごちゃ混ぜになっていたり。心の中で(ああ…)と思うこともしばしばです。でもよく考えてみると、彼らは丁寧に接しようと努めている。ただ、ちゃんと学んでいないだけです。もしかしたら、まわりの大人がきちんと話せていない環境にいたのかもしれません。敬語や謙譲語を教科書や本で学ぶこともありますが、育っていく中で身についていくものです。ですから、若い人たちが間違った敬語の使い方をしているのを聞いたら、職場の上司は指導すべきです(…べき、という言葉は使いたくありませんが)。丁寧に接したいという気持ちがあるのですから、そこを大切にしながら伝えてほしいと思います。音楽大学で作詞について教えているので、多くの学生たちと接します。今年は新型コロナウイルスのために前期はオンライン授業となり、後期はオンラインと対面のハイブリッドの授業を行なっています。直接顔を合わせずに一年終わってしまう学生たちがほとんどなのですが、オンライン授業での利点がありました。毎週の課題提出、歌詞の添削など、学生と直接メールでのやりとりがあります。54名の学生ほぼ全員のメールの文体は丁寧で、とても清々しいことに感心しています。大学生だからそれは当然のこと…と思う人もいるかもしれません。言葉はその人を語ります。丁寧であるかカジュアルであるかということではなく、言葉にはその人の心の温度が現れる。そういう意味で、学生たちの言葉には作詞をすることへの真摯な気持ちを感じるのです。すると、言葉も真摯になります。むしろ、大人たちの言葉のほうがぎすぎすと批判的になっているような、清々しさを失っているような感があります。言葉は時代とともに変わります。私世代の言葉を、親世代は受け入れがたかったかもしれません。変わりゆく言葉、その一方で変わらない言葉、変わってはならない言葉があります。日本語の美しさは日本人の精神文化です。言葉の乱れを糾すよりも、日本語が私たちの精神文化であることを知ることが大切なのではないでしょうか。そしてその精神文化を伝えていくのは、大人世代の責任なのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月11日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。秋の実り、人生の実り収穫の秋、実りの秋を迎えました。実りの喜びを味わう時期です。人の一生を季節にあてはめる。若い働き盛りの時期を過ぎて、人生の秋は50代、60代を過ぎた頃から…でしょうか。種を蒔き、耕して、そして実りとなる。人生の大きな実り。そして、こうして過ごしている中でも繰り返されるのでしょう。人生の実りを味わえる年代を迎えましたが、種蒔きの日々は続きます。小さな種、大きな種。なんかこう、畑に一粒ずつ種を蒔いて、丁寧に土をかぶせて水をやっている……そんな日々です。仕事のことで言えば、一つ一つの仕事を大切にすることも種を蒔くこと。何かを学ぶことも、人間関係を丁寧に紡ぐことも種を蒔くこと。日々のささやかなことをも大切にすることが、蒔いたものを耕すことになり、心のあり方が栄養を与えることになる。いつも意識しているわけではないですが、丁寧に育てることの大切さを今しみじみと感じます。それも人生の秋を迎える年代になったからでしょうか。自分の実りは何があるだろうと考えたとき、真っ先に浮かぶのは家族かもしれません。父はもうすぐ90歳に、母が亡くなってからひとりで暮らしています。私と妹たちはすぐ近くに住んでいますから、毎日電話で話したり食事をしたり。娘たちが近くにいると言っても、衰えていくことへの不安を抱えながら生きているのだと思います。それぞれの家族にはさまざまな事情があります。問題のない家族はないでしょうし、家族だからこそうまくいかないこともある。自分の年齢だけ家族の歴史があるのですが、それだけの時間をかけて耕して、いま、実ったのかなと思っています。芽が出て、育っていく間に雨で流されたり、干ばつで枯れてしまったり、踏み荒らされたり。いろいろなことがありましたが、耕すことを諦めなかったからいまがある。これは私にとっての大きな実りなのです。仕事の成功や、目に見えるもの、形あるものに実りを求めてしまいがちですが、自分自身の心の中に実りを感じていけたら、小さなことにも喜べるのではないでしょうか。忙しく、瞬く間に過ぎていく日々の中でこぼれてしまった種の中に、本当に大切なものがある……そんなことに気づいていく感性を磨いていきたい。それがいつか人生の秋を迎えたとき、きっと豊かな実りとなるに違いありません。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年10月04日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『しゃべくりの仕事』をご紹介します。結婚式や法事、親戚が集まるたびに近況を尋ね合うのは礼儀というものなのだろうか。駆け出しライターの私は、同じ質問をされるたびにうんざりしていた。「東京でフリーライターをしている」と答えると、返ってくる反応は大抵2つ。「びっくり!」か「やっぱりね〜」のどちらかだ。「びっくり」は都会のカタカナ職業というだけで、勝手に華やかなイメージを膨らませてしまっている場合。内心、「あの地味で暗かった子がね」となる。一方、「やっぱり」はご近所では聞いたこともない、よくわからない職業と決めてかかっている場合。「あのいかにも風変わりな子らしいよ」となる。どちらにしても、人並みはずれて不器用で人と目も合わせられない、いじめられっ子だった私を思い返してのことに違いない。ところが、その伯父さんの反応はまるきり異なっていた。「ライターというのは何をどうする仕事や?」「今は取材モノが中心で、話を聞いて、その内容をまとめて…」「人と話をする仕事か?」と、いきなり前のめりになる。「まあ、そういえばそうだけれど、聞いた話を文章にするまでが仕事だから…」と、なぜか私はしどろもどろ。「そやけど、うまいこと言うて、相手に話してもらわなあかんのやろ。ほな、おっちゃんと同じや」伯父さんは細い目を一層細くしてにっこり。「しゃべくりの仕事やな」と断定した。私が子どもの頃、伯父はタクシーの運転手だったのを覚えている。その後、自動車教習所の教官を経て、今は所長なのだとか。たしかに、大勢の人を指導する「しゃべくりの仕事」と言えるだろう。教習所の校長先生のような務めとライターが同じのはずがない。そう思いながらも、私はうやむやに頷いてみせた。ただ、「しゃべくりの仕事」という言葉だけがいつまでも耳に残った。自分の中で何がどう変わったのかはわからない。それ以来、「しゃべくり」を意識することが増えていった。インタビューの際、私の発する言葉が目の前の相手にちゃんと届いているかを確かめるようになった。そう心がけるだけで会話はスムーズになり、思いがけず盛り上がったり、話の核心に触れられたりすることもあった。原稿を書くための材料集めにしか考えていなかった取材の大切さを、改めて思い知らされた。あれから十数年、数えられないほどの人に出会い、問いかけ、語らってきた。あるときは取材慣れしていない若手タレントに「なんでこんなに話しやすいかな」と目を見張られ、あるときは大物経営者に「余計なことまで話しちゃったよ」と照れ笑いされた。いつしか、人とのコミュニケーションは私の仕事の真ん中に位置していた。昨秋、伯父が急逝した。慌ただしく葬儀を終え、親族が寄り集まると、思い出話は尽きない。つられるように私も、「しゃべくり」のエピソードを持ち出した。すると、同年代のいとこの間から「俺も!」「私も!」という声が続いた。伯父から「しゃべくりの仕事」と決めつけられたのは、私だけではなかったのだ。しかも、それぞれの職種はバラバラ。営業マンや接客業はともかく、経理など事務職の人まで揃って同じように断定された。そして、誰もが抵抗を感じながらも言いくるめられ、心に刻まれた言葉に従うように自分の仕事を振り返るきっかけにしていた。「おっちゃんらしいな…」皆、泣き笑いしたような顔を見合わせた。あらゆる仕事の根底には人とのコミュニケーションがある-私たちに伝えてくれたのはこういうことだったのか。ともあれ、伯父はささやかな成長の種を一人ひとりに植え付け、旅立っていった。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『しゃべくりの仕事』作者名:西田 知子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年10月01日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『心にしまう』をご紹介します。コロナで思いがけない不況となった。外車ディーラーで派遣社員として働いていた私は、朝が来れば自然と目がさめるように、抵抗する間もなく職を失うことになった。20代前半で結婚し、離婚し、就職することなく、あてもなくふらふらとしていた私は、「そろそろ自分のやってみたかった道に踏み出そう」そう思って、本が好きだという単純だけれど素直な気持ちで、どうにか出版社で働くことができないか探し、ほんの小さな一歩として(週2日のアルバイトだけれど)出版社で働けることになっていたので、不幸中の幸いだった。そして、ディーラーで働くのも、残り1ヶ月となった。じとじとと雨が降り続く、長い長い梅雨だった。私がいなくなることを、社員のみんなは口を揃えて「寂しい」ということ、そして、売り上げを伸ばして「また戻す」ということを言ってくれた。それはとても嬉しいことで、こんなに優しい人たちに囲まれていたんだと嬉しい気持ちになった。そんな中、ひとりだけ違う反応を見せた。その人は、社員の中でも特に仲の良い人だった。私が派遣社員として配属されたばかりの頃、よく話しかけてくれ、なぜか私のことを「感性が独特で面白いねえ」と言ってくれた。その人がかけてくれた言葉は、「また戻ってきてほしい」という類のものではなかった。「君はここでやっているように一生懸命働けば、出版社でももっと働ける日数を増やしてくれるはずだよ。そうしたら、こんなところに戻ってこないで、そっちに行くんだよ。」息が止まる思いだった。私は、「本当はそうしたほうがいい」ということを本当は分かっていたからだ。アルバイトでもなんでも、一生懸命仕事をして、契約社員の試験を受けて、社員の試験を受けられるように頑張りたいと思っていた。だけど寂しさのあまり、また戻ってきたいなあ、出版社と掛け持ちをすればいいよね。と、みんなの優しさにおんぶに抱っこだったのだ。だから、目を見られなかった。胸の奥がグっと熱くなり、こらえていないと涙が溢れてしまいそうだった。進む道を後押ししてくれる優しさは、どんな言葉よりも強く、心から私のことを思って応援してくれている人がいるという真実は、きっとこれからも、私を支えてくれるだろうと思った。記憶というのは不思議なもので、ずっと覚えているような言葉や誰かとのシーンがある。覚えている日々と、覚えていない日々は何が違うのだろう。自分にとって大切な思い出や、誰かからの言葉を、人は多かれ少なかれ、心の中の宝箱とでもいうような場所に、そっと大事にしまっているのだろう。そしてその宝箱から時折取り出して、ありがとうとつぶやくのだ。そう言った作業が、私はとても好きだし、出会いを豊かにしてくれる。そしてそんな宝物が増えたというだけで私はここに勤められて本当に良かった。出勤最終日を迎えた。「絵が上手だ」と褒めてくれたその人に絵を書いた手紙を渡した。今度は思わず涙が溢れた。「大人になると人はなかなか泣けなくなる。でも、泣けるほどの人と出会えたというのは本当に素晴らしいことだよ。ありがとね」そう言ってくれた。何のために生きているのかわからない20代前半だった。誰がほんとうなのかも、何が正しいのかもわからなかった。だけど今は、思う。人は人によって磨かれていく。それが痛くて泣けるような想いでも、暖かくて柔らかい想いでも。どんな経験でもそれは私を(私を通してこの世界を見る眼を)輝かせてくれるのだ。8月になって、まぶしいほどの青空が広がり、やっと夏がやってきた。今、私は出版社で働いている。その人にもらった言葉を心に、私の大好きな赤色のボールペンを片手に。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『心にしまう』作者名:みずきエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月29日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『パイロットになりそこなった父の名言』をご紹介します。私の中で長らくモヤモヤしてきたことがあります。“平凡”って何?ということです。それって価値観?辞書を引くと“これといったすぐれた特色もなくごくあたりまえなこと”とあります。ごていねいにも“平々凡々”なんて強調する言葉まである。その物差しっていったいどこにあるんだろう。そんな曖昧な疑問を誰にもぶつけたことはなかったけれど、山あり谷ありの人生を歩む中で最近ようやく私なりの答えを見つけた気がします。「平凡という名の非凡」。世の中は個性の集合体なんだ、平凡ということ自体が稀なんだと考え至りストンと腑に落ちたのです。自分に都合の良い極論かもしれませんけれど。前置きが長くなりました。私は幼いころから人と同じというのを好みませんでした。幼稚園の写真を見ると一人だけスモック(制服のうわっぱり)を着ていません。どうやら皆と同じなのが我慢ならんとばかりに登園するなり脱ぎ捨てていたらしいのです。はい、すでに非凡(笑)。今となってはそんな自分勝手を許してくれた先生方にも感謝せねば。ちなみにカトリック系の幼稚園でした。アーメン。そんな私ですから、好きなこと、やりたいことだけを選んで好き勝手に生きてきました。結婚しました。離婚しました。職業もいろいろ。平凡なんて言葉とは無縁のジェットコースター人生です。人からは個性的とか変わってるねとか思われている節あり。だからいろいろなことで何度もつまずきを経験し、当然、両親にもたくさん心配をかけました。20代前半、一番か二番かという大きな挫折を経験した時、生まれて初めて父(故人)に悩みを打ち明けたんです。私は一人っ子のひとり娘で、海外出張が多かった父とは正直いわゆる腹を割った話というのをしたことがありませんでした。なぜ自分があの時父を頼ったのかいまとなっては思い出せません。それは具体的な相談という形ではなかったと思います。行き先を見失っている、そんな気持ちをただ聞いてほしかったのかも。とにかく苦しくて苦しくて、どういう生き方をしたらいいのかわからない、迷子になっちゃった…そんな曖昧で的を射ない話だったような。その時の父の助言が私の一生の道しるべになるなんて、あの時は思ってもみませんでした。でもそのあと何度もつまずいて、その度に父の言葉が私を救ってくれたのですから、これはもう私だけの宝ものです。頭のすみに心の中に常にこびりついています。ありきたりに言えば座右の銘です。いわく「低空飛行というのはかなりの技術を要するんだ。墜落しないギリギリを飛ぶんだからな。墜落しない自分に自信を持っていいんだよ」。父は第二次世界大戦時、少年航空兵としていざ飛ばんというタイミングで終戦を迎えた人。死んでも飛びたかったとのたまうような人でした。だから妙に説得力あり。それにしても、こんなに優しく勇気を与えてくれる言葉があるでしょうか。不器用な父の愛情を受け止める感受性を幸いにも持ち合わせていた私です。以来、壁にぶつかった時にその言葉を思い出しては明るく強く乗り越えてきました。父には心から感謝しています。存命のうちにそれをちゃんと伝えられなかったのですが。平均寿命から逆算すると私の人生もあと二十年というところ。人生のラストステージにもう戦うべき相手もいません。今は機首を上げて安定した高度を保って飛行中。もちろん平凡を良しとしない日々を楽しんでいます。あ、“新しい生活様式”にはまだ馴染みませんが。最近では若い人の相談に乗る時、さも自分の言葉のようにあの名言を使わせてもらっています。父がそれをどんな顔で天国から眺めていることやら。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『パイロットになりそこなった父の名言』作者名:みまさかまどかエッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月28日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。人はいつか自分の言葉、行いに出会う「人はいつか自分の言葉に出会う」…というよく言われる言葉があります。因果応報とも、情けは人のためならず、とも言うのでしょうか。悪口を言えば、どこかで悪口を言われる。相手を批難した同じ言葉をいつか言われる。反対に、ポジティブな言葉を心がけていると、ポジティブな状況が開けてきます。めぐりめぐって自分の元に還ってくるというわけです。これは言葉に限ったことはありません。ずいぶん前にこんなことがありました。まだ娘と手をつないで歩いていた頃ですから20年近く前のことです。散歩をしていたとき、雨がポツポツと振り出し、次第に雨脚が強くなっていきました。雨宿りをしようにも、そのような場所がありません。急いで引き返そうとしたとき、透明のビニール傘を2本持っておじさんが歩いてきました。おじさんは私たちを見ると1本のビニール傘を「ほら、どうぞ」と差し出してくれたのです。この出来事の何ヶ月か前、車で家へ帰る途中、急に雨が降り出したことがありました。前方から制服を着た女の子が鞄を頭にのせて速足で歩いてきました。思わず助手席の窓を開け、ビニール傘を差し出しました。女の子はびっくりしていましたが、傘を受け取ってくれました。誰かの役に立つこと、それはいつか自分も助けられるということ。世界は決して難しい法則の上に成り立っているのではないのですね。自分が差し出したものを、いつか受け取る。ただそれだけのことです。いまの社会状況は複雑な様相を呈しています。その中で私たちは不安になり、先が見えなくなり、途方に暮れることもあります。でもそんなとき、いつか自分の言葉に出会うこと、自分の行いに出会うことを忘れずにいたいものです。いま、この瞬間にできること。それを自分の軸にするとで、何をするべきか見えてくるでしょう。2ヶ月前、転んで手首の骨を折ってしまったときのこと。近くにいたおじいさんが駆け寄り、すぐに救急車を呼んでくれました。私の重い荷物を持ってくれ、救急車に乗せてくれたのです。お礼をしたく名前と住所を教えてくださいとお願いしたのですが、「あたりまえのことをしただけです」と。私は病院に向かう救急車の中で、おじいさんが健やかで幸せであるように祈りました。ひとりだけで生きていける人はいません。誰かに支えられ、誰かを支えながら生きている。優しさがめぐりめぐる社会、よい種を蒔いていく。いま、こんな状況だからこそ実感するのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年09月27日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『私は、皆さんを愛します。』をご紹介します。中学2年の4月、担任発表をするために学年集会が開かれ、武道館に集められた。クラス替えをしたばかりで、周りはいつも以上に賑やかだ。学年主任の先生が私のクラスの担任を発表する。呼ばれて前に出てきたのは、母と同じぐらいの年齢にみえる、ちょっと太った女の先生だった。初対面の先生が話す挨拶は、だいたい同じに聞こえる。今までの学生生活の中で記憶に残っている先生の挨拶なんて無い。そんなことを思っていると、先生は自分の名前を言った後で、私のクラスが座っている方に体を向き直し、話を続けた。「私は、皆さんを愛します。」私の頭が一瞬フリーズした。今まで愛しますなんて言われたことがない。況して、見ず知らずの人に愛しますと言われても、反抗期真っ盛りの私には重すぎる。もうクラス替えはなく、基本的に担任は同じ人になるはずだ。つまり、この人と2年間過ごすことになる。正直気が重い。私たちの出会いは良いとは言えないものだった。新しいクラスにも慣れた6月頃、クラス全員が、別の先生の授業中に理不尽な理由で怒られてしまった。はっきり言ってその先生の逆ギレだ。モヤモヤした気持ちを抱えたまま授業を終えた。休み時間になったはずなのに、クラスはどこか静かなように感じる。すると、先生が急ぎ足で教室にやって来た。どうやら授業での話を聞いたらしく、私たちの話を聞きたいと言ってくれた。しかし、その時の私は、先生に話したところで意味がないと思っていた。多くの場合、「先生」は生徒が何を言っても「でもね」と言って先生側の肩を持つ。話を聞いた先生は、「分かった」とだけ言って教室を飛び出して行った。そして戻ってくると、「話、つけといたから」と私たちに微笑んだ。先生は、話を聞いた上で、味方になってくれたのだ。反抗期だった私でも「この人は違う」と心の底から思えた。それから先生と仲良くなるのに、多くの時間は必要なかった。仲がいいとは言っても、甘えるだけの関係ではない。休み時間は気にしない言葉遣いも、授業中は切り替えて話す。お互いにリスペクトがあってこそのいい関係だ。私たちは本当に家族のようだった。先生にだけは、今誰のことが好きだとか、親と喧嘩して家に帰りたくないだとか、あの先生は苦手だとか、とにかく何でも話した。2年間で「自分の時間を割いて、友だちに協力すること」、「友だちの悩みや痛みを受け止めること」の大切さを教わった。普段の授業中だけでなく、受験期の面接練習なども得意な人を中心にクラス全員で乗り切った。仲間の相談を聞き、一緒に考え、何も出来ない無力さに涙したこともある。今思い出してみても本当に濃い2年間だった。卒業する時、私たちのことを「すばらしい人間」だと言ってくれた。先生はいつも味方でいてくれて、話を聞いてくれて、たくさんの愛をくれた。あの時、重いと感じていた愛をいつしか受け入れ、私は先生の想いに包まれて、幸せな時間を過ごせていた。中学を卒業して5年が経つ。今でもクラスメイトと先生に会いに行って、お菓子を食べながら恋愛相談や将来の話をする。私は、離れていてもこの言葉を思い出す。そして、いつか誰かに言えるようになりたい。「私は、皆さんを愛します。」grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『私は、皆さんを愛します。』作者名:佐藤 理子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月26日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『私にぴったりのカメラに出会うまで』をご紹介します。これは、とある小さな中古カメラ屋さんの話である。私は、その前日に、銀座のカメラ屋さんで、中古のフィルムカメラを購入した。私はずっと、フィルムカメラが欲しくて、何ヶ月も色々と調べ、詳しい知人に相談もしていたが、なかなか踏ん切りがつかないまま、東京中のカメラ屋さんを巡っていた。しかしある日、銀座のショーウィンドウに並んでいたカメラが目に止まった。値段は一万円。かわいらしいデザインと、あまりない機種という物珍しさで、思わず衝動買いしてしまった。翌日、私は通りがけの写真屋さんで、ネガフィルムを購入した。カメラ初心者の私は、写真屋のおばさんに、フィルムの入れ方を教えてください、とお願いした。おばさんは、「珍しい機種ね」と言いながら、喜んでフィルムを入れてくれた。私も、念願のフィルムカメラで写真を撮れると思うと、ワクワクした。「記念の一枚目は、おばさんにしますね」私はシャッターを切った。カメラは微動だにしなかった。「あれ、おかしいな」私は、もう一度シャッターを切った。しかし、カメラは、静かなまま動かなかった。動かないカメラを眺めていると、思わず涙がこぼれ落ちた。やっとの思いで出会えたカメラが、壊れていたことが、ただただ悲しかった。私は、おばさんが教えてくれた、近くの中古カメラ屋さんへ足を運んだ。店内では、おじさんが一人、机に向かってカメラの修理をしていた。壁の棚には、たくさんのカメラが窮屈そうに並んでいた。私は、壊れたカメラをおじさんに手渡し、事情を説明した。おじさんは、カメラを手に取ると、残念そうに話した。「モーターが壊れているね。こういうカメラは、電化製品だから、同じ部品を購入しないと直せないんだ。これは珍しいから、部品はもう見つからないな。何もできなくて、ごめんね」おじさんは、カメラを机に置いた。「でも、昨日買ったんでしょう?どのお店?」私は、銀座のカメラ屋さんの名前を伝えた。するとおじさんは、電話をかけ始めた。そして電話を切ると、「レシートを持っていけば、返品できるよ」と静かに言った。その瞬間、このおじさんに私のカメラを見つけてもらおう、と思った。「あの、私にぴったりの、軽くて、小さくて、壊れないフィルムカメラを、代わりに選んでください」おじさんは、恥ずかしそうにアハハと笑った。「そんなもの、ないよ」困惑したように笑いながら、おじさんは、店内を歩き始めた。棚からカメラを手にとっては、考え込み、棚に戻す、をずっと繰り返していた。「あっ!」おじさんは、店の奥の部屋に駆け込んだ。出てくると、手には小さな赤いカメラを持っていた。「これはね、ハーフカメラ。普通の二倍の写真が撮れて、その分小さいんだよ。機械式だから、壊れても直せる。全部修理したばかりで、新品同様だよ。ただ外見が、元々はグレーの皮なんだけど、全部貼り直して、思い切って赤にしちゃった。でもあなたなら似合うよ。一万円。どうかな」軽くて、小さくて、壊れなくて、たくさん撮れて、大好きな赤色のカメラ。おじさんは、壊れたカメラからフィルムを取り出すと、フィルムの入れ方と出し方を、一から教えてくれた。おまけとして、ストラップとレンズのフィルターをつけてくれた。「これからたくさん、いい写真を撮ってね」私にぴったりのカメラが、やっと見つかった。「記念の一枚目は、おじさんにしますね」私はシャッターを切った。カメラは、カシャ、と機械音を鳴らした。「ハーフだから、二枚分撮れるんですよね。じゃあ、もう一枚」私はもう一度、シャッターを切った。私の新しいカメラは、しっかりと、おじさんのはにかんだ笑顔をフィルムに焼き付けた。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『私にぴったりのカメラに出会うまで』作者名:花田 玲奈エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月25日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『泣き虫弟とショーケースの向こう側』をご紹介します。私には5歳年下の弟がいる。小さい頃は泣き虫で、朝起きては「眠い」と泣き、嫌いな野菜が「食べられない」と泣き、大嫌いなスイミングスクールに「行きたくない」と泣いた。泣いている傍から「男のくせに、すぐ泣く!」と、父親に叱られてはまた泣き、そんなこんなで1日中泣いていたから「こんな状態で大丈夫なのかしら?」と母の頭を悩ませていた。その日は私が地元の公立高校に合格した日だった。夕方、弟はいつものように半べそをかきながら大嫌いなスイミングスクールに出かけて行った。夕食前に濡れた髪にプールバックを抱えて帰ってきた弟は「はい、おねえちゃん。高校合格おめでとう」と、小さな紙袋を私に差し出した。スイミングスクールの横にあるドーナツ屋さんの紙袋だ。「わあ!ありがとう!」と、お礼を言って受け取ると、中にはチョコレートのかかったドーナツがひとつ。「これ、ひとりでお店に行って買ったの?」「そうだよ」「すごいじゃん」「へへへ」「どれどれ?」と母も私達の会話に興味津々で加わる。デパ地下の総菜売り場のようにドーナツが並んだショーケースの前にはたくさんのお客さんがいたようだ。もじもじしていた弟に、「どれにしますか?」と、声をかけてくれた若い女性の店員さんに「これひとつください」と、弟がドーナツを指さしながら告げると、お姉さんはショーケースの向こう側から、食べやすいようにふたつ折りにした油紙に挟んだドーナツを「はい、どうぞ」と、体を乗り出し、弟に持たせてくれようとしたそうだ。濡れた髪にプールバックを持った男の子がたったひとつドーナツを注文すれば、お腹が減って、その場で食べるのだろうと思うのも当然だ。手を汚さずに上手に食べられるように持たせてくれようとしたのだろう。でも、ドーナツは私へのお祝い。このまま持ち帰る訳にはいかない。弟が慌てて手をひっこめ、「袋に入れてください」とお願いすると、お姉さんは笑いながら「あらあら、ごめんなさいね」と言って紙袋にいれて持たせてくれたというわけだ。優しい店員さんに見送られながら、ドーナツは無事私の元へ届いた。泣き虫弟のはじめてのおつかい話がうれしくて、私と母は何度も何度も同じ話を弟から聞きたがった。母は仕事から帰宅した父にもうれしそうにこの話をした。父も「そうかそうか」と母の話を聞き、「袋に入れてください」と弟がお願いしたくだりでは、手を叩いて喜んだ。弟の泣き虫はその後も暫く続いたけれど、母がその事で頭を悩ませることはなくなった。弟の成長を優しく見守ってくれた店員さんの話は30年以上たった今でもまだ我が家の話題に上る。そして、弟は同じように泣き虫な男の子の父親である。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『泣き虫弟とショーケースの向こう側』作者名:森平 久美子エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月24日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『シャボン玉、はじける』をご紹介します。学校にいけない。そのことは予想をはるかに超えて僕の上に重くのしかかった。今までは憂鬱にすら感じられた授業が恋しくてたまらなかった。僕は3月に中学校を卒業し、4月に高校へ入学した。が、思い描いていた高校生活はなかなか始まらなかった。知り合いがほとんどいない高校に進学した僕はこの期間、段々と中学校の頃の知り合いとも距離が空いていき、それでいて高校での新しい出会いもなかった。すると、今までよりも自分と会話することが多くなった。例えば、「別れが人を強くするって言うけどホントかなぁ」「どうだろ、今の僕は別れを経験したけど全然強くも前向きにも慣れてない気がする」「だよね、ってことは、別れが人を強くするんじゃなくて本当は、その先にある新しい出会いへの期待が人を強くするんじゃない」「確かに」というような具合である。今まで気づかなかったが自分との会話は、心の中に渦巻く様々な感情を整理し、すっきりとさせてくれる。おかげで僕の体にのしかかっているものが少し軽くなった(気がした)。そうこうしているうちに学校ではオンライン授業が開始された。授業では先生と生徒の顔が画面に映し出され、全員がお互いを見ることはできた。しかし、先生が一方的に話す、もしくは先生が投げかけた質問に代表の生徒1人が答えるだけであった。僕はこの状況にもどかしさを感じてならなかった。そのもどかしさはシャボン玉の中に閉じ込められたような感覚だった。互いの姿は見ることができるのに、手を伸ばせば届きそうなのに、手を取り合うことも、肉声を交わすことも叶わない。ヘッドホンから聞こえてくる一人の生徒の声からは不安の色が滲み出ていた。自宅でのオンライン授業が開始されてから約2か月、ついに登校の再開が決まった。パソコンの前に独り座り続ける毎日に限界を感じていた僕は救われたような気持ちになった。そして登校日、僕は電車に乗り学校へ向かった。そして最寄り駅に着くと電車を降り改札を出た。改札から出ると、こちらに向かって歩いてくる、見覚えはあるがイメージしていた背格好とは少し違う、自分と同じ制服を着た人が目に入った。相手もこちらに気づき、目が合った。二人の間に少しの間があった後、どちらともなく笑みがこぼれた。相手が「やっとだね」と一言、僕も「やっとだね」と一言。僕たちが学校につくまでに交わした会話らしい会話はそれだけだったが、それで十分だった。集合場所である講堂につくと一定の間隔をとって並べられた椅子に先に来た人たちが座っていた。僕も自分の番号が書かれた席に座り、しばらくして全員がそろうと担任の先生が前に出て挨拶や連絡を一通りした。そして最後に、「初めてこうして同じ場所に集まれたのに前だけを向いているのはもったいないから新しく出会った仲間たちで顔を合わせてみてください。」と言った。僕たちは横を見たり、後ろを向いたりしてお互いを見た。僕は画面の向こう側に見ていた皆が目の前にいるということに不思議な感覚を覚え、またそれと同時に嬉しさが胸の底からこみあげてきて自然と笑顔になった。周りも同じ想いだったのか皆の顔に笑顔が広がっていた。この瞬間、僕たちを隔てていたシャボン玉は笑顔とともに完全にはじけた。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『シャボン玉、はじける』作者名:正路 和也エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月22日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『毎朝のルーティン』をご紹介します。私は職場に行く前に立ち寄る場所がある。それはコンビニ。もうルーティンみたいな感じになっている。朝8時、駅近くにあるコンビニに入る――。仕事のお昼ごはんの調達である。朝、早起きしてお弁当を作っていこうといつも思うけれど、疲れて帰った私は出勤ぎりぎりまで寝ていたいという欲に負けて、きょうも作るのを諦める。またいつか作るからの繰り返し。これでもかっていうくらい人がいっぱいの電車に乗り、憂鬱な気持ちで職場の最寄り駅で降りる。扉が開き、人がどっとあふれ出る。――ああ、仕事、行きたくないな。電車に乗れば嫌でも体は職場に向けて勝手に運ばれていく。でも当たり前だが、電車から降りてからは自分の足で歩かなければいけない。こんなに会社まで遠かったっけ……。足取りが重くなる。亀のようにスローペースだ。あっ、お昼ご飯を買わないと。職場では休憩時間を取りにくく、外へ食べに行くなんて、なかなかできない。人手不足でごはんを食べながら電話対応なんてザラだ。ブラックだなと思う。私はいつものように駅から少し歩いたコンビニに入った――。コンビニのレジは自分と同じように昼食を求めた会社勤めの人たちで長蛇の列だ。就業前の朝は混雑のピークなのであろう。人気のお弁当は、もう早速売り切れたりしている。オフィス街ということもあり、すごい人である。――お店の人たちも大変だよな。そんな怒涛の中、テキパキと店員さんたちは精算作業をこなしていた。そして、どんなに忙しくても明るい声で、笑顔で接客をしている。私の番がやってきた。ピッピッと無駄ない動きで商品のバーコードをリズムよく読み取り、レジ袋の持ち手をきれいにそろえて、そして、「お仕事、お気をつけていってらしゃいませ!!」ととびっきりの笑顔を最後につけて袋を手渡してくれた。はい!と思わず返事をしたくなるような、気持ちのこもったことばだった。今までコンビニで「ありがとうございました」は言われたことがあるが、「お仕事、お気をつけていってらしゃいませ!!」と言われたのは、初めてだった。あんなに仕事のことを考えたら嫌な気分だったのに、店を出た私は少し気持ちが楽になった気がする。たったことば1つが変わっただけなのに。もう少し、頑張ってみようかな、と思って今日も私はおにぎりにかぶりつく。お弁当は無理せず作らなくてもいっか。またコンビニに行こう。そして、また元気をもらおうかな。――仕事、頑張って行ってきます!grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響いた接客エッセイ』タイトル:『毎朝のルーティン』作者名:今井 聡美エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月21日2020年5~8月にかけて、ウェブメディア『grape』では、エッセイコンテスト『grape Award 2020』を開催。『心に響く』と『心に響いた接客』という2つのテーマから作品を募集しました。『grape Award 2020』心に響くエッセイを募集!今年は2つのテーマから選べる今回は、応募作品の中から『特別授業』をご紹介します。学習塾でアルバイトをしていた僕は、宿題の指導に関して多少なりとも自信を持っていた。ところが、3月11日、人が大勢避難している新宿駅構内の階段に座って計算式を解き進めるのは初めてだったし、何より、目の前にいるたったひとりの生徒の前では、この非常時にあっても平静を装わなければならないとなると、思うように頭が働かず、その自信も揺らいでいる。遡ること二時間、停車する中央線の車内で大きな揺れを感じ、避難のため電車を降りようとしたとき、車内に小さな女の子がひとり残っているのを見かけた。真っすぐ一点を見つめる彼女の眼には明らかに恐怖の色が浮かび、身体は固くこわばり座席から一歩も動こうとしない。「ひとり?もう電車は動かないみたいだから、一緒に避難しようか?」挙句知らない男の人に話しかけられたことが却って別の恐怖を煽ったらしい、彼女はか細い声で「大丈夫です…。」とつぶやいたが、乗り合わせた小山さんという別の女性も声をかけてくれたおかげで、何とか警戒を解くことができた。女の子はハナちゃんと言い、小学二年生、電車で帰宅途中に地震に見舞われてしまった。小山さんは僕と同い年の大学生で、ともにこうした災害にあうのは初めてだったが、「ハナちゃんを守らなければ」という共通の目的ができたことで、その後の避難行動はスムーズだった。公衆電話でハナちゃんのご両親に連絡をとったところ、父親が自宅から自転車で迎えに来られることがわかった。大まかな待ち合わせ場所と時間を確認すると、三人は頑丈そうな商業ビルの地下に落ち着いた。不安や疲れを感じる僕と小山さんとは対照的に、すっかり明るい様子のハナちゃんは、おもむろにランドセルを開くと計算ドリルを取り出し、「宿題を教えてほしい」という。一瞬、呆気にとられこそすれ、これでハナちゃんの恐怖を紛らわせることができると、アイコンタクトで確認し合った僕と小山さんは、駅ビルの階段を教室に、とびきり明るい先生を演じることにした。たったひとりの生徒は優秀で、このような状況にあっても集中力を発揮し、順調に問題を解き進めていく。様々な心配事が頭をよぎる中、カラ元気でどうにか先生を演じていた僕たちだったが、不思議なもので、一問、また一問と、一緒に問題を解いては喜ぶハナちゃんを見ていると、なんだかこちらの気持ちが晴れていく。ハナちゃんを守らなくては、と気丈に振舞っていたつもりだったが、実は僕らこそ、彼女の明るさや無邪気さに勇気づけられていたらしい。すっかり日も暮れたころ、僕たちはハナちゃんのお父さんと落ち合うことができた。無事に家族に会うことができたのは何よりもうれしいし、おまけに現役大学生ふたりが徹底的に指導した宿題の出来は我ながら完璧だった。「宿題を教えてくれてありがとう」そう言うハナちゃんに、僕たちこそありがとうと伝えた。はなちゃんはなぜ自分がお礼を言われているかわからないようで、照れ笑いを浮かべている。つぎに学校に行ける日は少し先になるかもしれないけれど、ハナちゃんはきっと本当の先生に褒められるに違いない。grape Award 2020 応募作品テーマ:『心に響くエッセイ』タイトル:『特別授業』作者名:奥村 敏生エッセイコンテスト『grape Award 2020』の審査員が決定!2017年から続く、一般公募による記事コンテスト『grape Award』。第4回目となる2020年の審査員には、grapeでも人気の漫画『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』シリーズでおなじみの漫画家・松本ひで吉さんが決定しました。さらに『Jupiter』などの作詞を手がけた作詞家でエッセイストの吉元由美さんや、映画化もされた『スマホを落としただけなのに』などで人気を博する小説家の志駕晃さんも審査員として作品を読みます。心に響く作品として選ばれるのは、どのエピソードでしょうか。結果発表をお楽しみに!『grape Award 2020』詳細はこちら[構成/grape編集部]
2020年09月20日吉元由美の『ひと・もの・こと』作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。かけがえのないものたち夜9時すぎに仕事が終わり、軽く食事をして帰ろうと自宅近くのお蕎麦屋さんに行きました。10時10分ほど前だったでしょうか。そのお蕎麦屋さんは深夜0時まで営業しているので、仕事で遅くなったときにはよく利用しています。ところが、東京都の営業時間自粛要請のためにすでに閉店時間。もちろん、近くのお店も同様です。このような時間にしか食事をとれない人もいるはず。日常が日常でなくなっていることへの理不尽、お腹が空いていたので余計に感じてしまいました。日常…それは本当にあたりまえのように私たちのまわりにありました。インフラが整っているのもあたりまえのように。マーケットにあふれるほど商品が並んでいるのもあたりまえ。家族がいるのも友達がいるのも、日常の中に溶け込んでいるよう。元気でいられることも。若い頃は『いま、ここにあること』のありがたさに無自覚でした。しかし、子どもが生まれ、日々成長していく姿を見ていると、一日一日の尊さが胸に迫るようになりました。子どもが生まれたときに、この世界にこれほど愛しい存在があっただろうか、と心が震えました。親であれば、誰もがそのような感慨を抱くでしょう。かけがえのない子供の成長の一瞬一瞬が、かけがえのないものになっていきました。22歳になったいまも、それは変わることはありません。同じように、高齢の両親(母は4年前に旅立ちましたが)に対しても感じるのです。あたりまえのように過ごしている日々は、あたりまえではない。いつか別れる日が来る。誰もが限りある時間を生きています。その終わりがいつ訪れるのか誰にもわからない。明日かも、一年後かもしれない。私たちはかけがえない存在、時間を与えられているのです。かけがえのないもの。唯一無二、世界に一つしかないもの。かけがえのない、愛するものを持っている幸せ、それは愛するものを失う怖さと表裏でもあるのです。子どもがまだ赤ちゃんだった頃、抱っこして子守唄を歌っているときにふっと心をよぎったことがあります。「もしもいまこの子を落としたら、死んでしまうかもしれない」命を守ることの静かな怖れは、「かけがえのない」ということの重みでもありました。あたりまえではなくなった日常が、いつの日かあたりまえになっていくのでしょうか。そんな時代や状況の変化の中にあっても、かけがえのないものは変わらない。かけがえのないものを大切にし、愛することは生きる上での柱になる。それは、私たち一人ひとり、自分自身でもあるのです。※記事中の写真はすべてイメージ作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー[文・構成/吉元由美]吉元由美作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。⇒ 吉元由美オフィシャルサイト⇒ 吉元由美Facebookページ⇒ 単行本「大人の結婚」
2020年09月20日